七夕の願い事
●
熱い風が吹いて笹を揺らした。細長い葉とともに色とりどりの短冊も揺れて、アスファルトの上でまだらの影が踊る。
たまたま前を通りがかった着物姿の男、いや、着物姿の古妖は、鳥居の横に設えられた七夕飾りの前で足を止めた。
「おや?」
たくさんある短冊の中から青のそれを、指先でつまんで止めた。書かれていた願い事をしげしげと見つめる。
「これまたずいぶんと物騒なことを願うもんだ。なになに、野崎公彦くん……か。面白いことを頑張っている人間がこの近くにいるんだねぇ」
噺家と呼ばれる古妖は、手にしていた扇子を開いて襟元に風を送りながら、鳥居の先に目を向けた。
木々が作る暗い影の中に寂れた社が見える。
「ここの土地神さまはなかなかヒマなようだし、どれ、電話をお借りするついでだ。望みを叶えてもらえるように、ひとつ私も口添えしてあげよう」
噺家は口を笑いの形にゆがませると、ぱちりと小気味の良い音をたてて扇子を閉じた。笹に結ばれていた糸から短冊を引きちぎると、ひらひらと振りながら傷だらけの鳥居を潜り抜け、社務所へ向かった。
ちなみに、噺家が手にしている短冊にはこう書かれている。
――今年こそ彼女が造れますように。
●
「みんなは短冊にどんな願い事を書いたのかな?」
久方 万里(nCL2000005)はピンク色の短冊にさらさらと油性ペンを走らせた。
「漢字を間違えちゃうとカッコ悪いし、願い事が台無しだよ。みんなは大丈夫?」
誰かに見られてカッコ悪い思いをするだけならまだしも、不幸にも間違った叶いかたをするかもしれない。
夢見は愛らしい顔をせいぜいしかめると、ひらひらと短冊を振った。
「それでね、みんなにはこれから、野崎公彦くん十四歳の願いを悪意で叶えようとする、古妖・傀儡蜘蛛(くぐつくも)を倒しに行って欲しいの。お願い」
熱い風が吹いて笹を揺らした。細長い葉とともに色とりどりの短冊も揺れて、アスファルトの上でまだらの影が踊る。
たまたま前を通りがかった着物姿の男、いや、着物姿の古妖は、鳥居の横に設えられた七夕飾りの前で足を止めた。
「おや?」
たくさんある短冊の中から青のそれを、指先でつまんで止めた。書かれていた願い事をしげしげと見つめる。
「これまたずいぶんと物騒なことを願うもんだ。なになに、野崎公彦くん……か。面白いことを頑張っている人間がこの近くにいるんだねぇ」
噺家と呼ばれる古妖は、手にしていた扇子を開いて襟元に風を送りながら、鳥居の先に目を向けた。
木々が作る暗い影の中に寂れた社が見える。
「ここの土地神さまはなかなかヒマなようだし、どれ、電話をお借りするついでだ。望みを叶えてもらえるように、ひとつ私も口添えしてあげよう」
噺家は口を笑いの形にゆがませると、ぱちりと小気味の良い音をたてて扇子を閉じた。笹に結ばれていた糸から短冊を引きちぎると、ひらひらと振りながら傷だらけの鳥居を潜り抜け、社務所へ向かった。
ちなみに、噺家が手にしている短冊にはこう書かれている。
――今年こそ彼女が造れますように。
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「みんなは短冊にどんな願い事を書いたのかな?」
久方 万里(nCL2000005)はピンク色の短冊にさらさらと油性ペンを走らせた。
「漢字を間違えちゃうとカッコ悪いし、願い事が台無しだよ。みんなは大丈夫?」
誰かに見られてカッコ悪い思いをするだけならまだしも、不幸にも間違った叶いかたをするかもしれない。
夢見は愛らしい顔をせいぜいしかめると、ひらひらと短冊を振った。
「それでね、みんなにはこれから、野崎公彦くん十四歳の願いを悪意で叶えようとする、古妖・傀儡蜘蛛(くぐつくも)を倒しに行って欲しいの。お願い」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖・傀儡蜘蛛の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
三重県の某所。海沿いにある小さな町。
時間は夜。空には天の川が見えています。
とあるアパートの裏の空地(マンション建設予定地)での戦闘になります。
灯りは、とあるアパートの窓から漏れる室内光だけになります。
1階の住民はまだ誰も帰宅していないらしく、全室真っ暗です。
2階は中央の205号室、野崎家とその隣206号室の花村家の明かりがついています。
メガネ少年の野崎公彦くんは、空地に面した自室で勉強中です。
花村家でも空地に面した室で、香織ちゃん十四歳が勉強中です。
古妖・傀儡蜘蛛(くぐつくも)は小石をガラス窓に投げて公彦くんを、次いで香織ちゃんを空地に呼び出そうとしています。
●古妖・傀儡蜘蛛(くぐつくも)
第三脚に手に鉈を持っています。
この鉈を公彦くんに手渡して、香織ちゃんをバラバラに。
素材を蜘蛛糸で結んで操り人形を作るつもりの様です。
【蜘蛛眼】……特/近列。魅了
【傀儡糸】……物理/遠単。ダメージ0。相手を拘束し、意のままに動かします。
