古兵の進軍。或いは、月夜の刃は血に濡れて。
●月夜の血飛沫
刀、槍、薙刀に鎧兜。
古くは戦場に。武器として、人を殺害する為に作られ、事実そういう風に使用された物。得てして、そういうものにこそ人は心惹かれるものである。
とある田舎。小さな骨董店の店主(浜辺 直)もそういった嗜好の持ち主であった。30歳の時に骨董店を開き、以来60年に渡って刀や鎧の収集を続けてきた。
そんな彼が、ある日の夜、自宅で遺体として発見された。
死体の発見者は、刀を売り来た中年の男だった。店の中で、骨董品に埋もれるようにして事切れている直を見つけ、男はすぐさま警察を呼んだ。
参考人として、不運な客人は警察署へと連行されることになる。
この時、男を署へと連行した警察官は気付かなかった。
直の骨董店からは、刀や鎧の一切が紛失していたことに。
男が署に連行されて暫く、現場検証の為に骨董店に残った警察官は奇妙な物音を耳にした。ガチャンガチャン、と金属の擦れる音だ。
彼らには馴染みのない音だが、その音は鎧兜を着込んだ武者の歩く音である。
骨董店から少し離れた川の縁。橋の下の暗がりに、それは居た。
刀と槍と、それから鎧。無数のそれらが集まって出来た、大柄な武者である。
刀を手にした武者が1人。槍を手にした武者が1人。それから刀と槍で出来た、芋虫のような怪物が1体。
川の流れに沿うように、彼らは歩く。向かう先には村がある。村に辿り着くまでにかかる時間は、およそ20分といった所だろうか。
月にかかった厚い雲が、辺りを暗い闇へと落とす。
●古兵の進軍
バン! と大きな音を鳴らして久方 万里(nCL2000005)が指令室へと跳び込んできた。
直の凄惨な死体を直視してしまったせいだろうか、顔色が悪い。
「うぅー……。今回はぁ、既に死人が出ちゃってるよ。現場は田舎町の外れで、時間は夜。月夜だけど、20分くらいは雲が厚くて周囲は真っ暗。姿が見えないほどじゃないけど、街灯もなにもないから戦い難いかも」
更に、河原であるために足場も悪い。
その上、F.i.V.E.という組織の性質上、人目を避ける必要があるので、さほど時間もかけられない。
広い場所を選べば、全員が横に並ぶことも可能だろう。狭い場所ではせいぜいが並べて2人といった所か。
「モニターに注目! 骨董店から村までは歩いて20分ほど。その間、皆が並んで戦えるほど河原が大きく開けているのは村の傍に2カ所だけ。それ以外は2人から5人並ぶのが精一杯だよ」
もっとも、横に並んで戦えないのは相手も同じ。大柄な鎧武者では、開けた場所でもなければ並ぶことは出来ないだろう。
「刀を持った武者は近距離単体や近距離列攻撃を、槍を持った武者は遠距離単体攻撃や近距離単体貫通攻撃を得意としているよっ。刀武者はランク2だね。それから、武器芋虫は近距離列貫通攻撃と、地面を掘り進む能力を持っているよ」
武器芋虫のランクは1で、武者2人よりは戦力は低い。しかし油断は禁物だ。
[出血]効果を持った通常攻撃の他に、力を溜めて放つ[必殺]の追加効果を持った攻撃を放つこともあるようだ。また、武器芋虫の攻撃には[ノックバック]効果も付いている。
「正面から挑むお、遠距離から戦うも自由だよ。あまり時間はかけられないけど、十分に気をつけてほしいのね。これ以上犠牲者を出すのは嫌だけど、皆が怪我するのも嫌だもんねっ」
それから、と万里は顎に人差指をあてて首を傾げる。
「川辺を進軍している割に、どういうわけか川から離れて歩いているように見えるね。ううん? 今教えられるのはこんな感じかな?」
それじゃあ行ってらっしゃい。
そう言って、万里は指令室に集まった一同の目を順に見つめ、元気よくそう告げた。
刀、槍、薙刀に鎧兜。
古くは戦場に。武器として、人を殺害する為に作られ、事実そういう風に使用された物。得てして、そういうものにこそ人は心惹かれるものである。
とある田舎。小さな骨董店の店主(浜辺 直)もそういった嗜好の持ち主であった。30歳の時に骨董店を開き、以来60年に渡って刀や鎧の収集を続けてきた。
そんな彼が、ある日の夜、自宅で遺体として発見された。
死体の発見者は、刀を売り来た中年の男だった。店の中で、骨董品に埋もれるようにして事切れている直を見つけ、男はすぐさま警察を呼んだ。
参考人として、不運な客人は警察署へと連行されることになる。
この時、男を署へと連行した警察官は気付かなかった。
直の骨董店からは、刀や鎧の一切が紛失していたことに。
男が署に連行されて暫く、現場検証の為に骨董店に残った警察官は奇妙な物音を耳にした。ガチャンガチャン、と金属の擦れる音だ。
彼らには馴染みのない音だが、その音は鎧兜を着込んだ武者の歩く音である。
骨董店から少し離れた川の縁。橋の下の暗がりに、それは居た。
刀と槍と、それから鎧。無数のそれらが集まって出来た、大柄な武者である。
刀を手にした武者が1人。槍を手にした武者が1人。それから刀と槍で出来た、芋虫のような怪物が1体。
