妖の縄張り
●冒険の代償
パパとママの言うことをきかなかったのがわるい。
でも、どうしても見てみたかったばしょがあって、そこに妹のゆりといっしょに行ったんだ。
いまはつかわれていないっていう、団地。
何があるか分からなくて、でもそれが何だか気になって。ぼうけんしたくて。
どうしてもついてくるっていうゆりの手をひっぱって、ボクはそこに行ったんだ。
だから、わるいのはボクだけなんです。
目のまえで、ネコがバリバリ音を立ててたべられている。
パパよりも大きい、大きいイヌと、同じくらい大きな、トカゲがネコを取りあっている。
さっきまでゆりがかわいいねって言ってたネコがたべられている。
まっ赤な目がぎょろりってうごいて、ボクたちを見た。
ああ、神さま。わるいのはボクだけだから、だからおねがいします。
ゆりはたべないでください。
●幼い命の灯を
「皆、急いで現場に向かって欲しい事件がある! 協力が必要なんだ!」
いつにもまして焦っている様子で、夢見である久方 相馬(nCL2000004)が集まった覚者達に向かう。
「AAAが隔離し、対応を考えていた妖の出現領域……縄張りに、小さい子供が入り込んじまってるんだ!」
相馬は説明を続けながら、彼が念写して映し出した複数の妖の写真を見せる。そこには小麦色の大型犬の姿に類似した妖の姿と、壁に張り付いて長い舌を垂らしているトカゲに似た妖が写っているのだが、どちらもその大きさは他の建物と比較して3~4mはあると思われ、異様さを醸し出していた。
「こいつらはどういうワケか共棲していて、周囲の団地街一辺を縄張りにして活動してたらしい。AAAは俺達への協力要請も含めて対策を講じている最中だったんだが、事態が大きく変わっちまった!」
続けて相馬が入り込んだとされる子供達の写真を提供する。どちらもまだ小学校低学年といった年頃の少年少女で、名前をそれぞれ木下いつき、木下ゆりという兄妹。
「小さい子特有の好奇心が暴走しちまった結果みたいだったんだが、そのお代が命なんて、俺は認められない! だから……皆の力が必要なんだ」
相馬が言う。真っ直ぐな目で。
「妖はどちらもランク2、地の利も向こうにあるから、ランクだけじゃ測れない力を持っていると思う。だから今回、討伐は依頼には含まないぜ。あくまで子供達の救出が任務だ」
彼らが全力を尽くして勝てない相手だとは思っていないが、幼い子供を守りながらとなると話が違う。子供を逃がすにしても、その間の消耗は避けられないだろう。その上で妖の討伐まで行って欲しいとは、この場にいるスタッフの誰もが思っても口には出さなかった。
「子供達の命は皆の肩にかかってる。よろしく頼む!」
相馬の必死な声が、事態が急を要する事を告げていた。
パパとママの言うことをきかなかったのがわるい。
でも、どうしても見てみたかったばしょがあって、そこに妹のゆりといっしょに行ったんだ。
いまはつかわれていないっていう、団地。
何があるか分からなくて、でもそれが何だか気になって。ぼうけんしたくて。
どうしてもついてくるっていうゆりの手をひっぱって、ボクはそこに行ったんだ。
だから、わるいのはボクだけなんです。
目のまえで、ネコがバリバリ音を立ててたべられている。
パパよりも大きい、大きいイヌと、同じくらい大きな、トカゲがネコを取りあっている。
さっきまでゆりがかわいいねって言ってたネコがたべられている。
まっ赤な目がぎょろりってうごいて、ボクたちを見た。
ああ、神さま。わるいのはボクだけだから、だからおねがいします。
ゆりはたべないでください。
●幼い命の灯を
「皆、急いで現場に向かって欲しい事件がある! 協力が必要なんだ!」
いつにもまして焦っている様子で、夢見である久方 相馬(nCL2000004)が集まった覚者達に向かう。
「AAAが隔離し、対応を考えていた妖の出現領域……縄張りに、小さい子供が入り込んじまってるんだ!」
相馬は説明を続けながら、彼が念写して映し出した複数の妖の写真を見せる。そこには小麦色の大型犬の姿に類似した妖の姿と、壁に張り付いて長い舌を垂らしているトカゲに似た妖が写っているのだが、どちらもその大きさは他の建物と比較して3~4mはあると思われ、異様さを醸し出していた。
「こいつらはどういうワケか共棲していて、周囲の団地街一辺を縄張りにして活動してたらしい。AAAは俺達への協力要請も含めて対策を講じている最中だったんだが、事態が大きく変わっちまった!」
続けて相馬が入り込んだとされる子供達の写真を提供する。どちらもまだ小学校低学年といった年頃の少年少女で、名前をそれぞれ木下いつき、木下ゆりという兄妹。
「小さい子特有の好奇心が暴走しちまった結果みたいだったんだが、そのお代が命なんて、俺は認められない! だから……皆の力が必要なんだ」
相馬が言う。真っ直ぐな目で。
「妖はどちらもランク2、地の利も向こうにあるから、ランクだけじゃ測れない力を持っていると思う。だから今回、討伐は依頼には含まないぜ。あくまで子供達の救出が任務だ」
彼らが全力を尽くして勝てない相手だとは思っていないが、幼い子供を守りながらとなると話が違う。子供を逃がすにしても、その間の消耗は避けられないだろう。その上で妖の討伐まで行って欲しいとは、この場にいるスタッフの誰もが思っても口には出さなかった。
「子供達の命は皆の肩にかかってる。よろしく頼む!」
相馬の必死な声が、事態が急を要する事を告げていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.木下兄妹の生存、及び団地街からの脱出
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
みちびきいなりと申します。
今回は危険な場所に入り込んでしまった子供の救助が任務です。
妖を討伐する事も出来るかもしれませんが、その際は難易度:普通では収まらないでしょう。ご注意を。
●舞台
AAAが隔離している団地街。十二の団地が軒を連ねる空間です。
時刻は昼過ぎ、日はまだ明るく差しています。
●救助対象について
木下いつき(8)と木下ゆり(6)。兄いつきと妹ゆりの二人が救助対象です。
二人は弱体し管理者不足となってしまっていたAAAが隔離する団地街へと、好奇心の赴くまま入り込んでしまいました。
