地下室の鍵
●肝試しの代償
「きゃーっ、こわあいっ」
「俺がついてるだろ」
屋根の落ちた平屋で、夜の山奥に似つかわしくないきゃぴきゃぴした声が上がる。だらしない服装の男と化粧の濃い女。両者下心丸見えの肝試しだ。
2人がいるのは、かろうじて壁の残っている西側の部屋だった。納戸のようだが床には何もなく、かわりに頑丈な上げ戸がついている。
「怖がりさんだなあ、ったく。つーか」
がたん。
不意に聞こえた物音に、男の言葉が止まった。女もこわごわと辺りを見回す。
がたん、がたん。
二人の視線が床にくぎ付けになる。音の出どころは、扉の下だ。
「泥棒?」
「や、ここにはいないっしょ」
「風?」
「ねーよ。地下だぜ」
「ってことは……」
女が一歩後ずさるが、男は上げ戸に手をかけた。
「まじですげえ発見しちゃったりして」
開けた戸の下には階段が伸びている。その一番下の段で、何かが動いた。
「……箱?」
赤いペンキの剥げた鉄の工具箱が、がたん、がたん、と階段にぶつかっているのだ。昇りたいが、段の高さまで飛び上がることができないらしい。
「アヤカシ、ってやつう?」
「連れて帰れそうじゃね?」
階段の下で一か所で跳ね続ける妖には、確かになかなか歩けない子犬のようなかわいらしさがあった。が、それに目を取られている2人は気づけない。
がたん、がたん、という音は、箱の中に何かが入っているからこそ聞こえるということ。
そして音は、一種類ではないということ。
かちゃっ、ぴん。
澄んだ音を立てて、道具箱の鍵が外れる。赤いふたが開き、鈍い光と一緒に何かが飛び出してくる。
「ぎゃああああっ!」
男女二人の悲鳴が、夜の山奥に消えた。
●鍵は道具箱に
「皆さーん、お仕事ですよー」
会議室に集まった覚者たちを見渡すと、久方真由美(nCL2000003)は手に持った数枚の紙を掲げた。表紙には、『妖討伐依頼』と丁寧な字で書きこまれている。
「表紙の通り、妖を退治してもらうお仕事ですー。場所は山口県の山間部……ちょっと遠いですが、移動料金は学園が持ってくださるそうなので、ご心配なくー。2枚目に路線と移動時間、金額。3枚目には地図も入れておきましたー」
簡単に2、3枚目を見せ、真由美はそのままもう1枚ページを進める。
「妖の数は4体。道具箱と、中にある3つの工具が変化した、物質系の妖ですね。すでに4体とも目覚めていますが、道具箱がナンバーロックを外せず、外に出られない状態です。道具箱はめちゃくちゃに数字を試していて、今日の夜には外れます。鍵が外れれば中の3体が飛び出してくるでしょう」
4枚目には、妖と同型の工具箱の写真、そして中に入っている妖の元になった、金づち、カッターナイフ、プラスドライバーの写真が乗せられていた。
「形はほぼ変化がありませんが、道具箱は横幅が150センチ、中にある道具たちもそれくらいに大きくなっていますー。それから鍵の外れた道具箱は、工具たちの力を高めるスキルを使ってきます。先に倒してしまった方がいいでしょう」
写真の下に赤い太字で書かれた字を示すと、真由美は覚者たちに頭を下げた。
「今から行っても、現場に着くのは夕方になってしまいます。ですが、夜にはカップルが肝試しに来ます。被害が出る前に、倒してください。よろしくお願いしますー」
「きゃーっ、こわあいっ」
「俺がついてるだろ」
屋根の落ちた平屋で、夜の山奥に似つかわしくないきゃぴきゃぴした声が上がる。だらしない服装の男と化粧の濃い女。両者下心丸見えの肝試しだ。
2人がいるのは、かろうじて壁の残っている西側の部屋だった。納戸のようだが床には何もなく、かわりに頑丈な上げ戸がついている。
「怖がりさんだなあ、ったく。つーか」
がたん。
不意に聞こえた物音に、男の言葉が止まった。女もこわごわと辺りを見回す。
がたん、がたん。
二人の視線が床にくぎ付けになる。音の出どころは、扉の下だ。
