なまずいけの主
●池の主
静かな池に、さざ波が立つ。真っ赤なウキがとぷんと音をたてて沈んだ。釣り糸が張り、三脚に固定された竿がしなる。
「おお、かかった!」
「え、でかくね?」
「すげくね?」
慌てて竿に飛びついた男の周りに、H大学釣り同好サークルの5人がわらわらと集まってきた。興奮気味に声をかわし合う横で、竿はどんどん曲がっていく。竿を抱えるように持つ男の足は、柔らかい岸辺の土にめり込みそうだ。
「あ、やべえ」
「大丈夫か?」
つんのめるように男がバランスを崩す。すかさずそばにいた2人が腰を掴んだが、男の体勢を戻すことはできなかった。
「嘘だろ……?」
次々にしがみついて体重をかけるが、全員まとめて引きずられていく。大人の男6人が、1本の釣竿を止められない。
「でかすぎるだろ!」
「リール巻け! 糸切れ!」
「無理だよ!」
泣き叫んだ持ち主の男の手は、いつの間にかぐるぐる巻きになっていた。太さも色も違う数種類の糸が、釣り糸と竿を伝い、肉に食い込むほどの強さで指を縛りつけ、そしてじわじわと腕を這い上ってきている。
「うわああっ」
慌てて全員が離れようとするができない。足首から太ももまで、同じようにがんじがらめになっている。
「やめてくれえ!」
「来るなっ!」
「おい、池見ろ!」
1人の声で、全員が池を見る。小学校のプール程度の広さしかない池に、魚の影が映っていた。いや、本当に魚なのだろうか。大きさは小型バスほどありそうだ。
「……来た」
震え声でつぶやいたのは誰だったか。音もなく、滑るように、近づいてきた影が浮き上がる。池の水が盛り上がり、しぶきが散る。
「ギャアああああ」
男6人の絶叫がぷつんと途切れた。
●敵はナマズ
「お集まりいただいてありがとうございますー。早速依頼内容をご説明します」
部屋の中央の机に、久方 真由美(nCL2000003)はホワイトボードを下ろした。脇に抱えた地図は大学の図書館で借りてきたらしい。
「妖の出現は明日の午後早く。位置はここですねー」
『T山』のページに挟んであった栞で示されたのは、山の中腹にある池だった。ほぼ楕円の池の中に『なまずいけ』と印刷されている。
「死んだナマズが変化した妖です。死体ですが、生物系ですねー。単体ですが、大きいです。マイクロバスぐらいの大きさだと思ってください」
地図の上に置いたボードに、黒いペンで巨大な魚の形が描かれる。小さな目、長い口髭、横にぱっくりあいた大きな口。長細いしずく型の全身に、真由美は無数の横線を描き込んだ。
「全身に巻きついた釣り糸を、伸ばしたり振ったりして攻撃してきますー。長さも本数もかなりあるでしょう。いくつかの先には釣り針もついています。大人の手くらいの大きさでしたー。目で見るほかに、糸の振動で獲物を見つけて襲ってきます。池の中や岸の一部にも糸をめぐらせてあるようですね」
ほとんどをナマズに占められたホワイトボードに、ナマズを囲んで蜘蛛の巣のような線を足す。その外側のほんのわずかなスペースに、6体の棒人間が描きそえられた。
「それから今回は、巻きこまれそうな方々がいらっしゃいます。H大学釣り同好サークルの皆さんですー」
地図の下に隠れていた薄い冊子を、真由美は開く。大学紹介用のパンフレットだ。サークル紹介のページに、6人の男性が肩を組んでいる写真が載っていた。
「明日の午前9時くらいから、池で釣りを始めるようですー。あまり時間はありませんが、どうか皆様、私の悪夢をただの夢にしてください」
地図と冊子をきちんと閉じると、覚者たちに向かって、真由美は深く頭を下げた。
静かな池に、さざ波が立つ。真っ赤なウキがとぷんと音をたてて沈んだ。釣り糸が張り、三脚に固定された竿がしなる。
「おお、かかった!」
「え、でかくね?」
「すげくね?」
慌てて竿に飛びついた男の周りに、H大学釣り同好サークルの5人がわらわらと集まってきた。興奮気味に声をかわし合う横で、竿はどんどん曲がっていく。竿を抱えるように持つ男の足は、柔らかい岸辺の土にめり込みそうだ。
「あ、やべえ」
「大丈夫か?」
つんのめるように男がバランスを崩す。すかさずそばにいた2人が腰を掴んだが、男の体勢を戻すことはできなかった。
「嘘だろ……?」
次々にしがみついて体重をかけるが、全員まとめて引きずられていく。大人の男6人が、1本の釣竿を止められない。
「でかすぎるだろ!」
「リール巻け! 糸切れ!」
「無理だよ!」
泣き叫んだ持ち主の男の手は、いつの間にかぐるぐる巻きになっていた。太さも色も違う数種類の糸が、釣り糸と竿を伝い、肉に食い込むほどの強さで指を縛りつけ、そしてじわじわと腕を這い上ってきている。
「うわああっ」
慌てて全員が離れようとするができない。足首から太ももまで、同じようにがんじがらめになっている。
「やめてくれえ!」
「来るなっ!」
「おい、池見ろ!」
1人の声で、全員が池を見る。小学校のプール程度の広さしかない池に、魚の影が映っていた。いや、本当に魚なのだろうか。大きさは小型バスほどありそうだ。
「……来た」
震え声でつぶやいたのは誰だったか。音もなく、滑るように、近づいてきた影が浮き上がる。池の水が盛り上がり、しぶきが散る。
「ギャアああああ」
男6人の絶叫がぷつんと途切れた。
●敵はナマズ
「お集まりいただいてありがとうございますー。早速依頼内容をご説明します」
部屋の中央の机に、久方 真由美(nCL2000003)はホワイトボードを下ろした。脇に抱えた地図は大学の図書館で借りてきたらしい。
「妖の出現は明日の午後早く。位置はここですねー」
『T山』のページに挟んであった栞で示されたのは、山の中腹にある池だった。ほぼ楕円の池の中に『なまずいけ』と印刷されている。
「死んだナマズが変化した妖です。死体ですが、生物系ですねー。単体ですが、大きいです。マイクロバスぐらいの大きさだと思ってください」
地図の上に置いたボードに、黒いペンで巨大な魚の形が描かれる。小さな目、長い口髭、横にぱっくりあいた大きな口。長細いしずく型の全身に、真由美は無数の横線を描き込んだ。
「全身に巻きついた釣り糸を、伸ばしたり振ったりして攻撃してきますー。長さも本数もかなりあるでしょう。いくつかの先には釣り針もついています。大人の手くらいの大きさでしたー。目で見るほかに、糸の振動で獲物を見つけて襲ってきます。池の中や岸の一部にも糸をめぐらせてあるようですね」
ほとんどをナマズに占められたホワイトボードに、ナマズを囲んで蜘蛛の巣のような線を足す。その外側のほんのわずかなスペースに、6体の棒人間が描きそえられた。
「それから今回は、巻きこまれそうな方々がいらっしゃいます。H大学釣り同好サークルの皆さんですー」
地図の下に隠れていた薄い冊子を、真由美は開く。大学紹介用のパンフレットだ。サークル紹介のページに、6人の男性が肩を組んでいる写真が載っていた。
「明日の午前9時くらいから、池で釣りを始めるようですー。あまり時間はありませんが、どうか皆様、私の悪夢をただの夢にしてください」
地図と冊子をきちんと閉じると、覚者たちに向かって、真由美は深く頭を下げた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖1体の撃破。
2.男性6人の保護、または危険回避。
3.なし
2.男性6人の保護、または危険回避。
3.なし
糸は便利ですが、敵になると厄介です。釣り糸に絡まって死んだ生物が、時折話題になりますね。
今回は糸を操るナマズが相手です。
妖
・ナマズ(ランク2)
マイクロバスぐらいの大きさの生物系の妖。
本体の動きは鈍いが、全身に巻きついた釣り糸が鎧代わりになっている。
攻撃手段も釣り糸と釣り針。目以外に、糸を感覚器として使う。
スキル→縛る(単体に糸を絡ませて締め上げる。鈍化のバッドステータスを与える)
鞭打つ(列対象。複数の糸をより合わせた鞭で攻撃)
針で裂く(単体に釣り針をぶつける。50%の確率で出血のバッドステータスを与える)
場所
山の中腹の池、『なまずいけ』。25メートルプールくらいの広さ。深さは3メートル弱。
池の中は水草が密生し、水もよどんでいる。
池周辺に木はなく、大人の腰くらいの雑草が茂っている。
土が露出している部分は池から50センチくらいで、地面は湿ってやわらかい。
水や草の中に釣り糸が張られている部分があり、触れると振動が妖に伝わる。
北側の30メートル下に舗装道路があり、けもの道が池まで通じている。
時間
到着は朝。日が昇っており、視界は良好。
20ターン後に大学生6人が乗った車が、近くの道路に到着する。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年09月13日
2015年09月13日
■メイン参加者 6人■

●戦いの前に
「今のところ誰も来る気配はない」
芦原 赤貴(CL2001019)が道路を見回って戻ってきたときには、細いけもの道はロープと数枚の工事用看板によってふさがれていた。
「それなら戦いに集中できますね」
最後の1枚を固定し終えた賀茂 たまき(CL2000994)は、赤貴と、彼を抱えて看板を飛び越えた『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)に指で丸を作ってみせる。
「ここでいい、下ろしてくれ」
ヤマトにおろされた赤貴は、看板を縛りつけた杭に不定系守護使役の八重をふれさせた。浮かんだままくにゃんと『へんけい』し、八重は棒杭の形をまねる。
「よっし、じゃあ俺が先頭な!」
一方のヤマトは、黒い翼を広げたまま先頭に立っていた。足元に張られているかもしれない釣り糸に警戒するためだ。
ナマズの武器であり感覚器官である糸。それ触れることは、こちらの存在を妖に知らせることに、奇襲攻撃の失敗につながる。
「魚なのに大きいなんてギョっとしちゃうね」
たまき、赤貴と一緒にヤマトの後を歩く『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)の冗談も緊張気味だった。鳥系守護使役のカンタに『ていさつ』させつつ駄洒落を飛ばすが、笑えるほど余裕のある者はいない。
「魚が糸を武器にするなんて意図しないことだねぇ」
それでも健気に御菓子が2度目の駄洒落を口にしたとき、6人の視界が開ける。
「淀んだ池だ」
声を潜めて呟きながら、『幻想下限』六道 瑠璃(CL2000092)は油断なく周囲を見回した。鋭聴力、超視力をフル活用して情報を集め、得た全てを頭に入れていく。
「……はい、これ」
長良 怜路(CL2000615)はぐるぐると肩を回しているヤマトに、拾い上げたゴルフボール大の石を手渡した。これを池の反対側に投げつけ、自分たちの位置を誤認させたうえで後ろから襲う、というのが覚者たちの作戦だ。
「お、サンキュー」
石を受け取って感触を確かめ、ヤマトは高度を上げる。大人の腰くらいの生い茂った雑草につま先がかかる高さ。ここからなら、幅25メートルの池の対岸は十分狙える。
「みんな、ムリしないで怪我したら早めに後ろ下がってね」
「いいな? いくぞ!」
御菓子の声かけに全員がうなずき、戦闘態勢に入ったことを確認してから、ヤマトは力いっぱい腕を振りぬいた。石が空を切って飛び、とぶん、と音を立ててしぶきが上がる。
直後、巨大なしずく型の魚影が水面を破って飛び出した。
●糸の猛攻
「錬覇法!」
「錬覇法!」
「でかい……あ、錬覇法」
瑠璃、たまき、一拍遅れて怜路が、英霊の力を自身の身体に宿す。
「自衛か報復かは知らんが……オレは、人を妖に食わせる気は、ない」
静かに宣言した赤貴の身体を土の鎧が覆った。4人の声に反応して、ナマズがぬるりと身をくねらせる。ようやくだまされたと気づいたその鼻面をめがけ、ヤマトがギターを構えた。
「行くぜ! 燃えろオレの魂!」
かき鳴らされた6本の絃の振動が空気の弾となり、ボディに描かれた雄牛さながらにナマズに激突する。びちっ、とその尾がよどんだ水をはじき上げた。
「鞭が来ますよ!」
超視力で尾につながる糸の動きを見切ったたまきの警告より一瞬早く、同じスキルを持つ瑠璃が横に飛び退る。振り下ろされた釣り糸の束は、赤貴が前に出て大剣で受け止めた。銀の刀身と浮かんだ赤い文様が、朝の光の中で燦然と輝いている。
「人を絞め殺せる釣り糸に、当たった際の威力が弾丸に匹敵する錘。釣具は一種の武装だな」
足元の土が滑るのをこらえてバランスを取り、錬覇法で高めた力で、赤貴は糸の鞭を押し返す。太く寄り合わされた釣り糸を避けて瑠璃が大鎌で切りつけ、怜路が薄氷を放つ。
「死ぬまでに絡まった糸って事なのかな。釣ろうとしたやつらがそれだけいたのか……ここでしか住みようがないだろうにな」
「人間のせいでこうなってしまったとはいえ、このままにして置くわけにはいかないし……誰かが何とかしないといけないのなら、自分達が倒すしかない」
ぶちぶちと音を立てて数本の糸がナマズを離れるが、ナマズの動きを止めるには至らない。
「また鞭です!」
「まかしとけ!」
糸に触れた瑠璃を狙って振り回された鞭を、今度は土の鎧をまとったたまきと体内の炎の力を呼び起こしたヤマトが止めた。
「……薄氷」
鞭をとらえられたナマズに向かって再び怜路の氷が飛び、糸の隙間に突き刺さる。その氷を足掛かりに、瑠璃と赤貴が自身の獲物で黒い身体に斬りかかった。
「できれば、生きてるうちになんとかしてやりたかったけどさ、死んだ後も絡まったままなのは可哀想だ」
痛みにもだえたナマズの尾びれ目がけて、足に炎をまとわせたヤマトが突進する。尾につながる鞭を焼き切るのが狙いだ。
だが。
「危ない!」
「オレが全部、ぶっ飛ばし、て……っ!?」
たまきの警告は間に合わず、胸びれから伸びた糸が尾の端を焦がしたヤマトを直撃した。糸の先に光る釣り針がヤマトの蹴り足をえぐり、血がほとばしる。
「ヤマトくん!」
バランスを失って落下したヤマトに駆け寄ると、御菓子は自身の身体をかぶせるようにして治癒を始めた。掌からこぼれる癒しの滴が、大きな裂傷を癒していく。
「蒼鋼壁!」
尾びれの追撃を、たまきの作り出した土のシールドが阻んだ。反射攻撃を受けたナマズはいらだたしげに身をよじり、池にどぶんと身を沈めた。上に乗って攻撃していた瑠璃と赤貴が慌てて岸に飛び移る。
「うっ……!」
が、両足で土をとらえたはずの赤貴の身体がぐらりとかしいだ。細い糸が赤貴の左足首に巻きつき、瞬く間に腰までを縛り上げたのだ。とっさに『へんけい』させた八重の杭を岸に突き刺すが、止まれない。杭で地面を掘りながら、ずるずると、水の中へ引き込まれていく。まとった土の鎧が崩れる。
ナイフを構えた怜路が助けに向かうが、その腕にも糸は容赦なく巻きついた。
「引きずり込ませな……っ!」
「……!!」
たまきが隆槍で止めるより早く、怜路の体が沈む。声をあげる前に水がどっと喉に流れ込んだ。
●水を味方に
「しっかりしろ!」
水をかくのをやめた左腕で怜路の襟首をつかみ、赤貴はぐいと身体を岸に寄せた。杭の形になった八重をさらに深く土にめり込ませ、なんとか這い上がろうとする。
もがく2人の後ろで、よどんだ水が盛り上がった。
「お前の相手はオレだ」
2人を引きこもうとしたナマズの頭に向かって瑠璃がジャンプする。眉間に刺さった大鎌に、ナマズは声にならない悲鳴を上げてのけぞった。
「つかまってください!」
「引っ張り上げるぜ!」
「はい、回復必要な人ぉ~」
たまきとヤマトがその隙をついて駆け寄り、赤貴と怜路を池から助け出す。咳きこみながら地面に倒れこんだ2人を、御菓子の癒しの霧が柔らかく包み込んだ。直しきれていなかったヤマトの傷にも霧が染み込んでいく。
「……くっ」
「釣り針は止めます!」
ナマズに弾き飛ばされた瑠璃が霧を蹴散らしながら着地した。後を追ってきた釣り針をたまきが防ぐ。2度目の反射攻撃に、ナマズはさらに大きく尾を振って身もだえた。尾につながる鞭が御菓子目がけて振り下ろされる。
「ぐあっ」
「きゃあっ」
咄嗟にヤマトがB.O.Tを放つが止めきれず、御菓子と一緒に地面に叩きつけられた。
「……大丈夫?」
ようやく水を吐き切った怜路が、神秘の力を込めたしずくを飛ばす。
「癒しの滴……!」
「填気!」
気力体力ともに大きく消耗した御菓子に、癒しの滴は瑠璃の填気と同時に届いた。回復の要が倒れれば、形勢が一気に傾いてしまう。2人の回復技の裏にあるその不安を振り払うように、御菓子は顔をあげた。
「ちっちゃいからってバカにすると痛い目見るんだよ」
見上げるようなナマズの巨体を睨む御菓子の全身から、霧が吹き上る。全ての味方を癒す霧が、膝をついた瑠璃を、ずぶ濡れの赤貴と怜路を、息を切らすたまきを、血を流すヤマトを包み込む。再び立ち上がる力を与える。
「釣り針が来ます!」
たまきの声を合図に、一斉に覚者たちは動いた。岸に乗りあげんばかりに突っ込んでくるナマズに向かってとびかかる。
「体の糸が減ってますね。反射でも狙えそうです」
「一気に決めるぞ」
たまきの蒼鋼壁が跳ね返した釣り針が黒い表皮を裂いた。傷口をさらに瑠璃の大鎌がえぐる。
「開く場所には、流石に糸はあるまい」
悲鳴を上げたのか、噛みつこうとしたのか、かっと開いた大きな口を赤貴が勢いよく切りつけた。ちぎれた糸と一緒に濁った水滴が飛ぶ。泥のようなそれは、腐ったナマズの血液だ。
「アイツをもう楽にしてやろう! 行くぜ相棒!」
ギターから放たれた衝撃波が後ろからナマズを襲う。再び舞い上がったヤマトの一撃は、ほつれかけていた糸の鞭を断ち切ってナマズに命中した。半死半生でぐったりとしたナマズの前に、怜路が立つ。
「……」
優しいと言っていいほどの手つきで投げられた呪符の攻撃を最後に、巨大な身体が動かなくなる。
「……虚しい」
ぽつんと呟いた怜路の目の前で、妖はするすると縮んで小さなナマズの死体に戻っていった。
●戦いの後は
「土は土に、灰は灰に、魚は水に……だね」
水際に作った小さな墓に手を合わせてから、御菓子は横で目を閉じて祈るたまきの肩を優しくたたいた。
「……後片づけ、ですね」
「ほら、タオル」
うなずいたたまきは、瑠璃の差し出したタオルを素直に受け取ってお礼を言った。戦いの終わった池の周りで、せめてこれ以上の同じような妖が出ないようにと、覚者たちは岸に落ちた釣り糸を拾っている。
「……きりがない」
大きな糸の塊を拾い上げた怜路がぼやいたように、糸は拾っても拾っても草の間に見つかった。
