北越雪譜の異獣
●北越雪譜の異獣
越後国。ある年の夏初めのこと。
大荷物を背負った男が一人、山中の道を懸命に歩いていた。
行李という柳や竹で編まれた葛籠を四つ、大荷物を背負子に乗せている。なにより厳しいのは、この男、竹助に与えられた目的地までの距離と時間だ。遠方の問屋へ急ぎの荷物を届けねばならぬ竹助は、七里(約28キロメートル)の道のりを一日足らずで進まねばならない。
「早う荷を届けねば……」
竹助は健脚の若人だ。問屋の主に無理難題を押しつけられた訳ではなく、恩義ある主人が困っているさまに奮起して竹助は自ら志願した。しかし山中、大荷物、七里という三重苦。
道中、竹助はひとつ休憩を挟むことにした。
山の谷間、根笹の茂る道脇の大石に背負子を下ろして、自らも座って弁当を食べることにする。
問屋の女将さんが朝早くに用立ててくれた弁当は二食分ある。白飯のおにぎりが五つに野菜の味噌漬け、そして“塩引鮭”の切り身がひとつ、香ばしい風味を漂わせていた。塩引鮭というのは越後国村上の名産品で、一ヶ月をかけて熟成させた鮭の干物の旨みは格別。女将さんが奮発してくれたのだ。
竹助は、まずは塩引鮭の匂いを楽しみ、先に味噌漬けとおにぎりを口に運ぶ。疲れた身体に塩味と白米のほの甘さはじーんと染み入る。指先についた米粒まで余さず舐め取り、竹助はじっくりと堪能する。ああ、これで七里の道も越えられよう、と。
二つ目のおにぎりを食べて味噌漬けも尽きたところで、いよいよ塩引鮭に箸を伸ばしたその時だ。
ガサッ。
笹竹を押し分け、異獣は現れた。
異獣は、金褐色の毛むくじゃらの大きな二足の化物だ。とりわけ頭髪が背に届くほど長い。人のように二足で立てる獣といえばサルとクマの他にいない。しかし、サルにしてはクマほども大きく、クマにしては器用そうなサルに近しい腕や手をしている。
「な、何だ此奴は!」
異獣に驚いて、竹助は弁当と荷物を大石に置いたまま後ろに下がってしまった。
のそり、と異獣が近づく素振りをみせる。最初の一瞬は緩慢にみえたが瞬きする間に、異獣は疾風の如し信じがたい速さで距離を詰め、大石の前に居るではないか。
「ま、待て! その荷物だけは!」
竹助は恐れ戦く心を奮い立たせ、じりじりと大石の上を見つめる異獣へと近づいた。
しかし、異獣は竹助に襲いかかるでもなく、荷物に手を伸ばすでもなく、弁当をじっと見つめていた。弁当を貪り食おうという素振りもない。
「もしかしてお前、その弁当を食べたいのか?」
そう問われた異獣は、しばらく竹助の表情を確かめると、こくんと頷いてみせた。
なんとも不可思議な怪異である。力づくで奪えばいいものを、わざわざ許しを待っていたのだ。
「……美味しい弁当だ、しっかり味わって食えよ」
大石に辿り着いた竹助は、おそるおそる異獣に弁当を手渡すと背負子を担いで静かに距離を置く。
異獣は、なんとも嬉しそうな仕草で大岩に座って、おにぎりと塩引鮭をじっくりと食べた。サルの如き手を使い、器用におにぎりを食べる。指先の米粒を舐める仕草まで人そっくりだ。ついで、塩引鮭の皮をわざわざ外しておにぎりと合わせて食べてみせた。
「ああ、美味そうに食いやがって」
悔しいが、竹助は今のうちにと急いで場を後にした。
小一時間後。先ほどの出来事の徒労もあってか、疲労の残った身体での道のりはやはりつらい。ここまで来れば大丈夫か、と竹助は改めて小休憩を取ろうと背負子を下ろした。
その時だ。
疾風が通り抜けたかと思えば、竹助の前方に立っていたのは荷物を背負った異獣であった。
「待て! 弁当はくれてやっただろう!」
動揺する竹助をよそに、異獣は“ついてこい”と手招きして山道の道のりを先導するではないか。
「お前、恩返しのつもりなのか?」
異獣が大荷物を背負っているおかげで、竹助は苦もなく山道を歩いて越すことができた。
なんとも気のいい怪異ではないか。言葉は通じないが、竹助は怪異と他愛のないことを語りかけながら山道を共に歩んだ。
やがて目的地の人里が見えてくると、異獣は背負子を下ろして山へと駆け去った。
以来、山を通る者がこの奇異なる獣を見かけたという話や、人家を訪ねて食べ物をねだることもあったといわれている。
●
新潟県。山中。
山間の集落の道すがら、大女――竹助 鮭子は老婆を背負って運んでいた。その正体は、長い年月を経て人化の術を会得した異獣である。
「着くぞ、もうすぐ」
集落に辿り着いた鮭子は、お礼にと渡された三色だんごをよろこんで一心不乱に食べた。
当人はバレていないつもりだが、地元では、金褐色の長い髪や人助け、物欲しそうに食べ物に執着するさまからまことしやかに異獣の化けた姿と噂されており、知る人は皆ちゃんとお礼を用意してくれているものなのだ。
その竹助 鮭子の消息が途絶えたことをきっかけに一連の事件は幕を開けた。
越後国。ある年の夏初めのこと。
大荷物を背負った男が一人、山中の道を懸命に歩いていた。
行李という柳や竹で編まれた葛籠を四つ、大荷物を背負子に乗せている。なにより厳しいのは、この男、竹助に与えられた目的地までの距離と時間だ。遠方の問屋へ急ぎの荷物を届けねばならぬ竹助は、七里(約28キロメートル)の道のりを一日足らずで進まねばならない。
「早う荷を届けねば……」
竹助は健脚の若人だ。問屋の主に無理難題を押しつけられた訳ではなく、恩義ある主人が困っているさまに奮起して竹助は自ら志願した。しかし山中、大荷物、七里という三重苦。
道中、竹助はひとつ休憩を挟むことにした。
山の谷間、根笹の茂る道脇の大石に背負子を下ろして、自らも座って弁当を食べることにする。
問屋の女将さんが朝早くに用立ててくれた弁当は二食分ある。白飯のおにぎりが五つに野菜の味噌漬け、そして“塩引鮭”の切り身がひとつ、香ばしい風味を漂わせていた。塩引鮭というのは越後国村上の名産品で、一ヶ月をかけて熟成させた鮭の干物の旨みは格別。女将さんが奮発してくれたのだ。
