悪魔は2度嗤う
【緋色の羊】悪魔は2度嗤う



 鏡に顔を映せば、目に付くのは左耳にはめた3つのファントムクォーツのピアス。
 1つは、元々自分がはめていた物。
 あとの2つは、彼女の――。

「……黒髪、また見えてきたね」

 鏡に映る自分の髪を見れば、彼女の声が蘇る。
 本来の黒髪を金に染めている自分に、髪が伸び黒が見えてくる度、大月盞花はそう言った。

「不良司祭」
「何とでも。それに、こうすれば分け目は見えません」

 彼女の笑い声が、耳に甦る。
 こんな――他愛も無い会話が、今ではどうしようもなく愛おしい。
「こうすれば……見えません……」
 独り呟いて、帽子を被った。
「……盞花、君はどうしたい? 私は、何でもしてあげる。君の為なら、何だって――」
 再び見た鏡の中に浮かび上がったのは、緋い瞳。
 雨の中、彼女を殺したあの――。
「…………ッ!」
 握った拳を力一杯ぶつければ、派手な音をたてて鏡が割れる。
「どうしましたッ!」
 AAAの隊員が2人、部屋の扉を開けた。
「……いえ、何でもありません。少し……眩暈を起こしてしまって。すみません、鏡を割ってしまいました」
「いいえ、それより血が」
「手当てをしましょう」
 自分を護衛してくれる隊員達と共に、破片が散った部屋を後にした。


「この間の、隔者2人による一般人殺害と、破綻者となったフェイクス司祭の前にタイミング良く現れた憤怒者組織の事件だが――」
 会議室へと集まった覚者達を見回しながら、中 恭介(nCL2000002)が言う。その隣で、ルファ・L・フェイクスが2人のAAA隊員と共に立っていた。
「手元に渡したそれは、任務にあたってくれた者達の報告から重要と思われる部分を纏めたものだ。時間のある者は、報告書にも目を通してくれればいいと思う。向かってくれた彼等の聞き取りにより幾つか判っている事がある。まずは――」

 憤怒者組織H.S.
 正式名称『Heiliges Schwert』

「彼等が言った『隔者や破綻者にしか攻撃しない』というのは、今までで判明した彼等の活動――多くは無いがそれらを確認してみても、嘘ではないらしい。表向きは、かもしれんが」
 厳しい表情のまま、恭介が資料に視線を落とす。
「代表者の名は、吉野 枢。彼には弟がいたが、6年前、覚者であった弟が両親と揉めた事から突然破綻者となり、両親と共に死亡している。この経緯については現在、より詳しくこちらで調べている。兎も角それが、破綻者や隔者へ恨みを持つ切欠になったようだ」
 両親の死後は父親の輸送機器の会社を継いで社長となっているが、彼が継いでから機械工業にも手を広げている。自ら作ったH.S.が出動する際にも、積極的に出動しており、組織の者達からの人望も厚いようだ。
「こちらから現場に出た者達と直接言葉を交わしていたのが、この吉野という事になる」
 彼等にも怪しい部分はある、と認めた上で、「しかし」と続けた。
「こちらから向かった者達の言葉により、吉野自らが私達とやり合うつもりはない事を一般人や組織の者達の前で明言している。相当な理由でもない限り、しばらくの間はそれを覆す事はないだろう。そこで今、我々が気にかけているのが現場にいた一般人達だ」

