太郎次郎の恨み
太郎次郎の恨み


●太郎次郎の恨み
 廃棄された高速道路の入口工事現場跡。そこに、一つの人影が通りかかる。赤ら顔に千鳥足、抱える紙袋にはパチンコチェーンのプリント。典型的なオッサンである。
「ズズ……んー、勝った日のカップ酒はまた格別だねぇ……」
 言いながら男は人気の無い道路を歩く。田舎の片側二車線道路に加え、時刻は夜の十時過ぎ。まばらに立った街灯の光を頼りに歩き、やがて放棄された工事現場へと差し掛かった。そこでふと今までと違う部分がある事に気が付く。
「んん? 何だ、太郎も次郎も居なくなってやがら」
 交通誘導用ロボット、通称「太郎」「次郎」。高速道路の開発が放棄されて以来放置され続けてきた彼らは、この何もない道路のある意味マスコットであった。
 流石に二十五年間風雨に晒された彼らはロクに動きもせず、塗装も剥げてボロボロであった。しかし、この近くで育った悪ガキ達にとっては思い出の品でもあるのだ。主に悪戯の対象としてだが。
「土台がくっ付いてっからガキが持ち出せる筈ねぇんだが……ここもとうとう片付けんのか?」
 酔っぱらいなりのポヤンとした頭で考えるが、考えても仕方がないと切り替えて男は再び歩き出す。
 ガタリ、と何かが動く音が聞こえるまで。
「……ん?」
 暗闇の中に、何かが居る。それも二つ。普段ならば即座に妖の可能性があると逃げるが、酩酊により正常な思考ができない状態の男は足を止めてそれを確認してしまう。
 その凝らした視線の先で、赤い光が迸った。
「んぎゃぁっ!?」
 強烈な光が男の目を刺す。痛みがある訳ではないが、視界を遮られてしまった。両手で目を覆うため抱えていた紙袋を落としてしまう。
 そしてその男の視界には入っていないが、もう一つの影が両手を上げて降ろす動きを繰り返し始めた。布状の物が風になびく鈍い音がする。
「……あ、妖か!?」
 男は混乱のあまり酔いが醒めるが、何故かいつもより体の動きが鈍る。ここにきてようやく事態が深刻であると気が付いたようだ。
 しかし、時既に遅し。最初に光を見せた妖が今度は光る棒を男の前に翳していた。その途端、男の動きが完全に停止する。
「あ、ぐぁ……」
 そこに二体目の妖が両手で殴り掛かる。否、両手に持った旗で殴り掛かっていた。そこに一体目も棒を持った手を振りかぶった。これ以上ないタコ殴りである。
「い、いでぇっ! や、やめ、やめでぐれぇっ!」
 男は滅茶苦茶に手を振り回すも、二体目が手に持った旗を先程とは別の形で振る。それによって伸ばした筈の手が勝手に曲がり、男自身に当たってしまう。
「う、うぅ……」
 そしてまた、一体目の妖が紅い光を解き放った―――。

●男の子の遊び方
「こういうの見ると昔作った秘密基地とか大丈夫かなーって心配になるよな……」
 久方 相馬(ID:nCL2000004)は集まった覚者に苦笑いを向ける。覚者の中にも覚えが有る者が居るのか、その表情は曖昧な物だった。
「さて、今回の妖は物質系だな。交通誘導用の腕を振るロボット……って言うか人形が相手だ。
 ランプや棒、旗を使ってこっちの動きを妨害してくるから注意してくれ。攻撃力自体は大した事は無いみたいだけどな」
 とは言え、流石に一般人では少し殴られ続ければ死に至る程度の威力はあるのだが。
「それとこの妖、どうも動きが決まってるって言うか……規則性があるって言えば良いのか? そんな感じがしたんだ」
 元は長時間同じ動きを繰り返すロボットだけあり、妖になってもその性質は変わらないという事なのだろうか。
「こっちからはこれぐらいだな。あ、いつもの事だけどF.i.V.E.の事は秘密の方向で。じゃあ、よろしくな!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:杉浦則博
■成功条件
1.太郎及び次郎の撃破
2.男性の救出
3.なし
●場面
・人気の無い田舎の片側二車線道路。時刻は夜の十時過ぎです。周囲は所々に街灯がありますが基本は暗闇で妖はシルエット程度しか解りません。
・すぐそばに廃棄された高速道路の入り口があります。工事用の道具も廃棄されており、子供が秘密基地にしているようです。

