猫
●
……何故、泣いているんだろう。
もう何度となく繰り返してきた疑問だ。結局答えは出なかった。でも、もういい。もう飽きた。やめにしよう。お互いに。これ以上はうんざりだ。
一息吐き、じゃらり、と音を立てる『それ』を手にして、ドアを開ける――
●
夕刻。佐原は仕事を終えてアパートに帰ってきた。階段を昇ったところで異変に気づく。
ドアが開いている。鍵が開いているとかではない。本当に開いているのだ。佐原の進路、広くないアパートの廊下を塞ぐように、佐原の部屋のドアが開いている。
「……何だよ……」
気持ち足早に近づき、廊下の手摺とドアの狭い隙間を抜ける。ダチか知り合い? いくらなんでもこんな非常識なダチはいない。空き巣? にしてもこんなに大っぴらにドアを開けるバカがいるのか。まさかオカンか――?
思いながら隙間を抜け、部屋の中を見る。
「……あ……?」
思わず声が漏れた。――猫がいる。自分の部屋の中に。しかし縮尺がおかしい。体高およそ2メートル弱。頭から尻尾までは10メートルもあろうか。
そして、その全身には、赤黒い痣が痛ましく刻まれていた。まるで、鎖か何かで縛ったような――
「お、お前、まさか――いや、確かに殺して捨てたはず――!」
憎悪に燃える猫の眼が佐原を捉えた。けたたましい叫びと共に飛びかかり、その牙で佐原の身体を貫く。勢いのままに佐原と猫は部屋を飛び出し、手摺を越え、佐原を下にして地面に落ちた。
猫型妖の牙に貫かれ、押し潰され、佐原は悲鳴を上げることも無く絶命した。
●
「というわけで、続きましては猫型妖の討伐だ」
久方相馬(nCL2000004)はそう言って、猫についての説明を始めた。
「猫型妖は立った状態で体高2メートル弱。全長およそ10メートル前後だ。ちなみに尻尾が長い。10メートルのほぼ半分は尻尾の長さだ。
戦闘力はランク2程度。スピードとパワーにやや特化してるな。猫だから身のこなしは軽いし、戦意というか、人間への憎悪もかなりのもんだ。油断してるとあっさりやられるぞ」
言って、相馬は話を締めくくる。
「住宅地になるから、周辺の被害にも注意してくれ。――じゃ、よろしく」
……何故、泣いているんだろう。
もう何度となく繰り返してきた疑問だ。結局答えは出なかった。でも、もういい。もう飽きた。やめにしよう。お互いに。これ以上はうんざりだ。
一息吐き、じゃらり、と音を立てる『それ』を手にして、ドアを開ける――
●
夕刻。佐原は仕事を終えてアパートに帰ってきた。階段を昇ったところで異変に気づく。
ドアが開いている。鍵が開いているとかではない。本当に開いているのだ。佐原の進路、広くないアパートの廊下を塞ぐように、佐原の部屋のドアが開いている。
「……何だよ……」
気持ち足早に近づき、廊下の手摺とドアの狭い隙間を抜ける。ダチか知り合い? いくらなんでもこんな非常識なダチはいない。空き巣? にしてもこんなに大っぴらにドアを開けるバカがいるのか。まさかオカンか――?
