《紅蓮ノ五麟》狂い咲きの椿
《紅蓮ノ五麟》狂い咲きの椿



 百鬼たちは五麟の街から去った。だが、またすぐ戻ってくるだろう。今度は逢魔ヶ時 紫雨に率いられて。
 込み上げる悔しさに泣きじゃくりながら、瓦礫、あるいは壁を叩き続けていた覚者たちの拳はズ夕ズタになっていた。

 血雨部隊から帰ってきた覚者は皆、変わり果てた街に唖然とした。
 燃える街の色が目に毒々しい。柱が折れて傾いだ屋根から、黒々とした瓦が津波のように流れ落ち、行く手を遮る。肉の焼けただれる臭いに胃がうねる。
 固く握りしめた拳が怒りに震えた。

 最早これ以上、奴等に何も譲るものは無い。
 成すべきことはただひとつ。
 覚者に告ぐ。
 紫雨と百鬼を討ち払え!


 椿は化けるという。

 覚者に殴られて赤く爛れた頬を水道の水で洗い流し、顔を上げて鏡を見た途端、椿 元晴は息を止めた。滅多なことでは驚かないが、これはさすがに心臓にきた。
 鏡に映る自分の肩の上に、髪を逆立てた奈央の首が乗っていた。
 いや、違う。
 生首は手からぶら下げられていた。
 空咳を内心の動揺を取り繕うと、元晴は背筋を伸ばして振り返った。もちろん、愛刀を手にして。
「気に入ったのならくれてやる。下も持って行っていいぞ。それなりに使いようがあるだろ」
 無言。
 奈央の生首が少しずつ横に振られ、空に円を描きだした。
「他に用がないなら失せろ。これから紫雨と一仕事だ。……見逃してやる」
 ジジっと耳障りな音をたてて蛍光灯が瞬いた。
 青いタイルの上に小さなゴキブリが一匹。面をつけた男の足元に広がる血に触覚を向けたが、すぐに回頭して手洗い器が作る暗がりへ逃げ込んだ。
 元晴は左手で鯉口を切ると、右手で柄をゆるく握り、ゆっくりと鞘から刀を引き抜いた。
「よくご覧になってください」
 意外にも、仮面の男は深い響きを伴った豊かな声で喋った。耳あたりがよさが、この場の雰囲気にそぐわず、腕の毛がぞわりと逆立った。
「これは貴方の妹、奈央さんの首ではありません。……ところで、その刀ですが、人の脂で切れ味が落ちている。骨を断って刃こぼれもひどい。私が別の刀を用意して差し上げましょう」
「お、大きなお世話だ」
 いわれてみれば首は奈央ではなく、さっきまでファイヴの覚者らと一緒に戦っていた仲間だった。顔を洗って落ち着いたら、彼女に傷を綺麗に消してもらうつもりにしていたのだが、しばらく顔はこのままにしておくしかない。
 それにしてもこの男は?
「な、仲間に何をした……」
「私のオーダーに応えてくれるのなら、貴方だけは特別に『見逃して』さしあげますよ」
「――なに?!」
 男が仮面を取った。
 すぅと明かりが落ちた。
 闇。
「今から貴方がとりかかるという仕事に関係があることです。せっかくですので考古学研究所、覚者たちの根城を襲ってください。それも出来るだけ派手に暴れて一部なり全部なり壊していただけると助かります。私の希望はそれだけ。引き受けていただけますね?」
 気がつけば、暗闇の中で首を縦に振り続けていた。手に生首を持って。


■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:難
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.禍時の百鬼の撃退
2.考古学研究所への進入を防ぐ
3.考古学研究所の建物被害を最小限度に留める
●場所と配置
・考古学研究所 通用口
 機材などを搬入する物資用出入口の前で戦闘となります。
 入り口を入ってすぐのところに警備員室があります。
 
 初期位置は、覚者→百鬼←特殊警備員、となっています。
覚者側に隔者2名(北が火行、南が水行)。特殊警備員側に椿 元晴。


←覚者側・(50メートル先に)通用口→

考古学研究所・建物
---------------------------------------至・考古学研究所 通用口>
□□□◎□□□□□□警□
□□□隔□□□□□□警□
□□□◎□□□椿□警警□
□□□隔□□□□□□警警
□□□◎□□□□□□□□
---------------------------------------至・考古学研究所 通用口>
※ 壁です
※ ◎を通り抜けようとすると、隔者にブロックされます。


●敵 破綻者(バンク)……深度2
・椿 元晴(つばき もとはる)28才/天行、獣(猫/守護使役は鳥系)
実力はファイヴのトップクラスと同格でしたが、恐れに触れて破綻した現在は大きく戦闘力が上がっています。
武器は日本刀(近単)と生首(近単)。力で押すタイプ。
活性スキル…【猛の一撃】【演舞・清風】【填気】【地烈】【物攻強化・壱】【韋駄天足】【送受信】

