表裏一体
●独白
何もおかしい事はやっちゃいない。俺は正しい事をしているんだ。
だってそうだろ、あんな力を持った人間、そんなのが存在する事自体がおかしい。
あいつらは特殊な力を持ってるし、普通の人間よりずっと頑丈だ。
でも殺せないわけじゃない。
あいつらがいなければ平和が戻るんだ。
だからこれは正しい事、正しい事なんだ。
そう、俺がやるしかないんだ――
●成せざる日々
あるところに少々劣等感を抱えて生きているごく普通の男がいた。
ルックス、人望、富、才能、運。彼は自身に人より秀でたモノが何一つない事を負い目に感じていた。
人当たりも良く、成績もそれなり。ルックスも著しく劣るわけではない。ただ誰よりも、と誇れるものが無い。
男はあがいた。一つでも何か秀でたものを手に入れようと。
――だがその願いはかなわない。
終わる事のない落胆の日々の中、男は巷を騒がせる能力(ちから)を得た人々『覚者』へ憧れを抱くようになる。
まず感じたのは俺もああなりたい。俺にも人とは違う力があれば…だった。
いつか俺にも力が。その瞬間から彼のあがきは、与えられる事を待つだけのものへと変貌する。
――そして月日は流れた。
男は絶望していた。力が与えられる事だけをただいたずらに願い、何も成さず、何も積み上げる事も無く過ごしてしまった取り返しのつかない長き日々。
もはや男には力を得た者達への憎悪しか残っていなかった。憤怒者誕生の瞬間である。
力あるものなど存在してはいけない。覚者など滅ぼしてしまえばいい。
彼が自身を肯定する術は既にそこにしか存在していなかった。
覚者は紛れもなく、普通の人間より力を持っている。ではどうするのか。
彼がまず始めたのは徹底的な覚者に関する情報集め。
覚者の持つといわれる技、身体能力、そして弱点。
様々な情報を集めた結果、たどり着いた唯一の答えは「発現して間もない状態」を狙う事だった。
そして彼にとっては幸いな事にこれまで得た真偽不明の情報の中に、覚者として発現する前には予兆がある場合も存在するらしいというものがあった事だ。
彼はこの情報を信じ、行動を実行に移す事にした。
そしていま、歪んだ羨望が生み出した男の身勝手な『覚者超え』。
その瞬間が訪れようとしている。
●会議室
「彼の名は武智 駆(たけち かける)27歳。彼は自身を正当化して現実から目をそらそうとしています」
真由美は強い口調で、そしてほんの少しの憂いの表情を見せつつも集まった覚者へ資料を渡しながらそう伝えた。
真由美が見た夢はこうだ。
「発現したばかりの女生徒が憤怒者に襲われます。……そしてその後何か起こったようなのですが……」
どういう事か。その場にいた覚者が真由美へ問うと真由美は夢の記憶を少しでも手繰ろうと試みる。
「確かに襲われていたはずです……ですがその時彼の身に異変が起きて……気付けば夢から引き戻されたようです」
憤怒者による覚者への強襲。これだけに留まらない何かが起きた事は確かなようだ。
「今から向かえば女生徒が襲われる直前にはたどり着くはずです」
全てを伝えられなくてごめんなさい――
そう真由美は集まった覚者に伝えるとお願いしますと頭を下げた。
何もおかしい事はやっちゃいない。俺は正しい事をしているんだ。
だってそうだろ、あんな力を持った人間、そんなのが存在する事自体がおかしい。
あいつらは特殊な力を持ってるし、普通の人間よりずっと頑丈だ。
でも殺せないわけじゃない。
あいつらがいなければ平和が戻るんだ。
だからこれは正しい事、正しい事なんだ。
そう、俺がやるしかないんだ――
●成せざる日々
あるところに少々劣等感を抱えて生きているごく普通の男がいた。
ルックス、人望、富、才能、運。彼は自身に人より秀でたモノが何一つない事を負い目に感じていた。
人当たりも良く、成績もそれなり。ルックスも著しく劣るわけではない。ただ誰よりも、と誇れるものが無い。
男はあがいた。一つでも何か秀でたものを手に入れようと。
――だがその願いはかなわない。
終わる事のない落胆の日々の中、男は巷を騒がせる能力(ちから)を得た人々『覚者』へ憧れを抱くようになる。
