氷面下の妖魚
●
湖に張った分厚い氷の上を器用に歩いていく男が一人。手には専用のドリルと釣竿を持ち、肩にクーラーボックスを提げている。
適当な場所まで来ると、ドリルで氷に穴を開け始めた。ワカサギ釣りのための穴だ。
買い物一つ行くにも車で一時間はかかるこの地で生まれ育って六十年。白髪が増えてきた男の若い頃からの趣味である。
しかし、この日は何やら様子がおかしかった。
「釣れんなあ……」
釣竿はうんともすんとも言わない。
釣れなくとも何かしら反応はあるものだが、待てど暮らせど浮きは何の反応もない。
「魚がおらんわけでもあるまいに」
ぶつぶつと言いながら場所を変えようとした男の足元に突然衝撃が走り、氷に亀裂が走った。
衝撃の強さに倒れこんだ男の周囲で氷が割れる。
落ちる!
ぞっとした男が最後に見たのは砕けた氷とぬらぬらと濡れた舌のような物だった。
●
「魚を釣りに来て魚に食べられるなんてな……」
久方 相馬(nCL2000004)が予知したのは、ワカサギ釣りをしていた男性が妖に食われる事件だった。
現場は山の斜面に囲まれた大きな湖。
表面は氷に覆われており、妖はその氷の下に潜んでいる。
「水中は暗くてあまり姿がはっきり見えなかったんだが、形は鯰に似てたな。頭から尾まではここから……ここくらいはあったと思う」
相馬が室内を歩いて示した長さは約十メートルほど。これが鯰の形状であればその偉容も想像がつくと言うもの。
「湖の大きさは大体60平方キロメートル。大雑把に言うと楕円形をしている」
妖はこの湖の底の方を泳ぎ回り、水面に張った氷から伝わる振動で獲物の存在を察知しているようだ。
獲物に気付くと振動の発生源を狙って氷を突き破りそのまま食らいつくか、水中に落ちた所を補食する。
「この妖は体が大きい分体力も高く、巨体を生かした体当たりや尾びれの攻撃の他、巨大な口の噛みつき攻撃も強力だ」
しかし、弱点もある。
水中に適した形状が仇となり、水の外では戦闘力が格段に落ちるのだ。
体を波打たせる事で移動はできるだろうが、水中での機動力とは比べるまでもない。体当たりや尾びれの攻撃も威力が落ちるだろう。
「問題はどうやってその状況を作るかだな」
何せ相手は水中を自在に泳ぐ魚の妖なのだ。
水温は低く、一般人が水中に落ちれば心臓麻痺を起こしてもおかしくない。
覚者と言えど無防備に入って良いものではないし、何より水中では陸と同じようには動けない。
陸からの攻撃も湖全体を覆う氷と透明度の低い水と言う天然の隠れ蓑が邪魔になる。
また引きずり出す事に成功しても今度は水の中に戻さないようにしなければならない。
周囲の山の斜面や氷の上で戦う場合も工夫がいる。
「必要ならエンジン付きゴムボートや潜水器具を用意する事はできるが、過信はしないでくれ」
妖の攻撃に耐えるボートはなく、出せるスピードも水中の妖と張り合える程ではない。
潜水器具もアイスダイビング用のドライスーツと多少性能の良い器具と言うだけだ。
「もし戦闘不能になって意識を失った場合、水中に落ちると非常に危険だ。万が一に備えて救助要員を派遣するが、充分に気を付けて欲しい」
救助要員として海棠 雅刀(nCL2000086)が同行するものの、彼は戦力に数えられない。
あくまで意識を失った者を水中から救助するためにいる。
「妖はどの時間帯でも同じように活動しているようだから、いつ行ってもいい。昼は周囲が明るく氷の厚みは多少減るから氷の上で戦えば割れる。夜は明かりがないから当然暗い。氷の厚みは増えるから上で戦っても割れる心配はないな」
どの時間帯で戦うかは作戦次第と言う事だが、どちらも長所と短所がある。
「この湖はワカサギ釣り以外にもスケートをしに来る地元民がいるらしい。春になって氷が溶ければ釣り人が集まってくるだろう」
幸い、予知で見た男性もこの時点ではまだ健在だ。
事前に妖を倒してしまえば誰も犠牲にならずに済む。
「悪条件ばかりが揃った依頼だが、皆で知恵を出し合って妖を退治してほしい。頼んだぜ!」
湖に張った分厚い氷の上を器用に歩いていく男が一人。手には専用のドリルと釣竿を持ち、肩にクーラーボックスを提げている。
適当な場所まで来ると、ドリルで氷に穴を開け始めた。ワカサギ釣りのための穴だ。
買い物一つ行くにも車で一時間はかかるこの地で生まれ育って六十年。白髪が増えてきた男の若い頃からの趣味である。
しかし、この日は何やら様子がおかしかった。
「釣れんなあ……」
釣竿はうんともすんとも言わない。
釣れなくとも何かしら反応はあるものだが、待てど暮らせど浮きは何の反応もない。
「魚がおらんわけでもあるまいに」
ぶつぶつと言いながら場所を変えようとした男の足元に突然衝撃が走り、氷に亀裂が走った。
衝撃の強さに倒れこんだ男の周囲で氷が割れる。
落ちる!
