≪猟犬架刑≫隠者の森と星の導き
●朽ちていく知識の森
うず高く埃の積もった書庫が、最後に隠者を迎えてから暫く経つ。分厚いカーテンに覆われた部屋は、完全に外界から閉ざされていて――古木を思わせる本棚が四方を埋め尽くす中、隙間なく埋め尽くされた書物の背には、時折異国の文字が刻まれているのが見えた。
――其処は秘密の庵、或いは隠れ家か。つんと鼻腔を刺激するのは、古びた紙のにおいだろう。それに混じって仄かに香るのは、かつて此処で焚かれた神秘的な香の切れ端なのかもしれない。
――其処は誰からも忘れられ、静かに朽ちていく知識の森。ひたすらに知を蓄えようと伸ばされた枝葉は枯れ果てて、地に降ろした根もやがては腐りゆく。
けれど、其処に――ふわりと風が吹きつけた。それは見る間にちいさな竜巻となり、更には鳥の姿を取って風の翼をはばたかせる。
ひゅうひゅうと、吹き付ける風の音はまるで小鳥の囀りのよう。風の便りは鳥の声にも例えられると言うが、妖である彼らはきっと、対峙したものへ逃れられぬ死を告げることだろう。
――風は唸り、斬り裂き、そして嗤う。その本能のままに、彼らは知識の森を飛び回るのだ。
●月茨の夢見は語る
七星剣の幹部である『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)――彼の牙から破綻者の娘を守ったF.i.V.E.の覚者たちに、新たに判明したことがあると『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は報告を始める。
「無事に保護された女の子……星羅ちゃんがね。大分調子も良くなったみたいで、知っていることを教えてくれたんだ」
彼女の本名は、園咲星羅(そのさき・せいら)。破綻者となり猟犬に討たれた父――巽(たつみ)は大学で講師を務める傍ら、『同士』と呼び合う仲間たちと何やら研究活動を行っていたらしい。
「その組織の名前が『薔薇の隠者』って言うみたいで。星羅ちゃんはどんなひと達が集まっているかまでは知らなかったけれど、多分隔者の組織だったんじゃないかな……って思う」
巽と星羅が持っていた『薔薇の聖印』――薔薇と六芒星が組み合わさった金の首飾りは、組織の一員を示す証のようで、巽はお守り代わりに星羅に渡していたようだと瞑夜は付け加えた。
「残念ながら、星羅ちゃんは他のメンバーとの連絡の取り方までは分からなかったけれど、お父さん……巽さんが活動の為に通っていた場所は分かると言うの」
――裏通りに面した地区に建つ古びた一軒家。どうやら『薔薇の隠者』たちは其処を活動の拠点としていたらしく、雑多な書物や資料などが今も無秩序に放置されているようなのだ。
「そこで今回の依頼は、この屋敷に潜入して目星をつけた資料を調べて『薔薇の隠者』についての情報を得ること。でも、夢見によれば……其処はどうやら妖の住処になっているみたいなんだ」
好奇心で入り込んだ者たちが、妖によって殺される未来――それを防ぐためにも、先ずは屋敷を縄張りにした妖を退治して欲しいと瞑夜は頭を下げた。
「妖は自然系のランク1になるね。竜巻が鳥の姿を取ったもので、個体の力はそう強い訳ではなさそうだけど、やや数が多めかな」
その数は全部で6体、主に風を操る遠距離攻撃を得意としているようだ。しかし、確りと作戦を立てて挑めば遅れは取らない筈だから、F.i.V.E.の一員として活動を始めたばかりの覚者も、経験を積むつもりで参加しても良さそうだと言う。
「その後は、書庫の探索になるよ。ただ注意して欲しいのが書物や資料が膨大で、片っ端から調べていくのは効率が悪いと言うこと」
――時間も手間も限られている。『薔薇の隠者』に関わる情報を得る為には、何を知りたいのか、どんな資料を探すのか方向性を定めた上で、仲間たちと協力して作業を行う必要があるだろう。漠然とした目的では、求める情報を得ることは出来ないかもしれない。
「それと、夢見では猟犬――ジョシュアの気配は無いようだった。日中と言うこともあるし、目立った動きはしないと考えて大丈夫」
更に、書庫での探索時には星羅の助けを得ることも可能だ。彼女も覚者であるが戦闘能力は皆無な為、確りと安全を確保する必要があるだろうが、父譲りの智慧は役に立つことだろう。
「よし、俺も戦闘などで少しは力になれると思う。手が必要なら遠慮なく使ってくれ」
話を聞いていた『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)が其処で名乗りを上げ、瞑夜は隠者の隠れ家へと赴く覚者たちにそっと手を振った。
「それじゃあ、気をつけて。……良い成果が得られるように、祈っているね」
うず高く埃の積もった書庫が、最後に隠者を迎えてから暫く経つ。分厚いカーテンに覆われた部屋は、完全に外界から閉ざされていて――古木を思わせる本棚が四方を埋め尽くす中、隙間なく埋め尽くされた書物の背には、時折異国の文字が刻まれているのが見えた。
――其処は秘密の庵、或いは隠れ家か。つんと鼻腔を刺激するのは、古びた紙のにおいだろう。それに混じって仄かに香るのは、かつて此処で焚かれた神秘的な香の切れ端なのかもしれない。
――其処は誰からも忘れられ、静かに朽ちていく知識の森。ひたすらに知を蓄えようと伸ばされた枝葉は枯れ果てて、地に降ろした根もやがては腐りゆく。
けれど、其処に――ふわりと風が吹きつけた。それは見る間にちいさな竜巻となり、更には鳥の姿を取って風の翼をはばたかせる。
ひゅうひゅうと、吹き付ける風の音はまるで小鳥の囀りのよう。風の便りは鳥の声にも例えられると言うが、妖である彼らはきっと、対峙したものへ逃れられぬ死を告げることだろう。
――風は唸り、斬り裂き、そして嗤う。その本能のままに、彼らは知識の森を飛び回るのだ。
●月茨の夢見は語る
