かまゑたちの刃
かまゑたちの刃


●恨みの夜


――何故加代は、殺されなければならなかった?


 恨みの声はどろりと低く、刃から滴る血のように、そう落とされる。

 刀なんて、握った事もなかった。
 誰かを斬りたいなんて、思った事もなかった。

 けれど、今は――。

 武士は、何やってもいいって言うのか。
 自分達の言う事を町人の娘が聞かなかっただけで、斬っちまうのか。

 虫けらを、殺すように。

 その娘を恋しく思う男の事も、愛しく思う家族の事も、考えもせずに――。

 酔った勢いで。ただ、戯れに。


 初めて持った太刀はズシリと重く――けれども加代の命は、この何倍も何倍も重かったと、握った事もない刀を構えた。
 月が照らす中で、武士達の嘲る笑い声が耳に残る。

 感じるのは、ただ己の痛み。
 鋭く血が噴き出す感触。
 流れる血が、着物を濡らしてゆく不快な――。

 加代は、何故殺された?
 こんな、奴らに――。

 無茶苦茶に刀を振るい続けて。
 いつしか武士達の嘲りの声が、悲鳴に変わっていた。
「かまゐたち――!?」

 ああ、人を斬るってのは、こういう感触か。

 構ゑ太刀?

 ああ、悪くない――。
 悪くないな。

 ああなんて、悲鳴が心地良いんだ……。


●好奇心の夜
「ねぇお兄ちゃん、お母さん に怒られるよ」
 着せてもらった浴衣の袖を揺らし、美緒は兄の袖を引く。
 祭りで両親が忙しいこの夜に、普段は入れてもらえない蔵へと入ろうと言うのだ。

「うちは元々武家だからな、珍しいものがあると思うんだ」
 ガチャン、と重い音のする蝶番を開けて、扉を開いた。
 懐中電灯で暗闇を照らし、自分にしがみ付く妹を多少邪魔に思いながら、裕は蔵の中を進む。
「こわいよ……」
 闇に怯える妹の背を、「大丈夫」と叩いて奥にある階段を上った。

 少年の狙いは、毎年年に1度、父が大事そうに蔵から出して手入れをする太刀。
 触らせてもくれないし、見せてもくれない。
 きっと立派な物なのだろうと、思っていた。

「今は駄目だ。だが大人になったら、お前が引き継ぐんだ」

 そんな意味深な言葉しか、教えてくれない。
 教えてくれないんなら、自分で確かめるしかない。

 好奇心を抑えられない裕は、懐中電灯が照らした先にお目当ての長方形の木箱を見つける。
 お札のようなものが、貼ってあった。
 そう言えば、父が太刀の手入れをする時には毎年津ノ森神社の神主が来て、何やら祝詞が聞こえてくる。
「何が、あるんだろう……」
 好奇心に駆られ、少年は紐を解き、木箱を開けた。

「なぁんだ……」
 箱に大事そうに納められていたのは、地味な黒き太刀。
 拍子抜けしながらも手にしてみようと手を箱へと入れた瞬間、太刀が揺れた。
「きゃーッ!」
 美緒が悲鳴を上げ、途端に太刀が宙へと浮き上がる。
 ズルリと刃が姿を現して、ゆっくりと、鞘が滑り落ちてゆく。
 カラランッ!
 床へと鞘が落ちた音で、ハッとした。
 蔵の中に、兄妹の悲鳴が響いていた――。


●祭りの夜
「急いで向かってくれ」
 見た夢を語った久方相馬(nCL2000004)は、そう覚者達へと告げる。
「そしたら蔵の前に着いた処で、蔵から飛び出して来た2人と鉢合わせ出来る筈だぜ」
 妖化した太刀も兄妹を追い、蔵から出てくるだろう。
「蔵の前にはちょうど空間があるから、その場で討伐すればいいと思う。――ただし、逃がさないようには要注意だ。事件が起きるのは夜だけど、津ノ森神社の祭りで、町の人々は外に出てる」
 つまり逃がせば被害が大きくなると、相馬は言った。

