戦慄の鏡像
●鏡写しの姿
自分が、普通の人間ではないものになっているということは、もう知っていた。
突然、右肩に現れた痣のようなもの――これがある種類の覚者の証だということは、もう知っていた。
最近、覚者の新組織が現れたのだという。彼らは妖や犯罪者から人々を守る、マンガに出てくる正義のヒーローのような活躍を各地でしていた。
――私がなれる訳がない。
戦うことへの恐れがある。見ず知らずの人間の輪の中に入ることへの抵抗がある。そして何よりも――自分がただの人間ではいられなくなったということを、まだ認めたがらない自分がいる。
これが全て、夢ならばよかったのに。自分は相変わらず、ただの人間。ただの長代美鈴でいれればよかったのに。
母の嫁入り道具のひとつであり、今は自分に譲られた姿見に映る姿が、歪む、ぶれる。そしてそこにいるもう一人の自分は、とびきり邪悪な顔をして笑った。
この邪悪で破壊的な自分こそが、今の自分の本質なのだろう。長代美鈴は、人を襲わずにはいられない覚者。発現して以来、生粋の隔者だった。
●
「でも、長代さんはそんな人じゃないんだよ!」
宮藤 恵美(nCL2000125)は集まった覚者に対し、声を張って告げる。発現したことを誰にも言えず、自分の中に複雑な感情を溜め込むというのは、彼女も経験したことだ。そして、それはファイヴの覚者たちの助けがなければ、自分やその友人の命が失われかねない大事件につながった。
「夢には続きがあって、それこそがみんなに止めてもらいたい事件……長代さんは、自分の意思で人を傷つけていた訳じゃなかったんだ」
●鏡像殺人
「まだ……こない」
美鈴は、待っている。下校後、家に帰って制服を脱ぐこともしないで、自宅近くにある自然公園で待っている。誰を?――誰かを。
来るのは誰でもいい。いや、より正確には覚者ではなく、妖の仲間でもなく、ただの一般人が一番望ましい。しかし、今の彼女は覚者であったとしても、問題なく狩れるという自信があった。自分と、その依代が共に強く育っていっているのを感じている。
「きた…………」
美鈴の手には、かつて憤怒者らしき男を襲った時に奪い取った一振りの剣が握られている。その姿が公園にある池に映る。その鏡像は当然、同じ剣を持っている。――その像が、動いた。水面は静か、風は吹いていないし、何かが池に飛び込んだ訳でもないのに、鏡像が激しく動き、水面から飛び出した。
そして、不幸にもこの公園を訪れた学生が犠牲になった。刃を赤く染め上げ、満足した鏡像はまた、水面へと帰ってゆく。
●
「人を襲っていた真犯人は、長代さんじゃなくて、長代さんの鏡像……鏡魔っていう、人間そのものじゃなくて、鏡像に取り憑いて、その姿を借りて人を襲う妖みたい。それに鏡魔は取り憑いた鏡像の持ち主を操る力も持っていて、そのせいで長代さんまで鏡魔の“狩り”の手伝いをさせられていたんだ」
敵は人ではなく、その鏡像という、いかにもやりづらそうな相手という話に、覚者たちはどよめく。だが、恵美は力強く言った。
「大丈夫。鏡魔は戦闘の時はきちんと姿を現すから、戦い方はいつもの通りでいいよ。ただ、長代さん本人も鏡魔に操られて、みんなと敵対することになると思う……彼女も覚者だから、ある程度は戦闘に巻き込まれても大丈夫だろうけど、できるだけ彼女は傷つけないようにしてあげて」
自分が、普通の人間ではないものになっているということは、もう知っていた。
突然、右肩に現れた痣のようなもの――これがある種類の覚者の証だということは、もう知っていた。
最近、覚者の新組織が現れたのだという。彼らは妖や犯罪者から人々を守る、マンガに出てくる正義のヒーローのような活躍を各地でしていた。
――私がなれる訳がない。
戦うことへの恐れがある。見ず知らずの人間の輪の中に入ることへの抵抗がある。そして何よりも――自分がただの人間ではいられなくなったということを、まだ認めたがらない自分がいる。
これが全て、夢ならばよかったのに。自分は相変わらず、ただの人間。ただの長代美鈴でいれればよかったのに。
母の嫁入り道具のひとつであり、今は自分に譲られた姿見に映る姿が、歪む、ぶれる。そしてそこにいるもう一人の自分は、とびきり邪悪な顔をして笑った。
この邪悪で破壊的な自分こそが、今の自分の本質なのだろう。長代美鈴は、人を襲わずにはいられない覚者。発現して以来、生粋の隔者だった。
●
「でも、長代さんはそんな人じゃないんだよ!」
宮藤 恵美(nCL2000125)は集まった覚者に対し、声を張って告げる。発現したことを誰にも言えず、自分の中に複雑な感情を溜め込むというのは、彼女も経験したことだ。そして、それはファイヴの覚者たちの助けがなければ、自分やその友人の命が失われかねない大事件につながった。
「夢には続きがあって、それこそがみんなに止めてもらいたい事件……長代さんは、自分の意思で人を傷つけていた訳じゃなかったんだ」
●鏡像殺人
「まだ……こない」
美鈴は、待っている。下校後、家に帰って制服を脱ぐこともしないで、自宅近くにある自然公園で待っている。誰を?――誰かを。
