耳
●
ピンポーン。
とあるマンションの一室に、呼び鈴の音が鳴り響いた。「どうぞー」部屋の主である氏原は、そう言いながら玄関に行き、ドアを開ける。
「こんばんはー」
「こんばんは。待ってたよ」
ドアの向こうにいたのは二十代弱ぐらいの若い女だった。少女と言ってもいいぐらいの、童顔の美人だ。氏原のほうは三十過ぎのサラリーマンで、稼ぎはいいが結婚はしていない。
「お茶でもどう?」
「いえいえ、お構いなく」
「お酒のほうがいいって?」
「言ってない!」
「あはは。ちょっと待って、淹れてくるから。外寒いでしょ?」
「寒いですよ今日。もう何なのってくらい」
談笑しながらキッチンで紅茶の準備をする。――やがて氏原と彼女は差し向かいで紅茶を飲んだ。飲みながら世間話をして、笑いあう。彼女――カナの『持ち時間』は三十分だが、多少であれば融通は利く。それに、正直三十分でも持て余すぐらいなのだ。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか?」
「うん。お願いするよ」
言って、二人はベッドに移動した。失礼します、と言ってカナがベッドに上がり、その上で正座する。氏原はベッドに倒れこみ、頭をカナの膝枕の上に乗せた。「今日は溜まってるんだ。仕事中に耳の中でコロコロ言うんだよ」
「そうなんだ。――じゃあ、本気出しちゃおっかな」
言って、カナは持っていたハンドバッグから――耳かきを出した。出張耳かきエステ。決していかがわしい店ではない。カナ達は正規の訓練を受けた施術師であり、中には理容師の資格を持っている子もいるらしい。家に来てもらい、談笑し、耳かきで身体と心を癒す。それだけだ。少なくとも、氏原はそれだけだと思っていた。それだけでいい。正直、それ以上のことなんか期待してもいない。
「(そのぐらいでいい……俺には、そのぐらいでいいんだ……)」
氏原はカナの膝の上で目を閉じた。甘い香りと柔らかな感触、そして絶妙な力加減の耳かきが眠気を誘う。氏原はしばらく、幸せなまどろみの中を彷徨った。
●
「……はい、終わりましたー」
「……うーん」
両耳の掃除が終わり、カナが終了を告げる。氏原は上体を起こし、頭を叩きながら傾ける。「あれ。残ってます?」
「……残ってるなあ。まだコロコロ言うんだよ。奥のほうで」
「うーん……あんまり奥のほうだと、私できないんですよ。ごめんなさい」
「出来ないだって? 一応プロなんでしょ?」
「いや、そういう意味じゃなくて、これ」
言って、カナは耳かきを氏原に示した。耳かきのへらから3分の1ぐらいのところに、細く赤いテープが巻かれている。「お店の決まりで、この線より奥には突っ込んじゃダメなんです。事故防止のために」
「そんな。それじゃ届きっこないよ。なあ、頼むよ。カナちゃんにしか頼めないんだ。自分でやっても取れないんだよ」
「ダメですって。お店に怒られるし、もしケガさせちゃったら」
「店には言わない。絶対言わないよ。それでケガしたって構わない」
「……うーん……」
「この通り。絶対迷惑かけないから」
深々と頭を下げる氏原に、カナは小さくため息を吐いた。「……絶対、内緒ですよ?」
「分かってる。絶対だ」
「……じゃあ、もう一回」
「はい。お願いします」
言って、氏原はカナの膝の上に転がる。耳かきが耳の奥へ進む。「あ、いた」ほどなくして、カナがそんな声を上げた。
「うわ、すごい……ちょっと待って、これキレイに出したい……」
カナは耳かきを動かしながら思わず呟いた。「よし。捕まえた」獲物を完璧にホールドし、カナはゆっくりと耳かきを上げる。
「……?」
カナは耳かきを止め、眉を顰めた。――耳くそにしてはおかしい。なんか固い。それに、耳穴の奥にちらっと見えた、あの黒い
「――!?」
突如、氏原の耳から『それ』が飛び出した。――百足だ。直径5センチ、体長30センチはあろうかという巨大な百足が、どういう仕組みか氏原の耳から飛び出している。
百足の眼がカナを見据え、氏原の耳から飛び出した百足が、悲鳴を上げるカナに襲い掛かった。
●
「というわけで、その百足型妖を退治してきてくれ」
言って、久方相馬(CL2000004)は悪戯っぽく笑った。
「百足型妖は生物系ランク2。氏原の耳に潜んでる。耳かきしてやれば出てくるだろうけど、誰がやるのか、訪問してどんな説明をするのかも含めて、何か作戦が必要だろう。もしくは、カナに事情を話して協力してもらう手もあるな。
出した後は退治するんだけど、ランク2だから小さくても結構しぶといかもしれない。的が小さいことも踏まえて作戦を立ててくれ。あと、部屋の中で戦うわけにもいかないから、外に出す必要があるな。誘導するか、あるいは――お前らの誰かが耳を差し出して、外でもう一回耳かきする手もある」
相馬の言葉に、覚者達は顔を見合わせる。
「ところで――俺もさっきから耳の奥がコロコロ言うんだけど、誰か耳かき持ってねえ?」