「なんとか蔵の前で倒して欲しい。奴の動きはかなり素早いけど、皆なら、なんとか出来る筈だぜ。皆にはきっと、男の影が太刀を構えてるように見えると思う。兄妹には、太刀が宙に浮いてるようにしか見えないだろうけどさ。……それは男の怨念が姿を変えたものだ。狙うのは男の影じゃなく、太刀の方がダメージは与えられると思う」
 首を傾げて、相馬は呟くように言う。
「あと気になるのは、男が恨みを晴らした時に武士達が口にした、『かまゐたち』って言葉だけど。もしかしたら古妖が手を貸してやったのかもなって思うんだ、敵討ちに。……確かめようは、ないけどさ」

 どちらにしても、男の怨念をどうにかするのは、こちらの仕事じゃない。
 事情を知る父親達が鎮めようとしているのだから、任せても差し支えはないだろう。

「2度と好奇心で封印を破らないようには、裕に言い聞かせた方がいいだろうけどな」
 肩を竦めるようにして、相馬はため息を吐いた。
「倒したら、太刀を元に戻すのと、蔵の鍵締め、2人を神社に送って行くまでを頼みたい。――怖がってるだろうし。悪いけどよろしく」

 ――ああそうだ。

 思いついたように、相馬は覚者達に笑顔を向けた。
「時間がありそうなら、祭りも覗いてみれば?」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:巳上倖愛襟
■成功条件
1.妖『構ゑ太刀』の討伐
2.太刀を元の場所に戻す
3.裕と美緒を両親の処まで送り届ける
皆様こんにちは、巳上倖愛襟です。
よろしくお願いします。

●戦闘場所
後藤家の蔵の前。
高い塀に囲まれ広さも問題なくありますので、太刀の逃亡を許さなければ、戦いの邪魔になるものはありません。
但し、逃げ出して来た裕と美緒をどうするかは決めておかなくてはいけません。

●妖:かまゑたち(構ゑ太刀) ランク3 1体
男の怨念が宿った太刀を鎮めている封印を裕が解いた事から、妖化した太刀。
覚者には、怨念が男の姿を成し、影が太刀を構えている姿に見えます。
裕と美緒を追って出てきた為、2人を狙おうとします。兄妹を家の敷地内から外へ出した場合、構ゑ太刀も外へ出ようとします。
倒せば太刀の妖化を解く事は出来ますが、怨念を鎮める事までは出来ません。再び妖化せぬよう、お札の貼られている木箱に戻して下さい。

男の影への物理攻撃は、効果と威力は期待出来ません。太刀には物理攻撃も効果があります。

●敵 攻撃方法
・『疾風』 特遠全【出血】 太刀の刃をむちゃくちゃに振るい、風を起こして敵全体を斬り裂きます。
・『風突』 特遠単貫2【出血】 突いた瞬間に風を纏った刃が長く伸び、敵を貫通します。
・『風殺』 特遠単【三連】【流血】 1人の敵に標的を絞り、殺意籠る刃風で包みます。

●後藤 裕(12歳)・後藤 美緒(8歳)
父親が部屋に隠していた蝶番の鍵を、裕が両親の留守中に盗み出し、蔵へと入りました。
妹は嫌々ですが、置いて行かれるのが嫌で、兄に付いて行きました。
蔵から飛び出してくるのは、美緒、続いて裕、の順番です。出てきた時点で、美緒は泣いています。裕は恐怖に怯えてはいますが泣いておらず、美緒よりは冷静です。

●津ノ森神社の祭り
色々な夜店が並び、賑わっています。(一般的な祭りにある夜店は、普通にあります)
裕達の両親は手伝いをしており、社務所にいます。
裕には、準備ができ次第、寄り道せずに社務所に来るように言い付けていました。


以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年08月08日

■メイン参加者 8人■

『突撃巫女』
神室・祇澄(CL2000017)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)


 韋駄天足を用いた鈴白 秋人(CL2000565)は、仲間達より早く現場へと到着する。
(子供達が傷付く姿は見たくないし、被害が大きくなるなら、その前に火種は消すよ)
 その思いで、蔵の闇から飛び出してきた少女を、そっと受け止めた。
 ハッと顔を上げ悲鳴をあげそうになる後藤 美緒へと柔らかく微笑み、落ち着かせようとする。
「心配ないよ」
 泣き続ける少女を優しく抱き上げ、すぐさま蔵から離れるため後方へと駆け出した。
 現場へと着いたエルフィリア・ハイランド(CL2000613)が狙うは、蔵から飛び出す後藤 裕の背後にいる禍々しき太刀。
 種を放ち付着させると、急成長させ自由を奪った。
「助けに来た!」
 裕へと声をかけた『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)が、少年の背後、刃を振るおうとする影に気付く。
 割り込み味方ガードする翔を、殺意籠もる刃風が包む。長く続く攻撃が服を裂き皮膚を裂いて、翔の血を散らせた。
 翔と太刀との間に駆け込んだのは、緒形 逝(CL2000156)。
 彼の、かつては御神刀であった刀の瘴気が翔を覆い、すぐさま気の流れを活性化させる。
 そして逝の隣では、『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)が岩を纏い、己を強化していた。
「……怪我はない? もう大丈夫だよ」
 『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)が、美緒を秋人から引き継ぐ
 安心させる為の笑顔と共に、ワーズ・ワースを使う。腕の中で美緒が紡の顔を見上げ、紡は笑みで応えると青き翼を広げた。
 振り返り翼を羽ばたかせ、擦れ違いざまの王子へと声をかける。
「怖いおじさんの相手は任せたよ、殿」
「勿論だよ」
 通り過ぎる横顔の、水色の瞳が紡へと笑んだ。
「こんにちは! ブシより偉い王家が来たよ!」
 プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が宣言し、前衛へと加わる。インフレブリンガーを展開すると、機化硬で己の基礎耐性を高めた。
 プリンスの後方では、中衛の東雲 梛(CL2001410)が、離れる兄妹をその背に隠すように位置取る。
(なんか……嫌な気持ちがする)
 それが、黒き妖に抱いた思い。
 太刀と影に向け放った香仇花の匂いを、敵が避ける。ユラリ揺れた影が握る太刀の切っ先は、ブレる事なく兄妹に向けられていた。
 ――なんだろうな、これは。
 どろりとした悪意に、梛が眉を寄せた。
 太刀が子供達を追いかけようと動く。それを遮った逝に、影が刃を無茶苦茶に振るった。
 邪魔をするな、とばかりに荒れ狂う風が、覚者達を斬り裂く。避けられたのは、逝と祇澄、秋人。
 血が皮膚を伝うのも構わずに、エルフィリアは今度こそと香仇花の匂いで敵を弱らせる。
(妖化した刀って本物の妖刀よね~)
 さぞかし立派な銘なり悲劇の物語なりが付いているのだろうと思う。
 ――まっ、悲劇の追記は却下だけど。
「神室神道流、神室祇澄。いざ尋常に!」
 夫婦刀・天地を手に、祇澄は巫女装束の白き袖を靡かせ敵の眼前へと立ち塞がる。繰り出す飛燕の一撃目が太刀を斬り、しかし二撃目を、刃が止めた。
 一瞬の、鍔迫り合い。
 我流の剣筋にしては妙に鋭く、重いと感じる。
――やはり、古妖の力が篭っているのでしょうか。
そう思わずには、いられない。
「刃華を散らし、存分に戦いましょう」
 祇澄の言葉に、クツリと僅か、影が嗤った気がした。
「構え、とな。アハハ! 良いぞう」
 顔を覆うフルフェイスの内の声は、眼前の敵、構ゑ太刀にしか聞こえなかったかもしれない。
 逝は太刀の柄を握り、黒き影は無視して圧投を仕掛ける。地へと敵を鎮めながら、送受心・改にて言葉をかけていた。
(「ならば喰う事しかできんが、お構いしようじゃないか」)
 言葉に反応するように、黒き影がこちらを見上げた気がした。
 兄妹から自分へと注意を向けさせる為、プリンスは鎬に狙いを定め、瞬時にインフレブリンガーで突く。
 振り返り、兄妹が戦場の外へと出たのを確認した。
「ありがと、殿」
 返し、紡は美緒を地面へと降ろす。
 その隣では、翔が裕を避難させていた。
「お兄ちゃん達、大丈夫?」
 怪我を気にする裕に「大丈夫だ」と笑顔を見せ、翔は少年の前へと立つ。
 翔と紡の位置は、敵の攻撃が自分達までギリギリ届く距離。つまり、自分達の遠距離攻撃もギリギリ敵へと届く距離だ。
「オレ達が守るから、オレ達の後ろにいてくれ。絶対そこから動くなよ」
 ワーズワースを使い兄妹へと声をかける翔の隣、紡が『演舞・清爽』で仲間達を鼓舞していた。
 中衛に立つ秋人は、『癒しの滴』で翔を回復する。
 己の自然治癒力を上げる事も、大事と判っていた。けれどもそれよりも、子供達を護る翔を優先した。
 ――子供達がこれ以上悲しむのは、嫌だから。
 そしてその隣。妖に対し嫌な気持ちが強くなっていく事に、梛が心を騒めかせていた。
(何か、暗い恨みや辛みを感じる)
 第三の目より怪光線を放つ中、本体は太刀であるが、それを握る影から暗く激しい怒りを感じていた。


 エルフィリアがネビュラビュートで仕掛けた圧投を、妖が避ける。
「ちょろちょろと、すばしっこいわね」
 チラリとエルフィリアを見たらしい構ゑ太刀は、それでも覚者達の先にいる兄妹を狙おうとする。
 そしてその標的は、特に裕へと向けられているようだった。
「来るよ」
 紡の言葉に、翔が頷く。
 抜けようとした構ゑ太刀を逝とプリンスが阻み、更に秋人が射線を遮る。
「なんとしても、子供達は傷付けさせないよ……」
 それでも影は諦めず、風を纏わせた太刀を投じる。狙いは、裕を庇い続ける翔。突いた瞬間刃が伸びる。しかし風刃は裕まで届かず、影へと戻っていった。
 片膝を付いた翔に、「お兄ちゃん!」と背後から裕の泣きそうな声が掛かる。
「大丈夫だから動くな」
 伝えて、震える膝で立ち上がった。
 ――オレ、裕の気持ちはよくわかるんだ。
 翔の突き出すスマホの画面に、梵字が浮かぶ。術は雷獣を呼び、太刀を襲わせた。
(こんなん、開けちゃいけない理由をちゃんと教えなかった親が悪いぜ。同じ立場だったらオレも同じ事やったかもしんねーしな)
 子供だってきちんと説明されればわかるってのに、何で教えねーんだよ……。
「辛い?」
 翔ではなく、瞳は真っ直ぐ前を見据えたままの紡が問う。『演舞・舞衣』で、大気の浄化物質を仲間達の周囲へと集めた。
「出血? 流血? そんなの回復しちゃえば問題なし、でしょ」
「もちろんだぜ!」
 カラリ笑顔で応えた翔に、紡は肩越しに振り返り、泣き続ける美緒へと微笑む。
「ほらね。皆大丈夫」
 安心させようと発した紡の言葉を後押しするように、秋人が癒しの滴を翔へとかけていた。
(……どこに居ても届く剣閃というのは剣士の憧れではありますね。――このような凶刃でさえなければ、ですが)
 祇澄は構ゑ太刀を見つめ続ける。
 射線を遮っても、風突を遮る事は出来ない。刃だけではなく風をも操るこの『かまゐたち』が、古妖の力を借り使えるようになったものだとしたら……。理解し、解析するのは難しいかもしれない。
 それでも――。
 燕が狙いを定め飛ぶが如く、夫婦刀『天地』が連撃を繰り出す。
「その太刀筋、見切ってみせます」
 ――何だろうな、これは。
 梛が感じ続けているのは、暗く激しい怒り。
 銀雪棍の打撃が付着させた種――急成長した鋭い棘が巻き付く太刀の向こう、黒き影を見つめて思う。
(あの兄妹に対して特に強い怒りを持っているみたいだけど、何かしらの彼の恨み、辛みの原因となった人物の子孫だったりすんのかな?)
 囚われた怒りは、薄れず在り続ける。
「ツム姫どう? 余の背中雄々しい? うん自分でも薄々気づいてたけどね。こういうのはやっぱ民から言われたいっていうか……」
 貫殺撃を繰り出したプリンスが、背後へと声をかける。そんな彼へと、紡の笑顔が返った。
「うんそうだね、雄々しいね。でも変だな。この位置からは敵が丸見え」
 今回最も大事なのは、兄妹が無事である事。
 そう思う紡は、笑顔で答えるけれど、瞳は真剣。そんな彼女に、プリンスの行動は素早い。
「あっすいません、もう少しズレます」
「……どんなに鋭い風だって通しちゃいけない、ボクらは盾なんだから」
 決意籠る紡の呟きに、「同感だよ」と王子が答えていた。
(「お前が妖刀ならば無理矢理に手にする事も考えたが、ただの妖では然程なあ……」)
 逝は、送受心・改で語りかけ続ける。直刀・悪食で跳ね上げた斬撃を躱した構ゑ太刀へと、圧し折る勢いの二撃目が地を這い繰り出された。
(「殺気垂れ流しな感じからして、敵討ちから道を外したタイプかね」)
 間近で敵を見つめる逝は、そう零していた。


 太刀を握る影が、『かまゐたち』と呼ばれた構えを見せる。
 敵の動きを観察し続ける祇澄は、ラーニングを試みていた。
(その明確な殺意で以って、我流ではなく、研ぎ澄まされた剣閃で。――確実に仕留める意思の刃で!)
「風と土、相反すると思われる力ですが、元より同じ自然に住まうもの。なれば、私の信仰の対象には変わりありません。風よ、大地よ。天よ、地よ。その力、お貸し下さい」
 構ゑ太刀が放ったのは、自分の恨み成就を邪魔する者達を殺す技。
 無茶苦茶な刃。全てが死して構わないとばかりに吹き荒れる風刃の中で、避けられたのはエルフィリアとプリンス。
 皮膚を裂かれ頬も切れ、出血を感じながらも、祇澄は技の解析を続けていた。
 けれども、影の恨みを理解する事は出来ない。それも、「恨む相手以外も傷付けて構わない」と思う、気持ちなどは。
(復讐の為の刃。それならば、まだわかりますが……)
 それが、人を斬る喜びに、変わったのだとしたら。
 そしてその為に、繰り出されているのだとしたら。
 決して理解など、出来よう筈もない。
「……残念です」
 ラーニングが出来なかった事ではない。
 それがきっと、彼の『本音』ではない筈だと思えたからだ。
 古妖が力を貸したのもきっと、そんな事の為ではない――。
「ですからその凶刃、必ず止めてみせます」
 宣言した祇澄の後ろ、エルフィリアが翼を広げ空気を圧縮する。打ち出したエアブリットに、太刀の刃が揺れた。
(「差し詰め、染み着くほど斬る事に舞い上がったか……目を閉じて逃げたのだろうよ」)
 送受心・改で呟いた逝のそれには、影がハッキリと反応する。敵の注意が向いたと同時、『地烈』にて太刀を斬り上げた。
(「怨みの丈、折角だからぶちまけたらいい」)
 逝のその言葉に返ったのは只、恨みの念と、黒き殺意。
(「それも良いわよ。それらは濃ゆければ濃ゆいほど、悪食が喜ぶさね」)
 再び悪食の切っ先が地を這い、刃を斬り上げた。
 ――折れない、か。
 恨みの深さが、折られる事を拒む。
 間近で太刀と影を見据え、逝の口角が上がっていた。
 脇からは、プリンスが逝の刃が当たっていた箇所を狙い、貫殺撃を繰り出す。
 咆哮するような声が、絶叫が、影から響いていた。
 それは、影が見えていない子供達には聞こえていなかったろう。けれども覚者達には聞こえた。
 風となり、戦場を吹き抜ける。
 申し訳ないね、とプリンスは、僅かに哀れみ籠る声を出す。
「死んだ民より生きてる民が大事なんだよ。――貴公も、死ぬ前はそうだったでしょ?」
 影の絶叫を受け留めるように、秋人が瞼を閉じた。
 仲間達を回復する為降らせた癒しの雨は、影の男が忘れている本当の想い――『悲しみ』が涙となり、降り注いでいるようだった。
 恨み、ではなく。亡くしたくなかった、願いを……。
 翔が、敵へと雷を落とす。
 そして祇澄が放つは、飛燕。一撃目を避けた太刀を許さず、二撃目を鋭く突き出す。
「決して逃がしはしません! あなたの為にも――」
 カタカタと、覚者達の攻撃に太刀が小刻みに震えた。けれども憎しみの念が、薄まる事はない。
 梛はその敵の直前まで迫り、太刀の刃を握るように種を付着させる。
「なあ。何をそんなに恨んでるの? 力が入りすぎだよ」
 血が滴った梛の掌の内で、刃に付いた種が急成長していく。太刀を取り巻く妖気を、鋭い棘が切り裂いていった。
「いい加減、ゆっくりやすみなよ。あんたが本当に恨んでいる奴だって、とっくに天国に行ってるし。――あっちで追いかけなくて良いの?」
 梛の言葉に、刃が震える。妖気が砕ける直前、消えゆく黒き影が、泣いているような気がした。
「……終わったね」
 紡が『演舞・舞衣』で仲間達の出血を止めてゆく。そして隣の翔とは、笑顔でハイタッチ。
「お疲れちゃん」
 パン、と小気味良い音が、庭へと響いていた。


 地面へと落ちた太刀を、梛が拾う。
 エルフィリアが蔵から持ってきた木箱に、鞘に納め入れた。厳重に蓋をして、エルフィリアが再びお札を貼り付ける。
 元の場所に戻すと、祇澄が鎮魂を試みる。
 完全に、祓う事は出来ない。けれども少しでも安らかに、そしていつの日か、その力を正しく使える事を願い、想いを籠めた。
「祓い給え、清め給え。この魂に安らかな眠りを与えんことを」
 仲間達が蔵から出ると、秋人が落ちていた蝶番をかける。
 蔵が再び閉まった事で、子供達は安心したようだった。
 紡は僅かに震えている美緒と手を繋いで神社へと向かう。
 そして翔は、裕の隣を歩いていた。
「気持ちはすげーわかるけど、妹巻き込むのは感心しねーな」
 翔の言葉に、「ごめん」と小さく裕が答えていた。

 社務所に着けば、美緒が駆け出し母親へとしがみ付く。
 娘と裕の様子を見て、父親は何かあったのだと気付いたようだった。
 そして秋人が差し出した蔵の鍵に、全てを察する。秋人からの事情説明を、黙って聞いた。
「ちゃんと理由を言わねーからこういう事になんだよ」
 翔の言葉に、父親は身を正し座り直す。それを見て、裕が父の前へと正座した。
「理由を聞かねば、父の言葉は聞けないか?」
 裕に問うて、言葉を続けた。
「父は、まだ早いと言ったろう。太刀の由来を聞く時、恐怖だけではなく思いやる気持ちを持てる時まで、待っているのだ」
 引き継ぐ時、先入観なく己がどう思うかが大切だから――。
「父の言葉、考えてみなさい。私もまた、受けた言葉を考えてみよう」
 秋人が優しく、裕の頭を撫でる。
「今はまだ、解らないかもしれないけれど。大人の言葉にも、ちゃんと理由があるんだよ。キミを守りたかったんだとも思う。――これからは、お父さんの言う事を良く聞くんだよ……」
 浴衣の袖で目を擦り、「うん」と頷く。裕は覚者達を見回して、翔に目を向けて、「ありがとう」と伝えた。
「では、封印も大丈夫ですし、私は神社のお手伝いをしましょう。これでも本職の巫女ですから。皆さんはお祭りを存分に楽しんで下さいね」
 微笑んだ祇澄に、エルフィリアが笑顔で応える。
「それじゃお祭りにレッツラゴー!」
 それを面白いと思ったらしい美緒が、「ごー!」と手を振り上げていた。
 仲間と子供達が社務所から出た後で、梛は父へと太刀の経歴を聞く。
 夢見の情報に加え、あの太刀は元から後藤家のものであった事。
 町人の娘を斬った後、からかい半分に連れの男へと太刀を放ったのは、後藤家の先祖だった事。
 仲間達が町人なんかに斬られるとは思っていなかった。
 独り生き残った私達の先祖はそう言ったそうです、と。父親は済まなさそうに、辛そうに語った。


「実年齢20歳以下の子達には、奢ってやるさね」
 逝の言葉に、元気よく翔が手を上げる。
「おっちゃん、オレ焼きそば!」
「ねぇ逝っちゃん。『以下』って事は、20歳も入るんだよね?」
 紡もそんな風に、林檎飴のおねだりを。
「あー、20歳『以上』は自分で買いなさいよ」
 ぷぅ、と小さく頬を膨らませた紡に、「可愛いお顔さね」とひらひらと逝が手を振った。
 翔と紡は仲良く焼きそばと林檎飴を交換っこしながら食べる。
「んまいねー」
 そう言って、笑顔を交わした。
「緒形さん……奢ってくれてありがとうございます」
 ラムネを頼み礼を伝えた秋人に、「いいさね」と己の顔よりも大きな綿飴と逝は格闘する。初めて食べる綿飴を、存分に楽しんでいた。
「イカ焼きあるかなイカ焼き! コメ入ってるやつ!」
「そいつぁねぇや」
 笑う夜店の男に、「じゃあゲソで!」と通り過ぎざまの紡が顔だけを覗かせ言う。
 驚くプリンスに笑っていれば、「ヘイお待ち」と店主がゲソ焼きをプリンスに渡し掌を差し出した。
「……えーっと」
 そこで王子は、敬愛すべき笑顔で目を泳がせる。
「総務に寄進を促そうとしたら、『急いで向かってくれ』って民が。総務にはあるんだよ。総務には――」
「つまり。金持ってねぇってコトですかい?」
 ――困りますよ、オキャクサン。
 間近から見下ろす男に、プリンスが笑顔で固まる。
「私がお支払いしますよ」
 声の方を見れば、裕と手を繋いだ父親がクスクスと笑い、立っていた。
 こわかった。
 とは、プリンス談。
 夜店を巡るエルフィリアは、純粋に祭りを楽しむ。
 任務は終わったんだもの。
「帰還が遅れても、問題ないでしょ」
(まだ覚者として覚醒していなかった頃は、友達たちとよく行ったな……)
 逝に奢ってもらったかき氷を食べながら、懐かしい味に梛は足を止める。
 周りを見回しどこでも変わらない祭りの雰囲気に、懐かしい味に、何とも言えない気持ちになった。
 ――あの頃と今とじゃ、だいぶ違う。
 浮かんだ幼馴染の顔に、そんな事を思う。
 けれども視線の先、自分に手を振る顔達を見て、微かな笑顔が浮かぶ。
 そして今、傍に居る仲間達へと、足を踏み出した。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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