平安京のビブロフィリア~文車妖妃をおもてなし~
平安京のビブロフィリア~文車妖妃をおもてなし~


●平安京のビブロフィリア
 宵闇の街に蕎麦薫る。
 古妖“燈無蕎麦”にして“消えずの行灯”である狸娘 燈無 二八(あかりなし にや)は蕎麦屋台の仕込みに精を出していた。面持ちは明るげで小唄を口ずさんで意気揚々としている。
 つと見やれば、いつしか夜霧が三寸先もおぼつかないほど濃くなっていた。
 二八は不審に思い、暖簾を下ろして目を凝らす。
「なんでい、化け狸の縄張りと知ってのことかい?」
 暖簾を真一文字に振り払えば、ぶわっと突風が吹き荒んでたちどころに夜霧が張れていく。
 夜霧の奥底に隠れていたのは屋台――いや、文車(ふぐるま)という書物を運ぶ為の荷車であった。
 ぞわっと毛を逆立て、二八は恐れ慄く。
「て、てやんでえ! なんでえこんな古臭ぇもん!」
 否。古臭い――というのは裏返せば、それだけ出自が古く、今なお健在となれば信じがたいほど強大な古妖であっても不思議ではない。
 その証左に、文車は黒の漆塗りに金箔、公家の紋様と格式高い絢爛な作りである。
 文車、あるいは文倉といった移動文庫は室町時代には廃れた古い道具だ。鎌倉時代の後期から室町時代にかけて、堅牢な土倉が広まって耐火性などが向上したことにより徐々に姿を消していったとされている。おそらく平安時代、千年余りは昔の道具やもしれない。
 文車は平安時代の貴族などにとって、災害時に貴重な文章や蔵書を運び出すために必要不可欠なものであった。そもそも昔は書物が大変に貴重であり、朝廷の公文書や舶来の経典ともなれば国家の一財だ。また非常時のみでなく、使用頻度の高い文書や写本は文庫ではなく文車を用い、転居や急な召集の備えを兼ねて日常的に用いられるなど公家社会を支える道具のひとつであった。
 江戸時代に名を馳せた化け狸の、その三代目として大正時代に生まれた二八は半ば現代人と大差ない歴史的感覚の持ち主であって、実物の文車――それにまつわる古妖など想像だにできない存在だ。
「もし、そこの方」
 浅霧の中、人影が薄ぼんやりとみえる。言の葉ひとつとっても、何だか雅な雰囲気を帯びている。
 ――だもんで、思わず、
「ははーっ!」
 と、町民根性まる出しで平伏してしまった。小物ここに極まれり。
「どうぞ面を挙げてください。左様な時代ではございませんよ。貴族平民の区分はとうに終わりを告げたのだと、ものの本にも書いてあります」
「へ、へい」
 おそるおそる尊顔を拝した二八は、しかしてやはり高貴さは顔立ちに表れるものだと唾を飲む。
「私は文車妖妃――と、申します」
 あたかも天女の羽衣が如く、巻物を纏った着物姿――白絹の肌の何と優美で妖しきことか。
 艶やかな長き黒髪、浅霧では隠し通せぬ雪解けの清流のような顔貌には思わず二八も見惚れて、言葉を失ってしまう。それでいて柔和な物腰なのだ。
「燈無 二八様、貴方に道案内をお頼みしたいのですが、よろしいですか?」
「へい! どこへなりともお連れしやす!」
 威勢のよい二八の返事に、くすりと控えめに文車妖妃は微笑して。
「では、五麟学園へ」


 私立五麟学園。五麟大学考古学研究所。
 『F.i.V.E』は五麟大学が擁する考古学研究所の内部に本拠点を構えている。特殊警備員が配置された此処は一般人立ち入り禁止となっており、入れるのはF.i.V.E所属の覚者のみだ。
 ――当然、見るからに怪しい古妖など門前払いだ。
「てやんでえ! オイラはさておきこのやんごとなきお方が悪党だってーのかテメェ!」
「ですから、今責任者に許可を取りにだね」
 そんな折に、貴方たち一行は偶然、居合わせたのである。
 門前で、警備員ともめている狸娘――と牛のいない牛車っぽいものが立ち往生している。
「あれ? そば屋の二八ちゃん?」
 過去の依頼の流れによって、五麟学園では口コミで二八の蕎麦屋は知る人ぞ知る店となっている為、来客の顔見知りは少なくないようだ。
 一行の口添えもあって、二八達は特別に考古学研究所へ案内される。

