試された街
●乱闘
彼に理由など必要なかった。ただ目の前に覚者が居たから、それが苛立ちを呼ぶから。
気が付いたら彼の手には石が握られていて、それが血に染まっていた。
周りを見ると同じように翼人の翼を掴み殴りかかるものや、包丁を持って獣の耳を持った女に襲い掛かる主婦もいる。
自分は間違っていないんだ、そう考えると目の前に覚者へ向かって石を振り上げて……。
「よーし、そこまでだ。現行犯だな」
一人の刑事が石を持つ男の手首を抑え、手錠をかける。それに続いて通報を受けたらしい警察官達が次々と人々を取り押さえにかかった。
「京都から異動してもこれだもんなあ、どうなってやがる。これで三件目だぜ」
自分を呪う男の声を無視して、刑事は呟いた。
この街で何かが起こっている。
「これが……私がやったというのですか!?」
やや小太りな、普段だったら人の好さそうな笑みが似合う男が双眼鏡越しに覗いた光景に顔面を蒼白にして問いかける。
「そう、君の工場で行われた」
髪に白いものが混ざった眼鏡をかけた長身の男は口元に笑みを浮かべて問いに答えた。
「君には色々と世話になった、資金、物資、今回の計画も含めて諸々。だが手を汚しているという自覚が少なかった、だから連れてきた」
「こんなことになるなら……手を貸さなかったのに!」
その場にしゃがみ込み、頭を抱える小太りな男、それをのぞき込むように眼鏡の男――荒関は顔を近づけた。
「もう遅い。君は私達と同じように手を汚したのだ。ようこそ『良き隣人』へ、細君を覚者と妖のとの戦いで失った君を私は歓迎しよう」
「手を汚した……ああ、手を汚したのか?」
荒関は部下に視線を送ると、彼らは座りながら呟く男を車に乗せていく。それを見送る男に部下の一人が声をかける。
「荒関さん、白丘の件は?」
「武器などで世話になっている、あちらの要望通りにしろ、その後は指示通りに行動しろ、分かったな物部」
「了解しました」
去っていく部下には視線を見せず、彼は騒動の起こる街を見つめる。
「さて、どうする。FiVE? このままだと覚者は人を疑うぞ」
●工場
「ある街で一般人による覚者暴行事件が頻発しています。現在警察が捜査中ですが、夢見において憤怒者組織『良き隣人』が関わっていることが分かりました」
久方 真由美(nCL2000003)が新聞のスクラップを手渡しながら説明を始めた。
「彼らは飲料メーカーの工場の一つを抱き込んで、飲み物に薬を混入していたようです。
このまま放っておくと事件が拡大するばかりか、効果を実感した彼らが浄水場などに薬を混入することも考えられます。
皆さんには工場へ潜入してもらい、戦闘員を排除の上、工場の稼働の停止をお願いします。それと……」
小銃と思われるスケッチ画を見せながら彼女は説明を続ける。
「別の事件において、彼等は流通している物とは違う武器を持っていました、流通経路などを確かめたいので武器の確保もお願いします。
なお、確保した武器はすべて提出、私掠は認めません」
詳細の書かれた資料を渡しながら最後に真由美は口を開く。
「彼等の目的は分かりませんが、このままでは街一つだけの話では済まなくなります。早急な対処をお願いします」
彼に理由など必要なかった。ただ目の前に覚者が居たから、それが苛立ちを呼ぶから。
気が付いたら彼の手には石が握られていて、それが血に染まっていた。
周りを見ると同じように翼人の翼を掴み殴りかかるものや、包丁を持って獣の耳を持った女に襲い掛かる主婦もいる。
自分は間違っていないんだ、そう考えると目の前に覚者へ向かって石を振り上げて……。
「よーし、そこまでだ。現行犯だな」
一人の刑事が石を持つ男の手首を抑え、手錠をかける。それに続いて通報を受けたらしい警察官達が次々と人々を取り押さえにかかった。
「京都から異動してもこれだもんなあ、どうなってやがる。これで三件目だぜ」
自分を呪う男の声を無視して、刑事は呟いた。
この街で何かが起こっている。
「これが……私がやったというのですか!?」
やや小太りな、普段だったら人の好さそうな笑みが似合う男が双眼鏡越しに覗いた光景に顔面を蒼白にして問いかける。
「そう、君の工場で行われた」
髪に白いものが混ざった眼鏡をかけた長身の男は口元に笑みを浮かべて問いに答えた。
「君には色々と世話になった、資金、物資、今回の計画も含めて諸々。だが手を汚しているという自覚が少なかった、だから連れてきた」
「こんなことになるなら……手を貸さなかったのに!」
その場にしゃがみ込み、頭を抱える小太りな男、それをのぞき込むように眼鏡の男――荒関は顔を近づけた。
「もう遅い。君は私達と同じように手を汚したのだ。ようこそ『良き隣人』へ、細君を覚者と妖のとの戦いで失った君を私は歓迎しよう」
「手を汚した……ああ、手を汚したのか?」
荒関は部下に視線を送ると、彼らは座りながら呟く男を車に乗せていく。それを見送る男に部下の一人が声をかける。
「荒関さん、白丘の件は?」
「武器などで世話になっている、あちらの要望通りにしろ、その後は指示通りに行動しろ、分かったな物部」
「了解しました」
去っていく部下には視線を見せず、彼は騒動の起こる街を見つめる。
「さて、どうする。FiVE? このままだと覚者は人を疑うぞ」
●工場
「ある街で一般人による覚者暴行事件が頻発しています。現在警察が捜査中ですが、夢見において憤怒者組織『良き隣人』が関わっていることが分かりました」