●目標
 太郎:妖・物質系・ランク1:右手に回転灯、左手に誘導棒を持っている警備員姿の人形。
・回転灯フラッシュ:A特遠敵全ダメ0:右手の回転灯が光り輝く。【鈍化】
・誘導棒ストップ:A特遠単ダメ0:左手の誘導棒が怪しく動く。【睡眠】
・太郎アタック:A物近単:誘導棒で殴り付けてくる。意外と痛い。物理小ダメージ。

 次郎:妖・物質系・ランク1:両手に一本ずつ黄色い旗を持っている警備員姿の人形。
・徐行旗スイング:A特遠敵全ダメ0:両手の旗が徐行のサインを示す。【負荷】
・次郎アタック:A物近列:両手の二本の旗で殴り付けてくる。意外と痛い。物理小ダメージ。
・誘導旗スイング:A特遠単ダメ0:両手の旗が誘導のサインを示す。【混乱】

男性:一般人:酔っぱらい。可能なら助けてあげましょう。

【妖:物質系】
 物体に念や力が宿り意思を持ったもの。
 元の物体よりも巨大化攻撃的な見た目であることが多い。
 動きは遅めのものが多いが術式は効きづらく耐久力に優れている。
 討伐する事で依り代となった物体へ戻る事もある。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年09月05日

■メイン参加者 6人■

『デブリフロウズ』
那須川・夏実(CL2000197)
『ぬばたまの約束』
檜山 樹香(CL2000141)
『突撃巫女』
神室・祇澄(CL2000017)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)


 新明星高速道路。山間部を抜け都市部への直接アクセスを可能とする新時代の高速道路―――となる筈であった。
 1989年(昭倭64年)より建築が開始されたこの高速道路は、妖の存在が確認されてすぐという事もあり建築の危険性と必要性の両方が声高に叫ばれる事となる。
 しかし、翌1990年。第一次妖討伐抗争により日本各地が戦場のような有様となる。それはこの新明星高速道路も例外ではなかった。
 建築中の陸橋は妖の強烈な攻撃やAAA側の作戦等により一部が修復不可能な程に損壊。その後の予算配分により建築計画そのものが凍結されてしまう。
 そして高い移動力を持った妖との戦いであったため作業員の退避が満足に行われず、戦闘により多数の一般人の死者が発生。重機や器具もそのまま残されてしまっていた。
 ……そんな廃棄された高速道路の入口工事現場跡に繋がる、人気の無い田舎の道路の途中。日中の暑さを残すそこに、一つの影がふらりふらりと現れた。
「んぐっ、んぐっ……っかぁー! んめぇ!」
 菓子やら何やらが満載された紙袋を抱え、カップ酒を片手に酔いどれ男は歩く。もうそこは、運命の交錯点。向かう先は悲劇か、或いは―――、

「あ、そう言えば駆さんと依頼するの二回目だね☆」

 ぶち壊しである。
「会長、あの人はお願いしますね」
 ……否、それよりもこの声の主達だ。見れば男の歩く歩道とは反対側の歩道から、片側二車線道路を突っ切るように六つの人影が駆け寄って来たではないか。
 その『力』を感じ取ったか、異形と化した木偶も火花散る舞台へと登る。恨み晴らさで置くべきか、その身で喰らえと踊り出す。