七星剣の幹部である『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)――彼の牙から破綻者の娘を守ったF.i.V.E.の覚者たちに、新たに判明したことがあると『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は報告を始める。
「無事に保護された女の子……星羅ちゃんがね。大分調子も良くなったみたいで、知っていることを教えてくれたんだ」
彼女の本名は、園咲星羅(そのさき・せいら)。破綻者となり猟犬に討たれた父――巽(たつみ)は大学で講師を務める傍ら、『同士』と呼び合う仲間たちと何やら研究活動を行っていたらしい。
「その組織の名前が『薔薇の隠者』って言うみたいで。星羅ちゃんはどんなひと達が集まっているかまでは知らなかったけれど、多分隔者の組織だったんじゃないかな……って思う」
巽と星羅が持っていた『薔薇の聖印』――薔薇と六芒星が組み合わさった金の首飾りは、組織の一員を示す証のようで、巽はお守り代わりに星羅に渡していたようだと瞑夜は付け加えた。
「残念ながら、星羅ちゃんは他のメンバーとの連絡の取り方までは分からなかったけれど、お父さん……巽さんが活動の為に通っていた場所は分かると言うの」
――裏通りに面した地区に建つ古びた一軒家。どうやら『薔薇の隠者』たちは其処を活動の拠点としていたらしく、雑多な書物や資料などが今も無秩序に放置されているようなのだ。
「そこで今回の依頼は、この屋敷に潜入して目星をつけた資料を調べて『薔薇の隠者』についての情報を得ること。でも、夢見によれば……其処はどうやら妖の住処になっているみたいなんだ」
好奇心で入り込んだ者たちが、妖によって殺される未来――それを防ぐためにも、先ずは屋敷を縄張りにした妖を退治して欲しいと瞑夜は頭を下げた。
「妖は自然系のランク1になるね。竜巻が鳥の姿を取ったもので、個体の力はそう強い訳ではなさそうだけど、やや数が多めかな」
その数は全部で6体、主に風を操る遠距離攻撃を得意としているようだ。しかし、確りと作戦を立てて挑めば遅れは取らない筈だから、F.i.V.E.の一員として活動を始めたばかりの覚者も、経験を積むつもりで参加しても良さそうだと言う。
「その後は、書庫の探索になるよ。ただ注意して欲しいのが書物や資料が膨大で、片っ端から調べていくのは効率が悪いと言うこと」
――時間も手間も限られている。『薔薇の隠者』に関わる情報を得る為には、何を知りたいのか、どんな資料を探すのか方向性を定めた上で、仲間たちと協力して作業を行う必要があるだろう。漠然とした目的では、求める情報を得ることは出来ないかもしれない。
「それと、夢見では猟犬――ジョシュアの気配は無いようだった。日中と言うこともあるし、目立った動きはしないと考えて大丈夫」
更に、書庫での探索時には星羅の助けを得ることも可能だ。彼女も覚者であるが戦闘能力は皆無な為、確りと安全を確保する必要があるだろうが、父譲りの智慧は役に立つことだろう。
「よし、俺も戦闘などで少しは力になれると思う。手が必要なら遠慮なく使ってくれ」
話を聞いていた『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)が其処で名乗りを上げ、瞑夜は隠者の隠れ家へと赴く覚者たちにそっと手を振った。
「それじゃあ、気をつけて。……良い成果が得られるように、祈っているね」
■シナリオ詳細
■成功条件
1.自然系妖6体(ランク1)の討伐
2.探索を行い『薔薇の隠者』についての情報を入手する
3.なし
2.探索を行い『薔薇の隠者』についての情報を入手する
3.なし
●依頼の流れ
廃墟の屋敷に潜入してすぐ、自然系の妖が襲ってきますのでこれを退治します。その後、屋敷の書庫へと向かい『薔薇の隠者』についての情報を調べると言う流れになります(リプレイの比率は4:6くらいを予定しています)。
●風の鳥×6
自然系の妖で、ランクは1。竜巻が鳥の形を取った姿をしています。物理攻撃は効果が薄く、風を操って攻撃してきます。
・風刃(特遠単・【出血】)
・小竜巻(特遠列)
●薔薇の隠者
猟犬に狙われていた破綻者・巽が所属していた組織で、何らかの研究活動を行っていたみたいです。おそらく隔者組織と思われますが、七星剣の幹部が動くような背景が裏にあったのでしょう。聖印のシンボルと言い、オカルティックなイメージもあります。
●廃墟の書庫
裏通りにひっそりと佇む一軒家のお屋敷が舞台です。ここが『薔薇の隠者』の活動拠点と目され、その書庫には様々な書物や資料が無秩序に収められています。
●書庫の探索についての注意
何を知りたいか、どんな資料を探すのかを具体的に記入してください。ただ『薔薇の隠者について調べる』だけでは、漠然と資料を探した結果、漠然とした結果しか得られないことになります。
『こんなことを知りたい』『こんな情報ならあるはず』と、具体的な予想を交えると効率も上がります。ピンポイントで調べれば、より詳細な情報が得られると思ってください。探索に有利と思われる技能を使えば、判定にプラスされます。
※なお、探索の時間は限られており、書物を片っ端から持ち出して後で調べると言う行動は行えません(F.i.V.E.の活動のリソースには、限りがあると言う扱いです)。
●NPC同行
巽の娘である星羅、そして帯刀 董十郎(nCL2000096)が同行します。必要に応じて指示を出せば協力します。ちなみに星羅は翼の因子持ちで、マルチリンガルを持っています。
●その他
任務を行う時刻は昼、今回『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)はリプレイに登場しません。
