力に飲み込まれた暦の男
力に飲み込まれた暦の男


●力の暴走
 神奈川県某所。
 その男性、岩淵・六郎は、覚者の力を持ち合わせてはいたが、特定の組織に所属はしていなかった。だが、別にどこの組織が好き嫌いという理由ではない。
 彼には家族がある。仕事にも生きがいを感じている。気の合う飲み仲間がいる。
 今の生活を壊したくはない。そう考え、彼は今のように、表ではいつもの生活を行いつつ、裏で妖討伐を続けていた。自身の素性を隠しつつ、彼は妖の魔の手から隣人を、知人を、友人を、そして、家族を守っていたのだ。
 夜、家族が眠っていることを確認し、岩淵はそっと家を出て、自身の右手を見る。
「…………」
 覚者として戦うべき力を得たものの、このままの戦いを行うことができるかどうかは疑問を感じる。
 この力をいつまで制御できるのか。岩淵は時折、その力に恐怖すら覚えていたのだ。

 その夜も彼は、妖の討伐を行っていた。今回の相手は、裏山に現れたという自然系の妖2体。いずれも、ランクは1。自分だけでもなんとかなる相手だ。
 相手は吹き荒ぶ風が自我を持ち、人を襲うようになった妖。渦巻き、そして、刃のように飛ぶ敵。だが、戦闘経験を重ねていた彼にとっては、何てことのない敵だ。暦の力を発揮させ、髪と目を緑色に光らせた彼は、そいつら目がけて鎚を構える。
 ただ、物理攻撃は効果が薄い敵。ならばと、植物の大蔓を呼び起こした彼は、それを妖へと叩き付け、1体、また1体と風の妖を叩き落とし、霧散させていく。
 それらを無難に倒すことができ、ふうと息をつく岩淵。
 そこに、ゆらりと現れた狸1体。そいつからは、ただならぬ力を感じた。
「まさか、連戦になろうとは……」
 狸の姿をしたそいつは紛れもなく妖。ランクは2だろうか。岩淵の体力、気力共にまだ余裕はあるが、かなり厳しい相手。勝てるかどうか……。
 ともあれ、体力気力の続く限り、こいつを叩かねばならない。今度の妖は生物系。岩淵は妖へと鎚を叩き付けようとする。
 しかしながら、やはり、岩淵1人で相手をするには無茶だったと言わざるを得ない。体中を妖に食らいつかれ、岩淵は瞬く間に追い込まれてしまう。
 ……そんな時だ。
(なんだ、この衝動は……!?)
 体の内から起こる衝動。それを、岩淵は止めることができない。強力過ぎる力に、彼は飲み込まれ……。
「うおおおおおおおおっ!!」
 ………………。
 数刻の後。そこに残されていたのは、妖となった狸の死骸。しかも、無惨な姿で野山にさらされている。妖を倒したはずの岩淵の姿はどこにもなかった。
 彼は翌朝になっても、家にも、会社にも、行きつけの酒場にも、現れることは無かったという……。

