【緋色の羊】 雨の夜に現れし悪魔
●
「ルファ司祭様!」
教会の中で響いた声に、男は振り返る。
見ればびしょ濡れの少女が、高校の制服姿のままで扉の処に立っていた。
「おやこれは、大月さん。どうされました? 夜も遅いですよ?」
そんなに濡れて、と微笑んで。頬を膨らませ近付いて来る少女に小さく息をつく。
「また、お父様と喧嘩されたのですか?」
「どうして」
膨れっ面のまま見返してきた少女は、ポタリポタリと雫を床へと滴らせた。
「どうしてッ、私の事は盞花って呼んでくれないの! 妹の事は『鳳花さん』って名前で呼ぶのに!」
それは八つ当たりなのでは……と思いながらも口にせず、ルファはタオルとコートを取ってきて戻る。
彼女の頭へとタオルを被せて、盞花の両耳のピアスに気が付いた。
「お父様との喧嘩の原因は、それですか」
それはお怒りになるでしょう、と呟けば、少女は悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
「やっと見つけたんだから! ルファ司祭様と同じピアス。ファントムクォーツの付いたピアスって中々無くって。そして高いの!」
貯金下ろして買ったんだから、とエッヘンと胸をそらす盞花に「やれやれ」と首を振った。
「学校はピアス禁止ではなかったですかね」
「学校では外すから! それよりどうして私の事は盞花って呼んでくれないの?」
ねぇ何で? と重ね問いかけてくる彼女に、「それはですね」とコートを手に取る。
「大人扱いしているのですよ」
「……うそつき」
――私との間に壁を作ってるクセに。
拗ねたような少女の言葉は聞こえぬ振りで、コートに手を通し盞花にもコートを渡した。
「送っていきますよ。風邪をひいては大変です」
「お父様はご立派な方ですよ」
傘をさし並んで歩きながら、諭すようにルファが言う。
「ただのサラリーマンだよ。出世も遅いし」
「人として、ご立派なのですよ。私のこの羽、気味悪がる方もいらしたでしょう? 色も黒で……私は司祭ですし。それは、仕方のない事だと思うのですよ。けれどもあなたのお父様は私にこう仰って下さった。『白ではなく、黒ですか。神から愛されておられますね。狭き門をお与えになった』とね」
微笑むルファに、盞花はよく解らない様子で首を傾げた。
「司祭様の黒羽はシックで好きよ、私」
「あなた方はよく似ておられます」
そう笑った時に初めて、前方に立つ人影に気が付いた。
「覚者とただの人間が仲良くしてる、なんてな」
嘲るように吐き捨てた青年の緋き瞳に、只ならぬものを感じる。
「君は……」
青年に気を取られていて、気付かなかった。
――背後からの殺意に。
高圧縮された空気が、背後から撃ち込まれる。
男の体にではなく、盞花の心臓に。
「ル、ファ……し……」
「なっ……」
2つの傘が、地に転がる。
崩れゆく盞花を抱き留め屈んだルファへと、前後から2人の青年が近付いた。
ルファの黒羽が、大きく開く。生成した癒しの滴を少女へと注いだ。
男がそうするのを待っていたかのようにニヤリと笑った緋き瞳の青年は、「灰音」ともう1人の名を呼ぶ。
灰音が作り出した薄氷が、男の上から少女を貫いた。
「司、さい……さ……」
「大丈夫です、私が護りますから」
冷たき雨が盞花へと当たり、血を辺りに広げていく。
「何故、こんな事を――」
再び盞花へと癒しの滴を注いだルファごと、青年の瞬時の突きが盞花を貫いた。
「はい、ご苦労さん」
衝撃に目を見開き、少女がカハッと血を吐き出す。
「盞花ッ!!」
ルファを見上げていた瞳が、光を失くす。
「お前と一緒に居なきゃ、子羊は死ぬ事もなかっただろうにな」
盞花の手が地に落ち水が跳ねると、男の叫びが周囲に木霊した。
「ぅああぁぁぁぁぁッッ!!」
男の涙が雨と同化し、地へと落ちる。
「貴様らーッ!」
――途端。
青年達が脇の林へと走り去る。
追いかけようとした男を、武装した集団が包囲した。
「貴様らも仲間か!」
怒りのみを宿し、自我を忘れようとするルファは、今にも攻撃しかねない。
「えっ? 司祭様?」
驚きの声をあげたのは、通りがかった教会の信徒達だった。
「離れて下さい。我々は『H.S.』。破綻者が少女を殺したとの通報を受け、急行したのです。あなた達こそ、こんな夜遅くにどうしてこんな場所へ?」
「私達は、この大雨で畑が壊れてやいないかと……」
「……あれは、大月さんところの娘さんじゃないか!」
「司祭様がまさか、そんな事……」
「兎に角退がって下さい。危険です!」
武装者の何人かが、信徒3人の前へと庇うように立った。
●
「夢で見た状況は今話した通りです。車と雨具は手配しましたので現場に急行して下さい!」
深夜に召集された覚者達は、久方 真由美(nCL2000003)の緊迫した声に急かされ会議室の扉を開ける。
「嫌な予感がします。『タイミングよく』現れた、聞いた事もない憤怒者組織。そして『たまたま』通りがかった信徒達。……青年2人以外にも何か、悪意が――」
真由美の呟きを聞きながら、覚者達は駆け出した。
「ルファ司祭様!」
教会の中で響いた声に、男は振り返る。
見ればびしょ濡れの少女が、高校の制服姿のままで扉の処に立っていた。
「おやこれは、大月さん。どうされました? 夜も遅いですよ?」
そんなに濡れて、と微笑んで。頬を膨らませ近付いて来る少女に小さく息をつく。
「また、お父様と喧嘩されたのですか?」
「どうして」
膨れっ面のまま見返してきた少女は、ポタリポタリと雫を床へと滴らせた。
「どうしてッ、私の事は盞花って呼んでくれないの! 妹の事は『鳳花さん』って名前で呼ぶのに!」
それは八つ当たりなのでは……と思いながらも口にせず、ルファはタオルとコートを取ってきて戻る。
彼女の頭へとタオルを被せて、盞花の両耳のピアスに気が付いた。
「お父様との喧嘩の原因は、それですか」