この二人の生存と縄張りからの脱出が、依頼成功の決定的条件です。
●敵について
ランク2の動物型に属する妖2体。それぞれ大型犬型の『金犬』とトカゲ型の『長舌』。
2体は共棲関係にあり、団地街のある程度の範囲を同じ縄張りとして共有し、中に入った獲物を喰らっています。
また狩りの際、金犬が前、長舌が後に列をなして構える事がAAAの資料により判明しています。
この2体の連携に戦えない者を守りながら勝つことは難しいでしょう。
以下はその攻撃手段です。
『金犬』
・噛み付き
[攻撃]A:物近列・鋭い牙で噛みつき大ダメージを与える。
・遠吠え
[攻撃]A:特遠敵全・猛り盛る遠吠えを響かせ敵を怯ませます。【ダメ0】【鈍化】【痺れ】
・共棲関係:長舌
[強化]P:自・【猛毒】状態の対象を含む攻撃を行なう場合攻撃力UP。
『長舌』
・引き寄せ
[攻撃]A:物遠単・舌を絡めて対象を前列へ引き寄せます。【ダメ0】
・粘液
[攻撃]A:特遠単・猛毒を持った粘液を吐き出し中ダメージを与えます。【猛毒】
・舐め回し
[回復]A:特近味単・舐めまわして傷の治療を行い小回復します。BSリカバー:中確率
救助対象を難敵から如何にして助けるか。あるいは……
何を目標として戦うかによってするべき事の大きく変わる可能性のある依頼です。
目的、成功条件を忘れず、覚者達の連携が重要となります。
如何にして勝つか。覚者の皆様、どうかよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年03月14日
2016年03月14日
■メイン参加者 8人■

●踏み込む
AAAによる封鎖区画、その一角に作られたフェンスゲートに八人の男女が駆け寄る。
「話は窺っています! この度は……」
「そういうのは後でいい、ゲートを開けてくれ!」
失態を演じた監視員の言葉を差し止め『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)が若々しくも年季の入った怒声をあげた。
烈火の如き気迫に監視員は目を張り、慌ててフェンスゲートを解放する指示を出す。
「おし、行くぜ!」
フェンスゲートが開き切るよりも早く、駆達は封鎖区画へと踏み込んでいく。それ程までに彼らは時が惜しかった。
「急ぎましょう」
「うん。……遥夜!」
天野 澄香(CL2000194)の声に呼応して、『凛の雫花』宇賀神・慈雨(CL2000259)が己の守護使役を空へと送り出す。
「くそ、かなり広いな」
獣の因子により発現した狐の耳尾を吹きつける風に揺らしながら、御白 小唄(CL2001173)は請け負った依頼の困難さを目の当たりにする。
封鎖区画に潜り込んでしまった幼い兄妹の救助。だが、それを成すには彼らの視界に映る空間は広く、人の消えて久しい団地街には年月特有の古錆びた気配と、未だここに健在の妖がいるという薄暗い雰囲気が漂い、一筋縄ではいきそうにないと誰にも思わせるだけの重圧があった。
「……なんて、弱気になっても駄目だよね。何としても助けるんだから!」
しかしそれでも、小唄を始め誰一人として足を止める者はいない。
「時間との勝負っすね」
「早く、見つけて……助けてあげなきゃ……」
呟く『決意の鉄』松葉・隆五(CL2001291)はその手に持った双眼鏡を強く握り、『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)もまた、己の使命を言葉に、そして心に刻む。その言葉はこの場に纏まる全員に澱みなく伝わっていた。
「この辺……はまだ痕跡はない、か。それもそうか、ゲート見えてる訳だし」
「AAAも妖の縄張りから更に広い空間を封鎖してるでしょうし、まずは中心部へ行かないとですね」
『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121)が己のブーツが泥塗れになるのも気にせず走る隣、リュックを背負う賀茂 たまき(CL2000994)もまた、その重さを物ともしない健脚で追走する。
凶暴な妖の領域へ、迷う事無く飛び込んでいく。全ては幼い二つの命を守るために。
●捜索行
この広大な土地でいかに早く目的を達成するか、そのために覚者達は皆努力を怠らなかった。
「あのゲート、多分人除けのためって意味合いの方が強かったんでしょうね」
「この広い土地をカバーする人員は、今のAAAさんに用意できなかったってわけっすか」
「それもあったかもね」
子供達の隠れられそうな建造物の隙間や通路、草陰などを探す山吹と隆吾。山吹の見立てでは妖の巨体からして大よそ外で活動していると踏んでいる。
「……まさかトラップとか仕掛けてないっすよね? AAAさん」
「仕掛けてる暇とかないんじゃないかな? ミュエル、こっちは外れ」
建物傍の地面に足跡などの痕跡を見つけられなかった山吹は、この場にいないミュエルに声を掛けた。
だがミュエルはそれをしっかりと聞き受け、覚者達へと伝達する。
(「……山吹さん達からは以上かな。澄香さんは……どう?」)
ミュエルからの送心を受け、澄香もまた意識を向け返す。彼女は今、野ざらしに生えている草花の記憶を辿ろうとしていたのだが――
「ごめんなさい、記憶を辿るのは難しそうです」
その返事は芳しくない。子供達や妖が通過した記憶が読み取れればと期待していたが、草木は何も澄香に応えてはくれなかった。
「大丈夫、足りねぇ分は足で補う!」
「おうさ! へへっ!」
表情を曇らせる澄香に力強い声を掛けたのは言葉通りに自前の足で労働力となり、広範囲をカバーしている駆と小唄だ。同じく足で稼いでいるたまきも合流し、再び散り散りに全体が纏まって動ける限界範囲で探索を再開する。
纏まって動く覚者達は一歩ずつ、しかし確実に捜索を進めていく。
しばらくして、高所から広域調査を行っていた慈雨の目が不意に鋭くなる。彼女はより高みへ飛んだ相棒の眼も借りて、視線よりも遠くを見つめていた。
同じく空へ舞い彼女の視界のカバーに入っていた澄香へ、慈雨は声を掛ける。
「大きな気配があるね。天野の目でも確認できる?」
「! どこでしょうか?」
慈雨の言葉に澄香は緊張の面持ちで彼女の指差す方向へと視線を向け、
(あっ!)