言って、相馬は頭を傾けてぽんぽんと叩いた。
ピンポーン。
とあるマンションの一室に、呼び鈴の音が鳴り響いた。「どうぞー」部屋の主である氏原は、そう言いながら玄関に行き、ドアを開ける。
「こんばんはー」
「こんばんは。待ってたよ」
ドアの向こうにいたのは二十代弱ぐらいの若い女だった。少女と言ってもいいぐらいの、童顔の美人だ。氏原のほうは三十過ぎのサラリーマンで、稼ぎはいいが結婚はしていない。
「お茶でもどう?」
「いえいえ、お構いなく」
「お酒のほうがいいって?」
「言ってない!」
「あはは。ちょっと待って、淹れてくるから。外寒いでしょ?」
「寒いですよ今日。もう何なのってくらい」
談笑しながらキッチンで紅茶の準備をする。――やがて氏原と彼女は差し向かいで紅茶を飲んだ。飲みながら世間話をして、笑いあう。彼女――カナの『持ち時間』は三十分だが、多少であれば融通は利く。それに、正直三十分でも持て余すぐらいなのだ。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか?」
「うん。お願いするよ」
言って、二人はベッドに移動した。失礼します、と言ってカナがベッドに上がり、その上で正座する。氏原はベッドに倒れこみ、頭をカナの膝枕の上に乗せた。「今日は溜まってるんだ。仕事中に耳の中でコロコロ言うんだよ」
「そうなんだ。――じゃあ、本気出しちゃおっかな」
言って、カナは持っていたハンドバッグから――耳かきを出した。出張耳かきエステ。決していかがわしい店ではない。カナ達は正規の訓練を受けた施術師であり、中には理容師の資格を持っている子もいるらしい。家に来てもらい、談笑し、耳かきで身体と心を癒す。それだけだ。少なくとも、氏原はそれだけだと思っていた。それだけでいい。正直、それ以上のことなんか期待してもいない。
「(そのぐらいでいい……俺には、そのぐらいでいいんだ……)」
氏原はカナの膝の上で目を閉じた。甘い香りと柔らかな感触、そして絶妙な力加減の耳かきが眠気を誘う。氏原はしばらく、幸せなまどろみの中を彷徨った。
●
「……はい、終わりましたー」
「……うーん」
両耳の掃除が終わり、カナが終了を告げる。氏原は上体を起こし、頭を叩きながら傾ける。「あれ。残ってます?」
「……残ってるなあ。まだコロコロ言うんだよ。奥のほうで」
「うーん……あんまり奥のほうだと、私できないんですよ。ごめんなさい」
「出来ないだって? 一応プロなんでしょ?」
「いや、そういう意味じゃなくて、これ」
言って、カナは耳かきを氏原に示した。耳かきのへらから3分の1ぐらいのところに、細く赤いテープが巻かれている。「お店の決まりで、この線より奥には突っ込んじゃダメなんです。事故防止のために」
「そんな。それじゃ届きっこないよ。なあ、頼むよ。カナちゃんにしか頼めないんだ。自分でやっても取れないんだよ」
「ダメですって。お店に怒られるし、もしケガさせちゃったら」
「店には言わない。絶対言わないよ。それでケガしたって構わない」
「……うーん……」
「この通り。絶対迷惑かけないから」
深々と頭を下げる氏原に、カナは小さくため息を吐いた。「……絶対、内緒ですよ?」
「分かってる。絶対だ」
「……じゃあ、もう一回」
「はい。お願いします」
言って、氏原はカナの膝の上に転がる。耳かきが耳の奥へ進む。「あ、いた」ほどなくして、カナがそんな声を上げた。
「うわ、すごい……ちょっと待って、これキレイに出したい……」
カナは耳かきを動かしながら思わず呟いた。「よし。捕まえた」獲物を完璧にホールドし、カナはゆっくりと耳かきを上げる。
「……?」
カナは耳かきを止め、眉を顰めた。――耳くそにしてはおかしい。なんか固い。それに、耳穴の奥にちらっと見えた、あの黒い
「――!?」
突如、氏原の耳から『それ』が飛び出した。――百足だ。直径5センチ、体長30センチはあろうかという巨大な百足が、どういう仕組みか氏原の耳から飛び出している。
百足の眼がカナを見据え、氏原の耳から飛び出した百足が、悲鳴を上げるカナに襲い掛かった。
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「というわけで、その百足型妖を退治してきてくれ」
言って、久方相馬(CL2000004)は悪戯っぽく笑った。
「百足型妖は生物系ランク2。氏原の耳に潜んでる。耳かきしてやれば出てくるだろうけど、誰がやるのか、訪問してどんな説明をするのかも含めて、何か作戦が必要だろう。もしくは、カナに事情を話して協力してもらう手もあるな。
出した後は退治するんだけど、ランク2だから小さくても結構しぶといかもしれない。的が小さいことも踏まえて作戦を立ててくれ。あと、部屋の中で戦うわけにもいかないから、外に出す必要があるな。誘導するか、あるいは――お前らの誰かが耳を差し出して、外でもう一回耳かきする手もある」
