【闇黒蜂】厄病を撒く神
●
芽殖孤虫という妖は、人間へ寄生する。
本来は七日かけて人間を食らいつくし、厄病神と呼ばれる妖になる。
人間は死に、ドッペルゲンガーのような厄病神は殺した人間の記憶を引き継ぐ。それを利用するも利用しないも厄病神の気分次第。
――夢遊病のようだ。
眼を開けた人間が夜中、寝着に裸足のまま群れを成して歩いていく。
彼らのゴールは神社の中であった。集まった人々は皆、残念ながら死人の群れ。
芽殖孤虫が人間を食らい、上手くその死体を隠し、成り代わった厄病神の群れだ。
それを社の上から見下ろしている狩衣を来た男は苦笑した。
『そろそろ蜘蛛が動くそうだ。俺としては、便乗しないと……ね』
ふと、虚空を見上げた。
そこで久方 相馬(nCL2000004)は飛び上がるように目を覚まし、身を起こした。
――見られた? 気づかれた? いや、勘付かれた?
●
少年――厄病神――は雑踏の中に立っていた。
少年はなんの感情も持たないような瞳で空を見上げていた。
空には――正しく言えば、ビル屋上の看板にはスカートの中が丸見えのメイド服の女性が何かを撒いていた。恐らくアレは蜘蛛の勢力の力だろう。好都合だ、蜘蛛は蜂と手を組んだと言える。
彼だけ時間が止まったようで、それを不思議がりながら見つめる群集の一部もいたが、仕事か用事の為か足を止める人間はいない。
少年の隣には、女性が立っていた。数日前、テレビのニュースで飛び降り自殺をした女と瓜二つのドッペルゲンガーだ。あのニュースでは死んだ女性の顔を曝さなかったため、それがこの女性の姿であることは誰も気には止めないものの。
とある古妖は言っていた。
神とはよく言ったものだ。
全て統一の意識のもとに群れと成す妖。
千の身体を持ち、千の意識を持ち、一つの総意の下で動く妖。
だがしかし、情報はまだそれだけだ。
そうして女の身体は爆ぜるように黒く細かい物体となり、四方八方へと四散した。
細かく見れば、その埃のようなひとつひとつは『蜂のような虫』である。
これを『芽殖孤虫』であると、とある古妖は言っていた。つまり、厄病神はこの場で感染者を増やし、そして、七日かけて栄養を搾り取ってなり替わろうとしている。だが、本当に七日かける必要はあるのだろうか、隠密に増やせばいいものを何故蜘蛛を使う必要があるのか。
ちりん、と。鈴の音が聞こえる。
『騒がしい世界になりましたが』
眼下に広がる世界は、黒い霧のような虫の群れが人を襲っている。
それがなんだと言わんばかりだが、この古妖からしてみれば人間に生き死になど小さい事に過ぎない。
『薬売り』という古妖は右手の天秤を空へと掲げた。
『「大勢の厄病神」を、倒し切れるとは思いませんが。
さあ、血雨を差し出すか。差し出さないか。その答えを聞きましょうか――人間』
●
その頃、芽殖孤虫の感染者である逢魔ヶ時氷雨という少女は。
首元を冷やしながら、安静にしている。
あれからというもの、情報はFiVE以外の組織や研究機関でも、少しずつ明かされているとかで。氷雨は新聞を破り捨てた。
「近親者の血が効く? ブゥァァーーーッカじゃないの!!
牛の乳絞りじゃないのよ!! 蜂蜜採取じゃないのよ!! ブーメラン投げれば取って来る犬じゃないのよぉぉー!
かぐや姫が龍の頸の五色の玉を取って来いボケナスがァ! って言うくらいに難易度高いのよーッ!!
この逢魔ヶ時氷雨! 殺せるものなら殺してみなさい!! ぜーったい死んでやらないんだから」
その時突然窓硝子が破壊され、破片があり得ない角度で飛び、氷雨の眼を狙ってきた。
間一髪床へ伏した氷雨。
「怖いいいい!!
おかしくない!? いくら逢魔ヶ時家が万年不幸体質でもそんな現象起きないっての!!
だって七日かけて殺すんじゃ……?
あ……もし、七日かけなくても、死んだら……どうなるの?」
あと、三日。
●
こちらのFiVE覚者は、蜂――厄病神勢力――と相対してもらうことになる。
久方相馬(nCL2000004)は事前にこの騒動を察知していた、現場へ急行したときにはまだ事件は起きていない。
気づかれないように避難を開始すればある程度の命は守れられる可能性は高い。だがいつ戦いの火蓋が切れるか、敵側が気づくか、行動するかは知れない。
芽殖孤虫という妖は、人間へ寄生する。
本来は七日かけて人間を食らいつくし、厄病神と呼ばれる妖になる。
人間は死に、ドッペルゲンガーのような厄病神は殺した人間の記憶を引き継ぐ。それを利用するも利用しないも厄病神の気分次第。
――夢遊病のようだ。
眼を開けた人間が夜中、寝着に裸足のまま群れを成して歩いていく。
彼らのゴールは神社の中であった。集まった人々は皆、残念ながら死人の群れ。
芽殖孤虫が人間を食らい、上手くその死体を隠し、成り代わった厄病神の群れだ。
それを社の上から見下ろしている狩衣を来た男は苦笑した。
『そろそろ蜘蛛が動くそうだ。俺としては、便乗しないと……ね』
ふと、虚空を見上げた。
そこで久方 相馬(nCL2000004)は飛び上がるように目を覚まし、身を起こした。
――見られた? 気づかれた? いや、勘付かれた?
