≪悪・獣・跋・扈≫牙持つ王
●
奈良盆地の山中に発見された妖のコミュニティ『群狼』。
多発していた動物系妖による連続襲撃事件は、この組織が引き起こしていたものだった。FIVEの覚者たちはAAAと協力し、多くの戦果を挙げてきた。
その最中、鳴海 蕾花(CL2001006)の調査がきっかけとなって、『群狼』の拠点が発見される。
夢見の予知によれば妖達は近々人里に現れ、大規模な襲撃の準備をしているという。この襲撃を許してしまえば、第三次妖討伐抗争後落ち着きつつある状況がまた混乱に戻ってしまうのは明白だ。
そこでFIVEとAAAは先手を打って、大規模な妖掃討作戦を発動するのだった。
●
「皆さん。今日は集まってくれてありがとうございます」
集まった覚者達に挨拶をする久方・真由美(nCL2000003)。しかし、その表情にはどこか緊張が漂っていた。
当然だろう。多数の覚者が司令室に集められているのだ。オマケに資料を片手に久方・相馬(nCL2000004)や『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)といった夢見が走り回っている。よほど間の悪いものでもない限り、大ごとだというのは分かるだろう。
そして出されたお茶で口を湿らせる覚者達に、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「既にご存じのことと思います。奈良県で発生した妖の大量発生事件、その指揮を執っていた妖の存在が判明しました。これよりFIVEはAAAと共同で、討伐作戦を実施します」
ここ最近、奈良県では動物系妖による事件が多発していた。そこでFIVEはAAAの協力もあって対応に当たっていたわけだが、戦いの中で覚者達はその背後にあった妖の軍勢の存在を見つけ出す。
それこそ、ランク4の妖『牙王(きばおう)』率いる、『群狼』の存在であった。
「覚者の調査や夢見の予知の結果、彼らの目的が大規模な襲撃であることも掴んでいます。そのため、彼らが動く前に先手を打って攻撃を仕掛けることが決定しました」
『群狼』の妖は奈良盆地の山中にグループを作って散在している。基本的にそれを各個撃破していく形になる訳だがそれだけで済まない相手もいる。牙王をはじめとして、ミカゲや紫鼠といった強力な個体が確認されているのだ。
そうした者達には相応の戦力を向けることになることになる。この場の覚者達は、牙王の元に向かうことになるものだ。
牙王の元にいる妖も手強いが、話はそれだけではない。紫鼠の活躍により妖達の連携は強化されている。また、ミカゲが自由に動ける状態では、AAAがこちらに割ける人員も大きく減じてしまうだろう。そちらに向かう覚者達の動き次第ではあるが、上手く連携できなければ牙王に十分な戦力を送ることは出来ないだろう。
さらに、牙王の下には彼を守るべく、多数の妖が向かって来ようとすることだろう。これを押し留めることが出来なければ、覚者達は挟み撃ちになってしまい、苦戦は必至だ。
これらの条件を乗り越えた上でも、ランク4の妖である牙王は強敵だ。AAAの協力もあるとは言え、そう簡単に倒せる相手ではない。
それでも、と真由美は言う。
「はい。せっかく掴んだチャンスです。ここで倒すことが出来なければ、必ず大きな被害をもたらすことが見込まれます。どうか、皆さんの力を貸して下さい」
もし拠点を見つけることが数日遅れていたら、『群狼』の総攻撃は行われていた。今が最大のチャンスなのだ。
説明を終えると、真由美は覚者達に一礼をして、送り出す。
「怪我がなく……というのは難しいと思いますけど、気をつけてください」
●
FIVEと『群狼』の戦いが始まり、数時間が経過した。山中のそこかしこで、人と妖の戦闘が展開されている。
そんな中、『群狼』の拠点の中心部、群れの王である牙王がいる元へ1匹の小さな鼠が紛れ込む。報告にやって来た下位の妖だ。
牙王は報告を聞き、大きく身を震わせると、憎悪に滾った眼を見開く。
人間どもにしてやられた。いずれ自分達の巣を突き止められることもあるだろうとは思っていた。しかし、それがこれ程早かったのは牙王の誤算であった。本来ならそうなる前に、人里への総攻撃が始まっているはずだったのだから。
人間どもが予想以上に聡かったのか、憎悪故に人を過小評価していたのか。
それは認めねばならない。
だが、そうやすやすと敗れると思ってもらっては困る。少なくとも、今まで死んだ群れの妖と同じだけの命を奪わねば、こちらも気が済まないというものだ。
それに、この場に来たのが今まで『群狼』の攻撃を防いでいた者たちならかえって好都合。今ここで、自ら皆殺しにし、しかる後に改めて総攻撃の令を飛ばせば良い。
「アォォォォォォォォォォォォン!!!」
牙王の咆哮が山中に響き渡る。
気が弱いものであれば、それだけで意識を失ってしまう程の怒りと憎しみが込められていた。それは妖が本能として持つ、人という種への憎しみ。人と妖という存在が、争わなくてはいけない理由そのものだ。
「人間ドモヲ喰イ殺セ!」
牙王の力強い命令に山が震える。
姿だけを見るのなら、妖としては大きな変異をしていない部類と言えるだろう。しかし、その体躯は下手な熊よりも大きい。
何よりも、発する威圧感は周囲の妖と比べ物にならない。ランク4は伊達ではない、ということだ。
そして、牙持つ王は軍勢を動かす。自らの進軍に立ちふさがった強敵を討ち果たすために。
奈良盆地の山中に発見された妖のコミュニティ『群狼』。
多発していた動物系妖による連続襲撃事件は、この組織が引き起こしていたものだった。FIVEの覚者たちはAAAと協力し、多くの戦果を挙げてきた。
その最中、鳴海 蕾花(CL2001006)の調査がきっかけとなって、『群狼』の拠点が発見される。
夢見の予知によれば妖達は近々人里に現れ、大規模な襲撃の準備をしているという。この襲撃を許してしまえば、第三次妖討伐抗争後落ち着きつつある状況がまた混乱に戻ってしまうのは明白だ。
そこでFIVEとAAAは先手を打って、大規模な妖掃討作戦を発動するのだった。
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「皆さん。今日は集まってくれてありがとうございます」
集まった覚者達に挨拶をする久方・真由美(nCL2000003)。しかし、その表情にはどこか緊張が漂っていた。
当然だろう。多数の覚者が司令室に集められているのだ。オマケに資料を片手に久方・相馬(nCL2000004)や『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)といった夢見が走り回っている。よほど間の悪いものでもない限り、大ごとだというのは分かるだろう。
そして出されたお茶で口を湿らせる覚者達に、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「既にご存じのことと思います。奈良県で発生した妖の大量発生事件、その指揮を執っていた妖の存在が判明しました。これよりFIVEはAAAと共同で、討伐作戦を実施します」
ここ最近、奈良県では動物系妖による事件が多発していた。そこでFIVEはAAAの協力もあって対応に当たっていたわけだが、戦いの中で覚者達はその背後にあった妖の軍勢の存在を見つけ出す。
それこそ、ランク4の妖『牙王(きばおう)』率いる、『群狼』の存在であった。
「覚者の調査や夢見の予知の結果、彼らの目的が大規模な襲撃であることも掴んでいます。そのため、彼らが動く前に先手を打って攻撃を仕掛けることが決定しました」
『群狼』の妖は奈良盆地の山中にグループを作って散在している。基本的にそれを各個撃破していく形になる訳だがそれだけで済まない相手もいる。牙王をはじめとして、ミカゲや紫鼠といった強力な個体が確認されているのだ。
そうした者達には相応の戦力を向けることになることになる。この場の覚者達は、牙王の元に向かうことになるものだ。
牙王の元にいる妖も手強いが、話はそれだけではない。紫鼠の活躍により妖達の連携は強化されている。また、ミカゲが自由に動ける状態では、AAAがこちらに割ける人員も大きく減じてしまうだろう。そちらに向かう覚者達の動き次第ではあるが、上手く連携できなければ牙王に十分な戦力を送ることは出来ないだろう。
さらに、牙王の下には彼を守るべく、多数の妖が向かって来ようとすることだろう。これを押し留めることが出来なければ、覚者達は挟み撃ちになってしまい、苦戦は必至だ。
これらの条件を乗り越えた上でも、ランク4の妖である牙王は強敵だ。AAAの協力もあるとは言え、そう簡単に倒せる相手ではない。
それでも、と真由美は言う。
「はい。せっかく掴んだチャンスです。ここで倒すことが出来なければ、必ず大きな被害をもたらすことが見込まれます。どうか、皆さんの力を貸して下さい」
もし拠点を見つけることが数日遅れていたら、『群狼』の総攻撃は行われていた。今が最大のチャンスなのだ。
説明を終えると、真由美は覚者達に一礼をして、送り出す。
「怪我がなく……というのは難しいと思いますけど、気をつけてください」
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FIVEと『群狼』の戦いが始まり、数時間が経過した。山中のそこかしこで、人と妖の戦闘が展開されている。
そんな中、『群狼』の拠点の中心部、群れの王である牙王がいる元へ1匹の小さな鼠が紛れ込む。報告にやって来た下位の妖だ。
牙王は報告を聞き、大きく身を震わせると、憎悪に滾った眼を見開く。
人間どもにしてやられた。いずれ自分達の巣を突き止められることもあるだろうとは思っていた。しかし、それがこれ程早かったのは牙王の誤算であった。本来ならそうなる前に、人里への総攻撃が始まっているはずだったのだから。
人間どもが予想以上に聡かったのか、憎悪故に人を過小評価していたのか。
それは認めねばならない。
だが、そうやすやすと敗れると思ってもらっては困る。少なくとも、今まで死んだ群れの妖と同じだけの命を奪わねば、こちらも気が済まないというものだ。
それに、この場に来たのが今まで『群狼』の攻撃を防いでいた者たちならかえって好都合。今ここで、自ら皆殺しにし、しかる後に改めて総攻撃の令を飛ばせば良い。
「アォォォォォォォォォォォォン!!!」
牙王の咆哮が山中に響き渡る。
気が弱いものであれば、それだけで意識を失ってしまう程の怒りと憎しみが込められていた。それは妖が本能として持つ、人という種への憎しみ。人と妖という存在が、争わなくてはいけない理由そのものだ。
「人間ドモヲ喰イ殺セ!」
牙王の力強い命令に山が震える。
姿だけを見るのなら、妖としては大きな変異をしていない部類と言えるだろう。しかし、その体躯は下手な熊よりも大きい。
何よりも、発する威圧感は周囲の妖と比べ物にならない。ランク4は伊達ではない、ということだ。
そして、牙持つ王は軍勢を動かす。自らの進軍に立ちふさがった強敵を討ち果たすために。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.牙王の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
動物わくわくランド、KSK(けー・えす・けー)です。
この度は妖の軍団との一大決戦です
●特別ルール
・このシナリオでは戦場が広いため、範囲「全」「味全」は効果範囲が限定されます。自分を中心にしたある程度の範囲とお考え下さい。
●戦場
場所は奈良県山中の開けた一帯です。
「防衛部隊」が殿を務め、敵の増援を防ぎます。
「突入部隊」は牙王の場所に向かい、牙王と直属の眷属と戦います。
「防衛部隊」の戦力が不十分だと、「突入部隊」の戦場が大きく不利になります。
「突入部隊」の戦力が不十分だと、牙王を倒し切ることが出来ないかも知れません。
それぞれの戦場は互いにスキルを使用することが出来ないものとします。AAAの支援があるので、足場や灯りによる不都合は発生しません。
【1】突入部隊
牙王のいる洞窟に突入して、牙王と戦います。
牙王の他、直属の妖がいます。
【2】防衛部隊
殿を務め、やって来る増援が戦場に乱入するのを防ぎます。
「突撃部隊」の戦場と比べると、敵は弱めです。
火熊を始めとして、動物系妖で構成されています。
●妖
・牙王
動物系の妖でランクは4。ニホンオオカミのような姿をしており、全長3m程あります。動物系妖の組織、『群狼』のリーダーです。狼が変異した妖で、人間を喰い殺すことを何よりの喜びとする残虐な性質の持ち主です。
部下に対しても力で支配しようとする所はありますが、反面自分に従うものは見捨てない側面も持っています。
仮に『群狼』の妖が覚者にやられようものなら、同じように血を流させない限り止まることは無いでしょう。
策に頼るよりは力押しを好みます。
能力は下記。
1.疾走する牙 物貫2[貫:100%,50%] 失血、負荷
2.制圧の雄叫び 物全 虚弱、原則、ダメージ0
3.牙持つ王 P 自分の味方の命中と回避を上昇させる
4.鼓舞する雄叫び 特自 自身の命中と攻撃力を上昇させます
・火熊
動物系の妖でランクは3。周囲に炎を漂った巨大な熊です。並みの熊よりも巨大な姿をしています。動物系としては反応速度は遅いが、攻撃力が高い。
能力は下記。
1.暴れまくり 物近列 弱体
2.炎の息 特近列貫2[100%,50%] 炎傷
3.締め付け 物近単 重圧
・動物系妖
牙王に仕える妖の群れです。ランク1~2が混在しています。大半はランク1です。
近接攻撃を得意とする犬型、射撃攻撃を得意とする鳥型がいます。
【1】の戦場にいるものは牙王の直属であるため、強力です。
●プレイング書式について
今回、多数のご参加が見込まれるために、お手数ですがプレイング書式の統一をお願い致します。
(書式)
一行目:選んだ戦場の番号
二行目:チーム名または一緒に行動したい人のフルネームとID。お一人の場合は「一人」
三行目以降:自由記入欄
【7/6 修正】
三行目に記載されておりました『命数使用有無【有 または 無】』は
チェック欄にて行ないますので必要ございません。その為、項目を消去し
四行目以降の項目を三行目に修正いたしました。
(記入例)
【1】
一人
命、燃やすぜ!
