断罪の剣。或いは、おやすみ赤ちゃん
●裁きの時間
窓際にて、一服。紫煙が、冬の冷たい風に乗ってどこか遠くへ流れて行く。きっとそのうち、空へと届く。空の向こうの、何処かへ。
「準備が整いました」
そう言って、倉庫のようなその部屋へ入って来たのは頭部を包帯で何重にも覆った奇妙な男だった。黒い執事服を着ているその男は、慇懃に一礼し、窓際に立つ女性へと声をかける。
「あぁ、餌が現れたか。どんな奴?」
女性の目の下には濃い隈がくっきりと刻まれている。どこか虚ろな眼差しで、窓際の男を見つめていた。咥えた煙草の灰が、ぽろりと絨毯の上に落ちる。
彼女の足元には、煙草の吸殻が山と積まれていた。いったい、どれだけの時間、この場所で空を見上げていたのだろうか。
長い黒髪が、風に踊る。
「えぇ。物質系の妖です。古い球体関節人形のようですね。無数の人形が集まって、大きな赤ん坊の形をとったものとでもいいましょうか。醜悪な外見ですよ」
「そう……。赤ん坊の形をしたものを囮に使うのは気が進みまないけど、仕方ないわね」
はぁ、と深い溜め息を零し部屋の隅に置かれたロッカーへと歩み寄る。ロッカーの中から取り出したのは、一丁のライフルだった。
それから、一振りの刀剣を手にとり背中に背負う。唾のない、特徴的な形状の剣だ。刀身は太く、先端に向かうほどに幅が広くなっている。切っ先が存在しないのは、突くための機能が必要ないからだ。
その剣は、処刑人の剣。或いは、エクセキューショナーズソードと呼ばれている。罪人の首を狩る為に存在する剣だ。
「やっぱり、この手で殺してやらないと」
「お好きなように。叶さん。我々はあなたの同士であり、あなたの駒です」
「えぇ。そうさせてもらうわ」
煙草の吸殻を窓の外へと投げ捨てて、彼女(叶)は、それじゃあ、と呟く。
「積木以下5名、出撃の用意は万全ね? さぁ、裁きの時間の始まりよ」
●断罪の剣
おはよー♪ と、声を張り上げ久方 万里(nCL2000005)が作戦室へと跳び込んできた。その手には、束になった紙の資料が抱えられている。集まった面々に資料を手渡し、こほんと小さく咳払い。
「妖が出現したよ。しかも今回は、憤怒者達も一枚噛んでいるみたい」
困っちゃうよね、なんて万里は小首を傾げて見せる。
「今回のターゲットは(断罪の剣)と名乗る憤怒者達ね。家族や大切な人を失った者たちの集まりみたい。リーダーは(叶)と名乗る女性ね」
きっと、妖や隔者の犠牲になった人がいたんだね、と万里は僅かに視線を伏せる。
「彼女達は、妖が現れる所にアタシ達が出向くのを知っているのね。今回も、このまま妖を放置すれば犠牲者が出ちゃうから、どうしたって出向かないといけないしねっ」
それで今回出現した妖だけど、と前置きして万里は話を続ける。
「今回現れた、球体関節人形の器物系妖(ドールベィビー)を囮にして私達を待ち伏せているわ」
現状、ドールベィビーは森の中の廃墟から街へ向かって進行中。憤怒者達の姿はまだ見えない。
いつ憤怒者に襲われるか分からない状態の中、妖の相手をしなければならないというわけだ。
「ドールベィビ―は、泣き声による遠距離列貫通攻撃を使用してくるわ。(解除)の状態異常に気をつけて。それともう一つ、未確認の状態異常を付与してくるみたい……。なんだか、状態異常が解けにくくなるみたい?」
ドールベィビーの移動速度は遅いが、防御力に長けている。また、ひたすら真っすぐ街へと進もうとする傾向にあるようだ。
状態異常に特化した能力を持っている妖のようである。
妖の説明を終え、番地は次に憤怒者達の話に移る。
「憤怒者達の装備は拳銃と、それからボウガンね。リーダーである叶のライフルに籠められた弾丸には(麻痺)や(睡眠)の効果があるから気をつけて。処刑人の剣を背負っているのも気にかかるね」
それと、もう2点。
そう言って、万里は資料のページを捲る。
「叶の使う処刑人の剣だけど、こっちにも未確認の状態異常付与効果があるよ。怪我を治りにくくするような、そんな効果? なのかな?」
未確認の状態異常である為か、万里は自身の説明に自信が持てないようだ。
まぁいいや、と万里は呟き資料の最後のページへと視線を落とした。
「それから、サブリーダーの(積木)という男。来歴は一切不明。ただ、ナイフや剣を使った近接戦闘能力が高いことが判明してるねっ」
出来る事なら、誰も殺さず捕まえて。
そう言って、万里は、仲間達を送り出す。
窓際にて、一服。紫煙が、冬の冷たい風に乗ってどこか遠くへ流れて行く。きっとそのうち、空へと届く。空の向こうの、何処かへ。
「準備が整いました」
そう言って、倉庫のようなその部屋へ入って来たのは頭部を包帯で何重にも覆った奇妙な男だった。黒い執事服を着ているその男は、慇懃に一礼し、窓際に立つ女性へと声をかける。
「あぁ、餌が現れたか。どんな奴?」
女性の目の下には濃い隈がくっきりと刻まれている。どこか虚ろな眼差しで、窓際の男を見つめていた。咥えた煙草の灰が、ぽろりと絨毯の上に落ちる。
