愛が迷ふ場所
「この山に入った者が酷く傷付いて、山の中で倒れている事があるんだ」
関東地方のとある山。その麓に住む老人から、そんな話を聞く。
話せるようになってから何があったのかを聞いても、「山奥で道に迷った」――そこまでしか話さない。
山にある植物か何かで傷付いたのかとも思うが、まるで刃物で斬られたように深く鋭い傷なのだ。
「いつか、死人が出そうでな」
何があったのかを知りたいのだと老人は言う。
そうしたら、山に入る者達に忠告が出来る。
これこれだから気を付けろよ、と。
「もし、あんたらが山に入るなら。何かを体験したなら、教えてくれ」
山を見上げ、そう呟いた。
原因が何なのか調べようと山へと入ったF.i.V.E.の覚者達は、夕刻、ずいぶん歩き回った山の奥深くで一軒の屋敷を見つける。
「こんな処に?」
「立派な日本家屋?」
顔を見合わせ首を傾げ合って、木の門を潜った。
「すみません」
「どなたかおられませんか?」
中へと入れば、人の気配は感じられない。けれども囲炉裏では火がパチパチと燃えているし、塵1つ落ちていない床は、誰かが丁寧に掃除をしている証拠だろう。
「お邪魔します」
履物を脱ぎ、上がった。
古く広い屋敷を手分けして、家の中を調べていく。
それは、同時。
それぞれが足を踏み入れた、部屋で起こった。
背を向け座る人影。声をかけようとすれば、その人物がゆっくりと立ち上がっていく。
「え……」
驚いたのは、その後姿に見覚えがあるから。
この場に、いる筈のない人物で――。
振り返ったのは、愛しき人。
光宿さぬ瞳で、ただ、こちらを見てくる。
ふと気付けば、相手の手には小太刀が握られていた。
鞘を、抜いて。一歩近付いてくる。
「やめろ、なんで――」
背後の襖を開こうと手をかけるが、襖はびくともしない。相手の背後の障子が、夕刻の紅色に染まっていた。
「ねえ、死んでよ。もしくは、殺して――」
相手の言葉に、首を横に振る。
出来る訳ない、出来る訳ない。
だって、愛しているのに……!
いつの間にか。
相手が本物と、知らぬ間に思い込んでいた。
相手が偽物と、疑う事はもうない。
出来る訳ないと叫び続けるその前で、相手が小太刀を振りかぶっていた。
関東地方のとある山。その麓に住む老人から、そんな話を聞く。
話せるようになってから何があったのかを聞いても、「山奥で道に迷った」――そこまでしか話さない。
山にある植物か何かで傷付いたのかとも思うが、まるで刃物で斬られたように深く鋭い傷なのだ。
「いつか、死人が出そうでな」
何があったのかを知りたいのだと老人は言う。
そうしたら、山に入る者達に忠告が出来る。
これこれだから気を付けろよ、と。
「もし、あんたらが山に入るなら。何かを体験したなら、教えてくれ」
山を見上げ、そう呟いた。
原因が何なのか調べようと山へと入ったF.i.V.E.の覚者達は、夕刻、ずいぶん歩き回った山の奥深くで一軒の屋敷を見つける。
「こんな処に?」
「立派な日本家屋?」
顔を見合わせ首を傾げ合って、木の門を潜った。
「すみません」
「どなたかおられませんか?」
中へと入れば、人の気配は感じられない。けれども囲炉裏では火がパチパチと燃えているし、塵1つ落ちていない床は、誰かが丁寧に掃除をしている証拠だろう。
「お邪魔します」
履物を脱ぎ、上がった。
古く広い屋敷を手分けして、家の中を調べていく。
それは、同時。
それぞれが足を踏み入れた、部屋で起こった。
背を向け座る人影。声をかけようとすれば、その人物がゆっくりと立ち上がっていく。
「え……」
驚いたのは、その後姿に見覚えがあるから。
この場に、いる筈のない人物で――。
振り返ったのは、愛しき人。
光宿さぬ瞳で、ただ、こちらを見てくる。
ふと気付けば、相手の手には小太刀が握られていた。
鞘を、抜いて。一歩近付いてくる。
「やめろ、なんで――」
背後の襖を開こうと手をかけるが、襖はびくともしない。相手の背後の障子が、夕刻の紅色に染まっていた。
「ねえ、死んでよ。もしくは、殺して――」
相手の言葉に、首を横に振る。
出来る訳ない、出来る訳ない。
だって、愛しているのに……!
