≪百・獣・進・撃≫亀の瀬
≪百・獣・進・撃≫亀の瀬


●23:10
 頬に濡れたハンカチをあてた少年を乗せたまま、薄緑色の列車は上りホームを定刻通りに離れた。右側に闇に沈む大和川を見下ろしつつ、徐々にスピードをあげて山間を進む。鉄道橋を渡ると、こんどは大和川が左側になった。ほどなく最初のトンネルに入った。
 少し前、このトンネルの上を柏原駅にいた伝令カラスが神社に向かって飛び去っている。五麟の夢見以外に、夜の山を飛ぶカラスに気づいたものはいなかった。
 トンネルを抜けると少年は窓を持ち上げて開き、手を出して半乾きのハンカチを線路に落とした。ハンカチは去年、母親が少年に買い与えたものだ。
 三両目には少年のほかに、シャツの裾をだらしなく出して眠るサラリーマンが一人いるだけで、前後の車両にもほとんど人は乗っておらず、閑散としている。
 少年は欠伸を漏らした。
 少年は知らぬことだが、いま列車が走るこのあたりは亀の瀬と呼ばれ、過去にたびたび地滑りの被害をもたらしてきた。昭和七年にはこの鉄道も大規模な地滑りで不通になったことがある。いまは大きくルートを変えているが、今でもここが難所であることには違いない。その証拠に、トンネルの掘られた山には地滑り対策の他にもう一つ、たたり神の封印結界が施されているのだ。
 列車はガタゴトとのどかな音をたててレールの上を進んでいく。
 まもなく三郷、という車内アナウンスを聞いて少年は薄く笑った。
 少年は両親が対覚醒者用麻酔薬でぐっすり眠っていることを確認すると、ガスの栓をひねって開き、タイマーをセットしてから家を出てきた。先生には「今夜行くよ」と駅の公衆電話から伝えてある。
 青白く細い手首にはめられた、大きすぎる銀の腕時計に目を落とす。あと三分で家はガス爆発を起こして炎に包まれるだろう。

 ――動物は殺し飽きたよ。
 ――よろしい。そろそろステップアップしてもいいだろう。

 先生の許可を得た矢先のことだった。いつものように生きたカラスの背に足をかけ、金のこぎりで嘴を切断していたところを近所の鳥ババアに見つかってしまい、警察に通報された。
 辛気くさい交番所で警官に囲まれ、親への言い訳をあれこれ考えながら待っていると、顔を真っ赤にした父親が文字通り駆け込んできた。
「お父さ――」
 口を開きかけたとき、首が折れるいきおいで張り倒された。イスから転げ落ちて頭を強く打ち、口の中が切れて舌に血の味がした。最初に殺すのはこいつに決まりだと思った。
 ばけもののくせにいつも偉そうにしやがって。オレ様はニンゲンだぞ。

●23:11
 カラスたちは妖となった仲間の呼びかけに応じて、ぞくぞくと山の神社に集まっていた。ほかにも少年に怨みをもつ犬や猫、ネズミの怨霊が、それぞれ同族を四方から呼び集めていた。
 まもなく件の少年を乗せた列車が最後のトンネルを抜け出て、神社の下を通りがかる。
 犬と猫とネズミの怨霊を背に従えた妖カラスは、境内を埋め尽くす仲間たちに社の屋根から命じた。

 ――古亀を揺り起こせ。人ヘの怒りを露わにして山を駆けまわり、古亀を揺り起こせ。木々の根を掘って倒し、古亀を揺り起こせ。すでに封印は我がこの嘴で解いている。忌まわしき人の子を飲み込んだ鉄のヘビを、土砂とともに大和川へたたき落とすのだ!