●破綻者
 『F.i.V.E.』の覚者達が会議室へと向かうと、そこでは、『薄幸の男の娘』菜花・けい(nCL2000118) が身を震わせ、覚者の訪れを待っていた。
「すまんの、あまりに怖かったものじゃから……」
 その目には涙すら浮かぶ。けいを落ち着かせた覚者達は、改めて、彼にゆっくりと話すよう促す。
「破綻者(バンク)……なのじゃ」
 自らの力に飲まれ、暴れる修羅となった覚者の成れの果て。それを、けいは視たのだという。
 場所は神奈川県の住宅街と接した裏山だ。
 破綻者となった男の名は、岩淵・六郎。暦の因子持ち、木行の使い手で、鎚を獲物としている。破綻者としての深度は2と推測される。
 彼は覚者として目覚めたことを周囲には隠していた。暦の因子ということで、昔の猛者の力を秘めている。弥生時代から古墳時代ほどに鎚を振るって土蜘蛛を倒したとされる、天皇一派の力を引いているのではと言われるが、定かではない。
「岩淵には、家族、友人、会社の同僚など、たくさんの守りたい者がいるのじゃ。じゃから、1人で妖と戦っておったのじゃが……」
 ある日、彼は己の力に飲み込まれてしまう。修羅となり果てた彼は、自らの力を振るうべき相手を求め、この裏山をさまよっている。
「放っておけば、AAAに発見され、岩淵が覚者ということも知られてしまうじゃろう。それは彼の本意ではないはずじゃ……」
 だから、事が荒だってしまう前に、彼を元に戻してあげたいと、けいは言う。
 裏山は木々が茂っており、物陰も多い。しかも、岩淵は妖を求める為、敢えて夜に行動を起こしているようだ。視界が悪い中での捜索となるだろう。
「裏山の大きさは、さほど大きくはないのじゃ。皆なら技能スキルなぞを駆使すれば、岩淵は見つかると思うのじゃ」
 逆に言うと、それらを全く使わねば、捜索は困難になる可能性もあると、覚者達は認識する。
 話を終えたけいは、「ありがとなのじゃ」と覚者に礼を言ってから、最後にこう話を締める。
「……強い力と言うのは、怖い物なのじゃ」
 岩淵を救い出すことができたなら、彼を安心させてほしいのじゃと、けいは覚者達へと願うのだった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:なちゅい
■成功条件
1.破綻者の討伐。(生死は問わない)
2.なし
3.なし
 初めましての方も、どこかでお会いしたことのある方もこんにちは。なちゅいです。
 破綻者となってしまった男性の救出に、力をお貸しいただきたく願います。

●敵
・岩淵・六郎(いわぶち・ろくろう)……破綻者。深度(カテゴリ)2。
 木行、暦の因子持ち。
 木行に関しては、弐式は『深緑鋭鞭』のみ使用、他は壱式スキルを使用します。

 28歳。運送業を営み、時に妖退治を1人で行っていたようです。
 なお、OPに出てきた妖は全て、岩淵が討伐しております。

●状況
 破綻者となった岩淵は、神奈川県某所の裏山で、妖を倒す為にとさまよっているようです。親族は岩淵が覚者であることを知らず、妖に襲われたのではと、捜索願も出されております。
 家族、友人、会社の同僚らも、岩淵の失踪に心を痛めているようです。

 岩淵の生死は問いませんが、場合によっては名声に響きますので、あらかじめご了承願います。

 それでは、今回も楽しんでいただければ幸いです。よろしくお願いいたします!
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年01月27日

■メイン参加者 8人■

『デアデビル』
天城 聖(CL2001170)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『調停者』
九段 笹雪(CL2000517)
『マジシャンガール』
茨田・凜(CL2000438)
『影を断つ刃』
御影・きせき(CL2001110)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『隔者狩りの復讐鬼』
飛騨・沙織(CL2001262)