いつの間にか。
相手が本物と、知らぬ間に思い込んでいた。
相手が偽物と、疑う事はもうない。
出来る訳ないと叫び続けるその前で、相手が小太刀を振りかぶっていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖『迷ひ家』からの脱出。
2.半数以上が勝利する。
3.なし
2.半数以上が勝利する。
3.なし
宜しくお願いします。
愛する相手との戦い。
傷を負う事なく、は、難しいのかもしれません。
以下の補足をよくお読みの上で、ご参加をお願い致します。
●追加説明
調査に入った山の奥で、皆様が入ったのは多種ある『迷ひ家』の内の1つです。
この迷ひ家の能力で、皆様は目の前に現れた人物をその人本人だと必ず思い込まされています。
1つの部屋に、1人ずつ。必ず1対1の戦い、となります。
相手は、すでに亡くなっている相手である場合もあります。が、迷ひ家の能力により相手が死んだという記憶が消え失せている為、相手が生きていると思い込んでいます。
これらの思い込みは、迷い家から脱出できた時点で消え、正しい記憶に戻ります。
相手が例え覚者である等本物は他の武器を持っている場合でも、迷ひ家で現れた相手は小太刀で攻撃してきます。
●迷ひ家からの脱出方法
全員の戦闘が終了した時点で迷ひ家からは脱出でき、迷ひ家・相手は姿を消します。
(脱出は出来ますが、半数以上が勝利していない場合、依頼は失敗、となります)
●プレイングに書いて頂きたい事
・相手の名前と関係(恋人・家族・親友等)、相手の口調、性格や特徴を簡単に。
(相手が話す事の指定は出来ません。性格により多少変わりますが、ほとんどが「死んで」「殺して」あたりを言ってきます)
・相手にかける言葉。
・相手への想い。殺すという事への葛藤。どういう状況になればトドメをさせそうか、最後までトドメをさせそうにないか、等。
※マスタリング判定により、プレイングで希望した結果にならない場合もあります。ご了承下さい。
※万が一白紙であった場合、現れるのは自分自身と致します。他の参加者のうちで1番重い傷を負った方と同様の傷を負う事になります。ご注意下さい。
●相手の攻撃
・上段からの振り下ろし 物単近 BS『出血』
・下段からの斬り上げ 物単近 BS『出血』
・突き 物単近 BS『流血』
●戦闘場所
時間帯は夕刻。20帖の部屋。天井までは3メートル。
戦闘が終わるまで部屋の外には出られず、他の参加者とも会う事はありません
(リプレイは部屋に入った後、相手を本物と思い込んだ処から始まります)
以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/7
7/7
公開日
2016年01月22日
2016年01月22日
■メイン参加者 7人■

●
菊坂 結鹿(CL2000432)の鼓動は、ドクンッと大きく乱れる。
夕刻の眩しい光を背に受け立つ相手の、幾らも年上だろうその顔が、己によく似ていたから。そして母譲りと聞かされていた茶色の大きな瞳と、相手のそれがあまりにも――。
会いたくても会えなかった、母なのだと判った。
「あ、あのっ! お、お母さん……」
優しく微笑む相手へと駆け寄れば、縦に風が走った。
途端灼熱を持った体をよろめかせ、結鹿は相手を見返す。
「え……?」
「……シン!」
黒髪に紫眼の青年に、新咎 罪次(CL2001224)は笑顔を浮かべた。
「今日寒かったなー。晩ゴハンどーする? オレ肉がイイー!」
あまりにも親友が、以前と同じ笑顔であったから。
自分も普段通りに話しかけ、前へと立った。
少しの、躊躇いもなく。
小太刀が振り下ろされる。
え? と。我が目を疑った。
「……シン、なんで?」
信じられぬ思いで見返した罪次の前で、相手は刃に指先を滑らせる。
「なあ、死ねよ」
突き出された刃が、腹部を抉った。
「シ……」
痛みの所為ではなく、罪次の頬を一筋の涙が流れてゆく。
斬られた体を折るようにして、『愛求める独眼鬼』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)は左目を見開き、相手を凝視していた。
「お母さん……お父さんは? その小太刀は? ……どうして攻撃するの?」
なんで、と零し、けれども己の心が答えを出してしまう。
「わたし、悪い子だから? お母さんとお父さんの言いつけ破って……お外出て悪い人達に捕まっちゃったから? お父さんとお母さんを困らせたから? ……それで怒ってるだよね?」
長い黒髪に黒角を生やす古妖『鬼子母神』は――育ての母は、慈愛を含む微笑を浮かべる。
下におろされた小太刀が斬り上げ、鈴鹿の血を散らせた。
婚約者の突然の登場に戸惑いを拭えない『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)は、すでに幾度か受けている傷を押さえながら、周りを見回す。
妖に操られているのではと思ったのだ。
それ以外に、婚約者の百合がこんな事をしてくる理由がない。
けれども妖はおらず、相手は小太刀を収めようとしない。
「どうしてこんな事を……」
「死ねないのなら、殺して」
「そんな事出来るわけがないだろう」
目を剝いた己の胸へと、コツンと額をあててくる。
次の瞬間、腹部深くへと押し込まれる刃を感じた。
「なら、死んで」
斬りつけてくる攻撃をかわした『ヒカリの導き手』神祈 天光(CL2001118)の腕を辿り、既に受けていた傷口からの緋の滴がポタリと畳に落ちる。
(……い、一体どういう事でござろうか)
会った事がない筈の蒼袴姿の巫女に対し、酷く刀を振るう事を躊躇う自分がいた。
それでもこのままでは持たないと、体力強化を己に施す。
相手の斬り上げる刃の切先が、己の体を滑るように走った
「やめるでござる、拙者達が闘う意味がまるでないでござるよ!」
掌を突き出した天光は相手の赤い瞳を見返す。
長い紺色の髪を揺らし、小太刀を上段に構えたままで奇怪な笑みを浮かべた。
「ふふ、ふ……死んで」
もう諦めたっていうか……。
夕陽の光を背後から金髪に受け反射する20代後半程の青年を見て、『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)は、溜め息のような吐息を洩らす。
