≪百・獣・進・撃≫最弱の獣が闇で牙を研ぐ
≪百・獣・進・撃≫最弱の獣が闇で牙を研ぐ


●Rattus norvegicus
「鼠の妖? しかもランク1の雑魚なんだろう? そんなの俺一人でたおしてやらぁ!」
 そう言っていた獣憑の男は、家の外で骸を晒していた。その背中に食らいつく大量のネズミ。その数だけでも二十はくだらない。
 数の暴威に認識を改めた覚者達は、一斉に襲われないようにひと塊となって建物の中に逃げ込む。妖が迫ってくる方向さえわかれば、何とか対応はできる。数は多いが、個体としては弱い。術式で一気に焼き払えば、二十ぐらいなら何とか対応できるはずだ。
「……くそ、体が震える」
「そうか、俺もだ……鼠の野郎、毒でも持っていたのか……?」
 彼らは戦闘経験豊富な覚者チームである。夢見の情報に従い、ネズミの妖を退治すべく赴いたのだが、その結果が今だ。
「くそ、早く攻めてきやがれ。串刺しにしてやる!」
「……待て、何か変な音がしないか?」
 覚者の一人が唇に指をあて、静かにするように告げる。みし、みし、と何かが揺れる音。
 まるで、小さな獣が大量に天井裏を歩いているような……。
「逃げろ!」
 事態に気づいた覚者達は叫ぶとと同時に走り出す。だが、天井から雨あられのように降ってくるネズミからは逃れられず、外に居た仲間と同じ運命をたどることになった。
 その数、五〇〇。病魔を振りまき、人を喰らう生物系妖の群れ。
 ネズミは数を増やし続け、そしていつか人の街に迫ってくるだろう。

●FiVE
「という状況なんだけど」
 久方 万里(nCL2000005)は集まった覚者達に夢で見た状況を説明する。
「相手は生物系妖。ランクはほとんどが1。だけど数が多いの。数えられないぐらいに」
 おいおい。覚者達はその一言にどうしたものか、と思案する。家の中で蠢いている鼠だけでも五百だ。逆に言えば、それは最低数ともいえる。
「ネズミさんは小さいけど数に任せて襲い掛かってくるの。見えない所から不意を突いたりしてくるよ。あと病気を振りまいて、じわじわと体力を奪ってくるから気を付けてね」
 病魔か。覚者達は予期せぬ障害に唸りをあげる。覚者の技能には、そういった事例に対抗する術がある。それも対策の一つだろう。それ以外にも何かしらの対策はとれるはずだ。
「しかし数が多いからなぁ。全部を相手するのは骨だぞ」
「うん。なので今回は全滅目的じゃなくて、調査目的みたい。ある程度の妖を倒してその死体を持ち帰ってきてほしいんだって。病気に対する対抗策とか、そうのもあるみたい」
 つまり妖を倒せば倒すほど、情報は多く得られることになる。だが、深入りしすぎればその分危険も増す。
「館の方になにか怖いのを感じるの。紫色の……ん、よくわからない」
 曖昧な万里の忠告。FiVEの覚者は戦いを得て成長した。真正面から戦えば、ランク1の妖に後れを取ることのない覚者もいる。戦闘面での危険性はないように思えるが……。
 そういえば、昨今奈良で動物系妖の数が増大しているという。その事と関係しているのだろうか?
 心配そうな顔を擦る万里。その忠告をどう受け取るかは覚者次第だ。
 どこまで調べるか。その裁量は現場に任されるという。
 敵数不明の最弱妖。力ではなく知を尽くした戦いが始まる。



■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:難
担当ST:どくどく
■成功条件
1.五十匹(最低限)の妖を退治し、回収する。
2.四区域全ての調査を行い、タイムリミット時(後述)に『山のふもと』に全員いる。
3.『紫の……よくわからない危険な存在』の情報を持ち帰る。
 どくどくです。
 蠢く妖。たまにはホラーテイストでいってみましょう。

