狩人が狩られる夜
●
覚者が行方不明になる事件が多発している。注意されたし。
「神隠しだの家出だの、恐らくそこのあたりだろうが、なんでたって俺が……ま、探偵だからか」
ある日は、学校帰りの少女が帰ってこない。
ある日は、買い物帰りの少年が帰ってこない。
その他多数。
多数の武具武器が取引された情報あり。
「じゅう、にじゅう……なんだこりゃあ、戦争でもする気かぁ?」
黒いワゴン車が覚者を連れ込んだ情報あり。一連の事件と関連性は濃厚。
しかしワゴン車を追った者から連絡が途絶えた、との事。
覚者を狙った誘拐事件である事が予想される。憤怒者か、隔者かは未だ不明。
捜査協力を、願う。
「黒いワゴン車っていったら…あんな感じかぁ?」
ホチキス止めされた資料を捲りながら、幾日も洗っていない髪の毛を掻いた。
丁度、目の前を過ぎていく黒いワゴン車の中―――血まみれた右手が窓にへばりついたのは一瞬。超視力で見逃さなかった男は、噛んでいた煙草を吐き出して走った。
「あ……んにゃろ!」
そしてこの日、探偵の男が消えた。
●
「相手は、憤怒者だ。誘拐された子たちはまだ生きてる。助けてきて欲しいんだ」
久方 相馬(nCL2000004)は束ねた資料を配りながら、そう言った。
風の噂には聞いていたかもしれないが、最近、姿をくらます人間が多い。とくに子供が多く、全員が覚者であるらしい。狐が神隠しをしているか、などと噂も流れたが違ったようだ。
「憤怒者が覚者を集めてる。それも戦闘もできない子供を、殺すためだけに。子供のうちから芽を摘む為ってか、ふざけんな!」
今はまだ集められた覚者に手は出されていない。だが時間の問題であろう、一斉に処理される前にどうしてか助け出さねばならない。
「相手の数は六人だぜ。武装もしてる。主に飛び道具ばっかりだ。拳銃とか、ガトリングとか……。接近すれば、ナイフや刀、剣なんかもだ! 対処は任せるぜ」
数は多いが、恐らくは所詮寄せ集めの軍。連携などは取ってこないだろうし、ひとつ崩れれば全部崩れる可能性は高い。だがあちらは人質が取れるかもしれない事は念頭に置いておくべきだ。
「覚者たちは両手両足縛られて眠らされて、ひとつの場所に全員放り込まれてるみたいだ。俺があと夢で見れたのは……廃墟化した工場ってとこかな? で、ロッカーが見えたから、多分子供達は更衣室っぽい個室にいるんじゃないかって! だから、頼むよあんな………」
●
「やめてくれ」
それが探偵の男の最期の言葉となった。彼は今、蜂の巣になって、壁に背をつき息絶えている。
彼をこのような姿に変えた得物を持った男は、茶髪に若い顔立ちの、どこにでもいそうな二十歳前後の男性だ。
彼はそれから何度も何度も、動かぬ男の腹部、特に精霊顕現の紋の部分を蹴った。まるで呪うような、形相で。
「はは、妖から守ってくれる覚者だの、力があるだの、お高くとまってむかつくんだよ!」
廃墟の中は、命懸けの鬼ごっこが始まっていた。
泣き声に、叫び声、逃げ惑う子供が壁の赤い染みになって命を散らす。
刀を持った青年が、月明かりに照らされて歪んだ表情を晒した。
「はあ、はぁ……ハハハ!! 精々する。きもちいぜ、無抵抗な覚者様をぶち殺していくのはよぉ!! おまえらはいつでも強者だ、だがな、だがなああ!!」
足元に這う子供の背中に銃口をつけ、トリガーを引いた瞬間男の腹部は赤く染まった。
真夜中の廃墟。
一二の瞳が不気味に輝く。
嫉妬こそが行動力の源泉である。恨み、憧れ、されど覚者の力は手に入らぬ者たち。
変わりに手に入った武器で、己が強くなったかのような幻覚に魅入られそして。
「覚者は全員、殺してこそだ、ハ、ハハッ、ハハハ!!」
覚者が行方不明になる事件が多発している。注意されたし。
「神隠しだの家出だの、恐らくそこのあたりだろうが、なんでたって俺が……ま、探偵だからか」
ある日は、学校帰りの少女が帰ってこない。
ある日は、買い物帰りの少年が帰ってこない。
その他多数。
多数の武具武器が取引された情報あり。
「じゅう、にじゅう……なんだこりゃあ、戦争でもする気かぁ?」
黒いワゴン車が覚者を連れ込んだ情報あり。一連の事件と関連性は濃厚。
しかしワゴン車を追った者から連絡が途絶えた、との事。
覚者を狙った誘拐事件である事が予想される。憤怒者か、隔者かは未だ不明。
捜査協力を、願う。
「黒いワゴン車っていったら…あんな感じかぁ?」
ホチキス止めされた資料を捲りながら、幾日も洗っていない髪の毛を掻いた。
丁度、目の前を過ぎていく黒いワゴン車の中―――血まみれた右手が窓にへばりついたのは一瞬。超視力で見逃さなかった男は、噛んでいた煙草を吐き出して走った。
「あ……んにゃろ!」
そしてこの日、探偵の男が消えた。
●
「相手は、憤怒者だ。誘拐された子たちはまだ生きてる。助けてきて欲しいんだ」
久方 相馬(nCL2000004)は束ねた資料を配りながら、そう言った。
風の噂には聞いていたかもしれないが、最近、姿をくらます人間が多い。とくに子供が多く、全員が覚者であるらしい。狐が神隠しをしているか、などと噂も流れたが違ったようだ。
