野火よ、どうか我が怒りの具現となって
野火よ、どうか我が怒りの具現となって


●××日後
 走る、走る、走る。
 追い縋る敵の射程から身を逃し、人通りのない路を、ただひたすら。
 五月の夜半。寒さとはいよいよ無縁になった今頃でも、ひゅうと吸い込んだ空気は火照った身体に冷たさを与えてくれる。
 掲げた腕を基点に、頭上で廻り廻る幾つかの火の玉を目にしながら、私は小さく舌を打った。
 ――せめて、あと三体は欲しかった。
 思考の間隙、其れを見計らったかのように、腕に纏った火の玉と同質の物が私の眼前に現れる。
 爆ぜる火の玉、転がる身体。抉れた腹部から少なくない血が流れ、苦痛に思わず表情を歪める。
 それでも、私は。
「……貴方達の相手は、私じゃないよ」
 負傷を庇うこともなく、再び走り始めた私の直ぐ先に、目的地は臨んでいた。
「存分に食べ合って。それが望みなんでしょう?」
 たん、と言う足音を鳴らして、私は自身を虚空に溶かす。
 行き場を失った火の玉達は、故に最も近い『場』を探して彷徨い始める。
 向かう先は、小さな森。私の敵が今、潜んでいる場所だった。

●現在
 その日、久方 真由美(nCL2000003)の表情は少しだけ沈んだものだった。
「……ああ、ごめんなさいね。依頼の説明を始めるわ」
 首を傾げる覚者達にそう言って、彼女は手元の資料を全員に配布する。
「今回の依頼は、ある覚者組織の保護。
 彼らはこれまで秘密裏にAAAを始めとした覚者組織に情報を提供してきたんだけど、その存在が遂に察知されたみたいでね」
 与えられた資料には、覚者組織のメンバーのデータが添付されていた。
「彼らには戦闘力が殆ど無いの。敵の性質もあって、襲撃を受けた時点で彼らの全滅はほぼ確定してしまうわ。襲撃者の殲滅だけでなく、彼らを守ることも忘れないでね」
 言って、次に真由美は覚者組織に対する襲撃者の情報を開示する。
「対象は野火と呼ばれる古妖よ。分類上は古妖としているけれど、その性質はどちらかと言えば『神秘』と言うよりも『現象』に近いわね」
 曰く、土佐――現在に於ける高知県を主に出没するこの古妖は、人間の目の前に来ると大規模な花火のように爆発する性質を持っているらしい。
「……数は」
「五体よ。最初の内は、ね」
「最初は?」
「ええ。対象はその数を時間と共に増やしていくわ。
 何故と言って、彼らは或る敵対者によって呼び寄せられ続けるから」
 言って、彼女は覚者達に与えた資料の最後の頁を捲り、訥々と言葉を紡ぐ。
「名前は水旁彩。一部の神秘界隈では『アヤカシ使い』の名で呼ばれているわ。
 彼女は覚者と妖、その両者に強い憎しみを抱いていて、それ故に両者を倒す事に身を窶している」
「……其奴は?」
「討伐対象ではないわ。基本、彼女は単独で行動することが主だから、身を隠す方法にも長けているのよ」
 総勢五名の非戦闘員を守りながらの捜索はリスクが高すぎる、と言うことだ。
「勿論、作戦に多少の余裕が出来たと判断したなら、彼女の捜索を行うことを止めはしないわ。
 ……その場合は、捕らえることよりも殺害することを優先してね」
「………………」
 視線だけでも、何故、と問い掛けるには十分だったのだろう。
 真由美は彼らの表情に寂しげな微笑みを返し、答える。
「説得や駆け引きに応じるような存在じゃないから、よ。
 彼女が行動している理由はそんなものとは関係ない、最も原始的で、純粋な理由によるものだから」
 資料を畳んだ彼女は、覚者達の横を通り、司令室の出口へと向かう。
 そうして去る間際、小さく呟いた。
「両親を殺されたのよ。彼女は。
 第二次妖討伐抗争……その首魁である大妖《紅蜘蛛・継美》に因って惑わされた覚者(わたしたち)に、ね」