それはお怒りになるでしょう、と呟けば、少女は悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
「やっと見つけたんだから! ルファ司祭様と同じピアス。ファントムクォーツの付いたピアスって中々無くって。そして高いの!」
貯金下ろして買ったんだから、とエッヘンと胸をそらす盞花に「やれやれ」と首を振った。
「学校はピアス禁止ではなかったですかね」
「学校では外すから! それよりどうして私の事は盞花って呼んでくれないの?」
ねぇ何で? と重ね問いかけてくる彼女に、「それはですね」とコートを手に取る。
「大人扱いしているのですよ」
「……うそつき」
――私との間に壁を作ってるクセに。
拗ねたような少女の言葉は聞こえぬ振りで、コートに手を通し盞花にもコートを渡した。
「送っていきますよ。風邪をひいては大変です」
「お父様はご立派な方ですよ」
傘をさし並んで歩きながら、諭すようにルファが言う。
「ただのサラリーマンだよ。出世も遅いし」
「人として、ご立派なのですよ。私のこの羽、気味悪がる方もいらしたでしょう? 色も黒で……私は司祭ですし。それは、仕方のない事だと思うのですよ。けれどもあなたのお父様は私にこう仰って下さった。『白ではなく、黒ですか。神から愛されておられますね。狭き門をお与えになった』とね」
微笑むルファに、盞花はよく解らない様子で首を傾げた。
「司祭様の黒羽はシックで好きよ、私」
「あなた方はよく似ておられます」
そう笑った時に初めて、前方に立つ人影に気が付いた。
「覚者とただの人間が仲良くしてる、なんてな」
嘲るように吐き捨てた青年の緋き瞳に、只ならぬものを感じる。
「君は……」
青年に気を取られていて、気付かなかった。
――背後からの殺意に。
高圧縮された空気が、背後から撃ち込まれる。
男の体にではなく、盞花の心臓に。
「ル、ファ……し……」
「なっ……」
2つの傘が、地に転がる。
崩れゆく盞花を抱き留め屈んだルファへと、前後から2人の青年が近付いた。
ルファの黒羽が、大きく開く。生成した癒しの滴を少女へと注いだ。
男がそうするのを待っていたかのようにニヤリと笑った緋き瞳の青年は、「灰音」ともう1人の名を呼ぶ。
灰音が作り出した薄氷が、男の上から少女を貫いた。
「司、さい……さ……」
「大丈夫です、私が護りますから」
冷たき雨が盞花へと当たり、血を辺りに広げていく。
「何故、こんな事を――」
再び盞花へと癒しの滴を注いだルファごと、青年の瞬時の突きが盞花を貫いた。
「はい、ご苦労さん」
衝撃に目を見開き、少女がカハッと血を吐き出す。
「盞花ッ!!」
ルファを見上げていた瞳が、光を失くす。
「お前と一緒に居なきゃ、子羊は死ぬ事もなかっただろうにな」
盞花の手が地に落ち水が跳ねると、男の叫びが周囲に木霊した。
「ぅああぁぁぁぁぁッッ!!」
男の涙が雨と同化し、地へと落ちる。
「貴様らーッ!」
――途端。
青年達が脇の林へと走り去る。
追いかけようとした男を、武装した集団が包囲した。
「貴様らも仲間か!」
怒りのみを宿し、自我を忘れようとするルファは、今にも攻撃しかねない。
「えっ? 司祭様?」
驚きの声をあげたのは、通りがかった教会の信徒達だった。
「離れて下さい。我々は『H.S.』。破綻者が少女を殺したとの通報を受け、急行したのです。あなた達こそ、こんな夜遅くにどうしてこんな場所へ?」
「私達は、この大雨で畑が壊れてやいないかと……」
「……あれは、大月さんところの娘さんじゃないか!」
「司祭様がまさか、そんな事……」
「兎に角退がって下さい。危険です!」
武装者の何人かが、信徒3人の前へと庇うように立った。
●
「夢で見た状況は今話した通りです。車と雨具は手配しましたので現場に急行して下さい!」
深夜に召集された覚者達は、久方 真由美(nCL2000003)の緊迫した声に急かされ会議室の扉を開ける。
「嫌な予感がします。『タイミングよく』現れた、聞いた事もない憤怒者組織。そして『たまたま』通りがかった信徒達。……青年2人以外にも何か、悪意が――」
真由美の呟きを聞きながら、覚者達は駆け出した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.一般人の被害を出さぬ事。
2.ルファの身柄確保。
3.なし
2.ルファの身柄確保。
3.なし
こちらはシリーズシナリオとなります。宜しくお願いします。
今回は、怒りのままに力に飲まれようとしている男を保護して頂きます。
『H.S.』を名乗る組織の得体が知れぬ為、又、真由美の夢により何者かに陥れられた可能性が高いと思われる為、ルファの身柄は渡さぬようにして下さい。
●戦闘場所と状況
強い雨の降る夜中。皆様が現場に到着するのは、OPの1番最後の場面の直後となります。
広い林道。戦闘の邪魔になるものはありません。
憤怒者達は林に逃げた2人を追いかけようとするルファの前方を遮るように、前・後衛の陣形で立ちはだかっています。そして側面にいる一般人を護るように一般人の前に3人が庇い立っています。
憤怒者達からの攻撃も警戒しなくてはいけませんが、現場に駆け付ける事でルファからも『青年達の仲間』と思われる危険を伴います。ですので、両方への対策を考えなくてはいけません。
現場は以下の通り。
青年2人が逃げた林
――――――――――――――
★★★
★★★★
★△
◎ ★△
★△
――――――――――――――
林
※皆様が駆け付けるのは、一般人(△)の背後からとなります。
現場の近くまでは用意された車で向かいます。希望者にはレインコートが今回は貸し出されます。
●ルファ(破綻者 深度2) 26歳。
兵庫県の南東部郊外にある小さな教会の司祭。
今は怒りにより、力の制御が出来ず力に飲み込まれつつある状態です。自我を失いかけています。
信者達のいる側に攻撃しようとはしませんが、自我を失ってしまえば、周り全てを攻撃します。