竹助は、まずは塩引鮭の匂いを楽しみ、先に味噌漬けとおにぎりを口に運ぶ。疲れた身体に塩味と白米のほの甘さはじーんと染み入る。指先についた米粒まで余さず舐め取り、竹助はじっくりと堪能する。ああ、これで七里の道も越えられよう、と。
二つ目のおにぎりを食べて味噌漬けも尽きたところで、いよいよ塩引鮭に箸を伸ばしたその時だ。
ガサッ。
笹竹を押し分け、異獣は現れた。
異獣は、金褐色の毛むくじゃらの大きな二足の化物だ。とりわけ頭髪が背に届くほど長い。人のように二足で立てる獣といえばサルとクマの他にいない。しかし、サルにしてはクマほども大きく、クマにしては器用そうなサルに近しい腕や手をしている。
「な、何だ此奴は!」
異獣に驚いて、竹助は弁当と荷物を大石に置いたまま後ろに下がってしまった。
のそり、と異獣が近づく素振りをみせる。最初の一瞬は緩慢にみえたが瞬きする間に、異獣は疾風の如し信じがたい速さで距離を詰め、大石の前に居るではないか。
「ま、待て! その荷物だけは!」
竹助は恐れ戦く心を奮い立たせ、じりじりと大石の上を見つめる異獣へと近づいた。
しかし、異獣は竹助に襲いかかるでもなく、荷物に手を伸ばすでもなく、弁当をじっと見つめていた。弁当を貪り食おうという素振りもない。
「もしかしてお前、その弁当を食べたいのか?」
そう問われた異獣は、しばらく竹助の表情を確かめると、こくんと頷いてみせた。
なんとも不可思議な怪異である。力づくで奪えばいいものを、わざわざ許しを待っていたのだ。
「……美味しい弁当だ、しっかり味わって食えよ」
大石に辿り着いた竹助は、おそるおそる異獣に弁当を手渡すと背負子を担いで静かに距離を置く。
異獣は、なんとも嬉しそうな仕草で大岩に座って、おにぎりと塩引鮭をじっくりと食べた。サルの如き手を使い、器用におにぎりを食べる。指先の米粒を舐める仕草まで人そっくりだ。ついで、塩引鮭の皮をわざわざ外しておにぎりと合わせて食べてみせた。
「ああ、美味そうに食いやがって」
悔しいが、竹助は今のうちにと急いで場を後にした。
小一時間後。先ほどの出来事の徒労もあってか、疲労の残った身体での道のりはやはりつらい。ここまで来れば大丈夫か、と竹助は改めて小休憩を取ろうと背負子を下ろした。
その時だ。
疾風が通り抜けたかと思えば、竹助の前方に立っていたのは荷物を背負った異獣であった。
「待て! 弁当はくれてやっただろう!」
動揺する竹助をよそに、異獣は“ついてこい”と手招きして山道の道のりを先導するではないか。
「お前、恩返しのつもりなのか?」
異獣が大荷物を背負っているおかげで、竹助は苦もなく山道を歩いて越すことができた。
なんとも気のいい怪異ではないか。言葉は通じないが、竹助は怪異と他愛のないことを語りかけながら山道を共に歩んだ。
やがて目的地の人里が見えてくると、異獣は背負子を下ろして山へと駆け去った。
以来、山を通る者がこの奇異なる獣を見かけたという話や、人家を訪ねて食べ物をねだることもあったといわれている。
●
新潟県。山中。
山間の集落の道すがら、大女――竹助 鮭子は老婆を背負って運んでいた。その正体は、長い年月を経て人化の術を会得した異獣である。
「着くぞ、もうすぐ」
集落に辿り着いた鮭子は、お礼にと渡された三色だんごをよろこんで一心不乱に食べた。
当人はバレていないつもりだが、地元では、金褐色の長い髪や人助け、物欲しそうに食べ物に執着するさまからまことしやかに異獣の化けた姿と噂されており、知る人は皆ちゃんとお礼を用意してくれているものなのだ。
その竹助 鮭子の消息が途絶えたことをきっかけに一連の事件は幕を開けた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.異獣による事件調査
2.および対処
3.なし
2.および対処
3.なし
今回は戦闘と調査を兼ねる依頼となります。
●状況
新潟県に伝承の残る古妖「異獣」によるものとされる複数の事件が相次ぐ。
原因究明と「異獣」の発見、および対処が求められている。
『第一の事件』
集落唯一のコンビニが襲撃を受け、食料を強奪された上で半壊する。
『第二の事件』
山中の道路を走行中のトラックを止め、横転させ、輸送品の食料を奪う。
『第三の事件』
自動販売機が真っ二つに切り裂かれた上、商品が盗まれていた。
他、数件の報告がある。
いずれも家畜などは襲わず、人間の食料を奪う傾向にある。
地元の覚者が一度は立ち向かったものの、古妖の圧倒的な力に返り討ちにあった。
今はまだ死者は出ていないものの、覚者やトラック運転手など怪我人が続出しており、強奪の過程でいずれ死者が出ることは避けがたい喫緊の情勢となっている。
この為『F.i.V.E』による異獣の事件調査および対処の要請が行われた。
●目的
異獣による事件調査および対処、が第一の目的である。
『対処』の方法はF.i.V.Eに委ねられており、捕殺、捕獲などを問わない。
住人感情はバラけているが、安全優先で殺すもやむなしとしている。
依頼性質上、戦闘に至る可能性は大きいものの、調査の重要度も高い。
なお、最大三日間ほど時間的猶予が設けられている。
●舞台
新潟県。山中。
事件は広域に及んでおり、村や集落や国道沿い、あるいは山林と出没は多岐に渡る。
人口密集度の低い地域ではあるが、いつ、どこで遭遇するかはわからない。
有効な索敵や調査なしには遭遇さえ出来ないので要注意。
山中では情報の連絡手段がより限られる点にも注意されたし。
●敵
・『北越雪譜の異獣』竹助 鮭子
江戸時代の書物『北越雪譜』にも伝承される、異形の獣とされる古妖。
人間への友好度がとても高い古妖であると言い伝えられている。
膂力に長け、健脚を誇り、疾風の如き速さで駆けることができる。
拙いが人に化ける程度の知力と能力を会得していたが……。
情報に拠れば、攻撃手段は主に打撃格闘と投げ技となっている。
遠、中距離への特定の攻撃手段はなく、また単体にのみ物理的な攻撃を行ってくる。
ただし、パワーとスピード両面に優れており一撃が極めて重い。
