残された紅蓮の爪痕
残された紅蓮の爪痕



 紅蓮に包まれた街。
 けたたましい悲鳴に、降り注ぐ瓦礫。
 五麟市に住む子供の、斉藤亜美は最近この夢をよく見る。
 それはつい先日、百鬼の隔者達によって実際にもたらされた生々しい記憶の再生であった。
「パパ……パパ、どこ?」
 逃げ惑う人波に、小さい身体を押され揉まれながら。
 夢の中で、父を必死に呼ぶ。
 だが、その弱弱しい声が届くことはない。
 そのことは彼女自身が、よく分かっていた。分かっていても、何度でも父を呼ぶ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……だから、パパ……帰ってきて」
 それは、いつもの朝のはずだった。
 今度のお休みのおでかけが、父親の急な仕事で急にキャンセルとなり。亜美は機嫌を損ねて、父と大喧嘩した。
 多分、時間をおけば解決できたこと。何てことない、家族のやりとり。
 申し訳なさそうに父は仕事に出かけ。
 そして、帰ってこなかった。百鬼の隔者達の襲撃に、どこかで巻きこまれたのか。あの日以来、行方不明となってしまったのだ。
「パパの顔なんか、もう見たくない……なんて嘘だから……嘘だから……」
 父にかけた最後の言葉が、今になって彼女に重く重く圧し掛かる。
 ……程なくして、亜美は目を醒ます。
 そこは、父親の書斎。膝を抱えて、いつの間にか眠っていたのか。
「……パパに……パパに会いたい」
 少女の身体が、淡い光に包まれる。
 すると、次第にその体は子供から成人した大人のものとなり。
 周囲には鬼火が、次々と現れて揺れ動いた。それは、次第に大きな炎となっていき、過去に見た紅蓮と重なった。


「皆さん、お集まり下さりありがとうございます。破綻者に関する情報が入りました」
 久方 真由美(nCL2000003)が覚者達に説明を始める。
 逢魔ヶ時紫雨が率いる、隔者達たる百鬼の襲撃。あの戦いが、今回の件の発端であった。
「百鬼による五麟市の襲撃は、私達に多くの爪痕を残しました。本件の破綻者である、斉藤亜美さんも被害者の一人です」
 真由美が資料を渡す。
 斉藤亜美は、五麟市に住む小学生の少女だ。
 一般人だと思われていたが、才能があったらしく百鬼の事件により覚者としての力が開花。精神に変調をきたした亜美は、力を暴走させてしまいそうな状態に陥っているのだという。
 覚者の力の暴走。
 すなわち破綻者の誕生だ。
「彼女の父親は百鬼の隔者の襲撃により、現在行方不明となっています。それが彼女にとって一番のストレスとなっているようですね」
 さらに亜美の母親の意向により、彼女達は五麟市を引き払って実家に身を寄せることになっているのだが。亜美はそれに強く反対して、父親の書斎に引きこもっている。
 ここで、父親をずっと待ち続けるのだと、頑なに退かないらしい。母親の方は、娘が手が付けられなくなって今は警察に保護されている。
「気持ちは分からないでもありませんが、亜美さんの家も先の襲撃の被害を受けており、いつ倒壊してもおかしくない状況です」
 その意味でも、すぐに引っ張り出す必要がある。
 もちろん、亜美は破綻者の力で抵抗するだろうが。
「どうか亜美さんを説得して家から連れ出すようにしてください。この子は覚者の皆さんのファンだったようです。戦いになったとしても、上手く言葉をかけることができれば彼女の破綻者としての力は減じていくはずです」
 ただし、言葉は慎重に選ばなければならない。
 もし逆効果になってしまえば、取り返しのつかないことになる。
「万一の場合は、破綻者として処断することになります……そうならないように願っていますけれど」
 それにしても、と。
 真由美は、そっと最後に目を伏せた。
「覚醒し暴走する火行の力が、あの日の紅蓮の炎を思い出させるなんて……皮肉な話ですね」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:睦月師走
■成功条件
1.破綻者の撃退
2.なし
3.なし
 今回は破綻者に関するシナリオとなります。