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少年――厄病神――は雑踏の中に立っていた。
少年はなんの感情も持たないような瞳で空を見上げていた。
空には――正しく言えば、ビル屋上の看板にはスカートの中が丸見えのメイド服の女性が何かを撒いていた。恐らくアレは蜘蛛の勢力の力だろう。好都合だ、蜘蛛は蜂と手を組んだと言える。
彼だけ時間が止まったようで、それを不思議がりながら見つめる群集の一部もいたが、仕事か用事の為か足を止める人間はいない。
少年の隣には、女性が立っていた。数日前、テレビのニュースで飛び降り自殺をした女と瓜二つのドッペルゲンガーだ。あのニュースでは死んだ女性の顔を曝さなかったため、それがこの女性の姿であることは誰も気には止めないものの。
とある古妖は言っていた。
神とはよく言ったものだ。
全て統一の意識のもとに群れと成す妖。
千の身体を持ち、千の意識を持ち、一つの総意の下で動く妖。
だがしかし、情報はまだそれだけだ。
そうして女の身体は爆ぜるように黒く細かい物体となり、四方八方へと四散した。
細かく見れば、その埃のようなひとつひとつは『蜂のような虫』である。
これを『芽殖孤虫』であると、とある古妖は言っていた。つまり、厄病神はこの場で感染者を増やし、そして、七日かけて栄養を搾り取ってなり替わろうとしている。だが、本当に七日かける必要はあるのだろうか、隠密に増やせばいいものを何故蜘蛛を使う必要があるのか。
ちりん、と。鈴の音が聞こえる。
『騒がしい世界になりましたが』
眼下に広がる世界は、黒い霧のような虫の群れが人を襲っている。
それがなんだと言わんばかりだが、この古妖からしてみれば人間に生き死になど小さい事に過ぎない。
『薬売り』という古妖は右手の天秤を空へと掲げた。
『「大勢の厄病神」を、倒し切れるとは思いませんが。
さあ、血雨を差し出すか。差し出さないか。その答えを聞きましょうか――人間』
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その頃、芽殖孤虫の感染者である逢魔ヶ時氷雨という少女は。
首元を冷やしながら、安静にしている。
あれからというもの、情報はFiVE以外の組織や研究機関でも、少しずつ明かされているとかで。氷雨は新聞を破り捨てた。
「近親者の血が効く? ブゥァァーーーッカじゃないの!!
牛の乳絞りじゃないのよ!! 蜂蜜採取じゃないのよ!! ブーメラン投げれば取って来る犬じゃないのよぉぉー!
かぐや姫が龍の頸の五色の玉を取って来いボケナスがァ! って言うくらいに難易度高いのよーッ!!
この逢魔ヶ時氷雨! 殺せるものなら殺してみなさい!! ぜーったい死んでやらないんだから」
その時突然窓硝子が破壊され、破片があり得ない角度で飛び、氷雨の眼を狙ってきた。
間一髪床へ伏した氷雨。
「怖いいいい!!
おかしくない!? いくら逢魔ヶ時家が万年不幸体質でもそんな現象起きないっての!!
だって七日かけて殺すんじゃ……?
あ……もし、七日かけなくても、死んだら……どうなるの?」
あと、三日。
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こちらのFiVE覚者は、蜂――厄病神勢力――と相対してもらうことになる。
久方相馬(nCL2000004)は事前にこの騒動を察知していた、現場へ急行したときにはまだ事件は起きていない。
気づかれないように避難を開始すればある程度の命は守れられる可能性は高い。だがいつ戦いの火蓋が切れるか、敵側が気づくか、行動するかは知れない。
■シナリオ詳細
■成功条件
1.厄病神と芽殖孤虫との討伐、または撃退
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
立ち絵は薬売りさん
OPの頭から最後まで、全て久方相馬が見た夢とし、PCはその情報を持っております
リプレイ冒頭はまだ事件が起きておりません
●注意!
・当依頼は、『緋色蜘蛛』と書いてあるシナリオと同PCで重複して参加は不可能です。
参加してしまった場合は参加権利を剥奪し、LP返却は行われない為注意して下さい。
●ここまでのあらすじ
・芽殖孤虫という妖が人間に寄生し、七日が経つと芽殖孤虫が成長し厄病神へと変わる。
そのとき、寄生された人間は死に、身体に寄生していた虫が人間の姿を真似てドッペルゲンガーとなる。
氷雨が芽殖孤虫に感染し、数日が経つ。
恐らく氷雨も七日目には厄病神を生み出してしまう生贄になる。
そこで薬売りという古妖が、ひとつの選択肢を与えてきた。
血雨の遺骸を差し出せば、氷雨を助ける術を与えると。
●状況
・東京、某所にて厄病神が事を起こす。
また、ここには殺芽と呼ばれる蜘蛛の妖もいるようだ(別班担当)
厄病神は、厄病神である一体を使い、芽殖孤虫を生み出し、放った。
周囲には一般人がいる。これ以上感染者を生み出すわけにはいかない。
ついでに、薬売りは問の答えを聞きに来ているようだ。
●用語
・芽殖孤虫:厄病神の前の姿、人間に寄生する
・厄病神:芽殖孤虫が育った成虫の姿。寄生し栄養を吸い取った人間の姿を真似る
・感染者:芽殖孤虫に寄生された人間のこと
●エネミー
・厄病神
今回は少年の姿となっております、ランクは2です
攻撃方法は、以前判明した体を自由に変化させて切りつけてきたリ、鈍器のように硬質化させて殴ってきたリ。他にもサイコキネシスのように、周囲の物体を飛ばしてきたりです。サイコキネシスは命あるものは飛ばしたりはできないようです。また、HPが無くなりかけると、自分の身体を犠牲に大量の芽殖孤虫を生み出し爆散させることもしてきます。
この妖はまだ見つかっていない情報が多いです。
依頼当初は雑踏の中に紛れている少年です。
・芽殖孤虫:ランク1
黒い蜂のようなもの。数が多いので、群れの一塊をひとつの敵として扱います。
数は滅茶苦茶いますが、塊はふたつ。なので2NPCいると思えばそれでいいです。
ある一定の現象で、厄病神へ代わります
彼らの攻撃方法は不明。ですが一般人に振れれば感染者を出すこともしてきます。
この妖はまだ見つかっていない情報が多いです。
・殺芽が操る覚者
メイド服の女性。開始当時ビル屋上看板の上で、人間を操る糸を撒いてます
が、別班が担当すると思われますが、こちらの敵も攻撃してくる可能性は高いです
・殺芽が操る覚者が更に操る一般人
別班が担当するものとなりますが、こちらの敵も攻撃してくる可能性が高いです
●エネミー?