●敵 百鬼の隔者2名
あたらしく元晴の下につくことになった隔者です。
実力はファイヴの中クラスより少し上。
・小林 宏太(20歳)/火行、彩/両刃剣(近単)
活性スキル…【五織の彩】【炎撃】【飛燕】【地烈】【速度強化・壱】【火纏】【暗視】
・岡村 莉子(19歳)/水行、翼/鉄扇(近単)
活性スキル…【エアブリット】【癒しの霧】【水衣】【深想水】【特攻強化・壱】【飛行】

●味方 特殊警備員6名(対能力者用武器を携帯した一般人)
特殊警棒(近単)、対能力者用スタンガン(近単)、対能力者用拳銃(単遠/5連発の回転式拳銃)、特殊防護服、ヘルメットを装備。
※彼らは10ターンで全滅します。2分も持ちません。
※3人以下になると、椿 元晴に突破されます。

●その他
・通用口のドアは能力者対策で特別頑丈に作られています。
 術式などで壊しにかかっても、簡単には壊れません。
 扉を開けて中に入るには、壁横のセキュリティパッドにIDカードのバーコードをスキャンさせるか、パスコードを打ち込む必要があります。
 セキュリティパッドを壊すと扉が開かなくなります。
 ※セキュリティパッドはドアと違って簡単に壊れます。

・OPに出て来た謎の仮面男は出てきません。

●STコメント
今回、元晴については生け捕りの必要はありません。
女の生首は元晴が振り回してあちらこちらにぶつけたりしているため、見た目が相当ひどいことになっています。

よろしければご参加ください。お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
公開日
2016年03月20日

■メイン参加者 10人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)
『ぬばたまの約束』
檜山 樹香(CL2000141)
『かわいいは無敵』
小石・ころん(CL2000993)
『隔者狩りの復讐鬼』
飛騨・沙織(CL2001262)
『スピード狂』
風祭・雷鳥(CL2000909)