「憤怒者が覚者を集めてる。それも戦闘もできない子供を、殺すためだけに。子供のうちから芽を摘む為ってか、ふざけんな!」
今はまだ集められた覚者に手は出されていない。だが時間の問題であろう、一斉に処理される前にどうしてか助け出さねばならない。
「相手の数は六人だぜ。武装もしてる。主に飛び道具ばっかりだ。拳銃とか、ガトリングとか……。接近すれば、ナイフや刀、剣なんかもだ! 対処は任せるぜ」
数は多いが、恐らくは所詮寄せ集めの軍。連携などは取ってこないだろうし、ひとつ崩れれば全部崩れる可能性は高い。だがあちらは人質が取れるかもしれない事は念頭に置いておくべきだ。
「覚者たちは両手両足縛られて眠らされて、ひとつの場所に全員放り込まれてるみたいだ。俺があと夢で見れたのは……廃墟化した工場ってとこかな? で、ロッカーが見えたから、多分子供達は更衣室っぽい個室にいるんじゃないかって! だから、頼むよあんな………」
●
「やめてくれ」
それが探偵の男の最期の言葉となった。彼は今、蜂の巣になって、壁に背をつき息絶えている。
彼をこのような姿に変えた得物を持った男は、茶髪に若い顔立ちの、どこにでもいそうな二十歳前後の男性だ。
彼はそれから何度も何度も、動かぬ男の腹部、特に精霊顕現の紋の部分を蹴った。まるで呪うような、形相で。
「はは、妖から守ってくれる覚者だの、力があるだの、お高くとまってむかつくんだよ!」
廃墟の中は、命懸けの鬼ごっこが始まっていた。
泣き声に、叫び声、逃げ惑う子供が壁の赤い染みになって命を散らす。
刀を持った青年が、月明かりに照らされて歪んだ表情を晒した。
「はあ、はぁ……ハハハ!! 精々する。きもちいぜ、無抵抗な覚者様をぶち殺していくのはよぉ!! おまえらはいつでも強者だ、だがな、だがなああ!!」
足元に這う子供の背中に銃口をつけ、トリガーを引いた瞬間男の腹部は赤く染まった。
真夜中の廃墟。
一二の瞳が不気味に輝く。
嫉妬こそが行動力の源泉である。恨み、憧れ、されど覚者の力は手に入らぬ者たち。
変わりに手に入った武器で、己が強くなったかのような幻覚に魅入られそして。
「覚者は全員、殺してこそだ、ハ、ハハッ、ハハハ!!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.憤怒者の無力化
2.覚者半数の生存
3.上記二つの条件を埋める事
2.覚者半数の生存
3.上記二つの条件を埋める事
OPのラストは夢見くんが見たPCが介入しない未来です
●状況
憤怒者による拉致事件
一定の数を集めた後に、まとめて子供達を処理する目的である、それを止めるのが今回のお仕事です。
覚者はロッカールームに押し込まれて眠らされている。全員無事である。
●敵
・伊達桜雅(ダテ・オウガ)
今回の事件の首謀者だと思われる茶髪の大学生。単純な英雄願望がこじれた模様、覚者になりたくて、だがなれない成れの果て
大学生という身分で武器収集が可能であったとは思えない為、調べたところ下記の組織と繋がっていた
・喜村稜平(キムラ・リョウヘイ)
桜雅と同じ大学に通う少年。剣術系道場に通っていたが、覚者に勝てない限界を知り、覚者を恨んでいる模様
・富田灯(トダ・アカル)
社会人一号。毎日のストレスに疲れ、非現実的な世界を望んでいた模様。例え覚者になれずとも覚者を殺す自分に酔いしれている
・樋本優木(ヒモト・ユウキ)
社会人二号、上記に同じと思われるが根本的に殺人願望があるため、根が腐っている。行動もそれらしい行動を取る
・憤怒者組織より×2人
イレブンではない弱小組織
覚者をこの世から一掃するために集まった人間組織、根本的に覚者を恨んでいます
普通の一般人よりも強く、訓練されている精鋭。武器の扱いにも長けている
加斗ルイ(カド・ルイ)、三倉総司(ミクラ・ソウジ)という名前の三〇代の男性二名が参加
単純な戦力ではこの二名が一番高い
加斗は隔者に家族を殺され、三倉は恋人が破綻者になり死んでいます
武器はOPでもあるとおりです。
初動、六人は固まって動いてます、一番開かれた一番広いところで
そのあとは限りではないです
●場所
元工場。一階のみ、広いです。障害物あり
更衣室や一部(トイレとか事務室とか)は個室となっています
時刻は真夜中、暗夜対策不必要
●覚者×15
ほぼ子供、戦闘不可能
一部大人、そこらへんの人は戦えます
ご縁がありましたら、よろしくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年09月04日
2015年09月04日
■メイン参加者 6人■

●
まん丸より少し形が欠け始めた明るい月が、数多の星を従えていた。
ひぐらしも鳴かずの、静かな場所。大地に敷き詰められた緑の絨毯を風が撫でれば、土の香りが乗っかった。
「こんなに、平和そうなのになあ」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は心の内に秘めた熱を抑え込みながら言った。
件の事件とやらは既に進行している。時が進めば、取り返しがつかなくなる事だってある。この場に揃った六人は、だからこそ早足で廃屋を目指していた。なに、近くまでは移送されたのだが、敵に気づかれては元も無し。