相馬の言葉に、覚者達は顔を見合わせる。
「ところで――俺もさっきから耳の奥がコロコロ言うんだけど、誰か耳かき持ってねえ?」
言って、相馬は頭を傾けてぽんぽんと叩いた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.百足型妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
百足型妖との戦闘シナリオです。同妖の撃破が成功条件となります。
出現する敵のご紹介です。
・百足型妖
体長30センチ前後。人間の耳から体内に侵入する。鋭い顎は小さいながら強力。
基本的には相馬が説明した通りです。特に追記すべき点はありません。……ないな。うん。ないない。
簡単ですが、説明は以上です。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2016年02月04日
2016年02月04日
■メイン参加者 5人■

●
「ああああああったあった!! あったよね! こう、なんてーの? 膝小僧の中にフジツボ大量発生とか、耳の中に蟻の巣だとか頭の中に蜘蛛の卵だとか、そーゆー気持ち悪い系?」
依頼の内容を聞いて、不死川苦役(CL2000720)はえらいハイテンションでそう言った。楽しそうである。
「ムカデの妖……しかもそれが耳から出てくるだなんて、考えただけでもぞっとするわね」
「耳ん中に百足型の妖ねぇ……うっへぇ、気持ちわりぃなぁオイ」
「ぎょえぇぇぇぇっ! 耳が! 耳がぁっ!! 話を聞いてるだけで耳がムズムズしてくるのです!」
『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)、藤倉隆明(CL2001245)、ゆかり・シャイニング(CL2001288)は露骨にイヤそうな顔をした。ゆかりなどは両耳を塞いで悶絶している。
「……というか、どうやって耳の中入るの?」
「妖にそれ訊くのは野暮ってもんさ。どういう理屈か入ってる。だから怖いのさ」
わりと冷静な『彼誰行灯』麻弓紡(CL200623)の呟きに、久方相馬がそう答える。ふうん、と応え、紡は相馬に背を向けた。歩き出す。
「でもまあ、小さいなら作戦は簡単だね。――耳から出てきたところを逃がさないように取り囲んで、総攻撃だ」
「てか大丈夫なのかな! 卵とか産み付けられてたら大変じゃね? じゃね!? うっわやべえマジ怖ェ!! 俺これからムカデ見つけたら絶対踏みつぶしにかかるわ!!」
「そういや最近耳掃除なんざしてねぇな……仕事終わったら試しに頼んでみるかねぇ」
「ちなみにゆかり、小学生のころ耳に蚊が入って地獄を見ました! 嫌な事件だったね……」
思い思いのことを言いながら覚者達がオフィスを出て行く。「自由な連中だなあ」呟き、相馬は彼らの背中に手を振る。
――と。「?」
「……」「……」
残っていたありすと目が合った。一瞬の間。
「……何よ。別に、怖くないわよ。ただ、見たくもないだけよ」
「何も言ってねえよ」
「……ふん」
ため息を吐き、ありすもオフィスを出て行く。相馬は肩を竦め、
ころり。「あ」
「やっべえ奥に転んだ。耳かき耳かき……」
自分の耳の奥でした音に、慌ててデスクを探り始めた。
●
「……?」
夜。マンションの前までやって来たカナは、その門前に見慣れない少女がいるのを見て眉を顰めた。12歳ぐらいの金髪の少女。――ちょっと気になる。気になるが、仕事優先だ。カナは小走りに通り過ぎようとした。
「ちょっと、待って」
「?」
少女――紡が、カナの前に立った。カナは足を止め、紡を見下ろす。「――どうかしたの?」
「お店から、代理を頼まれてきました。交代しましょう」
「……代理?」
カナは紡をまじまじと見る。――12歳前後に見える。カナは笑い、屈んで紡に目線を合わせる。
「悪いけど、そういうイタズラには引っかからないよ。お母さんは? ひょっとして、迷子かなんか?」
「あー……分かりにくいかもしれないけど、私、一応ハタチなんだけど」
「え? そうなの?」
「うん。これ学生証」
紡はカナに学生証を見せる。カナはそれを確認し、もう一度紡を見る。「……交代?」
「うん」
「うーん……」
カナは唸り、やがて小さく頷いた。
「ちょっと待って。いちおう店に訊いてみる」
言って、周囲を見回す。近くに公衆電話を見つけ、小走りに近寄る。紡はため息を吐き、その後を追った。
「――待って」
「?」
袖を掴まれ、カナは足を止めて振り返る。「分かった。正直に話すよ」
「……正直に?」
「私は《F.iV.E.》から来た覚者《トゥルーサー》。情報公開されたから知ってるでしょ? このマンションはこれから戦闘区域になる。だから入らないほうがいいの。店に電話するのはいいけど、マンションに入るのはやめて」
「……」
カナは紡をまじまじと見て、やがて口を開いた。「一個、教えて」「?」