そこで確かに見た。団地と団地を繋ぐ道路を駆ける大きな影を。
目を見張る澄香を確かめ、慈雨は意識して声をあげる。
「明石、見つけたよ。あれは……金犬! それも、ちょっと急がないとまずいかもしれない!」
発見の報はすぐさまミュエルを通じて覚者達へと伝達される。彼女の言葉は、彼らの足を急かすのに十分だった。
「金犬……迷いなく移動してる。多分そこに……子供たちも………!」
フェンスの向こうに建物が並んでいるのが珍しかった。最初はそれだけだった。
色々な所からそれを眺めていれば満足できていたはずなのに、それを見つけてしまったのが運命の分岐点だった。
草むらの中に見えた、動物が通り抜けたりなどして出来たのだろうフェンスの破断。
子供なら通れるその空間が、まるで異世界からの招待状のように思えて、もう我慢できなかった。
その結果が、これだった。
「おにいちゃぁ……」
大声で泣くことも出来ずに弱々しく服の袖を掴む妹のおかげで、兄であるいつきは正気を保っている。
それでも神に望まずにはいられなかった。罰を受けるべき自分ではない、妹の生還を。
「た、たすけ……」
幼い少年の声はあまりにも小さく、響かない。目の前の怪物を止めることも叶わない。
トカゲの怪物は千切れたネコの死肉を飲み込み、視線をこちらへ向けた。後を追うように現れた犬の怪物もまた、こちらに気づいている。
今度は自分の番だとばかりに犬がトカゲに先行し、その大口を開け牙を――
「……っああああああああ!!」
「だっしゃあああああああ!!」
突き立てようとしたその瞬間、二人の前に影が二つ飛び込んだ。それらは幼い兄妹に代わり鋭い牙をその身に受け、しかし弾かれることなく大地を踏みしめその場に止まる。
大小二つのその影はそれぞれに痛みの声をあげながらも、確かに怪物へ相対した。
「こっちです!」
それとほぼ同時、兄妹に声を掛け、手を引き、後ろへ庇う少女が現れた。
「怖いのによく頑張りましたね。私達が来たからもう大丈夫です。必ず、助けてあげますから!」
力強く、そして優しい言葉と、何より彼女の放つ安らぐ気配に、兄妹は思わずしがみつく。それを優しく受け止めた少女――たまきは前に立つ二つの影、小唄と駆に、そしていずれ来るだろう仲間のために声を張る。
「対象、確保ぉーーーーーーーー!!」
●絶対救助
たまきの声にいち早く反応を返したのは妖側、長舌だ。
近くの団地の壁に跳ねあがり手足を押し付け貼り付くと、その長い舌を鋭く伸ばして襲い掛かる。
「くっ!」
背後に子供達を抱えるたまきは避けるわけにいかない。真正面から符を打ち込み抵抗するも、舌はぬるりと滑り交わすままたまきの腰を絡め取る。そして次の瞬間、彼女の体は高々と宙を舞っていた。
「っとぉ!?」
それに対応を求められたのは駆だ。投げ捨てられたたまきは狙い澄ましたかのように彼へと吸い込まれていく。
「駆先輩! ガードして!!」
その一方で小唄の声が響く。駆とたまきがぶつかるまさにその瞬間、もう一体の妖、金犬が大きな口を開いていた。
「こなくそ!」
放り出されたたまきのリュックを手で受け止めながら、駆は突き立てられる牙に鉈の腹を構える。衝撃が来た。
直前、小唄の鋭い蹴り上げが金犬の肩に当たっていなければ直撃だったそれの威力は凄まじく、三度目は受けたくないダメージだった。
「……くはっ」
ギリギリのところでガードを間に合わせた駆はまだしも、不安定な姿勢だった上に守りを固めきれていないたまきには辛い一撃になり、彼女の口から嗚咽が漏れる。
発見から全速力で戦場へと駆け込み木下兄妹の確保に成功した韋駄天足の三人ではあるものの、二体の妖を前にして状況は予断を許さない。
壁に貼り付いた長舌が暴れる金犬を盾にしながら獲物を狙う。獣の本能に従った定石通りの、弱者狙いだ。
「ひっ!」
兄妹は、たまきの声掛けのおかげでようやく立ち上がりこそしたが、恐怖に足が震え動けなくなっているようだった。
逃げなければいけない。けれど、逃げられるわけがない。
そんな葛藤に兄いつきが陥り俯きかけた時、小唄が吼えた。
「お兄ちゃんなんだろ! ちゃんと妹を守るんだ!」
ハッとして顔を上げる。その視線の先で子狐が跳ね、金犬へ二度目の蹴りを叩きこむ。
「走れーー!!」
言われるままにいつきの体が動いた。妹の手を引き、全速力で走る。
彼の背後で何かの吐き出される大きな音がした。それでもいつきは止まらなかった。
「助けると言いました!」
たまきの声と、衝突音。直後に聞こえる誰かのむせぶような声。けれども兄は妹を守るために走った。
それでも、兄妹は長舌の射程から逃れられない。
赤い目は逃げる獲物を真っ直ぐに見つめて、再び舌を伸ばそうと口をもごつかせる。
その意識の隙を二人は突いた。
「天野!」
「はい!」
急降下。黒い翼が羽を撒き散らし堕ちてくる。それは妖の死角、真上から現れて真っ直ぐに木下兄妹を捉えた。
足の早い韋駄天足に次いで、遮蔽物なしに直線移動の出来た慈雨と澄香が間に合った。二人は事前に示し合わせていた通りに子供達を分担し抱え上げると、そのまま地上に降りる事なく飛行を継続する。