折角ですので腕試しするのも良し、今後の展開などについて『こんな感じになると面白そう』と予想なども交えて動いて下されば嬉しいです。今回の結果次第で色々と決まる部分もあると思いますので、よろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年07月06日
2016年07月06日
■メイン参加者 8人■
●隠者の隠れ家へ
雑多な裏通りにぽつんと、まるで其処だけが周囲から切り離されたようにして、古びた屋敷がそびえていた。それはひとの気配を感じさせない廃墟であったが、此処は間違いなく隔者組織『薔薇の隠者』たちの隠れ家であったのだ。
(彼らの活動拠点の一つ……今が廃墟なのは、久しく使われていないからか。それとも)
人目を避ける為に、わざとそういう建物を使用していたのか――そんな可能性に思い至った『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は、さらりとした黒髪をかき上げて古めかしい扉を見据える。
「……調査は記者の十八番、ってな。秘密めいた洋館で稀覯本探しなんて、面白そうじゃねーか」
一方で『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)は、早速使い慣れた手帳と万年筆を取り出し、『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)も、フードの奥の瞳を好奇心に煌めかせていた。
「猟犬ってのも、薔薇のなんちゃらにも興味ある! 俺の魔術知識欲が高まる!!」
その知識が薬になるか毒になるかは、調べてみてからのお楽しみ――けれど無邪気に、そして貪欲に知識を貪ろうとするジャックの前向きな姿勢は、きっと誰かの希望になってくれることだろう。
「私は……猟犬を、ジョシュアと逢える手掛かりが、きっかけが欲しい」
狐面に素顔を隠し、ぽつりと呟くのは『裏切者』鳴神 零(CL2000669)。今現在、彼女の興味があるとすればそれはジョシュアのことだけで――何が呪いか猟犬かと、零は心の裡で吐き捨てた。
「首輪を自らはめているのは自分だよ、ばっかじゃないの」
そう言いつつも、ほんの少しは理解しているつもりだ。彼女も自分を、人間とは思っていない――同じ首輪に吊られている気がするから。
「初めまして、星羅。君を守りに来た!」
そんな中『騎士見習い?』天堂・フィオナ(CL2001421)は、今回の探索に同行する少女――園咲星羅に、堂々たる佇まいで騎士の礼をする。彼女は『薔薇の隠者』の一員であり、猟犬に討たれた破綻者・巽の娘だった。
「ご家族を失って辛いだろうに、こんな風に頑張って……横からだけど、君の事を聞いて居ても立ってもいられなくなったんだ」
「その……ありがとう、ございます。私も、お父さんがしようとしていた事を、ちゃんと知りたいです。どうかよろしくお願いします……!」
歳に見合わぬ確りとした受け答えをする星羅を見守り、『花守人』三島 柾(CL2001148)はそっと、彼女の頭を優しく撫でた。フィオナにもよろしく頼むと頼んだ柾は、早速妖の住処となった屋敷へ一歩を踏み出し、『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)もそれに続く。
「なるべく屋敷に被害を出さぬよう、注意しますが」
「中に居る奴らの風が、手掛かりを破壊しちゃったら元も子もないしね」
既に準備万端の『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)と『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が、鍵の壊れた扉を両側から開いていくと――射し込む陽光に照らされながら、蜘蛛の巣の張られた玄関ホールが一行を静かに迎え入れた。
と、吹き抜けとなったホールの階段を滑り降りるようにして、ちいさな竜巻――それが変じた風鳥の妖が、早速獲物を見つけて襲い掛かってくる。
「おっじゃましまーす! って、いやー俺ら、妖たちに大歓迎されてるみたいだぜ! やだー」
ジャックのおどけた悲鳴がホールに響き渡る中、零は此処には居ない相手に向かって、そっと呟いた。
「私はもう一度、会いたいんだ。バスカヴィルの猟犬にじゃなくて、ジョシュア、貴方に」
――そして自分も、裏切者の鳴神零ではなく、一人の人として。故に彼女は雷雲を生み出し、羽ばたく風の鳥たちへ雷の獣を解き放つ。
「そのために段階は踏まないといけないわけだ!!」
●風鳥のワルツ
「私は星羅のガードに専念する! かすり傷一つだって負わせないぞ!」
後方に控えたフィオナは、身体を強張らせた星羅の前へと立ちはだかり、悪意の風から少女を守ろうと声を張り上げた。その間に守護使役のキッドへ明かりを頼み、念の為にと危険予知を行った零は、物理的な罠は無いようだと仲間たちに告げる。
「一気に叩こう、でもあんまりどたばたしないで。埃が舞ってしまったら、埃から辿れなくなるぞお!」
「ちっ……それは分かっているんだが、な」
ひらりひらりと思うがままに廃墟を飛び回る妖は、ランクは低いが数が多い。自然現象の一部が意思を持った彼らは、捉えどころのない風そのもので――鋭い蹴りで風鳥を斬り裂こうとする誘輔だが、思うような手応えを得られずにいた。
「自然系の妖で物理通しにくいか――苦手なタイプだわ」
その為零は術に切り替え、纏めて妖を雷で薙ぎ払っており――クーは慎重に皆と標的を合わせ、地面から岩槍を隆起させて風の翼を縫い止めようと動いている。その間にも小竜巻が巻き起こり、覚者たちの肌を斬り裂いていくが、それをものともせずに柾は気弾の掃射で反撃を行った。
「やはり、効きが悪い……一気にとはいかないか」
「妖として形を成した竜巻く風。実体あれども物理的な干渉を受けにくい――なら」