「池の中まではさすがに手を出せないからな」
池の中にも水草を透かして自転車やごみが見える。行政に清掃依頼を出すための写真を撮り終えると、赤貴も糸を探して草の間にかがんだ。
「おーい!」
看板を片付けに行っていたヤマトが、足音高く戻ってくる。H大学釣り同好会の面々がその後ろに従っていた。
「お兄さんたちも手伝ってくれるってさ! 釣りは、マナーと自然を守って楽しく!」
な? と人懐っこく笑ったヤマトに、大学生6人もうなずいて軍手をはめる。自然保護活動に反対、というわけでもないらしい。
草の根を分けて糸を拾う12人の背後で、池の魚が小さく跳ねる音がした。
「今のところ誰も来る気配はない」
芦原 赤貴(CL2001019)が道路を見回って戻ってきたときには、細いけもの道はロープと数枚の工事用看板によってふさがれていた。
「それなら戦いに集中できますね」
最後の1枚を固定し終えた賀茂 たまき(CL2000994)は、赤貴と、彼を抱えて看板を飛び越えた『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)に指で丸を作ってみせる。
「ここでいい、下ろしてくれ」
ヤマトにおろされた赤貴は、看板を縛りつけた杭に不定系守護使役の八重をふれさせた。浮かんだままくにゃんと『へんけい』し、八重は棒杭の形をまねる。
「よっし、じゃあ俺が先頭な!」
一方のヤマトは、黒い翼を広げたまま先頭に立っていた。足元に張られているかもしれない釣り糸に警戒するためだ。
ナマズの武器であり感覚器官である糸。それ触れることは、こちらの存在を妖に知らせることに、奇襲攻撃の失敗につながる。
「魚なのに大きいなんてギョっとしちゃうね」
たまき、赤貴と一緒にヤマトの後を歩く『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)の冗談も緊張気味だった。鳥系守護使役のカンタに『ていさつ』させつつ駄洒落を飛ばすが、笑えるほど余裕のある者はいない。
「魚が糸を武器にするなんて意図しないことだねぇ」
それでも健気に御菓子が2度目の駄洒落を口にしたとき、6人の視界が開ける。
「淀んだ池だ」
声を潜めて呟きながら、『幻想下限』六道 瑠璃(CL2000092)は油断なく周囲を見回した。鋭聴力、超視力をフル活用して情報を集め、得た全てを頭に入れていく。
「……はい、これ」
長良 怜路(CL2000615)はぐるぐると肩を回しているヤマトに、拾い上げたゴルフボール大の石を手渡した。これを池の反対側に投げつけ、自分たちの位置を誤認させたうえで後ろから襲う、というのが覚者たちの作戦だ。
「お、サンキュー」
石を受け取って感触を確かめ、ヤマトは高度を上げる。大人の腰くらいの生い茂った雑草につま先がかかる高さ。ここからなら、幅25メートルの池の対岸は十分狙える。
「みんな、ムリしないで怪我したら早めに後ろ下がってね」
「いいな? いくぞ!」
御菓子の声かけに全員がうなずき、戦闘態勢に入ったことを確認してから、ヤマトは力いっぱい腕を振りぬいた。石が空を切って飛び、とぶん、と音を立ててしぶきが上がる。
直後、巨大なしずく型の魚影が水面を破って飛び出した。
●糸の猛攻
「錬覇法!」
「錬覇法!」
「でかい……あ、錬覇法」
瑠璃、たまき、一拍遅れて怜路が、英霊の力を自身の身体に宿す。
「自衛か報復かは知らんが……オレは、人を妖に食わせる気は、ない」
静かに宣言した赤貴の身体を土の鎧が覆った。4人の声に反応して、ナマズがぬるりと身をくねらせる。ようやくだまされたと気づいたその鼻面をめがけ、ヤマトがギターを構えた。
「行くぜ! 燃えろオレの魂!」
かき鳴らされた6本の絃の振動が空気の弾となり、ボディに描かれた雄牛さながらにナマズに激突する。びちっ、とその尾がよどんだ水をはじき上げた。
「鞭が来ますよ!」
超視力で尾につながる糸の動きを見切ったたまきの警告より一瞬早く、同じスキルを持つ瑠璃が横に飛び退る。振り下ろされた釣り糸の束は、赤貴が前に出て大剣で受け止めた。銀の刀身と浮かんだ赤い文様が、朝の光の中で燦然と輝いている。
「人を絞め殺せる釣り糸に、当たった際の威力が弾丸に匹敵する錘。釣具は一種の武装だな」
足元の土が滑るのをこらえてバランスを取り、錬覇法で高めた力で、赤貴は糸の鞭を押し返す。太く寄り合わされた釣り糸を避けて瑠璃が大鎌で切りつけ、怜路が薄氷を放つ。
「死ぬまでに絡まった糸って事なのかな。釣ろうとしたやつらがそれだけいたのか……ここでしか住みようがないだろうにな」
「人間のせいでこうなってしまったとはいえ、このままにして置くわけにはいかないし……誰かが何とかしないといけないのなら、自分達が倒すしかない」
ぶちぶちと音を立てて数本の糸がナマズを離れるが、ナマズの動きを止めるには至らない。
「また鞭です!」
「まかしとけ!」
糸に触れた瑠璃を狙って振り回された鞭を、今度は土の鎧をまとったたまきと体内の炎の力を呼び起こしたヤマトが止めた。
「……薄氷」
鞭をとらえられたナマズに向かって再び怜路の氷が飛び、糸の隙間に突き刺さる。その氷を足掛かりに、瑠璃と赤貴が自身の獲物で黒い身体に斬りかかった。
「できれば、生きてるうちになんとかしてやりたかったけどさ、死んだ後も絡まったままなのは可哀想だ」
痛みにもだえたナマズの尾びれ目がけて、足に炎をまとわせたヤマトが突進する。尾につながる鞭を焼き切るのが狙いだ。
だが。
「危ない!」
「オレが全部、ぶっ飛ばし、て……っ!?」
たまきの警告は間に合わず、胸びれから伸びた糸が尾の端を焦がしたヤマトを直撃した。糸の先に光る釣り針がヤマトの蹴り足をえぐり、血がほとばしる。
「ヤマトくん!」
バランスを失って落下したヤマトに駆け寄ると、御菓子は自身の身体をかぶせるようにして治癒を始めた。掌からこぼれる癒しの滴が、大きな裂傷を癒していく。
「蒼鋼壁!」
尾びれの追撃を、たまきの作り出した土のシールドが阻んだ。反射攻撃を受けたナマズはいらだたしげに身をよじり、池にどぶんと身を沈めた。上に乗って攻撃していた瑠璃と赤貴が慌てて岸に飛び移る。
「うっ……!」
が、両足で土をとらえたはずの赤貴の身体がぐらりとかしいだ。細い糸が赤貴の左足首に巻きつき、瞬く間に腰までを縛り上げたのだ。とっさに『へんけい』させた八重の杭を岸に突き刺すが、止まれない。杭で地面を掘りながら、ずるずると、水の中へ引き込まれていく。まとった土の鎧が崩れる。
ナイフを構えた怜路が助けに向かうが、その腕にも糸は容赦なく巻きついた。
「引きずり込ませな……っ!」
「……!!」
たまきが隆槍で止めるより早く、怜路の体が沈む。声をあげる前に水がどっと喉に流れ込んだ。
●水を味方に
「しっかりしろ!」
水をかくのをやめた左腕で怜路の襟首をつかみ、赤貴はぐいと身体を岸に寄せた。杭の形になった八重をさらに深く土にめり込ませ、なんとか這い上がろうとする。
もがく2人の後ろで、よどんだ水が盛り上がった。
「お前の相手はオレだ」
2人を引きこもうとしたナマズの頭に向かって瑠璃がジャンプする。眉間に刺さった大鎌に、ナマズは声にならない悲鳴を上げてのけぞった。
「つかまってください!」
「引っ張り上げるぜ!」
「はい、回復必要な人ぉ~」
たまきとヤマトがその隙をついて駆け寄り、赤貴と怜路を池から助け出す。咳きこみながら地面に倒れこんだ2人を、御菓子の癒しの霧が柔らかく包み込んだ。直しきれていなかったヤマトの傷にも霧が染み込んでいく。
「……くっ」
「釣り針は止めます!」
ナマズに弾き飛ばされた瑠璃が霧を蹴散らしながら着地した。後を追ってきた釣り針をたまきが防ぐ。2度目の反射攻撃に、ナマズはさらに大きく尾を振って身もだえた。尾につながる鞭が御菓子目がけて振り下ろされる。
「ぐあっ」
「きゃあっ」
咄嗟にヤマトがB.O.Tを放つが止めきれず、御菓子と一緒に地面に叩きつけられた。
「……大丈夫?」
ようやく水を吐き切った怜路が、神秘の力を込めたしずくを飛ばす。
「癒しの滴……!」
「填気!」
気力体力ともに大きく消耗した御菓子に、癒しの滴は瑠璃の填気と同時に届いた。回復の要が倒れれば、形勢が一気に傾いてしまう。2人の回復技の裏にあるその不安を振り払うように、御菓子は顔をあげた。
「ちっちゃいからってバカにすると痛い目見るんだよ」
見上げるようなナマズの巨体を睨む御菓子の全身から、霧が吹き上る。全ての味方を癒す霧が、膝をついた瑠璃を、ずぶ濡れの赤貴と怜路を、息を切らすたまきを、血を流すヤマトを包み込む。再び立ち上がる力を与える。
「釣り針が来ます!」
たまきの声を合図に、一斉に覚者たちは動いた。岸に乗りあげんばかりに突っ込んでくるナマズに向かってとびかかる。
「体の糸が減ってますね。反射でも狙えそうです」
「一気に決めるぞ」
たまきの蒼鋼壁が跳ね返した釣り針が黒い表皮を裂いた。傷口をさらに瑠璃の大鎌がえぐる。
「開く場所には、流石に糸はあるまい」
悲鳴を上げたのか、噛みつこうとしたのか、かっと開いた大きな口を赤貴が勢いよく切りつけた。ちぎれた糸と一緒に濁った水滴が飛ぶ。泥のようなそれは、腐ったナマズの血液だ。
「アイツをもう楽にしてやろう! 行くぜ相棒!」
ギターから放たれた衝撃波が後ろからナマズを襲う。再び舞い上がったヤマトの一撃は、ほつれかけていた糸の鞭を断ち切ってナマズに命中した。半死半生でぐったりとしたナマズの前に、怜路が立つ。
「……」
優しいと言っていいほどの手つきで投げられた呪符の攻撃を最後に、巨大な身体が動かなくなる。
「……虚しい」
ぽつんと呟いた怜路の目の前で、妖はするすると縮んで小さなナマズの死体に戻っていった。
●戦いの後は
「土は土に、灰は灰に、魚は水に……だね」
水際に作った小さな墓に手を合わせてから、御菓子は横で目を閉じて祈るたまきの肩を優しくたたいた。
「……後片づけ、ですね」
「ほら、タオル」
うなずいたたまきは、瑠璃の差し出したタオルを素直に受け取ってお礼を言った。戦いの終わった池の周りで、せめてこれ以上の同じような妖が出ないようにと、覚者たちは岸に落ちた釣り糸を拾っている。
「……きりがない」
大きな糸の塊を拾い上げた怜路がぼやいたように、糸は拾っても拾っても草の間に見つかった。
「池の中まではさすがに手を出せないからな」
池の中にも水草を透かして自転車やごみが見える。行政に清掃依頼を出すための写真を撮り終えると、赤貴も糸を探して草の間にかがんだ。
「おーい!」
看板を片付けに行っていたヤマトが、足音高く戻ってくる。H大学釣り同好会の面々がその後ろに従っていた。
「お兄さんたちも手伝ってくれるってさ! 釣りは、マナーと自然を守って楽しく!」
な? と人懐っこく笑ったヤマトに、大学生6人もうなずいて軍手をはめる。自然保護活動に反対、というわけでもないらしい。
草の根を分けて糸を拾う12人の背後で、池の魚が小さく跳ねる音がした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