●破綻者に対する想い
 神奈川県某所の裏山。
 夜も更けて真っ暗になったその場所へ、『F.i.V.E.』の覚者8人はやってきていた。
「破綻者の対応って初めてだねぇ」
「……力に負けた人間、ね。アタシも一歩間違えればこうなっていたのかしら……?」
 『調停者』九段 笹雪(CL2000517)は、鈴駆・ありす(CL2001269)が自分と同じことを考えたいた事を知り、少しだけ身を震わせる。
 今回の相手は、破綻者となってしまった哀れなる覚者、岩淵・六郎だ。
「明日は我が身だ、怖い怖い」
 言葉に対して、普段からおちゃらけている笹雪の表情は、外目には深刻そうには見えない。
「ま、それにしても……本当、みんなってお人好しね」
 ありすはあくまで、古妖に害がなければ、破綻者の生死にはこだわらないのだが、彼女は自分と共に依頼に参加しているメンバーに対して、そんな感想を抱く。
 とはいえ、メンバーの心境は様々だ。
「いやあ……店は暇だけど、ずっと刀の調べ物してて頭が痛くなってきてね」
 黒スーツにフルフェイスという出で立ちの緒形 逝(CL2000156)。彼は現実逃避……もとい、気分転換をすべく手伝いにやってきたと言う。「緒形のおっちゃん」と逝を慕う、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)も一緒だ。
「何せ人捜しも探偵さんの仕事だ。やり易いように壁くらいにはなるさね」
「周りに隠しながらこっそり退治し続けるのは、辛かっただろうねー」
 暴走して大騒ぎになるのが時間の問題だから、ちょっとシメようと『罪なき人々の盾』天城 聖(CL2001170)は、主張する。彼女は岩淵に対してはドライな考えを持っているようだ。
「早く事件を解決して、泣いていたなっちゃんを安心させてあげたいんよ」
 茨田・凜(CL2000438)が気にしていたのは、夢見の菜花・けいのこと。依頼説明時に泣いていた彼を安心させたいと思っている。
「家族の人らも困ってるみたいだし、岩淵さんを無事に助け出せるようにがんばってみるんよ」
 凜の言葉に、唸りながら考え込んでいたのは、飛騨・沙織(CL2001262)だ。
(破綻者……力の暴走を起こしてしまった覚者)
 隔者を憎む沙織だが、破綻者には同情を覚えている。自身の胸の内が整理できてはいないが、親友が元破綻者だったからなのだろうかと推論する。
「ともあれ、岩淵さんを止めよう」
 破綻者に対する考えは様々だが、この一点に関してだけは、チームの総意としてまとまっていたようだった。

●破綻者はどこに……?
 さて、山を登る前に、笹雪が鋭聴力を働かせ、裏山で起こる物音を聞き分ける。風の音、それに吹かれて揺れ動く枝葉に紛れ、落ち葉や土を踏みしめる音が聞こえた。
 自然に起こる音としては不自然と判断した一行は、その周辺に当たりをつけ、左右4人ずつに分かれて捜索に当たる。
 こちらは、右班。奏空、ありす、沙織、それに、『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)のチームだ。
 4人は暗がりの中で周囲の状況を確認しつつ進む。頼りとなるのは、懐中電灯の明かりだ。
 沙織は周囲を照らしつつ、第六感を使ってどこから現れるか分からぬ敵に備える。
 きせきも守護使役ステーシーに、人の臭いを嗅ぎ分けてもらう。きせき自身は周囲の木々の記憶を読み取り、周辺に岩淵らしき姿がなかったかどうか確認していた。
 もし、見つけたら、懐中電灯を点滅させ、別の班に合図をいうことで、それぞれのメンバーは認識している。
 メンバーの後ろを歩くありすは、残念ながら、捜索に適したスキルを持たない。それでも、彼女は両手に持った明かりで、まだ見えていない場所をメインに照らしていたようだ。木々に隠れていなければ、発見は楽なのだが……。
 奏空は守護使役ライライさんを上空へと飛ばせ、『ていさつ』を行わせる。
「岩淵さん、岩淵さん!」
 奏空は捜索対象の名前を呼びかけながら、強い感情が感知できないかと探る。その上で、彼は送受信も行い、別班との連絡役も兼ねていた。それもあり、別班と更新可能範囲を出ないよう気がけていたようだ。

 一方、左側を捜索していた班。こちらは、聖、笹雪、凜、逝のチームだ。
「岩淵さーん、どこですかー?」
 叫ぶ笹雪はなおも鋭聴力を使いつつ、守護使役ともしびを照明兼釣り餌としていた。
「妖じゃないけど、普通の人間じゃないのがここにいますよー! 活きがいいの揃ってますよー!」
 これで覚者がいると向こうが判断してくれれば、相手が出てくるかもしれない。
 その後ろでは、凜、逝の2人が、感情探査を行う。
 破綻者としての強い闘争心。それが感知できないかと凜はアンテナを張る。
 自我が失われつつあるらしい岩淵の感情……『使命感・索敵・恐怖』。逝も、これらに目星をつけて探す。歩いていると、明らかに殺気が強まっていることが、彼には感じられて。
「……おいでなすったな」
 最初に気づいた逝が仲間に呼びかけると、笹雪も近づいて来る音を聞き分けていたようだ。
 凜、笹雪は懐中電灯を点滅させ、別班へと分かるよう合図を送る。さらに、逝は奏空に向け、敵の発見を送心で伝えた。
 やや遅れたが、聖も岩淵の姿を発見する。彼女は腰に生えた黄色い翼で空を飛び、敵の姿を探していた。その直後、彼女は近場で開けた場所があることを確認する。
 そうして、聖は一旦仲間の者に降り立ち、開けた場所を伝えた。
「じゃ、あとから追ってきてねー」
 聖は敵に向け、上空から襲い掛かろうと、また飛びあがる。
 その場の3人も聖に続き、向かってくる破綻者目指して走っていくのである。