と、其処で緩やかに銀糸を波打たせて、涼やかな声で告げるのは冬佳。彼女が操る水行の力は、空気中の水分を集め生成して荒波と成し――伊邪波の術となって妖たちを呑み込んでいく。
「……採るべき手段は唯一つ、術を以て祓うのみ」
――宙に掻き消えるようにして、先ず妖の一体が消滅した。それを皮切りにクーの重圧が風を散らし、灼熱化によって身体能力を引き上げた数多は、物理の不利をものともせずに真正面から斬波を浴びせる。
「この妖がここに来たのは偶然なのかしらね、それとも必然になるべくした何かがあるのかしら?」
ぽつりと零した呟きに、応えるものは居なかったが――前衛を全て倒された妖は、せめて此方に一矢報いようとしたらしい。放たれた風刃は、後方に控える者に狙いを定めていた。
「……くっ!」
盾となるフィオナがその刃を受けて、青みを帯びた銀の髪に朱が散る。しかし其処で、素早く回復に動いたのはジャックだった。彼が手にした錫杖を一振りすれば、忽ち神秘の力を秘めた滴が生まれ、フィオナの傷を癒していく。
「おいおいあんまりフィオナを傷つけないでくれ! 友達なんよ」
「大した傷じゃないさ、何といっても私は騎士! 女の子を守るのは騎士の役目だ!」
妖へ抗議するジャックにかぶりを振って、フィオナは毅然と戦場に立ち続けていた。その堂々とした佇まいに、星羅は瞳を輝かせて見入り――後方で援護を行う董十郎はいい歳をした自分も守られていて、何だか申し訳ないなあと真剣な表情で悩んでいるようだ。
(きっと私たち、分かり合えない)
数を減らした鳥へ、零の刃が続けざまに繰り出される。そして最後に残ったものも、冬佳の放った水礫に撃ち抜かれて――油断しなければどうとでもなると言う彼女の言葉通り、廃墟を住処にした妖は全て、二度と風を纏って羽ばたく事無く消滅したのだった。
●薔薇の秘密
やがて周囲の安全を確認した上で、一行は屋敷の探索を開始する。最初に誘輔が土の心を頼りに、地下室の有無を確認したのだが――発見した其処は物置で、暫く使われていないことからも、書庫とは無関係だと結論付けられた。
「さてと、それじゃ香の匂いを辿って行こうかしら」
そうして先頭に立つ数多とクーによる、守護使役の鋭い嗅覚によって、彼らは真っ直ぐに二階にある書庫へと向かっていく。神秘的な香の匂いは魔除けか儀式か、或いは単なる雰囲気か――クーの疑問は、書庫の扉を開けた途端弾け飛んだ。
「埃臭い。だが見てみろよ! 一面、知識の森だっぜ!!」
――ジャックの言う通り其処は、うず高く積まれた書物の森。設えた棚や机の上には本やメモの他、用途不明のがらくたも無造作に積まれており、まるで片っ端から光物を集めるカラスのようだとクーは頭を抱えた。
「埃だらけでいがらっぽいなあ。隠者ってこういうとこ好きなの?」
本とか読むの苦手と数多は溜息を零し、とりあえず零は分厚いカーテンを開けることにしたようだ。この膨大な知識の森から、どんな手掛かりを求めそれを得るのか――確りとした指針が無ければ迷い込んでしまいそうな中、其々は目標を決めて『薔薇の隠者』についての情報収集に取り掛かる。
(猟犬の飼い主にとって、星羅さんのような『薔薇の隠者』の関係者まで消そうとする程の物がある筈。核心に近い物があるのなら、何処かに隠されている可能性が高い)
それを見つけられれば或いは――そんな冬佳は外国語の書物、特に専門的な資料を当たれないかと目星をつけて。フィオナは昔ヨーロッパに実在した、魔術や錬金術の集団を思い出していた。
「薔薇は確か、錬金術では魂を表して……永遠の命の研究とか? 如何にも悪い奴らが欲しがりそうなやつで……」
「ええ、彼らは錬金術師ではないかと推測されます。目的は、五行の源素をより深く知ることでしょうか」
フィオナの呟きにクーも頷き、四大元素は五行に通じるものもあり、そこから神秘解明を目指していたのかもしれないと予想を述べる。なら、と誘輔は眼鏡を押し上げ、鋭い知性を宿した瞳ではっきりと告げた。
「紋章学や錬金術に神秘学……それに秘密結社関連の本を中心に当たってみるか」
そんな訳で彼らを中心に書物の選定が開始され、異国の文字もマルチリンガルによって問題なく解読されていく。そんな中クーは埃の堆積量に着目し、最近動かした跡のある資料、頻繁に読まれた物や折り目のある物――書物の状態にも気を配って本を選んでいった。
「これは……」
――すると書物の一角、恐らくは『薔薇の隠者』たちが纏めたのであろう研究資料に行きつくことが出来たのだ。それだけでもかなりの量があったが、頻出するジャンルとキーワードに着目したフィオナによって、更に資料を絞り込むことが出来た。
「沢山あるって事は、研究されてた可能性が高いからな!」
「へぇ、上手い所に目を着けたな」
苦手な漢字の読みを誘輔に尋ねつつ、フィオナは書物を抱えてテーブルへ纏めて持って行き――一方で手の届かない書棚へは、誘輔が肩を貸してクーの足場になっている。
「お願いします。見たら、蹴ります」
「ガキのパンツにゃ興味ねーから安心しろ」
そんなやり取りが耳に入ったのか、遠くから「上を見ちゃ駄目だぞ!」と言うフィオナの声や、資料運びを手伝う董十郎の「紳士……」と言う謎の呟きが聞こえてきて、誘輔は軽く脱力した。
――そんなこんなで『薔薇の隠者』の資料などを当たった結果、ある程度のことが判明する。皆の予想通り、彼らは西洋オカルトの神秘思想に強く影響を受けていて、隔者組織としての目的は『日本を取り巻く神秘の解明』――更に突き詰めると、覚者の力についての研究をしていたようだ。
「ここら辺はF.i.V.E.の目的とも重なるが、どうもその思想には薔薇十字団とか、そこら辺が絡んでたみたいだな」
有名な秘密結社の名前を挙げた誘輔によると、その目的は普遍的な知識を得て、完成された人となること――更なる高みに向かう為に『薔薇の隠者』もまた、未知のヴェールに包まれた覚者の力を明らかにしようとしていたのだろう。