●決戦シナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼相当です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】という タグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
●重要な備考
≪悪・獣・跋・扈≫のシナリオ成否状況により、奈良盆地の状況が決定します。
これ等の判定は基本的に『難易度が高いシナリオの成否程』重視されますが、『成否に関わらず戦況も加味して』判定されます。
総合的な判定となります。予め御了承下さい。
●重要な備考
決戦シナリオの結果は連動しています。
「≪悪・獣・跋・扈≫」の結果に応じて、AAAがこの戦場に送れる戦力が増減します。
「終了ターン」「負傷度」「その他の要素」に応じて援軍が増えて、覚者の戦闘が有利になります。
「≪悪・獣・跋・扈≫紫の病魔の風が吹きすさぶ」の結果に応じて、牙王軍の連携が変化します。
「終了ターン」「負傷度」「その他の要素」に応じて、牙王軍の牙王軍の速度・回避が下がります。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
50LP
50LP
参加人数
50/50
50/50
公開日
2016年07月19日
2016年07月19日
■メイン参加者 50人■

●突入部隊 BATTLE1
人に害を為す獣のことを悪獣という。もちろんこれは、人の恣意的な区分に過ぎない。だが、この場にいる獣達は、いずれも妖と化した存在。源素の影響で新たな生命体へと進化してしまった者達である。
これに対しては悪獣という以外の表現はあるまい。
奈良山中で始まったFIVE、AAAの混成部隊と妖の群れ『群狼』の戦い。既に始まってから数時間が見えてきたが、まだ決着がつく様子は見えない。
相応の準備を整えてはいる訳だが、戦況の報告にはどうしたって時間がかかる。そのため、どちらが優勢でどちらが劣勢なのかも決めかねる状況だ。だが、妖達は小さな鼠たちが連絡を行っているようで、奇妙に連携が取れている。AAAの部隊の一部が敵の襲撃を受けて動きが鈍っているのも辛い所だ。
しかし、状況は覚者達にとって不利なものだけではない。山中のあちらこちらに移動して戦っていた覚者達。いよいよ牙王への攻撃を行う部隊が、牙王の存在する一角に接近することに成功したのだった。
そして、覚者達の進んだ先で待ち受けていたのは、悪獣の群れであった。
「やれやれ、これはまたすごい大群だな。しかも1匹1匹が強力だ」
『花守人』三島・柾(CL2001148)は思っていた以上の敵の姿に苦笑を浮かべる。
群れと聞いていた以上、そう生半な相手だとは思っていなかった。しかし、聞いているのと見てみるのとでは大違いだ。王の指揮下にある妖達は並みの妖よりも力を発揮している。
「来タカ、人間ドモ……」
そこに声が響き渡った。聞いてみると威圧感のある声だ。伊達に王は名乗っていないということか。そう、群れを統べる王、牙王の声だ。
そして、王は大きく雄叫びを上げ、部下である妖達に号令する。
「人間ドモヲ、喰イ殺セ!!」
その雄叫びは覚者達の身を震わせる。恐怖に押しつぶされ、このまま心が折れそうになる。いや、心の弱いものであれば既に算を乱して逃げ出している所だ。
しかし、だからと言って戦わない訳にもいかない。
「守るものの為に全力を尽くすか」
柾は全身の細胞を活性化させて、構えを取る。
大切なものを奪われる訳にはいかない。そしてそれは、大事なものに害為す者への攻撃となって現れる。猛る闘志と共に柾は敵の中へと踊り込む。
「牙王! お前はここで終わりだ!!」
そして、戦端は開かれる。
妖達も確かに強敵が揃っている。しかし、此処に来たのはFIVEの中でも腕に自信のある者達だ。
「邪魔です。道を開けて、いただきます」
『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)が大地に命じると、土行の力によって生成された岩が妖達を押し潰すかのように降り注ぐ。
普段はおっちょこちょいの目立つ彼女だが、今日は違う。凛とした雰囲気を漂わせ、妖達と相対する。
強敵に対する恐れは無い。自分の役割は、あくまでも露払いだと考えている。だが、そうすることできっと仲間が道を切り開き、牙持つ王を討ち果たしてくれる。そう信じているのだ。
「牙王。我々FiVEが、その引導を、渡して差し上げます。
神室神道流、神室祇澄。いざ参ります!」
髪の奥できらりと目が輝いたような気がした。
「よーし、みんないくよー!」
『使命を持った少年』御白・小唄(CL2001173)が演舞を行うと、覚者達全体の体がふっと軽くなる。相手から重圧をかけられるのなら、こっちも地力を上げるだけのこと。
(……獣の因子が震えてる……! くっ……これは怯えなんかじゃない、ただの武者震いだっ!)
実のところ、小唄の中に恐怖はある。実際目にしたランク4妖は予想以上の威圧感を与えてきた。その恐怖を勇気で乗り越え、舞を魅せて見得を切る。
「狐筆頭、御白小唄! なんちゃって。牙王! お前はここで僕達が倒す!」」
どんなに怖がったところで、女の子を守るのは男の子の役割なのだ。すごすご逃げ帰る訳に行かないのが、男の辛い所なんである。
男が辛い、と言えば『ベストピクチャー』蘇我島・恭司(CL2001015)の立場もしんどい所だ。『スピードスター』柳・燐花(CL2000695)のサポートと言う形でやって来てはいるものの、反応速度に勝る彼女に追いつくのは決して楽な仕事ではない。
「はぁ、はぁ。群狼ねぇ……指揮者を倒せば、奈良の騒動はなんとかなるかな? TOPが強力であればあるほど、失った時の反動は大きいしね」
「頭を討てば、すべて終わる。簡単な理屈です。その為にできる事を成すだけ……ですが」
恭司に対して冷静に返す燐花。だが、ふっと振り返って一言だけ告げる。
「お願いですから、無茶はしないでくださいね。危なくなったら下がってください」
「燐ちゃんこそ、あんまり無茶して倒れないようにね?」
そうして、頷き合うとそれぞれに戦いを始める。
燐花は苦無を手に、全身の細胞を活性化させて斬りかかる。胸の奥に燻る感情も何もかもを燃やして戦う。だが、如何に神速を誇ろうとも相手の数が数だ。無傷と言う訳にはいかない。
しかし、そこへ癒しの霧が広がってくる。恭司の力によるものだ。
(あくまで、燐ちゃんのやりたいように……危険な場合にだけ介入だね)
まともにやり合って、ただですむ相手ばかりでないことを恭司は肌で感じている。それでも、その中で出来る限りの支援を行うために。そして何よりも、この少女の命を守り抜くために。彼がここに来たのはそのためだ。
再び互いに目が合う。どちらの心の中にもある想いは、相手を死なせないこと。
それを感じて、燐花の心の炎にさらなる薪がくべられる。
「猫だと侮るなかれ。十天、柳。参ります」
全力で立ち向かう覚者達。
しかし、王に率いられた妖達は精強だ。
容易に突き破れるものでは無く、覚者達にも少なからず怪我が蓄積していく。
「ランク4とか勝つ自信は全然ないッスけど!! でも黙って喰われるわけにはいかないッス!」
そんな中で必死に仲間の回復に当たっている『猪突猛進』葛城・舞子(CL2001275)の姿があった。水行の生み出す深層水が持つ神秘の力は、牙王の咆哮で挫けそうになる覚者の心へ力を与えてくれる。
こんな状況で仲間を支えてみせるのは、水行を扱う術者にとっては腕の見せ所とすら言えるのだ。
そして、舞子自身はちゃっかりと毒の衣をめぐらせて、自分の身を守っていた。
「そう簡単に焼肉定食……じゃない、弱肉強食になんてならないって見せつけてやるッス!」
何処か抜けている所も、抜け目の無さも、どちらも舞子の持ち味である。それを見せていられる内は、まだ妖などに負けてはいない。
「妖達のほうも言い分はあるんだろうが、人間を害するって言うなら排除するぜ。俺は正義の味方。みんなの平和を守らなきゃならないからな!」
美しい銀髪を血に濡らしながら、『想い受け継ぎ‘最強’を目指す者』天楼院・聖華(CL2000348)は立ち上がり、手の中の妖刀を妖達に向ける。
日本最強を目指す聖華だが、ただ強くなればいいと言うものではない。強くなる、人々を守る、どちらもやれてこそ本当に最強と言えるというものだ。
「人間の強さ、見せてやるぜ!」
人と妖の戦いはますます激しさを増していく。その中で、【睡蓮】の『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)はふと思う。
(人間への憎み? 妖は何等かの想いが形として現れたものなのか……?)
妖達の発生原因、存在意義、そして殺戮を行う動機。いずれもまだまだ謎に包まれている。だけど、やるべきことは決まっている。何が正しいのか分からないのなら、助けが必要であるという自分の直感を信じ動くだけの話だ。
「人の幸せを壊させはしない。俺の手で守れるものは守る!!」
奏空の手に握られるのは天獄村の柄司の『鬼地刀』と、彼自身のの『空』のイメージで鍛えられた双刀。2人の友情の証だ。それはこの過酷な戦場を戦い抜くための勇気を与えてくれる。
そして、奏空の力はそれだけではない。
賀茂・たまき(CL2000994)が生み出した防御フィールドは、奏空の身を守ってくれている。
「最後には 全員無事に此処から出ましょう!」
敵の渦中へと向かう奏空に声を掛けるたまき。その時さらに、彼女へと呼びかけるものがあった。
「たまきちゃん、上から来ます!」
声の主は『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野・鈴鳴(CL2000222)だ。
たまきが慌てて回避したのを見て、ほうっと胸を撫でおろす。
(2人とも大切なお友達だけど、目を離すとどんどん危ない目に遭って……)
FIVEの覚者には老若男女、様々な年齢や経歴を持ったものが集っている。そんな中で同年代の友人は貴重なものだ。しかし、2人とも放っておくと危険な場所へと向かってしまう。
それを止めることはきっと出来ないのだろう。
「だから、私がそばで癒します。傷つくのを見てるだけなんて、嫌なんですっ」
鈴鳴の祈りに応じるように、癒しの力を帯びた雨が覚者達の体を濡らす。それは彼女の心の底に秘めた涙なのか。
それなりに練度を必要とする術であり、疲労が無いとは言わない。だけれど、大事な大事な友達が傷つく痛みに比べればどうということは無い。
そして、傷が癒えて行くのを感じながら、たまきはそっと鈴鳴と視線を交わす。
たまきも考えていることは同じだ。大好きな友達を守るという気持ちに違いは無い。彼女が手に握る護符に力を込める。そこに込められたのは平和な世界への祈りと、友達への想い。
「牙王さんの元へすぐに向かう方達の為に、これ以上、一般の人達を怖がらせない為に……」
すると、大きく大地が隆起して、道を塞ぐようにしていた妖の身を貫く。
「私達が 道を切り開きます……!」
●防衛部隊 BATTELE1
山中に怒号と悲鳴が響き渡る。
覚者達はあちこちに動き回り、確実に妖達の数を減らして行った。だが、妖達にも最低限の連携は存在する。妖達は戦力を牙王の下に集め、反攻に打って出ようとしていた。そして、それを見越して覚者達も準備を進めていた。
互いが相手の裏をかこうと言うのなら、後は戦いの場に立つもの達の戦いに酔って結果は決まる。
「ようやく首魁が出てきたわね。ま、でも、みんななら無事倒し切れるでしょうから。彼らの負担を軽くするのが私達の仕事、よね?」
『霧の名の鬼を咎める者』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は優雅に一礼をすると、妖達の前に立ち塞がる。
エメレンツィア達の前に集まっている妖達は、牙王ではない。牙王が襲撃を受けたことを知り、増援にやってきた者達だ。そして、それを食い止めるために彼女はここに立っている。
「私達は皆で戦っているのだから。犠牲になっていい人なんていないわ。誰一人もね」
しかし、それは殊勝な自己犠牲の精神から、等ではない。あくまでも妖の襲撃による大災害を防ぐためだ。そのために必要だからここに来た。
エメレンツィアの言葉に応じるように、辺りに荒波が姿を見せる。そして、彼女が合図するとそれは妖の群れへと叩きつけられた。
「水行は土行と並んで攻防一体。守るだけじゃないのよ!」
エメレンツィアの一撃が、覚者と妖の戦いの始まりを告げる。妖達が行う連携の取れた戦い方は驚異的なものである。だが、覚者達にだって連携はある。
「みんな、ええか。無理はしたらあかんで。俺らが倒れたら、敵の大将と戦ってる仲間がピンチになるさかいな!」
「そうそう、無茶は禁物。誰一人かけてもこの戦いに勝てないわヨ!」
【光邑家】の光邑・研吾(CL2000032)と光邑 リサ(CL2000053) が周りの覚者達に呼びかける。決してこの夫妻は自分達が戦いを得手にしているとは思っていない。だが、それならそれなりの戦い方があることは分かっている。
「じいちゃんとリサさん、助かるぜ!」
夫妻のバックアップを受けて、『五麟マラソン優勝者』奥州・一悟(CL2000076)が妖の群れに向かって拳を叩きつける。すると、拳の中に圧縮された空気が衝撃を解き放つ。
「こっから先には1匹たりとも行かせねえぜ!」
威勢よく叫び次の目標に対して構える一悟。その横をすり抜けようとする妖がいたが、彼は無視をすることにする。大丈夫だという声が聞こえてきたからだ。
「抜けていけるとでも思うたかいな? あまいな。そう簡単には行かせへん」
研吾が刀を振るうとそこから炎が迸り、走る妖はそれに包まれてしまう。
これが研吾の戦い方だ。大事なことはここを守り切ること。たとえ自分に敵陣の中で戦う力が無くとも、敵陣の真っ只中で戦う孫が集中できるようにすることは出来る。
「AAAのみなさん、一体ずつ攻撃を集中してたおして行きまショウ!」
それはリサも同じこと。
リサの言葉に応じて、AAAからの集中砲火が妖を貫く。そして、最後に彼女の生み出した鋭い棘が妖を切り裂く。
そんな周囲の光景を見て、『ロンゴミアント』和歌那・若草(CL2000121)はふぅっとため息を漏らした。
「妖相手の総力戦っていうのは新鮮ね」
どこか皮肉めかせた若草の言葉。
確かにその通りだ。今まで隔者組織や憤怒者組織が行う大規模作戦を防ぐために、FIVEも総力戦を行うことが多かった。だが、今回は違う。人間の支配を望む妖との戦いだ。
「同じ人間を相手にするよりかは気が楽だけれど……血は流れるものね。最低限に留めておきたいわ」
そう言って若草は回復効果のある霧を周辺に広げた。覚者達だって多少なりとも怪我を負っている。だからこそ、それを止めることが彼女の役割だ。
いつかのように、妖を取り逃がして被害を広げる訳にはいかない。
「そもそも、何でこいつら暴れてるんだよ。めんどくせーな。人と妖が上手く棲み分けできる世界って……できねーんだろうなぁ……」
面倒くさそうに呟きながら、『第二種接近遭遇』香月・凜音(CL2000495)は水を操りベールを作り出す。前衛で元気良く戦う『天衣無縫』神楽坂・椿花(CL2000059)の身を守るためだ。
「皆が安全に大きな狼と戦えるように、椿花達で周りの妖を退治するんだぞ!」
紫の炎を纏い、身の丈ほどもある刀を手にして椿花は妖と切り結ぶ。火行の力によって、彼女の一撃は幼さを感じさせない正確な軌跡を描いて妖に一撃を与える。
「うーん……痛いのはやだけど、怖い事なんて無いんだぞ!」
(本当ならあまり戦わせたくないんだがなー。妙に張り切ってるのが強気の裏返しじゃなけりゃいいんだが)
戦う椿花を完全に保護者の視線で眺めながら、凜音は心の中で嘆息を漏らす。気が付けばすっかり籠り役が板についてしまった気がする。
そして、好むと好まざると子守りをやっている以上、椿花を傷付けるわけにはいかない。
しかして一方、椿花もまた同じ思いを胸に戦っていた。
(椿花が頑張ってる内は、凜音ちゃんに傷一つ付けさせないんだぞ!)