・古妖『薬売り』
高見の見物をしています。我関せず。
謎の包まれた古妖です。薬を生み出すのが生業だとか。
血雨の遺骸を欲しがっています
●感染者:逢魔ヶ時氷雨について
・七星剣幹部逢魔ヶ時紫雨の妹、氷雨。
彼女は感染者となり、あと三日で死亡し、氷雨の厄病神が生まれます。
彼女の扱いはお好きに。戦場に連れ出してもいいですし、聞きたいことがあれば別途プレイングに明記を
彼女の命を潰してみてもいいです。そうなると紫雨のメインストーリーが大幅に影響を受けます。
OPにちょっとしたヒントなんかもぽつぽつ
●場所
・都内某所
一般人がかなり多く、覚者も交じっております。ここでの覚者はFiVEPCよりも弱いです
もちろん翼人などもいます
それではご縁がありましたら、よろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年07月07日
2016年07月07日
■メイン参加者 8人■
●
鮮明に透き通る光であれど、天から降り注ぐそれは肌を焼く暑さを持っていた。
太陽を見上げていた『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は何気なく力を解放する。それによって疎らに、そして秩序無く蠢き回っていた人間の足も、離脱という一定の法則に従って動き始めるのだ。
その力は厄病神を範囲には入れない状態で展開された。あの妖に、悟られぬように。
『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)と納屋 タヱ子(CL2000019)は歩幅を合わせ横断歩道を渡り始める。
「まだ動き出していないみたいだね」
「それも、いつまで持つか」
ひそひそ話で展開される言葉と共に、警戒という意を込めた二人の視線は厄病神を射抜いている。妖を見つけるのは、そう難しくは無かった。
右往左往と不規則に動く人の流れに、ふたりぼっちで立ち止まる姿は異様にもみえる。
同じく水蓮寺 静護(CL2000471)と緒形 逝(CL2000156)は、渚とタヱ子と挟むような位置で歩道を渡る。じわじわと溶けかけたアイスを舐めた静護だが、利き手はいつでも武器を握れるように垂れ下がっていた。
「悪食や、厄病神とは美味しそうだねえ」
「おい。まだ殺意とか食欲とかは表に出すなよ。相手に、気取られたら……な?」
「わかってるよぉ」
それにしてもフルフェイスは目立つなあ。
近くでは新作水着のお披露目会とやらが始まったようで、一部の人間はそちらへ流れ始めたがごく僅かではある。
社会人や、単純に友人と待ち合わせに急ぐ人。はたまた多種多彩な事情を抱えた人々、その大多数の流れをせめて少しだけでも水着へ向けようと『花守人』三島 柾(CL2001148)は着慣れないガジュアル姿で頑張っていた。
ティッシュ配りやチラシ配りをやったことがある人は分かるだろうが、人間、なかなか足を止めてくれる人はいない。それに僅かにも心労を感じながら、柾は胸に籠った熱を放つように服をつまんで風を通した。
その頃、『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)と『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)は人波を泳ぎながら、目を合わせた人々に命令を与えていく。
いのりは男の人の腰にぶつかり、すみませんと謝りながら帽子のツバをあげ、瞳だけを見せる。
「自然な風を装って今すぐここから離れてください」
鉢会った目線、相手が覚者でないのなら、今この現場ではいのりの命令には逆らえまい。同じように有為も目線があった人々を巻き込んでいくのだ。
そして時は来た。
有為は見上げ、そこにはメイド服の女を瞳に映した。そこから視界は動き、配っていたティッシュを投げ捨ててから地面を蹴り、人ゴミの中をジグザグに翔る。
ちりん、と鈴の音が聞こえた。
その時、厄病神の一体は己を解放し、そして黒ずんだ霧のような蟲が空へと放たれたのである。
●
「紫雨さんと先日お話をしました」
「ほんと? タヱ子ちゃんいいなあ。お兄ちゃん元気だった?」
「ええ、まあ」
「そっか。じゃあ氷雨も不幸に負けないように生きないとね」
「それは不幸ではなく……虫が念力で氷雨さんを殺そうとしているのでは」
「念力……、言われてみれば、そうかも」
●
雑踏は一瞬にして、戦場へと化した。
叫び声に、逃げ惑う人々の声。それは何も厄病神や芽殖孤虫が起こす悲劇だけでは無い。天上で高らかに笑う蜘蛛が起こす事件も混じっている。
だがこの班はそちらよりも、優先すべきは厄病神だ。
厄病神と呼ばれる少年の腕が蛇のようにうねり、鞭のように撓れば静護の身体が打ち付けられ2、3歩後退した。衝撃はひどく、打たれた部分の皮膚は変色を始めている。
覚者では無かったら叩き割れていたであろう一撃に、静護は歯を食いしばる。痛みには慣れたものだと思っていたが、矢張りこうも敵が強くなると各段と変わる。
しかし獰猛で攻撃的な彼は笑っていた。周囲の絶叫のBGMも、彼には聞こえまい。やり返す為に握る刀に力が入る。
その時、頭上では芽殖孤虫の群れが唸る。
ノイズにしかならぬ不快な羽音をけたたましく発しつつ、芽殖孤虫は戦闘を行うよりも――慌てて逃げようとし横転した子供が居た。不運にも芽殖孤虫の近接範囲。そして群がるように襲い掛かり――感染者を出すことを優先として動いていた。
けらけらと笑う厄病神に、タヱ子のシールドを持つ手が強く握られた。無意識にも握りすぎて、指は内出血により滲み始めている。
「貴方は、貴方を増やすことを目的にここに、来たのですね?」
タヱ子は問うが、厄病神からは返事は無かった。