 山本公彦
 林惣太郎
 前田辰巳

「この3人は、『現場に来た時には既にH.S.が司祭を囲んでいて、大月盞花の遺体があったのは見えたが、他には何も見ていない』と証言している。そのすぐ直後にF.i.V.E.が到着したと。――だが『司祭が暴走する事を知ってた人はいるか』の質問には、1人だけ不審な反応をした者がいた」
 前田辰巳。
「動揺し瞳が揺れていた、と超直観で見ていた者が気付いている」
 何か知っているな、と呟いて。恭介は今回の作戦を話した。
「大月さんを殺害した隔者達も、彼を見張っているのではと思う。そこで君達には、F.i.V.E.の名を出し堂々と前田に接触してもらいたい。前田は何も喋ろうとしない可能性もあるが、その場合は、彼が危険な目に合う事になるかもしれない」
 その危険度は、彼がこの間の事件にどれ程深く関わっていたかに比例する。
「罪のない少女が命を落とし、それでも何も話さないのなら、彼自身その責任を負わねばならないだろう。大月さんのご家族には、葬儀後に聞き込みをする事への許可は得ている。葬儀に参列するだろう前田に、まずは話を聞いてくれ」
 但し気を付けてもらう事がある、と加え、ルファを見遣った。
 司祭はまず先日の感謝を述べてから、語り始める。
「大月さんのご両親からの要望は、前田さんを含め『もう誰も死ぬ事のないように』です。――あと、私が襲われた時、偶然かも知れませんが1人は私と同じ因子を持つ相手でありました。今回前田さんを襲う隔者がいるとすれば、もしかしたら皆さんと同じ因子を持つ相手であるかもしれません。どうぞ、お気を付け下さい。よろしくお願い致します」
 覚者達に伝え、男は深く頭を下げた。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:巳上倖愛襟
■成功条件
1.死亡者を出さぬ事。
2.前田辰巳から真実を聞き出す事。
3.なし
皆様こんにちは、巳上倖愛襟です。
こちらは『【緋色の羊】 雨の夜に現れし悪魔』に続く、シリーズシナリオの2話目となります。
宜しくお願いします。

今回は、大月盞花が殺害された事件の真相を聞き出して頂きます。
作戦としましては、多くの信徒達が集まる葬儀の後で、堂々と前田辰巳に話しかけて彼の動揺を誘います。F.i.V.E.である事を隠さずにいくのは、見張っているだろう隔者に前田へとこちらが目をつけている事を示す為でもあります。
前田は自分が関わっている事を隠そうとしていますので、この時に聞き出すのならば工夫が必要となります。

また、こちらが前田へと接触した事で大月盞花を殺害した隔者の仲間が前田に接触、襲撃してくる事が考えられますので、それにも備えて下さい。盞花を殺した林道で狙ってくると思われます。

●リプレイ
葬儀の終了間際、出棺前の献花の場面から始まります。教会の外で待っていても、参列しても構いません。
出棺後は、少しであれば盞花の家族、ルファに話しかける事も出来ます。
山本公彦、林惣太郎も参列していますので、彼等に話を聞く事も可能です。
AAAの協力は、今回はルファに付いている護衛の2人のみとなります。

●戦闘場所
時間帯は昼間。皆様が前田に話しかけている間に他の信徒達は帰って行きますので、前田が帰る時に人通りはありません。
広い林道。戦闘の邪魔になるものはありません。両側を林に囲まれています。
両側の林から、隔者達は現れます。

●敵
隔者×参加人数
参加者と同じ因子・術式の者が現れます。自身の因子・術式スキルでの攻撃のみを使用し、使えるのは壱式まで。前田を優先的に狙います。
盞花を殺した2人は、前田を襲う時には現れません。
戦闘不能になりそうな場合、無理に前田を襲う事に執着せず逃走します。

●ルファ 26歳
兵庫県の南東部郊外にある小さな教会の司祭。
前回、盞花の死のショックで破綻者となったのをF.i.V.E.の覚者達に救われ、保護されました。
火葬場で祈りを終えた後は教会に帰って来ますが、林で戦闘が行なわれていた場合は、100メートル以上離れた場所から『鷹の目』で見守ります。『超直観』も活性化しています。
終始2人のAAA隊員に護衛され、ルファに話しかけられるのは、出棺後の場面のみとなります。必要がなければ、無理に話し掛ける必要はありません。

●前田 辰巳 56歳
教会の信徒。数年前に妻を亡くし、1人暮らし。
前回の事件後、体調不良を理由に外出すらしていない状態ですが、葬儀には参列しています。
葬儀後は、急いで自宅に帰ろうとします。

●山本 公彦 42歳  林 惣太郎 50歳
教会の信徒。前回の事件で前田と共に現場を通り掛かりましたが、怪しい処はないと判断出来ています。
葬儀後に話を聞く事か出来ます。必要がなければ、無理に話を聞く必要はありません。