■斉藤亜美
 破綻者:深度2
 現の因子:火行
 
 七歳の女の子。現の因子により、二十代前半に変化します。
 本来は明るく活発な性格。
 現在は、自責の念に苛まれている最中。
 父親が行方不明となっており、破綻者となっています。説得により力を弱めることができ、説得で充分に弱らせた上で、戦闘で倒すことができれば安全に破綻者から覚者に戻すことができます。
 ただし、NGワードが幾つかあり、それを喋り過ぎた場合、覚者に戻ることはできず。破綻者として処断して再起不能にするしかなくなります。説得抜きでただ倒す場合も、再起不能にするしかありません。
 成功条件は破綻者の撃退なので、説得に成功して覚者に戻した場合でも、再起不能にした場合でも成功と判定されます。

■説得行為について
 亜美は五麟市に住んでいるだけであってか、覚者に良い印象を持っていました。
 そのため、名声が高い覚者達であるほど説得は成功しやすくなります。ただし、前述したようにNGワードが幾つかあり、それを喋り過ぎると説得は失敗してしまいます。

■亜美の母親
 現在は、警察に保護されています。
 夫が生きていると今でも信じていますが、生活のためにも実家に戻ることを決意。娘のことを心配しています。
 覚者達が協力を頼み護衛する場合は、現場まで付いて来てくれます。
 ただし、それが吉と出るか、凶と出るかは分かりません。

■現場
 二階建ての一軒家。
 一階は充分な広さのリビングがあり。二階は亜美のいる書斎と家族の寝室。
 二階の父親の書斎に、鍵をかけて亜美は引きこもっています。百鬼の隔者達の襲撃により、いつ倒壊するか分からない状態になっています。
 戦闘が長引いた場合、さらに激しくなった場合。
 家屋が、壊れていきます。
 それに対して、亜美がどう反応するかは不明です。

 それでは、プレイングをお待ちしています。よろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
公開日
2016年04月23日

■メイン参加者 10人■

『白い人』
由比 久永(CL2000540)
『スピード狂』
風祭・雷鳥(CL2000909)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)


「可能なら最初に母親の会いたいな。連れてくってわけじゃないけど、話は聞いときたい。亜美ちゃんについて今どう思ってるかとか」
 『史上最速』風祭・雷鳥(CL2000909)を始め、覚者達はまずは亜美の母に会いに行く。警察に保護されていた母親は、憔悴した様子で青白い顔色をしていた。
「まさか、娘があんなことになるなんて……もう、どうしたら良いか」
「父親の写真があれば、借りられるか?」
 『白い人』由比 久永(CL2000540)が確認すると、若い母親は一枚差し出した。少し古ぼけた写真には、家族三人が笑っている姿がある。
「今あるのは、これだけです……多くは燃えてしまって」
「……娘が帰って来たら、優しく出迎えてやってほしい。おそらく身体的にも精神的にも一番傷つくのは娘だろうからな」
「……今回大丈夫でもさ、あんた次第じゃまた次があるかもしれない、だから一緒に生きるんなら……あの子が笑顔で暮らせるようにしてあげてね、どんな姿になってもさ、心はずっと、あんたの娘のままだと思うしさ」
 久永と雷鳥の言葉に、亜美の母親は涙ぐみながら何度も頷く。
 『裏切者』鳴神 零(CL2000669)は、彼女の手前に片膝ついて、手を取った。
「これからお嬢さんを止めるという名目で、攻撃する私達を少しの間、許してください。十全な相談をしてきました。信じあえる仲間が協力し合います。大丈夫。次、貴方が流す涙は嬉嬉の涙にしてみせます。鳴神零の名に誓って」
 失敗は許されない。
 そんな、重い決意が伝わってくる誓い。母親は、強く手を握り返す。
「はい……娘のことを、どうかお願いします」
 絞り出すような声。
 覚者達は頷いて、最後の質問をした。
「伝えて欲しい事があるなら、代わりに伝えとくよ」
「伝えたい……ことですか」
 雷鳥の問いに、亜美の母親はしばし黙る。
 坂上・恭弥(CL2001321)も、促すように言い添えた。
「ああ、伝言があれば聞いておくぜ」
 ただし、父親の死を断定する言葉や、亜美の事を否定する内容は伝えるわけにはいかないが。
 恭弥の心中をよそに、破綻者の母親はゆっくりと口を開いた。
「それなら――」