来年から中学生になるんだし、もう自分のことを子供だとは思っていない。動物と戦うのは心苦しく思う。それでも、戦わなくては困る人たちがいるのだ。
子供は親のことを思うものだし、子供だって親のことを思うもの。それを思えば、凜音の心の嘆きとは裏腹に最早保護者と子の関係から抜け出すことは難しいようである。
「なんか後先考えないデモ隊みたいだよね。突発性と考えれなくもないけれど、今まで何もなかったんだ」
葉柳・白露(CL2001329)は純白の刀を二振り構えた状態で、忌々しげに呟く。既に戦いは始まっており、ここに来るまでも妖を何体か切り裂いてきた。しかし、不思議と純白の刀は血に塗られていないかのように輝いていた。
白露の評は正しい。『群狼』の振る舞いは後先考えないデモ隊の行動そのものだ。もっとも、妖達にそれ程の自覚は無いだろう。たしかに、過去FIVEが遭遇した妖と比べれば知性の高さを見せてはいる。だが、人里へ攻撃を行って以降のことについては、十分な考えが及んでいない節もある。
「統率を失えば動物系なら帰りそうな気もするし、狼王倒せたら無意味になると思うけどね」
退路を確保しながら白露は戦う。FIVEの面子ならどうにかなるだろうが、AAAはそうもいかないだろう。この辺が力持つとは言え動物である妖と、覚者である彼女の差だった。
と、その時、唸り声と共に1匹の妖が覚者達の元へと駆けてくる。
全身を炎に包んだ巨大な熊だ。敵増援の中で確認された、ランク3の強力な妖である。大方、突破できないこう着した状況に業を煮やし、打破するべく攻勢に入って来たのだろう。
「相手として不足がある訳ではありません、本気で戦いましょう」
その道を塞ぐように納屋・タヱ子(CL2000019)は盾を構える。戦闘では相手を過度に傷付けないよう、刀剣の類は持たない事にしている。だが、彼女が自分の戦いを行うのにはこれ以上ない装備だ。
「どうあってもここを動く訳にはいきません。通りたいなら……私を倒していくことです」
その眼差しに秘められた覚悟は、ランク3の妖と言えども一瞬のたじろぎを見せる。
妖の立場にしてみれば、一刻も早く王の下へと向かうことこそが勝利なのだろう。ならば、タヱ子の勝利はここを通さないことだ。
「妖と人の都合が合うとは限りません。その都合を通したいならそれを道理とするだけの力を出して下さい」
●突入部隊 BATTLE2
状況は決して覚者達に有利とは言えなかった。
牙王の直属の部下は強力だ。そして、それらは王の指揮下にあるが故に、本来以上の力を発揮する。加えて、防衛部隊が取りこぼした妖も戦場に現れるようになってきた。目の前だけに集中できる状態ではない。しかし、覚者達は血路を開いて戦う。
「これほど大規模な群が本格的に動き出す前に対応出来てよかったよ」
『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)は、戦いの中で汚れた髪を軽く直しながら足元に転がる妖の死体に目をやる。
これ程の怪物が群れを成して人里にやって来たのなら、人類の勝ち負けはともかくとして並々ならない被害が出たことは間違いない。実際、この戦場で彼女自身まともに攻撃が出来ない程、状況は厳しい。
だが、夜明け前が一番暗いものだ。ここを乗り切れば、一連の事件は幕を閉じる。
「ここで牙王を倒せれば奈良県で起きてる動物型妖の騒動が治まるはず。全力で支えてあげるからしっかり牙王を倒してね!」
そう言って疲れを見せる仲間に、気力を補充する。
「そんなに人間が憎いか。ま、色々あったんだろうけどさ」
大釜を杖のようにして『笑顔の約束』六道・瑠璃(CL2000092)は立ち上がる。
牙王の憎しみの理由、問い掛ければ答えを得られる可能性はある。しかし、立場が違い過ぎる以上、どんなに話を聞いても同情までしか出来ない
「結局人間の敵になるなら、戦わざるをえないさ」
そして、瑠璃が手をかざすと生まれた雷雲が妖の群れを蹴散らしていく。
まだ敵が尽きることは無い。しかし、覚者達の心も折れてはいない。重なるように現れた雷雲が、これでもかとばかりに妖の身を焼く雷を放つ。さらに大地から衝撃が放たれ、妖を吹き飛ばす。
天と地から繰り出される牙の一撃にも似た攻撃は、牙王への道を切り開いていった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「ここで保健委員の渚が参上! 狼さんも守るべきものがあるんだね。でも負けないよ」
どこか軽いノリと共に妖達へと名乗りを上げたのは、『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)と『天使の卵』栗落花・渚(CL2001360)だ。
渚の方に至っては、ご丁寧に保健委員の腕章をかざしてばっちり決めている。
「牙王さんが敵の親分ということですね。今まで見た中でも数少ないランク4……中でも王を名乗る妖の実力はどれほどなんでしょう?」
既にラーラは魔道書の封印を解いている。でなければ、敵の吠え越えに気圧されてひとたまりも無かったろう。まだ、敵が札を残しているのは明らかだ。それでも、渚の笑顔に陰りは見えない。
「大丈夫だよ。私が守るから。倒すべき相手に集中して」
渚は天真爛漫なだけではない。人の命を守ることについては誰よりも真摯な少女だ。そんな彼女の言葉だからこそ、信頼に値する。
そしていよいよ、王に通じる道が開かれる時がやって来た。
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)が扇を舞わせると、導かれるようにして水で出来た竜が姿を見せる。現れた竜は行く手を阻んでいた妖達を薙ぎ払った。
もちろん、牙王を守る妖達は十分な数残っている。しかし、これで王への道を阻むことは出来ない。
覚者達は最後の勝負をかけるべく、開かれた道へと突き進む。
「それにしても、妖でさえなければ……動物わくわくランドみたいで嬉しかったのに」
もっとも、当のゲイル本人はそんな益体もつかないことを考えていた。これで自分の仕事はあらかた終わったようなものだ。
だから、ついついその先のことを考えてしまう。
(最終的にはそれ自体を未然に防げるようにしたいよな。いつまでも覚者としての力があるとは限らんのだし)
もちろん、それは今どうこう出来る問題ではない。しかし、源素が謎多き力である以上、いつかはその日を迎えなくてはいけないのだ。そして、その日のためにもここで倒れる訳にはいかない。
対する妖もアジトに攻め込んできた覚者達を生かして返すつもりは無いようだ。一際巨大な雄叫びを上げて、覚者達を威嚇してくる。
「相手が大妖だろうが関係ない、ぶちのめしてやる。牙王をブチのめせばいいんだろ」
『戦場を舞う猫』鳴海・蕾花(CL2001006)は獣のように唸り、王への道を通すまいとやってくる妖達に牙を剥く。
正直な話、京都の危機、復興にも手を貸さなかったAAAと協力するのは癪だ。奴らはFIVEが尽力した後のノコノコやって来た。だが、この事態を放っておくことも出来ない。そんなやりきれない思いを胸に、蕾花は疾風の如く戦場を駆けまわる。
そして、『月々紅花』環・大和(CL2000477) のサポートを受けながら、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は牙王に向けて距離を詰め、周囲を守る妖ごと攻撃する。
「牙王でもこれ程の迫力。ヨルナキを間近で見ることになればどれだけのプレッシャーを感じることになるのかしら」
「あぁ、大したものだ。だが、ヨルナキに比べればまだまだと言える。本能のままに憎しみ、ただ貪る。人の言葉を操れたところでただの獣と変わらないようだな」
紛れも無く、過去に出会った妖の中では最大の相手だ。しかし、だからと言って覚者達は臆さない。恐怖は確かにある。それを乗り越えることが出来るのが人間なのだ。いつもの妖退治と本質は同じ。相手がいつもよりも手強い、それだけの話だ。
「傷はわたしが癒すわ。氣力も回復するから安心して思いっきりやって頂戴」
千陽の背中に向かって大和は告げる。牙王を倒すために、みんなが安心して戦えるように取り計らう。彼女にはそれをやりきる自信があった。その一方で、牙王の姿に自分の好きな犬たちの姿を思い出し、ちょっと心苦しさを感じてしまう。これも心のどこかで余裕を持って事に当たれているからだろうか。
そして、後は任せたとばかりに千陽は目の前にいる巨大な妖――牙王に集中する。
「狙いはなんだ? ヨルナキのように人の世に混乱を求めるか?」
「人ノ世ナド知ラヌ……我ハ人間ドモヲ殺セレバソレデヨイ」
千陽の問いに対する答えは予想以上にシンプルなものだった。だが、それ故に必ず止めなくてはいけない類の内容でもある。
「だとしたら、絶対にここで止めなくてはいけない。人を侮らないでもらいたいものです。この先に行く前に倒します」
覚者達の一斉攻撃が牙王に向けられる。しかし、相手は強力なランク4。動物系妖にふさわしい俊敏な動きで躱して、代わりに覚者達を牙で切り刻む。
「さすがというべきか、一筋縄では絶対に通じないな」
水蓮寺・静護(CL2000471)は全身を朱に染めながら立ち上がった。命数がまだ残っているのなら戦うことは出来る。相手が如何に強大であっても、覚者達が力を合わせれば倒すことは不可能ではないはずだ。
「……この体が震える感覚、これは恐れなんかではない。否、むしろ逆だ。僕は今、お前と刃を交えたくて待ち焦がれている……!」
体内に宿る炎を滾らせ、静護は蒼き刃で牙王の足を狙って斬りかかる。相手の動きが敏捷性ならば、それを奪えば戦いは一気に有利になる。
落ち着いた構えから放たれた斬撃が蒼い軌跡を描く。すると、牙王の足から血が舞う。
まだ浅い。だが、剣で傷付く相手なら倒せない道理は無い。
そして、そんな覚者と妖の戦いを眺め、血だまりの中で『スーパー事務員』田中・倖(CL2001407)は思う。この場で行われている戦いに、自分はあまりに非力すぎる。
(少しは荒事に慣れてきたとはいえ、僕は非力な存在です。人を護ることを望むなんておこがましいくらい、弱い未熟者です。気弱で臆病で一人では何も為せない…そんな存在です)
戦いの中で多少は支援の真似事位は出来た。しかし、牙王が攻撃に乗り出してきた今、倖の力はあまりに貧弱なものだった。それでも、と思う。倖はみんなの役に立ちたい。そのためにここにいるのだから。
自分の力が不足しているのは知っている。だが、覚者には1つだけ足りない力を補う手段がある。
魂の使用。
己の魂を削り、ほんの一瞬命を燃やす最後の手段とでもいうべき方法。それでも足りないのだろう。だとしても、それが強大な妖を打ち破る一打になるのなら!