●敵情報
 ネズミ(数不明)
 生物系妖。体長三十センチほどの小さな生物です。
 覚者がダメージを与える攻撃をすれば、一撃で殺せます。列や貫通攻撃なら五匹ぐらいは殺せます。全体攻撃では二十匹ぐらいは巻き込めるでしょう。
 通常のネズミ捕りトラップや毒程度は、何の効果を為しません。
 妖自体の情報調査は、プレイングや技能などに依存します。プレイングが具体的であればあるほど、得る情報は増えてきます。

 物陰に隠れているなどでその姿を完全に認識していない状態では、攻撃目標に出来ません。探索や妖の発見率は『心』の数値に依存します。プレイングや技能などは、それらにプラス修正をつけます。
 倒した妖は放置すれば共食いされます。素早く拾い上げる事ができるか否かは『技』の数値に依存します。プレイングや技能などは、それらにプラス修正をつけます。
 ネズミの毛やフンによる汚染で、長期の活動を行えば病気に侵されて、戦闘に支障がでます(体力減少&判定などにマイナス修正)。病魔に耐えられるかは『体』の数値に依存します。プレイングや技能などは、それらにプラス修正をつけます。
 
 妖の数は『館』に近づくにつれて多くなっていきます。
 つまり短時間で必要数を得ようと思えば、館に近づいて戦えばいいのです。また、館に近づいて探索を行えば、追加の情報を得ることができます。
 逆に逆に安全策を取るなら、館に近づかず戦えばいいのです。
 どういった作戦をとるかは、皆様次第です。

 なお「●●と言うスキルを常時使い、四方を注意しながら進む」などの多くに注意を払うプレイングは、一定の効果を持ちますがその分時間と集中力がかかることになります。その結果何が起きるかは、難易度相応に判断させていただきます。

●場所情報
 奈良県某市の山の中。便宜上、四つの区域に分割します。
1:山のふもと。視界は下草が生えている程度で良好。開始時点の皆様の場所となります。妖の発生率は低い。
2:山の中。木々がうっそうとしており、日も差さない。妖の発生率はそこそこ。
3:館の庭。そこそこ整備されていたのか、視界は良好。OPで死んだ覚者の骨が転がっています。館には妖が作っただろう小さな穴が所々に空いています。妖の発生率は行動次第です。
4:館の中。所々に小さな生物の気配がします。OPで死んだ覚者達は、玄関で骸を晒しています。妖の発生率は高いでしょう。また、万里はこの区域に『紫の……よくわからない』危険な存在がいる予知をしています。

 捜索に一〇分。区域移動に一〇分かかりますものとします。また、戦闘にかかった時間はカウントしません。開始から三時間(一八〇分)後、夕暮れになり視界が悪くなります。この時間を捜索のタイムリミットとします。この時点で『山のふもと』に居ない場合、夜になって活発化した妖に襲われてかなりの傷を負うことになります。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
公開日
2016年06月08日

■メイン参加者 10人■

『歪を見る眼』
葦原 赤貴(CL2001019)
『落涙朱華』
志賀 行成(CL2000352)
『侵掠如火』
坂上 懐良(CL2000523)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)