 荒い呼吸と悲鳴、そして地面を打つ吐しゃ物の水音。嗚咽が続く中、人工的な明かりで白く浮かぶ壁へ目を向ければ、いたる所がえぐられ、血と肉片で作られた赤い溝が刻まれていた。
 まだ空気に冷たさを残しているとはいえ、時は春。破錠者、椿 元晴が振り回す生首は早くも腐りはじめているらしく、切断面からほんの少し出ている太い骨から、濁った糸を引きながら血がしたたり落ちている。
(「……ったくもー、何つったらいーのか」)
 『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909) は百鬼たちの前で足を止めると、苛立ちを含んだ声で怒鳴った。
「とにかくお前らさっさとゴーホーム!」
 目の前に立ちはだかる二人も憎い敵であることには違いないが、いまは相手にしている場合ではない。一刻も早く、通用口を守る警備員たちを助けに行かねばならぬのだ。
「見逃してやるって言ってんの。さっさと退場しな!」
「うん。風祭さんの言う通り。退いてくれると助かるな。できないというのなら……すべてが終わるまで眠っていてくれ」
 『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は小林たちの前に出ながら、ゆるりと腕を回した。目にしたものの眠気をいざなう身の動きで、問答無用とばかりに攻撃に出た小林の気を殺ぐ。
 今の内に、と突破をこころみた『裏切者』鳴神 零(CL2000669)の行く手を、翼を広げた岡村が塞いだ。
 亮平の艶舞・寂夜は小林を眠らせはしたが、岡村には効かなかったようだ。
「すまない。一人眠らせ損ねた」
「どんまい!」
 零は左へ体を流して後ろにいた仲間に場を譲ると、赤い組みひもを手でほどいて黒狐の面をはずした。
息を胸の奥まで深く吸い込み、煙る夜空に白い喉を晒して大音声で警告を発する。
「聞きなさい、警備員!! 全員防御に尽くせ!! 持たない仲間は庇い合え!! ここで死ぬんじゃない!! ここは学園よ、貴方達の墓場じゃないわ!!」
 声は届いた。確実に。
 百鬼たちの間から、人工灯が作る影で顔をまだらに染めた元晴が、零を見ていた。遠く離れていても、その目が狂気の光でぎらついているのが分かった。
(「……やれやれ。俺達が留守の間にかなり派手にやってくれたな?」)
 『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)は清浄なる風を呼び起こすと、覚者たちの間を吹き清めて、東から吹き流れてくる狂気に立ち向かう力を与えた。
(「ここまでしておいて、まさか無事に済むと思うなよ?」)
 八尺を携えた血雨、それに百鬼首領の紫雨との死闘を終えて急ぎ戻ってくれば、街は百鬼たちに焼かれ、本部は強襲を受けている最中。すべては紫雨のはかりごこと、黎明救出から仕組まれていたと知らされた今、両慈は憤りを通り越して怒りを感じていた。
「邪魔をするでない、お主等。あのような元晴に付き従う意味はなかろう。すでに奴は恐怖か何かに操られた人形、お主等を仲間と見る元晴はすでにおらぬぞ?」
『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)の言葉に百鬼は互いに顔を見合わせた。
「そんな男と共にここで討たれるつもりかの? 早く退け!」
 岡本が何か言いたげに口を開いたがすぐ閉じてしまった。
二人が元晴を見捨てて逃げ出すつもりであったことを樹香は知らない。覚者の到着があとすこし遅ければ、実際に逃げ出していただろう。ただ、見られてしまったからには――。
「何じゃ? なんぞ言いたいことがあるようじゃの。言うてみるがよい。聞く耳は持っておるぞ」
 岡本は肩越しに後ろを見て、すぐに顔を戻した。
「あいつより、八尺を持った紫雨のほうが……仲間は……見捨てられない」
「ああ! もうね、ちまちまやってるとぐだるんだよ!」
 しびれを切らした雷鳥が、後は任せた、と倒れた小林の横を駆け抜ける。
 あ、と言って、岡本が通り過ぎる雷鳥へ腕を伸ばそうとしたが遅かった。手が空しく風を掴む。
「オレも行くぜ!」
 警戒が疎かになったチャンスを捕え、奥州 一悟(CL2000076)が大きく開いた南側から突破した。腰をぬかした警備員の頭の上で、赤黒い刃を振り回す元晴に迫る。
「元晴! こっから先、お前の好き勝手にはさせねぇぜ!」
 一悟は振り向きざまに薙がれた刃を、とっさに身を屈めてかわした。壁が削り砕かれる音を耳で聞き、断ち切られた髪の先を目で追いながら、土の鎧を身にまとう。
 両慈に掛けてもらった清爽の効果が切れたわけではない。しかし、一悟は元晴の太刀を交わしながら、『破錠』によって解き放たれた力の凄さに怯えた。数時間前の元晴とは別人といってもよかった。肌をひりつかせる破滅のオーラから身を守るため、目に見えぬ風の加護を捨て、あえて土と石の鎧をまとったのだ。