まず感じたのは俺もああなりたい。俺にも人とは違う力があれば…だった。
いつか俺にも力が。その瞬間から彼のあがきは、与えられる事を待つだけのものへと変貌する。
――そして月日は流れた。
男は絶望していた。力が与えられる事だけをただいたずらに願い、何も成さず、何も積み上げる事も無く過ごしてしまった取り返しのつかない長き日々。
もはや男には力を得た者達への憎悪しか残っていなかった。憤怒者誕生の瞬間である。
力あるものなど存在してはいけない。覚者など滅ぼしてしまえばいい。
彼が自身を肯定する術は既にそこにしか存在していなかった。
覚者は紛れもなく、普通の人間より力を持っている。ではどうするのか。
彼がまず始めたのは徹底的な覚者に関する情報集め。
覚者の持つといわれる技、身体能力、そして弱点。
様々な情報を集めた結果、たどり着いた唯一の答えは「発現して間もない状態」を狙う事だった。
そして彼にとっては幸いな事にこれまで得た真偽不明の情報の中に、覚者として発現する前には予兆がある場合も存在するらしいというものがあった事だ。
彼はこの情報を信じ、行動を実行に移す事にした。
そしていま、歪んだ羨望が生み出した男の身勝手な『覚者超え』。
その瞬間が訪れようとしている。
●会議室
「彼の名は武智 駆(たけち かける)27歳。彼は自身を正当化して現実から目をそらそうとしています」
真由美は強い口調で、そしてほんの少しの憂いの表情を見せつつも集まった覚者へ資料を渡しながらそう伝えた。
真由美が見た夢はこうだ。
「発現したばかりの女生徒が憤怒者に襲われます。……そしてその後何か起こったようなのですが……」
どういう事か。その場にいた覚者が真由美へ問うと真由美は夢の記憶を少しでも手繰ろうと試みる。
「確かに襲われていたはずです……ですがその時彼の身に異変が起きて……気付けば夢から引き戻されたようです」
憤怒者による覚者への強襲。これだけに留まらない何かが起きた事は確かなようだ。
「今から向かえば女生徒が襲われる直前にはたどり着くはずです」
全てを伝えられなくてごめんなさい――
そう真由美は集まった覚者に伝えるとお願いしますと頭を下げた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.女生徒の保護
2.付近一帯への被害を最小限に抑える
3.なし
2.付近一帯への被害を最小限に抑える
3.なし
逆に言えばまだ大多数の人々が発現する可能性を秘めているともいえます。
そしてそれは何らかの理由で覚者を憎み、亡き者にしようとする人々にも起こりえます。
これは力を欲し、得る事が出来ず、力の存在を否定する事で自己を支えている人間がもし発現してしまったら……そういった物語です。
●場所
不景気による休業中の為、人気の少ない工場地帯です。
人通りは殆どありませんが、全くいないわけではありません。
被害者の拡大を防ぐための何らかの対策があるとベターです。
また本件が起こる場所の周囲には様々な物資や燃料等が置かれています。
●時間
まだ日も暮れきっていない夕方です。
戦闘が長引けば視界が悪くなる可能性があります。
また皆さんがたどり着くのは彼が女生徒を強襲し、発現する直前となりますが
どんなに急いでも彼の発現自体は止める事ができません。
発現後の彼の最初の行動は目の前の女生徒への攻撃です。
●登場人物
・武智 駆(たけち かける)
一般人。かつて覚者に強い憧れを持っていましたが、自身での努力をやめ
ただ与えられる事を望んだ結果、覚者への強い憎しみを抱くようになりました。
何らかの発現の予兆についての知識を得ており、発現しそうな人々の
めぼしをつけて行動していました。
いざその瞬間を目の前にし、行動を起こした際に思いもよらぬ事が起こります。
彼自身が発現したのです。
憤怒者でありながら自身がその憤怒の対象である覚者へなったことにより
彼の自我は崩壊の道へ一歩ずつ進むことになります。
そう、破綻者への道です。
攻撃方法
(発現前)
ナイフ 物近単
濃硫酸 物近列
(発現後)
破綻者:深度2
暦の因子:天行
女生徒への攻撃後は手当たり次第に周囲に【召雷】を放ち続けます。
そのままでは襲われていた女生徒にも被害が及びます。
発現直後ですが覚者への憎悪と自身の今の情況とが思考を二分し、
現状を受け入れる事が出来ずに急激に深度が上がっている状態です。
・駿河 美優(するが みゆ)
運悪くターゲットになってしまった女生徒。近くの中学に通っており。部活帰りに突然発現。
獣の因子:天行を発現していますが、情況が把握できずおびえきっており
覚者が普通に声をかけても耳に入らずただただうずくまって泣いているでしょう。
●
憎むべき存在が自身となった時、人はどのような行動をするのでしょうか。
彼をどうするのか、どうなるのかは参加した皆さんに委ねられています。
よろしければご参加下さい。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年03月17日
2016年03月17日
■メイン参加者 6人■

●
現場へ急ぐ6人のファイヴ覚者たち。
「ミイラ取りがたちの悪いミイラになっちまった、てところか」
苛立ちを隠せない奥州 一悟(CL2000076)にあわせるように『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)も声を発する。
「発現を望んだ時に発現せず、覚者を否定するようになってから発現するとか皮肉だよね」
「まったく、そこまでの行動力があるならもうちょっと別の使い道があったと思うんだけどね」
発現だの憤怒者だのとごたごたしてるようで、結局の所はただの通り魔。これ以上罪を重ねさせるわけにはいかないと指崎 まこと(CL2000087)も強く感じていた。
『現代の騎士』アレサ・クレーメル(CL2001283)もまたこれから起こる事件に胸を痛めていた。自身も過去に過ちを起こし、心に深く大きな傷を負っている。だからこそ他人の痛みさえ、まるで自分の事のように理解できるようだった。
「受け入れられない現実はあります。悲しい事も辛い事も、痛々しい出来事も、たくさんあります。自分じゃどうにもならない事が、たくさんあります。だからこそ私は救ってあげたい」
ぞれぞれの想いは彼らを現場へ急がせる。全ては悲しい未来を変える為に。
その凶行が実行されるまであと僅か――
現場へ到着した瞬間、まさにそれは行なわれんとしていた。
うろたえ、何も出来ない少女を今、正に貫かんとする刃。その凶行を阻止したのは韋駄天足を駆使し、いち早く二人の間へ割って入った賀茂 たまき(CL2000994)だった。
「……だっ誰だ!? お前等っ!」
武智は明らかに動揺していた。入念に調査していた武智にとってこの時間、この場所には少女と自分以外誰もいるはずが無かったのだから。
「――っ!?」
イレギュラーな事態に動揺を見せたその刹那。武智の身体は衝撃と共に吹き飛ばされる。一悟の怒りの篭った圧撃が炸裂したのだ。
「なんの取柄もねえなんて、んなことあるかバカ野郎! まずは自分自身に謝りやがれってんだ!」
大きな衝撃と共に工場の壁に叩きつけられ倒れる武智の身体。一般人であればこれだけで十分に致命傷になりえる一撃。……だが彼は起き上がる。
「痛ってぇ……何をわけのわかんねぇ事を言ってんだお前達は! 何で俺の邪魔をするんだ! 俺は正しい事を、正しい事……を……? なんだこれ……?」
武智は感じてしまった。自身が力を得た事を。そして理解してしまった。己自身が憎むべき存在になった事を。
「なんだよこれ……どういう事だよ……俺は……力を持ったやつを……滅する存在……なんだぜ。いわば力なき者の代表……そうヒーローだ! そうだよ。そうだろ……? ざっけんなぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
破綻。
それは力を得た者の一つの末路。力に対する拒絶、恐怖、悲哀そして暴走。
力そのものが当人の領域を超え、存在を主張し始める。全ての否定を打ち消すかの如く。
「あーあ、いらっしゃいませ覚者の世界へ?ま、その前に破綻者か」
素早く戦闘体勢に入った葉柳・白露(CL2001329)はそう呟く。そんな嫌がらなくてもいーじゃん。まるで幼い頃からの夢を体現するが如く、今の白露には立派な角がある。自らを魔王と証する白露自身、発現による変化は喜びでしかない。
正気に戻ったら一発ぶん殴ってやる。白露は武器を構えなおした。
「良くやりました、一悟君。それにたまきさんも」
武智の凶行に身を挺して少女を護ったたまきの元へまことが駆けつける。
「「もう、大丈夫。」」
たまき、まことの二人は発現したばかりの少女、駿河 美優に優しく語りかける。
突然の発現、そして強襲、訳もわからないままに命を狙われおびえてただただ泣き続ける少女に、初めて会ったばかりの人の言葉がどれだけ耳に入るであろうか。通常であればとても聞き入れられる情況では無いだろう。
だがそうはならなかった。それは誰でもないたまきとまことの二人だからこそ。両名の落ち着いた言動、醸し出す雰囲気が相乗効果となり、少女の気持ちも幾分か落ち着きを取り戻しかけていた。
「ぐすっ……あ、あなた達は一体……? それに……あの人は何で私を? それに私のこの力は?」
それは――
●
「きゃぁーーっ!?」
突然の雷光に驚く美優。夢見の予見どおり破綻者と化した武智の最初の目標はそもそものターゲットである美優だった。破綻により威力を増した召雷が彼女を襲う。
発現したとはいえ今の彼女がまともに受ければ唯ではすまなかっただろう。しかし彼女は無事だった。
駆けつけた直後にたまきが美優に施した蒼鋼壁。そしてまことのガードが少女に向けられた憎悪のいかづちを退けた。
ガードした代償は勿論まこと自身に降りかかっている。それでもまことは顔を歪める事は無い。
何事も無い、といわんばかりの軽い口調と笑顔で何が起こったかわからない美優に接している。
「僕は指崎っていうんだ、こう見えても大人なんだよ。君の、名前は?」
「駿河……美優。」
極限状態の中、己を犠牲にしてでも彼女を護るというまことの強い気持ちは確かに伝わりつつあった。
「そっか、駿河さん、立ち上がれるかな? 今は僕らの仲間が、あいつの相手をしてくれてる。今の内にここから離れよう」
まことの言動に一切のあせりは無い。全ては美優を第一に考え行動しているためだ。
美優は差し伸べられた手を握り返す。
なぜだろう。この人達の言う事は信じられる気がする。気付けば美優の震えは止まっていた。
「テキだ。オマエタチも。 ……ジャマするヤツはシねぇぇぇぇ!!!!!」
力に支配されつつある者はおのずと行動が単調なものになる傾向がある。例えば、何かへの執着、例えば、単純な破壊行動。
武智の場合、それは周囲への有無を言わさぬ破壊行動となって現れた。
目の前の少女、突然現れたファイヴの面々。そしてこの場所自体。何もかもを壊す。壊す事で自分はヒーローになる。……既に正常な思考は失われていた。
たまきとまこと以外のメンバーと武智との戦闘は苛烈を極めていた。
「良かったな、力が手に入って。でも可哀想になあ。今度はアンタみたいな憤怒者が、アンタを狙いにやってくるんだろうな」
「うるセェ!!!」
醒の炎で己を強化した白露は武智に語りかけながらも攻撃の手は緩めない。猛の一撃による強打を打ちこんでいく。
「さぁさぁ、相手をしてあげますよ!! 鬼さんこちらってやつですよ!!」
「ウウウ……ウルセェェェェェェェェ!!!!」
クレーメルもまた蔵王で自身の防御力を大きく引き上げ、中衛から電磁加速銃砲エクスカリバーを撃ち放ち、武智の注意をひきつけを十分に行なっている。
更には武智に強力な一撃を与え、対象の少女からの引き離しに成功した一悟は後衛へ下がり、醒の炎の自己を強化した上で念弾を放つ。
武智が狂ったように放つ召雷は列への攻撃を可能とする術式だ。それに対し、前衛中衛をひとりつづ配置している陣形は武智の攻撃の対象を最小限に留めている。
しかしそれでも破綻し急激に深度を上げた武智の攻撃は激しく、経験の浅い前中衛二人の体力は見る見る削られていく。それを察した理央は潤しの滴による回復に専念している。が、それでもやはり6人のうち2人が戦線から離れている情況はかなり厳しく、カバーしきれなくなる時は刻一刻と近づいていた。
「く……っ」
前に出た白露が膝を折り、自らの命を燃やして再び立ち上がったその時だった。
「お待たせしましたっ!!」
まことと共に美優を安全な場所まで誘導していたたまきが戦線に戻り、白露へ蒼鋼壁を付与する。
「オマエもジャマスルノカァァァァァッ!!!」
武智の攻撃は激しさを増す一方、これまでの攻撃による蓄積や蒼鋼壁の反射効果など着実に武智もダメージを負っていた。そこへ再度合流したたまきが自己強化を行い、更なる武智へのダメージを蓄積させていく。
「どんな敵にも限界はあるはずっ」
理央は回復術式を潤いの雨へシフトし、万全の回復体制でメンバーの武智への攻撃をサポートし続ける。
「救えるならば、救ってあげたいじゃないですかっ!!」
クレメールも叫ぶ。
武智へのメンバーの様々な思いは一つの形となって響き始めていた。
「グ……グァァァァァァァァ……オレハ……オレハァァァァァッ!!!」
急激過ぎる破綻の影響か、武智の攻撃リズムが崩れ始める。武智自身も限界を迎えつつあった。
「あんたさぁ、覚者憎しの前に結局ただ認められたかったんだろ?」
「チガウッ!!!」
「上やら下やら隣の芝生なんて見てるからしんどいんだよ」
「チガウッ!!!!」
「だからさ……これからは前見て歩けっ!!」
白露の猛の一撃が武智の身体を貫いた。
●
その場に倒れ伏した武智へクレメールは問いかける。
「いつか憎んでいた存在を受け入れられる日が来ます、なんて綺麗な事は言いませんけどね。
自分の事をどうするのか、他人の事をどうするのか。それは自分で考えないといけない事ですよ」
返事は無い。でも、それでも。クレメールは続ける。
「あなたが憧れたのは、その力だったんじゃないんですか? 遅かったかもしれないけど、でも手に入れられたじゃないですか。あなたからすれば、遅すぎたのかもしれません。でも、いつかあなたが抱いた思いは、成就したじゃないですか」
武智は一筋の涙を流すとそのまま気を失った。その顔は心なしか穏やかに見えた。
「終わったようですね」
安全な場所に移動した後も美優の精神的フォローを行なっていたまことが美優をつれて現場へ戻ってきた。
この場所が美優にとってトラウマとならないため。もう一度現場に戻り、そしてきちんと理解する事も大切だとの判断だった。
「皆さん、ありがとうございました」
全てをメンバーから聞いた美優はぺこりと頭を下げた。
記憶についてのまことからの提案も有ったが「大丈夫です」とだけ。
彼女にとってこの一件は忘れたいだけの出来事ではなくなった。そういう事だろう。
まことは改めてファイヴについて美優へ伝え、後は彼女自身の判断に委ねることにした。
「んー、悪い奴も居るんだけどさ、良い奴も居る。今回みたいに誰かを助けれるし。覚者も力も、できたら嫌いにならないで欲しいな。……あとこいつには絶対あとで謝罪させるから」
……まぁボク様は魔王(自称)なんだけどねっ。白露は照れ隠しのようにあわてて付け足す。
美優は笑っていた。
メンバーはその日、失われるはずだった一つの笑顔を取り戻した。
心配されていた工場への被害は結果として最小限に抑えられおり、それはメンバーの的確な行動により成された結果だった。
理央が現場到着と同時に結界を展開していた事。人気は少ないとはいえ、まだ日も暮れきっていない夕方。もしも戦闘が長引けば情況を知らない一般人が近寄ってきてしまう可能性は十分に考えられた。そしてこの予感にも似た予防措置は見事に功を奏し、たまたま周辺を通っていた一般人も近寄る事は無かった。
更にはクレメールが周囲の可燃物等の場所をしっかりと把握し行動していた事、白露、一悟が炎系術式を一切使わなかった事、そしてたまきが武智の召雷にあわせるように隆神槍を使用する事で術式からの引火を少なからず防いだ事が大きな効果を上げた結果だった。
完全に力を使いきった武智 駆はAAAに引き渡される事になった。
一度は破綻した身、暫くは然るべき施設にて治療の日々となるだろう。
完全に元に戻れたその日には。
一悟は彼の長所を活かした活躍が出来る場所の提供を所長に進言するつもりだ。
現場へ急ぐ6人のファイヴ覚者たち。
「ミイラ取りがたちの悪いミイラになっちまった、てところか」
苛立ちを隠せない奥州 一悟(CL2000076)にあわせるように『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)も声を発する。
「発現を望んだ時に発現せず、覚者を否定するようになってから発現するとか皮肉だよね」
「まったく、そこまでの行動力があるならもうちょっと別の使い道があったと思うんだけどね」
発現だの憤怒者だのとごたごたしてるようで、結局の所はただの通り魔。これ以上罪を重ねさせるわけにはいかないと指崎 まこと(CL2000087)も強く感じていた。
『現代の騎士』アレサ・クレーメル(CL2001283)もまたこれから起こる事件に胸を痛めていた。自身も過去に過ちを起こし、心に深く大きな傷を負っている。だからこそ他人の痛みさえ、まるで自分の事のように理解できるようだった。
「受け入れられない現実はあります。悲しい事も辛い事も、痛々しい出来事も、たくさんあります。自分じゃどうにもならない事が、たくさんあります。だからこそ私は救ってあげたい」
ぞれぞれの想いは彼らを現場へ急がせる。全ては悲しい未来を変える為に。
その凶行が実行されるまであと僅か――
現場へ到着した瞬間、まさにそれは行なわれんとしていた。
うろたえ、何も出来ない少女を今、正に貫かんとする刃。その凶行を阻止したのは韋駄天足を駆使し、いち早く二人の間へ割って入った賀茂 たまき(CL2000994)だった。
「……だっ誰だ!? お前等っ!」
武智は明らかに動揺していた。入念に調査していた武智にとってこの時間、この場所には少女と自分以外誰もいるはずが無かったのだから。
「――っ!?」
イレギュラーな事態に動揺を見せたその刹那。武智の身体は衝撃と共に吹き飛ばされる。一悟の怒りの篭った圧撃が炸裂したのだ。
「なんの取柄もねえなんて、んなことあるかバカ野郎! まずは自分自身に謝りやがれってんだ!」
大きな衝撃と共に工場の壁に叩きつけられ倒れる武智の身体。一般人であればこれだけで十分に致命傷になりえる一撃。……だが彼は起き上がる。
「痛ってぇ……何をわけのわかんねぇ事を言ってんだお前達は! 何で俺の邪魔をするんだ! 俺は正しい事を、正しい事……を……? なんだこれ……?」
武智は感じてしまった。自身が力を得た事を。そして理解してしまった。己自身が憎むべき存在になった事を。
「なんだよこれ……どういう事だよ……俺は……力を持ったやつを……滅する存在……なんだぜ。いわば力なき者の代表……そうヒーローだ! そうだよ。そうだろ……? ざっけんなぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
破綻。
それは力を得た者の一つの末路。力に対する拒絶、恐怖、悲哀そして暴走。
力そのものが当人の領域を超え、存在を主張し始める。全ての否定を打ち消すかの如く。
「あーあ、いらっしゃいませ覚者の世界へ?ま、その前に破綻者か」
素早く戦闘体勢に入った葉柳・白露(CL2001329)はそう呟く。そんな嫌がらなくてもいーじゃん。まるで幼い頃からの夢を体現するが如く、今の白露には立派な角がある。自らを魔王と証する白露自身、発現による変化は喜びでしかない。
正気に戻ったら一発ぶん殴ってやる。白露は武器を構えなおした。
「良くやりました、一悟君。それにたまきさんも」
武智の凶行に身を挺して少女を護ったたまきの元へまことが駆けつける。
「「もう、大丈夫。」」
たまき、まことの二人は発現したばかりの少女、駿河 美優に優しく語りかける。
突然の発現、そして強襲、訳もわからないままに命を狙われおびえてただただ泣き続ける少女に、初めて会ったばかりの人の言葉がどれだけ耳に入るであろうか。通常であればとても聞き入れられる情況では無いだろう。
だがそうはならなかった。それは誰でもないたまきとまことの二人だからこそ。両名の落ち着いた言動、醸し出す雰囲気が相乗効果となり、少女の気持ちも幾分か落ち着きを取り戻しかけていた。
「ぐすっ……あ、あなた達は一体……? それに……あの人は何で私を? それに私のこの力は?」
それは――
●
「きゃぁーーっ!?」
突然の雷光に驚く美優。夢見の予見どおり破綻者と化した武智の最初の目標はそもそものターゲットである美優だった。破綻により威力を増した召雷が彼女を襲う。
発現したとはいえ今の彼女がまともに受ければ唯ではすまなかっただろう。しかし彼女は無事だった。
駆けつけた直後にたまきが美優に施した蒼鋼壁。そしてまことのガードが少女に向けられた憎悪のいかづちを退けた。
ガードした代償は勿論まこと自身に降りかかっている。それでもまことは顔を歪める事は無い。
何事も無い、といわんばかりの軽い口調と笑顔で何が起こったかわからない美優に接している。
「僕は指崎っていうんだ、こう見えても大人なんだよ。君の、名前は?」
「駿河……美優。」
極限状態の中、己を犠牲にしてでも彼女を護るというまことの強い気持ちは確かに伝わりつつあった。
「そっか、駿河さん、立ち上がれるかな? 今は僕らの仲間が、あいつの相手をしてくれてる。今の内にここから離れよう」
まことの言動に一切のあせりは無い。全ては美優を第一に考え行動しているためだ。
美優は差し伸べられた手を握り返す。
なぜだろう。この人達の言う事は信じられる気がする。気付けば美優の震えは止まっていた。
「テキだ。オマエタチも。 ……ジャマするヤツはシねぇぇぇぇ!!!!!」
力に支配されつつある者はおのずと行動が単調なものになる傾向がある。例えば、何かへの執着、例えば、単純な破壊行動。
武智の場合、それは周囲への有無を言わさぬ破壊行動となって現れた。
目の前の少女、突然現れたファイヴの面々。そしてこの場所自体。何もかもを壊す。壊す事で自分はヒーローになる。……既に正常な思考は失われていた。
たまきとまこと以外のメンバーと武智との戦闘は苛烈を極めていた。
「良かったな、力が手に入って。でも可哀想になあ。今度はアンタみたいな憤怒者が、アンタを狙いにやってくるんだろうな」
「うるセェ!!!」
醒の炎で己を強化した白露は武智に語りかけながらも攻撃の手は緩めない。猛の一撃による強打を打ちこんでいく。
「さぁさぁ、相手をしてあげますよ!! 鬼さんこちらってやつですよ!!」
「ウウウ……ウルセェェェェェェェェ!!!!」
クレーメルもまた蔵王で自身の防御力を大きく引き上げ、中衛から電磁加速銃砲エクスカリバーを撃ち放ち、武智の注意をひきつけを十分に行なっている。
更には武智に強力な一撃を与え、対象の少女からの引き離しに成功した一悟は後衛へ下がり、醒の炎の自己を強化した上で念弾を放つ。
武智が狂ったように放つ召雷は列への攻撃を可能とする術式だ。それに対し、前衛中衛をひとりつづ配置している陣形は武智の攻撃の対象を最小限に留めている。
しかしそれでも破綻し急激に深度を上げた武智の攻撃は激しく、経験の浅い前中衛二人の体力は見る見る削られていく。それを察した理央は潤しの滴による回復に専念している。が、それでもやはり6人のうち2人が戦線から離れている情況はかなり厳しく、カバーしきれなくなる時は刻一刻と近づいていた。
「く……っ」
前に出た白露が膝を折り、自らの命を燃やして再び立ち上がったその時だった。
「お待たせしましたっ!!」
まことと共に美優を安全な場所まで誘導していたたまきが戦線に戻り、白露へ蒼鋼壁を付与する。
「オマエもジャマスルノカァァァァァッ!!!」
武智の攻撃は激しさを増す一方、これまでの攻撃による蓄積や蒼鋼壁の反射効果など着実に武智もダメージを負っていた。そこへ再度合流したたまきが自己強化を行い、更なる武智へのダメージを蓄積させていく。
「どんな敵にも限界はあるはずっ」
理央は回復術式を潤いの雨へシフトし、万全の回復体制でメンバーの武智への攻撃をサポートし続ける。
「救えるならば、救ってあげたいじゃないですかっ!!」
クレメールも叫ぶ。
武智へのメンバーの様々な思いは一つの形となって響き始めていた。
「グ……グァァァァァァァァ……オレハ……オレハァァァァァッ!!!」
急激過ぎる破綻の影響か、武智の攻撃リズムが崩れ始める。武智自身も限界を迎えつつあった。
「あんたさぁ、覚者憎しの前に結局ただ認められたかったんだろ?」
「チガウッ!!!」
「上やら下やら隣の芝生なんて見てるからしんどいんだよ」
「チガウッ!!!!」
「だからさ……これからは前見て歩けっ!!」
白露の猛の一撃が武智の身体を貫いた。
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その場に倒れ伏した武智へクレメールは問いかける。
「いつか憎んでいた存在を受け入れられる日が来ます、なんて綺麗な事は言いませんけどね。
自分の事をどうするのか、他人の事をどうするのか。それは自分で考えないといけない事ですよ」
返事は無い。でも、それでも。クレメールは続ける。
「あなたが憧れたのは、その力だったんじゃないんですか? 遅かったかもしれないけど、でも手に入れられたじゃないですか。あなたからすれば、遅すぎたのかもしれません。でも、いつかあなたが抱いた思いは、成就したじゃないですか」
武智は一筋の涙を流すとそのまま気を失った。その顔は心なしか穏やかに見えた。
「終わったようですね」
安全な場所に移動した後も美優の精神的フォローを行なっていたまことが美優をつれて現場へ戻ってきた。
この場所が美優にとってトラウマとならないため。もう一度現場に戻り、そしてきちんと理解する事も大切だとの判断だった。
「皆さん、ありがとうございました」
全てをメンバーから聞いた美優はぺこりと頭を下げた。
記憶についてのまことからの提案も有ったが「大丈夫です」とだけ。
彼女にとってこの一件は忘れたいだけの出来事ではなくなった。そういう事だろう。
まことは改めてファイヴについて美優へ伝え、後は彼女自身の判断に委ねることにした。
「んー、悪い奴も居るんだけどさ、良い奴も居る。今回みたいに誰かを助けれるし。覚者も力も、できたら嫌いにならないで欲しいな。……あとこいつには絶対あとで謝罪させるから」
……まぁボク様は魔王(自称)なんだけどねっ。白露は照れ隠しのようにあわてて付け足す。
美優は笑っていた。
メンバーはその日、失われるはずだった一つの笑顔を取り戻した。
心配されていた工場への被害は結果として最小限に抑えられおり、それはメンバーの的確な行動により成された結果だった。
理央が現場到着と同時に結界を展開していた事。人気は少ないとはいえ、まだ日も暮れきっていない夕方。もしも戦闘が長引けば情況を知らない一般人が近寄ってきてしまう可能性は十分に考えられた。そしてこの予感にも似た予防措置は見事に功を奏し、たまたま周辺を通っていた一般人も近寄る事は無かった。
更にはクレメールが周囲の可燃物等の場所をしっかりと把握し行動していた事、白露、一悟が炎系術式を一切使わなかった事、そしてたまきが武智の召雷にあわせるように隆神槍を使用する事で術式からの引火を少なからず防いだ事が大きな効果を上げた結果だった。
完全に力を使いきった武智 駆はAAAに引き渡される事になった。
一度は破綻した身、暫くは然るべき施設にて治療の日々となるだろう。
完全に元に戻れたその日には。
一悟は彼の長所を活かした活躍が出来る場所の提供を所長に進言するつもりだ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
ご参加ありがとうございました。
改めてプレイングに込められた思いを体感させて頂きました。
またの機会がありましたら宜しくお願いいたします。
改めてプレイングに込められた思いを体感させて頂きました。
またの機会がありましたら宜しくお願いいたします。
