殺しの芽吹き
【緋色蜘蛛】殺しの芽吹き



 この部屋は、生活感の無い部屋だ。
 フローリングは元の木の色を忘れて埃で灰色がかり、天井は蜘蛛の巣だらけ。
 部屋の中央には不自然過ぎるアンティークな風呂釜がひとつ置かれ、中は赤い液体で満たされていた。
 そこに浸かっていたのは、日本人形のように髪の長い女性だ。
 名を殺芽という、蜘蛛の妖だ。
 整い過ぎた白い顔の真ん中で赤い瞳がぐるりと見回せば、食事用にとでも言うつもりか、蜘蛛の糸で身動きが取れていない人間の女が怯えている。
 殺芽は、笑いながら両腕を振るう。仰ぐだけで髪の毛の何倍も細い糸が壁や床、そして控えていた同族(妖蜘蛛)を引き裂き、木っ端へと返した。
 意外に粗末にも殺される仲間の断末魔を聞きながら殺芽は高い声を響かせて笑い、人間の女は叫び声をあげながら泣いているのか笑っているのか分からない声を出した。
 そして、アンティークな風呂釜から乗り出したのは、頭のてっぺんから足の先まで人間のものと変わりは無い殺芽。
 以前は……FiVEの覚者があったときは、『まだ下半身は異形であった』。背中から翼のように蜘蛛の足をはやし、それが壁に伝うと浮いたように殺芽の人間らしい身体が空間の中央で止まる。
『母は、継美は、妖でした。
 父は人間でした。
 父の勇ましさを知らず、母の愛も私は知らない。
 まあ……蜘蛛の旦那は嫁に喰われるのが常です。そこは仕方ないとしましょう。
 私よりも人間のほうが母に接していたのに、ぬくもりを私は知らない。
 私を生んだのは妖で、人間で、嗚呼、人間も愛おしく、そして母を殺した人間は憎い。
 愛い、憎い、愛い、憎い、愛い、憎い、愛い、憎い!!』
 愛憎渦巻き、瞳の瞳孔もぐるぐる廻る。
『なのに!!
 ……なのにぃ? 人間は母を忘れようとしている、許せない、知らしめてやる、思い出させて差し上げます。
 私が手を下すのは簡単ですが、別の遊びも考えてみました。
 いっそ、貴方方でやりあいなさい。きっと楽しいですよ、貴方も生き残りたいでしょう?
 命は、燃え尽きる最期の一瞬こそ美しく儚いのですから―――』

 嗚呼、もう戻れまい。

 人間の女は蜘蛛の糸にかかったときから元の生活に帰れる確率を考えていたが、殺芽の手が頬に振れた瞬間。
 その全てを諦めた。


 東京、某所。
 とあるビルの屋上には、イケメン俳優がキャッチコピーと共にある大きな看板がある。そのうえに足を置いたのは、メイド服の女であった。
「殺芽様のために……じゃないと、わ、わたぁ、わしたがぁぁ殺されるからぁぁ!」
 血管のように体中に伸びる極細の銀糸が、彼女の自由を奪っているのだろう。女は呻きつつも、その糸を眼下へと放った。
 始まったのは、人間による人間への殺し合いだ。糸に操られたメイド服が、更に糸を放ち、その糸が更に一般人たちを操り同胞を殺させている。
 中には覚者も居ては友人を絞め殺す。
 中には鈍器を持った人間が恋人を血で染め上げる。
 更に、天には黒墨でも撒いたかのような靄が蠢いていた。あれは―――確か、芽殖孤虫と呼ばれた妖では無かっただろうか。ならば、厄病神と呼ばれた妖も近くにいるはずだ。彼らは何かを狙っている。
「蜂が動いたってそういうことなの?」
 メイド服は呟きながら、己が殺されない道を単純に選ぶ。
「ごめんなさい人間、私は、もう……」
 結局こういうことだ、二つの勢力が動き出している。
 蜘蛛と、蜂。