来るのは誰でもいい。いや、より正確には覚者ではなく、妖の仲間でもなく、ただの一般人が一番望ましい。しかし、今の彼女は覚者であったとしても、問題なく狩れるという自信があった。自分と、その依代が共に強く育っていっているのを感じている。
「きた…………」
美鈴の手には、かつて憤怒者らしき男を襲った時に奪い取った一振りの剣が握られている。その姿が公園にある池に映る。その鏡像は当然、同じ剣を持っている。――その像が、動いた。水面は静か、風は吹いていないし、何かが池に飛び込んだ訳でもないのに、鏡像が激しく動き、水面から飛び出した。
そして、不幸にもこの公園を訪れた学生が犠牲になった。刃を赤く染め上げ、満足した鏡像はまた、水面へと帰ってゆく。
●
「人を襲っていた真犯人は、長代さんじゃなくて、長代さんの鏡像……鏡魔っていう、人間そのものじゃなくて、鏡像に取り憑いて、その姿を借りて人を襲う妖みたい。それに鏡魔は取り憑いた鏡像の持ち主を操る力も持っていて、そのせいで長代さんまで鏡魔の“狩り”の手伝いをさせられていたんだ」
敵は人ではなく、その鏡像という、いかにもやりづらそうな相手という話に、覚者たちはどよめく。だが、恵美は力強く言った。
「大丈夫。鏡魔は戦闘の時はきちんと姿を現すから、戦い方はいつもの通りでいいよ。ただ、長代さん本人も鏡魔に操られて、みんなと敵対することになると思う……彼女も覚者だから、ある程度は戦闘に巻き込まれても大丈夫だろうけど、できるだけ彼女は傷つけないようにしてあげて」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.長代美鈴の保護(戦闘中、なるべく傷つけない)
3.なし
2.長代美鈴の保護(戦闘中、なるべく傷つけない)
3.なし
今回の依頼は、妖を倒し、それに操られた覚者を救出するというものです。
●討伐対象・前衛:鏡魔(心霊系・ランク2)
長代美鈴の鏡像に取り憑いた心霊系の妖です。
美鈴と全く同じ姿をしていますが、鏡像のため、左右は反転しており、美鈴が右手で剣を持つのに対し、左手で持っており、姿もやや黒ずんでいて半透明のため、ひと目でどちらが鏡魔なのかはわかります。
人の姿をしており、ある程度の知能は備えていますが、人の言葉を理解し、喋れるほどではありません。
心霊系の妖のため、物理系の攻撃は効きづらくなっています。
使用スキル
・鏡刃(A:物近単 混乱)……左手に持った剣で光を放ちながら斬りつけます。混乱が発生することがあります。
・重刃(A:物近単 二連)……左手に持った剣で素早い二連撃を放ちます。高威力です。
基本的にスキルの使用に一定の規則性はなく、ランダムな相手にランダムな攻撃を行います。剣で普通に斬りつける通常攻撃も持ち、スキルほどではありませんが攻撃力はやや高めです。
ただし、前衛のブロックをすり抜けられるようであれば、中衛以下の倒しやすい敵を狙います。また、体力の極端に低い敵は優先して攻撃します。
●敵対者・前衛:長代美鈴(ながしろ みすず)(彩の因子・水行)
OPの通り、鏡魔に取り憑かれている相手です。覚者ではありますが、まだ自分自身の能力すらまともに把握できていません。
本人では気づかない内に鏡魔に操られており、自分の意思で人を襲っているのだと勘違いしています。
基本的に鏡魔をサポートするように行動します。ただし、氣力は低いため、スキルを使えなくなると剣による通常攻撃を行います。訓練を受けていないため、この命中精度、威力は低く、高い体力を持つ前衛であれば、それほど気になるものではありません。
使用スキル
・癒しの滴(A:特遠味単 )……対象を回復します。鏡魔、もしくは自身の体力が半分を切ると、攻撃よりも優先して使用します。
・五織の彩(A:物近単)……精度の高い攻撃をします。鏡魔に攻撃が集中している際に使用します。
鏡魔を倒さない限りは、こちらの説得などは意味がなく、傷ついても敵対し続けます。
逆に鏡魔さえ倒すことができれば、すぐに洗脳は解け、戦いを中止します。
※彼女は覚者ではありますが、ファイヴへの加入はありません。今回だけのゲストNPCになります。
●持ち込み品や事前準備、その他OPで出ていない情報など
時刻は夕方で、主戦場は特に指定がない場合、美鈴の自宅近くにある自然公園になります。
町中にあるにしては広大で、大きな池があり、美鈴はこの池のほとりで人が訪れるのを待っています。
彼女(鏡魔)にとって覚者の集団というのは予想外の相手ではありますが、最近は力をつけてきていて増長しているため、十分に勝てる相手だと踏んで襲いかかってきます。
池のほとりは特に遮蔽物などはなく、広く戦いやすい場所です。少し離れると木々が生い茂っていますが、特に理由がない限りはここまで戦場を広げる必要性は薄いでしょう。
公園はあまり人気がなく、夢見の見た犠牲者が現れるまで、近くを通りかかる人はいません。逆に戦闘が長引き過ぎたり、妖を取り逃すことがあれば、その犠牲者が本当に襲われることになりかねません。
公園を離れる場合、周囲は一般的な住宅街になります。夕方のため、学校を終えた生徒や早めに仕事のあがった会社員が帰宅中で、妖と戦うのに適した場所とは言えません。
また、公園や、その周辺の地図は事前に用意できます。
