猫と狸と付喪神の恩返し
●
五麟市襲撃。
この事件はニュースにも取り上げられ、多くの人が知る事になる。
とある神社に勤める神主一族の間でもその話題は広まっていた。
「なんと……そんなに被害が」
一族の若者から詳しい情報を聞いた神主が柔和な顔立ちを痛ましげに曇らせる。
この神主、五麟市に本拠地を置くF.i.V.Eの覚者に何度も世話になっており、この事件には心を痛めていた。
「頭領、私どもも市内の復興に行ってもよろしいでしょうか」
「是非そうしなさい。お猫様のお世話は最低限の人数で構わないから……」
にゃー。
神主の言葉を遮って、二メートル級の大きな猫。この神社で『お猫様』として祀られている猫又がつんつんと神主の袖を引っ張った。
見れば大きな猫又の影からは子分である化け狸と、普段は蔵の中にいるはずの掃除道具の付喪神までいるではないか。
物心ついてからこの歳までずっとお猫様に仕えている神主はもしやと問いかける。
「お猫様、皆で揃って五麟市に行こうとおっしゃるのですか?」
神主への返事は猫と狸の鳴き声に、掃除道具達のばたばた動く音もついて来た。
「しかし……」
神主は悩む。
このお猫様、体は大きいながら足音を立てずに歩き人から見えないように姿も消せる。
だからと言って気楽に町に行くのは躊躇われる。更に化け狸や付喪神まで行くとしたらちょっとした百鬼夜行である。
「むう……」
悩む神主であったが、F.i.V.Eには何度も世話になり、お猫様自身の命も救ってもらった恩義がある。できるなら神主自身も復興の手伝いに行きたいと思っているのだ。
「……F.i.V.Eに問い合わせをしてみましょう」
悩んだ神主はF.i.V.Eに判断を押し付けた。
●
「古妖と一緒に復興を手伝いたいと言う話が来てるんだ」
久方 相馬(nCL2000004)が集まった覚者達に頼んだのは古妖連れの一団を一緒に復興作業をして欲しいと言う事だった。
「F.i.V.Eには世話になったから復興作業の手伝いでお礼をしたいと言う話だが、古妖の一匹が二メートル級なものだから一般人の中に入ると流石に驚かれそうなんだ」
一緒に来ているのは神社の神主を務める中年男性と、彼の一族の中でも体力があり力仕事に慣れている青年が数人。
古妖は二メートル級の巨体を持つ三毛の猫又。その子分である化け狸。更に数体の掃除道具の付喪神。
「どの古妖も人を害するつもりはないし神主達との仲も良好だ。古妖は人の言葉を話す事はできないが、理解する事はできるから意志疎通はできるな」
もし細かな会話がしたいなら神主一族に仲立ちを頼むなりすればいいだろう。
「みんなF.i.V.Eに恩返しがしたいと言う気持ちで来てくれたらしい。復興を少しでも早く進めるため皆仲良くやってくれ」
五麟市襲撃。
この事件はニュースにも取り上げられ、多くの人が知る事になる。
とある神社に勤める神主一族の間でもその話題は広まっていた。
「なんと……そんなに被害が」
一族の若者から詳しい情報を聞いた神主が柔和な顔立ちを痛ましげに曇らせる。
この神主、五麟市に本拠地を置くF.i.V.Eの覚者に何度も世話になっており、この事件には心を痛めていた。
「頭領、私どもも市内の復興に行ってもよろしいでしょうか」
「是非そうしなさい。お猫様のお世話は最低限の人数で構わないから……」
にゃー。
神主の言葉を遮って、二メートル級の大きな猫。この神社で『お猫様』として祀られている猫又がつんつんと神主の袖を引っ張った。
見れば大きな猫又の影からは子分である化け狸と、普段は蔵の中にいるはずの掃除道具の付喪神までいるではないか。
物心ついてからこの歳までずっとお猫様に仕えている神主はもしやと問いかける。
「お猫様、皆で揃って五麟市に行こうとおっしゃるのですか?」
神主への返事は猫と狸の鳴き声に、掃除道具達のばたばた動く音もついて来た。
「しかし……」
神主は悩む。
このお猫様、体は大きいながら足音を立てずに歩き人から見えないように姿も消せる。
だからと言って気楽に町に行くのは躊躇われる。更に化け狸や付喪神まで行くとしたらちょっとした百鬼夜行である。
「むう……」
悩む神主であったが、F.i.V.Eには何度も世話になり、お猫様自身の命も救ってもらった恩義がある。できるなら神主自身も復興の手伝いに行きたいと思っているのだ。
「……F.i.V.Eに問い合わせをしてみましょう」
悩んだ神主はF.i.V.Eに判断を押し付けた。
●
「古妖と一緒に復興を手伝いたいと言う話が来てるんだ」
久方 相馬(nCL2000004)が集まった覚者達に頼んだのは古妖連れの一団を一緒に復興作業をして欲しいと言う事だった。
「F.i.V.Eには世話になったから復興作業の手伝いでお礼をしたいと言う話だが、古妖の一匹が二メートル級なものだから一般人の中に入ると流石に驚かれそうなんだ」
一緒に来ているのは神社の神主を務める中年男性と、彼の一族の中でも体力があり力仕事に慣れている青年が数人。
古妖は二メートル級の巨体を持つ三毛の猫又。その子分である化け狸。更に数体の掃除道具の付喪神。
「どの古妖も人を害するつもりはないし神主達との仲も良好だ。古妖は人の言葉を話す事はできないが、理解する事はできるから意志疎通はできるな」
もし細かな会話がしたいなら神主一族に仲立ちを頼むなりすればいいだろう。
「みんなF.i.V.Eに恩返しがしたいと言う気持ちで来てくれたらしい。復興を少しでも早く進めるため皆仲良くやってくれ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.仲良く復興作業をしましょう
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
百鬼を退ける事に成功したものの、五麟市の被害は小さくありません。
あちらこちらで復興作業が始まっている中、恩返しをしたいとやって来た一団が。
●場所
五麒市の某所。
燃えた家屋や崩れた外壁、アスファルトがめくれた道路に倒れた街路樹などが残っており、家屋が崩れ落ちたりする危険があるため一般人は入って来ません。
時刻は午前作業、お昼ご飯から休憩、午後と三部に分かれます。
●補足
三部全てのプレイングを書いても構いませんが、午前なら午前と絞った方が描写が多くなりやすいです。