久方 真由美(nCL2000003)が新聞のスクラップを手渡しながら説明を始めた。
「彼らは飲料メーカーの工場の一つを抱き込んで、飲み物に薬を混入していたようです。
このまま放っておくと事件が拡大するばかりか、効果を実感した彼らが浄水場などに薬を混入することも考えられます。
皆さんには工場へ潜入してもらい、戦闘員を排除の上、工場の稼働の停止をお願いします。それと……」
小銃と思われるスケッチ画を見せながら彼女は説明を続ける。
「別の事件において、彼等は流通している物とは違う武器を持っていました、流通経路などを確かめたいので武器の確保もお願いします。
なお、確保した武器はすべて提出、私掠は認めません」
詳細の書かれた資料を渡しながら最後に真由美は口を開く。
「彼等の目的は分かりませんが、このままでは街一つだけの話では済まなくなります。早急な対処をお願いします」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.飲料工場の稼働を停止
2.敵戦闘員の排除
3.敵の銃火器の鹵獲
2.敵戦闘員の排除
3.敵の銃火器の鹵獲
どうも塩見です。
今回は街を巻き込んだ異物混入を行っている工場での戦闘と異物混入を防いでください。
詳細は以下の通りです。
●飲料メーカー工場
ある飲料メーカーの工場です。
薬を混入しているのは工場内の独立した一区画、ここ最近の事件などを含めて警備員(と称した憤怒者)が区画入り口と工場内部を警護しています。
地図の詳細などは夢見でも確認できませんでした。
●薬
ある種の興奮剤みたいなもので、コンプレックスを刺激して攻撃的になる作用をもたらします。
覚者の身体ではすぐ解毒されるため、一般人しか影響は受けません。
薬は原材料に使われている水に混入されています。
●警備員(と称した憤怒者)
憤怒者組織『良き隣人』の戦闘員です。
5名1班編成で4班、総勢20名
1班が区画入り口を警護、1班が工場巡回、残り2班が待機という状況です。
●敵能力
戦闘員A(各班4名)
・アサルトライフルカグツチ
単射:物遠単
連射:物遠列
・物攻強化・壱
・物防強化・壱
・速度強化・壱
戦闘員B(リーダー格、各班1名)
・K-10対覚者狙撃銃:物遠単[貫2][貫:100%,50%]
・物攻強化・壱
・物防強化・壱
・速度強化・壱
工場長(工場内区画にて執務中)
・ピストル
では、皆さんよろしくおねがいします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年06月23日
2016年06月23日
■メイン参加者 8人■

●探り
鳥系の守護使役が空高く10メートル下の土地を見下ろしている。
『騎士見習い?』天堂・フィオナ(CL2001421)と視覚を共有したジークフリードは主人の意に沿って飲料品工場にある独立した区画らしき建物の見当をつける。
「そろそろ、ちかく、なる。五人、固まってる、よ」
桂木・日那乃(CL2000941)が探査した範囲内に人としての感情を持つものが五つあることを確認して注意を促す。
(おいおい! なんでこんなんで争ってんだ! 完全にファイブのとばっちりっつーか、おせっかいっつーか!)
実家が寺の『ギミックナイフ』切裂 ジャック(CL2001403)は心の中で呟きながらも覚者達に続く。彼にとってはFiVEと憤怒者が争うという状況は釈然としないものなのであろう。右手に持った錫杖に吊るされた人形を見るが何も答えない。
「良き隣人ね、全く敵なのか味方なのかさっぱりだわ。飲み物汚染なんてニッチな方法使うわね、一体いつの時代の考えよ」
『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が悪態をつきながらも機械化した腕は大太刀鬼桜に近づいている、そろそろ目標の区画に近づいている。戦闘に供えないといけない。
「何にしても……」
『鬼灯の鎌鼬』椿屋 ツバメ(CL2001351)が行動を促すように答える。
「今回は薬物混入飲料の証拠を掴む事、工場の稼働停止、敵の殲滅、相手武器の確保と、やる事が山積みだ」
「そうじゃの」
深緋・幽霊男(CL2001229)の包帯から覗く目には力が感じられず、何かが冷たい。
「前に言うてた「本命」までの時間稼ぎ、ちゅー感じはするが……面白くないの」
けれど口調と裏腹にその足取りは慎重そのもの、出来る限り近づけるようにと所々に気遣いが現れる。
「穏便に済ませたい民はなし。じゃ、今日も楽しいヤクザウォーだね」
プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が呑気にそして物騒に呟いた。
(あっちは薬物テロ、こっちは家屋襲撃)
心中に思うは、一分の理もないただの武力闘争の構図が出来上がった事。向こうの思惑通りなのか……彼がそれを知るのは後の事。
かくして、覚者達は人々が働く工場の一区画へと近づくのであった。
●攻め込み
薬物を混入している施設は金網で仕切られた区画にあり、その入り口には詰所のような形で警備員が詰めている。
夢見によって得られなかった情報が近づくにつれて明らかになっていく。だが、それでも覚者達の方針は変わらない。彼らは警備員と称しているが敵対している憤怒者『良き隣人』の人間だからだ。
(良き隣人……また、一般人を巻き込んで!)