 殺気の籠った一瞥を女隔者にくれてやるなり、『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262) は一悟の後を追った。
(「殺してやるッ! 百鬼ッ! 椿……元春ッ!」)
 友になれたかもしれない人の首を、目の前で切り落とされた。一悟が腕を引いて倒してくれなければ、もしかしたら一緒に首を切り落とされていたかもしれない。いや、自分の命はどうでもいい。ただ、奈央とともに微笑み浮かべて歩めたかもしれない可能性、未来への道先を、薄汚い刃に切り裂かれてしまったことが悔しくてならなかった。
「……許さない……許さない許さない許さない許さない許さない!!」
 あの時。怒りを込めて振り上げた拳は、叩きつける相手を失ったまま、流れてくる黒煙をまとわりつかせて震えるばかりだった。いま、その拳は憎悪で育てた蔦を握りしめ、憎き元晴の体から自由を奪わんとしていた。
「さあ、始めようぞ、お前様方! 気を張っていこうぞ!」
 ただし、泰然自若を心がけて。
 雷鳥に続いて百鬼の壁を北側から突破した樹香が、沙織のアクションよりも先んじて、鋭いとげを持つ蔦の種子を元晴目がけて投げつけた。
 種子は破れたシャツやズボンに付着するなり発芽して成長し、沙織が巻きつけた蔦と絡まりあいながら新緑の檻を作りあげていく。
「いつも以上に心に火をくべて、それでも頭は冷静に、動きは自然に、じゃよ」
 激情の火を心に燃え立たせながらも、樹香の紅い瞳は凪いでいた。冷静に、考古学研究所の建物が受けたダメージを推し量る。
「しかし……じゃ。壁をえぐって破損させ、血肉で飾りつけとは……。元晴よ、お前様、趣味が悪すぎるぞ」
 蔦の檻の中で、元晴が棘の与える痛みに身をくねらせるたび、ぴちゃぴちゃと、何かが壁や地面にへばりつく音が立った。
 よく見れば、元晴がとっさに覚者目がけて投げつけようと伸ばしたらしく、檻から突きだされた血まみれの生首が空中で揺れていた。頭蓋骨が壁に削られ、うねうねとした脳がめくれた皮膚の間から見えている。
「マジ、見ためいやすぎ……」
 雷鳥はげんなりした。
 効果が解けて、蔦の檻が静かに消えゆく。
「……まったく、ざまぁないとはこのことだね、何があったか知らんけど、あんたがそんな状態なのは腹立ちすぎるわ、そんな様じゃ文句言ってもわかんねぇじゃんかよ、好き勝手やっといててめぇをぶっ殺したいくらい憎んでる奴とか、歩み寄る気が合った奴無視してかってにへたれてんじゃねぇぞ元晴!」
 雷鳥は怒気を発して怖気を振るい落すと、元晴が自由を取り戻すまでのわずかな時間に、生首持つ手を狙って飛燕を放った。
 手の甲を切り裂かれた元晴は、小さく呻いて生首を落とした。
 落ちた生首は地面を転がって壁に当たり、横倒れになって止まった。
「ありがとうございますなのよ、雷鳥お姉さん!」
 『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が大声で感謝しながら、青い光を放つ氷玉を先につけたロッドを振った。
「そうはさせるか、なのよ!」
空へ飛び立とうとした岡本に神秘の力で固められた水のしずくをぶつけて落とす。
「いや別に、飛鳥が言っていたから狙い落したわけじゃ……」
 掛けられた声に振り返り、ぺこぺこと頭を下げる飛鳥を見た雷鳥は、肩から力を抜いた。
 本部へ戻る道すがら、飛鳥はしきりに使用体不明の生首に対して同情を寄せていた。その生首が、少し前まで戦っていた敵だと知らされても飛鳥の慈悲は変わらなかった。
 ――死んでまでそんな目にあうなんて可哀想なのよ。誰か、元晴の腕を切り落としてください!
 元晴に首が傷つけられないようにして欲しい、と懸命に走りながら言っていた。途中、血雨討伐から戻ってきた三名と合流すると、飛鳥は同じことを訴え続けた。
 そうだ。戦いの最中に無理な話だ、できればいいな、とすげなく返されて、しょんぼりとうなだれた小さな頭を、雷鳥は後ろから追いながら確かに見ていたのだ。
(「ま、いいか。これであの子の気が晴れたのなら」)
 雷鳥は意識を切り替えると、誰かれなしに襲い掛かろうとしている元晴へ顔を向けた。
「ちょっと! そこ、寝てろつーの!」 
 次々と抜けて行く仲間を追って走り出した零だったが、予想以上に小林の目覚めは早かった。むくりと体を起こし、やや刃先を波打たせながら両刃剣を振るう。
 零たちのすぐ前で、地面に亀裂が走った。
「ああ、もう! 二度も邪魔されて零は激おこプンプンだぞ!!」
「鳴神さん、ここは私たちに任せて行ってください!」
『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)が水礫を飛ばして起き上がった小林を牽制した。