●大月盞花(おおつきせんか) 17歳
教会の信徒。ルファに好意を寄せていました。
前回の事件でルファと一緒にいる処を隔者2人に襲われ、命を落としました。

●大月盞花の両親と妹
妹の名は鳳花(ほうか)。15歳。
家族全員が教会の信徒。父により、盞花のピアスはルファへと渡されました。
話しかけられるのは、出棺後の場面のみとなります。
必要がなければ、無理に話し掛ける必要はありません。

●隔者 2人
前回の事件でルファと一緒にいる盞花を殺害した青年達。正体不明。
盞花にトドメを刺したのが緋色の瞳の青年。、もう1人が翼の因子で名が「灰音」(はいね)という事だけ判っています。

●H.S.(ハーエス)
憤怒者組織。正式名称『Heiliges Schwert』(『神聖なる剣』の意)
代表者 吉野 枢(かなめ)29歳。
前回事件時の言動などから、F.i.V.E.を意識し色々と調べていると思われますが、怪しくはあるものの現状ではこちらへの敵対の意思はないと見られます。
今回のリプレイでは登場しません。

以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年04月29日

■メイン参加者 8人■



 兵庫県の南東部にある小さな教会。
 光注ぐ空間の中で、大月盞花の葬儀は執り行われていた。
 棺へと遺族や信徒達が献花していく様子を、参列する和泉・鷲哉(CL2001115)は見つめる。
(前回はルファと同じ因子を持つ者で、今回も相手は俺達と同じ因子を持つ者達かもしれないって事だけど……本当に偶然なのか――)
「……今は、何考えても予測にしかなんねーか」
 ぽつりと小さく落とす。参列者を眺めるように見ながら、そぐわぬ表情の者や不審な者がいないかを確認していった。
 献花を終え会衆席に戻った林 惣太郎へと、三島 椿(CL2000061)は声をかけていた。
「貴方達は教会にある畑が心配であの場に偶然居合わせたのよね? 畑が心配だと言ったのは誰かしら? 貴方はルファさんと盞花さんの関係は知っていた? 2人の事は皆知ってた?」
 しばらくの沈黙の後、林が椿へと返した。
「盞花ちゃんと司祭様との関係を、君がどのように考えているのかは判らないが……。特別な関係ではなかった。盞花ちゃんが司祭様に憧れているのは、皆知っていたがね。そこは司祭様が、一線を引いておられるようだった」
 畑が心配だと言い出したのは――と続いた予想通りの名に頷く。
「最近前田さんの様子がおかしいと他の人に聞いたのだけれど」
 事件前の様子で気になる事はないかと奥さんはどうして亡くなったのかを、聞いていった。
 『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)はステルスを使い身を隠しながら、信徒達の間で交わされる会話がないかを探ってゆく。しかし葬儀中である事もあり、話している者自体が少なかった。
 ただ少女の死を悲しむ声が、時折聞こえるだけだった。
 黒の喪服姿で参列するエルフィリア・ハイランド(CL2000613)は、白き花を棺の中の盞花へと供える。
 直接の面識はなかったけれど、亡くなった現場に関わった者として冥福を祈りたかった。
「安らかに眠ってね」
 ルファの傍にいる盞花の霊体へと、『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)は交霊術を用いる。
 それにしても、と思っていた。
(ルファ司祭は理想的な復讐者になりそうですね。なれば私も全力で彼の復讐を支えねば……)
 ――前回、敵隔者の狙いは一般人との指摘もあった。
 それが当たっているかは判らないが、と深緋・幽霊男(CL2001229)は思考を巡らせる。実働隊だった2人が今回は表立っては動いていない事も気になった。
(そも前回は、入念に行動パターンを把握しているか、事前にタイミングが解っていたかのようだしな)
 可能にしたのは夢見か、何か別なモノか――。

