黒い衣、真っ赤な舌
黒い衣、真っ赤な舌



「……今日は無理かあ」
 五麟市郊外、小泉水川中流。釣り好きの少年・信彦は、ぱらつく時雨も気にせずにこの川に釣りに来ていた。しかし一向に釣れない。そろそろ陽が落ち、気温もうそ寒くなってくる。そろそろ潮時かな、と彼が思ったその時だった。
「……マジかよ」
 不思議――と言うほどでもないことが起こった。ぱらぱらと信彦のジャンパーを叩いていた時雨が、突如すさまじい豪雨となって降り注いだのである。それまでは小さな水滴を弾いて転がしていた撥水加工のジャンパーが、みるみるうちに濡れそぼり、信彦の身体に水を通す。「やっべ!」慌てて道具を片付け、信彦は帰り支度をする。その時――
「……何だ……?」
 信彦は思わず手を止め、川の上流を振り仰いだ。――サイレンが鳴っている。しかし、何の?
「火事……なわけないよな。じゃあ、時報……?」
 山の天気は変わりやすい――この時の信彦は、その程度にしか思っていなかった。
 信彦は知らなかった。この豪雨がゲリラ豪雨などではなく、ちゃんと天気予報で予測されていたことを。
 そして、貯水池の水量を調節するために、その予測が当たった場合、上流の五麟ダムで放水が行われることを――


「お。来ましたね。どうやら」
「――南。連絡取れたぞ。放水ゴーだ。サイレン鳴らせ」
「了解です」
 小泉水川上流・五麟ダム。雨が強くなってきたのを見た職員の南は上司の佐原にそう言われ、放水警報のスイッチを押した。周囲にけたたましいサイレンの音が響き渡る。「15分後に放水開始だ。各部最終チェック。出来次第報告しろ」
「了解です」
『――待てい!』
「「!?」」
 サイレンをかき消し突如響き渡った大音声に、南と上司は思わず振り返った。
 ――不思議なことが起きていた。貯水池を見下ろせる管理棟の窓。その窓一杯に、巨大な赤い顔が浮かんでいた。凶悪な顔が二人を睥睨し、顔の後ろではまるでマントか何かのように、黒雲が不穏な呻きを上げながら渦巻いている。その全長――およそ30メートル前後。顔の直径だけでも3メートルは下らない。「さ、佐原さん! 何すかあれ!」「し、知るか!」
『お前らの勝手で放水などさせん! 今日よりこの川は俺が取り仕切る!』
「何!?」
「何を言ってるんだお前は! いったい何者なんだ!?」
『大昔の人間は赤舌とか呼んだものだがな! とにかく、放水をしたいのなら俺に話を通してからにしてもらおう!』
「ふざけるな! このダムは俺達人間が造ったものだ! お前に仕切られる筋合いは無い! 南! 緊急放水だ!」
「い、いいんすか!?」
「緊急事態だ! 上には俺から説明する! 15分ぐらい早まったって怒られやしねえよ! 放水!」
「は、はい!」
 南は放水ボタンを押した。しかし――
「な、なんで!? ボタンがきかない!」
『ふはははは! 俺に話を通せと言ったろうが! 俺の許しが無い限り、お前らはこの水門に手出しをすることは出来ん!』
「さ、佐原さん――!」
「このバケモノが――放水をしなけりゃ貯水池が溢れて大変なことになる! 何が何でも放水はするからな! お前の勝手にはさせねえぞ、この腐れ外道が!」
 佐原の言葉に、赤舌が眼を剥く。『お前――さっきから口が悪いな』
『身の程を知れ、クソバカが!』
「な――!?」
 黒雲の中から、鋭い爪を備えた巨大な腕が現れた。それが大きく一振りされ――管理棟は、中の佐原と南ごと吹き飛んだ。