現場にはF.i.V.Eと協力している企業から作業員や機材などが来ているので、専門知識や特殊免許がいる機材は彼等に任せる事ができます。
特に専門知識がなくても瓦礫の撤去など人手が必要です。
作業の例を挙げておきますが、これ以外にもやりたい事などがあれば積極的に手を挙げて下さい。無茶な物でない限り採用したいと思います。
皆さんと一緒に古妖や神主一族が参加しています。手伝って欲しい作業があれば声をかけて下さい。
特にお声が掛からない場合、あちこち動き回って作業をしています。
●作業一覧
・瓦礫の撤去や運搬
・資材の運搬
・避難所行きの食事作り
・覚者達を含む作業者の食事作り
●人物
・作業員の皆さん/一般人
F.i.V.Eの事情を知っている企業から派遣された皆さんです。
専門知識が必要な作業や大型機器を使う作業を担当しており、覚者に対する偏見はありませんが古妖は流石に慣れていないようです。
・神主とその一族/一般人
神主は柔和な中年男性。お猫様をはじめ古妖達との信頼関係が厚く、多少のトラブルにも対応できますが、胃薬が相棒の苦労人でもあります。
彼についてきた一族は20代~30頃の体力がある青年が四人。全員体力があり力仕事に慣れています。ザ・男飯!ですが料理もできます。古妖との関係も良好です。
・お猫様/古妖
二メートル級の巨体を持つ三毛の猫又。しめ縄を首に付け二股に分かれた尾の先に鈴と榊を持っていますが、今回は外して来ました。見た目はただの大きな猫です。
体力が高く力もあり、もふもふの体と柔らかな肉球は瓦礫が落ちようがガラスの破片や釘を踏もうが平気です。
人の言葉を話す事はできませんが、理解はできます。
・化け狸/古妖
見た目は普通の狸と変わりませんが、二足歩行したりお猫様と同じくらい巨大化したり、道具を使っての作業や文字を書くなど色々小技を持っています。
こちらも人の言葉を話す事はできませんが、必要なら文字を書いて伝える事ができます。
・付喪神/古妖
塵取り三体、竹箒三体、木製の四メートル梯子が二体の計八体。人の言葉は話せませんが理解する事ができ、なかなかアクロバティックな動きもできます。
古妖なのでちょっとやそっとの衝撃では壊れません。
情報は以上となります
皆様のご参加お待ちしております
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
8日
8日
参加費
50LP
50LP
参加人数
30/30
30/30
公開日
2016年04月09日
2016年04月09日
■メイン参加者 30人■

●午前
五麟市を襲撃した百鬼の撃退に成功し、市内の各所では復旧作業が始まっていた。
ここでも朝早くから集まった作業員に混じってF.i.V.Eに所属する覚者と、彼等に恩返しをするためにとちょっと変わった一行が来ていた。
「お猫様久しぶりやなー。元気しとったー?」
「皆さん、お元気そうでなによりです。新しい古妖さんも来て下さったのですね!」
その一行を発見した善哉 鼓虎(CL2000771)が手を振り、近くで作業していた賀茂 たまき(CL2000994)もそれに気付いて立ち上がる。
お猫様と呼ばれた三毛の猫又は見知った相手ににゃあと鳴き、二メートル級の巨体でもふっと二人の再開の挨拶を受け止めた。
足元にいた化け狸が二足歩行で歩み寄ってぺこりと一礼。掃除道具の付喪神もおじぎ代わりなのかばたばた動いた。
「ご無沙汰しております。微力ながらこれまでの恩返しになればとお手伝いに参りました」
「いつもと逆の立場になってしまったのぉ」
側に控えていた神主が喋れない古妖達に代わって話を始めた所で、由比 久永(CL2000540)も一行の所にやって来た。
久永にしても鼓虎にしても恩を売るつもりで関わったわけではない。
しかし神主と古妖達が来てくれた事はありがたかった。
「では早速手伝っておくれ。まさに猫の手も借りたいといったところなのでな」
心得たとばかりににゃあと鳴く猫又。それに合わせて化け狸の体が大きくなって猫又と同じくらいになる。
付喪神はそれぞれ箒と塵取りがペアになり、梯子は神主一族と組んで運ばれるのではなく自分で移動する。
その様子を見ていた一般企業から来た作業員は流石にぎょっとしていたが、反応を予想していた三島 椿(CL2000061)がすかさず声を掛けた。
「あの子たちは大丈夫よ。悪い子じゃないわ」
年若い少女の笑顔に、男性のみで構成されていた作業員たちはちょっと照れながらも自分達の担当へと移動する。
古妖と同じ場所になった作業員はおっかなびっくりながら作業を始めたようだ。
若い作業員の中には好奇心の方が勝る者もいるようで、同行している神主一族を間に挟んで声を掛けに行っている。
とりあえずは大丈夫そうだと胸を撫で下ろす。
「そうよね……今、私ができる事をしなくちゃ」
椿は目を伏せて少しだけ物思いに耽り、胸の中にわだかまる思いをしまい込んで羽を広げた。
近くの屋根の上まで飛び、電線が邪魔でクレーンが届かないような場所を見付けて瓦礫の撤去に取り掛かる。
下でも重機が入れない場所での作業が始まっており、作業員の声にまじって猫の鳴き声や一緒に作業する覚者達の声が聞こえて来た。
「椿さん、その瓦礫も一緒に持って行きますよ!」
ある程度瓦礫が溜まると、下から環が言って来た。
「そう? それじゃあよろしくね」
集まった瓦礫は作業の始めと言う事もあって大きい物ばかりだったが、久永が持ち運びしやすいようシートで包むと猫又がひょいとくわえて行く。狸は両手で抱え上げ、猫と狸が風呂敷包みを持ったような塩梅になって周囲が和む。
「おお、やはり力があるな。ついでに余も運んでおくれ」
もふりと乗せてもらった久永にちょっと羨ましそうな視線が行く。
そんな平和な光景とは打って変わって、作業現場の片隅で空を眺める鳴海 蕾花(CL2001006)の心境は複雑である。
黎明との接触、彼等の裏切り、そして決戦の日。
奇しくも誕生日に付けられた傷と嘗められたと言う屈辱が腹の中で渦巻いていた。
ぎりっと噛みしめた音に、にゃあと言う鳴き声が重なる。
近くの壁を突き破った電柱を引き抜きに来たらしい猫又を見て、蕾花は表情を取り繕う。
「お猫様来てたのか、みっともない所を見られちゃったね」