「氏原さんは? 避難とかしてるの?」
「……ううん。まだ中にいる」
「……分かった」
言って、カナは紡の手に触れる。「私も連れてって。あの人、大事なお客さんだから」
「……いや、出来れば、避難を」
「貴女のこと、全部は信用できない。氏原さんの安否を確認したら、一緒に避難する。一人増えても大して変わらないでしょ?」
言って、カナはマンションへ歩きだした。紡はその背を見つめ、「……百点満点、とはいかないか」呟き、カナの後を追った。
「地上の愛と平和のため、妖と日夜戦う《F.i.V.E.》の一員、ゆかり・シャイニング! あなたのお部屋に今、参上!」
「……何故?」
玄関を開けるなり元気にそう言い放ったゆかりに、氏原は端的に自分の疑問を投げかけた。なんでそんなワケの分からない人が俺のお部屋に参上するんだ。「このお部屋で妖が発生すると夢見さんに聞いたので、助けにきました! ところで……最近耳の奥が妙にムズムズしたりしてませんか? なんかいつもよりゴロゴロしてるっていうか!」
はきはきとした、しかもけっこう的を得ているゆかりの言葉に氏原は目を丸くし、頷く。「……する。今日は特に酷くて、それで専門家を呼んだんだ。え、なんだって? 妖の仕業?」
「そうです! それはただの耳クソじゃありません! 放っておくと大変なことになります! よかったら、ちょっと私に耳を見せてください! こっちの!」
言って、ゆかりは自分の左耳を指差す。氏原は頷き、言われるまま自分の左耳をゆかりに寄せる。ゆかりはその耳を覗き込み、「ぴとっ」「うお」次に自分の耳を氏原の耳にくっつけてみた。――しばらく待つが、何も起きない。ゆかりはんー、と唸って耳を離した。
「自発的に移動はしないみたいですね。やっぱり、かき出すしかないのかなあ」
呟くようにゆかりが言うのとほぼ同時に、来客を告げるチャイムが鳴った。
「あ、カナちゃんかな……」
「いえ、違うと思います。たぶん、私の仲間です」
ゆかりはそう言って、覗き穴からドアの向こうを見る。やっぱりそうだ、と呟き、ドアを開ける。「お疲れ様です、紡さん!」
「……ゆかりちゃん、ごめん。いっこ、問題が」
「? 問題?」
紡の言葉に目をぱちくりし、ゆかりは開けたドアの向こうに首を出す。「……あ」
「……どーも」
「……来ちゃってる」
カナはゆかりと会釈を交わし、ドアの中を覗き込んだ。「カナちゃん」「ああ、よかった――氏原さん、大丈夫ですか?」
「う、うん。今のところは――それで、君達、これからどうするんだい?」
「……貴方の耳の中に、妖がいる。それをかき出して、退治する」
「あ、じゃあ私が」
「いやいやいや! それじゃ私達が来た意味ありませんから!」
「ゆかりちゃんの言う通り。バケモノが出てくるからね。私がやるよ。――というわけで氏原さん。お出かけの支度をしてくれる? 外寒いし」
「え? ――外でやるのかい? 耳かきを?」
氏原の問いに、紡は頷く。「ここでやったら、部屋が汚れるもの」
マンションから出てきた四人は、その玄関先で時間をずらしてきた隆明、ありすと合流した。「よお」「……こっちよ」隆明が軽く手を挙げ、ありすは一瞥くれただけでさくさく歩き出す。
「に、人数多くないかい……?」
「小さいといえど妖だからね。油断は出来ないよ」
「よお、災難だな兄ちゃん。んで、耳ん中にんなもんが居るってーのはどんな感じだ? ん? おにーさんに教えてくんね?」
尻込みし始めた氏原に紡が言い、隆明は氏原に馴れ馴れしく肩を組み、笑顔でそう問いかける。「べ、別に……ただ、でかい耳クソだなと思ったぐらいで……」「ふうん。特に身体に異常は無えってか。するとますます分からねえ。何が目的で潜り込んでんだ?」
「ありすさーん、いい場所ありましたー?」
ゆかりが小走りにありすに追いつき、問いかける。「?」ありすは両手で自分の耳を塞いでいた。聞こえていない。ゆかりはちょいちょいとその腕を指でつつく。ありすはゆかりを見て、片手を半分だけずらして「何?」と訊き返した。
「えーと……いい場所、ありました?」
「この先の公園で、不死川クンが結界張って待ってるわ」
「なるほど。……ありすさん」
「何よ」
ゆかりはちらりと後方の氏原たちを見やり、ありすに向き直る。
「虫とか、苦手なんですか?」
「苦手じゃないわ。気持ち悪いだけよ」
「一般的には、それを苦手って言うんじゃないですか?」
「……」「……」
ありすは答えず、ぱたんと耳に蓋をした。
●
「まー俺も可愛さじゃ定評があるけどさー。いきなり俺みたいなイケメンがお部屋に行ったらビックリしちゃうもんなー。分かる分かる!! しゃーねえからココは華を譲ってやったわけなんだぜ! うわ俺凄いカッコ良い事言った! な、言ったっしょ! コレ決まったでしょコレ!」
「はいはいカコイイカコイイ」
公園に着くなり駆け寄ってきた苦役を、ありすはそう言ってクールにあしらった。背後のメンバーを振り返る。「で、誰がやるの? 誰もやらないならやってあげるけど」