『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)の心中はこれまで戦ってきた憤怒者に対する怒りに満ちていた。
(狙いはわかりやすいけど、こんなやり方は巻き込まれた両方が救われない!)
故に止めなくてはいけない。
彼は他の皆と飛び出すと我一番と声を張り上げた。
「やい良き隣人! 僕たちFiVEがお前たちの悪巧みなんかぶっ潰してやるからなー!」
清爽とした風が流れ、覚者達の力が更に引き出される。
「FiVEだと! 本部に連絡しろ、プランFだ!」
少年に気づいた憤怒者が部下に指示を下すと自らも大型の狙撃銃を持ち、仲間とともに続く。統制された行動、まるで身体の一部のように無駄のない動きで武器を構える彼ら。
だが、覚者の動きは彼らを上回る。
ツバメが炎を醒めさせれば、フィオナは英霊の力を引き出し、プリンスは因子の力で自らを鋼の硬さへと高めていく。
幽霊男の持つカトラスのフリントが落ち、痺れを付与された弾丸が憤怒者へと浴びせかけられ、飛び出した零の大太刀が刀身に見合わない速度で舞うと男が一人崩れ落ちる。さらに追い打ちをかける様にジャックの破眼の光が銃弾を受けた男を射抜き、呪いを以て動きを戒める。
だが動ける憤怒者も二名が突撃銃を連射し、前に立つ覚者へと反撃の銃火を叩き込むと、続いて隊長格の男が狙撃銃の引鉄を絞る。銃身に痕を刻まれ螺旋に捻じられた鉛が硝煙を纏ってフィオナを貫き、そして後ろに下がった零の肌に傷をつける。
「……戦争の好きなひとは、迷惑」
後ろで控えていた日那乃がフィオナへ回復を施す、潤しの滴の力により彼女の傷がみるみると癒えていく。
間髪入れず金髪の王子が躍り出て跳ね上げるようにインフレブリンガーを振りまわし、そして一人奥へと走っていく。
「そういう作戦か!?」
「ちがうぞよ」
立ち上がる隊長格の声を包帯の女は銃撃を以て否定した。
独断専行による、二面行動。乱れたチームワークは作戦の崩壊を意味し、孤立した者のリスクは大きい。けれどプリンスはそれを選んだ、そうしないといけない理由があるのだ!
突然の行動に半ば呆然とする覚者達だが、銃声が現実へと引き戻す。伝説の剣と同じ銘を持つフィオナの長剣が腹を打ち、ツバメの疾風のような大鎌の一撃がさらに一人を薙ぎ倒す。そして小唄の蹴りが隊長格の男の顎を蹴り上げたところで、憤怒者は全て沈黙した。
●避難そして
無力化した憤怒者から武器を回収する覚者。日那乃は守護使役に持たせようと試みるが、試されたマリンは武器の下敷きになり、隙間からするりと脱出している。
その時だった、彼女の頭に響く複数の感情。人が多すぎるため精度がぼやけてどんな感情かは判断できないが警戒する必要はあった。
それを聞き、戦闘態勢を整える覚者。だがやってきたのは――。
「こっちです! ここから避難してください」
警備員に扮した『良き隣人』が連れてきた工場の作業員であった。
夢見が正確に判断できなかったのもあるが、覚者達はある存在を忘れていた。
工場が稼働しているなら、それを動かす人間がいる事。憤怒者が警備員に扮している事。そして作業員が自分達が何も知らずに仕事をしているという可能性。そんな彼らが見たのが警備員から武器を奪い取っている覚者の集団。人々の意思が凍り付くのが全員に伝わった。
「こちらへ! 隔者には我々が対処します。皆さんは工場内へ逃げてください!」
目の前に起きた惨状に固まる人々を誘導するのは人の心を惑わす憤怒者の集団。神秘を探り妖や隔者から人々を守るFiVE達は対抗する方法を持っていたが、対策自体を頭に入れていなかった。故に彼らが恐怖の目で自分達を見つめ、逃げていくのを成す術もなく見ていることしかできなかった。
「さて……俺達は隔者排除の犠牲となろうか」
『良き隣人』の一人が銃の安全装置を外す。立ちふさがるのは五人、二つの意味で勝敗の明らかな戦いが始まろうとしていた。
一方、先んじて工場内に入り込んだプリンスは喧噪を耳にしながらも工場内を進む。一般人を巻き込んだ『良き隣人』の行動があった故か、邪魔するものも無く、目指している場所の扉を見つけると大槌の一撃を叩き込み、自国の通貨となった扉だったものを踏み越える。
「こんにちは、余だよ!手を上げて、そして敬愛して」
「敬愛っ!?」
こめかみに銃を突き付けて自分なりの責任をとろうとした男はその言葉に呆気にとられ、そして銃を弾き飛ばされる。
「あっ……!」
違う形での責任を取る必要を悟った男は諦めたかのように両手を上げる。
「外うるさいけどゆっくりお茶でも飲もうよ。余、お茶請けはヨウカン派だよ」
「殺さないのか?」