自分を見下ろす大きな猫の額を撫でる。
「あたしは大丈夫、怪我はしたけどね」
じっと見つめて来る目から顔を逸らしそれじゃあたしも手伝わないととその場を離れたのは、やはり気まずいのだろうか。
「せやな……うちも結局今回なんも出来んかった。情けない……」
蕾花からは死角になっていた場所に鼓虎もいた。
「愚痴ってもてごめんな。復興、一緒にがんばろな」
お掃除お掃除と明るく出て行った鼓虎が、先に外に出ていた蕾花をつかまえたようだ。
重たい袋を持たされて文句を言う雷花と笑う鼓虎をじっと見つめる猫又。
一連の事件は五麟市の住民にも覚者達にも傷痕を残したようだ。
そんな中、少々呑気な事を言っている人物がいる。
「……こうしてみると、うちのビルが壊されなかったのは不幸中の幸いかな? 廃ビルな見た目が役に立つこともあるんだねぇ」
ボロボロになった町を見回しながら、冗談なのか本気なのか分からない事を言う蘇我島 恭司(CL2001015)。
「壊されてもおかしくない見た目ですし……無事で何よりです」
こちらは本気でそう思っているのだろう。柳 燐花(CL2000695)は小柄な体でありったけの瓦礫を運ぼうとしていた。
「燐ちゃん、大怪我した後なんだから無理しないで」
足元がふらついている事に気付いた恭司が瓦礫を持ち上げたが、顔全体に「結構重い」と出てしまった。
それを見た燐花が瓦礫を奪い返す。
「私は打たれ強いから大丈夫です。怪我も大したことありません。多少傷が残った程度です」
「いやいや、燐ちゃんの方が怪我酷かったからね!? それなのに大人しく看病されないんだから……」
二人はやいのやいのと言い合い瓦礫を奪い合いながら集積場に向かう。
燐花は恭司のお世話をすると言う意識があり、恭司にしてみれば大怪我をした上今も完治していない彼女に無理をさせたくないのだ。
「痛くなくても、怪我は怪我だよ?女の子なんだから、痕が残らないようにちゃんと治さないと……」
しかし、この一言に燐花の反応が遅れた。
気付かず言葉を続けていた恭司が反応がない事に気付いた頃、ようやく言葉を返した。
「……そういう冗談には、どう返せばいいのか分かりません」
「いや、冗談じゃないんだけどね?」
苦笑する恭司に燐花は言葉を返せなかった。
他意のない何気ない一言だろうと思っていても、先程までのように口が動かなかったのだ。
黙り込んでしまった燐花の後ろで、重機が多きな音を立てて通り過ぎる。
「エメさんは、何時も運転を、なさるのですか?」
その重機を運転しているのはなんといつも華やかに着飾っているエメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)だった。
意外な特技に驚く神室・祇澄(CL2000017)に、エメレンツィアは小さく笑う。
「ふふ、ええ。こう見えてもFiVEまでは車で運転して通っているわよ」
アスファルトが剥がれた道をものともせず目的の現場に到着すると、エメレンツィアは祇澄に向かって重機に積まれていた資材の運搬を頼んだ。
「何分重い物は殆どもったことがないもので……なんて冗談だけど」
などと言ってみたが、祇澄の方は心得たとばかりにせっせと作業を始めていた。
「後は、任せてください。こう見えても、力は有ります、から」
ぐっと拳を握るのを見て、じゃあ任せてもいいかなと思って頷く。
「私がやるよりは絵になるんじゃないかしら?」
あまりに従順な物だからちょっと意地の悪い事も言ってみたが……。
「はい、勿論です! 無心で働いている方が、いろいろ良いです」
これである。
文句も言わず働き出す祇澄であった。
後半の言葉は少し含むものがあったが、エメレンツィアはあえて受け流す。作業現場近くの公民館や休憩所の殺風景な有様を思い返し、後で花でも活けてみようかしらなどと考えていた。
●昼
朝早くから始まった作業も大分進みそろそろ疲れと空腹が出て来る頃、 復旧作業をしている現場から少し離れた場所では厨房での作業が佳境に入っている所だった。
『一日仕事の長丁場ですし……お昼ご飯も重要ですよね』
紅崎・誡女(CL2000750)のエプロンのポケットから機械音声が流れ出す。
彼女の手はすでに豚汁、おにぎり、お汁粉のために用意された具材が山盛りになった籠やらバケツやらで占領されている。
公民館の調理設備が運よく残っていたため、ここでは避難所で寝泊まりしている住民への炊き出しと一緒に近くの現場の作業者達への食事も作っていた。
「味より栄養と量重視。そんな訳で作るわよ! トン汁!」
おでこに三角巾を巻いた那須川・夏実(CL2000197)がすごい勢いで肉と野菜を切って行く。
正直に行って料理はまた未熟と自覚している彼女だが、豚汁ならばと張り切ってここに参加したのだ。
「豚汁とおにぎりは仕出しの定番ですよね。私も料理なら任せて下さい!」
天野 澄香(CL2000194)も手馴れた様子で豚汁やおにぎりを作るために奮闘する。
「まだ少し、寒いから……温まる豚汁と……みんなに配れるおにぎり……」
明石 ミュエル(CL2000172)もコンロとシンクを行ったり来たりで夏実や澄香と一緒に豚汁作りに勤しんでいる。
大鍋にはたっぷりの肉と野菜が入れられ、味噌を投入すればなんとも食欲をそそる香りが漂ってきた。
「紡さん……おにぎり、できた……?」
「あ、ミュエちゃん……」
連れ立って来た麻弓 紡(CL2000623)は気まずそうに視線を逸らす。
その手元にはおにぎりではなく昔ながらの鰹節削り器が。どうやらおにぎりが上手くできずに鰹節作りになったらしい。
一応ミュエルから「鰹節ならお猫様によさそう」などとフォローが入ったが、おにぎり一つできなかったのがいたたまれない。
「おにぎりなら任せろ! 三角に作るのめっちゃ上手いからまぁ見てな」
紡を見かねたか、緋神 悠奈(CL2001339)があっと言う間に見事な三角のおにぎりを作って行く。
が、中に具がないどころか塩すらついてない。
「味付けしないの?」
通りがかった環 大和(CL2000477)が聞いた瞬間、とんでもない! と悠奈が叫ぶ。
「バカ野郎! 塩おにぎりとかそんな高価なもの、オレにはそうそう食えるものでも作れるものでもないんだよ!」
「それはちょっと……」