ただし、発現していない人間に対してしか効果がありません。
【四つ手】……物/近複。第一と第二の4本の腕を同時に繰りだす、強力な突き技。
【絡む糸】……物/近単。糸に絡め取ったものを1ターン拘束する。
【鉈】……物/近単。出血。
●その他
噺家……リプレイに出てきません。彼が傀儡蜘蛛の住む神社を訪ねたのは『昼』のことです。
●STコメント
よろしければご参加くださいませ。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年07月24日
2016年07月24日
■メイン参加者 8人■

●
遅い夏の夜にきんきらと輝く星が川のように流れている。その割にファイヴの覚者たちが訪れたアパートの周辺は照明もまばらで、赤い屋根が背負う闇はまったりとして黒かった。
「とにかく中学生達には家から出ないようにして貰わねーとだよな」
『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)は、腕に止まった蚊を叩たたいた。潰れた黒い体の下に点のような赤い血が見える。間に合わず、食われてしまったようだ。
「そっちは頼んだ。オレは先に裏に回って古妖を牽制する。……てか、虫除けスプレーもってくりゃよかったな。まさか一日の内で三回も戦うことになるなんて思わなかったぜ」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は首の横を叩いた。腕にも蚊に食われた跡が見える。
「若いねぇ。奥州ちゃんの場合はあっちで汗かいたあと、ちゃんと拭いてなかっただろ? だから、余計に蚊がよってくるのよ」
ひょうひょうと言った緒形 逝(CL2000156)に一悟が抗議する。
「緒形店長たちもオレと同じように戦って汗かいていただろ? なんで蚊に食われねぇんだよ、な?」
一悟は腫れだした腕を指でかきながら、『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)と東雲 梛(CL2001410)に同意を求めた。
八人のうちの何人かが、ここから一駅分離れた場所にある修道院で昼間、古妖と戦っていた。さらにそこへ翔たちが加わって、宵の口に離島でその続きともいえる戦いに参加している。汗をかいているから蚊に食われるのであれば、自分だけが餌にされてるのはおかしい。
や、翔もさっき食われたわけだが……。
「あすかはAAAの隊員さんに虫除けスプレーをもらったのよ」
「俺は……ファイヴから連絡があった後、戻った修道院で汗を拭いたから……かな?」
一悟は、ずるいと口をとがらせた。
「おっさんは見てのとおり、長袖さだからね」
暑くないの、と翔が混ぜ返す。
「まあまあ、刺されらかゆみ止めの薬を塗ればいいだろ」
そういう『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は、微かにラベンダーの香りを体から漂わせていた。
「義高さん、ふんわり、いい匂いがしますねぇ~」
阿久津 ほのか(CL2001276)が義高の二の腕に、小さくて形のいい鼻を寄せる。
「私、蚊はラベンダーの匂いが嫌いだときいたことがあります。虫除け対策ばっちりですね」
天然ものでガードできるお花屋さんはいいなぁ、と腕から顔を離してにんまりと笑う。
「そ、そんなんじゃねえよ。これは店を出るときにセンカと那海が二人で……蚊がどうのこうの……何かブシュっと……だな……」
花の香りを妻子のせいにして、最後は語尾をごにょごにょと濁した。
そんな義高をふふふと笑ったほのか自身は、ファイヴを出る前にばっちり日焼けと虫除け対策をしてきたらしい。夕方のお出かけでも油断大敵、夏の美肌を損なう紫外線と蚊の対策は乙女のたしなみなのだ。
八重霞 頼蔵(CL2000693)もまた、ほのかとは違った理由できちんと虫除けスプレーをかけていた。離島での激戦の後、海の上で汗を拭きとり、髪と衣服の乱れを整え、黒い三つ揃えのスーツについた汚れを払い落している。
季節感のない服装だといわれようが、頼蔵には黒い三つ揃えのスーツで依頼を受けることに確固たるこだわりがあった。
同じく黒いスーツに身を包んだ逝もまた、「粋」を維持すべくさりげなく船の上で身づくろいを済ませている。
「夏場の張り込みに虫除けは必須だからな。ところで時間がないぞ。私は説得へ向かう。みんな、どっちに行く?」
「おっさん? おっさんは最近、やたら不審者扱いされるから説得は成瀬ちゃん達に任せるさね」
逝はアスファルトを含んだ岩の塊を鎧の様に体に纏わせた。
続けて義高も岩の鎧で身を固める。
「俺もそっちへ入れてくれ。こんなガタイの男が夜訪ねてきたら……怯えるだろう?」
心優しき大男は、スキンヘッドを手でツルリと撫でおろした。
「私は翔くんといっしょするですよ。頼蔵さん、親御さんたちへのフォローお願いしますね。梛くんと飛鳥ちゃんはどうしますか?」
ほのかは長く伸ばした袖をゆらゆらさせた。
