芽生えた蛮勇
芽生えた蛮勇


●憤怒よりの目覚め
 どうして俺は覚者になってしまったんだ。
 初めはなんとかこのことを隠し通そうとした。しかし、俺の発現させたのは、いわゆる「彩の因子」というやつだった。憤怒者として覚者として戦う以上、それぐらいのことは知っている。特殊な刺青を持ったタイプの覚者だ。
 俺に現れた刺青の場所は腕。長袖の服を着ていれば隠せると思ったのに、雨で服が透け、それをよりによって兄さんに見られてしまった。
 その時から俺は、それまで自分がいた組織に追われる側になった。
 覚者としての力を使えば、きっと兄さんたちを止める――殺すことはできると思う。刺青が現れたあの時から、体に力が溢れている。たとえ素手でも、ただの人間相手なら負ける気がしない。
 だが、兄さんを殺すことなんて、俺にできるはずもない。幼い頃に隔者絡みの事件で両親を亡くしてから、たった二人で暮らしてきた。大きくなってからは、同じ覚者への憎しみを持つ仲間を集めて、小さいながらも憤怒者組織を作って、隔者から一般人を助ける活動を続けてきた。
 俺はそれが間違っていることとは思わなかった。何も俺たちは、覚者なら誰でも襲う訳じゃない。悪い覚者だけを狙うんだから、むしろ正義の味方ともてはやされてもいいと思っていた。だが、その認識は間違っていたことを、俺は兄さん自身から聞かされた。
 隔者を狙うのは、思い上がっている隔者が隙を突けば俺たちでも倒せる可能性のある、狙いやすい獲物だからだ。力を正しく使う覚者は徒党を組んでいたり、高い戦闘技術を持っていたりするから、俺たちではとても倒せない。――そして、発現したての覚者もまた、兄さんたちは闇に葬ってきていた。発現したては、隔者になりやすい危険な状態だから、それを未然に防ぐ、なんていうめちゃくちゃな理屈を振りかざして。
 逃げ出した俺は、近頃、妖が現れるという通りを目指した。俺は、隔者なんかにならない。妖から人々を助ける、正しい覚者になってみせる。そうしたらきっと、兄さんたちも俺を狙わないはずだ。俺が正しい能力の使い方を知って、強くなれば。
「行くぜ、この火の化物め!」
 腕の刺青が光を放ち、更なる力が溢れてくる。こいつを倒し、俺の正しさを証明してみせる……!
 妖の炎に包まれながらも、俺は勝利を確信して戦い続けた。……だが、突然、後ろから聞き慣れた発砲音がする。気が付くと俺は、背中に何発もの銃弾を受けて、妖の目の前に倒れていた。妖はそれを見逃さず、俺の体を焼き焦がしていく。
「……兄、さん…………」
 体にめり込んだ弾が、兄さんの愛銃から放たれたものだと、俺にはすぐにわかった。そうか、途中から襲われなくなったと思ったら、俺のすることを予想して待ち伏せを……。
 遠のく意識の中で、俺は炎の中にあっても涙を流している……気がした。


「憤怒者からの発現か……あたしとしてもちょっと、他人事には思えないんだよね」
 宮藤 恵美(nCL2000125)は夢の内容を語った後、いくらかトーンを落として言う。彼女も比較的最近に夢見の能力を発現させた覚者だ。それ以前の彼女はなんとなく覚者のことを、普通の人とは違う恐ろしい人、といった認識を持っていた。
「だけど、いくら覚者への憎しみがあるとはいえ、弟を殺させるなんてこと、絶対に止めないといけない。そのためにみんなの力を貸してくれるかな?」
 覚者たちが頷くと、恵美は夢から得た情報を書き出し、具体的な依頼の内容をまとめていく。
「第一の目標は、千川健吾との接触、保護。健吾さんはまだ発現したばかりだから、妖とまともに戦えないはずだし、後ろからはそのお兄さんたちが狙ってる……なんとしても守ってあげて。次に、妖の撃破。これもいつも通りに大切なことだから、絶対にやり遂げてね。――それから、千川大吾たち憤怒者への対処。これは確保できれば一番いいけど、妖との戦闘や健吾さんを守ることが最優先事項だから、軽く牽制して逃がすだけでもいいと思う」
 それから、と恵美は人差し指を立てる。
「夢の最後で、妖は二体いたみたい。最初は一体だけだったはずだから、後から応援にやってきたんだと思う。さすがに妖二体に加えて憤怒者を相手にするのは厳しいだろうし、妖が一体の内に、憤怒者だけでもなんとかしておいた方がいいんじゃないかな……。ともかく、色々と大変な状況だけど、この兄弟を、なんとかして助けてあげられないかな?」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:今生康宏
■成功条件
1.千川健吾の保護、防衛
2.妖の全滅
3.憤怒者の確保(撃退)
OPをご覧いただき、ありがとうございます。今生康宏です。
今回の依頼は、無謀にも一人で妖に戦いを挑んでしまった覚者を助け、彼を狙う憤怒者にも対処するというものです。