「これも、事務員のお仕事……ですから」
みんなの役に立つため、名前も知らない想い人のため。
倖は拳を繰り出す。それは非力な倖という青年だけの力ではない。必死に引き出した魂の力、そして、牙持つ王自身の力をも利用して、『群狼』の長に痛打を浴びせることになった。
●防衛部隊 BATTLE2
牙王に痛打が浴びせられたのと時を同じくして、次第に妖達の連携に狂いが生じた。先ほどまで戦場に見え隠れしていた鼠が、いつの間にか姿を消していた。
また、ようやく遅れていたAAAが戦場に辿り着いた。彼らも傷ついてはいるが、士気はなお高い。
AAAの介入によってひとまずの落ち着きを取り戻した戦場で、『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)は、ため息と共に言葉を漏らす。
「今までの犠牲分の命は奪いたい、とか随分と人間臭い考えの動物どもなのです。自然の動物なら不必要な殺しに命をかけることなどないというのにですよ」
妙に知恵を付けた結果なのか、既に『群狼』の妖達の判断は普通の動物の枠をはみ出している。その理由を述べるなら、答えはただ1つしかあるまい。
「……所詮は妖、ということでせうか」
妖は人間に対して、極めて好戦的な性質を持っている。それに知能の高低は関係無いようだ。
そんな相手に槐が手加減をしてやる義理など無い。
「ならば私は、命を奪うのを邪魔すると行かせて貰うのですよ」
槐が力を解き放つと、妖達が突然怯えを見せ始める。あるものは狂乱したかのように吠え、無意味な行動を繰り返しているものもある。
狙った通りの混乱が発生して、密やかに笑みを浮かべる槐。
その横で『RISE AGAIN』美錠・紅(CL2000176) は傷を抑えながら気合を入れ直し、『黒百合』諏訪・奈那美(CL2001411)は癒しの力を用いる。
「一匹も通させない。さあ、いくよ!!」
「申し訳ございませんが、ここから先には通せません」
スキルによって情報の連携を行いながらの戦闘だ。決して余裕が余っている訳ではない。それでも、この数が人里下りてくるとか、たまったものじゃない。
それぞれの手に握った刃に力を込めて、動きを鈍らせた妖にトドメを刺す。
覚者の側の疲労も大きいが、妖の側の消耗も少なくない。紅は敏感にそれを感じ取り、周囲の覚者達へと伝える。
一方の奈那美は決して戦いが得意な方ではない。ここまで立って来られたのは、仲間に庇ってもらいやすい位置にいたこと。そして、命数を燃やしてでも戦う覚悟を持っていたからだ。
「首魁たる牙王の討伐は皆様にお任せします。私に出来る事はせめて皆様の邪魔になるやからを邪魔することです」
たとえ力が無くたって、それは何もしないことの言い訳にはならない。癒せる傷がが微々たるものであっても、必ずそれには意味があるはずだと信じて、敵増援の中でもひときわ巨大な熊の妖を睨みつける。
「貴方達にも守るべき仲間、誇るべき矜持があるのでしょう。ですが、それは私達も同じです」
奈那美は基本的にきちんと善悪を弁えた少女だ。いくら妖と言えど、滅ぼすのが本当に正しいのかは実のところ誰にも分からない。そんなことは分かっている。
それでも、少女は選択する。
「譲れないものの為に、それが悪の行いであったとしても貴方達を滅ぼします。それが人でありながら異能を得た私達の使命であると信じています」
最終的に人と妖の戦いはここに行きつくのかも知れない。自分が大事なものを護るため、人々は妖の私掠に抗うのだから。
そして、三島・椿(CL2000061)と三峯・由愛(CL2000629)は覚者とAAAの中で暴れ回る妖に目を付ける。この場に介入してから、妖側の優勢を作った妖である。
「やはり、あの火熊を倒さないとまずそうよね」
「確かにあの火熊が一番強そうです。私たちが止めないと牙王と戦っている皆さんに危険が及びます」
椿の第六感が嫌な予感を感じ取っていた。アレの突破を許せば、そこから多くの増援が牙王の下へと送り込まれてしまうだろう。それをやらせるわけにいかない。
「正面から、迎撃します。1匹も逃がしませんっ! 三島さん、頑張りましょうっ」
「これ以上、行かせない」
由愛は機関銃の狙いを火熊に向け、周囲の妖も巻き込むように弾丸をばら撒く。たおやかな少女の見た目に似合わない巨大な武器だ。だが、彼女はそれをやすやすと使いこなす。
「あなたたちはここで撃ち落とします。覚悟してくださいっ!」
回復を優先していた椿も、攻勢に転じる。この状況を長引かせるのは危険だ。それに一見クールで落ち着いた印象を与える彼女だが、実のところ根っこは豪快だったりするのだ。
「これで終わりよ!」
構えた和弓から高圧縮された空気の弾丸が撃ち出され、妖をたじろがせる。
そこで一気に距離を詰めたのは『優麗なる乙女』西荻・つばめ(CL2001243)だ。自分1人で動いているからこそ、周りとの連携を意識しなくてはいけない。先ほどまでは群れる妖達を相手にしていたが、今はランク3を止めるべき時だ。
「同じ近接攻撃タイプ、腕の試し所ですから気合いを入れて掛かりませんとね」
つばめの手には珍しく愛刀が握られていない。戦いの中で落としたのだろうか? いや、そうではない。徒手による攻撃を行うために、一時的に手放しただけのことだ。
防衛部隊の突破を狙う妖の体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。
距離を詰めた状況から、つばめは体格に勝る熊を投げ飛ばしたのだった。あまりにも想像を超えた景色に一瞬、場の覚者達は時間が止まったかのような錯覚に陥る。
しかし、ここでつばめが生み出した勝機を見逃す覚者達ではない。
「ヤマト、ありす! 行くぞ、熊と炎比べだ!」
「行くぜ二人共! クマに負けてたまるか!」
「ふん、いいわ。目に物見せてあげようじゃないの」
『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)、『B・B』黒崎・ヤマト(CL2001083)、『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)の3人は、【焔鉾】となって妖を迎え撃つ。狙う相手はランク3、言うまでも無く強力な敵だが、相手にとって不足は無い。
相手が炎を操るのであれば、それ以上の炎を持って迎え撃つだけの話。
「内なる炎よ、目覚めなさい! 開眼!」
体内に宿る炎を灼熱化し、威力を上げた炎で妖を包み込む。
理屈は極めて単純だが、それだけに効果の大きな攻撃だ。もっとも、使い手のありす自身の内面はそれ程単純でもない。
(ヤマトは絶対無茶するから、アタシが守らなきゃ……べ、別に心配してる訳じゃないわ、仲間が倒れたら困るだけよ!)
そんなありすを狙ってくる周囲の妖に対して、庇うように立ちはだかりながらフィオナは愛用の剣を振るう。体内に宿る炎、それどころか命の炎すら燃やしての戦いだ。
だが、フィオナの心に恐怖も後悔もない。ありすもヤマトも五麟に来たばかりの時に優しくしてくれた大事な友達だ。
大事な友達を守るのは騎士として当然のことだし、フィオナにしてみれば命を懸けるに値すること。それに2人が互いをどのように思っているかなど、外から見ればはっきりと分かる。
だが、妖は立ち上がると強力な炎で反撃を行ってくる。だが、まだ倒れる訳にはいかない。全身の炎を集中して立ち向かう。
「さあ。私達の炎、消せるものなら消してみろ!」
「猛ろ! レイジング・ブル! 心の熱さなら誰にも負けねー!」
FIVEが戦ってきた中でも、やはりランク3の妖というのは紛れもない強敵だ。ヤマトも耐えているだけで意識が吹き飛びそうになってくる。
だが、寸での所で気張って見せる。
一緒に戦ってくれている女の子たちがいるのだ。男と言うものは女の子の前では普段よりも1回以上気張らないといけない。大昔から法律で決まっているのだ。
「1度で駄目なら――もう1回!」
フィオが剣を杖のようにして立ち上がり、炎の力を込めた斬撃を放つ。
「火焔の三重奏だ! 喰らいやがれ!」
ヤマトがレイジング・ブルをかき鳴らすと、巨大な炎の塊が姿を見せる。
それはありすの作った炎弾と共に妖の体を焼き払う。
「アタシ達の炎は全ての敵を燃やし尽くす!」
さしものランク3と言えど耐えきれるものではない。これでも『群狼』の戦力としては有数の妖である。しかし、この炎勝負。軍配は覚者達の側に上がった。
勝利を告げる発光信号が輝く。
そして、指揮するものを失った妖達は算を乱し、それぞれに勝手な行動を取り始める。この瞬間、防衛部隊の成功が決まった。
●BATTELE FINAL!
激化していく戦場の中で、『月下の白』白枝・遥(CL2000500)は冷静だった。この場にいる強敵相手に何度倒れそうになったことか。だが、意志の力でそれをこらえて必死に立つ。
何処までやれるかは分からない。それでも、誰かが哀しむ結末にしないために。
そして、ほんの僅かに牙王が足を止める。遥の張った薄氷に足を取られたからだ。だから、意を決して疑問を口にした。
「ずっと聞きたかったんだ。これまで沈黙していたのに、どうして今になって軍隊のように人を襲うの? 積りに積もった怒り? それとも、誰かに何かを言われたの?」
「誰ニ言ワレタノデモナイ。コノ怒リハ我ノ怒リ」
妖として目覚め、知性を得て、牙王が部下を集めたのはそれからだったのだろう。さしもの彼と言えど、1匹で人間と戦えると思うほど愚かではなかった、ということだ。そして数を集め動き出す直前に、この戦いは始まった。
「話してくれて有難う……獣の王さま」
そして、牙王の一撃を受けて遥は力無く大地に倒れる。戦いの中で牙王も次第に傷付いてき動きも鈍っているが、その力も憎しみもはいまだ健在だ。
「ここまでの憎悪の原因は何かねえ。ニホンオオカミみてーってことで、その絶滅だかがトリガーになったとか?」
大業物を手に『侵掠如火』坂上・懐良(CL2000523)は思う。
おそらく、その推測は正しい。牙王には妖の本能だけでなく、個体として人間に憎しみを抱いている。であれば、その正体は種の絶滅と考えるのが妥当だ。
そう考えると、生態系を崩した人間の側にも責はあるのかも知れない。だが、同時に人間だって動物だ。
「まー、人間も自然の一部ってことで。この戦いも、ただの自然な生存競争ってことにしとこうか」
AAAの増援がやってきたことで、牙王の対処に集中できるようになってきた。しかし、懐良は油断しない。手負いの獣と言うのが一番恐ろしい敵だからだ。
それに、相手に如何なる事情があろうと気にしないで戦う覚者というのもいる。こと、【十天】はそうした覚者を多く擁していた。
「キバオウだっけ? オレは別に、妖に怒りも恨みも無え。でもオレは人間だから、妖が人間を襲うってぇなら人間側で戦うさ。んで、どうせ戦うなら、一番強いヤツに挑みたいよなあ!」
鹿ノ島・遥(CL2000227)はこの状況を楽しんでいた。人間の強敵とは何度も戦ってきた。妖の強敵とだって戦った。だが少なくとも、目の前にいる獣は今まで戦った妖の中でも最強の相手だ。
相手は明らかに格上の存在、しかし格上だからこそ戦う価値がある。
「ああ! こういうのいいね! でっかいのとやりたかったのよ!!」
『裏切者』鳴神・零(CL2000669)もまた、歓びに傷付いた体を震わせている。彼女もバトルマニアの口ではあるし、死線すれすれのスリルを快感に変えてしまう困った性癖の持ち主だ。この状況が楽しくないはずもない。オマケに無辜の人々を救える大義名分までついてくるのなら、言うことなしだ。
「十天、鳴神零!! 今日でその牙、折ってやるから覚悟しなさい。純粋に、純戦を、どちらかが、死ぬまで、戦いあおう!! そっちは獣生をかけて、私も命をかけて!! ぐっちょぐちょになるまで、お互いの牙をぶつけあおうじゃないの!!」
「あんたはあんたの都合で戦えばいい! オレはオレの都合で、あんたに挑ませてもらうぜ!! オレは、ただ蹂躙され、狩られるだけの存在じゃない、あんたと『戦う』『敵』だ!! FiVE所属! 『十天』が一、鹿ノ島遥! 流儀は空手! いざ参る!」
零は軽やかに刃を舞わせ、遥は鍛え抜いた拳を叩き込む。
そんな彼らを同じく【十天】の『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)はどこかほほえましげに眺めていた。
牙王と矛を交える者達に比べると、きせきは冷静だ。冷静に、ただ楽しげに群がる妖と戦っている。その様は、逆に異常とすら言えた。
それは過去の事件で、きせきがどこか『壊れて』しまったからだ。
しかし、同時に頼もしい姿とも言える。こうやってニュートラルな視点を持つが故に、野放図に戦う面子を制御することが出来ているのだから。
「十天が一、御影きせき! ぼくたちのほうが強いもん! 邪魔なんてできないよー!」
そんなある意味で無茶な仲間達を、困ったように、あるいは頼もしげに顧みて『星狩り』一色・満月(CL2000044)は牙王に向き直る。
「妖か、アンタらはいつでも境界線を堂々超えてくるな。超えたらお互いにただでは済まないのはもう知っているだろうに」
『群狼』はやり過ぎた。お互いに何もしなければこうして戦うことも無かった。妖が人を殺そうとする理由を掴めばこうした戦いは無くなるのだろうか?