「……めんどくせぇことは任せる。行こうぜ、奥州」
ぶっきらぼうにつぶやくと、梛は一悟と連れ立ってアパートの裏へ向かった。
「あすかは念のため、人が来ないように結界を張ってから裏に回るのよ」
蚊も結界で弾ければいいのに、という飛鳥に、それは虫が良すぎるというもの、と頼蔵がポーカーフェイスで突っ込みを入れた。
「じゃあ一旦解散だ。オレたちもすぐ行くから、無茶しないでくれよな」
飛鳥が結界を張りだした。
翔とほのか、頼蔵の三人はアパートの階段を上がり、逝と義高は先に行った二人を追いかけた。
●
「はあい、どなた?」
深夜のチャイム音を怪しんでいるらしく、女の声は尖っていた。205号室の玄関に明かりがともり、ドアの下から出る薄い光が翔とほのかのつま先を照らす。しかし、しばらく待っても玄関のドアは閉まったままで、開けられる気配がまったくない。
「俺にやらせてくれ」
頼蔵はふたりを下がらせると、近所迷惑にならない程度に抑えた音量でドア越しに声をかけた。
「八重霞探偵社、いや、ファイヴの八重霞と申します。夜分遅くに恐れ入りますが、少しお話しを聞いていただけないでしょうか? ドアは開けなくて結構です、そこで聞いてください」
「……ファイヴって?」
機密が解禁されたとはいえ、全国どこでも誰にでも、知られるほどファイヴの名は広まっていないらしい。
頼蔵は苦笑すると、新進気鋭の覚者組織です、とだけ答えた。
ふうん、とドアの向こうから返ってきた。なるほど。野崎家は覚者に敵意を抱くでもなく、さりとて好意的に擁護するでもなく、といったスタンスか。まあ、説得はしやすかろう。
「では成瀬君。ここは任せたぞ。阿久津君、次だ。隣を説得しに行こう」
「はいです~」
頼蔵は翔と体を入れ替えると、ほのかと隣の206号室の前に移動して、花村家のドアホンを押した。
翔は背筋を伸ばした。
相手は公彦の母親だろう。ワーズ・ワースを有効にして、不必要に怖がらせないよう、アパートの裏に公彦たちを害するため古妖が来ていることを手短に伝えた。
「これから妖退治があるから、絶対に家から誰も出さないように」
頼むぜ、とドアに手をつく。
横を向くと、ほのかが同じようにドアに手あてて隣家の説得に当たっていた。
「んと、私は蜘蛛の妖と戦って、大変な事になったんですよ~。糸に巻きつかれて、うぐぐ~苦しい~ってされてから、たか~~~い所から落とされて、危うく地面に赤い花が咲きそうになったりですね~」
赤い花云々は怖がらせてしまうだけじゃないだろうか、と思いつつ、翔はほのかの可愛らしい説得のしかたについ笑ってしまった。
ほのかの後へ目を向ければ、頼蔵も声を殺して笑っていた。
対して当のほのかは真剣だ。それが余計にふたりにほのかを可愛らしく見せている原因なのだが。
「操られて、大切な人を襲うように仕向けるのもあるんですよ~。怖いんですよ、蜘蛛さんも糸も。だから出たらダメです、生きて青春を謳歌してください~っ」
話に区切りがついたところで、頼蔵が踵を回した。
「行くぞ。曲りなにも相手は神さまらしいからな。全員で相手をするべきだろう」
●
暗闇の中を飛び跳ねる者がいた。ひょうたん型から伸びる八本の細長いシルエットが、時折、天の川をかすめて行く。
口から銀の糸を吐き出し、壁や屋根を伝い飛ぶそれこそはファイヴの覚者が退治する相手、傀儡蜘蛛だった。
傀儡蜘蛛はアパートの裏の空き地へ音もなく降り立つと、明かりのともった窓を見上げた。
「話が弾んですっかり遅くなってもうたぞな。さてと、公彦とやらの家はここか」
百年ぶりの覚醒時に懐かしき顔が見えたとあって、話が弾んだのは確かなのだが、なにより到着が遅れたのは生来の方向音痴のせいである。もっとも、百年ぶりの世の中は別世界かと驚くほど様変わりしており、すんなり到着できる方がおかしいのだ。
「そそ。わしはなーんにも悪くないぞな」
地元神社に住まう土地神さま(自称)は体を屈めると、足元に転がっていた小石を拾った。
まず呼び出すのは短冊の主だ。いや、先に願い叶えてやるための下準備をしておくべきか。
古妖は、右の窓か、左の窓か、と迷った挙句に、「ええい、めんどうぞな」と小石をもう一つ拾い上げた。小石を握った二対の腕大きく後ろへそらして――。
「こらっ!!」
一悟は空き地に駆け込みながら、梛の同族把握で狙うべきところをサポートされつつ、念弾を放った。練り上げた気が闇を穿つ弾丸となって、傀儡蜘蛛の横っ腹にヒットする。
自称土地神さま、ほげぇぇ、とコミカルな悲鳴をあげつつ空き地を転がった。
梛は守護使役のまもりに頭よりも上にいるように頼み、竜のともしびが広く空き地を照らせるようにした。
「願い事ぐらい自由にさせておけばいいのに。こういうのに手を出すやつ、好きじゃない」
灯りの中に傀儡蜘蛛の姿を捕えると覚醒し、戦闘開始の合図がわりに蔓の鞭で地面を強く打った。ばしっと小気味の良い音かぜ響き、千切れ飛んだ草の青い匂いが辺りに濃く漂う。むせかえるような夏の匂いに香仇花の香を混ぜて流して、ひそかに傀儡蜘蛛の弱体化を図りもした。