 攻撃を受けて体をよろめかせた百鬼の横を、今度こそは、と零が全力で抜けて行く。
「え? ち、ちょっと、鳴神の姉さん! 行き過ぎ!!」
 零は元晴と元晴と戦う仲間たちに目もくれず、めくれ上がるスカートも気にせずに高く太ももを上げて更にスピードを出すと、腰の引けた警備員たちの横を突風のごとく通り過ぎていった。
 破錠して狂気に精神を蝕まれた元晴でさえ、零の行動にあっけにとられて動きを止めた。
「いまじゃ! 元晴の前へ回り込むのじゃ!」
 樹香の号令と同時に沙織が元晴の前に回り込むと、一悟もすぐに倣った。二人で瀕死の警備員の前に壁を作る。
「樹香、風祭さん、二人とも早くこっち側へ!」
「言うは易く行うは難し、じゃ!!」
 敵の突破を許して、いつまでも呆けているほど元晴は温くなかった。狂気に歪んだ顔に怒りで朱を刷くと、力任せに神秘で強化された日本刀を振り回しだしたのだ。
 勢い、真空の刃が無数形成され、四方に飛ばされていた。目に見えぬ刃によって、覚者たちの体はもとより、警備員たちが身につけた対能力者用に作られた強化プロテクターを易々と切り刻んでいく。
 背の後ろで上がる覚者たちの悲鳴を聞きながら、岡本は膝立ちになって素早く回復術を唱えた。自身と小林の傷を癒す。
「小林くん、下がって!」
 それを機にして、ファイヴ、百鬼の双方が、一歩後ろへ退いた。距離を取ったところで互いに戦闘体制を整える。
「いまなのよ。ころんお姉さん、行ってくださいなのよ!」
「ええ! 飛鳥ちゃん、みんなを頼むの。頑張ってね」
 『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)は、甘い香りのする毒衣を肩にまとわせると、闇より深き漆黒の長いドレスの裾を翻しながら百鬼たちの横を駆けぬけた。
「アンタは、ころんの仲間が素直に信じようとした人を、目の前で殺した。それだけで、許せない理由は充分なの!」
 正直、奈央のことは初めから信用していなかったし、可愛くない言動が鼻について、とうてい好きになれそうになかったけれど、それでも……。心に深々と棘が刺さっていた。小さいが、それはころんの心に無視できない痛みをもたらしていた。
 女の子にとって可愛らしくあることがいかに大切か。死んでしまったらもう、奈央に教えてやることができないのだ。あの子はあの愛想の欠片も見られない冷たく整った顔で、たった一人、地獄の鬼にケンカを売っているだろう。いらぬ怪我をしているに違いなかった。
(「バカなの。女の子は可愛く振る舞うだけで、得られるもの守れるものがたくさんあるというのに……」)
 ころんは唇を噛んだ。指が白くなるほど強くスティックの柄を握りしめる。
 ああ、今すぐ元晴を殴り倒したい。奈央の分も合わせて、煮えたぎった怒りとともにスティックを叩きつけてやりたい。
 だが、ころんは高々と掲げたスティックを、元晴に振り下さなかった。代わりに命を繋ぐ神秘の霧を発して、傷を負った仲間と警備員たちの身を包み込む。
「ここはころん達にまかせて、貴方たちは逃げてなの!」
 掛け声ひとつで警備員たちを叱咤して立たせると、ころんは樹香たちに目配せをした。
 元晴の攻撃が止まっていた。
 破錠してリミッターが外れ、スペックが格段に底上げされているとはいえ、さすがに日本刀を振り回し続けるにも限度があるらしい。
「さあ、早く行きなさいなの!」
 ころんが叫ぶと同時に、警備員たちは元晴に背を向けて走り出した。
「キッド!」
 零は守護使役からセキュリティーカードを受け取ると、磁気の帯を溝に差し入れた。勢いよく下へカード滑らせて引き抜き、通用口のドアを開く。
 振り返って、腕をぐるぐると大きく回しながら警備員たちを急がせた。
「早くはやく! 中に入って。――よし、避難完了。中から鍵をかけてちょうだい。ここまで来させないけどね」
 念のため、と言って零は閉じるドアの隙間へウインクを投げ入れた。
 樹香と雷鳥も肩で息をする元晴の横を大きく迂回して、一悟と沙織の横に並んだ。
「てめえ、なに破綻してんだよ……あんな風に妹の首を切り落としておいて、後から壊れるほど悔いたってか? ふざけんな!! 遅いんだよ!」 
 一悟が一歩前に踏み込んで、元晴に力のこもった一撃を放つ。目に見えぬ速度で繰りだされた拳が、空気を幾重にも畳み重ねながら突き進み、元晴の体を弾き飛ばした。
「小石さん、避けてくれ!」
 横へ逃げつつ、ころんはスティックの曲がった先で飛んできた元晴の足を引っかけた。
「えい、なの!」
 下から上へ。腕を振りぬいて引っかけた元晴の足をすくい上げると、甘酸っぱい濃厚な香りを夜に広げて青い花が咲いた。
 元晴は音をたてて背中から倒れると、そのまま力なく青い花とともに地面を滑った。


(「迎撃網を越えて考古学研究所にまで抜けてきたたった三人の敵。……しかし、どうにも奇妙な空気ですね」)
 首を振りふり立ち上がる元晴の背を小林と岡本の向こうに見ながら、冬佳は独りごちた。
 冬佳の知らぬことだか、百鬼たちはたった三人でここまでたどり着けたわけではない。同刻、覚者学生寮の近くで百鬼の別部隊がファイヴの覚者たちと戦っていた。ここでの戦いも学生寮附近の戦いも、紫雨の本隊から注意をそらす役割を兼ねている。
「何か……裏がありそうです」
 冬佳の独り言を亮平が拾った。
「うん。自責の念でこうなったとは思えないし、何だか嫌な予感がするね。ただの杞憂で済めばいいんだろうけど……」
 亮平は冬佳の独り言を『元晴の破錠』についてと受け止めていた。
「念の為、戦闘が終わった後ちゃんと調べておこう」
 何を調べればいいのか。ただ、短時間で元晴が変わってしまった理由が、奈央を殺した自責の念によるものとはとても思えなかった。
 破錠前の元晴と一度だけ戦ったことがある。妹の奈央とずっと別行動を取っていたこと、奈央について尋ねた時にはっきりと口にせずお茶を濁したこと、二つを合わせて考えると普段から兄弟仲はよくなかったようだ。しかも、報告では元晴は奈央惨殺後、これと言って感情を乱すことなく撤退しているらしい。
(「どう考えても、元晴の破錠は第三者が関与しているとしか思えない」)
 紫雨か? いや、あり得ない。自分たちと戦った直後なのだ。そんな時間の余裕はないだろうし、仮にも仲間思いを強調していた紫雨である。八尺を手に入れた今、戦力強化のために部下を破錠させるなんてことはしないだろう。
「来ます!」
 はっと顔を起こすと、両刃剣を大上段に構える小林の姿が目に入った。防御を取る間もなく、振り下された剣の斬撃を受ける。二連撃。隣にいた冬佳も攻撃を受けたらしく、膝をつくのが気配で分かった。
「ぼうっとするな!」
 にわかに激しい雷が起こり、辺り一面に轟音をとどろかせた。
 稲光がもたらした明かりが目に眩く、亮平は帽子のツバを下げて目をかばった。
「元春という男が何故破綻者となったかは知らぬが、遠慮も情けも掛けん。覚悟して貰うぞ」
 両慈のぎらつくような憎しみのこもった目は、雷で打った二人を通り越し、狂ったように日本刀を振り回している元晴に向けられていた。
「回復!」
「はい、なのよ!」
 飛鳥が癒しの霧を広げる。
 岡本も合わせたように癒しの霧を広げた。
 あたりが白く煙る。
 濃霧の夜を密やかに、風になった両慈が渡りゆく。百鬼の壁を越えて、元晴が振るう刃の下をかいくぐり、傷ついた仲間たちの元へたどり着いた。
 倒れていたころんの腕を取って起こすと、元晴に向き治った。
無言で睨みつけたまま、膝を曲げて腰を入れる。踵を地につけたまま滑らせ――両慈は舞った。
「風よ、吹け。汚れを払い、邪を退ける衣となりて我らを守り給え」
 演舞・清爽に続いてころんが仲間の回復にかかる。
 しかし……。
 元晴の暴虐は止まらない。四方から攻撃を受けてボロボロになりながらも、力任せに壁を切りつけ、大地をえぐり、伸ばした手で覚者を捕えては投げ飛ばす。
 元晴はいつの間にか、一悟によって吹き飛ばされた距離を取り戻していた。それどころか、通用口の近くまで覚者たちを押し下げている。
 どちらが劣勢にあるかは一目瞭然だ。
「私たちも急いで合流しましよう」
 冬佳が月の刺す青い光の中で銀の髪を広げ、両手で捧げ持った神刀を拝する。神秘の力を刀身に注ぎ込み終えると、紫水水晶の目が光った。
「――っ!!」
 断ち切られた岡本の両翼が地に落ちて、夜空に白い羽が舞い上がった。
「命までは取りませんゆえ――そこで大人しく待っていなさい」
「岡本……くそ!」
「おっと。すまないがゲームオーバーだ。キミたちはここで退場してもらう」
「ぬかせ!」
 小林の一撃を、亮平はナイフで受けた。剣を跳ね返された小林が体を立てなおす。
 亮平はナイフを突きだした。小林が上体をねじり、剣でナイフを受け流して銀色の光が交差した。
 小さな破裂音。
 赤い血の玉が空を舞い落ちる。
 ナイフを繰りだした亮平の腕の下で、ハンドガンの銃口が煙を吐いていた。
 信じられない、といった顔で血まみれの腹を見下す小林。直後、がっくりと地面に膝をついて倒れた。
「ごめん。鼎さん、彼らの手当を。……あとで聞きたいことがある」
「任せてなのよ。罪を憎んで人を憎まずという諺があるのよ。でも元晴は人でなしだから恨んで殴ってもいいのよ!! あすかの分も、元晴を殴ってきてください」
 百鬼二人の拘束と手当を飛鳥に託し、亮平と冬佳は駆けだした。


 死角をついて雷鳥が流星のごとく白銀の槍を繰りだす。槍先は元晴の左の太ももを切り裂いた。
 集中力を乱された元晴は、肥大して青く血管の浮いた太い腕を降ろした。
「おらっ! とっとと正気に戻りやがれ!」
 すかさず一悟が炎をまとったトンファーを鳩尾に叩き込む。
 樹香が体を折った元晴を茨の蔓で縛り上げた。
「よし、動きを止めたぞ! いまだ、叩き込め!」
 両慈の号令でみんなが一斉攻撃を仕掛ける中、沙織はそっと列を離れて闇にまぎれた。
 一悟が元晴に近づく。
「オレたちと最初にやりあってからそんなに時間がたってねえ……一体お前に何があったんだ! 一緒に逃げた連中はどうした!?」
「あ……? うっ……なか、ま……一緒に?」
「そうだよ」
 元晴はまるでいま目が覚めたかのように目を瞬いた。一悟の顔をじっと凝視していたかと思うと、すくと腰を伸ばし、口を半開きにして辺りを見回す。
「ここ、は? オレは……一体? お、お前は……」
 自分を取り囲む者たちの中に零の顔を見つけると、そのまま固まった。
「ハイ♪」
 零は片手を上げると、静かな悲しみを湛えた大きな目を細めて微笑んだ。
「久しぶり、見ない間に随分と……その…残念だよ」
 破錠した君と再会するなんて思ってもいなかった。それもたった数時間後に、と零が唇を噛む。
元晴は首を傾げた。
 あんたは狂っていたのよ、ところんが告げる。
「元晴……。実の妹すら平気で殺すようなアンタが、いったい何をすればそんなに狂えるの?」
 元晴はまた目を瞬かせた。手で額に落ちた髪をかき上げ、そしてその手のひらについた血を見る。
「血。血だまり……首が……ああ、紫雨の手伝いに行かなきゃ……そこをどけ! 首を、何も、ない? ……や、め……く、喰われる! あ゛あ゛闇に飲ま――しグれぇぇェぇ!」
 次の瞬間、元晴の顔が歪み赤黒く染まった。首の筋をたてて獣のような咆哮をあげる。口の端から糸を引いて、血の混じった唾液が流れ落ちる。
 理性の糸がぶっつり切れて、元晴が永遠に狂気の淵に沈んでしまったことを、覚者たちは理屈ではなく本能で悟った。
 ――だからといって!!
 あっさり手放してなるものか。頭上に振り下された拳を大太刀鬼桜の刀身でしかと受けとめて、零が叫ぶ。
「そんなのでいいの!? 本当に君は、そんな姿でもいいの!? あの日、君は紫雨の事熱く語ったじゃない、あれは嘘じゃない、確かに君の想いだったよ。でも、これから破綻が進めば君は、いつしか紫雨の敵になるじゃない!!」
 だから戻れ、正気に戻れ。まだ、きっと戻れるはず。紫雨のために、帰って来い。
「君がこのままなんて許さないわ!!」
 だけど。
 零の声は届かなかった。
 腹に受けた蹴りの痛みよりも、元晴を救えなかったことが痛い。
 蹴り飛ばされて転がって。
 零は流れる涙を隠すように、黒狐の面を顔につけた。
「だ、駄目だ。持ちこたえられない!」
 両慈ところん、冬佳が必死に仲間たちを支えても、荒れ狂う破錠者の攻撃を完全におさえきれなかった。
 樹香が体に巻きつけた棘蔓をあっさり千切り落とし、亮平と一悟をふたりまとめてなぎ倒す。
 二人が倒れた僅か先に、考古学研究所――ファイヴ本部の通用口が見えていた。戦える覚者はすべて街へ出ている。いま、建物の中にいるのは夢見と武装した一般人だけだ。
「元晴っ!!」
 零が鬼桜を振りぬいて気弾を放った。背に当たって骨を打ち砕くが、元晴の足は止まらない。
 雷鳥の中でなにかが弾けた。
「街はともかくここが潰されたら、それこそ娘を探す手段が減る、何よりこれ以上好きにあらされるのは本気で腹が立つんだよ!」
 時が蜜のように引き延ばされる。蹴るたびに足の下で大地が縮まる。光が、後ろへ流れていく。コマ送りの世界の中で、自分だけがなめらかに動いている。
 鼓動一拍の合間に、雷鳥は元晴の前に躍り出ていた。
「ここから先は行かせるか!!」
 執念に眼を光らせて、雷鳥は異様な気迫がみなぎった全身で元晴の突進を止めた。
「は、は、ははは……」
「何、笑ってんだい! ……ってあんた?」
 見上げた先にニヤつく元晴の顔かあった。
「どすこい姉ちゃんといい、アンタといい……ファイヴの女はおっかねぇな」
「元晴!? よかった。お帰り!」
 零が狐面を跳ね上げて駆けだした。
「待て! 様子がおかしい!」
 冬佳が叫ぶ。
「いかん! 離れるのじゃ!」
 一悟が零の後を追った。
 重なって腹を貫かれた奈央と沙織の姿が、元晴の背中に透けて重なる。
 亮平も立ちあがって駆けだす。
「……いい女だ。乳もでけえし。なあ、アンタ。オレと一緒に死のうぜ。闇に飲まれる前に」
「はあ? 何を訳の分からないことを――」
「一人は寂しいんだよ」
 攻撃に巻き込みも構わず、両慈が雷獣を天より招き落としたが時すでに遅し。
 元晴は抱きしめるように、雷鳥の背中から日本刀を突きたてて貫いた。抜けた刃が雷鳥と元晴の体を一つにつないでいる。
「ころん、フォローするの!」
 ころんが癒しの滴を雷鳥の頭上にしたたらせた。
 零が後ろへひかれた元晴の腕に飛びつく。
「これで仮面……いいや、紫雨に……褒めて……笑って、もらえる……か、な?」
 腕に零をぶら下げたまま、元晴は固めた拳をセキュリティーパッドに叩きつけた。
「元晴ー!」
 一悟が元晴の首に腕を回して後ろへ強く引いた。背に足の裏をつけ、背骨とともにへし折ろうとする。
「地獄の淵で奈央が待ってるぜ。とっとと詫びに逝きやがれ!!」
 零は腕から振り落とされるとすぐさま立ち上がり、まだ日本刀を握りしめる元晴の腕を切り落とした。
 亮平が倒れる雷鳥の体を支え、樹香が後ろに回って体に刺さったままの日本刀を元晴の手首ごと引き抜いた。
 樹香が癒しの滴で回復にかかる。
「気を確かに。いま傷を癒します」
 元晴は首を折らんばかりの勢いで激しく体を揺すり、一悟の腕を振りほどいた。
 狂気というのは正気な人こそが表せる一瞬の感性であり、壊れ切った者に見せられるものではない。
 振り返った元晴の顔には何もなかった。
 狂気はおろか、怒りも、悲しみも、怯えも、何もかも――。
 壁で爆ぜる電気の音に胸を打つ鼓動が重なる。
 名状しがたい恐怖が静かに地を這い、覆い尽くしていく。
「これは奈央お姉さんのぶんなのよ!!」
 生じた空白を破り、飛鳥が両慈と樹香の間から飛び出してきた。
 怒りとともに猛の一撃を叩き込む。
 伽藍洞の元晴はよろめきながら覚者たちの輪を外れ、光の外で膝を崩した。
 生への未練だけは残っていたのか、はたまた何者かが繰ろうと試みているのか。元晴は影の中で腕をついて足掻く。
「さあ、そろそろ観念してもらうぞ、元晴。お主の首を、置いて行ってもらおうかの!」
 樹香の言葉を導かれるようにして、闇の中から双刀・鎬を携えた沙織が姿を現した。
(「駄目だ。いま、殺しちゃいけない。破綻してわけがわからなくなっている元晴を殺して、それで……それで気が晴れるのか!?」)
 このまま殺してしまえば、沙織の心は憎しみの檻に捕らわれて、永遠に明るい光を失ってしまいかねない。
 亮平は、雷鳥の体を冬佳に預けると、沙織と元晴の間に割って入ろうとした。
「……わりい、阿久津さん。沙織にやらせてやってくれ。やらなきゃなんねぇんだ、どうしても」
 一悟が腕を広げて道を塞いだ。
「うむ。……ここでこの男を止めるのじゃ。ワシ等の為にも、奈央の為にも、の」
 それが正しきことかどうか、樹香にも分からない。しかし、奈央の死を見取ったものとして、元晴とははっきりとした決着をつけねばならなかった。
「この外道に止めを刺す役は絶対に誰にも渡さない」
 沙織の中で狂気と憎しみはあまりに複雑に絡み合い、密着していて、もはや区別することはできない。正気の時には思いもよらぬ猛々しい殺人衝動が魂を燃え立たせる。
 元晴の胴を抜き、顔面を割り、残った腕を斬り落とし、頭蓋管を叩き割ってやった。阿鼻叫喚の断末魔の声を聞きながら、元晴の後ろへ回り込む。
「お前が! 奈央さんにやったと同じように首を刎ねてやる!!」
 沙織は慟哭とともに束ねた二振りの刀を鋭く薙いだ。
「奈央さんの仇……!地獄で詫び続けろ! 椿 元春ッ!!」
 吹き上がる鮮血で顔を濡らしながら、沙織は虚ろな目で地に転がった憎き男の首を見下した。