●討伐対象・前衛:炎人(自然系・ランク2)×2
 炎が人の姿を取るようになった形の自然系の妖です。
 物理攻撃はあまり効果がなく、見た目通りに水行の攻撃がよく効きます。体力はランク2にしては低めです。
 周囲の気温を高くしていることから、接近すれば比較的簡単に見つけ出すことができます。
 最初の一体が交戦を始めた後、もう一体も5ターン後に加勢に現れます。その場合、覚者たちの背後を狙うように現れるため、後衛が狙われる危険性が高くなります。部隊を分けるなどすれば、一体ずつ戦うことも可能です。

使用スキル
 ・炎陣(A:特近列 火傷)……周囲を炎上させます。威力が高めです。火傷を与える場合もあります。
 ・暴炎(A:特遠単 ダメ0 怒り)……炎を目の前に浮かべて見せることで闘志を暴走させ、怒りを与えます。レベルの低い相手に優先して使用します。

 基本は近接する相手に炎陣による攻撃を行い、たまに暴炎で術攻撃を抑制してきます。
 特殊属性の通常攻撃もしかけてきます。
 暴炎はレベルの低い相手(今回は必然的に健吾です)を優先して狙いますが、その他の攻撃に優先目標はなく、目の前にいる相手を全て倒すことだけを考えています。

●討伐対象・前衛:千川大吾(せんかわ だいご)、憤怒者 中衛:憤怒者×2(計四人)
 千川大吾は、大口径の拳銃を持つ憤怒者、その他の彼の仲間の憤怒者はアサルトライフルで武装しています。
 炎人とちょうど挟み撃ちを狙うような形で路地裏に隠れていて、健吾と炎人の戦いが始まった後、彼を後ろから狙ってきます。
 もちろん、炎人を手懐けている訳ではないので、彼らも襲われる可能性はあり、その場合は一目散に逃げ出してしまうことでしょう。
 他にも、覚者の攻撃を受ければすぐに逃げ出してしまいます。

●保護対象・前衛:千川健吾(せんかわ けんご)(彩の因子・天行)
 つい最近、発現したばかりの覚者です。以前は兄の大吾と同じ憤怒者組織に所属していました。
 装備としても、当時使用していた兄とお揃いの大口径拳銃を使用し、まだ戦闘技術に関しては素人のそれに近いです。

使用スキル
 ・五織の彩(A:物近単)……精度の高い攻撃をします。前衛にいる間は基本的にこれを使用します。
 ・召雷(A:特遠列)……雷を落として攻撃します。中衛より後ろにいる間はこれを使用します。

 発現したてですので、当然ながらレベルは1。そのため、単独で炎人と戦った場合、5ターン以内には倒されてしまうことでしょう。
 こちらがファイヴの覚者であることを告げれば指示は聞きますので、中衛以下に下げさせることができます。

●持ち込み品や事前準備、その他OPで出ていない情報など
 時刻は深夜で、舞台は市街地になります。既に人気はほとんどないため、一般人を考慮する必要はありません。路地裏に入れば、一人しか通ることができないほど狭い道になりますが、大通りにいる限りは空間的な制約を考えずに戦うことができます。
 炎人は炎の妖のため、暗い街中でよく映える他、周囲の気温に注目すれば熱さからも発見することができます。空中から偵察しても、すぐにそれだとわかることでしょう。
 また、周辺の地図は事前に用意できます。