彼女の足元には、煙草の吸殻が山と積まれていた。いったい、どれだけの時間、この場所で空を見上げていたのだろうか。
長い黒髪が、風に踊る。
「えぇ。物質系の妖です。古い球体関節人形のようですね。無数の人形が集まって、大きな赤ん坊の形をとったものとでもいいましょうか。醜悪な外見ですよ」
「そう……。赤ん坊の形をしたものを囮に使うのは気が進みまないけど、仕方ないわね」
はぁ、と深い溜め息を零し部屋の隅に置かれたロッカーへと歩み寄る。ロッカーの中から取り出したのは、一丁のライフルだった。
それから、一振りの刀剣を手にとり背中に背負う。唾のない、特徴的な形状の剣だ。刀身は太く、先端に向かうほどに幅が広くなっている。切っ先が存在しないのは、突くための機能が必要ないからだ。
その剣は、処刑人の剣。或いは、エクセキューショナーズソードと呼ばれている。罪人の首を狩る為に存在する剣だ。
「やっぱり、この手で殺してやらないと」
「お好きなように。叶さん。我々はあなたの同士であり、あなたの駒です」
「えぇ。そうさせてもらうわ」
煙草の吸殻を窓の外へと投げ捨てて、彼女(叶)は、それじゃあ、と呟く。
「積木以下5名、出撃の用意は万全ね? さぁ、裁きの時間の始まりよ」
●断罪の剣
おはよー♪ と、声を張り上げ久方 万里(nCL2000005)が作戦室へと跳び込んできた。その手には、束になった紙の資料が抱えられている。集まった面々に資料を手渡し、こほんと小さく咳払い。
「妖が出現したよ。しかも今回は、憤怒者達も一枚噛んでいるみたい」
困っちゃうよね、なんて万里は小首を傾げて見せる。
「今回のターゲットは(断罪の剣)と名乗る憤怒者達ね。家族や大切な人を失った者たちの集まりみたい。リーダーは(叶)と名乗る女性ね」
きっと、妖や隔者の犠牲になった人がいたんだね、と万里は僅かに視線を伏せる。
「彼女達は、妖が現れる所にアタシ達が出向くのを知っているのね。今回も、このまま妖を放置すれば犠牲者が出ちゃうから、どうしたって出向かないといけないしねっ」
それで今回出現した妖だけど、と前置きして万里は話を続ける。
「今回現れた、球体関節人形の器物系妖(ドールベィビー)を囮にして私達を待ち伏せているわ」
現状、ドールベィビーは森の中の廃墟から街へ向かって進行中。憤怒者達の姿はまだ見えない。
いつ憤怒者に襲われるか分からない状態の中、妖の相手をしなければならないというわけだ。
「ドールベィビ―は、泣き声による遠距離列貫通攻撃を使用してくるわ。(解除)の状態異常に気をつけて。それともう一つ、未確認の状態異常を付与してくるみたい……。なんだか、状態異常が解けにくくなるみたい?」
ドールベィビーの移動速度は遅いが、防御力に長けている。また、ひたすら真っすぐ街へと進もうとする傾向にあるようだ。
状態異常に特化した能力を持っている妖のようである。
妖の説明を終え、番地は次に憤怒者達の話に移る。
「憤怒者達の装備は拳銃と、それからボウガンね。リーダーである叶のライフルに籠められた弾丸には(麻痺)や(睡眠)の効果があるから気をつけて。処刑人の剣を背負っているのも気にかかるね」
それと、もう2点。
そう言って、万里は資料のページを捲る。
「叶の使う処刑人の剣だけど、こっちにも未確認の状態異常付与効果があるよ。怪我を治りにくくするような、そんな効果? なのかな?」
未確認の状態異常である為か、万里は自身の説明に自信が持てないようだ。
まぁいいや、と万里は呟き資料の最後のページへと視線を落とした。
「それから、サブリーダーの(積木)という男。来歴は一切不明。ただ、ナイフや剣を使った近接戦闘能力が高いことが判明してるねっ」
出来る事なら、誰も殺さず捕まえて。
そう言って、万里は、仲間達を送り出す。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃退
2.憤怒者の撃退
3.なし
2.憤怒者の撃退
3.なし
寒くなってきましたが、体調を崩してはいませんでしょうか。
今回のターゲットは7名の憤怒者と、妖が1体です。
それでは、以下詳細。
●場所
森の中。道なき道を突き進むドールベィビーの補足は容易だろう。
森の中であるため、木々が生い茂っていて長物の取り回しには注意が必要。
足場は悪くないが、遮蔽物は多い。
時刻は昼過ぎ。近くに一般人の姿はない。
●ターゲット
妖(ドールベィビー)×1
ランク2
球体関節人形が寄り集まって赤ん坊の形をとっている。大きさは4、5メートルほど。
移動速度は速くないが、頑丈。
ひたすら、街へと降りて行こうとしているようだ。
【baby. Don’t cry!】→神遠列貫2[解除]
泣き声による衝撃波。
攻撃を受ければ受けるほどに、使用頻度が高くなる。
【screaming baby 】→神遠列[???]