その後周囲に食べるのは悠奈だけではないのだからと諭された。
「塩……梅……鮭……! あ、あぁぁ……神秘……!」
「どんな食生活しとるんや……」
涙すら流しておにぎりを拝み出しそうな悠奈にちょっと引いた焔陰 凛(CL2000119)。
彼女が作っているのは油揚げと葱と卵と白米のコラボレーション、衣笠丼だ。
厚目の油揚げを使い、葱と一緒にしっかり卵で綴じる。大阪出身の彼女きつね丼ではなくわざわざ京都の衣笠丼を作る。気遣いが感じられる一品である。
「化け狸さん、お椀お願い」
茨田・凜(CL2000438)が大鍋に作ったお吸い物の味見をしながら独り言を……と思いきや、その足元をたたたと走って行く小さな影。
シンクにひょこりと頭を出してお椀を並べて行くのは化け狸である。
二足歩行ができ案外器用な化け狸。体が大きすぎて厨房に入れないお猫様や、現場で散々汚れた付喪神に代わりちまちまと手伝っている。
「うん、いい感じにできたね」
こちらの凜が作っているのは三つ葉と豆腐のお吸い物だった。
豚汁とはまた違った食欲をそそる香りが大鍋とお椀から広がって行く。
「あ、三つ葉こっちにも分けてもらえるか?」
声を掛けて来たのは丼を作っている方の凜である。
古妖と言ってもお猫様と狸にネギは危ないかもと三つ葉を代わりに使うようだ。
「こっちは現場用。こっちは避難所行きだね」
その傍らで九段 笹雪(CL2000517)が盛り付けや箱詰めに精を出している。
ここで作っているのは現場の作業者の昼食だけではない。調理設備が整っていない避難所にいる住民のための食事も作っており、運搬用の容器に入れては箱詰めをする作業も必要なのだ。
「こっちは古妖達のだね」
猫に狸に付喪神。流石に目や口もない付喪神の方は物を食べたりしないだろうが、猫又と化け狸の方はどうしたものかと迷った面子は多い。
しかし神主のマタタビ以外なら大丈夫との答えがあったため、古妖に興味を持った面々は遠慮なく食事を用意した。
「同じ釜の飯を食べると仲も深まるって言うし」
笹雪もそう思い、皆と同じように盛り付けをする。
昼食が出来上がると、待ってましたとばかりに作業を中断した作業者が集まって来た。
「さ、どんどん食べて昼からもバンバン働くのよ!」
夏実が大鍋の蓋を開けると豚汁の香りが食欲を刺激する。
『疲れた体には甘味も良いですよ』
臭いがまざらないよう離れた所では誡女のお汁粉に甘党が歓声を上げている。
大皿に並べられたおにぎりはバラエティ豊かに食指が動く。
「お疲れ様です。たくさんありますよ」
大きな寸動に入った汁物と豪勢な肉巻きおにぎりを運ぶ白枝 遥(CL2000500)は、おかわりを求められる度にあちらへこちらへと大忙し。
途中見かけたお猫様や化け狸に持ってきたおにぎりと、果物も追加した。
体が大きな猫又は勿論、化け狸も今は元の大きさに戻っているにも関わらず健啖家らしい。
喜んで食べる様子に心が和む。
「美味しかったかい?」
おもわず撫でてみれば猫と狸のそれぞれ違う感触が心地よい。
食事を摂らない付喪神達の体は、ありがとうの気持ちを込めて布巾で磨いた。
その光景を見て猫又も狸も撫でても怒らなそうだと思ったのか、食後の休憩にちらちらと目をやり気にしていた皆が彼等をもふろうと集まってしまったのはご愛敬。
その内の一人である水部 稜(CL2001272)は、午前中瓦礫を運んでいた間見かける度につい目をやっていた『お猫様』が気になっていた。
「水部さん?」
おかかのおにぎりを猫又に持って行こうとしていた澄香がそわそわしている稜に気付く。
「す、澄香。いやちょっと……あそこまで大きな猫にす、少し……血が騒ぐというか……興味深いな」
しどろもどろにな稜の態度に澄香は彼の内心を悟ったのか、くすくすと笑いながらでは一緒におにぎりを持って行きましょうと誘った。
「そ、そうか……なら一緒に行こう」
頷いて連れ立って歩く。
二人が目的地に着いた時、すでにF.i.V.Eの覚者だけでなく最初は恐々様子を窺っていた作業員まで集まっていた。
「一般市民への覚者のイメージが悪くならんといいんだが……」
この現場に来る前はそんな心配をしていた稜だったが、今の様子を見ているとその心配が少しやわらぐような気がしていた。
もふもふの心地よさに沈む者、その巨大さに感心する者、手足もないのに自力で動く付喪神の不思議に興味を引かれた者など、みなで和気藹々とした雰囲気の中で食後の時間を過ごす。
そんな光景を収めたカメラがいくつかあったが、その話はまた後で。
●午後
昼食と休憩と、人によってはもふもふ成分に心身ともに満たされた体はよく動く。
午後に入ってからは重機を使った作業よりも手作業の方が増えて来た。
「なんとかみんな無事に終わったけど、色々と壊しちゃったなぁ」
鐡之蔵 禊(CL2000029)はハイバランサーを駆使して細かい瓦礫や何かの破片が混ざり合った山を攻略していた。
「ちょっといい?」
山の下の方から禊に声がかかる。
振り向くと志賀 沙月(CL2001296)と阿久津 ほのか(CL2001276)が並んで立っていた。
「私もほのかちゃんと一緒にお手伝いさせてもらうわね」
「は~い。邪魔な瓦礫運ぶよ~」
沙月とほのかは瓦礫の中に残された物を拾ったりしているらしい。
同じように細かい物を拾い集めていた禊を見付けて声を掛けたようだ。
「ありがとう! 一緒に頑張ろう!」
大きめの瓦礫をどかし、飛び出た鉄筋や鋭い断面を見せる破片も見落とさないように疲労。
そうして山を崩して行くと、時々家の住民の持ち物が出て来る事があった。
住民の思い出があるだろう写真の類や本、ぬいぐるみ。そういった物は沙月とほのかで記録を取ってできるだけ本人に返せるようにする。
瓦礫の撤去などと並行して、あまり崩れていない場所では修繕作業も行われていた。
「こうやって復興作業を手伝うのは二度目でござるなあ」
神祈 天光(CL2001118)が屋根の修繕をしながらしみじみと呟く。
その表情はあまり明るいものではなかった。
田舎で雨漏りを直していたような作業ならともかく、復興が必要な悲劇が起きたがゆえの作業などけして嬉しい物ではない。
「っと、暗くなっている場合ではなかったでござるな! エヌ殿もサボらずに働くでござる」