「あれ。やってくれるんですか? ムカデ出てくるかもですよ?」
「だから、誰もいないなら、よ」
「じゃあ、もし無理ならお願いするよ。まずはボクから、かな」
言って、紡は持参していたピクニックマットを公園に拡げ、「あと、一応、ね。くるりん、と」《演舞・清風》を使用し、そこに正座する。
「……じゃあ、氏原さん。どうぞ」
言って、自分の膝をぽんぽんと叩いた。
「こ、ここで……? なんか、照れるね」
「……それはこっちも同じ。さっさと済ませよう」
「じゃあ、えーと……カナちゃん、行ってきます」
「どうぞー?」
「う、なんか怒ってるかい……?」
「どーだか?」
口調は怒っているが、カナの顔はにこにこしている。よく分からない。氏原は小さくため息を吐き、「失礼します」と言って紡の膝に頭を乗せる。
「じゃ、行くよ」
耳かきを構え、紡はそれを氏原の耳に差し込む。――暫し、静かな時間が流れる。「……おお」
「気持ちいい……お上手ですね」
「同居人で練習してきたから、ね」
氏原の感想に、紡はそう答える。カナは真顔でふむ、と小さく唸った。
「うっし! んじゃそろそろ準備しますか!」
「時間はかけたくないわね。速攻でいきましょう」
「ではではゆかりも! シャイニング・エナジー・ロックオフ!」
苦役が《錬覇法》、ありすとゆかりが《醒の炎》で自己強化を行う。「――ん」「? な、何か?」紡が耳かきを止め、氏原が横目で問いかける。
「来る」
「え」
突然、30センチ前後の巨大な百足が氏原の耳から飛び出した。カナが息を呑み、百足は真っ直ぐ紡に向かって飛ぶ。直撃。無防備な態勢に至近からの不意打ち。百足の巨大な顎が紡の喉笛に突き立ち、咬み裂いた。鮮血が舞い、落ちる。
「ひ、ひえええ!?」
「紡さん!」
「やれやれね――!」
ありすとゆかりが攻撃態勢に入る。――だが、攻撃を躊躇った。倒れた紡が近い。誤射の虞がある。「おおっと、まずは俺だぜ!」苦役が《香仇花》を放った。命中。苦役の手に顕れた花の香気が百足を捕らえ、百足は苦しみながらも素早い動きでその場を離れる。「おおっと待ちな」その進路を阻むように隆明が立ち塞がった。周囲に味方がバラけている以上、銃は使えない。面倒だが、ここは直接攻撃――!
「うるぉあああああ!」
百足に狙いを定め、ナックルを嵌めた拳を振り下ろす。命中。しかし直撃には至らない。百足は地を割る勢いの隆明の拳に宙返りして受身を取り、さらに距離を置こうと逃走する。「くそ! どうもカス当たりしかしねえ! サイズが小さいからか――?」
「しかし、距離が離れたなら!」
「狙い撃ちですね! くらえ、デコビイイイイイム!」
「俺も続くぜ!」
ありすの《火炎弾》、苦役の《棘一閃》、ゆかりの《破眼光》が一斉に百足に放たれる。爆発。宙に舞った百足が地面に背中から落ち、わしゃわしゃと苦しげに足を動かした。倒れた百足に隆明が近づく。「……まだ、生きてるな」
「仕方無え。的が小さいんじゃイマイチ決まらねえが……奥義・圧投でひと思いに葬ってやるぜ」
言って、隆明は百足を拾い上げた。その腕に力を込め
「!?」
ようとした瞬間、百足がぐるりと身を捻って隆明の腕に纏わりついた。そのまま隆明の掌を脱し、腕を駆け上がり、喉笛を狙う。「く、くそ――!」身体を捻って百足をかわしつつ、隆明は逆の手で百足を掴んで地面に叩きつけた。百足はまたくるりと身を捻り、地面を走り出す。「またカス当たりか!」
「うは、しぶてーじゃん! ちょっと燃えてきた!」
「藤倉サン、離れて!」
「ボクもいこう。召雷」
苦役とありす、そしてダウンから復帰した紡が再び攻撃する。百足は辛うじてかわすが、その動きは明らかに精彩を欠いている。棘をかわしたところに炎と雷が掠め、百足の足が止まる。
「もらいます! 火炎爆さーーーーい!」
《炎撃》。前進したゆかりが炎を纏った《シャイニング☆アックス》を振り下ろす。命中。百足の身体が真っ二つになり、炎に巻かれて燃え尽きた。
●
「ど、どうもありがとうございました……」
「氏原さん、耳大丈夫?」
戦闘終了後、五人に礼を言う氏原をカナはそう気遣った。氏原は苦笑しながら頷く。「大丈夫だよ。今のところは。……まあ、いい気分ではないけどね。あんなものが入ってたと思うと」
「んーよく分かんねえけど、気になるんなら病院行けばいんじゃね?」
「やれやれ、終わったか。……しかし、微妙に嫌な事件だったな。気にしだしたら俺も耳かゆくなってきたぜ」
「じゃあ、やってあげようか?」
隆明の言葉に、紡が悪戯っぽく笑う。戦闘を終えた彼らは公園のベンチに座り、紡が持参したお茶を飲んでいた。「うーむ……中学生じゃあ、俺が楽しくねえしなあ」
「ボクはハタチだっつーの」
「自分でやんなさいよ。――私も耳かきしたくなってきたわ。さっさと帰りましょう」