だが、今ここでその答えを探すには最早時間が無い。
「十天、一色満月。貴様らを燃やす炎だ。
俺の炎は黒いぞ――」
言葉と共に黒い炎が姿を見せる。突き通そうとしているのは人間が生きていくためのわがままかも知れない。それでも、戦う。
黒い炎を纏った刃が、牙王を燃やし、切り裂く。
牙王が覚者達を制圧するべく雄叫びを上げるが、勢いづいた覚者達は止まらない。それに、恐怖を乗り越えるために必要な感情は何も勇気だけではない。
「ふふ、即興にしてはいい感じのチームよね、私たち。この繋がっていく感じ……堪らないなぁ!」
最前線で拳を振るう『スポーティ探偵』華神・悠乃(CL2000231)はすっかり上機嫌な様子だ。目にもとまらぬ連打で、確実に牙王に攻撃を当てている。
「オー! 華神さーん! こうして共に戦うのは二度目デシタカ? ともかく宜しくデスヨー! フフ、今度こそ愛しの両慈に良いとこ見せて惚れて貰いマ……アレ?」
『恋路の守護者』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)も周りの盾となり……主に『雷麒麟』天明・両慈(CL2000603)を守るべく、妖達の前に立ち塞がっていた。
しかし、その時ふと妙なことに気が付いてしまう。
悠乃の伸ばし始めた髪に、いつものエクステがついていない。
それに、両慈を見る悠乃の目に何か宿っているものがある。
恋する乙女が何かを察するには十分過ぎる。
「マ、マサカ…!?」
「リーネ、作戦中だぞ、気を抜くな!」
「ワー! 何デスカ両慈! 人の気も知らナイデー!」
天明両慈という男は戦場に咲く花の存在に気付くような男ではない。ましてや、そもそものきっかけがちょっと前に悠乃の髪を褒めたことにあることに気付くような器用さなど、持ち合わせていないのだ。
八つ当たり気味に手近な妖を攻撃するリーネの姿を見て、作戦に戻ったと安心してしまう始末なのである。
そんな恋のさや当てを正しく理解し、客観的に見ているのは、『ドキドキお姉さん』魂行・輪廻(CL2000534)だけだった。
「何か決戦だと言うのに賑やかねぇ♪ ま、このノリは好きだけどねん♪」
相手は人を皆殺しにしようという怪物。大真面目に戦わなくてはいけない相手ではある。だけど、それでは生きている甲斐が無い。
(恋する乙女は強いわねぇ~それも二人なんて後輩君も隅に置けないわねぇ♪ まぁ片方の好意には気付いてないみたいだけど)
彼らの関係がこの先どうなるかなど、知りようがない。しかし、こういう気持ちがあるから戦えることだってあるのだ。
「じゃ♪ この続きを見る為にも頑張っちゃおうかしらん♪」
「何を言っているかは分からんが、ケリをつけるぞ」
両慈に言われて輪廻は牙王に打撃を入れてバランスを崩す。そこへ追撃を入れるのは悠乃だ。
「敵が何かではなく、私がどうありたいか、よ。つまり、素敵な仲間との人生を謳歌する私の笑顔は、どれ程の悪意でも消し得ないということ!」
体勢を崩しながら、それでも牙王は反撃を諦めない。しかし、それを食い止めるのは土の源素の力を全力で用いて身を守るリーネだ。友情と愛情の板挟み状態だが、やるべきことはきちんとやっている。
「私は、大事な人とずっと一緒に居たいだけなのデース! 邪魔しないでくだサーイ!」
そして、無理な姿勢で動いて隙の残った牙王に向けて、両慈は雷を叩き込む。【天華】のコンビネーションは実際、牙王を苦しめていた。
「悪いが、俺は誰かが不幸に沈む顔は一番嫌いでな。邪魔をさせて貰う」
人間と妖のぶつかり合い、大規模な決戦として始まった奈良の戦いは次第に終焉の時を迎えようとしていた。ランク4の妖も、繰り返し立ち上がってくる覚者を相手にするのは限界がある。
戦いが始まってどれだけの時間が経ったのか。
覚者達だって無傷ではない。だが、妖達の損耗はそれ以上だった。
「マダダ……我ハ倒レヌ……」
「中々戦いってもんをわかってんじゃねぇか。認めてやるよ、お前は強敵だ。畜生風情と思うのはやめるぜ」
未だに戦闘意欲を失わない牙王に対して、『白焔凶刃』諏訪・刀嗣(CL2000002)は凄みのある笑みで応える。幾度となく切り付けてはいるが、まだ速度が足りていない。相手は紛れもない強敵だ。
同じく最前線で斧を振るう『花屋の装甲擲弾兵』田場・義高(CL2001151)も、ランク4の手強さを全身で感じていた。だが、それでも負けるわけにはいかない。
「おめぇさんにはおめぇさんの正義があるとは思うんだがな、それを肯定してやることはできねぇし、見過すわけにもいかん」
人と妖が相容れることは無い。出会えば戦うしかない相手だ。だからこそ、覚者達はここで逃げる訳にはいかない。それに、戦いに生きる覚者にとって、牙王は極上の獲物でもある。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。牙王、まだ慢心があるなら捨てろよ。本気のお前と戦いてぇからな」
「ごちゃごちゃいっても始まらねぇ、勝者がすべてを持っていくのが古来からの決まりだ、さぁ! 終らせるとしようぜ」
刀嗣と義高、2人の戦士に答えるように牙持つ王は咆哮を上げ、最後の攻撃を行う。動きは鈍ってきているが、その体躯から繰り出される攻撃は必殺だ。
しかし、ここで刀嗣が切り札を切る。
「俺にこれを使わせたのは手前ぇが初めてだぜ牙王!」
目にもとまらぬ速さからの三連撃。牙王は派手に血飛沫を上げる。そこへ義高の斧が振り下ろされた。
「ギュスターヴ、俺の名のもとに命じる、眼前の敵を喰いちぎれっ! おぉぉぉぉ~っ!!」
人と獣は古来より戦いを繰り広げてきた。
ただ戦うだけなら、爪も牙も無い人間の方が劣るのかも知れない。しかし、それを克服して人間は戦ってきた。
人間は戦う理由がある時、決して倒れることは無い。力持つ者に抗えるからこそ、人は強い。
「お前は確かに強い……が、俺たちのように力に抗う強さはなかったな。そこがお前の限界だよ。さらばだ、狼の王。鰐の王が止めを刺してやるよ」
「あばよ獣の王様、強かったぜ」
「アォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!」
牙王が一際大きく吠える。
それは牙持つ王が最後に発した断末魔。
山中に響き渡ったその唸り声は、動物系妖の集団『群狼』とFIVEの戦いの終わりを告げる合図となった。牙持つ王は覚者達に討たれ、この日彼が作った王国は崩れ去ったのだった。
人に害を為す獣のことを悪獣という。もちろんこれは、人の恣意的な区分に過ぎない。だが、この場にいる獣達は、いずれも妖と化した存在。源素の影響で新たな生命体へと進化してしまった者達である。
これに対しては悪獣という以外の表現はあるまい。
奈良山中で始まったFIVE、AAAの混成部隊と妖の群れ『群狼』の戦い。既に始まってから数時間が見えてきたが、まだ決着がつく様子は見えない。
相応の準備を整えてはいる訳だが、戦況の報告にはどうしたって時間がかかる。そのため、どちらが優勢でどちらが劣勢なのかも決めかねる状況だ。だが、妖達は小さな鼠たちが連絡を行っているようで、奇妙に連携が取れている。AAAの部隊の一部が敵の襲撃を受けて動きが鈍っているのも辛い所だ。
しかし、状況は覚者達にとって不利なものだけではない。山中のあちらこちらに移動して戦っていた覚者達。いよいよ牙王への攻撃を行う部隊が、牙王の存在する一角に接近することに成功したのだった。
そして、覚者達の進んだ先で待ち受けていたのは、悪獣の群れであった。
「やれやれ、これはまたすごい大群だな。しかも1匹1匹が強力だ」
『花守人』三島・柾(CL2001148)は思っていた以上の敵の姿に苦笑を浮かべる。
群れと聞いていた以上、そう生半な相手だとは思っていなかった。しかし、聞いているのと見てみるのとでは大違いだ。王の指揮下にある妖達は並みの妖よりも力を発揮している。
「来タカ、人間ドモ……」
そこに声が響き渡った。聞いてみると威圧感のある声だ。伊達に王は名乗っていないということか。そう、群れを統べる王、牙王の声だ。
そして、王は大きく雄叫びを上げ、部下である妖達に号令する。
「人間ドモヲ、喰イ殺セ!!」
その雄叫びは覚者達の身を震わせる。恐怖に押しつぶされ、このまま心が折れそうになる。いや、心の弱いものであれば既に算を乱して逃げ出している所だ。
しかし、だからと言って戦わない訳にもいかない。
「守るものの為に全力を尽くすか」
柾は全身の細胞を活性化させて、構えを取る。
大切なものを奪われる訳にはいかない。そしてそれは、大事なものに害為す者への攻撃となって現れる。猛る闘志と共に柾は敵の中へと踊り込む。
「牙王! お前はここで終わりだ!!」
そして、戦端は開かれる。
妖達も確かに強敵が揃っている。しかし、此処に来たのはFIVEの中でも腕に自信のある者達だ。
「邪魔です。道を開けて、いただきます」
『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)が大地に命じると、土行の力によって生成された岩が妖達を押し潰すかのように降り注ぐ。
普段はおっちょこちょいの目立つ彼女だが、今日は違う。凛とした雰囲気を漂わせ、妖達と相対する。
強敵に対する恐れは無い。自分の役割は、あくまでも露払いだと考えている。だが、そうすることできっと仲間が道を切り開き、牙持つ王を討ち果たしてくれる。そう信じているのだ。
「牙王。我々FiVEが、その引導を、渡して差し上げます。
神室神道流、神室祇澄。いざ参ります!」
髪の奥できらりと目が輝いたような気がした。
「よーし、みんないくよー!」
『使命を持った少年』御白・小唄(CL2001173)が演舞を行うと、覚者達全体の体がふっと軽くなる。相手から重圧をかけられるのなら、こっちも地力を上げるだけのこと。
(……獣の因子が震えてる……! くっ……これは怯えなんかじゃない、ただの武者震いだっ!)
実のところ、小唄の中に恐怖はある。実際目にしたランク4妖は予想以上の威圧感を与えてきた。その恐怖を勇気で乗り越え、舞を魅せて見得を切る。
「狐筆頭、御白小唄! なんちゃって。牙王! お前はここで僕達が倒す!」」
どんなに怖がったところで、女の子を守るのは男の子の役割なのだ。すごすご逃げ帰る訳に行かないのが、男の辛い所なんである。
男が辛い、と言えば『ベストピクチャー』蘇我島・恭司(CL2001015)の立場もしんどい所だ。『スピードスター』柳・燐花(CL2000695)のサポートと言う形でやって来てはいるものの、反応速度に勝る彼女に追いつくのは決して楽な仕事ではない。
「はぁ、はぁ。群狼ねぇ……指揮者を倒せば、奈良の騒動はなんとかなるかな? TOPが強力であればあるほど、失った時の反動は大きいしね」
「頭を討てば、すべて終わる。簡単な理屈です。その為にできる事を成すだけ……ですが」
恭司に対して冷静に返す燐花。だが、ふっと振り返って一言だけ告げる。
「お願いですから、無茶はしないでくださいね。危なくなったら下がってください」
「燐ちゃんこそ、あんまり無茶して倒れないようにね?」
そうして、頷き合うとそれぞれに戦いを始める。
燐花は苦無を手に、全身の細胞を活性化させて斬りかかる。胸の奥に燻る感情も何もかもを燃やして戦う。だが、如何に神速を誇ろうとも相手の数が数だ。無傷と言う訳にはいかない。
しかし、そこへ癒しの霧が広がってくる。恭司の力によるものだ。
(あくまで、燐ちゃんのやりたいように……危険な場合にだけ介入だね)
まともにやり合って、ただですむ相手ばかりでないことを恭司は肌で感じている。それでも、その中で出来る限りの支援を行うために。そして何よりも、この少女の命を守り抜くために。彼がここに来たのはそのためだ。
再び互いに目が合う。どちらの心の中にもある想いは、相手を死なせないこと。
それを感じて、燐花の心の炎にさらなる薪がくべられる。
「猫だと侮るなかれ。十天、柳。参ります」
全力で立ち向かう覚者達。
しかし、王に率いられた妖達は精強だ。
容易に突き破れるものでは無く、覚者達にも少なからず怪我が蓄積していく。
「ランク4とか勝つ自信は全然ないッスけど!! でも黙って喰われるわけにはいかないッス!」
そんな中で必死に仲間の回復に当たっている『猪突猛進』葛城・舞子(CL2001275)の姿があった。水行の生み出す深層水が持つ神秘の力は、牙王の咆哮で挫けそうになる覚者の心へ力を与えてくれる。
こんな状況で仲間を支えてみせるのは、水行を扱う術者にとっては腕の見せ所とすら言えるのだ。
そして、舞子自身はちゃっかりと毒の衣をめぐらせて、自分の身を守っていた。
「そう簡単に焼肉定食……じゃない、弱肉強食になんてならないって見せつけてやるッス!」
何処か抜けている所も、抜け目の無さも、どちらも舞子の持ち味である。それを見せていられる内は、まだ妖などに負けてはいない。
「妖達のほうも言い分はあるんだろうが、人間を害するって言うなら排除するぜ。俺は正義の味方。みんなの平和を守らなきゃならないからな!」
美しい銀髪を血に濡らしながら、『想い受け継ぎ‘最強’を目指す者』天楼院・聖華(CL2000348)は立ち上がり、手の中の妖刀を妖達に向ける。
日本最強を目指す聖華だが、ただ強くなればいいと言うものではない。強くなる、人々を守る、どちらもやれてこそ本当に最強と言えるというものだ。
「人間の強さ、見せてやるぜ!」
人と妖の戦いはますます激しさを増していく。その中で、【睡蓮】の『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)はふと思う。
(人間への憎み? 妖は何等かの想いが形として現れたものなのか……?)