お店も今後の人生も1人で頑張っていこうって、気持ち切り替えてたのに。
繊細そうでいて、自称は街1番の夢想家。
一緒に喫茶店を作って夢を追いかけてたのに、突然行方眩ませちゃって。
「……死ぬ? それとも殺すかい?」
ドンッと腹部を刺され、ころんは相手を見返す。
すぐ近くで見返してくる相手――ジュンヤが発しているのは、紛れもない殺気。
斬り上げる一撃を避けて、覚醒した。
大人の妖艶な姿に変わる。けれども攻撃出来ず、河内の毒衣を纏うのが精一杯だった。
葛野成海が小太刀を振るうと、着物の袖が揺れる。
現れた相手に驚いていた『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は、刃が裂いた己の胸に手を触れ目を剝いた。
「ああ……まさか貴女までも僕に殺意を向けるのですか、母様。あんなに僕を庇い、慈しみ……愛してくれた貴女が……僕を裏切るんですか?」
自身の娘が覚者として異形の姿になってなお、慈しみ愛したあなたが。
「死んで、ね、泰葉」
更に斬り上げてきた母に、血が飛ぶのも構わず泰葉は笑いを吐く。
「……ククク……アハハ! 笑いが止まりませんよ、母様! 感情を認識できなくなって早数年、けどこの吐き気を催すナニカ……この感情は何でしょう? 失望? 絶望? ……それとも愛憎? 貴女が敵になるというなら僕は……俺は容赦しない」
左腕と両脚を更に猫のそれへと変化させた泰葉は、ナックルをはめた手に拳を握る。猛の一撃を、繰り出した。
●
「ごめんなさい! 今度から言いつけ破らないから! だから……」
攻撃に耐え懸命に訴える鈴鹿に、鬼子母神の後鬼は愛しげな瞳を向ける。
ツイと静かに踏み込むと、刃を娘の腹へと沈めた。
「……せっかく、会えたのに! 抱きしめてほしいの! 愛してるって……また撫でて欲しいの……」
血に塗れた、震える手で鈴鹿は母の頬へと触れる。
重ねられた手が、ゆっくりと頬から手を剥がした。
「なんで……」
刃を娘の体から引き抜き再び構えた母に、鈴鹿は泣きながら人魂を吸収する。第三の目を開眼し祓刀・大蓮小蓮を抜いたが、振るう事は出来なかった。
振り下ろされた刃に、崩れ落ちる。
けれども命数を使い、鈴鹿は再び辛い戦場に立ち上がった。
「死ね、つってんだろ」
斜め上へと薙がれた刃を、転がるようにして罪次は避ける。
「何でそんなこと言うの! 約束したじゃん! もう誰にも殴らせないって、オレのことイジメるやつは殺してくれるって」
「うっせーな。嫌なら俺を殺せよ」
その言葉に、動きを止めた。
今まで以上の涙が、溢れてくる。
「絶対ヤダ!」
睨む瞳に、ニヤリとシンは口角を上げた。
「じゃあ死ね」
振り下ろされる刃が、体を斬り裂く。
(どうして? どうして、お母さんがわたしを殺そうとしているの?)
攻撃を受けながら戸惑う結鹿の前で、母は変わらず優しげな微笑を浮かべていた。
斬り上げる刃をなんとか躱して、覚醒し銀の髪と黒い瞳へと姿を変える。
けれど。
物心がつく前になくした母は。菊坂紅葉は――。
元気でちょっとどじっこ。いつも笑顔であったと、そう聞いて育ってきた。
「殺せません……殺せるはずが、ありません」
身を正し護刀『流転』を構えた天光に、巫女は「ほう」と声を洩らす。
「存分に」
殺し合いましょう? とその瞳が言っていた。
繰り出す天光の刃を小太刀で受け留め弾くと、斬りつけてくる。
再び構え斬りかかりながら、天光は己の戸惑いが何であるかを考えていた。
(おそらくは暦の因子――拙者の前世で強く関わった者の姿、であろうな……。何にせよ、女子に手をあげるのは拙者あまり好ましくないでござる)
懐に飛び込むように刃を突き立ててきた巫女を見返せば、相手は間近で笑みを深めた。
(しかし、倒さねばならぬのでござろうな……)
――ああ、確かに。
斬り上げる刃の痛みを感じながら、柾は迸る血の向こうの百合を見つめる。
(百合が死ぬくらいなら自分が死んだほうがいい……)
カチャリと音をさせて、刃が返される。
振り下ろされる小太刀を静かに受け入れようとしていた柾の脳裏に、妹の顔が過ぎった。
(だけど、あいつを残していく事になる)
体が傾ぐ。
無意識に、考えるよりも先に体が避けようとしていた。
避けきれは、しなかったけれど。
ひとつの強き思いが心に湧き出していた。
百合は、たった1人の特別な女性。
――だが。
「あいつは俺が、守らなきゃ」
炎を拳に纏わせ突き出す泰葉に、迷いはない。
「せっかくの機会だ、禁忌たる親殺しをしたら貴女はどんな感情を見せてくれるか! ……そして俺も失われた何かの感情を感じられるかもしれない!」
斬り上げてくる刃も、構いはしない。
ただ敵と見做した相手を殺す。
猛り狂う獣の如く攻撃した泰葉のナックルを、刃が軽やかに受け流した。
「死んでほしいわ。それとも本当に、殺してくれるの?」
おっとりとした口調。だが振り下ろされる刃が、言葉の意味を鋭く知らせていた。
また会いたいかどうかの話をしたら……そりゃ、会いたかったに決まってるの。
ころんは刃の痛みに、相手に与えるダメージに、唇を噛みしめる。
会って、文句のひとつも言いたかった。
(だって、今のままじゃ、ころんだけ一方的に捨てられた感じじゃない)
キャンディケインを両手で握り締め、けれど攻撃出来ずにころんは水のベールで己を包む。
刃がころんの体に沈んで。ジュンヤもまた、苦痛の表情を浮かべた。
●
覚醒した罪次は、20歳の姿に見た目を変える。
「へぇ?」
己の事を映したような罪次の姿に、シンは面白そうに片眉を上げた。
「格好いいじゃん」
クツリと笑って、けれども小太刀で斬り上げてくる。
膝が、折れた。
自分の体力では、これ以上耐える事が出来なかった。
畳へと倒れ込んだ罪次が、命数を使い立ち上がる。
「約束、してくれたよなー。絶対、オレのこと傷つけないって」
斬り上げられた刃に微かに洩れた天光の呻き声を聞いて、女はふふと笑う。
「良い声、ね」
斬りかかった天光の刀を受けても、巫女は笑いながら金の瞳を見返した。
(笑い方や佇まいが隣人の友にも似ていてやりにくい事限りないでござる!)