しかしまだ、目的はそれだけでは無いことをクーは知っている。それが正解かは分からない。たったひとつの目的だけの為にここまで来たとも考え辛い。
ならば目的とはなんだ。今はまだ、集中すべきはそちらじゃない。
「厄病神にも殺虫剤が聞けば、これほど苦労もしないのですが」
デファンスを掲げながら皮肉そうに肩を竦めた、クー。滅茶苦茶に蠢く芽殖孤虫に対し、獣の如く逆毛立つ四肢と共に飢狼の圧力を放ちつつ打つのだ。
形というものが無い霧のような芽殖孤虫が散開し、再び集まる。体勢を立て直したかに見えたところで、渚は群れの中心へ気弾を放ち数十匹を消滅させた。だがまだ、芽殖孤虫という群れは小さくなりつつも残る。
「全く! ぷちぷちぷちぷち、地道に殺せってことかな」
巨大注射器の先端を地面に突き刺し、芽殖孤虫という一塊では無く、単純な数として見たときの極度な物量さに頭を掻いた。
感染者になった少年は倒れたまま蜘蛛にも蜂にも放置されている。もうこれ以上感染者を出すことはできまい。有為はオルペウスをバトンのように回転させてから、芽殖孤虫の霧を穿つ。
柾と目線で介し、それぞれの芽殖孤虫を動きを止めつつ。されど、そこに厄病神が指ひとつで浮かしたマンホールが飛んできて、有為の腕が直撃しひしゃげる。
見れば、厄病神の周囲にはマンホールもそうだが、地面から引き抜かれた標識や、車や、割れた硝子が浮かんでいた。
「お得意の、サイコキネシスだな」
だがあれは生き物では無いものばかりだ。サイコキネシスが使えるのなら、単純に覚者の身体を引きちぎれば話は早い。そこは厄病神のランクという制限が許していないのだろう。
●
「今からクーが、氷雨さんにエネミースキャンをします。影に」
「うん。影に?」
「はい。この国では古来、ドッペルゲンガーが影の病とも言われたと聞いたので」
「なるほどぉ」
「ついでに体の中の芽殖孤虫にもやります」
「おねがいしまーす」
●
戦いは続いたところで、殺芽が操る覚者が乱入してきた。
彩と、械か。
戦い方はまるで滅茶苦茶だ、柾へと噛みついた彩に、いのりへと迫っていく械。確かにあの覚者たちの能力値ならばそこまで警戒しなくてはいいだろうが、完全に対策をしていなかったのは痛いところ。
その合間にも逝の悪食が丁寧に芽殖孤虫を啄むように食い散らかしつつ、一塊の芽殖孤虫は綺麗に消え去っていた。
「踊り食いっていうのは、まさにこういうことを言うんだと、思うんだよね」
「あとで、悪食が腹を壊しても知らんぞ」
静護はもうひとつの芽殖孤虫へと手出しを始める。封から放たれたように、長い髪が風に揺れながら疾走。凍り付くような絶対零度を持った刃が、蟲の群れを切り裂いていく。
「あと何匹か、数えるのもめんどうだ」
「数えてたら明日になるのは、確実だろうな」
その隣で、覚者を突き飛ばした柾。だがまるでゾンビかグールのように這い上がって来る覚者に、少々の苛立ちを覚える。
ふと、柾は別班を見た。あの班は二人で下界に残っているらしく、若干の苦戦を強いられている。友人の妹や、仲間が危害を加えられているのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
柾は腕を振り、精神力の波動が地を揺らしながら殺芽の操る敵たちへと放つ。これでいくらかは持てばいいのだが。
いのりは杖を廻してから、天へと掲げた。誘うのは敵を貫く波動だ。いのりのような小さな少女であるからこそ、襲い来る覚者が恐ろしく見えた。同時に、操られていることに悲しみを覚えた。
心の中、ひとつの謝罪と弁解を繰り返しながら、いのりは覚者ごと芽殖孤虫を貫く。
芽殖孤虫を抑えていたタヱ子は、盾を上へ振り上げた。舞う、芽殖孤虫――それを上から下へ盾を落とし地面へとぶつける。ぶちぶちぶちと嫌な音が響いたとき、盾と地面の間から芽殖孤虫が一匹だけ、ぷーんと逃げ出してきた。
「逃げられると、思う?」
渚はにこぉと笑いながら、最後に残った芽殖孤虫を、蚊を潰す感覚で両手で潰した。
まるで虫扱いなことに、厄病神は滅茶苦茶苦笑いをしていた。
しかしここからだ。まだ厄病神が一体残っている。
厄病神は、憤っているのか、それとも不服なのか。いや、どっちもであろう。遥かに機嫌の悪そうな表情を零していた。
「さあ……次は、神様を食べる番だよねぇ。楽しみにしていたんだ、この悪食と一緒に」
フルフェイスの下でどんな恍惚な表情をしているのか読み取れない逝。彼は真っ先に厄病神へと攻撃を開始した。
その中、殺芽の操る敵が彼を妨害しようとしたが、今の逝は止まらない。ぎりぎり近接位置まで到達した刹那、逝は悪食を厄病神へと突き刺し、引きちぎり、食い千切る。
厄病神は、食われたことで取れかけた腕を引きちぎって投げた。あれはもういらないと言うように。
空中で未だ残る車と、表示機を腕一本振るうだけで覚者の身体を打ちのめしながら砲弾が着弾したときのような衝撃が発生した。
狙われたのは後衛だ。いのりの身体がバウンドしながら地面に転がる。大丈夫ですと、言いながらも悲鳴をあげた足で立ち上がった。
敵覚者をノックバックした柾は、厄病神の側面へと廻り込む。同じ動作で有為も、もう一つの側面へと廻り込んだ。ナックルによる裏拳が顔前に、オルペウスによる斬撃が背中に。
相反した双方の衝撃に厄病神の身体は空中でバク転したように回転してから、墜落、転げた。一瞬なんだかわらかない顔をした厄病神だが、まだ攻撃は終わらなかった。
太陽に逆光する影。
跳躍し、寝転ぶ厄病神の上にいるのはクーだ。デファンスの先が厄病神の眉間を狙っていた。このまま叩き割れれば恐らくは勝ちである。
だがしかし、クーが到達するより先に厄病神の身体が飛散し、黒い霧のように弾けた。ヴァンパイアが蝙蝠になり消えていくように、厄病神もまた細やかな蜂になったのだ。
「甘いです」