それでは、よろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年02月03日
2016年02月03日
■メイン参加者 8人■

●鏡面の狂気
鋭敏な聴力は、発現のためか、憑依のためか。何者か――それも複数が近づきつつあるのが、覚者・長代美鈴にはわかった。かすかに聞こえる鉄の武具の音が、自分と戦うために来た相手であると告げたためか、彼女と全く同じ姿をした鏡魔も水面から飛び出す。
「そこのお二人、どなたかお待ちかのぅ?」
双子のようにそっくりな二人の少女、しかもその片方は体が透けている。夢見の情報にあった通りの妖であると判断しながらも、『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)は自然な感じで問いかける。
すると、すぐに半透明な方――鏡魔が武器を構え、前に出た。まるで宿主である美鈴を守るような形だが、その意図はなく、ただ単純に前に出なければ戦えないというだけに過ぎない。
「話し合う暇もなし、か。別に期待はしてなかったけどよ」
『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)も武器を構えて前線に出る。そして、仲間たちとアイコンタクトを取り、鏡魔と美鈴を包囲するような陣形を取り始めた。
「美鈴さんをこれ以上傷つけさせません。私たちが相手です!」
決意を声に出し、賀茂 たまき(CL2000994)も戦闘態勢に入る。美鈴は覚者としては素人同然とはいえ、妖は人の姿を奪い、相当な力を得ている危険性がある。まずは蔵王を用いて守りを固め、敵の攻撃をしのぐ態勢づくりから始める。
「まずは妖の討伐だ。問答無用でいくぞ」
鏡魔が存在している限り、美鈴をその呪縛から解放することは叶わない。葦原 赤貴(CL2001019)は相手が本格的に動き出す前に、鉄甲掌の一撃をぶつける。他の仲間たちはそれぞれの準備をしているが、ちょうどその隙を潰すような攻撃になった。
「よし、このまま流れを掴んでいこうぜ!」
前衛で目立てば、それだけ敵に狙われる。『瞑目の剣士』真堂・アキラ(CL2001268)は赤貴に蒼鋼壁をかけ、鼓舞するように叫んだ。
「戦い慣れてる……もしかして、例の覚者の組織……? でも、やることは一緒。私は、戦うだけ……」
「悪いのは、真実を歪めるその鏡。あなたは、それに従わなくていいから……」
虚ろな瞳をして剣を握りしめる美鈴ごと、敵を永倉 祝(CL2000103)の纏霧が包み込む。元からそう強くない美鈴を、これで更に抑え込むことができる。唯一にして最大の問題は鏡魔だけだ。
既に前衛たちと鏡魔の戦いは始まっており、夕暮れの中、鏡魔の剣が鋭く光る。夢見の情報にもあった、混乱を引き起こす厄介な技だ。真っ先に鏡魔に攻撃を打ち込んだ赤貴がそれを受け、正気を失ってしまう。
「これで、大丈夫?」
桂木・日那乃(CL2000941)が深想水を使い、味方と味方が争い合うという事態になる前に混乱を治療した。敵の数は少ないが、味方が敵に回ってしまう危険性を考えると、実際のところそれほど戦力差はないのかもしれない。しかし、それを治療できる仲間がいる以上、前衛も積極的な攻めができるというものだ。
「状態異常は、アンタだけのオハコじゃないのよ? しっかりイジメてあげるわ」
お返しとばかりにエルフィリア・ハイランド(CL2000613)が鞭を振るい、痺れを狙っていく。心霊系の妖である相手にそれほどのダメージは期待できないが、異常を与えることができれば戦況がより好転するだろう。
鏡魔にしてみれば、美鈴に憑いて以来、初めてまともにこちらに対抗し得る相手との戦いだ。自分の意図通りにはいかず、表情を歪めるが、すぐに邪悪な笑みを取り戻した。強敵だが、そろそろ宿主を鞍替えしてもいいかもしれない。敵を倒すことができれば、適当な相手に取り憑いてやるか。そんな風に考えながら、次の攻撃に移った。
●
「長期戦に持ち込まれると厄介だ。一気に切り崩してやる」
「ああ、これ以上、中後衛に迷惑をかける訳にもいかないからな」
駆の斬・一の構えが鏡魔の体を捉え、それと挟み撃ちの形で赤貴の鉄甲掌が炸裂する。敵の混乱をあまり受けていては中後衛が消耗することになるし、完全なジリ貧だ。早期決着を狙うが、状況がそれを許してはくれない。
「“私”を傷つけないで!」
きちんとした訓練を受けていないながら、れっきとした覚者である美鈴が五織の彩を駆に対して放った。そのまま鏡魔と彼の間に割り込み、剣を手に応戦する。
「これだと手出しはできないな……妖の相手は任せたぞ」
倒すべき対象ではなく、守るべき相手である美鈴の乱入に、駆は戦いの手を止める。予想できていたことだが、実際に妖に操られるだけの人間に自分たちと敵対されるのはかなりやりづらい。その対処を駆に任せつつも、覚者たちは彼女を無視する訳にもいかなかった。
「それはお前様であって、お前様ではない。今は無理かもしれぬが、目を覚ますのじゃ!」
樹香が言い、美鈴の姿を借りた鏡魔に対して深緑鞭を絡める。鏡魔はそれを鬱陶しそうに振り払い、前衛の一人の攻撃が届かなくなったことを良いことに、残る覚者たちに積極的な攻撃を加える。