 亜美の家は、一階部分は焼き崩れていて外からも内部が見え隠れする有様だった。
 覚者達は、二階の書斎前へと上がる。
(こうなったのも街を守り切れなかったせいだよね……ごめん)
 亜美を救いたい。
 ――亜美ちゃんのお父さん、力を貸して、と『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は閉ざされた扉を前にする。
「――誰? 誰か来たの?」
 覚者達の気配を感じたのか、扉の向こうから幼い声。
 『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)が透視してみると、一人の少女……斉藤亜美が部屋の中で膝を抱えて蹲っていた。
「オレ、成瀬翔って言うんだ。F.i.V.E.のメンバーだぜ。ちょっと話しよーぜ」
「F.i.V.E.……覚者?」
 こちらのワードに、亜美が喰いつく。
(助けられるんなら助けたい。オレに何が言えるかわかんねーけど。同じ小学生、同じ現。気持ち分かってやれたらいいな)
 覚者達は言葉を選んで、気を付けながら扉越しに話し掛ける。
「私は風祭雷鳥、史上最速の女を自称しているよ。君を迎えに来たよ、次の一歩が踏み出せるようにね」
「助けにくるの……遅くなっちゃって、ごめんね……一旦、外に出て……安全な場所で、お父さんを待とう……?」
 雷鳥に続き。
 『二兎の救い手』明石 ミュエル(CL2000172)は百鬼の被害という意味、破綻者になるまで追いつめてしまった意味も込めて言葉を紡ぐ。そして三島 椿(CL2000061)もぎゅっと強く自分の手を握りしめて声をかけた。
(紫雨の襲撃で父親が行方不明の少女……その子が覚者に……私は向き合うわ。自分の選択の結末のそのひとつと)
 決して。
 顔を背けるわけにはいかない。
「私達はF.i.V.E.に所属する覚者。この家は倒壊の危険があって貴方が危ない。ここにある大切なものも一緒に運ぶわ。だから扉を開けて。少しで良い。私たちの話を聞いて。私たちに貴方と話す時間を頂戴。お願い」
「……覚者が、私をここから……連れ出しにきたの?」
 瞬間。
 『信念の人』成瀬 漸(CL2001194)の超直観が、何かを訴えかける。
「……嫌。私は、ここでパパを待っている」
 僅かな警戒と拒絶。
 その気配。
(彼女が自責の念に駆られたのは……絶望の為だろう。思い出でしかお父さんに会えないと思っている……彼はまだ死んだと決まった訳じゃない。私はそう信じている)
 父親がこの光景を見たら苦しい思いをするだろう。
 仕事が原因で家族を苦しめた経験なら漸にもあった。心が酷く痛い。何とかマイナスイオンで、少しでも相手の警戒心を解かんとした。
「父ちゃんと喧嘩したんだってな。オレにも覚えある。まだ仲直りしてないなんてすっげーツライよな、わかるぜ。きっとさ、父ちゃんの方も亜美と仲直りするために帰ってこようと頑張ってるんだと思う。だったら亜美はそれを迎えてやらなきゃならねーよな」
「……うん。パパにお帰りって言うの」
 翔の言葉に、亜美の態度が少し軟化する。
 そこに、恭弥も口を揃えた。
「おう、亜美の嬢ちゃん。パパの帰りを待ってるんだってな……すげぇ事じゃねェか。誰かの帰りを信じて待ち続けるなんて事は並大抵の事じゃ出来ねェ。だから嬢ちゃんの想いは立派だ。俺達もその想いを尊重したい」
「なら……放っておいて」
「けどな、嬢ちゃん。本当にパパに会いたいなら……そこで泣きながら待ってるだけじゃ駄目なんだ。こっちからパパを迎えに行ってあげないと。それにパパに伝えたい事……謝りたいって思ってる事とかあるんだろ?」
「……うん」
「だったらまず亜美ちゃんがそれを伝える為に動かなきゃいけない。だからドアを開けて一度お家を出てママさんと合流しよう。そしてパパさんを探そう。大丈夫、俺達も一緒にパパさんを探すから……約束するよ」
「約束……本当に?」
 少女の心が揺れる。
 『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)は、違う方向からアプローチする。
「俺も亜美ちゃんと同じで年齢が変わるんだけど、見てみるかい?」
 一拍の間。
 固く閉ざされた扉が、音を立てて開いた。