突然の奇襲に獲物を見失った長舌が怒りに暴れ、壁を叩く。みしりとコンクリートにヒビが入った。
そんな様子には目もくれず、二人は最大速度で戦場から離れていく。妖の領域からこの兄妹を救い出す事が最優先だった。
だがそれでも、二人の表情は暗い。
「先行した三人の消耗が激しいね。分かってはいたけれど……」
「……急ぎましょう」
今は考えていても仕方がない。この手に抱きしめている温度を、何としてでも救わねばならないのだから。
二人は一際強く羽ばたいて飛んだ。
●共棲する妖
「っがあああ!」
蔵王を展開し土を纏った駆が正面から金犬にぶつかる。爆裂掌、その火力が爆発力へと転換され、金犬の腹で弾けた。
「たまき先輩、毒は?!」
「……まだ、大丈夫!」
その隙に小唄が長舌と間合いを取りあい、たまきが毒に冒されながらも錬覇法により力を引き出し、火力を高める。
二体の妖は獲物を切り替えた様子で、今は弱り出している三人を真っ直ぐに見つめていた。
技を活用して、守りを固めて不利。三人の疲労は限界に近い。が、ここに来てついに後続が追いつく。
「ギリギリって所かな?」
「駆さん、ガード入るっす! ミュエルさん!」
「!」
戦闘展開が可能な距離になった所で山吹がたまきと同じく錬覇法で力を引き出す。その間に隆五が特に怪我の酷い駆を庇いに入り、ミュエルが最前線で金犬とぶつかっていた二人の傷の治療を行う。
「子供たち……は、二人が連れていった……んだよね?」
「はい! この路地の向こうから抜けていったんで、送心ももうしばらくで来るかもです!」
「わかった」
傷を癒すのも程ほどに、ミュエルは撤退した二人からの送心を正確に受け止るべく戦場を少し離れる。
「っしゃあ! もうひと頑張り!」
「いったん下がるよ!」
息を吹き返したように気合を入れる駆と初撃を耐えた隆五に前衛を任せ、小唄がいったん下がりローテーションを形作る。
合わせるように間合いを取った山吹は、戦局から、動きから、手に入れられるあらゆる敵の情報を探り始めた。解析を進める間も、彼女は折を見て駆の前に飛び出す。本来の用途など知ったことかと術符式のガントレットで思い切り金犬の腹を殴る様は、華奢な体付きからは想像もつかない豪快さであった。
(長舌、たまに攻め手を緩めてる? 何のために? 回復……いや、様子見……なるほどね)
解析の目に晒される長舌が猛毒の粘液を飛ばす。だがそれを受けたのは山吹ではなく、
「食い過ぎは体にわりぃっすよトカゲさん、どうしてもってんならまず俺からでしょう」
機械化した手足で守りの構えを取り、更に外殻を土でコーティングした隆五だ。食いでのなさそうな機械と土の守りに、金犬は悔しげな唸り声を上げた。
「ありがと、おかげで読めたかな」
身の安全を確保され時間を稼ぐことに成功した山吹が、遂に確信を持って口を開く。
「ブレインはアンタね、長舌。金犬の領域に寄生して、上手いこと利用してる関係ってわけか」
「っつーことは?」
「戦術の要は長舌の方。だから、そっちを警戒してれば変な連携はされにくくなるっしょ」
「なるほどっす!」
「咆哮来るよ」
山吹の指摘した直後、金犬が吠える。が、数秒の機先が覚者達にそれへ備える時を稼いだ。
高らかな遠吠えが響き、或いは怯みすくみ上るかのような音は、的確なタイミングで身構えていた彼らには通じない。
金犬の行動に合わせて長舌が前衛に立つ駆へと粘液を吐きつけようとしたが、彼はそれを鉈を振って身を反らし直撃を避ける。
妖達の淀みのない連携に、ほんの微かなズレが生じ始めた。
「手品のタネは明かした……けど」
しかしそれでも、地力が違う。
「ガッハッ……意識、飛んだか?」
「駆先輩、僕と代わって!」
「引き寄せはさせねぇっすよ!!」
交代を阻害しようとする長舌の行動に割り込み、隆五が断つ。が、それは同時に彼が前衛に立ち続ける事でもあり。
「……ぐ、ぁ」
突き下ろされる金犬の牙が隆五の肩に思い切り突き立った。後続組もまた先行組を庇いながらの戦いになるためか激しく消耗していく。
損耗は覚悟の上、二つの命を救うために体を張った結果の名誉の負傷だ。しかし、
「……引き時、ですかね」
たまきが呟く。符を大地に投げうち放つ牽制の岩槍で、仲間を守る僅かな時を稼ぎながら。
「どうせなら倒せる方がって思ってたけど、流石にね」
山吹がその言葉を拾い、頷きを返した。
子供達は慈雨と澄香が救助した。敵の足止めを継続しているチームは全員大小傷を負っている。
敵にはいくらかのダメージを与えたが、健在。
少なくとも勝つまで戦うという選択肢は既に、ない。
(「戦域離脱、確認……したよ!」)
作戦目的の達成を告げる強い意識が届くのと、前線が撤退を決めたのはほぼ同時だった。
●脱出
その後、覚者達は全力で逃げの一手を打っていた。
「小唄、上!」
「! っくぁぁぁぁぁ!!」
山吹の声に小唄が跳ねる。地面を思い切り転がり無理矢理方向を変えれば、直前まで彼の居た所に金犬が降ってくる。
「機動力与えたら壁まで跳ねていくのかよあいつは!」
「救いは長舌がちょびっと足遅いおかげで連携とられなくなったことっすかね!」