ぞっとした男が最後に見たのは砕けた氷とぬらぬらと濡れた舌のような物だった。
●
「魚を釣りに来て魚に食べられるなんてな……」
久方 相馬(nCL2000004)が予知したのは、ワカサギ釣りをしていた男性が妖に食われる事件だった。
現場は山の斜面に囲まれた大きな湖。
表面は氷に覆われており、妖はその氷の下に潜んでいる。
「水中は暗くてあまり姿がはっきり見えなかったんだが、形は鯰に似てたな。頭から尾まではここから……ここくらいはあったと思う」
相馬が室内を歩いて示した長さは約十メートルほど。これが鯰の形状であればその偉容も想像がつくと言うもの。
「湖の大きさは大体60平方キロメートル。大雑把に言うと楕円形をしている」
妖はこの湖の底の方を泳ぎ回り、水面に張った氷から伝わる振動で獲物の存在を察知しているようだ。
獲物に気付くと振動の発生源を狙って氷を突き破りそのまま食らいつくか、水中に落ちた所を補食する。
「この妖は体が大きい分体力も高く、巨体を生かした体当たりや尾びれの攻撃の他、巨大な口の噛みつき攻撃も強力だ」
しかし、弱点もある。
水中に適した形状が仇となり、水の外では戦闘力が格段に落ちるのだ。
体を波打たせる事で移動はできるだろうが、水中での機動力とは比べるまでもない。体当たりや尾びれの攻撃も威力が落ちるだろう。
「問題はどうやってその状況を作るかだな」
何せ相手は水中を自在に泳ぐ魚の妖なのだ。
水温は低く、一般人が水中に落ちれば心臓麻痺を起こしてもおかしくない。
覚者と言えど無防備に入って良いものではないし、何より水中では陸と同じようには動けない。
陸からの攻撃も湖全体を覆う氷と透明度の低い水と言う天然の隠れ蓑が邪魔になる。
また引きずり出す事に成功しても今度は水の中に戻さないようにしなければならない。
周囲の山の斜面や氷の上で戦う場合も工夫がいる。
「必要ならエンジン付きゴムボートや潜水器具を用意する事はできるが、過信はしないでくれ」
妖の攻撃に耐えるボートはなく、出せるスピードも水中の妖と張り合える程ではない。
潜水器具もアイスダイビング用のドライスーツと多少性能の良い器具と言うだけだ。
「もし戦闘不能になって意識を失った場合、水中に落ちると非常に危険だ。万が一に備えて救助要員を派遣するが、充分に気を付けて欲しい」
救助要員として海棠 雅刀(nCL2000086)が同行するものの、彼は戦力に数えられない。
あくまで意識を失った者を水中から救助するためにいる。
「妖はどの時間帯でも同じように活動しているようだから、いつ行ってもいい。昼は周囲が明るく氷の厚みは多少減るから氷の上で戦えば割れる。夜は明かりがないから当然暗い。氷の厚みは増えるから上で戦っても割れる心配はないな」
どの時間帯で戦うかは作戦次第と言う事だが、どちらも長所と短所がある。
「この湖はワカサギ釣り以外にもスケートをしに来る地元民がいるらしい。春になって氷が溶ければ釣り人が集まってくるだろう」
幸い、予知で見た男性もこの時点ではまだ健在だ。
事前に妖を倒してしまえば誰も犠牲にならずに済む。
「悪条件ばかりが揃った依頼だが、皆で知恵を出し合って妖を退治してほしい。頼んだぜ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.巨大妖魚の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回は非常に寒い山中にある氷に覆われた湖が舞台となります。
覚者でも下手をしたら風邪くらいはひくかも知れません。
体に気を付けて妖退治を行って下さい。
●補足
今回はF.i.V.Eから後述の器具の貸し出しが可能です。
必要と思われる物があれば申請(プレイングかEXプレイングに記載)して下さい。
またここに出ていない器具も一般的なホームセンターやスポーツ用品店などで購入できる物であれば準備できると考えて下さい。
使い方等はレクチャーを受けたと言う事で、現地に行ってから慌てる事態にはなりません。
・器具一覧
ダイビング用品一式(アイスダイビング用ドライスーツ、シュノーケル等)
エンジン付きゴムボート(最大二艘。スピードは妖には及びません)
スパイク付ブーツ(氷の上での戦闘もこれがあれば大丈夫)
・同行NPC
海棠 雅刀(かいどう まさと)
現場までの案内役兼万が一に備えての救助担当です。
戦闘不能になり命数復活が無い場合、水中に落ちると危険なので救助し安全な場所まで運びます。
戦闘には参加しません。
●場所
山の斜面に囲まれた湖。歪な楕円形に近い形で広さは約60㎢、水深3~50m、透明度は低く1mから先に沈んだ物の形が判別できません。
この時期は晴天が続くため雪の心配はありませんが、氷の上はよく滑ります。氷上で戦闘するなら対策が必要でしょう。
周囲の斜面は約20度。雪が積もっているので上り下りの際は足元に注意。
木がまばらに生えていますが、葉は全て落ち下草も枯れているので見通しは良くなっています。
・昼
日光を遮る物がないので非常に明るくなります。また氷の厚みが薄くなり、走り回ったりスケートをしたりするのは問題ありませんが、妖魚のような巨大生物が暴れると氷は割れます。