川の流れに沿うように、彼らは歩く。向かう先には村がある。村に辿り着くまでにかかる時間は、およそ20分といった所だろうか。
月にかかった厚い雲が、辺りを暗い闇へと落とす。
●古兵の進軍
バン! と大きな音を鳴らして久方 万里(nCL2000005)が指令室へと跳び込んできた。
直の凄惨な死体を直視してしまったせいだろうか、顔色が悪い。
「うぅー……。今回はぁ、既に死人が出ちゃってるよ。現場は田舎町の外れで、時間は夜。月夜だけど、20分くらいは雲が厚くて周囲は真っ暗。姿が見えないほどじゃないけど、街灯もなにもないから戦い難いかも」
更に、河原であるために足場も悪い。
その上、F.i.V.E.という組織の性質上、人目を避ける必要があるので、さほど時間もかけられない。
広い場所を選べば、全員が横に並ぶことも可能だろう。狭い場所ではせいぜいが並べて2人といった所か。
「モニターに注目! 骨董店から村までは歩いて20分ほど。その間、皆が並んで戦えるほど河原が大きく開けているのは村の傍に2カ所だけ。それ以外は2人から5人並ぶのが精一杯だよ」
もっとも、横に並んで戦えないのは相手も同じ。大柄な鎧武者では、開けた場所でもなければ並ぶことは出来ないだろう。
「刀を持った武者は近距離単体や近距離列攻撃を、槍を持った武者は遠距離単体攻撃や近距離単体貫通攻撃を得意としているよっ。刀武者はランク2だね。それから、武器芋虫は近距離列貫通攻撃と、地面を掘り進む能力を持っているよ」
武器芋虫のランクは1で、武者2人よりは戦力は低い。しかし油断は禁物だ。
[出血]効果を持った通常攻撃の他に、力を溜めて放つ[必殺]の追加効果を持った攻撃を放つこともあるようだ。また、武器芋虫の攻撃には[ノックバック]効果も付いている。
「正面から挑むお、遠距離から戦うも自由だよ。あまり時間はかけられないけど、十分に気をつけてほしいのね。これ以上犠牲者を出すのは嫌だけど、皆が怪我するのも嫌だもんねっ」
それから、と万里は顎に人差指をあてて首を傾げる。
「川辺を進軍している割に、どういうわけか川から離れて歩いているように見えるね。ううん? 今教えられるのはこんな感じかな?」
それじゃあ行ってらっしゃい。
そう言って、万里は指令室に集まった一同の目を順に見つめ、元気よくそう告げた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ターゲットの撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回は、かつて戦場で活躍した武器や武具の物質系・妖が相手です。
遠距離からの攻撃手段を持っている者は少ないですが、打たれ強い相手になります。
地形や、視界に注意してください。
それでは、以下詳細。
・場所
河原。村までおよそ20分。河原は道幅が狭く、ほとんどの箇所は2~5人並ぶだけで精一杯。
村の近くまで進軍を許せば、開けた空間での戦闘が可能になる。
また現在は雲がかかっているせいで月が隠れているが、20分ほどで雲が晴れて月明りの下での戦闘が可能になる。
足場は余り良くはない。また、川に落ちてしまうと戦線に復帰するのに時間がかかる上、陸上の武者からの攻撃にも対処し辛くなるだろう。
・ターゲット
物質系・妖(刀武者)ランク2
鎧の上に無数の刀を纏った鎧武者。身長3メートル近くの巨体であり、常人では扱えない大太刀を軽々と振るう。その身は頑丈であるが、動きはさほど早くはない。
(斬撃・一閃)→近距離単体[出血]
目にも止まらない鋭い一閃。
(斬撃・弐式)→近距離列攻撃[出血][必殺]
力を溜めて放つ、渾身の横一閃。
物質系・妖(槍武者)ランク1
鎧の背に無数の槍を背負った鎧武者。身長は2メートル半ほど。さほどその場を動かずに遠距離からターゲットを刺突する。頑丈な身体を持つが、上方からの攻撃に弱い。
(刺突・星)→遠距離単体[出血]
正確無比な突き攻撃。
(刺突・月)→遠距離単体貫通[出血][必殺]
力を溜めて走りながら放つ、斜め上方からの刺突。
物質系・妖(武器芋虫)ランク1
武器が集まって出来た巨大な芋虫。武者との連携は得意ではないようだ。
破損した武者の武器を補充する役割を担う。
(武器雪崩)→近距離列貫通[ノックB]
地面から、或いは跳びあがって上方からターゲットへ突撃する攻撃。
※川辺を進軍中であるが、川には近寄らないように移動している節がある。
(2015.8.27)槍武者の攻撃について攻撃の距離表示が抜けておりましたので修正が行われました。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月07日
2015年09月07日
■メイン参加者 8人■

●行軍
ガチャリガチャリと、鎧を鳴らし、刃物を鳴らして、川辺を歩む影は3つ。刃物で出来た鎧を纏う偉丈夫と、その後ろをのたくたと這いずる武具の芋虫。
川の流れに逆らわず、真っすぐ川下へと進軍を続ける彼らは、とある骨董店に陳列されていた大昔の合戦で使われた武具の妖である。