 そして―――ちりん、と、鈴の音が響いた。

 薬売りという古妖が居る。相変わらず顔は隠したままで、奇妙な恰好をしている。
『……私も薬売りという商売人である以上、客がいなくなるのは避けたいところですが。
 実のところ、蜘蛛はとある薬を望みましたが、これが中々やり過ぎるのですが。
 『材料』は聞かない方がいいですが。
 既に薬を飲み終えた蜘蛛はこの薬売りの客では無くなったのですが。
 手に負えない。
 蜘蛛は、やり過ぎる。
 次の薬を望まれた。
 あの依頼に応えられる。
 応えられぬが、応えぬと、この薬売りが殺される。
 お手上げですが、この薬売りも別の客を残して逝けぬ。無ければさぱっと死ぬのですが。
 ……というところで困っております。
 前回と同じく、助けて下されば蜘蛛の情報を渡しましょう。さあ、どうしましょう人間』


 こちらのFiVE覚者は、蜘蛛――殺芽勢力――と相対してもらうことになる。
 久方相馬(nCL2000004)は事前にこの騒動を察知していた、現場へ急行したときにはまだ事件は起きていない。
 気づかれないように避難を開始すればある程度の命は守れられる可能性は高い。だがいつ戦いの火蓋が切れるか、敵側が気づくか、行動するかは知れない。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.殺芽が操るメイド服のお姉ちゃんを倒す(生死問わず)
2.なし
3.なし
 第二弾、実は連動依頼。もうひとつの闇黒蜂と同戦場となりますがそんなに気にしなくてもいいかもです
 立ち絵は薬売りさん

 OPの頭から最後まで、全て久方相馬が見た夢とし、PCはその情報を持っております

●注意!
・当依頼は、『闇黒蜂』と書いてあるシナリオと同PCで重複して参加は不可能です。
 参加してしまった場合は参加権利を剥奪し、LP返却は行われない為注意して下さい。

●ここまでのあらすじ
 FiVE一行は、拉致される予定であった警官二名を無事救い出し、蜘蛛の妖を討伐することに成功する。
 だがしかし、蜘蛛の妖は何かしら操られていた。
 糸を辿り、見てみれば、巨大な蜘蛛の頭から少女が生えている不可思議な存在と出くわすが逃げられる。

『殺芽』

 それが彼女の名だ。それと他に、『薬売り』という存在にも出くわした。
 彼は古妖だ。
『私には善悪の区別はつきませんが。必要なものに必要なものを与えるのが薬売り。殺芽の情報を対価に、助けて頂きたく』

●状況
 東京にて、一般人同士による乱闘殺し合いが発生する。そこには別の妖も来ているが、そっちは別班が対応するだろう。
 大本はメイド服の女が原因であるようだ。彼女を止め、この騒ぎを止めよう。
 『彼女』は薬売りという古妖が言うに、薬売りの人形であるという。

*補足:薬売りの手助けをするか否かは、PCの判断に任せ、これは成功条件には含まれません

●用語
・殺芽:高ランクの蜘蛛の妖。大妖であった継美の実娘。以前は蜘蛛の姿が残っておりましたが、成長により完全に人間へ擬態できるようになっております。また戦闘回数を重ねて成長を見せます。
・芽殖孤虫:別のシリーズの敵
・継美:数年前に人間に討伐された大妖。蜘蛛の妖

●エネミー
・殺芽の操るメイド服、一応覚者

 意識はあるようで、殺芽の気が練りこまれた糸により遠隔操作で操られています
 糸のせいか、もともとか、戦闘能力は高く、主に物理的な肉弾戦と、糸を放ちBS混乱を強いてきます。

 彼女が放つ銀糸は、一般人に対しては行動全てを殺芽に支配され、覚者に対してはBS混乱扱いとなります。
 また、このBS混乱はBS回復系では解消されず、物理的に切るなどを行わない限りは解消されません。
 糸には操れる人数の最大数が決まっており、今回の依頼では十人が限界です
 場所的には、地面を見下ろせるOPの位置に固定でいます