歯を食い縛れば、更に笑みが深まる。
(因子は……拙者にどうしろと言うのでござろうか……)
全力で攻撃するのを拒否されているような気がして仕方がない。
斬りかかった刃を躱され、小太刀が体を裂いた。
斜めに走った小太刀に、結鹿は畳へと倒れる。命数を使い立ち上がって、距離を取った。
黒き瞳で、母としばらく見つめ合う。
「お母さんに会えてうれしい、いてくれたら失くした時間も取り戻せると思う……。でも、一緒に暮らすことはできないし、死ぬことなんてもっとできない!」
決意を胸に、言い切った。
「だって、わたしはもう向日葵の娘なんだもん。わたしが死んだら家族が悲しむ……だから死ぬわけにはいかないの」
今までは、攻撃出来なかった。
けれども家族への想いが、蒼龍を構えさせた。
駆け寄って畳を槍のように隆起させた結鹿には、もう1つの想い。
(全力でぶつかって、お母さんに今のわたしを見てもらいたい……)
癒しの滴で体力を回復した鈴鹿を、母の小太刀が貫く。
血がポタリポタリと、畳へと落ちていった。
涙で滲む瞳で見上げれば、母の瞳からも涙が流れているように見える。
そして黒角のイヤリングの淡き輝きに、気が付いた。
「……ッ! ……嫌なの。……お母さんが泣いて悲しむくらいなら……わたしが祓うの!」
決死の覚悟で繰り出した飛燕が、急所を狙った。
母親の突いた刃が、ゆっくりと引き抜かれる。と同時に、泰葉が崩れ落ちた。
畳へと広げた血の海の中、手を付いて。
何事もなかったように、命数を使った泰葉が起き上がる。
「貴方の体力も残り多くはないでしょう」
金の瞳が、母を見据えた。
「という訳で。僕の好奇心とけじめの為に死んでください」
目にも留まらぬスピードで、拳を繰り出した。
カウンターは与えられていたものの、攻撃出来なかったころんは斬り上げた刃に倒れる。
命数を使い立ち上がった。
「ころんはもう昔のころんじゃないの。心中なんて絶対イヤなの」
決意を秘めた瞳が、ジュンヤを見つめる。
桃の瞳は、突き出された相手の刃に悲しみの色を宿した。
「……戦うの」
香仇花の匂いが、青年を取り巻く。
刃を受けながらも、柾は可能な限り避け、冷静に現状を振り返ろうとしていた。
(ここはどこだ。なんで俺はここにいるんだ)
ゆっくりとは、考える間を彼女は与えてくれない。
百合の斬り上げてくる小太刀を避けて転がった体に、切先が迫る。
深く沈む刃に血が流れ、柾は目を見開いた。
「殺さないと、死んでしまうのよ」
いつだって、強かった彼女。
何かがおかしいと見返した瞳が、強く、綺麗に微笑む百合を映す。
「あなたが死なない為に、私を殺して」
●
突き出す刃を受けた天光は、相手へと斬りかかる。
体力が減っているのはお互いに。
次か、その次かで、決着がつくと思えた。
不意に、赤い瞳を細めた巫女が両手を広げる。
「――さあ、殺して。ねえ」
奇怪に見えていた笑みが、その時ばかりは美しく思えた。
繰り出した斬撃に血を飛ばし、巫女が仰け反る。その背を思わず支えた。
「私、好みの……良い、顔」
自分がどんな表情をしているのかは判る。
最期まで。巫女は愉悦の笑みを浮かべたままで、瞼を閉じた。
一撃では倒せない。
振り下ろされる刃を避けて、鈴鹿は再び飛燕で攻撃する。
母が悲しげに首を振った次の瞬間、胸へと鋭い痛みが走った。
小太刀の鍔から、鈴鹿の血が滴り落ちる。
崩れようとする腰を、母の手が支えた。
見上げた顔に、ポタリと温かなものが落ちる。幾つも続くそれは、確かに母の涙であった。
「鈴鹿……」
「お母さん……わたしは、お母さんと……一緒、に……」
腰に当てられた手に、力が込められる。
刃が、更に深くへと沈んでいった。
幾筋も血を流しながら、結鹿は畳を鋭く隆起させる。
何度も自分の攻撃が母を傷つける場面を見て、最期の時は来た。
「あなたはやっぱり、茶色の方が似合うわ」
震える手で頭に触れ言ったそれが、瞳の事だと判ったから。
「お母さん……!」
1度だけ結鹿を撫でて畳へと倒れた母の前で、娘は姿を元に戻す。
微笑んで、母は静かに瞼を閉じていった。
シンが振り下ろす刃を受けた罪次は、鉄パイプを強く握る。シンから貰った宝物。錆びない鉄の柱。
けれども攻撃は、出来なかった。
「シンが約束破ったコトなかったじゃん」
それでも容赦のない突きが、腹部へと刺さる。
「バカだろ、罪次。だからヤられんだぜ」
流れ出る血と共に力が抜けて、立っていられない。
畳へと仰向けに倒れた罪次は、涙を流しながら親友を見上げた。
「殺せねーよ、シン」
「強くなれよ罪次。もう、守ってやれねぇ」
更に刃を突き立てたシンが、笑顔で見下ろしてくる。
「弱いオマエは、キライだぜ」