・夜
光源となる物は月明かりのみ。明るいと言えば明るいですが、充分とは言えません。
氷の厚みが増し氷の上で妖魚と戦っても割れない程度になります。
●敵能力
・巨大妖魚/妖/生物系ランク2
頭から尾までの長さが約10mある巨大な妖。
形状は鯰に近く、口の中には舌と牙が生えています。
体力と攻撃力が高い上に水中では自由自在に動き回って高い機動力を発揮しますが、水の外では機動力が激減。攻撃力も下がります。
氷から伝わる振動で獲物の存在を察知し襲いかかって捕食します。
水の中から出ても死なないため自身の食欲を優先しますが、不利を悟ると湖の底に逃げます。
・スキル
体当たり(近単/貫通3、100%、50%、25%/物理ダメージ)
尾鰭(近列/物理ダメージ)
噛みつき(近単/物理ダメージ+出血)
情報は以上になります。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2016年02月10日
2016年02月10日
■メイン参加者 5人■

●
白く輝く月が山に降り積もった雪と、鏡のようにつやつやと凍った湖を照らしている。
斜面の雪の表面も凍ってますます月明かりに輝き、美しい白銀の世界が広がっていた。
「ううう……寒いぃ……」
しかし、絵で眺めるならともかく実際その場に立てば湖すら凍り付く寒さを味わう事になる。
もこもこの防寒具の上に雨具まで着込んでいる鈴駆・ありす(CL2001269)の口から漏れるのは白い息と寒さに耐えかねた愚痴である。
「何でこんな寒い中で戦わなきゃいけないのよ……」
「心頭滅却すれば火もまた涼しとは言うが、逆の場合はなあ」
渡慶次・駆(CL2000350)も恰幅の良い体を更に防寒具で膨れさせて歩いている。
足場は雪が積もった山の斜面と言うなんとも不親切な状態だ。寒い上にこれでは気も滅入ると言うもの。
全員がきっちりと防寒具にホッカイロまで完備しているが、夜の雪山の寒さはそれくらいでは跳ね返せないようだ。
黙々と歩く松葉・隆五(CL2001291)も元々騒がしい性格でない事もあるだろうが、一切口を開く事なくひたすら目的地を目指し歩いている。
元気なのは黒崎 ヤマト(CL2001083)とゆかり・シャイニング(CL2001288)(本名たなか・ゆかり。シャイニングは芸名である)の二人くらいだろう。
「鈴駆、大丈夫か? 俺のジャケットも着ていいぞ」
「大丈夫よ……ゆかりサンに教えてもらったやり方で大分温かくなったわ」
「スポーツ用品店の店員さんから聞いた裏技ですよ!」
ビシッ! とサムズアップするゆかり。もこもこ度は大分下がるがゆかり自身も防寒具の上に雨合羽と言う出で立ちだ。
「雨合羽がありますから水飛沫や水に落ちた時も少しは凍えずに済みますよ!」
「意外と考えてるんだな」
「失礼な! お笑いは頭をつかうんですよ!」
「そっちか」
駆の一言にゆかりが反論する。
「騒がないで……寒い……」
「でも何かしゃべってた方があたたまるんじゃないか?」
「一理あるっすね」
寒い中を黙って歩くのもうんざりしていたのかも知れない。五人は他愛ない話をし、時折足を取られそうになりながらも斜面を下った。
湖の端に到着した一行はその大きさと氷から伝わって来る冷気を改めて実感する。
「頼むぜクロ」
「輝け、シャイニング2号!」
ヤマトとゆかりの守護使役のともしびが周囲を照らし出す。
凍り付いた湖はしんと静まり返っているが、不用心に足を踏み出す者はいなかった。
「妖一本釣りと行くか」
覚醒時の引き締まった若者になった駆の体が浮き上がる。
「はぁ……仕方ないわね。いくわよ、ゆる……開眼」
駆に続きありすも左手に第三の目を開き、浮き上がって湖の上へ。
二人が適当な位置で止まるのを待ち、ヤマトは自分の翼を広げて湖に向かって飛ぶ。
「ヤマトさん、お気をつけて!」
「齧られないように注意っす」
浮遊能力を持たないゆかりと隆五は湖の端に待機である。
妖は氷から伝わる振動目がけて襲い掛かって来る。先に湖の上に行った駆とありすが浮遊しているのも察知されるのを防ぐためだ。
「あの辺りがいいか」
餌役もとい誘き寄せを行うヤマトは湖の上に滞空しつつ手に炎を生み出す。
一度振り向けばありすも同じように火炎弾の準備をしている。
二人の火炎弾を撃ち込み、その振動で妖をおびき出すのだ。
「上手くかかってくれよ!」
タイミングを合わせ放たれた火炎弾が着弾すると、氷の一部がごっそりと削れる。水中に伝わった振動はかなりのものだろう。
着弾した炎が徐々に弱まっていくのを、全員が固唾をのんで見守る。
数分か、数十秒かもしれない。突然抉れた氷に何かがぶつかる音がして大きな皹が入ったかと思うと、氷を突き破って巨大な妖が飛び出して来た。
●
「でけぇ……」
月夜に照らされた体は約十メートル。思わず見入ってしまったヤマトだったが、重力に引かれて着水しようとする妖魚と目が合って我に返る。
獲物を捕らえ損なった事に気付いた妖魚が氷の上に着地。ぎょろりと動く目がヤマトを捉え、口をわずかに開いて舌なめずりをする。