たった今、骨董店の主を惨殺し、さらなる犠牲者を求め人の気配のする方へと進んでいるのだ。
空には厚い雲。月明りはなく、足場も悪い。
けれど、彼らの足取りはしっかりとしていた。総重量は100を悠に超えるだろう重さ故か、それとも大昔の合戦の記憶が、足場の悪さなど物ともさせないのか。
それゆえに、脅威。
現代の世を生きる人間に、戦場を駆け抜けた彼らの相手は務まらない。
彼らを止めることができるのは、ごく一部の限られた者たちだけ。
「村に到達させないぜ。悪いが、ここで仕留めさせてもらう」
名乗りと共に、河原の斜面を滑りおり大上段から大剣を叩きつけた葦原 赤貴(CL2001019)。彼に続き、続々とF.i.V.E.の面々が河原へ姿を現した。
妖に対抗できるごく一部の限られた存在。それが、彼らF.i.V.E.の面々だ。
●真夜中の合戦
突然の襲撃に、一瞬身動きの止まった武者達であるが、そこは流石武人というべきか、それぞれの武器を構え即座に迎撃の体勢をとる。
その一瞬の隙を突き、F.i.V.E.のメンバーは河原に展開。即座に陣形を整えた。仲間達を守るため、先行した赤貴は剣を持ち上げ、防御を固める。
「すでに死んでしまった人は助けられませんが、これ以上被害を出さないため、頑張ればいいのですね」
拳に炎を纏わせた天ヶ崎 ルーシャ(CL2001113)の視線は、真っすぐ武器で構成された巨大な芋虫へと向けられていた。武器を構え、臨戦体勢をとっている武者と違い、芋虫は敵の登場など意にも介さず、もぞもぞとその身をくねらせている。
武者2体の構えに隙はない。しばしの沈黙。
それを破ったのは1発の銃声だ。
芋虫を狙った『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)の射撃に対し、武者は微動だにしなかった。ガキンッ、と金属の爆ぜる音。芋虫の身体から、短刀が数本零れ落ちた。
「武器だらけの武者なんて、すっごい強そう! だけどぼく頑張るよ!」
連続射撃を意にも介さず、芋虫はのたりくたりと武者の背後を這いずっていた。自身が狙われた故ではないからか、或いは芋虫の頑丈さに信頼をおいているのか、一切芋虫を庇おうとはしなかった。
「武器武具で出来た妖かいな。修行相手には持って来いかもな~。とはいえ村人の命もかかってるからのんびり修行気分でおる訳にもいかん。きばっていくで!」
下段に刀を構え、滑るような動きで『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は芋虫へと接近。
だが、その瞬間、つい今しがたまで身じろぎ一つしなかった槍武者が鋭い突きを、凛へと放った。
凛と武者の間に割って入った緒形 逝(CL2000156)が咄嗟に槍を受け止める。黒いヘルメットに、黒いスーツ、その両腕は飛行機の翼にも似た風変りな男だが、槍を受け止め、そのまま脇で締めあげる技術を見るに、身体能力はかなり高いようだ。
するり、と腕を槍に回しそれを絡め取ろうとするが、槍はピクリとも動かない。
「おっと! いい槍だね。や、骨董業者として放っとくとマズそうなんで回収に来たわ」
『…………………』
武器で構成された鎧武者は無言のまま、槍を持つ手を上へと上げる。逝の身体がほんの一瞬地面から浮いた。体勢が崩れれば、槍を押さえる力が弱まるのも当然。逝の腕を切り裂きながら、槍武者は槍を引き抜いた。
槍武者は、逝の腕から引き抜いた槍をそのまま再度、凛へと突き出す。
「不意打ちでないなら……っ!」
槍の攻撃は、言わば点の攻撃だ。それを見切り、辛うじてとはいえ凛は刀で払いのけた。
「戦う事はあんまり好きじゃないけど、誰かが傷つくのはもっと嫌だ……。だから今の俺が出来ることをする!」
風を切り『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の放った苦無が、槍武者の腕に突き刺さった。苦無の後を追うように現れた、小さな雨雲から雷が迸る。刀武者、槍武者の身体を落雷が撃ち抜いた。
閃光が視界を真白に塗りつぶす。
雨雲が消え、周囲の水分が蒸気となって蒸発する中、体の雷を纏わせた刀武者が姿勢を低くし駆けていた。咄嗟に後衛の仲間を庇おうと、赤貴とルーシャが跳び出すが、刀武者の背後から放たれた槍の一撃によってそれを阻まれる。
きせきの銃弾も、分厚い武具の鎧を撃ち抜き動きを止めるには至らない。
「元々本当に使われてた鎧兜に槍刀かぁ。名乗りをあげていざ尋常に勝負!といきたいけれど、今はただの辻斬素浪人っぽいね。ならばひとつ、ここらでお縄といきましょー」
刀武者の進路に跳び出して来たのは九段 笹雪(CL2000517)だ。簪片手に桂木・日那乃(CL2000941)を庇うように、刀の前へと身を投げだす。
同時に、彼女の隣に人形代で作られた人型が姿を現した。壁の代わりなのだろが、鎧武者は意にも介さず野太刀を大上段に振り上げ、笹雪へと体当たりを慣行。