「さ、始めようかの、お前様方」
 先陣を切ったのは檜山 樹香(CL2000141)であった。闇に溶けるような射干玉の髪が翻り、うなじの刺青が輝きを放つ。
 人気の無い場所と時間ではあるが、現に目の前で妖に驚いている男が一人居る。ならばと面倒を避けるため、人避けの結界を張ったのだった。
「はっ!」
 その間に水蓮寺 静護(CL2000471)が夜風に旗を靡かせる妖―――次郎へと歩を進める。懐へ潜り込む摺足と共に鞘走るは銘刀「裂海」。胴体ではなく手に持つ旗へと鋭い一撃が暗闇に輝いた。
「なっ!?」
 が、甲高い音を立てて刀が弾かれる。その表情は驚きに染まるが、即座に意識を切り替えてその場から離れた。
 旗程度なら切り落とせる、それだけの自信はあった。しかし次郎の持つ旗は深い切れ込みこそ入っていたが、使う分に支障は無さそうだ。
 ―――そも、旗の棒は木製であり、誘導棒に至ってはプラスチック製である。人間程度の力で何かに叩き付ければ容易く折れてしまう代物だ。
 即ち『容易く折れてしまう物で殴り付ける』という攻撃手段を持っているモノが元々の素材と同じ強度である訳が無い。見込みが甘かったと言うべきだろう。
 その一連の流れを呆けるように眺めていた男の視界に、唐突に強烈な光が差し込んだ。
「なにやってるのバカ! 妖よ! 殺されちゃうわよ!? 早くこっち来なさい!」
 光に目が慣れた男の手を引いていたのは、少女と言うにも小柄に過ぎる女の子であった。しかし彼女、那須川・夏実(CL2000197)も先の二人に負けぬ立派な覚者である。
 自ら分析や補助に回る頭の回転もそうであるが、対処の難しい酔っぱらいを有無を言わせぬ迫力で言う事を聞かせたのだ。まあ、傍から見れば祖父の手を引く孫のようにも見えるが、それは言わぬが花であろう。
 ふと、周囲の視界が一気に開ける。見れば天をも焦がさんと炎の塊が煌々と燃えていた。そのほぼ真下に一人、黒狐が立つ。
「キッド、いつもありがとね☆」
 その出で立ちは無骨な腕に大太刀と物々しい限りであったが、鳴神 零(CL2000669)の振る舞いは殊更に軽い。
 周囲を照らす炎の主、見る者が見れば解る『守護使役』のキッドに頬擦りの一つでもしかねない勢いであった。
 が、生憎と今は戦闘中である。視線はピタリと獲物である太郎を捉えていた。
「お力を、お借りします。さあ、参りますよ!」
 前髪と袖から輝く瞳と左手首を覗かせる女性、神室・祇澄(CL2000017)が力を解き放つ。土行壱式『蒼鋼壁』。身の守りを固め、その一部を跳ね返す術式だ。
 相対する妖、太郎と次郎の攻撃手段の多くが物理以外の側面を持つ物である事を利用した攻防一体の選択である。
「一応、チャンバラができるのかね。一手お相手つかまつるぜ!」
 最後に駆けつけたのは大柄な男性であり、年齢もこの中では比較的高く見える。その手には一目で解る巨大な凶器。それが太郎の持つ誘導棒へと勢いよく叩き付けられた。
「っく、堅ぇ!」
 渡慶次・駆(CL2000350)のアチャラナータによる一撃も、太郎の誘導棒を破壊するには至らなかった。もう一撃は耐えられないであろうが、それでも驚くべき強度である。
 ―――そして、ゆっくりと狂気が動き出した。
「………。」
 太郎がその手に掲げる回転灯が強烈な、それでいて脳裏にこびりつくような違和感を持つ光を放つ。
 対し、静護は腕で視界を塞ぎ、祇澄は事前に構築した蒼鋼壁でそれを防ごうとする。が、その程度で防げるような生半な恨みではない。
「何っ!?」
「そんな……!」
 確かに蒼鋼壁の反射能力により太郎はダメージを負う。が、元よりダメージよりも相手の動きを鈍らせる事に重点を置いた能力である。まるで粘性の強い水の中に居るような感覚が彼らを襲うのであった。
「………。」
 更に次郎が旗を振る。布が風を切る度、全身が少しずつ重くなる。ただでさえ緩慢な体の動きが更に遅くなる。
 身体が重い程度で傷付くほど覚者はやわではない。が、この状態で体術を満足に使えるかと言えば、首を横に振らざるを得なかった。