不気味な声で泣き喚く。
憤怒者達×5
黒い服装で統一した集団。(断罪の剣)の構成員。
覚者に対し、強い恨みを持つ者たちで構成されている。
訓練を受けているのか、連携はとれているが覚者達の殲滅を優先する傾向にある。
【拳銃】→物遠単[出血]
弾丸による射撃攻撃。
【ボウガン】→物遠単[出血]
音や気配の薄い、物影からの奇襲攻撃。
憤怒者(積木)
頭部を包帯で覆った男性。執事服を身に纏っている。
ナイフや剣を使った近接戦闘能力が高い。
【ナイフ格闘術】→物近単[毒][二連]
ナイフによる鋭い連撃。
【狂気乱舞】→物近単[流血][ 不運]
刃物に対する適正。刃物であれば、なんであれ使いこなすことができるようだ。
憤怒者(叶)
憤怒者達のリーダー。過去の出来事から覚者に対して強い恨みを抱いている。
中肉中背の中年女性。ヘビースモーカーであり、煙草を吸っていないと落ち着かないようだ。
目の下には黒い隈。どこか虚ろな眼差しが特徴。
【ライフル射撃】→物遠単[麻痺]or[睡眠]
特殊な弾丸を使用した射撃。
【処刑人の剣】→物近単[???]
対象の首を落とすための一撃。当人に力がないため、威力は低い。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年01月08日
2016年01月08日
■メイン参加者 8人■

●突き進むドールべィビー
木々をなぎ倒し、岩を叩き砕いて、巨大な赤ん坊が進んで行く。四肢はすっかり泥にまみれているが、それでも赤ん坊(ドールベィビー)は進行を止めはしない。無数の球体関節人形で出来たその身体は赤ん坊というには巨大過ぎた。
そんなドールベィビーの姿を遠目に見つめる人影が複数。憤怒者達の集団(断罪の剣)のメンバーだ。
妖を見張っていれば、憎い覚者達が姿を現すと踏んでの行動だが、対象は未だ現れない。
『どうして連中は出て来ないのかしら? こちらの計画が露見した? そうにしたって、妖を放置するなんてことはない筈よね?』
苛立たしげに煙草を噛みしめ、憤怒者達のリーダー(叶)はそう呟いた。血走った眼と濃い隈が目立つ。
そんな彼女を執事服の男(積木)は無言で眺めている。
それから暫くして、ドールベィビーの動きに変化があった。
「あらよ、っと。悪いの」
タン、と軽い音と共に深緋・幽霊男(CL2001229)が宙を舞う。素早く閃かせたカトラスが、ドールべィビーの額を切り裂く。砕けた人形の破片が舞う中、幽霊男は周囲へ視線を投げた。
憤怒者達の襲撃を警戒しての行動だが、それらしい気配はない。
「雑事はクーにお任せください」
次いで、木々の間を縫うように駆け抜けた『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)が2対の日本刀を裂帛の気合と共に振り抜く。プレッシャーに気押されたのか、僅かにだがドールベィビーの動きが鈍る。
「この辺りの地形は把握済みです。奇襲は比較的分かりやすいでしょう」
感知もありますしね、と『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は事前に土の心で把握した地形の情報を仲間へ共有。軍用ナイフを逆手に構える。
その隣では赤祢 維摩(CL2000884)が経典片手に、ドールベィビーを観察していた。
「未知の状態異常とはな。新種か、はたまた今ある物の発展系か、精々有用なサンプルになれよ」
研究者としての習慣か、エネミースキャンを用いてドールベィビーの分析を進める。
「やはり、頑丈な身体にものをいわせて強行突破か」
「がんばらねば、じゃな。妖と、それから憤怒者か……倒しても倒してもキリが無い」
そう答え、『緋憑の幻影』瀬伊庭 玲(CL2000243)が駆け出した。両手に構えたハンドガンの引き金を引き、ドールベィビーへと接近していく。
玲の後姿を見送りながら、三島 椿(CL2000061)は「それにしても」と呟く。
「この人形には一体どんな思いが込められていたのかしら」
回復役の彼女の出番はまだ先になるだろう。今は、その時に備え、警戒と集中に意識を向ける。
ドールベィビーに攻撃を叩き込む幽霊男とク―。さらに千陽と玲の放った弾丸が、ドールベィビーの顎を撃ち抜いた。
追い撃ちをかけるように車輪状の脚で木々の間を疾駆しながら『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)が迫る。