「何やらどこぞのパニック映画みたいやけど、塵も積もれば山となるって奴やろか?」
『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)がネズミがたくさん湧いて出ると聞いて真っ先に思い付いたのは、そう言ったパニック映画だった。異常発生した動物による災害。それをモチーフにした映画が多いのは、実際に恐怖たりえる状況だからだ。
「ネズミが病気をもってくるのは、太古の黒死病の流行もあるし、なんだかありがちな話だなぁ」
 言ってため息をつく『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)。大きな体が小さく見えるほど肩をすくめ、歩みを進める。家には妻と子供がいるのだ。そこに疫病を持ち込むことだけはしたくない。
「今回の作戦、戦闘はつまんないけど、未知の探索ってのはワクワクするよな!」
 元気よく道を進む鹿ノ島・遥(CL2000227)。戦うことが好きな遥にしてみれば、弱いネズミの妖は面白くない相手だ。だが正体不明の存在に対する興味がその足を進ませる。できる事なら、強い相手と戦いたいものだ。
「遥君、今日も勝負よ! どっちが多く妖を退治できるか!」
 同じく元気よく道を進む『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)。遥に勝負を挑むが、そこにあるのは敵対心ではなく、対抗心。より良い結果を求めるための克己心だ。任務の重要性は十分に理解している。
「市販の、使い捨てマスクだけど……ないよりは、いいかなって……」
 皆にマスクを配る『二兎の救い手』明石 ミュエル(CL2000172)。ネズミの妖が病魔を振りまくと聞いて、購入したものだ。感染経路が口からなら、ある程度の効果はあるだろう。やれることはやっておこう。
「俺は包帯とかを持ってきた。怪我した人はすぐに言ってくれ」
 同じく疾病対策に清潔な包帯や布を持ってきた『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)が、皆に告げる。傷口をすぐに洗い、塞ぐ。体内に毒素が回るまでにどれだけの処置ができるか。それはとても重要な事だ。
「大量のネズミと病気……浮かぶのは紫というより黒だな」
 思案する葦原 赤貴(CL2001019)。その内容は館内に居る『紫の』何か。そこに何があるのかわからないが、推測だけはできる。だが、推測以上の事はしない。今ある情報だけでは、結論を出すには不足している。それを今から調べるのだ。
「生け捕りにしてった方がいいんだろうけど……ま、無理か」
 生きて捕らえた方が得られる情報が多いのに、と『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)は提案し、即座に破棄する。相手は妖なのだ。それを捕らえる網や檻は存在しない。捕らえたと思っていたら、内側から喉元を食い破られているだろう。
「昨今の奈良の妖大量発生と、何か関係があるのだろうか」
 電車などを襲う動物系妖事件。それを思い出し『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)は口を開く。個として強い妖が徒党を組むことは少ない。だが、現状は群れをなして人間の生息圏に襲い掛かってきている。偶然か、それとも他の要因があるのか。
「それを今から調べに行くのです。足で得た情報こそ、、新鮮で確実な情報はありません」
『教授』新田・成(CL2000538)は杖を突きながら道を進む。皺も目立ってきた年齢の成だが、その足取りは年齢を感じさせない物だった。日本酒の研究で日本各地を歩き回る健脚。それに比べれば、この程度の山道は苦でもない。
 件の山のふもとに到着する覚者達。見た目にはのどかな風景だ。だがそこには、数えられないほどのネズミの妖が潜んでいる。そして『紫の』何かも。
 作戦を再確認し、頷きあう覚者達。妖の居る山の捜索が、今開始される。


 覚者達は二班に分かれて捜索を開始する。
 各班の構成は、ゲイル、遥、赤貴、行成、懐良の五名。そして数多、凛、成、ミュエル、義高の五名だ。二班に分かれた覚者達は、分担して山のふもとと山の中を捜索する。
 先ずは山のふもとから。
「よし、捜索は任せた!」
 遥は拳を握り、いつでも攻撃できる体制を作った後で仲間の覚者に捜索を丸投げする。捜索を放棄するわけではない。ただどこから手を付けていいか見当がつかないのだ。あっちで草が動いたなどという見た目の異変は気づくが、それが妖とイコールであるかの自信がない。
「ネズミの足音らしいのは聞こえるな」
 赤貴は耳を澄まし、草音を聞き分ける。ネズミが足音を立てているわけではない。『小さな生物が草を割っている音』を聞いているのだ。草をかき分けながら近づいてくる妖。そちらに視線を向けず、その存在だけを確かに関していた。そして襲い掛かってくる瞬間に神具を掴み、一気に振るう。
「回収回収、っと」
 倒した妖を即座に回収する懐良。彼の目端は動く何かを発見していた。倒れた妖を奪おうと迫る小さな何か。おそらく共食いを狙っている妖なのだろう。素早く回収し、袋に入れる。それと同時に動く何かは遠くに行ったようだ。用心深い、と懐良は心の中のメモに追記する。元となった動物の習性ゆえだろうか。
「ネズミが一斉に妖化したのか。それとも大元となった何かがいるのか……?」
 用心深いネズミの動きを見て思案する行成。妖は基本的に本能で動く。その本能が逃亡や様子見を促しているのだろうか? 考えても答えは出ない。だが、心のどこかでこの事が引っ掛かる。増え続ける奈良県の妖の数。電車という生活のラインを襲う妖。これらの原因がここにあるのなら、そこにあるのは何なのか……?
「皆、体の異常はないか?」
 一旦の捜索を終え、ゲイルは仲間の状態を確認するように問いかけた。ネズミに噛まれたという覚者はないないが、傷口以外から毒素が回る可能性はある。注意するに越したことはないのだ。幸い、現状では影響の出ている者はいない。ネズミの数が少ないからだろうか。逆に言えば、館に近づけば病魔が萬栄しているという事なのだろうか?
「やっぱりふもとじゃたいした数はとれないな」
「そうだな。館の方に移動しよう」
 数体の妖の死体を袋に詰め込んで、五人は真っ直ぐに館の方に向かう。