「な、ななななな、なんだお前たち! 人のくせにわしの姿がみえるうえに、傷つけることができるぞな? 坊主や神主のような徳を積んだものにはとても見えぬが……ただのガキじゃないぞな」
その通り。ただのガキじゃねえよ、と一悟も覚醒してトンファーを構え持つ。
逝たちがやってきて、覚者たちはアパートと古妖の間に移動した。
「おや、お友だちから聞いてない? おっさんたちは覚者といって、悪い妖や古妖を退治する現代の退魔師なのよ」
逝がアパートを背にしたのは一瞬のことで、ひと駆けで立ち上がった傀儡蜘蛛に切迫すると地に着いている片足を両腕で取り、体全体で素早く回転して投げた。
「全くもって暇は、いけないね。ろくな事をしない。真っ当な判断さえ鈍って出来なくなる。多少の誤字をそのまま受け取って叶えようとしたり、な」
ゆっくりと体を起こしながら、そんな局所的傍迷惑は悪食に喰わせてしまおうね、と呼び出した妖刀・悪食の刃に月光を当てる。
「ご、じ?」
ふん、と鼻を鳴らしたような音がしたかと思うと、傀儡蜘蛛の尻から銀の糸が飛び出して妖刀使いをぐるぐる巻きにした。
「ああ。どうもお前さんの認識に誤解が生じているようなんだが…ひとまず話を聞いちゃもらえねぇか?」
義高は守護使役の菊理媛からギュスターブを受け取ると、逝を絡めとる蜘蛛の糸を断ち切った。人には切れない糸だが、覚者は簡単に断つことができる。
ぱらりとほどけた糸を見て、傀儡蜘蛛は大いに焦った。どうにかこうにか威厳をかき集めて立ち上がり、前方の大きく発達した二個の眼を赤く光らせた。
「まあ、聞けよ。誰にそそのかされたか知らんが、『造る』が誤字なことくらい気づこうぜ……仮にも土地神さまなんだろ? それが土地の住人襲っ!?」
鉄心を持つ一悟と義高は、蜘蛛の目の怪しげな輝きに魅了されなかった。ふたりの後ろにいた梛もまた然り。だが――。
「田場さん!」
一悟は腕を抑えた義高の前に滑り込んだ。上段から振り下ろされる悪食を、頭の上で十字に交差させた腕で受け止める。
「ぐっ!」
同士討ちで生じた機に乗じ、傀儡蜘蛛が動く。魅了を解こうとしていた梛の横へ回り込むと、高速で四っ手を繰り出した。
「遅くなりました、なのよ! 駆けつけ一杯、潤しの雨を降らせるのよ。えい!」
飛鳥は空き地に駆け込んでくるなり、水の結晶がついたスティックを回して癒しの雨を降らせた。続けてスティックを古妖に向け、牽制に水礫を飛ばして仲間たちから遠ざける。
「どうして嫌がらせみたいなことをするのよ。神様なんでしょ? 漢字間違いぐらい見逃してあげなさいなのよ!」
「なんじゃ、童! 兎の耳などつけよって。わしが悪いとでもいうかぞな」
気にくわぬ、と傀儡蜘蛛は地を蹴った。
高く飛び上がって一悟の頭を飛び越すと、飛鳥の前に降り立った。中腕に持った二つの鉈を同時に古い、飛鳥の首を左右から挟み切ろうとする。
ひっ、と息をのんで、飛鳥は肩をすくめた。
にわかに天が曇って天の川の光を遮った。ドンッと轟音が鳴り、空気が震え、青白い光が辺りを昼のように照らす。
「もう目を開けても大丈夫だぞ、飛鳥」
「翔ちゃん!」
覚醒して陰陽師姿になった翔は、飛鳥を庇い、頭から煙を立たせる傀儡蜘蛛の前に出た。
窓が開けられた音を聞きつけると、アパートへ首を回した。
「危ねーから家の中に入っててくれ!」
「そ~ですよ。危ないから窓から顔はださないでくださいね」
ほのかは上着を脱ぎ捨てると、第三の目が開いた手で神秘の深層を流れるみずを組み上げた。ふらふらとフルフェイスのヘルメットを揺らしている逝に浴びせて、状態異常を消し去った。
あっさりと術を解かれてしまった悔しさに、傀儡蜘蛛はタッタッと足を踏み鳴らした。
「本当に漢字が間違っているのか、本人に確かめてみないと分からないぞな。たとえ間違いであってもぞな、そも、神に願い奉じる短冊を書き損じるなどあってはならんことぞな。故に、わしはそのまんま受け取り、願いを叶えてやることにしたぞな」
頼蔵が最後に空地に入ってきた。ゆっくりと歩を進めながらサーベルを抜く。
「ふっ。些事をつつき、悪意を持って謀るか……嫌いではない。寧ろ其の性根に好感すら抱けるよ」
飛燕のごとく空を切りながら飛ぶ切っ先が、鉈の下を抜けて傀儡蜘蛛の腹に吸い込まれる。
「だ、だったら、なぜ邪魔するぞな!」
「だからこそ邪魔してやりたくもなるのだ……理由なんてそんなものさ。さて、提案がある。このままおとなしく、ねぐらに戻ってはどうだろうか。早く帰らないと、竈の神様がこんどこそお前を焼きに戻ってくるぞ」
頼蔵はこの七夕の依頼を港で受けたあと、やはり気になることがあるという梛とともに まっすぐ現場には向かわず、町の近場にある神社を調べて回っていた。
七夕まつりの青いのぼりがいくつも立てられた、海を見下す神社にて、ふたりは蜘蛛を閉じ込めた竈の絵を見た。二枚に切り裂かれたそれが、古妖を封じていた御符だとすぐに気づくと、社務所で電話を借りるとファイヴに新たな御符を届けるように要請したのだ。
「そうだ。早く帰れ。俺たちが二度と解けないようにしっかり封をしてやる」