 催眠や混乱への心構えはあった。しかし、真に警戒するべきだったのは徐行旗スイング――重力が局地的に操作される負荷により、まともな体術を使う事ができない状態になる――であったのだ。
 しかし、今は悔やむ時ではない。樹香の持つ薙刀に尋常のものではない力が篭る。五織の彩。自らの持つ五行の力を用いる技だ。
「そこじゃ!」
 どうしても取り回しが大きくなる薙刀で武器を狙えば刀を使う二人の邪魔になると判断したのか、その一撃は次郎の胴体を抉る。
「く、体が重い……!」
 静護の体の重さは妖による物だけではなかった。一撃で旗を壊せると、直視しなければ大丈夫だろうと、自分でも気付かないままに思考に甘えが混じっていたのだ。
 重い体と甘え混じりの心。今の静護では「正しく構えて斬る」事など出来る筈も無かった。それは今まで散々繰り返した基礎の一撃。しかし、基礎とは奥義でもあるのだ。
 苦し紛れに次郎の体を切る。それしかできない自分にこそ、静護は歯噛みするのであった。
「ナアアアゥマクサンマンダァ!」
 駆の裂帛の気合いと共に放たれる一撃。長大な鉈を振るい、太郎の持つ誘導棒を粉々に砕く。
 体が重く、体術は使えない。しかし、武器も壊せない訳ではない。ならば、狙うはもう一つ。
 現の因子により若々しい頃の姿になっている駆は不敵に笑うのだった。
「君の相手は、私だぞ! ……おいで、遊ぼ?」
 体が極端に重くなり、体術が使えないと判断した零は太郎の顔が僅かに駆へと動いたのを見逃さなかった。
 その心中にあるのは子供達の無知故の罪を受け止め、謝罪と言う形の罰を肩代わりすると言う傲慢とすら呼べる愛。
 ―――まあ、F.i.V.E.はそう言った人間がやたらと多いのだが。伊達に正義の味方はやっていない。
 その想いに応えたか、大太刀鬼桜が太郎の体に裂創を刻んだ。全力でぶつかって来い、と言わんばかりに。
「たあっ!」
 祇澄の横薙ぎの一撃が見事に次郎の旗の一本を切り落とす。よく見れば、刀からは溢れんばかりの土行の力。五織の彩による一撃である。
「さあ、参りますよ!」
 その動きはさながら剣舞。武よりも舞。阻害されていて尚美しく、流麗な舞に見えるほどであった。
 その背中に、やや離れた場所から声が届く。
「次、次郎アタックが来るわ! 下がれる人は下がりなさい!」
 その声は酔っぱらいの男を引っ張りつつ、更に妖の動向を気にかけていた夏実の物であった。
 自身の仕事をこなしつつ、更に周囲への気配りを忘れない。これが後衛として優秀な証拠か、生来のお節介焼きによるものかは不明である。
「………。」
 そして太郎が再び動き出す……が、破壊された誘導棒を幾ら振ろうとも何の効果も無い。ただ空しく手が差し出されるのみである。
「………。」
 一方、次郎は旗を振る。真っ当な振り方ではない。これは当てるための、誘導ロボットが最もしてはいけない振り方である。
 次郎の周囲に布陣していた静護、樹香、祇澄はその一撃を食らってしまう。が、祇澄が片方の旗を破壊していたお陰でごく軽度な物で収まっていた。
「あたた……油断が残っておったかのぅ」

