君よ、その答えを返す時は
君よ、その答えを返す時は



 伝えてない言葉があったんだ。
 同じ力を持って、同じ立場に立って、何時か僕が君と対等だと言えるようになったとき、打ち明けたかった大切な想いが。
 ――それが叶うことは、永遠になくなってしまったけれど。
「……生きてる?」
 小さな言葉。目覚めた僕は、それに曖昧な笑みだけを返す。
 深夜。人気の無かったはずの港湾区は俄に騒がしく、今も大人達の叫び声と幾つかの灯りが飛び交い続けている。
 それらから身を隠す僕は、傍らに潜む少女に問い掛けた。
「状況は?」
「私が見た限りでは、みんな死んだわ。生きてても奴らの奴隷か餌か。
 ……笑えるわよね。私達もすぐにそうなる運命なのに、泣くことも怖がることも出来ないの」
 言って、彼女は困ったような笑みを浮かべた。
 それが、誰のために作られた表情であるかを理解した――理解、できてしまった。
 未熟な自分への怒りは、小さな握り拳を作ることしか出来ない。それを彼女に見せず、僕は言葉を返す。
「……応援が来るまで逃げよう。隠れる場所は多いんだ。向こうの目を避けることは出来るはずだよ」
「無理だよ。アンタが寝てる間に私だって頑張ってたけど、数には勝てなかった。
 既に包囲は十分狭まってるの。私達がこの倉庫内に居ることは気付かれてるし、あと数分もしないうちに見つかるわね」
 目を見開き、一瞬だけ緊張で強張った身体は、しかし直ぐに弛緩する。
 臨む場所が生死の狭間であったことは十分理解していた。今更、恐れるほどのことではない。
 傍で同じように座り込む少女も、それを理解しているのだろう。囁くような声で話しかけてきた。
「死ぬのね。私達」
「……そうだね」
「死ぬ前にやっておきたかった事ってある? 私は美味しいものと、温泉旅行と、それから……」
「僕は……。いや、直ぐには思いつかないかな」
 死地で語るには少しばかり暢気な話題に、僅か、苦笑が漏れた。
 ――直ぐ傍の通路に光が差し込む。次いで、硬質な足音が。
「じゃあ、考えておいて。次に私に会うときまで」
「……あの世で?」
「そうよ。最も、アンタはもうちょっと先のことだけれど」
「どういう――」
 言うより先に、彼女が武器を抜く。
 罅の入った日本刀に異能の力を込めて。彼女ははにかむような表情で、
「最後に、死ぬ前にやりたいことはね」
 自身の首元に、刃を奔らせた。
「『大好きです』って、アンタに伝える事よ」
 通路に現れた敵が見たのは、宙を舞う少女の首。
 劈くような慟哭が誰のものかをすら忘れ、僕の意識は闇に落ちる。
 それが、彼女が伝えてくれた愛の証左なのだと、永遠に気付かぬまま。


「依頼よ。内容は隔者の撃退。同時に破綻者への対処も挙げられるわ」
 司令室に集まった隔者達に対して、久方 真由美(nCL2000003)は早速依頼内容を語り始める。
 五月も下旬に差し掛かる頃。外界の気温とは隔離された空調が彼らを冷ましていく。一息を吐いた彼らの内の一人が挙手をして真由美へと問うた。
「優先するべきは?」
「破綻者の方よ。……最も、隔者組織が其れを見逃すはずもないでしょうね。
 現在破綻者となっている『彼』は元々、今回隔者達に対処するべく任務を受けていたAAAの構成員だから」
 彼女の言うところによると、今回の隔者は日本に存在する大手企業との裏取引を行う予定だったらしい。
 其処でAAAの覚者達が秘密裏に取引の現場を記録に収めて、企業、隔者側の両者を捕縛するつもりだった、のだが。
「……人員不足が仇になってね。
 結果を言えば、必要最低限の人員のみで動いた彼らは敢えなく隔者達に見つかり、現在破綻者となっている『彼』を除いて全滅してしまったわ」
 夢見の淡々とした報告を聞き、何人かの覚者達が弔意を示す。
 しかし、今は悲嘆に目を瞑ることが許される状況下でもない。
「破綻者化した『彼』は、先ほど言った隔者組織と企業間の取引の現場を押さえたデータを所持しているわ。
 救出か、討伐か。いずれにしても彼からデータを回収してAAAに渡すまでが任務よ。……最も」
 一拍、言葉を止めた真由美は、刹那ばかりの哀しい微笑みを浮かべながら、最後にぽつり、言葉を紡ぐ。

 ――救われる事なんて、彼は望んでいないでしょうけれど。


 望んだ力が其処にはあった。
 枯れ木のように細かった繊手が敵を薙ぐ。激情のままに紡いだ術が、更に多くの敵を拉がせる。
 彼女と並び立つだけの力。彼女を、守ることが出来るほどの力。
 ――今、その力を手にしても、君はもう居ないのに。
「××××××――――――!」
 怒声が聞こえ、其れに連なるように幾条の攻撃が僕の身を灼いていく。
 痛みはあった。ただ、其れに揺らぐ心がなかっただけ。
 死にかけた身を引きずり、尚も僕は敵を殺し続ける。
 其れが僕の望みだった。
 彼女の命を結果的に奪った敵への復讐ではなく。
 彼女の力になれなかった、僕による贖罪なんかでもなく。
 ……唯、あの子への答えを返すために、同じ場所へ行きたいと思うが故に。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:田辺正彦
■成功条件
1.破綻者の討伐、乃至保護
2.なし
3.なし
STの田辺です。
以下、シナリオ詳細。

場所:
『コンテナ倉庫』
某港湾区に存在する倉庫です。中は広いですが、大量のコンテナが積み上げられているため視界は悪いかと。
時間帯は夜。倉庫内の光源は点いているため、そちらへの対策は必要有りません。

敵:
『破綻者』
深度1の破綻者です。クラスは木行の前世持ち。外見年齢十代半ばの少年。
AAA所属のルーキー。人手不足を理由に今回の任務へ参加しましたが失敗。下記『隔者』達の襲撃に遭った後、愛していた『覚者』の死によって力の制御を失いました。
破綻化するより前の時点で瀕死の重傷を負っていたため、現時点でも既にかなりのダメージを負った状態です。状況によっては死亡することでしょう。

『隔者』
今回の戦場を取引場所にしていた隔者達です。数は四名、クラス等は不明。
本来はもっと数がいましたが、上記『破綻者』によって相当数を削られた形です。
彼らは『破綻者』が取引現場の映像を収めたデータを所有していると知っているため、参加者の皆さんが現れたとしてもそれを前提に行動することでしょう。

その他:
『覚者』
上記『破綻者』と同様、AAAに所属するメンバーでした。シナリオ開始時の時点で死亡しております。
外見は十代半ばの少女。『破綻者』とは幼なじみであり、常に彼を守る立場で居ました。
『隔者』達に追いつめられた時点でパートナーを生かす可能性に賭け、自刃することによって強引に『破綻者』を暴走させました。
死体は探そうと思えば直ぐに見つかります。



それでは、参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年06月06日

■メイン参加者 8人■

『F.i.V.E.の抹殺者』
春野 桜(CL2000257)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)


 摩耗した精神には痛痒すら存在しなかった。
 放たれる攻手。避けることもまま成らず、昏んだこの身を更に、更にと。
 死は――恐らく近いのだろう。
 酩酊したかのようにふらつく身体で、それでも僕は叫び、並み居る敵を薙ぎ払う。
 僕を殺して見せろ、と。
 言葉に出来ない、僕のたった一つのコトバ。
 彼らは、それに応えるつもりなど、無かったのだろうけれど。
 劈く剣、穿つ矢、灼く炎。
 倒れ伏さぬ事が不思議なほどの負傷を負い、それでも行動する気力を遂に奪われた僕の首筋に、光が。
 死が。
「ことこちゃん参上☆ いっくよー!」
 けれど、其れは止められる。
 一人の少女の声で、八人の闖入者による介入で。
 既に傷ついていた敵の少数が、不意打ちによって崩れ落ちた。そして、僕は。
「くぅっ……へへ、FiVEが邪魔しに来ましたよっと!」
 受けられる筈の死を、誰かに奪われた。
 眼前には獣憑の少年。決然とした笑みで、守った僕を振り返ることもなく言う彼へと、僕は。
 ――何で。
 届くはずの場所が、遠のいていく。
 答えを返すべき彼女が、遠ざかっていく。
 彼らが。
 この、ワケも分からない彼らが、僕から彼女を奪っていく。
 ――君たちは、何者なんだ。
 想い呟く胸中は、狂った僕の身体では言葉にすら出来なかったろうが、それでも。
 ――何で、僕から彼女を引き剥がそうとするんだよ……!?
 怒り、僕を庇った少年へと襲いかかる様は、彼らにこの想いを理解させるのには十分だと解っていた。


 突如として現れた覚者達に因って、戦況はその様相を大きく変えた。
 積極的に破綻者と化した少年を守るべく庇護に回り続ける『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)の所作を確認した隔者達は、その時点で破綻者から一定の距離を取り、彼の攻撃対象を狭めさせる。
 予想できた流れに覚者の誰かが舌打ちを漏らす。しかし、それだけのこと。
「さあ、暗い未来を明るく照らそう。そうして正義を、示すのです!」
 演者のように、朗々とした声で叫びながら大太刀を振るう『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が、開けられた距離を即座に詰め、隔者の一人を切り伏せる。
 一度、袈裟斬りに。次いでその傷口を更に抉るかのように放たれた二連撃――飛燕が隔者の命脈を絶つが、断たれた側はすんでの所で根性を発揮し、消えかけた命の灯火を再び燃やし始める。
 そして、返す刀。他の隔者から発された火焔連弾が零の身を強かに打ち、燃やす。
 苦悶よりも先に、辟易とした表情を浮かべた彼女に追撃が、
「生憎、これ以上は近づかせたくないからね」
 来る。よりも早く。
 軽く足先で床を鳴らす。それだけで雑然とした倉庫が鳴動し、その場に立っていた隔者達が吹き飛ばされた。
 一先ずの彼我に於ける陣形を整え終えた指崎 まこと(CL2000087)が小さく息を吐いた後、その視線は自らの背後に立つ破綻者へと向けられる。
 ――その後悔に意味は無いと、わかってはいるんだけど。
 刹那の間だけ、伏せられた視線。
 変えようのない過去を悔いるばかりの愚かさを知るまこととて、其れを振り切ることがどれほど難しいかを知っている。
 それでも、希望はあったのだ。彼女が遺した、彼という命が。
 何処からか現れた岩を鎧のように纏う彼の役割を察してか、苦々しい表情を浮かべた隔者達が避け、他を狙い始める。
 消耗の激しい前衛陣に対して、しかし、彼女は。
「そうそう攻め手には移らせてくれない、かな……っ!」
『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)は、癒力活性を用いて仲間達を賦活していく。
 軋んだ生命が息を吹き返す。それに力を得た楠瀬 ことこ(CL2000498)が、『黒百合』諏訪 奈那美(CL2001411)が、それぞれの異能を以て敵の余力を削っていく。
「わたしの歌に聞きほれて、戦う気持ちなんてなくしちゃえばいいんだよ!」
「彼の男の未来がどうなろうと知ったことではありませんが……少なくとも、今生きている責任は果たしてもらいますわ」
 弦から爪弾かれる音が、放つ呪符より溢れるように湛えられた水が、隔者達の身を穿つが。
「こ、の……!」
 響く苦悶は隔者からのものだ。
 些少の犠牲を出しつつも追いつめた破綻者に突如助力する覚者達。乱入によって半ば瓦解した陣形の隙を一気に攻められたものの、此処に来て彼らも本来の気勢を取り戻す。
 再度、零が繰り出す飛燕。一撃を躱し、一撃を凌ぎ、終ぞ現れた攻撃後の隙に
「巫山戯やがって、クソ野郎共がァ!」
 組んだ両手を地に叩きつければ、其れに応じるように鋭利な岩槍が零の足下から隆起する。
「うわ、ヤバ……」
 土行弐式、隆神槍。腕を、足を、次々と差し貫かれた少女が流石に表情を歪めると、その身体がゆっくりと前に倒れる――態と。
「此方の台詞でしょう、クズ共」
「な……!?」
 零の身体に隠れるように、距離を詰めていた春野 桜(CL2000257)が笑顔を浮かべたまま、担う双手の包丁と投斧を無造作に振るった。
 切り裂かれる胴。小さく呻く隔者は、与えられた傷よりも致命的な事実に素早く気付く。
 口腔から吐き出される血。周囲を見れば、同様に桜が傷つけた隔者達も口元を抑えて驚愕の表情を浮かべる。
 自らの得物に塗り込めた毒物、非薬・紅椿の効果を確認して、桜は微笑むように呟く。
「これは自分勝手な私の我侭。救われたくない彼を救うための傲慢」
「お前、何を……!?」
「解らない? 自分が何を奪ったか。今何を奪おうとしているか。
 それなら教えてあげましょう。貴方のその命を以て」
 私も、クズを殺せるなら本望だから。告げる桜の瞳は平時と比べて精彩を欠き――だからこそ、隔者達にとってそれは明確な脅威だった。
 薙いだ手斧。裂いたのは衣服の切れ端。
 再び距離を取り、或いはいざというとき逃走できるように搬入口へと移動するが、しかし。
「……ああ、読みが当たってくれましたか」
 呟いた声は、誰ともなく。
 抜いた仕込み杖を敵に指し示した『教授』新田・成(CL2000538)が、その切っ先を起点にB.O.T.を撃ち込む。
 隔者側の逃走を良しとしない成が予め出入り口付近に場所を確保していたことで、隔者の行動は更に大きく制限された。
 運良くと言えばそうだが、覚者方の行動は上手く隔者達の行動を制し続けて来れたと言える。
 尤も――そのツキが何処まで続くのかは、未だ解らない。
「……或る程度の回復は終わった」
 言ったのはまことだった。
 視線は後方に。小唄を追うように駆けてくるその姿を、覚者は、そして隔者達も見逃さない。
「彼が、来るよ」
 濁った瞳をそのままに。死を乞う彼は、両者の戦場へと飛び込んだ。


 覚者達の作戦は次のように決まっていた。
 突入直後、小唄が破綻者を守り、一定の値にまで彼の体力を回復。
 その後、破綻者と覚者による挟撃という形になるように陣形を整え、隔者の討伐後に破綻者の説得を行う、ということ。
 破綻者が攻撃する対象を選ばない、と言う点に於いては、この作戦は覚者と破綻者の実質的な共闘という形になる。そう言う意味では効率的と言えた、が。
「手前等――」
 一つ、彼らの見落としを挙げるとするならば。
「――『追い越せ』!」
 覚者達が破綻者を隔者に嗾ける方法を考えたように。
 隔者達もまた、破綻者と覚者の潰し合いを考慮していたと言うこと。
 恐らくはリーダーであろう隔者が叫ぶと同時、隔者達が一斉に破綻者の側へと突撃した。
 対する破綻者はその内の一人を逃がさじとブロックする。
 同様に、敵の思惑に気付いた覚者達も、動ける者は隔者を討ち倒さんと攻手に移った。
「悪い子はお仕置きだよー? 抵抗するのはやめなさーい!」
「もう、往生際が悪いっていうか……!」
 ことこのエアブリットが奔る隔者の背を打つ。
 回復に区切りをつけた渚もまた、烈波を広げて隔者を穿っていく――が、それまで。
 覚者達が考えていた陣形は、自身等と破綻者による挟撃だが、対する隔者達は破綻者を挟む形で覚者と相対するこの状況を考えていた。
 双方がどちらかを打倒すべく前に出たら、その間にいる破綻者は間違いなくその勢力に立ち向かう。要は破綻者の動き次第ではあるが、待ちの構えと言えた。
 覚者達にとって不運だったのは、隔者側が望むこの陣形が、自分達の陣形が成った後でも――些少の犠牲は要するが――構築が容易だったと言うことだ。
 逡巡は数秒もない。その僅かな間に、破綻者によって捕らわれていた隔者はその骸を晒すこととなった。
 未だ生き残っている三名の隔者達は、既に彼我の戦力差を理解しているのだろう。
 無論、その思考は覚者達も理解できる。
 そして、その上で彼らが取る手段があると言えば。
「……反撃、開始っ!」
 誰よりも先に、小唄が叫んだ。
 次いで、隔者を追うように奔る覚者達。
 成や、小唄にとっては意外だが――隔者側は投降することはなかった。
 残り、生きていた覚者は木行、土行、天行の三人。
 後衛の天行が艶舞・慟哭を放つと、桜が、まことが激情に駆られて彼へと襲い来る。
 襲いかかる隔者を小唄が止め――残る一名も零が止めようとした折、破綻者がその足を掴んだ。
「ああ、もう……!」
 しょうがないわね、と言うが早いか。破綻者が毒に塗れた単手を以て彼女の肩口を貫いた。
 緩和し損ねた衝撃が彼女を床に引き倒す。伝う毒が全身に回る不快感を自覚しながらも、零は怒りと共に言葉を吐く。
「もうちょっと自分を大事にしなさいよね!
 あなたが死ぬことが、本当に正しいこととは思わないわ!!」
 絡ませた足を交差させると共に、その頭をひっつかんで横に押し込む。
 回るように投げられた破綻者に対し、零は言葉を止めることがない。
「何が死ぬ権利よ、同じところに逝きたいよ!!
 ばっかじゃないの!! 死んだら終わりよ、その先なんて無いわ!!」
「そう、だね」
 響いた言葉は、渚のもの。
 生命を鳥の羽へと転じ、仲間の体力を回復しつつ――自らは飛び込まれた隔者によって身を穿たれ、その生命を大きく減じられていた。
「私、難しいことは分かんないけど。
 破綻者さんとその仲間が命をかけて手に入れた証拠、それだけは隔者さん達に渡しちゃダメだって分かるよ」
 ――それは、きっと貴方の命も。そう小さく言葉に繋げて。
 運が悪いか。二次行動、続けざまの隆神槍を急所に受け、渚も遂に唯では立ち続けられなかった。
 燃える命数。斃し切れなかった敵に対して土行の隔者は、成に突きつけられた仕込み杖に対して動きを止める。
「無駄な足掻きは止めましょう。ここから先は、若者の選択です」
 瞑目した隔者が、次に武器を構え直すより早く、彼のB.O.T.が隔者の胸を貫く。
 息を吐く成が、憐れむような目で、既に亡い男を見下ろした。
「死にたがってる、んだよね」
 そうして、小唄も。
 既に大勢は決した。だと言うのに、未だ闘うことを止めない隔者を前にしつつ、小唄は絞り出すように声を紡ぐ。
「目の前であんな事があったら、それはそうだと思う。でも、それじゃ駄目なんだ」
 双手から、得物から、剥き出た茨の鞭に全身を切り裂かれつつ、小唄は言葉を止めない。止めることはない。
 癒手は即座に彼の傷を癒すが、其れは痛みを感じさせなくなるものではない。
 激痛と苦悶。それを気力一つで無視した少年は、必死に声を上げた。
「だって、あの人は、あなたに生きてもらう為にその命を投げ出したんだ!」
 その命を無駄にするなと。
 彼女の死までを、無駄にするなと。そう言葉に込めた小唄に、破綻者の動きが小さく揺らぐ。
「貴方は、貴方を生かす為に死んだ彼女に胸を張って会えるのかしら?
 生き延びて欲しいって彼女の願いを無視して、彼女に答えを出せる?」
 その感情の機微を見逃さず、追うように桜が言葉を掛ける。
 小唄が止めた隔者の一人を背中から切り伏せ、血を払った得物を収めながら言う。
「死ぬのなら……その辺を良く考えてから死ぬ事ね」
 浮かべる表情に少しだけ、出来の悪い子供を叱る苦笑のようなものが含まれていたのは、気のせいだろうか。
「愛ゆえに死ぬならば彼女のために出来る全てを終えてから死になさい。それが出来ないのなら、愛を口にしないで欲しいですわ」
 口調は辛辣に、けれど連戦で未だ傷むその身体に癒しの雫を落としながら、奈那美が呆れたような表情で語りかけた。
 破綻者と、その相方の少女を愚かだと言った彼女。そして破綻者が選ぶ選択肢に興味もないと言った彼女。
 ――それでも、逃げることだけは。彼女の遺志に向き合わないことだけは、許さなかった彼女。
「彼女を看取った貴方には彼女の親族に全てを伝える義務があります。貴方のために死んだことも」
 残る一人の隔者へと小さく視線を向け――その様子を確認した奈那美は、唯。
「……愛を言い訳になど、させるものですか」
 たった一つの本音を口にして、覚醒を解いた。
「――僕、は」
 動きを止めた破綻者が、何かを小さく呟く。
「僕は、何も、出来なく、て」
「それが君の死ぬ理由なら、君には生きるに足る理由もある。
 彼女は君に、もう少しだけ生きて欲しいと言わなかった?」
 言葉を制したのはまことだった。
 倒された天行の隔者を背に、まことは頽れた破綻者へと近づき、その視線を間近で合わせる。
「それは彼女の想いであって、君の想いとは違うだろう事もわかるよ。
 けれど、その想いに対して、君に応える気は本当にないの? あるとしたら、応えられる事はなに?」
 伏せられた面持ちから、小さな雫が滴っていた。
 微かな、沈黙。言葉を浮かべる様子のない彼へと、再びまことが口を開こうとした、その折。
「……ねーそこの男の子。この先とか難しいことは考えなくていいよ?
 でも、ひとつやらなきゃいけない事があると思うんだ」
 言葉はことこのものだった。
 戦闘の終わりを確信し、その場を離れた彼女が連れてきたのは――首元を誰かの衣服で隠された、少女の遺体。
「アナタの大切な人……。ちゃんと土に還してあげよ?」
 破綻者の、少年の願うこと、彼女が少年へとしてくれたこと。それに対してことこは何も言わなかった。
 ただ、最初に夢見の説明を聞いて、自らが想った事を口にするだけ。
「……あ」
 伸ばされた手が、その額をそうと撫でる。
 応じるように、ことこはその遺体を少年の前へ静かに置いた。
 少年が死んだ少女の手を取り、ただ、ひたすらに涙を零す。
 慟哭も、嗚咽もなく。
 少年は、唯無言で涙を零し続けていた。


 総てが終わった後、現れたAAAの事後処理部隊が死亡した隔者達を、そして破綻者となっていた少年を確保した。
 特に少年はそれまで破綻者として無茶な戦闘をし続けたことが原因で、相方の少女に一頻り泣いた後、意識を失った状態で病院へと搬送されていった。
「……これが正しいのかったのかな」
 F.i.V.Eの送迎が車での間に、待ち続ける小唄が小さく呟いた。
「どうかしら。少なくとも、全てが手遅れだったとは、私には思えなかったけれど」
「……そうだね。僕にとっても、あの結果が一番だったと思う」
 覚醒状態から戻った桜が、言葉を探すように、けれどはっきりと発した答えに、小唄は小さく頷いた。
「……データの方は?」
「無事でしたよ。少女の遺体も、可能な限り修復してご遺族にお届けすると約束してくださいました」
 問うたまことに成が答え、その言葉にまことは安堵する。
 少年が泣き、意識を失うまでの短い間、こもりうたを歌った彼は、せめて綺麗な姿で出会う少女が、彼の傷を癒すものであって欲しいと切に願った。
「あの時ああすればこの運命になかったって、私だって思うことはある。
 いっそ生まれてくる場所が違えば、いま、こうして武器を持つこともなかったて思うこともある」
 歌うように、零が淡々と言う。
 ヒトであるならば当然のこと。避けようとしても避けられない事実を、嘆くでもなく、ただ、当然のことと説明するように。
「それでも――彼が一人じゃない限り、私は容赦なくぶっ生かす。それが、あの女の子と一緒に彼が生きる、たった一つの方法だから」
「……破綻者さんにとっては、これから少しの間、辛いと思うけどね」
 零に応えたのは渚だった。
 命数まで使用した彼女の負傷は未だ癒えきっていない。身じろき一つで表情を不快に歪める渚は、訥々と言葉を続ける。
「幼なじみさんの気持ち、分からないわけじゃないけど……でも、破綻者さんが破綻者のまま、もう戻れない所にまで行ってしまうって、考えたりしなかったのかな」
「……私には解りかねる感情ですけれど」
 そう前置きをした奈那美が、空を見上げながら言う。
「信じていたのでしょう。彼ならきっと立ち直ると。命を賭けて愛してしまえるほどの相手ですから。
 ――まあ、実際の所は私達に助けられるまで、あの調子だったわけですけれど」
 歎息と共に、それでも、言葉だけは怜悧なままで。
「何れにせよ、ここまでして立ち直らせてあげたのですもの。彼女の目が節穴でなかったことを祈りたいですわ」
 締めくくる言葉を見計らったかのように、送迎の車が覚者達の前に辿り着く。
 彼らが去った後の倉庫には、未だAAAの人員が絶えず動き続けている。
 喧噪が絶えない夜の港。忙しさを感じさせない唯一つの夜空が、その時一度だけ小さな流れ星を見せた。
 多くが失われた中、唯一つだけ救われた命。其れを――彼女が喜んだかのように。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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