 それでは、よろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年06月30日

■メイン参加者 8人■


●炎に照らされながら
 十数分ほどの捜索の末、千川健吾は件の妖を発見した。決して狭くはない街の中を探すのは難しいかと不安だったが、暗い中にぼうっと炎が燃えているのだから、遠くからでも見つけやすい。その存在に気づいてさえしまえば、接触は容易だった。……実はそんな彼の姿を上空から見ている者がいたのだが、当然、健吾はそのことに気づくことができていない。
「行くぜ、この火の化物め!」
 かつて隔者に対してそうしたように、銃弾を撃ち込む。憤怒者であった頃にそうであったように、ターゲットと見れば、宣戦布告なしに攻撃を叩き込む。それが唯一の隔者を倒し得る手段だった。だが、妖には人になら十分な殺傷能力を期待できた銃弾が、上手く機能していない。
「ど、どうしてだ? 妖にも、攻撃は通用するはずじゃ……」
 予想外の自体に、健吾の足がすくむ。不安が、初めて妖に挑む覚者から威勢というものを奪い尽くしてしまった。
「そういうやつは術式の方が有効っていうやつさね。妖ってのは色んな種類があるんだぞう?」
 緒形 逝(CL2000156)が飛び込んで、まずは蔵王によって身を固める。炎人の反撃から健吾を守り切った。
「あ、あんたたちは?」
「FiVEだ。オマエの無駄死、止めにきた」
 追いついてきた葦原 赤貴(CL2001019)は早速、隆神槍による攻勢に出る。銃弾を物ともしなかった炎人は、岩槍に貫かれて目に見えてのけぞった。
「ファイヴ……来てくれたのか」
『襲われる前に追いつけてよかったです』
 『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)の手元から読み上げ音声が流れる。彼女の使役により、炎人とをそれを探す健吾の姿を捕捉し、追いつくことができた。結果は本当にギリギリのところだったが、逝の韋駄天足が功を奏した形だ。
「さすが、誡女さんだぜ。それから、こっちも相手の居場所はわかったよ。あっちの路地だ」
 星野 宇宙人(CL2000772)も追いつき、健吾の前に立ちながら、ある方向を示す。探すべき相手は妖の他に、もう一つ。健吾の兄を含む憤怒者たちだ。
「そうか、わかった! 頼蔵、葉、共に行こう!」
 宇宙人の報告を受け、『騎士見習い?』天堂・フィオナ(CL2001421)が事前に決めていた仲間と共に、憤怒者たちとの接触を図る。
「やれやれ、憤怒者の面倒も見てやらなければならんとはな」
 八重霞 頼蔵(CL2000693)は呆れたように言いながらも、フィオナの後ろについた。
「どんな相手でも、全力でいかせてもらうわね」
 飛鷹 葉(CL2001186)は相手の裏を取るため、フィオナ、頼蔵とは別れて行動する。最終的な目的は憤怒者の無力化だが、どう状況か動くかはわからない以上、慎重に進める必要がある。
「え、えっと、それで、俺はどうすれば……」
 いきなり戦いの専門家たちが妖との戦いを始めてしまったため、健吾は手持ち無沙汰になってしまっていた。不安は消え、安心感が生まれたが、敵愾心は萎えてしまったままだ。
「貴方は私の傍に。……負けないで。力無き人々を守る為に立ち上がった覚者なら」
 信道 聖子(CL2000593)が彼の傍で守りを固める。まだ敵は目の前の一体しかいないが、これからどんどん増えていくことになる。そんな戦いから未熟な覚者を守るのもまた、ファイヴの役目だ。
 戦況は動き、各々が強力な攻撃を妖に対して放つ。物理攻撃には堅牢な妖も、特殊攻撃の前には押されがちとなった。
「こっちはおっさんらが抑えるよ。先ずは自分の力を知る事から始めたらどうだい」
「特殊攻撃ならよく効くって、見てただろ? 戦う気があるのなら、一緒に頑張ろうぜ!」
 逝が炎人の攻撃を受けながら言い、宇宙人も炎撃を放ちながら、健吾へと呼びかけた。
「あ、ああ……!」
 自分とは練度の違う覚者たちの言葉に鼓舞されて、健吾も術式を発動させる。まだ弱い力の小さな雷しか落とせない召雷だが、先ほどの銃撃よりはよほど相手にダメージが通ったリアクションがある。
「やった! 俺でも、やれるんだ!」
 ――新人覚者が目の前の敵へと意識を向ける中、その背後では動き出す者たちがいる。