妖達の発生原因、存在意義、そして殺戮を行う動機。いずれもまだまだ謎に包まれている。だけど、やるべきことは決まっている。何が正しいのか分からないのなら、助けが必要であるという自分の直感を信じ動くだけの話だ。
「人の幸せを壊させはしない。俺の手で守れるものは守る!!」
奏空の手に握られるのは天獄村の柄司の『鬼地刀』と、彼自身のの『空』のイメージで鍛えられた双刀。2人の友情の証だ。それはこの過酷な戦場を戦い抜くための勇気を与えてくれる。
そして、奏空の力はそれだけではない。
賀茂・たまき(CL2000994)が生み出した防御フィールドは、奏空の身を守ってくれている。
「最後には 全員無事に此処から出ましょう!」
敵の渦中へと向かう奏空に声を掛けるたまき。その時さらに、彼女へと呼びかけるものがあった。
「たまきちゃん、上から来ます!」
声の主は『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野・鈴鳴(CL2000222)だ。
たまきが慌てて回避したのを見て、ほうっと胸を撫でおろす。
(2人とも大切なお友達だけど、目を離すとどんどん危ない目に遭って……)
FIVEの覚者には老若男女、様々な年齢や経歴を持ったものが集っている。そんな中で同年代の友人は貴重なものだ。しかし、2人とも放っておくと危険な場所へと向かってしまう。
それを止めることはきっと出来ないのだろう。
「だから、私がそばで癒します。傷つくのを見てるだけなんて、嫌なんですっ」
鈴鳴の祈りに応じるように、癒しの力を帯びた雨が覚者達の体を濡らす。それは彼女の心の底に秘めた涙なのか。
それなりに練度を必要とする術であり、疲労が無いとは言わない。だけれど、大事な大事な友達が傷つく痛みに比べればどうということは無い。
そして、傷が癒えて行くのを感じながら、たまきはそっと鈴鳴と視線を交わす。
たまきも考えていることは同じだ。大好きな友達を守るという気持ちに違いは無い。彼女が手に握る護符に力を込める。そこに込められたのは平和な世界への祈りと、友達への想い。
「牙王さんの元へすぐに向かう方達の為に、これ以上、一般の人達を怖がらせない為に……」
すると、大きく大地が隆起して、道を塞ぐようにしていた妖の身を貫く。
「私達が 道を切り開きます……!」
●防衛部隊 BATTELE1
山中に怒号と悲鳴が響き渡る。
覚者達はあちこちに動き回り、確実に妖達の数を減らして行った。だが、妖達にも最低限の連携は存在する。妖達は戦力を牙王の下に集め、反攻に打って出ようとしていた。そして、それを見越して覚者達も準備を進めていた。
互いが相手の裏をかこうと言うのなら、後は戦いの場に立つもの達の戦いに酔って結果は決まる。
「ようやく首魁が出てきたわね。ま、でも、みんななら無事倒し切れるでしょうから。彼らの負担を軽くするのが私達の仕事、よね?」
『霧の名の鬼を咎める者』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は優雅に一礼をすると、妖達の前に立ち塞がる。
エメレンツィア達の前に集まっている妖達は、牙王ではない。牙王が襲撃を受けたことを知り、増援にやってきた者達だ。そして、それを食い止めるために彼女はここに立っている。
「私達は皆で戦っているのだから。犠牲になっていい人なんていないわ。誰一人もね」
しかし、それは殊勝な自己犠牲の精神から、等ではない。あくまでも妖の襲撃による大災害を防ぐためだ。そのために必要だからここに来た。
エメレンツィアの言葉に応じるように、辺りに荒波が姿を見せる。そして、彼女が合図するとそれは妖の群れへと叩きつけられた。
「水行は土行と並んで攻防一体。守るだけじゃないのよ!」
エメレンツィアの一撃が、覚者と妖の戦いの始まりを告げる。妖達が行う連携の取れた戦い方は驚異的なものである。だが、覚者達にだって連携はある。
「みんな、ええか。無理はしたらあかんで。俺らが倒れたら、敵の大将と戦ってる仲間がピンチになるさかいな!」
「そうそう、無茶は禁物。誰一人かけてもこの戦いに勝てないわヨ!」
【光邑家】の光邑・研吾(CL2000032)と光邑 リサ(CL2000053) が周りの覚者達に呼びかける。決してこの夫妻は自分達が戦いを得手にしているとは思っていない。だが、それならそれなりの戦い方があることは分かっている。
「じいちゃんとリサさん、助かるぜ!」
夫妻のバックアップを受けて、『五麟マラソン優勝者』奥州・一悟(CL2000076)が妖の群れに向かって拳を叩きつける。すると、拳の中に圧縮された空気が衝撃を解き放つ。
「こっから先には1匹たりとも行かせねえぜ!」
威勢よく叫び次の目標に対して構える一悟。その横をすり抜けようとする妖がいたが、彼は無視をすることにする。大丈夫だという声が聞こえてきたからだ。
「抜けていけるとでも思うたかいな? あまいな。そう簡単には行かせへん」
研吾が刀を振るうとそこから炎が迸り、走る妖はそれに包まれてしまう。
これが研吾の戦い方だ。大事なことはここを守り切ること。たとえ自分に敵陣の中で戦う力が無くとも、敵陣の真っ只中で戦う孫が集中できるようにすることは出来る。
「AAAのみなさん、一体ずつ攻撃を集中してたおして行きまショウ!」
それはリサも同じこと。
リサの言葉に応じて、AAAからの集中砲火が妖を貫く。そして、最後に彼女の生み出した鋭い棘が妖を切り裂く。
そんな周囲の光景を見て、『ロンゴミアント』和歌那・若草(CL2000121)はふぅっとため息を漏らした。
「妖相手の総力戦っていうのは新鮮ね」
どこか皮肉めかせた若草の言葉。
確かにその通りだ。今まで隔者組織や憤怒者組織が行う大規模作戦を防ぐために、FIVEも総力戦を行うことが多かった。だが、今回は違う。人間の支配を望む妖との戦いだ。
「同じ人間を相手にするよりかは気が楽だけれど……血は流れるものね。最低限に留めておきたいわ」
そう言って若草は回復効果のある霧を周辺に広げた。覚者達だって多少なりとも怪我を負っている。だからこそ、それを止めることが彼女の役割だ。
いつかのように、妖を取り逃がして被害を広げる訳にはいかない。
「そもそも、何でこいつら暴れてるんだよ。めんどくせーな。人と妖が上手く棲み分けできる世界って……できねーんだろうなぁ……」
面倒くさそうに呟きながら、『第二種接近遭遇』香月・凜音(CL2000495)は水を操りベールを作り出す。前衛で元気良く戦う『天衣無縫』神楽坂・椿花(CL2000059)の身を守るためだ。
「皆が安全に大きな狼と戦えるように、椿花達で周りの妖を退治するんだぞ!」
紫の炎を纏い、身の丈ほどもある刀を手にして椿花は妖と切り結ぶ。火行の力によって、彼女の一撃は幼さを感じさせない正確な軌跡を描いて妖に一撃を与える。
「うーん……痛いのはやだけど、怖い事なんて無いんだぞ!」
(本当ならあまり戦わせたくないんだがなー。妙に張り切ってるのが強気の裏返しじゃなけりゃいいんだが)
戦う椿花を完全に保護者の視線で眺めながら、凜音は心の中で嘆息を漏らす。気が付けばすっかり籠り役が板についてしまった気がする。
そして、好むと好まざると子守りをやっている以上、椿花を傷付けるわけにはいかない。
しかして一方、椿花もまた同じ思いを胸に戦っていた。
(椿花が頑張ってる内は、凜音ちゃんに傷一つ付けさせないんだぞ!)
来年から中学生になるんだし、もう自分のことを子供だとは思っていない。動物と戦うのは心苦しく思う。それでも、戦わなくては困る人たちがいるのだ。
子供は親のことを思うものだし、子供だって親のことを思うもの。それを思えば、凜音の心の嘆きとは裏腹に最早保護者と子の関係から抜け出すことは難しいようである。
「なんか後先考えないデモ隊みたいだよね。突発性と考えれなくもないけれど、今まで何もなかったんだ」
葉柳・白露(CL2001329)は純白の刀を二振り構えた状態で、忌々しげに呟く。既に戦いは始まっており、ここに来るまでも妖を何体か切り裂いてきた。しかし、不思議と純白の刀は血に塗られていないかのように輝いていた。
白露の評は正しい。『群狼』の振る舞いは後先考えないデモ隊の行動そのものだ。もっとも、妖達にそれ程の自覚は無いだろう。たしかに、過去FIVEが遭遇した妖と比べれば知性の高さを見せてはいる。だが、人里へ攻撃を行って以降のことについては、十分な考えが及んでいない節もある。
「統率を失えば動物系なら帰りそうな気もするし、狼王倒せたら無意味になると思うけどね」
退路を確保しながら白露は戦う。FIVEの面子ならどうにかなるだろうが、AAAはそうもいかないだろう。この辺が力持つとは言え動物である妖と、覚者である彼女の差だった。
と、その時、唸り声と共に1匹の妖が覚者達の元へと駆けてくる。
全身を炎に包んだ巨大な熊だ。敵増援の中で確認された、ランク3の強力な妖である。大方、突破できないこう着した状況に業を煮やし、打破するべく攻勢に入って来たのだろう。
「相手として不足がある訳ではありません、本気で戦いましょう」
その道を塞ぐように納屋・タヱ子(CL2000019)は盾を構える。戦闘では相手を過度に傷付けないよう、刀剣の類は持たない事にしている。だが、彼女が自分の戦いを行うのにはこれ以上ない装備だ。
「どうあってもここを動く訳にはいきません。通りたいなら……私を倒していくことです」
その眼差しに秘められた覚悟は、ランク3の妖と言えども一瞬のたじろぎを見せる。
妖の立場にしてみれば、一刻も早く王の下へと向かうことこそが勝利なのだろう。ならば、タヱ子の勝利はここを通さないことだ。
「妖と人の都合が合うとは限りません。その都合を通したいならそれを道理とするだけの力を出して下さい」
●突入部隊 BATTLE2
状況は決して覚者達に有利とは言えなかった。
牙王の直属の部下は強力だ。そして、それらは王の指揮下にあるが故に、本来以上の力を発揮する。加えて、防衛部隊が取りこぼした妖も戦場に現れるようになってきた。目の前だけに集中できる状態ではない。しかし、覚者達は血路を開いて戦う。
「これほど大規模な群が本格的に動き出す前に対応出来てよかったよ」
『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)は、戦いの中で汚れた髪を軽く直しながら足元に転がる妖の死体に目をやる。
これ程の怪物が群れを成して人里にやって来たのなら、人類の勝ち負けはともかくとして並々ならない被害が出たことは間違いない。実際、この戦場で彼女自身まともに攻撃が出来ない程、状況は厳しい。
だが、夜明け前が一番暗いものだ。ここを乗り切れば、一連の事件は幕を閉じる。
「ここで牙王を倒せれば奈良県で起きてる動物型妖の騒動が治まるはず。全力で支えてあげるからしっかり牙王を倒してね!」
そう言って疲れを見せる仲間に、気力を補充する。
「そんなに人間が憎いか。ま、色々あったんだろうけどさ」
大釜を杖のようにして『笑顔の約束』六道・瑠璃(CL2000092)は立ち上がる。
牙王の憎しみの理由、問い掛ければ答えを得られる可能性はある。しかし、立場が違い過ぎる以上、どんなに話を聞いても同情までしか出来ない
「結局人間の敵になるなら、戦わざるをえないさ」
そして、瑠璃が手をかざすと生まれた雷雲が妖の群れを蹴散らしていく。
まだ敵が尽きることは無い。しかし、覚者達の心も折れてはいない。重なるように現れた雷雲が、これでもかとばかりに妖の身を焼く雷を放つ。さらに大地から衝撃が放たれ、妖を吹き飛ばす。
天と地から繰り出される牙の一撃にも似た攻撃は、牙王への道を切り開いていった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「ここで保健委員の渚が参上! 狼さんも守るべきものがあるんだね。でも負けないよ」
どこか軽いノリと共に妖達へと名乗りを上げたのは、『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)と『天使の卵』栗落花・渚(CL2001360)だ。
渚の方に至っては、ご丁寧に保健委員の腕章をかざしてばっちり決めている。
「牙王さんが敵の親分ということですね。今まで見た中でも数少ないランク4……中でも王を名乗る妖の実力はどれほどなんでしょう?」