「美鈴さん。必ず、あなたを助けます。ですから、どうかもう少しだけ、待っていてください。――鏡魔さん、覚悟してもらいます!」
自己強化を終えたたまきが無頼による攻撃を行い、鈍化を与える。
「ウフフ、それじゃあ、これも避けられないんじゃない?」
鈍化で動きが鈍ったところに、エルフィリアが非薬・鈴蘭による毒を重ねる。最初に祝が使った纏霧、そしてエルフィリアが通常攻撃で与えた痺れとも合わせて、目に見えて敵が弱体化したのがわかる。
「回復……そう、回復しないと。あっ、でも……」
“本体”の消耗により、美鈴は反射的にその回復をしようとするが、それが叶わないことに気づいた。既に駆を攻撃することに氣力を使いすぎており、鏡魔の回復をするだけの余力がない。
「おじさんに構い過ぎたみたいだな。ま、力の使い方に慣れてない素人はそんなもんだ。さあ、これからどうするんだ」
「どうするって……守れないなら、攻めるしか、ないから……!」
相手は人を操る妖とはいえ、それほど高い知能を持たないためだろう。本来するべきだった役目を果たせなくなり、美鈴の行動は明らかに精彩を欠くようになった。コンピューターにたとえるならば、処理能力が追いつかない状態になり、フリーズが発生しているような状態なのだろう。不具合のために、本来の彼女が持つだけの力を発揮できなくなっている。無論、これまで何度も妖絡みの事件を解決してきた覚者が対処しきれない相手ではない。
「駆さん、ご苦労じゃの。ワシが回復するゆえ、もう少し耐えてはくれんか」
美鈴の攻撃を全て引き受け、それ以前の鏡魔の攻撃のダメージもある駆に対し、樹香が樹の雫による回復を用いる。倒しやすい敵と判断され、この上、鏡魔の攻撃まで集中されてしまっては、さすがにダメージが集中し過ぎる。中後衛が敵のBS対策と味方の強化に集中している今、ダメージの対処は彼女の仕事だ。
「こいつは助かる。そっちもしっかりやれよ」
「はい、必ず鏡魔さんを倒します!」
再び鏡魔の攻撃を凌ぐのに戻った樹香に代わり、たまきが答える。無論、彼女も攻撃の手は休めない。敵に対するBSは十分、琴桜による打撃を加え、ダメージを与える。
そこで、再び鏡魔の持つ剣が輝きを放つ。厄介な攻撃が今度は樹香に向かうが、当然、中衛がその回復に回る。
「これで、治って……」
日那乃が深想水を用いて治療する。先ほどと同じ流れだが、違ったのは敵が再度、混乱を引き起こす鏡刃を使ってきたことだ。単純なダメージを与えるより、BSを優先するべきだと、自分の境遇からわかったのだろう。今度はたまきが狙われてしまう。
「女の子を殴るのは気が引けるけど、恨みっこなしで頼むぜ、加茂ちゃん」
「ふぁっ!? は、はい!」
ちょうど彼女の後ろにいたアキラが、できるだけ加減をしてたまきを正気に戻す。
気がつけば陽も落ちてきており、視界も悪くなってきた。覚者たちはそれぞれのスキルで暗闇の中の戦闘にも対処するが、薄闇の中にあって、光を放つ敵の攻撃はより一層眩しく感じる。敵もそのことを直感的に理解できているのか、いよいよ混乱のBSを乱発させられるようになってきた。
「あー、もう、さっきから俺、敵よりも味方を攻撃してる気がするぞ!? 桂木ちゃん、そっちは大丈夫か?」
「うん……でも、あんまり長引くと、氣力が足りなくなりそう……」
「弱ったな。相手も追い詰められている感じはするから、もうちょっととは思うんだけどな」
中衛の二人は、前衛のサポートに力を尽くす。一方、後方に控える祝は、味方の強化を終え、美鈴も氣力が切れて纏霧をかけ直す必要性も薄れた今、弓による援護を始めることができた。前衛の壁に阻まれ、妖が手出しできない位置からの攻撃に、目に見えて鏡魔が苛立ち始める。
「歪んだ鏡は、闇に還る時間。これ以上、真実を捻じ曲げるのは許さない」
弓と前衛からの攻撃から逃れるため、鏡魔は美鈴の方に向かう。彼女は宿主ではあるが、鏡魔の本体ではない。たとえ彼女を失ったところで、新しい宿主はここにいる覚者から選べばいい。彼女を盾にし、有利な状況を作り出そうとしたのだが――
「どこに逃げるつもりだ。まさか、鏡が実像に成り代わろうとしているんじゃないだろうな」
後退を始めた鏡魔に、赤貴が烈波を放って足止めする。そうして隙を作る間に、中衛からエルフィリアが飛び出して退路を塞ぐ。
「この先は通行禁止よ。そして、逃げた悪い子には当然、おしおきが必要よね~?」
鞭を手に、凄絶に笑う。思わず仲間すら恐ろしく思う嗜虐的な笑みに、妖はまた反対方向に逃げようとする。だが、当然ながらそちらには別の覚者がいる。
「そろそろ年貢の納め時という訳じゃの」
「発現したばかりで不安だった美鈴さんを惑わした罰、受けてもらいます!」
樹香とたまき、それぞれの攻撃を受け、遂に鏡魔はその姿を消滅させた。それと同時に、操り人形の糸が切れるかのように、美鈴もまた気を失う。
「よっ、と。ちゃんとメシを食ってるのか心配になるほど軽ぃな。ま、お前もご苦労さんってことだ」
美鈴が地面に頭をぶつける前に、直前まで彼女と相対していた駆が支え、戦闘は終わった。ただし、まだ彼らの仕事の全てが終わった訳ではない。
●償いと責任
「美鈴さん、大丈夫ですか?」