「では、手はず通りに」
誰かの言葉と共に、三人と三人。
別れてさようなら、またあとでと手を振った。
●
おぼろげな、まるで霧の中から視界を得るようなもの。奏空の感情探査は、そういうものであった。
だが、影くらいは察せる。大体の位置に、ぐちゃりと混ざる怯えた感情が分かれば御の字なのだ。
結果として奏空の探査により、事態の事の運びはスムーズになったと言えよう。彼はひんやりとしたコンクリートの上に大雑把な地図を描いて、場所を伝えた。
赤坂・仁(CL2000426)が壁に背をつき、廃屋の中を僅かな窓の隙間から見る。
中では富田灯がナイフとナイフを擦り合わせて彷徨いていた。奏空が拾った感情は彼も含まれ、暗い暗い色をマーブル状にしたようなそれに吐き気さえ感じるようだ。
灯の視界は丁度こちらを背にして奥を見ていた。その先に覚者が集められている部屋を見据えるようにして。
緒形 逝(CL2000156)がこくり、頷けば他二人も同時に頷いた。
これが突入の合図。
できるだけ、派手に行こう。
「観念しろー! お兄さんたちの行動は全てまるっとつるっと全部お見通しなんだぞ!!」
軽装に身をくるんだ奏空のスピードは速い。
「回収業者だよー。悪い子は全部スプラッタにするさねー」
「手を上げろ! どうせ貴様らは逃げられない」
後ろから、逝、仁と続く。しかし、仁はすぐ足を止めた。両腕に抱えられる、超場違いな重量武器。
「バラバラになるんだな」
グラサンの奥の瞳がぎらりと光った。覚者の先制攻撃、完全に不意打ちを取った時の最初の一撃とは強いものだ。
「はは、覚者か自らやられにk―――」
グレネードランチャーが吐き出したものが灯に直撃。灯が何か言っていたが途中で肉塊になり散り散りになって消えた。仁から見れば、灯が中指突き立ててこちらを見た気がしたが、二秒後には灯の存在を脳内削除した。
爆発音、これには憤怒者一派も驚くに決まっている。
まさかつけられていた? いやそれはありえない。どんな覚者が追ってこようと全て完璧にまいて来た、時には拉致った。
であれば、なぜバレたのだ。
答えはひとつ。
「―――クソの夢見に引っかかったか!? どこの組織だ!!」
ルイが言った。
急遽臨戦態勢に入った敵、だがその時には逝の悪食がルイの左腕を吹っ飛ばしていた。
血が噴き出し、逝のヘルメットにびちゃびちゃと張り付く。感心したのはルイは叫びもしなかった事だ、冷静に拳銃を取り出し引き金を引く。ゼロ距離で放った弾丸が、逝の胸を熱く齧りとった。
「回収業者さ。夢見じゃなくて、教えてもらったのさ。リークした奴ぁ、今、札束握ってバカンスだろうよ。ていうか胸がめっちゃ痛いんだけど」
「ほざけ! 俺らを舐めるなよ覚者ァ!」
「ほんとなのになー」
わざとらしい逝の喋りにルイの額に血管が浮かび上がった。
何があったにしろ、どんな理由があったにしろ、だからといって今回の出来事は見逃せるわけはない。慈悲も無し。
言い合いの最中でルイの後ろに回った奏空であったが。
「わ、わわ、わわわわわわわわわ!!?」
向かって左奥、何十もの弾丸が空を切って来たのに奏空は走りながら、また飛び回りながら弾丸を避けていく。
「逃げてんじゃねえ当たれクズが死ねえヒハハハハ!」
この声は誰だ、恐らく樋本優木――根が腐っていると言われているあいつだろう。
厚いテーブルのような今となってはよくわからない鉄板の後ろに隠れて、やっと弾丸の追随が消えた。
滅茶苦茶だ、殺される、殺しに来ていた。
これが戦闘か。
腕を見れば、いつの間にかかすったのだろうか、血が流れていた。それを舐め取りながら、早まる鼓動を奏空はおさまれと胸を叩いた。
「先生、早く……」
それは、早く覚者を助けてなのか、早くここに加勢しにきてなのか、どっちの感情であっただろうか。
●
爆発音がした。
「そういえば、グレネードランチャーという武器が神具庫にあったな。誰が使うんだこんなもんと思っていたが……。奏空はありえん、逝もやりそうだが、仁か? 仁の仕業か?」
『たぶん探偵』三上・千常(CL2000688)が半ば白目の状態で呟いた。
「工場だろうと、廃屋が崩れたらどうしましょうね」
「それあれですか、攻略したダンジョンがラストで、崩れる、お決まりの展開、ですか……っ」
『天剣の巫女』宮川・エミリ(CL2000045)と神室・祇澄(CL2000017)がお互いに顔を見合わせてから、千常を見た。
「ん? あぁ……そうだな」
三人は崩れ落ちる工場廃屋に潰される自分たち&非覚者たち&罪なき覚者たちの図を思い浮かべてから、同時に頭を横に振った。
「崩れ落ちる前に、参りましょう。仲間の三人も、気がかりです」
「趣旨、変わってる、気がしますが、そうですね!」
三人は精霊顕現である。
属性は異なれど、術式の属性を色濃く纏える種族である。そして同時に、一般人の目から自分を隠せるという便利な能力もある。
今回の相手は、一般人だ。
だがしかし、歩けばもちろん音はするであろう。
それも大丈夫だ、守護使役という強い味方が居た。
絶対に崩されない完璧な作戦であった。