「亜美ちゃん、初めまして」
「……初めまして」
「鳴神零っていうの。亜美ちゃんの顔が見たかったの、入れてくれてありがとう」
 ドアは開いたものの、亜美は依然として書斎から動こうとはしなかった。
 覚者達は、部屋に入って説得を続ける。
「やっと顔見れたな! な、一緒に行こうぜ」
「……一緒に?」
「知ってるか? この家壊れそうだから人は入れなくなってるんだぜ。お前がここにいたら父ちゃんが帰ってきても会えないぞ。オレらが入れて貰えたのは覚者だからだしさ。だから、とりあえず家の前へ移動しねーか? その方が帰ってきたのすぐに分かるしさ」
 翔が誘い、駆も助力した。
「玄関先まで一緒に出ないか? 帰ってきてたらすぐわかるように」
「……」
 黙り出した、亜美の様子を漸は注意深く観察する。
(亜美ちゃんが父親に大切にされていたことは分かる。だから彼女は悔いているんだ。父親を傷付けた自覚もある。彼女は優しくて賢い子だ。いくら自己嫌悪に陥ろうとも、本当は心の底から助かりたがっている筈だ。私に出来るのは、その手を掴むことだけだ)
 言葉を掛けるだけでなく、相手の思いを汲み取った上で行うのが説得。彼女の思いに耳を傾け。本当の自分の気持ちを自覚させるのが必要なはずだった。
「一緒に外へ行きましょう。そして一緒に貴方のお父さんを探しましょう。行動する事で、もしかして辛い現実とぶつかるのかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。ただ言えるのは、ここに居る限り、何もわからないという事。ずっとここに居て、貴方はお父さんを待ち続けるの? 会いたい人に会う為に貴方は動かなくても本当に良いの?」
「……良くない、良くないけど」
「君はさ、もう十分すぎるくらい待ってるんだね、周りがやめさせようとするくらいさ、もちろん悪い事じゃない、帰ってきて誰も待ってなかったらお父さん寂しいだろうし、私も同じ立場だったらすげー寂しい。でもさ、待つだけじゃーもうだめだよ、今度は探しに行かないと、手がかりも何もないけどさ、一歩踏み込むには十分すぎるくらいの力はもうあると思うよ?」
「……ちから」
 そのとき、亜美の姿が急速に変わる。
 少女から、女へと……周囲には激しい炎が、渦巻き出す。
「いらない……こんな、力いらない!」
 雷鳥の観察眼が、告げる。
 これはピンチであると同時に、チャンスであると。
「まだ不安? だーよねー、まだ自分がどれくらいの事ができるのか分かんないよね、まして今暴走しちゃってるしね、一先ずそれ、どうにかしよっか? 大丈夫、皆君の事思ってるから」
 速攻。
 迫る炎に対し、建物の損傷に注意して。雷鳥は飛燕で多方向から移動しながら攻めて集中を乱す。
「覚者になったのに、こんな、こんな!」
「……覚者の事、良く思ってくれてたの? ありがとう。まだ世間の一部ではよく思われてないから、そう思ってくれるのなら嬉しいな」
 部屋へのダメージを避け。
 奏空は、雷獣と飛燕で攻撃しながら。
「でも覚者と言えども心は亜美ちゃんと同じだよ。悩んだり後悔したりしてる。すべてを救う事は難しくて、期待してるような覚者じゃないかもしれないけど。でも自分に出来る事があるならと……そう思って俺は前に進んでいるよ」
 自分の名声なんて、誰かを助けたいと駆け出しもがいた分の数だ……でも……
「亜美ちゃんも今出来る事をしよう? お父さんのお部屋と……お父さんの思い出を守ろう。」
「うう……」
「俺の事知っていてくれてたら嬉しいな。力になれる事があったらいつでも呼んで。俺はファイヴの工藤奏空だよ」
 名声なんて気にしないで前に進んでいたけど……君の声が励みになる。
 もし、ファイヴに興味があれば来てみれば良い。
 苦しむように亜美が放った炎を……その身で引き受ける。
「アタシも、子供の頃……パパに、ひどいこと、言っちゃったこと……何度も、あるよ……」
「!」
 ミュエルの言葉に、破綻者は目を見開く。
「パパに似た、日本人っぽくない見た目……からかわれる度に、パパに当たっちゃって……日本になんか来なきゃよかったのにとか、そんな酷いこと……パパの存在そのものを、否定するような、本当に酷いこと……言っちゃったこともあったよ……」
 深緑鞭がしなる。
 いつもの棘や毒は、相手を傷つけ過ぎないため使わない。
「でも……パパは、アタシのこと……嫌いになったりしなくて……本気で言ったことじゃないって、ちゃんと分かってくれて……。台風で、臨時早退になったときとかも……一生懸命、迎えにきてくれて……」
 樹の雫と大樹の息吹を、使い分け皆の傷を癒す。
 そして。
「だから……きっと、亜美ちゃんのパパも、分かってると思うよ……。亜美ちゃんが、パパとお出かけするの、楽しみにしてて……だからこそ、咄嗟に、心にもないこと言っちゃったんだって……だから……安全な場所に、避難して……お父さんの帰りを、信じて待とう……?」
 思いを伝える。
