<双天>片割れの刃
●
「妖が出るんだ! なんとも、気狂った鬼が出るんだ。退治してくれ!」
……って、久方 相馬(nCL2000004)は言っていたはずなんだけれども。
●
命令に、一々私情を挟む事は無いが。何故か、意味も解らず心の中に靄がかかるようであった。
巨大な鋏の片割れを振り。血と、油を払った褐色肌の男は、酷く不機嫌な顔を作る。
肉塊へ変わった獲物を見つめてから、瞳を閉じた。
肉塊は、破綻者であった。
自分は他人を評価出来るような誉れた身では無いが、彼の武器を振るう腕は悪くなかった。
勿体無い。
殺さねばならない事が。
命令さえ無ければ。いや、命令が無くとも破綻者は排除せねばならない事は知っているが。
もし、生かす事が出来れば。
更に敵は強化が進み、そうしたら、また、一戦交えられたというのに。
今度は自分が追われる兎となっただろうか。その状況に至る事さえ、何故か心弾むというのに。
――ふと、甘い香りがした。
いつも隣で笑っている花の香だ。
長い金髪に、王子を思わす風貌を持った男が、物珍し気に不機嫌極まる顔を覗き込んだ。
「兄弟? どうしたんだい、焦燥感でも湧き上がる一歩手前ってところかい?」
「兄者。いえ、任務に心違えることなどありません。我々は家具。それに、不機嫌な顔は何時ものことです」
「いや? 今日は眉間のシワがひとつばかり多いね。僕の前で嘘を吐くのはいけないよ。君と二四年、共に過ごしているんだ。
命令を全うしたのなら、報告に行くかい? その後は美味しいものでも食べに行こう。と、誘いたいところだけど。お前は外の空気を吸っておいで。
これは独り言だけれど、どうやら『逢魔ヶ時紫雨殿を撤退させた組織』が、近くにいるようなんだ、FiVE、だっけ? って、紫雨殿から預かっている夢見殿がぶつぶつ呟いていたよ」
「兄者……任務中です。そんなものに、この俺が、興味が、あると……お思い、ですか?」
「うん」
「兄者は俺という家具が、人間らしい情に流されると?」
「うん。気を付けていっておいで」
「兄者……」
「うん?」
●
こちらFiVE、相馬から伝えられた任務の為、現場へ急行中。
最中、道を阻むように褐色肌で黒い軍服を着た男が立ち塞がった。
「止まれ。
貴殿等が噂に聞くFiVE組織とお見受けする。相違無いか?
我が名は、御子神・辛(みこがみ・かのと)。
七星剣に仕える双天の刃が、一刃。
逢魔ヶ時紫雨殿を撤退させた事を聞き、馳せ参じた。
強き者たちよ。
是非、この俺に戦術や技術の手解きを―――いや、それも違うな……とりあえず、俺と戦え、頼む」
律儀に一礼し、言い放つ辛。
其処に一切の悪意が聞こえない。
そして、彼の背後に巨大な影が噴き出すように出現した。
涎を垂らしながら幾人の人間を飲み込んだ巨大な食人鬼が、咆哮と共に森を震わせたのだ。地響き、山鳴り、鳥達は森から逃げるために翼を広げた。
本来なら辛も気づいて良い状態だろうが、彼は彼で拳を握りしめながら何かに感動していた。これはあれだ、一点に集中すると廻りが見えなくなるタイプの人間だ。それにしても気づかないにも過ぎるが。
(流石です、兄者!!
この俺の心の淀みを読み取り、そしてそれをぶつけられる相手まで提示して下さるとは……!!)
FiVE覚者は思った。
えらいこっちゃ。
と。
「妖が出るんだ! なんとも、気狂った鬼が出るんだ。退治してくれ!」
……って、久方 相馬(nCL2000004)は言っていたはずなんだけれども。
●
命令に、一々私情を挟む事は無いが。何故か、意味も解らず心の中に靄がかかるようであった。
巨大な鋏の片割れを振り。血と、油を払った褐色肌の男は、酷く不機嫌な顔を作る。
肉塊へ変わった獲物を見つめてから、瞳を閉じた。
肉塊は、破綻者であった。
自分は他人を評価出来るような誉れた身では無いが、彼の武器を振るう腕は悪くなかった。
勿体無い。
殺さねばならない事が。
命令さえ無ければ。いや、命令が無くとも破綻者は排除せねばならない事は知っているが。
もし、生かす事が出来れば。
更に敵は強化が進み、そうしたら、また、一戦交えられたというのに。
今度は自分が追われる兎となっただろうか。その状況に至る事さえ、何故か心弾むというのに。
――ふと、甘い香りがした。
いつも隣で笑っている花の香だ。
長い金髪に、王子を思わす風貌を持った男が、物珍し気に不機嫌極まる顔を覗き込んだ。
「兄弟? どうしたんだい、焦燥感でも湧き上がる一歩手前ってところかい?」
「兄者。いえ、任務に心違えることなどありません。我々は家具。それに、不機嫌な顔は何時ものことです」
「いや? 今日は眉間のシワがひとつばかり多いね。僕の前で嘘を吐くのはいけないよ。君と二四年、共に過ごしているんだ。
命令を全うしたのなら、報告に行くかい? その後は美味しいものでも食べに行こう。と、誘いたいところだけど。お前は外の空気を吸っておいで。
これは独り言だけれど、どうやら『逢魔ヶ時紫雨殿を撤退させた組織』が、近くにいるようなんだ、FiVE、だっけ? って、紫雨殿から預かっている夢見殿がぶつぶつ呟いていたよ」
「兄者……任務中です。そんなものに、この俺が、興味が、あると……お思い、ですか?」
「うん」
「兄者は俺という家具が、人間らしい情に流されると?」
「うん。気を付けていっておいで」
「兄者……」
「うん?」
●
こちらFiVE、相馬から伝えられた任務の為、現場へ急行中。
最中、道を阻むように褐色肌で黒い軍服を着た男が立ち塞がった。
「止まれ。
貴殿等が噂に聞くFiVE組織とお見受けする。相違無いか?