思いながら隙間を抜け、部屋の中を見る。
「……あ……?」
思わず声が漏れた。――猫がいる。自分の部屋の中に。しかし縮尺がおかしい。体高およそ2メートル弱。頭から尻尾までは10メートルもあろうか。
そして、その全身には、赤黒い痣が痛ましく刻まれていた。まるで、鎖か何かで縛ったような――
「お、お前、まさか――いや、確かに殺して捨てたはず――!」
憎悪に燃える猫の眼が佐原を捉えた。けたたましい叫びと共に飛びかかり、その牙で佐原の身体を貫く。勢いのままに佐原と猫は部屋を飛び出し、手摺を越え、佐原を下にして地面に落ちた。
猫型妖の牙に貫かれ、押し潰され、佐原は悲鳴を上げることも無く絶命した。
●
「というわけで、続きましては猫型妖の討伐だ」
久方相馬(nCL2000004)はそう言って、猫についての説明を始めた。
「猫型妖は立った状態で体高2メートル弱。全長およそ10メートル前後だ。ちなみに尻尾が長い。10メートルのほぼ半分は尻尾の長さだ。
戦闘力はランク2程度。スピードとパワーにやや特化してるな。猫だから身のこなしは軽いし、戦意というか、人間への憎悪もかなりのもんだ。油断してるとあっさりやられるぞ」
言って、相馬は話を締めくくる。
「住宅地になるから、周辺の被害にも注意してくれ。――じゃ、よろしく」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.猫型妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
猫型妖との戦闘シナリオです。同妖の撃破が成功条件となります。
出現する敵のご紹介です。
・猫型妖
生物系ランク2。全長10メートル前後(尾部含む)。激しく人間を憎悪し、鋭い爪と牙を武器とする。
猫は最初、アパートの室内に潜んでいます。そのまま突入すれば敵のスピードを殺せますが、こちらも相応の被害を覚悟しなければならないでしょう。
猫を屋外に誘き出す場合、猫は人間への怒りと憎しみに駆られていますので、少しつつけばすぐ反撃してきます。猫ですのでかなりの変態機動をかましてくるかもしれません。敵のスピードを殺す方向で作戦を立てるのが最善でしょう。
簡単ですが、説明は以上です。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2016年01月13日
2016年01月13日
■メイン参加者 4人■

●
「りょーかいで~す。ありがとうございます~」
ククル ミラノ(CL2001142)は公衆電話の受話器を置き、持っていたファンシーな手帳をポケットに仕舞った。そして背後を振り返る。
「きんじょのどうぶつびょういんよやくできたの~! これで、もとにもどせたらすぐびょういんにつれていけるよ!」
「それはよかったです。――じゃあ、そろそろ行きましょうか」
『月々紅花』環 大和(CL2000477)はそう言い、傍らを振り返る。「紫亜さんも、よろしいですか?」
「おう! 俺はこれが2回目の依頼、順調に慣れて来た……と思いたいんだぜ! とにかく、妖はもとに戻さないといけねーよな!」
日ノ本 紫亜(CL2001270)はそう言い、大和は頷く。「そうですね。……それが無理なら、せめて安らかに眠らせてあげたいけど……」
頭を振り、大和は少し離れたところで地面に手を当てている少年を見やる。「罪次さん、どうですか?」
「ん~~~~……」
唸り、新咎 罪次(CL2001224)はぴょん、と立ち上がって大和を振り返る。
「ここでいいんじゃねーか?」
「? ここ?」
「ここ!」
言って、罪次はその場で両腕を広げる。――アパート前の駐車場。アパートの大きさの割りに駐車場は広くスペースが取られており、折も良く停まっている車も無い。「ここに住んでる人は、サハラも含めてみんな出かけてるみたいだ。新年早々だからみんなどっか行ってるんだな。結界張ればしばらくは帰って来ないだろうし。ここにしよーぜ」