「巨大な妖とはいえ、赤ちゃんの形してるし……アタシも、球体関節だから…なんか、気持ち的に、攻撃しにくいけど……」
突き進むドールベィビーが口を開く。ドールベィビーの眼前に飛び出したミュエルは、その咥内へと弾丸を撃ち込んだ。
「ここで、食い止めるよ……」
ミュエルの弾丸が、ドールベィビーの首を咥内から撃ち抜く。
それと同時に、ドールベィビーの喉からは空気を震わせるほどの大絶叫が放たれた。
『全員、かかれ』
背に背負った処刑人の剣を振り抜き、叶が告げる。ドールベィビーの絶叫と共に、憤怒者達が一斉に駆け出した。
「おや? これは?」
「煙草の匂いは染み付くもの。人の匂いは、森の中では目立ちます」
大木に掴まり、衝撃波に耐えていた幽霊男とク―が、揃って同時に視線を上げた。
守護使役の能力で強化された2人の嗅覚が、憤怒者達の接近を捉えたのである。
2人の思考を受信した千陽が、すぐさま後衛へと警戒を呼び掛けた。
「なにやら過去がありそうな影を纏った相手なのです……」
憤怒者達の姿を捉えた橡・槐(CL2000732)は、そう呟いて車椅子を前へと進ませた。
ドールベィビーの絶叫が収まると同時に、数名の仲間達は憤怒者の対応へと向かう。その間、ドールベィビーの相手をする役目を交代するための出陣だった。
●断罪の剣
「しかして、戦は無慈悲なのですよ。どんな過去を持っていようと、戦を仕掛けたのなら、負けてしまえばそれまでなのです」
ドールベィビーに対し艶舞・慟哭を使用しつつ、槐はちらりと、視線を横へ。 木々の中からこちらを狙う、憤怒者の姿を発見した。
怒りを付与されたドールベィビーが、再度大きく口を開く。
槐は、盾を眼前に構えドールベィビーの攻撃に備えた。
ドールベィビーの巨大な手が、槐の構えた盾を薙ぐ。
槐と入れ替わるように、千陽は後退。そのまま、木々の中へと跳び込んだ。奇襲に失敗した憤怒者達の間に動揺が広がる。
「断罪の剣でしたか? 我々は貴方達にとってはいつも悪役だ」
すぐ傍にいた憤怒者の足に向け、銃弾を発射。足を撃たれた憤怒者は、僅かな悲鳴と共にその場に倒れる。更に、もう1人の憤怒者へと銃口を向けた千陽の足を、先に倒れた憤怒者が掴んだ。
痛みに顔を歪めながら、意識が飛びそうな激痛を、怒りでもって無理矢理堪え、千陽の足首へとボウガンを撃ち込む。
「ぐっ……」
銃のグリップで憤怒者の頭部を殴りつけ、意識を奪い取る。その隙に、もう一人の憤怒者はその場から姿を消していた。
守護使役(朔太郎)の案内に従って、幽霊男は木々の間を走る。ドールベィビーから幾分遠く離れた場所に、憤怒者達のリーダーである叶の姿を発見した。
幽霊男の口元に、残忍な笑みが浮かぶ。叶が幽霊男を認識したと同時、カトラスを下段に構え、走る速度を上げた。ターゲットは叶のみに絞る。不必要な情報は、意識的に、認識の外へと追い出した。
そんな幽霊男の真横から、一閃の斬撃が襲い来る。
「っと……。ちと本気でやらんとかの。色々と面白そうではあるが」
真横からの乱入者は、憤怒者達のサブリーダーである積木であった。無言のまま繰り出される斬撃が、幽霊男の胸元を切り裂いた。飛び散る鮮血に頬を濡らし、幽霊男は積木へとカトラスの二連撃を返す。
『………』
積木はそれを、ナイフで受け止め、受け流した。刃物の扱いに慣れているのか、こちらの動きは半ばほど読まれているようにも感じる。
だが、完全には防ぎきれなかった。積木の腕は手首から肘まで切り裂かれ、血に塗れた。
『あぁ、憎らしい……』
そう呟いて、叶はライフルの照準を幽霊男へと向ける。積木と交戦中の今なら、相手が覚者だろうと命中させられる自信があった。
引き金を引く。火薬が爆ぜ、特殊弾が撃ち出される。
弾丸が幽霊男へと届く直前、間に割り込んだク―が、二本の刀を交差させ弾丸を弾く。
舌打ちを零し、続け様にもう1発。まっすぐこちらへ駆けてくるク―は、それを回避しようとするが、横合いから割り込んできた憤怒者に体当たりされバランスを崩す。
「この程度で断罪。言葉もありませんね」
鋭い足刀が、憤怒者の腹部を捉える。血を吐き、倒れ込む憤怒者を尻目に視線を叶へと向けた。ク―の腹部を、叶の弾丸が掠める。
その瞬間。
『ぁァァァぁぁ!』
走り込んできた叶が、大上段から処刑人の剣を振り下ろした。