我が名は、御子神・辛(みこがみ・かのと)。
七星剣に仕える双天の刃が、一刃。
逢魔ヶ時紫雨殿を撤退させた事を聞き、馳せ参じた。
強き者たちよ。
是非、この俺に戦術や技術の手解きを―――いや、それも違うな……とりあえず、俺と戦え、頼む」
律儀に一礼し、言い放つ辛。
其処に一切の悪意が聞こえない。
そして、彼の背後に巨大な影が噴き出すように出現した。
涎を垂らしながら幾人の人間を飲み込んだ巨大な食人鬼が、咆哮と共に森を震わせたのだ。地響き、山鳴り、鳥達は森から逃げるために翼を広げた。
本来なら辛も気づいて良い状態だろうが、彼は彼で拳を握りしめながら何かに感動していた。これはあれだ、一点に集中すると廻りが見えなくなるタイプの人間だ。それにしても気づかないにも過ぎるが。
(流石です、兄者!!
この俺の心の淀みを読み取り、そしてそれをぶつけられる相手まで提示して下さるとは……!!)
FiVE覚者は思った。
えらいこっちゃ。
と。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.食人鬼の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況
鬼の討伐をしにいったら、七星剣が戦ってほしそうにこっちを見ている。
どういう訳かFiVEがここを通るのを知られていたらしい。
えらいこっちゃ。
●古妖
・食人鬼、底知れぬ空腹に人を襲い食い散らかしている模様。説得が不可能の荒ぶる悪鬼であるが故に討伐を相馬より依頼されました
肉弾戦が得意で、巨体。その攻撃は列にまで及ぶ程。バッドステータスの類は、攻撃を受ければ致命が施されるくらいで、食われると出血が発生。また、鬼が覚者を捕食したとき、鬼の体力が回復します。
攻撃威力はあほほど高く、そこだけ注意。
鬼は巨体のため、抑えるには三人必要です
●七星剣
・御子神辛
因子は顔の頬に痕があるため、彩
術式は不明
常に不機嫌極まりない表情をしており、巨大な鋏の片割れを所持し、それを振るいます
その他一切の情報無し、強いて言えばOPで示した通りの性格。鬼がいようがいまいが、攻撃して来ます。
●場所
・森の中
戦闘に支障は一切存在しません
それではご縁がありましたら、よろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年05月11日
2016年05月11日
■メイン参加者 6人■

●
さぁさぁ!
目まぐるしく進む今というこの場の時間に限って、勝負の裏に暗躍する目論見なんて一切存在しない。
御子神辛は純粋無垢だ。
辛の右手が前へと出て、覚者たちを握りつぶすようにして、そして閉じられた。
「いざ―――」
辛の開いた拳は巨大な鋏の片割れを握る。そして、地を蹴った。一切の拒否を許す心算は無い模様。
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は足を半歩開き、ふわりと浮かんだ見慣れた鞘を左手で掴む。先手を取られる事は癪だ。出遅れたが、なぁにまだ間に合う。
「下がってろお前ら。ソイツとは俺がやる」
全力で押し込んできた辛の刃部を、半分程度に抜刀した贋作虎徹で受け止めた。衝撃で、足元の土が二人を中心に円を描くようにして飛び散っていく。
ぶつかり合いの結果はすぐに出た。刀嗣の身体が力に押されて弾けるように後方へと吹き飛んだのだ。
その左右を、
「諏訪さん、任せました、よ」
「いってくるッス!!」
「えっと……辛さん、また、後でね?」
「ちょっとは状況みてください辛とやら」
「ねえねえ、ほんとに見えてないのかな?」
『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017) 、『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275) 、『夕暮れの黒』黒桐 夕樹(CL2000163) 、『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695) 、『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360) が抜けていく。
抜けた覚者を追うように、辛の顔だけが後方を見た。
「な!? ま、待て!! ……くそっ」
暫く唖然としたように口を開いてから、閉じる(まだ鬼が眼中に入らないらしい)。
「流石、FiVE。この俺なんぞ、相手をするのに一人で十分だと? そういうことか」
辛い重荷でも背負ったような表情をし、一人悩み始めた。彼は彼で、思うところがあるらしいが、それは覚者にとっては関係が無いことだ。
「ならば、まずは貴殿をのしてからだ」