幸い、戦った場所が公園だったのが助かった。美鈴が再び目を覚ますまでベンチで寝かせ、目覚めた彼女に真っ先にたまきが声をかける。
「私は……あれは、夢じゃないんだよね。もうずっと、長い夢を見ていたみたいだったけど」
妖が消え、操られていた時のことも一緒に忘れられていれば、いっそ楽だったのかもしれない。しかし、全ての記憶は残っている。その記憶の中の自分と妖は混ざり合っていて、自分がどれだけの人を傷つけたのかは定かではないが、いずれにせよ、常人ならざる力を破壊のために振るっていた期間があったのは確かだ。
「あなたたちは、覚者だよね。特に、そっちの男の人には迷惑をかけたと思う。……って、あれ?」
駆を一行の中から探そうとした美鈴だったが、あの時に見た青年を見つけられず、混乱する。
「覚者の中には、覚醒すると姿の大きく変わる人もいるんです。駆さんはあちらですよ」
そう言って紹介された男性が中年であることを知り、美鈴は二度驚いた。それから、少しだけ頬を赤らめてうつむく。
「私の覚者に対する理解は、この程度……。人のことはもちろん、自分のことも全然わからなくて、でも、ただ漠然とこの力が恐ろしくて、詳しい人を頼ろうともしなかった。妖に憑かれたのも、こんな風にどっちつかずでいたからだと思う」
たまきが心配そうに見守る中、口数の少ない日那乃も彼女に声をかける。
「長代さんは、不安、だっただけ。夢見のひとが、言ってた」
「夢見……噂には聞いていたけど、本当にいて、あなたたちの仲間にいるんだね。……うん、自分が覚者なんだって理解した時から、何もかもが不安で、どうしてこんな私なんかが発現してしまったんだ、って、ずっと後悔みたいなことをしてた」
「その不安に、つけ込まれた?」
「あははっ、あなた、見た感じまだ小さいのに、鋭いね。それとも、妖を相手に戦っているから、精神的に大人なのかな」
美鈴は自嘲するように笑って、まだ幼い日那乃を見る。彼女以外に関しても、今回の依頼に参加した覚者は美鈴と同年代か、それより幼い者が多い。その一方で、駆や、彼の他にも人生の大先輩はいる訳で。
「さて、お嬢ちゃんはこれからどうするの? 妖に憑かれる前にそう望んでいたように、力を隠して生きる? それとも、思う存分に力を振るって好き勝手する? そろそろ、決めるべき時が来たんじゃない」
エルフィリアがその顔を覗き込みながら、諭すように言う。美鈴はすぐに返事ができず、何度か口を動かそうとして、それでも何か言葉を発することはできなかった。
「あの、これはきっと私の我儘で、それを美鈴さんにまで強要するつもりはないんですけど、折角ある物を使わないで、助けられる方も助けられないというのは、辛いのではないかな……と、そう思うんです。美鈴さんは自分の力に悩んで、怖くて、今回は辛い思いをしました。でも、もしよければ、その力を今度は、力のない人を傷つけるのではなく、守るために使ってもらえませんか?」
美鈴はそう言ったたまきを見て、また、エルフィリアを見る。
「あら、アタシにまで意見を求めないでよ。どう生きるかは貴女自身が決めることだわ。でも、やる前から自分には無理だって決めつけて、やりたい事をやらないのは駄目よ。そんなの、実際にやってみるまでわからないでしょう? 自分に嘘なんかつかないで、やりたい事をやる。それが後悔しない生き方のコツよ」
美鈴は顔を上げ、他の覚者たちを見回した。その内で、ちょうど自分と同年代の少年、アキラを見つけて思わず目を留める。
「おいおい、俺か? 参ったな、何も考えてないんだけどな……。まあ、償う気持ちがあるのなら、自分なりの方法でそれをやってみろよ。それがお前のやりたいこと、っていうんだったらな」
その言葉を受け、美鈴はそっと目を閉じた。それから、今までの覚者たちの言葉を頭の中で反芻して、それから、彼らの戦いぶりについても思い出す。夢――悪夢のような時間だったが、彼らが自分に取り憑いた妖を見事に倒したことは覚えている。だからこそ、覚者の先輩である彼らと話す機会を得ることができた。
「私は……この力を、人の役に立てたいと思う。妖のせいとはいえ、私は人を傷つけてしまった、その償いをしないといけないと思うから。……でも、それだけじゃなくてね」
また覚者たちを見て、美鈴は少しだけ照れくさそうに続けた。
「戦っているみんなが、すごくかっこよかったから。もちろん、私がみんなみたいになろうと思ったら、たくさん時間が必要だろうし、みんなほど戦えるようになるとは限らないけど、それでも、努力ぐらいはしてみる価値があるかな、って思ったの」
美鈴は佇まいを直して、続ける。
「今すぐには動けないし、まずは家族に今回のことを全部話して、その上で少しずつ進めていこうかな、って思う。すぐにはまた会えないと思うけど、もしもまた会う機会があったら、その時はまた、話してもらっていいかな? また、みんなの新しい活躍のことを聞きたいから」
はにかみがちに言う美鈴を見て、覚者たちは強く頷いた。
時刻は夜、別の妖が襲ってきてもおかしくはない。美鈴は覚者たちに付き添われながら、家へと帰っていく。
その途中、戦いの舞台となった池のほとりを通ることになった。月明かりに照らされた湖面には、美鈴の姿が映っている。
歪みのないその姿は、以前よりも少しだけ毅然としているように見えた。