言葉で自我を取り戻させ同行させるか、戦闘不能での身柄確保をして下さい。
翼人・水行
・活性化スキル
『エアブリッド』『薄氷』『水礫』『癒しの滴』『地烈』
『飛行』『超直観』
●H.S.(ハーエス)
憤怒者組織。世間にはほとんど知られていません。故に詳細不明。
●憤怒者達 10人。
武装は盾とハンドガン。
一般人を護っている3人は、ルファが自分達に攻撃してこない限り一般人の護りに徹します。
通報を受け急行したと一般人に告げた手前、彼等の前ではルファ以外への攻撃は避けようとします。
ですが覚者達へ攻撃する理由付けが思い浮かべば、それを前面に押し出して攻撃してきます。
彼等に向け、こちらがルファの身柄を確保する大義名分を伝えて下さい。上手い理由を突きつける事が出来れば、反論出来ません。
●一般人 40~50歳代の男性3人。
教会の信徒達。教会にある畑が心配で見に来ました。
ですがタイミングが良過ぎる為、全員ではないにしろ、怪しい部分があります。
●大月盞花(おおつきせんか) 17歳。
教会の信徒。ルファに好意を寄せていました。皆様が駆け付けた時には憤怒者達から彼女の遺体を護るようにルファが立っています。
●青年達 2人。
隔者と思われますが正体不明。片方の名前は「灰音」という事だけ判っています。
以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年04月06日
2016年04月06日
■メイン参加者 8人■

●
冷たい雨の中、懐中電灯と簡単な雨具で視界を確保したエルフィリア・ハイランド(CL2000613)は、仲間達と共に現場へと急ぎながら考える。
(陰謀の臭いがプンプンする任務よね。……まっ、まずは目の前の事をクリアーしないと陰謀に近づく事もできないか)
そして雨具を纏う深緋・幽霊男(CL2001229)は、駆けながら20m先、雨の先に見えた影の内にいるルファへと『送受信』で語りかけていた。
F.i.V.E.である事と話がしたい旨を伝えるが、男からの返事はない。
自我を忘れかけているルファには、己の意識を返すような冷静な部分すらないのだろう。
「早く割り入ってやった方がよさそうじゃね」
幽霊男の言葉に頷いて、覚者達は更にスピードを上げた。
――しかしその直後。
「何者だ!」
憤怒者のうち2人がこちらに銃口を向けた。
気付かれず近付きたかったのならば、光は隠しておく必要があったろう。
ルファの行く手を遮る憤怒者の端側にいる者達には、視界が悪い中とは言え光はどうしても気付かれてしまう
「我々は憤怒者組織『H.S.』! 今破綻者と戦闘中である! 危険を伴う、近付くな!」
「それ以上近付くならば、我等の任務を妨害する者と見なす!」
言葉の直後、幾発かの威嚇射撃が撃ち出される。
(「AAAより協力要請を受けているFiVEという組織の者です!」)
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は急ぎ、現場に到着してからと思っていた言葉を『送受心・改』で話しかけた。
(「所属夢見により今回の事件を知り駆け付けました」)
「撃つな!」
憤怒者達の中で1人――前衛にてルファの正面に立つ男が、仲間達へと命じた。
(「FiVEだと?」)
さすがに聞いた事はあるようだ。
男が思う事で返してきた言葉を、奏空が受心した。そして現場へと突然乱入しようとする者達に、良い印象は持っていないらしい事をも、男の言い方で感じ取っていた。
その隙に、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が『しのびあし』でルファとH.S.の間に割り込んでいく。憤怒者達には認識されていたが、ルファには気付かれていなかった。
ドドーンッ!
大きな爆音と共に、浅葱の周りに閃光が走る。
「天が知る地が知る人知れずっ、凶行阻止のお時間ですっ」
覚醒した浅葱が白いマフラーを靡かせ、突撃しようとしていたルファへと手を突き出した。
「FIVEですっ 神父さん止めに来たのですよっ」
その隙に、他の仲間達もルファとH.S.の間に立ち塞がっていく。
ギリッと歯を食い縛り、翼で飛行したルファの前に広がったのは、青き翼。
怒りに囚われたままの男の前を、同じく飛行した三島 椿(CL2000061)が塞ぎ腕を掴んだ。
「これ以上はいけないわ」
男が、目を剝く。
「邪魔を――」
するなーッ! という叫びと共に水礫が椿へと飛んだ。
それでも椿は腕を離さない。
「その破綻者は危険な状態にある! 離れろ!」
憤怒者達がルファの攻撃を皮切りにして銃弾を放つ。一般人達からは「司祭様!」と声が上がった。
しかし憤怒者達は、照準を僅かにずらしていた。
椿を避けているのだろう。そして幾つもの銃弾が椿に当たらぬよう無意識にしているのは、目の前で盞花を亡くしたばかりのルファもであった。
地上へと降りた男が、「離せ」と震えた声を出す。
「駄目だよ、るふぁさん」
男を庇うように両腕をめいっぱい広げて立つのは、『赤ずきん』坂上・御羽(CL2001318)の小さな背中。
「どけ……」
しかしそれすらも、今の男には前を阻む者と映っていた。
(復讐心を持つ者を手助けするのが私の役目)
『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)は中衛に立つ。
(けど畜生の様な無差別なる復讐など許せない。やるなら『人間』らしい信念ある復讐を。それこそ我が女神達に捧ぐのに相応しい)
――状況が状況だし確保は必要だよな。
いつでも戦闘に入れる体勢を保ちながら、和泉・鷲哉(CL2001115)は暗視を用いる。
(しかしなんつーか……事前に聞いてても、実際に見ても……釈然としねーな)
覚者を破綻者にして……憤怒者の配下にでも置く気か?
