≪教化作戦≫劫火のファナティクス
≪教化作戦≫劫火のファナティクス


●分かたれた正義
 ――新人類教会と呼ばれる組織がある。
 表向きは覚者および覚者事件における被害者の保護を理念とし、その為に生活支援や養護施設の経営、関連企業への就職斡旋まで行っている。彼らは覚者を『新人類』と称して、手厚く保護する活動をしていた。
 構成員の多くは源素を使えない普通の人で、宗主の指導の元に幅広い活動を行う宗教団体だ。
『新人類はその能力故に旧人類に恐れられ迫害されてもいる。彼らを守り育てる事が教会の使命の一つである』
『新人類を迫害する者達を許してはならない。教会は未来の平和のため自らの身命を賭して新人類の敵と戦うべし』
 その理念の元に武装していることもあるが、構成員の多くは武装を持たないただの人である。
 だが昨今、教会内は過激化する世情に合わせて武装を強化する『過激派』と、それを止めようとする『穏健派』に分裂してきていた。
 ――そして一月某日。穏健派の『村瀬幸来』を過激派から保護するF.i.V.E.。
 一時雌伏の時を過ごしていた新人類教会過激派だが、力を蓄えた過激派達が活動を開始しはじめたのだ――。

 夜空をあかく照らしながら、轟々と炎が燃えていた。ぱちぱちと、風に乗って舞い上がる火の粉は鮮やかな花弁のようで。不吉な黒煙をもうもうと上げながら、瞬く間に劫火は白亜の屋敷を呑み込んでいき――窓硝子が砕け散る中カーテンが揺れて、其処には物言わぬ骸となった人影がちらつく。
「……これは、天罰なのですよ。だって新人類を支援していたとは言え、貴女は我らに反発した、紛うこと無き『敵』なのですから」
 豊かな黒髪を熱風に晒しながら、漆黒の戦闘服に身を包んだ女はうっとりと唇をつり上げた。その濡れた瞳は昏い熱を帯び、自身の行いを微塵も疑ってはおらず――彼女はスリットから覗く脚を悠然と組み替えて、首から下げられたペンダントを優しく撫でる。
 ――それは『人』の文字を意匠化した、新人類教会の信徒である証。見れば、周囲で銃器を構える戦闘員たちの肩当にも、その証ははっきりと刻まれていた。
「部隊長殿、この後は」
「そうですね、浄化は完了しました。速やかに撤収して良いでしょう」
 部下の声に女――部隊長である姫宮は頷き、高らかに軍靴を鳴らして宣言する。
「……これで更に信仰は深まり、我らの理想とする秩序に近づいたのです」

●月茨の夢見は語る
「厄介な組織が、動くみたい。新人類教会……その名前を耳にしたひとも、居るかもしれない」
 深呼吸をひとつして、軽く頭を振ってから『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は夢見で知った未来を語る。彼らは表向き、覚者の支援を行っているようなのだが、その内部は過激派と穏健派で二分されている。
「……厄介なのは、この過激派だね。一月にF.i.V.E.の方で、穏健派のリーダーだった村瀬幸来さんを保護したんだけど、彼女の存在が失われたことで過激派は大々的に活動を始めるの」
 現在彼らは『教会に反発する者に拉致された』として、村瀬幸来を取り戻すと言う名目で戦闘員達を動かすようなのだ。
「あたしが視たのは……覚者を支援している一般人を、過激派の戦闘員が襲撃する未来。新人類教会とは考え方を異にしているそのひとを、彼らは粛清するみたいだった」
 その一般人は、藤咲瀬里奈と言う女性実業家で――亡くなった夫が覚者だったこともあり、覚者への慈善活動を行っていたようだ。しかし、武装強化を進める新人類教会には良い顔をしていなかったらしく、其処を狙われたようだと瞑夜は語った。
「時刻は真夜中、街外れにある瀬里奈さんの邸宅へ戦闘員が向かうの。そうして家屋に浸入して眠っていた彼女を殺害、その後証拠隠滅も兼ねて屋敷に火を放つ……から」
 犯行の一部始終を夢で視た瞑夜は、静かに拳を震わせる。こんな酷い行いを、許すわけにはいかない――だからどうかこの悲劇を止めて欲しい、そう願いながら。
「相手は新人類教会の戦闘員で、全部で11人。皆武装していて、同じ戦闘服を着ているから直ぐに分かると思う」
 そしてその中には、現場で指示を出す部隊長がひとり居ると言う。姫宮と呼ばれるその女は、新人類教会の教えに傾倒し――自分の行いが正しいものであると、信じて疑っていないようだ。
「彼らは二手に分かれて、玄関と裏口から同時に侵入するから、此方も戦力を二分して対応することになるね。一旦屋内への侵入を許してしまえば、彼らは屋敷ごと瀬里奈さんを葬るだろうから、何とか瀬戸際で止めて欲しいの」
 ――屋敷の中で瀬里奈を守ろうと待ち受けてしまえば、そのまま火を点けられてしまうだろう。火事になれば混乱が広がり、彼女を守り切ることは困難になってしまう。
「色々複雑な背景はあるけれど、それでも覚者へ協力しようとしている一般人のひとを、争いに巻き込むわけにはいかないから」
 だから、と瞑夜は瞳を揺らしてはっきりと告げた。歪んだ信仰によって行われる、浄化と言う名の暴虐を止めて欲しい、と。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:柚烏
■成功条件
1.一般人・藤咲瀬里奈の生存
2.新人類教会・過激派戦闘員の撃退
3.なし
 柚烏と申します。今回は何やら不穏な組織、新人類教会の戦闘員から一般人を守る依頼となります。背景は色々と複雑なようですが、為すべきことは理不尽な粛清の阻止です。