(隔者に大切な人を殺された方が居るのなら……その人の手助けがしたい。私も喪失感、そして復讐心はわかるから……)
 その思いで今この場にいる『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262)は、己の胸へと手をあてる。
(でも今回は不殺……わかってる。私の中の残酷な部分は殺したがってるけど……)
 ――この激情は、抑えないとね。
 ルファが出棺の祈りを捧げ、遺族達が棺を運び出す。棺に続き教会から出たルファに、縁か近付いた。
『どうか、忘れないで。天使様と私が、きっとあなたを、護るから……』
 今も変わらぬ、盞花に託された言葉を伝える。
「……本当に良い子に愛されていたのですね」
 一瞬目を見開いたルファが、顔を伏せ片手で顔を覆った。
「……彼女の為に可能な限り犯人達を追い詰め……復讐しましょう、司祭殿」
 顔を上げ、哀しみの微笑を浮かべて、縁に礼を伝える。
 棺を見つめるルファへと、椿も声をかけていた。
「私は貴方の力になりたい。どうか1人で思いつめないで」
 感謝を伝え、椿に視線を向ける。
「皆さんも、ご無理はなされませんよう……どうぞ、あなたも」
「先日もお会いしましたね。ファイヴの者です。先日の件で少しお話しを聞かせてください」
 ワーズ・ワースを使い、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は前田辰巳へと柔らかな表情で話しかけていた。
「ルファ司祭は覚者だった。もちろんご存知でしたよね。覚者は精神が不安定になると暴走し破綻者になる事があると貴方は知っていたんですか?」
「知らないッ!」
 叫ぶように言った前田に「そうですか」と動じずに返す。
「H.S.もタイミングよく現場に現れてましたね。通報があったとの事ですが……早すぎやしないか、と思いませんか?」
「そんな事は……あの時も言ったが既に男達が司祭様を囲んでいたんだ。タイミングよく現れたのかどうかなんて、判る訳がない」