「……成程」
「あ、けっかいだったらミラノはるの~!」
車線を渡ってこちらへ来たミラノが、そう言って手にしたまじかるなすてっきを天に翳す。
「くくるんみらのんくくるんみらのん、それ~!」
すてっきが振られると同時にピンクの光が周囲に拡がり、やがて消える。「おっけ~! けっかいはったの~!」
「……じゃあ、行きましょうか」
「おう! オレ先に行くぜ!」
「俺はここで待ってるぜ! うまく誘き出せよ、罪次!」
罪次が走り出し、紫亜はその場に留まる。「では、ミラノさん」「おっけー!」大和とミラノもそう言って、罪次の後を追った。
●
目的の部屋のドアは、すでに開いていた。三人は意を決し、ドアを潜る。――いた。狭い部屋をその巨体で埋め尽くすようにして、猫型妖が鎮座している。大きさ的にはアパートの部屋にちょうど収まる程度だ。猫は入ってきた三人を見やり、丸めていた身体を起こした。その四肢の筋肉が撓み、憎悪に燃える瞳が三人を射抜く。――しかし、飛びかかってはこない。低く威嚇の唸りを放つが、それだけだった。
「……飼い主への恨みなのかしら。随分と大きくなって……それに、私達が『標的』でないと分かっているような……」
「死ぬ前に妖になってたら、元に戻れんのかな。でもこんなヒト恨んでんだし、もしサハラにやられてたら……」
罪次は呟き、猫を見据え、――笑った。
「まーそん時は、長く苦しまないよーに、すぐ死ねるよーに、オレたちで死なせたげるしかねーよな!」
《B.O.T.》。罪次の掌から放たれた波動弾が猫に飛ぶ。しかし猫は狭い室内で巧みに身を捻って回避した。唸りが咆哮に変わり、猫が跳んだ。一瞬で三人との間合いを詰める。ミラノと大和は一瞬速く回避を起こし、猫の攻撃を避けて通路の柵を飛び越え、駐車場に着地する。猫の攻撃は罪次を捉えた。命中。猫の牙が罪次の身体に食い込み、猫は罪次を咥えたまま跳躍する。ミラノと大和に一瞬遅れて、猫も駐車場に降り立った。
「うおおおおおお! でけえ! こんなんお家でどうやって飼えばいいんだぁぁ! エサ代とか凄そうだ!!!」
待ち受けていた紫亜が、猫の巨体を見て驚愕の叫びを上げた。ミラノと大和、そして猫が紫亜を振り返る。「……あ、そういうのじゃない??」
「――ミラノさん、罪次さんを!」
「おっけー!」
大和が猫に踏み込み、猫も咥えていた罪次を放り捨てて応じる。ミラノは地面に転がった罪次を回復しに走った。猫の爪を大和は左右のステップで回避する。「(見える。猫の動きは完全に追える)」
「なあ、何があったん! 俺達に伝えてくれ!! その赤黒い傷跡の意味を!!」
《炎撃》。紫亜の炎を纏ったトンファーが側面から猫を襲う。猫は咄嗟に尻尾で周囲を薙ぎ払った。「うお!?」「きゃ!?」見えてはいても、リーチも長く全周囲をカバーする攻撃はかわせなかった。紫亜と大和は打ち据えられて地面に転がる。猫が大和を狙って跳んだ。命中。大和の身体に猫の牙が突き刺さる。
「隆ー槍ーっ!」
爆発するように地面から隆起した岩が猫を吹き飛ばした。罪次。その姿は普段の少年のそれから二十代前後の青年へと変化している。「痛い? ゴメンな、ちょっとガマンしてな。すぐ終わらせてやっから!」
「大和ォッ!」
紫亜が大和の救出のために前進する。猫が起き上がり、紫亜に狙いを定める。向かってくる猫に紫亜は炎を宿らせたトンファーを構えた。零距離。猫の爪が紫亜の胸を斬り裂き、トンファーが猫の頬を掠め、灼いた。「し、紫亜、さん」
「退がれ大和! コイツは」
言いながら紫亜は猫の追撃を防御する――しかし、腹の傷が響いた。トンファーを持つ腕を斬られ、紫亜は思わず地面に片膝を突く。
「もいっちょ隆槍!」