クーは読んでいた。
エネミースキャンにて一文字一文字文章を辿るように、この流れを感じていた。
故に、体力が少なくなった厄病神は芽殖孤虫へと返ること。つまり、地面へ到達したクーのデファンスが地面を穿った刹那、土やコンクリートを巻き込んだ槍が地中から勢いよく伸び、槍のように蜂たちを突き刺していくのだ。
「おやまあ、神がお隠れになったってね」
悪食が吠える。その吠え方はひどく悲しみ帯びていたように聞こえた。逝は慰めるように刃を撫でてから、芽殖孤虫を食む。
渚はいのりの身体を支えながら、渚は右手に特大の注射器を。いのりは左手に杖を出し、せーの! で放つ気力の弾丸が交差しながら絡み合い、芽殖孤虫を消し炭へと変えていく。
そして。
いやしかし。芽殖孤虫は振り絞ったであろう力で再び浮かせた何かの柱が槍のようにいのりを狙っていく。それを、庇ったのはタヱ子である。シールドを目の前にかまえつつ、槍を受け止めて、その衝撃を足に逃がす。いくらかの力に手首が軋むような音が聞こえたものの、タヱ子にしてみればそれは痛いのうちには入らないだろう。
そして有為はオルペウスを持つ。
足元から、爆炎が舞い上がり彼女の黒い髪も赤く染まるほどに。そこには怒りか、彼女の抑圧された感情がかわりに噴き出しているようであった。
「これでもう、終わりよ」
そしてオルペウスは命を喰らう――。
ぱちぱちぱちぱち。
拍手喝采。
覚者たちは見上げた。信号機の上、狩衣を来た男が立っていた。
『なんでさ、邪魔するのさ』
笑いながらも、不機嫌な声色であった。柾は構えながら言う。
「お前『も』厄病神か? それともお前『が』厄病神か?」
『はは。いかにも。俺『は』厄病神だよ。俺の大事な計画、邪魔しないでくれないかな。言っても無駄だろう、わかってるよ君たちは俺の母であり父であり記憶だから――』
それだけ言い残し、厄病神は虚空へと消えた。
●
血雨の遺骸から血を取ることはできなかった。
既に火葬され骨だけになったそれを、血雨と呼んでいいのかは分からないが。それを欲して何になるというのだろう。
ちりん。
薬売りはビルの壁に垂直に立ちながら答えを待っている。
「……現状の打開策がない限りは、血雨の遺骸を出すほかあるまい」
静護の考えは最もだ。今現在では、薬売りの言う『氷雨を治す方法』を聞くことが一番近道ではある。
「出来れば血雨さんの遺骸は渡したくないけど……氷雨さんを見捨てるわけにはいかないもんね」
氷雨もそうだが、より多くの感染者を救うため。渚も薬売りの協力に肯定的だ。
「けれど何に使うつもりかは聞いておきたい。もし智雨様の魂を愚弄するつもりなら決して貴方を許さないと、それだけは言っておきますわ」
そしていのりの言葉も最もだ。薬売りはまだ目的を言ってはいない。
『魂を愚弄……成程、そういう考え方もあるのですね』
善悪の判別がつかない薬売りは、いのりの言葉を不思議がっていた。ここでいのり達を敵にまわすことは避けたい薬売りとしては、薬売りなりの答えをもって返すのだ。
『愚弄はしませぬが。もっと、良いものです。貴方たちの損にはなりますまい』
有為はオルペウスの先端を持って、薬売りの顔を隠し続けていた髪を切った。覗いたのは、黄色の瞳と人間離れした風貌。
「氷雨は天秤に載せません」
有為の声に込められた副音声に、薬売りは漸く観念したように肩を竦めた。彼女は魂をかけている、だがそれで死にたくないとも考えている。
『……ああ、この薬売りは『究極』を目指しております。
この薬売りが、いつどうやって生まれたかは覚えておりませんが、薬売りとして生まれたからには究極を目指しているのですが。
はて、究極の薬とはなんぞや。貴方方はその答えをお持ちか。
しかし究極を作ればこの薬売りの生きる意味を失くしましょう。この薬売りは『薬売りという生き方』からの解放が欲しいのですが。
その為に使う。とだけ。
極論、智雨じゃなくてもいいのですが。貴方方に出せるものを要求しているに過ぎませんが』
まだ、薬売りは遠まわしに言っているだけで目的の開示を行ったわけではないようだ。
タヱ子は問う。
「血雨を使って、殺芽を継美に匹敵する存在にしようとしているのでは?」
『……継美は、ただ美しくなる薬を要求されただけですが。強さなど、彼女は何もせずとも元来より持って生まれたものがありますが』
付け足すように、柾は問う。
「薬売り。お前は今、複数の依頼主からの依頼を受けているんだよな?」
『そうですが』
「依頼主からの依頼で智雨が必要なのという事か?」
『違いますが』
「お前は俺達からの依頼を受けるという事も可能なのか?」
『可能ですが』
「そうか……」
薬売りは数秒考えてから、ふむ、と一言言った。
『御意見纏まらぬまま遺骸を寄越されても後ろ髪を引かれる思いですが。
まだ氷雨殿は間に合いますが。問いの答えは『次』聞きましょう』
「お待ちを」
クーは片手で、立ち去ろうとした薬売りを止めた。
「厄病神の行動に意味があるとすれば、恐怖心。この国の言葉で言えば、畏れ。それを得るためでしょうか」
薬売りは一瞬ビクっと動いた。それまで詭弁だった彼が、かなり何かを考えているような素振りを見せた。クーの発言はかなり薬売りを動揺させるものであったのだ。
『……聡い子。「そうです」と言っておきましょうか。しかしまだ真実には遠い。
それを知ったときは、この薬売りはもしかしたら……貴方方と相容れないときかも、しれませんが』
再びちりんと鈴が鳴る。鳴った時には、薬売りの姿は消え、湿った風だけが通り過ぎていった。
●
依頼が終わり、タヱ子は家へと帰る。
電話がけたたましく鳴っており、ため息ついてから受話器を取った。
『タヱ子ちゃんのタヱは耐えるのタヱではなくて、妙のタヱだよーってかぁ! んで、俺様に何か、言いたい事でもあったか?