「うう……パパ……でもでも……」
「待つことは辛いだろうね。私も子供に辛くて寂しい思いばかりさせた。でも私は意地っ張りで結局謝れなかった」
 醒の炎で強化して、漸も炎撃で応戦する。
 少々忍びないが。
「彼も約束を破った時に同じような思いをした筈だ。だからお父さんを待とう。それで謝ろう。怖がることはない。優しい君のお父さんだ。きっとお互い許し合える。いざとなったら私もいる。彼を説得してみせるさ。君を説得したようにね」
 ――あの時、私は自分の息子を守れなかった。今度は……悔やみたくない。
 漸はそっと駆に目配せする。今が好機だ。
(俺たちはあの時、間に合わなかった。それでも、The show must go on. だから……正しいと思うことを続けるんだ)
 炎を撒き散らす彼女に。
 駆は自分の火行の力を敢えて見せる。
「大丈夫だろ? 世の中には悪いやつがいて、この火で暴れるバカもいる。亜美ちゃんは悪い子か? 違うだろ? パパの帰りを待ってんだよな? 無事でいてくれってずっと心配だったんだろ? そんな子が悪い子なもんかよ。あいつらとお前は違う。大丈夫。大丈夫さ。何もかもうまくいくさ」
 火行の力を恐れる必要はない。
 コントロールできると、訴えた。
「大丈夫、こんなの痛くねー。お前の炎はあの時の炎とは違うんだからな!」
 炎を受けても、グッと我慢。
 雷獣をぶつけながら、翔は救いの手を差しのべる。
「私の、炎は……違う?」
 破綻者の姿が、少しずつ元に戻り。
 炎の勢いが衰えていく。
(……ったくよ。あの事件の所為で心にトラウマ抱えちまった奴等が多過ぎだろ。ガキが親求めて泣いてる姿なんぞこっちは見たくねぇつうの)
 恭弥は舌打ちして。
 不器用な自分に出来ることを、やれるだけやる。
「どんな形であれ泣いてるガキはほっとけないんだよ……早くしないと、ここも崩れそうだからな」
 その一心で。
 打撃と炎を繰り出し。小手返しで、相手の力を利用し流す。床も壁も軋んで、破片がぱらぱらと舞う。
「パパの部屋が……うう、ごめんなさい」
「……沢山泣いた? 怖いよね。突然昨日まで一緒だった人が消えちゃうって。私もね、あの日気になってた人が消えちゃって。思った、自分は無力だって。亜美ちゃんも自分を責めてるの?」
 零は攻撃は甘んじて受け。
 家への攻撃を極力庇う。
「似てるね私達。恨んだ、泣いた、怒った。だから今度こそ助けさせて、もう何も失くしたくない私の我儘に付き合ってもらうよ」
 少女にどれだけ惨い事を言うか自覚してる。
 でも。
「灼熱の悪夢を乗り越え、目を覚ませ。亜美!!」
「っ」
 張り手……の後に抱きしめる。
 孤独の悲しみを知るこの子が、母親を残して消えるなんて赦されない。行方わからない父親を残して消えるなんて赦さない。
(喧嘩の終幕を紡ぐために皆で一緒に探しに行こ。幸せってやつを。良かったねって笑える結末を。それには亜美ちゃんが亜美ちゃんでないと駄目)
 今日一番の声が響く。
「まず、お父さんの娘である自分自身を守りなさい!」
 暴走する炎。
 心の痛みに比べればこんなもの。
「落ち着いて、深呼吸して、炎を受け入れて。貴方はできる。その炎はきっと誰かの希望になる」
 亜美を母親のもとへ。
 奮闘する仲間に、椿は潤しの滴と雨を施し。燃え移ったら火を水磔で消火する。
「伝えたい言葉は自分から伝えにいかなきゃ、きっと届かない。もし1人が辛いなら私たちが傍にいる。貴方を支える。私は貴方の力になりたい。その為に私たちはここに来たわ……一緒に貴方のお父さんを探しにいきましょう。そして貴方の本当の気持ちをお父さんに伝えましょう」
「本当の……気持ち……」
 もう一押しと。
 今まで、迷霧や艶舞・寂夜で黙ってサポートしていた久永が口を開く。
「亜美といったか。なぁ、そなた父親に会ったら何をしたいのだ?」
「……また、お出かけしたい……一緒に」
 破綻者の言葉に。
「そうか」
 覚者は相槌をうち。
「なら、そのためにまずそなたは安全な場所にいるべきだと思うのだが。そなたがここにいるのは父親を出迎える為だろう? これは受け売りだが……家族というのは、家ではなく待っている者の処へ帰ってくるそうだ」
「亜美達の……ところに?」
「ならきっと、どこにいてもそなたの元へ帰ってくるだろう。だがもし、そなたに何かあれば……だから一緒に帰らぬか? そなたが父親を待つように、母御殿がそなたを待っておるから」
「パパ……ママ……」
 両親を想う姿に、雷鳥はふと。
(どんな姿でも、心は同じってさ、実際あれも私の願望なんだよね……私のわがままだけどさ、やっぱり親子は一緒じゃなきゃね)
 母親に言った台詞を思い出す。 
「……お母さんからの伝言。『どんな姿でも、あなたはパパとママの宝物』だって」
 雷鳥の口を借りた愛の言葉に。
 破綻者は泣きながら微笑み。その姿が、淡い光とともに年相応へと変わり。覚者に戻った少女は、零の腕の中で安心したように深い眠りに落ちていた。