「嫌じゃ、嫌じゃ! せっかく自由になったのに誰がまた封じられるかぞな!」
傀儡蜘蛛はやみくもに腕を突きだした。飛び跳ねて足も突きだす。四っ手が二回、合わせて八っ手が覚者たちを襲う。
「こいつもいうなれば騙された被害者、反省すれば許してやりたいが……」
義高は、蜘蛛の足を顔に触れるか触れないかのギリギリのところでかわした。戦斧をふりあげて脚を一本、根元から叩き切る。
「こいつの能力上、封印される前にも同じことしていたんじゃないかという疑いが捨てきれないんだよな」
飛鳥が発した癒しの霧が白く広がって、覚者たちの肌を潤し、体に受けたダメージを回復していく。
「きっと、反省できないから閉じ込められたのよ。間違いないのよ」
そうだそうだ、と一悟が炎をまとった拳を振りぬけば、翔が再び天より雷獣を召喚して傀儡蜘蛛を撃つ。
梛が棘一閃で足止めしたところへ頼蔵が迫り、灼熱化したサーベルの刃を蜘蛛の前面についた大きな目に突きたてた。
「ごめんなさい。他に小さな目が四つあるから、大丈夫ですよね?」
ほのかが手の甲の目より妖気に満ちた光線を発して、残るもう片方の目を潰した。
「ま、寂れた土地神と忘れられた荒神……残った方が短冊の願い事を叶える、で良かろう」
逝は傀儡蜘蛛の手首を掴むと逆にねじあげ、おもいっきり小手返しをかけた。関節を折られて顔を歪めた古妖の体が、その場にもんどり打って倒れる。
「さて、どうすねかね。いっそ、悪食に喰われるかい? 悪食も元は神様だったのよ。禍いを喰らって落とす、祓え系の奴ね」
傀儡蜘蛛の上で、妖刀の刃がギラリと光った。
●
「間違いが分からないなら、小学校5年生からやり直しなのよ」
飛鳥は公彦に書き直しを命じた。
もう、ひらかなでいいじゃん、と一悟がつぶやく。
飛鳥に睨まれてすごすごと後ろにさがると、こっそりとほのかに「正しい漢字」を教えてもらった。
「短冊に願うより、気になる女子に自分で言った方がいいんじゃねーのかなー」
書き損じて生じた短冊の山に、翔がため息をこぼす。
ちなみに、傀儡蜘蛛が花村香織を知ったのは偶然でもなくでもなく、公彦がちゃっかり短冊の裏で香織を彼女候補にあげていたからだ。
「なあ、早く神社に行かないと。もう正解を教えてやれよ」と、梛。
「そうだな。見ないフリで直してやる優しさも必要だ、って緒方店長もいってたぜ」
逝と義高、頼蔵の三人は、負けを受け入れておとなしくなった傀儡蜘蛛を連れて、先に神社へ向かっていた。
「せっかくの七夕です~。私たちも何か短冊に書いて神社の笹にむすびませんか? ね、香織ちゃん」
この後、覚者たちは公彦と香織の付き添いと言う名目で神社の七夕まつりに参加し、大いに楽しんだ。
遅い夏の夜にきんきらと輝く星が川のように流れている。その割にファイヴの覚者たちが訪れたアパートの周辺は照明もまばらで、赤い屋根が背負う闇はまったりとして黒かった。
「とにかく中学生達には家から出ないようにして貰わねーとだよな」
『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)は、腕に止まった蚊を叩たたいた。潰れた黒い体の下に点のような赤い血が見える。間に合わず、食われてしまったようだ。
「そっちは頼んだ。オレは先に裏に回って古妖を牽制する。……てか、虫除けスプレーもってくりゃよかったな。まさか一日の内で三回も戦うことになるなんて思わなかったぜ」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は首の横を叩いた。腕にも蚊に食われた跡が見える。
「若いねぇ。奥州ちゃんの場合はあっちで汗かいたあと、ちゃんと拭いてなかっただろ? だから、余計に蚊がよってくるのよ」
ひょうひょうと言った緒形 逝(CL2000156)に一悟が抗議する。
「緒形店長たちもオレと同じように戦って汗かいていただろ? なんで蚊に食われねぇんだよ、な?」
一悟は腫れだした腕を指でかきながら、『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)と東雲 梛(CL2001410)に同意を求めた。
八人のうちの何人かが、ここから一駅分離れた場所にある修道院で昼間、古妖と戦っていた。さらにそこへ翔たちが加わって、宵の口に離島でその続きともいえる戦いに参加している。汗をかいているから蚊に食われるのであれば、自分だけが餌にされてるのはおかしい。
や、翔もさっき食われたわけだが……。
「あすかはAAAの隊員さんに虫除けスプレーをもらったのよ」
「俺は……ファイヴから連絡があった後、戻った修道院で汗を拭いたから……かな?」
一悟は、ずるいと口をとがらせた。
「おっさんは見てのとおり、長袖さだからね」
暑くないの、と翔が混ぜ返す。
「まあまあ、刺されらかゆみ止めの薬を塗ればいいだろ」
そういう『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は、微かにラベンダーの香りを体から漂わせていた。
