妖の群れを討て!
●暴虐、檻を破る
日本の各所にて妖と過去戦ったAAA。現在は弱体化し、主だってはFiveを支援を行なっている。
だが、過去矢面に立ち人々を守るために活躍した彼らは今も組織としてそこにあり、今日この日も彼らなりに戦っている。
「班長! 『金犬』に動き有り!」
「なんだって!?」
ここは、AAAが管理するとある団地街。
十二もの区画に分かれた広大な土地の周りを鉄柵で囲み、監視の目を光らせていた。
「『長舌』はどうだ?」
「そちらも同じく! 金犬の背後に回り移動を開始しています。目的地は……こちらです!」
「正面から破る気か!」
彼らはここで、ある妖達を封じ込めていた。
『金犬』と呼ばれる金色の毛並みの犬の妖と『長舌』と呼ばれる言葉通りの長舌のトカゲの姿をした妖。その二体。
縄張りを作り迷い込んだものを捕食する。そんな習性を持つ二体の妖を封じ込めるのが彼らの役目。
そのはずだった。
「小型の妖の群れが展開します!」
「総員! 武器構え!!」
フェンスゲートを背後に、AAAの隊員達は銃を構える。
ここを突破されては、近隣の多数の人々に甚大な被害を発生させてしまう恐れがある。
だが。
「うわああああ!」
「くっ、俺達じゃ勢いを殺すことすらできないのか……!」
「増援は来ないのか!」
監視任務についていた彼らを突然襲った事態。
突如として現れた小型犬の姿をとった妖の群れは、縄張りで大人しくしていた二体の妖を刺激した。
AAAがその事態を把握してから次の動きを見せるまでの間に、敵はゲートを越えようと動き出したのだ。
「い、行かせるかぁぁ!!」
勇敢な隊員の一人が銃を構えて妖の前に躍り出る。放たれた弾丸は確かに妖に命中した、が。
「ぎゃああ!!」
多勢に無勢、群れに呑み込まれるままその隊員の姿は消えた。
門に殺到する妖達は、人の作った……むしろ人除けとしての役目を持っていたフェンスゲートを破壊する。
「く、そ……」
地面に倒れ伏す傷ついた隊員を尻目に、妖達は人々の生活する、奴らにとっての狩場へと駆けていった。
●やられる前に、やる
集まった覚者達に手ずから淹れた茶を振る舞いながら、久方 真由美(nCL2000003)が依頼内容について語り始める。
「AAAの方々が監視任務に就いていた妖が、その囲いを破り一般人へ危害を加えようとしています。私が視たのはそれを水際で止めようとする彼らが、奮戦むなしく失敗する姿でした」
組織としての弱体化の影響が今も色濃く残っているAAAの現状は、こうした事態もまた呼びこんでしまうのか。
「この事態を避けるためにも、今回は皆さんに先行して閉鎖区画へ乗り込んで頂き、妖を殲滅して貰いたいんです」
次いで彼女は、数体の妖の姿が写った写真を覚者へと提供する。それぞれに『金犬』『長舌』と走り書きされていた。
「この二体の妖については、長舌が金犬の動きに合わせて連携を取る共棲関係が確認されています。特に長舌を起点に行われる連携には注意をして下さい」
いずれもランク2の生物型に属する妖。それぞれに強敵である上に連携まで取るとなれば、気を引き締めねばならないだろう。
「本来AAAはこの二体の妖の監視任務に就いていたのですが、今回それに加えて更なる生物型の妖が確認されています。便宜上それらを『子犬』と呼称します」
見た目にはいずれも犬のそれに類似して、大きさは3~4mある金犬、長舌に比べて小型の1m程度の物。
それらが突如複数体現れたことにより、区画のバランスが崩れ今回の件が発生するのだという。
「これらは私の視た限り、金犬を群れの長のように扱い従属している気配がありました。そちらも十分気をつけて下さい」
敵の数は決して少なくない。その上連携まで行う妖だ。
だが、それらを見逃せば多くの人々の顔が苦しみと悲しみの色に染められることになる。
「妖による被害は、未然に防がれなければなりません。皆さんの力を、どうか貸して下さい」
悲しみに満ちた未来を、そのままにしてはおけない。
真由美は覚者達に希望を託し、深々と頭を下げた。
日本の各所にて妖と過去戦ったAAA。現在は弱体化し、主だってはFiveを支援を行なっている。
だが、過去矢面に立ち人々を守るために活躍した彼らは今も組織としてそこにあり、今日この日も彼らなりに戦っている。
「班長! 『金犬』に動き有り!」
「なんだって!?」
ここは、AAAが管理するとある団地街。
十二もの区画に分かれた広大な土地の周りを鉄柵で囲み、監視の目を光らせていた。
「『長舌』はどうだ?」
「そちらも同じく! 金犬の背後に回り移動を開始しています。目的地は……こちらです!」
「正面から破る気か!」
彼らはここで、ある妖達を封じ込めていた。
『金犬』と呼ばれる金色の毛並みの犬の妖と『長舌』と呼ばれる言葉通りの長舌のトカゲの姿をした妖。その二体。
縄張りを作り迷い込んだものを捕食する。そんな習性を持つ二体の妖を封じ込めるのが彼らの役目。
そのはずだった。
「小型の妖の群れが展開します!」
「総員! 武器構え!!」
フェンスゲートを背後に、AAAの隊員達は銃を構える。
ここを突破されては、近隣の多数の人々に甚大な被害を発生させてしまう恐れがある。
だが。
「うわああああ!」
「くっ、俺達じゃ勢いを殺すことすらできないのか……!」
「増援は来ないのか!」
監視任務についていた彼らを突然襲った事態。
突如として現れた小型犬の姿をとった妖の群れは、縄張りで大人しくしていた二体の妖を刺激した。
AAAがその事態を把握してから次の動きを見せるまでの間に、敵はゲートを越えようと動き出したのだ。
「い、行かせるかぁぁ!!」
勇敢な隊員の一人が銃を構えて妖の前に躍り出る。放たれた弾丸は確かに妖に命中した、が。
「ぎゃああ!!」
多勢に無勢、群れに呑み込まれるままその隊員の姿は消えた。
門に殺到する妖達は、人の作った……むしろ人除けとしての役目を持っていたフェンスゲートを破壊する。
「く、そ……」
地面に倒れ伏す傷ついた隊員を尻目に、妖達は人々の生活する、奴らにとっての狩場へと駆けていった。
●やられる前に、やる