●兄弟ゆえに
「えらく覚者が集まってきたな。狙いは俺たち……じゃなく、あっちの妖か。でも、俺らも出て行きづらくなった、ずらかるか?」
 憤怒者の一人が自分たちの首領――千川大吾へと声をかける。
「いや……乱戦ならむしろ、狙う機会はいくらでもある。しばらく様子を見よう」
 物陰に隠れながら、大吾は自らの銃を確認する。ただの人間ならば、数発適当な箇所を撃つだけで殺めることのできる物だ。覚者相手にも通用するその信頼性は、今までの活動で証明されている。強力な味方の登場で、健吾は安心しきっている。そこを狙うのは、難しくないはずだ。
 だが、既に彼らの元には仲間から連絡を受けた覚者が迫っていた。
「君達! あと少しでもう一体の炎妖が来るって、仲間の夢見が言ってた! 君達も、健吾も両方絶対に守るから、この中に居てくれ!」
 周囲に守護空間を展開したフィオナが、憤怒者に向けて呼びかける。彼らは知らないが、守護空間を使うということは、戦闘行動を停止するということの意思表示でもある。だが、そういった知識は抜きにしても、大吾は訝しみつつ彼女に銃を向けた。
「なんだと? あのバカ弟はともかく、俺たちも守るっていうのか?」
 憤怒者は。少なくとも大吾たちは、善悪問わず覚者との敵対者だ。彼らによって自分たちが妖から守られていると知りつつも、彼らを狙うのが行動理念である。そんな自分たちが覚者に面と向かって守られるというのは、信じがたい話だった。
「俺たちは憤怒者だ。お前らと同じ覚者を手にかけてきたっていうのにか?」
「ああ! それがノブレス・オブリージュというものだ! 何者であろうと、妖に襲われそうな人を見捨てはしない!」
「……何をごちゃごちゃ言ってやがるんだ。構わねぇ、やっちまおうぜ」
「お、おい!」
 憤怒者の一人が、大吾の制止を振りきってフィオナに向けて発砲する。だが、そこに頼蔵が立ち塞がった。
「頼蔵、すまない!」
「気にするな。ここで受けられて後の戦闘に支障があっても困るのでな」
 そう言いながらも、頼蔵は大吾を見つめた。彼は仲間に発砲を指示するどころか、止めようとして見せた。その隙につけこむように魔眼を発動する。
「大吾! 貴方は本当に、本当に弟さんを殺したいのか!? ちょっと違う力に目醒めたからって何だっていうんだ!」
 フィオナもそこに可能性を感じて、大吾への呼びかけを続ける。そのかいがあったのか、一度彼は銃を下ろした。
「……覚者を討つのが俺たちの組織の行動理念だ。存在理由だ。初めは俺たち兄弟の仇討ちから始まったことだが、今ではそれよりも大きな次元の話になっている」
「だから、ご家族をも殺そうとするのか? 憎むべきは……少なくともその力自体だ、弟さんじゃない!」
「だが、弟はその力を持つ人間になった。兄弟だからわかる、俺とあいつは同じ生き方をしてきたから、理解できる。力を得たあいつはきっと、増長する。……いや、既にしている、か。力の試し打ちに、あんな決して弱くはない妖を選んだんだ。自分を選ばれた人間だと思い込み、その力を振るいたがっている。そんな人間が、どうして隔者にならないと断言できる? 圧倒的な力で俺たちを虐げようとする隔者に!!」
 大吾は再び、銃を向けた。今度はしっかりと引き金に指をかけ、いつでも発砲できる構えでいる。
「貴方がいるだろう! そこまで弟さんのことをわかっているなら、正しく導くことだってできるはずだ。だから、ご家族同士で殺し合うようなことはやめてくれ!」
 だが、フィオナの言葉を無視して大吾と、その仲間は銃を手に行動を開始する。大吾と先ほど発砲したもう一人。恐らくは幹部に属する憤怒者は、そのまま二人に向かい、残る後衛二人は撤退しようとする。手練れの二人が時間を稼ぐ間に、残る二人を離脱させようというのだろう。そのまま二人が逃走するのであればいいが、あるいはその狙いは――
「交渉決裂か。背後から撃とうとする人間を庇ってやろうとは思えない。意識を奪わせてもらうが、いいな?」
「ああ……」
 頼蔵が戦闘行動を取る。向かってくる二人に今度は逆に彼の方が銃を向けた。
「私個人としては、事の成り行きを傍観していてもよかったのだがな。これも仕事なのだから仕方がない」
 発砲する。もちろん、威嚇のための空砲などではなく、すれすれのところを狙った実弾射撃だ。対妖戦を含む実戦によって磨かれた技に、憤怒者たちが気圧されるのが見えた。そのまま後方へと下がろうとするが、彼らの後ろから叫び声が聞こえる。
「くそっ、裏を取られていたのか!? うわぁぁぁ!!」
「裏をかくのはそっちばかりじゃないのよ?」
 葉の爆裂掌によって憤怒者がライフルごと吹き飛ばされ、地面に落ちて意識を失う。
「交渉は上手くいかなかったのね。でも、憤怒者として戦っている以上、戦う覚悟はあるんでしょ? 容赦はしないわ」
 退路も断たれ、大吾は意を決したように銃を手に、駆け出す。後ろの葉が接近戦を得意としているらしいということは、この状況を突破する糸口は、まだ拳銃しか使用していない頼蔵と、攻撃をしかけて来ないフィオナの固める前にあると判断した。
「手荒な真似をして申し訳ないが、これも必要なことなんだ!」
 だが、一点突破に賭けた大吾を、正面からフィオナの炎撃が打ち据える。
 ちょうど、夢見の情報にあった増援が到着する頃だった。