「義高さん、ふんわり、いい匂いがしますねぇ~」
阿久津 ほのか(CL2001276)が義高の二の腕に、小さくて形のいい鼻を寄せる。
「私、蚊はラベンダーの匂いが嫌いだときいたことがあります。虫除け対策ばっちりですね」
天然ものでガードできるお花屋さんはいいなぁ、と腕から顔を離してにんまりと笑う。
「そ、そんなんじゃねえよ。これは店を出るときにセンカと那海が二人で……蚊がどうのこうの……何かブシュっと……だな……」
花の香りを妻子のせいにして、最後は語尾をごにょごにょと濁した。
そんな義高をふふふと笑ったほのか自身は、ファイヴを出る前にばっちり日焼けと虫除け対策をしてきたらしい。夕方のお出かけでも油断大敵、夏の美肌を損なう紫外線と蚊の対策は乙女のたしなみなのだ。
八重霞 頼蔵(CL2000693)もまた、ほのかとは違った理由できちんと虫除けスプレーをかけていた。離島での激戦の後、海の上で汗を拭きとり、髪と衣服の乱れを整え、黒い三つ揃えのスーツについた汚れを払い落している。
季節感のない服装だといわれようが、頼蔵には黒い三つ揃えのスーツで依頼を受けることに確固たるこだわりがあった。
同じく黒いスーツに身を包んだ逝もまた、「粋」を維持すべくさりげなく船の上で身づくろいを済ませている。
「夏場の張り込みに虫除けは必須だからな。ところで時間がないぞ。私は説得へ向かう。みんな、どっちに行く?」
「おっさん? おっさんは最近、やたら不審者扱いされるから説得は成瀬ちゃん達に任せるさね」
逝はアスファルトを含んだ岩の塊を鎧の様に体に纏わせた。
続けて義高も岩の鎧で身を固める。
「俺もそっちへ入れてくれ。こんなガタイの男が夜訪ねてきたら……怯えるだろう?」
心優しき大男は、スキンヘッドを手でツルリと撫でおろした。
「私は翔くんといっしょするですよ。頼蔵さん、親御さんたちへのフォローお願いしますね。梛くんと飛鳥ちゃんはどうしますか?」
ほのかは長く伸ばした袖をゆらゆらさせた。
「……めんどくせぇことは任せる。行こうぜ、奥州」
ぶっきらぼうにつぶやくと、梛は一悟と連れ立ってアパートの裏へ向かった。
「あすかは念のため、人が来ないように結界を張ってから裏に回るのよ」
蚊も結界で弾ければいいのに、という飛鳥に、それは虫が良すぎるというもの、と頼蔵がポーカーフェイスで突っ込みを入れた。
「じゃあ一旦解散だ。オレたちもすぐ行くから、無茶しないでくれよな」
飛鳥が結界を張りだした。
翔とほのか、頼蔵の三人はアパートの階段を上がり、逝と義高は先に行った二人を追いかけた。
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「はあい、どなた?」
深夜のチャイム音を怪しんでいるらしく、女の声は尖っていた。205号室の玄関に明かりがともり、ドアの下から出る薄い光が翔とほのかのつま先を照らす。しかし、しばらく待っても玄関のドアは閉まったままで、開けられる気配がまったくない。
「俺にやらせてくれ」
頼蔵はふたりを下がらせると、近所迷惑にならない程度に抑えた音量でドア越しに声をかけた。
「八重霞探偵社、いや、ファイヴの八重霞と申します。夜分遅くに恐れ入りますが、少しお話しを聞いていただけないでしょうか? ドアは開けなくて結構です、そこで聞いてください」
「……ファイヴって?」
機密が解禁されたとはいえ、全国どこでも誰にでも、知られるほどファイヴの名は広まっていないらしい。
頼蔵は苦笑すると、新進気鋭の覚者組織です、とだけ答えた。
ふうん、とドアの向こうから返ってきた。なるほど。野崎家は覚者に敵意を抱くでもなく、さりとて好意的に擁護するでもなく、といったスタンスか。まあ、説得はしやすかろう。
「では成瀬君。ここは任せたぞ。阿久津君、次だ。隣を説得しに行こう」
「はいです~」
頼蔵は翔と体を入れ替えると、ほのかと隣の206号室の前に移動して、花村家のドアホンを押した。
翔は背筋を伸ばした。
相手は公彦の母親だろう。ワーズ・ワースを有効にして、不必要に怖がらせないよう、アパートの裏に公彦たちを害するため古妖が来ていることを手短に伝えた。
「これから妖退治があるから、絶対に家から誰も出さないように」
頼むぜ、とドアに手をつく。
横を向くと、ほのかが同じようにドアに手あてて隣家の説得に当たっていた。
「んと、私は蜘蛛の妖と戦って、大変な事になったんですよ~。糸に巻きつかれて、うぐぐ~苦しい~ってされてから、たか~~~い所から落とされて、危うく地面に赤い花が咲きそうになったりですね~」
赤い花云々は怖がらせてしまうだけじゃないだろうか、と思いつつ、翔はほのかの可愛らしい説得のしかたについ笑ってしまった。
ほのかの後へ目を向ければ、頼蔵も声を殺して笑っていた。
対して当のほのかは真剣だ。それが余計にふたりにほのかを可愛らしく見せている原因なのだが。