 盞花の家族へと、縁は声をかける。
「この度はお悔み申し上げます。亡くなられた盞花さんは最後まで愛する者を案じる……立派な娘さんでした。彼女が天国に行ける事を祈っております」
 礼を返した彼等に「しかし」と続けた。
「……今回の事件、もしかしたら親しい人間が彼女の死に関わってる可能性があります。襲撃者に盞花さんを狙わせ殺し、ルファ司祭を破綻者にしようとした人物がね……。よろしければ情報提供、お願いできますか?」
 それとなく前田の情報へと繋がるよう話を聞いていきながら、超直観で探ってゆく。だが両親は「そんな人がいるとは信じられない」と語った。
「私達信徒は皆、神の教えを信じ尊んでいます。盞花に限らず、誰かの命を奪おうなどと考える筈は……」
 両親は前田を露程も疑っていない様子だったが、娘は悔しげに下唇を噛んでいた。
「何かご存知ですか?」
 鳳花へと尋ねてみる。
「いえ、姉は悔しかっただろうと思って」
「そうですね。……ですがお姉さんは、今まで幸せだったと……笑っておられました」
 先程の盞花の言葉を伝えた。
 AAA隊員とルファには、幽霊男が接触する。
「住民や今回の件の主要人物達と、僕らが戻るまでの間は一緒に居れんかの。戦闘力があるのは、この3人だけだろうし。状況次第で戻れるか解らんが、比較的、人の目を盗んで一般人への襲撃ちゅーパタンが多い故な。ある程度、人の目があれば事前に防げるやもだしな」
 幽霊男の話を聞いていた司祭は、「いいえ」と首を振った。
「盞花さんの時に、緋い瞳の青年が言ったんです。『お前と一緒に居なきゃ、子羊は死ぬ事もなかっただろうにな』と。私と一緒にいる事が、襲撃の要因であるかもしれないのです。それが何人であろうと」
 AAAの隊員も、それには同意する。人の目を盗んで他の主要人物達を襲撃するならば、すでにこの数日でしているのではないかと言うのだ。
「この数日外に出ていないのは、前田さんだけですから」
「隔者のその台詞は、こちらの夢見からも聞いてはおるが。――何にせよ、何かあったら連絡くれ。無線は無いだろうから発煙筒とか」
 幽霊男と隊員が連絡方法を確認し合う間に、ルファへ沙織が自己紹介をしていた。
「ルファさん……私は貴方の気持ちがわかります。私も隔者に愛する者を奪われました。だから……微力ながら力になります、貴方の傷が少しでも癒える様に……」
 沙織に礼を伝えて、司祭は微笑む。
「いつか、私にもあなたの傷を、癒せれば良いのですが」
「先日はどうも、少々お時間頂けないかしら?」
 山本公彦へは、エルフィリアが話を聞く。
「畑を見に行く事になった経緯を詳しく話してもらえないかしら?」
「あの日は、前田さんから自宅に電話があったんです。『この雨じゃ畑が危ないんじゃないか』って。『じゃあ司祭様に電話を入れて見てもらおう』って提案したんですが、『司祭様の手を煩わす訳にはいかない』って前田さんが」
 男の話に頷き隔者2人の存在を明かした上で、エルフィリアは山本本人やその周囲で何か普通のセールス等とは違う接触がなかったかを尋ねた。
 それには心当たりがないらしく首を横に振る。他にも何か気づいた事があればと、FiVEに一報入れてもらうよう伝えた。
「貴方が事前に通報したんですね? 我々ファイヴは貴方の命は絶対に守ります。だから正直に話してください」
 棺と遺族、司祭が車で出発し葬儀が終わった後も、奏空は前田から話を聞き続けていた。
「違う! 林さんと山本さんに聞いてくれ! 私は彼等とずっと一緒だった」
 通報した人物、奥さんの死の原因、最終的な目的は司祭殺害?
 あらゆる可能性を、奏空は考えていた。
「林さんに聞いたわ。あの日、畑に行こうと言いだしたのは貴方だと」
 合流した椿が、奏空の隣から告げた。
「貴方はルファさんと盞花さんが憎かった? 覚者と人の繋がりが憎かった? 貴方は体調不良の中、どうして葬儀に出席したの? 貴方は盞花さんを殺した人達と関係あるのでしょう? 貴方は貴方自身が犯した罪の重さに耐え切れないから、ここに来たのではないのかしら?」
「貴方が私達を信用してない事は何となく察してます……。けど私達は今回の事件、解決しなくちゃいけない。何の罪もなく命を落とした大月盞花さんの為にも……」
 沙織も前田が話しやすくなるよう、マイナスイオンを発しながら伝える。
「盞花ちゃんが死ぬなんて知らなかった! ……本当に、どうしてあんな事に――」
 両手で頭を抱え、前田は何度も首を振った。
 仲間達が前田を説得する中。
 鷲哉は仲間達の邪魔をせぬようにしながら前田の傍に付き、白雪の『かぎわける』で自分達以外の人の匂いを察知出来るようにしていた。
 そして結鹿は、『超視力』を使い他の人々の動きにも注意する。山本と林を含む全員が、不審な動きをせず帰って行くのを確認していた。


