愛の紕ふ場所
愛の紕ふ場所


 関東地方のとある山。その山では時折、倒れている人が発見されるという。深く鋭い傷を負い、心身ともにボロボロとなって。
 こうなった理由を聞いても、「山奥で道に迷った」としか言わない。
 ――何があったのかを知りたい。
 山麓に住む老人からの頼みに、F.i.V.E.の覚者達は現地に赴き自らも実際に体験して、その原因が古妖『迷ひ家』である事を老人に伝えた。
「そうか……」
 山を見上げて、老人は昔話を始める。

 自分がまだ子供だった頃。
 喧嘩した兄と、山の中ではぐれてしまった。
 泣きながら、彷徨って。
 陽が暮れる直前に辿り着いたのは、大きな日本家屋であった。
 その中の大きな部屋で、背を向けた兄が座っている。駆け寄れば、小太刀で斬りつけてきた。
「死んで。嫌なら殺して」
 自分も刃を渡されたけれど、それで兄を斬る事は出来なかった。
 殺された、と思った。
 次に目を開けた時には、泣いた兄が自分を見下ろしていた。
 さっきは自分を斬ってきたのに、泣いているのがとても不思議だった。
 体験した事を話してみても、兄は両親とずっと一緒にはぐれた自分を捜していたと言われた。
 それでも、確かに兄だった。喧嘩をしたからきっと怒っていたんだと、そう訴えてみても。
 夢を見ていたのだろう、と大人達に結論づけられた。

 あれからずっと、不思議でならなかった。
 現実では有り得ないのだが、歳月と共に薄れていくその記憶が、夢とも思えなかった。
 自分と同じ経験をしたのかもと思い、傷を負って倒れていた者達に聞いてもみたが、話してくれる者はいなかった。
 皆一様に、強いショックを受けていたから。
「……そうだったんだな」
 ぽつりと落とした老人が、次に口にしたのは。
 哀しいな、という言葉だった。
「哀の迷ひ家だ。折角その時会いたい相手に、愛しい相手に会えるってのに。殺し合いしか出来ないなんてなぁ」
 一体何が、迷ひ家にあったのか。
 死んで、殺して、と言ってくるくらいなのだから、住人達を家が殺してしまったのかもしれない。
 逆に、住人達に殺されたのか――。
 迷ひ家の場合なら、燃やされたか、壊された、になるだろうか。
 だが家は古いながらも手入れが行き届いて綺麗だったから、住人は家を大事にしていたのではないかと思う。
「どちらにしろ、哀しい空間だった。胸が、締め付けられるような……」
 迷ひ家が殺し合いをさせて、喜んでいるとは思えない、と老人は言う。
「なら。囚われてしまってるんじゃないか」
 何度も何度も、殺し、殺される場面を繰り返している。
 もしかしたら、その時の気持ちを解ってもらいたいのかもしれない。
 それとも、忘れられないのか――。
「断ち切ってやって、くれないか」
 彼等がF.i.V.E.の覚者達と知っての、それが老人からの改めての依頼だった。

「断ち切ってくれと言われても……」
 覚者達は、山中を歩き回る。
 迷ひ家が出現する場所は都度違うようで、以前出現した場所に向かってみても屋敷はなかった。
 随分歩いて陽も暮れてから、大きな日本家屋が前方に見えた。
 家に入って、異変に気付く。
 差し込むのは、夕陽の光。
(――外はもう、夜だったのに?)
「1人になるな」
「全員で固まって行動しよう」

 1人になれば、最愛の人が斬りかかってくるから。
 迷ひ家の能力は、現れるその相手が偽物だと、見破らせない。

 部屋を順々に見て回る。
 全員が固まって移動していては、何も起こらないのかもしれない。
「……なあ。もう愛する者同士、殺し合わせるのはやめてくれないか」
 広い座敷で天井を見上げ、1人が言った時。
 ぐらりと床が揺れた。
 激しい揺れは、立ってなどいられない程。
 木が割れる大きな音が響いて、天井が崩れる。
 全員が目を瞑り、蹲った。

 落ちてくるはずの衝撃が、ない。
 目を開けると、柱も天井も、崩れてはいなかった。
「まぼろし、なの?」
 ただ、違う事が――。
 前方に、小太刀を持った4人の姿があった。
 家族、だろうか。
 両親と子供。そう見えた。
 カチャリ。
 幾らも昔の時代を思わせる着物姿。無表情の4人が小太刀を抜き、構える。
 戦わねばならぬのだと確信し、全員が覚醒した。