戦闘地形が山林など異獣に適す場合、陣形をすり抜けて中衛、後衛に接近できる。
なにより注意すべきは逃走である。逃げ隠れに徹されてしまうと追跡は困難となる。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年05月31日
2016年05月31日
■メイン参加者 8人■

●調査Ⅰ
ブレーキ痕が色褪せたアスファルトに濃く塗りつけられていた。
ぴくんと微動する黒猫の耳。
『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)は山道のトラック横転事故の現場付近を調査した。
燐花の佇まいは、ガードレール下のひび割れに咲く静やかな野花にどこか重なってみえる。
「……ない」
燐花は残留物や痕跡を地道に調べるが事故車両などはとうに撤去済みだ。
燐花にはある直感があった。
『三つの事件は、いずれも人間側の視点のみによる伝聞である』
つまり、
『古妖に襲われたという先入観からなる、事実誤認があるのではないか?』
その可能性に基づいた場合、聞き込み証言ではなく物証こそが真実の語り部に相応しい。
道の破損状況とブレーキ痕を見るに、トラックは前方の“何か”と衝突を避けようと急ブレーキを踏み、減速しつつ接触、そこから力づくで横倒しにされている。燐花の推察、いや“願望”としては別の要因で横転したトラックから食料を盗んだだけである線を期待したが――。
唯一、矛盾があるとすれば“なぜ、急ブレーキが必要なほど山道で加速していたのか”だ。
仮に意識を失う等、病気の発作や酒気帯びなど正常な運転のできない状況下でアクセルを踏みっぱなしにしていたとすれば――。
「それは運送業者には致命的……失職、損失の請求。古妖の仕業にすれば、万事解決」
確証はない。憤りもない。県外に入院中の運転手を尋問に掛けられる訳でもない。
論より証拠だ。
燐花は黙して調査を続けた。
●調査Ⅱ
集落唯一のコンビニは個人経営の商店だ。
「こりゃひどい」
華神 悠乃(CL2000231)は賞味期限の一年過ぎたポテチが平然と売られてる田舎の惨状を笑う。
「全くだ」
『たぶん探偵』三上・千常(CL2000688)は煙草の銘柄にお気に入りが無い田舎の惨状を嘆く。
店は営業中だが、破損した商品棚は店裏に野ざらし。ビール瓶ケースに布を敷いて応急処置している有様をみるに“半壊”に嘘偽りなし。
「文句あんなら帰んな」
金髪に染めた三白眼に赤ジャージの不良じみた若い女がカウンターで頬杖と悪態をつく。
店主の古井 秋奈だ。
曰く『ド田舎で仕事がないので祖母に代わって働いてるが死んだらこんな店潰す』そうだ。
「こっちは余裕ねーんだ、冷やかしは帰れマジで」
「その古妖事件を解決しようって探偵と助手でね。覚えてる範囲で良いので協力を願えるかな?」
「そう、私はスポーティ探偵の華神さん。こっちが助手の三上さんだよ」
「は?」
笑顔で他愛ない嘘をつく悠乃に三上は訂正をあきらめるたのは次の行動が“冴えて”いたからだ。
「ポテチとタバコと缶コーヒーと、あとまぁ適当にこのへん買っとくよ」
三日間の滞在で一行に必要そうな食料や雑品をあらかたカゴに詰め、悠乃は秋奈へ笑いかける。
一歩、より近くへ踏み込んで。
「ごめんねぇ探偵ってのは貧乏なものだけどさ、タダで貴重なお時間いただくのはよくないね」
「情報提供料って訳?」
「そう、それ!」
「気に入ったよ、探偵さん」
悠乃に釣られて、秋奈もやれやれと笑ってくれた。
「あ、じゃあ三上さん支払っといて」
「二万五千七百円になりやーす、あざーす」
“現金のみ”と但し書きを指差して、悠乃は数千円とカードの入った財布の中身を示す。
「こりゃひどい」
食料の山に生えてる三カートンもの煙草に、千常は深い溜息をついた。
買い足した周辺一帯の地図を確かめ、千常は本職の探偵らしくメモを手に聴取をはじめた。
「つまり、竹助 鮭子とは親しい仲だったと」
「ああ、ガキん頃に山で迷った時に助けて貰ったりしてな。シャケねえはここいらの守り神も同然さ。このご時世、クソ田舎の集落が存続できてるのもシャケねえの縄張りに妖や隔者が近づけないおかげだ。そのシャケねえがうちの店でとち狂って暴れたくれーで掌を返しゃしないよ」
秋奈の肝の座った物言いを、千常は速やかに書き留め、悠乃は心底愉しげに笑う。
「すごく、なかよくなれそうな気がする」
●調査Ⅲ
集落の集会所にて“五麟大学教授”は歓迎する老々男女のおもてなしを受けていた。
「さぁさ! 先生! ささ、こちらへ!」
「おっかぁ! とっておきの酒もってこい、酒!」
『教授』新田・成(CL2000538)は計算違いに反省する。
「ワーズワースの研究資料としては興味深いが、これは困ったものです」
新田の高い名声に肩書、老練した貫禄だけで調査には事足りた。酒の席に招かれ、話のきっかけに日本酒が専門分野だとバラしたことが運の尽き。ここは新潟県。日本酒の消費量はダントツ一位。村興しの新酒だ伝統の地酒だ、おいしいお酒がどんどん出てくる。
「まるで酒飲みの竜宮城ですな、この歓待は……。こうなれば酒に呑まれて酔い潰れず、いかに目撃情報や村の伝承を確かめるか、己との戦いという訳です」
玉手箱いらずの浦島太郎はタイやヒラメの刺し身を肴に供される。
ほろ酔い気分になった頃、新田はふと妙案を閃く。
「時にご主人、新潟には“アテ”にぴったりの名産品があると聞き及びますが――」
酒池酒林の光景に電柱の陰であわわ、と恐怖する『赤ずきん』坂上・御羽(CL2001318)は田舎育ちの為、ご年配の皆様の恐ろしさをよおく知っています。田舎の国のアリスは哀れ、酔った勢いで猫かわいがり。酒のつまみでイカ臭くなり、お酌をさせられ、ビールの泡だけ飲まされるのです。
「わ、悪い虎さんがいっぱいなのです……!」
と、優しげな老婦人が「中におあがり」と案内してくれました。
「は、はーい!」
お化け屋敷に入る心境で軋む廊下をついてくと、台所には包丁を研ぐ老婦人の姿が――!
『イーヒッヒッヒッ!』
「ぴゅああーーっ! 鬼婆さんなのですーっ!」
土間のすみっこでハリネズミよろしく丸くなる御羽は、古妖アンテナ(※アホ毛)の反応がないことに気づいて振り返ります。
そこには料理に勤しむ老若女性陣があわただしく酒宴を支える献身的な姿があります。今のは恐怖心の産んだ幻聴のようです。
「学者先生に話は聞いてるよ、おにぎり作りたいんだって? 味噌漬けと塩引鮭も用意してあるよ」
「わぁ、ありがとーなのです! 御羽がみんなの分まで愛情た~んと込めておにぎるのです! 鮭と梅とおかか、たかなに五目! いっぱい作って毎日もってくのです!」
天真爛漫にはしゃぐ御羽ちゃん。
ゆるい割烹着に袖通して、ほっぺたにおべんとつけつつ一生懸命おにぎりを握るのでした。
●調査Ⅳ
古錆びて赤茶けた停留所と不釣り合いなことに、東雲 梛(CL2001410)は都会派の少年だ。
「……この斬れっぷり」
自販機の残骸は左右に泣き分かれ。
「爪と怪力で力任せに切り裂きました、とは確かに見えねえんだよな」
掌を、一輪の野花にそっと添えて『木の心』によって記憶を探る。
心を鎮め、植物に心を溶かす――。
幻影が克明に物語る。
夜。二人の男と女が親しげに談笑する中、男は自販機に硬貨を投じた。
『どれ、飲み物はなにがいい?』
『――ぬしの血を』
夜空に輝く、二対の三日月。凶刃が、血肉諸共に自販機を縦一文字に斬り捨てた。
女の影が蠢き、黒い狼が湯水のように湧き出でる。
『喰い消せ、一族狼党どもよ』
亡骸に群がる狼の群れ。肉を剥ぎ骨を砕く音を涼しげに聞き流して、女は“男”に成り代わる。
『心待ちにせよ“ガキツキ”の異獣。思い出してもらおうぞ、これが古妖の在るべき姿だと』
一族狼党は影に潜り、血肉の一滴一片も遺さず痕跡を消し去った男はふと自販機を見やる。
『少し、小細工をしておくか』
数匹の群狼が散乱する飲料に牙を立てた――。
《同族把握》が告げる。古妖の気配を。
「なんだよ、これ!」
戦慄した。
詳細はわからない。が“個”ではなく“群”だと直感した。
本能が告げる。見つかれば死ぬ。新人の梛ひとりでは何もできない。連絡を取りたくとも、携帯電話はこの山中一切電波が通じない。それにもし、仲間に自分が庇われるようなことになったら――。
「くっ!」
今は気配を殺し、機を見計らう他なかった。
●調査Ⅴ
「ごめんなさいね、怪我している所に押しかけて」
「オレ達に例の古妖のこと教えて欲しいんだ! 頼む!」
『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)と『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)の両名は、集落の外れにある診療所へ覚者チームを訪ねた。
「ああ、ボクの情報をぜひ役立ててほしい。仲間の無念を晴らすのためにもね」
覚者。松江 白雲。
病院服でベッドに腰掛け、傍らに杖を携えた青年は切々と異獣との戦いを語り聴かせてくれた。
凶暴な異獣の前では、たった三人では遠く力及ばず、苦い敗北を喫したと。
「異獣の写真だ、あげるよ。異獣に説得は無駄だった。もう、殺す以外に手はないようだ」
白雲は杖を頼りに立って小型冷蔵庫を物色する。ヤマトは異獣の恐ろしい形相を思わず注視した。
「どれ、飲み物はなにがいい?」
凶刃は艶めかしく煌めく。
杖に隠された“仕込み刀”が意識の外より、ヤマトの素っ首を刎ね――。
衝撃。
圧撃が、刀を弾く。
ありすの左掌は熱圧縮の残渣によって透明に揺らぎ、第三の目をより妖しく輝かせる。
「なっ……!」
驚愕する白雲とヤマト。圧撃の第二射が容赦なく彼を薬品棚に叩きつけた。
「拾って、早く!」
「わ、わかった!」
ヤマトは刀を奪い、覚醒を遂げて黒翼を拡げて飛び退く。
『なぜ我が正体を見破れた』
地獄の底から響くような悪鬼羅刹の声。
「刀の柄を握った瞬間、殺意が露わになりすぎてたのよ。私は古妖と共に在る者――、例え微かであっても“同族”の気配があれば察知できるわ。それに――」
化けの皮が剥げ、白狼の面が露わになった白雲は低く唸って威圧するが、通じない。
「かの有名な北越雪譜の異獣を相手にボロ負けて、一人だけ軽傷で済みましたってのは人に化ける古妖としては“設定”の練り込みが浅すぎるわよ」
『く……くかかかかかかっ! 面白い小娘よなぁ! 気に入ったぞ! 儂の打ち拵えたその妖刀、ぬしらにくれてやる! 死出の旅に携えるがいい!』
白狼の古妖が本性を現そうという最中、驚愕の事実に気づいたありすは即座に「逃げるわよ!」とヤマトの手を引き、診療所を脱出する。やがて津波の如く無数の黒き狼が溢れた。
「お、おい! あいつ何なんだ!?」
「あの白狼は古妖『鍛冶が嬶』またの名を――千疋狼」
●災厄
千疋狼の軍勢が山駆ける。
集落の人間も、F.i.V.Eの一行も気づいた時には為す術なく圧倒的物量に蹂躙され尽くす。よしんば勝てたとて、一帯は壊滅的被害をまぬがれない。
一糸乱れぬ統率力の狼軍に対して、真っ先に対抗手段を講じたのは新田と御羽だ。
「おじいちゃん! 狼が、悪い狼がいっぱいやってきますっ!」
アホ毛レーダーで敵襲を悟った御羽の情報を元に、新田は杖を手に人々を避難誘導する。
「やれやれ、この玉手箱は少々頂けませんな」
次いで、即席探偵コンビの悠乃と千常はコンビニ周辺の住人を退避させていく。
地図を手に詳細を書き込み、透視と鷹の目を駆使して二日目の下準備をしていた千常が異変に気づき、《二人》によって阿吽の呼吸で悠乃も察すると《送受心・改》ですぐにコンビニ店主の秋奈をはじめ、住人に危機を告げてまわった。
「行くぜレイジングブル! ここで決めなきゃ男が廃るぜ!」
ヤマトとありすは集落を避けて山道方面へ逃走、囮に徹した。
《飛行》と《発光》を駆使して敵の目をひきつけ、味方に所在を告げつつ、高空を飛ぶことで地を這う狼達の殺到を防ぐ。ヤマトの腕に抱き支えられたありすは破眼光で地道に群狼を撃ち貫くがキリがない。
「もっと高度をあげて」
「無理いうなよ!」
「来た!」
群狼は次々に積み重なって塔を組み、森林の上を低速飛行するヤマト達へ一斉に喰らいかかる。
「させ……かよっ!」
蹴撃が狼の鼻っ面を叩き折る。梛だ。深緑鞭をターザンロープ代わりにしたのだ。
あの時、息を潜めた梛は怖気づいた訳ではない。“エース”を探しに奔走していたのだ。
「くるり、と」
飛燕、二連撃。
森林の枝を、跳ねる足場として《ハイバランサー》の黒猫。燐花は縦横無尽に狼の塔を迎撃する。ピンボールの如き空中跳躍戦闘はこの状況下、最適解だ。
「助かったぜ、柳!」
「所詮、気休めです。それより古妖マニアの貴女は敵の弱点を知っているのでは?」
「千疋狼は大将を討ち取れば、おしまい。けど千疋狼の軍勢をすりぬけ、大将首を取る手は……」
「異獣、ですか?」
「きっと千疋狼は異獣を恐れていた。だけど暴走の原因が不明のまま」
「……ガキツキ、そうだ! 俺は《木の心》で聴いた! 『“ガキツキ”の異獣よ』って!」
「それは大手柄です」
「つまり異獣の子供が関係――」
「不正解、けどきっと大正解よ」
ありすは梛へ不敵に微笑み、起死回生の一手を語った。
●異獣
希望の光が明滅する。
探偵――千常は、その暗号を鷹の目で確かめ、メモに書き起こす。モールス信号だ。
『ガキツキ』
たった四文字分のヒントを“祓い屋”でもある千常は理解し、苦笑する。
「明智先生にでもなった気分だ畜生」
「なになに、小林少年にも教えてよ?」
「スポーティ探偵の出番ってことさ」
新田、御羽に合流した千常と悠乃は異獣の隠れ家へ向かう道すがら情報を整理した。
コンビニ店員、古井秋奈は異獣を匿っていた。食料を差し入れて、暴走を最小限に押さえて“病”が治るのを待っていたのだ。千疋狼の襲来を知った秋奈は、直接心に問いかけてきた悠乃の人柄を信じて異獣の住処を教えてくれた。
地図と鷹の目を元にして千常を先導役に山中を進み、ついに異獣の住処に辿り着く。
異獣は空腹に耐え、苦しみもがいていた。
「近、づく、な」
暴走する己の衝動を抑えつけるのに必死な異獣は、ようやく声を絞り出した。
「なるほど、これが真相ですか」
新田教授の異才が原因を診断、確定させる。
「鮭子さん! 私達が今、助けます!」
祓いの儀を千常が執り行う為に、御羽は大風呂敷を広げ、たっくさんのおにぎりに塩引鮭、お神酒を神式の台座にお供えする。まごころの味はきっと伝わるはずだ。
「ぐ、がああっ!」
理性を失いかけた異獣が豪腕怪力を奮う。
その重い一撃を、悠乃が盾となって防ぐ。千常の蒼鋼壁がなければ一撃必倒の衝撃だ。
新田の波動弾が異獣を穿ち、よろけた異獣を、悠乃は研鑽を重ねた武技によって激烈華麗に投げつける。一時的に体術の封じられた異獣を相手に、口許の血を拭って悠乃は笑ってのける。
「食前の腹ごなしもいいものでしょ? 遠慮しないで、全部受け止めてあげるから、さ」
●真相
「古妖“餓鬼憑き”は“現象”よ。山中を歩く時、不意に病的な空腹に襲われる怪奇現象――、新潟にも残る伝承ね。本来は食事で解決するけど――長い年月を経て、異獣は人々の感謝を糧にする古妖に変化していたのね。――そう、暴れ狂った異獣はどれだけ食べても空腹を満たせず、破滅するわ」
群狼に対して、ありす達は高空と樹木の上を足場に防戦に徹していた。
ヤマトの飛行、燐花の跳躍機動、梛の回復支援。ひとつでも欠ければ持久戦は詰む。
「俺の視た記憶――自販機の前で千疋狼は覚者を殺した。あの後、異獣に接触して騙し打ちで餓鬼を憑かせたんだな」
「トラック横転事故はその後ですか。運転手も餓鬼憑きで意識が朦朧として事故を起こしかけ、異獣はトラックを止め、人の命を救ったものの得たのは感謝ではなく恐怖心」
「んで積み荷を喰いまくっても空きっ腹で、コンビニを襲ったってわけだな」
真相は解明した。
もし真相のわからぬまま事件を解決していれば、少々の遺恨を遺す結果となる。集落への事情説明は新田教授ならば適任だ。
各々の望んでいた通り、やはり、異獣は良き隣人であったのだ。
ついぞ消耗は限界を迎えて、黒翼が地に堕ちようという時に。
疾風怒濤。
異獣は神風となって一族狼党、千軍千狼を薙ぎ払った。
一騎当千の快進撃を阻もうと数に任せて狼軍が群がろうとするも、山岳森林の異獣は敵陣をすりぬけ、新田教授の蒼鋼壁が施された異獣の頑健さは狼牙をも砕く。
千常の鷹の眼が、千疋狼の本丸を見据える。
「華神!」
「おーし、いっちゃえ異獣!」
「ドッカン突貫です!」
異獣の背にしがみつく悠乃と御羽。悠乃は千常の透視情報を精密に、異獣へ意識として伝達する。御羽もまた召雷で悪い狼さんをおしおきしつつ、アホ毛レーダーを逆立たせる。
一族狼党の群がる黒波を越えて、驚愕と屈辱にまみれた白狼の顔貌を、ついに、ついに異獣の重き拳が打ち砕く。
『おのれ! 儂が、狼大将のこの儂が二度までも死するだと!』
千疋狼は死に物狂いで抗い、妖怪絵巻として語り継がれるに値する壮絶な双獣の戦い。
しかし異獣の勝利を疑う者は誰もいなかった。
一族狼党が消滅してゆく。
千疋狼は異獣の怪力に首を圧し折られた末、狼頭のみとなって末期の呪詛を叫ぶ。
『我魂魄不滅也。く、くかかかかっ! く……かはっ』
顎戸を貫く、剣一刃。
「これは返すぜ、オレ達に冥土の土産はまだ早い」
「お礼は熱い鎮魂曲でいい?」
炎柱は煌々と天を突き、夕焼け空をより赤々と彩ってみせるのだった――。
ブレーキ痕が色褪せたアスファルトに濃く塗りつけられていた。
ぴくんと微動する黒猫の耳。
『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)は山道のトラック横転事故の現場付近を調査した。
燐花の佇まいは、ガードレール下のひび割れに咲く静やかな野花にどこか重なってみえる。
「……ない」
燐花は残留物や痕跡を地道に調べるが事故車両などはとうに撤去済みだ。
燐花にはある直感があった。
『三つの事件は、いずれも人間側の視点のみによる伝聞である』
つまり、
『古妖に襲われたという先入観からなる、事実誤認があるのではないか?』
その可能性に基づいた場合、聞き込み証言ではなく物証こそが真実の語り部に相応しい。
道の破損状況とブレーキ痕を見るに、トラックは前方の“何か”と衝突を避けようと急ブレーキを踏み、減速しつつ接触、そこから力づくで横倒しにされている。燐花の推察、いや“願望”としては別の要因で横転したトラックから食料を盗んだだけである線を期待したが――。
唯一、矛盾があるとすれば“なぜ、急ブレーキが必要なほど山道で加速していたのか”だ。
仮に意識を失う等、病気の発作や酒気帯びなど正常な運転のできない状況下でアクセルを踏みっぱなしにしていたとすれば――。
「それは運送業者には致命的……失職、損失の請求。古妖の仕業にすれば、万事解決」
確証はない。憤りもない。県外に入院中の運転手を尋問に掛けられる訳でもない。
論より証拠だ。
燐花は黙して調査を続けた。
●調査Ⅱ
集落唯一のコンビニは個人経営の商店だ。
「こりゃひどい」
華神 悠乃(CL2000231)は賞味期限の一年過ぎたポテチが平然と売られてる田舎の惨状を笑う。
「全くだ」
『たぶん探偵』三上・千常(CL2000688)は煙草の銘柄にお気に入りが無い田舎の惨状を嘆く。
店は営業中だが、破損した商品棚は店裏に野ざらし。ビール瓶ケースに布を敷いて応急処置している有様をみるに“半壊”に嘘偽りなし。
「文句あんなら帰んな」
金髪に染めた三白眼に赤ジャージの不良じみた若い女がカウンターで頬杖と悪態をつく。
店主の古井 秋奈だ。
曰く『ド田舎で仕事がないので祖母に代わって働いてるが死んだらこんな店潰す』そうだ。
「こっちは余裕ねーんだ、冷やかしは帰れマジで」
「その古妖事件を解決しようって探偵と助手でね。覚えてる範囲で良いので協力を願えるかな?」
「そう、私はスポーティ探偵の華神さん。こっちが助手の三上さんだよ」
「は?」
笑顔で他愛ない嘘をつく悠乃に三上は訂正をあきらめるたのは次の行動が“冴えて”いたからだ。
「ポテチとタバコと缶コーヒーと、あとまぁ適当にこのへん買っとくよ」
三日間の滞在で一行に必要そうな食料や雑品をあらかたカゴに詰め、悠乃は秋奈へ笑いかける。
一歩、より近くへ踏み込んで。
「ごめんねぇ探偵ってのは貧乏なものだけどさ、タダで貴重なお時間いただくのはよくないね」
「情報提供料って訳?」
「そう、それ!」
「気に入ったよ、探偵さん」
悠乃に釣られて、秋奈もやれやれと笑ってくれた。
「あ、じゃあ三上さん支払っといて」
「二万五千七百円になりやーす、あざーす」
“現金のみ”と但し書きを指差して、悠乃は数千円とカードの入った財布の中身を示す。
「こりゃひどい」
食料の山に生えてる三カートンもの煙草に、千常は深い溜息をついた。
買い足した周辺一帯の地図を確かめ、千常は本職の探偵らしくメモを手に聴取をはじめた。
「つまり、竹助 鮭子とは親しい仲だったと」
「ああ、ガキん頃に山で迷った時に助けて貰ったりしてな。シャケねえはここいらの守り神も同然さ。このご時世、クソ田舎の集落が存続できてるのもシャケねえの縄張りに妖や隔者が近づけないおかげだ。そのシャケねえがうちの店でとち狂って暴れたくれーで掌を返しゃしないよ」
秋奈の肝の座った物言いを、千常は速やかに書き留め、悠乃は心底愉しげに笑う。
「すごく、なかよくなれそうな気がする」
●調査Ⅲ
集落の集会所にて“五麟大学教授”は歓迎する老々男女のおもてなしを受けていた。
「さぁさ! 先生! ささ、こちらへ!」
「おっかぁ! とっておきの酒もってこい、酒!」
『教授』新田・成(CL2000538)は計算違いに反省する。
「ワーズワースの研究資料としては興味深いが、これは困ったものです」
新田の高い名声に肩書、老練した貫禄だけで調査には事足りた。酒の席に招かれ、話のきっかけに日本酒が専門分野だとバラしたことが運の尽き。ここは新潟県。日本酒の消費量はダントツ一位。村興しの新酒だ伝統の地酒だ、おいしいお酒がどんどん出てくる。
「まるで酒飲みの竜宮城ですな、この歓待は……。こうなれば酒に呑まれて酔い潰れず、いかに目撃情報や村の伝承を確かめるか、己との戦いという訳です」
玉手箱いらずの浦島太郎はタイやヒラメの刺し身を肴に供される。
ほろ酔い気分になった頃、新田はふと妙案を閃く。
「時にご主人、新潟には“アテ”にぴったりの名産品があると聞き及びますが――」
酒池酒林の光景に電柱の陰であわわ、と恐怖する『赤ずきん』坂上・御羽(CL2001318)は田舎育ちの為、ご年配の皆様の恐ろしさをよおく知っています。田舎の国のアリスは哀れ、酔った勢いで猫かわいがり。酒のつまみでイカ臭くなり、お酌をさせられ、ビールの泡だけ飲まされるのです。
「わ、悪い虎さんがいっぱいなのです……!」
と、優しげな老婦人が「中におあがり」と案内してくれました。
「は、はーい!」
お化け屋敷に入る心境で軋む廊下をついてくと、台所には包丁を研ぐ老婦人の姿が――!
『イーヒッヒッヒッ!』
「ぴゅああーーっ! 鬼婆さんなのですーっ!」
土間のすみっこでハリネズミよろしく丸くなる御羽は、古妖アンテナ(※アホ毛)の反応がないことに気づいて振り返ります。
そこには料理に勤しむ老若女性陣があわただしく酒宴を支える献身的な姿があります。今のは恐怖心の産んだ幻聴のようです。
「学者先生に話は聞いてるよ、おにぎり作りたいんだって? 味噌漬けと塩引鮭も用意してあるよ」
「わぁ、ありがとーなのです! 御羽がみんなの分まで愛情た~んと込めておにぎるのです! 鮭と梅とおかか、たかなに五目! いっぱい作って毎日もってくのです!」
天真爛漫にはしゃぐ御羽ちゃん。
ゆるい割烹着に袖通して、ほっぺたにおべんとつけつつ一生懸命おにぎりを握るのでした。
●調査Ⅳ
古錆びて赤茶けた停留所と不釣り合いなことに、東雲 梛(CL2001410)は都会派の少年だ。
「……この斬れっぷり」
自販機の残骸は左右に泣き分かれ。
「爪と怪力で力任せに切り裂きました、とは確かに見えねえんだよな」
掌を、一輪の野花にそっと添えて『木の心』によって記憶を探る。
心を鎮め、植物に心を溶かす――。
幻影が克明に物語る。
夜。二人の男と女が親しげに談笑する中、男は自販機に硬貨を投じた。
『どれ、飲み物はなにがいい?』
『――ぬしの血を』
夜空に輝く、二対の三日月。凶刃が、血肉諸共に自販機を縦一文字に斬り捨てた。
女の影が蠢き、黒い狼が湯水のように湧き出でる。
『喰い消せ、一族狼党どもよ』
亡骸に群がる狼の群れ。肉を剥ぎ骨を砕く音を涼しげに聞き流して、女は“男”に成り代わる。
『心待ちにせよ“ガキツキ”の異獣。思い出してもらおうぞ、これが古妖の在るべき姿だと』
一族狼党は影に潜り、血肉の一滴一片も遺さず痕跡を消し去った男はふと自販機を見やる。
『少し、小細工をしておくか』
数匹の群狼が散乱する飲料に牙を立てた――。
《同族把握》が告げる。古妖の気配を。
「なんだよ、これ!」
戦慄した。
詳細はわからない。が“個”ではなく“群”だと直感した。
本能が告げる。見つかれば死ぬ。新人の梛ひとりでは何もできない。連絡を取りたくとも、携帯電話はこの山中一切電波が通じない。それにもし、仲間に自分が庇われるようなことになったら――。
「くっ!」
今は気配を殺し、機を見計らう他なかった。
●調査Ⅴ
「ごめんなさいね、怪我している所に押しかけて」
「オレ達に例の古妖のこと教えて欲しいんだ! 頼む!」
『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)と『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)の両名は、集落の外れにある診療所へ覚者チームを訪ねた。
「ああ、ボクの情報をぜひ役立ててほしい。仲間の無念を晴らすのためにもね」
覚者。松江 白雲。
病院服でベッドに腰掛け、傍らに杖を携えた青年は切々と異獣との戦いを語り聴かせてくれた。
凶暴な異獣の前では、たった三人では遠く力及ばず、苦い敗北を喫したと。
「異獣の写真だ、あげるよ。異獣に説得は無駄だった。もう、殺す以外に手はないようだ」
白雲は杖を頼りに立って小型冷蔵庫を物色する。ヤマトは異獣の恐ろしい形相を思わず注視した。
「どれ、飲み物はなにがいい?」
凶刃は艶めかしく煌めく。
杖に隠された“仕込み刀”が意識の外より、ヤマトの素っ首を刎ね――。
衝撃。
圧撃が、刀を弾く。
ありすの左掌は熱圧縮の残渣によって透明に揺らぎ、第三の目をより妖しく輝かせる。
「なっ……!」
驚愕する白雲とヤマト。圧撃の第二射が容赦なく彼を薬品棚に叩きつけた。
「拾って、早く!」
「わ、わかった!」
ヤマトは刀を奪い、覚醒を遂げて黒翼を拡げて飛び退く。
『なぜ我が正体を見破れた』
地獄の底から響くような悪鬼羅刹の声。
「刀の柄を握った瞬間、殺意が露わになりすぎてたのよ。私は古妖と共に在る者――、例え微かであっても“同族”の気配があれば察知できるわ。それに――」
化けの皮が剥げ、白狼の面が露わになった白雲は低く唸って威圧するが、通じない。
「かの有名な北越雪譜の異獣を相手にボロ負けて、一人だけ軽傷で済みましたってのは人に化ける古妖としては“設定”の練り込みが浅すぎるわよ」
『く……くかかかかかかっ! 面白い小娘よなぁ! 気に入ったぞ! 儂の打ち拵えたその妖刀、ぬしらにくれてやる! 死出の旅に携えるがいい!』
白狼の古妖が本性を現そうという最中、驚愕の事実に気づいたありすは即座に「逃げるわよ!」とヤマトの手を引き、診療所を脱出する。やがて津波の如く無数の黒き狼が溢れた。
「お、おい! あいつ何なんだ!?」
「あの白狼は古妖『鍛冶が嬶』またの名を――千疋狼」
●災厄
千疋狼の軍勢が山駆ける。
集落の人間も、F.i.V.Eの一行も気づいた時には為す術なく圧倒的物量に蹂躙され尽くす。よしんば勝てたとて、一帯は壊滅的被害をまぬがれない。
一糸乱れぬ統率力の狼軍に対して、真っ先に対抗手段を講じたのは新田と御羽だ。
「おじいちゃん! 狼が、悪い狼がいっぱいやってきますっ!」
アホ毛レーダーで敵襲を悟った御羽の情報を元に、新田は杖を手に人々を避難誘導する。
「やれやれ、この玉手箱は少々頂けませんな」
次いで、即席探偵コンビの悠乃と千常はコンビニ周辺の住人を退避させていく。
地図を手に詳細を書き込み、透視と鷹の目を駆使して二日目の下準備をしていた千常が異変に気づき、《二人》によって阿吽の呼吸で悠乃も察すると《送受心・改》ですぐにコンビニ店主の秋奈をはじめ、住人に危機を告げてまわった。
「行くぜレイジングブル! ここで決めなきゃ男が廃るぜ!」
ヤマトとありすは集落を避けて山道方面へ逃走、囮に徹した。
《飛行》と《発光》を駆使して敵の目をひきつけ、味方に所在を告げつつ、高空を飛ぶことで地を這う狼達の殺到を防ぐ。ヤマトの腕に抱き支えられたありすは破眼光で地道に群狼を撃ち貫くがキリがない。
「もっと高度をあげて」
「無理いうなよ!」
「来た!」
群狼は次々に積み重なって塔を組み、森林の上を低速飛行するヤマト達へ一斉に喰らいかかる。
「させ……かよっ!」
蹴撃が狼の鼻っ面を叩き折る。梛だ。深緑鞭をターザンロープ代わりにしたのだ。
あの時、息を潜めた梛は怖気づいた訳ではない。“エース”を探しに奔走していたのだ。
「くるり、と」
飛燕、二連撃。
森林の枝を、跳ねる足場として《ハイバランサー》の黒猫。燐花は縦横無尽に狼の塔を迎撃する。ピンボールの如き空中跳躍戦闘はこの状況下、最適解だ。
「助かったぜ、柳!」
「所詮、気休めです。それより古妖マニアの貴女は敵の弱点を知っているのでは?」
「千疋狼は大将を討ち取れば、おしまい。けど千疋狼の軍勢をすりぬけ、大将首を取る手は……」
「異獣、ですか?」
「きっと千疋狼は異獣を恐れていた。だけど暴走の原因が不明のまま」
「……ガキツキ、そうだ! 俺は《木の心》で聴いた! 『“ガキツキ”の異獣よ』って!」
「それは大手柄です」
「つまり異獣の子供が関係――」
「不正解、けどきっと大正解よ」
ありすは梛へ不敵に微笑み、起死回生の一手を語った。
●異獣
希望の光が明滅する。
探偵――千常は、その暗号を鷹の目で確かめ、メモに書き起こす。モールス信号だ。
『ガキツキ』
たった四文字分のヒントを“祓い屋”でもある千常は理解し、苦笑する。
「明智先生にでもなった気分だ畜生」
「なになに、小林少年にも教えてよ?」
「スポーティ探偵の出番ってことさ」
新田、御羽に合流した千常と悠乃は異獣の隠れ家へ向かう道すがら情報を整理した。
コンビニ店員、古井秋奈は異獣を匿っていた。食料を差し入れて、暴走を最小限に押さえて“病”が治るのを待っていたのだ。千疋狼の襲来を知った秋奈は、直接心に問いかけてきた悠乃の人柄を信じて異獣の住処を教えてくれた。
地図と鷹の目を元にして千常を先導役に山中を進み、ついに異獣の住処に辿り着く。
異獣は空腹に耐え、苦しみもがいていた。
「近、づく、な」
暴走する己の衝動を抑えつけるのに必死な異獣は、ようやく声を絞り出した。
「なるほど、これが真相ですか」
新田教授の異才が原因を診断、確定させる。
「鮭子さん! 私達が今、助けます!」
祓いの儀を千常が執り行う為に、御羽は大風呂敷を広げ、たっくさんのおにぎりに塩引鮭、お神酒を神式の台座にお供えする。まごころの味はきっと伝わるはずだ。
「ぐ、がああっ!」
理性を失いかけた異獣が豪腕怪力を奮う。
その重い一撃を、悠乃が盾となって防ぐ。千常の蒼鋼壁がなければ一撃必倒の衝撃だ。
新田の波動弾が異獣を穿ち、よろけた異獣を、悠乃は研鑽を重ねた武技によって激烈華麗に投げつける。一時的に体術の封じられた異獣を相手に、口許の血を拭って悠乃は笑ってのける。
「食前の腹ごなしもいいものでしょ? 遠慮しないで、全部受け止めてあげるから、さ」
●真相
「古妖“餓鬼憑き”は“現象”よ。山中を歩く時、不意に病的な空腹に襲われる怪奇現象――、新潟にも残る伝承ね。本来は食事で解決するけど――長い年月を経て、異獣は人々の感謝を糧にする古妖に変化していたのね。――そう、暴れ狂った異獣はどれだけ食べても空腹を満たせず、破滅するわ」
群狼に対して、ありす達は高空と樹木の上を足場に防戦に徹していた。
ヤマトの飛行、燐花の跳躍機動、梛の回復支援。ひとつでも欠ければ持久戦は詰む。
「俺の視た記憶――自販機の前で千疋狼は覚者を殺した。あの後、異獣に接触して騙し打ちで餓鬼を憑かせたんだな」
「トラック横転事故はその後ですか。運転手も餓鬼憑きで意識が朦朧として事故を起こしかけ、異獣はトラックを止め、人の命を救ったものの得たのは感謝ではなく恐怖心」
「んで積み荷を喰いまくっても空きっ腹で、コンビニを襲ったってわけだな」
真相は解明した。
もし真相のわからぬまま事件を解決していれば、少々の遺恨を遺す結果となる。集落への事情説明は新田教授ならば適任だ。
各々の望んでいた通り、やはり、異獣は良き隣人であったのだ。
ついぞ消耗は限界を迎えて、黒翼が地に堕ちようという時に。
疾風怒濤。
異獣は神風となって一族狼党、千軍千狼を薙ぎ払った。
一騎当千の快進撃を阻もうと数に任せて狼軍が群がろうとするも、山岳森林の異獣は敵陣をすりぬけ、新田教授の蒼鋼壁が施された異獣の頑健さは狼牙をも砕く。
千常の鷹の眼が、千疋狼の本丸を見据える。
「華神!」
「おーし、いっちゃえ異獣!」
「ドッカン突貫です!」
異獣の背にしがみつく悠乃と御羽。悠乃は千常の透視情報を精密に、異獣へ意識として伝達する。御羽もまた召雷で悪い狼さんをおしおきしつつ、アホ毛レーダーを逆立たせる。
一族狼党の群がる黒波を越えて、驚愕と屈辱にまみれた白狼の顔貌を、ついに、ついに異獣の重き拳が打ち砕く。
『おのれ! 儂が、狼大将のこの儂が二度までも死するだと!』
千疋狼は死に物狂いで抗い、妖怪絵巻として語り継がれるに値する壮絶な双獣の戦い。
しかし異獣の勝利を疑う者は誰もいなかった。
一族狼党が消滅してゆく。
千疋狼は異獣の怪力に首を圧し折られた末、狼頭のみとなって末期の呪詛を叫ぶ。
『我魂魄不滅也。く、くかかかかっ! く……かはっ』
顎戸を貫く、剣一刃。
「これは返すぜ、オレ達に冥土の土産はまだ早い」
「お礼は熱い鎮魂曲でいい?」
炎柱は煌々と天を突き、夕焼け空をより赤々と彩ってみせるのだった――。
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
『塩引き鮭のおにぎり弁当』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員

■あとがき■
皆さんお楽しみいただけたでしょうか?
今回は裏ルート突入&大金星といえる結果でして、真犯人の初見撃破はじつのところ想定外でした。
古妖と人間を争わせようとする謎の古妖――恐ろしい強敵でございました。
真相の解明によって集落は異獣への誤解も解け、平和な暮らしが戻りました。
異獣も、コンビニ店員の秋奈さんも一行に深く感謝しているようです。
今後とも、良き隣人として暮らしていけることを願いたいものですね。
では、またの機会にお逢いいたしましょう。
今回は裏ルート突入&大金星といえる結果でして、真犯人の初見撃破はじつのところ想定外でした。
古妖と人間を争わせようとする謎の古妖――恐ろしい強敵でございました。
真相の解明によって集落は異獣への誤解も解け、平和な暮らしが戻りました。
異獣も、コンビニ店員の秋奈さんも一行に深く感謝しているようです。
今後とも、良き隣人として暮らしていけることを願いたいものですね。
では、またの機会にお逢いいたしましょう。