「……く、重っ!?」
鎧の総重量はどれだけのものか。刀を振り下ろすと同時に踏み込んだ武者の足元では、深く地面が陥没していた。
「昔の、刀とか槍とか鎧兜が妖……? ……犠牲者が出るなら消す、けど……」
このままでは、自分が第2の犠牲者になりかねない。日那乃が慌てて後退するが、間に合わない。本来は近接武器である刀だが、刃渡り150に近い野太刀に関してはその範囲外から、鋭い切れ味の斬撃を繰りだせる。
「このっ……。人型代!」
笹雪の指示で、日那乃の前に割り込む人型。真っ二つに切り裂かれながらも、日那乃を突き飛ばし刀の範囲内から逃がそうとする。
人型が、元の紙切れと化して地面に落ちた。
「う、っく……」
日那乃の肩から、胸にかけてが切り裂かれ、真っ赤な鮮血が飛沫をあげる。
鎧武者の斬撃が、日那乃の身体を切り裂いたのだ。
致命傷ではないが、出血が多い。治療をするにも、眼前には武者。そんな余裕もなく、日那乃はじりじりと後退するのみ。
その時だ。
「光源はこれで十分でしょうか?」
「問題ない。しかし、妖の活動時間上、夜の仕事は今後も多そうだ。早目に対応能力が欲しいところだな」
槍武者の牽制を振り切って、後衛へと下がったルーシャが刀武者の頭上へ跳び上がる。連れていた守護使役(ジェイラス)の【ともしび】が発動し、炎にも似た灯を灯す。
灯に視線を奪われた刀武者の背後へ赤貴が迫った。大剣を下段から上段へと振り上げることで刀武者へ斬撃を浴びせかける。
日那乃にトドメを刺そうと、刀を振り上げていたのが仇となった。反応が遅れた刀武者の脇腹へ赤貴の刃が喰い込む。
落下してくるルーシャも、手刀を振りかざし刀武者の首を狙っている。
赤貴の刃が、刀武者の鎧を半ばほどまで切り裂いたその直後。
地響きと共に、地面の下から巨大な影が跳び出して来た。
土砂と刀剣の混じり合った真黒い塊は、いつの間にか姿を消していた武器芋虫だ。濁流の如き突撃が、刀武者ごと、日那乃、ルーシャ、赤貴を飲み込む。
「いつの間にっ……。武器オバケども、覚悟しろー!!」
きせきの援護射撃が、土砂の中に居た芋虫の頭部へ命中。刃で構成された口腔でルーシャを狙っていた芋虫は、集中を乱され地面に倒れた。
土砂の中から真っ先に姿を現したのは刀武者だ。身体のあちこちからへし折れた刀や短刀が零れ落ちる。地面に倒れ、もだえる芋虫の身体から無傷の刀剣を数本引き抜くと、赤貴に切られた胴体へと取りつける。足取りが多少ふらついている所を見るに、ダメージが回復したわけではないのだろうが、体の欠損による戦力低下は免れたようだ。
「回復……しない、と」
土砂に埋もれ、身動きが取れないながらも日那乃は腕を伸ばす。淡い光と、水の滴が周囲を舞った。癒しの滴による治癒は、土砂に埋もれた赤貴へ。
「しかし全く、鎧兜の偉丈夫が無手の人間を襲っただなんて武者の名が泣くね」
笹雪は、全速力で日那乃の元へと駆け寄ると彼女の身体を土砂の中から引き摺りだした。下半身の怪我が酷い。まともに動けるようになるには時間がかかるだろうが、日那乃は自身の治療よりも赤貴とルーシャの回復を優先することにしたようだ。途切れそうになる意識を、唇を噛みしめることで繋ぎとめ、治癒を続ける。
「そこから先には絶対に行かせないよ!」
「みんなのサポートはぼくにまかせろー!!」
奏空の苦無と、きせきの銃弾が芋虫の全身を射抜く。
再び地面の中へと潜り込もうとした芋虫の頭部を赤貴の大剣が貫いた。
その場に縫い止められた芋虫の元へと、体ごと跳び込む影が1つ。身体の横に刀を構えた凛である。
「剣士の家系を舐めるんやないで!」
地面を蹴って、一気に加速。勢いもそのままに、鋭い一閃を芋虫の頭部へと叩きこむ。
凛の攻撃は止まらない。返す刀でもう1撃。
突進の勢いと、連続して放つ2連斬撃。いくら巨体の芋虫でも、その勢いを受け切ることはできなかったようで、その身は大きく傾いた。背後には川。凛の狙いは、そこにある。
芋虫と共に、凛の身体は川へと落下した。暴れ続ける芋虫だが、明らかに動きが鈍い。水の中では、その重量故か動作に制限がかかるようだ。凛は即座に芋虫の頭部に刀を突き刺し、その命を奪う。元の武器へと戻った芋虫の身体が崩れ、川へと沈んで行く。
「くっ……。重っ……」
最後の悪あがきといった所か。凛の脇腹には、短刀が2本突き刺さっていた。川底へと沈む武器に足をとられた上に、手傷を負っては自力で川から這いあがるのは至難だろう。
凛の助けに向かおうとする笹雪の足が止まる。頬から流れる一筋の冷や汗は、眼前に構えた刀武者の殺気を浴びた故だ。
「……いや流石、殺気だけは本物だね」
不用意に動いては、即座に切り捨てられる。直前にまで迫った命の危機に、笹雪は自由に動けない。彼女の背後には、身動きの取れない日那乃もいるのだ。
そんな彼女を援護するように、赤貴が前へ。未だ、日那乃による治療は続いているはずだが戦線に復帰できる程度には回復したようだ。
赤貴の援護を得て、笹雪は凛の救助へ向かう。