●新人類教会戦闘員×11
新人類教会の過激派に所属する戦闘員です。能力を持たない一般人ですが、戦闘訓練を受けており統率が取れています。内訳は以下の通りとなります。彼らは半分ずつ二手に分かれ、藤咲瀬里奈の屋敷に侵入しようとしています。
彼らを率いている部隊長は姫宮と言う女ですが、玄関と裏口どちらに居るかは判明していません。教会の教えを妄信しており、この行いは正しいのだと信じて疑っていません。尚、体術の戦之祝詞と命力分配を使用してきます。
・近接戦闘員(ナイフとハンドガン装備)×5
・遠距離戦闘員(グレネードランチャー装備)×5
・部隊長の姫宮(ライフル装備)×1

●藤咲瀬里奈
覚者の支援を行っている一般人女性です。新人類教会の過激派を良く思っておらず、反対活動をしたところ目を付けられ、今回襲撃を受けてしまいます。自宅で眠っており、外で異変を感じても不用意に飛び出さず家の中で大人しくしています。

●戦場など
時刻は真夜中、場所は閑静な場所にある藤咲瀬里奈の邸宅前です。彼女の殺害を行うべく玄関と裏口から侵入しようとしている戦闘員を、その場で阻止すると言う流れになります。尚、屋敷に火を放つのは、藤咲瀬里奈を殺害する目処が立った時です(彼らを食い止めている間は火を放ちません)。

 こちらからの情報は以上になります。相手は己の行いが正しいと信じていますが、その行いは非道なものです。どうか彼らの信念に屈しない様、確りとした決意をもって挑んでください。それではよろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年05月05日

■メイン参加者 8人■

『月々紅花』
環 大和(CL2000477)
『幻想下限』
六道 瑠璃(CL2000092)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『想い重ねて』
蘇我島 燐花(CL2000695)