言っとくが東小路財前がどうなっただの、殴らせろだの、文句は受け付けねーからな』
聞いた覚えのある声に、全身の鳥肌が立った。確かにいつかどこかで電話番号を彼にねじ込んだ覚えはある。
「逢魔ヶ時紫雨?」
『正解者には黄泉路六日間の旅。
公衆電話に入れた100円が尽きるまでの逢瀬だぜコレ』
鮮明に透き通る光であれど、天から降り注ぐそれは肌を焼く暑さを持っていた。
太陽を見上げていた『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は何気なく力を解放する。それによって疎らに、そして秩序無く蠢き回っていた人間の足も、離脱という一定の法則に従って動き始めるのだ。
その力は厄病神を範囲には入れない状態で展開された。あの妖に、悟られぬように。
『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)と納屋 タヱ子(CL2000019)は歩幅を合わせ横断歩道を渡り始める。
「まだ動き出していないみたいだね」
「それも、いつまで持つか」
ひそひそ話で展開される言葉と共に、警戒という意を込めた二人の視線は厄病神を射抜いている。妖を見つけるのは、そう難しくは無かった。
右往左往と不規則に動く人の流れに、ふたりぼっちで立ち止まる姿は異様にもみえる。
同じく水蓮寺 静護(CL2000471)と緒形 逝(CL2000156)は、渚とタヱ子と挟むような位置で歩道を渡る。じわじわと溶けかけたアイスを舐めた静護だが、利き手はいつでも武器を握れるように垂れ下がっていた。
「悪食や、厄病神とは美味しそうだねえ」
「おい。まだ殺意とか食欲とかは表に出すなよ。相手に、気取られたら……な?」
「わかってるよぉ」
それにしてもフルフェイスは目立つなあ。
近くでは新作水着のお披露目会とやらが始まったようで、一部の人間はそちらへ流れ始めたがごく僅かではある。
社会人や、単純に友人と待ち合わせに急ぐ人。はたまた多種多彩な事情を抱えた人々、その大多数の流れをせめて少しだけでも水着へ向けようと『花守人』三島 柾(CL2001148)は着慣れないガジュアル姿で頑張っていた。
ティッシュ配りやチラシ配りをやったことがある人は分かるだろうが、人間、なかなか足を止めてくれる人はいない。それに僅かにも心労を感じながら、柾は胸に籠った熱を放つように服をつまんで風を通した。
その頃、『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)と『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)は人波を泳ぎながら、目を合わせた人々に命令を与えていく。
いのりは男の人の腰にぶつかり、すみませんと謝りながら帽子のツバをあげ、瞳だけを見せる。
「自然な風を装って今すぐここから離れてください」
鉢会った目線、相手が覚者でないのなら、今この現場ではいのりの命令には逆らえまい。同じように有為も目線があった人々を巻き込んでいくのだ。
そして時は来た。
有為は見上げ、そこにはメイド服の女を瞳に映した。そこから視界は動き、配っていたティッシュを投げ捨ててから地面を蹴り、人ゴミの中をジグザグに翔る。
ちりん、と鈴の音が聞こえた。
その時、厄病神の一体は己を解放し、そして黒ずんだ霧のような蟲が空へと放たれたのである。
●
「紫雨さんと先日お話をしました」
「ほんと? タヱ子ちゃんいいなあ。お兄ちゃん元気だった?」
「ええ、まあ」
「そっか。じゃあ氷雨も不幸に負けないように生きないとね」
「それは不幸ではなく……虫が念力で氷雨さんを殺そうとしているのでは」
「念力……、言われてみれば、そうかも」
●
雑踏は一瞬にして、戦場へと化した。
叫び声に、逃げ惑う人々の声。それは何も厄病神や芽殖孤虫が起こす悲劇だけでは無い。天上で高らかに笑う蜘蛛が起こす事件も混じっている。
だがこの班はそちらよりも、優先すべきは厄病神だ。
厄病神と呼ばれる少年の腕が蛇のようにうねり、鞭のように撓れば静護の身体が打ち付けられ2、3歩後退した。衝撃はひどく、打たれた部分の皮膚は変色を始めている。
覚者では無かったら叩き割れていたであろう一撃に、静護は歯を食いしばる。痛みには慣れたものだと思っていたが、矢張りこうも敵が強くなると各段と変わる。
しかし獰猛で攻撃的な彼は笑っていた。周囲の絶叫のBGMも、彼には聞こえまい。やり返す為に握る刀に力が入る。
その時、頭上では芽殖孤虫の群れが唸る。
ノイズにしかならぬ不快な羽音をけたたましく発しつつ、芽殖孤虫は戦闘を行うよりも――慌てて逃げようとし横転した子供が居た。不運にも芽殖孤虫の近接範囲。そして群がるように襲い掛かり――感染者を出すことを優先として動いていた。
けらけらと笑う厄病神に、タヱ子のシールドを持つ手が強く握られた。無意識にも握りすぎて、指は内出血により滲み始めている。
「貴方は、貴方を増やすことを目的にここに、来たのですね?」
タヱ子は問うが、厄病神からは返事は無かった。
しかしまだ、目的はそれだけでは無いことをクーは知っている。それが正解かは分からない。たったひとつの目的だけの為にここまで来たとも考え辛い。
ならば目的とはなんだ。今はまだ、集中すべきはそちらじゃない。
「厄病神にも殺虫剤が聞けば、これほど苦労もしないのですが」
デファンスを掲げながら皮肉そうに肩を竦めた、クー。滅茶苦茶に蠢く芽殖孤虫に対し、獣の如く逆毛立つ四肢と共に飢狼の圧力を放ちつつ打つのだ。