集まった覚者達に手ずから淹れた茶を振る舞いながら、久方 真由美(nCL2000003)が依頼内容について語り始める。
「AAAの方々が監視任務に就いていた妖が、その囲いを破り一般人へ危害を加えようとしています。私が視たのはそれを水際で止めようとする彼らが、奮戦むなしく失敗する姿でした」
組織としての弱体化の影響が今も色濃く残っているAAAの現状は、こうした事態もまた呼びこんでしまうのか。
「この事態を避けるためにも、今回は皆さんに先行して閉鎖区画へ乗り込んで頂き、妖を殲滅して貰いたいんです」
次いで彼女は、数体の妖の姿が写った写真を覚者へと提供する。それぞれに『金犬』『長舌』と走り書きされていた。
「この二体の妖については、長舌が金犬の動きに合わせて連携を取る共棲関係が確認されています。特に長舌を起点に行われる連携には注意をして下さい」
いずれもランク2の生物型に属する妖。それぞれに強敵である上に連携まで取るとなれば、気を引き締めねばならないだろう。
「本来AAAはこの二体の妖の監視任務に就いていたのですが、今回それに加えて更なる生物型の妖が確認されています。便宜上それらを『子犬』と呼称します」
見た目にはいずれも犬のそれに類似して、大きさは3~4mある金犬、長舌に比べて小型の1m程度の物。
それらが突如複数体現れたことにより、区画のバランスが崩れ今回の件が発生するのだという。
「これらは私の視た限り、金犬を群れの長のように扱い従属している気配がありました。そちらも十分気をつけて下さい」
敵の数は決して少なくない。その上連携まで行う妖だ。
だが、それらを見逃せば多くの人々の顔が苦しみと悲しみの色に染められることになる。
「妖による被害は、未然に防がれなければなりません。皆さんの力を、どうか貸して下さい」
悲しみに満ちた未来を、そのままにしてはおけない。
真由美は覚者達に希望を託し、深々と頭を下げた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の殲滅
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
みちびきいなりと申します。
今回は被害を未然に防ぐため、あえて危険な場所へ飛び込んで貰う依頼です。
連携する厄介な妖を見事討伐し、近隣の平和を勝ち取って下さい。
●舞台
AAAが隔離している団地街。十二の団地が軒を連ねる空間です。
時刻は昼過ぎ、日はまだ明るく差しています。
広大な空間が戦場となるため、列に人数制限はありません。
●敵について
ランク2の動物型に属する妖2体。それぞれ大型犬型の『金犬』とトカゲ型の『長舌』。
2体は共棲関係にあり、団地街のある程度の範囲を同じ縄張りとして共有し、中に入った獲物を喰らっていました。
更に、ランク1の動物型の属する犬に似た姿の妖『子犬』が4体確認されています。
こちらは金犬を長と定めているのか、それに従い陣形を乱したり味方ガードをしたりといった立ち振る舞いを行ないます。
それぞれ金犬と子犬は前列、長舌は中後列に布陣するのが確認されています。
以下はその攻撃手段です。
『金犬』
・噛み付き
[攻撃]A:物近列・鋭い牙で噛みつき大ダメージを与える。
・遠吠え
[攻撃]A:特遠敵全・猛り盛る遠吠えを響かせ敵を怯ませます。【ダメ0】【鈍化】【痺れ】
・共棲関係:長舌
[強化]P:自・【猛毒】状態の対象を含む攻撃を行なう場合物攻中UP。
『長舌』
・引き寄せ
[攻撃]A:物遠単・舌を絡めて対象を前列へ引き寄せます。【ダメ0】
・粘液
[攻撃]A:特遠単・猛毒を持った粘液を吐き出し中ダメージを与えます。【猛毒】
・舐め回し
[回復]A:特近味単・舐めまわして傷の治療を行いHPを小回復します。BSリカバー:中確率
『子犬』
・体当たり
[攻撃]A:物近単・全身をバネにして体当たりして小ダメージを与えます。【ノックB】
・従属:金犬
[強化]P:金犬と同列にいる時、命中補正小UP
●一般人について
元より封鎖されている地域でありAAAの現場隊員も全力でサポートに回るので、注意は必要ありません。
目の前の敵に思い切りぶつかって下さい。
敵は突破も視野に入っているためか陣形を活用してきます。
こちらもそれに負けない連携を武器に、相手を打ち破る必要があるでしょう。
如何にして勝つか。覚者の皆様、どうかよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年04月11日
2016年04月11日
■メイン参加者 10人■

●それは鋭い槍の如く
妖の群れが居る。
群れの中央に立つ金色の毛並みの獣が、彼に従う彼より二回りほど小さな獣達へとその赤い視線を巡らせた。
傍にある建造物の壁に貼り付いているトカゲの怪物は、それを長い舌を遊ばせて見つめていた。
金毛の獣が吠える。
遠く、遠くに響く声だ。聞く者を畏怖に震わせる強者の声だ。周囲の獣達は皆、それに合わせるように声を張った。
アスファルトの地面を二度、三度蹴って。妖の群れ長は視点を定めた。
己が越えるべき壁がそこにある。そしてその先には、無限の狩場が待っている。
金犬の背後にそっと長舌が寄り添った。時が来たのだ。
だから、行く。
金犬は高らかに叫びを上げながら走り出した。他の妖達がそれに追従する。
ただ待つだけではこの飢えは凌げない。だから、狩りに出るのだ。
「そうは問屋が卸さないぜ!」
彼らが走り出した先、古ぼけた団地街の道すがらにそれらは現れた。
獲物……ではない。あれは敵だと、怪物達は意識を鋭敏にする。
「やっぱあの時、片方だけでも倒しておければ楽できたなぁ」
「今度こそ、アタシ達で……食い止めないと……」
それらは各々に構えをとってこちらに相対する。戦うために来たのだと、すぐに分かった。
「群れたら出ようとする……まあ、納得の行動さね」
「今回は、負けません!」
記憶にある匂いがある。新しい匂いもある。そのいずれの匂いにも共通するモノがある。
「ここを通してしまったら、数え切れない程の被害が出ちゃうよね。だったら……!」
