約束を守り静かに桜咲く
●桜咲く山
昔々――どれほど昔なのかすらわからないほど昔。
山の中に一本だけ咲く桜があったそうな。その桜は誰知ることなく咲いては散り、咲いては散りを繰り返していたのだが、ある時そこを通りかかった男がいたという。
「おお。満開の桜じゃあ!」
男はそこで酒を飲み、春を満喫する。そしてそのあと、毎年同じ時期にやって来ては花見をしていた。
やがて男は村の者を連れてきて、山の桜はいつしか大宴会の場となった。
「来年来るでよ。またな」
そういって村の者は山を下りる。そしてまた来年、桜が咲く時期に――
村人たちは来なかった。
次の年も、その次の年も、またその次の年も。村人は花見に来ることはなかった。
そして永き時を経て桜は老いる。老いた桜は花を咲かせることはない。ただ時の流れに身を任せ、静かに朽ち果てていくのみ。
だが近年、春になるとその木は薄紅色の花を咲かせるという。
『来年来るでよ。またな』
その言葉を信じて、桜は咲く。
これは桜と人間の絆が生んだ、時を超えた奇跡――
●FiVE
「……なーんて話だったらロマンティックなんだけど」
ため息をついたのは久方 万里(nCL2000005)。覚者が夢見の元に集められたという事は、何らかの事件なのだ。
「実はこの桜の幻影は心霊系妖で、近寄る人を死に追いやる危険な妖なの」
心霊系妖。半実体化した思念や怨霊などの総称である。どのような思いが妖と化したかは、わからない。だが最も有力と思われるのは……。
「桜の木に思念があるのか?」
「万里に言われてもわかんないよ」
最有力候補をあげてみるが、夢見は首を横に振って答えるのみ。
「続けるね。妖は木の周りから離れることはないけど、近寄るものを殺そうとするの。放置すると来年にはランクが上がっているかも? って御崎おねえちゃんが言ってた」
春のこの時期にしか現れない妖。しかも年々その強さは増しているという。現状でも油断ならない強さなのだが。
「戦うときは着物を着た女性が現れるの。それが妖の本体みたい。
妖は結構強いけど、桜の木から離れることはできないから危なくなったらすぐ逃げてね」
万里から渡されたレポートを見て、覚者達は呻きをあげる。単純な能力だけでも面倒なのに、さらに厄介な特殊能力まで持っている。
現状、山の中に人が来る可能性は皆無の為に人的被害はないが、これ以上ランクが上がればその限りではない。叩いておくに越したことはないのだ。
覚者達は作戦を確認し、会議室を出た。
昔々――どれほど昔なのかすらわからないほど昔。
山の中に一本だけ咲く桜があったそうな。その桜は誰知ることなく咲いては散り、咲いては散りを繰り返していたのだが、ある時そこを通りかかった男がいたという。
「おお。満開の桜じゃあ!」
男はそこで酒を飲み、春を満喫する。そしてそのあと、毎年同じ時期にやって来ては花見をしていた。
やがて男は村の者を連れてきて、山の桜はいつしか大宴会の場となった。
「来年来るでよ。またな」
そういって村の者は山を下りる。そしてまた来年、桜が咲く時期に――
村人たちは来なかった。
次の年も、その次の年も、またその次の年も。村人は花見に来ることはなかった。
そして永き時を経て桜は老いる。老いた桜は花を咲かせることはない。ただ時の流れに身を任せ、静かに朽ち果てていくのみ。
だが近年、春になるとその木は薄紅色の花を咲かせるという。
『来年来るでよ。またな』
その言葉を信じて、桜は咲く。
これは桜と人間の絆が生んだ、時を超えた奇跡――
●FiVE
「……なーんて話だったらロマンティックなんだけど」
ため息をついたのは久方 万里(nCL2000005)。覚者が夢見の元に集められたという事は、何らかの事件なのだ。
「実はこの桜の幻影は心霊系妖で、近寄る人を死に追いやる危険な妖なの」
心霊系妖。半実体化した思念や怨霊などの総称である。どのような思いが妖と化したかは、わからない。だが最も有力と思われるのは……。
「桜の木に思念があるのか?」
「万里に言われてもわかんないよ」
最有力候補をあげてみるが、夢見は首を横に振って答えるのみ。
「続けるね。妖は木の周りから離れることはないけど、近寄るものを殺そうとするの。放置すると来年にはランクが上がっているかも? って御崎おねえちゃんが言ってた」
春のこの時期にしか現れない妖。しかも年々その強さは増しているという。現状でも油断ならない強さなのだが。
「戦うときは着物を着た女性が現れるの。それが妖の本体みたい。
妖は結構強いけど、桜の木から離れることはできないから危なくなったらすぐ逃げてね」
万里から渡されたレポートを見て、覚者達は呻きをあげる。単純な能力だけでも面倒なのに、さらに厄介な特殊能力まで持っている。
現状、山の中に人が来る可能性は皆無の為に人的被害はないが、これ以上ランクが上がればその限りではない。叩いておくに越したことはないのだ。
覚者達は作戦を確認し、会議室を出た。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.『桜』の打破。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
山桜の花言葉は「あなたに微笑む」。
●敵情報
『桜』(×1)
心霊系妖。ランク3。物理に強く、特殊に弱いです。古風な白装束を着た女性の姿を形どっています。
妖であるため、基本的に無口。『村人』以外の者が近づけば、排除しようと動きます。交渉は不可能です。
攻撃方法
桜旋風 特遠列 刃のような桜の花びらを舞わせ、傷つけます。〔流血〕
桜の枝 物遠貫3 手のひらから鋭い枝を伸ばし、貫きます。〔100%、50%、25%〕
千本桜 特遠全 艶やかな桜吹雪で心を奪います。〔弱体〕〔鈍化〕〔ダメージ0〕
春風舞 物近単 春風が舞うように優しく投げ飛ばします。〔睡眠〕
花は桜木、人は武士 P 覚者が根性判定に成功した時(命数使用含む)、物攻、特攻上昇。効果は累積します。
●NPC?