 そしてもう一方の班は、山の中で捜索を行っていた。うっそうと茂る木々の中、五人の覚者が周囲を注視しながら進む。
「あかんなぁ。食い物には食いついてこおへんわ」
 凛は持っていた『かっぱ饅頭』で呼び寄せることができるかどうかを試したが、効果はないという事だけが分かった。やむなく闇を見る目を凝らして周囲を探る。糞の分布や草木の状態から行動範囲を割り出していく。小さな動物は食事のサイクルが短い。ネズミが齧ったような草の跡は、すぐに見て取れた。
「ん……すくなくとも、一週間前には、ネズミが増え始めた……みたい……」
 ミュエルは木に手を当てて、その記憶を読み取っていた。植物の記憶は精々一週間程度。そのもっとも古い記憶の中でも、確かにネズミの妖は見て取れた。そう考えると、妖は一週間で急増したというわけではないようだ。元々妖の群れがいて、その数が少しずつ増えてきた……と考えるのが妥当か。
「ん、そっちね!」
 鼻腔に鋭い匂いを感じ取り、その方向に刀を振るう数多。横一文字に振るわれた刀が襲い掛かろうとしていたネズミの妖を一閃する。守護使役の『わんわん』から借りた嗅覚により、ネズミの匂いをかぎ分けて攻撃をおこなったのだ。匂いだけではない。他の覚者が調べた状況を加味しての結果だ。
「回収するぜ。フォローを頼む」
 行動前に一声かけてから動く義高。そうすることで互いに何をすべきかを意識し、そうすることで互いの背中を守ることができるのだ。調べ、倒し、回収する。基本プロセスを徹底し、互いの目で視界をカバーする。声をかけることで妖に気づかれるかもしれない、という意見もあったが、
「構いません。どの道、私達の接近は知れているのですし」
 成はそう言って声出し案を肯定した。ネズミの視点や感覚からすれば、自分達の数十倍の大きさの生物の接近は容易に知れる。術を使って足音を消さない限り、どれだけ音を消して迫ってもネズミからすれば騒音レベルで耳に入るのだ。その前提で調査をする。その為、大前提として十分な警戒が必要になる。
「でもそれだと、すごい不利よね。この調査、厳しくない?」
「『Who Dares Wins』という言葉をご存じですか?」
「ふー、であず、うぃんず?」
「『危険にあえて挑む者が勝つ』……安全な道を進むことは簡単です。100%勝つゲームで勝つことも簡単です。
 英断とは、不確定な未来でもなお勝利の為に進む選択をする事なのです」
 成の説明に感心の声をあげる覚者達。確かに危険だが、そこを行かなくては道は開けない。
 五人の覚者は山道を進む。目的は館の前。そこで別班と合流するのだ。