「おっと、おっさんは前衛よ。防御も固めたし、槍の動きもそろそろ見慣れた」
槍武者の進路を塞ぐ逝と、その背後に控えるきせきと奏空。槍による攻撃に合わせ、援護射撃の弾丸と苦無。槍武者の視界を弾幕で防ぎ、その隙を突いて逝の腕が槍へと絡んだ。小手返し。相手の力を利用した合気の技だ。槍を受け止めるのではなく、引き寄せることで槍武者の体勢を崩して見せる。
その隙を突き、鎧の隙間へ弾丸と苦無が突き刺さる。
遠距離からの攻撃を得意とする槍武者ではあるが、さらに遠方、銃弾や苦無を裁くことには不慣れのようだ。道幅も広くない川辺では、槍を旋回させて捌くことも難しい。
槍武者は、弾丸と苦無をその身に浴びながら数歩後退。巨体を活かし、槍を頭の頭上へと持ち上げる。身体は前傾へ傾け、突撃の構え。多少のダメージなど、頑丈な身体には致命傷を与えられないと踏んでの構え。膠着状態を続けるよりも、一気に敵陣へと攻め込むことに決めたようだ。
放たれる殺気をその身に浴びて、逝もまた覚悟を決める。
槍武者と逝たちの膠着は長くは続かないだろう。
暫くすれば、槍武者がこちらへと到着する。そう判断したのか、刀武者は刀を身体の横へ。力を溜めつつ、じりじりと赤貴へ近づいていく。
赤貴の大剣と、刀武者の野太刀。間合いはほぼ同じだろう。
既に互いが間合いの内にある。
加えて、赤貴の背後には手負いの日那乃。
緊張の糸が、音を立てて切れた。互いに1歩踏み込んで、気合い一閃。
互いの剣が交差する、その刹那……。
「赤貴、伏せて……っ! この一撃で斬り伏せます」
そこへ割り込んだのは、ルーシャであった。咄嗟に身を伏せた赤貴の頭上を刀が横切る。まともに受けていては、大剣は切断され、赤貴自身も無事では済まなかっただろう。咄嗟の判断で、赤貴と日那乃の間に跳び込んだルーシャが、野太刀の一閃をその身に浴びつつ、鋭い手刀を刀武者へと跳びかかる。
鮮血を撒き散らし、ルーシャが跳んだ。
手刀の一撃が、刀武者の首へと届く、その直前。
刀の一閃から一拍遅れた、真空の刃がルーシャの腹部を切り裂いた。
渦を巻く衝撃が、土砂を巻き上げ日那乃の身体を地面へと叩きつける。意識を失った日那乃を狙い、刀武者が駆け出した。そんな刀武者の足を掴むルーシャ。地面を赤く染め上げる鮮血を見れば、重傷を負っているのは、誰の目にも明白だった。
「う、あぁ!?」
ルーシャの身体を日那乃の方へと蹴り飛ばし、体勢を立て直す刀武者の眼前に赤貴が迫る。川からは、凛と笹雪も這いあがって来た所だ。戦況は不利だと見極め、刀武者はじりじりと後退していく。
それと入れ替わるように、槍武者が前へと駆け出した。
●決戦、決着
雲が晴れる。河原に降り注ぐ月光が、槍の穂先を鈍く光らせた。
重たい鎧を身に纏っているとは思えないほどの速度で突進してくる槍武者には銃弾や苦無は届かない。
「うお……っと!!」
槍を受け止めようとした逝の脇腹に、深く槍が突き刺さっている。突進の勢いを殺しきれず、背後に居たきせき、奏空も巻き込んで陣営深くまで攻め込まれた。
途中、槍武者と交代するように刀武者が後ろへと下がった。再び、力を溜め始める。
「必殺技、使いそうだよっ!」
「これ以上、犠牲者を出さないために……今の俺が出来ることをする!」
鎧武者に弾き飛ばされながら、きせきと奏空が動く。銃声が1つ。槍武者の首へ、鎧と鎧の僅かな隙間に弾丸と苦無が叩きこまれた。
ガクン、と力を失った槍武者の身体から武具が零れる。
「おっさん! 今だ!」
「おぉ!? おっさん、これでも手負いなのよ?」
脇腹に突き刺さった槍を引き抜き、逝が腰を落とす。逝の背に赤貴が跳び乗った瞬間、膝を伸ばして赤貴の身体を斜め上空へと弾き飛ばした。
空中で姿勢を制御し、赤貴は大剣を大上段へと振り上げる。
「これ以上は、防御を考えても仕方ないっ!」
野太刀の一撃は、そう何度も受け切れるものではない。
放たれる前に、決める。怒号と共に、大上段から振り下ろされる大剣の一撃が、刀武者の眉間に叩きこまれた。
地響き。粉塵。
月明りの中、地面に崩れたのは刀武者だった。
「はぁ……剣や槍や鎧……良いですよね。わたくしもコレクション……いえ、集めて実際に使ってみたいです」
「これ鑑定にだしたら幾らぐらいするんやろか?」
「鎧は一つでも欠けると価値が下がる事が多い。キチンと揃えておかんとな。刀と槍はおっさんの所で引き取ろうかね、鎧は……如何しよう。専門外なんだけど」
河原に散らばった武具を拾い集めつつ、ルーシャ、凛、逝が言葉を交わす。
ほとんどは、歴史的価値のない刀剣類のようだが、中には結構な値打ちものも混じっていた。特に、武者達が武器として使っていた野太刀と槍はかなりの技物のようである。
気絶した日那乃を膝に乗せ、笹唯はゆっくり夜空を見上げた。
「最後に一花、咲かせて逝けたかしら」
ポツリ、と。
現代に蘇った武者達への手向けの言葉。
小さな囁きは、夜空に吸い込まれ、静かに消えた。
ガチャリガチャリと、鎧を鳴らし、刃物を鳴らして、川辺を歩む影は3つ。刃物で出来た鎧を纏う偉丈夫と、その後ろをのたくたと這いずる武具の芋虫。