「それで彼らは、錬金術などの方面からアプローチしようとしてたのでしょうか」
ぱらぱらと資料を捲るクーだが、其処で「あ」と瞳を瞬かせて皆にある頁を指し示す。其処に在ったのは『特異点』の文字。それは国内にある強い力を発している場所で、神秘を解明する上では避けて通れないものだ。
「……どうやら、ここ最近は特異点の調査を重点的に行っていたようです。そして見つけたのが、此処から然程遠くない――御月市(みつきし)とあります」
そのクーの言葉に、弾かれたように星羅が顔を上げた。どうしたと柾が問いかけると、其処は父の巽が、度々フィールドワークと称して向かっていた場所とのことだった。ならば間違いないだろう――御月市には特異点にまつわる何かがあり、それによって覚者の力の謎に迫れると彼らは考えていたのだ。
「俺は、巽が何を目指していたのか知りたいと思う。星羅……巽は大学で何を教えていたんだ?」
「お父さんは民俗学を、特に郷土史にある伝承などを詳しく調べていました。……たぶん『薔薇の隠者』の活動も、兼ねていたんだと思います」
ならば柾の考えていた通り、彼らは源素や因子に関する思想や知識を求めており――その最終的な目標はと言えば。
「因子の進化……?」
●未来へと繋がるもの
「これは……日誌だろうか。む、ちょっと待て!」
そして別の資料へと手を伸ばしたフィオナが、ある単語に気付いて声を上げた。
「七星剣の名前が頻繁に出てくるぞ……いや、これは七星剣そのものと繋がりがあったのか!?」
興奮した様子で頁を捲る彼女の言う通り、『薔薇の隠者』は七星剣の傘下にあり、研究資金や人員などの援助を受けていたようだ。その代わり彼らは、研究の成果を逐一報告する義務があったようだが――望む研究を行う為には、それも仕方ないと思っていたらしい。
「まあ、そんなに荒事が得意そうじゃないし……妖なんかとぶつかる危険も考えたら、用心棒になってくれる七星剣の存在は有難かったのかもしれないわね」
神秘の解明をするならば、戦いは避けて通れない――数多がうんうんと頷く中、続く記録によると『薔薇の隠者』と七星剣の思想にはかなりの隔たりがあり、折り合いは良くなかったようだ。あくまで純粋に知識を求める『薔薇の隠者』と、力による支配を求める七星剣――即物的な彼らとは目指すものが違い過ぎたのだ。
「……頃合いを見て、『薔薇の隠者』は七星剣と手を切ろうとしていたみたいですね。そんな折に、特異点の発見があった」
思案するように呟く冬佳は、其処で大体の流れが掴めてきていた。ある程度の成果を上げたのであれば、配下は用済み――飼いならせないのなら、始末すれば良い。秘密を漏らさぬように内密に、と言うことで猟犬が動くことになったのだろう。
「何処まで情報を得ているかは分からんけど、御月市の特異点を狙いに七星剣も動くんかな? そんなに大っぴらに……とはいかんと思うけど、例の猟犬とかが」
ふとジャックの零した言葉に、ぴくりと零が反応する。もしそうであるのならば――彼との再会は、そう遠くはないのかもしれない。
「……一度、お茶を淹れて休憩しましょうか。星羅さんは、クッキーはお好きですか?」
と、其処で頃合いを見たクーが、皆に気分転換を提案した。色々あって疲れを見せていた星羅は嬉しそうに頷いて、フィオナも食べたいぞと手を挙げる。
「はい、お茶はダージリンのアイスティーにしましょう。暑い日が続きますからね」
そうして朽ちかけた書庫に束の間の賑わいが戻り、皆が和やかに寛ぐ中、そろそろとジャックは人目につかない場所で交霊術を試みていた。星羅の父親である巽、もしくは組織のメンバーで亡くなった者から話を聞けたらと思っていたのだが――暫く経ったこともあってか、彼らの残留思念を感じ取ることは出来なかった。
(教えてくれよ、俺達は、絶対に止められるから――)
――問いたかった言葉を胸に留めて、ジャックは思う。人が殺されるのは大嫌いだ。情報が悪かれ善かれ、どっちに転んでも誰も不幸にならないようにしたい。
「うーん、魔術的なものは特にないかしら」
一方で書庫の中を見て回る数多は、危険な神具や妖しげな魔法陣と言ったものが無いことを確認して溜息を吐く。柾はタロットカードに関連したものがないかとも思っていたが、薔薇の聖印共々あくまで神秘的なシンボルとして採用したのだろうと判断した。六芒星は隠者の持つランプの象徴で、黄金の薔薇は完全性を表している――。
(英国の民間伝承や、妖精関連のエピソードも当たってみるか)
そして――その言動等から、ジョシュアがイギリス出身だと推測した誘輔が見つけたのは、海外のオカルト記事を纏めたスクラップブック。其処にはセンセーショナルな見出しで、イギリスのある地方に伝わる妖精の呪い、妖精との取り替え子――チェンジリング等について書かれていた。何でも、妖精に魅入られたいわくつきの一族があると言う話だが。
(……バスカヴィルの猟犬といい、妙な符号を感じるな)
――そうして最後に見つけたのは、巽が残したと思われる手掛かりだ。父親の癖を尋ね、彼ならば大事なものを何処に隠すかと言う誘輔の問いに、星羅が示したのは自分と同じ目線の本棚の隙間。
「妖精を見るには妖精の目がいるって、お父さんは笑っていました……」
伸ばした指先に触れたのは『星羅へ』とイニシャルが刻まれた万年筆と、古い羊皮紙。其処に描かれたシンボルは、生命の樹と呼ばれるものだろうか。念の為に裏返してみた誘輔は、その裏に走り書きがされているのを発見した。
『御月市の特異点?』
未だ分からないこともあるが『薔薇の隠者』の知識の一端に触れて、見えてきたこともある。確かな情報を得ることが出来た手応えを感じ、彼らは隠者の森を後にした。
「……私も、君と友達になりたいな」