それを防ごうと、刀を振り上げる。しかし身体が思うように動かない。特殊弾による麻痺の効果だ。辛うじて、首を狙って放たれた斬撃を回避するが、深く肩から胸にかけてを抉られる。
転がるようにして、ク―はその場を退いた。
ドールベィビーの進行を遅らせるべく、じりじりと後退しながら突進を防ぐ槐。髪は乱れ、頬には無数のかすり傷。額からは血が流れている。
盾を掲げ、ドールベィビーの攻撃を凌ぐ槐の後ろに、血に濡れたク―が転がり出てきた。
「え? え? ルルーヴさん?」
戸惑いの声をあげる槐が、ドールベィビーから視線を逸らしたその瞬間。
ドールベィビーが金切り声を張りあげる。
響く不協和音。身体の奥底から、不安が滲むように、背筋が粟立つ。
怖気を振り払うように、維摩は衝撃波の中を数歩前進。
「ぐ……。泣くな喚くなガラクタみたいに崩れ落ちろよ」
経典を広げ、維摩が唱える。ドールベィビーの頭上に、渦を巻く黒雲が現れた。 解き放たれた落雷が、ドールベィビーの身体を貫く。
金切り声が止むと同時、ドールベィビーの巨体が揺れる。
ドールベィビーの攻撃が止んだ瞬間、木陰から一人の憤怒者が現れる。狙いは手負いのク―のようだ。
飛び出して来た憤怒者へ向け、維摩は艶舞・慟哭を発動。
「小うるさい馬鹿共相手の手は幾つあっても足りはしない」
怒りに任せ、構えた銃を維摩へと向ける憤怒者。
その背後に迫る、玲の姿には気付かない。
「わらわの華麗なる一撃で、沈めい!」
一発の銃声が木霊した。弾丸が、憤怒者の足を撃ち抜く。踏鞴を踏んで、その場に倒れた憤怒者は、それでも這うようにして、維摩の方へと向かって行く。
怒り狂った鋭い視線を真正面から受け止め、維摩は憤怒者の首筋を経典で一撃。その意識を刈り取った。
それを見届け、玲はドールベィビーへ向き直る。
再度泣き始めたドールベィビーの声に耳を塞ぎながらも、片手のハンドガンをその喉へと向けた。
「ええい、うるさい赤子じゃのう。いい加減黙らぬか!」
刹那のうちに放たれた二発の弾丸が、ドールベィビーを撃ち抜く。
玲の放った弾丸が、喉を撃ち抜いたことによりドールベィビーの絶叫が僅かに弱まる。その隙を突いて、椿は上空から地上へと滑空。素早くク―の身体を抱き上げると、そのまま木陰の中へと飛び去った。
木の幹にク―の背中を預け、状態を確認する。
「うぅ……。なんだか怖い一撃でした。確実に命を取りに来てる、みたいな」
「初めて受けた状態異常ね、この剣の傷……」
椿の周囲に、淡い燐光を放つ雫が降り注ぐ。傷を癒す神秘の滴だが、どういうわけかク―の傷は治らない。どうやら、処刑人の剣による一撃には、傷の回復を阻害する状態異常が付与されているようだ。
「これが、状態異常……?」
状態異常の仮説を立てながら、椿は深想水を発動させる。
ふわり、と戦場に舞い散る不思議な香り。自然治癒力を上昇させる清廉香の香りだ。
槐と維摩の隣に並び、ミュエルはドールベィビー目がけて弾丸を放つ。ドールベィビーの動きを少しでも鈍らせる為、継続して攻撃を続けて行く。
銃の引き金を引きながら、ミュエルは自身の胸の内に芽生えた言いようのない不安感に困惑する。
もし、状態異常を受けてしまったら、そのままずっと回復しないのではないか、という得体の知れない不安な気持ち。
「不安がってても仕方ない……。まずは、妖を、仕留めるよ」
攻撃頻度の増したドールベィビーを警戒してか、近くに憤怒者の姿はないようだ。
周囲への警戒は仲間に任せ、ミュエルは不安を押し殺しながらハンドガンの引き金を引いた。
ドールベィビーの絶叫が地面を抉る。
飛び散る土塊を防ぐ槐の背後に、ミュエルと玲が身を隠し、ハンドガンを構えた。
身体強化は解除され、衝撃波によるダメージが直に身体を痛めつける。内臓が、鈍い痛みを発し、槐の唇からは血が零れた。
「もう一度言いますが……負けてしまえばそれまでなのです」
衝撃波に弾かれ、弾丸のような速度で飛んできた岩の塊を、槐は盾で受け止めた。衝撃によって、槐の細腕が悲鳴を上げる。喉の奥から声を張り上げ、盾を振り払うことで岩の塊を弾き返した。
「……撃つよ」
「ええい! 散々泣き声を聞きすぎて今も聞いてるように思えてくるわ!」
地面に倒れた槐の左右から、ミュエルと玲が跳び出す。手にしたハンドガンを連射し、ドールベィビーの肩を撃ち抜く。ダメージの蓄積か、ボロボロとドールベィビーの両腕は崩れ落ちた。前のめりに地面に倒れたドールベィビーの頭上に黒雲が渦巻く。