「操られて、大切な人を襲うように仕向けるのもあるんですよ~。怖いんですよ、蜘蛛さんも糸も。だから出たらダメです、生きて青春を謳歌してください~っ」
話に区切りがついたところで、頼蔵が踵を回した。
「行くぞ。曲りなにも相手は神さまらしいからな。全員で相手をするべきだろう」
●
暗闇の中を飛び跳ねる者がいた。ひょうたん型から伸びる八本の細長いシルエットが、時折、天の川をかすめて行く。
口から銀の糸を吐き出し、壁や屋根を伝い飛ぶそれこそはファイヴの覚者が退治する相手、傀儡蜘蛛だった。
傀儡蜘蛛はアパートの裏の空き地へ音もなく降り立つと、明かりのともった窓を見上げた。
「話が弾んですっかり遅くなってもうたぞな。さてと、公彦とやらの家はここか」
百年ぶりの覚醒時に懐かしき顔が見えたとあって、話が弾んだのは確かなのだが、なにより到着が遅れたのは生来の方向音痴のせいである。もっとも、百年ぶりの世の中は別世界かと驚くほど様変わりしており、すんなり到着できる方がおかしいのだ。
「そそ。わしはなーんにも悪くないぞな」
地元神社に住まう土地神さま(自称)は体を屈めると、足元に転がっていた小石を拾った。
まず呼び出すのは短冊の主だ。いや、先に願い叶えてやるための下準備をしておくべきか。
古妖は、右の窓か、左の窓か、と迷った挙句に、「ええい、めんどうぞな」と小石をもう一つ拾い上げた。小石を握った二対の腕大きく後ろへそらして――。
「こらっ!!」
一悟は空き地に駆け込みながら、梛の同族把握で狙うべきところをサポートされつつ、念弾を放った。練り上げた気が闇を穿つ弾丸となって、傀儡蜘蛛の横っ腹にヒットする。
自称土地神さま、ほげぇぇ、とコミカルな悲鳴をあげつつ空き地を転がった。
梛は守護使役のまもりに頭よりも上にいるように頼み、竜のともしびが広く空き地を照らせるようにした。
「願い事ぐらい自由にさせておけばいいのに。こういうのに手を出すやつ、好きじゃない」
灯りの中に傀儡蜘蛛の姿を捕えると覚醒し、戦闘開始の合図がわりに蔓の鞭で地面を強く打った。ばしっと小気味の良い音かぜ響き、千切れ飛んだ草の青い匂いが辺りに濃く漂う。むせかえるような夏の匂いに香仇花の香を混ぜて流して、ひそかに傀儡蜘蛛の弱体化を図りもした。
「な、ななななな、なんだお前たち! 人のくせにわしの姿がみえるうえに、傷つけることができるぞな? 坊主や神主のような徳を積んだものにはとても見えぬが……ただのガキじゃないぞな」
その通り。ただのガキじゃねえよ、と一悟も覚醒してトンファーを構え持つ。
逝たちがやってきて、覚者たちはアパートと古妖の間に移動した。
「おや、お友だちから聞いてない? おっさんたちは覚者といって、悪い妖や古妖を退治する現代の退魔師なのよ」
逝がアパートを背にしたのは一瞬のことで、ひと駆けで立ち上がった傀儡蜘蛛に切迫すると地に着いている片足を両腕で取り、体全体で素早く回転して投げた。
「全くもって暇は、いけないね。ろくな事をしない。真っ当な判断さえ鈍って出来なくなる。多少の誤字をそのまま受け取って叶えようとしたり、な」
ゆっくりと体を起こしながら、そんな局所的傍迷惑は悪食に喰わせてしまおうね、と呼び出した妖刀・悪食の刃に月光を当てる。
「ご、じ?」
ふん、と鼻を鳴らしたような音がしたかと思うと、傀儡蜘蛛の尻から銀の糸が飛び出して妖刀使いをぐるぐる巻きにした。
「ああ。どうもお前さんの認識に誤解が生じているようなんだが…ひとまず話を聞いちゃもらえねぇか?」
義高は守護使役の菊理媛からギュスターブを受け取ると、逝を絡めとる蜘蛛の糸を断ち切った。人には切れない糸だが、覚者は簡単に断つことができる。
ぱらりとほどけた糸を見て、傀儡蜘蛛は大いに焦った。どうにかこうにか威厳をかき集めて立ち上がり、前方の大きく発達した二個の眼を赤く光らせた。
「まあ、聞けよ。誰にそそのかされたか知らんが、『造る』が誤字なことくらい気づこうぜ……仮にも土地神さまなんだろ? それが土地の住人襲っ!?」
鉄心を持つ一悟と義高は、蜘蛛の目の怪しげな輝きに魅了されなかった。ふたりの後ろにいた梛もまた然り。だが――。
「田場さん!」
一悟は腕を抑えた義高の前に滑り込んだ。上段から振り下ろされる悪食を、頭の上で十字に交差させた腕で受け止める。
「ぐっ!」
同士討ちで生じた機に乗じ、傀儡蜘蛛が動く。魅了を解こうとしていた梛の横へ回り込むと、高速で四っ手を繰り出した。
「遅くなりました、なのよ! 駆けつけ一杯、潤しの雨を降らせるのよ。えい!」
飛鳥は空き地に駆け込んでくるなり、水の結晶がついたスティックを回して癒しの雨を降らせた。続けてスティックを古妖に向け、牽制に水礫を飛ばして仲間たちから遠ざける。
「どうして嫌がらせみたいなことをするのよ。神様なんでしょ? 漢字間違いぐらい見逃してあげなさいなのよ!」
「なんじゃ、童! 兎の耳などつけよって。わしが悪いとでもいうかぞな」
気にくわぬ、と傀儡蜘蛛は地を蹴った。
高く飛び上がって一悟の頭を飛び越すと、飛鳥の前に降り立った。中腕に持った二つの鉈を同時に古い、飛鳥の首を左右から挟み切ろうとする。