鋭敏な聴力は、発現のためか、憑依のためか。何者か――それも複数が近づきつつあるのが、覚者・長代美鈴にはわかった。かすかに聞こえる鉄の武具の音が、自分と戦うために来た相手であると告げたためか、彼女と全く同じ姿をした鏡魔も水面から飛び出す。
「そこのお二人、どなたかお待ちかのぅ?」
双子のようにそっくりな二人の少女、しかもその片方は体が透けている。夢見の情報にあった通りの妖であると判断しながらも、『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)は自然な感じで問いかける。
すると、すぐに半透明な方――鏡魔が武器を構え、前に出た。まるで宿主である美鈴を守るような形だが、その意図はなく、ただ単純に前に出なければ戦えないというだけに過ぎない。
「話し合う暇もなし、か。別に期待はしてなかったけどよ」
『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)も武器を構えて前線に出る。そして、仲間たちとアイコンタクトを取り、鏡魔と美鈴を包囲するような陣形を取り始めた。
「美鈴さんをこれ以上傷つけさせません。私たちが相手です!」
決意を声に出し、賀茂 たまき(CL2000994)も戦闘態勢に入る。美鈴は覚者としては素人同然とはいえ、妖は人の姿を奪い、相当な力を得ている危険性がある。まずは蔵王を用いて守りを固め、敵の攻撃をしのぐ態勢づくりから始める。
「まずは妖の討伐だ。問答無用でいくぞ」
鏡魔が存在している限り、美鈴をその呪縛から解放することは叶わない。葦原 赤貴(CL2001019)は相手が本格的に動き出す前に、鉄甲掌の一撃をぶつける。他の仲間たちはそれぞれの準備をしているが、ちょうどその隙を潰すような攻撃になった。
「よし、このまま流れを掴んでいこうぜ!」
前衛で目立てば、それだけ敵に狙われる。『瞑目の剣士』真堂・アキラ(CL2001268)は赤貴に蒼鋼壁をかけ、鼓舞するように叫んだ。
「戦い慣れてる……もしかして、例の覚者の組織……? でも、やることは一緒。私は、戦うだけ……」
「悪いのは、真実を歪めるその鏡。あなたは、それに従わなくていいから……」
虚ろな瞳をして剣を握りしめる美鈴ごと、敵を永倉 祝(CL2000103)の纏霧が包み込む。元からそう強くない美鈴を、これで更に抑え込むことができる。唯一にして最大の問題は鏡魔だけだ。
既に前衛たちと鏡魔の戦いは始まっており、夕暮れの中、鏡魔の剣が鋭く光る。夢見の情報にもあった、混乱を引き起こす厄介な技だ。真っ先に鏡魔に攻撃を打ち込んだ赤貴がそれを受け、正気を失ってしまう。
「これで、大丈夫?」
桂木・日那乃(CL2000941)が深想水を使い、味方と味方が争い合うという事態になる前に混乱を治療した。敵の数は少ないが、味方が敵に回ってしまう危険性を考えると、実際のところそれほど戦力差はないのかもしれない。しかし、それを治療できる仲間がいる以上、前衛も積極的な攻めができるというものだ。
「状態異常は、アンタだけのオハコじゃないのよ? しっかりイジメてあげるわ」
お返しとばかりにエルフィリア・ハイランド(CL2000613)が鞭を振るい、痺れを狙っていく。心霊系の妖である相手にそれほどのダメージは期待できないが、異常を与えることができれば戦況がより好転するだろう。
鏡魔にしてみれば、美鈴に憑いて以来、初めてまともにこちらに対抗し得る相手との戦いだ。自分の意図通りにはいかず、表情を歪めるが、すぐに邪悪な笑みを取り戻した。強敵だが、そろそろ宿主を鞍替えしてもいいかもしれない。敵を倒すことができれば、適当な相手に取り憑いてやるか。そんな風に考えながら、次の攻撃に移った。
●
「長期戦に持ち込まれると厄介だ。一気に切り崩してやる」
「ああ、これ以上、中後衛に迷惑をかける訳にもいかないからな」
駆の斬・一の構えが鏡魔の体を捉え、それと挟み撃ちの形で赤貴の鉄甲掌が炸裂する。敵の混乱をあまり受けていては中後衛が消耗することになるし、完全なジリ貧だ。早期決着を狙うが、状況がそれを許してはくれない。
「“私”を傷つけないで!」
きちんとした訓練を受けていないながら、れっきとした覚者である美鈴が五織の彩を駆に対して放った。そのまま鏡魔と彼の間に割り込み、剣を手に応戦する。
「これだと手出しはできないな……妖の相手は任せたぞ」
倒すべき対象ではなく、守るべき相手である美鈴の乱入に、駆は戦いの手を止める。予想できていたことだが、実際に妖に操られるだけの人間に自分たちと敵対されるのはかなりやりづらい。その対処を駆に任せつつも、覚者たちは彼女を無視する訳にもいかなかった。
「それはお前様であって、お前様ではない。今は無理かもしれぬが、目を覚ますのじゃ!」
樹香が言い、美鈴の姿を借りた鏡魔に対して深緑鞭を絡める。鏡魔はそれを鬱陶しそうに振り払い、前衛の一人の攻撃が届かなくなったことを良いことに、残る覚者たちに積極的な攻撃を加える。
「美鈴さん。必ず、あなたを助けます。ですから、どうかもう少しだけ、待っていてください。――鏡魔さん、覚悟してもらいます!」