川の流れに逆らわず、真っすぐ川下へと進軍を続ける彼らは、とある骨董店に陳列されていた大昔の合戦で使われた武具の妖である。
たった今、骨董店の主を惨殺し、さらなる犠牲者を求め人の気配のする方へと進んでいるのだ。
空には厚い雲。月明りはなく、足場も悪い。
けれど、彼らの足取りはしっかりとしていた。総重量は100を悠に超えるだろう重さ故か、それとも大昔の合戦の記憶が、足場の悪さなど物ともさせないのか。
それゆえに、脅威。
現代の世を生きる人間に、戦場を駆け抜けた彼らの相手は務まらない。
彼らを止めることができるのは、ごく一部の限られた者たちだけ。
「村に到達させないぜ。悪いが、ここで仕留めさせてもらう」
名乗りと共に、河原の斜面を滑りおり大上段から大剣を叩きつけた葦原 赤貴(CL2001019)。彼に続き、続々とF.i.V.E.の面々が河原へ姿を現した。
妖に対抗できるごく一部の限られた存在。それが、彼らF.i.V.E.の面々だ。
●真夜中の合戦
突然の襲撃に、一瞬身動きの止まった武者達であるが、そこは流石武人というべきか、それぞれの武器を構え即座に迎撃の体勢をとる。
その一瞬の隙を突き、F.i.V.E.のメンバーは河原に展開。即座に陣形を整えた。仲間達を守るため、先行した赤貴は剣を持ち上げ、防御を固める。
「すでに死んでしまった人は助けられませんが、これ以上被害を出さないため、頑張ればいいのですね」
拳に炎を纏わせた天ヶ崎 ルーシャ(CL2001113)の視線は、真っすぐ武器で構成された巨大な芋虫へと向けられていた。武器を構え、臨戦体勢をとっている武者と違い、芋虫は敵の登場など意にも介さず、もぞもぞとその身をくねらせている。
武者2体の構えに隙はない。しばしの沈黙。
それを破ったのは1発の銃声だ。
芋虫を狙った『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)の射撃に対し、武者は微動だにしなかった。ガキンッ、と金属の爆ぜる音。芋虫の身体から、短刀が数本零れ落ちた。
「武器だらけの武者なんて、すっごい強そう! だけどぼく頑張るよ!」
連続射撃を意にも介さず、芋虫はのたりくたりと武者の背後を這いずっていた。自身が狙われた故ではないからか、或いは芋虫の頑丈さに信頼をおいているのか、一切芋虫を庇おうとはしなかった。
「武器武具で出来た妖かいな。修行相手には持って来いかもな~。とはいえ村人の命もかかってるからのんびり修行気分でおる訳にもいかん。きばっていくで!」
下段に刀を構え、滑るような動きで『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は芋虫へと接近。
だが、その瞬間、つい今しがたまで身じろぎ一つしなかった槍武者が鋭い突きを、凛へと放った。
凛と武者の間に割って入った緒形 逝(CL2000156)が咄嗟に槍を受け止める。黒いヘルメットに、黒いスーツ、その両腕は飛行機の翼にも似た風変りな男だが、槍を受け止め、そのまま脇で締めあげる技術を見るに、身体能力はかなり高いようだ。
するり、と腕を槍に回しそれを絡め取ろうとするが、槍はピクリとも動かない。
「おっと! いい槍だね。や、骨董業者として放っとくとマズそうなんで回収に来たわ」
『…………………』
武器で構成された鎧武者は無言のまま、槍を持つ手を上へと上げる。逝の身体がほんの一瞬地面から浮いた。体勢が崩れれば、槍を押さえる力が弱まるのも当然。逝の腕を切り裂きながら、槍武者は槍を引き抜いた。
槍武者は、逝の腕から引き抜いた槍をそのまま再度、凛へと突き出す。
「不意打ちでないなら……っ!」
槍の攻撃は、言わば点の攻撃だ。それを見切り、辛うじてとはいえ凛は刀で払いのけた。
「戦う事はあんまり好きじゃないけど、誰かが傷つくのはもっと嫌だ……。だから今の俺が出来ることをする!」
風を切り『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の放った苦無が、槍武者の腕に突き刺さった。苦無の後を追うように現れた、小さな雨雲から雷が迸る。刀武者、槍武者の身体を落雷が撃ち抜いた。
閃光が視界を真白に塗りつぶす。
雨雲が消え、周囲の水分が蒸気となって蒸発する中、体の雷を纏わせた刀武者が姿勢を低くし駆けていた。咄嗟に後衛の仲間を庇おうと、赤貴とルーシャが跳び出すが、刀武者の背後から放たれた槍の一撃によってそれを阻まれる。
きせきの銃弾も、分厚い武具の鎧を撃ち抜き動きを止めるには至らない。
「元々本当に使われてた鎧兜に槍刀かぁ。名乗りをあげていざ尋常に勝負!といきたいけれど、今はただの辻斬素浪人っぽいね。ならばひとつ、ここらでお縄といきましょー」
刀武者の進路に跳び出して来たのは九段 笹雪(CL2000517)だ。簪片手に桂木・日那乃(CL2000941)を庇うように、刀の前へと身を投げだす。