●
(「ルファ司祭の身柄はこちらで確保しますので、皆さんは安全な場所へ避難してください」)
送受心・改で憤怒者達へと伝えた奏空は、「万が一の事があっては大変なので目の届く範囲に居て欲しい」事も添える。
奏空のヘッドライトが照らす武装した男達は、指示を仰ぐように真ん中に立つ男へと視線を向けていた。
「断る。君達の指示に従わなくてはいけない理由が無い。その破綻者は、先に駆け付けた我々が連行する」
キッパリと、男が声に出す。
目を見開く奏空に代わり、縁が自分達の方が身分が明らかである事を主張した。
「こちらはAAAと協力関係にあります」
その言葉には、憤怒者が冷ややかな視線を向ける。
「AAAと協力関係にあるからと言って、あなた達F.i.V.Eは政府公認という訳ではないでしょう。例えバックアップを受けていようが、現状は我々と同じ、一民間団体である筈だ。それにAAAと協力関係にあるというのも、あなた達の組織が妖に対応しているからでしょう? ――ですがAAAには、『治安維持を行う』という目的もある筈。それは今の時代、妖のみの被害だけではないでしょう。我々『H.S.』は、覚者であるからといって無闇やたらと攻撃するような野蛮な組織ではない。破綻者や隔者に限っているのです。我々がAAAに協力を仰いでも、協力は得られるのではいですか? 我々だって、危険な破綻者や隔者から一般人を護りたいのですから」
縁の持つ懐中電灯が、男の顔を浮かびあがらせる。
「……しかしこう言っては何ですが、貴方達H.S.は準備が早かったですね」
不自然な程、と含み言えば、笑みが返った。
「我々の本部に通報があったのですよ。名前を聞く前に、電話は切れてしまいましたが」
縁が超直観で感じ取ったのは、動揺も淀みもなくスラスラと返される不自然さ。色々な質問を想定し返答を用意しているのではないか――そう思えた。
「ルファさんの身柄はFIVEで預かりますよっ」
浅葱が、続ける。
「殺害容疑は容疑ですしねっ。疑わしきだけでどうこうするというなら相手になりますよっ」
通報の相手がいないという事は、この場にいる誰もがその場面を見ていないという事。
夢見により、犯人は別に居る事を自分達は知っている。
だが今回は、隔者の情報を話さぬつもりでいた。
「矛盾点があるんですよ」
縁が更なる言葉を加えた。
「貴方達の武器は銃。だが私達が駆け付けた時、司祭は銃によるものではない傷を負っていました」
何らかの襲撃を受けたと示唆した縁に、しばらくの沈黙の後、「そうかもしれませんね」と殺害容疑に関しては同意した。
「だが、現にあの男は今、危険なのです」
言葉と共に一斉に憤怒者達の銃がルファを狙い、煽られたルファは男達へと駆け出そうとする。
それを体を張り、椿が止めていた。
「痛くて辛くて仕方がないのね」
踏ん張る足が、男の勢いに押され退がっていく。男の両腕を押さえたままの青き瞳に映るのは、ルファの背後で冷たき地面に横たわる盞花の姿。
「大切な人だったのね……でもこれ以上は駄目。これ以上我を忘れてしまったら彼女の身体まで、今度は貴方が傷つけてしまう」
一瞬止まった足に、男の顔を見上げる。
「ファントムクォーツのピアス……一緒ね。困難を乗り越え、克服する勇気を持つ石。貴方はなぜこの石を身につけていたの?」
椿の言葉は――『ファントムクォーツのピアス』は、男の脳裏に強く盞花を思い出させる。それに反応して、男は苦悶に顔を歪めた。
「ぅあぁぁぁぁぁッ!」
横へと椿を払い除け踏み込むと、地烈を放つ。
受けたのは、幽霊男に浅葱、そして背を向けたままの御羽だった。
「ルファさんは、盞花さんの事、好きだったんだよね」
肩越しに振り返り、御羽が微笑を浮かべる。
「友情とかそういうのじゃなくて、1人の女性として。だから、あえて苗字で呼んで、名前で呼んで意識しないようにしていたんだよね。――だって、翼の色が黒でも素敵だって言ってくれた、ある意味恩人の娘さんに手は出せないもん。大事に思ってたんだよね。だから、そんなに怒ってるんだよね。……当たり前のことだよ」
でも、と続く御羽の言葉を遮るように、「撃てー!」と声が響いた。
発射される銃弾に、椿、御羽と幽霊男が反応する。
第六感を活性化していた椿はルファをガードし、H.S.とルファとの射線軸上を意識し立っていた幽霊男は可能な限りの銃弾を受けていた。
両手を広げたままで弾を受けた御羽は膝を付き、それでも肩越しにルファを振り返る。
「……でも。盞花さんは貴方がそんな風に壊れてしまうのは望んでない。その翼の色が消えちゃう闇に飲まれちゃいけない。試練を与えられる黒き翼はこんな場所で折れちゃいけない!!」
仲間達が攻撃を受けた事で、鷲哉が圧撃で憤怒者の1人を吹き飛ばしていた。
「今俺達が止めてんだろ。ちょっとどいててくれる? それでも手出すっつーなら、今みたいに吹き飛ばすけど」
男達を見回し言った桃色の瞳が、命令を出す男の顔で止まる。
「俺達が止めて、司祭が破綻者でなくなれば連れて行く理由もなくなるだろ?」
「我々にこんな事をして――」
いきり立つ男達に、鷲哉の後ろでエルフィリアが地面へと強くネビュラビュートを叩きつけていた。
「例え犯罪者であっても可能な限り殺害は避け、司法の場にて裁きを下す。これが人権を重んじる法治国家日本でのやり方でしょ? それともはH.S.は日本国の法に背き、私刑で人を殺すのかしら?」
「――いいえ」
睨むように低く返してきた男に、エルフィリアは相手の方から敵対してくるまではあくまで友好的に笑んでみせる。