●破綻者の力
 破綻者と化した岩淵は真っ赤に目を光らせ、戦う為だけに動く修羅となっていた。
 その岩淵目がけ、聖は滑空しつつ履いていたブーツスニーカーで蹴りかかった後、着地する。
「うおおおおおおおおっ!!」
 岩淵は新たな敵が出たという認識しかなかったろう。内から湧き出る力は意識すら飲み込んで。岩淵はその全てを破壊の力に変え、鎚に籠めて叩き付けてくる。
 破壊力の増したその一撃。痛くないはずがない。しかし、聖は痛覚を遮断してそれに耐え、敵の足元から巨大な岩槍を呼び起こして反撃を繰り出す。
 その一撃に躊躇いなどない。彼女は相手に全く感情移入してはいなかったのだ。
 聖は戦いながらも、岩淵を開けた場所へと誘導していく。
 その最中、同じチームメンバーが駆けつけてきた。
「さぁ、大人しくしてもらおっか!」
 飛び込んできた笹雪は金色の瞳で敵を見据え、雷雲を発生させ、岩淵へと激しい雷を落とす。
「電気はいい刺激になるでしょ?」
「おおおおっ!!」
 だが、多少の刺激で元に戻るならば、破綻者の対処に苦労はないだろう。 岩淵は覚者から見ても物凄い力を行使する。彼が呼び出した植物の大蔓は、違うことなく覚者へと叩き付けられてくる。
 それを受け止めたのは、両腕を戦闘機の主翼のようにした逝だ。フルフェイスの為、その表情は外からでは窺うことはできないが、呻き声がその威力の強さを物語る。
 しかし、逝は周囲の土を鎧のように纏い、さらに、土の因子の力を合わせ、耐える力をつけて応戦していた。
 前線で攻撃を受ける2人には、空色の刺青を浮かび上がらせた凜が大気に含まれる浄化物質を集めて降り注がせる。
 覚者と破綻者の攻防が続く中、戦いは開けた場所へと移っていく。 そこまでやってきた時、右手側に向かっていたメンバー4人が駆けつけてきた。
 笹雪の隣に位置取った奏空。覚醒して髪を金色にさせた彼は英霊の力を引き出しつつ、小さな雷雨を呼び出して岩淵に雷を叩きつける。
「うおおおおおおおっ!!」
 荒ぶる岩淵。その姿を目の当たりにしたきせきは大きなショックを受けていた。その姿は、彼が過去、事故に遭った時の自分に重なって。
(ぼくも、あの事故の時はあんなふうになってたのかな)
 きせきは、妖に襲われた際に因子発現した過去がある。周りの声が聞こえなくなり……、気づけば、大人数人が自分を抑えつけていた。
 鎚を振るう岩淵に意志はないのだろう。自分も知らないうちに、平気で人を傷つけていたのかなと、きせきは自問自答する。
 だが、悩んでばかりもいられない。覚醒したきせきは髪を青くし、真っ赤な瞳を細め、エネミースキャンで相手の能力を分析しようとするが……残念ながら、成功しない。
「私達が……元に戻してあげます! だから落ち着いて!!」
 鎖骨部分に白く刺青を浮かばせた沙織も中衛に立って参戦し、鎚を振り上げる岩淵の手足に鞭を絡みつかせようとするが、その蔓はしなって打ち付けはするが、絡めとることはできない。
「岩淵さん、力に身を任せないで! 貴方が何の為に戦ってるのか……思い出してください!」
 それでも、沙織は岩淵へと呼びかけ続ける。
「……開眼。行くわよ」
 その後ろではありすが自らの力を高め、右手の手のひらに第3の目を開眼させていた。
「ふん、大人しくなさい」
 そして、彼女はその目から怪光線を放つ。その光線には呪いが含まれていて。岩淵の身体に枷となった。
 仲間の視線を集めたありすは、素っ気なくこう告げる。
「……この方が破眼光を当てやすいのよ。どこに第三の眼を出そうと勝手じゃない」
 彼女はなおも岩淵目がけ、怪光線を発射するのだった。