●劫火のあしおと
 静寂が支配する郊外に、白亜の邸宅はそびえていた。時刻は真夜中と言うこともあり、ひとの気配は無く――街灯すらもまばらな近辺では、例え今宵何が起きようとも、夜の闇が全てを覆い隠してしまうかのようだ。
(藤咲女史……覚者を支援している人物、ですか)
 カーテンに覆われた、灯りの消えた窓――其処で眠っているであろう女性を案じながら、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)はそっと軍帽を被り直した。
 ――藤咲瀬里奈。武装強化を推し進める宗教団体『新人類教会』の活動に異を唱え、それ故彼らに命を狙われる人物。夢見の予知によれば、今夜新人類教会の過激派に属する戦闘員たちが、彼女を殺害し屋敷に火を放つ。
(――否)
 一瞬、白亜の邸宅が劫火に呑まれる姿が瞳に過ぎり、千陽はゆっくりとかぶりを振った。そんな未来は迎えさせない――未来を変えてと言う願いを託されて、自分たちは今此処に、藤咲邸の前に居るのだから。
 と、出来るならば事前に、千陽は送受心・改を用い、藤咲に呼びかけを行うつもりでいた。しかし、藤咲を正しく認識出来る状態では無かった為、残念ながら念話は行えないようだ。
(……それでも、やるべきことは変わりません)
 ――それは襲撃者を無力化し、彼らの凶行を止めること。その為にF.i.V.E.の覚者たちは二手に分かれ、玄関側と裏口側それぞれで、屋敷へ侵入する戦闘員を迎え撃とうとしているのだ。
「被害者の支援に励む、団体の行動は素晴らしいと思いますが……理念は理解しがたいです」
 正面玄関を受け持つ班のひとりである『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)は、今回の相手――新人類教会についての思いを、真っ直ぐに口にした。彼女の相貌は精緻な人形のように揺るぎないが、その心には思う所があるのだろう。猫の尾がぱたぱたと揺れて、燐花は只々己の疑問を――答えの出ない問いを、夜の空へと吐き出した。
「……新人類とか旧人類とか。私達は『区分け』される存在なのですか? 力の有無はあれど、ただの人じゃないですか」
 何時の世も、狂信者って怖いもんだよねぇと、その時返ってきたのは、何処かのんびりとした馴染みのある声。声の主――『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)は、煙草を咥えながらサングラスを押し上げて、優しく言い聞かせるように言葉を続ける。
「何が正しくて間違ってるのか……妄信してる人にはその他の意見は通じない。彼らからしてみれば、僕らが間違ってるんだからねぇ」
 しかし信仰の自由は尊重されるべきだが、それを他者に押し付け、思想が違えば抹殺と言うのは流石にやり過ぎだ。恭司のその言葉を聞きながら『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)は、新人類教会内部での動きについて思考を重ねていた。
(穏健派と過激派……か)
 二分される勢力、台頭する過激派。銃を取って立ち上がるだけなら離反でいいと瑠璃は思うが、やはり彼らは新人類教会と言う組織の結束を強めたいのだろうか。だとすれば、思想を統一し反対派を一掃するなどした方が確実だ。
(今回の依頼だって……一般人ひとりを手にかけるために、ここまでの重装備、かつここまでの大人数を動かすものなのか?)
 目的は何だと自問すれど、相手に尋ねた所で答えが返ってくるものでもあるまい。恐らくお偉いさん方には何か思惑があるのだろうが、末端の戦闘員たちはそんな事情も知らぬまま、忠実な尖兵として動いているのだろう。
「まぁ、人にお説教できるような過去は持っちゃいないけど、出来る限りの事はさせてもらうよ」
 そう言って口角を上げる恭司の後ろで、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)は、迷いの無い表情で白いマフラーを靡かせていた。正義とは絶対的なものでなく、ひとの数だけあると捉えている彼女は――故に、自身の正義を真っ直ぐに貫くのだろう。
 ああ、と佇む恭司の姿を見つめる燐花は、言いようのない感情が湧き上がってくるのを感じて、そっと手を握りしめる。――やはり自分は、未だ子供なのだ。
「……ふん」
 ――そして一方、裏口の方では。闇夜に乗じて屋敷に迫る複数の存在を捉えた『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)が、侮蔑も露わに吐息を零していた。
「新人類なんて、よくもまあ言ったものね。ついでに自分たちの意に沿わない人は排除するとか、身勝手にも程があるでしょう」
 やっぱり人間と言うものが、ありすには分からなくて。否、分かりたくないのかもしれないと、少女は紅蓮の髪を靡かせて――左掌に開いた第三の眼に炎を纏う。
「それでも、自分たちが守ろうとしている相手に正しくないって否定されて、真っ当に活動を続けられるのかしらね?」
 覚醒した覚者たちを確認した新人類教会の戦闘員たちは、動揺する事無く戦闘態勢を整え、一斉に銃口を一行に向けた。どうやら邪魔をするのなら、新人類と仰ぐ覚者であろうと躊躇はしないらしい。まあ、彼らの事情など知ったことじゃないけどとありすは嘆息し、漆黒の瞳に鋭い光を宿して相手を睨む。
「邪魔するなら、燃やすだけよ」
 その隣では『月々紅花』環 大和(CL2000477)が太腿のベルトから術符を取り出し、やれやれと言った様子で『教授』新田・成(CL2000538)もまた、得物の仕込み杖を慣れた手付きで握りしめた。
「……『他力本願』の意味をここまで違えた宗教というのも珍しい」
 古来より信仰される宗教には、それに付随する文化や歴史、民族性と言った多様な要素を含んでいるものだ。だがこの新興宗教――新人類教会は、ひたすらに実利や合理性を追求し、効率よく世の中を支配するシステムを構築しようとしているようだ、と成は穏やかな表情を崩さぬままに頷く。
 ――尤も、懇切丁寧に講義をしてやる義理など無い。彼は教授として教壇に立っている訳では無く、ひとりの覚者として此処に居るのだから。
「では、君達の流儀に則って、お相手致しましょうか」