●双炎の結末
「この社会では、差別と排斥が蔓延している。因子を持つだけでは、生き延びられない」
 戦いは優勢に進み、増援の到着を待たずして目の前の妖は倒れようとしていた。前衛を多めに配置し、健吾も攻撃に参加していたためだろう。そんな中、赤貴が健吾へと話しかける。
「……えっ?」
「オレはそう教え込まれ、戦い続けて、それは真理だと確信した」
「え、えっと、つまり……」
「今の世の中、身内が敵になる事もザラに有る。そういうことなんじゃねぇの?」
「……人は自分とは違う力を、そう簡単には受け入れられないものですから」
 宇宙人と誡女が言葉を噛み砕き、今の状況に当てはめて伝える。そう言われると、すとんと胸に落ちてくる言葉だった。
「それに、どうしても世の中には、悪さをする人間が出てきてしまう。それは仕方のないことだわ」
 聖子は前衛で戦う赤貴と逝の消耗の度合いを確認し、回復のタイミングを見極めながらも、言葉をつないだ。
「そうだな……自分が覚者になってみて、よくわかった。今の俺には、憤怒者と覚者、その両方の気持ちがわかるから」
 炎人が倒れ、人型の炎が崩れていく。
「……もう一体が来ます、警戒を」
 誡女が掠れた声で警告すると、背後に強い光を放つものが現れた。妖に間違いない。ちょうど最初の炎人と入れ替わるようなタイミングだ。
 まずは誡女がいち早く迷霧によって自由を奪うと、憤怒者の対処を終えた三人が応戦のために現れた。
 本隊の方も、対処に動き出す。
「どうかね、少しは動き方というものがわかったかい?」
 逝が念弾による支援を行いつつ、健吾に声をかける。先に炎人と接触した憤怒者との交渉を行っていた組は、練度では逝たちに劣るためか、先ほどよりも苦戦しているように見えた。それが健吾をはらはらとさせたが、仲間たちはそれほど心配することもなく、彼らを信じつつも合流を急いでいる。
「本当に、少しは。……けど、ちゃんとした訓練を受けた覚者でも、妖相手には苦戦をするなんて。正直、ものすごく怖いことをしているんだって、わかった」
 憤怒者として隔者として戦っていた頃は、それこそ隔者が怪物のように感じられた。人よりも強い体、高い能力。操る力は妖しげで、一般人の理解が及ぶものではない、と。しかし、覚者として対峙した妖は、そんな覚者が複数人がかりでようやく倒せるような本物の怪物だった。
「……それでも、オマエは戦い続けるか? その心の内にある正義を、力で以て、示す覚悟が……あるか?」
 すれ違い際に、赤貴が問いかける。幼い時から覚者として生きてきた彼が言いたかったことは、つまりそのことだった。
「今は、あるとは断言できない。けど、いつかはそう言いたい……な」
 少なくとも見た目は自分よりずっと幼い相手に言う手前、なんだか恥ずかしくて目を合わせて言うことはできなかった。だが、覚者たちは弱々しいながらも、決意の言葉に優しく頷いていた。
「じゃあ、まずは目の前の妖との戦いをがんばりましょう? 生き残って、ゆっくりとこれからのことを考えるために」
 聖子は優しく、しかし健吾を奮い立たせるように言って、彼に妖の攻撃を届かせないように守りを固めた。
「……痺れを取りました。追撃を」
 迷霧によって能力を奪われていた妖に、更に誡女は鞭による痺れを与え、その行動の自由を奪う。
「よし、続けるぜ!」
「私も続こうか」
 宇宙人が飛燕の連撃を続け、頼蔵も炎撃を加えていく。敵の反撃も激しいが、攻撃参加者が多い分、敵の体力も早く削れていく。既に気力を使い切った健吾は、有効な攻撃手段を持ってはいなかったが、それでも同じく気力が底をついた仲間たちも攻撃を続けているのを見て、銃撃を続けていた。