 合流した二つの班は、互いの戦果を確認しあう。目標となる妖の回収数は五十匹。だが、その目標の半分にも到達していない。
「妖の発見率というよりも、ふもとや山の中は生息数が少なかったらしいですね」
「うん……ここは、すごくネズミが……いるよ……」
 成とミュエルは館周りにいる妖の気配を感じ取っていた。覚者達は神具を構えて、迎撃の準備をする。
「返り血に気をつけろよ。そこから感染するかもしれない」
 槍を短く持ち、コンパクトに扱いながら懐良が注意を飛ばす。病魔の正体が不明瞭である以上、全てを疑ってかかった方がいい。呼吸すら浅く行い、体力の温存に努める懐良。兵法者としてアドバイスをする者が、真っ先に倒れるわけにはいかない。
「焔陰流・逆波!」
 横一文字に刀を振るい、迫るネズミを撃退する凛。単体としては確かに弱く、群れを成しても一気に薙ぎ払える。だからと言って油断しない。その油断が、近くで骸になっている覚者を生んだのだ。瞳を閉じて黙祷し、目を開いて刃を振るう。
「ああもう! ネズミの匂いだらけじゃない!」
 髪に匂いとかつくとやだなぁ、と思いながら数多は攻撃を続ける。守護使役の力により嗅覚を増幅した数多。対象が二十体以上いれば、もう妖の匂いしかしない。服は守護使役の空間内に収納できるが、髪の毛はそうもいかない。
「いいんだぜ数多センパイ、引っ込んでても。その間に倒させてもらうぜ!」
 源素を纏わせた布を自在に操りながら、遥が叫ぶ。弱い相手には興味がない。意識は自然と、館の中にいるであろう『何か』の方に向いていた。遥の本能的な感覚が、そこに近づくなと告げている。その感覚を振り払うように、神具を握りしめた。
「回復に、専念するから……」
 とぎれとぎれにミュエルが味方の回復を行う。妖から受けたダメージは小さい。だが、病魔は確かにミュエルの体を蝕んでいた。体の芯が冷えて、意識がもうろうとする。何とか気力を振り絞り、回復の術式を練り上げる。大丈夫、まだ。
「相手を探りながらの戦闘は、思ったよりも疲弊するものだな」
 額の汗をぬぐいながら行成が呼吸を整える。目に見える相手が襲い掛かってくるのは恐怖だが、目に見えない相手がどこからともなく襲い掛かってくるというのは別の恐怖がある。油断すれば痛みが走り、妖に傷つけられたことにその時気づくのだ。
「時間がありゃ館をいぶしてやりてぇとこなんだがな」
 館の方を見ながら義高が苦笑する。大量の妖が住まう館。そこに火を放てば、一気に数を減らすことができるだろう。可燃物でもあれば試してもいいが、持ってきてないのなら仕方ない。諦めて薙刀を振るう。
「妖の数が多ければ、病魔に感染する率も上がるという事か……」
 ゲイルは呼吸を荒くしながら、その事に気づく。ふもとと比べて、ここの空気は澱んでいる。じわりじわりと奪われていく体力。妖の放つ毒のようでもあり、それとは別の何かのようにも思える。味方に回復を施しながら、自らを蝕む何かにも施行を割く。
「無理をするなよ。とはいえ、無理をしなければ情報は手に入らないか」
 病魔が蔓延する空間内でも平気な顔をして戦い続ける赤貴。赤い魔術文様が刀身に浮かぶ巨大な剣を振るい、妖を滅していく。仲間を気遣いながら、しかし優先すべきは任務である。その考え方は親からの『教育』の賜物だ。
「ええ、重要なのは情報です。ですが命を軽視するつもりはありません」
 仕込み杖を抜剣し、衝撃波を放ちながら成がその言葉を補足する。それは覚者全員の共通認識だ。最悪、逃げ帰っても構わない。生き延びた人間の言葉もまた情報だ。だが、逃げるにはまだ早すぎる。全員生還し、且つ情報を手に入れる。その為に頭を回す。
 そうして半時間ほど覚者達は捜索と妖討伐を続ける。集まった死骸は、目的となる数に満ちていた。それを袋に入れて、館の方に目を向ける。
「それじゃあ、入るか」
「せやな。紫の大将に挨拶してくるか」
 軽口をたたきながらも、覚者の誰もが緊張を解くことはない。夢見が告げた不確定な恐怖。それを調べるために、一同は館の扉に手を書けた。