「敵集団を撃破する。それが任務だ」
その数、十。それら全てが――
「ここから先へは行かせません。絶対に守ります!」
「そうとも。何もまもれなくて、何がFiVEよ! AAAよ!!」
こちらの牙折る壁となるべく立ち向かって来ているのだ。
「きらら、行こう!」
だから。
獣の化生は戦を迎える咆哮をあげ、己が身を、付き従う者達を、全てを一本の槍にして。
「来るぞ!」
ぶつかった。
●矛と盾
複数の轟音が鳴る。
群れの突撃隊を担う小型の妖……子犬の体当たりを、前衛に立つ覚者達が受け止めた音だ。その数2つ。
「踏ん、張れ!」
「はい……!」
敵の重りを機関銃で受け止めながら赤坂・仁(CL2000426)が軸足に力を入れる。同様に『二兎の救い手』明石 ミュエル(CL2000172)も弾かれないようどうにか相手からの圧を受け流す。
陣形が崩れることはそのまま相手に突破の隙を見せることになる。初手から崩されてなどやれない。
「アハハ!」
二人が敵の突撃を受け止めていたその時、緒形 逝(CL2000156)は既に反撃の構えをとっていた。
およそ人の反応速度では至れぬ神掛かった先見を発揮し、彼は子犬の一体の突撃をいなし、返す刃で一撃を加える。
初めに守りこそ固めたが、徹底的な攻めの姿勢。
愛刀が飢えているのだ。目の前の獣の群れを食らい尽くせと訴えるのだ。その飢えが自らにも移る程に。
(ああ、おっさんもお腹が空いて来たよ)
ヘルメットの中、まるで刀の妖気に引き摺られるようにして、逝は上機嫌だった。
「悪食や、アレ等を食い潰すぞう!」
「き、気合では負けませんよ!」
少々狂気掛かった逝の隣、賀茂 たまき(CL2000994)がその勢いに負けぬよう気を張り札を貼る。
取り出した大護符には大きく無頼の文字。叩き付けるように放ったそれは、直後前列に迫った子犬達を圧し潰す力を生む。
「はぁ!」
たまきの気合に沿うように、札は力を発揮して妖の群れに負荷を掛けた。
動きを鈍らせた妖達を次に襲ったのは、纏わりつく独特の香りだった。それを嗅いだ子犬の一体がぐたりと動きを弱める。
「……!」
その動きに即応したのは仁だ。数多の気の弾丸を作り出し、動きを鈍らせている者達を一斉に射的の的にした。
作り上げた弾丸を討ち尽くした仁は、香りの産みの親であるミュエルと一瞬だけ視線を重ねるとその位置を同時にずらす。
稲光が散る。
「撃ちます!」
少女の声がした。『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の声だ。
彼女の掲げる手の先には、練りに練った召雷の輝きがある。
英霊の加護を得て、二度に渡る集中を込めた天術は、彼女の火行の影響を受けてか想像を絶する熱を持っていた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
魔女の詠唱に従って、焼き尽くす雷が放たれる。焦熱の雷光は一瞬の内に前列の妖を飲み込み燃焼させる。
光の駆け抜けた後には、足元をふらつかせ焦げた妖が居た。
「咆哮、構えて」
戦局が一気に覚者側へ傾いたかに思えたその瞬間。『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121)の声が飛ぶ。
直後、戦場に響き渡る轟音。子犬達の体当たりによって生じた音よりも大きい、音の暴力。
金犬が叫んだ。全てに畏怖を与える意志を込めて。
咆哮は覚者達の体を抑え込み、竦ませ、縛りつけようとする。が、
「しゃ、ら、く、せぇええ!!」
ビリビリと震える体を、『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)の返す大声が祓った。現の因子は11才の彼を戦うにふさわしい大人の姿に形作っている。
回復を一瞬考える。が、その役を負った三島 椿(CL2000061)が咆哮の力を受けていないと分かれば頭を即座に切り替えた。
狙いはラーラの術式でダメージを負った子犬達。
「鍛え上げたこの一撃、受けてみろ!」
堂に入った構えから、編み上げた術式を展開する。中空に突如として収束した天の気が雷雲を作り、次の瞬間。
「鳴れ、雷獣!」
翔の号令の元、妖達へ再度強烈な雷撃が加えられた。空気を切り裂く爆音の後、雷に打たれた妖は黒い煙を吐き、深く身を打った子犬の内の一体はそのまま大地へ前足を折る。
確かな手応えに翔は笑む。だが、戦いの流れはそこで途切れることはない。
「あーあー、よく鳴るね。ホント」
「待ってて、今痺れを何とかするわ!」
仲間に警戒を促した山吹は、その隙を突かれる形で体に痺れを来していた。事なきを得ていた椿は急ぎ、天術による治療を試みる。
「前衛もいくらかやられてたけど、あらかた解れてるみたいね」
片時も敵から目を離さない山吹が動くようになった体を確かめながら、視界に映る仲間達の様子も含めて口を開く。緊張がないのか頓着してないのか、気負いの少ない山吹の存在はとても心強いと、椿は思った。
「初手に敵の手数が削れたのが大きいね。あれで前衛の瓦解する可能性が格段に減ったわ」
「零のおかげかな」
彼女達の視線は最前線で舞う一人の少女に向けられる。『裏切者』鳴神 零(CL2000669)は誰よりも先に動いていた。
(とりあえず最前列、子犬達の初手は凌げた)
最前線に躍り出た彼女は、害意を示す者を眠りへ誘う艶舞を披露していた。効果は覿面、突撃を掛けた子犬の一体が眠り、妖の矛は早速の綻びを生んだのだ。続く金犬が突破ではなく威嚇の咆哮を選んだのもその影響が大きいだろう。
(っていうかさっきの咆哮なに、怖い怖い音大きい)
元来の気性か、戦いの暴流を浴びて零の体に震えが奔る。それは平素ならば恐怖をどこまでも深化させるものだが、
「……ふ、ふふふ!」
覚醒し械の因子を目覚めさせた今の体には、胸の奥から熱を滾らせる燃料となる。
「長舌ぁ!」
敵の前衛が集中砲火を前に足並みを乱したのを感じ、彼女は視線を敵陣奥へと走らせる。
「……!」
そこには金犬を壁にするようにしてもう一体の大型の妖、長舌が覚者達の様子を窺っていた。
(待機、してるの?)