辛の刃が再び構えられる。刀嗣は勢いに吹き飛ばされて倒れているかと思えば、木の表面に垂直になる形で着地していた。未だ冷め止まぬ運動エネルギーの威力に身を任せて重力に反した姿勢で言う。
「ミコガミとか言ったな。テメェの事ぁ気に入ったが一つだけ頂けねえところがあるなぁ」
「……? ほう、是非聞かせて貰いたい」
「頼むってなぁ余計だ。正面から挑んできた奴から逃げるなんざ俺はしねぇ。だから俺に挑むなら、次がありゃこういう風にやりな」
刀嗣は木を蹴った。巻き戻されるように戻ってきた彼は、今度こそ刀を全て抜き切ってから、辛の直前で横に振りかぶった。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。いざ、尋常に勝負」
――ズゥン……と地響きが鳴った。
鬼の手の甲が木を破壊し、その破壊された一本の巨木が折れて傾く。徐々に倒れていく。舞子の身体の上に巨木の影が重なった。
「わ、わわ、馬鹿力ッス!!」
「滅茶苦茶だよ、ああ、もう」
無表情であれ頬に汗を一滴流した夕樹は、舞子を抱きしめるような形で抱えてから飛び、背後で巨木は音を立てて倒れた。
濃霧のような土埃と風が吹き荒れる中、舞子は夕樹に片腕で掴まりつつ、第三の瞳が開眼した右手の上げて閃光を放つ。
「ちったぁ、大人しくなれッスよ!!」
閃光は鬼の右目を食い破った。鬼は目を手で押さえ、唸れば唸る程山は震え、軽い地震が起きているようである。
五人の戦闘でも手いっぱいである。祇澄は心の中で軽く辛を呪いながら、両手に刃を携え巨大な鬼を見上げた。身体に神秘のベールを纏わせつつ、祇澄は刀を十字に擦り合わせる。
タン、タン、タン、と規則性のあるリズムで燐花が走り、祇澄の作った十字の上に飛び乗った。
「いきま、す」
「おもいきりお願いします」
祇澄によって燐花は投げられ、鬼の懐に飛び込んだ。鬼の腹部までの到達時間は一秒以下――十分だ。
「お相手させて頂きます。貴方がどんな存在か詳しく存じ上げませんが、そういう指令を受けましたので。すみません」
苦無を突き出し、点のような切っ先に最大の圧力を込めて突き切った。
再びズゥゥン!! と鳴る。鬼の身体は背中から倒れて、仰向けに寝そべった。
捨て身のタックルをかました燐花は、少し離れた場所で反動で震える腕を抑えつつ鬼を視界に入れる。
これで隙ができるかと思われたのだが、身軽にも即座に立ち上がった鬼。未だ圧倒的な体力を残しているのは当たり前として、振りあがった大木のような腕は燐花を狙っている。
嗚呼、これは逃げるには反応が遅れた。脳裏に思い浮かんだのはよく知る人の悲しむ顔だ。燐花が唇を噛んだ手前、衝撃に備える。
だがその時、辛が偶然後退してきた。タイミングよく燐花の手前に来たかと思えば、鬼の拳に辛がぶつかった。燐花も思わず、一度目が点になり飛んでいく辛を目で追った。
むくり、血塗れて起き上がる辛。
「さ、流石FiVE。今の一撃は、かなり効いたぞ。どのような技だ?」
燐花に目線が来たが、燐花は鬼のほうを見た。
「……そいつじゃねェ」
刀嗣が呆れたように反論をひとつ。
渚は身体を硬質化させつつ、はぁ……とため息をひとつ吐いた。
「私達に本気で相手にして貰いたいならこの鬼さんを先にやっつけてよ」
「……鬼?」
そこでやっと辛は鬼の姿が見えたらしい。が。
「FiVEの一員には、屈強な男性がいるのですね。角……羊かなにかの獣憑か?」
あ、駄目だこいつ。渚は一瞬にしてそう判断し、脳内は共闘路線を切り捨ててゴミ箱へ叩き込んだ。
●
渚の癒しは周囲を支える。
鬼に金棒とは言ったものだが、金棒を持つのは渚。その小さな体に似合わぬ得物から力を吸い取り、己の癒力へと変換。
「さあ、反撃の時間を貴方に!」
渚の伸ばした手は、仰向けに倒れる祇澄へと触れ。瞬時に祇澄の瞳は大きく開かれる。
数秒前の出来事であった。祇澄は足を掴まれたかと思えば、振り上げられてから地面に叩きつけられたのだ。白目向きながら内臓がミックスされたような激痛に耐えながら――だが、起き上がる。
「いざ。神室流、神室祇澄、参ります!」
喉に溜まった血溜まりを吐く。
そして。今一度、双子の刃を振るう機会は廻らねど、それを得物に詫びてから蒼く灯る瞳を前髪の隙間より覗かせる。
「いきます、よ!」
百八十度近くにまで高く上げられた片足。それを勢いよく地面に叩きつけるようにすれば、地面から手あたり次第に突飛する土の刃。此処が、山だというのなら。地面が土というのなら。土行の縄張りであることを今一度知らしめるのだ。
足裏を貫かれ、縫い止められた鬼は言語を忘れた吼え方をした。唾液をまき散らし、血走った瞳は理性を捨てきった。
危険の塊。夕樹は再認識した。
「やることは……やらないとね」
瞳の端に辛の黒軍服がちらつくが、今この距離ではこちらに手を出してくる事は無いだろう。それは上手く刀嗣が辛を誘導している。
夕樹は利き手の中で種子を転がした。足が動かぬ鬼は両腕を大きく振るい暴れている。ならば胴体か。ライフルの中の弾を一瞬で全て抜き取り、代わりに種子を込めた弾丸を装着。