そこへ罪次が攻撃しつつ割り込んだ。猫はバックステップで距離を置く。「ああ、やばいのやばいの」後方に控えていたミラノは、二人が被弾したのを見てやむなく前進した。猫が罪次を睨み、再び身体を回転させて尻尾で薙ぎ払った。罪次は被弾を覚悟で前進した。命中。尻尾が罪次を横薙ぎに打ち据え、反撃の《隆槍》が猫の脇腹を突き上げる。猫が怒りの咆哮を上げ、罪次に跳びかかって再び喰らいついた。鮮血が噴き出し、意識が遠のく。まだもう一撃できる。《隆槍》。
「なんだその猫は! 俺の家に汚え獣を入れるんじゃねえ! 捨てろ! ――捨てられないのか? だったら――」
「……っ!」
零距離。《隆槍》が猫を貫き、猫がぐらりと倒れる。咬まれていた罪次もつられるように倒れた。
「つみつぐくん、だいじょーぶ!?」
二人の回復を終えたミラノが駆けてきて、罪次に《樹の雫》をかける。罪次はしばらく動かなかった。仰向けに倒れたまま、やがて猫を振り返る。
「……!?」
その目が見開かれた。倒れた猫がみるみる小さくなっている。やがて猫型妖は、もとの猫の姿に戻った。
「み、ミラノミラノ! 猫戻ってる!」
「え? ――あーーーー!」
言われたミラノは猫に振り向き、大声を上げてそちらに駆け寄った。満身創痍の猫を抱き上げる。「ほ、ほんとにもどった! やったのー!」
「オレはいいから、連れてってやって!」
「うん! じゃあみんな、あとはおねがいするのー!」
ミラノは罪次と歩いてくる二人に言い置いて、猫を抱いて走り出した。
●
「……?」
夕刻。アパートに帰ってきた佐原は、駐車場に見慣れない連中が座り込んでいるのに気がついた。金髪に浅黒い肌の少年に、赤髪でヤンキー風の少年。黒髪ロングでブレザーの少女。「……」関係無い。佐原は無言で通り過ぎようとした。
「ネコ殺すのってどんなキモチ?」
罪次に言われ、思わず足が止まる。――関係無い。そのまま歩き去ろうとする。
「例えばさ! 食費がキツかったとか、アパートだから飼えなくなったとかさ、きっと理由はあると思うんよ! 俺はさ、お前を責めない、どんな理由だろうと。でも命はさ、大切にしてくれよ。な?」
紫亜が言い、佐原は足を止めて舌打ちした。振り返る。
「飼ってたわけじゃねえよ。野良猫だ。毎晩毎晩泣いてうるせえからさ。眠れねえんだよ。誰かが飼ってるならまだしも、野良猫なんだから『対処』するのは俺の勝手だろうが」
「……あの猫も、残念だったわね。貴方みたいな心無い人に出会うなんて」
「命を大切にしろだって? するさ。人に迷惑をかけない、大人しくて普通の猫なら、な。でも俺に出来るのはそこまでだ。それ以上のことをする気は無えよ。それとも、お前らには出来るのか? それ以上のことが」
吐き捨て、佐原はアパートの階段を上がる。「……時間の無駄でしたね。行きましょう」大和が立ち上がり、残る二人もそれに続く。
「もうしないかなー? あいつ」
「しないでしょう。――これ以上、迷惑な猫がいなければ」
「で、でもよ! 命を大切にってそういうことじゃないと思うんだぜ!」
「そうですね。――でも、今は置きましょう。それよりも先にやることがある」
三人は動物病院へ向かう。
「(人間は、全てが悪い人ばかりじゃない。――今度は、素敵な出逢いがありますように)」
大和は呟き、歩を進めた。
その後、猫は動物病院に入院となり、全治6ヶ月と診断された。
「りょーかいで~す。ありがとうございます~」
ククル ミラノ(CL2001142)は公衆電話の受話器を置き、持っていたファンシーな手帳をポケットに仕舞った。そして背後を振り返る。
「きんじょのどうぶつびょういんよやくできたの~! これで、もとにもどせたらすぐびょういんにつれていけるよ!」
「それはよかったです。――じゃあ、そろそろ行きましょうか」
『月々紅花』環 大和(CL2000477)はそう言い、傍らを振り返る。「紫亜さんも、よろしいですか?」
「おう! 俺はこれが2回目の依頼、順調に慣れて来た……と思いたいんだぜ! とにかく、妖はもとに戻さないといけねーよな!」