既にラーラは魔道書の封印を解いている。でなければ、敵の吠え越えに気圧されてひとたまりも無かったろう。まだ、敵が札を残しているのは明らかだ。それでも、渚の笑顔に陰りは見えない。
「大丈夫だよ。私が守るから。倒すべき相手に集中して」
渚は天真爛漫なだけではない。人の命を守ることについては誰よりも真摯な少女だ。そんな彼女の言葉だからこそ、信頼に値する。
そしていよいよ、王に通じる道が開かれる時がやって来た。
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)が扇を舞わせると、導かれるようにして水で出来た竜が姿を見せる。現れた竜は行く手を阻んでいた妖達を薙ぎ払った。
もちろん、牙王を守る妖達は十分な数残っている。しかし、これで王への道を阻むことは出来ない。
覚者達は最後の勝負をかけるべく、開かれた道へと突き進む。
「それにしても、妖でさえなければ……動物わくわくランドみたいで嬉しかったのに」
もっとも、当のゲイル本人はそんな益体もつかないことを考えていた。これで自分の仕事はあらかた終わったようなものだ。
だから、ついついその先のことを考えてしまう。
(最終的にはそれ自体を未然に防げるようにしたいよな。いつまでも覚者としての力があるとは限らんのだし)
もちろん、それは今どうこう出来る問題ではない。しかし、源素が謎多き力である以上、いつかはその日を迎えなくてはいけないのだ。そして、その日のためにもここで倒れる訳にはいかない。
対する妖もアジトに攻め込んできた覚者達を生かして返すつもりは無いようだ。一際巨大な雄叫びを上げて、覚者達を威嚇してくる。
「相手が大妖だろうが関係ない、ぶちのめしてやる。牙王をブチのめせばいいんだろ」
『戦場を舞う猫』鳴海・蕾花(CL2001006)は獣のように唸り、王への道を通すまいとやってくる妖達に牙を剥く。
正直な話、京都の危機、復興にも手を貸さなかったAAAと協力するのは癪だ。奴らはFIVEが尽力した後のノコノコやって来た。だが、この事態を放っておくことも出来ない。そんなやりきれない思いを胸に、蕾花は疾風の如く戦場を駆けまわる。
そして、『月々紅花』環・大和(CL2000477) のサポートを受けながら、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は牙王に向けて距離を詰め、周囲を守る妖ごと攻撃する。
「牙王でもこれ程の迫力。ヨルナキを間近で見ることになればどれだけのプレッシャーを感じることになるのかしら」
「あぁ、大したものだ。だが、ヨルナキに比べればまだまだと言える。本能のままに憎しみ、ただ貪る。人の言葉を操れたところでただの獣と変わらないようだな」
紛れも無く、過去に出会った妖の中では最大の相手だ。しかし、だからと言って覚者達は臆さない。恐怖は確かにある。それを乗り越えることが出来るのが人間なのだ。いつもの妖退治と本質は同じ。相手がいつもよりも手強い、それだけの話だ。
「傷はわたしが癒すわ。氣力も回復するから安心して思いっきりやって頂戴」
千陽の背中に向かって大和は告げる。牙王を倒すために、みんなが安心して戦えるように取り計らう。彼女にはそれをやりきる自信があった。その一方で、牙王の姿に自分の好きな犬たちの姿を思い出し、ちょっと心苦しさを感じてしまう。これも心のどこかで余裕を持って事に当たれているからだろうか。
そして、後は任せたとばかりに千陽は目の前にいる巨大な妖――牙王に集中する。
「狙いはなんだ? ヨルナキのように人の世に混乱を求めるか?」
「人ノ世ナド知ラヌ……我ハ人間ドモヲ殺セレバソレデヨイ」
千陽の問いに対する答えは予想以上にシンプルなものだった。だが、それ故に必ず止めなくてはいけない類の内容でもある。
「だとしたら、絶対にここで止めなくてはいけない。人を侮らないでもらいたいものです。この先に行く前に倒します」
覚者達の一斉攻撃が牙王に向けられる。しかし、相手は強力なランク4。動物系妖にふさわしい俊敏な動きで躱して、代わりに覚者達を牙で切り刻む。
「さすがというべきか、一筋縄では絶対に通じないな」
水蓮寺・静護(CL2000471)は全身を朱に染めながら立ち上がった。命数がまだ残っているのなら戦うことは出来る。相手が如何に強大であっても、覚者達が力を合わせれば倒すことは不可能ではないはずだ。
「……この体が震える感覚、これは恐れなんかではない。否、むしろ逆だ。僕は今、お前と刃を交えたくて待ち焦がれている……!」
体内に宿る炎を滾らせ、静護は蒼き刃で牙王の足を狙って斬りかかる。相手の動きが敏捷性ならば、それを奪えば戦いは一気に有利になる。
落ち着いた構えから放たれた斬撃が蒼い軌跡を描く。すると、牙王の足から血が舞う。
まだ浅い。だが、剣で傷付く相手なら倒せない道理は無い。
そして、そんな覚者と妖の戦いを眺め、血だまりの中で『スーパー事務員』田中・倖(CL2001407)は思う。この場で行われている戦いに、自分はあまりに非力すぎる。
(少しは荒事に慣れてきたとはいえ、僕は非力な存在です。人を護ることを望むなんておこがましいくらい、弱い未熟者です。気弱で臆病で一人では何も為せない…そんな存在です)
戦いの中で多少は支援の真似事位は出来た。しかし、牙王が攻撃に乗り出してきた今、倖の力はあまりに貧弱なものだった。それでも、と思う。倖はみんなの役に立ちたい。そのためにここにいるのだから。
自分の力が不足しているのは知っている。だが、覚者には1つだけ足りない力を補う手段がある。
魂の使用。
己の魂を削り、ほんの一瞬命を燃やす最後の手段とでもいうべき方法。それでも足りないのだろう。だとしても、それが強大な妖を打ち破る一打になるのなら!
「これも、事務員のお仕事……ですから」
みんなの役に立つため、名前も知らない想い人のため。
倖は拳を繰り出す。それは非力な倖という青年だけの力ではない。必死に引き出した魂の力、そして、牙持つ王自身の力をも利用して、『群狼』の長に痛打を浴びせることになった。
●防衛部隊 BATTLE2
牙王に痛打が浴びせられたのと時を同じくして、次第に妖達の連携に狂いが生じた。先ほどまで戦場に見え隠れしていた鼠が、いつの間にか姿を消していた。
また、ようやく遅れていたAAAが戦場に辿り着いた。彼らも傷ついてはいるが、士気はなお高い。
AAAの介入によってひとまずの落ち着きを取り戻した戦場で、『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)は、ため息と共に言葉を漏らす。
「今までの犠牲分の命は奪いたい、とか随分と人間臭い考えの動物どもなのです。自然の動物なら不必要な殺しに命をかけることなどないというのにですよ」
妙に知恵を付けた結果なのか、既に『群狼』の妖達の判断は普通の動物の枠をはみ出している。その理由を述べるなら、答えはただ1つしかあるまい。
「……所詮は妖、ということでせうか」
妖は人間に対して、極めて好戦的な性質を持っている。それに知能の高低は関係無いようだ。
そんな相手に槐が手加減をしてやる義理など無い。
「ならば私は、命を奪うのを邪魔すると行かせて貰うのですよ」
槐が力を解き放つと、妖達が突然怯えを見せ始める。あるものは狂乱したかのように吠え、無意味な行動を繰り返しているものもある。
狙った通りの混乱が発生して、密やかに笑みを浮かべる槐。
その横で『RISE AGAIN』美錠・紅(CL2000176) は傷を抑えながら気合を入れ直し、『黒百合』諏訪・奈那美(CL2001411)は癒しの力を用いる。
「一匹も通させない。さあ、いくよ!!」
「申し訳ございませんが、ここから先には通せません」
スキルによって情報の連携を行いながらの戦闘だ。決して余裕が余っている訳ではない。それでも、この数が人里下りてくるとか、たまったものじゃない。
それぞれの手に握った刃に力を込めて、動きを鈍らせた妖にトドメを刺す。
覚者の側の疲労も大きいが、妖の側の消耗も少なくない。紅は敏感にそれを感じ取り、周囲の覚者達へと伝える。
一方の奈那美は決して戦いが得意な方ではない。ここまで立って来られたのは、仲間に庇ってもらいやすい位置にいたこと。そして、命数を燃やしてでも戦う覚悟を持っていたからだ。
「首魁たる牙王の討伐は皆様にお任せします。私に出来る事はせめて皆様の邪魔になるやからを邪魔することです」
たとえ力が無くたって、それは何もしないことの言い訳にはならない。癒せる傷がが微々たるものであっても、必ずそれには意味があるはずだと信じて、敵増援の中でもひときわ巨大な熊の妖を睨みつける。
「貴方達にも守るべき仲間、誇るべき矜持があるのでしょう。ですが、それは私達も同じです」
奈那美は基本的にきちんと善悪を弁えた少女だ。いくら妖と言えど、滅ぼすのが本当に正しいのかは実のところ誰にも分からない。そんなことは分かっている。
それでも、少女は選択する。
「譲れないものの為に、それが悪の行いであったとしても貴方達を滅ぼします。それが人でありながら異能を得た私達の使命であると信じています」
最終的に人と妖の戦いはここに行きつくのかも知れない。自分が大事なものを護るため、人々は妖の私掠に抗うのだから。
そして、三島・椿(CL2000061)と三峯・由愛(CL2000629)は覚者とAAAの中で暴れ回る妖に目を付ける。この場に介入してから、妖側の優勢を作った妖である。
「やはり、あの火熊を倒さないとまずそうよね」
「確かにあの火熊が一番強そうです。私たちが止めないと牙王と戦っている皆さんに危険が及びます」
椿の第六感が嫌な予感を感じ取っていた。アレの突破を許せば、そこから多くの増援が牙王の下へと送り込まれてしまうだろう。それをやらせるわけにいかない。
「正面から、迎撃します。1匹も逃がしませんっ! 三島さん、頑張りましょうっ」
「これ以上、行かせない」
由愛は機関銃の狙いを火熊に向け、周囲の妖も巻き込むように弾丸をばら撒く。たおやかな少女の見た目に似合わない巨大な武器だ。だが、彼女はそれをやすやすと使いこなす。
「あなたたちはここで撃ち落とします。覚悟してくださいっ!」
回復を優先していた椿も、攻勢に転じる。この状況を長引かせるのは危険だ。それに一見クールで落ち着いた印象を与える彼女だが、実のところ根っこは豪快だったりするのだ。
「これで終わりよ!」
構えた和弓から高圧縮された空気の弾丸が撃ち出され、妖をたじろがせる。
そこで一気に距離を詰めたのは『優麗なる乙女』西荻・つばめ(CL2001243)だ。自分1人で動いているからこそ、周りとの連携を意識しなくてはいけない。先ほどまでは群れる妖達を相手にしていたが、今はランク3を止めるべき時だ。
「同じ近接攻撃タイプ、腕の試し所ですから気合いを入れて掛かりませんとね」
つばめの手には珍しく愛刀が握られていない。戦いの中で落としたのだろうか? いや、そうではない。徒手による攻撃を行うために、一時的に手放しただけのことだ。
防衛部隊の突破を狙う妖の体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。
距離を詰めた状況から、つばめは体格に勝る熊を投げ飛ばしたのだった。あまりにも想像を超えた景色に一瞬、場の覚者達は時間が止まったかのような錯覚に陥る。
しかし、ここでつばめが生み出した勝機を見逃す覚者達ではない。
「ヤマト、ありす! 行くぞ、熊と炎比べだ!」
「行くぜ二人共! クマに負けてたまるか!」
「ふん、いいわ。目に物見せてあげようじゃないの」
『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)、『B・B』黒崎・ヤマト(CL2001083)、『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)の3人は、【焔鉾】となって妖を迎え撃つ。狙う相手はランク3、言うまでも無く強力な敵だが、相手にとって不足は無い。
相手が炎を操るのであれば、それ以上の炎を持って迎え撃つだけの話。
「内なる炎よ、目覚めなさい! 開眼!」
体内に宿る炎を灼熱化し、威力を上げた炎で妖を包み込む。
理屈は極めて単純だが、それだけに効果の大きな攻撃だ。もっとも、使い手のありす自身の内面はそれ程単純でもない。
(ヤマトは絶対無茶するから、アタシが守らなきゃ……べ、別に心配してる訳じゃないわ、仲間が倒れたら困るだけよ!)