 翌日、F.i.V.Eの依頼案内が届く。
 依頼内容は――。
 ひとつ、文車妖妃を“おもてなし”すること。
 ひとつ、文車妖妃と共に“学術研究”を行うこと。
 ひとつ、文車妖妃の“交換条件”を解決すること。
 そう記されてた。
 さて、この依頼、貴方はどうしたものであろうか。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:簡単
■成功条件
1.文車妖妃を“おもてなし”すること
2.文車妖妃と共に“学術研究”を行うこと
3.文車妖妃の“交換条件”を解決すること
どうも、当方カモメのジョナサンと申します。
今回は交渉、交流、学術調査をメインにしたやさしめの依頼になります。

●状況
私立五鱗学園に本の国のお姫様がやってきた!
古妖“文車妖姫”は古くより京都に根ざす、友好的な古妖です。

文車妖姫は“古妖界の図書委員長”とも呼ばれています。
朝廷や公家に仕えてきた経緯もあって元々人間寄りな上、設立当初から五鱗学園と縁があります。
F.i.V.Eの存在はこれまで秘匿されていた為、認知したのはここ半年のことです。

今回、文車妖姫はF.i.V.Eとお互いに情報提供など協力関係を結ぶ交渉におとずれています。
神秘解明の一助となる為、ぜひとも味方につけたい古妖です。
文車妖姫との交渉をうまくまとめ、また学術調査を進めてください。

●目的
1、文車妖妃を“おもてなし”すること
2、文車妖妃と共に“学術研究”を行うこと
3、文車妖妃の“交換条件”を解決すること

順序は「1」「2」「3」の順にあたることをオススメします。

最重要は「3」の交換条件の解決、つまり交渉です。
とりたてて難しい交渉ではないですが、下手を打って破談とならないよう気をつけてください。

「1」は「3」の交渉を円滑に進める前準備です。
文車妖妃はF.i.V.Eの視察を求めており、F.i.V.Eという組織と本当に協力関係を結んでよいものか、確認したいそうです。
それぞれの考える形でF.i.V.Eや覚者についてアピールや歓待を行ってください。

「2」は、逆にF.i.V.E側として文車妖妃の有用性や真偽を見極めるためのテストです。
どのようなものでも構わないので、文車妖妃より有益な情報や学術に貢献する蔵書などを引き出してください。
今すぐに実用性がなくても、F.i.V.Eや考古学研究所にとって役立つものがあればOKです。

●交換条件

 文車妖妃の交換条件は、3つ。
『情報は提供するが、書物そのものを供与はしない』つまり、読んでもいいけど渡さない。
『代価として、相応の書物もしくは金銭を支払う』読む、借りる時はレンタル料を払ってください。
 この2つは直接、依頼上でどうこうせずとも自然と成り立つが――。

『文車の拡張・整備に協力する』
 この交換条件のみ、一行の手によって直接、解決する必要がある。

●古妖

 ・古妖『文車妖妃』文姫 (ふぐるまようひ)(あやひめ)
  古妖界の図書委員長こと文車妖姫は、平安生まれの古妖です。
  雅な貴族の振る舞いに柔らかな物腰というのは表の顔、蔵書を脅かす狼藉者や災害に対しては鬼姫と化して抗するといわれている。つまり、優しいけど怒らせると怖い人。
  酒呑童子と同時代に生まれたと自称しており、鎌倉後期に公家や朝廷の元を離れて野に下る。
  流浪の司書、彷徨う図書館として世を渡り歩いてきた為に貴賎を問わず、古今の蔵書に富む。
  なお、文姫は「ふぐるま」が言いづらいので略称、愛称として名乗っている。
  