長舌が今まで動いていないのを思い出す。なるほど、山吹ちゃんの言った通りだと零は得心した。
戦術の要となるのは長舌。そうだと思えばあれの今とっている行動は本当の意味での様子見なのだと容易に想像がつく。
零の視線を受けてか、ここに来て長舌が動いた。
「!」
前衛の覚者達の視線が上へ持ちあがる。
「おおっ! 跳ぶのかい!?」
ヘルメットグラス越しに逝が見たのは、蛙飛びの要領で跳ねた長舌の姿だった。飛びあがった長舌は空中で姿勢を制御し覚者達を見下ろす格好になると、空気を吸い込み口を膨らまし、数瞬の溜めをもって舌を射出する。
「きゃあ!」
「椿さん!」
バリスタに劣らぬ速度で放たれた舌が伸びた先にいたのは椿だ。舌は彼女の青い翼ごと絡め取り、一気に引き寄せる。
『生命の盾持ち』栗落花 渚(CL2001360)が手を伸ばすが届かない。舌に絡まれ包まれ彼女が放り出された先は、まさに戦場のど真ん中、自陣の矢面である。
「落ち着いて、渚さん!」
「くっ」
伸ばした手を横に振るい、渚が椿に代わって痺れの残る仲間の治療を継続する。彼女の活性化させた癒力で、動きを鈍らせ荒い呼吸を吐いていたミュエルに再び落ち着きが戻る。それをホッとした様子で少しだけ見守るも、渚はすぐに気を引き締め敵を見る。
「まだ、始まったばかり……」
そう、これはあくまで初撃のやり取り。ここからこのような衝突を、覚者達は何度も繰り返すことになるのだ。
ダメージを負った小型達がゆらりと起き上ってくる。
咆哮を止め覚者達を改めて睨みつける金犬の目が、赤く、鈍く輝いていた。
●連環連鎖
「んぐっ! っとお!?」
「! そこは通しません!」
敵前に晒された椿を庇い、逝が子犬の体当たりを受け止め後列に弾かれる。そのまま突破を掛けようと身を低くした子犬は、ラーラが連続して放つ火球で阻害する。
「はいはい、とうせんぼね」
逝の抜けた穴は即座に山吹が埋めた。彼女の見立てでは敵にここから遠回りする選択はないと踏んでいる。
痺れに起き上がろうとする子犬と仁に競り合っているもう一体へは、翔が再び雷迅を穿つ。
止まらない。
「疾っ!」
眠りから目覚めたもう一匹が前線へ飛び込んでくれば零が受け止めた。愛刀の鬼桜で受け流す動作の内に、キリキリと火花が舞う。
金犬が来た。
(椿さん!)
渚が跳んだ。金犬の牙が列を裂く。
前衛が一気に震える。最も強力な一撃を、しかし覚者達は突破を防ぐためにそれを受け止めねばならない。
弾かれた逝の代わりに渚が椿を庇った。看護を志す彼女の慈恵の念は、仲間の怪我の治療に留まらない。
(あ、子犬……敵じゃなかったら、可愛いのに……)
だが如何せん、覚者としての力の扱いに未だ長じていない彼女には重い行為だった。視界が揺れ、意識が乱れていく。
「渚さん!」
それを引き留めたのは守られた側である椿だ。彼女は渚を抱き寄せるようにして共に中列へと下がっていく。
「ッ!」
仁もその動きに合わせて再び気の弾丸を作り出し、間合いを取りながら引き打ちして彼女達の後退を援護する。
引いたことで出来た空間へ金犬が足を進める。足並みを揃えた子犬もそれに続く。
「行かせ……ない、よ」
ミュエルが立ちはだかる。彼女が今回己に課したのは、皆が倒れぬよう、支えること。
(力を、貸して……!)
強い意識を込めて木気へと働きかける。ふわり、生み出された爽やかな香りが覚者達を包み治癒力を高めた。
戦場は少しずつ動く。
隊列を逐次変化させ敵を迎え撃つ構えをとった覚者達は、自陣が乱れても乱れてもすぐに持ち直していく。
対して妖側の陣形は、前衛がいくら弾かれようとも前進侵略を止めない力押しの突破陣。
突破の衝撃は到底その場で受け止め切れるものではなく、故に覚者達は連環の如く己を回し対策する。だがそれは一時的にでも陣が崩される事実も示し、その度に少しずつ、少しずつ妖は前へと進む。
金犬の前進は確実に覚者達を追い込み、限界阻止線へと近づけていく。
(そんなもの、想定済みです……!)
弾かれたラーラに入れ替わるようにして前に出たたまきは、子犬に札を叩きつけ牽制を掛けつつ気を張り直す。
自分達が敷いた陣の最大の強みは、相手の全速を封じることと、陣の厚さによる継戦能力の高さにある。威力は単体を狙った物よりも劣る列攻撃を中心にしたのも、何よりも敵の突破を阻止しようという意志の表れだ。
(この前とは、違うんです!)
たまきにとっては二度目の戦場。その時は目的こそ果たしたが憂いの残る結果になった。だから、
(皆さんと力を合わせれば、きっと……!)