・上記に操られた一般人も敵となります
 生死は成功条件には、含まれません
 初動の行動で操られる人間などは変わりますが、意思をもって糸をばら撒くので戦闘能力がある人間を候補に選んでくるでしょう。

・厄病神
 別依頼の敵ですが、こちらも攻撃してくる可能性は高いです

・芽殖孤虫
 同上
 ある一定の現象で、厄病神へ代わります

●エネミー?
・古妖:薬売り
 謎につつまれた古妖。色々要求しますが、必ず見返りは出してきます。
 基本的に等価交換。

●場所
・都内某所
 一般人がかなり多く、覚者も交じっております。ここでの覚者はFiVEPCよりも弱いです
 もちろん翼人などもいます

 それではご縁がありましたら、よろしくお願いします
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年07月07日

■メイン参加者 8人■



 『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は阿久津 ほのか(CL2001276) の両手をガシッと掴んだ。
「ほのかさん俺、いい事考えました! ほのかさんが水着になってビルのエントランスで新作水着の発表会というのを始めたら周囲の人達集まってきませんか!?」
「ええ?!」
「水着に興味ない人にも興味持って貰うようその他の対策として、アンケートを書いてくれた方に素敵なアイテム全員プレゼント!」
「はぁ……」
「とかいう嘘の宣伝しますから!」
「わあ」
 鉢巻に法被とぐるぐる眼鏡をした奏空はワーズワースをフルに使用し、5秒後には一斉に人だかりができたとかなんとかで。パレオ付に、フリルが盛大についた水着をきたほのかの周囲はまるでアイドルの握手会のような勢いで男達が彼女を食い入る目線で見ていた。


 メイドは階下に夢中になっていた。
 きちんと潜伏しながらやってきた覚者たちの隠密も効果あってか、彼女は未だこちらに気づく気配は無い。
 聞こえるのは、叫び声や虫の羽音に、厄病神との戦闘が始まった音。事態は急変しつつあるのだ、ここで出るのを惜しむことは無い。
「――参ります」
 速攻。
 『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)が地面を蹴った瞬時にメイドの背後へ到達。右回りに半回転しつつ、威力を付けた腕が彼女の背を穿った。
 簡単に看板から落ちるかと思ったが、短い唸り声と驚きの表情を見せたメイドは間一髪簡単の上辺に手を引っ掛け再び上へと上る。
「な、なに貴方たち!?」
「貴女のしていること。申し訳ないですが止めさせて頂きます」
 『白い人』由比 久永(CL2000540)の舞がメイドの気力を削ぎながら眠気を誘い――つつ、『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)の腕で蜷局を撒く炎がメイドの腹部を殴りついに勘弁の上からメイドは落ちた。
 メイドの着地点で待っているのは『浄火』七十里・夏南(CL2000006)である。醒の炎が既に使われている彼女の足元より、灼熱が吹きあがる。
 歯を食いしばったメイドはそのまま夏南の下から上へとすくいあげるように放たれる炎に飲み込まれていく。
 『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は刃を下から上へ指でなぞってから、冷気帯びるような瞳にメイドを重ねつつ猛威を放つ。
 とことことこ……と走ってきた『黒百合』諏訪 奈那美(CL2001411)が無表情のまま覚醒し、開眼した瞳が見開くとき、ドス黒い光線が放たれれば倒れかけたメイドを穿つ。
 ひとたまりもなく、そして容赦無き攻撃の嵐にメイドの身体も服も一瞬にしてボロボロになった。
 腕を抑えながら立ち上がるメイドの瞳に、覚者6人が映った。
「ああ……私を殺しに来たの?」
 その一言に、びくりと動いたヤマト。
「違うんだ! お姉さんも助けたい」
 誰一人として殺したくはないし、殺されるのも嫌だとヤマトは身振り手振り使い説明した。既に攻撃してしまっていることは弁解の余地は無い。けれど、戦わねばならないことはメイドもヤマトも十分に理解しているところだろう。
 眼鏡の位置を直した夏南は、それから埃を払う。大してメイドの命には興味が無いように、目線は合わせない。
「死にたくなければ私達があなたを上手に殴れるように協力する事ね。できるか知らないし私はどっちでも良いけれど」
「無理ね……自由、無いもの。殺芽の気分次第で私の身体なんて張裂けるのよ……?」
 糸が彼女の自由を根こそぎ奪っている。
 ふむ……と顎を触った久永は、怒るでも無く、悲しむでも無く、かといって同情しているわけでは無いが諭すように言った。
「糸が、とは言うが。抗うことを止めてはならん」
「そんなこと、言ったって」
 メイドはふと、屋上の外を見た。階下から、未だ叫び声が聞こえている――。 