「大丈夫、相応に戦える覚者8人にきっちり武装をした勇敢な人10人。これで破綻者1人を捕縛できなければ逆に実力を疑われちゃうじゃない」
そうですね、と抑揚のない声で男は同意し、けれどもルファに銃口を向け続けた。
「殺すつもりもあなた達とやり合うつもりもありませんが、庇おうとしているあなた達をも攻撃するあの破綻者、信用できません」
●
「先程は断りましたが。あなたが言ったように、確かに一般人の方々は安全な場所へ避難してもらった方がいいみたいですね」
微笑を向け言ってきた憤怒者のリーダーだろう男に、奏空は警戒する。
「ですが逃げるならば、危険に晒さぬよう破綻者の目の届かぬ場所まで逃げてもらうべきでしょう。我々から護衛を3人付けますよ。無事終わりましたらお知らせしますから、避難しておいて下さい」
一般人を庇い立っていた男達が3人、そのまま一緒に行こうとするのを見て、奏空は手をあげた。
「では自分も付き添います!」
意外そうな顔をする憤怒者達に人懐っこい笑顔を見せて、「急ぎましょう」と促す。
「大丈夫ですよ」
ルファを心配する一般人達へも声をかけながら、憤怒者達へと協力的な態度を見せて戦場を離れた。
奏空の狙いは、H,S、一般人共にその動向を見張る事。
それと、森へと逃げた隔者を探る事。
6人の男達が怪しい動きをしないか警戒しながら、ライライさんの『ていさつ』を利用し隔者達が逃げた林を上空から見る。
木の枝葉が邪魔し、見え難いが動くものもない。今度は感情探査を使うが、それも空振りに終わった。
(逃げた後か……)
仕方なく、男達の動向を見張る事に専念した。
戦場では、憤怒者を警戒しながらもルファの説得が続く。
「状況的にはあまりにも理不尽だし、そうなるのもしょうがないと思うけどさ……暴走した上に関係ない奴まで巻き込んでもいいことないぜ……少しは冷静になれよ」
「力を振るって頭を冷やせれるなら好きにしなさい。けど、無闇に力を振るってたら腕の中に居る子の体がボロボロになるわよ? 綺麗な姿で眠らせたいなら、まずは落ち着きなさいよ」
鷲哉の言葉も、エルフィリアの言葉も、未だ届かない。男は怒りに、囚われ続けていた。
前へ出ようとするルファを、椿が懸命に止める。
「私は貴方に寄り添う事しか出来ないけれど、お願い。彼女の為に今は止まって。貴方の事が大好きだった彼女の為に、彼女が大切に思った貴方をこれ以上、傷つけないで!」
それでも止まらぬ男へと、憤怒者の放つ銃弾が撃ち込まれる。そしてルファを庇い続ける御羽と椿が、銃弾に倒れた。
「あ……ぁ……」
2人の姿に、初めて男の視線が前方ではない場所へと向いた。
倒れた少女達に、震える手を伸ばす。
「やめろ……駄目だ……」
死ぬな、と落とした男の前で、命数を使った2人が立ち上がった。
「私は貴方を止める為に……傷つく事をおそれない」
再びルファの腕に触れながら伝えた椿に、男の瞳から涙が零れる。
「きちんと立て!」
そして御羽の声に、顔を上げた。
「前を見て! 貴方が護らないといけない真実は何!? 虚偽に屈して己を壊すのが司祭なの!? 違う! そんなの司祭じゃない!」
その叫びは、小さな体で両手を広げ続ける少女の姿は、男の心を震わせる。
「盞花さんを、お父さんのところへ帰すと言ったのを、嘘にしたらいけないんだからね!!」
そして縁は今使うべき時と、盞花へと『交霊術』を使っていた。
「貴女の大事な人がこのままでは破綻者として処理されてしまいますよ……貴女の真心込めた本心からの言葉を教えて下さい。……私が嘘偽りなく彼に伝えましょう」
少女は懸命に、懸命に。椿と共にルファを止めようとしている。
『もう止めて。優しいルファ司祭様に戻って! 私の大好きな……』
もう私の為に傷付かないで! と泣く盞花の言葉を、約束通りそのままルファへと伝えた。
「彼女の為にも1度正気に戻りなさい……それから彼女の仇を討ちましょう。貴方の復讐を私は手伝います」
さぁルファ司祭、と縁は手を伸べる。
そして幽霊男は、強き瞳で男を見つめていた。
「誰も言わんだろうから、僕が言うが。その娘が死んだのは1つにお前の弱さだぞ。それを踏まえた上で問うが。そのザマでいいのか? ――お前等の事など、僕は何も解らん。だが、お前は違うだろう? その娘の想いは。お前が1番、忘れてはいけないのではないのか? ……何もかも忘れ。力に飲まれ。ただ己が楽になりたいと言うなら、是非も無い」
男は無茶苦茶に、両手で顔を覆う。
「盞花ぁぁぁぁ!」
自我を取り戻そうとしている――覚者達にはそう映った。それなのに、銃弾が撃ち出される。
一斉に幾つもの弾が容赦なく発射されるのを見て、自称正義の味方・浅葱が身を躍らせる。
「暴走して守りたかったものまで傷つけはさせませんよっ」
覆い被さるようにして盞花の遺体を護る浅葱に、ルファが振り返った。
「止めろーッ!」
叫びと共に男が生成したのは、攻撃の水ではなく――癒しの滴。
「手伝って……くれますか」
膝を折る男を受け留め頷いて、椿は傷付いた仲間達へと癒しの雨を降らせていた。
●
「じゃあ、ルファ司祭様はF.i.V.E.が連れて行くわね」
H.S.へとエルフィリアが伝えれば、男達は意外にもあっさりと頷いた。
「破綻者ではなくなった者を、連行するつもりはありません。お任せします」
掌を返したように態度を変えたH.S.を、幽霊男は静かに見つめていた。
彼等が最後に浴びせた銃弾は、明らかに自分達に当たっても構わぬ勢いで発射してきたものに思えた。
(一般人達が離れたから?)
余裕がなく、彼等の攻撃を動画でとる事は出来なかった。
「あの叫びは自我を失くした叫びに聞こえた」
どちらにしろ記録をとり問い詰めてみても、彼等がそう言った答えを変える事はないだろう。
(不可解な点が多いが、何処が線として繋がるのか――)
「H.Sさんって皆の平和を守ってるんですか! すごいですね! 今後もぜひ協力体制を取っていけたらと思うのでいろいろ教えてください!」
尋ねる奏空に、「自分達の任務は終わったので」と憤怒者達は立ち去っていく。
しかし聞き出した正式名称の『Heiliges Schwert』、そして代表者の名は、しっかりとメモに残しておいた。
「あまりにもタイミング良すぎるし、あの二人なんとかして追えねーかな……」
鷲哉の呟きには、残念ながら無理そうですと奏空が伝える。
「H.S.も実は仲間なんじゃねーかなぁ……」
初雪のかぎわけるを試してみたが、雨も邪魔をし、追いかける事は出来なかった。
口裏と認識の擦り合わせができぬようにとバラバラに、浅葱は一般人達に氏名と何を見たかを聞いてゆく
「ルファ司祭が暴走する事を知ってた人はいますか?」
縁の問いに対する3人の反応も、奏空と共に観察した。
椿は「せめて外見だけでも」と、盞花の遺体に潤しの滴を使う。
礼を伝えるルファの悲しみと怒りに、ただ寄り添っていた。
「親御さんに会わせてあげましょう」
そしてF.i.V.E.に来てほしい――そう伝えていた。
「彼女を殺した人を捕まえる為にも」
「悪い狼さんはだーれ。あかずきんは許さない」
暗き灰色の空を見上げ、御羽は歌うように言葉を紡ぐ。
「『ただの人間』まるで、覚者のほうが優れているみたいに言うよね」
本当の狙い――。
「覚者では無い人達、かな。灰音さん?」
「貴女のその想い、それが強ければ……ルファ司祭の傍に居れるかもしれませんよ?」
ルファの傍に立つ盞花の霊へと、縁はそっと尋ねる。
少女はただ微笑んで、言葉を託した。
『どうか、忘れないで。
天使様と私が、きっとあなたを、護るから……』
冷たい雨の中、懐中電灯と簡単な雨具で視界を確保したエルフィリア・ハイランド(CL2000613)は、仲間達と共に現場へと急ぎながら考える。
(陰謀の臭いがプンプンする任務よね。……まっ、まずは目の前の事をクリアーしないと陰謀に近づく事もできないか)
そして雨具を纏う深緋・幽霊男(CL2001229)は、駆けながら20m先、雨の先に見えた影の内にいるルファへと『送受信』で語りかけていた。
F.i.V.E.である事と話がしたい旨を伝えるが、男からの返事はない。
自我を忘れかけているルファには、己の意識を返すような冷静な部分すらないのだろう。
「早く割り入ってやった方がよさそうじゃね」
幽霊男の言葉に頷いて、覚者達は更にスピードを上げた。
――しかしその直後。
「何者だ!」
憤怒者のうち2人がこちらに銃口を向けた。
気付かれず近付きたかったのならば、光は隠しておく必要があったろう。
ルファの行く手を遮る憤怒者の端側にいる者達には、視界が悪い中とは言え光はどうしても気付かれてしまう
「我々は憤怒者組織『H.S.』! 今破綻者と戦闘中である! 危険を伴う、近付くな!」
「それ以上近付くならば、我等の任務を妨害する者と見なす!」
言葉の直後、幾発かの威嚇射撃が撃ち出される。
(「AAAより協力要請を受けているFiVEという組織の者です!」)
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は急ぎ、現場に到着してからと思っていた言葉を『送受心・改』で話しかけた。
(「所属夢見により今回の事件を知り駆け付けました」)
「撃つな!」
憤怒者達の中で1人――前衛にてルファの正面に立つ男が、仲間達へと命じた。
(「FiVEだと?」)
さすがに聞いた事はあるようだ。
男が思う事で返してきた言葉を、奏空が受心した。そして現場へと突然乱入しようとする者達に、良い印象は持っていないらしい事をも、男の言い方で感じ取っていた。
その隙に、『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が『しのびあし』でルファとH.S.の間に割り込んでいく。憤怒者達には認識されていたが、ルファには気付かれていなかった。
ドドーンッ!
大きな爆音と共に、浅葱の周りに閃光が走る。
「天が知る地が知る人知れずっ、凶行阻止のお時間ですっ」
覚醒した浅葱が白いマフラーを靡かせ、突撃しようとしていたルファへと手を突き出した。
「FIVEですっ 神父さん止めに来たのですよっ」
その隙に、他の仲間達もルファとH.S.の間に立ち塞がっていく。
ギリッと歯を食い縛り、翼で飛行したルファの前に広がったのは、青き翼。
怒りに囚われたままの男の前を、同じく飛行した三島 椿(CL2000061)が塞ぎ腕を掴んだ。
「これ以上はいけないわ」
男が、目を剝く。
「邪魔を――」
するなーッ! という叫びと共に水礫が椿へと飛んだ。
それでも椿は腕を離さない。
「その破綻者は危険な状態にある! 離れろ!」
憤怒者達がルファの攻撃を皮切りにして銃弾を放つ。一般人達からは「司祭様!」と声が上がった。
しかし憤怒者達は、照準を僅かにずらしていた。
椿を避けているのだろう。そして幾つもの銃弾が椿に当たらぬよう無意識にしているのは、目の前で盞花を亡くしたばかりのルファもであった。
地上へと降りた男が、「離せ」と震えた声を出す。
「駄目だよ、るふぁさん」
男を庇うように両腕をめいっぱい広げて立つのは、『赤ずきん』坂上・御羽(CL2001318)の小さな背中。
「どけ……」
しかしそれすらも、今の男には前を阻む者と映っていた。
(復讐心を持つ者を手助けするのが私の役目)
『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)は中衛に立つ。
(けど畜生の様な無差別なる復讐など許せない。やるなら『人間』らしい信念ある復讐を。それこそ我が女神達に捧ぐのに相応しい)
――状況が状況だし確保は必要だよな。
いつでも戦闘に入れる体勢を保ちながら、和泉・鷲哉(CL2001115)は暗視を用いる。
(しかしなんつーか……事前に聞いてても、実際に見ても……釈然としねーな)
覚者を破綻者にして……憤怒者の配下にでも置く気か?
●
(「ルファ司祭の身柄はこちらで確保しますので、皆さんは安全な場所へ避難してください」)
送受心・改で憤怒者達へと伝えた奏空は、「万が一の事があっては大変なので目の届く範囲に居て欲しい」事も添える。
奏空のヘッドライトが照らす武装した男達は、指示を仰ぐように真ん中に立つ男へと視線を向けていた。
「断る。君達の指示に従わなくてはいけない理由が無い。その破綻者は、先に駆け付けた我々が連行する」
キッパリと、男が声に出す。
目を見開く奏空に代わり、縁が自分達の方が身分が明らかである事を主張した。
「こちらはAAAと協力関係にあります」
その言葉には、憤怒者が冷ややかな視線を向ける。
「AAAと協力関係にあるからと言って、あなた達F.i.V.Eは政府公認という訳ではないでしょう。例えバックアップを受けていようが、現状は我々と同じ、一民間団体である筈だ。それにAAAと協力関係にあるというのも、あなた達の組織が妖に対応しているからでしょう? ――ですがAAAには、『治安維持を行う』という目的もある筈。それは今の時代、妖のみの被害だけではないでしょう。我々『H.S.』は、覚者であるからといって無闇やたらと攻撃するような野蛮な組織ではない。破綻者や隔者に限っているのです。我々がAAAに協力を仰いでも、協力は得られるのではいですか? 我々だって、危険な破綻者や隔者から一般人を護りたいのですから」
縁の持つ懐中電灯が、男の顔を浮かびあがらせる。
「……しかしこう言っては何ですが、貴方達H.S.は準備が早かったですね」
不自然な程、と含み言えば、笑みが返った。
「我々の本部に通報があったのですよ。名前を聞く前に、電話は切れてしまいましたが」
縁が超直観で感じ取ったのは、動揺も淀みもなくスラスラと返される不自然さ。色々な質問を想定し返答を用意しているのではないか――そう思えた。
「ルファさんの身柄はFIVEで預かりますよっ」
浅葱が、続ける。
「殺害容疑は容疑ですしねっ。疑わしきだけでどうこうするというなら相手になりますよっ」
通報の相手がいないという事は、この場にいる誰もがその場面を見ていないという事。
夢見により、犯人は別に居る事を自分達は知っている。
だが今回は、隔者の情報を話さぬつもりでいた。
「矛盾点があるんですよ」
縁が更なる言葉を加えた。
「貴方達の武器は銃。だが私達が駆け付けた時、司祭は銃によるものではない傷を負っていました」
何らかの襲撃を受けたと示唆した縁に、しばらくの沈黙の後、「そうかもしれませんね」と殺害容疑に関しては同意した。
「だが、現にあの男は今、危険なのです」
言葉と共に一斉に憤怒者達の銃がルファを狙い、煽られたルファは男達へと駆け出そうとする。
それを体を張り、椿が止めていた。
「痛くて辛くて仕方がないのね」
踏ん張る足が、男の勢いに押され退がっていく。男の両腕を押さえたままの青き瞳に映るのは、ルファの背後で冷たき地面に横たわる盞花の姿。
「大切な人だったのね……でもこれ以上は駄目。これ以上我を忘れてしまったら彼女の身体まで、今度は貴方が傷つけてしまう」
一瞬止まった足に、男の顔を見上げる。
「ファントムクォーツのピアス……一緒ね。困難を乗り越え、克服する勇気を持つ石。貴方はなぜこの石を身につけていたの?」
椿の言葉は――『ファントムクォーツのピアス』は、男の脳裏に強く盞花を思い出させる。それに反応して、男は苦悶に顔を歪めた。
「ぅあぁぁぁぁぁッ!」
横へと椿を払い除け踏み込むと、地烈を放つ。
受けたのは、幽霊男に浅葱、そして背を向けたままの御羽だった。
「ルファさんは、盞花さんの事、好きだったんだよね」
肩越しに振り返り、御羽が微笑を浮かべる。
「友情とかそういうのじゃなくて、1人の女性として。だから、あえて苗字で呼んで、名前で呼んで意識しないようにしていたんだよね。――だって、翼の色が黒でも素敵だって言ってくれた、ある意味恩人の娘さんに手は出せないもん。大事に思ってたんだよね。だから、そんなに怒ってるんだよね。……当たり前のことだよ」
でも、と続く御羽の言葉を遮るように、「撃てー!」と声が響いた。
発射される銃弾に、椿、御羽と幽霊男が反応する。
第六感を活性化していた椿はルファをガードし、H.S.とルファとの射線軸上を意識し立っていた幽霊男は可能な限りの銃弾を受けていた。
両手を広げたままで弾を受けた御羽は膝を付き、それでも肩越しにルファを振り返る。
「……でも。盞花さんは貴方がそんな風に壊れてしまうのは望んでない。その翼の色が消えちゃう闇に飲まれちゃいけない。試練を与えられる黒き翼はこんな場所で折れちゃいけない!!」
仲間達が攻撃を受けた事で、鷲哉が圧撃で憤怒者の1人を吹き飛ばしていた。
「今俺達が止めてんだろ。ちょっとどいててくれる? それでも手出すっつーなら、今みたいに吹き飛ばすけど」
男達を見回し言った桃色の瞳が、命令を出す男の顔で止まる。
「俺達が止めて、司祭が破綻者でなくなれば連れて行く理由もなくなるだろ?」
「我々にこんな事をして――」
いきり立つ男達に、鷲哉の後ろでエルフィリアが地面へと強くネビュラビュートを叩きつけていた。
「例え犯罪者であっても可能な限り殺害は避け、司法の場にて裁きを下す。これが人権を重んじる法治国家日本でのやり方でしょ? それともはH.S.は日本国の法に背き、私刑で人を殺すのかしら?」
「――いいえ」
睨むように低く返してきた男に、エルフィリアは相手の方から敵対してくるまではあくまで友好的に笑んでみせる。
「大丈夫、相応に戦える覚者8人にきっちり武装をした勇敢な人10人。これで破綻者1人を捕縛できなければ逆に実力を疑われちゃうじゃない」
そうですね、と抑揚のない声で男は同意し、けれどもルファに銃口を向け続けた。
「殺すつもりもあなた達とやり合うつもりもありませんが、庇おうとしているあなた達をも攻撃するあの破綻者、信用できません」
●
「先程は断りましたが。あなたが言ったように、確かに一般人の方々は安全な場所へ避難してもらった方がいいみたいですね」
微笑を向け言ってきた憤怒者のリーダーだろう男に、奏空は警戒する。
「ですが逃げるならば、危険に晒さぬよう破綻者の目の届かぬ場所まで逃げてもらうべきでしょう。我々から護衛を3人付けますよ。無事終わりましたらお知らせしますから、避難しておいて下さい」
一般人を庇い立っていた男達が3人、そのまま一緒に行こうとするのを見て、奏空は手をあげた。
「では自分も付き添います!」
意外そうな顔をする憤怒者達に人懐っこい笑顔を見せて、「急ぎましょう」と促す。
「大丈夫ですよ」