「的が大きいから、狙いやすいよ」
爆音が炸裂した。弾丸は鬼の腹部に収まり、夕樹が指を弾いてパチンと鳴らせば種子は一瞬にして鬼を糧とし根を張り、成長し、棘をかける。
「やったッスか!!」
舞子がコンバットボウを下にしながら様子を見るが、棘を引き裂き嚙み千切る鬼を見て背中が震えた。
「あはは。葛城さん、それフラグ」
「ごめんなさいッス!」
夕樹が軽い微笑をしながら、次の一手を思考する。
刀嗣と辛。互いに半円を描くように走り、仕掛けるタイミングを探り合うのだ。
妙な武器である。巨大な鋏さえ珍しいものだが、その片割れを使うなどと。打撃に左腹が痛めば、右肩の切れた部位から血が溢れる。鈍器にも刃物にもなる。恐らく突く事も可能だろう。ハイブリット化している文明の利器に刀嗣は唾を吐く手前、感謝した――愉快な敵の出現の偶然に。
ほぼ同時に飛び出す二人は、鍔迫りの形となる。互いの武器は震える程に攻防を行うものの、口程度は開けるようだ。
「お前、自付与は使えるのか?」
「いえ、俺は」
「ならいい、なんでもねェ」
最高の能力値に熟成させて、丸ごと頂く――のも一興だが、皿に料理が無いのなら仕方あるまい。
「まあ最後まで聞け」
「状況が見えて無かったお前に言われる言葉じゃねェ……が、なんだ」
「敵の弱体化技ならある、が」
「が?」
「そんなものに機会を捨てるなら、一撃叩き込んだ方が良いとは思う性分だ」
「奇遇だな。俺様も、そんなものに時間を与える気はコンマ一ミリだろうと、ねぇ。ほいそれと、ぶち当てられる気も、ねえ!!」
鬼の両手が合掌。それが天高く振りあがった。
嗚呼、それはまずい。肌で感じ取った渚であるが直後振り落とされたそれには全身の骨が大音量で悲鳴をあげた。
舞子が彼女の名を叫んでから、近代的なデザインの弓を肘と脇腹の間に挟んでから五行が一、水へと呼びかけた。
気分は鬼退治だ。だがこれがなかなか、苦戦という訳では無いのだがどうにも被弾の数と削れる体力の幅が大きい。仲間が愉快なオブジェ化するのは避けたいし、何よりあの辛という鬼もどうにかせねばならないし、彼と戦う仲間の体力の限界も測らないといけない。
「あーもう! やる事多いッスね!!」
今度こそ正真正銘叫んでから、柔らかい水が輝く天使のように暖かく渚を包み込む。後衛という職務であるからこそ、戦場が見えていた。舞子は再び回復という最良の一手を選ぶ。
鬼の腕に足場を置いた燐花が腕、肘、脇と足場を変えて空中で横に一回転。廻し蹴りを二度放ち、鬼の首は横へと伸びた。
この鬼には果たして悪気というものがあるのだろうか。燐花は思う。私達が腹を満たす為に他の命を貪る事と、何が違うというのか――それを思ってしまえば、今やっている事とは一体なんなのか。
思えば思う程、思考は沼へとはまっていく。此処には明確な善悪が無いのだ。あるのは人間のエゴに塗れた善悪だ。一瞬の思考のブレに気付けば足が掴まれ、逆さまにぶら下がっていた。
「喰らいたければ喰らえばいい。それ以上にこちらが攻撃すればいい」
たかが手負いで、燐花は止まらない。それは幼き頃より叩き込まれたものだ。ある意味、それは催眠や暗示や洗脳の類にも似た人間離れを起こしているのかもしれないが――。
「燐花ちゃんを!」
「はい!」
渚と祇澄はコンマ三秒、目線のみで会話を終える。
祇澄は飛び上がり、刃を両手に強く力が籠った。失敗は許されない、仲間を守る為に攻撃を、只管の攻撃を!
「彼女を――離しなさい!!」
鬼の燐花を掴む腕を切断。燐花を渚がキャッチし、だが鬼は許さない。
「危ないッス!!」
舞子の声に、祇澄は振り向いた。だが、一歩遅い。鬼の足が祇澄の胴体を蹴り上げノックバック――
――地面に叩きつけられバウンドしてから、刀嗣が祇澄を受け止める。
既に鬼の攻撃により命数を飛ばしていた祇澄に意識は無い。刀嗣は彼女を花咲く場へ横たわらせてから、彼女を背に隠す位置で辛へ再び飛びかかった。
「安心しろ。一度も刃を交えなかった相手にトドメなど。命令で無ければ、やらん」
「心底軽蔑する目を用意していたが、お払い箱で何よりだ」
馬鹿上等。喧嘩上等。
それだけで十分では無いか。複雑な計算式を求められる数学よりも、遥かに良い。
辛の刃と刀嗣の刃が何度か交差した後、二人の得物は衝撃に手から外れて回転しながらお互いの背面へと突き刺さった。
「借りるぞ」
「チッ」
反発し距離を取った二人。刀嗣は鋏を。辛は贋作虎徹を握り、再びぶつからんと地面を蹴る。
「さっきまで随分面白くなさそうな面ァしてやがったが、良い顔になってきたじゃねェか!!」
「そうか?」
「ああ、次やる時は二人で来い。お前、二人で戦うのが本来のスタイルだろ。今度はそれで楽しませろよな」
「前向きに検討しよう。……ああ、持ってみて理解した。『軽い』な刀は。そっちの鋏は『重い』だろ?」