目にも止まらぬスピードで泰葉は打撃を与え、母の攻撃にも揺らぐ事はなかった。
掌を、母の左胸へと突き出す。一点に集中させた火力が、爆発した。
「……何の葛藤も悲しみも、感じないとは……いよいよ俺も壊れてるようですよ、母様。……でも俺が世界で1番愛していたのは貴女です……母様」
倒れる頭が畳に当たる前に、掌を差し込む。
不意に流れた涙が、母の瞼の上に落ちた。僅かに開いた目が、ゆるり笑む。
「……おやすみなさい、母様。良き死出の旅路を」
避けても、斬りかかってくる。
百合は大切な人だ。
殺せるはずがない。しかし、死ぬ訳にもいかない。
柾には、避ける事しか出来なかった。
しかしずっとそうしていられる筈もなく。最期の時は、やってきてしまう。
振り下ろされた刃を受け、背が襖にぶつかった。
ずるりと落ちてゆくのを許さずに、ドンッと刃が胸を貫く。
「柾さん。こんな所で死んだら、誰が彼女を守るの?」
ゆっくりと沈む刃と共に、百合が告げた。
「もう、迷わないで。迷ってきては、だめよ」
震える唇で、最後の微笑を浮かべた。
これで何度目か。部屋の端まで駆けたころんは、振り返り波動弾を飛ばす。
それは出来れば、苦痛の顔を見たくなかったから。けれどどうしても、苦痛は伝わってきてしまう。
よろめきながらも畳を蹴ったジュンヤが、目の前へと立った。
振り下ろしてきた刃が、身を深く斬り裂いて。
ころんはキャンディケインを振りかぶる。
――夢を見なくなったのは、ジュンヤのせい。
けれど会いたかったのは、ちゃんとお別れを言わなきゃ本当の一歩は踏み出せない、そう思ったから。
打撃に崩れ落ちようとする青年を、抱き留める。
「ころん、これからは一人で歩いていけるの。ありがとうございました」
「……かんばれ」
腕の中で、小さな声が答えていた。
●
抱き留めた格好のまま、ジュンヤが、家が、消えてゆく。
山の奥、木々もない空間にいた。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄った結鹿の声をぼんやりと聞きながら、鈴鹿は同族把握で薄れゆく存在を感じ取る。
「古妖、だったんだ……」
「なるほど。古妖・迷ひ家、でござるか」
自分を助け起こす天光の言葉に、柾もそうか、と思った。
百合が妖に殺された事を忘れ、彼女を疑う事が出来なかった訳だ。
古妖の能力ならば、簡単に破る事など出来ぬのだろう。
結鹿は母が、物心つく前に亡くなっている事を思い出していたし、泰葉も自分を庇い死亡した母の事を思い出していた。
「帰ったら……シンと晩ゴハンの相談しねーと」
地面に寝転がったまま笑顔でいた罪次も「あ」と声を洩らし、死んでんだっけ、と心の中で呟いた。
(きっと本物にもすっきりした気持ちでお別れを言えるかも)
思うコロンと一緒に罪次に手を貸した泰葉は、「お爺さんに報告を済ませますか」と口角を僅かに上げる。
(実はお爺さんが『迷ひ家』の黒幕だったりして!)
そんな迷推理を思いつきながら、仲間と共に歩き出す。
黒幕とは可哀想だが、迷い家の事をまったく知らないとは、思えなかった。
菊坂 結鹿(CL2000432)の鼓動は、ドクンッと大きく乱れる。
夕刻の眩しい光を背に受け立つ相手の、幾らも年上だろうその顔が、己によく似ていたから。そして母譲りと聞かされていた茶色の大きな瞳と、相手のそれがあまりにも――。
会いたくても会えなかった、母なのだと判った。
「あ、あのっ! お、お母さん……」
優しく微笑む相手へと駆け寄れば、縦に風が走った。
途端灼熱を持った体をよろめかせ、結鹿は相手を見返す。
「え……?」
「……シン!」
黒髪に紫眼の青年に、新咎 罪次(CL2001224)は笑顔を浮かべた。
「今日寒かったなー。晩ゴハンどーする? オレ肉がイイー!」
あまりにも親友が、以前と同じ笑顔であったから。
自分も普段通りに話しかけ、前へと立った。
少しの、躊躇いもなく。
小太刀が振り下ろされる。
え? と。我が目を疑った。
「……シン、なんで?」
信じられぬ思いで見返した罪次の前で、相手は刃に指先を滑らせる。
「なあ、死ねよ」
突き出された刃が、腹部を抉った。
「シ……」
痛みの所為ではなく、罪次の頬を一筋の涙が流れてゆく。
斬られた体を折るようにして、『愛求める独眼鬼』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)は左目を見開き、相手を凝視していた。
「お母さん……お父さんは? その小太刀は? ……どうして攻撃するの?」
なんで、と零し、けれども己の心が答えを出してしまう。
「わたし、悪い子だから? お母さんとお父さんの言いつけ破って……お外出て悪い人達に捕まっちゃったから? お父さんとお母さんを困らせたから? ……それで怒ってるだよね?」