●二面作戦
 裏口から侵入しようとしていた戦闘員は5名――後衛のグレネードランチャー持ちが一人多く、部隊長の姫宮は居ない。なら、と色を違えた千陽の瞳が輝き、その指先から流れ込む力は大地を揺らし――それは確りと前衛に立っていた戦闘員らを、一気に後退させた。
(憤怒者のように覚者を虐げるものもいるなら、持ち上げるものもいる。どちらも度が過ぎれば過激に走る)
 度し難い話だ、と術式に翻弄される教会の尖兵を見据える千陽に続き、素早く仕込み杖を抜刀したのは成だ。神速の居合いと共に放たれた衝撃波が、狙いを定めたのは遠距離戦闘員――より詳細な状況解析が行えればとも思うが、集中して各個撃破の方針に支障は無い。
「さあ、死にたいヒトからかかって来なさい」
 懐中電灯の照明、そして成の守護使役の炎によって周囲が照らされる中、ありすは右手に生み出した炎を振りかざし、津波のように一帯を薙ぎ払っていった。誰かを守る為にと託された力――ならば此処で、遠慮なく振るわせて貰おう。
(全員消し炭にしたいところだけど、なんか対外的な理由で殺しちゃダメらしいから)
 命までは奪わない、しかしその炎の波は苛烈の一言に尽きる。だが、その分守りは弱いと悟った戦闘員たちは、ありすを優先的に狙おうと動き始めたようだ。斬り込んだ成が作り出す、乱戦状態をものともしない彼らは、的確に後衛に狙いを定め――銃弾は容赦なく、ありすの肌を抉っていった。
「……ホント、人同士が争っちゃって」
 かは、と口から零れるのは、生ぬるい朱。しかしその傷は、大和が生成する癒しの滴によって瞬く間に塞がれていく。
「しかも、目的が同じなのに自分たちのやってることに協力しないから殺すとか、バカじゃないの?」
 今のありすを突き動かしているのは、理不尽なひとの所業なのか。更なる攻撃に晒されるリスクがありながら、彼女は中衛へと歩みを進め――地面に叩きつけた炎は幾多の柱となって、標的の足元から一気に吹き上がった。
(邸宅への侵入は、問題ありませんね)
 ――ひとり、またひとりと戦闘員は無力化されていく。此方を突破される事への対応も、念頭に置いていた千陽だったが――反撃に転じても良い頃と彼は軍用ナイフを構え、地を這う斬撃からの斬り上げによって、戦闘員を一気に切り伏せていった。それでも未だ立ち上がる者へは、成の容赦ない波動弾が確実に止めを刺していく。
「裏口の敵は、これで全て無力化しましたか」
 地面に伏した戦闘員たちをロープで捕縛した千陽が状況を確認すると、直ぐに一行は玄関側の仲間と合流するべく動き出した。裏口の鍵を成がピッキングマンを用いて解除し、邸内を真っ直ぐに突っ切って合流する――早々に仕事を済ませるとしましょうと呟く彼に、仲間たちは無言で頷いたのだった。
「天が知る地が知る人知れずっ、暴漢退治のお時間ですっ」
 ――そして正面玄関前では。覚醒爆光によって凄まじい光と音を放ちながら華麗に変身した浅葱は、めっさ目立ちつつ華麗にポーズを決めて、戦闘員の注意を引きつけていた。