作業を続ける天光は視界の端に見えたエヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)に注意するが、仮面に半分隠れた顔は白けきっていた。
「……やれやれ、どんな大義名分を背負おうとも勝手ですが、僕に押し付けるのは止めて頂きたいものですねぇ」
元々こういった作業は好まないエヌだったが、どうしたことかやたら機嫌が悪い。
悲鳴もない。怒りの声も嘆きもない。あるのはひたすら地味な作業だけ。
嗚呼、嗚呼、下らない。
「地味でも必要な作業でござる、だから逃げるのはナシでござるよー!」
天光の叫びが瓦礫の間に響く。
姿を消したエヌを慌てて追いかけようとするが、さて捕まるのだろうか。
「はて、あの叫びはなんじゃ?」
不思議そうに首を傾げた檜山 樹香だったが、そんな事より作業だと気を取り直す。
瓦礫や燃えた物の撤去が終わってもその後に積もった埃やら灰やらが山になるほど残っているのだ。
せっせと掃除に精を出すと、すいっとたまった埃をすくいあげる物があった。
「む? おお、付喪神か」
崩れた壁のどこかから入ってきたのだろう。
塵取りと竹箒の付喪神が樹香の掃除を手伝い始める。
「あ……こっちにいたの?」
ゴミ袋を手にいた鈴駆・ありす(CL2001269)が崩れた壁から入って来た。
どうやら彼女と同じ場所で作業していた塵取りと竹箒の付喪神が掃除を終えたと思った途端別の場所に走り去って追いかけて来たらしい。
「おお、丁度良いところに。ゴミ袋を持ってくるのを忘れてな、わけてもらえんか」
樹香に持っていたゴミ袋を差し出したありすの態度はどこか硬い。
気にせず掃除を再開した樹香が気を悪くした様子がないのに安心し、ありすはせっせと掃除を手伝う付喪神に言う。
「アナタ達は言葉が通じなくても物怖じしないのね」
言葉を話す事すらできないにも関わらずあちらの作業場こちらの作業場と働く古妖達の姿に、ありすは羨ましいわと呟いた。
こうして掃除を始めた場所もあるのだが、作業現場の奥の方となるとまだまだ瓦礫の山が片付いていなかったりする。
「まぁよくもこれだけ散らかして行ってくれたもんだね」
菴・煌(CL2001357)の視界に入るのはあちこちで出来た瓦礫の山。
「さって、後半戦も頑張りますか」
とりあえず上からやろうと瓦礫の山を登る。
その裏手にも作業をしている者が一人いた。
「あの時もっとオレに力があればこうも酷い有様にはならなかったのかな……」
崩れた瓦礫の下敷きになっていたのだろう。本来なら今頃鮮やかに咲いていただろう枯れた花が寂しい庭を見詰める御巫・夜一(CL2000867)。
無力感に顔を曇らせながら作業してたが、誰かに呼ばれた気がして辺りを見回す。
窓から顔を出した菴だ。
「悪いねぇ、流石に粉砕するわけにもいかなくってさ」
「いや、構わないよ」
菴と夜一の二人がかりで土埃で汚れながらも瓦礫を積み上げて行くが、作業に熱中し過ぎたか気付いたら荷車が動かない程積み上げてしまっていた。
「神主さん、お猫様に相談があるんだけど……」
近くにいた神主を捕まえて相談を持ち掛けると、神主は快く頷いて猫又を呼ぶ。
軽々持ち上がった荷車に歓声を上げた菴は夜一と一緒にこぼれ落ちた分の瓦礫を神主一族と一緒に運ぶことにした。
途中、倒れた街灯や信号もできる限り撤去しながら周囲の光景を見る。
一般人である作業員も覚者も古妖も、皆同じように土埃にまみれながらも声を掛け合い力を合わせて復興作業に勤しんでいる。
「この街の光景を憤怒者や隔者にも見せてやりたいな……」
夕暮れが近付いても作業現場には人の声と物音が響いている。
燃え盛る炎と悲鳴や怒声に満ちたあの日の物とは違う、これからすべて立て直してみせると言う強い気持ちに溢れたものだった。
復興が一日で終わるはずもなく、住民達がここに戻って来るのはまだ先の話。
人によってはこの町に戻らず別の土地に移る者もいるだろう。
街が元に戻ったとしても、襲撃の記憶は長く残るだろうし、この事件が世に落した影がどこかで災いになるかも知れない。
それでも一般人と覚者どころか古妖までもが力を合わせて行った復興は希望と喜びの記憶となって残るはずだ。
そうであって欲しいと、街の公民館に残された物がある。
作業現場の光景を切り取った写真を集めた物と、その写真が掲載された新聞を斬り出した物だ。
掲載された写真のタイトルは「希望」。写真を集めたアルバムにも、同じタイトルが付けられていた。
五麟市を襲撃した百鬼の撃退に成功し、市内の各所では復旧作業が始まっていた。
ここでも朝早くから集まった作業員に混じってF.i.V.Eに所属する覚者と、彼等に恩返しをするためにとちょっと変わった一行が来ていた。
「お猫様久しぶりやなー。元気しとったー?」
「皆さん、お元気そうでなによりです。新しい古妖さんも来て下さったのですね!」
その一行を発見した善哉 鼓虎(CL2000771)が手を振り、近くで作業していた賀茂 たまき(CL2000994)もそれに気付いて立ち上がる。
お猫様と呼ばれた三毛の猫又は見知った相手ににゃあと鳴き、二メートル級の巨体でもふっと二人の再開の挨拶を受け止めた。
足元にいた化け狸が二足歩行で歩み寄ってぺこりと一礼。掃除道具の付喪神もおじぎ代わりなのかばたばた動いた。
「ご無沙汰しております。微力ながらこれまでの恩返しになればとお手伝いに参りました」
「いつもと逆の立場になってしまったのぉ」
側に控えていた神主が喋れない古妖達に代わって話を始めた所で、由比 久永(CL2000540)も一行の所にやって来た。
久永にしても鼓虎にしても恩を売るつもりで関わったわけではない。
しかし神主と古妖達が来てくれた事はありがたかった。
「では早速手伝っておくれ。まさに猫の手も借りたいといったところなのでな」
心得たとばかりににゃあと鳴く猫又。それに合わせて化け狸の体が大きくなって猫又と同じくらいになる。
付喪神はそれぞれ箒と塵取りがペアになり、梯子は神主一族と組んで運ばれるのではなく自分で移動する。
その様子を見ていた一般企業から来た作業員は流石にぎょっとしていたが、反応を予想していた三島 椿(CL2000061)がすかさず声を掛けた。
「あの子たちは大丈夫よ。悪い子じゃないわ」
年若い少女の笑顔に、男性のみで構成されていた作業員たちはちょっと照れながらも自分達の担当へと移動する。
古妖と同じ場所になった作業員はおっかなびっくりながら作業を始めたようだ。
若い作業員の中には好奇心の方が勝る者もいるようで、同行している神主一族を間に挟んで声を掛けに行っている。
とりあえずは大丈夫そうだと胸を撫で下ろす。
「そうよね……今、私ができる事をしなくちゃ」
椿は目を伏せて少しだけ物思いに耽り、胸の中にわだかまる思いをしまい込んで羽を広げた。
近くの屋根の上まで飛び、電線が邪魔でクレーンが届かないような場所を見付けて瓦礫の撤去に取り掛かる。
下でも重機が入れない場所での作業が始まっており、作業員の声にまじって猫の鳴き声や一緒に作業する覚者達の声が聞こえて来た。
「椿さん、その瓦礫も一緒に持って行きますよ!」
ある程度瓦礫が溜まると、下から環が言って来た。
「そう? それじゃあよろしくね」
集まった瓦礫は作業の始めと言う事もあって大きい物ばかりだったが、久永が持ち運びしやすいようシートで包むと猫又がひょいとくわえて行く。狸は両手で抱え上げ、猫と狸が風呂敷包みを持ったような塩梅になって周囲が和む。
「おお、やはり力があるな。ついでに余も運んでおくれ」
もふりと乗せてもらった久永にちょっと羨ましそうな視線が行く。
そんな平和な光景とは打って変わって、作業現場の片隅で空を眺める鳴海 蕾花(CL2001006)の心境は複雑である。
黎明との接触、彼等の裏切り、そして決戦の日。
奇しくも誕生日に付けられた傷と嘗められたと言う屈辱が腹の中で渦巻いていた。
ぎりっと噛みしめた音に、にゃあと言う鳴き声が重なる。
近くの壁を突き破った電柱を引き抜きに来たらしい猫又を見て、蕾花は表情を取り繕う。
「お猫様来てたのか、みっともない所を見られちゃったね」
自分を見下ろす大きな猫の額を撫でる。
「あたしは大丈夫、怪我はしたけどね」
じっと見つめて来る目から顔を逸らしそれじゃあたしも手伝わないととその場を離れたのは、やはり気まずいのだろうか。
「せやな……うちも結局今回なんも出来んかった。情けない……」
蕾花からは死角になっていた場所に鼓虎もいた。
「愚痴ってもてごめんな。復興、一緒にがんばろな」
お掃除お掃除と明るく出て行った鼓虎が、先に外に出ていた蕾花をつかまえたようだ。
重たい袋を持たされて文句を言う雷花と笑う鼓虎をじっと見つめる猫又。
一連の事件は五麟市の住民にも覚者達にも傷痕を残したようだ。
そんな中、少々呑気な事を言っている人物がいる。
「……こうしてみると、うちのビルが壊されなかったのは不幸中の幸いかな? 廃ビルな見た目が役に立つこともあるんだねぇ」
ボロボロになった町を見回しながら、冗談なのか本気なのか分からない事を言う蘇我島 恭司(CL2001015)。
「壊されてもおかしくない見た目ですし……無事で何よりです」
こちらは本気でそう思っているのだろう。柳 燐花(CL2000695)は小柄な体でありったけの瓦礫を運ぼうとしていた。
「燐ちゃん、大怪我した後なんだから無理しないで」
足元がふらついている事に気付いた恭司が瓦礫を持ち上げたが、顔全体に「結構重い」と出てしまった。
それを見た燐花が瓦礫を奪い返す。
「私は打たれ強いから大丈夫です。怪我も大したことありません。多少傷が残った程度です」
「いやいや、燐ちゃんの方が怪我酷かったからね!? それなのに大人しく看病されないんだから……」
二人はやいのやいのと言い合い瓦礫を奪い合いながら集積場に向かう。
燐花は恭司のお世話をすると言う意識があり、恭司にしてみれば大怪我をした上今も完治していない彼女に無理をさせたくないのだ。
「痛くなくても、怪我は怪我だよ?女の子なんだから、痕が残らないようにちゃんと治さないと……」
しかし、この一言に燐花の反応が遅れた。
気付かず言葉を続けていた恭司が反応がない事に気付いた頃、ようやく言葉を返した。
「……そういう冗談には、どう返せばいいのか分かりません」
「いや、冗談じゃないんだけどね?」
苦笑する恭司に燐花は言葉を返せなかった。
他意のない何気ない一言だろうと思っていても、先程までのように口が動かなかったのだ。
黙り込んでしまった燐花の後ろで、重機が多きな音を立てて通り過ぎる。
「エメさんは、何時も運転を、なさるのですか?」
その重機を運転しているのはなんといつも華やかに着飾っているエメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)だった。
意外な特技に驚く神室・祇澄(CL2000017)に、エメレンツィアは小さく笑う。
「ふふ、ええ。こう見えてもFiVEまでは車で運転して通っているわよ」
アスファルトが剥がれた道をものともせず目的の現場に到着すると、エメレンツィアは祇澄に向かって重機に積まれていた資材の運搬を頼んだ。
「何分重い物は殆どもったことがないもので……なんて冗談だけど」
などと言ってみたが、祇澄の方は心得たとばかりにせっせと作業を始めていた。
「後は、任せてください。こう見えても、力は有ります、から」
ぐっと拳を握るのを見て、じゃあ任せてもいいかなと思って頷く。
「私がやるよりは絵になるんじゃないかしら?」
あまりに従順な物だからちょっと意地の悪い事も言ってみたが……。
「はい、勿論です! 無心で働いている方が、いろいろ良いです」
これである。
文句も言わず働き出す祇澄であった。
後半の言葉は少し含むものがあったが、エメレンツィアはあえて受け流す。作業現場近くの公民館や休憩所の殺風景な有様を思い返し、後で花でも活けてみようかしらなどと考えていた。
●昼
朝早くから始まった作業も大分進みそろそろ疲れと空腹が出て来る頃、 復旧作業をしている現場から少し離れた場所では厨房での作業が佳境に入っている所だった。
『一日仕事の長丁場ですし……お昼ご飯も重要ですよね』
紅崎・誡女(CL2000750)のエプロンのポケットから機械音声が流れ出す。
彼女の手はすでに豚汁、おにぎり、お汁粉のために用意された具材が山盛りになった籠やらバケツやらで占領されている。
公民館の調理設備が運よく残っていたため、ここでは避難所で寝泊まりしている住民への炊き出しと一緒に近くの現場の作業者達への食事も作っていた。
「味より栄養と量重視。そんな訳で作るわよ! トン汁!」
おでこに三角巾を巻いた那須川・夏実(CL2000197)がすごい勢いで肉と野菜を切って行く。
正直に行って料理はまた未熟と自覚している彼女だが、豚汁ならばと張り切ってここに参加したのだ。
「豚汁とおにぎりは仕出しの定番ですよね。私も料理なら任せて下さい!」
天野 澄香(CL2000194)も手馴れた様子で豚汁やおにぎりを作るために奮闘する。
「まだ少し、寒いから……温まる豚汁と……みんなに配れるおにぎり……」
明石 ミュエル(CL2000172)もコンロとシンクを行ったり来たりで夏実や澄香と一緒に豚汁作りに勤しんでいる。
大鍋にはたっぷりの肉と野菜が入れられ、味噌を投入すればなんとも食欲をそそる香りが漂ってきた。
「紡さん……おにぎり、できた……?」
「あ、ミュエちゃん……」
連れ立って来た麻弓 紡(CL2000623)は気まずそうに視線を逸らす。
その手元にはおにぎりではなく昔ながらの鰹節削り器が。どうやらおにぎりが上手くできずに鰹節作りになったらしい。
一応ミュエルから「鰹節ならお猫様によさそう」などとフォローが入ったが、おにぎり一つできなかったのがいたたまれない。
「おにぎりなら任せろ! 三角に作るのめっちゃ上手いからまぁ見てな」
紡を見かねたか、緋神 悠奈(CL2001339)があっと言う間に見事な三角のおにぎりを作って行く。
が、中に具がないどころか塩すらついてない。
「味付けしないの?」
通りがかった環 大和(CL2000477)が聞いた瞬間、とんでもない! と悠奈が叫ぶ。
「バカ野郎! 塩おにぎりとかそんな高価なもの、オレにはそうそう食えるものでも作れるものでもないんだよ!」
「それはちょっと……」
その後周囲に食べるのは悠奈だけではないのだからと諭された。
「塩……梅……鮭……! あ、あぁぁ……神秘……!」
「どんな食生活しとるんや……」
涙すら流しておにぎりを拝み出しそうな悠奈にちょっと引いた焔陰 凛(CL2000119)。
彼女が作っているのは油揚げと葱と卵と白米のコラボレーション、衣笠丼だ。
厚目の油揚げを使い、葱と一緒にしっかり卵で綴じる。大阪出身の彼女きつね丼ではなくわざわざ京都の衣笠丼を作る。気遣いが感じられる一品である。
「化け狸さん、お椀お願い」
茨田・凜(CL2000438)が大鍋に作ったお吸い物の味見をしながら独り言を……と思いきや、その足元をたたたと走って行く小さな影。
シンクにひょこりと頭を出してお椀を並べて行くのは化け狸である。
二足歩行ができ案外器用な化け狸。体が大きすぎて厨房に入れないお猫様や、現場で散々汚れた付喪神に代わりちまちまと手伝っている。
「うん、いい感じにできたね」
こちらの凜が作っているのは三つ葉と豆腐のお吸い物だった。
豚汁とはまた違った食欲をそそる香りが大鍋とお椀から広がって行く。
「あ、三つ葉こっちにも分けてもらえるか?」
声を掛けて来たのは丼を作っている方の凜である。
古妖と言ってもお猫様と狸にネギは危ないかもと三つ葉を代わりに使うようだ。
「こっちは現場用。こっちは避難所行きだね」
その傍らで九段 笹雪(CL2000517)が盛り付けや箱詰めに精を出している。
ここで作っているのは現場の作業者の昼食だけではない。調理設備が整っていない避難所にいる住民のための食事も作っており、運搬用の容器に入れては箱詰めをする作業も必要なのだ。
「こっちは古妖達のだね」
猫に狸に付喪神。流石に目や口もない付喪神の方は物を食べたりしないだろうが、猫又と化け狸の方はどうしたものかと迷った面子は多い。
しかし神主のマタタビ以外なら大丈夫との答えがあったため、古妖に興味を持った面々は遠慮なく食事を用意した。
「同じ釜の飯を食べると仲も深まるって言うし」
笹雪もそう思い、皆と同じように盛り付けをする。
昼食が出来上がると、待ってましたとばかりに作業を中断した作業者が集まって来た。
「さ、どんどん食べて昼からもバンバン働くのよ!」
夏実が大鍋の蓋を開けると豚汁の香りが食欲を刺激する。
『疲れた体には甘味も良いですよ』
臭いがまざらないよう離れた所では誡女のお汁粉に甘党が歓声を上げている。
大皿に並べられたおにぎりはバラエティ豊かに食指が動く。
「お疲れ様です。たくさんありますよ」
大きな寸動に入った汁物と豪勢な肉巻きおにぎりを運ぶ白枝 遥(CL2000500)は、おかわりを求められる度にあちらへこちらへと大忙し。
途中見かけたお猫様や化け狸に持ってきたおにぎりと、果物も追加した。
体が大きな猫又は勿論、化け狸も今は元の大きさに戻っているにも関わらず健啖家らしい。
喜んで食べる様子に心が和む。
「美味しかったかい?」
おもわず撫でてみれば猫と狸のそれぞれ違う感触が心地よい。
食事を摂らない付喪神達の体は、ありがとうの気持ちを込めて布巾で磨いた。
その光景を見て猫又も狸も撫でても怒らなそうだと思ったのか、食後の休憩にちらちらと目をやり気にしていた皆が彼等をもふろうと集まってしまったのはご愛敬。
その内の一人である水部 稜(CL2001272)は、午前中瓦礫を運んでいた間見かける度につい目をやっていた『お猫様』が気になっていた。
「水部さん?」
おかかのおにぎりを猫又に持って行こうとしていた澄香がそわそわしている稜に気付く。
「す、澄香。いやちょっと……あそこまで大きな猫にす、少し……血が騒ぐというか……興味深いな」
しどろもどろにな稜の態度に澄香は彼の内心を悟ったのか、くすくすと笑いながらでは一緒におにぎりを持って行きましょうと誘った。
「そ、そうか……なら一緒に行こう」
頷いて連れ立って歩く。
二人が目的地に着いた時、すでにF.i.V.Eの覚者だけでなく最初は恐々様子を窺っていた作業員まで集まっていた。
「一般市民への覚者のイメージが悪くならんといいんだが……」
この現場に来る前はそんな心配をしていた稜だったが、今の様子を見ているとその心配が少しやわらぐような気がしていた。
もふもふの心地よさに沈む者、その巨大さに感心する者、手足もないのに自力で動く付喪神の不思議に興味を引かれた者など、みなで和気藹々とした雰囲気の中で食後の時間を過ごす。
そんな光景を収めたカメラがいくつかあったが、その話はまた後で。
●午後