「回り込まれてるかもしれないですから、安心はできませんよーー!」
「なら縫い付ける!」
時折駆が脚を止め貫通する波動弾を放ち二匹を牽制して時を稼ぐも、それすらもう数は打てない。
妖を振りきれずにいた彼らだが、助けの手は届いた。
「宇賀神さん……!」
「ええ」
合流したミュエルと慈雨が同時に癒しの力を解放する。瀕死の覚者達の足に再び力が沸いてくる。
それを見届ける事なく二人もまた敵に背を向け駆け出し、領域から脱さんとする。
金犬が遠吠える。長舌が粘液を吐く。それらを掻い潜り覚者達は全力で走った。
警戒は怠らず、けれど一心不乱に駆け抜けて。
気づけばいつしか、戦いの音はしなくなっていた。
フェンスゲートの外、澄香は木下兄妹をなだめていた。
「ねぇ、おねえちゃん」
「いつきちゃん、どうかしました?」
片手で妹を抱き寄せ、もう一方の手で澄香の手を握っていたいつきは、澄香を見上げて心配げな顔をする。
「おにいちゃんたち、かいぶつにたべられちゃったの?」
「………」
少しだけ、言葉に迷う。けれど、澄香は笑みを浮かべていつきと、彼の妹のゆりの頭を撫でて口を開いた。
「大丈夫。皆、強いですから」
彼女の言葉と纏った雰囲気が、兄妹の心を解きほぐしていく。
そんな所に、AAAの監視官の声が上がった。
「覚者の皆さんだ!」
その言葉に、三人は一様にフェンスの向こうを見た。そしてそこに、確かに彼らの姿を捉える。
「これからエクストラステージ……ってわけにゃいかねえな」
「俺らボロボロっすからねぇ」
「だから肩、貸すよ?」
「ひぇっ、さ、流石にお世話になるわけには!」
「そうそう、女の子には頼られる側じゃないとね!」
「ふーん」
一様にボロボロで、けれど誰一人として欠けることなく。
「リュック、破れてません?」
「ちょっと……ほつれてる……かも?」
「ええー……」
「皆、ゲート見えたよ」
好奇心が生んだ危機に命を失いかけた子供達の、その命を守った覚者達もまた、生還した。
「ほら、大丈夫」
微笑む澄香の手を離れ、兄妹は彼らの命を救った恩人達の元へと駆け寄っていく。
泣きながらありがとう、ごめんなさいと声をあげる彼らに、覚者達は己の成したことの実感を得た。
「くっそー、今度は絶対倒すからなー!」
再戦の誓いの、その先はまた別の物語になるだろうか。
今はただ、目的を果たした喜びを。
青い空の下で分かち合う。
AAAによる封鎖区画、その一角に作られたフェンスゲートに八人の男女が駆け寄る。
「話は窺っています! この度は……」
「そういうのは後でいい、ゲートを開けてくれ!」
失態を演じた監視員の言葉を差し止め『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)が若々しくも年季の入った怒声をあげた。
烈火の如き気迫に監視員は目を張り、慌ててフェンスゲートを解放する指示を出す。
「おし、行くぜ!」
フェンスゲートが開き切るよりも早く、駆達は封鎖区画へと踏み込んでいく。それ程までに彼らは時が惜しかった。
「急ぎましょう」
「うん。……遥夜!」
天野 澄香(CL2000194)の声に呼応して、『凛の雫花』宇賀神・慈雨(CL2000259)が己の守護使役を空へと送り出す。
「くそ、かなり広いな」
獣の因子により発現した狐の耳尾を吹きつける風に揺らしながら、御白 小唄(CL2001173)は請け負った依頼の困難さを目の当たりにする。
封鎖区画に潜り込んでしまった幼い兄妹の救助。だが、それを成すには彼らの視界に映る空間は広く、人の消えて久しい団地街には年月特有の古錆びた気配と、未だここに健在の妖がいるという薄暗い雰囲気が漂い、一筋縄ではいきそうにないと誰にも思わせるだけの重圧があった。
「……なんて、弱気になっても駄目だよね。何としても助けるんだから!」
しかしそれでも、小唄を始め誰一人として足を止める者はいない。
「時間との勝負っすね」
「早く、見つけて……助けてあげなきゃ……」
呟く『決意の鉄』松葉・隆五(CL2001291)はその手に持った双眼鏡を強く握り、『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)もまた、己の使命を言葉に、そして心に刻む。その言葉はこの場に纏まる全員に澱みなく伝わっていた。
「この辺……はまだ痕跡はない、か。それもそうか、ゲート見えてる訳だし」
「AAAも妖の縄張りから更に広い空間を封鎖してるでしょうし、まずは中心部へ行かないとですね」
『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121)が己のブーツが泥塗れになるのも気にせず走る隣、リュックを背負う賀茂 たまき(CL2000994)もまた、その重さを物ともしない健脚で追走する。
凶暴な妖の領域へ、迷う事無く飛び込んでいく。全ては幼い二つの命を守るために。
●捜索行
この広大な土地でいかに早く目的を達成するか、そのために覚者達は皆努力を怠らなかった。