 いつまでも前田は頑なに何も話さず、埒が明かない。
「当組織夢見が、前田さんが隔者に襲撃されるとの予見をしました」
 仕方なく奏空は、そう口にする。助ける代わりに真実を言うようにと、取り引きを持ち掛けた。
「あんたらはッ、だから話せと! 話さないなら見殺しにすると、そう脅すのかッ!」
 目を剝いて、前田は拳を戦慄かせる。奏空を突き飛ばし、「これだから覚者はッ」と駆け出した。
「違います! 待って下さいっ」
 地面に尻餅を付いた奏空が振り返り叫び、仲間達もすぐさま覚醒した。
 追いかけながら、結鹿が林の中の敵の動きに気付く。同時に鷲哉も守護使役を通し、自分達以外の匂いを感じていた。
 2人がそれを告げた次の瞬間、第六感で敵の襲撃を感じた沙織が男を制止させようと呼び止める。しかし男は指示に従う事なく、林から飛び出した8人の隔者に前を遮られた。
 悲鳴をあげた前田に、隔者の1人が炎を纏った拳を繰り出す。倒れ込んだ前田を追い越したエルフィリアが、仇花の香を漂わせた。
「ほぅほぅ、利用した駒は次の策も兼ねて潰して証拠隠滅かしら? 今回の黒幕さん、中々に強かよね~」
 敵の1人が圧縮空気を前田へと撃ち込むが、幽霊男が身を呈し庇っていた。
「どうやらあなたが生きていることに不都合を感じている人間がいるようですね」
 火傷を負った体を丸め地面に蹲る前田に、刀を構えた結鹿は呟く。そうして纏霧を発生させた。
「人を悼む場所を血で穢そうとするのは招かれざる客です。良識ある大人でしたら、この場を去るべきですよ?」
 結鹿の言葉に合わせ奏空が雷獣を落とし、鷲哉は無言で苦無を構え錬覇法で攻撃力を高めていた。
 しかしその間にも、敵は前田を狙う事を優先する。
 続けざまに放たれる2つの召雷は、椿と幽霊男が受ける。
「敵の目的は彼であろうしの。攻撃を優先しておる。こちらも攻撃優先で、敵の数を減らす事に専念すべきかの」
 エネミー・スキャンを用いる幽霊男が、仲間達に伝えた。
 戦闘の最初に行う自己強化も、敵を弱らせる事も、優れた戦略。しかし敵の狙いや状況によっては、それが裏目に出る事もあった。
 頷いた沙織が、地烈で敵の前衛達に連撃を放つ。
 避けた1人が駆け出し前衛を抜けようとするのを、縁がブロックした。
 チィッと舌打ちした敵が五織の彩で縁を攻撃し、前田を狙った水礫は幽霊男がガードした。
 椿は潤しの雨を降らす。
 それは前田にも降り注ぎ火傷は癒えぬまでも体を癒したが、立ち上がる事は出来なかった。
「……さて復讐を始めよう。哀れな魂に慰めを。――異端者には罰を」
 縁が憤怒の十字架を振るい、前にいる隔者へと高速の連撃を放った。
 クソッと悪態を吐いて、敵が1人林の中へと逃げて行く。それをチラリと視線で追ったエルフィリアが、奏空の飛燕に続き敵を地面に叩きつけると口角を上げた。
(……どういう風に逃げるか、確認したいわね)
 翼人が撃ち出す高圧縮の空気が前田を狙い、ガードする幽霊男が受ける。
 前衛を抜けようとする敵を苦無が防いで、鷲哉の掌が隔者を後方へと飛ばした。
「アンタが何抱えてるか知らないけどな、現状アンタはこうやって命狙われてるし、俺達が何もしないでも結果は同じだった可能性もある。だったら、喋った方が今後の為かもしれないぜ」
 地に転がる前田は、頷く事も出来ず震えていた。


 椿は仲間達を癒す事を優先していたが、それでも幽霊男と縁が戦いの中で倒れ、2人は命数を使い立ち上がっていた。
 残る敵が翼と暦、2人となった処でエルフィリアが化粧品の香水を瓶ごとぶつける。瓶が割れ水を浴びた敵に、結鹿が素早く突きを放った。
 同時に受けた2人が、林へと逃げて行く。それを、エルフィリアと鷲哉、沙織が追った。
「大丈夫かの?」
 尋ねた幽霊男に、前田が震えながら僅かに頷く。周囲の警戒を怠らない結鹿と残りの仲間達に前田を任せて、幽霊男は住民達を心配し駆け出した。
「さて貴方は命を狙われ我々に助けられた……ならその対価は?」
 椿と奏空に支えられ身を起こした前田へと、縁が告げる。余程恐ろしかったのか、男は怯え続けていた。
「貴方に良心が残ってるなら知ってる事を教えて下さい。……死んだ盞花さんの為にも……そして貴方の死んだ奥様の為にも」
 ピクリと反応した前田に、椿が続く。
「貴方の奥さんは事故に巻き込まれてお亡くなりになったと聞いたけれど。その詳細を周りの人達は知らないわ。貴方が話そうとしないと」
「……覚者、もしくは隔者が、関係しているんですね?」
 奏空が尋ねた。顔を向けた前田に、「僕は探偵見習いですから」と笑顔を返す。
「少しの行動や言葉にも、手掛かりを見つけようとします。あなたは先程『これだから覚者は』と言いました。ルファ司祭の翼を、彼が覚者となった事を、気味悪がっていたのはあなたですね? 気味悪いだけではなく、憎悪や嫌悪に近かった。それで隔者達に依頼したんですね?」
「自分のした事とその後どう向き合うかが、私は大事だと思うわ」
 奏空と椿の言葉に男は蹲り、一気に真相を語った。
「数日前、見知らぬ緋い瞳をした青年が現れて俺に言ったんだ。『覚者の司祭がいなくなれば良いと思わないか?』と。『それには覚者に味方する奴等も邪魔たろう?』と。――計画では、山本と林が教会で襲われる予定だったんだッ。『憤怒者組織にはこちらが通報しておく。あんたは司祭が2人を襲ったと証言するだけでいい』って」
 どうかしてたんだッ、と叫んで。
「彼は、何故か俺が司祭を嫌悪してると知っていた。回りにも、憎悪は隠していたのに。何故知っているのかは判らない。だが確信を持っていたんだ」
「初対面なのに、あなたが司祭を憎んでいると『知っていた』という事ですか? 周りも知らない事なのに」
 頷く前田に、4人は顔を見合わせた。