長い黒髪に黒角を生やす古妖『鬼子母神』は――育ての母は、慈愛を含む微笑を浮かべる。
下におろされた小太刀が斬り上げ、鈴鹿の血を散らせた。
婚約者の突然の登場に戸惑いを拭えない『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)は、すでに幾度か受けている傷を押さえながら、周りを見回す。
妖に操られているのではと思ったのだ。
それ以外に、婚約者の百合がこんな事をしてくる理由がない。
けれども妖はおらず、相手は小太刀を収めようとしない。
「どうしてこんな事を……」
「死ねないのなら、殺して」
「そんな事出来るわけがないだろう」
目を剝いた己の胸へと、コツンと額をあててくる。
次の瞬間、腹部深くへと押し込まれる刃を感じた。
「なら、死んで」
斬りつけてくる攻撃をかわした『ヒカリの導き手』神祈 天光(CL2001118)の腕を辿り、既に受けていた傷口からの緋の滴がポタリと畳に落ちる。
(……い、一体どういう事でござろうか)
会った事がない筈の蒼袴姿の巫女に対し、酷く刀を振るう事を躊躇う自分がいた。
それでもこのままでは持たないと、体力強化を己に施す。
相手の斬り上げる刃の切先が、己の体を滑るように走った
「やめるでござる、拙者達が闘う意味がまるでないでござるよ!」
掌を突き出した天光は相手の赤い瞳を見返す。
長い紺色の髪を揺らし、小太刀を上段に構えたままで奇怪な笑みを浮かべた。
「ふふ、ふ……死んで」
もう諦めたっていうか……。
夕陽の光を背後から金髪に受け反射する20代後半程の青年を見て、『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)は、溜め息のような吐息を洩らす。
お店も今後の人生も1人で頑張っていこうって、気持ち切り替えてたのに。
繊細そうでいて、自称は街1番の夢想家。
一緒に喫茶店を作って夢を追いかけてたのに、突然行方眩ませちゃって。
「……死ぬ? それとも殺すかい?」
ドンッと腹部を刺され、ころんは相手を見返す。
すぐ近くで見返してくる相手――ジュンヤが発しているのは、紛れもない殺気。
斬り上げる一撃を避けて、覚醒した。
大人の妖艶な姿に変わる。けれども攻撃出来ず、河内の毒衣を纏うのが精一杯だった。
葛野成海が小太刀を振るうと、着物の袖が揺れる。
現れた相手に驚いていた『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は、刃が裂いた己の胸に手を触れ目を剝いた。
「ああ……まさか貴女までも僕に殺意を向けるのですか、母様。あんなに僕を庇い、慈しみ……愛してくれた貴女が……僕を裏切るんですか?」
自身の娘が覚者として異形の姿になってなお、慈しみ愛したあなたが。
「死んで、ね、泰葉」
更に斬り上げてきた母に、血が飛ぶのも構わず泰葉は笑いを吐く。
「……ククク……アハハ! 笑いが止まりませんよ、母様! 感情を認識できなくなって早数年、けどこの吐き気を催すナニカ……この感情は何でしょう? 失望? 絶望? ……それとも愛憎? 貴女が敵になるというなら僕は……俺は容赦しない」
左腕と両脚を更に猫のそれへと変化させた泰葉は、ナックルをはめた手に拳を握る。猛の一撃を、繰り出した。
●
「ごめんなさい! 今度から言いつけ破らないから! だから……」
攻撃に耐え懸命に訴える鈴鹿に、鬼子母神の後鬼は愛しげな瞳を向ける。
ツイと静かに踏み込むと、刃を娘の腹へと沈めた。
「……せっかく、会えたのに! 抱きしめてほしいの! 愛してるって……また撫でて欲しいの……」
血に塗れた、震える手で鈴鹿は母の頬へと触れる。
重ねられた手が、ゆっくりと頬から手を剥がした。
「なんで……」
刃を娘の体から引き抜き再び構えた母に、鈴鹿は泣きながら人魂を吸収する。第三の目を開眼し祓刀・大蓮小蓮を抜いたが、振るう事は出来なかった。
振り下ろされた刃に、崩れ落ちる。
けれども命数を使い、鈴鹿は再び辛い戦場に立ち上がった。
「死ね、つってんだろ」
斜め上へと薙がれた刃を、転がるようにして罪次は避ける。
「何でそんなこと言うの! 約束したじゃん! もう誰にも殴らせないって、オレのことイジメるやつは殺してくれるって」
「うっせーな。嫌なら俺を殺せよ」
その言葉に、動きを止めた。
今まで以上の涙が、溢れてくる。
「絶対ヤダ!」
睨む瞳に、ニヤリとシンは口角を上げた。
「じゃあ死ね」
振り下ろされる刃が、体を斬り裂く。
(どうして? どうして、お母さんがわたしを殺そうとしているの?)