「殺さないよ、貴公にはしてほしいことがあるからね。あとヨウカン早く」
「まずは羊羹なんだ……」
男――工場長はペースを乱され、言われるまま羊羹のある冷蔵庫へと歩いて行った。
●責任の取り方
「本当ならちゃんとした茶を入れるべきなんだろうけど、責任を取ろうと一人で来ているんだ、缶のお茶で我慢してくれ……ああ、件の薬は入っていないよ」
自嘲の笑みを浮かべた工場長は応接用のソファに座ると缶のブルタブを開くと言葉を続ける。
「さて、君は私に何を望む」
「先に言っとくが死にたくなかったら逃げてええんだからな!!」
ジャックの破眼光が憤怒者を貫き、その場に膝を着かせる。
「そんなことをしたら、ひとびとをまもれないじゃないですかー」
棒読みで答える憤怒者の銃から炎が吐き出される。
「なあ、教えてくれ!」
フィオナが問う、力ある者としての力無き人を守る、それを義務とする騎士にとっては憤怒者は異質の存在であるのだろう。
「貴方達は何に対して怒っているんだ?」
「君が友人や誰かが死んだとき『しょうがない』と言えるようになったら教えてやるよ」
「いや、いい」
否定の言葉とともに包帯姿の女が持つカトラスから無数の薬莢が落ち、地面に跳ねる。
「要は『ゲーム』なんじゃろな」
動かなくなった男達を見下ろして幽霊男が呟いた。
「……行こう、工場を止めなきゃ」
憤怒者を制圧したことを確認した小唄が先んじて歩を進める。他の覚者達もそれに続き工場へと入っていった。
「貴公には警察の保護と隣人の計画を公表してもらうよ」
羊羹を一口で食べてからプリンスは口を開く、口元に着いた残りを舌で舐め、お茶を飲むと話を続けた。
「あすこ、自分で火付けてるくせに責任はよそに押し付けるブラックテロリストなんだから。
大丈夫、後悔してる時点で貴公はあっち側に行かない民だよ。もう会えないなら、尚更ご家族の好きそうな貴公でいようよ」
「家族の好きそうな……か」
工場長は天を仰ぐ、その心中に浮かぶのは何だろうか。プリンスは想像しようと思ったが考えるのをやめた。
「分かった、君の言う通りにするよ」
説得が成功したことを確信しプリンスが送受心・改にて状況を知らせようとしたとき、工場内を警報が鳴る。
――それは区画だけでなく工場全体に響き渡った。
●火に油を注ぐ
遅れて工場に入った覚者達。朔太郎の力で嗅覚を引き上げた幽霊男が最後尾を備え、危険予知を持つ零が罠に備える。日那乃も感情探知を適宜使うことで奇襲に備え、フィオナのジークフリードが狭い天井を飛びつつルートを探る。
情報不足による地の利の不安をスキルと守護使役に補う覚者に対し、憤怒者は奇襲ではなく待ち伏せで対抗した。
射程距離ギリギリから襲う、鉄製の安物の弾丸。
「あんた達、一体何がしたいのかさっぱりね」
弾丸を防ぐ大太刀の刀身から見えるのは零の赤い瞳。
「まるで七星剣と変わらないわ」
攻撃に対抗するようにジャックの第三の眼が光る。
「おい、隣人ども! お前ら餓鬼みたいな理由で構ってちゃん気取るならもっとマシな理由思いつけよな!? 俺らだっていつまでも付き合わねーぞ!!」
「だったら、付き合わなくても良いんだぜ、そうすればこっちはスムーズに仕事ができる。そしてお前達は何もしない力を持った集団として警戒される」
隊長格の男が答えを返し、五名の男達が後退して射撃をする。その銃弾を掻い潜り小唄とフィオナ、そしてツバメが走り、他が続く。
射程距離ギリギリの攻撃でも覚者達が移動に集中すれば、いつかはたどり着き、攻撃を加えることが出来る。憤怒者が逃げることに集中してもスタミナの差が出て、やはり追いつかれる。けれど……。
「後ろに、五人いる、よ」
日那乃が後ろに控えていた憤怒者の感情を探査し、警告の声を上げる。彼女の言う通り、別に五名の憤怒者が後方に控えていた。その距離は――20メートル。同時に覚者に相対していた憤怒者が背を向けて全力で走り出し、それを援護するかのように後ろに控えていた憤怒者の銃が火を噴いた。
片方が射撃をする間にもう片方が後退する。力は無くとも数で勝る憤怒者が取った行動は基本的な後退戦術であった。
それを打ち破ることが出来るのは敵を上回る機動性を発揮するか、敵より射程の長い武器を持つこと。けれど神具、スキルとも射程の限界が決まっており、人数で劣る覚者に出来る方法は全力で距離を詰め、相手の機先を制しての攻撃のみ。
そしてそれをいとわない少年がいた。
「僕が惹きつけてる間に倒せるなら――」
相手の懐に飛び込むと狐が跳ねる。
「それはそれでいい!」
拳を一撃、二撃と受け、倒れ行く憤怒者に目もくれず、見開く瞳は銃を構え下がる男達へ。『良き隣人』への怒りが彼をそうさせるのか?
だが、考察している暇はない。フィオナがツバメがそして零が同じように走り、そして機先を制そうと攻撃を加えていく。
途中、銃撃で傷つき回復の為に動きを止めることはあるが、それでも覚者達は憤怒者を追い詰め、戦場は工場内の通路から作業員が避難のために停止させた飲料物の製造ラインへと移っていく。
ここでツバメは行動を変えていく。確実に敵に攻撃を加えるために工場の機器へと炎撃を込めた大鎌の一撃を叩き込んだのだ。
広範囲への行動を狙っての行動。だが炎の一撃は一つの目標へのみ攻撃する技。例え複数を攻撃できる大鎌と言えど、憤怒者を巻き込むことは出来ない。
そして工場の機器を炎で攻撃するという事のリスクを知るべきであった。
範囲を広げようと想定しての攻撃は自然と延焼を招き、被害を拡大する。彼等の居る場所が炎を包まれ、警報が鳴り響く。それは独立された区画だけでなく、工場全てに。そして『良き隣人』は作業員を工場内へと避難させていた。
警報音に混じり、恐怖を紛らわすために悲鳴や叫び声が響く。幸いにも製造ラインからの火災の為、人々は覚者達の姿を見ることは無かったが、もし目撃されていた場合は隔者のそしりを受けても仕方がない行動であったろう。
スプリンクラーが作動し、炎を消していく。零が言葉にワーズワースを乗せ憤怒者へと向ける。その髪は水を吸って重たくなっていた。
「逃げたいなら逃げてもいいのよ。倒されたいやつから死ぬ気でかかってきなさいよ」
「…………」
沈黙する憤怒者、彼らも戦えるのは五名を数えるのみ。そして『良き隣人』にとってはこの状況は自分達のやり方が成功しているも同然だった。
「じゃあ、そうさせてもらう」
故に男の一人が口を開くと、憤怒者は武器を構えながらゆっくりと下がり、やがて距離が開いたのを確認すると背中を向けて撤退した。
「要は『ゲーム』なんじゃろな」
逃げていく憤怒者を見ながら、幽霊男が工場に入る前に呟いた言葉を再び呟く。
「色んな意味で相手を叩き潰したのが勝ちちゅう」
エレクトロテクニカにてまだ稼働していた機械を止めるその心の中で、苦虫をかみつぶすような気分になるのを包帯の女は自覚する。
プリンスからの送受信・改が届いたのは丁度その時だった。
●後始末
プリンスは保護と証言の為に工場長を警察に引き渡そうと考えていた。しかし、やってきたのはAAA。例え憤怒者相手でもFiVEが関わる以上は五行犯罪の類となる、またFiVEの後方支援の事も考えるとAAAが動き出すのは当然の事であった。
「工場長を確保してくれたのは大きな収穫ですね、ですが工場の機械を破壊したのは拙いですよ」
現場を指揮するAAAの隊員が覚者達に問いかけた。丸眼鏡をかけて、事務が得意そうな風体である。
「今回の事は隔者がやったことになるでしょう、後々工場長の証言も出せますから。しかしこの街で起こっている事件を踏まえると覚者と非覚者の溝は一時的にですが深まります」
彼の言葉を零はつまらなそうに聞き流し、ジャックは顔を抑え、ツバメと小唄は唇を噛み、プリンスは相手の思惑にはまったことを確信する。
「私達のやったことは間違いだったというのか……!?」
フィオナが問いかける。AAAの男は頭を振って答える。
「間違いではありません。おかげでこの街で起こる事件は無くなるでしょう。ですが……今回の結果は彼ら『良き隣人』にとっても良い方向に動いたという事ですよ」
――我々の目的は君達を足場から崩し、孤立させること。
以前の報告書にて憤怒者の代表が答えた言葉。それを思い出したものはその意味を痛感する。
任務は達成された、恐らくはお互いに……。
鳥系の守護使役が空高く10メートル下の土地を見下ろしている。
『騎士見習い?』天堂・フィオナ(CL2001421)と視覚を共有したジークフリードは主人の意に沿って飲料品工場にある独立した区画らしき建物の見当をつける。
「そろそろ、ちかく、なる。五人、固まってる、よ」
桂木・日那乃(CL2000941)が探査した範囲内に人としての感情を持つものが五つあることを確認して注意を促す。
(おいおい! なんでこんなんで争ってんだ! 完全にファイブのとばっちりっつーか、おせっかいっつーか!)