一般人が居る場所の手前、ガトリングを持った優木が一番近い場所に居る。
成程、こんな遠くから狙えばいくら撃たれたとて回避は可能であろうか。
エミリと祇澄は再び顔を見合わせてから、得物を抜いた。ここから一度動けば戦闘行動と見なされ、迷彩は解け、憤怒者に見つかる。
しかしそれも作戦通り、この場所を陣とってしまえれば。
が、
「んな事しなくても覚者ァ、人質とりゃあいいじゃねーかよ」
――伊達桜雅であった。
急ぎ足で更衣室へと向かっている。この瞬間、優木より桜雅が優先敵な討伐対象となる。
桜雅が走ってくる、この一瞬。桜雅の瞳の中、突如闇の中から浮き出た覚者二名。
「覚悟!!」
「ここから、先には、通しません」
祇澄は足を断ち切り、エミリは放電した右腕をスライドさせ電撃を放った。
バランスを崩し、転んだ桜雅が叫び声をあげれば、非覚者たち全員が千常たちの存在に気づく。
いつの間に、と振り返った優木の銃口がこちらを向いた。距離としては中衛同士の位置くらいから、引き金を引く手前。
「遅かったな。俺の弟子をいじめたのはお前か?」
「ヒ、ヒヒッ」
鉄板の奥に飛び込んだ奏空の姿を見た千常。彼のライフルが優木のこめかみにつけられており、迷わず引き金を引いた。
弾けた柘榴のごとく、肉と液体を床に広げてから時間差で優木の首から下が崩れ落ち、視界がよく見える。
「背後からの奇襲だと!?」
三倉総司が見えた。こちらの方にガトリングを向け、千常も同じくライフルを構える。おっと、忘れていたが桜雅はまだ生きており、翅を失って蠢く蝉のような形で寝そべっているのを千常が足で踏んで抑えている。
「援護、お願い致しますね」
「おう」
千常の視界の端から、エミリは駆け抜けていった。狙うはルイであるのだが……喜村稜平、が間に入ってきては先へは行けない。仕方なくエミリは眼前の敵を葬ることにした、既に抜刀された得物を振り、がら空きの腹部へと空を撫でる。
が、外れた。刃を刃で落とされ、体勢を崩したエミリ。
完全に不意打ちを狙ったのだが、一瞬目を大きく見開いたエミリ。だが、笑いはしないが少しだけ解けたような声色でいう。
「いい反応速度です。その腕があって、なぜこんな事を」
「あんたらはいつも強者だ、それが許せない!!」
「技術を鍛える前に、心を鍛えておくべきでしたね」
再び刃と刃を交える。唾ぜりの位置。心を鍛えろと言ったものの……子供を殺そうとしておいた狂気的な行動をする者を、断固として生かす価値などない。
その間に祇澄はロッカールーム内へと侵入した。
口元を塞がれ、んーんーと声を出す探偵と、数人の子供が起き始ていた。この騒ぎだ、仕方ない。
「もう、大丈夫ですから……」
泣き始めそうな子供をあやす母のような、できる限り優しい瞳をした。祇澄は前髪が少し長く、彼女の表情が見て分かるかといえば不明だが、なんせその雰囲気は太陽の様であれば助けに来たのだと認識しない事もないだろう。
「ここ、どこ?」
「どこでしょうね、でももうお家、帰れますから」
●
千常の片足にナイフを刺し、逃げた桜雅が拳銃を構えた。
日本語とも聞き取れぬ叫び声をあげながら、半ばパニック状態というやつになっているのだろう。
足のナイフを引き抜くこともせず、千常のライフルは彼へと向いた。が、その前に風が駆け抜けていった。
「―――奏空!!」
「よくも、先生を!!」
この場の誰よりも速く移動ができる、奏空。華やかに彩られた金髪も、闇に重なり濁って見える。今や、戦闘前に『怒りはおいていけ』と彼に言われたいたことさえ忘れているのか、いや、忘れてはいないだろうが吹き上がる憤りに、忘れてしまったのは理性の方か。
「近づいてくんじゃねえ!!」
桜雅による一発目の発砲。
胸に穴があいた、口から血を吐いた、死んだ……死んだが、どこから来ているのかわからない世界の加護が、彼の足を止めることを許さなかった。
「チィっ」
エミリの方をちらっと見たが、どうやら彼女の他に仁と逝がいるので大丈夫そうであると判断すれば、再びライフルは桜雅を向いた。
奏空の苦無は桜雅の腹部をえぐる。だが人間、腹部に物が刺さったとしてもすぐに絶命する訳でも無い。50%は罪なき人たちの怒り、50%は先生を傷つけた怒り任せに刺した苦無をぐるりと回して傷を抉れば、断末魔が響いた。
「伏せろ、奏空!!」
千常の、地が振動するレベルの大声に、反射的に奏空の身体が足を折り地面へ伏せったのが見える。それができれば上出来だ。
再び地が揺れる振動がひとつ。銃口から放たれた弾丸は、音を置き去りにして桜雅の首から上を吹き飛ばした。
桜雅の死に、恐らくの安全を感じた祇澄が、人質を外へと送ろうと壁に背を付きながら奥を見た。
だが、ちらりと祇澄の身体が見えた瞬間に、弾丸ひとつ隠れている壁すれすれを飛んでいき、扉にぶつかってめり込んだ。
探偵がのっそり、近づいた。
「まだ、出られませんか」
「そんな感じだな、じゃあ俺らはこの中にいるから」
「お願い、します。くれぐれも、ここから、出ないでください」
「ああ、わかった……」
祇澄は部屋を出て加勢しにいく。
「けど」
「けど?」
「そちらも気をつけてな」
「はい、大丈夫です、私、こう見えてもすごいんです。……ありがとう、ございます」