『村人』
かつて山の麓に住んでいた人たちです。某年の夏に戦に巻き込まれ、村人全員惨殺されたという記録があります。
リプレイに出てくるととはなく、当時の人間の姿を知ることは不可能です。
●場所情報
山の頂上。そこに立っている桜の木。時刻は昼。明るさは十分。足場や広さも問題なし。人が来る可能性は皆無です。
覚者が桜の木に近づけば、桜の花が咲く幻影と共に妖は現れます。その為、事前付与などは好きなだけ行えます。陣形もお好きに。
戦闘開始時、彼我の距離は十メートルとします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年04月07日
2016年04月07日
■メイン参加者 8人■

●
山の上に咲く一本の桜の木。植物に詳しくない素人が見ても、老いているのが分かるほどの古木。
だがそこに咲く花はまさに感嘆の一言。薄紅色の花弁を咲かせ、陽光を受けて映えている。はらはらと散る様もまた、桜と言う儚く美しい様を示していた。
その袂に立つ一人の妖。人を襲うために生まれた何かの思念。
そしてそれに相対するは八人の覚者。準備はそろったとばかりに視線を向けていた。
「見事な桜です」
『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は目の前の光景に対し、思ったままの感想を告げる。これが妖化による現象でなければ、人を襲わない相手であるならば、慰めでここに過ごすのも悪くはない。だが相手は妖だ。ここで滅さなければならない。そう頷く。
「桜の妖とヒト、ですか……」
苦無を手にして『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)は想いに耽る。何を持って害と呼ぶか。人間からすれば人を襲う妖は外敵であり、この妖からすれば村人以外の人間は外敵。だがもうその村人はいないのだ。
「叶わない約束を果たすために咲き続ける。何とも悲しい桜の木だな」
海を裂いたと言われる神具を手に、水蓮寺 静護(CL2000471)が悲しげに言う。想いの成れの果てが妖となったのか、あるいはそれとは関係のない理由で妖が生まれたのか。どうあれここで撃ち滅ぼすことが、この桜と人間の為なのだ。そう思い、柄を強く握る。
「なんとか桜さんの想いを受け止めて、村人さん達との絆を良いものに戻したいですね」
大好きな人から貰ったタッセルに触れながら、賀茂 たまき(CL2000994)が決意を込めるように口を開く。村人と桜の関係。今現れた妖。たまきが思うことは全ては推測で、すべては想像だ。だがもしそうであるならば、その絆は護りたい。
「荒事は本来、専門外なんだけどね」
告げる『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)は、回復力を高める香を仲間に広めていた。直接的な戦闘ではなく、仲間をサポートするために。ランク3の妖を侮るつもりはない。気を張って戦場に足を踏み入れる。
「近寄る人間を死に追いやる。そしてランク3、か……」
源素を解放しながら『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)は妖を見る。かつて戦ったランク4の妖に比べれば、確かにプレッシャーは小さい。だが、油断はできない。交渉の余地はないのなら、言葉は不要だ。
「愛しの両慈と一緒に綺麗な花を見れると思ったのデスガ……デモ! 危険な妖を放置は出来マセンネ!」
両慈のそばで拳を握りながら『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)が悔やむようにしている。悔しいのは愛しの人と花見ができないからか、妖への憎しみか。どうあれ戦意は十分のようだ。
「さあ、思い出に結末を!」
『裏切者』鳴神 零(CL2000669)は、狐の面を顔に付け自分の身長以上の太刀を抜刀して叫んだ。帰らぬ人を待つ桜の木。その話を聞き、零は何を思い、何を感じたか。心の中は知る術はなく、その表情も面に隠れて見ることはできない。
八人の覚者を前に、妖は静かに向き直る。無言で向けられたのは、明確な殺意。言葉は要らない。そもそも言葉は通じない。そもそも言葉は意味を為さない。
その意思に応えるように、八人の覚者は弾けるように動きだした。
●
「周囲に害を及ぼす存在でさえなければ、こんな形で討伐する必要もなかったのですよね」
最初に動いたのは燐花だ。両手に苦無を構え、妖に迫る。口にした言葉に込められた思い。それはFiVEに来る前の自分なら抱けただろうか。そんなことを思いながら一気に距離を詰める。倒される前に倒す。その心情の元に、真っ直ぐと。