 やがて妖はその体を霧散させ、周囲から一気に明かりが消える。あらかじめ覚者たちが持ち込んでいた明かりや、使役によってすぐに照らされたが、どことなくまだ薄暗い気がするのは、これから健吾に告げなければならないことがあるからだろう。
「健吾。君に伝えておかなければならないことがあるんだ」
 最初に口を開いたのは、大吾と交渉をし、彼を気絶させた張本人でもあるフィオナだった。
「なんだ?」
「……自分で話そう」
 男の声がして、そちらを振り返ると、それはさっきまで倒れていたはずの大吾だった。覚者の攻撃で倒したものの、加減はしていたので意識が戻るのは早かったらしい。
「兄さん!? どうして、兄さんが……」
「察しているだろう。俺はお前を後ろから撃とうとしていた。……結果は、そこの覚者たちに先手を打たれてご覧の様だけどな。安心しろ、今更もう撃つつもりはないし、連行されるっていうなら、抵抗もしない。最後まで悪あがきするほど意地汚くないさ」
 その言葉の証拠のように、大吾は銃を捨てた。
「健吾。俺はもうお前を、弟だとは思っちゃいない。発現した時点で、敵で、相容れない存在だ。それは絶対に変わらない。……けどな、そこの嬢ちゃんに説教されて、そっちの兄さんに実力を見せられて、もう一人の嬢ちゃんに仲間をボコられて……ひとつだけ、考えを改めたことがある。それだけだ。最後にお前に、それだけ伝えておく」
 健吾と、覚者たちは静かにその言葉を待つ。弟と思っていないと言われ、健吾の表情は浮かなかったが。
「底なしの悪人である隔者はいる。俺たちの仇は、間違いなくそういうやつだった。……けど、同じぐらい底のない、真っ直ぐな心を持った覚者もいるらしい。今まではそんなの、上辺だけだと思ってたけどな。銃を向けられて尚、剣を抜かなかったような奴もいた。……健吾、お前がそのどっちなのか、どっちでもないのかは、きっと俺じゃわからない。けど、今、お前の傍にいる奴らは本物だ。そいつらと並んでいたいと思うのなら、きっとお前もそっち側の人間なんだろうな」
「……兄さん」
「それだけだ。これから俺はどうなるか知らないが、どうなるにしろ、もう会わない方がいいだろ。これからは自分で選んで進んでいけ。どの道、俺が捕まった以上、組織は解散だ。お前を私怨で追う奴はいないだろうよ」
 大吾はそれだけ言って、仲間にも武器を捨てさせた。
「それで、どうするよ?」
「もちろん、私としては君が一緒に来てくれれば嬉しいが……」
 逝が、フィオナが、健吾に決断を促す。
「俺は自分の中に芽生えたこの気持ちに、嘘をついて生きたくはない。……あんたたちの方に行くよ。今すぐにじゃないけど、必ず」
「そうか。それなら、仲間として歓迎しよう」
「嬉しいわ。改めて、よろしくね?」
 赤貴と聖子に歓迎の言葉をもらいながら、新たなファイヴの一員……になるかもしれない青年は笑った。
『これにて一件落着ですね』
「……よかったわ。本当に」
 誡女の端末が音声を流す。この結果を信じて入力しておいたのだろう。葉も、思うところのある一見だったのだろう。安堵の表情を見せていた。
「こういう幕引きも、悪くはないか。いささか平坦だったが」
「何事もなく無事が一番、だよな!」
 皮肉っぽい頼蔵の言葉に困惑しつつ、宇宙人に背中を叩かれながら、新しく灯った炎は、光へと歩き出していた。
 そして、憎悪の暗い炎は闇の中で、その激しさを失うことになる。

 兄弟として生まれながら、別々に灯った炎が再び巡り合うことになるのか、そうなることは二度とないのか。それはまた、別のお話。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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