家族の事も自分の事も、色々な事を覚えていなくてちょっと寂しくなる事がある――そう言って差し伸べられたフィオナの手を、最後に星羅は確りと握り返して頷いたのだった。
雑多な裏通りにぽつんと、まるで其処だけが周囲から切り離されたようにして、古びた屋敷がそびえていた。それはひとの気配を感じさせない廃墟であったが、此処は間違いなく隔者組織『薔薇の隠者』たちの隠れ家であったのだ。
(彼らの活動拠点の一つ……今が廃墟なのは、久しく使われていないからか。それとも)
人目を避ける為に、わざとそういう建物を使用していたのか――そんな可能性に思い至った『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は、さらりとした黒髪をかき上げて古めかしい扉を見据える。
「……調査は記者の十八番、ってな。秘密めいた洋館で稀覯本探しなんて、面白そうじゃねーか」
一方で『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)は、早速使い慣れた手帳と万年筆を取り出し、『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)も、フードの奥の瞳を好奇心に煌めかせていた。
「猟犬ってのも、薔薇のなんちゃらにも興味ある! 俺の魔術知識欲が高まる!!」
その知識が薬になるか毒になるかは、調べてみてからのお楽しみ――けれど無邪気に、そして貪欲に知識を貪ろうとするジャックの前向きな姿勢は、きっと誰かの希望になってくれることだろう。
「私は……猟犬を、ジョシュアと逢える手掛かりが、きっかけが欲しい」
狐面に素顔を隠し、ぽつりと呟くのは『裏切者』鳴神 零(CL2000669)。今現在、彼女の興味があるとすればそれはジョシュアのことだけで――何が呪いか猟犬かと、零は心の裡で吐き捨てた。
「首輪を自らはめているのは自分だよ、ばっかじゃないの」
そう言いつつも、ほんの少しは理解しているつもりだ。彼女も自分を、人間とは思っていない――同じ首輪に吊られている気がするから。
「初めまして、星羅。君を守りに来た!」
そんな中『騎士見習い?』天堂・フィオナ(CL2001421)は、今回の探索に同行する少女――園咲星羅に、堂々たる佇まいで騎士の礼をする。彼女は『薔薇の隠者』の一員であり、猟犬に討たれた破綻者・巽の娘だった。
「ご家族を失って辛いだろうに、こんな風に頑張って……横からだけど、君の事を聞いて居ても立ってもいられなくなったんだ」
「その……ありがとう、ございます。私も、お父さんがしようとしていた事を、ちゃんと知りたいです。どうかよろしくお願いします……!」
歳に見合わぬ確りとした受け答えをする星羅を見守り、『花守人』三島 柾(CL2001148)はそっと、彼女の頭を優しく撫でた。フィオナにもよろしく頼むと頼んだ柾は、早速妖の住処となった屋敷へ一歩を踏み出し、『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)もそれに続く。
「なるべく屋敷に被害を出さぬよう、注意しますが」
「中に居る奴らの風が、手掛かりを破壊しちゃったら元も子もないしね」
既に準備万端の『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)と『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が、鍵の壊れた扉を両側から開いていくと――射し込む陽光に照らされながら、蜘蛛の巣の張られた玄関ホールが一行を静かに迎え入れた。
と、吹き抜けとなったホールの階段を滑り降りるようにして、ちいさな竜巻――それが変じた風鳥の妖が、早速獲物を見つけて襲い掛かってくる。
「おっじゃましまーす! って、いやー俺ら、妖たちに大歓迎されてるみたいだぜ! やだー」
ジャックのおどけた悲鳴がホールに響き渡る中、零は此処には居ない相手に向かって、そっと呟いた。
「私はもう一度、会いたいんだ。バスカヴィルの猟犬にじゃなくて、ジョシュア、貴方に」
――そして自分も、裏切者の鳴神零ではなく、一人の人として。故に彼女は雷雲を生み出し、羽ばたく風の鳥たちへ雷の獣を解き放つ。
「そのために段階は踏まないといけないわけだ!!」
●風鳥のワルツ
「私は星羅のガードに専念する! かすり傷一つだって負わせないぞ!」
後方に控えたフィオナは、身体を強張らせた星羅の前へと立ちはだかり、悪意の風から少女を守ろうと声を張り上げた。その間に守護使役のキッドへ明かりを頼み、念の為にと危険予知を行った零は、物理的な罠は無いようだと仲間たちに告げる。
「一気に叩こう、でもあんまりどたばたしないで。埃が舞ってしまったら、埃から辿れなくなるぞお!」
「ちっ……それは分かっているんだが、な」
ひらりひらりと思うがままに廃墟を飛び回る妖は、ランクは低いが数が多い。自然現象の一部が意思を持った彼らは、捉えどころのない風そのもので――鋭い蹴りで風鳥を斬り裂こうとする誘輔だが、思うような手応えを得られずにいた。
「自然系の妖で物理通しにくいか――苦手なタイプだわ」
その為零は術に切り替え、纏めて妖を雷で薙ぎ払っており――クーは慎重に皆と標的を合わせ、地面から岩槍を隆起させて風の翼を縫い止めようと動いている。その間にも小竜巻が巻き起こり、覚者たちの肌を斬り裂いていくが、それをものともせずに柾は気弾の掃射で反撃を行った。
「やはり、効きが悪い……一気にとはいかないか」
「妖として形を成した竜巻く風。実体あれども物理的な干渉を受けにくい――なら」
と、其処で緩やかに銀糸を波打たせて、涼やかな声で告げるのは冬佳。彼女が操る水行の力は、空気中の水分を集め生成して荒波と成し――伊邪波の術となって妖たちを呑み込んでいく。
「……採るべき手段は唯一つ、術を以て祓うのみ」