ひっ、と息をのんで、飛鳥は肩をすくめた。
にわかに天が曇って天の川の光を遮った。ドンッと轟音が鳴り、空気が震え、青白い光が辺りを昼のように照らす。
「もう目を開けても大丈夫だぞ、飛鳥」
「翔ちゃん!」
覚醒して陰陽師姿になった翔は、飛鳥を庇い、頭から煙を立たせる傀儡蜘蛛の前に出た。
窓が開けられた音を聞きつけると、アパートへ首を回した。
「危ねーから家の中に入っててくれ!」
「そ~ですよ。危ないから窓から顔はださないでくださいね」
ほのかは上着を脱ぎ捨てると、第三の目が開いた手で神秘の深層を流れるみずを組み上げた。ふらふらとフルフェイスのヘルメットを揺らしている逝に浴びせて、状態異常を消し去った。
あっさりと術を解かれてしまった悔しさに、傀儡蜘蛛はタッタッと足を踏み鳴らした。
「本当に漢字が間違っているのか、本人に確かめてみないと分からないぞな。たとえ間違いであってもぞな、そも、神に願い奉じる短冊を書き損じるなどあってはならんことぞな。故に、わしはそのまんま受け取り、願いを叶えてやることにしたぞな」
頼蔵が最後に空地に入ってきた。ゆっくりと歩を進めながらサーベルを抜く。
「ふっ。些事をつつき、悪意を持って謀るか……嫌いではない。寧ろ其の性根に好感すら抱けるよ」
飛燕のごとく空を切りながら飛ぶ切っ先が、鉈の下を抜けて傀儡蜘蛛の腹に吸い込まれる。
「だ、だったら、なぜ邪魔するぞな!」
「だからこそ邪魔してやりたくもなるのだ……理由なんてそんなものさ。さて、提案がある。このままおとなしく、ねぐらに戻ってはどうだろうか。早く帰らないと、竈の神様がこんどこそお前を焼きに戻ってくるぞ」
頼蔵はこの七夕の依頼を港で受けたあと、やはり気になることがあるという梛とともに まっすぐ現場には向かわず、町の近場にある神社を調べて回っていた。
七夕まつりの青いのぼりがいくつも立てられた、海を見下す神社にて、ふたりは蜘蛛を閉じ込めた竈の絵を見た。二枚に切り裂かれたそれが、古妖を封じていた御符だとすぐに気づくと、社務所で電話を借りるとファイヴに新たな御符を届けるように要請したのだ。
「そうだ。早く帰れ。俺たちが二度と解けないようにしっかり封をしてやる」
「嫌じゃ、嫌じゃ! せっかく自由になったのに誰がまた封じられるかぞな!」
傀儡蜘蛛はやみくもに腕を突きだした。飛び跳ねて足も突きだす。四っ手が二回、合わせて八っ手が覚者たちを襲う。
「こいつもいうなれば騙された被害者、反省すれば許してやりたいが……」
義高は、蜘蛛の足を顔に触れるか触れないかのギリギリのところでかわした。戦斧をふりあげて脚を一本、根元から叩き切る。
「こいつの能力上、封印される前にも同じことしていたんじゃないかという疑いが捨てきれないんだよな」
飛鳥が発した癒しの霧が白く広がって、覚者たちの肌を潤し、体に受けたダメージを回復していく。
「きっと、反省できないから閉じ込められたのよ。間違いないのよ」
そうだそうだ、と一悟が炎をまとった拳を振りぬけば、翔が再び天より雷獣を召喚して傀儡蜘蛛を撃つ。
梛が棘一閃で足止めしたところへ頼蔵が迫り、灼熱化したサーベルの刃を蜘蛛の前面についた大きな目に突きたてた。
「ごめんなさい。他に小さな目が四つあるから、大丈夫ですよね?」
ほのかが手の甲の目より妖気に満ちた光線を発して、残るもう片方の目を潰した。
「ま、寂れた土地神と忘れられた荒神……残った方が短冊の願い事を叶える、で良かろう」
逝は傀儡蜘蛛の手首を掴むと逆にねじあげ、おもいっきり小手返しをかけた。関節を折られて顔を歪めた古妖の体が、その場にもんどり打って倒れる。
「さて、どうすねかね。いっそ、悪食に喰われるかい? 悪食も元は神様だったのよ。禍いを喰らって落とす、祓え系の奴ね」
傀儡蜘蛛の上で、妖刀の刃がギラリと光った。
●
「間違いが分からないなら、小学校5年生からやり直しなのよ」
飛鳥は公彦に書き直しを命じた。
もう、ひらかなでいいじゃん、と一悟がつぶやく。
飛鳥に睨まれてすごすごと後ろにさがると、こっそりとほのかに「正しい漢字」を教えてもらった。
「短冊に願うより、気になる女子に自分で言った方がいいんじゃねーのかなー」
書き損じて生じた短冊の山に、翔がため息をこぼす。
ちなみに、傀儡蜘蛛が花村香織を知ったのは偶然でもなくでもなく、公彦がちゃっかり短冊の裏で香織を彼女候補にあげていたからだ。
「なあ、早く神社に行かないと。もう正解を教えてやれよ」と、梛。
「そうだな。見ないフリで直してやる優しさも必要だ、って緒方店長もいってたぜ」
逝と義高、頼蔵の三人は、負けを受け入れておとなしくなった傀儡蜘蛛を連れて、先に神社へ向かっていた。
「せっかくの七夕です~。私たちも何か短冊に書いて神社の笹にむすびませんか? ね、香織ちゃん」
この後、覚者たちは公彦と香織の付き添いと言う名目で神社の七夕まつりに参加し、大いに楽しんだ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