気が付けば笑みが零れていた。互いに、けして写真に写せる笑顔では無いが。
細切れの時間。段、々、近づき、交差、衝突、血飛沫――。
鬼は進む。
夕樹は苦い顔をした。追い詰められた鼠とはこういう感情になるものなのか。鬼の瞳に見える己はちっぽけだ。だが、窮鼠猫を噛むとも言うではないか。
鬼の瞳に映った己が拡大されたときには、夕樹の左腕が消えていた。肩から先、鬼の口の中へ旅行を始めたか。
そこで彼は大声で叫んだ。
こだまする。
血は拭く。
痛覚は強調してくる。
しかし、舞子の目に移った夕樹は段々と笑った。
「なんちゃって――ちょっと刺激、強いかもね?」
疑問符を浮かべる表情を鬼がした、刹那。
残った腕の先、夕樹がパチンと音を鳴らす。
つまりこうだ、外から駄目なら内側から破壊したら、さあどうなる。
『ぶ、び、ぶぁ、ぶああああああああああああああああああ!!!』
鬼の顔面より、鼻や耳、目からも棘が飛び出した。これは最早脳まで根や棘が達した事だろう。膝が先に地面につき、そして、鬼はうつ伏せに倒れた。
「……俺の腕、不味かったでしょ? 『隠し味』が特に、ね」
とはいえ、痛みがある夕樹は苦い顔をしながら、植物の種子にキスを落とした。
「あ、だめかも」
「だいじょうぶっすよ」
夕樹の背を支えた舞子は精神力を糧に彼の再生を望む。
「こういう時の、水行なんスから!」
だが、まだ。鬼は土を掴んだ、起き上がらんとしていた。
しかしだ。
「いい加減くだばりなさい。後が、つっかえてそれ所じゃないんだから、こっちは」
渚は鬼の背に着地した。金棒を振りかぶり――鬼が、鬼の金棒で終わるとはなんとも不思議なことだが――そして、振り落とした。
「見事だ、FiVEの。鬼は妖怪の中でも高位の戦闘力を持っている者が多いというのに」
褐色肌の唇が、魂が現れたような艶やかな声色でそう言った。
●
「言っただろ。『重い』とな」
刀嗣は木に縫い止められていた。丁度、肺のあたりを己の武器に貫かれ、鼻と口から多量の血を吐いている状態。
鋏を落とした刀嗣。だがまだやれると瞳に炎を灯らせ、足元から白炎を吹き上がらせていた。
鋏を拾い、血と油を振り払いながら辛は一礼してから背後を振り向けば、舞子や夕樹、渚と燐花が立っていた。
「諏訪さんお疲れさまッス! まだ無事ッスか!!? って、全然無事じゃ無いっス!!」
男と男の戦いに手を出すのは気が引ける舞子であったが、辛の隣を駆け、彼へ回復を飛ばそうとする舞子に辛は手を出さなかった。
「御子神さん……なんとなく私と似たような匂いがするッス!」
一点集中な猪突猛進の匂いが。
「え? そうか? 嗚呼……逢魔ヶ時殿に、思い付きで仕掛けた事があってな。俺はその時全治数週間の返り討ちにあってだな。ああ、あの時は兄者に物凄く叱られた。
それで、FiVEは逢魔ヶ時殿に勝ったとの事で、興味があり」
「そんでまたこっちに仕掛けてきたッスか!」
「そうなる」
「七星剣でも多分、中身は良い人ッスよ! たぶん! だってちゃんと自己紹介もしてくれたし……あ、こっちも名乗らなくちゃッスね!」
舞子はにへらと笑いながら。
「葛城舞子十六歳! 好きな食べ物は焼き鳥、趣味は古妖探し、スリーサイズは上から……とりあえず以後お見知りおきをッス!!」
「改めて御子神辛だ。七星剣幹部のおひとりに仕えているが……命令が無いときは雇われで動いている」
渚は辛の眼前まで近寄り、
「ちょっと! 途中まですっごくふてくされた表情してたけど、本当は怒りたいのはこっちなんだからね!」
「あ、ああ……、それは、申し訳な、ございません。それで、次は全員で相手してくれるのか? 気前が良くて、助かるなFiVEとやら」
夕樹は、ため息ついた。
「あんた、まだ帰る気ないの? ……仕方がないな。俺で我慢してよね」
「勝負がしたいなら、日を改めてお越しください」
覚者は構える。まだ、この七星剣の気が止まぬなら、のして送り返すまでで。
「……」
辛は、夕樹の腕、渚の打撲跡、燐花の傷に舞子を順繰りに見てから鋏を仕舞った。
「……。お互い、万全の際に再び。可能ならば、そちらの四人も後日、名を聞かせてくれ」
辛は腹部を抑えた。最後ぶつかったとき、僅かながらも刀嗣の振るった鋏が脇腹を直撃し肋骨を折っていた。プラス、FiVE覚者と交わる前に行っていた戦闘の傷も開き始めたか。よろりと踏み出し、森の奥へと消える辛の背に、半目を開いた祇澄は問う。
「……新たな七星剣、ですか。また、戦になるのでしょうか……」
辛は止まり、振り返る。
「命令が下れば、相手が何であろうが戦う。町を壊す事もあらば、幼子の首を折ることもある。
御子神は家具だ。敵の首を切るための鋏。
しかし、今日は少し人になれた。良き鍛錬であった。感謝する、FiVE。今日のメンツの顔くらいは、記憶に留めておこう」
祇澄は思う。
戦いの火種になる『命令』なんて、下らない事を。
例えそれが、叶えられぬ願いであったとしても。
さぁさぁ!