●21:00
「夜に呼び出してすまない。緊急の依頼だ」
 久方 相馬(nCL2000004)は覚者たちが集まり切らないうちに資料を配り、説明を始めた。
「あ、立ったままで。座っている時間はないんだ。最近、奈良県内で動物系妖の出現が急増しているのは知っているよな。実は、AAAから警戒の協力要請があった直後にとんでもない夢を見てしまったんだ」
 いまから2時間後の11時13分に、鉄道駅近くで妖と妖に魅入られた獣の群れが土砂崩れを起こし、電車を脱線転覆させると相馬はいった。
「乗客はわずかだけど、電車が転覆したら大変だ。みんな急いで向かってくれ」
 ファイヴのある五麟市から事件が起きる奈良県生駒郡三郷町までは、どんなに急いでも二時間はかかってしまう。だからのんびり座って相談している暇はない。
「妖たちは、該当の列車に乗っている少年にむごい殺され方をして恨んでいるらしい。出来れば妖たちを退治したあと、駅で少年が『先生』と呼ぶ人物――おそらく組織に属さないはぐれ憤怒者だろう。そいつと接触する前に捕まえて、警察に引き渡してくれ。理由はいま渡した報告書に書いてある。頼んだぞ!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.神社境内にいる妖4体の討伐
2.古妖が目覚める前に封印を元通りに戻し、土砂崩れの発生を防ぐ
3.少年の身柄を確保し、警察に引き渡す
●妖・カラス/生物系・ランク2……1体(飛行)
片足で『神木の楔』を握っています。
人の言葉をなんとなく理解しているようなふしがありますが、会話はできません。
【空を切り裂く声】……物近列・貫通2、ショック
【漆黒の翼】……物近単、出血

●妖・怨霊/心霊系・ランク1……3体(3体すべてが飛行)
 猫の怨霊【引っ掻く】……特近列
 犬の怨霊【噛みつく】……特近単
 鼠の怨霊【病原体】……特近単、毒。

●妖に魅入られた獣たち……100匹
一人の覚者に狙いを定め、群れになって襲い掛かってきます(単体・物理攻撃のみ)。
それぞれ同族の妖を倒せば勝手に逃げていきます。
 カラス、30羽
 ノラ犬、10匹
 ノラ猫、20匹
 ドブ鼠、40匹

●少年(矢野友也)
小学校高学年。
両親は発現していますが、彼は未発現。
※対覚醒者用のナイフを隠し持っています。

●先生
謎の人物。
少年に対覚者用の麻酔薬とナイフを渡していることから、憤怒者である可能性が高い。
夢見も『先生』の姿は見ていません。
そのため、現時点の段階で『先生』を捕まえることは困難です。

●状況
・ファイヴは23時7分に、妖たちが集まる神社に到着します。
 ※森の中の境内は明かりがありません!
・少年を乗せた列車は、23時13分に神社下を通過します。
・土砂崩れが起きなければ、列車は23時14分に駅に到着します。
 わずか1分後、改札を出た少年は姿を消してしまいます。
・神社から少年が下車する駅まで車で2分かかります。
 ※タクシーは駅で手配できますが、レンタカーは借りられません。経費はAAA持ち。

●結界
妖カラスが足で掴んでいる『神木の楔』を取り返し、社の裏にある要石に打ち込み直すことで封印が結ばれます。
楔の打ち込みは誰でも行えますが、再度抜かれてしまう可能性があります。
神官職にある者が、穢れ払いを行ってから打ち込むのがベストでしょう。

●STコメント
やること自体はシンプルです。
妖を倒して結界を張り直し、クソガキを捕まえる(ただし、時間制限あり)。
よろしければご参加ください。
お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年06月18日

■メイン参加者 8人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『突撃巫女』
神室・祇澄(CL2000017)
『天狗の娘』
鞍馬・翔子(CL2001349)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)


「降りて走る!」
 『裏切者』鳴神 零(CL2000669)はドアに手をかけた。
「待って、鳴神さん」
 『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は腰を浮かせると、斜め横から前座席の間に顔を突きだしてフロントガラスの先を睨んだ。
 星の少ない空の下でこんもりとうずくまる木々の影の奥、そこに妖たちが集う神社がある。
「もう少し先までお願いします」
「そんなこと言われてもやな。この先真っ暗やで。こんな時間に何しに神社に行くん?」
 結局、覚者四人を乗せたタクシーは民家の尽きた真っ暗な空き地で止まった。
「エンジンを切らないで待っていてください」
 妖退治が終わってから走って駅に戻ったのでは間にあわない。タクシーに去られてしまっては一大事だ。
 返事を待っていると、しびれを切らした零にタクシーから引っ張り出された。
「やけに静かだな。けど確かにいる。ここからでも獣の匂いがプンプンするぜ」
 神社の森に顔を向けて奥州 一悟(CL2000076) がつぶやいた。どうやら守護使役の力で嗅覚を高めているらしい。
「うん。鳴き声ひとつ聞こえてこないのは変だよな」 
 隣で『一級ムードメーカー』成瀬 翔(CL2000063)も首を傾げた。
 もう一台、タクシーがやって来きて止まった。
 ドアから降りて来たのは緒形 逝(CL2000156)だ。
「や、お待たせ。どうしたの。男三人後ろでぎゅうぎゅう詰めだったから体が固まっちゃった?」
「んなわけないだろ。確かに窮屈だったけどさ。いや、やけに静かだなって。な、翔」
 おや、と首を巡らせる逝の後ろから、『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)たちがやってきた。
「何しているのよ。さっさと行きましょうなのよ」
「まあまあ、カラスは賢い生き物です。この静けさ……何かたくらんでいるのかもしれませんね」
 『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)の横で、『天狗の娘』鞍馬・翔子(CL2001349)も頷く。
「カラスは執念深くもある。邪魔するものは誰であれ容赦しないだろう。十分に気をつけよう」
「「いいから、走る!」」
 零と飛鳥は声を揃えて怒鳴りながら、先陣を切って闇の中を駆けだした。


 行く先で地を駆ける音がした。
 零の守護使役キッドの灯りを先導に、木の葉の天蓋と草の壁に包まれた参道を走り抜けてみれば、小さな境内は空っぽだった。社の屋根にも妖らしきものの姿はない。季節が後戻りしてしまったかのようにひんやりとした空間に、熱を持たぬどす黒い気だけが濃く漂っている。
 暗視を持つものはもちろん、亮平も懐中電灯の黄色い光でさっとあたりを薙いでみた。だが、いないものはいない。どうやら獣たちは木の裏でじっと息を潜めているようだ。
「臭いじゃ居所を特定できねえな。翔子、上から見えるか?」
 翔子が首を横に振る。
「わからん。だが、気配は感じる」
「空丸もわからないってさ。せめて月がでていたらな」と翔。
「ぴょーての偵察も空振りだ」
 亮平は親指でキャップのつばを押し上げた。
 祇澄は前髪の下で眉を寄せた。
「……ご神域全体が妖の怨念でひどく穢れています」
「そりいい。オッサンは神域の清らかすぎる空気ってやつが苦手でね。このぐらい淀んでいる方が、悪食もイキイキできるってものさ」
 な、オマエと、逝は悪食という名の妖刀を一振りする。
 一閃、ただよう妖気がわずかに食われた。
「ところでおっさんたち、この後にちと野暮用があってね。かくれんぼしているヒマはないんだよ。とっとと出てきておくれ」
 暗視と透視の両方を活性化していた飛鳥が、斜面に獣たちを見つけて声をあげた。
「あ、いた。上から――」
「攻めて来る!!」
 ほぼ同時。だが、敵の動きに反応できたのは零の方だった。体をひねりながら横に飛び、着地と同時にキッドから大太刀黄桜を受け取って身構える。
 黒く潰れた木々の間に赤い点が次々と浮かび上がったかと思うと、地面が震え出した。大地の揺れに呼応して木の枝も激しく揺れた。
 複数の影が夜に向かって飛び立ち、数にして六十匹の獣が一斉に山肌を駆け下りてきた。
「固まれ! オレたちを崖下に流し落とす気だ!」
 一悟は零の左隣を固めると、土鎧をまとって腰を低く落とした。
 逝が岩の鎧に身につけながら零の右脇に立つ。翔と亮平を、空いた手を一振りして後ろへ下がらせた。
「前は三枚もあれば十分さね。な、奥州ちゃん?」
「お、おう!」
「では、わたしは鳴神さんの後ろに。鼎さんはわたしの後ろへ。急いで!」
 祇澄は空を飛ぶ翔子に紫鋼塞をかけた。
 直後、覚者たちは牙を持った赤い波の流れに飲み込まれた。
 上では紫のオーラに包まれた翔子の体を、黒い影の鋭いくちばしが次々とついばんだ。
「痛くない。ふむ、これはよいな。ありがたい。しかし……」
 翔子は両の翼を大きく広げて制空域を広げると、きっと眦を吊り上げた。
「天狗の娘たる私に対し無礼千万! 貴様たちに恨みはナイが、こちらも同属の命がかかっているものでな。なるべくなら殺さぬようにはするが、少々痛い目にあってもらうぞ」
 言うが早いか、天狗の羽団扇を一振りして風を起こした。厚く折りたたまれた空気の層が弧を描いて飛ぶ。
 零は大太刀を振るって気玉を乱射し、駆け下ってきた獣の波頭を割った。
 二手に別れた波の片側を、鋭く振り上げられた妖刀・悪食の刃がさらに切り崩していく。
 今度は地面が上下に揺れた。
 獣たちが起こそうとしている地滑りとは明らかに揺れが異なっていた。
「なるほど、古亀の揺り起こしを兼ねた攻撃か……」
 指示を出している妖カラスを探して、亮平は木の葉に縁どられた空を見回す。
「翔子ちゃん、妖はどこ!?」
 顔を足元に向けたまま零が叫ぶ。
「社の上、戻ってきた!」
 叫び返した翔子は翔子で下を向く余裕はなく、次々と襲い掛かってくるカラスたちと空中戦を繰り広げていた。
 一悟がカラスに向けて念弾を放ったが、一匹を撃ち落としたところで支援にならない。翔子は空で足止められたままだ。
 社の上では、四体の妖が高みの見物を決め込んでいた。猫の悪霊がおどけた動きで屋根の端へ移動し、覚者たちを愚弄して手招きポーズをとる。
「こんにゃろめ、なのよ!」
 飛鳥は波が背の後ろへ流れ過ぎると同時に、猫の悪霊を狙ってステッキの先から水礫を飛ばした。
 腹を撃たれた猫の悪霊は、潰れた悲鳴をあげて屋根から転げ落ちた。
「ナイス、飛鳥!」
 翔は符を取り出した。
「亮平さん、先にやるぜ?」
「うん。残った野良たちはあとで眠らせる」
 やれるものならやってみろと、妖カラスが鳴く。
 一度は崖に消えた足音が下でドッと爆ぜたかと思うと、ものすごい勢いで神社に戻ってきた。
 今度は広くばらけずに幅を絞り、一人に狙いを定めて突進してきた。
 社からは、地面に落ちた猫の悪霊が符を構えた翔を狙って駆けてくる。
「縣さん!」
 亮平が飛鳥に腕を伸ばすが、わずかに間に合わなかった。
 飛鳥が獣に飲み込まれた。
 祇澄は地面を隆起させた。天に向かって昇る竜のごとき勢いで、翔を狙った岩槍が猫の悪霊を貫いた。
 尻尾を巻いて戻ろうとしたところで逝が悪食を振るう。
「まずは一匹。ごちそうさま」
 猫の悪霊が妖刀の刃に吸い込まれるようにして消えると、飛鳥に覆いかぶさっていた獣たちの中から、一匹、また一匹と、正気づいた野良ネコが離れだした。
 遊んでいると勘違いしたか、中には一度は去りかけたものの戻ってくるネコもいた。
「イタタタなのよ! 美味しいかもしれないけどあすかはかじっちゃダメなのよ! 試食はご遠慮くださーい!」
 亮平はじゃれつく猫を足にまとわせたまま、飛鳥を救出すべく野良たちをはがしにかかった。
 一悟もトンファーを振るって野良犬たちを叩いては、首根っこをつかんで投げていく。
「翔君、急いで!」
「残酷なマネされたなら動物が怒るのは当たり前だけど、関係ない人まで巻き込むのはやっぱダメだ」
 だから止める。翔は少年らしいまっすぐな思いを符に託すと、腕を上げて雲を割り、隠れていた星を地上に落とした。
 滝のごとく天より降り注ぐ流星群に、ざんざんと音をたてて砂利が跳ね上がる。
 獣たちは上下から打たれて苦痛にあえぎながら倒れた。
 だが、小さな命を消さぬよう手加減を加えていたためか、半数がすぐに立ち上がってまた飛鳥に飛びかかる。
「痛みを抱えたまま、しばし眠れ……」
 亮平は邪気を払うべく舞わせた腕の一振りで心乱す獣の鳴き声を沈黙させた。
 大将格の妖カラスを守るべく乱れ飛んで、翔子を阻んでいたカラスたちも眠気には勝てず、次々と落ちてゆく。
 これで大多数の野良たちが動けなくなったのだが――。
 飛鳥が受けたダメージは深刻だった。


「ウ、ウサギさんなめんなよ! なのよ」
 満身創痍になりながらも、飛鳥はステッキで体にかじりつくドブネズミたちの頭を叩いた。
 背中にしがみついていたノラ犬を、一悟がトンファーで殴って気絶させる。
「大丈夫か」
「大丈夫じゃないのよ、あっちこっち痛いのよ」
「いま治す。しばしの我慢だ」
 翔子が涙ぐむ飛鳥の頭の上から森の恵みを集めた雫を落とした。
 妖カラスが空を切り裂く声の一喝で、零と逝を貫く。
 鳴き声に含まれる恫喝の響きに、逃げ出しかけていた野良たちが足を止めた。
 犬とネズミの悪霊が屋根から地面に降りてきて、一番近くにいた翔に迫ると体に牙を立てた。
 カラスたちは二羽になっていたが、体を張って翔子を大将の妖カラスに近づけまいと嘴を振るい続けている。
 妖カラスがもう一度鳴いて、野良たちを悪霊二体の前に呼び集めた。
 飛鳥が立ち上がって、潤しの雨を境内に降らせる。
 どん、と下から突き上げるような揺れが回復した覚者たちをよろめかせた。
「時間がありません。先に妖を倒しましょう!」
 祇澄は叫びながら神力を込めた符を妖カラスに飛ばした。ピンと伸びた符の端が黒い羽を切り落とす。
 妖カラスは高度を少し落としたが、足で神木の楔を握り直すと、嘴を開いて野良たちに指示を飛ばした。
 仕返しのつもりか、今度は祇澄を狙って野良たちが駆ける。
「私に構わず、妖を!」
 亮平は祇澄の意気に応えて腕を伸ばすと、雨雲の底を金色に光らせた。
「善雷皆来、悪霊退散!」
 雲の底を割った一条の雷が落ちながら無数に枝を広げ、妖たちを絡めるようにして打ち据える。
 野良たちに襲われた祇澄が、重みと衝撃に耐え切れずにバランスを崩し、背から地面にへ倒れ込む。
「卑怯者! あんたたちで、殺し合いなさいよ――!!」
 零が身の丈ほどもある大太刀を軽々と舞い振るう。
 怒気をはらんだ声とは裏腹に、黒狐の面の下から悲しみの滴をはらりはらりとあふれ出させながら。
 殺したくなかったのだ。殺す理由を作らないで欲しかった。
 零が流した涙は鬼桜に断ち切られて無数の欠片となり、銀の花びらのごとく空に舞った。一枚一枚が小さな写し鏡になり、妖たちの荒み切った心を映しては跳ね返す。
 混乱した妖たちが同士討ちを始めた。
 翔子が空を滑るように飛んで大将格の妖カラスに迫る。
「やらせねぇ!」
 一悟は鋭くトンファーを振りぬいて念弾を飛ばし、カラスの嘴が翔子の脇腹をえぐる前にカラスを落した。
 翔子は慌てて逃げようとした妖カラスの足を狙って神秘の種を飛ばした。
「山を揺らせば獣が死ぬ、電車が川に落ちれば川の者も多く死ぬ、それでもやるなら、お前はただの怪物だ、見ろ、お前の復讐に付き合った獣達の姿を、お前は彼らのことを少しでも案じたか? ……憎しみだけに染まればどんな言葉もむなしいだけだ、おとなしく成仏しろ、介錯はしてやる。そしてお前達をそんな怪物にした人間には私達が報いを受けさせる」
 種を覆っていた殻がはじけ、中から鋭いとげを持った蔦があふれ出した。あっと言う間に成長して、妖カラスの半身を覆う。
 妖カラスは苦し紛れに漆黒の翼を振い、足に向けて伸ばされた翔子の腕を切った。
 翔が叫ぶ。
「我、命ず。雷をまとい天より来たれ、猛る虎よ!」
 空の彼方より吼えながら金色の獣が駆け下ってきた。犬とネズミの悪霊に歯牙をかけて一飲みに食らう。
「もう一丁!」
 落ちろ、と念じながら一悟が妖カラスを狙い撃つ。
 妖カラスはついに『神木の楔』を足から離した。螺旋を描くように落ちながら、最後の最後で怨みに満ちた泣き声を上げた。
「畜生のとは言えど、怨み、つらみ、禍い、憎しみの類は大好きよ。一切合切、全部吐き出すと良い。この悪食が凡て平らげてやろう」
 逝が妖刀を振う。
 地に触れたのは、白く輝く小さな楔だけだった。


 穢れがなくなった途端に居心地が悪くなったのか、逝は真っ先に境内から逃げ出した。
 野良たちもバラバラになって逃げて行く。
「オレたちも行こうぜ!」
 一悟が駆けだした。亮平と翔が後を追う。
「……尤もな怒りを抱いたものが滅び、人間を気取った人でなしが生き延びる、時にこの世は、やるせない気分を味あわせてくるものだ」
 悪の子は必ず捕まえて警察に引き渡してくれ。翔子は遠ざかる男たちの背に思いを託し見送った。

「さあ、始めましょう」
 『神木の楔』を手に祇澄が厳かな声で告げた。
 助祭を務める零が、神妙な顔を要石に向ける。途端、形の良い眉が歪んだ。
「ていうか、何これ……」
「トド。トドなのよ! 騙されたのよ、これは亀じゃないのよ!」
 飛鳥が御神酒徳利に入った清めの水を、要石にバシャバシャかける。
 社の裏の、小さな屋根の下にその要石はあった。野ざらしではなかったが、雨風に削られて甲羅を失い、全体的に細くなっている。見た目は本当にトドのよう。
「ど、どのような姿になられてもご神体はご神体ですから!」
 祇澄は飛鳥の手から徳利を取り返すと、清めの水で楔に残っていた怨霊の念を払った。
「掛けまくも畏き伊耶那岐大神。 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、禊ぎ祓え給いし時に生れませる祓戸大神たち。諸々の禍事・罪・穢有らむをば、祓え給い清め給えと白すことの由を」
 零が巫女の声の端に被せて同じ句を唱和する。
 月明かりの中を祇澄がずい、と前に進み出た。
「天津神国津神八百万の神たち共に聞こしめせと。恐み恐みも白す……」
 零と飛鳥が柏手を打ち終えて頭を垂れると同時に、祇澄は亀石の首筋に当たる部分に穿れた穴へ神木の楔を差し込んだ。


 タクシーが止まると同時に遮断機の警報がなりだした。
 一悟はタクシーを降りなり辺りを見渡した。
「奥州ちゃん、何してるの?」
「怪しい奴とか車とかを探してんだよ」
 一足早く改札を抜けていた翔が、手を大きく振りながら呼ぶ。
「電車が入って来た!」
「オレも先生とやらが気になるが、いまは少年の確保が最重要だ。行こう」
 一悟たちが駅に向かって走り出した直後、一台の黒い乗用車が静かに駅前を離れ、どこかへ走り去っていった。

 逝はヘルメットを脱ぐと、駆け寄ってきた警官たちを手で止めてホームから追いだした。
「緒形さんは正面から矢野君と接触して気を引きつけてください。オレは気配を消して横から近づきます。ナイフを出したら素早く取り上げますが、気をつけてください」
「おっさん、刺されても構わんよ。受け止められるさ」
 いや刺されちゃダメだよ、といいながら、一悟が二両目の一番後ろのドア位置でスタンバイする。翔は反対側、四両目の一番前のドア位置に透視を活性化させて立った。
 電車がゆっくりとホームに入ってきて止まった。
 扉が開くなり、一悟と翔は車内に飛び込んだ。
<「亮平さん、ナイフはズボンの尻ポケットだ」>
<「ありがとう」>
 送受心のやり取りを終えて、亮平が逝に頷きかける。
 逝は電車に乗り込むふりで移動すると、友也の前に立ち塞がった。
 友也は顔をあげて逝を見上げるなり踵を返した。
「おっと、残念!」
 後ろについていた一悟が腕を大きく広げて阻む。
 友也はチッと強い舌うちの音を紅内に響かせると、手を尻に回した。
 抜き取られたナイフが車中の明かりを弾いて煌めきながら弧を描く。
 翔が友也の右肩を狙って波動弾を撃った。
 悲鳴とともに落とされたナイフを、亮平がすばやく足で蹴って遠ざける。
 逝は友也の体に腕を回すとがっちり拘束した。
「いまのは化け物の技!? お前たち、オヤジの、化け物の仲間だな。ちくしょう、離せ!」
「ん? もう少し強い方が好みかね?」
 腕に込める力を強めた途端、友也が痛いと泣き始めた。
 翔が呆れてため息をつく。
「オレから見たら動物虐待とか人殺しとか、友也も充分化け物に見えるぜ……特に心がな。そんでな、お前が言う「化け物」に自分もなる可能性あるって事わかってっか?」
「なるか!」
 亮平がナイフを拾い上げながら言う。
「なにを根拠にして言っているのか分からないが、もし、それが君の『先生』から聞かされたことなら……間違っているよ」
 化け物と言われたところでもう傷つくことはないが、過去につけられた心の古傷はまだうずく。いま友也と目を合わせたら、きっと手を上げてしまうだろう。それはいい大人のやることじゃない。
「うるさい、うるさい!」
「うるさいのは友也、お前だ。オレたちはお前と同じ人間で、化物じゃねえよ」
 生憎とオレはガギだからな。一悟は死んだ動物たちの怨みを怒りに固めた拳に乗せると、何を、と持ち上げられた友也の横っ面に重い一発を叩き込んだ。
「人は脆い。力が有ろうが無かろうが死ぬ時は死ぬ、後悔はするなよ」
 逝の腕の中で、友也は白眼を剥いて気絶した。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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