心霊系の妖は物理的な攻撃に耐性を持つ。故に燐花は苦無に蒼銀に燃える炎を纏わせる。桜と一定の距離を取りながら、苦無を振るう。蒼銀の光が苦無の後を追うように、残滓として消えてゆく。苦無は的確に妖を裂き、炎が霊体を焼く。
「身体の動くの限り、攻めさせてもらいます」
「人間の勝手な安全の為に、貴方を葬る事を許して欲しい」
感情を押さえた声で零が妖に告げる。妖は言葉を返さない、妖は言葉を返せない。故に拒否の返事はない。悲鳴も嗚咽も絶叫も号泣もない。それは零にとって救いとなったのか。ただ言えるのは、もはや刃は止まらないという事実。
覚醒して両腕を機械のように変化させる零。血の通わぬ冷たき手で、大仰な太刀を振るう。銘は『大太刀鬼桜』。記憶を失う前から零が持っていた太刀。手になじむそれを遠心力に任せて振るう。妖が春風なら、零の攻撃は旋風。刃の風が妖を裂く。
「十天、鳴神零! 参ります!」
「相手はランク3の心霊系妖。一瞬の油断が命取りだな」
妖の前に立ち、刀を構える静護。幼いころから剣術を学び、それが戦いのベースになっている静護からすれば、物理攻撃の効果が薄い心霊系妖との相性は良くない。そして静護自身もそれを理解しているが、だからと言って臆するつもりはない。
刀で妖を牽制しながら、体内で源素を練り上げる。刀の先に走る水の源素。静護が刀を振るえば玉散り礫が爆ぜる。その礫一つ一つが刃となり、妖に襲い掛かる。小さき礫の弾丸全てを交わすことができず、妖の霊体が削られていく。
「相手にとって不足なし。行くぞ!」
「無理をするな。退くべき時には退くんだ」
後衛から戦局を見やり、仲間に指示を出す両慈。覚醒して銀になった髪を風に揺らし、油断なく戦場を注視する。今必要なこと、数秒後に必要な事、それらを頭の中で組み立てる。逸るな、だが判断に躊躇をするな。一手の誤りは拮抗した戦局では大きいのだから。
体内で源素を循環させ、掌に集中させる両慈。今必要なのは何か。それを見定めて、水の源素を練り上げる。散布される水の源素に含まれる癒しの力。それを仲間たちに振りまいた。妖に与えられた傷を冷やし、そして塞いでいく。
「誰も倒させはしない」
「そして両慈は私が守るデスネー!」
両慈を守るようにリーネがその前に立つ。愛する人を守るために身を挺して盾になる。なんと美しい献身か。回復を守るというとかそういった打算的な理由もあるが、愛する人は自分で守りたい。そんな思いがリーネを動かしていた。
拳を握って、土の加護を二重に重ねる。一つはシールド的な防護。もう一つはカウンター的な盾。その状態で両慈の前に立ち、妖の攻撃から庇うように手を広げる。二つの防御すら突破する妖の一撃を受けて、笑顔で愛する人に言葉をかける。
「両慈~、私を頼るのデース♪」
「ありがたい行為だけど、あまり無理しないでね」
リーネの行動に理央が言葉をかける、理央もまた後衛から回復に専念していた。前世との絆を強く結び、陰陽道の知識を増していく。未だ明確ではないうっすらとした前世との絆だが、それが確かにあるのは間違いない。
木行、火行、天行、水行。四つの源素を意識しながら呼吸を整える。使用するのは一枚の符。それを各行に応じて変化させ、展開する。回復も、攻撃も、そして隙あらば攻撃も。状況に応じて動く回るのが理央のスタイル。
「過剰回復するぐらいでないと、ランク3を相手するのには到底足りないからね」
「ええ。こちらも全力で攻めさせていただきます」
神具を構えて冬佳が気を高めていく。此処より先は通さないと言わんばかりに真正面から挑む冬佳。妖に挑む心はAAAであった父の精神が元だろう。だがそれだけではない。FiVEでの活動で冬佳自身がそれを昇華して高めていた。
正眼に刀を構え、相手を見る。戦場と言う苛烈な状況にあってなお、冬佳の心は凪の水面の如く穏やか。妖のわずかな隙を見出し、冬佳は踏み込む。心の中にある水面に波紋が広がる。そのリズムに合わせるように刀を振り、妖に斬りかかる。
「――流石に源素を通さない攻撃は効きにくいようですね」
「でしたら私が!」
呼吸を整えながらたまきが叫ぶ。本来後衛向きのたまきだが、妖を恐れず前に出てきていた。否、怖くないはずがないだろう。だがそれを押しとどめて、妖と触れ合える距離に居た。そこにどれだけ強い覚悟を秘めているのだろうか。
土の源素を符に集め、人差し指と中指に挟んで妖に迫る。広がる刃の桜吹雪を縫うようにして迫り、その額に符を押し当てた。爆ぜるように叩き込まれる大地の力。妖に痺れるような振動が叩きつけられ、一時朦朧とさせた。
「私、頑張ります!」
たまきの声に頷く覚者達。全力を尽くし、妖を倒すのだ。
だが、妖とて黙ってやられるつもりはない。刃のような桜の花弁が舞い、鋭い枝が貫くように覚者を襲う。
「……あっ!」