 静護の振るう刀は未だ鈍い。しかし、それでも心が落ち着いてきたのか、徐々にその切っ先が描く軌道は鋭く研ぎ澄まされていく。
「そこだっ!」
 重い体にも慣れた。乱れた心では裂海は応えない。剣の道で造った己に立ち返れ。そう自らに語り掛け、静護はゆっくりと息を吐くのだった。
 その後方、20メートルはあるだろう。安全圏へと駆け抜けた夏実は、鞄から小さな包みを取り出して酔っぱらいへと押し付ける。
「良い? ここからは自力で逃げるのよ。後これ飲みなさい! こっちは明日の朝!」
 男がそれを確認すると、酔いに良く効くウコン錠剤と朝のお腹に優しいしじみの味噌汁の素であった。少なくとも10歳の少女が普段から持ち歩く物ではない。
「……がんばれよ、嬢ちゃん達!」
 礼を言おうとした男だったが、既に夏実は仲間達の元へと駆け出していた。ならばと激励を送り、男は駆け出す。
 言葉とは裏腹に底抜けに優しい少女と、その仲間達の無事を祈りながら。
「だぁっ、やっぱり堅ぇ!」
 駆は太郎の持つ回転灯にアチャラナータを叩きつける。しかし、こちらもまた誘導棒と同等の強度を持っているのかそう簡単には壊れない。
 予定ではそろそろ本体への攻撃に回るつもりだったが、あと一撃で破壊できると踏んだ駆は武器の破壊を続行するのだった。
「そう簡単にはいかない、か。物だってプライドがあるんだからねっ」
 駆を援護するように太郎の正面に回り、大太刀を振るう零。対峙する敵に感情移入するような言動だが、その太刀筋に迷いはない。
 問題があるとすれば未だ体術をまともに使えない程度か。しかし、六人の内では純粋な物理攻撃で最強の零にその程度はさしたる問題でもない。切れば良いのだ。
「人に仇為す悪しきものよ、土に還りなさい!」
 周辺の重力が異常に強くなっているが、五織の彩は己の内から五行の力を引き出し攻撃に転じさせる事ができる。
 故に祇澄は威力よりも攻撃の回数を増やしていく。彼女の舞は更に速度を上げるのだった。
「そろそろ行動が一巡するかのぅ、誘導旗とやらの前に片付けたいが……」
 行動を分析しつつ、樹香も五織の彩を次郎のボディへと叩き込む。と、それが良い入り方をしたのか次郎が僅かにたじろいだ。
「お、今のは効いたかの?」
「………。」
 樹香の言葉が聞こえたかは定かではないが、次郎は三度旗を振る。その動き自体が呪いの一種となり、混乱を発生させる旗の誘導。
 ―――その標的は、眼前の五人を超えた先。男を送り、戦線に復帰した少女であった。
 尚、太郎は誘導棒が壊れて何もできない。

「そら、もう一撃じゃ!」
 樹香は薙刀の重さを使い、先の攻撃の引き戻しをそのまま攻撃に繋げる。流石に二度クリーンヒットする事は無かったが、そのダメージは着実に次郎へと蓄積されていく。
 それに合わせるように祇澄が刀を振りかぶる。反撃を警戒してか一度離れていた祇澄は、くるりと周りながら次郎へと切りかかった。
「注意が、散漫です! ……あ、あれ?」
 が、ここでまさかの空振りである。舞い踊るかのような流れる攻撃であったが、その余分な行動が祇澄の体力を予想以上に奪っていたが故であった。
「さっすが駆さん! 頼れる仲間がいて結構結構!」
 一方、零は太郎に対し攻勢を仕掛けていた。直接の攻撃手段を失った太郎何するものぞ、と一気呵成に攻め立てる。
 それを尻目に、次郎に対する静護の目つきが一段と鋭くなる。呼吸は整い、持つ手は八相……から右脚を大きく引き、体を捻りつつ切っ先を視線の先へ。
 一見無駄な力みの多い構えに見えるが、捻りと踏み込みが手に持つ裂海を極限まで加速させる。描く軌道は袈裟。
「はぁぁっ!」
 太刀筋が次郎へ刻まれるのと同時に、静護は体の重みが無くなっている事に気が付く。未だ空気が纏わりつくような不快感はあるが、それならば体術を使う分には問題ない。
 正しく構えて切る。言葉にしてしまえばそれだけであったが、静護はその意味を頭では無く心で感じ取り、裂海の柄を握り直すのであった。
「バサラダン、カン!」
 気合いと共に放たれた駆の一撃が遂に太郎から攻撃手段の一切を奪い取る。先の物と合わせて種字でカーン、即ち不動明王の真言であった。
 怨敵調伏、勝負必勝。戦いの趨勢は決した―――かに見えた。
「きゃっ!?」
 一体何が。零の思考は驚きに満たされる。全く予期していなかった『背後からの攻撃』。それも物理的な物ではない、五行に因んだ物であった。
「ぁ……う、ぁ……れ?」
「夏実ちゃん!? 何で……ッ! まさか、混乱!?」
 凶弾の主は酔っぱらいを助けた筈の夏実だった。打ち合わせの段階で夏実が攻撃をする予定は無く、味方の回復と敵の観察に専念すると言っていた筈である。
 しかし、今の夏実は尋常ではない。フラフラと熱に浮かされたように体を揺らし、自分が今何をしているのかを理解できないままにその力を振るっていた。
「………。」
 本当に何もできなくなった太郎を余所に、次郎は一文字に構えた旗を上下に振る。二本持っていた時とは違うが、これもまた徐行を示す所作。
「くっ、またか……!」
 所作は祈りに、祈りは力に。負荷から回復した静護を含め、全員に再び強烈な重力が襲い掛かる。祇澄の蒼鋼壁による反射ダメージを受けながらも、その動きに一切の澱みは無かった。