「デカ物だけ有ってよく目立つ。狙いが付けやすいぞ」
落雷。
維摩の放った雷獣が、ドールベィビーの身体を貫通した。
落雷の直撃を受けた頭部から順に、ドールベィビーの身体は焼け焦げた人形となって崩れていく。
地面に倒れ、荒い呼吸を繰り返す槐の元へ椿が舞いおりた。周囲には、回復効果のある光の滴が降りそそぐ。
妖を撃退し、しかし彼らにはつかの間の休息に身を預ける暇もない。
崩れ、山と積み上がった球体関節人形の上には、いつの間にそこにいたのか積木の姿があった。
無言のまま、積木は球体関節人形の山を駆けおりる。
そんな積木の眼前に、木々の間から歩みでてきたクーが割り込む。
二刀を素早く旋回させ、積木のナイフを受け止めた。
火花を散らし、無言のまま激しく打ち合う積木とク―。
そんな彼らの様子を、滂沱の涙と共に睨みつける人影があった。
●おやすみ
『あぁ……。あぁ、私の赤ちゃん……。また、また、死んじゃった』
髪を振り乱した叶が、ライフルを構えた。狙う先には、ドールベィビーの残骸の中、激しく切り結ぶ積木とク―の姿があった。
叶が引き金を引く、その直前。
「家族を亡くしたその怒りを実際に家族を殺した人物ではないけれど憤怒者になる可能性がある“覚者”にぶつける。悲しい人達……。きっとそうしなければ立っていられないのね」
ライフルの銃身を、一本の矢が貫いた。
矢を放ったのは椿だ。まっすぐな、それでいて僅かな憂いを含んだ眼差しで叶を見つめる。
虚ろな瞳で、叶は椿を睨みかえした。
ゆっくりと、背中に背負った処刑人の剣を引き抜く。
『だったら……直接』
剣を振り上げ、叶は駆け出す。そんな叶を援護するように、2人の憤怒者が銃とボウガンで援護する。残りの憤怒者は、この場に立っている4人だけなのだろう。
飛び交う銃弾と、矢を避けるためドールベィビーと交戦していた5人は散開。木々の間に身を隠した。
木々の間に身を隠し、幽霊男はくすりと笑う。
「手数も減ってちょうどいいしの。ここで待っとれば来ると思っとったわ」
肩の上で飛び跳ねる守護使役の頭を撫でて、幽霊男はカトラスを抜いた。目の前を憤怒者が通り過ぎた瞬間、戦場へと踊り出し剣を一閃。峰打ちで、憤怒者の意識を刈り取った。
幽霊男の登場に気付いた、叶が憎悪の視線を向ける。
叩きつけられる殺意を一身に浴びながら、幽霊男はカトラスを掲げ、叶の背後を指し示す。
ドサリ、と重たい音を立て、ボウガンを手にした憤怒者が地面に倒れた。
「力に善悪なんてありません。それに世の中には法がある。人が裁くのではなく法が裁くのだと思いますが、貴女方のやっていることに正当性はありません」
そう告げた、千陽の足元には、気を失った憤怒者が倒れている。
ゆっくりと、左右を挟む幽霊男と千陽を睥睨し、叶は呟く。
『正当性? 私の赤ちゃんは、正当な理由で死んだというの?』
ゆらゆらと、処刑人の剣の重さに振り回されるように、叶はめちゃくちゃに剣を振り回す。重たい剣が、木の幹や地面を抉り、砕いた。
千陽は、一歩ずつ叶へと近づいていく。カトラスを肩に乗せ、幽霊男はそれを見守る。
『ァァァぁあああああ!!』
叶の振り下ろした剣が、千陽の肩から胸にかけてを抉った。血飛沫を浴び、顔や髪を赤く染め、それでもまだ、狂気に身を任せ、叫び続ける叶の腹部に、千陽の拳が突き刺さる。
小さな呻き声。意識を失った叶は、その場にガクリと倒れ伏した。
意識を失ってなお、最後まで、叶が処刑人の剣を手放すことはなかった。
「叶君か。君は赤ん坊を失ったのかな? まぁ、如何でも良いのだが……。この剣は回収しておくかの」
気絶した叶に言葉を告げて、幽霊男はその手に握られた剣へと手を伸ばす。
ナイフによる鋭い斬撃が、ク―の頬を切り裂いた。
ク―の振るった刀が、積木の腹部を切り裂く。
「覚者をギャングかマフィアと一緒にされても困りますね。貴方様方が銃を持つのと、警察が銃を持つのが違うように、力の所在だけで善悪は決まりません」
そう呟いたク―の言葉に、積木はくっくと肩を震わせ、笑って見せた。
『善悪に興味はないよ。私はね、他の連中みたいに、君達に恨みがあるわけじゃない』
すぅ、っと。
積木の身体が深く沈む。下段から、跳ね上がる勢いに任せて放たれた斬撃が、ク―の腹部を切り裂いた。咄嗟に放たれたク―の斬撃は、積木の頬を深く切り裂く。
破れた包帯が跳び散る中、露出した積木の顔には無数の切傷。表情さえも判別できないほどの量だ。