「鍵は……開いてる……」
「『前』に侵入した覚者が開けたんだろうな」
 そしてその覚者の死体は、廊下の先に晒されていた。数歩進めば手の届く場所に横たわっている。既に死亡しているのは明らかだ。ネズミの暴食のから逃れたのか装備品が転がっている。
「助けに――」
「待て。行くなら慎重に、だ」
 助けに行こうとした数多を、ゲイルが静止する。そのままゲイルは館を透視しながらネズミの数を数え……げんなりとした。
「辺り一面、ネズミだらけだ。数えるのも億劫になる」
「……だな、ネズミの走る音だらけだ」
 耳を澄ませて、赤貴が首肯した。屋根裏や壁の向こう側。そう言った目に見えない部分にネズミが巣食っている。逆にこの区域にネズミがいないのが恐ろしく感じてくる。
「あれやろか? あそこの遺体に近づいたらネズミがぐわー、って襲い掛かってくるとか?」
「勘弁してくれよ。ありそうで困るな」
 カメラで撮影しながら冗談めかして凛が言う。館の周りや死体周辺など。もう少し近づきたいが、それができない空気だ。その空気を感じ取ったのか、義高も額から汗を流しながら否定する。否定はしたいのだが……ありそうで恐ろしい。
「へーほーてきにどーなのよ、あれ!」
「『抛磚引玉』……囮を使っておびき出すっていうのはある。だが……」
 数多の問いかけに、懐良が兵法三十六計の一つを持ち出して答える。囮でこちらを誘う戦法は、古くから存在している。ポピュラーともいえる用兵だが、違和感はぬぐえない。その理由は明白だ。
「ネズミが……そういう事、するの……?」
「ランク1の妖は本能だけで動きます。そう言った機知の回る相手だとは思えません」
 ミュエルの疑問に成が答える。妖は基本的に知性が低い。ランク1の妖が策を練るなどという事例はありえない。ありえるとすれば、高ランクの妖に統率されていることだ。
「高ランクの妖に統率されている……ということか?」
「いいね! やる気が出てきたぜ!」
 行成が言葉を選びながら慎重に告げる。妖はランクが一つ上がるたびに、その戦闘力を大きく増す。ランク3ともなれば、腕利きの覚者達が総出で戦ってようやく勝利を得られるほどの強さなのだ。その言葉に、遥は手のひらを拳で叩いた。今まで弱い妖しか相手していない反動か、強い相手にやる気が出てきた。
 覚者達は円陣を組み、ゆっくりと進む。視覚、聴覚、嗅覚を駆使してゆっくりと進む。なんとか覚者の遺体の近くにたどり着く。
「紫、紫……何もないな」
「ネズミ以外の生物はオレたち以外にはなさそうだぞ」
「そうね。同じ匂いばっかり」
 遥が紫色の何かを探しながら進む。目に見える部分で、紫色の物はない。覚者の遺体も見たが、そう言った装備品はなかった。そして赤貴の耳や数多の嗅覚もネズミ以外の存在を捕らえることができなかった。どうやら本当にこの館にはネズミ以外がいないのではないか?
「館全部を透視しても、紫色の物は見れないな。という事は……」
「考えられるのは『いるけど気づけない』という事でしょうな」
 ゲイルと成が館中を透視し、紫色の物体を探るがそれでも見つからなかった。夢見の予知に間違いがあるとは思えない。『紫の』何かは確かにこの館に居るのだ。目に見えないか、何処かに潜んでいるのか。
「しかしここにはネズミ以外何もいないんだろう? どこに隠れるっていうんだ?」
 刀を構えながら問いかける義高。術式を展開しながら襲撃の迎撃準備を行う。調査よりはボディガード。それは自分でもよくわかっていた。
「つまり、そういう事なんだろう。『木を隠すなら森』と言うヤツだ」
「え……どういう事……?」
「――いるぞ」
 懐良が兵法の一部を思い出しながら、推測を組み立てる。問いかけるミュエルに言葉を返そうとした瞬間に、行成が妖の群れを指差す。今まで倒してきたモノと同じ、ネズミの動物系妖。だが行成の直感は、その一匹から震えを感じていた。。早く、逃げろと警鐘がなる。
「まさか……あの、ネズミが……?」
「……ほんまや。あのネズミ、瞳が紫色や!」
 神秘強化された凛の瞳が、行成の指さした妖の一体を見やる。直径二ミリにも満たない小さな瞳。その瞳の色が、濃い紫色をしているのを確認する。

「――シソ」
「――シソ」

 聞こえてくるのはネズミの声。妖達は自分達の支配者を称えるように、叫び続ける。

「シソ!」
「シソ!」「シソ!」
「シソ!」「シソ!」「シソ!」
「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」
「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」
「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」「シソ!」
「――シャアアアアアアアアアア!」