「しまった、後ろじゃったか……!」
 樹香は予想外の展開に奥歯を噛み締めるが、まずは目の前の敵を倒すべきだと次郎に四度目の五織の彩を叩き込んだ。
 如何に物質系の妖が耐久力に優れているとは言え、そろそろ限界が見えてくる頃である。幾度となく打ち据えられたボディは、傷が無い部分を探すのが難しいほどであった。
「ホクト、シンクンの……名の、元に……」
 後方から聞こえる虚ろな声。夏実は最早自分が何をしているかも解っていないだろう。放った一撃は太郎へと強烈な衝撃を与えていた。
 ―――混乱させて相手の行動を誘導する事が出来るとは言え、その対象まで選べる訳ではないのだ。
「そぉーれっと!」
 間髪入れずに零の斬撃が太郎の体を走る。太郎側は攻め手が少ないが、それを補って余りある威力の攻撃が幾度と無く行われていた。
 闇夜を照らす炎に映えるは、大太刀による一文字。正しく重量級の一撃であった。
「はあっ!」
 次郎側を担当する祇澄もまた、足りない威力を補うかのように五織の彩による攻撃を行う。地を踏み舞うは切り切り舞。
 零と祇澄の攻撃により、太郎と次郎の体に一際大きな亀裂が走る。そこに向かう男が二人。鉈と刀が迫り来る。
「ぬぉぉおおおおおぁっ!」
「はぁぁあああああぁっ!」
 斬。
 その時生じた音を字で表すならば、これ以上に合う物は無いだろう。周囲の音すらも切り裂くかのような見事な一撃であった。
 ……残心の後、その場に残されたのは両断されたヒトガタが二つ。前衛に当たっていた五人はそれを一瞥する事もなく、未だ意識の明瞭としない夏実へと駆け寄るのだった。


「……上々だな」
 無事に夏実の意識が戻った後、静護は一息ついてそう呟いた。相手は予想以上の強敵であったが、得られるものも確かにあったのだ。
「これは……元の場所に戻した方が良いのかのぅ?」
「意地悪するべからずって張り紙でもしようと思ったんだけど……出来そうにないね」
 樹香と零の視線の先には、哀れにも全身傷だらけかつ両断された太郎と次郎。爆発四散していないだけマシであるが、間違いなく廃棄処分一直線である。
「何にせよ、皆無事で良かったわ……あのオジサンも帰ったみたいね」
 一番深刻であった夏実がそう纏める。やはり筋金入りのお節介焼きで、優しい子である。残る祇澄と駆もそれに続いた。
「私達も、帰りましょう。夜道は、気をつけないと、ですね」
「そうだな……しかしこれ、後始末とか誰がやるんだろうな?」

 戦い疲れた彼らがとった選択肢。それは、見て見ぬフリであったとか。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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