 ――その、階下。
 恋人の首を絞めていた覚者の男を奏空が蹴って押し退け、友人を切りつけていた女のナイフを苦無で受け止めるほのか。
 だが2人ではその他数人の操られた人を抑え込むのは厳しいものがある。動きや能力が抑えられたとしても、止まる訳では無いのだ。
 荒い息を吐きながら背中合わせになった2人。
 6人の操られた人々に囲まれた。残り2人は翼人、2人は別班のほうへと歩んでいったのが見えていた。
 苦笑いをした奏空。
 頬から汗を流したほのか。
「無事にいけたらすごくない?」
「そうですね……、痛いのはいやなんですけれども」
 その時に、奏空とほのかは、もうひとつの班が虫を潰しているのを見ていた。


 メイドの動きは、簡単に言えばどうかしていた。
 普通の人間には無理だ。覚者にも無理だ。
 まるで糸に引っ張られているように、飛んだかと思えばあり得ない起動で曲がり攻撃を行ってくる。
 メイド自身も苦しいようで、おかしな起動になるたびに胃液を吐いていた。そのひとつ、宙がえりして冬佳の背後へ廻り込んだメイドは、彼女の頭を掴み地面へと叩きつける。
 脳震盪に瞳がぶれた冬佳だが両腕は床を掴んで腕立て伏せのような体勢になりつつ、そこから足だけあげ蹴りを放つ。冬佳は苦しそうな表情を見せたメイドへ、心の中で謝罪ごちる。
 よたよたと、蹴られた腹を抱えたメイドは目の前まで夏南が接近していることにそこで気づいた。メイドは腕を振り上げパンチを放つが、空振り。
「遅いわ」
 いつの間にか廻り込んだ夏南、背後を取られたメイドが「く!!」と言っていたが、躊躇うことは無かった。
 彼女の背中へ術札をぽんと張り付けた瞬時、メイドの身体は炎に包まれる。轟轟と燃ゆる火の粉を払いながら、夏南の眼鏡に光が反射していた。
 炎を振り払う動作をするメイドへ、翔るのは燐花。
「こうなった経緯も後ろに見え隠れする事情も分かりませんが、貴女を止めるのが私のお仕事です。貴女も、似たようなものでしょう?」
「そうね。私は殺すのがお仕事になってしまったみたい」
 単純に。単純に。
 何かをしながら何かを完璧にできるほど、燐花という人間は優れてはいないらしい。だからこそ、一点だけを見る。今は薬売りがどうとかそういうのは全部関係無く。
 目の前の敵を倒す。ただそれだけ。
 廻し蹴りを、体勢低くして回避した燐花。発生した最大の攻撃チャンスに、苦無を握り、握る部位から灼熱の炎が吹き荒れた。己の炎は熱くは無い。だが敵にとっては熱い。
 温度を与えられ続けて真っ赤になった苦無を、メイドへと突き刺した。
 その時、ぴくんと久永は何かに反応した。
 展開していた術式を止めることは無く、雷撃が空中を走りメイドの身体を射抜いてから。ふと、久永は屋上の崖っぷちを見た。
「来るぞ」
 高ぶっていたヤマトと久永は腕ひとつで引き寄せてから、身体をくるりと屋上の端へと向けさせる。
「あ、俺の出番!?」
「そうだ」
 翼を広げ、ヤマトは久永が見せてくれた景色を凝視した。
 久永はメイドを穿った雷を人差し指で操りながら、翼携え到達してきた瞬間の敵を雷で射抜く。追加の敵が来たようだ。