昼食と休憩と、人によってはもふもふ成分に心身ともに満たされた体はよく動く。
午後に入ってからは重機を使った作業よりも手作業の方が増えて来た。
「なんとかみんな無事に終わったけど、色々と壊しちゃったなぁ」
鐡之蔵 禊(CL2000029)はハイバランサーを駆使して細かい瓦礫や何かの破片が混ざり合った山を攻略していた。
「ちょっといい?」
山の下の方から禊に声がかかる。
振り向くと志賀 沙月(CL2001296)と阿久津 ほのか(CL2001276)が並んで立っていた。
「私もほのかちゃんと一緒にお手伝いさせてもらうわね」
「は~い。邪魔な瓦礫運ぶよ~」
沙月とほのかは瓦礫の中に残された物を拾ったりしているらしい。
同じように細かい物を拾い集めていた禊を見付けて声を掛けたようだ。
「ありがとう! 一緒に頑張ろう!」
大きめの瓦礫をどかし、飛び出た鉄筋や鋭い断面を見せる破片も見落とさないように疲労。
そうして山を崩して行くと、時々家の住民の持ち物が出て来る事があった。
住民の思い出があるだろう写真の類や本、ぬいぐるみ。そういった物は沙月とほのかで記録を取ってできるだけ本人に返せるようにする。
瓦礫の撤去などと並行して、あまり崩れていない場所では修繕作業も行われていた。
「こうやって復興作業を手伝うのは二度目でござるなあ」
神祈 天光(CL2001118)が屋根の修繕をしながらしみじみと呟く。
その表情はあまり明るいものではなかった。
田舎で雨漏りを直していたような作業ならともかく、復興が必要な悲劇が起きたがゆえの作業などけして嬉しい物ではない。
「っと、暗くなっている場合ではなかったでござるな! エヌ殿もサボらずに働くでござる」
作業を続ける天光は視界の端に見えたエヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)に注意するが、仮面に半分隠れた顔は白けきっていた。
「……やれやれ、どんな大義名分を背負おうとも勝手ですが、僕に押し付けるのは止めて頂きたいものですねぇ」
元々こういった作業は好まないエヌだったが、どうしたことかやたら機嫌が悪い。
悲鳴もない。怒りの声も嘆きもない。あるのはひたすら地味な作業だけ。
嗚呼、嗚呼、下らない。
「地味でも必要な作業でござる、だから逃げるのはナシでござるよー!」
天光の叫びが瓦礫の間に響く。
姿を消したエヌを慌てて追いかけようとするが、さて捕まるのだろうか。
「はて、あの叫びはなんじゃ?」
不思議そうに首を傾げた檜山 樹香だったが、そんな事より作業だと気を取り直す。
瓦礫や燃えた物の撤去が終わってもその後に積もった埃やら灰やらが山になるほど残っているのだ。
せっせと掃除に精を出すと、すいっとたまった埃をすくいあげる物があった。
「む? おお、付喪神か」
崩れた壁のどこかから入ってきたのだろう。
塵取りと竹箒の付喪神が樹香の掃除を手伝い始める。
「あ……こっちにいたの?」
ゴミ袋を手にいた鈴駆・ありす(CL2001269)が崩れた壁から入って来た。
どうやら彼女と同じ場所で作業していた塵取りと竹箒の付喪神が掃除を終えたと思った途端別の場所に走り去って追いかけて来たらしい。
「おお、丁度良いところに。ゴミ袋を持ってくるのを忘れてな、わけてもらえんか」
樹香に持っていたゴミ袋を差し出したありすの態度はどこか硬い。
気にせず掃除を再開した樹香が気を悪くした様子がないのに安心し、ありすはせっせと掃除を手伝う付喪神に言う。
「アナタ達は言葉が通じなくても物怖じしないのね」
言葉を話す事すらできないにも関わらずあちらの作業場こちらの作業場と働く古妖達の姿に、ありすは羨ましいわと呟いた。
こうして掃除を始めた場所もあるのだが、作業現場の奥の方となるとまだまだ瓦礫の山が片付いていなかったりする。
「まぁよくもこれだけ散らかして行ってくれたもんだね」
菴・煌(CL2001357)の視界に入るのはあちこちで出来た瓦礫の山。
「さって、後半戦も頑張りますか」
とりあえず上からやろうと瓦礫の山を登る。
その裏手にも作業をしている者が一人いた。
「あの時もっとオレに力があればこうも酷い有様にはならなかったのかな……」
崩れた瓦礫の下敷きになっていたのだろう。本来なら今頃鮮やかに咲いていただろう枯れた花が寂しい庭を見詰める御巫・夜一(CL2000867)。
無力感に顔を曇らせながら作業してたが、誰かに呼ばれた気がして辺りを見回す。
窓から顔を出した菴だ。
「悪いねぇ、流石に粉砕するわけにもいかなくってさ」
「いや、構わないよ」
菴と夜一の二人がかりで土埃で汚れながらも瓦礫を積み上げて行くが、作業に熱中し過ぎたか気付いたら荷車が動かない程積み上げてしまっていた。
「神主さん、お猫様に相談があるんだけど……」
近くにいた神主を捕まえて相談を持ち掛けると、神主は快く頷いて猫又を呼ぶ。
軽々持ち上がった荷車に歓声を上げた菴は夜一と一緒にこぼれ落ちた分の瓦礫を神主一族と一緒に運ぶことにした。
途中、倒れた街灯や信号もできる限り撤去しながら周囲の光景を見る。
一般人である作業員も覚者も古妖も、皆同じように土埃にまみれながらも声を掛け合い力を合わせて復興作業に勤しんでいる。
「この街の光景を憤怒者や隔者にも見せてやりたいな……」
夕暮れが近付いても作業現場には人の声と物音が響いている。
燃え盛る炎と悲鳴や怒声に満ちたあの日の物とは違う、これからすべて立て直してみせると言う強い気持ちに溢れたものだった。
復興が一日で終わるはずもなく、住民達がここに戻って来るのはまだ先の話。
人によってはこの町に戻らず別の土地に移る者もいるだろう。
街が元に戻ったとしても、襲撃の記憶は長く残るだろうし、この事件が世に落した影がどこかで災いになるかも知れない。
それでも一般人と覚者どころか古妖までもが力を合わせて行った復興は希望と喜びの記憶となって残るはずだ。
そうであって欲しいと、街の公民館に残された物がある。
作業現場の光景を切り取った写真を集めた物と、その写真が掲載された新聞を斬り出した物だ。
掲載された写真のタイトルは「希望」。写真を集めたアルバムにも、同じタイトルが付けられていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