 飛鳥は声もなく涙を流し続ける沙織の腕を引いた。
「一緒にメロンパンを買いにあのベーカリーに行くのよ……。奈央お姉さんに……お供えしましょう」
 飛鳥はいつの間にか、脱いだ上着に生首を包んで、服が血で汚れるのも構わず
抱きかかえていた。
「この人も一緒に。手を合わせてあげるのよ。ね、行きましょう」
「この力で誰かを助けられる……ヒーローになれると……勘違いしていた。結局この力は……ただの薄汚い暴力で……友達を守る事さえできない」
「それは違うのよ。沙織ちゃんは五麒の街を救ったのよ。大勢の人を助けたのよ。奈央お姉さんも、ちゃんと分かっているのよ」
 小さな手から伝わるぬくもりと優しさに触れ、沙織は頭を垂れた。
「それなら……私は修羅になろう……敵を、隔者を殺す……刃になろう」
 飛鳥に腕を引かれるまま、沙織が去っていく。
 見送る亮平の心は複雑だった。
「……お前様の気持ちも分かる。しかしの、一悟が言うたとおり、止めてはならぬことがあるのじゃ。なに、沙織は大丈夫。万が一にも隔者になるようなことがあれば……いいや、我らファイヴの仲間じゃ。そうならぬように支えてやろうではないか」
 零が元晴の体を倒し、頭を繋いでやった。
 亮平は無言で樹香の傍をはなれると、亡き骸の前で手を合わせる零の横にしゃがみ込み、帽子を取って手を合わせた。
 腹に腕を回した雷鳥が、樹香の肩にそっと手を置いた。
「――で、そっちはどうだった? 何かわかったか」
 両慈が聴き取りから戻ってきた冬佳に声をかける。
「いいえ。紫雨に命じられて元晴たちのところに出向いたときにはもう……破錠していたようです。ただ、その時にはかろうじて元晴と意思の疎通ができていたので、命令どおり襲撃に出たといっていました」
「……これからも情報は得られなかった」
 いつの間にか亮平が赤刃の日本刀を携えてきていた。
「良いこしらえだけど、ごく普通の……日本刀だ」
「一体、元晴に何があったんでしょうね?」
「さあ、の。いずれわかるじゃろう」
 夜気を震わせて、警報が鳴り響いた。
「まじか……」
 一悟がウンザリとした顔でため息をつく。
「第二波……おそらくは紫雨本隊がやってきたんだろう。いくぞ。悩んだり悲しんだりするのは後にしろ」
 両慈が街に向かって駆けだすと、みなが後に続いた。

 ただ一人。
 ころんはその場にとどまって、元晴が残した言葉を拾っていた。
(「仮面……仮面……。仮面の男だか女だかって、ノーフェイスと関係あったりするのかしら?」)

 答えはまったき闇の中――。




■あとがき■

みなさんの活躍により百鬼のファイヴ本部への突入は阻止されました。
息つく暇もなく紫雨との決戦が迫っています。
さあ、頑張って!

追伸:
魂を燃やして元晴をを阻止してくれた貴女にMVPを送ります。




 
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