 ヤマトは屋上を滑るように移動しつつ、一人の翼人を抑え込んだ。だがもう一人――。
「そっちいった!!」
 ヤマトは叫ぶような声量で言いつつ、
「はい」
 冬佳が刀を納刀。
 翼人の狙いは後衛――奈那美だ。回復を行い、敵からしたら一番に落としたい相手。
 その翼人と冬佳が交差したとき。一瞬だけ、柄を掴んだ冬佳の腕が上下にブレた。ぷつん。刹那、翼人は地面に墜落しつつ勢い余った地面に滑り込み、奈那美の足元で止まった。
 糸が一本外れたのだ。しかしそれは即座に別の誰かを狙おうとし、狙いはヤマトであった。
「うわ! うわあわわわ!!」
 蛇のように絡みつかんと手を伸ばしてくるそれにヤマトは、翼人を抑えるのを止めて炎を産む。だがしつこく狙ってくるそれは、ヤマトのたった指先に振れた瞬間に彼の自由を奪ったのだ。
 真っ黒なセーラー服が風に揺れた。
「随分、めんどうなことをしますね。何度切っても、再度繋げてくる。まるでイタチごっこ」
「……私に言われても」
 奈那美は頭を抑えた。糸が自律して動き、切ってもすぐに繋がれるのならば攻撃するという貴重な一手が奪われていく。
 ならばいっそ、無視をすることがいいものか。時と場合にはよるのだが。
 そんな中、久永はメイドへと問いかけた。
「名は何という?」
「……名前、仙波、瑞穂」
「では瑞穂や。助ける故。だから、まだ諦めないでくれるか」
「……」
 言葉としての返事は無かったものの、首を小さく頷いただけでも久永の口元は笑った。

 階下は不利を極めていた。
 まだ一般人が含まれているのは救いだが、操られている覚者たちには苦戦を強いられている。
 こちらの数は2。あちらの数は6。
 確かにファイヴの中でも強者ともいえる二人であるが、数の暴力には骨が折れる。
 しかしそれでも地に足をつけ、まだ一度も倒れてはいない。
 兄からのプレゼントである苦無が光り輝いた。ほのかは、捨て身のタックルをかましてから苦無で覚者の肩を狙う。万が一にでも殺さないように急所は外すのだ。
 これまで何度も傷つけてしまった敵であるからか、その一撃で動きが止まりつつ地面に伏せった瞬間。
 起き上がったのだ。
 四肢は重力に従いだらりとしているが胴体だけは糸に繋がり、マリオネットように。倒れたはずの敵が再び稼働し始めた。
「ええ?! どういうことです!!?」
「多分、あの糸を切らない限り駄目なんだ……」
「操っているのはその身体であり、身体が悲鳴をあげてもなお動かしてくるっていうことですか!?」
「このままじゃ、あの操られている人、最悪死んじゃうかも……とかそんな」
「そ、そんな、どうすれば」
「大元を叩くか、糸を切るか」
 糸を切れば奏空とほのかが操られれば、こちらの班は崩壊する。
 糸を切らなくてはどちらが先に潰されるかのレースが始まる。
「やるしか、ないよね」
 奏空は華やかな金髪を風に揺らしながら、両手に携えた刃を構えた。
 しかしそのとき、隣の班の柾の支援が入る。放たれた彼の地烈に、覚者は吹き飛ばされ、囲まれていた状態から脱することができた。