同時に、彼女の隣に人形代で作られた人型が姿を現した。壁の代わりなのだろが、鎧武者は意にも介さず野太刀を大上段に振り上げ、笹雪へと体当たりを慣行。
「……く、重っ!?」
鎧の総重量はどれだけのものか。刀を振り下ろすと同時に踏み込んだ武者の足元では、深く地面が陥没していた。
「昔の、刀とか槍とか鎧兜が妖……? ……犠牲者が出るなら消す、けど……」
このままでは、自分が第2の犠牲者になりかねない。日那乃が慌てて後退するが、間に合わない。本来は近接武器である刀だが、刃渡り150に近い野太刀に関してはその範囲外から、鋭い切れ味の斬撃を繰りだせる。
「このっ……。人型代!」
笹雪の指示で、日那乃の前に割り込む人型。真っ二つに切り裂かれながらも、日那乃を突き飛ばし刀の範囲内から逃がそうとする。
人型が、元の紙切れと化して地面に落ちた。
「う、っく……」
日那乃の肩から、胸にかけてが切り裂かれ、真っ赤な鮮血が飛沫をあげる。
鎧武者の斬撃が、日那乃の身体を切り裂いたのだ。
致命傷ではないが、出血が多い。治療をするにも、眼前には武者。そんな余裕もなく、日那乃はじりじりと後退するのみ。
その時だ。
「光源はこれで十分でしょうか?」
「問題ない。しかし、妖の活動時間上、夜の仕事は今後も多そうだ。早目に対応能力が欲しいところだな」
槍武者の牽制を振り切って、後衛へと下がったルーシャが刀武者の頭上へ跳び上がる。連れていた守護使役(ジェイラス)の【ともしび】が発動し、炎にも似た灯を灯す。
灯に視線を奪われた刀武者の背後へ赤貴が迫った。大剣を下段から上段へと振り上げることで刀武者へ斬撃を浴びせかける。
日那乃にトドメを刺そうと、刀を振り上げていたのが仇となった。反応が遅れた刀武者の脇腹へ赤貴の刃が喰い込む。
落下してくるルーシャも、手刀を振りかざし刀武者の首を狙っている。
赤貴の刃が、刀武者の鎧を半ばほどまで切り裂いたその直後。
地響きと共に、地面の下から巨大な影が跳び出して来た。
土砂と刀剣の混じり合った真黒い塊は、いつの間にか姿を消していた武器芋虫だ。濁流の如き突撃が、刀武者ごと、日那乃、ルーシャ、赤貴を飲み込む。
「いつの間にっ……。武器オバケども、覚悟しろー!!」
きせきの援護射撃が、土砂の中に居た芋虫の頭部へ命中。刃で構成された口腔でルーシャを狙っていた芋虫は、集中を乱され地面に倒れた。
土砂の中から真っ先に姿を現したのは刀武者だ。身体のあちこちからへし折れた刀や短刀が零れ落ちる。地面に倒れ、もだえる芋虫の身体から無傷の刀剣を数本引き抜くと、赤貴に切られた胴体へと取りつける。足取りが多少ふらついている所を見るに、ダメージが回復したわけではないのだろうが、体の欠損による戦力低下は免れたようだ。
「回復……しない、と」
土砂に埋もれ、身動きが取れないながらも日那乃は腕を伸ばす。淡い光と、水の滴が周囲を舞った。癒しの滴による治癒は、土砂に埋もれた赤貴へ。
「しかし全く、鎧兜の偉丈夫が無手の人間を襲っただなんて武者の名が泣くね」
笹雪は、全速力で日那乃の元へと駆け寄ると彼女の身体を土砂の中から引き摺りだした。下半身の怪我が酷い。まともに動けるようになるには時間がかかるだろうが、日那乃は自身の治療よりも赤貴とルーシャの回復を優先することにしたようだ。途切れそうになる意識を、唇を噛みしめることで繋ぎとめ、治癒を続ける。
「そこから先には絶対に行かせないよ!」
「みんなのサポートはぼくにまかせろー!!」
奏空の苦無と、きせきの銃弾が芋虫の全身を射抜く。
再び地面の中へと潜り込もうとした芋虫の頭部を赤貴の大剣が貫いた。
その場に縫い止められた芋虫の元へと、体ごと跳び込む影が1つ。身体の横に刀を構えた凛である。
「剣士の家系を舐めるんやないで!」
地面を蹴って、一気に加速。勢いもそのままに、鋭い一閃を芋虫の頭部へと叩きこむ。
凛の攻撃は止まらない。返す刀でもう1撃。
突進の勢いと、連続して放つ2連斬撃。いくら巨体の芋虫でも、その勢いを受け切ることはできなかったようで、その身は大きく傾いた。背後には川。凛の狙いは、そこにある。
芋虫と共に、凛の身体は川へと落下した。暴れ続ける芋虫だが、明らかに動きが鈍い。水の中では、その重量故か動作に制限がかかるようだ。凛は即座に芋虫の頭部に刀を突き刺し、その命を奪う。元の武器へと戻った芋虫の身体が崩れ、川へと沈んで行く。
「くっ……。重っ……」
最後の悪あがきといった所か。凛の脇腹には、短刀が2本突き刺さっていた。川底へと沈む武器に足をとられた上に、手傷を負っては自力で川から這いあがるのは至難だろう。
凛の助けに向かおうとする笹雪の足が止まる。頬から流れる一筋の冷や汗は、眼前に構えた刀武者の殺気を浴びた故だ。
「……いや流石、殺気だけは本物だね」
不用意に動いては、即座に切り捨てられる。直前にまで迫った命の危機に、笹雪は自由に動けない。彼女の背後には、身動きの取れない日那乃もいるのだ。
そんな彼女を援護するように、赤貴が前へ。未だ、日那乃による治療は続いているはずだが戦線に復帰できる程度には回復したようだ。