「よし、釣られやがったな」
後は湖に逃げ込まれないよう氷が割れた場所から引き離すだけだ。
「さぁ、こいこい! 餌はこっちだぞー!」
囃し立てながら湖の上を低空飛行する。
妖魚は空を飛ぶ餌に何の疑問も抱かないのか、べちべちと左右の鰭と尾鰭を動かして体の位置を調整する。
「思ったより動きが鈍いわね」
「あれだけの巨体だからな」
離れた場所で様子を窺っていたありすと駆はのたのたとした動作にそう言ったが、次の動きに思わず目を丸くする。
妖魚は位置調整が終わると尾鰭で氷を叩き、びたんびたんと上下に体を動かしてヤマトを追いかけ始めたのだ。
「動きが気持ち悪いです……」
「なんか想像してたのと違うっす」
水中を泳ぐ魚は大体が平たい体を左右に動かす。
が、妖魚はまるで蛙かバッタのようにホッピング移動しているのだ。実に見苦しいと言うか、ゆかりと隆五が思わずそう言ってしまうのも仕方ないだろう。
ヤマトはそんな気持ち悪い動きでびったんばったんと跳ねる妖魚から全速力で逃げる。表情は真剣そのものだ。
「あともう一息!」
後ろを振り返る度に見なければ良かったと言う思いに駆られつつ、ヤマトは飛ぶ。
「へっ、風情のねえ穴釣りだぜ!」
活性化した炎の名残を靡かせ、駆が横合いから妖魚に斬り付ける。
「暴れないで……風圧とか、小さな氷の欠片とか……余計に寒い……」
文句を言いながらありすが続く。
火炎弾が妖魚の体を焼き、斬られた痛みと焼かれる痛みに妖魚が身を捩る。
「寒いなら熱くすればいいんです! いざ、ファイヤー!」
冷気を押し退けゆかりが斧を振り上げ突撃して来た。
叩きつけられた斧は炎を纏い、ざくりと打ち込まれた傷を焼く。
「行くぜレイジングブル! 食われる目に焼き魚にしてやる!」
ヤマトがレイジングブルと銘打った赤いギターを激しくかき鳴らす。
散々追われた腹いせも混じっているのか、弦から吹き上がる炎は砲弾となって妖魚の頭に直撃する。
立て続けに炎で焼かれた妖魚が痛みに暴れ、大きな尾鰭を振り回した。
「危ねえ!」
大して狙っていなくても十メートルの巨体である。振り回された尾鰭は警告を発した駆を含め前衛に立った全員を薙ぎ払った。
「なんかヌルっとした!」
「痛いと言うより気持ち悪い!」
「エンガチョです!」
尾鰭の一撃を食らったヤマト、駆、ゆかりの三人から痛みとは違う悲鳴が上がる。
どうやらこの妖魚、鯰に似ているのは外見だけでなく体表のぬめりも同じらしい。
「寒い上に……ヌルヌル……最悪」
寒さで強張っているありすの表情がまた一段階強張った。見た目も動きも苦手な人は苦手だろうが、巨大な体がすべてヌルヌルしているとあっては近寄りたくないだろう。
「上等だ。この場で解体してやるぜ!」
駆の使う刃物は身の丈程もある長大な鉈。ぶった切る。まさにそのために作られた刃だ。
相手が巨大なため切断とまでは行かないが、その刃は深々と妖魚を切り裂く。
「これだけでかいんだ。食べ甲斐がありそうだな!」
「焼き魚にしてあげるわ」
「巨大魚の焼き魚! これはロマン! いえグルメですね!」
妖と言えど魚である妖魚にとって嫌な事に、集まった五人の内四人が火行である。こんがり焼き上げ三枚おろしにでもしそうな勢いだ。
「串焼きも行けそうっす」
一人土行の隆五が土の槍を妖魚に突き立てた。
氷の上で焼かれ土の槍に刺されると言う稀有な痛みを味わい、妖魚も体当たりを食らわし尾鰭を振り回し大いに暴れる。動きは鈍いものの巨体ゆえの攻撃範囲の広さと重さは十分に脅威だった。
「飛びかかってくるっす!」
隆五が尾鰭に力を溜める妖魚の動作に気付く。
びっしりと牙が生えた口を開いて飛びかかる妖魚。巨大な口は力も強いのか、噛みつかれた駆の傷は深く血が滴り落ちる。
「人を食べちゃう危ないお魚はお仕置きです!」
ゆかりの額に現れた第三の目に力が集中する。
「一発芸! チョウチンアンコウ!」
カッ! と開かれた目から怪光線が放たれた。
額に沿えた指の形。ポーズも完璧である。
「ズドドドドドドーン!!」
妖魚に直撃するのに合わせて効果音も完璧に自前で行い、音のない光である破眼光の迫力が(ゆかり的に)増したかもしれない。
「どうですか私の一発芸!」
胸を張るゆかりと目があったありす。
「……寒いわ……」
「一発芸がですか、気温がですか?!」
答えはなかった。
●
「体はあったまって来たぜ!」
ヤマトが体は、ってどういう事ですか! と言うゆかりの声を掻き消すほどにレイジングブルをかき鳴らす。
醒の炎で強化された火炎弾はますます威力を増して妖魚を焼く。
「大分いい感じに焼けてきたじゃねえか!」
「匂いは案外うまそうっすね」
駆は振り回される尾鰭に叩かれながらもアチャラータの斬撃で確実に傷を負わせていく。
同じく肉を切らせて骨を断つと隆五の槍が妖魚に突き立ち、ただでさえ水から出て動きが鈍くなっている妖魚を邪魔していた。
妖魚もここまで来れば自分が食われるかもしれないと言う恐怖が強くなってきたのか、暴れ方が激しくなっている。
覚者達もその激しい抵抗の中でかなり体力が削られていた。