 シソ、と呼ばれたネズミの妖が叫ぶ。紫色の瞳に敵意を乗せて。
 館中に巣食うネズミがその叫びに合わせて、一斉に覚者に襲い掛かってきた。


 シソの叫び声が館内に響く。耳障りな金切声。
「これは……!」
「叫び声でこっちの心を乱してきたわ!」
 ある程度精神的作用の耐性がある義高と数多は、心かき乱されずに済んだ。だが、そうでない覚者達は戦いの出足が遅れてしまう。通常なら、少し出遅れた程度の事。だが、そのわずかの間に妖の群れが覚者に殺到する。義高と数多はなんとか相手より先に神具を振るうことに成功する。刀の軌跡が光り、薙刀が力強く振るわれる。
「くそ! アイツ後ろに控えてこっちにこねぇ!」
「背後から術式使うタイプみたいやな。しかもじわじわといたぶるタイプや!」
 ネズミの妖が邪魔で紫色のネズミにたどり着けない遥と凛。体術がメインの二人は、遠くにいる相手に有効打を与えることができないでいた。加えて向こうは遠距離から病魔を振りまいてくる。倦怠感と体の痛み、そして自分達の攻撃が届かない歯がゆさ。それはネズミが増え続けるたびに増していく。
「ですが本人が弱いという事はなさそうです。後ろに控えるのは、単に『遠距離系』というタイプなだけです」
「あれが夢見の言っていた『紫の』何かで間違いないようだな」
 神秘の力で紫の瞳から成が相手の情報を読み取る。今まで相対してきた妖とは、文字通りランクが異なる。耐久力も、攻撃方法も、何もかもが段違いだ。赤貴は剣を振るい、その衝撃波から炎を生む。広がる炎は津波のように広がり、ネズミの妖を焼いていく。かなりの数のネズミを退治したが、それでも全滅には程遠い。
「動物系妖はその本能に従うというが、なるほどネズミの本能どおりか」
「これ……結構きつい……。回復も、解除も、追いつかない……」
 扇を振るいながらゲイルが仲間の体力回復を行い、ミュエルが植物の力を振りまいて病魔を払う。だがそれも一時しのぎ。こちらの付与を解除しながら、相手は様々な変調を与えてくる。呼吸が荒くなり弱体し、身体が鈍り、倦怠感で重みを感じ、毒が回ったかのように体が痛み、疲労がたまったかのように血を吐き……。
「広範囲で薙ぎ払えば、持ちこたえることはできる。だがこのままでは……」
「これは無理だな。攻城戦で向こうの数の方が多いとか、勝つ要素が何一つない」
 薙刀で妖を薙ぎ払いながら行成が焦るように告げる。単純な戦力で言えば、覚者に軍配が上がるだろう。だがそれはこちらの気力が持つ限りだ。気力が尽きれば、押し切られる。懐良も状況の不利を悟り、退路を確認する。退路確保は兵法の基本。開け放たれたドアに走り抜けることができれば、逃げることができる。
「三十六計逃げるに如かずや!」
 凛の声と同時に、一斉に撤退する覚者達。館の玄関まで全員一斉に走り、脱出することができれば逃げ切ることはできるただろう。
 ――全員一斉に走ることができれば。
「数多センパイ!?」
 気づいたのは遥。すでに事切れた覚者の遺体を担ごうとする数多を視界にとらえる。
 自分達とは関係のない覚者の遺体とはいえ、こんな所で放置はできない。そんな優しい心がゆえに、逃げるのに出遅れてしまった桃色の髪の少女の姿を。
 だが、少女は一人残されたわけではなかった。
「安心しろ。殿はオレ達が務める」
「後ろに控えていましたから、まだ私には体力があります。ここはお任せあれ」
 巨大な剣を持つ赤貴と、仕込み杖を構える成。それが数多と紫眼の妖の間に立ちふさがるように立つ。
 戻って加勢するか。先に撤退した覚者達は一瞬逡巡するが、それを追うようにネズミたちが殺到する。その為合流することができなくなり、撤退を余儀なくされた。それは同時に、
「失策ですね。退路を防がれてしまいました」
 唯一の逃げ道である入り口に殺到したネズミ。それは同時に入り口にネズミが集中し、退路を防がれたことを意味する。逃げるための計算が狂った、と成は苦笑する。
「なら無理やり通るのみだ。そこしか道がないのならな」
 逃げ道がそこしかないのなら、そこから逃げる。赤貴の言葉は合理的でもあった。それにどれだけ苦労が伴うかはわからないが、それが一番であるのならそれを試すのみ。
「そんなわけで逃げさせてもらうわ! 早く帰って体洗いたいのよ!」
 覚者の遺体を背負い、袋の中にネズミの遺骸を持つ。こんなの乙女らしくないと数多は文句を言った。決意を口にするのは、それを為そうとする意識の表れ。

「無駄ダ。逃ガサナイ」

 故に。
 言葉に返事が返ってきたことは覚者達に驚きを与えた。そしてそれが一匹の妖から帰ってきたことに。
 驚きは不意を突かれたということもあるだろう。だがそれはある事実を示していた。
 人間の言葉に対応し、意思疎通が可能な妖。その存在はFiVEでも聞き及んでいたが、まさか目の前にいるのは。

「まさかあのネズミは……ランク4なのか!」
「私ノ名ハ紫鼠(シソ)。人間ガ、ドコマデ走ッテモ、牙王ノ爪カラハ、逃ゲラレナイ」
「牙王……?」
「コノ空腹ヲ満タス、肉ト成レ!」
 言葉と共に、覚者三人の退却戦が始まった。
 ――文字通り、死力を尽くした戦いが。


 先に撤退した七名は、山のふもとで逃げ遅れた三名の覚者を待っていた。
 こちらも逃げながらの闘いで、消耗している。だが山のふもとからは出るつもりはないのか、追跡の音は聞こえてこない。
 だが、それも太陽がある間だけだ。ネズミの習性を考えれば、夜が更ければその活動範囲は広がる。今から山に戻って捜索することも、これ以上ここに留まることも愚策だ。
 一塊になって行動するのが作戦のキモだったのに、撤退時の行動に齟齬があった。それがこの結果を生んだと言えよう。それは僅かなずれだった。通常の戦闘であるならば、実力でリカバリーできただろう。
 だが、今回は相手が悪かった。その僅かなずれが大きな亀裂となり、三名の覚者を置き去りにする形となってしまった。
 時計が刻限を過ぎる。これ以上ここに留まるのは危険だ。
 後悔の表情を隠そうともせず、七名の覚者達は山に背を向ける。三人の無事を祈りながら、今ある情報をFiVEに届けるために。


 日を改めて、数多、赤貴、成の三人の捜索の為にFiVEが動く。危険な妖がいるという事を鑑みて、捜索は実力のある覚者を集めての捜索となった。最も、ミュエルとゲイルは妖の病魔によると思われる体調不良の為、捜索に加わることはできなかった。
 捜索から半日が経過した時点で、山の沢で倒れている三人を発見する。かなりの傷を受けており重傷だが、命に別状はないようだ。
 危険を賭して数多が担いでいた覚者の遺体からは、多数のネズミの咬傷が見られ、その唾液から紫鼠と呼ばれる妖の毒素を得ることができた。これにより次あの妖と戦うまでには、詳細な戦闘データが得られることだろう。
 ランク4の妖。それが告げた『牙王』という個体名。あの紫鼠ですら、『牙王』を敬っていた節がある。それが今回の妖大量発生と関係しているのだろうか?
 奈良県に発生した大量の動物系妖発生。それらが意図的に電車という生活ラインを狙っているとすれば?
 これは妖の散発的な事件ではない。それを強くFiVEの覚者達は意識することになった。

 受けた傷は大きい。下手をすれば命を落とすかもしれなかった。
 だが、得た情報も大きい。危険を侵した甲斐もあった。
 Who Dares Wins――危険にあえて挑む者が勝つ。そして生きていれば、また挑むことができる。
 この痛みは、次の勝利への原動力となのか。足を止める理由になるのか。
 それは夢見ですらわからない未来の話――

■シナリオ結果■

失敗

■詳細■

死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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