今回こそは倒してみせる。倒すのだと強い意志を込めたたまきの札が、巨大な岩槍となって突出していた敵を刺した。
「今です!」
叫ぶ。役目を果たした少女の声に応えるのは、歓喜に踊るヘルメットマンだ。
「いただきます」
軸足で回り、勢いをつけたそのままに、型破りな動作で刀を振る。地を這う斬撃、そして切り上げへと移行する二連斬。
「足が幾つ有ろうが、この世に喰えぬモノなぞ無いからね!」
その一撃で、遂に敵の前衛に綻びが出来た。
だが、そここそを狙う者が居た。
「!」
逝のスーツに付着する、長舌の毒の粘液。それを見た金犬の動きが変わる。赤い瞳が左右に揺れて、次の瞬間。
「や、ば……!」
山吹の驚愕が、直後に響くガチンッといった金属のノックする音に似たそれに呑み込まれる。
敵の突破を防ぐため、覚者の半数を掛けた最大布陣。だからこそ、この一撃の被害は最大となる。
「―――!?」
山吹が、逝が、たまきが、仁が、翔が、ミュエルがその一撃の餌食になった。
金犬の牙による一閃。どういう理屈か長舌の援護を受けて威力を増したその刃は、前衛に立つ覚者を噛み砕く。
地面へ叩きつけられ、転がされ、衝撃に血を吐き、吹き上げ倒され、等しく窮地を与えられる。
「皆さん! ……渚さん!」
「うん!」
椿と渚がすぐさま治療を開始するが、無理矢理意識を回復させた者も含め、持ち直すには今少し、時間が足りない。
「く!」
崩された前線を取り繕うべく、仁が傷を負ったままの体で機関銃を構え弾丸を撒き散らす。だが、その弾丸は金犬に届くより先に命を賭した子犬によって妨害され、敵の大きな一歩を止められない。
「――いけない! !? もうっ!」
ブロックに向かおうとするラーラも、金犬に先んじて抜け出そうとした子犬への対処に時間を取られてしまう。
金犬の背後に蠢く長舌が喉を膨らませながら嗤う。
囲いを破って妖が行く。
その可能性が覚者達の中に浮かびかけたその瞬間。それは来た。
「一瞬でも勢いを殺せれば十分だ! てぇーー!!」
雨のような銃声。それは仁の機関銃と同じ音の響きをもって打ち鳴らされた。
「……!」
その音を聞いて笑ったのは、零だ。
折れかけていた膝に再び力を入れて、大太刀――鬼桜を構える。
狙いは敵陣に空いた穴の先にいる妖の指揮官。
もう逃がさない。
持ち直していく覚者達を見届けて、銃声の主達……封鎖区域の監視者であったAAAの隊員達は頷いた。
未来に起こる敗北と死を聞かされた彼らは大いに困惑したが、零の言葉に己の在り方を改めて考えたのだ。
「『私達が、希望になってみせるから』……か」
「FiVEが俺達の希望になるっていうのなら……それを全力で支えるのが先輩の役目だよな」
「あいつら程の力は俺達には無いけれど、俺達だって人々の、希望なんだ!」
その目には、今戦線に立つ覚者と同じ瞳の輝きが灯っていた。
●討滅者
火柱が上がる。最初に持ち直した山吹の、戦局を変える最初の一手だ。
「想定外を味方に付けるよ。こういう状況で、早々的確な指示ばかり飛ばせるわけがないでしょ」
思考の柔軟性で、獣には負けられない。
「ここから先へは行かせませんと……」
「言った……よ……!」
ラーラの火炎連弾とミュエルの術杖が狙ったのは、既にボロボロになっていた小型だ。的確にその数を減らしていく。
めまぐるしく変わっていく戦局に、長舌は目を回していた。どうするべきか、思考を巡らせていた。
逃げる。それも頭に浮かんだその時。
「何一つ、逃がすと思っているの?」
考えるあまり零していた隙だらけの舌を、鋭い刃が縦に貫き縫い付ける。ギチリと、機人の腕が鳴った。
叫ぶ雷鳴は、大太刀を標に長舌を打ち抜く。それは体の芯まで浸透し、長舌を痺れさせた。
対して前線は、一体となった金犬と最後の攻防を繰り広げる。
吠える金犬の叫びは変わらず覚者達を、そして遠目に立つAAAの隊員達も震わせたが、椿と渚が即座に癒してみせる。
仁が動いた。力を込めた念弾を、金犬の顎に直撃させる。
「一発きりの、大技です!」
たまきの目が、仁の撃ち抜いた箇所を見逃さない。土気を全身に満たし、溜めた力を弾けさせ強力なアッパーを放つ。
叫びが潰れ、舌を噛んだのか金犬の口から血がほとばしる。
覚者の連携は止まらない。
「美味しそうな胴体ががら空きだ」
やられた分はやり返す。食われたならば食い返す。逝が剛腕を振るった。
ドムッと深く貫く音がして、金犬はその動きを止めた。その衝撃は奥で縫い付けられていた長舌にも届き。
「残るは長舌、お前だけだ!」
勇ましい青年の声が響く。彼の手の先には、戦局の始まりに見た雷雲が生み出されていて。
「……!」
零が抉るようにして鬼桜を引き抜き離れた。その瞬間。
「これで、終わりだぁぁぁ!!」
翔の放った雷獣が、賢しい獣の妖の最期を飾った。
晴れ渡る空に、静寂が戻る。
誰もが息荒く。でも、皆生きている。
遠くでAAAの隊員達の歓声が上がっているのを聞きながら。
「……ふふ」
覚者達は勝利を分かち合う。
数多の笑みが溢れていく。
それは、春の日の平和がまた一つ守られた瞬間であった。
妖の群れが居る。
群れの中央に立つ金色の毛並みの獣が、彼に従う彼より二回りほど小さな獣達へとその赤い視線を巡らせた。
傍にある建造物の壁に貼り付いているトカゲの怪物は、それを長い舌を遊ばせて見つめていた。
金毛の獣が吠える。
遠く、遠くに響く声だ。聞く者を畏怖に震わせる強者の声だ。周囲の獣達は皆、それに合わせるように声を張った。
アスファルトの地面を二度、三度蹴って。妖の群れ長は視点を定めた。
己が越えるべき壁がそこにある。そしてその先には、無限の狩場が待っている。
金犬の背後にそっと長舌が寄り添った。時が来たのだ。
だから、行く。
金犬は高らかに叫びを上げながら走り出した。他の妖達がそれに追従する。
ただ待つだけではこの飢えは凌げない。だから、狩りに出るのだ。
「そうは問屋が卸さないぜ!」
彼らが走り出した先、古ぼけた団地街の道すがらにそれらは現れた。
獲物……ではない。あれは敵だと、怪物達は意識を鋭敏にする。
「やっぱあの時、片方だけでも倒しておければ楽できたなぁ」
「今度こそ、アタシ達で……食い止めないと……」
それらは各々に構えをとってこちらに相対する。戦うために来たのだと、すぐに分かった。
「群れたら出ようとする……まあ、納得の行動さね」
「今回は、負けません!」