赤貴の援護を得て、笹雪は凛の救助へ向かう。
「おっと、おっさんは前衛よ。防御も固めたし、槍の動きもそろそろ見慣れた」
槍武者の進路を塞ぐ逝と、その背後に控えるきせきと奏空。槍による攻撃に合わせ、援護射撃の弾丸と苦無。槍武者の視界を弾幕で防ぎ、その隙を突いて逝の腕が槍へと絡んだ。小手返し。相手の力を利用した合気の技だ。槍を受け止めるのではなく、引き寄せることで槍武者の体勢を崩して見せる。
その隙を突き、鎧の隙間へ弾丸と苦無が突き刺さる。
遠距離からの攻撃を得意とする槍武者ではあるが、さらに遠方、銃弾や苦無を裁くことには不慣れのようだ。道幅も広くない川辺では、槍を旋回させて捌くことも難しい。
槍武者は、弾丸と苦無をその身に浴びながら数歩後退。巨体を活かし、槍を頭の頭上へと持ち上げる。身体は前傾へ傾け、突撃の構え。多少のダメージなど、頑丈な身体には致命傷を与えられないと踏んでの構え。膠着状態を続けるよりも、一気に敵陣へと攻め込むことに決めたようだ。
放たれる殺気をその身に浴びて、逝もまた覚悟を決める。
槍武者と逝たちの膠着は長くは続かないだろう。
暫くすれば、槍武者がこちらへと到着する。そう判断したのか、刀武者は刀を身体の横へ。力を溜めつつ、じりじりと赤貴へ近づいていく。
赤貴の大剣と、刀武者の野太刀。間合いはほぼ同じだろう。
既に互いが間合いの内にある。
加えて、赤貴の背後には手負いの日那乃。
緊張の糸が、音を立てて切れた。互いに1歩踏み込んで、気合い一閃。
互いの剣が交差する、その刹那……。
「赤貴、伏せて……っ! この一撃で斬り伏せます」
そこへ割り込んだのは、ルーシャであった。咄嗟に身を伏せた赤貴の頭上を刀が横切る。まともに受けていては、大剣は切断され、赤貴自身も無事では済まなかっただろう。咄嗟の判断で、赤貴と日那乃の間に跳び込んだルーシャが、野太刀の一閃をその身に浴びつつ、鋭い手刀を刀武者へと跳びかかる。
鮮血を撒き散らし、ルーシャが跳んだ。
手刀の一撃が、刀武者の首へと届く、その直前。
刀の一閃から一拍遅れた、真空の刃がルーシャの腹部を切り裂いた。
渦を巻く衝撃が、土砂を巻き上げ日那乃の身体を地面へと叩きつける。意識を失った日那乃を狙い、刀武者が駆け出した。そんな刀武者の足を掴むルーシャ。地面を赤く染め上げる鮮血を見れば、重傷を負っているのは、誰の目にも明白だった。
「う、あぁ!?」
ルーシャの身体を日那乃の方へと蹴り飛ばし、体勢を立て直す刀武者の眼前に赤貴が迫る。川からは、凛と笹雪も這いあがって来た所だ。戦況は不利だと見極め、刀武者はじりじりと後退していく。
それと入れ替わるように、槍武者が前へと駆け出した。
●決戦、決着
雲が晴れる。河原に降り注ぐ月光が、槍の穂先を鈍く光らせた。
重たい鎧を身に纏っているとは思えないほどの速度で突進してくる槍武者には銃弾や苦無は届かない。
「うお……っと!!」
槍を受け止めようとした逝の脇腹に、深く槍が突き刺さっている。突進の勢いを殺しきれず、背後に居たきせき、奏空も巻き込んで陣営深くまで攻め込まれた。
途中、槍武者と交代するように刀武者が後ろへと下がった。再び、力を溜め始める。
「必殺技、使いそうだよっ!」
「これ以上、犠牲者を出さないために……今の俺が出来ることをする!」
鎧武者に弾き飛ばされながら、きせきと奏空が動く。銃声が1つ。槍武者の首へ、鎧と鎧の僅かな隙間に弾丸と苦無が叩きこまれた。
ガクン、と力を失った槍武者の身体から武具が零れる。
「おっさん! 今だ!」
「おぉ!? おっさん、これでも手負いなのよ?」
脇腹に突き刺さった槍を引き抜き、逝が腰を落とす。逝の背に赤貴が跳び乗った瞬間、膝を伸ばして赤貴の身体を斜め上空へと弾き飛ばした。
空中で姿勢を制御し、赤貴は大剣を大上段へと振り上げる。
「これ以上は、防御を考えても仕方ないっ!」
野太刀の一撃は、そう何度も受け切れるものではない。
放たれる前に、決める。怒号と共に、大上段から振り下ろされる大剣の一撃が、刀武者の眉間に叩きこまれた。
地響き。粉塵。
月明りの中、地面に崩れたのは刀武者だった。
「はぁ……剣や槍や鎧……良いですよね。わたくしもコレクション……いえ、集めて実際に使ってみたいです」
「これ鑑定にだしたら幾らぐらいするんやろか?」
「鎧は一つでも欠けると価値が下がる事が多い。キチンと揃えておかんとな。刀と槍はおっさんの所で引き取ろうかね、鎧は……如何しよう。専門外なんだけど」
河原に散らばった武具を拾い集めつつ、ルーシャ、凛、逝が言葉を交わす。
ほとんどは、歴史的価値のない刀剣類のようだが、中には結構な値打ちものも混じっていた。特に、武者達が武器として使っていた野太刀と槍はかなりの技物のようである。
気絶した日那乃を膝に乗せ、笹唯はゆっくり夜空を見上げた。
「最後に一花、咲かせて逝けたかしら」
ポツリ、と。
現代に蘇った武者達への手向けの言葉。
小さな囁きは、夜空に吸い込まれ、静かに消えた。