  生粋のビブロフィリア。愛読家というより愛書家の為、内容より物品としてこだわる。
  物静かにみえるが得意分野では饒舌になるオタク気質をこじらせており幻滅する人もしばしば。
  元々は蔵書に宿る情念、とくに恋文にまつわる執念や怨念などを礎としていたので恋愛モノにも強い興味を示す、との噂もある。
  活動的ひきこもり。本質的にインドア派だが、趣味のためには喜々として出歩くタイプである。
  妖の登場以降、何か世に役立てないかと移動図書館の経営を考えている。
  
 ・文車
  妖術により見かけの何十倍、何百倍という書物を収め、運搬できる。動く大図書館である。
  しかし現在の文車の容量はとうに使い切ってしまっている。やむなく文庫に眠らせた蔵書が多く、二台目の文車として使える移動運搬手段を求めている。
  また、一代目の文車も長年引いていた雌牛が寿退社してしまったのでやむなく自分で引いていた。霧が立ち込めていたのは自分で運ぶ姿を見られたくなかった為だったりする。
  主に現代に流通する書籍類を扱い、移動図書館の運営に最適な二台目を求めている。
  
 ・古妖『何この狸?』燈無 二八
  文車妖妃のお付きの人。モブい。
  ちょっと前の報告書(ID:553)に何か書いてあった気がするけどF.i.V.Eの組織的には誰テメー。
  なにかやらかしたら泥船に乗っけて構内の池に沈めてもOKとの許可が出ている。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年06月18日

■メイン参加者 6人■



 いっそ黙殺してしまおうか。
 私立五麟学園。五麟大学考古学研究所。門前払いを受けるたぬき娘――燈無 二八を偶然に見かけてしまった『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)はそう目を細めた。
 警備員とのトラブルに首をつっこんでも厄介事が増えるに決っている。向こうが見つける前に気づかなかったことにして通り過ぎてもよかったが――。
「……誰かと思ったら燈無サン?」
「鈴駆のアネサン!」
 渡りに船と、泥船か否かも確かめずに二八はありすにすがりつく。
「どしたの、こんなところで。屋台は?」
「じつぁーかくかくしかじかで!」
「まるまるうまうま」
「とっつぁん! 明日はホームランでい! って訳でさぁ」
 二八が劇画調でシッポをバット代わりにフルスイング決めるが、ここは黙殺し。
「警備員さん、こちら『燈無蕎麦』の燈無二八サン。悪いヒトじゃないわ」
「燈無蕎麦、でありますか」
「そ。たぬたぬそばそば」
「ずるずるうまうま、でありますか! 失礼しました! どうぞお通りください!」
 警備員に案内されながら、文車妖妃は無事に門を通る。これにて一件落着だ。
 「ありやとございやす」と熱心に頭を下げる二八に対して、ありすは冷ややかに告げる。
「紹介の義務は果たしたし、帰っていいわよ、燈無サン」
「え」
「だって今日は蕎麦の屋台ないでしょ?」
 燈無蕎麦-屋台=何この狸。
「んな殺生な~!」
「……冗談よ。アナタ、ホントおちょくり甲斐あるわね?」