●荒ぶる修羅に
 相手はただ1人。とはいえ、その岩淵は破綻者となったことで、妖を1人で幾体も倒している強さを持つ。
 ただ、序盤、1人で抑えていた聖の負傷度合はかなりのものだったが、全員揃えば、沙織、凜の手厚い回復によって、体勢を整え直すことができていた。
 中衛にいた奏空が雷を岩淵に叩き込むと、きせきがまたもエネミースキャンを試みる。今度は成功したようで、相手の能力を分析していた。
「壱式スキルは……深緑鞭、棘一閃、非薬・鈴蘭……攻撃一辺倒って感じだね」
 強いて言うなら、補助スキルは暦の因子の錬覇法くらいのものだが、破綻者としての力がある故なのか、使う素振りを見せない。
 また、体力はまだ残っているのが、きせきにはゲージのように見える。それを確認したメンバー達はさらに攻撃を続けた。
 逝は相手の猛攻の合間、その力を利用して合気技を繰り出す。
(ただ、削り過ぎると死ぬからな)
 逝は相手の状態も観つつ、調整をと考える。
 沙織もメンバーの体力を持ち直した後、前に出て攻めていたようだ。
「私達は貴方修羅の道を行かせはしません!」
 彼女は地を這うような軌跡から、跳ね上がるような連撃を繰り出していく。
「……貴方を大切な人達の元に連れて帰ります! だから、正気に戻ってください!」
 攻撃と言葉をぶつけていく仲間達を、凜は背後から援護する。高密度の霧を岩淵の周りに展開し、彼の身体能力をダウンさせる。
 だが、岩淵の攻撃の手が止まるわけではない。現状、仲間が攻撃を抑えてくれているが、凜はできるだけ敵の蔓を受けぬようにと気をつけていた。
(炎は熱く、心は冷たく。慈悲は……そうね、少しくらいはあってもいいかしら)
 内心でそう考えるありすの左手に宿した炎は、熱く燃え盛る。
「燃やすわ。受けなさい」
 放たれた炎が岩淵の体に燃え移り、徐々にその身を焦がしていく。
「守りたいものがあるのは同じよ。気持ちは分からなくはないわ」
 その上、ありすはさらに右手を伸ばし、またもその掌に現れた第3の目で岩淵を見据える。
「でも、アタシとアンタは違う。だから、アンタはこうして1人なのよ。……そこが違い」
「おおおおおおっ!!」
 叫ぶ岩淵は、それに応じているのかは分からない。彼はただ、昂ぶるままに鎚を振り上げて叩き付けてくる。
「岩淵さん! 戻って来て……! 力に飲まれちゃダメだ!」
 奏空も岩淵へと呼びかける。
「確かに強すぎる力って怖いけど……。でも、その力が自分の大切な人を守れるって事を思い出して!」
 彼は語りかけながら、岩淵の心へとある映像を送る。それは依頼前、奏空が岩淵の家族提供で見せてもらっていた家族の写真。家族の顔を思い出させることで、正気になればと考えたのだ。
「…………っ!」
 ほんの少し。岩淵の動きが止まったように見えた。
(死なれちゃ、後味悪すぎるよ。破綻者対応って大変!)
 笹雪はその隙にまたも雷を落とし、攻撃を行っていたが、その微妙なさじ加減に苦労していたようだ。
 さらに、仲間が血を流していることを確認し、笹雪は大気の浄化物質を集めて仲間の異常を取り払う。
「おじちゃん、ずっとこっそり戦ってきたんだね」
 きせきは1人で戦う岩淵にそんな感想を抱く。
「でもね、おじちゃんはひとりぼっちじゃないんだよ。おじちゃんが守ってきた家族も友達も職場の人も、みんなおじちゃんのこと待っててくれてるんだよ」
 きせきは岩淵の体に蔓を絡みつかせ、その動きを鈍らせる。
 聖は全力で動き、敵の足元からまたも岩槍を呼び起こし、岩淵の体を穿つ。
「う……、あう……っ」
 さすがに8人の覚者相手では、破綻者となったとはいえ、岩淵も苦しそうだ。
 さらなる攻撃をと考える聖。逝は舌打ちしつつ、直接それを止めに入ろうとするが、奏空が身を挺して止めに入る方が速かった。
「貴方は1人じゃないよ! 俺達は貴方と同じ仲間なんだよ! 貴方の家族が待ってるよ……。生きて……、家族の元へ帰ろう……!」
 そして、やや声を詰まらせながらも紡がれる奏空の言葉。それは、破綻者になる可能性を否定できない自分にも、言い聞かせるようで。
「力に対して慎重なのは良いが、恐れを持つな。自分の意思でコントロールするんだ……」
 逝はそう声を出すと、岩淵の動きが止まった。
「………………届いたよ、あんたらの言葉」
 小さく言葉を発した岩淵。だが、過剰な力を使った彼は、そのまま意識を失ってしまったのだった。