「帰る場所がなくなるなら、せめて帰る場所だったところの思い出ぐらいあげたってバチは当たらねえ。何、俺様は丈夫なんだ、魂二つ捨ててしぶとく生きてるのに、今さら瓦礫の下敷きなんざ怖いもんかよ」
 半壊した家から、駆が引き出せるだけ家具や品物を運び出す手伝いをする。
 韋駄天足を使って、出来る限り引っ張り出す。その一つ一つに家族の思い出が詰まっているのだから。
「街の爪痕はやがて消えるだろうが、人の気持ちはそうはいかん。大切な者を失った痛みや不安を変わってやることはできぬが。できる事があるなら力になってやりたい」
 久永は預かった写真を見つめる。
 覚者は各地に行く事が多い故、これがあれば何か情報があるかもしれない。気持ちは恭弥も翔も同じだ。
「約束だからな、亜美の嬢ちゃんのお父さん探し……手伝ってやんよ」
「亜美の父ちゃん、帰ってくるよな。きっと帰ってきて欲しい!」
 
 覚者達から治療を受けた亜美は、未だ夢の中にいた。
 彼女を苦しめ続けた紅蓮の夢。
 だが、その寝顔は穏やかで――せめてこのひと時に、幸福を。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『とある家族写真』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:由比 久永(CL2000540)



■あとがき■

 本依頼は、無事に亜美を救出という結果になりました。
 合計名声値が二千近くと説得に有利な状況、NGワードにもフォローがあり弱体化が上手くいきました。彼女が父親と再会できるのかは、まだ分かりませんが。今回のことをきっかけに、亜美も少しずつ前向きになっていくことと願います。
 それでは、ご参加ありがとうございました。




 
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