●十九年前
 大妖に惑わされた人間の子供、なんて言われ続けました。
 学校や家では一人きりで、構ってくれる人は誰も居なくて。
 それでも、私は我慢し続けました。
 お父さんも、お母さんも、隠れて悪いことをしていた人なら、その罰は子供の私も負わなければならないと、必死に我慢して。
 けれど、それが間違いだったと伝えられた日。
 私達家族を、見当違いの正義で壊した人達が謝る姿は、私にとってひどく滑稽でした。
 掛け替えのない両親を殺されて、まわりの皆に悪口を言われ続けて。
 そのお詫びに帰ってきたのが、「ごめんなさい」の一言だけ。
 ヒトを超えた力を持って、人々を導いていく彼らが、こうして間違ってしまうのなら、正しさなんて何処にもなかったんだと笑いたくなりました。
 だったら、
 だったら、私がハリボテの正義を、壊してやろうと思ったんです。
 幾千、幾億の人々が彼らに救われた事実に比べれば、私の感情なんて沢山の善意に挽き潰されるような『間違い』でしか無いんでしょう。
 だから、これは復讐なんかじゃありません。
 正しさの尊い犠牲になった、私の最後の悪足掻き。
 ちっぽけな小娘が、正義の味方に殺されるまでの、他愛もないお話です。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:田辺正彦
■成功条件
1.覚者組織員全員の生存
2.古妖の全滅
3.なし
お久しぶりで御座います、田辺です。
以下、シナリオ詳細。

場所:
『山中』
AAA等の協力者である覚者組織が身を隠している山中です。時間帯は深夜。
放置された木々が乱立しており、視界の確保、動作には多少の弊害が生じるでしょう。非戦スキルやプレイングによって緩和することは可能です。

敵:
『野火』
直径1メートルほど。ふわふわと浮かぶ火の玉の姿をした古妖です。数はシナリオ開始時点で五体。
体力は最低値で固定。その他のステータスや知性の有無等は一切が不明です。
一定時間の経過、若しくは自身の体力がゼロになった時点で広範囲に於ける爆発が発生します。
凡そ一体につき一回限りの攻撃である分、その威力は異常とも言えるレベルです。

『『アヤカシ使い』水旁 彩(みづくり・あや)』
外見年齢十代後半の少女。嘗てAAAの誤認によって両親を殺された事により、覚者、そして妖全体に強い憎しみを抱いています。
二つ名こそアヤカシ使いと呼ばれていますが、長けているのは古妖に対する造詣。今回もその技術を発揮して覚者組織へと古妖をけしかけました。
シナリオの序・中盤においては上記『野火』を召喚、覚者達へと放っていますが、長期戦に陥ると彼女が判断した時点で逃走を図ります。
ステータスはその一切が不明。隔者、憤怒者かも解らないため、接触の際はご注意を。
参加者の皆さんが現場に到着した時点では、居場所は不明です。

その他:
『覚者組織』
現在逃走を図っている覚者組織のメンバーです。数は五名。
覚者とは言いますが、その実はスキル、命数を使用した経験もほぼ無い、多少耐久力のある一般人と大差在りません。
上記『妖』の射程範囲内に彼らが存在し、尚かつカバーリング等の担当が居ない場合、攻撃を受けた時点で彼らは体力がゼロになります(本能的に命数は使用しますが)。


それでは、参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年05月26日

■メイン参加者 8人■

『戦場を舞う猫』
鳴海 蕾花(CL2001006)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『天使の卵』
栗落花 渚(CL2001360)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)


 呼気が荒い。
 抉れた腹の傷が、絶え間なく痛みと血を吐き出し続ける現状に、私は少なからず苦い顔をした。
 深い森、暗い森。未だ望む敵の姿の見えぬ今、片腕に纏わせた幾つかの火の玉が私の唯一の希望だった。

 ――今日のお話をしましょうか、彩。何も見えない真っ暗に、明かりを灯してあげるおまじない。

 聞きたかった、けれど聞くべきでない幻聴に頭を振るう。
 総てを終えるには早すぎる。未だ復讐の欠片すら叶えることは出来ずにいるのに。
 その声に思いを馳せるのならば、それは回顧ではなく、
「……っ」
 眩んだ思考がぱたりと止んだ。
 灯りはない。けれど森林には似合わない微かな音が耳朶を打つ。
 暗がりに見えたそれらが何であるか、確認した私は躊躇することなく火の玉を放る。
 近づいたそれらを見送りながら、私はそっと遠巻きへと逃げていき――やがて、爆発。
 刹那の光と暴風に襲われた彼らの死を確認した私は、しかし。
「……お前には同情もしてるし、過ちを犯したやつらと同じ覚者としてすまねえとも思う」
 単手の鉤棍、幾許か身を朱に染めた少年が、否。
「だけど、関係ない人たちを巻き込むのはダメだ。……我慢しろなんて言うつもりはねえけどさ」
 彼を含めた八人の覚者達が、その攻撃を受け止めていた。
 恐らくは見えていないだろう私に対するその言葉に、知らず、口元が苦笑のそれへと歪んだ。
「AAAか、他の覚者組織か……」
 担う古妖を尚も送り込み、同時に私は走り出す。
「止めて見せなさいよ、覚者共」
 その正しさで、両親同様、私も殺して見せろと叫びながら。


「大和、彼奴の位置は……」
 開幕から衝撃に拉いだ身を解しつつ、奥州 一悟(CL2000076)が自身の守護使役に問うも、答えは否定であった。
 より厳密に言えば、「直ぐには捉えきれない」が正しいだろうか。
 夢見の予知にあった通りの負傷をした彼女は周囲に血を零しており、それが本人の流す血のもの混じってうまく判別はしにくい。ましてやこの爆風の最中だ。
「むむむ、さっそくみなさん大ケガ、なのよ」
「みんなの傷を少しでも癒せるように頑張らないと……!」
 異常な火力と呼ばれた古妖の炸裂は流石と言うべきか。
 唯の一撃で揺らいだ自陣に『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)と『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が繊手を振るって癒術を施す。
「いやさ、老骨には有難くない人魂ですなあ」
 守護使役と異能を以て、視界と足場の確保を行う『教授』新田・成(CL2000538)が冗談交じりに呟く。
 土埃に汚れた羽織をはためかせながら、つい先ほど守った覚者組織へと路を指し示す。
「行きなさい。時間は私達が稼ぎます」
「あ、あんた達は……」
「グダグダ言わずに早々と行きな。味方を犬死にさせたいのかい」
 不機嫌を顕わにして『戦場を舞う猫』鳴海 蕾花(CL2001006)が畳み掛けると、覚者組織の面々はそれ以上問うことなく、慌てて戦場を離れる。
 否、離れようとした。
「流石に、そうそう甘くはないか……!」
 独りごちた指崎 まこと(CL2000087)が地にナイフを落とせば、其処より出でた亀裂が広がり、両者との距離を確かなものにする。
 覚者組織が逃走しようとした方向から現れた野火は、急速に発生した『距離』を詰め切れることが出来ず――自爆。
 誰もが巻き込まれない、等という僥倖こそ無かったものの、瞬時の判断は予想以上に味方陣営の被害を軽くした。
「こちらは僕らがなんとかします。その隙に!」
『菊花羅刹』九鬼 菊(CL2000999)が再度撤退を勧め、荒事になれていないであろう覚者組織は震えながらもその言葉に頷き、ふらついた足取りで逃げ始める。
 自然、逃げる者が在れば追う者も出てくる。
 三度、浮かんだ火の玉の姿。今漸く距離を稼ぎ始めた覚者組織を尻目に、菊が僅かな迷いと共に鎌を振るう。
 爆ぜる光と音。その身体が衝撃で吹き飛びかねない。菊が耐えたのは偏に運と自身の意地によるものだった。
 しかし、それを追うように、また一つ。
「――――――っ!?」
 少なくとも、効果範囲に覚者組織の姿はない。
 で、あれば。ことこの野火に関して狙われた標的は――
「させませんっ……!」
 言葉が早いが否か。並々ならぬ衝撃から菊を守ったのは『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)だった。
 撒き散らされる礫が服を裂く。焦熱の香りが自身の術ではなく、野火の発破によって灼けた自身の皮膚から漂っていることを理解した彼女は、痛みではなく、悲しみに顔を歪めた。
「……こんな風に、理解し合えない溝も存在するんですね」
 誰ともなく呟いた言葉。頭を振って自身の惑いを振り払った彼女は、それでも、と。
「組織の皆さんを何とか無事に助けたいんです。だから、手加減は出来ません」
 爆ぜた岩塊が身に纏われる。
 片腕を起点に、身を覆う石の術式が成った事を確認した彼女は、再度覚者組織の逃げ道に現れた火の玉へと魔道書を向けた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ! 」


「っは……、くそッ!」
 聞こえた言葉は覚者組織の面々のものだ。
 戦闘が開始してから時間はさほど経っていない。だのに傷ついた身体は、最早幾度とない戦いに見舞われているそれだ。
 言うまでも無かろうが、原因は野火による爆発である。
 戦闘開始直後、F.i.V.Eの面々の言葉を受けて戦場からの逃走を開始した彼らだが、その距離は彼らが元々居た地点から離れているとは未だ言い難い。
 当然と言えば当然だ。庇護対象が逃げようとすれば自然、それを倒す側も動く。
 全力移動で逃げている組織員に比べれば確かに距離は着実に開いているものの――『彼女』からすれば、その攻撃範囲内に古妖を遣わせることが可能であれば、些少の距離は問題ではないのだ。
 無論F.i.V.E側もそれを放置するほど甘くはない、のだが。
「……こりゃあ、拙いね」
 飛燕。或いは二本を同時に投げているかのような双撃で飛苦無を放ち、野火が少ない体力を削られる。
 結果的には武器と距離を等しくした爆発範囲に巻き込まれつつ、蕾花が血に凝った額を拭いながら呟いた。
 敵は覚者組織を庇う自身達へ、確実に焦点を置いている、と。
 現状、覚者組織はF.i.V.E達によるカバーリングもあって致死に至る負傷は負っていない。
 言い換えれば、それまでのダメージは護衛を請け負った前衛班が確実に受け続けていた、ということだ。
 覚者組織が逃げ切るまで護衛を続ける。方針としては何一つ間違っていないものの、それまでF.i.V.Eのメンバーが受けるダメージは、それを癒すに足るリソースはどれほどのものになるか?
 前述したとおり、敵である『彼女』との距離は稼げている。現状の拮抗した状態を維持できれば組織員が逃げ切ることは十分に可能だが――その後、『彼女』が逃走を図るまで、F.i.V.E側が無事でいられる保障は何処にもない。
 覚者組織の面々が逃走を図ったタイミングで野火が現れるのも其れに起因したものだろう。複数体で攻めた後に全体火力で一掃されることを恐れて、若しくは……

「こっちがサンドバッグを続ける時間稼ぎ、ってことか……!」
 苦々しい表情の一悟に返される言葉はない。逆接、其れこそが彼の考えに対する仲間達の明確な答えを指し示している。
「組織の人達を散開させて逃がせば防げた……?」
「難しいですな。仮に相手が散開した一部に総ての野火を集中させれば、少なくとも彼方の組織と私達、誰か一人ずつは犠牲になったでしょう。」
 傷口に手を当て、自らの命を注ぐ渚に目礼しながら、成は彼女へと言葉を返す。
 幾ら仮定を述べようと、現状が覚者達にとって苦境であることは違いない。
 少なくとも、限られた事前情報を元に立てた現在の作戦がベターであったことに変わりはないのだ。ならば――
「何れにせよ、私達が行うことに変わりはありません。
 組織の方々の逃走経路を切り開き、その後で彼女を撃退、乃至討伐する」
「にしたって、これは中々……!」
 まことが言葉を続けるよりも早く、幾度目かの轟音が。
 大震は間に合わなかった。炸裂したのは光と、まことが負う痛み。
 土埃と朱に染まった羽が月の光を受けて舞い飛ぶ。苦悶よりも早く、彼は異能を以て覚者組織の面々を再び『彼女』から離した。
 彼一人の話ではない。その戦場は確かに血路を開くという比喩が正に合っていることだろう。
 拉ぐ身体。眩む意識。ともすれば地にその身を横たえようとする弱さを、渚が、飛鳥がすんでの所で癒し、再び立ち上がる力を与えている。
 とは言え、その加護も品切れが近い。
「……填気を。もう少しだけ、頑張ってください」
 告げて、飛鳥に精神力を充填したラーラの額にも汗が浮かぶ。
 言葉も返さず、こくりと頷く飛鳥の呼気もひどく荒い。
 開始から二分足らず、庇われた仲間や護衛対象を除けば、全体を巻き込む高威力の火力は全員を満身創痍にさせるには十分だった。
 だが、それでも。
「「……見えた」」
 叫んだのは、少なくとも二人だ。
 一人は、逃走を続ける覚者が、森の向こうに覗く人里を目にして。
 そして、もう一人は――
「……嗚呼、なんてこった」
 自らの肩に降りた守護使役から視界のリンクを切り。
 酷く――傷んだ顔で、蕾花は呟いた。
「それがアンタの憎しみかい、彩」
 暗闇の彼方。か細い火の玉を尚も腕に纏わせ、
 血色のない顔で、『彼女』が覚者を睨んでいた。


 彼我の距離は20メートル以上離れていた。
 その上で彼女が姿を現した、と言うことは――これ以上、戦闘を続ける意志はないと言うこと。
「あ、あの子は……」
「黙ってな。アンタ等が口を出すと余計に厄介になる」
 覚者組織が気色ばむのを黙らせる蕾花に、まことも然りと頷いた。
「最後まで黙っておけば、少女が壊れる事はなかったのに。
 保身か自己満足か罪滅ぼしかは知らないけれど、面倒な事をしてくれたよ」
「何――――――」
「……どうでしょうね。仮に真実を知らなくても、罪の意識を負ったクズとして生きていく程度のものだったと思うけれど」
 組織員の言葉を遮る形で言いながら、彼女は少しずつ覚者達から距離を広げていく。
「まあ、ともあれお疲れ様。正直意外だったわ。
 初撃で全周攻撃なのは理解したでしょうに、陣形を崩さずに固まった状態で逃げ続けるなんて」
 語り口からして、彼女はF.i.V.Eの事も、其処に夢見が居ることも知らなかったらしい。
 暫しの沈黙。最初に口を開いたのは、頬を僅かに掻いたまことだった。
「一応、君の事情は聞いたんだけどさ。
 君は、誰に何をして欲しいの?  君や君の両親の事を、君達を苦しめた人間に、思い知らせたい、って事じゃないのかな?」
「……そうだな。それだけなら、俺も組織の一員として立ち向かうことはあっても、個人としては何も言えねえ」
 追うように、言葉を続ける一悟。
「復讐を我慢しろなんて言うつもりはねえよ。俺は聖人君子なんてガラじゃないしな。
 だけど、一矢報いるつもりでしたが肝心の的を間違えてました……は、カッコ悪いし、意味ねえぜ」
「……ご忠告どうも。けれど感情に理念を問うのは馬鹿らしいわよ。お二方。
 頬に蜂が止まっていたからと叩かれたら、それが相手にとって正しくても怒りは伴うでしょう。八つ当たりのようなものよ」
 問題は、その『八つ当たり』に自分の命を賭けるほどの価値が、彼女にはあると言うことだ。
「……そのままそんなことをしていて、何になるというのです」
 吐き捨てるように、菊が零した。
「悲しみも、怒りも理不尽も。今の状況が最悪の世界そのものであるのなら、手を加えて光を求める為になぜ動こうとしないのです」
「興味がないから」
 きっぱりと言い切った彼女に、菊のみ成らず他の覚者も目を見張った。
「私は自分と同じ存在が産まれないよう、覚者となって組織を正しく動かしていきます、ってね。
 大衆が納得する正しさに溺れるのは楽でしょうね。けれど生憎と、私は貴方達ほど人間が出来ていないの」
 一瞬だけ、覚者達を見遣るその目が、怒りではなく、悲嘆にその色を変えた。
「……私のような子供には、十九年間の迫害は重すぎた。私を殺すほどに」
「………………」
「一先ずはこんなところかしらね。機会があったらまた殺り合いましょう。叶うなら彼岸まで」
 言って、今度こそ背を向けた『彼女』へと、しかし。
「水旁さん、間違っているのよ」
 追い縋った飛鳥が、最後の言葉を投げかける。
 踏み出したのは一歩。互いの距離を踏まえれば余りにも小さく縮められた距離。
 それでも、それがどれほどに僅かでも、『彼女』に近づこうとしたのは飛鳥だけだったのだ。
「『悪あがき』するほどこの世界に未練があるのなら、手の込んだ自殺を考えて実行するより、せっかく身に着けた知識を武器25年前に端を発した神秘の解明をしてください」
「嫌だ、と言ったら?」
「……『どうせ変わらない』『変えられない』とすねて諦めるぐらいなら、何もしないで消えて欲しいのよ」
『彼女』にとって。
 望んでいたのは、きっとその言葉だったのだろう。
 振り返った『彼女』は、最後に自身に纏わせた一体の野火を覚者達に放り、シニカルな笑みで言った。
「ざまあ見ろ、糞餓鬼」
 次いで、爆音。
 煙が晴れた後、見えた物は荒らされた草木だけであった。
「……結局、彼女のこと、何も解りませんでしたね」
「いえ、そうとも限りませんよ」
 消え去った『彼女』の居た場所を見ながら、最後まで口を開かなかったラーラへと、成が覚醒を解きながら返した。
「些少の時間でも、姿を現してくれたのは僥倖でした。
 スキャンしたところ、彼女は覚者ではなく只の人間のようでした。読めた情報はそれだけですが……」
 言葉を聞き、少しだけ蕾花が眦を伏せる。
 去り際、見えた『彼女』の負傷と、血の気の引いた顔を見れば、この後救急処置をしなければ危ういことは明らかだ。
 そして、『彼女』は間違っても覚者に対して足が着くような場所――例えば病院などに姿を現すことはない。
「………………」
 生きていては欲しい、其れでもと、蕾花は小さく言葉を紡ぐ。
「現れるなよ彩……あんたを殺したくはないんだから」
 頭上には木々の狭間に見える星。それすらも、今では曇天に覆われつつある。
 深夜の邂逅は、そうして彼らに達成感とは異なる何かを与えて過ぎ去っていった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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