にやり、と。
積木が笑ったその瞬間、ク―の背筋に怖気が走る。
狂気に取りつかれた者の目だ。
『興味があるのは、刃物と、殺戮だけだよ。あの剣が丁度、欲しかった』
だから、叶に近づいた。
ク―の腹部を蹴り飛ばし、積木はまっすぐ倒れ伏した叶の元へ。
地面に倒れたク―の身体に痛みが走る。先の斬撃で、どうやら毒の状態異常を受けたらしい。
幽霊男の手に渡った処刑人の剣へ向け、積木はまっすぐ手を伸ばす。積木の接近に気付いた千陽が銃弾を撃ち込むが、千陽の足は止まらない。腹部に、肩に、足に銃弾を浴びながら、積木は処刑人の剣を掴む。
擦れ違い様に、幽霊男の腕を切りつけ、血塗れの積木は木々の中へと駆け抜けた。
その後、どれだけ探しても。
川にでも跳び込んだのか、積木の姿を、再度補足することは出来なかった。
木々をなぎ倒し、岩を叩き砕いて、巨大な赤ん坊が進んで行く。四肢はすっかり泥にまみれているが、それでも赤ん坊(ドールベィビー)は進行を止めはしない。無数の球体関節人形で出来たその身体は赤ん坊というには巨大過ぎた。
そんなドールベィビーの姿を遠目に見つめる人影が複数。憤怒者達の集団(断罪の剣)のメンバーだ。
妖を見張っていれば、憎い覚者達が姿を現すと踏んでの行動だが、対象は未だ現れない。
『どうして連中は出て来ないのかしら? こちらの計画が露見した? そうにしたって、妖を放置するなんてことはない筈よね?』
苛立たしげに煙草を噛みしめ、憤怒者達のリーダー(叶)はそう呟いた。血走った眼と濃い隈が目立つ。
そんな彼女を執事服の男(積木)は無言で眺めている。
それから暫くして、ドールベィビーの動きに変化があった。
「あらよ、っと。悪いの」
タン、と軽い音と共に深緋・幽霊男(CL2001229)が宙を舞う。素早く閃かせたカトラスが、ドールべィビーの額を切り裂く。砕けた人形の破片が舞う中、幽霊男は周囲へ視線を投げた。
憤怒者達の襲撃を警戒しての行動だが、それらしい気配はない。
「雑事はクーにお任せください」
次いで、木々の間を縫うように駆け抜けた『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)が2対の日本刀を裂帛の気合と共に振り抜く。プレッシャーに気押されたのか、僅かにだがドールベィビーの動きが鈍る。
「この辺りの地形は把握済みです。奇襲は比較的分かりやすいでしょう」
感知もありますしね、と『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は事前に土の心で把握した地形の情報を仲間へ共有。軍用ナイフを逆手に構える。
その隣では赤祢 維摩(CL2000884)が経典片手に、ドールベィビーを観察していた。
「未知の状態異常とはな。新種か、はたまた今ある物の発展系か、精々有用なサンプルになれよ」
研究者としての習慣か、エネミースキャンを用いてドールベィビーの分析を進める。
「やはり、頑丈な身体にものをいわせて強行突破か」
「がんばらねば、じゃな。妖と、それから憤怒者か……倒しても倒してもキリが無い」
そう答え、『緋憑の幻影』瀬伊庭 玲(CL2000243)が駆け出した。両手に構えたハンドガンの引き金を引き、ドールベィビーへと接近していく。
玲の後姿を見送りながら、三島 椿(CL2000061)は「それにしても」と呟く。
「この人形には一体どんな思いが込められていたのかしら」
回復役の彼女の出番はまだ先になるだろう。今は、その時に備え、警戒と集中に意識を向ける。
ドールベィビーに攻撃を叩き込む幽霊男とク―。さらに千陽と玲の放った弾丸が、ドールベィビーの顎を撃ち抜いた。
追い撃ちをかけるように車輪状の脚で木々の間を疾駆しながら『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)が迫る。
「巨大な妖とはいえ、赤ちゃんの形してるし……アタシも、球体関節だから…なんか、気持ち的に、攻撃しにくいけど……」
突き進むドールベィビーが口を開く。ドールベィビーの眼前に飛び出したミュエルは、その咥内へと弾丸を撃ち込んだ。
「ここで、食い止めるよ……」
ミュエルの弾丸が、ドールベィビーの首を咥内から撃ち抜く。
それと同時に、ドールベィビーの喉からは空気を震わせるほどの大絶叫が放たれた。