記憶にある匂いがある。新しい匂いもある。そのいずれの匂いにも共通するモノがある。
「ここを通してしまったら、数え切れない程の被害が出ちゃうよね。だったら……!」
「敵集団を撃破する。それが任務だ」
その数、十。それら全てが――
「ここから先へは行かせません。絶対に守ります!」
「そうとも。何もまもれなくて、何がFiVEよ! AAAよ!!」
こちらの牙折る壁となるべく立ち向かって来ているのだ。
「きらら、行こう!」
だから。
獣の化生は戦を迎える咆哮をあげ、己が身を、付き従う者達を、全てを一本の槍にして。
「来るぞ!」
ぶつかった。
●矛と盾
複数の轟音が鳴る。
群れの突撃隊を担う小型の妖……子犬の体当たりを、前衛に立つ覚者達が受け止めた音だ。その数2つ。
「踏ん、張れ!」
「はい……!」
敵の重りを機関銃で受け止めながら赤坂・仁(CL2000426)が軸足に力を入れる。同様に『二兎の救い手』明石 ミュエル(CL2000172)も弾かれないようどうにか相手からの圧を受け流す。
陣形が崩れることはそのまま相手に突破の隙を見せることになる。初手から崩されてなどやれない。
「アハハ!」
二人が敵の突撃を受け止めていたその時、緒形 逝(CL2000156)は既に反撃の構えをとっていた。
およそ人の反応速度では至れぬ神掛かった先見を発揮し、彼は子犬の一体の突撃をいなし、返す刃で一撃を加える。
初めに守りこそ固めたが、徹底的な攻めの姿勢。
愛刀が飢えているのだ。目の前の獣の群れを食らい尽くせと訴えるのだ。その飢えが自らにも移る程に。
(ああ、おっさんもお腹が空いて来たよ)
ヘルメットの中、まるで刀の妖気に引き摺られるようにして、逝は上機嫌だった。
「悪食や、アレ等を食い潰すぞう!」
「き、気合では負けませんよ!」
少々狂気掛かった逝の隣、賀茂 たまき(CL2000994)がその勢いに負けぬよう気を張り札を貼る。
取り出した大護符には大きく無頼の文字。叩き付けるように放ったそれは、直後前列に迫った子犬達を圧し潰す力を生む。
「はぁ!」
たまきの気合に沿うように、札は力を発揮して妖の群れに負荷を掛けた。
動きを鈍らせた妖達を次に襲ったのは、纏わりつく独特の香りだった。それを嗅いだ子犬の一体がぐたりと動きを弱める。
「……!」
その動きに即応したのは仁だ。数多の気の弾丸を作り出し、動きを鈍らせている者達を一斉に射的の的にした。
作り上げた弾丸を討ち尽くした仁は、香りの産みの親であるミュエルと一瞬だけ視線を重ねるとその位置を同時にずらす。
稲光が散る。
「撃ちます!」
少女の声がした。『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の声だ。
彼女の掲げる手の先には、練りに練った召雷の輝きがある。
英霊の加護を得て、二度に渡る集中を込めた天術は、彼女の火行の影響を受けてか想像を絶する熱を持っていた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
魔女の詠唱に従って、焼き尽くす雷が放たれる。焦熱の雷光は一瞬の内に前列の妖を飲み込み燃焼させる。
光の駆け抜けた後には、足元をふらつかせ焦げた妖が居た。
「咆哮、構えて」
戦局が一気に覚者側へ傾いたかに思えたその瞬間。『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121)の声が飛ぶ。
直後、戦場に響き渡る轟音。子犬達の体当たりによって生じた音よりも大きい、音の暴力。
金犬が叫んだ。全てに畏怖を与える意志を込めて。
咆哮は覚者達の体を抑え込み、竦ませ、縛りつけようとする。が、
「しゃ、ら、く、せぇええ!!」
ビリビリと震える体を、『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)の返す大声が祓った。現の因子は11才の彼を戦うにふさわしい大人の姿に形作っている。
回復を一瞬考える。が、その役を負った三島 椿(CL2000061)が咆哮の力を受けていないと分かれば頭を即座に切り替えた。
狙いはラーラの術式でダメージを負った子犬達。
「鍛え上げたこの一撃、受けてみろ!」
堂に入った構えから、編み上げた術式を展開する。中空に突如として収束した天の気が雷雲を作り、次の瞬間。
「鳴れ、雷獣!」
翔の号令の元、妖達へ再度強烈な雷撃が加えられた。空気を切り裂く爆音の後、雷に打たれた妖は黒い煙を吐き、深く身を打った子犬の内の一体はそのまま大地へ前足を折る。
確かな手応えに翔は笑む。だが、戦いの流れはそこで途切れることはない。
「あーあー、よく鳴るね。ホント」
「待ってて、今痺れを何とかするわ!」
仲間に警戒を促した山吹は、その隙を突かれる形で体に痺れを来していた。事なきを得ていた椿は急ぎ、天術による治療を試みる。
「前衛もいくらかやられてたけど、あらかた解れてるみたいね」
片時も敵から目を離さない山吹が動くようになった体を確かめながら、視界に映る仲間達の様子も含めて口を開く。緊張がないのか頓着してないのか、気負いの少ない山吹の存在はとても心強いと、椿は思った。
「初手に敵の手数が削れたのが大きいね。あれで前衛の瓦解する可能性が格段に減ったわ」
「零のおかげかな」
彼女達の視線は最前線で舞う一人の少女に向けられる。『裏切者』鳴神 零(CL2000669)は誰よりも先に動いていた。
(とりあえず最前列、子犬達の初手は凌げた)
最前線に躍り出た彼女は、害意を示す者を眠りへ誘う艶舞を披露していた。効果は覿面、突撃を掛けた子犬の一体が眠り、妖の矛は早速の綻びを生んだのだ。続く金犬が突破ではなく威嚇の咆哮を選んだのもその影響が大きいだろう。
(っていうかさっきの咆哮なに、怖い怖い音大きい)
元来の気性か、戦いの暴流を浴びて零の体に震えが奔る。それは平素ならば恐怖をどこまでも深化させるものだが、
「……ふ、ふふふ!」
覚醒し械の因子を目覚めさせた今の体には、胸の奥から熱を滾らせる燃料となる。
「長舌ぁ!」
敵の前衛が集中砲火を前に足並みを乱したのを感じ、彼女は視線を敵陣奥へと走らせる。
「……!」
そこには金犬を壁にするようにしてもう一体の大型の妖、長舌が覚者達の様子を窺っていた。
(待機、してるの?)