●救い出したその男性を見て
 倒れる岩淵。弱々しくではあったが、彼はちゃんと息をしている。
「うまくいって、よかったんよ」
 これなら、なっちゃん……けいに報告できる。愛らしい彼を、ギュッと抱きしめ、安心させようと凜は考える。
(この辺のノウハウ、これを機会に覚えないとなぁ)
 笹雪はぼんやりと考える。あと、彼が起きたら、『F.i.V.E.』について、語ってあげたい。『F.i.V.E.』のような組織があるのだから、困ったときには相談だけでも。1人で頑張らなくても大丈夫なのだとも。
(組織、公開したから連絡先とかあるよね?)
 後で確認しておこうと考える笹雪である。
 沙織は樹の雫で回復させるのだが、その際、岩淵に胸を押し当てる格好になっていることに、本人は気づいていない。岩淵の意識がなくてよかったかもしれない。
(今回の暴走も、1人で無茶した結果だと思います)
 強制をするわけではないのだが。……一緒に助け合いながら戦うのも大事だと、沙織は思っている。
 だからこそ、彼女は岩淵を『F.i.V.E.』に勧誘をしようと考えていたようだ。
「……とりあえずは病院かな」
 ともあれ、搬送しようと笹雪が主張する。さすがに動かなくなった相手に、聖が攻撃をすることは無かったようだ。
「あんなふうになっちゃった人も、生きたまま元に戻せるんだね」
 きせきは元に戻った岩淵を見つつ考える。
(もしかして……ぼくも、あの時ちゃんと生き延びてたのかな……?)
 現在の自分をゾンビだと思い込むきせき。彼はその時、自身の過去と向き合う。人間として……パパとママを見捨てて、1人だけ逃げちゃったのかな……と。
 その途中、岩淵がうっすらと目を開ける。
「……良かったわね、命があって。誰も悲しまないもの」
 帰る場所があるのだから。ありすはそれだけを告げ、その場を去っていく。
「……大切な人達を守るならとにかく、今回みたいに1人で無茶しないでください。約束ですよ?」
 手段としてなら、『F.i.V.E.』と協力者という形で連携を取り合っても……。だが、岩淵は少しだけ頷き、また眠り始めたようだった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

なちゅいです。リプレイ公開です。
MVPは奏空さんへ。
直接、家族を思い出させたのは、
岩淵にとっても大きかったようです。

彼は意識を取り戻した後、
『F.i.V.E.』について知り、色々と考えた様です。
残念ながら、
『F.i.V.E.』のある京都への移住は考えなかったようですが、
強力、提携ができればという考えはあるようです。

ともあれ、無事に解決して何よりです。
参加された皆様、本当にありがとうございました!




 
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