目まぐるしく進む今というこの場の時間に限って、勝負の裏に暗躍する目論見なんて一切存在しない。
御子神辛は純粋無垢だ。
辛の右手が前へと出て、覚者たちを握りつぶすようにして、そして閉じられた。
「いざ―――」
辛の開いた拳は巨大な鋏の片割れを握る。そして、地を蹴った。一切の拒否を許す心算は無い模様。
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は足を半歩開き、ふわりと浮かんだ見慣れた鞘を左手で掴む。先手を取られる事は癪だ。出遅れたが、なぁにまだ間に合う。
「下がってろお前ら。ソイツとは俺がやる」
全力で押し込んできた辛の刃部を、半分程度に抜刀した贋作虎徹で受け止めた。衝撃で、足元の土が二人を中心に円を描くようにして飛び散っていく。
ぶつかり合いの結果はすぐに出た。刀嗣の身体が力に押されて弾けるように後方へと吹き飛んだのだ。
その左右を、
「諏訪さん、任せました、よ」
「いってくるッス!!」
「えっと……辛さん、また、後でね?」
「ちょっとは状況みてください辛とやら」
「ねえねえ、ほんとに見えてないのかな?」
『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017) 、『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275) 、『夕暮れの黒』黒桐 夕樹(CL2000163) 、『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695) 、『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360) が抜けていく。
抜けた覚者を追うように、辛の顔だけが後方を見た。
「な!? ま、待て!! ……くそっ」
暫く唖然としたように口を開いてから、閉じる(まだ鬼が眼中に入らないらしい)。
「流石、FiVE。この俺なんぞ、相手をするのに一人で十分だと? そういうことか」
辛い重荷でも背負ったような表情をし、一人悩み始めた。彼は彼で、思うところがあるらしいが、それは覚者にとっては関係が無いことだ。
「ならば、まずは貴殿をのしてからだ」
辛の刃が再び構えられる。刀嗣は勢いに吹き飛ばされて倒れているかと思えば、木の表面に垂直になる形で着地していた。未だ冷め止まぬ運動エネルギーの威力に身を任せて重力に反した姿勢で言う。
「ミコガミとか言ったな。テメェの事ぁ気に入ったが一つだけ頂けねえところがあるなぁ」
「……? ほう、是非聞かせて貰いたい」
「頼むってなぁ余計だ。正面から挑んできた奴から逃げるなんざ俺はしねぇ。だから俺に挑むなら、次がありゃこういう風にやりな」
刀嗣は木を蹴った。巻き戻されるように戻ってきた彼は、今度こそ刀を全て抜き切ってから、辛の直前で横に振りかぶった。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。いざ、尋常に勝負」
――ズゥン……と地響きが鳴った。
鬼の手の甲が木を破壊し、その破壊された一本の巨木が折れて傾く。徐々に倒れていく。舞子の身体の上に巨木の影が重なった。
「わ、わわ、馬鹿力ッス!!」
「滅茶苦茶だよ、ああ、もう」
無表情であれ頬に汗を一滴流した夕樹は、舞子を抱きしめるような形で抱えてから飛び、背後で巨木は音を立てて倒れた。
濃霧のような土埃と風が吹き荒れる中、舞子は夕樹に片腕で掴まりつつ、第三の瞳が開眼した右手の上げて閃光を放つ。
「ちったぁ、大人しくなれッスよ!!」
閃光は鬼の右目を食い破った。鬼は目を手で押さえ、唸れば唸る程山は震え、軽い地震が起きているようである。
五人の戦闘でも手いっぱいである。祇澄は心の中で軽く辛を呪いながら、両手に刃を携え巨大な鬼を見上げた。身体に神秘のベールを纏わせつつ、祇澄は刀を十字に擦り合わせる。
タン、タン、タン、と規則性のあるリズムで燐花が走り、祇澄の作った十字の上に飛び乗った。
「いきま、す」
「おもいきりお願いします」
祇澄によって燐花は投げられ、鬼の懐に飛び込んだ。鬼の腹部までの到達時間は一秒以下――十分だ。
「お相手させて頂きます。貴方がどんな存在か詳しく存じ上げませんが、そういう指令を受けましたので。すみません」
苦無を突き出し、点のような切っ先に最大の圧力を込めて突き切った。
再びズゥゥン!! と鳴る。鬼の身体は背中から倒れて、仰向けに寝そべった。
捨て身のタックルをかました燐花は、少し離れた場所で反動で震える腕を抑えつつ鬼を視界に入れる。
これで隙ができるかと思われたのだが、身軽にも即座に立ち上がった鬼。未だ圧倒的な体力を残しているのは当たり前として、振りあがった大木のような腕は燐花を狙っている。
嗚呼、これは逃げるには反応が遅れた。脳裏に思い浮かんだのはよく知る人の悲しむ顔だ。燐花が唇を噛んだ手前、衝撃に備える。
だがその時、辛が偶然後退してきた。タイミングよく燐花の手前に来たかと思えば、鬼の拳に辛がぶつかった。燐花も思わず、一度目が点になり飛んでいく辛を目で追った。
むくり、血塗れて起き上がる辛。
「さ、流石FiVE。今の一撃は、かなり効いたぞ。どのような技だ?」
燐花に目線が来たが、燐花は鬼のほうを見た。
「……そいつじゃねェ」
刀嗣が呆れたように反論をひとつ。