「あのゲート、多分人除けのためって意味合いの方が強かったんでしょうね」
「この広い土地をカバーする人員は、今のAAAさんに用意できなかったってわけっすか」
「それもあったかもね」
子供達の隠れられそうな建造物の隙間や通路、草陰などを探す山吹と隆吾。山吹の見立てでは妖の巨体からして大よそ外で活動していると踏んでいる。
「……まさかトラップとか仕掛けてないっすよね? AAAさん」
「仕掛けてる暇とかないんじゃないかな? ミュエル、こっちは外れ」
建物傍の地面に足跡などの痕跡を見つけられなかった山吹は、この場にいないミュエルに声を掛けた。
だがミュエルはそれをしっかりと聞き受け、覚者達へと伝達する。
(「……山吹さん達からは以上かな。澄香さんは……どう?」)
ミュエルからの送心を受け、澄香もまた意識を向け返す。彼女は今、野ざらしに生えている草花の記憶を辿ろうとしていたのだが――
「ごめんなさい、記憶を辿るのは難しそうです」
その返事は芳しくない。子供達や妖が通過した記憶が読み取れればと期待していたが、草木は何も澄香に応えてはくれなかった。
「大丈夫、足りねぇ分は足で補う!」
「おうさ! へへっ!」
表情を曇らせる澄香に力強い声を掛けたのは言葉通りに自前の足で労働力となり、広範囲をカバーしている駆と小唄だ。同じく足で稼いでいるたまきも合流し、再び散り散りに全体が纏まって動ける限界範囲で探索を再開する。
纏まって動く覚者達は一歩ずつ、しかし確実に捜索を進めていく。
しばらくして、高所から広域調査を行っていた慈雨の目が不意に鋭くなる。彼女はより高みへ飛んだ相棒の眼も借りて、視線よりも遠くを見つめていた。
同じく空へ舞い彼女の視界のカバーに入っていた澄香へ、慈雨は声を掛ける。
「大きな気配があるね。天野の目でも確認できる?」
「! どこでしょうか?」
慈雨の言葉に澄香は緊張の面持ちで彼女の指差す方向へと視線を向け、
(あっ!)
そこで確かに見た。団地と団地を繋ぐ道路を駆ける大きな影を。
目を見張る澄香を確かめ、慈雨は意識して声をあげる。
「明石、見つけたよ。あれは……金犬! それも、ちょっと急がないとまずいかもしれない!」
発見の報はすぐさまミュエルを通じて覚者達へと伝達される。彼女の言葉は、彼らの足を急かすのに十分だった。
「金犬……迷いなく移動してる。多分そこに……子供たちも………!」
フェンスの向こうに建物が並んでいるのが珍しかった。最初はそれだけだった。
色々な所からそれを眺めていれば満足できていたはずなのに、それを見つけてしまったのが運命の分岐点だった。
草むらの中に見えた、動物が通り抜けたりなどして出来たのだろうフェンスの破断。
子供なら通れるその空間が、まるで異世界からの招待状のように思えて、もう我慢できなかった。
その結果が、これだった。
「おにいちゃぁ……」
大声で泣くことも出来ずに弱々しく服の袖を掴む妹のおかげで、兄であるいつきは正気を保っている。
それでも神に望まずにはいられなかった。罰を受けるべき自分ではない、妹の生還を。
「た、たすけ……」
幼い少年の声はあまりにも小さく、響かない。目の前の怪物を止めることも叶わない。
トカゲの怪物は千切れたネコの死肉を飲み込み、視線をこちらへ向けた。後を追うように現れた犬の怪物もまた、こちらに気づいている。
今度は自分の番だとばかりに犬がトカゲに先行し、その大口を開け牙を――
「……っああああああああ!!」
「だっしゃあああああああ!!」
突き立てようとしたその瞬間、二人の前に影が二つ飛び込んだ。それらは幼い兄妹に代わり鋭い牙をその身に受け、しかし弾かれることなく大地を踏みしめその場に止まる。
大小二つのその影はそれぞれに痛みの声をあげながらも、確かに怪物へ相対した。
「こっちです!」
それとほぼ同時、兄妹に声を掛け、手を引き、後ろへ庇う少女が現れた。
「怖いのによく頑張りましたね。私達が来たからもう大丈夫です。必ず、助けてあげますから!」
力強く、そして優しい言葉と、何より彼女の放つ安らぐ気配に、兄妹は思わずしがみつく。それを優しく受け止めた少女――たまきは前に立つ二つの影、小唄と駆に、そしていずれ来るだろう仲間のために声を張る。
「対象、確保ぉーーーーーーーー!!」
●絶対救助
たまきの声にいち早く反応を返したのは妖側、長舌だ。
近くの団地の壁に跳ねあがり手足を押し付け貼り付くと、その長い舌を鋭く伸ばして襲い掛かる。
「くっ!」
背後に子供達を抱えるたまきは避けるわけにいかない。真正面から符を打ち込み抵抗するも、舌はぬるりと滑り交わすままたまきの腰を絡め取る。そして次の瞬間、彼女の体は高々と宙を舞っていた。
「っとぉ!?」
それに対応を求められたのは駆だ。投げ捨てられたたまきは狙い澄ましたかのように彼へと吸い込まれていく。
「駆先輩! ガードして!!」
その一方で小唄の声が響く。駆とたまきがぶつかるまさにその瞬間、もう一体の妖、金犬が大きな口を開いていた。
「こなくそ!」
放り出されたたまきのリュックを手で受け止めながら、駆は突き立てられる牙に鉈の腹を構える。衝撃が来た。
直前、小唄の鋭い蹴り上げが金犬の肩に当たっていなければ直撃だったそれの威力は凄まじく、三度目は受けたくないダメージだった。
「……くはっ」
ギリギリのところでガードを間に合わせた駆はまだしも、不安定な姿勢だった上に守りを固めきれていないたまきには辛い一撃になり、彼女の口から嗚咽が漏れる。
発見から全速力で戦場へと駆け込み木下兄妹の確保に成功した韋駄天足の三人ではあるものの、二体の妖を前にして状況は予断を許さない。
壁に貼り付いた長舌が暴れる金犬を盾にしながら獲物を狙う。獣の本能に従った定石通りの、弱者狙いだ。
「ひっ!」
兄妹は、たまきの声掛けのおかげでようやく立ち上がりこそしたが、恐怖に足が震え動けなくなっているようだった。
逃げなければいけない。けれど、逃げられるわけがない。
そんな葛藤に兄いつきが陥り俯きかけた時、小唄が吼えた。
「お兄ちゃんなんだろ! ちゃんと妹を守るんだ!」
ハッとして顔を上げる。その視線の先で子狐が跳ね、金犬へ二度目の蹴りを叩きこむ。
「走れーー!!」
言われるままにいつきの体が動いた。妹の手を引き、全速力で走る。
彼の背後で何かの吐き出される大きな音がした。それでもいつきは止まらなかった。
「助けると言いました!」
たまきの声と、衝突音。直後に聞こえる誰かのむせぶような声。けれども兄は妹を守るために走った。
それでも、兄妹は長舌の射程から逃れられない。
赤い目は逃げる獲物を真っ直ぐに見つめて、再び舌を伸ばそうと口をもごつかせる。
その意識の隙を二人は突いた。
「天野!」
「はい!」
急降下。黒い翼が羽を撒き散らし堕ちてくる。それは妖の死角、真上から現れて真っ直ぐに木下兄妹を捉えた。
足の早い韋駄天足に次いで、遮蔽物なしに直線移動の出来た慈雨と澄香が間に合った。二人は事前に示し合わせていた通りに子供達を分担し抱え上げると、そのまま地上に降りる事なく飛行を継続する。
突然の奇襲に獲物を見失った長舌が怒りに暴れ、壁を叩く。みしりとコンクリートにヒビが入った。
そんな様子には目もくれず、二人は最大速度で戦場から離れていく。妖の領域からこの兄妹を救い出す事が最優先だった。
だがそれでも、二人の表情は暗い。
「先行した三人の消耗が激しいね。分かってはいたけれど……」
「……急ぎましょう」
今は考えていても仕方がない。この手に抱きしめている温度を、何としてでも救わねばならないのだから。
二人は一際強く羽ばたいて飛んだ。
●共棲する妖
「っがあああ!」
蔵王を展開し土を纏った駆が正面から金犬にぶつかる。爆裂掌、その火力が爆発力へと転換され、金犬の腹で弾けた。
「たまき先輩、毒は?!」
「……まだ、大丈夫!」
その隙に小唄が長舌と間合いを取りあい、たまきが毒に冒されながらも錬覇法により力を引き出し、火力を高める。
二体の妖は獲物を切り替えた様子で、今は弱り出している三人を真っ直ぐに見つめていた。
技を活用して、守りを固めて不利。三人の疲労は限界に近い。が、ここに来てついに後続が追いつく。
「ギリギリって所かな?」
「駆さん、ガード入るっす! ミュエルさん!」
「!」
戦闘展開が可能な距離になった所で山吹がたまきと同じく錬覇法で力を引き出す。その間に隆五が特に怪我の酷い駆を庇いに入り、ミュエルが最前線で金犬とぶつかっていた二人の傷の治療を行う。
「子供たち……は、二人が連れていった……んだよね?」
「はい! この路地の向こうから抜けていったんで、送心ももうしばらくで来るかもです!」
「わかった」
傷を癒すのも程ほどに、ミュエルは撤退した二人からの送心を正確に受け止るべく戦場を少し離れる。
「っしゃあ! もうひと頑張り!」
「いったん下がるよ!」
息を吹き返したように気合を入れる駆と初撃を耐えた隆五に前衛を任せ、小唄がいったん下がりローテーションを形作る。
合わせるように間合いを取った山吹は、戦局から、動きから、手に入れられるあらゆる敵の情報を探り始めた。解析を進める間も、彼女は折を見て駆の前に飛び出す。本来の用途など知ったことかと術符式のガントレットで思い切り金犬の腹を殴る様は、華奢な体付きからは想像もつかない豪快さであった。
(長舌、たまに攻め手を緩めてる? 何のために? 回復……いや、様子見……なるほどね)
解析の目に晒される長舌が猛毒の粘液を飛ばす。だがそれを受けたのは山吹ではなく、
「食い過ぎは体にわりぃっすよトカゲさん、どうしてもってんならまず俺からでしょう」
機械化した手足で守りの構えを取り、更に外殻を土でコーティングした隆五だ。食いでのなさそうな機械と土の守りに、金犬は悔しげな唸り声を上げた。
「ありがと、おかげで読めたかな」
身の安全を確保され時間を稼ぐことに成功した山吹が、遂に確信を持って口を開く。
「ブレインはアンタね、長舌。金犬の領域に寄生して、上手いこと利用してる関係ってわけか」
「っつーことは?」
「戦術の要は長舌の方。だから、そっちを警戒してれば変な連携はされにくくなるっしょ」
「なるほどっす!」
「咆哮来るよ」
山吹の指摘した直後、金犬が吠える。が、数秒の機先が覚者達にそれへ備える時を稼いだ。
高らかな遠吠えが響き、或いは怯みすくみ上るかのような音は、的確なタイミングで身構えていた彼らには通じない。
金犬の行動に合わせて長舌が前衛に立つ駆へと粘液を吐きつけようとしたが、彼はそれを鉈を振って身を反らし直撃を避ける。
妖達の淀みのない連携に、ほんの微かなズレが生じ始めた。
「手品のタネは明かした……けど」
しかしそれでも、地力が違う。
「ガッハッ……意識、飛んだか?」
「駆先輩、僕と代わって!」
「引き寄せはさせねぇっすよ!!」
交代を阻害しようとする長舌の行動に割り込み、隆五が断つ。が、それは同時に彼が前衛に立ち続ける事でもあり。
「……ぐ、ぁ」
突き下ろされる金犬の牙が隆五の肩に思い切り突き立った。後続組もまた先行組を庇いながらの戦いになるためか激しく消耗していく。
損耗は覚悟の上、二つの命を救うために体を張った結果の名誉の負傷だ。しかし、
「……引き時、ですかね」
たまきが呟く。符を大地に投げうち放つ牽制の岩槍で、仲間を守る僅かな時を稼ぎながら。
「どうせなら倒せる方がって思ってたけど、流石にね」
山吹がその言葉を拾い、頷きを返した。
子供達は慈雨と澄香が救助した。敵の足止めを継続しているチームは全員大小傷を負っている。
敵にはいくらかのダメージを与えたが、健在。
少なくとも勝つまで戦うという選択肢は既に、ない。
(「戦域離脱、確認……したよ!」)
作戦目的の達成を告げる強い意識が届くのと、前線が撤退を決めたのはほぼ同時だった。
●脱出
その後、覚者達は全力で逃げの一手を打っていた。
「小唄、上!」
「! っくぁぁぁぁぁ!!」
山吹の声に小唄が跳ねる。地面を思い切り転がり無理矢理方向を変えれば、直前まで彼の居た所に金犬が降ってくる。
「機動力与えたら壁まで跳ねていくのかよあいつは!」
「救いは長舌がちょびっと足遅いおかげで連携とられなくなったことっすかね!」
「回り込まれてるかもしれないですから、安心はできませんよーー!」
「なら縫い付ける!」
時折駆が脚を止め貫通する波動弾を放ち二匹を牽制して時を稼ぐも、それすらもう数は打てない。
妖を振りきれずにいた彼らだが、助けの手は届いた。
「宇賀神さん……!」
「ええ」
合流したミュエルと慈雨が同時に癒しの力を解放する。瀕死の覚者達の足に再び力が沸いてくる。
それを見届ける事なく二人もまた敵に背を向け駆け出し、領域から脱さんとする。
金犬が遠吠える。長舌が粘液を吐く。それらを掻い潜り覚者達は全力で走った。
警戒は怠らず、けれど一心不乱に駆け抜けて。
気づけばいつしか、戦いの音はしなくなっていた。
フェンスゲートの外、澄香は木下兄妹をなだめていた。
「ねぇ、おねえちゃん」
「いつきちゃん、どうかしました?」
片手で妹を抱き寄せ、もう一方の手で澄香の手を握っていたいつきは、澄香を見上げて心配げな顔をする。
「おにいちゃんたち、かいぶつにたべられちゃったの?」
「………」
少しだけ、言葉に迷う。けれど、澄香は笑みを浮かべていつきと、彼の妹のゆりの頭を撫でて口を開いた。
「大丈夫。皆、強いですから」
彼女の言葉と纏った雰囲気が、兄妹の心を解きほぐしていく。
そんな所に、AAAの監視官の声が上がった。
「覚者の皆さんだ!」
その言葉に、三人は一様にフェンスの向こうを見た。そしてそこに、確かに彼らの姿を捉える。
「これからエクストラステージ……ってわけにゃいかねえな」
「俺らボロボロっすからねぇ」
「だから肩、貸すよ?」
「ひぇっ、さ、流石にお世話になるわけには!」
「そうそう、女の子には頼られる側じゃないとね!」
「ふーん」
一様にボロボロで、けれど誰一人として欠けることなく。
「リュック、破れてません?」
「ちょっと……ほつれてる……かも?」
「ええー……」
「皆、ゲート見えたよ」
好奇心が生んだ危機に命を失いかけた子供達の、その命を守った覚者達もまた、生還した。
「ほら、大丈夫」
微笑む澄香の手を離れ、兄妹は彼らの命を救った恩人達の元へと駆け寄っていく。
泣きながらありがとう、ごめんなさいと声をあげる彼らに、覚者達は己の成したことの実感を得た。
「くっそー、今度は絶対倒すからなー!」
再戦の誓いの、その先はまた別の物語になるだろうか。
今はただ、目的を果たした喜びを。
青い空の下で分かち合う。

■あとがき■
依頼完了。覚者の皆様はお疲れ様でした。
木下兄妹はしっかりと指導を受けてから、親元へと無事に帰ることが出来ました。
そして皆様も誰一人として欠けることなく脱出と、見事依頼は成功です!
探索系の依頼は難しい所もありますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。
木下兄妹はしっかりと指導を受けてから、親元へと無事に帰ることが出来ました。
そして皆様も誰一人として欠けることなく脱出と、見事依頼は成功です!
探索系の依頼は難しい所もありますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。