精霊顕現である探偵の男が、幾日も洗っていなくてついにネバついた髪をがりがりと掻いた。
倒しやすそうな者から狙う、として。仁の視界にはルイが映っていた。一撃必殺……ということでもないが、普通非覚者がグレネードランチャーなんて喰らえば速攻お陀仏極まりない。
さて、どう狙ってくれようとグラサンの奥から機会を定めていた。
ルイは憤怒者にしては俊敏に動く男であった。数撃てばあたるとしても、そんな無駄に弾を消費する訳にもいかないだろう。
仁が集中し、狙うは一点。彼が攻撃をした瞬間だ。
「背後から危険な気配がします」
「なぬ、敵か。いやあれは、グレネードランチャーだー!」
エミリがぞくりと震えながら稜平の剣をさばき、逝はわざとらしく笑いながら肩を揺らした。
逝的には、早くルイか総司を倒したいものの、組織の事情を聞くとなっては、残しておくメインディッシュのようなもの。
「さーてどっちを生き残らせて、どっちをイかせちゃうかー……」
仁と逝の視線が合致する。
「オーケーオーケィ、エミリちゃん、そいつ(稜平)をちょっとばかし頼むさね」
「二十秒だけですからね」
逝は稜平の横に振られた攻撃を背中をそらして避けつつ、そのまま後ろへ下がった。
今や、右腕しかないルイのナイフが逝の背中に刺さり、その刃物は刃先が腹部から出るほど。ヘルメットの下で逝はにぃと笑った。
「捕まったかねえ」
「お前がな」
「いやあ、そちらさんの方さね。残念賞だ」
怪訝な顔をしたルイ。だが気づいた時には遅かった――仁の存在。
逝が悪食の刃先を前から後ろへくるりと変え、背中に密着したルイの腹部へと刺す。更に力が緩んだルイを回し蹴りで吹っ飛ばし、仁へと手を振った。
「覚者になれなかった、成れの果て。同情もしない」
ずっと狙っていたルイの背中。こちらへと飛ばされ、近づくその前に。仁はグレネードランチャーの超威力を解放した。
さて、残るは総司と稜平だ。
有象無象のような縦からも横からも乱れに降りかかる刃の乱舞を、なるべく体力を消費しない程度の小さな動きでいなしていくエミリ。
なぜ、このような力があるものでもこうなってしまうのか。エミリの脳内では少しの悲しみが帯びてはいたものの、悪に侵されたものは正さねばならない。
「この……、このっ! この!!」
最早稜平は怒りの形相であった。我を忘れるレベル、火事場の馬鹿力とやらもいつ出してくるものか。
このままの、ただただ、一方通行な状況が急転するには、エミリが彼を断つことであろう。そしてそこに祇澄が加勢に来た。
「大変、遅れました」
「いいのよ。人質は平気そうですか?」
「ええ、頼もしい探偵さんが、いらっしゃいますから」
自分を眼中にいれず、話をするのに稜平は「余裕こきやがってえええ!!」と、既にキレていたものの、更に攻撃に鋭さが増す。祇澄が受け止め、甲高い音が工場内に充満した。
ロッカールームの子供が怯え、少女はキャア!と叫んだ声が聞こえる。今頃、探偵が大丈夫だとあやしているのだろう。
稜平を手首に痺れが行くほどに力押しできていた。後ろへ回り込んだエミリが稜平の背に一線の縦傷を深く深く斬りつける。
断末魔ひとつ。緩んだところで、祇澄は稜平を押し返した。
子供をあんな目にあわせて、今だって怖がられている。そんな弱い者いじめな腐った根性、この祇澄が直々に叩き直さんと。見つけた、ただひとつの油断。刃を刃で弾き返し、後ろへのろけたその一瞬。
「悪・即・斬」
「覚悟!!」
破邪刀は稜平の腹部を切り裂き、切り抜けて。祇澄の刀が上半身を縦に切り裂いた。
断末魔は聞こえない。そのまま倒れんとした。
だが、稜平は死にゆく目線で、子供たちがいる部屋をみた。
「は、ひ、ひい、ひひひひ!!」
壊れたように笑った彼が、取り出した拳銃。走り出し、子供を道連れにとでも思ったのか。最早人では無く、稜平の雰囲気は獣のそれである。
「そんなこと、させません……!!」
祇澄が手を伸ばす、稜平の背を掴み、行かせないと。
「汚物は消毒だな」
ゴィン! と音がした。
結局、最終的には仁がグレネードランチャーをぶっぱなした―――訳ではなく、鈍器のように使って稜平を戦闘不能に追い込んだのだった。
「あ、そういう、使い方もあります、ね」
「こういう使い方もあるもんだ」
残ったのは総司一人だ。この状況、馬鹿でもなければわかるであろう、負けたと。そして、銃声が響いた。総司は、自ら命を絶ったのだ。残された意味を、あえて殺されなかった意味を、彼は十分理解していたのだろう――。
覚者を恨む憤怒者は多い。今回の者たちだけでは無く、まだ色濃く闇は日本を覆っていることだろう。
ただ、今この瞬間だけ。この場所だけは平和は訪れた。
「助かった、えっと……君たちは?」
探偵は、神隠しされた子供たちを車に乗せて言った。
だが誰もその答えは言わず。ただ、笑って、さようならと手を振ったのであった。
まん丸より少し形が欠け始めた明るい月が、数多の星を従えていた。
ひぐらしも鳴かずの、静かな場所。大地に敷き詰められた緑の絨毯を風が撫でれば、土の香りが乗っかった。
「こんなに、平和そうなのになあ」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は心の内に秘めた熱を抑え込みながら言った。
件の事件とやらは既に進行している。時が進めば、取り返しがつかなくなる事だってある。この場に揃った六人は、だからこそ早足で廃屋を目指していた。なに、近くまでは移送されたのだが、敵に気づかれては元も無し。
「では、手はず通りに」
誰かの言葉と共に、三人と三人。
別れてさようなら、またあとでと手を振った。
●
おぼろげな、まるで霧の中から視界を得るようなもの。奏空の感情探査は、そういうものであった。
だが、影くらいは察せる。大体の位置に、ぐちゃりと混ざる怯えた感情が分かれば御の字なのだ。
結果として奏空の探査により、事態の事の運びはスムーズになったと言えよう。彼はひんやりとしたコンクリートの上に大雑把な地図を描いて、場所を伝えた。
赤坂・仁(CL2000426)が壁に背をつき、廃屋の中を僅かな窓の隙間から見る。
中では富田灯がナイフとナイフを擦り合わせて彷徨いていた。奏空が拾った感情は彼も含まれ、暗い暗い色をマーブル状にしたようなそれに吐き気さえ感じるようだ。
灯の視界は丁度こちらを背にして奥を見ていた。その先に覚者が集められている部屋を見据えるようにして。
緒形 逝(CL2000156)がこくり、頷けば他二人も同時に頷いた。
これが突入の合図。
できるだけ、派手に行こう。
「観念しろー! お兄さんたちの行動は全てまるっとつるっと全部お見通しなんだぞ!!」
軽装に身をくるんだ奏空のスピードは速い。
「回収業者だよー。悪い子は全部スプラッタにするさねー」
「手を上げろ! どうせ貴様らは逃げられない」
後ろから、逝、仁と続く。しかし、仁はすぐ足を止めた。両腕に抱えられる、超場違いな重量武器。
「バラバラになるんだな」
グラサンの奥の瞳がぎらりと光った。覚者の先制攻撃、完全に不意打ちを取った時の最初の一撃とは強いものだ。
「はは、覚者か自らやられにk―――」
グレネードランチャーが吐き出したものが灯に直撃。灯が何か言っていたが途中で肉塊になり散り散りになって消えた。仁から見れば、灯が中指突き立ててこちらを見た気がしたが、二秒後には灯の存在を脳内削除した。
爆発音、これには憤怒者一派も驚くに決まっている。
まさかつけられていた? いやそれはありえない。どんな覚者が追ってこようと全て完璧にまいて来た、時には拉致った。
であれば、なぜバレたのだ。
答えはひとつ。
「―――クソの夢見に引っかかったか!? どこの組織だ!!」
ルイが言った。
急遽臨戦態勢に入った敵、だがその時には逝の悪食がルイの左腕を吹っ飛ばしていた。
血が噴き出し、逝のヘルメットにびちゃびちゃと張り付く。感心したのはルイは叫びもしなかった事だ、冷静に拳銃を取り出し引き金を引く。ゼロ距離で放った弾丸が、逝の胸を熱く齧りとった。
「回収業者さ。夢見じゃなくて、教えてもらったのさ。リークした奴ぁ、今、札束握ってバカンスだろうよ。ていうか胸がめっちゃ痛いんだけど」
「ほざけ! 俺らを舐めるなよ覚者ァ!」
「ほんとなのになー」
わざとらしい逝の喋りにルイの額に血管が浮かび上がった。
何があったにしろ、どんな理由があったにしろ、だからといって今回の出来事は見逃せるわけはない。慈悲も無し。
言い合いの最中でルイの後ろに回った奏空であったが。
「わ、わわ、わわわわわわわわわ!!?」
向かって左奥、何十もの弾丸が空を切って来たのに奏空は走りながら、また飛び回りながら弾丸を避けていく。
「逃げてんじゃねえ当たれクズが死ねえヒハハハハ!」
この声は誰だ、恐らく樋本優木――根が腐っていると言われているあいつだろう。
厚いテーブルのような今となってはよくわからない鉄板の後ろに隠れて、やっと弾丸の追随が消えた。
滅茶苦茶だ、殺される、殺しに来ていた。
これが戦闘か。
腕を見れば、いつの間にかかすったのだろうか、血が流れていた。それを舐め取りながら、早まる鼓動を奏空はおさまれと胸を叩いた。
「先生、早く……」
それは、早く覚者を助けてなのか、早くここに加勢しにきてなのか、どっちの感情であっただろうか。
●
爆発音がした。
「そういえば、グレネードランチャーという武器が神具庫にあったな。誰が使うんだこんなもんと思っていたが……。奏空はありえん、逝もやりそうだが、仁か? 仁の仕業か?」
『たぶん探偵』三上・千常(CL2000688)が半ば白目の状態で呟いた。
「工場だろうと、廃屋が崩れたらどうしましょうね」
「それあれですか、攻略したダンジョンがラストで、崩れる、お決まりの展開、ですか……っ」
『天剣の巫女』宮川・エミリ(CL2000045)と神室・祇澄(CL2000017)がお互いに顔を見合わせてから、千常を見た。
「ん? あぁ……そうだな」
三人は崩れ落ちる工場廃屋に潰される自分たち&非覚者たち&罪なき覚者たちの図を思い浮かべてから、同時に頭を横に振った。
「崩れ落ちる前に、参りましょう。仲間の三人も、気がかりです」
「趣旨、変わってる、気がしますが、そうですね!」
三人は精霊顕現である。
属性は異なれど、術式の属性を色濃く纏える種族である。そして同時に、一般人の目から自分を隠せるという便利な能力もある。
今回の相手は、一般人だ。
だがしかし、歩けばもちろん音はするであろう。
それも大丈夫だ、守護使役という強い味方が居た。
絶対に崩されない完璧な作戦であった。
一般人が居る場所の手前、ガトリングを持った優木が一番近い場所に居る。
成程、こんな遠くから狙えばいくら撃たれたとて回避は可能であろうか。
エミリと祇澄は再び顔を見合わせてから、得物を抜いた。ここから一度動けば戦闘行動と見なされ、迷彩は解け、憤怒者に見つかる。
しかしそれも作戦通り、この場所を陣とってしまえれば。
が、
「んな事しなくても覚者ァ、人質とりゃあいいじゃねーかよ」
――伊達桜雅であった。
急ぎ足で更衣室へと向かっている。この瞬間、優木より桜雅が優先敵な討伐対象となる。
桜雅が走ってくる、この一瞬。桜雅の瞳の中、突如闇の中から浮き出た覚者二名。
「覚悟!!」
「ここから、先には、通しません」
祇澄は足を断ち切り、エミリは放電した右腕をスライドさせ電撃を放った。
バランスを崩し、転んだ桜雅が叫び声をあげれば、非覚者たち全員が千常たちの存在に気づく。
いつの間に、と振り返った優木の銃口がこちらを向いた。距離としては中衛同士の位置くらいから、引き金を引く手前。
「遅かったな。俺の弟子をいじめたのはお前か?」
「ヒ、ヒヒッ」
鉄板の奥に飛び込んだ奏空の姿を見た千常。彼のライフルが優木のこめかみにつけられており、迷わず引き金を引いた。
弾けた柘榴のごとく、肉と液体を床に広げてから時間差で優木の首から下が崩れ落ち、視界がよく見える。
「背後からの奇襲だと!?」
三倉総司が見えた。こちらの方にガトリングを向け、千常も同じくライフルを構える。おっと、忘れていたが桜雅はまだ生きており、翅を失って蠢く蝉のような形で寝そべっているのを千常が足で踏んで抑えている。
「援護、お願い致しますね」
「おう」
千常の視界の端から、エミリは駆け抜けていった。狙うはルイであるのだが……喜村稜平、が間に入ってきては先へは行けない。仕方なくエミリは眼前の敵を葬ることにした、既に抜刀された得物を振り、がら空きの腹部へと空を撫でる。
が、外れた。刃を刃で落とされ、体勢を崩したエミリ。
完全に不意打ちを狙ったのだが、一瞬目を大きく見開いたエミリ。だが、笑いはしないが少しだけ解けたような声色でいう。
「いい反応速度です。その腕があって、なぜこんな事を」
「あんたらはいつも強者だ、それが許せない!!」
「技術を鍛える前に、心を鍛えておくべきでしたね」
再び刃と刃を交える。唾ぜりの位置。心を鍛えろと言ったものの……子供を殺そうとしておいた狂気的な行動をする者を、断固として生かす価値などない。
その間に祇澄はロッカールーム内へと侵入した。
口元を塞がれ、んーんーと声を出す探偵と、数人の子供が起き始ていた。この騒ぎだ、仕方ない。
「もう、大丈夫ですから……」
泣き始めそうな子供をあやす母のような、できる限り優しい瞳をした。祇澄は前髪が少し長く、彼女の表情が見て分かるかといえば不明だが、なんせその雰囲気は太陽の様であれば助けに来たのだと認識しない事もないだろう。
「ここ、どこ?」
「どこでしょうね、でももうお家、帰れますから」
●
千常の片足にナイフを刺し、逃げた桜雅が拳銃を構えた。
日本語とも聞き取れぬ叫び声をあげながら、半ばパニック状態というやつになっているのだろう。
足のナイフを引き抜くこともせず、千常のライフルは彼へと向いた。が、その前に風が駆け抜けていった。
「―――奏空!!」
「よくも、先生を!!」
この場の誰よりも速く移動ができる、奏空。華やかに彩られた金髪も、闇に重なり濁って見える。今や、戦闘前に『怒りはおいていけ』と彼に言われたいたことさえ忘れているのか、いや、忘れてはいないだろうが吹き上がる憤りに、忘れてしまったのは理性の方か。
「近づいてくんじゃねえ!!」
桜雅による一発目の発砲。
胸に穴があいた、口から血を吐いた、死んだ……死んだが、どこから来ているのかわからない世界の加護が、彼の足を止めることを許さなかった。
「チィっ」
エミリの方をちらっと見たが、どうやら彼女の他に仁と逝がいるので大丈夫そうであると判断すれば、再びライフルは桜雅を向いた。
奏空の苦無は桜雅の腹部をえぐる。だが人間、腹部に物が刺さったとしてもすぐに絶命する訳でも無い。50%は罪なき人たちの怒り、50%は先生を傷つけた怒り任せに刺した苦無をぐるりと回して傷を抉れば、断末魔が響いた。
「伏せろ、奏空!!」
千常の、地が振動するレベルの大声に、反射的に奏空の身体が足を折り地面へ伏せったのが見える。それができれば上出来だ。
再び地が揺れる振動がひとつ。銃口から放たれた弾丸は、音を置き去りにして桜雅の首から上を吹き飛ばした。
桜雅の死に、恐らくの安全を感じた祇澄が、人質を外へと送ろうと壁に背を付きながら奥を見た。
だが、ちらりと祇澄の身体が見えた瞬間に、弾丸ひとつ隠れている壁すれすれを飛んでいき、扉にぶつかってめり込んだ。
探偵がのっそり、近づいた。
「まだ、出られませんか」
「そんな感じだな、じゃあ俺らはこの中にいるから」
「お願い、します。くれぐれも、ここから、出ないでください」
「ああ、わかった……」
祇澄は部屋を出て加勢しにいく。
「けど」
「けど?」
「そちらも気をつけてな」
「はい、大丈夫です、私、こう見えてもすごいんです。……ありがとう、ございます」
精霊顕現である探偵の男が、幾日も洗っていなくてついにネバついた髪をがりがりと掻いた。
倒しやすそうな者から狙う、として。仁の視界にはルイが映っていた。一撃必殺……ということでもないが、普通非覚者がグレネードランチャーなんて喰らえば速攻お陀仏極まりない。
さて、どう狙ってくれようとグラサンの奥から機会を定めていた。
ルイは憤怒者にしては俊敏に動く男であった。数撃てばあたるとしても、そんな無駄に弾を消費する訳にもいかないだろう。
仁が集中し、狙うは一点。彼が攻撃をした瞬間だ。
「背後から危険な気配がします」
「なぬ、敵か。いやあれは、グレネードランチャーだー!」
エミリがぞくりと震えながら稜平の剣をさばき、逝はわざとらしく笑いながら肩を揺らした。
逝的には、早くルイか総司を倒したいものの、組織の事情を聞くとなっては、残しておくメインディッシュのようなもの。
「さーてどっちを生き残らせて、どっちをイかせちゃうかー……」
仁と逝の視線が合致する。
「オーケーオーケィ、エミリちゃん、そいつ(稜平)をちょっとばかし頼むさね」
「二十秒だけですからね」
逝は稜平の横に振られた攻撃を背中をそらして避けつつ、そのまま後ろへ下がった。
今や、右腕しかないルイのナイフが逝の背中に刺さり、その刃物は刃先が腹部から出るほど。ヘルメットの下で逝はにぃと笑った。
「捕まったかねえ」
「お前がな」
「いやあ、そちらさんの方さね。残念賞だ」
怪訝な顔をしたルイ。だが気づいた時には遅かった――仁の存在。
逝が悪食の刃先を前から後ろへくるりと変え、背中に密着したルイの腹部へと刺す。更に力が緩んだルイを回し蹴りで吹っ飛ばし、仁へと手を振った。
「覚者になれなかった、成れの果て。同情もしない」
ずっと狙っていたルイの背中。こちらへと飛ばされ、近づくその前に。仁はグレネードランチャーの超威力を解放した。
さて、残るは総司と稜平だ。
有象無象のような縦からも横からも乱れに降りかかる刃の乱舞を、なるべく体力を消費しない程度の小さな動きでいなしていくエミリ。
なぜ、このような力があるものでもこうなってしまうのか。エミリの脳内では少しの悲しみが帯びてはいたものの、悪に侵されたものは正さねばならない。
「この……、このっ! この!!」
最早稜平は怒りの形相であった。我を忘れるレベル、火事場の馬鹿力とやらもいつ出してくるものか。
このままの、ただただ、一方通行な状況が急転するには、エミリが彼を断つことであろう。そしてそこに祇澄が加勢に来た。
「大変、遅れました」
「いいのよ。人質は平気そうですか?」
「ええ、頼もしい探偵さんが、いらっしゃいますから」
自分を眼中にいれず、話をするのに稜平は「余裕こきやがってえええ!!」と、既にキレていたものの、更に攻撃に鋭さが増す。祇澄が受け止め、甲高い音が工場内に充満した。
ロッカールームの子供が怯え、少女はキャア!と叫んだ声が聞こえる。今頃、探偵が大丈夫だとあやしているのだろう。
稜平を手首に痺れが行くほどに力押しできていた。後ろへ回り込んだエミリが稜平の背に一線の縦傷を深く深く斬りつける。
断末魔ひとつ。緩んだところで、祇澄は稜平を押し返した。
子供をあんな目にあわせて、今だって怖がられている。そんな弱い者いじめな腐った根性、この祇澄が直々に叩き直さんと。見つけた、ただひとつの油断。刃を刃で弾き返し、後ろへのろけたその一瞬。
「悪・即・斬」
「覚悟!!」
破邪刀は稜平の腹部を切り裂き、切り抜けて。祇澄の刀が上半身を縦に切り裂いた。
断末魔は聞こえない。そのまま倒れんとした。
だが、稜平は死にゆく目線で、子供たちがいる部屋をみた。
「は、ひ、ひい、ひひひひ!!」
壊れたように笑った彼が、取り出した拳銃。走り出し、子供を道連れにとでも思ったのか。最早人では無く、稜平の雰囲気は獣のそれである。
「そんなこと、させません……!!」
祇澄が手を伸ばす、稜平の背を掴み、行かせないと。
「汚物は消毒だな」
ゴィン! と音がした。
結局、最終的には仁がグレネードランチャーをぶっぱなした―――訳ではなく、鈍器のように使って稜平を戦闘不能に追い込んだのだった。
「あ、そういう、使い方もあります、ね」
「こういう使い方もあるもんだ」
残ったのは総司一人だ。この状況、馬鹿でもなければわかるであろう、負けたと。そして、銃声が響いた。総司は、自ら命を絶ったのだ。残された意味を、あえて殺されなかった意味を、彼は十分理解していたのだろう――。
覚者を恨む憤怒者は多い。今回の者たちだけでは無く、まだ色濃く闇は日本を覆っていることだろう。
ただ、今この瞬間だけ。この場所だけは平和は訪れた。
「助かった、えっと……君たちは?」
探偵は、神隠しされた子供たちを車に乗せて言った。
だが誰もその答えは言わず。ただ、笑って、さようならと手を振ったのであった。