自己強化を終えたたまきが無頼による攻撃を行い、鈍化を与える。
「ウフフ、それじゃあ、これも避けられないんじゃない?」
鈍化で動きが鈍ったところに、エルフィリアが非薬・鈴蘭による毒を重ねる。最初に祝が使った纏霧、そしてエルフィリアが通常攻撃で与えた痺れとも合わせて、目に見えて敵が弱体化したのがわかる。
「回復……そう、回復しないと。あっ、でも……」
“本体”の消耗により、美鈴は反射的にその回復をしようとするが、それが叶わないことに気づいた。既に駆を攻撃することに氣力を使いすぎており、鏡魔の回復をするだけの余力がない。
「おじさんに構い過ぎたみたいだな。ま、力の使い方に慣れてない素人はそんなもんだ。さあ、これからどうするんだ」
「どうするって……守れないなら、攻めるしか、ないから……!」
相手は人を操る妖とはいえ、それほど高い知能を持たないためだろう。本来するべきだった役目を果たせなくなり、美鈴の行動は明らかに精彩を欠くようになった。コンピューターにたとえるならば、処理能力が追いつかない状態になり、フリーズが発生しているような状態なのだろう。不具合のために、本来の彼女が持つだけの力を発揮できなくなっている。無論、これまで何度も妖絡みの事件を解決してきた覚者が対処しきれない相手ではない。
「駆さん、ご苦労じゃの。ワシが回復するゆえ、もう少し耐えてはくれんか」
美鈴の攻撃を全て引き受け、それ以前の鏡魔の攻撃のダメージもある駆に対し、樹香が樹の雫による回復を用いる。倒しやすい敵と判断され、この上、鏡魔の攻撃まで集中されてしまっては、さすがにダメージが集中し過ぎる。中後衛が敵のBS対策と味方の強化に集中している今、ダメージの対処は彼女の仕事だ。
「こいつは助かる。そっちもしっかりやれよ」
「はい、必ず鏡魔さんを倒します!」
再び鏡魔の攻撃を凌ぐのに戻った樹香に代わり、たまきが答える。無論、彼女も攻撃の手は休めない。敵に対するBSは十分、琴桜による打撃を加え、ダメージを与える。
そこで、再び鏡魔の持つ剣が輝きを放つ。厄介な攻撃が今度は樹香に向かうが、当然、中衛がその回復に回る。
「これで、治って……」
日那乃が深想水を用いて治療する。先ほどと同じ流れだが、違ったのは敵が再度、混乱を引き起こす鏡刃を使ってきたことだ。単純なダメージを与えるより、BSを優先するべきだと、自分の境遇からわかったのだろう。今度はたまきが狙われてしまう。
「女の子を殴るのは気が引けるけど、恨みっこなしで頼むぜ、加茂ちゃん」
「ふぁっ!? は、はい!」
ちょうど彼女の後ろにいたアキラが、できるだけ加減をしてたまきを正気に戻す。
気がつけば陽も落ちてきており、視界も悪くなってきた。覚者たちはそれぞれのスキルで暗闇の中の戦闘にも対処するが、薄闇の中にあって、光を放つ敵の攻撃はより一層眩しく感じる。敵もそのことを直感的に理解できているのか、いよいよ混乱のBSを乱発させられるようになってきた。
「あー、もう、さっきから俺、敵よりも味方を攻撃してる気がするぞ!? 桂木ちゃん、そっちは大丈夫か?」
「うん……でも、あんまり長引くと、氣力が足りなくなりそう……」
「弱ったな。相手も追い詰められている感じはするから、もうちょっととは思うんだけどな」
中衛の二人は、前衛のサポートに力を尽くす。一方、後方に控える祝は、味方の強化を終え、美鈴も氣力が切れて纏霧をかけ直す必要性も薄れた今、弓による援護を始めることができた。前衛の壁に阻まれ、妖が手出しできない位置からの攻撃に、目に見えて鏡魔が苛立ち始める。
「歪んだ鏡は、闇に還る時間。これ以上、真実を捻じ曲げるのは許さない」
弓と前衛からの攻撃から逃れるため、鏡魔は美鈴の方に向かう。彼女は宿主ではあるが、鏡魔の本体ではない。たとえ彼女を失ったところで、新しい宿主はここにいる覚者から選べばいい。彼女を盾にし、有利な状況を作り出そうとしたのだが――
「どこに逃げるつもりだ。まさか、鏡が実像に成り代わろうとしているんじゃないだろうな」
後退を始めた鏡魔に、赤貴が烈波を放って足止めする。そうして隙を作る間に、中衛からエルフィリアが飛び出して退路を塞ぐ。
「この先は通行禁止よ。そして、逃げた悪い子には当然、おしおきが必要よね~?」
鞭を手に、凄絶に笑う。思わず仲間すら恐ろしく思う嗜虐的な笑みに、妖はまた反対方向に逃げようとする。だが、当然ながらそちらには別の覚者がいる。
「そろそろ年貢の納め時という訳じゃの」
「発現したばかりで不安だった美鈴さんを惑わした罰、受けてもらいます!」
樹香とたまき、それぞれの攻撃を受け、遂に鏡魔はその姿を消滅させた。それと同時に、操り人形の糸が切れるかのように、美鈴もまた気を失う。
「よっ、と。ちゃんとメシを食ってるのか心配になるほど軽ぃな。ま、お前もご苦労さんってことだ」
美鈴が地面に頭をぶつける前に、直前まで彼女と相対していた駆が支え、戦闘は終わった。ただし、まだ彼らの仕事の全てが終わった訳ではない。
●償いと責任
「美鈴さん、大丈夫ですか?」
幸い、戦った場所が公園だったのが助かった。美鈴が再び目を覚ますまでベンチで寝かせ、目覚めた彼女に真っ先にたまきが声をかける。
「私は……あれは、夢じゃないんだよね。もうずっと、長い夢を見ていたみたいだったけど」