「うぅー、まだ耳の中が気持ち悪い気がします……私も帰って綿棒で耳かきです! では氏原さん、どういたましてー!」
言って、ありすとゆかりがベンチを立ち、他の覚者達も続いて家路に着いた。「あ、カナちゃんに電話番号聞いてねえ!」「自分でやんなさいってば」
「さ、颯爽と去っていくなあ……僕達も、帰ろうか」
「うん」
氏原とカナもマンションに戻る。――奇妙な夜が、また一つ幕を閉じた。
「ああああああったあった!! あったよね! こう、なんてーの? 膝小僧の中にフジツボ大量発生とか、耳の中に蟻の巣だとか頭の中に蜘蛛の卵だとか、そーゆー気持ち悪い系?」
依頼の内容を聞いて、不死川苦役(CL2000720)はえらいハイテンションでそう言った。楽しそうである。
「ムカデの妖……しかもそれが耳から出てくるだなんて、考えただけでもぞっとするわね」
「耳ん中に百足型の妖ねぇ……うっへぇ、気持ちわりぃなぁオイ」
「ぎょえぇぇぇぇっ! 耳が! 耳がぁっ!! 話を聞いてるだけで耳がムズムズしてくるのです!」
『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)、藤倉隆明(CL2001245)、ゆかり・シャイニング(CL2001288)は露骨にイヤそうな顔をした。ゆかりなどは両耳を塞いで悶絶している。
「……というか、どうやって耳の中入るの?」
「妖にそれ訊くのは野暮ってもんさ。どういう理屈か入ってる。だから怖いのさ」
わりと冷静な『彼誰行灯』麻弓紡(CL200623)の呟きに、久方相馬がそう答える。ふうん、と応え、紡は相馬に背を向けた。歩き出す。
「でもまあ、小さいなら作戦は簡単だね。――耳から出てきたところを逃がさないように取り囲んで、総攻撃だ」
「てか大丈夫なのかな! 卵とか産み付けられてたら大変じゃね? じゃね!? うっわやべえマジ怖ェ!! 俺これからムカデ見つけたら絶対踏みつぶしにかかるわ!!」
「そういや最近耳掃除なんざしてねぇな……仕事終わったら試しに頼んでみるかねぇ」
「ちなみにゆかり、小学生のころ耳に蚊が入って地獄を見ました! 嫌な事件だったね……」
思い思いのことを言いながら覚者達がオフィスを出て行く。「自由な連中だなあ」呟き、相馬は彼らの背中に手を振る。
――と。「?」
「……」「……」
残っていたありすと目が合った。一瞬の間。
「……何よ。別に、怖くないわよ。ただ、見たくもないだけよ」
「何も言ってねえよ」
「……ふん」
ため息を吐き、ありすもオフィスを出て行く。相馬は肩を竦め、
ころり。「あ」
「やっべえ奥に転んだ。耳かき耳かき……」
自分の耳の奥でした音に、慌ててデスクを探り始めた。
●
「……?」
夜。マンションの前までやって来たカナは、その門前に見慣れない少女がいるのを見て眉を顰めた。12歳ぐらいの金髪の少女。――ちょっと気になる。気になるが、仕事優先だ。カナは小走りに通り過ぎようとした。
「ちょっと、待って」
「?」
少女――紡が、カナの前に立った。カナは足を止め、紡を見下ろす。「――どうかしたの?」
「お店から、代理を頼まれてきました。交代しましょう」
「……代理?」
カナは紡をまじまじと見る。――12歳前後に見える。カナは笑い、屈んで紡に目線を合わせる。
「悪いけど、そういうイタズラには引っかからないよ。お母さんは? ひょっとして、迷子かなんか?」
「あー……分かりにくいかもしれないけど、私、一応ハタチなんだけど」
「え? そうなの?」
「うん。これ学生証」
紡はカナに学生証を見せる。カナはそれを確認し、もう一度紡を見る。「……交代?」
「うん」
「うーん……」
カナは唸り、やがて小さく頷いた。
「ちょっと待って。いちおう店に訊いてみる」
言って、周囲を見回す。近くに公衆電話を見つけ、小走りに近寄る。紡はため息を吐き、その後を追った。
「――待って」
「?」
袖を掴まれ、カナは足を止めて振り返る。「分かった。正直に話すよ」
「……正直に?」
「私は《F.iV.E.》から来た覚者《トゥルーサー》。情報公開されたから知ってるでしょ? このマンションはこれから戦闘区域になる。だから入らないほうがいいの。店に電話するのはいいけど、マンションに入るのはやめて」
「……」
カナは紡をまじまじと見て、やがて口を開いた。「一個、教えて」「?」
「氏原さんは? 避難とかしてるの?」
「……ううん。まだ中にいる」
「……分かった」
言って、カナは紡の手に触れる。「私も連れてって。あの人、大事なお客さんだから」
「……いや、出来れば、避難を」
「貴女のこと、全部は信用できない。氏原さんの安否を確認したら、一緒に避難する。一人増えても大して変わらないでしょ?」
言って、カナはマンションへ歩きだした。紡はその背を見つめ、「……百点満点、とはいかないか」呟き、カナの後を追った。
「地上の愛と平和のため、妖と日夜戦う《F.i.V.E.》の一員、ゆかり・シャイニング! あなたのお部屋に今、参上!」
「……何故?」
玄関を開けるなり元気にそう言い放ったゆかりに、氏原は端的に自分の疑問を投げかけた。なんでそんなワケの分からない人が俺のお部屋に参上するんだ。「このお部屋で妖が発生すると夢見さんに聞いたので、助けにきました! ところで……最近耳の奥が妙にムズムズしたりしてませんか? なんかいつもよりゴロゴロしてるっていうか!」
はきはきとした、しかもけっこう的を得ているゆかりの言葉に氏原は目を丸くし、頷く。「……する。今日は特に酷くて、それで専門家を呼んだんだ。え、なんだって? 妖の仕業?」
「そうです! それはただの耳クソじゃありません! 放っておくと大変なことになります! よかったら、ちょっと私に耳を見せてください! こっちの!」
言って、ゆかりは自分の左耳を指差す。氏原は頷き、言われるまま自分の左耳をゆかりに寄せる。ゆかりはその耳を覗き込み、「ぴとっ」「うお」次に自分の耳を氏原の耳にくっつけてみた。――しばらく待つが、何も起きない。ゆかりはんー、と唸って耳を離した。
「自発的に移動はしないみたいですね。やっぱり、かき出すしかないのかなあ」
呟くようにゆかりが言うのとほぼ同時に、来客を告げるチャイムが鳴った。
「あ、カナちゃんかな……」
「いえ、違うと思います。たぶん、私の仲間です」
ゆかりはそう言って、覗き穴からドアの向こうを見る。やっぱりそうだ、と呟き、ドアを開ける。「お疲れ様です、紡さん!」
「……ゆかりちゃん、ごめん。いっこ、問題が」
「? 問題?」
紡の言葉に目をぱちくりし、ゆかりは開けたドアの向こうに首を出す。「……あ」
「……どーも」
「……来ちゃってる」
カナはゆかりと会釈を交わし、ドアの中を覗き込んだ。「カナちゃん」「ああ、よかった――氏原さん、大丈夫ですか?」
「う、うん。今のところは――それで、君達、これからどうするんだい?」
「……貴方の耳の中に、妖がいる。それをかき出して、退治する」
「あ、じゃあ私が」
「いやいやいや! それじゃ私達が来た意味ありませんから!」
「ゆかりちゃんの言う通り。バケモノが出てくるからね。私がやるよ。――というわけで氏原さん。お出かけの支度をしてくれる? 外寒いし」
「え? ――外でやるのかい? 耳かきを?」
氏原の問いに、紡は頷く。「ここでやったら、部屋が汚れるもの」
マンションから出てきた四人は、その玄関先で時間をずらしてきた隆明、ありすと合流した。「よお」「……こっちよ」隆明が軽く手を挙げ、ありすは一瞥くれただけでさくさく歩き出す。
「に、人数多くないかい……?」
「小さいといえど妖だからね。油断は出来ないよ」
「よお、災難だな兄ちゃん。んで、耳ん中にんなもんが居るってーのはどんな感じだ? ん? おにーさんに教えてくんね?」
尻込みし始めた氏原に紡が言い、隆明は氏原に馴れ馴れしく肩を組み、笑顔でそう問いかける。「べ、別に……ただ、でかい耳クソだなと思ったぐらいで……」「ふうん。特に身体に異常は無えってか。するとますます分からねえ。何が目的で潜り込んでんだ?」
「ありすさーん、いい場所ありましたー?」
ゆかりが小走りにありすに追いつき、問いかける。「?」ありすは両手で自分の耳を塞いでいた。聞こえていない。ゆかりはちょいちょいとその腕を指でつつく。ありすはゆかりを見て、片手を半分だけずらして「何?」と訊き返した。
「えーと……いい場所、ありました?」
「この先の公園で、不死川クンが結界張って待ってるわ」
「なるほど。……ありすさん」
「何よ」
ゆかりはちらりと後方の氏原たちを見やり、ありすに向き直る。
「虫とか、苦手なんですか?」
「苦手じゃないわ。気持ち悪いだけよ」
「一般的には、それを苦手って言うんじゃないですか?」
「……」「……」
ありすは答えず、ぱたんと耳に蓋をした。
●
「まー俺も可愛さじゃ定評があるけどさー。いきなり俺みたいなイケメンがお部屋に行ったらビックリしちゃうもんなー。分かる分かる!! しゃーねえからココは華を譲ってやったわけなんだぜ! うわ俺凄いカッコ良い事言った! な、言ったっしょ! コレ決まったでしょコレ!」
「はいはいカコイイカコイイ」
公園に着くなり駆け寄ってきた苦役を、ありすはそう言ってクールにあしらった。背後のメンバーを振り返る。「で、誰がやるの? 誰もやらないならやってあげるけど」
「あれ。やってくれるんですか? ムカデ出てくるかもですよ?」
「だから、誰もいないなら、よ」
「じゃあ、もし無理ならお願いするよ。まずはボクから、かな」
言って、紡は持参していたピクニックマットを公園に拡げ、「あと、一応、ね。くるりん、と」《演舞・清風》を使用し、そこに正座する。
「……じゃあ、氏原さん。どうぞ」
言って、自分の膝をぽんぽんと叩いた。
「こ、ここで……? なんか、照れるね」
「……それはこっちも同じ。さっさと済ませよう」
「じゃあ、えーと……カナちゃん、行ってきます」
「どうぞー?」
「う、なんか怒ってるかい……?」
「どーだか?」
口調は怒っているが、カナの顔はにこにこしている。よく分からない。氏原は小さくため息を吐き、「失礼します」と言って紡の膝に頭を乗せる。
「じゃ、行くよ」
耳かきを構え、紡はそれを氏原の耳に差し込む。――暫し、静かな時間が流れる。「……おお」
「気持ちいい……お上手ですね」
「同居人で練習してきたから、ね」
氏原の感想に、紡はそう答える。カナは真顔でふむ、と小さく唸った。
「うっし! んじゃそろそろ準備しますか!」
「時間はかけたくないわね。速攻でいきましょう」
「ではではゆかりも! シャイニング・エナジー・ロックオフ!」
苦役が《錬覇法》、ありすとゆかりが《醒の炎》で自己強化を行う。「――ん」「? な、何か?」紡が耳かきを止め、氏原が横目で問いかける。
「来る」
「え」
突然、30センチ前後の巨大な百足が氏原の耳から飛び出した。カナが息を呑み、百足は真っ直ぐ紡に向かって飛ぶ。直撃。無防備な態勢に至近からの不意打ち。百足の巨大な顎が紡の喉笛に突き立ち、咬み裂いた。鮮血が舞い、落ちる。
「ひ、ひえええ!?」
「紡さん!」
「やれやれね――!」
ありすとゆかりが攻撃態勢に入る。――だが、攻撃を躊躇った。倒れた紡が近い。誤射の虞がある。「おおっと、まずは俺だぜ!」苦役が《香仇花》を放った。命中。苦役の手に顕れた花の香気が百足を捕らえ、百足は苦しみながらも素早い動きでその場を離れる。「おおっと待ちな」その進路を阻むように隆明が立ち塞がった。周囲に味方がバラけている以上、銃は使えない。面倒だが、ここは直接攻撃――!
「うるぉあああああ!」
百足に狙いを定め、ナックルを嵌めた拳を振り下ろす。命中。しかし直撃には至らない。百足は地を割る勢いの隆明の拳に宙返りして受身を取り、さらに距離を置こうと逃走する。「くそ! どうもカス当たりしかしねえ! サイズが小さいからか――?」
「しかし、距離が離れたなら!」
「狙い撃ちですね! くらえ、デコビイイイイイム!」
「俺も続くぜ!」
ありすの《火炎弾》、苦役の《棘一閃》、ゆかりの《破眼光》が一斉に百足に放たれる。爆発。宙に舞った百足が地面に背中から落ち、わしゃわしゃと苦しげに足を動かした。倒れた百足に隆明が近づく。「……まだ、生きてるな」
「仕方無え。的が小さいんじゃイマイチ決まらねえが……奥義・圧投でひと思いに葬ってやるぜ」
言って、隆明は百足を拾い上げた。その腕に力を込め
「!?」
ようとした瞬間、百足がぐるりと身を捻って隆明の腕に纏わりついた。そのまま隆明の掌を脱し、腕を駆け上がり、喉笛を狙う。「く、くそ――!」身体を捻って百足をかわしつつ、隆明は逆の手で百足を掴んで地面に叩きつけた。百足はまたくるりと身を捻り、地面を走り出す。「またカス当たりか!」
「うは、しぶてーじゃん! ちょっと燃えてきた!」
「藤倉サン、離れて!」
「ボクもいこう。召雷」
苦役とありす、そしてダウンから復帰した紡が再び攻撃する。百足は辛うじてかわすが、その動きは明らかに精彩を欠いている。棘をかわしたところに炎と雷が掠め、百足の足が止まる。
「もらいます! 火炎爆さーーーーい!」
《炎撃》。前進したゆかりが炎を纏った《シャイニング☆アックス》を振り下ろす。命中。百足の身体が真っ二つになり、炎に巻かれて燃え尽きた。
●
「ど、どうもありがとうございました……」
「氏原さん、耳大丈夫?」
戦闘終了後、五人に礼を言う氏原をカナはそう気遣った。氏原は苦笑しながら頷く。「大丈夫だよ。今のところは。……まあ、いい気分ではないけどね。あんなものが入ってたと思うと」
「んーよく分かんねえけど、気になるんなら病院行けばいんじゃね?」
「やれやれ、終わったか。……しかし、微妙に嫌な事件だったな。気にしだしたら俺も耳かゆくなってきたぜ」
「じゃあ、やってあげようか?」
隆明の言葉に、紡が悪戯っぽく笑う。戦闘を終えた彼らは公園のベンチに座り、紡が持参したお茶を飲んでいた。「うーむ……中学生じゃあ、俺が楽しくねえしなあ」
「ボクはハタチだっつーの」
「自分でやんなさいよ。――私も耳かきしたくなってきたわ。さっさと帰りましょう」
「うぅー、まだ耳の中が気持ち悪い気がします……私も帰って綿棒で耳かきです! では氏原さん、どういたましてー!」
言って、ありすとゆかりがベンチを立ち、他の覚者達も続いて家路に着いた。「あ、カナちゃんに電話番号聞いてねえ!」「自分でやんなさいってば」
「さ、颯爽と去っていくなあ……僕達も、帰ろうか」
「うん」
氏原とカナもマンションに戻る。――奇妙な夜が、また一つ幕を閉じた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『プロ用耳かき』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