長舌が今まで動いていないのを思い出す。なるほど、山吹ちゃんの言った通りだと零は得心した。
戦術の要となるのは長舌。そうだと思えばあれの今とっている行動は本当の意味での様子見なのだと容易に想像がつく。
零の視線を受けてか、ここに来て長舌が動いた。
「!」
前衛の覚者達の視線が上へ持ちあがる。
「おおっ! 跳ぶのかい!?」
ヘルメットグラス越しに逝が見たのは、蛙飛びの要領で跳ねた長舌の姿だった。飛びあがった長舌は空中で姿勢を制御し覚者達を見下ろす格好になると、空気を吸い込み口を膨らまし、数瞬の溜めをもって舌を射出する。
「きゃあ!」
「椿さん!」
バリスタに劣らぬ速度で放たれた舌が伸びた先にいたのは椿だ。舌は彼女の青い翼ごと絡め取り、一気に引き寄せる。
『生命の盾持ち』栗落花 渚(CL2001360)が手を伸ばすが届かない。舌に絡まれ包まれ彼女が放り出された先は、まさに戦場のど真ん中、自陣の矢面である。
「落ち着いて、渚さん!」
「くっ」
伸ばした手を横に振るい、渚が椿に代わって痺れの残る仲間の治療を継続する。彼女の活性化させた癒力で、動きを鈍らせ荒い呼吸を吐いていたミュエルに再び落ち着きが戻る。それをホッとした様子で少しだけ見守るも、渚はすぐに気を引き締め敵を見る。
「まだ、始まったばかり……」
そう、これはあくまで初撃のやり取り。ここからこのような衝突を、覚者達は何度も繰り返すことになるのだ。
ダメージを負った小型達がゆらりと起き上ってくる。
咆哮を止め覚者達を改めて睨みつける金犬の目が、赤く、鈍く輝いていた。
●連環連鎖
「んぐっ! っとお!?」
「! そこは通しません!」
敵前に晒された椿を庇い、逝が子犬の体当たりを受け止め後列に弾かれる。そのまま突破を掛けようと身を低くした子犬は、ラーラが連続して放つ火球で阻害する。
「はいはい、とうせんぼね」
逝の抜けた穴は即座に山吹が埋めた。彼女の見立てでは敵にここから遠回りする選択はないと踏んでいる。
痺れに起き上がろうとする子犬と仁に競り合っているもう一体へは、翔が再び雷迅を穿つ。
止まらない。
「疾っ!」
眠りから目覚めたもう一匹が前線へ飛び込んでくれば零が受け止めた。愛刀の鬼桜で受け流す動作の内に、キリキリと火花が舞う。
金犬が来た。
(椿さん!)
渚が跳んだ。金犬の牙が列を裂く。
前衛が一気に震える。最も強力な一撃を、しかし覚者達は突破を防ぐためにそれを受け止めねばならない。
弾かれた逝の代わりに渚が椿を庇った。看護を志す彼女の慈恵の念は、仲間の怪我の治療に留まらない。
(あ、子犬……敵じゃなかったら、可愛いのに……)
だが如何せん、覚者としての力の扱いに未だ長じていない彼女には重い行為だった。視界が揺れ、意識が乱れていく。
「渚さん!」
それを引き留めたのは守られた側である椿だ。彼女は渚を抱き寄せるようにして共に中列へと下がっていく。
「ッ!」
仁もその動きに合わせて再び気の弾丸を作り出し、間合いを取りながら引き打ちして彼女達の後退を援護する。
引いたことで出来た空間へ金犬が足を進める。足並みを揃えた子犬もそれに続く。
「行かせ……ない、よ」
ミュエルが立ちはだかる。彼女が今回己に課したのは、皆が倒れぬよう、支えること。
(力を、貸して……!)
強い意識を込めて木気へと働きかける。ふわり、生み出された爽やかな香りが覚者達を包み治癒力を高めた。
戦場は少しずつ動く。
隊列を逐次変化させ敵を迎え撃つ構えをとった覚者達は、自陣が乱れても乱れてもすぐに持ち直していく。
対して妖側の陣形は、前衛がいくら弾かれようとも前進侵略を止めない力押しの突破陣。
突破の衝撃は到底その場で受け止め切れるものではなく、故に覚者達は連環の如く己を回し対策する。だがそれは一時的にでも陣が崩される事実も示し、その度に少しずつ、少しずつ妖は前へと進む。
金犬の前進は確実に覚者達を追い込み、限界阻止線へと近づけていく。
(そんなもの、想定済みです……!)
弾かれたラーラに入れ替わるようにして前に出たたまきは、子犬に札を叩きつけ牽制を掛けつつ気を張り直す。
自分達が敷いた陣の最大の強みは、相手の全速を封じることと、陣の厚さによる継戦能力の高さにある。威力は単体を狙った物よりも劣る列攻撃を中心にしたのも、何よりも敵の突破を阻止しようという意志の表れだ。
(この前とは、違うんです!)
たまきにとっては二度目の戦場。その時は目的こそ果たしたが憂いの残る結果になった。だから、
(皆さんと力を合わせれば、きっと……!)