実家が寺の『ギミックナイフ』切裂 ジャック(CL2001403)は心の中で呟きながらも覚者達に続く。彼にとってはFiVEと憤怒者が争うという状況は釈然としないものなのであろう。右手に持った錫杖に吊るされた人形を見るが何も答えない。
「良き隣人ね、全く敵なのか味方なのかさっぱりだわ。飲み物汚染なんてニッチな方法使うわね、一体いつの時代の考えよ」
『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が悪態をつきながらも機械化した腕は大太刀鬼桜に近づいている、そろそろ目標の区画に近づいている。戦闘に供えないといけない。
「何にしても……」
『鬼灯の鎌鼬』椿屋 ツバメ(CL2001351)が行動を促すように答える。
「今回は薬物混入飲料の証拠を掴む事、工場の稼働停止、敵の殲滅、相手武器の確保と、やる事が山積みだ」
「そうじゃの」
深緋・幽霊男(CL2001229)の包帯から覗く目には力が感じられず、何かが冷たい。
「前に言うてた「本命」までの時間稼ぎ、ちゅー感じはするが……面白くないの」
けれど口調と裏腹にその足取りは慎重そのもの、出来る限り近づけるようにと所々に気遣いが現れる。
「穏便に済ませたい民はなし。じゃ、今日も楽しいヤクザウォーだね」
プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が呑気にそして物騒に呟いた。
(あっちは薬物テロ、こっちは家屋襲撃)
心中に思うは、一分の理もないただの武力闘争の構図が出来上がった事。向こうの思惑通りなのか……彼がそれを知るのは後の事。
かくして、覚者達は人々が働く工場の一区画へと近づくのであった。
●攻め込み
薬物を混入している施設は金網で仕切られた区画にあり、その入り口には詰所のような形で警備員が詰めている。
夢見によって得られなかった情報が近づくにつれて明らかになっていく。だが、それでも覚者達の方針は変わらない。彼らは警備員と称しているが敵対している憤怒者『良き隣人』の人間だからだ。
(良き隣人……また、一般人を巻き込んで!)
『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)の心中はこれまで戦ってきた憤怒者に対する怒りに満ちていた。
(狙いはわかりやすいけど、こんなやり方は巻き込まれた両方が救われない!)
故に止めなくてはいけない。
彼は他の皆と飛び出すと我一番と声を張り上げた。
「やい良き隣人! 僕たちFiVEがお前たちの悪巧みなんかぶっ潰してやるからなー!」
清爽とした風が流れ、覚者達の力が更に引き出される。
「FiVEだと! 本部に連絡しろ、プランFだ!」
少年に気づいた憤怒者が部下に指示を下すと自らも大型の狙撃銃を持ち、仲間とともに続く。統制された行動、まるで身体の一部のように無駄のない動きで武器を構える彼ら。
だが、覚者の動きは彼らを上回る。
ツバメが炎を醒めさせれば、フィオナは英霊の力を引き出し、プリンスは因子の力で自らを鋼の硬さへと高めていく。
幽霊男の持つカトラスのフリントが落ち、痺れを付与された弾丸が憤怒者へと浴びせかけられ、飛び出した零の大太刀が刀身に見合わない速度で舞うと男が一人崩れ落ちる。さらに追い打ちをかける様にジャックの破眼の光が銃弾を受けた男を射抜き、呪いを以て動きを戒める。
だが動ける憤怒者も二名が突撃銃を連射し、前に立つ覚者へと反撃の銃火を叩き込むと、続いて隊長格の男が狙撃銃の引鉄を絞る。銃身に痕を刻まれ螺旋に捻じられた鉛が硝煙を纏ってフィオナを貫き、そして後ろに下がった零の肌に傷をつける。
「……戦争の好きなひとは、迷惑」
後ろで控えていた日那乃がフィオナへ回復を施す、潤しの滴の力により彼女の傷がみるみると癒えていく。
間髪入れず金髪の王子が躍り出て跳ね上げるようにインフレブリンガーを振りまわし、そして一人奥へと走っていく。
「そういう作戦か!?」
「ちがうぞよ」
立ち上がる隊長格の声を包帯の女は銃撃を以て否定した。
独断専行による、二面行動。乱れたチームワークは作戦の崩壊を意味し、孤立した者のリスクは大きい。けれどプリンスはそれを選んだ、そうしないといけない理由があるのだ!