妖が消え、操られていた時のことも一緒に忘れられていれば、いっそ楽だったのかもしれない。しかし、全ての記憶は残っている。その記憶の中の自分と妖は混ざり合っていて、自分がどれだけの人を傷つけたのかは定かではないが、いずれにせよ、常人ならざる力を破壊のために振るっていた期間があったのは確かだ。
「あなたたちは、覚者だよね。特に、そっちの男の人には迷惑をかけたと思う。……って、あれ?」
駆を一行の中から探そうとした美鈴だったが、あの時に見た青年を見つけられず、混乱する。
「覚者の中には、覚醒すると姿の大きく変わる人もいるんです。駆さんはあちらですよ」
そう言って紹介された男性が中年であることを知り、美鈴は二度驚いた。それから、少しだけ頬を赤らめてうつむく。
「私の覚者に対する理解は、この程度……。人のことはもちろん、自分のことも全然わからなくて、でも、ただ漠然とこの力が恐ろしくて、詳しい人を頼ろうともしなかった。妖に憑かれたのも、こんな風にどっちつかずでいたからだと思う」
たまきが心配そうに見守る中、口数の少ない日那乃も彼女に声をかける。
「長代さんは、不安、だっただけ。夢見のひとが、言ってた」
「夢見……噂には聞いていたけど、本当にいて、あなたたちの仲間にいるんだね。……うん、自分が覚者なんだって理解した時から、何もかもが不安で、どうしてこんな私なんかが発現してしまったんだ、って、ずっと後悔みたいなことをしてた」
「その不安に、つけ込まれた?」
「あははっ、あなた、見た感じまだ小さいのに、鋭いね。それとも、妖を相手に戦っているから、精神的に大人なのかな」
美鈴は自嘲するように笑って、まだ幼い日那乃を見る。彼女以外に関しても、今回の依頼に参加した覚者は美鈴と同年代か、それより幼い者が多い。その一方で、駆や、彼の他にも人生の大先輩はいる訳で。
「さて、お嬢ちゃんはこれからどうするの? 妖に憑かれる前にそう望んでいたように、力を隠して生きる? それとも、思う存分に力を振るって好き勝手する? そろそろ、決めるべき時が来たんじゃない」
エルフィリアがその顔を覗き込みながら、諭すように言う。美鈴はすぐに返事ができず、何度か口を動かそうとして、それでも何か言葉を発することはできなかった。
「あの、これはきっと私の我儘で、それを美鈴さんにまで強要するつもりはないんですけど、折角ある物を使わないで、助けられる方も助けられないというのは、辛いのではないかな……と、そう思うんです。美鈴さんは自分の力に悩んで、怖くて、今回は辛い思いをしました。でも、もしよければ、その力を今度は、力のない人を傷つけるのではなく、守るために使ってもらえませんか?」
美鈴はそう言ったたまきを見て、また、エルフィリアを見る。
「あら、アタシにまで意見を求めないでよ。どう生きるかは貴女自身が決めることだわ。でも、やる前から自分には無理だって決めつけて、やりたい事をやらないのは駄目よ。そんなの、実際にやってみるまでわからないでしょう? 自分に嘘なんかつかないで、やりたい事をやる。それが後悔しない生き方のコツよ」
美鈴は顔を上げ、他の覚者たちを見回した。その内で、ちょうど自分と同年代の少年、アキラを見つけて思わず目を留める。
「おいおい、俺か? 参ったな、何も考えてないんだけどな……。まあ、償う気持ちがあるのなら、自分なりの方法でそれをやってみろよ。それがお前のやりたいこと、っていうんだったらな」
その言葉を受け、美鈴はそっと目を閉じた。それから、今までの覚者たちの言葉を頭の中で反芻して、それから、彼らの戦いぶりについても思い出す。夢――悪夢のような時間だったが、彼らが自分に取り憑いた妖を見事に倒したことは覚えている。だからこそ、覚者の先輩である彼らと話す機会を得ることができた。
「私は……この力を、人の役に立てたいと思う。妖のせいとはいえ、私は人を傷つけてしまった、その償いをしないといけないと思うから。……でも、それだけじゃなくてね」
また覚者たちを見て、美鈴は少しだけ照れくさそうに続けた。
「戦っているみんなが、すごくかっこよかったから。もちろん、私がみんなみたいになろうと思ったら、たくさん時間が必要だろうし、みんなほど戦えるようになるとは限らないけど、それでも、努力ぐらいはしてみる価値があるかな、って思ったの」
美鈴は佇まいを直して、続ける。
「今すぐには動けないし、まずは家族に今回のことを全部話して、その上で少しずつ進めていこうかな、って思う。すぐにはまた会えないと思うけど、もしもまた会う機会があったら、その時はまた、話してもらっていいかな? また、みんなの新しい活躍のことを聞きたいから」
はにかみがちに言う美鈴を見て、覚者たちは強く頷いた。
時刻は夜、別の妖が襲ってきてもおかしくはない。美鈴は覚者たちに付き添われながら、家へと帰っていく。
その途中、戦いの舞台となった池のほとりを通ることになった。月明かりに照らされた湖面には、美鈴の姿が映っている。
歪みのないその姿は、以前よりも少しだけ毅然としているように見えた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