日ノ本 紫亜(CL2001270)はそう言い、大和は頷く。「そうですね。……それが無理なら、せめて安らかに眠らせてあげたいけど……」
頭を振り、大和は少し離れたところで地面に手を当てている少年を見やる。「罪次さん、どうですか?」
「ん~~~~……」
唸り、新咎 罪次(CL2001224)はぴょん、と立ち上がって大和を振り返る。
「ここでいいんじゃねーか?」
「? ここ?」
「ここ!」
言って、罪次はその場で両腕を広げる。――アパート前の駐車場。アパートの大きさの割りに駐車場は広くスペースが取られており、折も良く停まっている車も無い。「ここに住んでる人は、サハラも含めてみんな出かけてるみたいだ。新年早々だからみんなどっか行ってるんだな。結界張ればしばらくは帰って来ないだろうし。ここにしよーぜ」
「……成程」
「あ、けっかいだったらミラノはるの~!」
車線を渡ってこちらへ来たミラノが、そう言って手にしたまじかるなすてっきを天に翳す。
「くくるんみらのんくくるんみらのん、それ~!」
すてっきが振られると同時にピンクの光が周囲に拡がり、やがて消える。「おっけ~! けっかいはったの~!」
「……じゃあ、行きましょうか」
「おう! オレ先に行くぜ!」
「俺はここで待ってるぜ! うまく誘き出せよ、罪次!」
罪次が走り出し、紫亜はその場に留まる。「では、ミラノさん」「おっけー!」大和とミラノもそう言って、罪次の後を追った。
●
目的の部屋のドアは、すでに開いていた。三人は意を決し、ドアを潜る。――いた。狭い部屋をその巨体で埋め尽くすようにして、猫型妖が鎮座している。大きさ的にはアパートの部屋にちょうど収まる程度だ。猫は入ってきた三人を見やり、丸めていた身体を起こした。その四肢の筋肉が撓み、憎悪に燃える瞳が三人を射抜く。――しかし、飛びかかってはこない。低く威嚇の唸りを放つが、それだけだった。
「……飼い主への恨みなのかしら。随分と大きくなって……それに、私達が『標的』でないと分かっているような……」
「死ぬ前に妖になってたら、元に戻れんのかな。でもこんなヒト恨んでんだし、もしサハラにやられてたら……」
罪次は呟き、猫を見据え、――笑った。
「まーそん時は、長く苦しまないよーに、すぐ死ねるよーに、オレたちで死なせたげるしかねーよな!」
《B.O.T.》。罪次の掌から放たれた波動弾が猫に飛ぶ。しかし猫は狭い室内で巧みに身を捻って回避した。唸りが咆哮に変わり、猫が跳んだ。一瞬で三人との間合いを詰める。ミラノと大和は一瞬速く回避を起こし、猫の攻撃を避けて通路の柵を飛び越え、駐車場に着地する。猫の攻撃は罪次を捉えた。命中。猫の牙が罪次の身体に食い込み、猫は罪次を咥えたまま跳躍する。ミラノと大和に一瞬遅れて、猫も駐車場に降り立った。
「うおおおおおお! でけえ! こんなんお家でどうやって飼えばいいんだぁぁ! エサ代とか凄そうだ!!!」
待ち受けていた紫亜が、猫の巨体を見て驚愕の叫びを上げた。ミラノと大和、そして猫が紫亜を振り返る。「……あ、そういうのじゃない??」
「――ミラノさん、罪次さんを!」
「おっけー!」
大和が猫に踏み込み、猫も咥えていた罪次を放り捨てて応じる。ミラノは地面に転がった罪次を回復しに走った。猫の爪を大和は左右のステップで回避する。「(見える。猫の動きは完全に追える)」
「なあ、何があったん! 俺達に伝えてくれ!! その赤黒い傷跡の意味を!!」
《炎撃》。紫亜の炎を纏ったトンファーが側面から猫を襲う。猫は咄嗟に尻尾で周囲を薙ぎ払った。「うお!?」「きゃ!?」見えてはいても、リーチも長く全周囲をカバーする攻撃はかわせなかった。紫亜と大和は打ち据えられて地面に転がる。猫が大和を狙って跳んだ。命中。大和の身体に猫の牙が突き刺さる。
「隆ー槍ーっ!」
爆発するように地面から隆起した岩が猫を吹き飛ばした。罪次。その姿は普段の少年のそれから二十代前後の青年へと変化している。「痛い? ゴメンな、ちょっとガマンしてな。すぐ終わらせてやっから!」