攻撃を受けながら戸惑う結鹿の前で、母は変わらず優しげな微笑を浮かべていた。
斬り上げる刃をなんとか躱して、覚醒し銀の髪と黒い瞳へと姿を変える。
けれど。
物心がつく前になくした母は。菊坂紅葉は――。
元気でちょっとどじっこ。いつも笑顔であったと、そう聞いて育ってきた。
「殺せません……殺せるはずが、ありません」
身を正し護刀『流転』を構えた天光に、巫女は「ほう」と声を洩らす。
「存分に」
殺し合いましょう? とその瞳が言っていた。
繰り出す天光の刃を小太刀で受け留め弾くと、斬りつけてくる。
再び構え斬りかかりながら、天光は己の戸惑いが何であるかを考えていた。
(おそらくは暦の因子――拙者の前世で強く関わった者の姿、であろうな……。何にせよ、女子に手をあげるのは拙者あまり好ましくないでござる)
懐に飛び込むように刃を突き立ててきた巫女を見返せば、相手は間近で笑みを深めた。
(しかし、倒さねばならぬのでござろうな……)
――ああ、確かに。
斬り上げる刃の痛みを感じながら、柾は迸る血の向こうの百合を見つめる。
(百合が死ぬくらいなら自分が死んだほうがいい……)
カチャリと音をさせて、刃が返される。
振り下ろされる小太刀を静かに受け入れようとしていた柾の脳裏に、妹の顔が過ぎった。
(だけど、あいつを残していく事になる)
体が傾ぐ。
無意識に、考えるよりも先に体が避けようとしていた。
避けきれは、しなかったけれど。
ひとつの強き思いが心に湧き出していた。
百合は、たった1人の特別な女性。
――だが。
「あいつは俺が、守らなきゃ」
炎を拳に纏わせ突き出す泰葉に、迷いはない。
「せっかくの機会だ、禁忌たる親殺しをしたら貴女はどんな感情を見せてくれるか! ……そして俺も失われた何かの感情を感じられるかもしれない!」
斬り上げてくる刃も、構いはしない。
ただ敵と見做した相手を殺す。
猛り狂う獣の如く攻撃した泰葉のナックルを、刃が軽やかに受け流した。
「死んでほしいわ。それとも本当に、殺してくれるの?」
おっとりとした口調。だが振り下ろされる刃が、言葉の意味を鋭く知らせていた。
また会いたいかどうかの話をしたら……そりゃ、会いたかったに決まってるの。
ころんは刃の痛みに、相手に与えるダメージに、唇を噛みしめる。
会って、文句のひとつも言いたかった。
(だって、今のままじゃ、ころんだけ一方的に捨てられた感じじゃない)
キャンディケインを両手で握り締め、けれど攻撃出来ずにころんは水のベールで己を包む。
刃がころんの体に沈んで。ジュンヤもまた、苦痛の表情を浮かべた。
●
覚醒した罪次は、20歳の姿に見た目を変える。
「へぇ?」
己の事を映したような罪次の姿に、シンは面白そうに片眉を上げた。
「格好いいじゃん」
クツリと笑って、けれども小太刀で斬り上げてくる。
膝が、折れた。
自分の体力では、これ以上耐える事が出来なかった。
畳へと倒れ込んだ罪次が、命数を使い立ち上がる。
「約束、してくれたよなー。絶対、オレのこと傷つけないって」
斬り上げられた刃に微かに洩れた天光の呻き声を聞いて、女はふふと笑う。
「良い声、ね」
斬りかかった天光の刀を受けても、巫女は笑いながら金の瞳を見返した。
(笑い方や佇まいが隣人の友にも似ていてやりにくい事限りないでござる!)
歯を食い縛れば、更に笑みが深まる。
(因子は……拙者にどうしろと言うのでござろうか……)
全力で攻撃するのを拒否されているような気がして仕方がない。
斬りかかった刃を躱され、小太刀が体を裂いた。
斜めに走った小太刀に、結鹿は畳へと倒れる。命数を使い立ち上がって、距離を取った。
黒き瞳で、母としばらく見つめ合う。
「お母さんに会えてうれしい、いてくれたら失くした時間も取り戻せると思う……。でも、一緒に暮らすことはできないし、死ぬことなんてもっとできない!」
決意を胸に、言い切った。
「だって、わたしはもう向日葵の娘なんだもん。わたしが死んだら家族が悲しむ……だから死ぬわけにはいかないの」
今までは、攻撃出来なかった。
けれども家族への想いが、蒼龍を構えさせた。
駆け寄って畳を槍のように隆起させた結鹿には、もう1つの想い。
(全力でぶつかって、お母さんに今のわたしを見てもらいたい……)
癒しの滴で体力を回復した鈴鹿を、母の小太刀が貫く。
血がポタリポタリと、畳へと落ちていった。
涙で滲む瞳で見上げれば、母の瞳からも涙が流れているように見える。
そして黒角のイヤリングの淡き輝きに、気が付いた。
「……ッ! ……嫌なの。……お母さんが泣いて悲しむくらいなら……わたしが祓うの!」
決死の覚悟で繰り出した飛燕が、急所を狙った。
母親の突いた刃が、ゆっくりと引き抜かれる。と同時に、泰葉が崩れ落ちた。
畳へと広げた血の海の中、手を付いて。
何事もなかったように、命数を使った泰葉が起き上がる。
「貴方の体力も残り多くはないでしょう」
金の瞳が、母を見据えた。
「という訳で。僕の好奇心とけじめの為に死んでください」
目にも留まらぬスピードで、拳を繰り出した。
カウンターは与えられていたものの、攻撃出来なかったころんは斬り上げた刃に倒れる。
命数を使い立ち上がった。
「ころんはもう昔のころんじゃないの。心中なんて絶対イヤなの」
決意を秘めた瞳が、ジュンヤを見つめる。
桃の瞳は、突き出された相手の刃に悲しみの色を宿した。
「……戦うの」
香仇花の匂いが、青年を取り巻く。
刃を受けながらも、柾は可能な限り避け、冷静に現状を振り返ろうとしていた。
(ここはどこだ。なんで俺はここにいるんだ)
ゆっくりとは、考える間を彼女は与えてくれない。