「なるほどっ、理想に燃える姿勢は尊いものですっ。もっとも異論を力で封殺しなければですけどねっ」
 排除すると言うなら止めましょう――迷い無く浅葱はそう告げて、部下に守られる部隊長の姫宮へ指を突き付ける。
「語り方が力というなら、流儀を合わせますよっ」
 光源を頼りに、此方から打って出る――そう思っていた瑠璃だが、相手も慎重に屋敷へ攻め入ろうとしていたらしい。直ぐに彼らは此方の存在に気付き、先手を取る前に向こうも攻撃に移っていた。
(……まずは、姫宮だ)
 厄介な彼女の体術を封じるべく、瑠璃は慟哭の艶舞により苛立ちを呼び起こさせようとするのだが――狂信者故か、姫宮は術に抵抗してその精神力の強さを見せつける。
「私にできるのは、素早さで手数を稼ぐ事、ですから」
 しかしすぐさま、天駆を用い速度を大幅に引き上げた燐花が、敵の懐に斬り込んで圧縮された空気を掌から放った。衝撃は易々と戦闘員のひとりを弾き飛ばし、隊列を崩した其処へ恭司が雷雲を招いて追い打ちをかける。
「憤怒者組織とドンパチするのは、まだ分かるんだけどねぇ……覚者支援をしてる人まで襲ったらダメじゃない?」
 祝詞で配下の強化を行う姫宮に、恭司は静かに問いかけるのだが――彼らは自らの行いが正しいと信じ切っているらしく、引き金をひく様子には迷いが無い。
「まぁ、選民思想なんてそんなものなんだろうけれど、自分達に賛同しなけりゃ全部抹殺、なんてしてたら、そのうち誰も居なくなっちゃうよね」
「誰も居なくなる? ……教会の教えの素晴らしさが分かる、真の信仰に溢れた者のみが集い、新人類教会の結束は更に深まることでしょう」
 姫宮の中では教会の教えは絶対的なものであり、それに何ら疑問を持つことは無い。外部の人間が幾ら一般論を説こうとも、それ位で確立された彼女の信念は揺らがないのだ。
「ふっ、信念の根比べですかねっ。さぁ、言葉も力も尽くしましょうかっ。幾らでも受け止めますよっ」
 けれど浅葱は望むところと、大きく胸を張って彼らの前に立ちはだかった。唯一の回復手として仲間たちを支え、自らの生命力を分け与える姿は神々しささえ漂わせて――飛び交う銃弾すら、彼女の堅牢な守りを崩すまでには至らない。
 こいつは手強いと戦闘員は悟り、狙いを前衛の瑠璃と燐花、そして落としやすいと踏んだ恭司へと変える。彼らもまた、姫宮の回復を受けてしぶとく食らいついていたのだが、やはり因子の力や術式を操る覚者との戦いにいつまでもついて行けるものでは無い。
「ここで死ぬのなら、自業自得だ」
 切れ味を増した刃――三日月の如き大鎌を瑠璃は振り下ろし、血飛沫を散らして戦闘員のひとりが崩れ落ちた。それとほぼ時を同じくして、燐花の逆手に持った苦無が月光に照らされると、目にも止まらぬ速さで彼女の連撃を浴びた者もまた、糸が切れたように地面へ倒れ込む。
「これは……非常時とはいえ、無作法でしたな。後でお詫びをしなければなりません」
 そして其処へ――邸宅の中を突っ切ってきた成たちが、背後から礼儀正しくドアを開けて、仲間たちとの合流を果たしたのだった。