 しかしだ。
 初動の不意打ちの効果はきちんと聞いていた。
 メイドは息切れ切れになっているのは、体力が底を尽き始めている証拠でもある。
「あと少しです。頑張りましょう」
 鼓舞でもある奈那美の声が背中から聞こえ、夏南は、冬佳は得物を構えた。
 久永の雷獣が再び天から降り注ぎ、メイドの直上を狙ったところで、夏南と冬佳は翔る。
 空中を滑るヤマトが夏南を狙い、だがしかし、今一歩夏南のほうが早く反応できた。炎を絡ませた腕を再度振るう――、狙ったのはヤマト自身では無い。指に繋がった糸を燃やしながら焼き切ったのだ。
 刹那、息を吹き返すように我に返ったヤマトは空中で急ブレーキをかける。
「ごめんな!! ありがとう!」
「ええ、ノックバックするか迷ったわ」
 冬佳はメイドへ刃を振り上げる。狙いたいのは『糸』であったが、メイドの身体からそのようなものが出ているようには見えない。
 身体の中に張り巡らされているのなら、それは何を切ればいいものか。まさか身体ごと切る訳にはいかぬのだから。
 同じ理由でヤマトも拳を握った。本当なら焼き切ってやりたい糸であるが、彼女の身体を燃やし尽くす訳にはいかないのだ。
 つまり、彼女――メイドに施されている糸は特別性だ。
 冬佳は迷いながらもメイドの腕を切りつける。鮮血が飛び、痛いとも言わぬ彼女は廻し蹴りを放ちながら冬佳の身体を押し返した。
 冬佳が退いた為、視界が開けたメイド。その先に、奈那美が控えている。糸は彼女を狙いに行ったものの、交差したのは漆黒の閃光。
 己が操られることは厭わねど、抵抗と呼べるその一手にメイドの身体が完全に体勢を崩した。彼女を守らねばと走ってきたのは、未だ操られている翼人だ。
「させねえよ!」
 庇う、その一歩手前でヤマトは翼人へタックルし押し返していく。力任せに翼を振り絞り敵を抑える一方で、ヤマトは叫んだ。
「操って人を殺そうとしてるのは見過ごせないけど、お姉さんも殺芽の糸のせいだろ!」
「もういいの!! そうじゃないと殺されるから、死にたくないのよ!!」
 久永は瞳を見開いた。
「生きたいなら、最後まで足掻いてみせよ!」
 メイドは複雑な顔をした、が、攻撃しようとした一歩が止まる。久永はここまで目を細めて、大元になるであろうメイドを操る線を探したが……だが体内までは見通せない。
 久永こそ、無表情に似た落ち着いた風貌ではあるが内心焦っていた。彼女を助ける術が、見つからない――。
「もういいわ。これ以上は、下の子たちが危ないわ」
 夏南は術符を指に挟み前へと出した。轟と、再び灼熱を宿した彼女の身体。
 同じく、燐花はメイドへ攻撃を仕掛ける。まずは右ストレート、次に左ストレート、ここまで避けられたが最後の廻し蹴りにメイドの身体は地面へと崩れるように倒れた。
 ズキ、と燐花は痛む胸を抑えた。感情は灯さない彼女の顔は、その痛みの理由を知らないようだ。
 これで終わり。そう呟いた夏南。
 倒れたメイドの上に術札をひらりと落とす。その一片が彼女に振れた刹那、再び炎は舞い上がった。

 ――階下では、奏空とほのかが未だ戦闘中である。覚者は倒せないことが分かり、それにより、防戦へと入った。伸ばされた覚者たちの手が一瞬のうちにほのかを拘束し、奏空がそれを解放せんと躍起になりながら応戦。
 すると覚者の一人が星をふらせんと詠唱に入ったとき――全ての覚者たちが一斉に倒れたのである。