「というわけで、今回は両面作戦がいいだろうな」
 久方相馬(nCL2000004)は予知夢の顛末を説明し、最後にそう締めくくった。「信彦を助けに行くやつと、ダムで古妖・赤舌の相手をするやつ。まあ、赤舌の能力で放水は止まってるんだけど、雨降ってるしな。早く助けてやらないと風邪引いちまう。インフル流行ってるしな。インフル」
「――古妖なんだ」
 覚者《トゥルーサー》の一人の言葉に、相馬は頷く。「古妖・赤舌。巨大な身体と真っ赤な舌を持つ妖怪で、水門を司る能力を持つらしい。どうして今出てきたかは不明だが――どうも血の気が多いのは確かだな。本当にダムを仕切られても困るし、追い払うしかないだろう」
「――信彦君を助けに来たんじゃないのか?」
 覚者の言葉に、相馬は首を振る。「さあね」
「それも含めて一切不明だ。言葉からすると違うな。この街への侵略とか、そこまででかいことも考えてなさそうだけど。とにかく、俺達のやることはいつもと同じ。一般人の救出と、敵の撃破。それだけだ。深く考えずにいこうぜ」
 言って、相馬は最後にこう付け加えた。「そうそう。雨降ってるから気をつけてな。戦闘するなら傘じゃダメだぞ。――いや、あえて傘でいくのもお洒落かな?」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:鳥海きりう
■成功条件
1.赤舌の撃退
2.信彦の救出
3.なし
 皆様こんにちは。鳥海きりうです。よろしくお願いします。
 古妖・赤舌との戦闘シナリオです。赤舌の撃退及び信彦の救出が成功条件となります。


 敵及びサブキャラクターのご紹介です。

・赤舌
 古妖。全長30メートルの威容と、水門を司る能力を持つ。攻撃手段は長い腕での格闘。

・信彦
 釣り好きの少年。現在位置は小泉水川中流で、上流・ダムからはやや離れている。


 赤舌はダム・管理棟前に浮遊している状態です。ダムを足場に戦うことになると思いますが、足場が微妙に狭いです。攻撃手段は射撃等がメインになるでしょう。
 格闘戦を仕掛けるなら何か作戦が必要です。飛行できるキャラクターなら問題ありませんが。

 赤舌が撃退されない限り、原則として放水は行われません。信彦の信彦の救出自体には時間的余裕がありますが……風邪引かないように、早めに助けてあげてください。
 また、安全を確保するのなら、待たせるよりは連れて帰ってあげるのが最善です。必然的に戦闘には参加できませんが、描写はバランスよく行おうと思います。採点に関しても戦闘チームとは違う計算式で行います。……え? この際連れて行く?

 現場は強い雨が降っています。皆様もインフルにはお気をつけください。


 簡単ですが、説明は以上です。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年03月01日

■メイン参加者 6人■



『身の程を知れ、クソバカが!』
「な――!?」
 赤舌の身体、首の後ろの黒雲から巨大な腕が伸びる。豪雨に濡れた爪が管理棟に向けられ、勢いよく
「すみませーん」
『――?』
 場違いに響いた声に、思わず赤舌の腕が止まった。声がしたほうを振り返る。――雨煙の向こうに五つの人影。先頭に立つ眼鏡の少年が、赤舌に向かって声を上げる。
「ちょっと、聞きたいんですけどー」
『何だ、お前は!?』
 訊き返して来た赤舌に少年は一瞬考え、答えた。「僕は石和佳槻。で、僕達は《F.i.V.E.》から来た覚者です。――この説明で通じるのかな」
 石和佳槻(CL2001098)は最後にそう呟く。『今は取り込み中だ! 用事が無いなら帰れ、小僧!』
「あーだから、聞きたいことがあるんですってば」
『何だ!?』
 佳槻は軽く息を吸い込み、口を開いた。
「話を通せというのは何をしろということなんでしょうか? ダムの存在が気にくわないのか、それとも他の理由があって放水を止めているのか。職員の人もちらっと言ってたと思いますが、放水をしないと貯水湖が溢れて下流に住む人や動物が危険にさらされるんです。お互いに言い方が悪い部分もあったとは思いますが、平和的に立ち去っていただけるのであれば」
 攻撃。赤舌の長い腕が佳槻に振り下ろされた。佳槻はバックステップでかわす。
『長いわ! 時間のかかる用事なら後にせい!』
「短気だなあ」
「……交渉は決裂。プランBへ移行する」
 赤坂・仁(CL2000426)は呟き、掌を赤舌に向けた。《念弾》。念で作られた光弾が赤舌に飛ぶ。命中。しかし、赤舌の巨体は小揺るぎもしない。
『邪魔をするか! よかろう、ならばお前らから相手をしてやる!』
 言って、赤舌が五人に向き直る。浮遊する巨体が覚者達に近づき、黒雲が頭上を覆う。
「……赤舌。赤口、赤舌日。なら、多言は無用ね。引き締めていきましょう」
《溶けない炎》鈴駆・ありす(CL2001269)が呟き、左の掌を翳す。「悪いけど、止めさせてもらうわ」《破眼光》。命中。光線が赤舌を射抜き、赤舌がありすを振り返る。
『ふふん。せいぜい頑張るがよいわ。しかしお前、俺に弓を引くのがどれほど身の程知らずなことか――分かっておろうな!?』
「呪いが効いてない……まさか、本当に……?」
 伝承に語られる赤舌の正体。陰陽道に於いて太歳の西門を守る、第三の羅刹神。この古妖が本当にそうとは限らない。しかし、もしそうだとしたら――勝てないかもしれない。戦力的にはともかく、天候と足場が最悪だ。敵のフィールドに正面から入り込んでいるようなもの。状況によっては作戦変更も考慮すべきだろう。
「……やるしか無いのかなあ……!」
「うはは! アレだ!! 地上げ屋さんな妖か!! パねえ! いっちょまえにダム取り仕切ろうとかしてんぜ!! 超ウける!!」
 佳槻が仁に《水衣》をかけ、不死川苦役(CL2000720)が《棘一閃》で攻撃する。命中――したはずだが、身体を狙った種子弾はその黒雲に飲み込まれ、消えた。『地上げ屋――? お前、何か勘違いしてないか?』
「勘違いしてんのお前のほうじゃね? どうせ壊すか殺すしか能がねーのにな。ほらー、良く言うじゃん? 適材適所、って。ちゃんと色々操作覚えられる奴じゃねえとダメだよなー。機械に強い男はモテるって聞くぜ!?」
『……よく分からんが、要するに、お前俺のことバカにしてるな?』
「あ、バレた?」
『上等だ! 生きて帰れると思うなよ、お前ら!』
 吼えて、赤舌は最後の一人を振り返った。『お前も! 邪魔立てするのなら無事では済まさんぞ! その覚悟があるならかかってくるがいい!』
「……」
 そう言われ、黒いレインコートにゴーグルをかけた《恋路の守護者》リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は唇に指を当て、小首を傾げた。「んー……」
「今のところ、保留デスネ」
『……あ?』
 ウインクしたリーネに赤舌がそんな声を上げ、他の四人が思わず振り返った。


「おおーい!」
 サイレンの音に続いてそんな声が聞こえ、信彦は思わず振り返った。赤い雨合羽を着込んだ人影が、自分に向かって手を振りながら降りてくる。「な、何だよ、あんた……?」
「オレは奥州一悟。ダムの写真を撮りに来た、カメラマン……みたいなもんさ。それよりお前、このサイレンが聞こえないのか? これはダムの放水警報だ。早く上がらないと放水が始まって流されるぞ」
 奥州一悟(CL200076)がそう言い、信彦は微かに首を傾げた。「カメラマン……? それが、なんでわぷっ」一悟が信彦にタオルを被せ、勢いよく拭いてやる。
「上からお前の姿がちらっと見えたんだよ。もう一つ合羽があるから貸してやる。とりあえずそれ着て、自転車は置いといてバスで帰るぞ。雨に濡れるし、急がないとヤバいからな」
「い――いいよ、合羽貸してくれるんならチャリこいで帰るから」
「ダメだ。お前がちゃんと安全なルートで帰れるか分からない。それに、ダムの方で戦闘が起きてる。少しでも早く、遠くへ離れたほうが安全だ」
「せ、戦闘――?」
 怖気づく信彦に、一悟は笑いかけた。
「大丈夫だよ。こっちにまで戦闘が飛び火することは無い。――あいつらなら、な」


『……ふん、まあいい。それではそろそろこちらの番といこうか。ここまでの攻撃と態度を鑑みたところ』
 赤舌は言葉を切り――苦役を睨みつけた。
『まず天罰を降すべきは、お前だなあ!』
「いらっしゃっせー! 舌どころか全身血塗れにしてやんよ!!」
 赤舌が腕を振り下ろす。命中。咄嗟に横へ跳んで直撃は避けたが、横に薙ぐような腕の攻撃によって苦役はダムの上から放り出された。「っとと!」咄嗟にダムの縁を掴み、転落を避ける。
「……《念弾》による攻撃は効果が少ない。攻撃手段を変更する」
 呟き、仁はグレネードランチャーを腰だめに構える。発射。『ぬう!?』炸裂。黒雲を薙ぐように爆光が咲き、赤舌がたじろぐ。
「……どうやら、効いたようだな。……純粋な単体攻撃より、広範囲攻撃のほうが有効……?」
「呪いが効かないなら、これはどう!?」
 続いてありすが《火炎弾》を放つ。命中。黒雲の中央を爆光が吹き飛ばし、赤舌がありすを睨みつける。『先程からちょろちょろと! それで攻撃のつもりか、小娘!?』
「り、理不尽じゃない!? 似たような攻撃なのになんで私はダメなのよ!」
「(やはり……? しかし、敵は一体のはずだ……!)」
『よく見るがいい! 攻撃とは、こうするのだ!』
 赤舌が腕を振り下ろす。回避。ありすはすんでのところで横へ跳び、『バカめ、そっちは崖だ!』赤舌が哄笑を上げる。横に跳んだありすの身体は足場から外れ、貯水湖に続く宙へ浮いた。そしてそのまま――
 浮いた。『……何!?』
「……ゆる、開眼。そっちが理不尽なら、こっちも遠慮無く理不尽にいくわ」
『ゆる~』
 守護使役・ゆるゆるの《ふわふわ》の能力。ありすは空中で態勢を立て直し、平然とそこからダムの足場へと戻った。
「やれやれ。もうすっかり戦闘モードだなあ」
「っしゃ! ありがとよ、メガネちゃん!」
 佳槻は苦役が足場に上がるのを手伝っていた。引き上げが終わり、ついでに《癒しの滴》で回復する。「メガネちゃん」「あれ? 君のがよかった?」「……いや、どっちでもいいけど」
「(……ドウユウ意図があって現れたか解りマセンガ、結果的にはこの赤舌という古妖が信彦君の危機を救ってるのは確かナノデスヨネ……そう考えると、あまり酷い事したくないデスネー……)」
 相手の真意を知るのが第一と考えていたリーネは、そう思いながらライフルを構えた。――しかし、撃たない。牽制弾でも、撃てばそれが意思表示になる。なんとかもう一度対話に持ち込めないものか――
『ちょろちょろと目障りな――! そろそろ片をつけてくれるわ! 覚悟はいいか!』
 赤舌の大音声が響き、リーネは思わず銃口を持ち上げた。


「なあ。お前、学校どこだ?」
 小泉水川中流付近。一悟と信彦は屋根のあるバス停に座り、身体を拭きながらバスを待っていた。信彦は気持ち小声で「五麟附属」と答える。
「お? じゃあ俺と同じじゃん! 前にどっかで会ったかもな!」
「……うん」
 いまいち反応が悪い。一悟は小さくため息を吐き、言葉を続ける。「なあ。赤舌って聞いたことあるか」
「……赤舌?」
「俺もよく知らないんだけどな。水門とかを司る妖怪なんだとさ。赤い顔で図体がでかくて。――知ってるか?」
「……知らない。なんでそんなこと聞くんだよ?」
「……いや。知らないなら、いいんだけどよ」
 言って、一悟はもう一つため息を吐く。――知り合い、という線は無さそうだ。それを伝えに戻るべきだろうか。――いや、今はこいつの安全確保を優先すべきだ。「お」
「バス来たな。いくぞ、信彦」
「――うん」
 雨煙にライトを光らせてバスが近づいてくる。二人が出て行って手を挙げると停車し、ドアが開いた。


「そううまくいくかな? ――任務を続行する」
 仁がグレネードを撃つ。『ふん!』「何!?」赤舌は黒雲を巻き上げて回避し、そこから腕を仁に伸ばす。命中。仁は吹き飛び、しかし辛うじて着地し転落を防ぐ。ありすの《破眼光》が赤舌の腕を斬り裂く。反撃。咆哮と共に振るわれた腕がありすを再び宙へ吹き飛ばす。「しょうがない、か……!」佳槻がスリングショットで攻撃するが、これにも赤舌は動じない。反撃に赤舌は黒雲からもう一本腕を繰り出すが、佳槻はまたもバックステップでかわした。「ていうか、これさ」苦役が繰り出された腕を狙って改造エアガンを撃つ。命中。『小僧が!』「おっと!」もう一本の腕が振るわれ、しかし苦役は身を逸らしてかわした。
「こう、デスカネ」
 狙撃。リーネの撃った銃弾が赤舌の頬を穿った。ドス黒い血が流れ落ち、赤舌はリーネを睨みつけ、流れた血を赤く長い舌で舐め取り、笑った。
『――保留、ではなかったのか?』
「……仲間がやられているのに、これ以上放っとけマセンネ」
『ふん』
 赤舌の巨体が五人から離れた。展開していた腕が黒雲に収納され、徐々に上昇していく。『飽いたわ。今日はこの辺にしておいてやる。しかし、これで終わったと思うなよ』
「――待って! 貴方いったい何が目的なの!? 川が欲しいわけでもないでしょう! 中流の少年ならこちらで救出したわ!」
 ありすの言葉に赤舌はふんん、と鼻を鳴らす。
『川が欲しい、は確かに違うな。――この川はもともと俺のものよ。それを取り戻しに来ただけのこと』
「――な」
「……つまり、このダムを破壊するか制圧するかして、この川を自分の支配下に置きたいワケデスカ?」
『然り』
「なら、オッケーデース」
 リーネは言い、笑った。この川は五麟市のライフライン。この川を支配するということは、五麟市を支配するも同然だ。即ち。
「今度会ったら、確実に仕留めてあげマスネー」
『出来るかな? お前に』
 言葉と共に、赤舌の巨体は宙に消えた。


「――のぉぶひこおおおおお!」
 雷が落ちた。五麟市内、信彦の自宅前。信彦を連れ帰った一悟が事情を説明すると、迎えに出た母が烈火の如く怒り出したのである。
「なんで天気予報ぐらい見ないの! ていうか今日は天気が悪くなるから早く帰ってきなさいっつったでしょうが! それを私がいない間に勝手に出て行って人様に迷惑かけて! まったくバカじゃないのお前は!」
「うるせえな! こうやってちゃんと帰ってきたんだからいいだろ! 雨ぐらいでいちいち大げさなんだよこのヒスババア!」
「んだとおおおおお!?」
「あ、あのお母さん、雨降ってるんで、もうそんくらいで」
 思わず一悟が仲裁に入り、信彦母は慌てて笑顔を作り直した。「本当にありがとうございました。なんてお礼を言ったらいいか……信彦。お前もちゃんとお礼言いなさい」
「さっき言ったからいいよ」
「もっかい言えっつってんの!」
「んなこと指図される覚えは無えよ」
「ああ!?」
「あ、あのお母さん大丈夫です。当然のことをしたまでですから」
 思わず一悟が仲裁に入り、信彦母はおほほ、と笑う。「信彦」一悟が声をかけ、信彦が一悟を見上げる。
「――勝負の時は、天気にも気を配れ。釣りには大事なことだ」
「……うん」
「最初から素直にそう言いなさいよ」
「けっ」
「こ、この……」
「お、お母さん」
 思わず一悟が仲裁に入り――ふと、背後の山を振り返った。「……まあ、大丈夫か」


 ボタンを押すと、ダム全体が静かに鳴動し始めた。「――よし。水門運転開始。放水オッケーです」
「よし。――どうもありがとうございました。あのバケモノが出てきた時はどうなることかと」
 佐原はそう言って覚者達を振り返った。佳槻は小さく肩を竦める。「人間って、いろんな事をなめて掛かってるみたいだね」「――はい?」
「意地になって放水しようとしたあんた達も、気象情報を調べずに山に入った少年も。――それがいずれ、酷いことにならなければ良いけど」
「……我々は仕事をしたまでです。それをあのバケモノは自分勝手な理屈で邪魔しようとした。我々は、対応が間違っていたとは思っていませんよ」
「それは人間の傲慢だよ」
「よしましょう、佳槻さん。――今更詮無いことよ」
 言って、ありすは背を向けて歩き出した。佳槻はそれを振り返り、ため息を吐いて自分も立ち去る。「……任務完了を確認。速やかに撤収する」「全く、出てくるなら晴れの日にしてくんねーかな!! ジメジメすっじゃん! 陰気な妖だなもう!!」仁と苦役も言いながら背を向け、歩き出す。
「……あいつ、多分また来ますネ。だからってどうにもできないでしょうケド……警告だけはしておきマース」
 言って、リーネも背を向けた。雨はまだ止まない。雨音に混じってダムの上をしとしとと歩く。
「……『舌は禍の門』よ。ねえ、赤舌サン?」
 眼下の貯水湖を見下ろし、ありすは小さく呟いた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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