「泥棒?」
「や、ここにはいないっしょ」
「風?」
「ねーよ。地下だぜ」
「ってことは……」
女が一歩後ずさるが、男は上げ戸に手をかけた。
「まじですげえ発見しちゃったりして」
開けた戸の下には階段が伸びている。その一番下の段で、何かが動いた。
「……箱?」
赤いペンキの剥げた鉄の工具箱が、がたん、がたん、と階段にぶつかっているのだ。昇りたいが、段の高さまで飛び上がることができないらしい。
「アヤカシ、ってやつう?」
「連れて帰れそうじゃね?」
階段の下で一か所で跳ね続ける妖には、確かになかなか歩けない子犬のようなかわいらしさがあった。が、それに目を取られている2人は気づけない。
がたん、がたん、という音は、箱の中に何かが入っているからこそ聞こえるということ。
そして音は、一種類ではないということ。
かちゃっ、ぴん。
澄んだ音を立てて、道具箱の鍵が外れる。赤いふたが開き、鈍い光と一緒に何かが飛び出してくる。
「ぎゃああああっ!」
男女二人の悲鳴が、夜の山奥に消えた。
●鍵は道具箱に
「皆さーん、お仕事ですよー」
会議室に集まった覚者たちを見渡すと、久方真由美(nCL2000003)は手に持った数枚の紙を掲げた。表紙には、『妖討伐依頼』と丁寧な字で書きこまれている。
「表紙の通り、妖を退治してもらうお仕事ですー。場所は山口県の山間部……ちょっと遠いですが、移動料金は学園が持ってくださるそうなので、ご心配なくー。2枚目に路線と移動時間、金額。3枚目には地図も入れておきましたー」
簡単に2、3枚目を見せ、真由美はそのままもう1枚ページを進める。
「妖の数は4体。道具箱と、中にある3つの工具が変化した、物質系の妖ですね。すでに4体とも目覚めていますが、道具箱がナンバーロックを外せず、外に出られない状態です。道具箱はめちゃくちゃに数字を試していて、今日の夜には外れます。鍵が外れれば中の3体が飛び出してくるでしょう」
4枚目には、妖と同型の工具箱の写真、そして中に入っている妖の元になった、金づち、カッターナイフ、プラスドライバーの写真が乗せられていた。
「形はほぼ変化がありませんが、道具箱は横幅が150センチ、中にある道具たちもそれくらいに大きくなっていますー。それから鍵の外れた道具箱は、工具たちの力を高めるスキルを使ってきます。先に倒してしまった方がいいでしょう」
写真の下に赤い太字で書かれた字を示すと、真由美は覚者たちに頭を下げた。
「今から行っても、現場に着くのは夕方になってしまいます。ですが、夜にはカップルが肝試しに来ます。被害が出る前に、倒してください。よろしくお願いしますー」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖4体の撃破。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
鍵のかかった妖が鍵の、討伐依頼です。ふるってご参加くださいませ。
妖
4体とも物質系で、攻撃力が低い反面、物理防御力の高い個体です。
人間を襲おうとする本能がありますが、階段を登れないため、地下室にとどまっています。
・道具箱(Lv1)
鉄製の道具箱。工具妖3体を閉じ込めている。
かかっているナンバーロックは、開始3ターン後に外れる。
スキル→硬化(敵単体の防御力を上げる。スキルのかかった個体は光る)
軽量化(敵単体の素早さを上げる。スキルのかかった個体は光る)
・金づち(Lv1)
スキル→打ち込み(敵単体を勢いよく殴りつける。ノックバックを与える)
・カッターナイフ(Lv1)
スキル→切り裂き(敵単体に突進して切りつける。出血のバッドステータスを与える)
・プラスドライバー(Lv1)
スキル→ねじ込み(敵単体に突進し、回転しながら刺す。出血のバッドステータスを与える)
フィールド
山奥の村落にある平屋の地下室です。広さは8畳程度。階段以外の出入り口はありません。
貯蔵目的で使われていたため、空気穴もなく、土の床がむき出しです。
家にも地下にも電気は通っておらず、上げ戸を閉めると真っ暗になります。
時刻
移動の都合上、到着時刻は夕方で、あたりは薄暗くなっています。
10ターン後には日が落ちて真っ暗になり、25ターン後にカップルが肝試しに来ます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年09月01日
2015年09月01日
■メイン参加者 6人■

●明かりは十分
「出番だぞ、りょうおー」
夜の迫る山奥の廃屋。地下室の入口を前に、『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)は竜の姿の守護使役に話しかけた。
「オレとともに天下を馳せるのであれば、その才能を出し尽くせ」
答える声を持たないりょうおーは、代わりにぽわんと熱のない炎を灯す。
「頼むぜ、ドラどん!」
「杉玉、君も『ともしび』をお願いします」
鯨塚 百(CL2000332)と『教授』新田 成(CL2000538)の守護使役たちも、同じくぽわんと口から炎を生み出した。柔らかいランプのような光が3つ、地下室へと通じる上げ戸を囲む。『堕ちた正義』アーレス・ラス・ヴァイス(CL2000217)は出した懐中電灯をしまい直した。明るさは十分だ。両手を空けておけば、銃と鞭の両方を使って戦える。
「家の入口、『立ち入り禁止』の紙とロープ張ってきた」
手をぱんぱんとはたきながらやってきた香月 凜音(CL2000495)は、全員がうなずいたのを確認してから上げ戸に手をかけた。
「さっさと終わらせてしまおーぜ。皆宜しくな」
ぐっと力を込めて引き開ける。ちょうつがいが音を立ててきしみ、がたん、がたん、と階段の下で跳ねる工具箱が、光の中に浮かび上がった。
「俺も階段上るのはつれえんだよ、脚が短いからな 」
冗談めかして言いながら、脇森 楓(CL2000322)が真っ先に階段を下っていく。言葉こそ軽いが、のしのしと歩く足はすでにイノシシのものに変わっている。戦闘態勢だ。
四肢を機械に変化させた百と、刀を構える懐良、鞭と銃を手にしたアーレス、杖を握る成。4人も妖を視界に入れつつ、地下へ下りていく。長くはない階段に、男5人が鈴なり状態になった。覚者たちの気配を感じた工具箱は、ますます焦ったように、段に体をぶつける。
がたん、がたん。かちゃっ、かちゃん。ばんっ、ばんっ。
閉じ込められている3体の妖が、外へ出ようと暴れる音も聞こえてくる。蓋にかかったナンバーロックのダイヤルが、スロットマシンのように回っている。
がたん、かちゃかちゃ、がたん、かちゃ、ばんっ、がたん。
かちゃん。
『427』で数字が止まった。百が呟く。
「……『死にな』?」
「誰がだ! 先手必勝、棘一閃!」
再びダイヤルが回りはじめた直後、楓のどら声が戦いの始まりを告げた。
●箱が開くまで
太い声と一緒に楓の投げつけた種から、一瞬のうちにとげの生えた茎が飛び出す。
「出血しやがれってんだ。あ、こいつら血がねえわ、一体何が出るんだ」
ダメージに後退した妖を奥の壁に追い詰めるように、覚者たちは地下室に散らばった。守護使役3体が、部屋全体を照らしだす。壁に映る光が一瞬、ふうっと強くなった。
「我らが天敵の妖は滅ぼすのみ」
「妖と戦うのは初めてなんだよな……ちょっとドキドキするぜ」
「戦闘経験、積ませてもらうぜ。存分に」
アーレス、懐良、百の3人が、体内の炎を呼び起こして自己の力を高めたのだ。
「俺は回復頑張りまーす」
階段の最下に控えた凛音も、錬覇法で英霊の力を纏う。
かちゃかちゃとやかましく体当たりをしかけた工具箱は、次の瞬間見えない一撃で壁に叩きつけられた。
「工具の妖ですか。付喪神、とでも言うべきなのですかね」
抜刀の衝撃波をB.O.Tとして飛ばした成は、第二撃に備えてすでに刃を杖に収めていた。外見は数分前までと変わらない。しかし確実に『覚醒』している。現在の姿こそが、成自身の最盛期だ。
かちゃかちゃっ、かちゃん。
また、ナンバーロックの数字が止まる。
『291』。
「お、『憎い』とでも読ませる気か?」
「『憎い』はこちらの台詞です」
再び数字を回し始めた妖に楓が太いつるを叩きつけ、アーレスがB.O.Tで壁に磔にした。
「体術が効くか、術式が効くか。この先の為にも、試金石になってもらうぜ。炎撃!」
左の死角から、懐良が炎の刀で斬りかかる。同時に、右側に百の貫殺撃が炸裂した。
「中の工具まで届きゃもうけもんだ!」
べこっと音がして箱の両壁がへこむ。懐良はにやりと笑った。
「左側のへこみが大きい……効くのは術式か」
2度攻撃しなければ判別できなかった情報を、一瞬で獲得できた利は大きい。成が再度B.O.Tで壁にぶつけた妖を、懐良は油断なく観察する。
「お前たちの全てを曝け出せ。それがオレの糧になる。兵法とは、まず、敵を知る事だからな」
ばたんと前に倒れた妖の身体が再び光を帯びた。再び叩きつけた楓の深緑鞭が弾き返され、続いて経典で殴りかかった凛音が呻き声をあげる。
「固ってー……」
「防御をあげてきましたか」
成の見抜いた通り、アーレスのB.O.Tでも、懐良の炎撃でも、先程のように箱は吹き飛ばなかった。百の機械のこぶしに至っては、食らってもよろめきすらしない。
ナンバーロックが三度回りだした。
かちゃかちゃ、かちゃん。
『564』に合ったところでダイヤルが止まる。
「よりによって『殺し』かよ」
凛音のぼやきに重なるように甲高い音がして、工具箱の鍵が外れる。赤いふたがきしみながら、弾けるように開いた。
●3つの工具と工具箱
金づち、カッター、プラスドライバー。出てきた工具の妖は、3体全てが140センチを越える大きさだ。
「まるで巨人が使いそうなサイズの工具だな……」
自分より大きい工具たちを見上げながら、百はこぶしを握りなおした。甲のパイルバンカーがドラどんたちのともしびに反射する。
「さっさとぶっ壊すに限るぜ。貫殺撃!」
中央に現れたドライバーに狙いをつけると、百は床を蹴って飛び出した。勢いの乗った一撃が柄に炸裂し、衝撃波が後ろの工具箱を巻き込む。
「くっ」
跳ね返ってきた衝撃を、百は歯を食いしばってこらえた。効きづらいうえに自身も犠牲にする技だが、箱と工具を同時に攻撃するにはこれしかない。
「ぶち抜けぇぇぇ!!」
2発目が同じ位置をえぐり、ひびを入れた。ねじ込み攻撃をかわして3発目を放とうとした瞬間、ドライバーが光を帯びる。
「いけない、軽量化です」
成がB.O.Tを放つが、ダメージを受けても工具箱はドライバーの強化を続けた。スピードを上げた十字の先端が、百に迫る。
「任せろ! 猛の一撃!」
間一髪、集中を高めきった楓が、百の目の前に割り込んだ。猛進するイノシシの一撃がドライバーをとらえ、ひびを広げる。が、破壊には至らず、横から飛んできた金づちに、楓の身体が吹き飛ばされた。
「ぐあっ」
「うっ」
転がった巨体が凛音に激突し、工具箱を狙って振り下ろした経典が外れた。よろめいたところにカッターが突っ込んでくる。
「危ない!」
切り裂き攻撃がヒットする寸前、アーレスが鞭でカッターを止めた。奥の壁へ弾き飛ばしざま、逆の手に構えた銃で狙い撃つ。
「妖は全て排除します」
光りながら突っ込んできたカッターを受け止めながら、アーレスは凛音にうなずいてみせた。加速に対応しきれず、刃に触れた肌から血が飛ぶが、目を細めるだけで耐える。
「癒しの滴」
鈍器代わりにしていた経典を開き、凛音はきらめく水滴を放つ。当たったアーレスの傷がするすると小さくなった。
「俺も、何度でも治してやるさ。だからさっさと片付けてくれよな」
「もちろんだ!」
「言われなくても!」
独り言のような凛音の声に応えた懐良と百が、炎撃と貫殺撃をドライバーに命中させた。楓の広げたひびがさらに伸び、耐えきれなくなった妖の身体が砕け散る。元の大きさに戻ったドライバーのかけらが、ばらばらと土の床に散った。
「ほう、元に戻るのですね。興味深い」
その一つを素早く拾い上げながら、成は後ろ手に杖を振りぬき、B.O.Tを放った。後ろから殴り掛かってきた金づち、その向こうの工具箱に衝撃波が伝わる。後ろに飛び退った工具箱が、がくんと傾いた。
「何だ、限界ですか?」
「そうかもしれません。ダメージの累積もあるはず」
B.O.Tを放ちながらのアーレスの言葉に、成は首を縦に振った。カッターの後ろで攻撃を受けた工具箱が、さらに大きくよろめく。
「敵の強化の元が断てれば、戦いの趨勢も傾きます。もう一息」
アーレスと対象を合わせ、成はカッターにB.O.Tを打ち込んだ。負けじとつっこんできたカッターを避け損ね、三つ揃えのスーツの肩口から血が吹きあがる。
「癒しの滴」
すかさず凛音の回復技が飛ぶ。カッターの後ろの工具箱は力を失ってばたんと倒れ、動かなくなった。
「……ん」
使いかけていたラーニングの相手が倒れたので、懐良は集中を解く。原理を探ってみたかったのだが、今は戦いに戻るしかないだろう。
「炎撃!」
炎の刀を振り上げ、懐良は金づちに切りかかる。隣で百も貫殺撃を合わせてきた。
「あと2体、一気に貫いてやる!」
僅かに下がった金づちとカッターは、しかしすぐに相手を決めてとびかかってきた。百が飛ばされて階段側に転がり、懐良の腕から血しぶきが飛ぶ。
「清廉香!」
太い声とともに、覚者たちを癒す香りが地下室いっぱいにふりまかれた。全員の傷の痛みがゆっくりと癒えていく。
が、覚者たちはいっせいに顔をしかめた。
「この香りはその……癒すにしては、主張がありますね」
控えめな表現だが、楓の次に年長の成にしか言えない台詞だ。術式を発動させた楓は、背をそらせて豪快に笑った。
「加齢臭がする? トシには勝てねえんだよ、許せ」
「お、オイラは気にしないぜ」
「俺もです」
ぷるぷると頭を振った百が前線に戻り、アーレスのB.O.Tを援護に受けてカッターに貫殺撃を食らわせた。
「じゃあオレも気にしない事にしよう」
「俺もー」
斬りつけてきた刃をかわして、懐良が炎撃を、とどめに凛音が経典での一打を叩きこむ。ばらばらになったカッターが、元の大きさに戻って転がった。
「では私も、そうしましょう」
「頼むぜ」
最後に残った金づちを、成がB.O.Tで壁に激突させる。突進の体勢になろうとしたその打部に、イノシシのひづめが炸裂した。
「猛の一撃!」
大きく入ったひびはそのまま広がり、打部のもげた金づちは、壁にめり込んだまま小さくなった。
●代償の大小
「ぎゃああああっ!」
男女2人の悲鳴が、夜の山奥に響く。
「早く、オイラの後ろから逃げろ!」
一も二もなくその声に従ったカップルに、立ち姿を決めた百を見る余裕があったかはわからない。『通りすがりの正義の味方』然としたポーズをやや不満そうに解くと、百は階段の下に声をかけた。
「もう出てきていいと思うぜ」
「逃げ足が速いですね。ま、死ぬより安い授業料だったでしょう?」
笑いながら出てきたアーレスは、おどろおどろしい仮面を外してカップルの背を見送った。声帯変化で出した地獄の底から響くような声は、もう普段の声に戻している。
「あの声で『立ち去れ』って言われたらさすがに逃げるだろ」
「見事な演技でしたよ」
「リア充……いや、バカップルのためにここまですることもなかっただろう」
パニックを起こした場合に備えて待機していた凛音と成も、笑いをこらえた表情だ。呆れた台詞の懐良も、口元は笑っている。
「何だよ。せっかく、血とか拭くの忘れた割とひどい顔になっててやったのに」
気をつけて帰れよー、と楓はぶんぶん手を振る。アーレスの後ろに控えていたせいで出番を逃した彼だけは、どこか不満げだった。
「出番だぞ、りょうおー」
夜の迫る山奥の廃屋。地下室の入口を前に、『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)は竜の姿の守護使役に話しかけた。
「オレとともに天下を馳せるのであれば、その才能を出し尽くせ」
答える声を持たないりょうおーは、代わりにぽわんと熱のない炎を灯す。
「頼むぜ、ドラどん!」
「杉玉、君も『ともしび』をお願いします」
鯨塚 百(CL2000332)と『教授』新田 成(CL2000538)の守護使役たちも、同じくぽわんと口から炎を生み出した。柔らかいランプのような光が3つ、地下室へと通じる上げ戸を囲む。『堕ちた正義』アーレス・ラス・ヴァイス(CL2000217)は出した懐中電灯をしまい直した。明るさは十分だ。両手を空けておけば、銃と鞭の両方を使って戦える。
「家の入口、『立ち入り禁止』の紙とロープ張ってきた」
手をぱんぱんとはたきながらやってきた香月 凜音(CL2000495)は、全員がうなずいたのを確認してから上げ戸に手をかけた。
「さっさと終わらせてしまおーぜ。皆宜しくな」
ぐっと力を込めて引き開ける。ちょうつがいが音を立ててきしみ、がたん、がたん、と階段の下で跳ねる工具箱が、光の中に浮かび上がった。
「俺も階段上るのはつれえんだよ、脚が短いからな 」
冗談めかして言いながら、脇森 楓(CL2000322)が真っ先に階段を下っていく。言葉こそ軽いが、のしのしと歩く足はすでにイノシシのものに変わっている。戦闘態勢だ。
四肢を機械に変化させた百と、刀を構える懐良、鞭と銃を手にしたアーレス、杖を握る成。4人も妖を視界に入れつつ、地下へ下りていく。長くはない階段に、男5人が鈴なり状態になった。覚者たちの気配を感じた工具箱は、ますます焦ったように、段に体をぶつける。
がたん、がたん。かちゃっ、かちゃん。ばんっ、ばんっ。
閉じ込められている3体の妖が、外へ出ようと暴れる音も聞こえてくる。蓋にかかったナンバーロックのダイヤルが、スロットマシンのように回っている。
がたん、かちゃかちゃ、がたん、かちゃ、ばんっ、がたん。
かちゃん。
『427』で数字が止まった。百が呟く。
「……『死にな』?」
「誰がだ! 先手必勝、棘一閃!」
再びダイヤルが回りはじめた直後、楓のどら声が戦いの始まりを告げた。
●箱が開くまで
太い声と一緒に楓の投げつけた種から、一瞬のうちにとげの生えた茎が飛び出す。
「出血しやがれってんだ。あ、こいつら血がねえわ、一体何が出るんだ」
ダメージに後退した妖を奥の壁に追い詰めるように、覚者たちは地下室に散らばった。守護使役3体が、部屋全体を照らしだす。壁に映る光が一瞬、ふうっと強くなった。
「我らが天敵の妖は滅ぼすのみ」
「妖と戦うのは初めてなんだよな……ちょっとドキドキするぜ」
「戦闘経験、積ませてもらうぜ。存分に」
アーレス、懐良、百の3人が、体内の炎を呼び起こして自己の力を高めたのだ。
「俺は回復頑張りまーす」
階段の最下に控えた凛音も、錬覇法で英霊の力を纏う。
かちゃかちゃとやかましく体当たりをしかけた工具箱は、次の瞬間見えない一撃で壁に叩きつけられた。
「工具の妖ですか。付喪神、とでも言うべきなのですかね」
抜刀の衝撃波をB.O.Tとして飛ばした成は、第二撃に備えてすでに刃を杖に収めていた。外見は数分前までと変わらない。しかし確実に『覚醒』している。現在の姿こそが、成自身の最盛期だ。
かちゃかちゃっ、かちゃん。
また、ナンバーロックの数字が止まる。
『291』。
「お、『憎い』とでも読ませる気か?」
「『憎い』はこちらの台詞です」
再び数字を回し始めた妖に楓が太いつるを叩きつけ、アーレスがB.O.Tで壁に磔にした。
「体術が効くか、術式が効くか。この先の為にも、試金石になってもらうぜ。炎撃!」
左の死角から、懐良が炎の刀で斬りかかる。同時に、右側に百の貫殺撃が炸裂した。
「中の工具まで届きゃもうけもんだ!」
べこっと音がして箱の両壁がへこむ。懐良はにやりと笑った。
「左側のへこみが大きい……効くのは術式か」
2度攻撃しなければ判別できなかった情報を、一瞬で獲得できた利は大きい。成が再度B.O.Tで壁にぶつけた妖を、懐良は油断なく観察する。
「お前たちの全てを曝け出せ。それがオレの糧になる。兵法とは、まず、敵を知る事だからな」
ばたんと前に倒れた妖の身体が再び光を帯びた。再び叩きつけた楓の深緑鞭が弾き返され、続いて経典で殴りかかった凛音が呻き声をあげる。
「固ってー……」
「防御をあげてきましたか」
成の見抜いた通り、アーレスのB.O.Tでも、懐良の炎撃でも、先程のように箱は吹き飛ばなかった。百の機械のこぶしに至っては、食らってもよろめきすらしない。
ナンバーロックが三度回りだした。
かちゃかちゃ、かちゃん。
『564』に合ったところでダイヤルが止まる。
「よりによって『殺し』かよ」
凛音のぼやきに重なるように甲高い音がして、工具箱の鍵が外れる。赤いふたがきしみながら、弾けるように開いた。
●3つの工具と工具箱
金づち、カッター、プラスドライバー。出てきた工具の妖は、3体全てが140センチを越える大きさだ。
「まるで巨人が使いそうなサイズの工具だな……」
自分より大きい工具たちを見上げながら、百はこぶしを握りなおした。甲のパイルバンカーがドラどんたちのともしびに反射する。
「さっさとぶっ壊すに限るぜ。貫殺撃!」
中央に現れたドライバーに狙いをつけると、百は床を蹴って飛び出した。勢いの乗った一撃が柄に炸裂し、衝撃波が後ろの工具箱を巻き込む。
「くっ」
跳ね返ってきた衝撃を、百は歯を食いしばってこらえた。効きづらいうえに自身も犠牲にする技だが、箱と工具を同時に攻撃するにはこれしかない。
「ぶち抜けぇぇぇ!!」
2発目が同じ位置をえぐり、ひびを入れた。ねじ込み攻撃をかわして3発目を放とうとした瞬間、ドライバーが光を帯びる。
「いけない、軽量化です」
成がB.O.Tを放つが、ダメージを受けても工具箱はドライバーの強化を続けた。スピードを上げた十字の先端が、百に迫る。
「任せろ! 猛の一撃!」
間一髪、集中を高めきった楓が、百の目の前に割り込んだ。猛進するイノシシの一撃がドライバーをとらえ、ひびを広げる。が、破壊には至らず、横から飛んできた金づちに、楓の身体が吹き飛ばされた。
「ぐあっ」
「うっ」
転がった巨体が凛音に激突し、工具箱を狙って振り下ろした経典が外れた。よろめいたところにカッターが突っ込んでくる。
「危ない!」
切り裂き攻撃がヒットする寸前、アーレスが鞭でカッターを止めた。奥の壁へ弾き飛ばしざま、逆の手に構えた銃で狙い撃つ。
「妖は全て排除します」
光りながら突っ込んできたカッターを受け止めながら、アーレスは凛音にうなずいてみせた。加速に対応しきれず、刃に触れた肌から血が飛ぶが、目を細めるだけで耐える。
「癒しの滴」
鈍器代わりにしていた経典を開き、凛音はきらめく水滴を放つ。当たったアーレスの傷がするすると小さくなった。
「俺も、何度でも治してやるさ。だからさっさと片付けてくれよな」
「もちろんだ!」
「言われなくても!」
独り言のような凛音の声に応えた懐良と百が、炎撃と貫殺撃をドライバーに命中させた。楓の広げたひびがさらに伸び、耐えきれなくなった妖の身体が砕け散る。元の大きさに戻ったドライバーのかけらが、ばらばらと土の床に散った。
「ほう、元に戻るのですね。興味深い」
その一つを素早く拾い上げながら、成は後ろ手に杖を振りぬき、B.O.Tを放った。後ろから殴り掛かってきた金づち、その向こうの工具箱に衝撃波が伝わる。後ろに飛び退った工具箱が、がくんと傾いた。
「何だ、限界ですか?」
「そうかもしれません。ダメージの累積もあるはず」
B.O.Tを放ちながらのアーレスの言葉に、成は首を縦に振った。カッターの後ろで攻撃を受けた工具箱が、さらに大きくよろめく。
「敵の強化の元が断てれば、戦いの趨勢も傾きます。もう一息」
アーレスと対象を合わせ、成はカッターにB.O.Tを打ち込んだ。負けじとつっこんできたカッターを避け損ね、三つ揃えのスーツの肩口から血が吹きあがる。
「癒しの滴」
すかさず凛音の回復技が飛ぶ。カッターの後ろの工具箱は力を失ってばたんと倒れ、動かなくなった。
「……ん」
使いかけていたラーニングの相手が倒れたので、懐良は集中を解く。原理を探ってみたかったのだが、今は戦いに戻るしかないだろう。
「炎撃!」
炎の刀を振り上げ、懐良は金づちに切りかかる。隣で百も貫殺撃を合わせてきた。
「あと2体、一気に貫いてやる!」
僅かに下がった金づちとカッターは、しかしすぐに相手を決めてとびかかってきた。百が飛ばされて階段側に転がり、懐良の腕から血しぶきが飛ぶ。
「清廉香!」
太い声とともに、覚者たちを癒す香りが地下室いっぱいにふりまかれた。全員の傷の痛みがゆっくりと癒えていく。
が、覚者たちはいっせいに顔をしかめた。
「この香りはその……癒すにしては、主張がありますね」
控えめな表現だが、楓の次に年長の成にしか言えない台詞だ。術式を発動させた楓は、背をそらせて豪快に笑った。
「加齢臭がする? トシには勝てねえんだよ、許せ」
「お、オイラは気にしないぜ」
「俺もです」
ぷるぷると頭を振った百が前線に戻り、アーレスのB.O.Tを援護に受けてカッターに貫殺撃を食らわせた。
「じゃあオレも気にしない事にしよう」
「俺もー」
斬りつけてきた刃をかわして、懐良が炎撃を、とどめに凛音が経典での一打を叩きこむ。ばらばらになったカッターが、元の大きさに戻って転がった。
「では私も、そうしましょう」
「頼むぜ」
最後に残った金づちを、成がB.O.Tで壁に激突させる。突進の体勢になろうとしたその打部に、イノシシのひづめが炸裂した。
「猛の一撃!」
大きく入ったひびはそのまま広がり、打部のもげた金づちは、壁にめり込んだまま小さくなった。
●代償の大小
「ぎゃああああっ!」
男女2人の悲鳴が、夜の山奥に響く。
「早く、オイラの後ろから逃げろ!」
一も二もなくその声に従ったカップルに、立ち姿を決めた百を見る余裕があったかはわからない。『通りすがりの正義の味方』然としたポーズをやや不満そうに解くと、百は階段の下に声をかけた。
「もう出てきていいと思うぜ」
「逃げ足が速いですね。ま、死ぬより安い授業料だったでしょう?」
笑いながら出てきたアーレスは、おどろおどろしい仮面を外してカップルの背を見送った。声帯変化で出した地獄の底から響くような声は、もう普段の声に戻している。
「あの声で『立ち去れ』って言われたらさすがに逃げるだろ」
「見事な演技でしたよ」
「リア充……いや、バカップルのためにここまですることもなかっただろう」
パニックを起こした場合に備えて待機していた凛音と成も、笑いをこらえた表情だ。呆れた台詞の懐良も、口元は笑っている。
「何だよ。せっかく、血とか拭くの忘れた割とひどい顔になっててやったのに」
気をつけて帰れよー、と楓はぶんぶん手を振る。アーレスの後ろに控えていたせいで出番を逃した彼だけは、どこか不満げだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