そんなありすを狙ってくる周囲の妖に対して、庇うように立ちはだかりながらフィオナは愛用の剣を振るう。体内に宿る炎、それどころか命の炎すら燃やしての戦いだ。
だが、フィオナの心に恐怖も後悔もない。ありすもヤマトも五麟に来たばかりの時に優しくしてくれた大事な友達だ。
大事な友達を守るのは騎士として当然のことだし、フィオナにしてみれば命を懸けるに値すること。それに2人が互いをどのように思っているかなど、外から見ればはっきりと分かる。
だが、妖は立ち上がると強力な炎で反撃を行ってくる。だが、まだ倒れる訳にはいかない。全身の炎を集中して立ち向かう。
「さあ。私達の炎、消せるものなら消してみろ!」
「猛ろ! レイジング・ブル! 心の熱さなら誰にも負けねー!」
FIVEが戦ってきた中でも、やはりランク3の妖というのは紛れもない強敵だ。ヤマトも耐えているだけで意識が吹き飛びそうになってくる。
だが、寸での所で気張って見せる。
一緒に戦ってくれている女の子たちがいるのだ。男と言うものは女の子の前では普段よりも1回以上気張らないといけない。大昔から法律で決まっているのだ。
「1度で駄目なら――もう1回!」
フィオが剣を杖のようにして立ち上がり、炎の力を込めた斬撃を放つ。
「火焔の三重奏だ! 喰らいやがれ!」
ヤマトがレイジング・ブルをかき鳴らすと、巨大な炎の塊が姿を見せる。
それはありすの作った炎弾と共に妖の体を焼き払う。
「アタシ達の炎は全ての敵を燃やし尽くす!」
さしものランク3と言えど耐えきれるものではない。これでも『群狼』の戦力としては有数の妖である。しかし、この炎勝負。軍配は覚者達の側に上がった。
勝利を告げる発光信号が輝く。
そして、指揮するものを失った妖達は算を乱し、それぞれに勝手な行動を取り始める。この瞬間、防衛部隊の成功が決まった。
●BATTELE FINAL!
激化していく戦場の中で、『月下の白』白枝・遥(CL2000500)は冷静だった。この場にいる強敵相手に何度倒れそうになったことか。だが、意志の力でそれをこらえて必死に立つ。
何処までやれるかは分からない。それでも、誰かが哀しむ結末にしないために。
そして、ほんの僅かに牙王が足を止める。遥の張った薄氷に足を取られたからだ。だから、意を決して疑問を口にした。
「ずっと聞きたかったんだ。これまで沈黙していたのに、どうして今になって軍隊のように人を襲うの? 積りに積もった怒り? それとも、誰かに何かを言われたの?」
「誰ニ言ワレタノデモナイ。コノ怒リハ我ノ怒リ」
妖として目覚め、知性を得て、牙王が部下を集めたのはそれからだったのだろう。さしもの彼と言えど、1匹で人間と戦えると思うほど愚かではなかった、ということだ。そして数を集め動き出す直前に、この戦いは始まった。
「話してくれて有難う……獣の王さま」
そして、牙王の一撃を受けて遥は力無く大地に倒れる。戦いの中で牙王も次第に傷付いてき動きも鈍っているが、その力も憎しみもはいまだ健在だ。
「ここまでの憎悪の原因は何かねえ。ニホンオオカミみてーってことで、その絶滅だかがトリガーになったとか?」
大業物を手に『侵掠如火』坂上・懐良(CL2000523)は思う。
おそらく、その推測は正しい。牙王には妖の本能だけでなく、個体として人間に憎しみを抱いている。であれば、その正体は種の絶滅と考えるのが妥当だ。
そう考えると、生態系を崩した人間の側にも責はあるのかも知れない。だが、同時に人間だって動物だ。
「まー、人間も自然の一部ってことで。この戦いも、ただの自然な生存競争ってことにしとこうか」
AAAの増援がやってきたことで、牙王の対処に集中できるようになってきた。しかし、懐良は油断しない。手負いの獣と言うのが一番恐ろしい敵だからだ。
それに、相手に如何なる事情があろうと気にしないで戦う覚者というのもいる。こと、【十天】はそうした覚者を多く擁していた。
「キバオウだっけ? オレは別に、妖に怒りも恨みも無え。でもオレは人間だから、妖が人間を襲うってぇなら人間側で戦うさ。んで、どうせ戦うなら、一番強いヤツに挑みたいよなあ!」
鹿ノ島・遥(CL2000227)はこの状況を楽しんでいた。人間の強敵とは何度も戦ってきた。妖の強敵とだって戦った。だが少なくとも、目の前にいる獣は今まで戦った妖の中でも最強の相手だ。
相手は明らかに格上の存在、しかし格上だからこそ戦う価値がある。
「ああ! こういうのいいね! でっかいのとやりたかったのよ!!」
『裏切者』鳴神・零(CL2000669)もまた、歓びに傷付いた体を震わせている。彼女もバトルマニアの口ではあるし、死線すれすれのスリルを快感に変えてしまう困った性癖の持ち主だ。この状況が楽しくないはずもない。オマケに無辜の人々を救える大義名分までついてくるのなら、言うことなしだ。
「十天、鳴神零!! 今日でその牙、折ってやるから覚悟しなさい。純粋に、純戦を、どちらかが、死ぬまで、戦いあおう!! そっちは獣生をかけて、私も命をかけて!! ぐっちょぐちょになるまで、お互いの牙をぶつけあおうじゃないの!!」
「あんたはあんたの都合で戦えばいい! オレはオレの都合で、あんたに挑ませてもらうぜ!! オレは、ただ蹂躙され、狩られるだけの存在じゃない、あんたと『戦う』『敵』だ!! FiVE所属! 『十天』が一、鹿ノ島遥! 流儀は空手! いざ参る!」
零は軽やかに刃を舞わせ、遥は鍛え抜いた拳を叩き込む。
そんな彼らを同じく【十天】の『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)はどこかほほえましげに眺めていた。
牙王と矛を交える者達に比べると、きせきは冷静だ。冷静に、ただ楽しげに群がる妖と戦っている。その様は、逆に異常とすら言えた。
それは過去の事件で、きせきがどこか『壊れて』しまったからだ。
しかし、同時に頼もしい姿とも言える。こうやってニュートラルな視点を持つが故に、野放図に戦う面子を制御することが出来ているのだから。
「十天が一、御影きせき! ぼくたちのほうが強いもん! 邪魔なんてできないよー!」
そんなある意味で無茶な仲間達を、困ったように、あるいは頼もしげに顧みて『星狩り』一色・満月(CL2000044)は牙王に向き直る。
「妖か、アンタらはいつでも境界線を堂々超えてくるな。超えたらお互いにただでは済まないのはもう知っているだろうに」
『群狼』はやり過ぎた。お互いに何もしなければこうして戦うことも無かった。妖が人を殺そうとする理由を掴めばこうした戦いは無くなるのだろうか?
だが、今ここでその答えを探すには最早時間が無い。
「十天、一色満月。貴様らを燃やす炎だ。
俺の炎は黒いぞ――」
言葉と共に黒い炎が姿を見せる。突き通そうとしているのは人間が生きていくためのわがままかも知れない。それでも、戦う。
黒い炎を纏った刃が、牙王を燃やし、切り裂く。
牙王が覚者達を制圧するべく雄叫びを上げるが、勢いづいた覚者達は止まらない。それに、恐怖を乗り越えるために必要な感情は何も勇気だけではない。
「ふふ、即興にしてはいい感じのチームよね、私たち。この繋がっていく感じ……堪らないなぁ!」
最前線で拳を振るう『スポーティ探偵』華神・悠乃(CL2000231)はすっかり上機嫌な様子だ。目にもとまらぬ連打で、確実に牙王に攻撃を当てている。
「オー! 華神さーん! こうして共に戦うのは二度目デシタカ? ともかく宜しくデスヨー! フフ、今度こそ愛しの両慈に良いとこ見せて惚れて貰いマ……アレ?」
『恋路の守護者』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)も周りの盾となり……主に『雷麒麟』天明・両慈(CL2000603)を守るべく、妖達の前に立ち塞がっていた。
しかし、その時ふと妙なことに気が付いてしまう。
悠乃の伸ばし始めた髪に、いつものエクステがついていない。
それに、両慈を見る悠乃の目に何か宿っているものがある。
恋する乙女が何かを察するには十分過ぎる。
「マ、マサカ…!?」
「リーネ、作戦中だぞ、気を抜くな!」
「ワー! 何デスカ両慈! 人の気も知らナイデー!」
天明両慈という男は戦場に咲く花の存在に気付くような男ではない。ましてや、そもそものきっかけがちょっと前に悠乃の髪を褒めたことにあることに気付くような器用さなど、持ち合わせていないのだ。
八つ当たり気味に手近な妖を攻撃するリーネの姿を見て、作戦に戻ったと安心してしまう始末なのである。
そんな恋のさや当てを正しく理解し、客観的に見ているのは、『ドキドキお姉さん』魂行・輪廻(CL2000534)だけだった。
「何か決戦だと言うのに賑やかねぇ♪ ま、このノリは好きだけどねん♪」
相手は人を皆殺しにしようという怪物。大真面目に戦わなくてはいけない相手ではある。だけど、それでは生きている甲斐が無い。
(恋する乙女は強いわねぇ~それも二人なんて後輩君も隅に置けないわねぇ♪ まぁ片方の好意には気付いてないみたいだけど)
彼らの関係がこの先どうなるかなど、知りようがない。しかし、こういう気持ちがあるから戦えることだってあるのだ。
「じゃ♪ この続きを見る為にも頑張っちゃおうかしらん♪」
「何を言っているかは分からんが、ケリをつけるぞ」
両慈に言われて輪廻は牙王に打撃を入れてバランスを崩す。そこへ追撃を入れるのは悠乃だ。
「敵が何かではなく、私がどうありたいか、よ。つまり、素敵な仲間との人生を謳歌する私の笑顔は、どれ程の悪意でも消し得ないということ!」
体勢を崩しながら、それでも牙王は反撃を諦めない。しかし、それを食い止めるのは土の源素の力を全力で用いて身を守るリーネだ。友情と愛情の板挟み状態だが、やるべきことはきちんとやっている。
「私は、大事な人とずっと一緒に居たいだけなのデース! 邪魔しないでくだサーイ!」
そして、無理な姿勢で動いて隙の残った牙王に向けて、両慈は雷を叩き込む。【天華】のコンビネーションは実際、牙王を苦しめていた。
「悪いが、俺は誰かが不幸に沈む顔は一番嫌いでな。邪魔をさせて貰う」
人間と妖のぶつかり合い、大規模な決戦として始まった奈良の戦いは次第に終焉の時を迎えようとしていた。ランク4の妖も、繰り返し立ち上がってくる覚者を相手にするのは限界がある。
戦いが始まってどれだけの時間が経ったのか。
覚者達だって無傷ではない。だが、妖達の損耗はそれ以上だった。
「マダダ……我ハ倒レヌ……」
「中々戦いってもんをわかってんじゃねぇか。認めてやるよ、お前は強敵だ。畜生風情と思うのはやめるぜ」
未だに戦闘意欲を失わない牙王に対して、『白焔凶刃』諏訪・刀嗣(CL2000002)は凄みのある笑みで応える。幾度となく切り付けてはいるが、まだ速度が足りていない。相手は紛れもない強敵だ。
同じく最前線で斧を振るう『花屋の装甲擲弾兵』田場・義高(CL2001151)も、ランク4の手強さを全身で感じていた。だが、それでも負けるわけにはいかない。
「おめぇさんにはおめぇさんの正義があるとは思うんだがな、それを肯定してやることはできねぇし、見過すわけにもいかん」
人と妖が相容れることは無い。出会えば戦うしかない相手だ。だからこそ、覚者達はここで逃げる訳にはいかない。それに、戦いに生きる覚者にとって、牙王は極上の獲物でもある。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。牙王、まだ慢心があるなら捨てろよ。本気のお前と戦いてぇからな」
「ごちゃごちゃいっても始まらねぇ、勝者がすべてを持っていくのが古来からの決まりだ、さぁ! 終らせるとしようぜ」
刀嗣と義高、2人の戦士に答えるように牙持つ王は咆哮を上げ、最後の攻撃を行う。動きは鈍ってきているが、その体躯から繰り出される攻撃は必殺だ。
しかし、ここで刀嗣が切り札を切る。
「俺にこれを使わせたのは手前ぇが初めてだぜ牙王!」
目にもとまらぬ速さからの三連撃。牙王は派手に血飛沫を上げる。そこへ義高の斧が振り下ろされた。
「ギュスターヴ、俺の名のもとに命じる、眼前の敵を喰いちぎれっ! おぉぉぉぉ~っ!!」
人と獣は古来より戦いを繰り広げてきた。
ただ戦うだけなら、爪も牙も無い人間の方が劣るのかも知れない。しかし、それを克服して人間は戦ってきた。
人間は戦う理由がある時、決して倒れることは無い。力持つ者に抗えるからこそ、人は強い。
「お前は確かに強い……が、俺たちのように力に抗う強さはなかったな。そこがお前の限界だよ。さらばだ、狼の王。鰐の王が止めを刺してやるよ」
「あばよ獣の王様、強かったぜ」
「アォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!」
牙王が一際大きく吠える。
それは牙持つ王が最後に発した断末魔。
山中に響き渡ったその唸り声は、動物系妖の集団『群狼』とFIVEの戦いの終わりを告げる合図となった。牙持つ王は覚者達に討たれ、この日彼が作った王国は崩れ去ったのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし
