≪百・獣・進・撃≫帰って来た悪戯狸
≪百・獣・進・撃≫帰って来た悪戯狸


●帰って来た悪戯狸
 ―――ポン、ポンポン。
「ゲタゲタゲタゲタ!」
 夜闇の中を幻の列車が駆ける。導くは鼓の音。車輪が軌条を食み、鉄の悲鳴をあげる。そしてそれらを掻き消すかのような嗤い声。
「タヌ子! タヌ蔵! 見えるか? 見てるか? これが、狸電車! これが、我の術!」
「「ゲタゲタッ!」」
 幾分時代遅れの形の電車の上には、小さい影が三つ。何かと見れば風に靡く毛皮と尻尾。茶色いその姿は紛れも無く狸だ。
 それが走る電車の上に平然と乗っており、更には人語を喋っている。即ち、妖。狸の妖だ。いや、そもそも電車自体が妖の力によるものなのだろう。
「お前たちも、覚えろ! そして、強くなれ! いっぱい、強くなれ!」
「「ゲタゲタゲタッ!」」
 二両編成の先頭、屋根の上に幾分大きい狸が座り、腹鼓を打つ。後方車両の屋根の上では小さい狸が二匹走り回っていた。
 どこかデフォルメされたようなユーモラスな姿だが、勝手に線路を占有している時点で迷惑な事には変わりはない。
「我、タヌ丸! タヌキ、タヌ丸! 我、強い、タヌキ!」
 月明かりの下、ぼんやりと光る電車が走る。狸を乗せて、どこまでも、いつまでも。
 ―――ポン、ポンポン。

●帰って来るな悪戯狸
「今回の依頼は奈良県内の鉄道を勝手に走る電車、『狸の列車』の排除になります」
 久方真由美(nCL2000003)がいつものように依頼の説明を始めるが、その表情はどこか硬い。
「ここ最近、奈良県内での動物系の妖が多く見られるという情報が入っています。事態を重く見たAAAから鉄道周辺の妖への対応を依頼され、我々が動く事となりました」
 表情が硬いのは妖の大規模な動きを予感したせいか。特定の範囲内で妖の動きが活発化している以上、何かが起こっている事は間違いない。警戒は必要だろう。
「狸の列車は攻撃性はあまりありません。しかし実物の電車と遜色のないスピードで移動しているため、他の妖と連携される前に対処する必要があります。
 AAAが狸の列車に追い付くために荷台のある電車を確保していますので、それに乗って並進する状態で戦う事になります」
 否、違う。確かに気掛かりではあるのだろうが、直接的な原因はまた別に有る。
「……以前、狸の妖が幻の電車を作っていた事件がありました。
 今回の事件との共通点も多く、ほぼ間違いなくその時の妖によるものと思われます。
 今回の妖を逃せば非常に多くの妖が運ばれる可能性があり、被害が拡大すると予想されます。頑張って対処して下さい」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:杉浦則博
■成功条件
1.狸の列車を止めろ!
2.なし
3.なし
●場面
・夜の線路上、終電が通過した後です。妖の移動速度が非常に高速なため、追い付くために覚者側も電車に乗った状態で戦闘になります。
・狸の列車と並進するように配給車(むき出しの荷台のついた電車)を走らせ、その上で戦う事になるので非常に不安定な足場と強い風の中での戦闘になります。対策は各自で行って下さい。
・真夜中ですが妖自体がぼんやりと光っている他、配給車にもライトが搭載されているので光量に問題はありません。

●目標
 狸の列車(親分狸、子分狸×2):妖・動物系・ランク2:妖化した狸が作った幻の列車。先頭車両に親分狸、後方車両に子分狸が二匹乗っている。主に戦闘を行うのは二匹の子分狸。
 親分狸は以前F.i.V.E.による討伐を撃退した猛者だが、今回は子分狸のサポートに回っている模様。
・車輪シュート:A物近単:後方車両の乗降口が開いて電車の車輪が飛んでくる。当たると痛い。
・風弾:A特遠列:後方車両の乗降口が開いて強烈な風が吹く。
・腹鼓:A特味全:親分狸が腹を叩き、その独特の音とリズムにより味方の体力を回復させる。列車の維持に力を使っているのか滅多に使わない。

●備考
・Beast train (シナリオID:238)に登場した妖と同じ個体が出現します。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年05月29日

■メイン参加者 6人■



 ―――ポン、と鳴る。腹が鳴る。鼓が鳴る。
 夜闇を切り裂くような鋼鉄の叫び声が聞こえる。発しているのは燐光を纏う古びた電車。その屋根の上には三匹の狸の姿があった。
「走れ、走れ。列車よ、走れ!」
 どこかデフォルメされたような姿の狸を乗せ、狸の列車は線路を進む。先頭にドッシリと腰掛ける大きな狸と、後方車両の上で転げまわる二匹の狸は列車の上でなければほのぼのとした光景だ。
 そこに、後ろから追いかけて来る光と音。どこか怪しげな出で立ちの列車とは違う。人の手による鋼の獣が、力を乗せてやって来ていた。
「アハハ、嬉しいねえ悪食。たぬきが居るよ。大きそうなのと……柔らかそうなのが2つ程かな」
 狸の列車と並進するように隣の線路を走る、むき出しの荷台のついた電車。その荷台の上で一番狸の列車に近い位置に居た緒形 逝(CL2000156)が直刀・悪食をスラリと抜いた。禍々しい瘴気は押し寄せる風に乗り、やがて宙へと消えていく。
「電車は嫌いじゃないけど、あまり得意じゃないわ……たまに酔うから。さすがに戦いながらなら緊張感もあるし酔うこともないと思うけど」
「狸の電車ねー。なんか大昔にそんなアニメあったよーな……あれ、狸だっけ? 猫かなんかだったような……そもそも電車だっけ? バス? タクシー?」
 逝の後方には四つの影が立ち、更に奥にはもう一人。その四つの内の一つである嵐山 絢音(CL2001409)は猛烈に髪をかき乱していく風に溜息をつく。その隣では、国生 かりん(CL2001391)がはためくスカートをものともせずに記憶の糸を手繰り寄せていた。
 常人ならば猛スピードで走る電車の荷台に立ってなどいられないが、彼らは覚者である。どれだけ動けるかという差はあるが、この程度ならば問題ない。
「F.I.V.E.の人員が一度敗退した相手ですか。正直、信じ難い事ですが事実ならより一層の注意が必要ですね」
「前に一度F.I.V.E.に勝ったことがある妖だって聞くとやっぱり身構えちゃうよね……今回は子分も連れてるみたいだし、一層注意しないと」
 一番狸の列車から遠い所に立つ望月・夢(CL2001307)の言葉に栗落花 渚(CL2001360)が続く。高い目標達成率を持つF.i.V.E.にしては珍しく取り逃がした妖―――腹鼓を打つ親分狸の存在を知り、二人の表情は些か硬い。
「前回、倒せなかった妖だからね。今回こそ……倒すよ」
 そしてそれは渚の隣に立つ鈴白 秋人(CL2000565)も同じ。否、秘めた思いはそれ以上だろう。何故ならば、その強さを身を以って知っているのだから。

 ―――ポンと夜空に一つ、鳴り響いた。


「何方も捌いて狸汁にしようか……まあ本当に狸なら喰べずに棄てるが。もっとも、この悪食は関係無く喰うがな」
 初手を取ったのは居合わせた面々の中でもぶっちぎりで速い逝だった。土行弐式「蔵王・戒」で自身の防御力を上昇させる。
「それにしても、わざわざこんなおんぼろな電車の姿を取るのには理由があるのかしら?」
 絢音が刀を振るい、体術「疾風斬り」を列車の上に居る子分狸に一閃。疑問を口にする余裕すらある。
 激しく揺れる電車の上であったが、優れた平衡感覚によって上手く跳んだ絢音はバックステップで元の位置まで戻っていた。
「ギャッギャッ!」
「ギィッ!」
「くっ……今度こそ、ここを通す訳にはいかないから」
 攻撃された事で本格的に敵と判断したのか、怒ったように子分狸が吠える。それに合わせて狸の列車の乗降口が開き、そこからレールを走っているのと同じ車輪が勢いよく飛び出してきた。
 ただし、何故か狙われたのは先程攻撃した絢音ではなく秋人だった。まだ未熟なのか、狙いは非常に大雑把なようだ。
「敵の力、少し削いでみます」
 天行壱式「纏霧」を狸の列車に絡めたのは夢だ。支援に長けた夢はいとも簡単に狸の列車の動きを鈍らせてしまった。
「油断しない様に焦らず、確実に倒して行こう」
 先程攻撃を受けた秋人が水行弐式「超純水」で持続的に体力を回復させる。流石に一度相対しただけあって慎重になっているようだ。
「あの列車ほんとに幻なんだ……列車の維持に力を使ってるみたいだけど、もし全力で戦闘に集中してたらどうなるんだろう……」
 渚は機化硬で自身の防御を固めると同時に危険予知能力を使い、狸の列車が妖の力で作られている事を見抜いていた。注意すべき箇所は乗降口だけのようだ。
「妖じゃ焼いてもタヌキ鍋にもなんねーし。ちゃっちゃと片付けて金貰って帰るとしますかー!」
 かりんが気合いを入れ、火行壱式「醒の炎」で身体能力を上昇させる。戦闘経験が少ないせいか打てる手は心許ないが、頼れる仲間が隣に居る。問題はないだろう。

「皆様はお力、少しでも強化いたしましょう」
 更に夢が天行壱式「演舞・清風」で全員に補助効果をかける。演舞と言うだけあってステップを踏む必要があるが、そこはハイバランサーを持つ夢だ。不安定な足場でも苦も無く効果を発動させる。
「この前も植え込みの中を、傷だらけでボロボロのたぬきが歩いているのを見たわよ。大方、カラスにたかられたのだろうね」
 そんな逝の軽い口調と共に振るわれたのは圧倒的な膂力による豪撃だった。地を這う軌跡から跳ね上がった切っ先が子分狸を切り裂く。二連撃を行う体術、地烈だ。
「狸さん達が強いのは認めるけど、うちだってそう何回も負けてらんないんだからね! 覚悟するよーに!」
 そこに渚も続く。奇しくも使われたのは同じ地烈であったが、一発は虚しく空を切る。二人を分けたのは経験の差か、それとも不安定な足場への対応か。
「倒した後は、妖力を失って普通の狸に戻るのかな……?」
 秋人は首を傾げながら術符を一枚列車へ投げるが、その余分なアクションが祟ったのか手元が狂い、術符は明後日の方向へ飛んで行ってしまった。その次の瞬間には風に乗って闇の中へと消えていく。
「妖を運ぶだけならもっと他に良い車両もあるだろうし、たぶん彼らの趣味か何か理由でもあるんでしょうね」
 絢音は先程の疑問に自分なりの答えを見出す。それと同時に振られた刀は先程よりも鋭く、重い。徐々に今の状況にも対応してきたようだ。
「って、ぐわああああ寒い! 真夜中に野ざらしな上に高速移動で風がすげえ!」
 何を今更、と言わんばかりの発言をしながらかりんは火行壱式「火柱」を子分狸に向けて放つ。本来なら地面から噴き上がる筈の炎の柱だが、何故か列車の屋根の上から飛び出ていた。
「ギィィィッ!」
「ギャゥッ!」
「多少の石ころなんぞ当たった所で痛くも無いわな」
 切られ燃やされと散々な子分狸が先頭に居る逝へと車輪を放つ。が、元々高い防御力を持っていた所に更にガードを固めた状態ではダメージは通らない。あまつさえ妖は攻撃力も下がっているのだ。

「弱いのだから出てこなければ、おっさんに狸汁にされる事も有るまいよ。アハハ!」
 ヘルメットの下から漏れる笑いと共に繰り出されたのは土行弐式「鉄甲掌」。衝撃が子分狸を突き抜け、その身を削っていく。
「私だってじっとしてるばっかりじゃないんだよ?」
 更に渚が鬼の金棒を振るう。体術「飛燕」を無理やり使うが、流石に無理があったのだろう。二連撃の内一発はやはり外れてしまった。
「全体支援は終わりました。個別支援に移ります」
 夢が次に選択したのは標的の攻撃力を上昇させる体術「戦之祝詞」。祝詞ではあるが、因子の力を介していないからか体術扱いのようだ。これによって渚の攻撃力が更に上がる。
「狸の趣味はよくわからないわね……まあ、狸にリニアモーターカーとかに乗って来られても反応に困るんだけど」
 三度絢音の刀が煌く。疾風斬りは体術の例に漏れず多少体力が消耗するが、まだまだ余裕がありそうだ。足場等不安定な状況だが、すっかり慣れてしまったらしい。
「やべえ完全にナメてた! 精々スカートめくれてパンツ見られ放題ぐらいにしか思ってなった!」
 握り込んだ術符に炎を纏わせて狸の列車を殴りつけたかりんは、あまりの寒さに腕を摩りながらぴょんぴょんと荷台の上で跳ねた。風云々よりも行動自体が捲れる原因となっている気がする。
「ギャゥゥゥゥ……」
「ギャッ!」
 再び逝へ車輪が放たれるが、やはり無傷。親分狸の幻に便乗している形だからか、細かい制御は効かないようだ。
 そしてそんな親分狸の腹鼓のリズムが変わる。このままではまずいと体力の回復を始めたようだ。
「子分への指示を出していない……? 戦闘は完全に任せてるのか?」
 轟々と唸る風の中で術符を投げつけた秋人は親分狸の声に耳を澄ませる。しかし聞こえてくるのは腹太鼓の音色だけであり、これでは「声色変化」を使った妨害は難しいだろう。

「皆、念のため回復するよ!」
 親分狸が回復したのにつられたのか、秋人が水行壱式「癒しの霧」で覚者達の体力を回復させる。高い特殊攻撃力によって放たれた霧は全員の体力を全快させていた。
「たぬきが電車に化けているなら乗車口が口になるのかね?」
 逝が狸の列車へ念弾を続けて放つ。予想とは異なり電車自体は幻であり、実体があるように見えるのは妖となったが故だろう。とは言え車両の外側よりも内側の方が脆いのは事実。そこを狙って念弾を放つのは理にかなっていた。
「攻撃力を上げた甲斐がありましたか。私が攻撃に移る前に倒せてしまいそうですね」
 そう言いながら夢は戦之祝詞を逝にかける。夢は覚者としては珍しく直接戦闘を好まないが、支援したお陰で無事に戦闘が終わったのならば支援者冥利に尽きるのだろう。
「これでも喰らえっ! 烈波!」
 渚は大きく鬼の金棒を振るうと、その軌道を描くように大量の気の弾丸が現れた。それは暫く滞空していたかと思うと、放射状に飛んでいく。
 ……が、それらは一発も当たらずに闇の帳の中へと消えて行った。
「ブフゥゥゥゥゥッ!」
「うぉあっとぉ!? ……お、アタシスゴくね!? 避けれた!」
 子分狸が今までとは違う鳴き方をしたかと思うと、狸の列車の乗降口から強烈な風が吹き荒れる。風は中衛の四人に襲い掛かるが、反射的にかりんは荷台の上を転がって風の範囲から抜け出していた。
「スカート……は、ストッキング穿いてるし見えないわよね……?」
 先程のかりんの発言に疾風斬りの余波で翻る布の裾をそっと抑える絢音。まあ割とさっきから丸見えだったのだが、日も暮れており光源の関係から陰になっていたので問題は無い。
「うおお、ギャルキャラだからって見栄張らずに厚着すりゃよかった! 死ぬ!」
 一方、その隣ではかりんが全身に鳥肌を立たせながら狸の列車に火柱を立たせている。先程の風弾を避けたせいで余計に風を感じてしまったのかもしれない。

「バフヒュゥッ!」
 全身ズタボロの子分狸の呼気と共に狸の列車の乗降口から風が噴き出す。が、既に限界が近いのだろう。後方の夢を狙った風は覚者達の乗る電車を揺らすに留まった。
「たりゃあっ! っく、外した!?」
 いや、それも狙っての行動だったのか。揺れる足場の中で放たれた渚の地烈は空を切る。どうも今回の依頼では攻撃を外しがちだ。やはり不安定な足場のせいだろうか。
「逃がさんよ。悪食が腹を空かせているんだ、皆まとめて腹の中に収まって貰うぞ」
 ならば対応できる者がしてしまえば良い、とばかりに逝が続く。隙を見計らっての地烈による四回攻撃。一撃一撃が強力な技を立て続けに叩き込まれ、遂に狸の列車が線路から吹き飛んだ。
 宙を舞う三匹の狸。縦に、横に、そして首と胴体を両断された狸達。妖であろうと即死確定の肉片は慣性のままに線路沿いに吹き飛び、やがて重力に引かれて四散する。
 ……完全にオーバーキルであった。


 電車から降りた覚者達は、線路脇に散らばった狸達の破片の近くに佇む。昼間であれば、気の弱い者が気絶するような光景が目に入ったであろう。全てを覆い隠す夜に感謝するべきか。
「……死んじゃった、ね」
「バラバラ、だったねぇ……」
 元の動物に戻る事を期待していた秋人の呟きにかりんの苦笑いが被る。特に秋人は二度目の邂逅だけあり、思う所もあったのだろう。
「やり過ぎたかな……」
 逝が指先で頬を掻くが、フルフェイスヘルメットの上からでは指が頬にそもそも当たっていない。まあ、どの道あのスピードで地面に落ちればミンチは免れない。当然の帰結だったのだろう。
「……思ったより、強くなかったね?」
「子分に経験を積ませようとしていたんでしょうか……」
 守護使役の「ともしび」で明かりを確保した渚の疑問に夢が答える。後は狸の成長以上に覚者達が強くなっていたという所か。最後に絢音が締める。
「え、ええと……お疲れ様、でした」
 何とも微妙な空気になってしまったが、元より相手は妖。子分狸が足を引っ張っていたとは言えそれなりに高ランクの妖であり、倒した所で元に戻る保証も無かった。
 ならば、安全が確保できたと喜ぶべきなのだろう。

 ―――もう、鼓の音は聞こえない。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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