突然の行動に半ば呆然とする覚者達だが、銃声が現実へと引き戻す。伝説の剣と同じ銘を持つフィオナの長剣が腹を打ち、ツバメの疾風のような大鎌の一撃がさらに一人を薙ぎ倒す。そして小唄の蹴りが隊長格の男の顎を蹴り上げたところで、憤怒者は全て沈黙した。
●避難そして
無力化した憤怒者から武器を回収する覚者。日那乃は守護使役に持たせようと試みるが、試されたマリンは武器の下敷きになり、隙間からするりと脱出している。
その時だった、彼女の頭に響く複数の感情。人が多すぎるため精度がぼやけてどんな感情かは判断できないが警戒する必要はあった。
それを聞き、戦闘態勢を整える覚者。だがやってきたのは――。
「こっちです! ここから避難してください」
警備員に扮した『良き隣人』が連れてきた工場の作業員であった。
夢見が正確に判断できなかったのもあるが、覚者達はある存在を忘れていた。
工場が稼働しているなら、それを動かす人間がいる事。憤怒者が警備員に扮している事。そして作業員が自分達が何も知らずに仕事をしているという可能性。そんな彼らが見たのが警備員から武器を奪い取っている覚者の集団。人々の意思が凍り付くのが全員に伝わった。
「こちらへ! 隔者には我々が対処します。皆さんは工場内へ逃げてください!」
目の前に起きた惨状に固まる人々を誘導するのは人の心を惑わす憤怒者の集団。神秘を探り妖や隔者から人々を守るFiVE達は対抗する方法を持っていたが、対策自体を頭に入れていなかった。故に彼らが恐怖の目で自分達を見つめ、逃げていくのを成す術もなく見ていることしかできなかった。
「さて……俺達は隔者排除の犠牲となろうか」
『良き隣人』の一人が銃の安全装置を外す。立ちふさがるのは五人、二つの意味で勝敗の明らかな戦いが始まろうとしていた。
一方、先んじて工場内に入り込んだプリンスは喧噪を耳にしながらも工場内を進む。一般人を巻き込んだ『良き隣人』の行動があった故か、邪魔するものも無く、目指している場所の扉を見つけると大槌の一撃を叩き込み、自国の通貨となった扉だったものを踏み越える。
「こんにちは、余だよ!手を上げて、そして敬愛して」
「敬愛っ!?」
こめかみに銃を突き付けて自分なりの責任をとろうとした男はその言葉に呆気にとられ、そして銃を弾き飛ばされる。
「あっ……!」
違う形での責任を取る必要を悟った男は諦めたかのように両手を上げる。
「外うるさいけどゆっくりお茶でも飲もうよ。余、お茶請けはヨウカン派だよ」
「殺さないのか?」
「殺さないよ、貴公にはしてほしいことがあるからね。あとヨウカン早く」
「まずは羊羹なんだ……」
男――工場長はペースを乱され、言われるまま羊羹のある冷蔵庫へと歩いて行った。
●責任の取り方
「本当ならちゃんとした茶を入れるべきなんだろうけど、責任を取ろうと一人で来ているんだ、缶のお茶で我慢してくれ……ああ、件の薬は入っていないよ」
自嘲の笑みを浮かべた工場長は応接用のソファに座ると缶のブルタブを開くと言葉を続ける。
「さて、君は私に何を望む」
「先に言っとくが死にたくなかったら逃げてええんだからな!!」
ジャックの破眼光が憤怒者を貫き、その場に膝を着かせる。
「そんなことをしたら、ひとびとをまもれないじゃないですかー」
棒読みで答える憤怒者の銃から炎が吐き出される。
「なあ、教えてくれ!」
フィオナが問う、力ある者としての力無き人を守る、それを義務とする騎士にとっては憤怒者は異質の存在であるのだろう。
「貴方達は何に対して怒っているんだ?」
「君が友人や誰かが死んだとき『しょうがない』と言えるようになったら教えてやるよ」
「いや、いい」
否定の言葉とともに包帯姿の女が持つカトラスから無数の薬莢が落ち、地面に跳ねる。
「要は『ゲーム』なんじゃろな」
動かなくなった男達を見下ろして幽霊男が呟いた。
「……行こう、工場を止めなきゃ」
憤怒者を制圧したことを確認した小唄が先んじて歩を進める。他の覚者達もそれに続き工場へと入っていった。
「貴公には警察の保護と隣人の計画を公表してもらうよ」
羊羹を一口で食べてからプリンスは口を開く、口元に着いた残りを舌で舐め、お茶を飲むと話を続けた。
「あすこ、自分で火付けてるくせに責任はよそに押し付けるブラックテロリストなんだから。
大丈夫、後悔してる時点で貴公はあっち側に行かない民だよ。もう会えないなら、尚更ご家族の好きそうな貴公でいようよ」
「家族の好きそうな……か」
工場長は天を仰ぐ、その心中に浮かぶのは何だろうか。プリンスは想像しようと思ったが考えるのをやめた。
「分かった、君の言う通りにするよ」
説得が成功したことを確信しプリンスが送受心・改にて状況を知らせようとしたとき、工場内を警報が鳴る。
――それは区画だけでなく工場全体に響き渡った。
●火に油を注ぐ
遅れて工場に入った覚者達。朔太郎の力で嗅覚を引き上げた幽霊男が最後尾を備え、危険予知を持つ零が罠に備える。日那乃も感情探知を適宜使うことで奇襲に備え、フィオナのジークフリードが狭い天井を飛びつつルートを探る。
情報不足による地の利の不安をスキルと守護使役に補う覚者に対し、憤怒者は奇襲ではなく待ち伏せで対抗した。
射程距離ギリギリから襲う、鉄製の安物の弾丸。
「あんた達、一体何がしたいのかさっぱりね」
弾丸を防ぐ大太刀の刀身から見えるのは零の赤い瞳。
「まるで七星剣と変わらないわ」
攻撃に対抗するようにジャックの第三の眼が光る。
「おい、隣人ども! お前ら餓鬼みたいな理由で構ってちゃん気取るならもっとマシな理由思いつけよな!? 俺らだっていつまでも付き合わねーぞ!!」
「だったら、付き合わなくても良いんだぜ、そうすればこっちはスムーズに仕事ができる。そしてお前達は何もしない力を持った集団として警戒される」
隊長格の男が答えを返し、五名の男達が後退して射撃をする。その銃弾を掻い潜り小唄とフィオナ、そしてツバメが走り、他が続く。
射程距離ギリギリの攻撃でも覚者達が移動に集中すれば、いつかはたどり着き、攻撃を加えることが出来る。憤怒者が逃げることに集中してもスタミナの差が出て、やはり追いつかれる。けれど……。
「後ろに、五人いる、よ」
日那乃が後ろに控えていた憤怒者の感情を探査し、警告の声を上げる。彼女の言う通り、別に五名の憤怒者が後方に控えていた。その距離は――20メートル。同時に覚者に相対していた憤怒者が背を向けて全力で走り出し、それを援護するかのように後ろに控えていた憤怒者の銃が火を噴いた。
片方が射撃をする間にもう片方が後退する。力は無くとも数で勝る憤怒者が取った行動は基本的な後退戦術であった。
それを打ち破ることが出来るのは敵を上回る機動性を発揮するか、敵より射程の長い武器を持つこと。けれど神具、スキルとも射程の限界が決まっており、人数で劣る覚者に出来る方法は全力で距離を詰め、相手の機先を制しての攻撃のみ。
そしてそれをいとわない少年がいた。
「僕が惹きつけてる間に倒せるなら――」
相手の懐に飛び込むと狐が跳ねる。
「それはそれでいい!」
拳を一撃、二撃と受け、倒れ行く憤怒者に目もくれず、見開く瞳は銃を構え下がる男達へ。『良き隣人』への怒りが彼をそうさせるのか?