――宙に掻き消えるようにして、先ず妖の一体が消滅した。それを皮切りにクーの重圧が風を散らし、灼熱化によって身体能力を引き上げた数多は、物理の不利をものともせずに真正面から斬波を浴びせる。
「この妖がここに来たのは偶然なのかしらね、それとも必然になるべくした何かがあるのかしら?」
ぽつりと零した呟きに、応えるものは居なかったが――前衛を全て倒された妖は、せめて此方に一矢報いようとしたらしい。放たれた風刃は、後方に控える者に狙いを定めていた。
「……くっ!」
盾となるフィオナがその刃を受けて、青みを帯びた銀の髪に朱が散る。しかし其処で、素早く回復に動いたのはジャックだった。彼が手にした錫杖を一振りすれば、忽ち神秘の力を秘めた滴が生まれ、フィオナの傷を癒していく。
「おいおいあんまりフィオナを傷つけないでくれ! 友達なんよ」
「大した傷じゃないさ、何といっても私は騎士! 女の子を守るのは騎士の役目だ!」
妖へ抗議するジャックにかぶりを振って、フィオナは毅然と戦場に立ち続けていた。その堂々とした佇まいに、星羅は瞳を輝かせて見入り――後方で援護を行う董十郎はいい歳をした自分も守られていて、何だか申し訳ないなあと真剣な表情で悩んでいるようだ。
(きっと私たち、分かり合えない)
数を減らした鳥へ、零の刃が続けざまに繰り出される。そして最後に残ったものも、冬佳の放った水礫に撃ち抜かれて――油断しなければどうとでもなると言う彼女の言葉通り、廃墟を住処にした妖は全て、二度と風を纏って羽ばたく事無く消滅したのだった。
●薔薇の秘密
やがて周囲の安全を確認した上で、一行は屋敷の探索を開始する。最初に誘輔が土の心を頼りに、地下室の有無を確認したのだが――発見した其処は物置で、暫く使われていないことからも、書庫とは無関係だと結論付けられた。
「さてと、それじゃ香の匂いを辿って行こうかしら」
そうして先頭に立つ数多とクーによる、守護使役の鋭い嗅覚によって、彼らは真っ直ぐに二階にある書庫へと向かっていく。神秘的な香の匂いは魔除けか儀式か、或いは単なる雰囲気か――クーの疑問は、書庫の扉を開けた途端弾け飛んだ。
「埃臭い。だが見てみろよ! 一面、知識の森だっぜ!!」
――ジャックの言う通り其処は、うず高く積まれた書物の森。設えた棚や机の上には本やメモの他、用途不明のがらくたも無造作に積まれており、まるで片っ端から光物を集めるカラスのようだとクーは頭を抱えた。
「埃だらけでいがらっぽいなあ。隠者ってこういうとこ好きなの?」
本とか読むの苦手と数多は溜息を零し、とりあえず零は分厚いカーテンを開けることにしたようだ。この膨大な知識の森から、どんな手掛かりを求めそれを得るのか――確りとした指針が無ければ迷い込んでしまいそうな中、其々は目標を決めて『薔薇の隠者』についての情報収集に取り掛かる。
(猟犬の飼い主にとって、星羅さんのような『薔薇の隠者』の関係者まで消そうとする程の物がある筈。核心に近い物があるのなら、何処かに隠されている可能性が高い)
それを見つけられれば或いは――そんな冬佳は外国語の書物、特に専門的な資料を当たれないかと目星をつけて。フィオナは昔ヨーロッパに実在した、魔術や錬金術の集団を思い出していた。
「薔薇は確か、錬金術では魂を表して……永遠の命の研究とか? 如何にも悪い奴らが欲しがりそうなやつで……」
「ええ、彼らは錬金術師ではないかと推測されます。目的は、五行の源素をより深く知ることでしょうか」
フィオナの呟きにクーも頷き、四大元素は五行に通じるものもあり、そこから神秘解明を目指していたのかもしれないと予想を述べる。なら、と誘輔は眼鏡を押し上げ、鋭い知性を宿した瞳ではっきりと告げた。
「紋章学や錬金術に神秘学……それに秘密結社関連の本を中心に当たってみるか」
そんな訳で彼らを中心に書物の選定が開始され、異国の文字もマルチリンガルによって問題なく解読されていく。そんな中クーは埃の堆積量に着目し、最近動かした跡のある資料、頻繁に読まれた物や折り目のある物――書物の状態にも気を配って本を選んでいった。
「これは……」
――すると書物の一角、恐らくは『薔薇の隠者』たちが纏めたのであろう研究資料に行きつくことが出来たのだ。それだけでもかなりの量があったが、頻出するジャンルとキーワードに着目したフィオナによって、更に資料を絞り込むことが出来た。
「沢山あるって事は、研究されてた可能性が高いからな!」
「へぇ、上手い所に目を着けたな」
苦手な漢字の読みを誘輔に尋ねつつ、フィオナは書物を抱えてテーブルへ纏めて持って行き――一方で手の届かない書棚へは、誘輔が肩を貸してクーの足場になっている。
「お願いします。見たら、蹴ります」
「ガキのパンツにゃ興味ねーから安心しろ」
そんなやり取りが耳に入ったのか、遠くから「上を見ちゃ駄目だぞ!」と言うフィオナの声や、資料運びを手伝う董十郎の「紳士……」と言う謎の呟きが聞こえてきて、誘輔は軽く脱力した。
――そんなこんなで『薔薇の隠者』の資料などを当たった結果、ある程度のことが判明する。皆の予想通り、彼らは西洋オカルトの神秘思想に強く影響を受けていて、隔者組織としての目的は『日本を取り巻く神秘の解明』――更に突き詰めると、覚者の力についての研究をしていたようだ。
「ここら辺はF.i.V.E.の目的とも重なるが、どうもその思想には薔薇十字団とか、そこら辺が絡んでたみたいだな」
有名な秘密結社の名前を挙げた誘輔によると、その目的は普遍的な知識を得て、完成された人となること――更なる高みに向かう為に『薔薇の隠者』もまた、未知のヴェールに包まれた覚者の力を明らかにしようとしていたのだろう。
「それで彼らは、錬金術などの方面からアプローチしようとしてたのでしょうか」