 朝靄に映る、おぼろなる影。
 都の名残深き小路にて、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は出迎える。客人――文車妖妃を。 
「お初にお目にかかります。文姫様。時任千陽と申します。どうぞ、文車をこちらへ」
 丁重に一礼を捧げて、大事なゲストとして文姫に自己紹介する。軍服に格式張ったお堅い調子は、しかして朝廷仕えの長い文姫には程よいらしい。
 文車を引いた千陽の隣を、ゆったりと文姫もついて歩く。平安の姫、大正の兵。朝靄は妙を隠す。
「時に姫君はどういった作家が好みですか? 自分は専ら、大正から昭倭初期の作家を好んでいます。太宰治や梶井基次郎、宮沢賢治が好きです」
「時任様、私は愛読家というより愛書家なので活版印刷の大衆小説は専門外にございます。適度に嗜んではおりましたが……太宰治は私の貸した金子を返さず熱海で豪遊したので嫌いです。本格的に」
「……せ、生前の太宰治に借金を踏み倒されるとは! 何とと羨ましい! 自分ならば給料三ヶ月分の札束が貸したまま返ってこずとも証文だけで孫の代まで語り継いだものを!」
「理解できません……本格的に」
 等と、軽く書物の雑談に興じた。
「して文姫様、一連の奈良の妖騒動についてはご存知ですか?」
「いえ、平城京の地に赴く折、少々見かけた程度にございます」
「なるほど。昨今は情勢が慌ただしく、御身に及びかねない災難も多くあります。イレヴンと七星剣の活発化も著しく、そうだ、古妖狩人の騒乱の際はどのように?」
「――かの狼藉者達であれば、これに」
 文車に手をかざすと、ひとりでに数冊の本が躍り出てきては空を舞い、千陽の眼前にて項を開く。
 驚愕に足を止める。
「これは……」
 人間だ。
 書物のページの中には、牢獄に繋がれた人間の挿絵が描かれていた。鉄格子の向こう側は、壁一面に本棚の置かれた狭い空間である。文面は名前と罪状が簡潔に書き記された文。ページが勝手にめくれていく。そこには今に至る来歴が物語仕立てに綴れている。
 幾つもの書物達の空白のページに、悲痛な訴えの台詞が今この瞬間にも記されていく。
「……古妖狩人というのは、この方々の属す組織でしょうか。私の命、私の書を脅かした狼藉者は“空書牢獄”に繋いでおきました。彼らはここで己の罪を償い、相応の刑期を務めた後に開放されるのです。与えられた書架を頼みに、何年と。何十年と。……努々、無闇な同情心を抱かれぬように」
「……無論です、文姫様」


 五麟学園、生徒会長。ただし、非公認。
 姫神 桃(CL2001376)は学園を代表する者として、文姫を案内することにした。
 各所を巡り、快弁を弾ませる桃の一挙一動を文姫はおだやかに眺め、微笑ましそうに佇む。
「あっちが購買部で、最近のトレンドは焼き鯖パン。こっちが軍部、そちらは忍部ね」
「しのぶ……? 昔の五麟とは大きく変わっているのですね」
「今の五麟学園は昔とはずいぶん変わってるかも。この時代、ここは覚者と普通の人が一緒に、普通に過ごせる大事な場所。いろんな人がいる分、へんてこなアレコレも多いけど」
「大好きなのですね、この学園が」
 陽だまりに満ちた階段の踊場であった為か。桃の不敵な微笑はのどかな陽の輝きに濡れていた。
「ですから帰る頃には文姫さんにも“大好き”のかけらをお土産に持ち帰りいただこうとおもって」
 桃の雫はきららと撥ねた。

 『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は歓迎の一曲を奏でる。
 ヴィオラを華麗に弾いてのける御菓子流の挨拶に、文姫も拍手を贈る。
「見事な演奏でございました。とても小学生とは思えません」
「え」
 現在地:小等部 音楽室。
「いえ、ほんの冗談です。現代の人々は発育がよく、長命です。平安時代では貴方の背丈は平均身長、誰がみても大人です」
「へ、平安」
 ひな壇の、お内裏さまの隣で綺羅びやかな衣を纏い、淑やかに座す己を御菓子は空想し。
「もしその時代に生きていたら、わたしは五人囃子がいいですね」
 そう小鼓を打った。
 さて、御菓子流のおもてなしは彼女の集めた希少な楽譜や音楽の学術書のお披露目だ。とりわけ、著名な音楽家のサイン入りの楽譜や洋楽の古い楽譜の原本などはその道の人も唸る代物といえる。これには文姫も歓喜そして喚起した。ビブロフィリアの“本”能を。
「……鑑賞させてください、“本”格的に」
 鑑定。
 白絹の手袋を着け、虫眼鏡を手にした文姫は骨董品や絵画を確かめる美術商のように集中する。
「ふむ、おや、これは本当に本物の……」
「あ、あのーもしもし?」
 御菓子の楽譜の“価値”を実感するにつれ、文姫の羽衣は大きく波打ち、興奮してみえる。
「きゃ……」
「きゃ?」
「キャ、キャッシュで」
 ブラックカードを震える手つきで掲示する文姫の熱い息遣い、煩悩渦巻く瞳。平安貴族然とした表の顔からは想像もつかぬ、裏の顔。文車妖妃の“本”質が駄々漏れだ。
「だ、ダメですからね! この楽譜はドイツのイッヒート楽団長に頂いたもので、こちらは……」
 どれだけ大切で手放せないものか、入手経緯を踏まえて懇切丁寧に説明することでどうにか文姫は御菓子のコレクション譲渡を断念する。
「私の蔵書は日本の古書が多く、西欧の書物は縁遠いのでございます。さらに音楽という専門分野の洋楽譜コレクションとなれば、本格的に、つい、一本釣りされてしまうもやむなきこと」
「わかりますよ、その心。わたしもスペインの質屋でこのヴィオラを見つけた時はどうあがいても所持金が足りなくて、実家に電話を掛けたんです」
『わたしわたし! じつはスペインで旅費がたりなくなっちゃって……うん、うん、そう、だから一億円を口座に振り込――ち、ちが、オレオレ詐欺じゃな! き、切られちゃった……』
 御菓子の愛器1697年製のヴィオラ『タラサ』は、同年代の楽器が競売の開始価格一千万はザラ、最高峰『プリムローズ』は開始三億円が相場と考えれば破格値で買えても数百万円ではきっと足りない。真偽のほどはさておき、ヴィオラ一億円事件を巡る御菓子スペイン旅行譚は“コレクターあるある”を交えることで文姫に大受けしたのだった。


 五麟学園の図書館は千差万別な来客が訪ねてくる。蔵書量、種類に富み、図書館としての機能も現代的に洗練されているので移動図書館の参考にもなる。
 にしたって、図書館の案内役がハリウッド映画や洋ゲーの主人公みたいな精悍な強面の男とは。
 『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)の提案とはいえ、五秒後に本棚が爆風で消し飛んで特殊部隊が突入してこないか不安になる絵面だ。書架を盾に自動小銃を撃ち合う姿が容易に想像つく。
「田場 義高だ。まずは歓迎の印にこいつを受け取ってくれ。重複してるかもしれねぇが」
「これはどういたしまして」
 文姫は手渡された司書の教科書より、押し花の栞の数々に注目する。
 紫陽花の栞は慎ましやかに美しい。電子文書はもとより、活版印刷では損なわれがちな単なる“情報”ではない“物”としての在り方を、このささやかな押し花の栞は思い出させてくれるようだ。
「本音をいいますと、この教本はお察しの通りですので失礼ながらお返し致します。けれど、この四季花の栞は……素敵な贈り物です。気に入りましたよ、本格的に。これはどこで買ったのですか?」
 義高はスキンヘッドの頭を撫でつつ答える。
「うちの花屋でだな。ホントは季節の花を添えて贈るつもりだったんだが妻が気を利かせて押し花にした方が喜ばれるってんで手作りしてきたんだ」
「花屋、……花屋」
 想像しがたいのか、黙考し。
「きっと、私が観たがっていたのは皆さんの“本”質なのでしょう。ありきたりの市販本にはない本当の価値が其処にあることを、この栞は端的に示しているのでございます。私の持たざる、義高様や
姫神様ならではのモノです」
「へっ、そんな大層なものじゃねえさ」
「また“お土産”が増えちゃったわね、文姫さん」
 打ち解けた様子の三者をよそに、くつくつと嘲笑うのは赤縁眼鏡の白衣の女――。
「そんじゃーいよいよ攻守交代の時間じゃろーて」
 深緋・幽霊男(CL2001229)は本棚の陰を抜けだして、文姫に一冊の書籍を手渡す。いや渡さない。
「これは現代語訳の源氏物語、懐かしいじゃろし、比較するのも面白いじゃろ。と、そういう“おもてなし”は需要がないとみた。それよっか、そろそろ僕らが君の“鑑定”せんとな」
 幽霊男の物言いに首肯した文姫は一旦昼休みを挟み、午後に機会を設けると約束した。


 空き教室の招かれた五名を、文姫と桃が出迎える。
「文姫さんのご好意で、ここにある書物を使って学術調査をさせていただけることになったわ」
「文車妖妃サンの蔵書ね、自称古妖マニアのアタシとしては古妖関連の書籍は外せない所よね」
 ありすは意気揚々、教室を占有する書架たちとにらめっこをはじめる。
 “見極め”に重点を置く幽霊男と趣味:読書の千陽もまた、熱心に蔵書を調べる。
 一方、御菓子と義高、桃は窓際に椅子を並べて、文姫に質問する。
「はい、文姫先生。わたしは妖の発生原因について知りたいのですが、心当たりは?」
「残念ながら存じ上げません。古妖界隈でも本当の原因はわからず、あるのは噂や憶測のみ。個人的見解を述べるとしたら、長岡京の祟りと似ている――という説を推しておきます」
「俺は、そうだな、古い時代に古妖と人間がどういう関係にあったかだな」
「千差万別です。私は、古妖と妖の差異を“己の意志”の有無と考えています。私のように宮仕えの古妖もいれば、酒呑童子の一味のように都を脅かす古妖もいる。おおよそは各地の伝承の通りかと」
「文姫さんは恋文が元なのよね。雪女や鶴の恩返しが代表的だけど、人と怪異の恋愛譚なんてロマンチックよね。そういう文献、ないかしら?」
「黙秘します、黙秘いたします」
 大事なことなので二度言った文姫。不思議がる桃にありすは耳打ちする。
「――文姫サン、酒呑童子サンに焼き捨てられた恋文と関係あるって噂あるのよ。恋愛話は好きだけど悲恋属性のミレニアム独身貴族だからそっとしといてあげて」
 彼氏いない歴、千年。
 一同は通夜めいた沈黙に支配された。
「あの! 厚かましいのですが、文車収納の妖術を学ばせていただくことができると嬉しいです」
「それと封印関係の研究ね、封印された古妖や未知の封印・結界術、それらの知識をご存知ない?」
 御菓子と桃の問いに文姫は気を取り直して答える。
「私の妖術は大半が己の根源に根ざす、固有の秘術。仮に皆さんが会得したとて、守護霊獣の力で道具の出し入れを行う用法容量と等しいのでございます。封印術は……姫神様、ご覧になりますか?」
「え、ええ」
 本棚の陰で手招き。妖しげに微笑んだ文姫の闇を、桃は見逃さなかった。
「……!」
 時任の目撃した空書牢獄の術を、その昏き闇を、桃は直視できず目を背けてしまった。
「姫神様、これが私の封印術……空書牢獄の術にございます」
「何、今の」
 恐怖の闇に抗えど、陰鬱な牢獄と古書の匂いまでは拭えない。
「準備中、姫神様は仰ってましたね。『覚者も、古妖もそう。良い人も悪い人もいるわ。手を取り、共存できるなら、人も古妖も一緒に暮らせる平和を目指す』……それがFIVEだと。これは古妖狩人の成れの果て。古妖との共存は人間に都合の良いことだけではございません。それでも、ですか?」
 文姫の手を。
 手を、どうして握り返せよう。見透かされた。瞬間記憶を働かせ、妖術を盗もうとしたことを。
 利得と打算は理想を理屈へ貶める。
「ギブ&テイクじゃろーて、こういう時は」
 本棚の影から湧き現れた幽霊男は飄々と古書を品定めする。
「FIVEは組織だ。強力な神具の確保、封印された古妖の発見。うちは他所より遅れてる点が多い。学術研究を進めるにはより古い時代の文献を正確に手に入れたい。そん為の商談じゃろーが」
 古書を文姫につきつけて。
「有名処なら、現代において復刻されている物も多い。ヌシの出とる画図百鬼なぞは、僕も持っとるしな。これで妖術も教えられんとなれば、どこまで役立つかの」
「――仕方ございませんね。私の誇る五大書物をひとつ、ご覧に入れましょう」
 幽霊男の眼前に表れた古書。
 その項がめくれる度に幽霊男はにやりと悪どく口元を歪めた。
「白澤避怪図、だと?」
「紀元前二十五世紀、中国五帝の最初の一人“黄帝”に白鐸の贈ったとされる妖怪変化への対処法を綴ったとされる伝説の書物――その写本にございます」
「バカ! 本バカ! これじゃあ君を見極めて値踏みする楽しみもないじゃろバーカ!」
「私、本格派でございますので」
 けらけら笑う幽霊男を見てるうちに桃の苦悩は晴れていた。
 文姫の手を、握り返す。
「それでもよ、文姫さん」


 さて、問題は“交換条件”だ。
 アレコレ提案した結果、要約すれば「自動車か、自転車」という案に集約される。
 そこで試しに、義高の指導の元、自転車屋にて文車妖妃を乗せてみる。
「そら、手を離すぞ」
「い、いやぁ、まだ離さないでくださ――ああっ!」
 ふらふら、ガシャンッ。
 たった一回痛い目みたら“二度と自転車に乗らない”とむくれてしまった。試しにと三輪車に乗せても壁に激突する。ダメ元で自動車――前にカートレースのゲームで遊ばせてみると開始十秒にして池にポチャッた。
「ダメダメです、本格的に」
 この古妖“車”とつくクセに運転ダメな子すぎる。
「参ったな、自力で運転できなきゃ一人乗りの自転車は無理か」
「非番の日でよろしければ自分が運転もできますが」
 千陽の申し出を受け、試しに義高の商用車の助手席に文姫を乗っけてドライブした結果――。
「うく、速すぎて吐き気が……」
「なんとー!?」
「車中で本読むからだろ!?」
 結果、ゲロイン誕生。
「移動図書館用の車が無難だったはずなのに想定外すぎるじゃろ」
「どう、も、牛車より速すぎて……うっぷ」
「僕の包帯で口拭くのやめれ!?」
 ここで御菓子先生、起死回生の一手をひらめく。
「外国にはフェリーを移動図書館にする例が!」
 乗る。
 吐く。
 連鎖コンボで御菓子まで七色マーライオンに。
「なんで今日に限って悪天候……うう」
「吐いた、吐き尽くしました。本格的に」

 深夜、学園にて一行の帰りを待っていたのは『消えずの行灯』二八の蕎麦屋台だ。
「へい、お待ちどうさま!」
 絶品蕎麦に舌鼓を打つ。疲弊した体に染みるの何の。文姫なんて涙を滲ませている。
「ね、オススメした通り、お蕎麦は確かに絶品でしょ?」
「死んだ。熱々すぎて死んだわ」
 割烹着の愛くるしいありす&桃はお詫びのサービスショットです。ご堪能ください。
 なぜ着替えたかといえば、ありすの誘いで闇夜の蕎麦屋に恐る恐るやってきた桃は薄明かりを頼りに蕎麦をおいしく食べてたら、フッと灯りを消されたのだ。追い打ちに、二八が幽霊に化けて脅かした上、悲鳴をあげて抱きついたありすは燃える人魂とごいっしょ。恐怖のあまりよろめけば丼が空を舞い、二人ともどもつゆだくに。かくして予備の割烹着の出番となった。
「ふーん、乗り物酔いね」
 ありすは二八の尻尾をもぎゅっと掴んで。
「燈無サンに文車を引かせれば万事解決ね。昼間はヒマそうだし」
「てやんでえ! んなもん毎日できっか!」
「じゃあ燈無サンの知り合いで、文車を引けそうな暇なヒト居ない? 二台目要員も要るし」
「さ、さぁ?」
「そっか、アナタ友達が少ないのね」
「で、できらぁ! オイラにゃ馴染みの友達が山ほど……ハッ」
「そ、持つべきものは友達ね。はい、一件落着。ごちそうさまでした」
 哀れ、騙されたぬき。
「感謝いたします。皆さんのおかげで移動図書館の開業に近づきました。本格的に」
 文車妖妃の感謝の言葉、燈無蕎麦の恨み節を背に六名は夜道に染まっていった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

みなさんおつかれさまでした
アレコレとOPと別人レベルで人間臭い文車妖妃との交流はいかがだったでしょうか?
……ほら、牛車に比べると速すぎますからね、現代の乗り物

それでは、またのご参加お待ちしております




 
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