「まだだ……! まだ僕は終わってなんかいないぞ!」
「まだ倒れるわけにはいかないよ!」
たまきと静護と零がその猛攻を受けて命数を削るほどの傷を負う。怪我人が増えるたびに、木に咲く桜が多くなり、妖の攻撃が苛烈になっていく。
妖も覚者の攻撃で傷ついているが、まだ倒れるほどではない。傷を受けながら、覚者を廃するために攻め続ける。無論、それに恐れる覚者ではない。
桜舞う戦場の中、八人の覚者はそれぞれの想いと覚悟を乗せて神具を振るう。
●
妖の戦術は、多対一に特化する。また敵を倒せば倒すほど強くなる為、狙う相手は『倒しやすい相手』に集中する。全体攻撃で覚者を弱体化させ、一気に攻め立てる。
「オウ! この程度では倒れませんヨー!」
「回復を行う後衛を狙っていましたか」
両慈を庇うリーネと理央を庇う燐花が命数を削られる。それを確認すれば、今度は庇えないように貫通攻撃で後衛を中心に攻撃を加えてくる。
「仕方ない……! 僕も回復に回る!」
妖の攻撃の苛烈さに刀を納め、静護も回復の術式を展開する。清らかな水が仲間の傷に注がれ、消毒と共に傷を癒していく。確実に勝つために必要なことを思考し、躊躇なく行動する。妖を滅することが覚者の使命なのだ。
「ここで退くか……いや、まだいける」
桜の枝に貫かれ、膝をつく両慈。呼吸を整えながら、冷静に戦局を見る。妖の特性上、撤退すれば追われることはない。その分水嶺を見極めるのは、後ろから冷静に判断できる自分だろう。まだいける。そう判断し、命数を燃やして立ち上がる。
「両慈!? 大丈夫デスカ!? 痛くないデスカ!?」
両慈を庇っていたリーネが心配するように叫ぶ。ガードしてもそれを貫くように攻撃をしてくる妖。だが、ガードを解けば後衛一列に一斉に攻撃が飛んでくるだろう。そうなれば回復役を一掃される可能性がある。そのジレンマに悩みつつ、リーネはガードを続けた。
「このままだとジリ貧ですね」
ガードを続けるリーネと対照的に、燐花はガードを外して攻勢に出る。『倒される前に倒せばよい』と言う教えからの行動だ。炎を纏った苦無を振るい、妖の霊体を燃やしながら削っていく。
「ええ。守ってばかりでは勝てません」
回復の術式を行使しながら理央が口を開く。覚者の気力全てを用いて防御に徹すれば、確かに長くはもつだろう。だがいずれはその気力も尽きる。ならば攻勢に出た方が勝機は高い。支援の術を皆にかけなおし、呼吸を整える。
「人は貴方程永く生きられない。どのような形であれ――貴方の待ち人達はもう、居ないのです」
妖の攻撃に命数を削って立ち上がりながら、冬佳が妖に語り掛ける。それは『桜』が待っているのであろう人の話。どれだけ待っても彼らは来ることはない。妖は答えない。『桜』も答えない。ただそこに咲く桜は美しく、だからこそ儚かった。
(妖を倒してしまったら、桜さんは枯れてしまうのでしょうか……?)
激しい戦闘の最中、たまきはふとそんなことを思考する。目の前に咲く薄紅色の花弁は妖の力。それが亡くなれば置いた桜は朽ち果てるのだろうか。生者必滅会者定離。それは世の理。桜はそれを体現している花だ。
「誰かのために桜を護りたいと願ったがために、誰かが傷つくのは悲しいね」
仮面の奥でぼそりと零が呟く。『桜』の願いをかなえるために、誰かを傷つける妖を許しておくことはできない。願いから生まれる哀しみ。それを断ち切るために刀を強く握りしめる。踏み込み、力を込め、太刀を回転させる。
怪我を受けても悲鳴を上げず動きの衰えない妖は、疲弊具合が予測しずらい。ダメージを積み重ねているのは確かだが、変わらず攻めてくる桜の乱舞に覚者は疲弊していく。
「ここまでです……」
「すまん……あとは任せた」
「アウチ! 私もノックダウンデス……」
たまきと静護、そしてリーネが倒れ伏す。庇うものがいなくなった後衛を中心に、桜の刃が吹き荒れた。
「流石……ランク3ですね」
「ああ、確かに。だが……!」
後衛に居た理央と両慈が集中砲火を受けて意識を失う。これで回復を行う覚者はいなくなるが、両慈は倒れる寸前に笑みを浮かべていた。勝利を確信した笑みを。
「荒魂よ、貴方を鎮めさせていただきます」
倒れる仲間の声を聴きながら、冬佳が駆ける。ここを外せば勝機は薄れる。その圧力を感じながら、しかし揺らぐことなく真っ直ぐに大上段に刀を振り上げた。銀の髪が、薄紅色の吹雪の中でゆらりと舞い、握られた白刃が稲妻の如く振り下ろされる。
「破っ!」
裂帛と共に冬佳の刃は妖を両断する。その一撃を受けて爆ぜるように桜の花びらは散り、同時に妖は消え去っていた。
●
妖によって受けた傷はそれほど深くはなく、倒れていた覚者は傷の痛みを押さえながら立ち上がる。
「桜は陰、宴会は陽。そのバランスもあったのかな」