ルファを心配する一般人達へも声をかけながら、憤怒者達へと協力的な態度を見せて戦場を離れた。
奏空の狙いは、H,S、一般人共にその動向を見張る事。
それと、森へと逃げた隔者を探る事。
6人の男達が怪しい動きをしないか警戒しながら、ライライさんの『ていさつ』を利用し隔者達が逃げた林を上空から見る。
木の枝葉が邪魔し、見え難いが動くものもない。今度は感情探査を使うが、それも空振りに終わった。
(逃げた後か……)
仕方なく、男達の動向を見張る事に専念した。
戦場では、憤怒者を警戒しながらもルファの説得が続く。
「状況的にはあまりにも理不尽だし、そうなるのもしょうがないと思うけどさ……暴走した上に関係ない奴まで巻き込んでもいいことないぜ……少しは冷静になれよ」
「力を振るって頭を冷やせれるなら好きにしなさい。けど、無闇に力を振るってたら腕の中に居る子の体がボロボロになるわよ? 綺麗な姿で眠らせたいなら、まずは落ち着きなさいよ」
鷲哉の言葉も、エルフィリアの言葉も、未だ届かない。男は怒りに、囚われ続けていた。
前へ出ようとするルファを、椿が懸命に止める。
「私は貴方に寄り添う事しか出来ないけれど、お願い。彼女の為に今は止まって。貴方の事が大好きだった彼女の為に、彼女が大切に思った貴方をこれ以上、傷つけないで!」
それでも止まらぬ男へと、憤怒者の放つ銃弾が撃ち込まれる。そしてルファを庇い続ける御羽と椿が、銃弾に倒れた。
「あ……ぁ……」
2人の姿に、初めて男の視線が前方ではない場所へと向いた。
倒れた少女達に、震える手を伸ばす。
「やめろ……駄目だ……」
死ぬな、と落とした男の前で、命数を使った2人が立ち上がった。
「私は貴方を止める為に……傷つく事をおそれない」
再びルファの腕に触れながら伝えた椿に、男の瞳から涙が零れる。
「きちんと立て!」
そして御羽の声に、顔を上げた。
「前を見て! 貴方が護らないといけない真実は何!? 虚偽に屈して己を壊すのが司祭なの!? 違う! そんなの司祭じゃない!」
その叫びは、小さな体で両手を広げ続ける少女の姿は、男の心を震わせる。
「盞花さんを、お父さんのところへ帰すと言ったのを、嘘にしたらいけないんだからね!!」
そして縁は今使うべき時と、盞花へと『交霊術』を使っていた。
「貴女の大事な人がこのままでは破綻者として処理されてしまいますよ……貴女の真心込めた本心からの言葉を教えて下さい。……私が嘘偽りなく彼に伝えましょう」
少女は懸命に、懸命に。椿と共にルファを止めようとしている。
『もう止めて。優しいルファ司祭様に戻って! 私の大好きな……』
もう私の為に傷付かないで! と泣く盞花の言葉を、約束通りそのままルファへと伝えた。
「彼女の為にも1度正気に戻りなさい……それから彼女の仇を討ちましょう。貴方の復讐を私は手伝います」
さぁルファ司祭、と縁は手を伸べる。
そして幽霊男は、強き瞳で男を見つめていた。
「誰も言わんだろうから、僕が言うが。その娘が死んだのは1つにお前の弱さだぞ。それを踏まえた上で問うが。そのザマでいいのか? ――お前等の事など、僕は何も解らん。だが、お前は違うだろう? その娘の想いは。お前が1番、忘れてはいけないのではないのか? ……何もかも忘れ。力に飲まれ。ただ己が楽になりたいと言うなら、是非も無い」
男は無茶苦茶に、両手で顔を覆う。
「盞花ぁぁぁぁ!」
自我を取り戻そうとしている――覚者達にはそう映った。それなのに、銃弾が撃ち出される。
一斉に幾つもの弾が容赦なく発射されるのを見て、自称正義の味方・浅葱が身を躍らせる。
「暴走して守りたかったものまで傷つけはさせませんよっ」
覆い被さるようにして盞花の遺体を護る浅葱に、ルファが振り返った。
「止めろーッ!」
叫びと共に男が生成したのは、攻撃の水ではなく――癒しの滴。
「手伝って……くれますか」
膝を折る男を受け留め頷いて、椿は傷付いた仲間達へと癒しの雨を降らせていた。
●
「じゃあ、ルファ司祭様はF.i.V.E.が連れて行くわね」
H.S.へとエルフィリアが伝えれば、男達は意外にもあっさりと頷いた。
「破綻者ではなくなった者を、連行するつもりはありません。お任せします」
掌を返したように態度を変えたH.S.を、幽霊男は静かに見つめていた。
彼等が最後に浴びせた銃弾は、明らかに自分達に当たっても構わぬ勢いで発射してきたものに思えた。
(一般人達が離れたから?)
余裕がなく、彼等の攻撃を動画でとる事は出来なかった。
「あの叫びは自我を失くした叫びに聞こえた」
どちらにしろ記録をとり問い詰めてみても、彼等がそう言った答えを変える事はないだろう。
(不可解な点が多いが、何処が線として繋がるのか――)
「H.Sさんって皆の平和を守ってるんですか! すごいですね! 今後もぜひ協力体制を取っていけたらと思うのでいろいろ教えてください!」
尋ねる奏空に、「自分達の任務は終わったので」と憤怒者達は立ち去っていく。
しかし聞き出した正式名称の『Heiliges Schwert』、そして代表者の名は、しっかりとメモに残しておいた。
「あまりにもタイミング良すぎるし、あの二人なんとかして追えねーかな……」
鷲哉の呟きには、残念ながら無理そうですと奏空が伝える。
「H.S.も実は仲間なんじゃねーかなぁ……」
初雪のかぎわけるを試してみたが、雨も邪魔をし、追いかける事は出来なかった。
口裏と認識の擦り合わせができぬようにとバラバラに、浅葱は一般人達に氏名と何を見たかを聞いてゆく
「ルファ司祭が暴走する事を知ってた人はいますか?」
縁の問いに対する3人の反応も、奏空と共に観察した。
椿は「せめて外見だけでも」と、盞花の遺体に潤しの滴を使う。
礼を伝えるルファの悲しみと怒りに、ただ寄り添っていた。
「親御さんに会わせてあげましょう」
そしてF.i.V.E.に来てほしい――そう伝えていた。
「彼女を殺した人を捕まえる為にも」
「悪い狼さんはだーれ。あかずきんは許さない」
暗き灰色の空を見上げ、御羽は歌うように言葉を紡ぐ。
「『ただの人間』まるで、覚者のほうが優れているみたいに言うよね」
本当の狙い――。
「覚者では無い人達、かな。灰音さん?」
「貴女のその想い、それが強ければ……ルファ司祭の傍に居れるかもしれませんよ?」
ルファの傍に立つ盞花の霊へと、縁はそっと尋ねる。
少女はただ微笑んで、言葉を託した。
『どうか、忘れないで。
天使様と私が、きっとあなたを、護るから……』
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