だが、考察している暇はない。フィオナがツバメがそして零が同じように走り、そして機先を制そうと攻撃を加えていく。
途中、銃撃で傷つき回復の為に動きを止めることはあるが、それでも覚者達は憤怒者を追い詰め、戦場は工場内の通路から作業員が避難のために停止させた飲料物の製造ラインへと移っていく。
ここでツバメは行動を変えていく。確実に敵に攻撃を加えるために工場の機器へと炎撃を込めた大鎌の一撃を叩き込んだのだ。
広範囲への行動を狙っての行動。だが炎の一撃は一つの目標へのみ攻撃する技。例え複数を攻撃できる大鎌と言えど、憤怒者を巻き込むことは出来ない。
そして工場の機器を炎で攻撃するという事のリスクを知るべきであった。
範囲を広げようと想定しての攻撃は自然と延焼を招き、被害を拡大する。彼等の居る場所が炎を包まれ、警報が鳴り響く。それは独立された区画だけでなく、工場全てに。そして『良き隣人』は作業員を工場内へと避難させていた。
警報音に混じり、恐怖を紛らわすために悲鳴や叫び声が響く。幸いにも製造ラインからの火災の為、人々は覚者達の姿を見ることは無かったが、もし目撃されていた場合は隔者のそしりを受けても仕方がない行動であったろう。
スプリンクラーが作動し、炎を消していく。零が言葉にワーズワースを乗せ憤怒者へと向ける。その髪は水を吸って重たくなっていた。
「逃げたいなら逃げてもいいのよ。倒されたいやつから死ぬ気でかかってきなさいよ」
「…………」
沈黙する憤怒者、彼らも戦えるのは五名を数えるのみ。そして『良き隣人』にとってはこの状況は自分達のやり方が成功しているも同然だった。
「じゃあ、そうさせてもらう」
故に男の一人が口を開くと、憤怒者は武器を構えながらゆっくりと下がり、やがて距離が開いたのを確認すると背中を向けて撤退した。
「要は『ゲーム』なんじゃろな」
逃げていく憤怒者を見ながら、幽霊男が工場に入る前に呟いた言葉を再び呟く。
「色んな意味で相手を叩き潰したのが勝ちちゅう」
エレクトロテクニカにてまだ稼働していた機械を止めるその心の中で、苦虫をかみつぶすような気分になるのを包帯の女は自覚する。
プリンスからの送受信・改が届いたのは丁度その時だった。
●後始末
プリンスは保護と証言の為に工場長を警察に引き渡そうと考えていた。しかし、やってきたのはAAA。例え憤怒者相手でもFiVEが関わる以上は五行犯罪の類となる、またFiVEの後方支援の事も考えるとAAAが動き出すのは当然の事であった。
「工場長を確保してくれたのは大きな収穫ですね、ですが工場の機械を破壊したのは拙いですよ」
現場を指揮するAAAの隊員が覚者達に問いかけた。丸眼鏡をかけて、事務が得意そうな風体である。
「今回の事は隔者がやったことになるでしょう、後々工場長の証言も出せますから。しかしこの街で起こっている事件を踏まえると覚者と非覚者の溝は一時的にですが深まります」
彼の言葉を零はつまらなそうに聞き流し、ジャックは顔を抑え、ツバメと小唄は唇を噛み、プリンスは相手の思惑にはまったことを確信する。
「私達のやったことは間違いだったというのか……!?」
フィオナが問いかける。AAAの男は頭を振って答える。
「間違いではありません。おかげでこの街で起こる事件は無くなるでしょう。ですが……今回の結果は彼ら『良き隣人』にとっても良い方向に動いたという事ですよ」
――我々の目的は君達を足場から崩し、孤立させること。
以前の報告書にて憤怒者の代表が答えた言葉。それを思い出したものはその意味を痛感する。
任務は達成された、恐らくはお互いに……。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