「大和ォッ!」
紫亜が大和の救出のために前進する。猫が起き上がり、紫亜に狙いを定める。向かってくる猫に紫亜は炎を宿らせたトンファーを構えた。零距離。猫の爪が紫亜の胸を斬り裂き、トンファーが猫の頬を掠め、灼いた。「し、紫亜、さん」
「退がれ大和! コイツは」
言いながら紫亜は猫の追撃を防御する――しかし、腹の傷が響いた。トンファーを持つ腕を斬られ、紫亜は思わず地面に片膝を突く。
「もいっちょ隆槍!」
そこへ罪次が攻撃しつつ割り込んだ。猫はバックステップで距離を置く。「ああ、やばいのやばいの」後方に控えていたミラノは、二人が被弾したのを見てやむなく前進した。猫が罪次を睨み、再び身体を回転させて尻尾で薙ぎ払った。罪次は被弾を覚悟で前進した。命中。尻尾が罪次を横薙ぎに打ち据え、反撃の《隆槍》が猫の脇腹を突き上げる。猫が怒りの咆哮を上げ、罪次に跳びかかって再び喰らいついた。鮮血が噴き出し、意識が遠のく。まだもう一撃できる。《隆槍》。
「なんだその猫は! 俺の家に汚え獣を入れるんじゃねえ! 捨てろ! ――捨てられないのか? だったら――」
「……っ!」
零距離。《隆槍》が猫を貫き、猫がぐらりと倒れる。咬まれていた罪次もつられるように倒れた。
「つみつぐくん、だいじょーぶ!?」
二人の回復を終えたミラノが駆けてきて、罪次に《樹の雫》をかける。罪次はしばらく動かなかった。仰向けに倒れたまま、やがて猫を振り返る。
「……!?」
その目が見開かれた。倒れた猫がみるみる小さくなっている。やがて猫型妖は、もとの猫の姿に戻った。
「み、ミラノミラノ! 猫戻ってる!」
「え? ――あーーーー!」
言われたミラノは猫に振り向き、大声を上げてそちらに駆け寄った。満身創痍の猫を抱き上げる。「ほ、ほんとにもどった! やったのー!」
「オレはいいから、連れてってやって!」
「うん! じゃあみんな、あとはおねがいするのー!」
ミラノは罪次と歩いてくる二人に言い置いて、猫を抱いて走り出した。
●
「……?」
夕刻。アパートに帰ってきた佐原は、駐車場に見慣れない連中が座り込んでいるのに気がついた。金髪に浅黒い肌の少年に、赤髪でヤンキー風の少年。黒髪ロングでブレザーの少女。「……」関係無い。佐原は無言で通り過ぎようとした。
「ネコ殺すのってどんなキモチ?」
罪次に言われ、思わず足が止まる。――関係無い。そのまま歩き去ろうとする。
「例えばさ! 食費がキツかったとか、アパートだから飼えなくなったとかさ、きっと理由はあると思うんよ! 俺はさ、お前を責めない、どんな理由だろうと。でも命はさ、大切にしてくれよ。な?」
紫亜が言い、佐原は足を止めて舌打ちした。振り返る。
「飼ってたわけじゃねえよ。野良猫だ。毎晩毎晩泣いてうるせえからさ。眠れねえんだよ。誰かが飼ってるならまだしも、野良猫なんだから『対処』するのは俺の勝手だろうが」
「……あの猫も、残念だったわね。貴方みたいな心無い人に出会うなんて」
「命を大切にしろだって? するさ。人に迷惑をかけない、大人しくて普通の猫なら、な。でも俺に出来るのはそこまでだ。それ以上のことをする気は無えよ。それとも、お前らには出来るのか? それ以上のことが」
吐き捨て、佐原はアパートの階段を上がる。「……時間の無駄でしたね。行きましょう」大和が立ち上がり、残る二人もそれに続く。
「もうしないかなー? あいつ」
「しないでしょう。――これ以上、迷惑な猫がいなければ」
「で、でもよ! 命を大切にってそういうことじゃないと思うんだぜ!」
「そうですね。――でも、今は置きましょう。それよりも先にやることがある」
三人は動物病院へ向かう。
「(人間は、全てが悪い人ばかりじゃない。――今度は、素敵な出逢いがありますように)」
大和は呟き、歩を進めた。
その後、猫は動物病院に入院となり、全治6ヶ月と診断された。