巨大な妖魚の攻撃はいくら威力が落ちているからと言っても、一般的な人間サイズでしかない覚者にとっては十分だ。
しかし、怯む者は一人としていない。
「やられる前にやれ、です! ビィイイイイム!」
尾鰭を顔面にくらったのか、顔の半分を真っ赤にしたゆかりがしっかりと声を張り上げ怪光線を放つ。
畳みかける攻撃を受けて妖魚はますます危機感を強め、攻撃の仕方はすでに狙いも定めず滅茶苦茶に暴れていると言った方がいい。
体をたわめ勢いよく飛び出した巨体で覚者達を跳ね飛ばす。
「っ、くぅ……ただでさえ寒いのに、そんな冷たい体で暴れるんじゃないわよ!」
直撃こそ受けなかったもののヌメヌメした飛沫と風圧にありすが怒りを露わにした。
重量級の妖魚の大暴れと覚者達が履くスパイクブーツに氷の表面が削られており、誰かが激しく動く度に削れた氷の欠片が宙を舞って時折肌に当たるのだ。
特に妖魚の一撃は衝撃音と共に細かな氷の破片が派手に飛び散る。
「活きが良いのは結構だがな、いい加減大人しくおろされろ!」
体当たりを食らった駆はスパイクブーツで踏ん張り、尾鰭をざくりと切り裂く。
「しっぽいただきます!」
そこにゆかりの斧が打ち下ろされ、尾鰭が千切れそうなほどの深手を負わせた。
炎を乗せた一撃のためか傷口は焼かれて出血はなかったが、びたんびたんと打ち付けていた尾鰭は目に見えて大人しくなった。
妖魚自身も大分消耗しているらしい。ただでさえ水の中とは勝手の違う地上での活動だ。その上体のあちこちを切られ焼かれてはさしもの妖もただでは済まない。
「ふん、燃やし尽くしてあげるわ」
追い打ちをかけるようにありすの火炎弾がまだ無傷だった箇所をこんがりと焼く。
「焼き魚なんて生ぬるいわ、消し炭にしてあげる!」
こんがりどころの騒ぎではなかった。ありすは本気だ。
食いたいと言う欲望と、逃げなければならないと言う思いがせめぎ合う。
「逃がさないっすよ」
その気配を感じたのか、隆五が土の槍を呼び出して下から突き上げる。
「釣った魚を逃がすわけねえだろ! てめえは今夜の鍋になるんだからよ!」
駆の目つきも本気だった。本気で妖魚を鍋にしようと言うのか、長大な鉈アチャラータが横凪に叩き込まれ、ばっくりと腹が裂ける。
ここまで来るともはや食欲よりも逃げの一択だ。
何とか覚者達の囲みを突破しようと、妖魚が渾身の体当たりを敢行する。
「ぐっ……! こ、これくらい軽いっす」
当たった個所を体の内部にねじ込まれるような衝撃に跳ね飛ばされそうになる隆五だったが、剣を氷に突き立ててこらえる。
「ネタはまだあるんです! 中座はさせませんよ!」
ゆかりが斧を振り回し突撃。妖魚は振り向きざま頭部にきつい一撃をもらってしまう。
「散々寒い目に遭わせてくれたわね!」
冬の夜に雪山登山。氷の上での戦闘。それも全てお前が悪いとありすの怒りの炎に焼かれ、じたばたとのたうつ妖魚。
ヤマトがかき鳴らすギターの音色がとどめの一撃となって襲い掛かる。
「響け! レイジングブル!」
ボディの赤よりなお赤く燃える炎が妖魚の顔面を焼き尽くす。
妖魚は断末魔の代わりに激しくのたうち、氷にちぎれかけた尾鰭やぱっくり傷があいた頭部を打ち付けていたが、不意にぱたりと力尽きる。
ぐったりとのびた巨大な体から炎が消え、煙が虚しく風に吹かれて消えて行った。
●
「巨大焼き魚一丁あがり!」
動かなくなった妖魚にヤマトが快哉を叫ぶ。
「ほんとにでっかいですね! 何を食べたらこんなに大きくなるんでしょうか」
動かなくなった妖魚の体はまだ氷の上に残っていた。
体中に切り傷と言う名の包丁を入れられこんがりと焼かれた体からは妙に良い匂いがしてくる。
「寒い所で暴れ回ったせいだな。腹が減って仕方ねえ」
その匂いに食欲を刺激されたのか、駆が恰幅のいい腹に手を当てる。
防寒具の上からでも伝わってきそうな腹の音がして、その目が真剣に妖魚を見詰めた。
「なあ、これ食えると思うか?」
「それはちょっと……」
止めようとした隆五の腹の虫が鳴る。
「焼けば大抵のものは食えるってばーちゃんが言ってた!」
ヤマトが隆五と駆の空腹を後押しするような事を言い出した。どうやらヤマトも大分空腹を感じているようだ。
「やめなさい。終わったらさっさと帰るわよ」
戦いが終わった途端寒気がぶり返してきたらしく、ありすはもこもこの防寒具に口元を埋めながら帰還を促す。
「早く帰って温まりたいわ」
「お任せあれ!」
ばっ! とありすの前に滑り込んできたのはゆかりだ。
「ここで一発、私が場を温める渾身のギャグを……」
「やめて。余計寒くなるわ」
「ええっ! そんなぁ!!」
ムンクの叫びのような顔でショックを表すゆかり。
さもありなんとゆかりに見えない後ろの方でうんうんと頷く男衆。
「冗談は置いといて、体があったまる物でも食べに行くか」
先程までの様子から本当に冗談だったのかは疑わしいが、駆の言葉に全員が同意した。
「あ、でもこの時間に店なんて開いてるかな?」
「そもそもこの辺り、店なかったっすよ」
麓の住民も車で片道一時間かけて買い物に行くと言う立地条件を思い出し、隆五が駆とヤマトに水を差す。
「……F.i.V.Eの送迎の人に何か頼めないかしら」
「今からはちょっと無理だと思います」
ありすとゆかりも空腹だったのか、表情が少し暗い。
ありすは単純に寒いだけかも知れないが。
「まあ、とりあえず帰るか。後から考えようぜ」
「そうね……はぁ……もう一回あそこを越えないといけないわね」
「今度は登りっすね」
「あと一息頑張ろうぜ!」
「では私が元気の出る一発芸でも……」
わいわいと騒ぐ覚者達の声はしばらく凍り付いた湖の方にも響いていたが、その内降り積もった雪の向こう消えて行く。
白く輝く月が山に降り積もった雪と、鏡のようにつやつやと凍った湖を照らしている。
斜面の雪の表面も凍ってますます月明かりに輝き、美しい白銀の世界が広がっていた。
「ううう……寒いぃ……」
しかし、絵で眺めるならともかく実際その場に立てば湖すら凍り付く寒さを味わう事になる。
もこもこの防寒具の上に雨具まで着込んでいる鈴駆・ありす(CL2001269)の口から漏れるのは白い息と寒さに耐えかねた愚痴である。
「何でこんな寒い中で戦わなきゃいけないのよ……」
「心頭滅却すれば火もまた涼しとは言うが、逆の場合はなあ」
渡慶次・駆(CL2000350)も恰幅の良い体を更に防寒具で膨れさせて歩いている。
足場は雪が積もった山の斜面と言うなんとも不親切な状態だ。寒い上にこれでは気も滅入ると言うもの。
全員がきっちりと防寒具にホッカイロまで完備しているが、夜の雪山の寒さはそれくらいでは跳ね返せないようだ。
黙々と歩く松葉・隆五(CL2001291)も元々騒がしい性格でない事もあるだろうが、一切口を開く事なくひたすら目的地を目指し歩いている。
元気なのは黒崎 ヤマト(CL2001083)とゆかり・シャイニング(CL2001288)(本名たなか・ゆかり。シャイニングは芸名である)の二人くらいだろう。
「鈴駆、大丈夫か? 俺のジャケットも着ていいぞ」
「大丈夫よ……ゆかりサンに教えてもらったやり方で大分温かくなったわ」
「スポーツ用品店の店員さんから聞いた裏技ですよ!」
ビシッ! とサムズアップするゆかり。もこもこ度は大分下がるがゆかり自身も防寒具の上に雨合羽と言う出で立ちだ。
「雨合羽がありますから水飛沫や水に落ちた時も少しは凍えずに済みますよ!」
「意外と考えてるんだな」
「失礼な! お笑いは頭をつかうんですよ!」
「そっちか」
駆の一言にゆかりが反論する。
「騒がないで……寒い……」
「でも何かしゃべってた方があたたまるんじゃないか?」
「一理あるっすね」
寒い中を黙って歩くのもうんざりしていたのかも知れない。五人は他愛ない話をし、時折足を取られそうになりながらも斜面を下った。
湖の端に到着した一行はその大きさと氷から伝わって来る冷気を改めて実感する。
「頼むぜクロ」
「輝け、シャイニング2号!」
ヤマトとゆかりの守護使役のともしびが周囲を照らし出す。
凍り付いた湖はしんと静まり返っているが、不用心に足を踏み出す者はいなかった。
「妖一本釣りと行くか」
覚醒時の引き締まった若者になった駆の体が浮き上がる。
「はぁ……仕方ないわね。いくわよ、ゆる……開眼」
駆に続きありすも左手に第三の目を開き、浮き上がって湖の上へ。
二人が適当な位置で止まるのを待ち、ヤマトは自分の翼を広げて湖に向かって飛ぶ。
「ヤマトさん、お気をつけて!」
「齧られないように注意っす」
浮遊能力を持たないゆかりと隆五は湖の端に待機である。
妖は氷から伝わる振動目がけて襲い掛かって来る。先に湖の上に行った駆とありすが浮遊しているのも察知されるのを防ぐためだ。
「あの辺りがいいか」
餌役もとい誘き寄せを行うヤマトは湖の上に滞空しつつ手に炎を生み出す。
一度振り向けばありすも同じように火炎弾の準備をしている。
二人の火炎弾を撃ち込み、その振動で妖をおびき出すのだ。
「上手くかかってくれよ!」
タイミングを合わせ放たれた火炎弾が着弾すると、氷の一部がごっそりと削れる。水中に伝わった振動はかなりのものだろう。
着弾した炎が徐々に弱まっていくのを、全員が固唾をのんで見守る。
数分か、数十秒かもしれない。突然抉れた氷に何かがぶつかる音がして大きな皹が入ったかと思うと、氷を突き破って巨大な妖が飛び出して来た。
●
「でけぇ……」
月夜に照らされた体は約十メートル。思わず見入ってしまったヤマトだったが、重力に引かれて着水しようとする妖魚と目が合って我に返る。
獲物を捕らえ損なった事に気付いた妖魚が氷の上に着地。ぎょろりと動く目がヤマトを捉え、口をわずかに開いて舌なめずりをする。
「よし、釣られやがったな」
後は湖に逃げ込まれないよう氷が割れた場所から引き離すだけだ。
「さぁ、こいこい! 餌はこっちだぞー!」
囃し立てながら湖の上を低空飛行する。
妖魚は空を飛ぶ餌に何の疑問も抱かないのか、べちべちと左右の鰭と尾鰭を動かして体の位置を調整する。
「思ったより動きが鈍いわね」
「あれだけの巨体だからな」
離れた場所で様子を窺っていたありすと駆はのたのたとした動作にそう言ったが、次の動きに思わず目を丸くする。
妖魚は位置調整が終わると尾鰭で氷を叩き、びたんびたんと上下に体を動かしてヤマトを追いかけ始めたのだ。