百合の斬り上げてくる小太刀を避けて転がった体に、切先が迫る。
深く沈む刃に血が流れ、柾は目を見開いた。
「殺さないと、死んでしまうのよ」
いつだって、強かった彼女。
何かがおかしいと見返した瞳が、強く、綺麗に微笑む百合を映す。
「あなたが死なない為に、私を殺して」
●
突き出す刃を受けた天光は、相手へと斬りかかる。
体力が減っているのはお互いに。
次か、その次かで、決着がつくと思えた。
不意に、赤い瞳を細めた巫女が両手を広げる。
「――さあ、殺して。ねえ」
奇怪に見えていた笑みが、その時ばかりは美しく思えた。
繰り出した斬撃に血を飛ばし、巫女が仰け反る。その背を思わず支えた。
「私、好みの……良い、顔」
自分がどんな表情をしているのかは判る。
最期まで。巫女は愉悦の笑みを浮かべたままで、瞼を閉じた。
一撃では倒せない。
振り下ろされる刃を避けて、鈴鹿は再び飛燕で攻撃する。
母が悲しげに首を振った次の瞬間、胸へと鋭い痛みが走った。
小太刀の鍔から、鈴鹿の血が滴り落ちる。
崩れようとする腰を、母の手が支えた。
見上げた顔に、ポタリと温かなものが落ちる。幾つも続くそれは、確かに母の涙であった。
「鈴鹿……」
「お母さん……わたしは、お母さんと……一緒、に……」
腰に当てられた手に、力が込められる。
刃が、更に深くへと沈んでいった。
幾筋も血を流しながら、結鹿は畳を鋭く隆起させる。
何度も自分の攻撃が母を傷つける場面を見て、最期の時は来た。
「あなたはやっぱり、茶色の方が似合うわ」
震える手で頭に触れ言ったそれが、瞳の事だと判ったから。
「お母さん……!」
1度だけ結鹿を撫でて畳へと倒れた母の前で、娘は姿を元に戻す。
微笑んで、母は静かに瞼を閉じていった。
シンが振り下ろす刃を受けた罪次は、鉄パイプを強く握る。シンから貰った宝物。錆びない鉄の柱。
けれども攻撃は、出来なかった。
「シンが約束破ったコトなかったじゃん」
それでも容赦のない突きが、腹部へと刺さる。
「バカだろ、罪次。だからヤられんだぜ」
流れ出る血と共に力が抜けて、立っていられない。
畳へと仰向けに倒れた罪次は、涙を流しながら親友を見上げた。
「殺せねーよ、シン」
「強くなれよ罪次。もう、守ってやれねぇ」
更に刃を突き立てたシンが、笑顔で見下ろしてくる。
「弱いオマエは、キライだぜ」
目にも止まらぬスピードで泰葉は打撃を与え、母の攻撃にも揺らぐ事はなかった。
掌を、母の左胸へと突き出す。一点に集中させた火力が、爆発した。
「……何の葛藤も悲しみも、感じないとは……いよいよ俺も壊れてるようですよ、母様。……でも俺が世界で1番愛していたのは貴女です……母様」
倒れる頭が畳に当たる前に、掌を差し込む。
不意に流れた涙が、母の瞼の上に落ちた。僅かに開いた目が、ゆるり笑む。
「……おやすみなさい、母様。良き死出の旅路を」
避けても、斬りかかってくる。
百合は大切な人だ。
殺せるはずがない。しかし、死ぬ訳にもいかない。
柾には、避ける事しか出来なかった。
しかしずっとそうしていられる筈もなく。最期の時は、やってきてしまう。
振り下ろされた刃を受け、背が襖にぶつかった。
ずるりと落ちてゆくのを許さずに、ドンッと刃が胸を貫く。
「柾さん。こんな所で死んだら、誰が彼女を守るの?」
ゆっくりと沈む刃と共に、百合が告げた。
「もう、迷わないで。迷ってきては、だめよ」
震える唇で、最後の微笑を浮かべた。
これで何度目か。部屋の端まで駆けたころんは、振り返り波動弾を飛ばす。
それは出来れば、苦痛の顔を見たくなかったから。けれどどうしても、苦痛は伝わってきてしまう。
よろめきながらも畳を蹴ったジュンヤが、目の前へと立った。
振り下ろしてきた刃が、身を深く斬り裂いて。
ころんはキャンディケインを振りかぶる。
――夢を見なくなったのは、ジュンヤのせい。
けれど会いたかったのは、ちゃんとお別れを言わなきゃ本当の一歩は踏み出せない、そう思ったから。
打撃に崩れ落ちようとする青年を、抱き留める。
「ころん、これからは一人で歩いていけるの。ありがとうございました」
「……かんばれ」
腕の中で、小さな声が答えていた。
●
抱き留めた格好のまま、ジュンヤが、家が、消えてゆく。
山の奥、木々もない空間にいた。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄った結鹿の声をぼんやりと聞きながら、鈴鹿は同族把握で薄れゆく存在を感じ取る。
「古妖、だったんだ……」
「なるほど。古妖・迷ひ家、でござるか」
自分を助け起こす天光の言葉に、柾もそうか、と思った。
百合が妖に殺された事を忘れ、彼女を疑う事が出来なかった訳だ。
古妖の能力ならば、簡単に破る事など出来ぬのだろう。
結鹿は母が、物心つく前に亡くなっている事を思い出していたし、泰葉も自分を庇い死亡した母の事を思い出していた。
「帰ったら……シンと晩ゴハンの相談しねーと」
地面に寝転がったまま笑顔でいた罪次も「あ」と声を洩らし、死んでんだっけ、と心の中で呟いた。
(きっと本物にもすっきりした気持ちでお別れを言えるかも)
思うコロンと一緒に罪次に手を貸した泰葉は、「お爺さんに報告を済ませますか」と口角を僅かに上げる。
(実はお爺さんが『迷ひ家』の黒幕だったりして!)
そんな迷推理を思いつきながら、仲間と共に歩き出す。
黒幕とは可哀想だが、迷い家の事をまったく知らないとは、思えなかった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