渚は身体を硬質化させつつ、はぁ……とため息をひとつ吐いた。
「私達に本気で相手にして貰いたいならこの鬼さんを先にやっつけてよ」
「……鬼?」
そこでやっと辛は鬼の姿が見えたらしい。が。
「FiVEの一員には、屈強な男性がいるのですね。角……羊かなにかの獣憑か?」
あ、駄目だこいつ。渚は一瞬にしてそう判断し、脳内は共闘路線を切り捨ててゴミ箱へ叩き込んだ。
●
渚の癒しは周囲を支える。
鬼に金棒とは言ったものだが、金棒を持つのは渚。その小さな体に似合わぬ得物から力を吸い取り、己の癒力へと変換。
「さあ、反撃の時間を貴方に!」
渚の伸ばした手は、仰向けに倒れる祇澄へと触れ。瞬時に祇澄の瞳は大きく開かれる。
数秒前の出来事であった。祇澄は足を掴まれたかと思えば、振り上げられてから地面に叩きつけられたのだ。白目向きながら内臓がミックスされたような激痛に耐えながら――だが、起き上がる。
「いざ。神室流、神室祇澄、参ります!」
喉に溜まった血溜まりを吐く。
そして。今一度、双子の刃を振るう機会は廻らねど、それを得物に詫びてから蒼く灯る瞳を前髪の隙間より覗かせる。
「いきます、よ!」
百八十度近くにまで高く上げられた片足。それを勢いよく地面に叩きつけるようにすれば、地面から手あたり次第に突飛する土の刃。此処が、山だというのなら。地面が土というのなら。土行の縄張りであることを今一度知らしめるのだ。
足裏を貫かれ、縫い止められた鬼は言語を忘れた吼え方をした。唾液をまき散らし、血走った瞳は理性を捨てきった。
危険の塊。夕樹は再認識した。
「やることは……やらないとね」
瞳の端に辛の黒軍服がちらつくが、今この距離ではこちらに手を出してくる事は無いだろう。それは上手く刀嗣が辛を誘導している。
夕樹は利き手の中で種子を転がした。足が動かぬ鬼は両腕を大きく振るい暴れている。ならば胴体か。ライフルの中の弾を一瞬で全て抜き取り、代わりに種子を込めた弾丸を装着。
「的が大きいから、狙いやすいよ」
爆音が炸裂した。弾丸は鬼の腹部に収まり、夕樹が指を弾いてパチンと鳴らせば種子は一瞬にして鬼を糧とし根を張り、成長し、棘をかける。
「やったッスか!!」
舞子がコンバットボウを下にしながら様子を見るが、棘を引き裂き嚙み千切る鬼を見て背中が震えた。
「あはは。葛城さん、それフラグ」
「ごめんなさいッス!」
夕樹が軽い微笑をしながら、次の一手を思考する。
刀嗣と辛。互いに半円を描くように走り、仕掛けるタイミングを探り合うのだ。
妙な武器である。巨大な鋏さえ珍しいものだが、その片割れを使うなどと。打撃に左腹が痛めば、右肩の切れた部位から血が溢れる。鈍器にも刃物にもなる。恐らく突く事も可能だろう。ハイブリット化している文明の利器に刀嗣は唾を吐く手前、感謝した――愉快な敵の出現の偶然に。
ほぼ同時に飛び出す二人は、鍔迫りの形となる。互いの武器は震える程に攻防を行うものの、口程度は開けるようだ。
「お前、自付与は使えるのか?」
「いえ、俺は」
「ならいい、なんでもねェ」
最高の能力値に熟成させて、丸ごと頂く――のも一興だが、皿に料理が無いのなら仕方あるまい。
「まあ最後まで聞け」
「状況が見えて無かったお前に言われる言葉じゃねェ……が、なんだ」
「敵の弱体化技ならある、が」
「が?」
「そんなものに機会を捨てるなら、一撃叩き込んだ方が良いとは思う性分だ」
「奇遇だな。俺様も、そんなものに時間を与える気はコンマ一ミリだろうと、ねぇ。ほいそれと、ぶち当てられる気も、ねえ!!」
鬼の両手が合掌。それが天高く振りあがった。
嗚呼、それはまずい。肌で感じ取った渚であるが直後振り落とされたそれには全身の骨が大音量で悲鳴をあげた。
舞子が彼女の名を叫んでから、近代的なデザインの弓を肘と脇腹の間に挟んでから五行が一、水へと呼びかけた。
気分は鬼退治だ。だがこれがなかなか、苦戦という訳では無いのだがどうにも被弾の数と削れる体力の幅が大きい。仲間が愉快なオブジェ化するのは避けたいし、何よりあの辛という鬼もどうにかせねばならないし、彼と戦う仲間の体力の限界も測らないといけない。
「あーもう! やる事多いッスね!!」
今度こそ正真正銘叫んでから、柔らかい水が輝く天使のように暖かく渚を包み込む。後衛という職務であるからこそ、戦場が見えていた。舞子は再び回復という最良の一手を選ぶ。
鬼の腕に足場を置いた燐花が腕、肘、脇と足場を変えて空中で横に一回転。廻し蹴りを二度放ち、鬼の首は横へと伸びた。
この鬼には果たして悪気というものがあるのだろうか。燐花は思う。私達が腹を満たす為に他の命を貪る事と、何が違うというのか――それを思ってしまえば、今やっている事とは一体なんなのか。
思えば思う程、思考は沼へとはまっていく。此処には明確な善悪が無いのだ。あるのは人間のエゴに塗れた善悪だ。一瞬の思考のブレに気付けば足が掴まれ、逆さまにぶら下がっていた。
「喰らいたければ喰らえばいい。それ以上にこちらが攻撃すればいい」
たかが手負いで、燐花は止まらない。それは幼き頃より叩き込まれたものだ。ある意味、それは催眠や暗示や洗脳の類にも似た人間離れを起こしているのかもしれないが――。
「燐花ちゃんを!」
「はい!」
渚と祇澄はコンマ三秒、目線のみで会話を終える。
祇澄は飛び上がり、刃を両手に強く力が籠った。失敗は許されない、仲間を守る為に攻撃を、只管の攻撃を!
「彼女を――離しなさい!!」
鬼の燐花を掴む腕を切断。燐花を渚がキャッチし、だが鬼は許さない。
「危ないッス!!」
舞子の声に、祇澄は振り向いた。だが、一歩遅い。鬼の足が祇澄の胴体を蹴り上げノックバック――
――地面に叩きつけられバウンドしてから、刀嗣が祇澄を受け止める。
既に鬼の攻撃により命数を飛ばしていた祇澄に意識は無い。刀嗣は彼女を花咲く場へ横たわらせてから、彼女を背に隠す位置で辛へ再び飛びかかった。
「安心しろ。一度も刃を交えなかった相手にトドメなど。命令で無ければ、やらん」
「心底軽蔑する目を用意していたが、お払い箱で何よりだ」
馬鹿上等。喧嘩上等。
それだけで十分では無いか。複雑な計算式を求められる数学よりも、遥かに良い。
辛の刃と刀嗣の刃が何度か交差した後、二人の得物は衝撃に手から外れて回転しながらお互いの背面へと突き刺さった。
「借りるぞ」
「チッ」
反発し距離を取った二人。刀嗣は鋏を。辛は贋作虎徹を握り、再びぶつからんと地面を蹴る。
「さっきまで随分面白くなさそうな面ァしてやがったが、良い顔になってきたじゃねェか!!」
「そうか?」
「ああ、次やる時は二人で来い。お前、二人で戦うのが本来のスタイルだろ。今度はそれで楽しませろよな」
「前向きに検討しよう。……ああ、持ってみて理解した。『軽い』な刀は。そっちの鋏は『重い』だろ?」
気が付けば笑みが零れていた。互いに、けして写真に写せる笑顔では無いが。
細切れの時間。段、々、近づき、交差、衝突、血飛沫――。
鬼は進む。
夕樹は苦い顔をした。追い詰められた鼠とはこういう感情になるものなのか。鬼の瞳に見える己はちっぽけだ。だが、窮鼠猫を噛むとも言うではないか。
鬼の瞳に映った己が拡大されたときには、夕樹の左腕が消えていた。肩から先、鬼の口の中へ旅行を始めたか。
そこで彼は大声で叫んだ。
こだまする。
血は拭く。
痛覚は強調してくる。
しかし、舞子の目に移った夕樹は段々と笑った。
「なんちゃって――ちょっと刺激、強いかもね?」
疑問符を浮かべる表情を鬼がした、刹那。
残った腕の先、夕樹がパチンと音を鳴らす。
つまりこうだ、外から駄目なら内側から破壊したら、さあどうなる。
『ぶ、び、ぶぁ、ぶああああああああああああああああああ!!!』
鬼の顔面より、鼻や耳、目からも棘が飛び出した。これは最早脳まで根や棘が達した事だろう。膝が先に地面につき、そして、鬼はうつ伏せに倒れた。
「……俺の腕、不味かったでしょ? 『隠し味』が特に、ね」
とはいえ、痛みがある夕樹は苦い顔をしながら、植物の種子にキスを落とした。
「あ、だめかも」
「だいじょうぶっすよ」
夕樹の背を支えた舞子は精神力を糧に彼の再生を望む。
「こういう時の、水行なんスから!」
だが、まだ。鬼は土を掴んだ、起き上がらんとしていた。
しかしだ。
「いい加減くだばりなさい。後が、つっかえてそれ所じゃないんだから、こっちは」
渚は鬼の背に着地した。金棒を振りかぶり――鬼が、鬼の金棒で終わるとはなんとも不思議なことだが――そして、振り落とした。
「見事だ、FiVEの。鬼は妖怪の中でも高位の戦闘力を持っている者が多いというのに」
褐色肌の唇が、魂が現れたような艶やかな声色でそう言った。
●
「言っただろ。『重い』とな」
刀嗣は木に縫い止められていた。丁度、肺のあたりを己の武器に貫かれ、鼻と口から多量の血を吐いている状態。
鋏を落とした刀嗣。だがまだやれると瞳に炎を灯らせ、足元から白炎を吹き上がらせていた。
鋏を拾い、血と油を振り払いながら辛は一礼してから背後を振り向けば、舞子や夕樹、渚と燐花が立っていた。
「諏訪さんお疲れさまッス! まだ無事ッスか!!? って、全然無事じゃ無いっス!!」
男と男の戦いに手を出すのは気が引ける舞子であったが、辛の隣を駆け、彼へ回復を飛ばそうとする舞子に辛は手を出さなかった。
「御子神さん……なんとなく私と似たような匂いがするッス!」
一点集中な猪突猛進の匂いが。
「え? そうか? 嗚呼……逢魔ヶ時殿に、思い付きで仕掛けた事があってな。俺はその時全治数週間の返り討ちにあってだな。ああ、あの時は兄者に物凄く叱られた。
それで、FiVEは逢魔ヶ時殿に勝ったとの事で、興味があり」
「そんでまたこっちに仕掛けてきたッスか!」
「そうなる」
「七星剣でも多分、中身は良い人ッスよ! たぶん! だってちゃんと自己紹介もしてくれたし……あ、こっちも名乗らなくちゃッスね!」
舞子はにへらと笑いながら。
「葛城舞子十六歳! 好きな食べ物は焼き鳥、趣味は古妖探し、スリーサイズは上から……とりあえず以後お見知りおきをッス!!」
「改めて御子神辛だ。七星剣幹部のおひとりに仕えているが……命令が無いときは雇われで動いている」
渚は辛の眼前まで近寄り、
「ちょっと! 途中まですっごくふてくされた表情してたけど、本当は怒りたいのはこっちなんだからね!」
「あ、ああ……、それは、申し訳な、ございません。それで、次は全員で相手してくれるのか? 気前が良くて、助かるなFiVEとやら」
夕樹は、ため息ついた。
「あんた、まだ帰る気ないの? ……仕方がないな。俺で我慢してよね」
「勝負がしたいなら、日を改めてお越しください」
覚者は構える。まだ、この七星剣の気が止まぬなら、のして送り返すまでで。
「……」
辛は、夕樹の腕、渚の打撲跡、燐花の傷に舞子を順繰りに見てから鋏を仕舞った。
「……。お互い、万全の際に再び。可能ならば、そちらの四人も後日、名を聞かせてくれ」
辛は腹部を抑えた。最後ぶつかったとき、僅かながらも刀嗣の振るった鋏が脇腹を直撃し肋骨を折っていた。プラス、FiVE覚者と交わる前に行っていた戦闘の傷も開き始めたか。よろりと踏み出し、森の奥へと消える辛の背に、半目を開いた祇澄は問う。
「……新たな七星剣、ですか。また、戦になるのでしょうか……」
辛は止まり、振り返る。
「命令が下れば、相手が何であろうが戦う。町を壊す事もあらば、幼子の首を折ることもある。
御子神は家具だ。敵の首を切るための鋏。
しかし、今日は少し人になれた。良き鍛錬であった。感謝する、FiVE。今日のメンツの顔くらいは、記憶に留めておこう」
祇澄は思う。
戦いの火種になる『命令』なんて、下らない事を。
例えそれが、叶えられぬ願いであったとしても。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