「動きが気持ち悪いです……」
「なんか想像してたのと違うっす」
水中を泳ぐ魚は大体が平たい体を左右に動かす。
が、妖魚はまるで蛙かバッタのようにホッピング移動しているのだ。実に見苦しいと言うか、ゆかりと隆五が思わずそう言ってしまうのも仕方ないだろう。
ヤマトはそんな気持ち悪い動きでびったんばったんと跳ねる妖魚から全速力で逃げる。表情は真剣そのものだ。
「あともう一息!」
後ろを振り返る度に見なければ良かったと言う思いに駆られつつ、ヤマトは飛ぶ。
「へっ、風情のねえ穴釣りだぜ!」
活性化した炎の名残を靡かせ、駆が横合いから妖魚に斬り付ける。
「暴れないで……風圧とか、小さな氷の欠片とか……余計に寒い……」
文句を言いながらありすが続く。
火炎弾が妖魚の体を焼き、斬られた痛みと焼かれる痛みに妖魚が身を捩る。
「寒いなら熱くすればいいんです! いざ、ファイヤー!」
冷気を押し退けゆかりが斧を振り上げ突撃して来た。
叩きつけられた斧は炎を纏い、ざくりと打ち込まれた傷を焼く。
「行くぜレイジングブル! 食われる目に焼き魚にしてやる!」
ヤマトがレイジングブルと銘打った赤いギターを激しくかき鳴らす。
散々追われた腹いせも混じっているのか、弦から吹き上がる炎は砲弾となって妖魚の頭に直撃する。
立て続けに炎で焼かれた妖魚が痛みに暴れ、大きな尾鰭を振り回した。
「危ねえ!」
大して狙っていなくても十メートルの巨体である。振り回された尾鰭は警告を発した駆を含め前衛に立った全員を薙ぎ払った。
「なんかヌルっとした!」
「痛いと言うより気持ち悪い!」
「エンガチョです!」
尾鰭の一撃を食らったヤマト、駆、ゆかりの三人から痛みとは違う悲鳴が上がる。
どうやらこの妖魚、鯰に似ているのは外見だけでなく体表のぬめりも同じらしい。
「寒い上に……ヌルヌル……最悪」
寒さで強張っているありすの表情がまた一段階強張った。見た目も動きも苦手な人は苦手だろうが、巨大な体がすべてヌルヌルしているとあっては近寄りたくないだろう。
「上等だ。この場で解体してやるぜ!」
駆の使う刃物は身の丈程もある長大な鉈。ぶった切る。まさにそのために作られた刃だ。
相手が巨大なため切断とまでは行かないが、その刃は深々と妖魚を切り裂く。
「これだけでかいんだ。食べ甲斐がありそうだな!」
「焼き魚にしてあげるわ」
「巨大魚の焼き魚! これはロマン! いえグルメですね!」
妖と言えど魚である妖魚にとって嫌な事に、集まった五人の内四人が火行である。こんがり焼き上げ三枚おろしにでもしそうな勢いだ。
「串焼きも行けそうっす」
一人土行の隆五が土の槍を妖魚に突き立てた。
氷の上で焼かれ土の槍に刺されると言う稀有な痛みを味わい、妖魚も体当たりを食らわし尾鰭を振り回し大いに暴れる。動きは鈍いものの巨体ゆえの攻撃範囲の広さと重さは十分に脅威だった。
「飛びかかってくるっす!」
隆五が尾鰭に力を溜める妖魚の動作に気付く。
びっしりと牙が生えた口を開いて飛びかかる妖魚。巨大な口は力も強いのか、噛みつかれた駆の傷は深く血が滴り落ちる。
「人を食べちゃう危ないお魚はお仕置きです!」
ゆかりの額に現れた第三の目に力が集中する。
「一発芸! チョウチンアンコウ!」
カッ! と開かれた目から怪光線が放たれた。
額に沿えた指の形。ポーズも完璧である。
「ズドドドドドドーン!!」
妖魚に直撃するのに合わせて効果音も完璧に自前で行い、音のない光である破眼光の迫力が(ゆかり的に)増したかもしれない。
「どうですか私の一発芸!」
胸を張るゆかりと目があったありす。
「……寒いわ……」
「一発芸がですか、気温がですか?!」
答えはなかった。
●
「体はあったまって来たぜ!」
ヤマトが体は、ってどういう事ですか! と言うゆかりの声を掻き消すほどにレイジングブルをかき鳴らす。
醒の炎で強化された火炎弾はますます威力を増して妖魚を焼く。
「大分いい感じに焼けてきたじゃねえか!」
「匂いは案外うまそうっすね」
駆は振り回される尾鰭に叩かれながらもアチャラータの斬撃で確実に傷を負わせていく。
同じく肉を切らせて骨を断つと隆五の槍が妖魚に突き立ち、ただでさえ水から出て動きが鈍くなっている妖魚を邪魔していた。
妖魚もここまで来れば自分が食われるかもしれないと言う恐怖が強くなってきたのか、暴れ方が激しくなっている。
覚者達もその激しい抵抗の中でかなり体力が削られていた。
巨大な妖魚の攻撃はいくら威力が落ちているからと言っても、一般的な人間サイズでしかない覚者にとっては十分だ。
しかし、怯む者は一人としていない。
「やられる前にやれ、です! ビィイイイイム!」
尾鰭を顔面にくらったのか、顔の半分を真っ赤にしたゆかりがしっかりと声を張り上げ怪光線を放つ。
畳みかける攻撃を受けて妖魚はますます危機感を強め、攻撃の仕方はすでに狙いも定めず滅茶苦茶に暴れていると言った方がいい。
体をたわめ勢いよく飛び出した巨体で覚者達を跳ね飛ばす。
「っ、くぅ……ただでさえ寒いのに、そんな冷たい体で暴れるんじゃないわよ!」
直撃こそ受けなかったもののヌメヌメした飛沫と風圧にありすが怒りを露わにした。
重量級の妖魚の大暴れと覚者達が履くスパイクブーツに氷の表面が削られており、誰かが激しく動く度に削れた氷の欠片が宙を舞って時折肌に当たるのだ。
特に妖魚の一撃は衝撃音と共に細かな氷の破片が派手に飛び散る。
「活きが良いのは結構だがな、いい加減大人しくおろされろ!」
体当たりを食らった駆はスパイクブーツで踏ん張り、尾鰭をざくりと切り裂く。
「しっぽいただきます!」
そこにゆかりの斧が打ち下ろされ、尾鰭が千切れそうなほどの深手を負わせた。
炎を乗せた一撃のためか傷口は焼かれて出血はなかったが、びたんびたんと打ち付けていた尾鰭は目に見えて大人しくなった。
妖魚自身も大分消耗しているらしい。ただでさえ水の中とは勝手の違う地上での活動だ。その上体のあちこちを切られ焼かれてはさしもの妖もただでは済まない。
「ふん、燃やし尽くしてあげるわ」
追い打ちをかけるようにありすの火炎弾がまだ無傷だった箇所をこんがりと焼く。
「焼き魚なんて生ぬるいわ、消し炭にしてあげる!」
こんがりどころの騒ぎではなかった。ありすは本気だ。
食いたいと言う欲望と、逃げなければならないと言う思いがせめぎ合う。
「逃がさないっすよ」
その気配を感じたのか、隆五が土の槍を呼び出して下から突き上げる。
「釣った魚を逃がすわけねえだろ! てめえは今夜の鍋になるんだからよ!」
駆の目つきも本気だった。本気で妖魚を鍋にしようと言うのか、長大な鉈アチャラータが横凪に叩き込まれ、ばっくりと腹が裂ける。
ここまで来るともはや食欲よりも逃げの一択だ。
何とか覚者達の囲みを突破しようと、妖魚が渾身の体当たりを敢行する。
「ぐっ……! こ、これくらい軽いっす」
当たった個所を体の内部にねじ込まれるような衝撃に跳ね飛ばされそうになる隆五だったが、剣を氷に突き立ててこらえる。
「ネタはまだあるんです! 中座はさせませんよ!」
ゆかりが斧を振り回し突撃。妖魚は振り向きざま頭部にきつい一撃をもらってしまう。
「散々寒い目に遭わせてくれたわね!」
冬の夜に雪山登山。氷の上での戦闘。それも全てお前が悪いとありすの怒りの炎に焼かれ、じたばたとのたうつ妖魚。
ヤマトがかき鳴らすギターの音色がとどめの一撃となって襲い掛かる。
「響け! レイジングブル!」
ボディの赤よりなお赤く燃える炎が妖魚の顔面を焼き尽くす。
妖魚は断末魔の代わりに激しくのたうち、氷にちぎれかけた尾鰭やぱっくり傷があいた頭部を打ち付けていたが、不意にぱたりと力尽きる。
ぐったりとのびた巨大な体から炎が消え、煙が虚しく風に吹かれて消えて行った。
●
「巨大焼き魚一丁あがり!」
動かなくなった妖魚にヤマトが快哉を叫ぶ。
「ほんとにでっかいですね! 何を食べたらこんなに大きくなるんでしょうか」
動かなくなった妖魚の体はまだ氷の上に残っていた。
体中に切り傷と言う名の包丁を入れられこんがりと焼かれた体からは妙に良い匂いがしてくる。
「寒い所で暴れ回ったせいだな。腹が減って仕方ねえ」
その匂いに食欲を刺激されたのか、駆が恰幅のいい腹に手を当てる。
防寒具の上からでも伝わってきそうな腹の音がして、その目が真剣に妖魚を見詰めた。
「なあ、これ食えると思うか?」
「それはちょっと……」
止めようとした隆五の腹の虫が鳴る。
「焼けば大抵のものは食えるってばーちゃんが言ってた!」
ヤマトが隆五と駆の空腹を後押しするような事を言い出した。どうやらヤマトも大分空腹を感じているようだ。
「やめなさい。終わったらさっさと帰るわよ」
戦いが終わった途端寒気がぶり返してきたらしく、ありすはもこもこの防寒具に口元を埋めながら帰還を促す。
「早く帰って温まりたいわ」
「お任せあれ!」
ばっ! とありすの前に滑り込んできたのはゆかりだ。
「ここで一発、私が場を温める渾身のギャグを……」
「やめて。余計寒くなるわ」
「ええっ! そんなぁ!!」
ムンクの叫びのような顔でショックを表すゆかり。
さもありなんとゆかりに見えない後ろの方でうんうんと頷く男衆。
「冗談は置いといて、体があったまる物でも食べに行くか」
先程までの様子から本当に冗談だったのかは疑わしいが、駆の言葉に全員が同意した。
「あ、でもこの時間に店なんて開いてるかな?」
「そもそもこの辺り、店なかったっすよ」
麓の住民も車で片道一時間かけて買い物に行くと言う立地条件を思い出し、隆五が駆とヤマトに水を差す。
「……F.i.V.Eの送迎の人に何か頼めないかしら」
「今からはちょっと無理だと思います」
ありすとゆかりも空腹だったのか、表情が少し暗い。
ありすは単純に寒いだけかも知れないが。
「まあ、とりあえず帰るか。後から考えようぜ」
「そうね……はぁ……もう一回あそこを越えないといけないわね」
「今度は登りっすね」
「あと一息頑張ろうぜ!」
「では私が元気の出る一発芸でも……」
わいわいと騒ぐ覚者達の声はしばらく凍り付いた湖の方にも響いていたが、その内降り積もった雪の向こう消えて行く。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