●信仰と妄信
 覚者たちに増援が来た、と言うことは――恐らく裏口から攻め込もうとしていた部隊は全滅したのだろう。新人類教会の戦闘員たちは直ぐに状況の不利を悟ったが、教会の任務を遂行する為にも退く訳にはいかない。
 今ここで火を放っても気休めにしかならず、彼らによって鎮火されてしまう。だが、教会の教えに反発する覚者は悪なのだ。この『教化作戦』によって、彼らを正しき道に導かなければならない――。
「アタシ達は別に、アンタ達に守ってもらおうとは思っていないわ。ただ、協力して一緒に暮らしていければそれでいいじゃない」
 そう告げるありすは、人間よりも古妖に近しいものを感じているようで。むしろ彼らと一緒に暮らしていきたいのに、人間同士反目し合っている場合ではないと、彼女は痛烈に思う。
「ホントくだらないわ。バカみたい、バカばっか」
 だったら新人類と呼ぶ覚者の力を、その身に受けよと言わんばかりに――ありすの叩きつける炎柱は鮮やかに燃え上がり、その熱波は肺までも焼き尽くした。
「覚者とて、ただの人です。それを新人類と崇め奉るくらいなら、有能な独裁者に従う方がよほど建設的ですよ」
 その成の言葉に、傷つきながらも姫宮は蠱惑的な笑みで以て応える。ただの人である覚者――しかし発現せぬ一般人である彼女は、そのただの人になろうとしてもなれない。持たざる者の憧憬を、それを持つ者は完全に理解することは出来ないだろう。
「尤も、覚者信仰の仮面を被ってその力を利用したいと言うなら、成る程趣旨はよく理解できます。何せ、その行動には実利が伴いますからね」
 無論、それを許すつもりは毛頭ありませんが――悠然と眼鏡を押し上げて言い放つ成は、そのまま衝撃波を撃ち出して最後の配下を沈めた。これで残るは姫宮ひとり、その彼女も体術の使用や攻撃の巻き添えを食らい、大分消耗している。
「浄化に秩序。宗教家は暴力を飾り立て奮起させる言が好きのようだ」
 全身から気を放出し、強烈な重圧を姫宮に与える千陽は、只淡々と――己の任務を遂行するべく動いた。身体に負荷のかかった彼女は、最早体術は使えまい。地面に膝をつく姫宮を睥睨し、千陽の金瞳が無機質な光を帯びる。
「都合の悪いことは、証拠隠滅して粛清。天罰という大義名分をもって、己が暴力に理由をつけるあなたがたの行動も、憤怒者とたいして変わらないように見受けられますが」
「……それは貴方たちが、新人類教会の教えを理解していないからですよ」
 ああ、こんな時だと言うのに、女は慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。理屈や言い分と言ったものが通じない、そのもどかしさを感じながら、それでも恭司は胸に抱えていた言葉を吐き出す。
「と言うか、敵対してたら覚者にも攻撃しちゃうって、結局自分達に都合の良い覚者だけしか認めてないんだよね……」
 もうその時点で、教会の教えは崩壊している。新人類が人の世を導くと言って、その導いてくれる新人類を彼らが選ぶのだったら、結局人の世を導こうとしているのは新人類教会なのだ――しかし、其処まで考えを口にした恭司は、姫宮のライフルが己を狙っていることに、最後まで反応出来なかった。
「……ああ、残念ですね。これは、新人類が間違ったものを頑なに信じてしまった為に起きた、悲劇なのです」
 銃声と同時――恭司の胸に赤い花が散って、その身体はゆっくりと傾いでいく。浅葱が命力を分け与えようとするものの既に遅く、それでも彼女はこれ以上の犠牲は出すまいと、仲間を守ろうと拳を握りしめた。
「ふっ、団結するために排除する。生物の効率的には正しいですねっ。ならば排除される義を守る為に立ち塞がりましょうかっ」
 ――正義の味方とはそういうもの。誰も殺させないし殺さない、止めるのみと、怒涛のように浅葱の拳が姫宮に叩きつけられる。だが、未だこれで終わった訳ではない――!
(燐ちゃんみたいな若い子達の未来を、君らの好きなようにはさせられないからね)
 ぽつりと零した恭司の言葉を思い出しながら、燐花は猫の如く俊敏に地を駆ける。暗視能力を持つ彼女にとって、夜の闇も障害にはならない――姫宮の動きを完全に封じるべく、その両手に握られた苦無が鮮やかに皮膚を突き刺した。
「どうして同じものを目指しているのに、争ってしまうのでしょうね」
 それは寂しいことだと、呟く燐花に答えを返す事無く――姫宮はゆっくりと意識を手放したのだった。

 こうして新人類教会の戦闘員は全て捕縛され、後の処理はF.i.V.E.のスタッフに任せることとなった。瑠璃は襲撃を受けた藤咲のこれからについて気にしていたようだったが、それも組織の方から何らかのフォローがあるのだろう。
(かく言う自分も『命令』という信仰にすがるただの狗だ)
 彼らと変わらないのは自分もかと千陽が自嘲する中で、燐花は横たわる恭司を傷ましげに見つめる。
(怪我を負わせるのは嫌ですと、口にしたら貴方は笑ったでしょうか)
 何時になれば、子供と言うフィルターは外れるのか――そう悩む自分は新人類なんて大層なものじゃなく、やはりただの子供なのだと燐花は思った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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