 この戦いが終わるまでに、迷ひ家を説得しなければ。
 戦いが終われば、迷ひ家は姿を消してしまうから――。

 何が、有効だろう。
 どの言葉が、行動が、哀しい戦いを終わらせてくれるだろう。
 自分達に解るのは、愛する者に殺される悲しみ、愛する者を殺す痛み。
 ――ただ、それだけ。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:巳上倖愛襟
■成功条件
1.古妖『迷ひ家』からの脱出。
2.戦闘での勝利、または、始まりの原因を突き止める。
3.なし
皆様こんにちは、巳上倖愛襟です。
紕(まゆ)ふ、と読みます。私は読めませんでした。
宜しくお願いします。


●追加説明
皆様が入ったのは多種ある『迷ひ家』の内の1つです。古妖です。老人は『哀の迷ひ家』と呼びました。
現れた4人を倒すか、言葉や行動により『殺し合いをさせる原因となった場面』を迷ひ家に見せてもらえれば、成功となります。
(戦闘の途中であったとしても、迷ひ家が説得に応じた場合、敵の4人は消滅します)
説得の言葉、行動が優れていた場合は、以降この哀の迷ひ家が『殺し合い』をさせる事はなくなります。これを成功させる事が出来れば、大成功、となります。

●哀の迷ひ家の使用技
シナリオ『愛が迷ふ場所』の結果、この哀の迷ひ家の使用する技が幾つかある事が判っています。
今回使用してきているのは、『幻体』のみです。

幻体…質量のある幻体を作り出し、生きているように喋らせ動かす事ができます。
盲信…一定時間、任意の対象に目の前に現れた人物を本物と思い込ませる事が出来ます。
記憶把捉…任意の対象の記憶を読みとる事が出来ます。
記憶封印…一定時間、任意の対象の記憶の一部を封印する事が出来ます。

●迷ひ家からの脱出方法
戦闘が終了するか、もしくは原因が判明した時点で脱出でき、迷ひ家・4人は姿を消します。

●戦闘場所
30帖の座敷。天井までは3メートル。
今回は全員が同じ部屋にいますので、部屋に閉じ込められている、という事はありません。
但し、戦闘が終了していない状態で単独で部屋を出た場合は、自身の愛する相手、もしくは自分自身が現れます。一室に閉じ込められ、迷ひ家に幻体以外の技も使用される事になります。
2人以上であれば敵が現れる事はありませんが、仲間達の戦闘が終了するまで迷ひ家から脱出する事は出来ません。


●敵の攻撃
・上段からの振り下ろし 物単近 BS『出血』
・下段からの斬り上げ  物単近 BS『出血』
・突き            物単近 BS『流血』

●敵の4人
外見年齢30歳代前半の男女、10歳くらいの少女、7歳くらいの少年。
全員が小太刀で攻撃し、連携を取ってきます。

以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/7
公開日
2016年02月18日

■メイン参加者 7人■



 眼前に現れた4人に対し、『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は仮面の下で口角を上げていた。
(「哀」の迷ひ家か……うん、素敵なネーミングだね、あのお爺さん!)
 疑って申し訳なかったねとも思う泰葉だったが、老人は、報告に来てくれた事を喜んでいた。疑った事を告白したとしても、「古妖の黒幕とは光栄だ」と言ったのではないだろうか。
「――さて、ではあのお爺さんの為、そして素敵な『哀』の感情を魅せてくれるだろう迷ひ家の為にも頑張ろうか」
 豪炎を、ナックルをはめた拳に纏う。

 戦いではなく、説得で終わらせたい。

 それが、仲間達の想い。
 理解している。
 だが攻撃手段は奪わせてもらおう、と男の小太刀を持つ手へと拳を繰り出した。
(哀の、愛の、迷ひ家……)
 後衛に位置する永倉 祝(CL2000103)は、覚醒後の銀の瞳で前方の4人を見つめる。
 こちらに戦意はなくとも、相手が放っているのは殺気。攻撃に対応出来る場所に立っていなくてはならなかった。
 愛する人を傷付けなくてはならないのは――哀ゆえに? そして、愛ゆえに?
 憎んでいるのではなくて、怒っているからじゃなくて。
 哀ゆえに、愛ゆえに。
 胸を締め付けられる、この空間で……。
「悪いですけれど……殺して貰えるほど、やわにはできていなくて」
 前衛で真っ直ぐと4人に向き合う納屋 タヱ子(CL2000019)は、土の鎧を纏う。仲間達の盾になる事を、決意していた。
 自分にも、この迷ひ家に対し思うところはある。だが決定的な何かは掴めずにいるから。
 敵の攻撃全てを自身が受ける事は叶わぬまでも、仲間達が説得出来る時間を延ばしたいと思っていた。
「だから、思う存分やってください。貴方達の気が済むまで」
 澱みない声が、相手に向けられた。
 中衛では、『可愛いものが好き』真庭 冬月(CL2000134)が覚醒後の勝気な瞳で4人を見据える。
 ――愛しい人同士で殺し合うなんて、哀しいな。
 なんとか助けられればいい……そんな思いで、この迷ひ家を探した。
 助ける為の説得を試みる前に、木の力の一部を己へと転化し強化する。助ける為の言葉だけではいけない。言葉を最後まで伝える為に、こちらが倒れる訳にはいかなかった。
 ツィ、と。突如男が足を前へと僅かにやったのが、彼等が動く合図となった。
 踏み込んだ男が泰葉を斬り上げ、子供達の突き出す刃をタエ子が2つの盾越しに受ける。その衝撃に泰葉の血が飛び、タエ子の血が畳へと滴り落ちた。2人しかいない前衛を抜けた女が、イスラ・メレト・アルナイル(CL2001310)へと小太刀を振り下ろす。
「やはり、攻撃はしてきますわよね」
 後衛の『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)が冥王の杖を掲げてから前方を示し、敵達へと高密度の霧を発生させる。粘り付く霧は女と男児に絡み、2人の身体能力を下げた。
 ――幻体とはいえ……小さな子供を相手にするのは胸が痛いッス……。
 キュッと唇を引き結び眉を寄せる『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)は、後衛から4人を見る。
 今回は首へと現れた第三の目から、母だろう女へと怪光線を発射した。だがそれは、相手を倒す為のものではない。足元を狙い放たれたのは、相手の勢いを削ぐ為のもの。
(もしかしたらこの家族、迷い家の最愛の人かもしれないッスから。傷つけるのはあまりしたくないッス!!)
 超直観を用いて、イスラは中衛の位置から敵達の反応を観察していた。それは、子供達が死角に入らぬようにも留意する。
(哀の迷ひ家か、哀しいものね。出口を作るのが、迷いこんだ者の運命かしら)
 家が綺麗という事は、住人同士の心中でもあったのかしら、と推測する。
 綺麗に使っていた事、愛する人と殺し合いをさせるが殺すつもりはない事。それは――。
(人間……住人の事がきっと好きだったのね)
 そう思わせた。


「間違っていたらすみません」
 4人を見つめたままで、いのりが口を開く。
「貴方が訪れた者に愛する者を殺す幻を見せるのは、それがいかに辛く哀しい事なのかを教える為ではないですか? そして自分が殺した、或いは自分を殺したその人を本当はどれだけ愛していたかを教える為に。かつて此処で何があったのかは解りませんが、愛する者同士が殺し合う事がどれ程哀しい出来事だったか。2度とそんな事が起こらないように、そう願って」
 その言葉は、迷ひ家へと向けられていた。
 ぼんやりとした彼等の視線は、いのりを捉える。だがまだ何も、反応は示されずであった。
「迷ひ家がこの4人の幻体を見せてきたって事は、迷ひ家もきっとこのくりかえしを終わらせて欲しいって思ってるんだよね?」
 冬月は、己自身にも確かめるように呟く。
 そうして仲間達の自然治癒力を上昇させる香りを滲ませた。
(お願い、どうか)
 ――オレ達が放つ幾つもの言葉、そのうちのどれか1つでもいい。誰かの説得が、迷ひ家に届きますようにっ!
 その清らかな香りの中からは、泰葉が飛び出す。
 仲間達は、子供の相手はやりたくないみたいだから。
 己がその役を買って出てもいいと、思っていた。
 加え。
(子供からの方が情報を得られやすいかもしれない)
 そんな意図もあった。
「さぁて、君達。伝えたい事があるなら言ってみな? 俺が聞いてあげよう。……無論、戦いながらだがね!」
 突き出した掌が、少女の小太刀を握る手に触れる。一気に炸裂させた火力が、少女の手を激しく揺らした。
 だが決して、小太刀の柄は離さない。攻撃手段を奪えるとすれば、それは彼女を倒した時だけであるようだった。
「……どうしてそんな顔で戦わなくてはならないの?」
 祝の銀の瞳が、彼等の無表情を映す。鏡のような瞳が投影する顔が、哀しく見えて仕方なかった。
 演舞・舞衣で、泰葉の出血を止める。しかし次の瞬間、男の刃が泰葉を貫いていた。
「「死んで」」
 子供達が同時に声を発し、駆ける。女児の先にいる舞子をタエ子が庇って刃を受け、抜けた男児の小太刀が冬月を斬り上げていた。
 礼を伝えた舞子が、「……住人が家を殺したんじゃないと思うッスよ」と落とす。振り返ったタエ子を、見返し頷いた。
 それはなんとなくの考えであったが、壊された恨みがあるのなら、「殺して」なんて言わないのではと思えた。
「『死んで、嫌なら殺して』はかつて迷ひ家が住人に言われたんじゃないッスかね。何があったかは分からないッスが、仕方なく家は住人に手をかけて……。でもそれをずっと後悔してるとか……どうッスか!? 迷推理ッスか!?」
 家を見上げて、見回して。舞子は言葉をかける。
「でも、じゃなきゃ大事にしてくれた住人を家が殺す必要なんてないし、迷ひ家が囚われる理由がないッス!」
「死んで」
 女の声が、発せられた。
 皆の視線を受ける中、突き出された刃を泰葉が防ぐ。女の光映さぬ瞳が、間近で泰葉を見つめた。
「……殺して」
 超直観での観察を続けていたイスラが、仲間達に伝える。
「子供達には当てはまらないけれど。大人達は、子を攻撃した相手を狙うみたいね。まるで攻撃した相手を許さない、と責めるように」
 特に女性の方はその行動が顕著に出ていると告げた。
「中衛にまで食い込んでおいて、また子供達の処にまで戻っているわ。そして子供を傷付けた相手に攻撃してる」
 戦術としては、無駄が多いのではないか。
「子供達を護りたがっている、という事ですか」
 タエ子の言葉に、「そのようだわ」と頷く。
 彼等は闇雲に相手を攻撃するのではない。意思らしきものを持って、行動していた。


 4人からの攻撃を幾度も耐える。攻撃は前衛を突破する事もあったが、覚者達は手分けして回復し合い、強化や敵の鈍化なども狙いながら、説得を続けていた。
「あなたは死にたいんですか? わたし達を殺したいんですか? それとも、そうでもしないと耐えられないくらい……悲しい事があったんですか……?」
 男児が前衛を抜けようとするのを遮って、タエ子が発する。
 そして冬月は、愛しあっているのに殺しあわなければいけない理由を考えていた。
(食べるものに困って……口減らしとか、したのかな)
 あんまり考えたくないけれど、昔はそういうのがよくあったと聞く。
 ――自分を生かすために相手を殺す。相手を生かすために自分を殺す……。
「ああ、もう考えるのめんどくさいっ!!」
 吹っ切るように首を振り叫んで、冬月は彼等に向き直った。
「そうだとしてもいつまでもこんな辛気くさいことやってたら痛みをどんどん広げるだけじゃん」
「私はまだ死にたくもないし、殺したくもないッス!」
 続いて舞子が、思いを伝える。
「そんな事するために、あなたに――迷ひ家に会いに来たんじゃないッス! 部屋はどこも綺麗に手入れが行き届いてたッス! それだけあなたはきっと愛されてたし、愛してたハズッス! なのに、なんでこんな殺し合いを繰り返したりするッスか!?」
 グラリ、と足元が揺れた気がした。
「この揺れ……泣いてるみたいッス……」
 まるですすり泣く、嗚咽のような。
「皆の言葉が、届き始めてるんじゃないでしょうか」
 祝の呟きに、泰葉が超直観で家の様子を窺い始める。
 そして祝自身も、彼等に何があったんだろう? と天井を見上げていた。
 確かに何か、あったのだろう。
「――でも『今』は、きっともう戦わなくていいはずだよ?」
 祝の言葉に頷いて、いのりも懸命の説得を続ける。
「貴方は知っている筈です。かつての住人、彼らがどれ程心に深い傷を負ったかを。今貴方がしている事は傷の方ばかりを大きくしているのですわ。殺し殺される――そんな事を貴方が、ましてや彼等が望んでいるとはいのりには思えませんわ! きっと哀しい思いをするのは自分達だけでいいと、そう思っているに違いありません!」
「アナタが囚われているのは、痛みを消せないせいかしら? 誰かに知って欲しいの? 分かって欲しいの? それとも知りたいの? あるいは……自身を、殺して欲しいのかしら?」
 イスラの言葉に、ドクンッと家が揺れた。
「迷ひ家になるくらいだもの、長い間大切にされてきたのね」
 揺れる家の中、異変に気付いた泰葉が障子を指差す。
「夕焼けが、揺らめいているね。どういった事なのかな?」
 そう見えるのは、床が、自分達が、揺れているからだけの所為ではなかった。明らかに、外の空気が揺れている。
 迷ひ家が心を揺らし、伝え始めようとしているのか。
(もしここで亡くなられた方が居たら、思念を読み取れるかもしれません)
 タエ子が交霊術を試みるも、何も感じ取る事は出来なかった。
 前に立つ4人も動かず、只こちらを見ている。
 ――説得できなかったら、またいつか同じ事くりかえすんだよね……。
 そんなの、と冬月は苦しげに落としていた。
「殺し合いをさせる事が、本当にしたいことなの? そうだとしたら……哀しいよ……」
 違う筈だと、信じたかった。
「何でそんなに……哀しそうなんスか!? 一体何が起こったのか教えてほしいッス!」
 冬月の後ろから、舞子も言葉を重ねる。
「じゃないと……誰も、何も、救われないッスよ……」
「愛してたのね。残されて、悲しくて、少し裏切られた気持ちになったのかしら? アナタが忘れられないなら、私達もその記憶を一緒に背負うわ。――だから見せてごらんなさい、哀の記憶を」
 差し出すように両手を伸べたイスラの前で、泰葉も今己が抱いているであろう感情『哀』の仮面を被っていた。
 泰葉の考察もまた、住人であったこの4人が何らかの事情で一家心中か殺し合いに発展してしまったんじゃないだろうか、というもの。
(その時の哀しみが、この迷ひ家を生み出したんじゃないかな?)
「さあ、迷ひ家よ! 君の想いを感情を! 俺達に余すことなく見せてくれ! 俺は、魅せてくれたその感情を尊重しよう!」
 金色の双眸が、揺れる夕焼けを見る。そうして、「違う」と呟いた。
「あれは、夕焼けじゃない。――炎だ」


 一瞬にして、障子に炎があがる。
 障子だけではない。周りを囲む襖も柱も、炎に包まれていた。
 ピシィィッ!
 木の割れる鋭い音が、天井で響く。
「部屋に入ってすぐに見せられた幻、あれはこの一部だったのですわ」
 見上げたいのりが呟いた途端、天井が崩れた。
 天井が、柱が、落ちてくる。前にいた4人が、同時に姿を消した。
「オレ達を、すり抜けてるよっ!」
 冬月の言葉で、全員が自分達には衝撃がない事に気付く。
 そして鋭い悲鳴が、その場の空気を震わせた。
 目の前に現れたのは、崩れた天井と柱の下敷きになった女の子。そして崩れた柱の隙間で男の子を抱き、泣き叫ぶ母親。唇から血を流し目を開けぬ女の子に駆け寄り、タエ子は手を伸ばす。柱を退けて、抱きしめてあげたい。助けてあげたい。けれど触れようとしても、自分達の手は彼等をすり抜ける。そしてこちらの声も、彼等には聞こえていないようだった。
「これが過去の、出来事だから……」
 燃える炎の中で懸命に、父が刀を取ろうと柱や落ちた天井の隙間から手を伸ばす。太刀には手が届かずに、手に出来たのは、一振りの小太刀であった。
 必死の形相で、行く手を阻む柱に斬り付ける。しかし動く事もままならない狭き空間で、幾重にも重なり前を阻む柱たちを斬り落とす事は出来なかった。
「殺して、私を殺して!」
 ――代わりに、この子達を助けて!!
 仏になのか、神になのか。
 母は声を絞り出すように叫び、何度も咳き込んだ。
「殺して!」
『殺して、殺して!』
「頼む、斬れてくれ! 少しでいい、壊れろッ! 壊れろッ! ――子供達だけでも!」
『死んで構わない! 斬って!』
 ――もっと強く、強く、力を振り絞って! 子供が大事でしょ!
『死んで!』
 父母の声にシンクロし、迷ひ家の思いが伝わってくる。
 迷ひ家が見せたのは、自分が住人達を殺す瞬間。そして、住人達の代わりに己が死にたかったという思い。
『助けたかった。死なせたくなかった。……子供達を、護りたかった……』

 燃える家で、崩れる部屋で、覚者達はそれを見届けていた。
「……アナタの記憶はこの場面だけなのかしら。もっともっと、沢山あったはずでしょう?」
 優しく、イスラが問いかける。
「アナタが愛されてたのはアナタ自身が知ってるはずだもの」
「君が伝えたい事を……君の感情を! 想いを! 必ず伝えよう! ……もうこのような悲劇が起きない様にとね! 知りたがっている人だっているんだ」
 泰葉は崩れる音に負けぬよう声を響かせ、「ねぇ迷ひ家」と祝も炎昇る先を見上げた。
「大事な人は、愛するために居るのです」
 もう傷付けないで。哀ではなく、愛を、感じて。
 いのりは迷ひ家が見せてくれた過去の光景にただ涙を流し、冬月は住人達から目を逸らさず彼等と迷ひ家の思いを受け留めていた。
『愛する人が……。何度、願っても、願っても……どうすれば、助けられた……?』
 ポタ……ポタ、ポタ。
 鼻を掠め落ち、足元で聞こえた音に舞子は畳に両膝を付いて、吐息を震わせる。
「泣いてる……ッスか?」
「アナタの痛みは受け取ったわ、だから今からは幸せな愛の記憶を抱えて生きなさい」
 イスラの呟きは、覚者達の願いでもあったろう。
 だが、家が、住人達が、炎と共に消えていく。
『――お前達なら、どうする。お前達なら……』
 理不尽に、相手を殺さなくてはいけない状況で。己ではどうしようもない、その状況で。
 それでも助けたかったのだと。
 哀しみを覚者達に見せ、想いをさらけ出して、迷ひ家は姿を消した。


「……殺され、殺さなければいけない状況で、相手を助ける方法を見つけたかったのね」
 イスラの呟きを聞きながら、冬月が近くで摘んだ花を迷ひ家があった場所へと手向ける。
「両方を助けられたら最高、なんたろうけど。僕等を殺そうとする相手を連れて、部屋を出る事なんてできたのかな」
 あの、戦いの中で――。
 その隣ではいのりが迷ひ家と住人のために祈りを捧げていた。
(彼らの魂が、何時か哀しみから解放されますように……)
 タエ子も手を合わせながら、自分の最愛なら養父母が出てきたのではないかと考えていた。
 ――その時わたしは動けるでしょうか?
 動けないかも、と思う。
 けれど動かなくてはならない。
(きっと、覚者としての力は、誰かを守るためにあるんですから)
「それは?」
 祝の言葉に、舞子は両手で包んでいた掌を広げた。
「迷ひ家から落ちてきたッス」
 掌の上には、7つの雫形をした透明な石。
「コレはきっと、迷ひ家の涙ッス……。住人の為に、泣いてたッスよ」
 ちょうど7つ。自分達に託してくれた物と思えた。
 舞子は迷ひ家の想いを、仲間達へと1つずつ渡していった。
「さて、またあのお爺さんに成果報告をしてこようか」
 泰葉は背を向け歩き出す。仲間達も、山を降りる為に家の消えた空間から足を踏み出した。
 しばらく歩いて振り返れば、空間はなくなっていた。ずっとそうであったかのように、木々が生い茂っている。
「……昔、山火事でもあったのかな」
「放火か、隣からの火事の火が燃え移ったのかも……」
 どうして家が炎に包まれたのかは判らない。迷ひ家自身も、忘れてしまった事なのかもしれない。
「でもいつか」
 哀しい迷ひ家でなくなればいい、と思う。

 これからも愛に迷った人がいたならば、また現れるかもしれない。
 けれども、殺し合いをさせる場所などではなくて。

 大事な人への愛を、再確認出来る場所。
 そんな優しい場所になってくれれば――そう願った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『迷ひ家の涙』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員




 
ここはミラーサイトです