ぱらぱらと資料を捲るクーだが、其処で「あ」と瞳を瞬かせて皆にある頁を指し示す。其処に在ったのは『特異点』の文字。それは国内にある強い力を発している場所で、神秘を解明する上では避けて通れないものだ。
「……どうやら、ここ最近は特異点の調査を重点的に行っていたようです。そして見つけたのが、此処から然程遠くない――御月市(みつきし)とあります」
そのクーの言葉に、弾かれたように星羅が顔を上げた。どうしたと柾が問いかけると、其処は父の巽が、度々フィールドワークと称して向かっていた場所とのことだった。ならば間違いないだろう――御月市には特異点にまつわる何かがあり、それによって覚者の力の謎に迫れると彼らは考えていたのだ。
「俺は、巽が何を目指していたのか知りたいと思う。星羅……巽は大学で何を教えていたんだ?」
「お父さんは民俗学を、特に郷土史にある伝承などを詳しく調べていました。……たぶん『薔薇の隠者』の活動も、兼ねていたんだと思います」
ならば柾の考えていた通り、彼らは源素や因子に関する思想や知識を求めており――その最終的な目標はと言えば。
「因子の進化……?」
●未来へと繋がるもの
「これは……日誌だろうか。む、ちょっと待て!」
そして別の資料へと手を伸ばしたフィオナが、ある単語に気付いて声を上げた。
「七星剣の名前が頻繁に出てくるぞ……いや、これは七星剣そのものと繋がりがあったのか!?」
興奮した様子で頁を捲る彼女の言う通り、『薔薇の隠者』は七星剣の傘下にあり、研究資金や人員などの援助を受けていたようだ。その代わり彼らは、研究の成果を逐一報告する義務があったようだが――望む研究を行う為には、それも仕方ないと思っていたらしい。
「まあ、そんなに荒事が得意そうじゃないし……妖なんかとぶつかる危険も考えたら、用心棒になってくれる七星剣の存在は有難かったのかもしれないわね」
神秘の解明をするならば、戦いは避けて通れない――数多がうんうんと頷く中、続く記録によると『薔薇の隠者』と七星剣の思想にはかなりの隔たりがあり、折り合いは良くなかったようだ。あくまで純粋に知識を求める『薔薇の隠者』と、力による支配を求める七星剣――即物的な彼らとは目指すものが違い過ぎたのだ。
「……頃合いを見て、『薔薇の隠者』は七星剣と手を切ろうとしていたみたいですね。そんな折に、特異点の発見があった」
思案するように呟く冬佳は、其処で大体の流れが掴めてきていた。ある程度の成果を上げたのであれば、配下は用済み――飼いならせないのなら、始末すれば良い。秘密を漏らさぬように内密に、と言うことで猟犬が動くことになったのだろう。
「何処まで情報を得ているかは分からんけど、御月市の特異点を狙いに七星剣も動くんかな? そんなに大っぴらに……とはいかんと思うけど、例の猟犬とかが」
ふとジャックの零した言葉に、ぴくりと零が反応する。もしそうであるのならば――彼との再会は、そう遠くはないのかもしれない。
「……一度、お茶を淹れて休憩しましょうか。星羅さんは、クッキーはお好きですか?」
と、其処で頃合いを見たクーが、皆に気分転換を提案した。色々あって疲れを見せていた星羅は嬉しそうに頷いて、フィオナも食べたいぞと手を挙げる。
「はい、お茶はダージリンのアイスティーにしましょう。暑い日が続きますからね」
そうして朽ちかけた書庫に束の間の賑わいが戻り、皆が和やかに寛ぐ中、そろそろとジャックは人目につかない場所で交霊術を試みていた。星羅の父親である巽、もしくは組織のメンバーで亡くなった者から話を聞けたらと思っていたのだが――暫く経ったこともあってか、彼らの残留思念を感じ取ることは出来なかった。
(教えてくれよ、俺達は、絶対に止められるから――)
――問いたかった言葉を胸に留めて、ジャックは思う。人が殺されるのは大嫌いだ。情報が悪かれ善かれ、どっちに転んでも誰も不幸にならないようにしたい。
「うーん、魔術的なものは特にないかしら」
一方で書庫の中を見て回る数多は、危険な神具や妖しげな魔法陣と言ったものが無いことを確認して溜息を吐く。柾はタロットカードに関連したものがないかとも思っていたが、薔薇の聖印共々あくまで神秘的なシンボルとして採用したのだろうと判断した。六芒星は隠者の持つランプの象徴で、黄金の薔薇は完全性を表している――。
(英国の民間伝承や、妖精関連のエピソードも当たってみるか)
そして――その言動等から、ジョシュアがイギリス出身だと推測した誘輔が見つけたのは、海外のオカルト記事を纏めたスクラップブック。其処にはセンセーショナルな見出しで、イギリスのある地方に伝わる妖精の呪い、妖精との取り替え子――チェンジリング等について書かれていた。何でも、妖精に魅入られたいわくつきの一族があると言う話だが。
(……バスカヴィルの猟犬といい、妙な符号を感じるな)
――そうして最後に見つけたのは、巽が残したと思われる手掛かりだ。父親の癖を尋ね、彼ならば大事なものを何処に隠すかと言う誘輔の問いに、星羅が示したのは自分と同じ目線の本棚の隙間。
「妖精を見るには妖精の目がいるって、お父さんは笑っていました……」
伸ばした指先に触れたのは『星羅へ』とイニシャルが刻まれた万年筆と、古い羊皮紙。其処に描かれたシンボルは、生命の樹と呼ばれるものだろうか。念の為に裏返してみた誘輔は、その裏に走り書きがされているのを発見した。
『御月市の特異点?』
未だ分からないこともあるが『薔薇の隠者』の知識の一端に触れて、見えてきたこともある。確かな情報を得ることが出来た手応えを感じ、彼らは隠者の森を後にした。
「……私も、君と友達になりたいな」
家族の事も自分の事も、色々な事を覚えていなくてちょっと寂しくなる事がある――そう言って差し伸べられたフィオナの手を、最後に星羅は確りと握り返して頷いたのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし








