≪教化作戦≫旧世代の新人類
●
「新人類――新たなる、人類とな。何度聞いても信じられんのう、儂のような老いぼれが“新”人類とは」
顔中に深く刻まれた皺、白い頭髪の目立つ老人――米寿を迎えたばかりだという法月栄(のりつきさかえ)は呟いた。
発声のための筋力も衰え、入れ歯も噛み合わせが悪いのだろう、正確に言葉を認識するのは難しい。
腰につけた“人”の字のレリーフを撫でながら、司祭は応える。
「ご老体、逆に考えるのです。あなたは人類のほとんどが避けては通れぬ“老い”というものに抗うことができる」
昼下がりの光差す殺風景な一室、二人は向い合って座っていた。
部屋の大きさはさほどでもないが、調度品の類も最低限のため、それなりに広々として見える。
“新人類教会”仙台支部、支部長室の午後は長い。
「じき、この辺りの憤怒者も平定が完了します。新人類に抗うとは愚かな者たちだ」
「儂はこんなところでのんびりしておってよいのかの」
「ふふ、逆に考えるのです、逆にね。あなたは優れた戦闘力を有しているが、それはすなわちあなたが最終兵器であるということ」
万が一の有事にはお力添えを……と、司祭が中指で眼鏡を直したところで、ちょうど部屋の扉が三度叩かれた。
「入りたまえ」
「はっ」
歯切れのいい声と共に、黒ジャケットにボックススカートの部隊長が入室する。
「報告が一点ございます。Dブロックを縄張りにしていた憤怒者、その首魁を捕えております」
「被害状況は」
「数名は軽微な怪我を負っておりますが、問題ありません」
「ふむ――上出来です。下がりなさい」
「はっ」
部隊長はスカートを翻し、颯爽と部屋を出た。
「うむうむ、おなごらしくて結構よの。あの歳でないとできんこともある。儂も若さを羨んだもんだわい――」
栄が眉毛で覆われ気味な目を細めて言う。
「――“現の因子”とやらに目覚めた、あの日まではの」
「ええ……あなたのような新人類がいてくださるからこそ、我々は攻めに出られるというものです」
司祭はゆっくりと立ち上がると、窓から街並みを睥睨した。
「残るはFブロックのみ。抵抗は大きいでしょうが――力づくでも導きましょう。我ら、新人類教会の名のもとに」
●
新人類教会。
覚者を新人類と定義し、選ばれし者である彼らの導きに従うことで平和を実現せんとする新興宗教団体である。
異能ゆえ世俗から冷遇を受ける覚者の保護や、覚者がらみの事件の被害者に対する支援など、幅広く慈善事業を展開しており――近年では、衣食住の提供から養護施設の運営、果ては関連企業への就職斡旋まで手がけている。
『新人類は選ばれた存在であり、力を持たない旧人類を護り導く存在である』
『旧人類は新人類の導きに従い、彼らのために尽くすことこそ平和の礎である』
掲げた理念に曇りはなく、信者は日毎に増えつつある。
しかし――急速な成長には弊害が付き物だ。
妖、隔者、憤怒者――激化の一途を辿る社会情勢、それらに対応するための武装派が行き過ぎた結果の“過激派”。
元来の慈愛の精神を大切にし、過激派の過剰な武装に疑問を投げかける“穏健派”。
内部分裂という形で対立する両者だったが、ある日――穏健派を主導していた村瀬幸来(むらせゆきこ)が、忽然と姿をくらました。
「F.i.V.E.が介入したのは一月某日。過激派の手により幽閉されていた村瀬女史を救い出してほしいと、とある密告者から依頼を受けたことに端を発する」
中恭介(nCL2000002)は淡々とした口調で概要を話す。
「F.i.V.E.はこの依頼を受け、二面作戦により女史を救い出すことに成功。教会側には我々F.i.V.E.が動いたことはバレていないようだが、逆に密告者の正体も未だ知れず、だ。今回は再び密告者から依頼が届いているわけだが――」
端的に言うと数が多いのだ、と恭介は溜め息をついた。
五燐市の復興もまだ落ち着いておらず、働き詰めなのだろう。
それでも恭介の真っ直ぐな瞳は、今回の依頼を断るつもりなど微塵もない、という気迫のようなものを感じさせた。
「諸君には新人類教会仙台支部に介入してもらうことになる。連中、周辺の憤怒者組織と諍いが絶えず、相当の死傷者を出しているらしい。数日後に一般人も参加可能な説教会があるそうだから、それに乗じて攻め入ってもらう」
覚者の手元に配られた資料には、五燐市から仙台まで移動も含め、詳しい日程などが書いてある。
「そこで、今回の目標にして最大の障壁だ。仙台支部は比較的大きな支部だそうで、“いる”んだそうだよ」
皆が資料から顔を上げる。
恭介は、相も変わらずポーカーフェイスで言葉を続けた。
「洗脳された“覚者”――諸君には、その人物を連れ帰ってもらいたい」
「新人類――新たなる、人類とな。何度聞いても信じられんのう、儂のような老いぼれが“新”人類とは」
顔中に深く刻まれた皺、白い頭髪の目立つ老人――米寿を迎えたばかりだという法月栄(のりつきさかえ)は呟いた。
発声のための筋力も衰え、入れ歯も噛み合わせが悪いのだろう、正確に言葉を認識するのは難しい。
腰につけた“人”の字のレリーフを撫でながら、司祭は応える。
「ご老体、逆に考えるのです。あなたは人類のほとんどが避けては通れぬ“老い”というものに抗うことができる」
昼下がりの光差す殺風景な一室、二人は向い合って座っていた。
部屋の大きさはさほどでもないが、調度品の類も最低限のため、それなりに広々として見える。
“新人類教会”仙台支部、支部長室の午後は長い。
「じき、この辺りの憤怒者も平定が完了します。新人類に抗うとは愚かな者たちだ」
「儂はこんなところでのんびりしておってよいのかの」
「ふふ、逆に考えるのです、逆にね。あなたは優れた戦闘力を有しているが、それはすなわちあなたが最終兵器であるということ」
万が一の有事にはお力添えを……と、司祭が中指で眼鏡を直したところで、ちょうど部屋の扉が三度叩かれた。
「入りたまえ」
「はっ」
歯切れのいい声と共に、黒ジャケットにボックススカートの部隊長が入室する。
「報告が一点ございます。Dブロックを縄張りにしていた憤怒者、その首魁を捕えております」
「被害状況は」
「数名は軽微な怪我を負っておりますが、問題ありません」
「ふむ――上出来です。下がりなさい」
「はっ」
部隊長はスカートを翻し、颯爽と部屋を出た。
「うむうむ、おなごらしくて結構よの。あの歳でないとできんこともある。儂も若さを羨んだもんだわい――」
栄が眉毛で覆われ気味な目を細めて言う。
「――“現の因子”とやらに目覚めた、あの日まではの」
「ええ……あなたのような新人類がいてくださるからこそ、我々は攻めに出られるというものです」
司祭はゆっくりと立ち上がると、窓から街並みを睥睨した。
「残るはFブロックのみ。抵抗は大きいでしょうが――力づくでも導きましょう。我ら、新人類教会の名のもとに」
●
新人類教会。
覚者を新人類と定義し、選ばれし者である彼らの導きに従うことで平和を実現せんとする新興宗教団体である。
異能ゆえ世俗から冷遇を受ける覚者の保護や、覚者がらみの事件の被害者に対する支援など、幅広く慈善事業を展開しており――近年では、衣食住の提供から養護施設の運営、果ては関連企業への就職斡旋まで手がけている。
『新人類は選ばれた存在であり、力を持たない旧人類を護り導く存在である』
『旧人類は新人類の導きに従い、彼らのために尽くすことこそ平和の礎である』
掲げた理念に曇りはなく、信者は日毎に増えつつある。
しかし――急速な成長には弊害が付き物だ。
妖、隔者、憤怒者――激化の一途を辿る社会情勢、それらに対応するための武装派が行き過ぎた結果の“過激派”。
元来の慈愛の精神を大切にし、過激派の過剰な武装に疑問を投げかける“穏健派”。
内部分裂という形で対立する両者だったが、ある日――穏健派を主導していた村瀬幸来(むらせゆきこ)が、忽然と姿をくらました。
「F.i.V.E.が介入したのは一月某日。過激派の手により幽閉されていた村瀬女史を救い出してほしいと、とある密告者から依頼を受けたことに端を発する」
中恭介(nCL2000002)は淡々とした口調で概要を話す。
「F.i.V.E.はこの依頼を受け、二面作戦により女史を救い出すことに成功。教会側には我々F.i.V.E.が動いたことはバレていないようだが、逆に密告者の正体も未だ知れず、だ。今回は再び密告者から依頼が届いているわけだが――」
端的に言うと数が多いのだ、と恭介は溜め息をついた。
五燐市の復興もまだ落ち着いておらず、働き詰めなのだろう。
それでも恭介の真っ直ぐな瞳は、今回の依頼を断るつもりなど微塵もない、という気迫のようなものを感じさせた。
「諸君には新人類教会仙台支部に介入してもらうことになる。連中、周辺の憤怒者組織と諍いが絶えず、相当の死傷者を出しているらしい。数日後に一般人も参加可能な説教会があるそうだから、それに乗じて攻め入ってもらう」
覚者の手元に配られた資料には、五燐市から仙台まで移動も含め、詳しい日程などが書いてある。
「そこで、今回の目標にして最大の障壁だ。仙台支部は比較的大きな支部だそうで、“いる”んだそうだよ」
皆が資料から顔を上げる。
恭介は、相も変わらずポーカーフェイスで言葉を続けた。
「洗脳された“覚者”――諸君には、その人物を連れ帰ってもらいたい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.敵覚者“法月栄”の捕縛
2.一般人、および一般器物への被害を抑える
3.なし
2.一般人、および一般器物への被害を抑える
3.なし
今回は禾STの企画に参加させていただくことになりました。
及ばずながら頑張ります。
●敵情報
①一般戦闘員×8
能力のない一般人ですが、武装しており憤怒者相当の戦闘力を有します。
信仰の程度により、稀に粘り強く食い下がる者もいます。②③④を護るように立ち回ります。
・ショットガン:[攻撃]物遠列
・スタンガン:[攻撃]物近単《痺れ》
②部隊長×1
一般戦闘員を纏める人物で、服装により見分けがつきます。
信仰心が強く、一般戦闘員より少々タフです。③④を護るように立ち回ります。
・アサルトライフル:[攻撃]物遠単
・号令:[強化]特遠味全 物攻+10 物防+10
③司祭×1
仙台支部を任されている責任者。
非常に意識が高く、戦闘には逆に参加しない方がいいと考えています。①②④ないし壁などに隠れるよう動きます。
自分以外が戦闘不能になると逃げます。
・叱咤激励:[強化]特遠味全 物攻+10 物防+10
・護身用ナイフ:[攻撃]物近単
④法月栄(のりつきさかえ)×1
齢八十八にして、ひ孫をを助けるために先日能力を発現したという老人。現の天行。
最近発現したためさほど強くはありませんが、強固な洗脳を受けており懐柔はできません。③を護るように立ち回ります。
・B.O.T.:[攻撃]特遠単[貫3]《射撃》[貫:100%,60%,30%]
・招雷:[攻撃] 特遠列
・演舞・舞衣:[回復]特遠味全 BSリカバー:30%
●環境情報
・仙台支部は街なかから少し離れたところにあり、建物前の道は車線こそないものの普通車は十分にすれ違えます。
・支部の両脇には無関係の会社、市営の自然公園があります。会社は休日のため無人、公園はそれなりに利用者がいます。
・支部は当日イベントとして説教が予定されており、信者以外の出入りが可能となります。
・信者以外が出入りを許されるのは大広間のみで、中央に通路があり、その脇に長椅子が魚の骨のように並んでいます。
・大広間の広さは20m×40m程度で、説教は午前9時半より始まります。
・あらかじめ信者以外の出入りを何らかの方法で制限しておき、代わりに覚者が潜入することで一般への危害を抑えられそうです。
・目標はあくまでも法月栄の捕縛であり、敵勢力の撃破率は成功判定に影響しません。
・また、付近の環境を著しく損壊するような立ち回りはF.i.V.E.のコンプライアンス的にできません。
・成功した場合の法月栄の家族に対する説明やサポートはF.i.V.E.サポートスタッフの管轄です。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年05月04日
2016年05月04日
■メイン参加者 8人■

●
――side Taeko Naya――
「本当に、いいんでしょうか……」
ひとりになると、つい本音が零れ落ちる。
はっとして、納屋 タヱ子(CL2000019)は周囲を見回した。
朝靄煙る“新人類教会”仙台支部――その隣に位置する自然公園で、タヱ子は二の足を踏んでいる。
「いけません、こんなことを考えていては皆さんの足並みを乱してしまいます」
「そうかな……釈然としない気持ちは俺も一緒だよ」
見れば、いつの間にか鈴白 秋人(CL2000565)が近くに立っていた。
「ピヨの力で公園を観察していたら、納屋さんが浮かない顔をしていて気になった。思うところがあるみたいだね」
「ええ……」
この一件は、不幸な未来を摘み取るための夢見の依頼とは根本的に異なる。
極端な話、敵かもしれない人間の不確かなリークに踊らされている可能性だってあるのだ。
それに――たとえ、新人類教会がどれほど悪辣な団体だとしても。
まだ決定的な“事”を起こしていない一般人に対して先手を打つという任務に、タヱ子は少なからず抵抗を感じていた。
「F.i.V.E.は、どうして今回の依頼を受けたんでしょう――」
「あらん? 二人で仲良さそうねんっ」
そのとき、『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)が公園の奥からやってくるのが見えた。
刺激的な服装だが、周囲の人々の視線はあまり集めていない――先ほどまで気配を断ち、情報を集めていたのだろう。
「タヱ子ちゃん、教会の様子を見にいくのよねんっ。私も一緒に行っていいかしらん?」
「は、はい。是非お願いしたいです」
「俺はもう少しここで張り込みを続ける。納屋さん――俺たちは俺たちの“最善”を尽くそう」
言って、秋人は公園の奥へと進んでいった。
タヱ子は考える――自分にとっての“最善”とは何だろうか。
「魂行さん――わたし、誰にも傷ついてほしくないです」
たとえそれが、過激な信仰を持った誰かだとしても。
「大丈夫よん。あなたがそうして感じ、考え、悩み、選んでここにきたように――F.i.V.E.の大人たちだって、簡単に今回の選択をしたわけじゃないんだからねんっ」
●
――side Rinne Kongyo――
「では……行きます」
生真面目にスカーフで口元を隠したタヱ子が、きりりとした表情を輪廻に向けた。
少し微笑ましい気持ちになるが、輪廻も彼女の真似をしてハンカチを口に当てる。
今回の初動は、おおまかに教会“内”“外”で分かれることになっていた。
“外”では一般人を教会に近づかせない妨害策など敷き、“内”では既に集まってしまった一般人に退場いただくのが目下のプランである。
と、そこに。
「怪しいよ、キミたち……」
「にゃはは、うちはおもろい思うけどなぁ」
『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)と『柔剛自在』榊原 時雨(CL2000418)が、何とも言えない表情で介入してきた。
「中に入るならボクたちも行く。けど、“それ”はしない方が怪しまれないと思うな……」
ハンカチとスカーフを交互に指さされ、輪廻とタヱ子は顔を見合わせる。
「……委員長ちゃんの言うとおりかもしれないわねん」
「ボク委員長じゃないからね!?」
「お二人も来てくれるのなら心強いです」
そんなこんなで、理央、時雨を交えた四人は、教会の観音扉を開けて中へ入った。
誰もいなければ儲けものだと思ったが、そこには想像以上に多くの人影。
背後からでもはっきりわかる――椅子に預けられた曲がった腰、談笑するしわがれ声は。
「お爺ちゃんお婆ちゃん、朝早すぎねん……」
全員が、相当にお年を召した方々であった。
「おや、若いお嬢ちゃん方とは珍しいのぉ」
「おほぉ、べっぴんさんばかりじゃ。こっちへ来んしゃい」
「あんた自分をいくつだと思ってるんだい、相手にされんよぉ」
…………。
なんとかして、この老人会ご一行様にお帰りいただかなくてはならない。
「これはちょっと、さすがに分が悪いかもしれないわねん……っ」
なかなかに骨の折れそうなミッションが、いま、幕を開けた。
●
――side Rio Shijyo――
「お、お爺ちゃんお婆ちゃん、外で元気にお散歩……」
「元気が一番、電話は二番、好きな夕餉はチキン南蛮!」
教会の中を理央の辞書にある言葉で可能なかぎり端的に形容するなら、混沌であった。
ご老人は総勢六名だが、人数以上に話の勢いが尋常ではない。
具体的に言えば、お互いの話を全く聞かずに各々好き勝手言いたい放題なのだ。
うら若い女性四人組は、年の功に圧倒されてしまっていた。
そして――大広間の奥側、緞帳の影に、ときおり銃器を携えた人間が姿をちらつかせているのを理央は見逃していない。
彼らが相手方の警護班だとすれば、この中に法月栄がいる可能性は十分に考えられる。
「栄さんはええのぅ、この子らみたいに若くなれるんじゃから」
――タイムリーな話題。
このリアクション次第では、法月栄本人を特定し得る。
「若さが一番、電話は二番、好きな夕餉はチキン南蛮!」
ああ、そうだ……この人たちは会話をしてくれないのだ、と理央はうなだれた。
刻一刻と時間は過ぎ、開演予定の時刻まで、もう十分そこそこしか残されていない。
既に、いつ司祭が現れてもおかしくない状況である。
理央の頬を汗が伝った、次の瞬間。
入口の観音扉が勢いよく開き、朝の日差しを背負ってひとりのシルエットが浮かび上がった。
その人物は教会の中に踏み込んでくるやいなや、小脇に抱えた棒きれを六人の老人の膝に乗せていく。
「こ、これは……スティック!」
「左様。貴殿らも好きじゃろう――ゲートボール」
その言葉を受けて戦士の顔つきになった六人の老人は、瞬く間に教会を飛び出していく。
「目には目を、歯には歯を、爺婆には爺婆を、じゃ」
『炎帝』木暮坂 夜司(CL2000644)の鶴の一声であった。
●
――side Yoruji Kogurezaka――
「ここまでは計画通りじゃの」
最後に教会へ入った『教授』新田・成(CL2000538)が後ろ手に施錠したのを見て、夜司は呟いた。
現在、目に見える範囲に一般人はいない。
物陰には武装した何者かの気配こそあるものの、今のところ害意はないようだ。
覚者八名は打ち合わせ通り、年齢の近い者や関係のある者同士でいくつかのグループに分かれ、ひとつの集団であることがわからないように座っている。
役目を果たした成は夜司のひとつ前、『裏切者』鳴神 零(CL2000669)の横に腰かけた――彼女は新田ゼミのゼミ生であったか。
夜司も含め、覚者はみな、彼女が事前に入手した人の字のレリーフを身に着けている。
適当な言い訳ですぐに貰えたと聞いたときは、敵ながら少々心配になったものだ。
さておき、成と零の二人が一般人を寄せつけなかったおかげで、今のこの状況が作れている。
間もなく九時半、あとは真打ちに登場願うだけだが――。
「私は五分前行動などしません。時間ジャストに行動することで、逆に豊かな生活を送ることができるのです」
時計の針が九時半を刻むと同時に緞帳の裏から姿を現した司祭は、会場の様子を見るなり目を細めた。
さすがに勘づかれたか――と、夜司は双刀に手を添える。
しかし、予想に反して司祭は膝を地に突くと、大粒の涙を湛えて泣き出した。
「私は……私は嬉しい! こんなにも若い顔ぶれが見えたのはいつ以来か……ッ」
会場内に漂う形容しがたい空気。
「やっぱりのぉ……あの司祭の説教なんぞ、人気なさそうじゃもんなぁ」
夜司はウィスパーボイスでぼやいたが、それに反応して成と零が振り返る。
「ほとんど人、来ませんでしたからね……」
「徒労感ハンパなかった……」
「なるほど、それでF.i.V.E.は“一般参加可能の説教会に乗じて”などと言い出したわけじゃな」
この一件、想像していたよりも楽に片づくかと思われた、そのとき。
ひとりの老人が――司祭が現れたのと反対側の緞帳から、ひょっこりと会場内へやってきた。
●
――side Rei Narukami――
「ご老体、新人類のあなたが遅刻しては示しがつきませんよ」
眼鏡を外し、涙を拭いつつ司祭が言う。
新人類――その単語に反応して、零は静かに身構えた。
「便座から立ち上がるのがしんどうてのぉ」
「そうですか……ふふ。今日の私はすこぶる機嫌がよいのです。今回は見なかったことにしてさしあげましょう」
老人は杖をついてゆっくりと一番前の席に移動すると、ぷるぷる震えながら腰を下ろした。
「あれが、法月栄……」
走る緊張――いざ動き出せば秒刻みの戦いとなる。
零は自分に強く言い聞かせた――失敗は許されない、と。
「さて、それでは本日の説教会を始めます。レジュメに沿って進めてもよいのですが、今回は逆に……」
言って、司祭がオーディエンスに背中を向けた。
今!
零が立ち上がると同時に理央、時雨、成、夜司の四人が武器を構え散開する。
四人に少し遅れる形で秋人も動き出し、輪廻、タヱ子もそれに続いた。
零の直後に動いた四人は大広間の両端から一斉に司祭を狙う。
水の礫に茨の棘、さらに二つの波動が司祭をふっ飛ばし、中央のラインから狙撃体勢に入っていた秋人はその様子を見て攻撃を逡巡していた。
彼の横を通りすぎ、零は司祭の元へ駆ける。
「し、司祭ーっ!」
「司祭がボロ雑巾に!」
物陰から黒ずくめの武装集団が七、八……九人飛び出す。
ひとりだけスカートを履いた部隊長と思しき女性が、司祭を担ぎ上げようとした。
「させない――ッ」
黒鉄に変化した両腕で大太刀を構え、敵の部隊ごと薙ぎ払わんと零は突貫する。
しかし、それを遮るように何者かが立ちふさがった。
「何してくれてんのさ、あんたたち――」
仕込み刀――剥き身の刀身は司祭を護るべく。
「――させないってのは、こっちの台詞だっての」
零と同じ齢の頃、すらりと伸びた手足の女性が――零を睨みつけていた。
●
――side Akuto Suzushiro――
秋人は司祭を打たなかった――いや、打てなかったのかもしれない。
表情筋の堅さから誤解を受けることも多いが、秋人は人並み以上に人間味の強い性格である。
敵も味方も怪我なく済ませられたなら、どれだけよいことか。
しかし、戦いは避けられない――秋人が迷っている間にも、戦況は刻一刻と変化していた。
「考えるんだ、俺にできること」
秋人は一歩後退し、長く伸びた髪を後ろに払う。
一時は大きく統率を乱した敵方であったが、戦闘員たちは怒りに任せて戦線へと踊り出で、今は味方の前衛と交戦していた。
敵は末端戦闘員だけでも八名、いかな覚者とはいえ数で劣る戦闘を被弾なしでは済ませられない。
二枚の盾で味方を護るタヱ子の動きにも限界が見て取れた。
「彼の者の乾き……癒し、潤し、満たせ。形而上下の別を問わず――」
言の葉を紡ぎ、味方の傷を軽減するべく立ち回る秋人。
秋人は秋人の最善を――可能なかぎり戦闘による苦しみを減らす策を導き出す。
「ボクも手伝うよ、鈴白さん」
結っていた髪が解け、別人のようになった理央が秋人に隣り合う。
彼女の飛ばした符は霧状に変化し、高圧電流で蓄積した仲間の痺れを癒やした。
「助かるでー!」
「ありがとねんっ」
大人の姿になった時雨と、刺青の活性化した輪廻が活力を取り戻して奮戦する。
必然、消耗戦を強いられる敵方はじりじりと後退し、中には倒れる者も見られ始めた。
「四条さん……ひとつ頼みがあるんだ」
銃撃と電撃が飛び交う戦場と化した大広間で、秋人は理央にだけ聞こえるように言う。
その内容は、秋人が考えた末に引いた譲れない一線。
「……わかった。ただし、全てが首尾よくいったらね。ボクも最善を尽くすよ」
●
――side Shigure Sakakibara――
「新人類――その力を持ちながら、なぜ我々に敵対する!」
「しぶといなぁ、自分ら。うちかて傷つけとうて戦っとんちゃうんやで?」
あ、隙あり――と、またひとり薙刀の錆にして、時雨は次の標的に当たりをつける。
「く、我らが教義の元、必ずや改心させてやるからな……」
だが、ひとたび地を舐めたはずの戦闘員は、伏したまま気迫で再び時雨に銃を向けた。
「私の目が黒いうちは――その銃弾、通しません」
が、射線に割り込んだタヱ子の盾は跳弾を誘発し、戦闘員を自滅に追い込む。
銃弾を直接は当てず、気絶させるに留めたのは――彼女の計算か、はたまた強い想いの為せる業か。
「恩に着るで、タヱ子さん。残るは部隊長に栄さんだけやね……って、部隊長は?」
「恐らく司祭を逃がすため、開かない扉と格闘しているでしょう。先ほど私がどさくさに紛れて施錠しておきましたので」
いつもの笑顔でしれっと言ってのけた成は、残る栄の方へと視線を移す。
「おや、鳴神君。もういいのですか?」
見れば、零が両腕の変化を解いて時雨たちの方へ歩いてきていた。
今現在、栄と対峙しているのは随分と背の縮んだ夜司である。
「この歪な状況に何も思わないなんてね。あんな女、この鳴神ちゃんが引導を渡す価値もないって感じ」
「ふむ……まあ、彼女も洗脳を受けているわけですから、大目に見てあげてください。では、私も手合わせ願いますか」
木暮坂氏と打ち合って、まだ彼女に戦意があればですが――と呟いて、成は仕込み杖から刀身を抜いた。
「うちは念のため、部隊長の様子でも見てくるわ」
言い残すと、時雨は戦闘不能に追い込んだ戦闘員たちの隙間を縫って歩く。
「新人類教会――憤怒者とは真逆の組織のはずやのに、うちらが動くのは不思議な話やね……」
夜司と栄の剣戟を横目に、時雨は緞帳の裏手へ向かった。
●
――side Shigeru Nitta――
達人同士の打ち合いというものは、一瞬で勝負がつくという。
成の目の前で交錯した二人の剣筋は、まさにその言葉を彷彿とさせた。
「ふむ――荒削りだが、光るものはある。お主……やるの」
夜司は既に全盛期の姿から元の姿へと戻り、燃え盛る双刀を鞘へ収めようとしていた。
「何なの……あの娘も、あなたも。どうして戦いが終わる前に剣を引くのよ!」
それも、峰打ちの後で――栄はさぞプライドを傷つけられたことだろう。
「さて、爺との約束じゃ。一緒に来るがよい」
「私はまだ負けてないよ、屈服させたいならもう一度抜きな!」
「……だそうじゃ。あとは新田殿に任せるわい」
急に丸投げされてしまったが、成にとっては願ったり叶ったりである。
「また交代なの? どこまでも人を馬鹿にして……」
「これはとんだ失礼を――ですが私で最後です。因子も同じ、得物も同じ。雌雄を決するには、おあつらえ向きでしょう」
因子も同じという言葉に、栄はぴくりと反応した。
「ああ、どうぞご遠慮なく。積み重ねた知識や経験、その集大成であるこの姿こそが――」
成は仕込み杖を構え、にやりと微笑みを浮かべる。
「――私の“最盛期”です」
捕物劇が閉幕し、二人――法月栄と司祭は、護送車でF.i.V.E.へ搬送される運びとなった。
護送車には念のため、輪廻、時雨、タヱ子、夜司の四人が付き添っている。
万が一にも悪い結果にはならないだろう。
だが、成の視界には、膨れ面の教え子がひとり佇んでいた。
「釈然としない……という顔ですね、鳴神君」
「新人類――覚者が弱き者を救うとか、導くとか、世迷い言もいいところ。救ってほしいのは――」
私の方だ、と言いたいのだろう。
だが、成は敢えてそれを指摘しなかった。
人は人に何かを“教える”ことはできない――人は人から“学ぶ”ことしかできない。
だから――。
「鳴神君、見てください」
――成は教会の中、既に終わったはずの空間を指差す。
そこには、傷ついた敵の戦闘員を二人で癒やす、秋人と理央の姿があった。
――Mission Cleared.
――side Taeko Naya――
「本当に、いいんでしょうか……」
ひとりになると、つい本音が零れ落ちる。
はっとして、納屋 タヱ子(CL2000019)は周囲を見回した。
朝靄煙る“新人類教会”仙台支部――その隣に位置する自然公園で、タヱ子は二の足を踏んでいる。
「いけません、こんなことを考えていては皆さんの足並みを乱してしまいます」
「そうかな……釈然としない気持ちは俺も一緒だよ」
見れば、いつの間にか鈴白 秋人(CL2000565)が近くに立っていた。
「ピヨの力で公園を観察していたら、納屋さんが浮かない顔をしていて気になった。思うところがあるみたいだね」
「ええ……」
この一件は、不幸な未来を摘み取るための夢見の依頼とは根本的に異なる。
極端な話、敵かもしれない人間の不確かなリークに踊らされている可能性だってあるのだ。
それに――たとえ、新人類教会がどれほど悪辣な団体だとしても。
まだ決定的な“事”を起こしていない一般人に対して先手を打つという任務に、タヱ子は少なからず抵抗を感じていた。
「F.i.V.E.は、どうして今回の依頼を受けたんでしょう――」
「あらん? 二人で仲良さそうねんっ」
そのとき、『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)が公園の奥からやってくるのが見えた。
刺激的な服装だが、周囲の人々の視線はあまり集めていない――先ほどまで気配を断ち、情報を集めていたのだろう。
「タヱ子ちゃん、教会の様子を見にいくのよねんっ。私も一緒に行っていいかしらん?」
「は、はい。是非お願いしたいです」
「俺はもう少しここで張り込みを続ける。納屋さん――俺たちは俺たちの“最善”を尽くそう」
言って、秋人は公園の奥へと進んでいった。
タヱ子は考える――自分にとっての“最善”とは何だろうか。
「魂行さん――わたし、誰にも傷ついてほしくないです」
たとえそれが、過激な信仰を持った誰かだとしても。
「大丈夫よん。あなたがそうして感じ、考え、悩み、選んでここにきたように――F.i.V.E.の大人たちだって、簡単に今回の選択をしたわけじゃないんだからねんっ」
●
――side Rinne Kongyo――
「では……行きます」
生真面目にスカーフで口元を隠したタヱ子が、きりりとした表情を輪廻に向けた。
少し微笑ましい気持ちになるが、輪廻も彼女の真似をしてハンカチを口に当てる。
今回の初動は、おおまかに教会“内”“外”で分かれることになっていた。
“外”では一般人を教会に近づかせない妨害策など敷き、“内”では既に集まってしまった一般人に退場いただくのが目下のプランである。
と、そこに。
「怪しいよ、キミたち……」
「にゃはは、うちはおもろい思うけどなぁ」
『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)と『柔剛自在』榊原 時雨(CL2000418)が、何とも言えない表情で介入してきた。
「中に入るならボクたちも行く。けど、“それ”はしない方が怪しまれないと思うな……」
ハンカチとスカーフを交互に指さされ、輪廻とタヱ子は顔を見合わせる。
「……委員長ちゃんの言うとおりかもしれないわねん」
「ボク委員長じゃないからね!?」
「お二人も来てくれるのなら心強いです」
そんなこんなで、理央、時雨を交えた四人は、教会の観音扉を開けて中へ入った。
誰もいなければ儲けものだと思ったが、そこには想像以上に多くの人影。
背後からでもはっきりわかる――椅子に預けられた曲がった腰、談笑するしわがれ声は。
「お爺ちゃんお婆ちゃん、朝早すぎねん……」
全員が、相当にお年を召した方々であった。
「おや、若いお嬢ちゃん方とは珍しいのぉ」
「おほぉ、べっぴんさんばかりじゃ。こっちへ来んしゃい」
「あんた自分をいくつだと思ってるんだい、相手にされんよぉ」
…………。
なんとかして、この老人会ご一行様にお帰りいただかなくてはならない。
「これはちょっと、さすがに分が悪いかもしれないわねん……っ」
なかなかに骨の折れそうなミッションが、いま、幕を開けた。
●
――side Rio Shijyo――
「お、お爺ちゃんお婆ちゃん、外で元気にお散歩……」
「元気が一番、電話は二番、好きな夕餉はチキン南蛮!」
教会の中を理央の辞書にある言葉で可能なかぎり端的に形容するなら、混沌であった。
ご老人は総勢六名だが、人数以上に話の勢いが尋常ではない。
具体的に言えば、お互いの話を全く聞かずに各々好き勝手言いたい放題なのだ。
うら若い女性四人組は、年の功に圧倒されてしまっていた。
そして――大広間の奥側、緞帳の影に、ときおり銃器を携えた人間が姿をちらつかせているのを理央は見逃していない。
彼らが相手方の警護班だとすれば、この中に法月栄がいる可能性は十分に考えられる。
「栄さんはええのぅ、この子らみたいに若くなれるんじゃから」
――タイムリーな話題。
このリアクション次第では、法月栄本人を特定し得る。
「若さが一番、電話は二番、好きな夕餉はチキン南蛮!」
ああ、そうだ……この人たちは会話をしてくれないのだ、と理央はうなだれた。
刻一刻と時間は過ぎ、開演予定の時刻まで、もう十分そこそこしか残されていない。
既に、いつ司祭が現れてもおかしくない状況である。
理央の頬を汗が伝った、次の瞬間。
入口の観音扉が勢いよく開き、朝の日差しを背負ってひとりのシルエットが浮かび上がった。
その人物は教会の中に踏み込んでくるやいなや、小脇に抱えた棒きれを六人の老人の膝に乗せていく。
「こ、これは……スティック!」
「左様。貴殿らも好きじゃろう――ゲートボール」
その言葉を受けて戦士の顔つきになった六人の老人は、瞬く間に教会を飛び出していく。
「目には目を、歯には歯を、爺婆には爺婆を、じゃ」
『炎帝』木暮坂 夜司(CL2000644)の鶴の一声であった。
●
――side Yoruji Kogurezaka――
「ここまでは計画通りじゃの」
最後に教会へ入った『教授』新田・成(CL2000538)が後ろ手に施錠したのを見て、夜司は呟いた。
現在、目に見える範囲に一般人はいない。
物陰には武装した何者かの気配こそあるものの、今のところ害意はないようだ。
覚者八名は打ち合わせ通り、年齢の近い者や関係のある者同士でいくつかのグループに分かれ、ひとつの集団であることがわからないように座っている。
役目を果たした成は夜司のひとつ前、『裏切者』鳴神 零(CL2000669)の横に腰かけた――彼女は新田ゼミのゼミ生であったか。
夜司も含め、覚者はみな、彼女が事前に入手した人の字のレリーフを身に着けている。
適当な言い訳ですぐに貰えたと聞いたときは、敵ながら少々心配になったものだ。
さておき、成と零の二人が一般人を寄せつけなかったおかげで、今のこの状況が作れている。
間もなく九時半、あとは真打ちに登場願うだけだが――。
「私は五分前行動などしません。時間ジャストに行動することで、逆に豊かな生活を送ることができるのです」
時計の針が九時半を刻むと同時に緞帳の裏から姿を現した司祭は、会場の様子を見るなり目を細めた。
さすがに勘づかれたか――と、夜司は双刀に手を添える。
しかし、予想に反して司祭は膝を地に突くと、大粒の涙を湛えて泣き出した。
「私は……私は嬉しい! こんなにも若い顔ぶれが見えたのはいつ以来か……ッ」
会場内に漂う形容しがたい空気。
「やっぱりのぉ……あの司祭の説教なんぞ、人気なさそうじゃもんなぁ」
夜司はウィスパーボイスでぼやいたが、それに反応して成と零が振り返る。
「ほとんど人、来ませんでしたからね……」
「徒労感ハンパなかった……」
「なるほど、それでF.i.V.E.は“一般参加可能の説教会に乗じて”などと言い出したわけじゃな」
この一件、想像していたよりも楽に片づくかと思われた、そのとき。
ひとりの老人が――司祭が現れたのと反対側の緞帳から、ひょっこりと会場内へやってきた。
●
――side Rei Narukami――
「ご老体、新人類のあなたが遅刻しては示しがつきませんよ」
眼鏡を外し、涙を拭いつつ司祭が言う。
新人類――その単語に反応して、零は静かに身構えた。
「便座から立ち上がるのがしんどうてのぉ」
「そうですか……ふふ。今日の私はすこぶる機嫌がよいのです。今回は見なかったことにしてさしあげましょう」
老人は杖をついてゆっくりと一番前の席に移動すると、ぷるぷる震えながら腰を下ろした。
「あれが、法月栄……」
走る緊張――いざ動き出せば秒刻みの戦いとなる。
零は自分に強く言い聞かせた――失敗は許されない、と。
「さて、それでは本日の説教会を始めます。レジュメに沿って進めてもよいのですが、今回は逆に……」
言って、司祭がオーディエンスに背中を向けた。
今!
零が立ち上がると同時に理央、時雨、成、夜司の四人が武器を構え散開する。
四人に少し遅れる形で秋人も動き出し、輪廻、タヱ子もそれに続いた。
零の直後に動いた四人は大広間の両端から一斉に司祭を狙う。
水の礫に茨の棘、さらに二つの波動が司祭をふっ飛ばし、中央のラインから狙撃体勢に入っていた秋人はその様子を見て攻撃を逡巡していた。
彼の横を通りすぎ、零は司祭の元へ駆ける。
「し、司祭ーっ!」
「司祭がボロ雑巾に!」
物陰から黒ずくめの武装集団が七、八……九人飛び出す。
ひとりだけスカートを履いた部隊長と思しき女性が、司祭を担ぎ上げようとした。
「させない――ッ」
黒鉄に変化した両腕で大太刀を構え、敵の部隊ごと薙ぎ払わんと零は突貫する。
しかし、それを遮るように何者かが立ちふさがった。
「何してくれてんのさ、あんたたち――」
仕込み刀――剥き身の刀身は司祭を護るべく。
「――させないってのは、こっちの台詞だっての」
零と同じ齢の頃、すらりと伸びた手足の女性が――零を睨みつけていた。
●
――side Akuto Suzushiro――
秋人は司祭を打たなかった――いや、打てなかったのかもしれない。
表情筋の堅さから誤解を受けることも多いが、秋人は人並み以上に人間味の強い性格である。
敵も味方も怪我なく済ませられたなら、どれだけよいことか。
しかし、戦いは避けられない――秋人が迷っている間にも、戦況は刻一刻と変化していた。
「考えるんだ、俺にできること」
秋人は一歩後退し、長く伸びた髪を後ろに払う。
一時は大きく統率を乱した敵方であったが、戦闘員たちは怒りに任せて戦線へと踊り出で、今は味方の前衛と交戦していた。
敵は末端戦闘員だけでも八名、いかな覚者とはいえ数で劣る戦闘を被弾なしでは済ませられない。
二枚の盾で味方を護るタヱ子の動きにも限界が見て取れた。
「彼の者の乾き……癒し、潤し、満たせ。形而上下の別を問わず――」
言の葉を紡ぎ、味方の傷を軽減するべく立ち回る秋人。
秋人は秋人の最善を――可能なかぎり戦闘による苦しみを減らす策を導き出す。
「ボクも手伝うよ、鈴白さん」
結っていた髪が解け、別人のようになった理央が秋人に隣り合う。
彼女の飛ばした符は霧状に変化し、高圧電流で蓄積した仲間の痺れを癒やした。
「助かるでー!」
「ありがとねんっ」
大人の姿になった時雨と、刺青の活性化した輪廻が活力を取り戻して奮戦する。
必然、消耗戦を強いられる敵方はじりじりと後退し、中には倒れる者も見られ始めた。
「四条さん……ひとつ頼みがあるんだ」
銃撃と電撃が飛び交う戦場と化した大広間で、秋人は理央にだけ聞こえるように言う。
その内容は、秋人が考えた末に引いた譲れない一線。
「……わかった。ただし、全てが首尾よくいったらね。ボクも最善を尽くすよ」
●
――side Shigure Sakakibara――
「新人類――その力を持ちながら、なぜ我々に敵対する!」
「しぶといなぁ、自分ら。うちかて傷つけとうて戦っとんちゃうんやで?」
あ、隙あり――と、またひとり薙刀の錆にして、時雨は次の標的に当たりをつける。
「く、我らが教義の元、必ずや改心させてやるからな……」
だが、ひとたび地を舐めたはずの戦闘員は、伏したまま気迫で再び時雨に銃を向けた。
「私の目が黒いうちは――その銃弾、通しません」
が、射線に割り込んだタヱ子の盾は跳弾を誘発し、戦闘員を自滅に追い込む。
銃弾を直接は当てず、気絶させるに留めたのは――彼女の計算か、はたまた強い想いの為せる業か。
「恩に着るで、タヱ子さん。残るは部隊長に栄さんだけやね……って、部隊長は?」
「恐らく司祭を逃がすため、開かない扉と格闘しているでしょう。先ほど私がどさくさに紛れて施錠しておきましたので」
いつもの笑顔でしれっと言ってのけた成は、残る栄の方へと視線を移す。
「おや、鳴神君。もういいのですか?」
見れば、零が両腕の変化を解いて時雨たちの方へ歩いてきていた。
今現在、栄と対峙しているのは随分と背の縮んだ夜司である。
「この歪な状況に何も思わないなんてね。あんな女、この鳴神ちゃんが引導を渡す価値もないって感じ」
「ふむ……まあ、彼女も洗脳を受けているわけですから、大目に見てあげてください。では、私も手合わせ願いますか」
木暮坂氏と打ち合って、まだ彼女に戦意があればですが――と呟いて、成は仕込み杖から刀身を抜いた。
「うちは念のため、部隊長の様子でも見てくるわ」
言い残すと、時雨は戦闘不能に追い込んだ戦闘員たちの隙間を縫って歩く。
「新人類教会――憤怒者とは真逆の組織のはずやのに、うちらが動くのは不思議な話やね……」
夜司と栄の剣戟を横目に、時雨は緞帳の裏手へ向かった。
●
――side Shigeru Nitta――
達人同士の打ち合いというものは、一瞬で勝負がつくという。
成の目の前で交錯した二人の剣筋は、まさにその言葉を彷彿とさせた。
「ふむ――荒削りだが、光るものはある。お主……やるの」
夜司は既に全盛期の姿から元の姿へと戻り、燃え盛る双刀を鞘へ収めようとしていた。
「何なの……あの娘も、あなたも。どうして戦いが終わる前に剣を引くのよ!」
それも、峰打ちの後で――栄はさぞプライドを傷つけられたことだろう。
「さて、爺との約束じゃ。一緒に来るがよい」
「私はまだ負けてないよ、屈服させたいならもう一度抜きな!」
「……だそうじゃ。あとは新田殿に任せるわい」
急に丸投げされてしまったが、成にとっては願ったり叶ったりである。
「また交代なの? どこまでも人を馬鹿にして……」
「これはとんだ失礼を――ですが私で最後です。因子も同じ、得物も同じ。雌雄を決するには、おあつらえ向きでしょう」
因子も同じという言葉に、栄はぴくりと反応した。
「ああ、どうぞご遠慮なく。積み重ねた知識や経験、その集大成であるこの姿こそが――」
成は仕込み杖を構え、にやりと微笑みを浮かべる。
「――私の“最盛期”です」
捕物劇が閉幕し、二人――法月栄と司祭は、護送車でF.i.V.E.へ搬送される運びとなった。
護送車には念のため、輪廻、時雨、タヱ子、夜司の四人が付き添っている。
万が一にも悪い結果にはならないだろう。
だが、成の視界には、膨れ面の教え子がひとり佇んでいた。
「釈然としない……という顔ですね、鳴神君」
「新人類――覚者が弱き者を救うとか、導くとか、世迷い言もいいところ。救ってほしいのは――」
私の方だ、と言いたいのだろう。
だが、成は敢えてそれを指摘しなかった。
人は人に何かを“教える”ことはできない――人は人から“学ぶ”ことしかできない。
だから――。
「鳴神君、見てください」
――成は教会の中、既に終わったはずの空間を指差す。
そこには、傷ついた敵の戦闘員を二人で癒やす、秋人と理央の姿があった。
――Mission Cleared.
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『相剋の巫女』
取得者:四条・理央(CL2000070)
『秘心伝心』
取得者:鈴白 秋人(CL2000565)
『スパイス・レディ』
取得者:魂行 輪廻(CL2000534)
『時ツ雨ノ少女』
取得者:榊原 時雨(CL2000418)
『プロフェッサー』
取得者:新田・成(CL2000538)
『万象の護り手』
取得者:納屋 タヱ子(CL2000019)
『弟切草』
取得者:鳴神 零(CL2000669)
『ジェントル』
取得者:木暮坂 夜司(CL2000644)
取得者:四条・理央(CL2000070)
『秘心伝心』
取得者:鈴白 秋人(CL2000565)
『スパイス・レディ』
取得者:魂行 輪廻(CL2000534)
『時ツ雨ノ少女』
取得者:榊原 時雨(CL2000418)
『プロフェッサー』
取得者:新田・成(CL2000538)
『万象の護り手』
取得者:納屋 タヱ子(CL2000019)
『弟切草』
取得者:鳴神 零(CL2000669)
『ジェントル』
取得者:木暮坂 夜司(CL2000644)
特殊成果
なし

■あとがき■
というわけで、性別の叙述をお送りしました。
ひとさまの企画で何やってんだと怒られそうですが、私は懲りない!(ダメ人間)
ちなみに栄を男性と誤認したことで不利な判定になったりはしていませんのでご安心ください。
ここまで明かせば気づいている方もいらっしゃるでしょうが、設定上は司祭も女だったりします。
さておき、お付き合いありがとうございました。
ひとさまの企画で何やってんだと怒られそうですが、私は懲りない!(ダメ人間)
ちなみに栄を男性と誤認したことで不利な判定になったりはしていませんのでご安心ください。
ここまで明かせば気づいている方もいらっしゃるでしょうが、設定上は司祭も女だったりします。
さておき、お付き合いありがとうございました。