 上空を飛行し追跡していたエルフィリアは、前方から聞こえたエンジン音に視線を向ける。木々の間からチラリとだけ見えた車を追いかけようとした途端、地上より放たれたエアブリットに遮られた。
 初雪の『かぎわける』で香水の匂いを鷲哉と共に追跡していた沙織の捕縛蔓が、隔者2人に巻きつく。ハイバランサーで木々の根で出来た凹凸を物ともせず駆け寄った鷲哉が炎柱で焼き払った。
 倒れた2人を、3人が取り囲む。
「逃がすはずないだろう? 貴様等にはいろいろ喋ってもらうぞ……拒否するなら死なない程度に痛めつける。目を潰し、耳を斬り落とし、鼻を削ぐ……自白するなら早めにな?」
 隔者に恨みを持つ沙織の言葉は本気。それを証明するように、2人の鼻先を掠めて地面へと双刀・鎬の刃を突き立てた。
「あなた達の拠点を、教えてもらいましょうか」
 エルフィリアの言葉に、「誰が――」と拒もうとした声が途切れた。
「……拠点?」
 呟くように言って、眉を寄せた隔者達が互いの顔を見合わせる。
「俺達、どこから……」
 思い出せないと言うように、呟いていた。

 市街地に向け林道を駆けていた幽霊男は、見えてきた人影達に足を止める。
 倒れた2人の隊員と、その向こうに立つ複数の人物。その中にルファがいる事と、緋い瞳の青年がいる事に気が付いた。
「おっと。こっちに向かうヤツがいたなんてな」
 緋い瞳を細めて青年が嗤う。ルファの肘を掴み、他の隔者達に囲まれ駆け出した。
 追いかけようとした幽霊男は、しかし隊員達の傍で足を止める。
 大量に血を流す彼等をこのまま放っておく訳にはいかなかった。
 微かに息がある事を確かめて、地面に転がった発煙筒に気付く。
 知らせようとしたのだろう。だがその隙もなく、連続で攻撃を受けたのだ。
 この怪我では、隊員達からはしばらく話を聞く事は出来ないだろう。
 自分がこちらに向かわなければ、司祭が突然姿を消したように見えた筈。
 隔者達に連れ去られたと憶測は出来たとしても、確信は持てなかったに違いない。
「さて――」
 仲間達が隔者を捕らえてくれていると信じ、幽霊男は救急車を呼ぶため立ち上がった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

お待たせを致しました。
本依頼において敵の使用するスキルについての齟齬があり、「攻撃スキルが全く無い」という敵としての
機能を果たさなくなる情況が生まれました。
検討の結果、リプレイとしての読み応えを重視させて頂く形をとり、攻撃スキルが全くない敵のみ
術式のスキルから1つ壱式の攻撃スキルを選んで使い、戦闘の判定をさせて頂いております。
それにも対応出来る、皆様のプレイングでありました。

MVPは、緋い瞳の青年の裏をかいた幽霊男さんに。
そして隔者を2人捕らえ、前田に真実を話させたのは、皆様全員の力でございました。




 
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