『やーめた』

 降り注ぐような、甲高い声が聞こえた。
 奈那美の身体が――奈那美が抵抗しているのか――ガクガク震えながら言葉を発していた。
『今日は駄目ね。私の負けです。だって、思ったより殺せなかったもの。そのお人形も、もう、ぼろぼろじゃない。帰ったら一緒にご飯しようと、思っていたのよ』
 夏南は乱れた服装を戻しながら言う。
「やっぱり見ていたのね。この近くにはいなさそうだけど、少なくとも200mには」
『ふふ、操れるのに見えなかったらどうしようもないの』
「つまり、操っている人間の視界を通してみているのね?」
『聡い子は嫌いよ』
 奈那美の身体は、人差し指で目じりを引っ張り、ベーと舌を出した。
 燐花は冷静に。
「貴方が……今回の大元の殺芽」
『私は貴方たちの明確な敵よ。それを教えてあげるから、私に滅ぼされてください』
 ぺこ、とお辞儀をした奈那美。
 刹那、ごぱぁんと何か破裂した音が聞こえた。それまで、メイドが居た場所には細かい肉塊と、大きな赤い水溜りができており、濃い血の匂いだけが残った。


 久永の眉間にシワがよる。
「で、隠れていたというのか」
『いえいえ、最初から居ましたが話しかけられなかったのでいなかったも同然ですが』
 薬売りが屋上の柵の上に立っていた。
『聞ける雰囲気ではありませんが、問の答えを聞きたく思いますが』
「古妖さんって、ほんとマイペースな方が多いですね……」
 合流した、ほのか。なるべく水溜りの方は見ないように目線が泳いでいた。
「あのあの聞きたいことが。別の客を残して逝けぬという『別の客』というのは、氷雨さんに関係する事ですか?」
『含まれると答えますが』
「だとしたら薬売りさんの命だけでなく、氷雨さんの命にも関わる事ですし、ちゃんと目を見てお話を……」
『眼?』
「ぬ、布でお顔が見えませんが」
『これは、失礼しました』
 薬売りは顔の布を外した。
 瞳は狐のように細く。黄色の瞳孔が覗き、顔は死人のように白いが、赤色の刺青に似たものが顔全体に飾られていた。
 再び久永は問う。
「前回殺芽を逃がしたことといい、商売人という立場をとやかく言うつもりはないが、完全に味方というわけではないのだろう。商売は信用が大事なのだろう?」
『目的を開示しろ、と』
「それもそうだが、何を望み、何を与えてくれるのか。それを明確にしておくれ」
『成程。では、殺芽を討伐し、その為に情報をお渡ししましょう』
 冬佳はふむ、と頷いた。
「利害は一致しますね。等価交換、結構なお話ですね」
 しかし奈那美は首を横に振る。
「殺芽を毒殺する、あるいは弱らせる毒薬は作れますか? 糸を受けても操られない薬でも構いませんわ」
『殺芽を毒殺する薬を作るなら殺芽を殺せるものを材料に。
 弱らせたいのなら、弱るものを材料に。
 糸を受けても操られない薬なら糸を受けても操られないものを材料に。しますが。作るにしても用意するのは、時間がかかります』
「意味が分からないわね」
『薬売りの薬は、人間の言う材料とはかけ離れたものを使いますが。例えば命とか、心とか、感情とかですが。
 ああ……材料の為ならば人を殺めることはあります。この薬売り、善悪の判別はできません故。薬を作るか作らないかで動きます故』
 夏南はため息を吐いた。
「うさんさくいやつ。人間からみれば、一部敵よ」
『心得ております……さて、ではまた後程お会いしましょう』
 ちりん、と鳴る鈴の音。刹那、薬売りの姿は消えていた。
 ふと、燐花は後ろを見た。濃い、血の匂いがする後ろを。
 メイドが居た場所で足を抱えて座るヤマトの小さな背中。そこに話しかける言葉はまだ、見つからない――奏空は、ヤマトの背に手を置き、その悲しみを分かち合った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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