今回こそは倒してみせる。倒すのだと強い意志を込めたたまきの札が、巨大な岩槍となって突出していた敵を刺した。
「今です!」
叫ぶ。役目を果たした少女の声に応えるのは、歓喜に踊るヘルメットマンだ。
「いただきます」
軸足で回り、勢いをつけたそのままに、型破りな動作で刀を振る。地を這う斬撃、そして切り上げへと移行する二連斬。
「足が幾つ有ろうが、この世に喰えぬモノなぞ無いからね!」
その一撃で、遂に敵の前衛に綻びが出来た。
だが、そここそを狙う者が居た。
「!」
逝のスーツに付着する、長舌の毒の粘液。それを見た金犬の動きが変わる。赤い瞳が左右に揺れて、次の瞬間。
「や、ば……!」
山吹の驚愕が、直後に響くガチンッといった金属のノックする音に似たそれに呑み込まれる。
敵の突破を防ぐため、覚者の半数を掛けた最大布陣。だからこそ、この一撃の被害は最大となる。
「―――!?」
山吹が、逝が、たまきが、仁が、翔が、ミュエルがその一撃の餌食になった。
金犬の牙による一閃。どういう理屈か長舌の援護を受けて威力を増したその刃は、前衛に立つ覚者を噛み砕く。
地面へ叩きつけられ、転がされ、衝撃に血を吐き、吹き上げ倒され、等しく窮地を与えられる。
「皆さん! ……渚さん!」
「うん!」
椿と渚がすぐさま治療を開始するが、無理矢理意識を回復させた者も含め、持ち直すには今少し、時間が足りない。
「く!」
崩された前線を取り繕うべく、仁が傷を負ったままの体で機関銃を構え弾丸を撒き散らす。だが、その弾丸は金犬に届くより先に命を賭した子犬によって妨害され、敵の大きな一歩を止められない。
「――いけない! !? もうっ!」
ブロックに向かおうとするラーラも、金犬に先んじて抜け出そうとした子犬への対処に時間を取られてしまう。
金犬の背後に蠢く長舌が喉を膨らませながら嗤う。
囲いを破って妖が行く。
その可能性が覚者達の中に浮かびかけたその瞬間。それは来た。
「一瞬でも勢いを殺せれば十分だ! てぇーー!!」
雨のような銃声。それは仁の機関銃と同じ音の響きをもって打ち鳴らされた。
「……!」
その音を聞いて笑ったのは、零だ。
折れかけていた膝に再び力を入れて、大太刀――鬼桜を構える。
狙いは敵陣に空いた穴の先にいる妖の指揮官。
もう逃がさない。
持ち直していく覚者達を見届けて、銃声の主達……封鎖区域の監視者であったAAAの隊員達は頷いた。
未来に起こる敗北と死を聞かされた彼らは大いに困惑したが、零の言葉に己の在り方を改めて考えたのだ。
「『私達が、希望になってみせるから』……か」
「FiVEが俺達の希望になるっていうのなら……それを全力で支えるのが先輩の役目だよな」
「あいつら程の力は俺達には無いけれど、俺達だって人々の、希望なんだ!」
その目には、今戦線に立つ覚者と同じ瞳の輝きが灯っていた。
●討滅者
火柱が上がる。最初に持ち直した山吹の、戦局を変える最初の一手だ。
「想定外を味方に付けるよ。こういう状況で、早々的確な指示ばかり飛ばせるわけがないでしょ」
思考の柔軟性で、獣には負けられない。
「ここから先へは行かせませんと……」
「言った……よ……!」
ラーラの火炎連弾とミュエルの術杖が狙ったのは、既にボロボロになっていた小型だ。的確にその数を減らしていく。
めまぐるしく変わっていく戦局に、長舌は目を回していた。どうするべきか、思考を巡らせていた。
逃げる。それも頭に浮かんだその時。
「何一つ、逃がすと思っているの?」
考えるあまり零していた隙だらけの舌を、鋭い刃が縦に貫き縫い付ける。ギチリと、機人の腕が鳴った。
叫ぶ雷鳴は、大太刀を標に長舌を打ち抜く。それは体の芯まで浸透し、長舌を痺れさせた。
対して前線は、一体となった金犬と最後の攻防を繰り広げる。
吠える金犬の叫びは変わらず覚者達を、そして遠目に立つAAAの隊員達も震わせたが、椿と渚が即座に癒してみせる。
仁が動いた。力を込めた念弾を、金犬の顎に直撃させる。
「一発きりの、大技です!」
たまきの目が、仁の撃ち抜いた箇所を見逃さない。土気を全身に満たし、溜めた力を弾けさせ強力なアッパーを放つ。
叫びが潰れ、舌を噛んだのか金犬の口から血がほとばしる。
覚者の連携は止まらない。
「美味しそうな胴体ががら空きだ」
やられた分はやり返す。食われたならば食い返す。逝が剛腕を振るった。
ドムッと深く貫く音がして、金犬はその動きを止めた。その衝撃は奥で縫い付けられていた長舌にも届き。
「残るは長舌、お前だけだ!」
勇ましい青年の声が響く。彼の手の先には、戦局の始まりに見た雷雲が生み出されていて。
「……!」
零が抉るようにして鬼桜を引き抜き離れた。その瞬間。
「これで、終わりだぁぁぁ!!」
翔の放った雷獣が、賢しい獣の妖の最期を飾った。
晴れ渡る空に、静寂が戻る。
誰もが息荒く。でも、皆生きている。
遠くでAAAの隊員達の歓声が上がっているのを聞きながら。
「……ふふ」
覚者達は勝利を分かち合う。
数多の笑みが溢れていく。
それは、春の日の平和がまた一つ守られた瞬間であった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
依頼完了。覚者の皆様はお疲れ様でした。
誰一人の犠牲もなく、何一つの取りこぼしもなく。敵の殲滅の完遂の成功です。
打った手の数が勝利へ繋がる戦略戦、楽しんでいただけましたら何よりです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。
誰一人の犠牲もなく、何一つの取りこぼしもなく。敵の殲滅の完遂の成功です。
打った手の数が勝利へ繋がる戦略戦、楽しんでいただけましたら何よりです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。