形というものが無い霧のような芽殖孤虫が散開し、再び集まる。体勢を立て直したかに見えたところで、渚は群れの中心へ気弾を放ち数十匹を消滅させた。だがまだ、芽殖孤虫という群れは小さくなりつつも残る。
「全く! ぷちぷちぷちぷち、地道に殺せってことかな」
巨大注射器の先端を地面に突き刺し、芽殖孤虫という一塊では無く、単純な数として見たときの極度な物量さに頭を掻いた。
感染者になった少年は倒れたまま蜘蛛にも蜂にも放置されている。もうこれ以上感染者を出すことはできまい。有為はオルペウスをバトンのように回転させてから、芽殖孤虫の霧を穿つ。
柾と目線で介し、それぞれの芽殖孤虫を動きを止めつつ。されど、そこに厄病神が指ひとつで浮かしたマンホールが飛んできて、有為の腕が直撃しひしゃげる。
見れば、厄病神の周囲にはマンホールもそうだが、地面から引き抜かれた標識や、車や、割れた硝子が浮かんでいた。
「お得意の、サイコキネシスだな」
だがあれは生き物では無いものばかりだ。サイコキネシスが使えるのなら、単純に覚者の身体を引きちぎれば話は早い。そこは厄病神のランクという制限が許していないのだろう。
●
「今からクーが、氷雨さんにエネミースキャンをします。影に」
「うん。影に?」
「はい。この国では古来、ドッペルゲンガーが影の病とも言われたと聞いたので」
「なるほどぉ」
「ついでに体の中の芽殖孤虫にもやります」
「おねがいしまーす」
●
戦いは続いたところで、殺芽が操る覚者が乱入してきた。
彩と、械か。
戦い方はまるで滅茶苦茶だ、柾へと噛みついた彩に、いのりへと迫っていく械。確かにあの覚者たちの能力値ならばそこまで警戒しなくてはいいだろうが、完全に対策をしていなかったのは痛いところ。
その合間にも逝の悪食が丁寧に芽殖孤虫を啄むように食い散らかしつつ、一塊の芽殖孤虫は綺麗に消え去っていた。
「踊り食いっていうのは、まさにこういうことを言うんだと、思うんだよね」
「あとで、悪食が腹を壊しても知らんぞ」
静護はもうひとつの芽殖孤虫へと手出しを始める。封から放たれたように、長い髪が風に揺れながら疾走。凍り付くような絶対零度を持った刃が、蟲の群れを切り裂いていく。
「あと何匹か、数えるのもめんどうだ」
「数えてたら明日になるのは、確実だろうな」
その隣で、覚者を突き飛ばした柾。だがまるでゾンビかグールのように這い上がって来る覚者に、少々の苛立ちを覚える。
ふと、柾は別班を見た。あの班は二人で下界に残っているらしく、若干の苦戦を強いられている。友人の妹や、仲間が危害を加えられているのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
柾は腕を振り、精神力の波動が地を揺らしながら殺芽の操る敵たちへと放つ。これでいくらかは持てばいいのだが。
いのりは杖を廻してから、天へと掲げた。誘うのは敵を貫く波動だ。いのりのような小さな少女であるからこそ、襲い来る覚者が恐ろしく見えた。同時に、操られていることに悲しみを覚えた。
心の中、ひとつの謝罪と弁解を繰り返しながら、いのりは覚者ごと芽殖孤虫を貫く。
芽殖孤虫を抑えていたタヱ子は、盾を上へ振り上げた。舞う、芽殖孤虫――それを上から下へ盾を落とし地面へとぶつける。ぶちぶちぶちと嫌な音が響いたとき、盾と地面の間から芽殖孤虫が一匹だけ、ぷーんと逃げ出してきた。
「逃げられると、思う?」
渚はにこぉと笑いながら、最後に残った芽殖孤虫を、蚊を潰す感覚で両手で潰した。
まるで虫扱いなことに、厄病神は滅茶苦茶苦笑いをしていた。
しかしここからだ。まだ厄病神が一体残っている。
厄病神は、憤っているのか、それとも不服なのか。いや、どっちもであろう。遥かに機嫌の悪そうな表情を零していた。
「さあ……次は、神様を食べる番だよねぇ。楽しみにしていたんだ、この悪食と一緒に」
フルフェイスの下でどんな恍惚な表情をしているのか読み取れない逝。彼は真っ先に厄病神へと攻撃を開始した。
その中、殺芽の操る敵が彼を妨害しようとしたが、今の逝は止まらない。ぎりぎり近接位置まで到達した刹那、逝は悪食を厄病神へと突き刺し、引きちぎり、食い千切る。
厄病神は、食われたことで取れかけた腕を引きちぎって投げた。あれはもういらないと言うように。
空中で未だ残る車と、表示機を腕一本振るうだけで覚者の身体を打ちのめしながら砲弾が着弾したときのような衝撃が発生した。
狙われたのは後衛だ。いのりの身体がバウンドしながら地面に転がる。大丈夫ですと、言いながらも悲鳴をあげた足で立ち上がった。
敵覚者をノックバックした柾は、厄病神の側面へと廻り込む。同じ動作で有為も、もう一つの側面へと廻り込んだ。ナックルによる裏拳が顔前に、オルペウスによる斬撃が背中に。
相反した双方の衝撃に厄病神の身体は空中でバク転したように回転してから、墜落、転げた。一瞬なんだかわらかない顔をした厄病神だが、まだ攻撃は終わらなかった。
太陽に逆光する影。
跳躍し、寝転ぶ厄病神の上にいるのはクーだ。デファンスの先が厄病神の眉間を狙っていた。このまま叩き割れれば恐らくは勝ちである。
だがしかし、クーが到達するより先に厄病神の身体が飛散し、黒い霧のように弾けた。ヴァンパイアが蝙蝠になり消えていくように、厄病神もまた細やかな蜂になったのだ。
「甘いです」
クーは読んでいた。
エネミースキャンにて一文字一文字文章を辿るように、この流れを感じていた。
故に、体力が少なくなった厄病神は芽殖孤虫へと返ること。つまり、地面へ到達したクーのデファンスが地面を穿った刹那、土やコンクリートを巻き込んだ槍が地中から勢いよく伸び、槍のように蜂たちを突き刺していくのだ。
「おやまあ、神がお隠れになったってね」