理央は陰陽道の見地からそんなことを推測する。桜の元で宴会を続けたからこそ生まれた力のバランスが、急に崩れたため歪みが生じた。勿論ただの推測だ。実際の所は誰にもわからない。
「散ってしまったんですね……」
たまきはもう咲くことはないだろう桜の古木に手を当てる。霊との交信を行い、かつていた村人達の声を聴こうとしたが……流石に時間が経ちすぎていた。それは逆に言えば彼らは未練を残さず旅立ったという事なのだろう。
「妖となり桜の花咲く季節に必ず現れるのは……その人々と逢いたかったからか。……詮無きことです」
首を振り、冬佳はそれ以上思うことを放棄する。妖は討たねばならない。例え本当に桜に思念が存在し、仮にその思いから生まれたのだとしても。その思いを伝える相手はもういないのだから。
「これ以上あなたを血で染めたくなかった……あなたに微笑む桜であれ」
覚醒状態を解除し、仮面を外した零は静かに呟く。たとえ討つしかない相手であったとしても、それが悪意だけでおこなわれるわけではない。それが救いとなるかはわからないが、この桜が血を吸うものにならなくてよかった。本当にそう思う。
「そうだな。それは本当によかった」
零の言葉に同意するように両慈が頷く。既に散ってしまったが、あの桜は見事なものだった。状況が許せば花見をしたかったほどに。だが、それもかなわぬ夢。桜は割いて散るからこそ美しいのだという言葉を思い出す。
「そんな理由で妖化したのなら正直アマリ喜べないカモ……ってコラー! そこなにしてるデスカ!」
妖が発生した理由に思いをはせていたリーネが、両慈の方を見て叫ぶ。自分の愛する人が女性と親し気に話しているのをみて、離れるようにと叫ぶ。……完全にリーネの勘違いなのだが。
「どうか、静かに眠ってください。貴女を愛した村人たちも……眠っています」
言って祈りを捧げる燐花。その祈りは妖への物か、それとも朽ち逝く桜へか、或いははるか昔に旅立った村人へか。或いはその全てへか。その祈りが届いたかはわからない。だが、妖はもうこの地に現れないだろう。
「いい桜だった。村人たちも同じ桜を見て、花見をしたのだろう」
静護は散ってしまった桜の木を見て、感慨にふける。もうこの木に桜が咲くことはないのだろうか。もし咲くのなら、今度はまた訪れてみたい。本当に唯の花見を、村人の代わりなどと言うつもりはない。本当に美しい桜に敬意を表して。
そして覚者は去り、朽ちた桜が山に残る。
もはや花を咲かせない桜。だが桜の美は花だけではない。静かに立つ姿もまた、一つの景観なのだ。
誰かがあの薄紅色の吹雪を覚えてくれるのなら、咲いた意味はきっとある。受け継ぐ者がいるのなら、散り逝くことにも意味が生まれるのだ。
最後の花びらが風に舞い、そして夜空に消えた。
山の上に咲く一本の桜の木。植物に詳しくない素人が見ても、老いているのが分かるほどの古木。
だがそこに咲く花はまさに感嘆の一言。薄紅色の花弁を咲かせ、陽光を受けて映えている。はらはらと散る様もまた、桜と言う儚く美しい様を示していた。
その袂に立つ一人の妖。人を襲うために生まれた何かの思念。
そしてそれに相対するは八人の覚者。準備はそろったとばかりに視線を向けていた。
「見事な桜です」
『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は目の前の光景に対し、思ったままの感想を告げる。これが妖化による現象でなければ、人を襲わない相手であるならば、慰めでここに過ごすのも悪くはない。だが相手は妖だ。ここで滅さなければならない。そう頷く。
「桜の妖とヒト、ですか……」
苦無を手にして『イノセントドール』柳 燐花(CL2000695)は想いに耽る。何を持って害と呼ぶか。人間からすれば人を襲う妖は外敵であり、この妖からすれば村人以外の人間は外敵。だがもうその村人はいないのだ。
「叶わない約束を果たすために咲き続ける。何とも悲しい桜の木だな」
海を裂いたと言われる神具を手に、水蓮寺 静護(CL2000471)が悲しげに言う。想いの成れの果てが妖となったのか、あるいはそれとは関係のない理由で妖が生まれたのか。どうあれここで撃ち滅ぼすことが、この桜と人間の為なのだ。そう思い、柄を強く握る。
「なんとか桜さんの想いを受け止めて、村人さん達との絆を良いものに戻したいですね」
大好きな人から貰ったタッセルに触れながら、賀茂 たまき(CL2000994)が決意を込めるように口を開く。村人と桜の関係。今現れた妖。たまきが思うことは全ては推測で、すべては想像だ。だがもしそうであるならば、その絆は護りたい。
「荒事は本来、専門外なんだけどね」
告げる『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)は、回復力を高める香を仲間に広めていた。直接的な戦闘ではなく、仲間をサポートするために。ランク3の妖を侮るつもりはない。気を張って戦場に足を踏み入れる。
「近寄る人間を死に追いやる。そしてランク3、か……」
源素を解放しながら『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)は妖を見る。かつて戦ったランク4の妖に比べれば、確かにプレッシャーは小さい。だが、油断はできない。交渉の余地はないのなら、言葉は不要だ。
「愛しの両慈と一緒に綺麗な花を見れると思ったのデスガ……デモ! 危険な妖を放置は出来マセンネ!」
両慈のそばで拳を握りながら『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)が悔やむようにしている。悔しいのは愛しの人と花見ができないからか、妖への憎しみか。どうあれ戦意は十分のようだ。
「さあ、思い出に結末を!」
『裏切者』鳴神 零(CL2000669)は、狐の面を顔に付け自分の身長以上の太刀を抜刀して叫んだ。帰らぬ人を待つ桜の木。その話を聞き、零は何を思い、何を感じたか。心の中は知る術はなく、その表情も面に隠れて見ることはできない。
八人の覚者を前に、妖は静かに向き直る。無言で向けられたのは、明確な殺意。言葉は要らない。そもそも言葉は通じない。そもそも言葉は意味を為さない。
その意思に応えるように、八人の覚者は弾けるように動きだした。
●
「周囲に害を及ぼす存在でさえなければ、こんな形で討伐する必要もなかったのですよね」
最初に動いたのは燐花だ。両手に苦無を構え、妖に迫る。口にした言葉に込められた思い。それはFiVEに来る前の自分なら抱けただろうか。そんなことを思いながら一気に距離を詰める。倒される前に倒す。その心情の元に、真っ直ぐと。
心霊系の妖は物理的な攻撃に耐性を持つ。故に燐花は苦無に蒼銀に燃える炎を纏わせる。桜と一定の距離を取りながら、苦無を振るう。蒼銀の光が苦無の後を追うように、残滓として消えてゆく。苦無は的確に妖を裂き、炎が霊体を焼く。
「身体の動くの限り、攻めさせてもらいます」
「人間の勝手な安全の為に、貴方を葬る事を許して欲しい」
感情を押さえた声で零が妖に告げる。妖は言葉を返さない、妖は言葉を返せない。故に拒否の返事はない。悲鳴も嗚咽も絶叫も号泣もない。それは零にとって救いとなったのか。ただ言えるのは、もはや刃は止まらないという事実。
覚醒して両腕を機械のように変化させる零。血の通わぬ冷たき手で、大仰な太刀を振るう。銘は『大太刀鬼桜』。記憶を失う前から零が持っていた太刀。手になじむそれを遠心力に任せて振るう。妖が春風なら、零の攻撃は旋風。刃の風が妖を裂く。
「十天、鳴神零! 参ります!」
「相手はランク3の心霊系妖。一瞬の油断が命取りだな」
妖の前に立ち、刀を構える静護。幼いころから剣術を学び、それが戦いのベースになっている静護からすれば、物理攻撃の効果が薄い心霊系妖との相性は良くない。そして静護自身もそれを理解しているが、だからと言って臆するつもりはない。
刀で妖を牽制しながら、体内で源素を練り上げる。刀の先に走る水の源素。静護が刀を振るえば玉散り礫が爆ぜる。その礫一つ一つが刃となり、妖に襲い掛かる。小さき礫の弾丸全てを交わすことができず、妖の霊体が削られていく。
「相手にとって不足なし。行くぞ!」
「無理をするな。退くべき時には退くんだ」
後衛から戦局を見やり、仲間に指示を出す両慈。覚醒して銀になった髪を風に揺らし、油断なく戦場を注視する。今必要なこと、数秒後に必要な事、それらを頭の中で組み立てる。逸るな、だが判断に躊躇をするな。一手の誤りは拮抗した戦局では大きいのだから。
体内で源素を循環させ、掌に集中させる両慈。今必要なのは何か。それを見定めて、水の源素を練り上げる。散布される水の源素に含まれる癒しの力。それを仲間たちに振りまいた。妖に与えられた傷を冷やし、そして塞いでいく。
「誰も倒させはしない」
「そして両慈は私が守るデスネー!」
両慈を守るようにリーネがその前に立つ。愛する人を守るために身を挺して盾になる。なんと美しい献身か。回復を守るというとかそういった打算的な理由もあるが、愛する人は自分で守りたい。そんな思いがリーネを動かしていた。
拳を握って、土の加護を二重に重ねる。一つはシールド的な防護。もう一つはカウンター的な盾。その状態で両慈の前に立ち、妖の攻撃から庇うように手を広げる。二つの防御すら突破する妖の一撃を受けて、笑顔で愛する人に言葉をかける。
「両慈~、私を頼るのデース♪」
「ありがたい行為だけど、あまり無理しないでね」
リーネの行動に理央が言葉をかける、理央もまた後衛から回復に専念していた。前世との絆を強く結び、陰陽道の知識を増していく。未だ明確ではないうっすらとした前世との絆だが、それが確かにあるのは間違いない。
木行、火行、天行、水行。四つの源素を意識しながら呼吸を整える。使用するのは一枚の符。それを各行に応じて変化させ、展開する。回復も、攻撃も、そして隙あらば攻撃も。状況に応じて動く回るのが理央のスタイル。
「過剰回復するぐらいでないと、ランク3を相手するのには到底足りないからね」
「ええ。こちらも全力で攻めさせていただきます」
神具を構えて冬佳が気を高めていく。此処より先は通さないと言わんばかりに真正面から挑む冬佳。妖に挑む心はAAAであった父の精神が元だろう。だがそれだけではない。FiVEでの活動で冬佳自身がそれを昇華して高めていた。
正眼に刀を構え、相手を見る。戦場と言う苛烈な状況にあってなお、冬佳の心は凪の水面の如く穏やか。妖のわずかな隙を見出し、冬佳は踏み込む。心の中にある水面に波紋が広がる。そのリズムに合わせるように刀を振り、妖に斬りかかる。
「――流石に源素を通さない攻撃は効きにくいようですね」
「でしたら私が!」
呼吸を整えながらたまきが叫ぶ。本来後衛向きのたまきだが、妖を恐れず前に出てきていた。否、怖くないはずがないだろう。だがそれを押しとどめて、妖と触れ合える距離に居た。そこにどれだけ強い覚悟を秘めているのだろうか。
土の源素を符に集め、人差し指と中指に挟んで妖に迫る。広がる刃の桜吹雪を縫うようにして迫り、その額に符を押し当てた。爆ぜるように叩き込まれる大地の力。妖に痺れるような振動が叩きつけられ、一時朦朧とさせた。
「私、頑張ります!」
たまきの声に頷く覚者達。全力を尽くし、妖を倒すのだ。
だが、妖とて黙ってやられるつもりはない。刃のような桜の花弁が舞い、鋭い枝が貫くように覚者を襲う。
「……あっ!」
「まだだ……! まだ僕は終わってなんかいないぞ!」
「まだ倒れるわけにはいかないよ!」
たまきと静護と零がその猛攻を受けて命数を削るほどの傷を負う。怪我人が増えるたびに、木に咲く桜が多くなり、妖の攻撃が苛烈になっていく。
妖も覚者の攻撃で傷ついているが、まだ倒れるほどではない。傷を受けながら、覚者を廃するために攻め続ける。無論、それに恐れる覚者ではない。
桜舞う戦場の中、八人の覚者はそれぞれの想いと覚悟を乗せて神具を振るう。
●
妖の戦術は、多対一に特化する。また敵を倒せば倒すほど強くなる為、狙う相手は『倒しやすい相手』に集中する。全体攻撃で覚者を弱体化させ、一気に攻め立てる。
「オウ! この程度では倒れませんヨー!」
「回復を行う後衛を狙っていましたか」
両慈を庇うリーネと理央を庇う燐花が命数を削られる。それを確認すれば、今度は庇えないように貫通攻撃で後衛を中心に攻撃を加えてくる。
「仕方ない……! 僕も回復に回る!」
妖の攻撃の苛烈さに刀を納め、静護も回復の術式を展開する。清らかな水が仲間の傷に注がれ、消毒と共に傷を癒していく。確実に勝つために必要なことを思考し、躊躇なく行動する。妖を滅することが覚者の使命なのだ。
「ここで退くか……いや、まだいける」
桜の枝に貫かれ、膝をつく両慈。呼吸を整えながら、冷静に戦局を見る。妖の特性上、撤退すれば追われることはない。その分水嶺を見極めるのは、後ろから冷静に判断できる自分だろう。まだいける。そう判断し、命数を燃やして立ち上がる。
「両慈!? 大丈夫デスカ!? 痛くないデスカ!?」
両慈を庇っていたリーネが心配するように叫ぶ。ガードしてもそれを貫くように攻撃をしてくる妖。だが、ガードを解けば後衛一列に一斉に攻撃が飛んでくるだろう。そうなれば回復役を一掃される可能性がある。そのジレンマに悩みつつ、リーネはガードを続けた。
「このままだとジリ貧ですね」
ガードを続けるリーネと対照的に、燐花はガードを外して攻勢に出る。『倒される前に倒せばよい』と言う教えからの行動だ。炎を纏った苦無を振るい、妖の霊体を燃やしながら削っていく。
「ええ。守ってばかりでは勝てません」
回復の術式を行使しながら理央が口を開く。覚者の気力全てを用いて防御に徹すれば、確かに長くはもつだろう。だがいずれはその気力も尽きる。ならば攻勢に出た方が勝機は高い。支援の術を皆にかけなおし、呼吸を整える。
「人は貴方程永く生きられない。どのような形であれ――貴方の待ち人達はもう、居ないのです」
妖の攻撃に命数を削って立ち上がりながら、冬佳が妖に語り掛ける。それは『桜』が待っているのであろう人の話。どれだけ待っても彼らは来ることはない。妖は答えない。『桜』も答えない。ただそこに咲く桜は美しく、だからこそ儚かった。
(妖を倒してしまったら、桜さんは枯れてしまうのでしょうか……?)
激しい戦闘の最中、たまきはふとそんなことを思考する。目の前に咲く薄紅色の花弁は妖の力。それが亡くなれば置いた桜は朽ち果てるのだろうか。生者必滅会者定離。それは世の理。桜はそれを体現している花だ。
「誰かのために桜を護りたいと願ったがために、誰かが傷つくのは悲しいね」
仮面の奥でぼそりと零が呟く。『桜』の願いをかなえるために、誰かを傷つける妖を許しておくことはできない。願いから生まれる哀しみ。それを断ち切るために刀を強く握りしめる。踏み込み、力を込め、太刀を回転させる。
怪我を受けても悲鳴を上げず動きの衰えない妖は、疲弊具合が予測しずらい。ダメージを積み重ねているのは確かだが、変わらず攻めてくる桜の乱舞に覚者は疲弊していく。
「ここまでです……」
「すまん……あとは任せた」
「アウチ! 私もノックダウンデス……」
たまきと静護、そしてリーネが倒れ伏す。庇うものがいなくなった後衛を中心に、桜の刃が吹き荒れた。
「流石……ランク3ですね」
「ああ、確かに。だが……!」
後衛に居た理央と両慈が集中砲火を受けて意識を失う。これで回復を行う覚者はいなくなるが、両慈は倒れる寸前に笑みを浮かべていた。勝利を確信した笑みを。
「荒魂よ、貴方を鎮めさせていただきます」
倒れる仲間の声を聴きながら、冬佳が駆ける。ここを外せば勝機は薄れる。その圧力を感じながら、しかし揺らぐことなく真っ直ぐに大上段に刀を振り上げた。銀の髪が、薄紅色の吹雪の中でゆらりと舞い、握られた白刃が稲妻の如く振り下ろされる。
「破っ!」
裂帛と共に冬佳の刃は妖を両断する。その一撃を受けて爆ぜるように桜の花びらは散り、同時に妖は消え去っていた。
●
妖によって受けた傷はそれほど深くはなく、倒れていた覚者は傷の痛みを押さえながら立ち上がる。
「桜は陰、宴会は陽。そのバランスもあったのかな」
理央は陰陽道の見地からそんなことを推測する。桜の元で宴会を続けたからこそ生まれた力のバランスが、急に崩れたため歪みが生じた。勿論ただの推測だ。実際の所は誰にもわからない。
「散ってしまったんですね……」
たまきはもう咲くことはないだろう桜の古木に手を当てる。霊との交信を行い、かつていた村人達の声を聴こうとしたが……流石に時間が経ちすぎていた。それは逆に言えば彼らは未練を残さず旅立ったという事なのだろう。
「妖となり桜の花咲く季節に必ず現れるのは……その人々と逢いたかったからか。……詮無きことです」
首を振り、冬佳はそれ以上思うことを放棄する。妖は討たねばならない。例え本当に桜に思念が存在し、仮にその思いから生まれたのだとしても。その思いを伝える相手はもういないのだから。
「これ以上あなたを血で染めたくなかった……あなたに微笑む桜であれ」
覚醒状態を解除し、仮面を外した零は静かに呟く。たとえ討つしかない相手であったとしても、それが悪意だけでおこなわれるわけではない。それが救いとなるかはわからないが、この桜が血を吸うものにならなくてよかった。本当にそう思う。
「そうだな。それは本当によかった」
零の言葉に同意するように両慈が頷く。既に散ってしまったが、あの桜は見事なものだった。状況が許せば花見をしたかったほどに。だが、それもかなわぬ夢。桜は割いて散るからこそ美しいのだという言葉を思い出す。
「そんな理由で妖化したのなら正直アマリ喜べないカモ……ってコラー! そこなにしてるデスカ!」
妖が発生した理由に思いをはせていたリーネが、両慈の方を見て叫ぶ。自分の愛する人が女性と親し気に話しているのをみて、離れるようにと叫ぶ。……完全にリーネの勘違いなのだが。
「どうか、静かに眠ってください。貴女を愛した村人たちも……眠っています」
言って祈りを捧げる燐花。その祈りは妖への物か、それとも朽ち逝く桜へか、或いははるか昔に旅立った村人へか。或いはその全てへか。その祈りが届いたかはわからない。だが、妖はもうこの地に現れないだろう。
「いい桜だった。村人たちも同じ桜を見て、花見をしたのだろう」
静護は散ってしまった桜の木を見て、感慨にふける。もうこの木に桜が咲くことはないのだろうか。もし咲くのなら、今度はまた訪れてみたい。本当に唯の花見を、村人の代わりなどと言うつもりはない。本当に美しい桜に敬意を表して。
そして覚者は去り、朽ちた桜が山に残る。
もはや花を咲かせない桜。だが桜の美は花だけではない。静かに立つ姿もまた、一つの景観なのだ。
誰かがあの薄紅色の吹雪を覚えてくれるのなら、咲いた意味はきっとある。受け継ぐ者がいるのなら、散り逝くことにも意味が生まれるのだ。
最後の花びらが風に舞い、そして夜空に消えた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
『散る桜 残る桜も 散る桜 ――良寛』