悪食が吠える。その吠え方はひどく悲しみ帯びていたように聞こえた。逝は慰めるように刃を撫でてから、芽殖孤虫を食む。
渚はいのりの身体を支えながら、渚は右手に特大の注射器を。いのりは左手に杖を出し、せーの! で放つ気力の弾丸が交差しながら絡み合い、芽殖孤虫を消し炭へと変えていく。
そして。
いやしかし。芽殖孤虫は振り絞ったであろう力で再び浮かせた何かの柱が槍のようにいのりを狙っていく。それを、庇ったのはタヱ子である。シールドを目の前にかまえつつ、槍を受け止めて、その衝撃を足に逃がす。いくらかの力に手首が軋むような音が聞こえたものの、タヱ子にしてみればそれは痛いのうちには入らないだろう。
そして有為はオルペウスを持つ。
足元から、爆炎が舞い上がり彼女の黒い髪も赤く染まるほどに。そこには怒りか、彼女の抑圧された感情がかわりに噴き出しているようであった。
「これでもう、終わりよ」
そしてオルペウスは命を喰らう――。
ぱちぱちぱちぱち。
拍手喝采。
覚者たちは見上げた。信号機の上、狩衣を来た男が立っていた。
『なんでさ、邪魔するのさ』
笑いながらも、不機嫌な声色であった。柾は構えながら言う。
「お前『も』厄病神か? それともお前『が』厄病神か?」
『はは。いかにも。俺『は』厄病神だよ。俺の大事な計画、邪魔しないでくれないかな。言っても無駄だろう、わかってるよ君たちは俺の母であり父であり記憶だから――』
それだけ言い残し、厄病神は虚空へと消えた。
●
血雨の遺骸から血を取ることはできなかった。
既に火葬され骨だけになったそれを、血雨と呼んでいいのかは分からないが。それを欲して何になるというのだろう。
ちりん。
薬売りはビルの壁に垂直に立ちながら答えを待っている。
「……現状の打開策がない限りは、血雨の遺骸を出すほかあるまい」
静護の考えは最もだ。今現在では、薬売りの言う『氷雨を治す方法』を聞くことが一番近道ではある。
「出来れば血雨さんの遺骸は渡したくないけど……氷雨さんを見捨てるわけにはいかないもんね」
氷雨もそうだが、より多くの感染者を救うため。渚も薬売りの協力に肯定的だ。
「けれど何に使うつもりかは聞いておきたい。もし智雨様の魂を愚弄するつもりなら決して貴方を許さないと、それだけは言っておきますわ」
そしていのりの言葉も最もだ。薬売りはまだ目的を言ってはいない。
『魂を愚弄……成程、そういう考え方もあるのですね』
善悪の判別がつかない薬売りは、いのりの言葉を不思議がっていた。ここでいのり達を敵にまわすことは避けたい薬売りとしては、薬売りなりの答えをもって返すのだ。
『愚弄はしませぬが。もっと、良いものです。貴方たちの損にはなりますまい』
有為はオルペウスの先端を持って、薬売りの顔を隠し続けていた髪を切った。覗いたのは、黄色の瞳と人間離れした風貌。
「氷雨は天秤に載せません」
有為の声に込められた副音声に、薬売りは漸く観念したように肩を竦めた。彼女は魂をかけている、だがそれで死にたくないとも考えている。
『……ああ、この薬売りは『究極』を目指しております。
この薬売りが、いつどうやって生まれたかは覚えておりませんが、薬売りとして生まれたからには究極を目指しているのですが。
はて、究極の薬とはなんぞや。貴方方はその答えをお持ちか。
しかし究極を作ればこの薬売りの生きる意味を失くしましょう。この薬売りは『薬売りという生き方』からの解放が欲しいのですが。
その為に使う。とだけ。
極論、智雨じゃなくてもいいのですが。貴方方に出せるものを要求しているに過ぎませんが』
まだ、薬売りは遠まわしに言っているだけで目的の開示を行ったわけではないようだ。
タヱ子は問う。
「血雨を使って、殺芽を継美に匹敵する存在にしようとしているのでは?」
『……継美は、ただ美しくなる薬を要求されただけですが。強さなど、彼女は何もせずとも元来より持って生まれたものがありますが』
付け足すように、柾は問う。
「薬売り。お前は今、複数の依頼主からの依頼を受けているんだよな?」
『そうですが』
「依頼主からの依頼で智雨が必要なのという事か?」
『違いますが』
「お前は俺達からの依頼を受けるという事も可能なのか?」
『可能ですが』
「そうか……」
薬売りは数秒考えてから、ふむ、と一言言った。
『御意見纏まらぬまま遺骸を寄越されても後ろ髪を引かれる思いですが。
まだ氷雨殿は間に合いますが。問いの答えは『次』聞きましょう』
「お待ちを」
クーは片手で、立ち去ろうとした薬売りを止めた。
「厄病神の行動に意味があるとすれば、恐怖心。この国の言葉で言えば、畏れ。それを得るためでしょうか」
薬売りは一瞬ビクっと動いた。それまで詭弁だった彼が、かなり何かを考えているような素振りを見せた。クーの発言はかなり薬売りを動揺させるものであったのだ。
『……聡い子。「そうです」と言っておきましょうか。しかしまだ真実には遠い。
それを知ったときは、この薬売りはもしかしたら……貴方方と相容れないときかも、しれませんが』
再びちりんと鈴が鳴る。鳴った時には、薬売りの姿は消え、湿った風だけが通り過ぎていった。
●
依頼が終わり、タヱ子は家へと帰る。
電話がけたたましく鳴っており、ため息ついてから受話器を取った。
『タヱ子ちゃんのタヱは耐えるのタヱではなくて、妙のタヱだよーってかぁ! んで、俺様に何か、言いたい事でもあったか?
言っとくが東小路財前がどうなっただの、殴らせろだの、文句は受け付けねーからな』
聞いた覚えのある声に、全身の鳥肌が立った。確かにいつかどこかで電話番号を彼にねじ込んだ覚えはある。
「逢魔ヶ時紫雨?」
『正解者には黄泉路六日間の旅。
公衆電話に入れた100円が尽きるまでの逢瀬だぜコレ』