『全員、かかれ』
背に背負った処刑人の剣を振り抜き、叶が告げる。ドールベィビーの絶叫と共に、憤怒者達が一斉に駆け出した。
「おや? これは?」
「煙草の匂いは染み付くもの。人の匂いは、森の中では目立ちます」
大木に掴まり、衝撃波に耐えていた幽霊男とク―が、揃って同時に視線を上げた。
守護使役の能力で強化された2人の嗅覚が、憤怒者達の接近を捉えたのである。
2人の思考を受信した千陽が、すぐさま後衛へと警戒を呼び掛けた。
「なにやら過去がありそうな影を纏った相手なのです……」
憤怒者達の姿を捉えた橡・槐(CL2000732)は、そう呟いて車椅子を前へと進ませた。
ドールベィビーの絶叫が収まると同時に、数名の仲間達は憤怒者の対応へと向かう。その間、ドールベィビーの相手をする役目を交代するための出陣だった。
●断罪の剣
「しかして、戦は無慈悲なのですよ。どんな過去を持っていようと、戦を仕掛けたのなら、負けてしまえばそれまでなのです」
ドールベィビーに対し艶舞・慟哭を使用しつつ、槐はちらりと、視線を横へ。 木々の中からこちらを狙う、憤怒者の姿を発見した。
怒りを付与されたドールベィビーが、再度大きく口を開く。
槐は、盾を眼前に構えドールベィビーの攻撃に備えた。
ドールベィビーの巨大な手が、槐の構えた盾を薙ぐ。
槐と入れ替わるように、千陽は後退。そのまま、木々の中へと跳び込んだ。奇襲に失敗した憤怒者達の間に動揺が広がる。
「断罪の剣でしたか? 我々は貴方達にとってはいつも悪役だ」
すぐ傍にいた憤怒者の足に向け、銃弾を発射。足を撃たれた憤怒者は、僅かな悲鳴と共にその場に倒れる。更に、もう1人の憤怒者へと銃口を向けた千陽の足を、先に倒れた憤怒者が掴んだ。
痛みに顔を歪めながら、意識が飛びそうな激痛を、怒りでもって無理矢理堪え、千陽の足首へとボウガンを撃ち込む。
「ぐっ……」
銃のグリップで憤怒者の頭部を殴りつけ、意識を奪い取る。その隙に、もう一人の憤怒者はその場から姿を消していた。
守護使役(朔太郎)の案内に従って、幽霊男は木々の間を走る。ドールベィビーから幾分遠く離れた場所に、憤怒者達のリーダーである叶の姿を発見した。
幽霊男の口元に、残忍な笑みが浮かぶ。叶が幽霊男を認識したと同時、カトラスを下段に構え、走る速度を上げた。ターゲットは叶のみに絞る。不必要な情報は、意識的に、認識の外へと追い出した。
そんな幽霊男の真横から、一閃の斬撃が襲い来る。
「っと……。ちと本気でやらんとかの。色々と面白そうではあるが」
真横からの乱入者は、憤怒者達のサブリーダーである積木であった。無言のまま繰り出される斬撃が、幽霊男の胸元を切り裂いた。飛び散る鮮血に頬を濡らし、幽霊男は積木へとカトラスの二連撃を返す。
『………』
積木はそれを、ナイフで受け止め、受け流した。刃物の扱いに慣れているのか、こちらの動きは半ばほど読まれているようにも感じる。
だが、完全には防ぎきれなかった。積木の腕は手首から肘まで切り裂かれ、血に塗れた。
『あぁ、憎らしい……』
そう呟いて、叶はライフルの照準を幽霊男へと向ける。積木と交戦中の今なら、相手が覚者だろうと命中させられる自信があった。
引き金を引く。火薬が爆ぜ、特殊弾が撃ち出される。
弾丸が幽霊男へと届く直前、間に割り込んだク―が、二本の刀を交差させ弾丸を弾く。
舌打ちを零し、続け様にもう1発。まっすぐこちらへ駆けてくるク―は、それを回避しようとするが、横合いから割り込んできた憤怒者に体当たりされバランスを崩す。
「この程度で断罪。言葉もありませんね」
鋭い足刀が、憤怒者の腹部を捉える。血を吐き、倒れ込む憤怒者を尻目に視線を叶へと向けた。ク―の腹部を、叶の弾丸が掠める。
その瞬間。
『ぁァァァぁぁ!』
走り込んできた叶が、大上段から処刑人の剣を振り下ろした。
それを防ごうと、刀を振り上げる。しかし身体が思うように動かない。特殊弾による麻痺の効果だ。辛うじて、首を狙って放たれた斬撃を回避するが、深く肩から胸にかけてを抉られる。
転がるようにして、ク―はその場を退いた。
ドールベィビーの進行を遅らせるべく、じりじりと後退しながら突進を防ぐ槐。髪は乱れ、頬には無数のかすり傷。額からは血が流れている。
盾を掲げ、ドールベィビーの攻撃を凌ぐ槐の後ろに、血に濡れたク―が転がり出てきた。
「え? え? ルルーヴさん?」
戸惑いの声をあげる槐が、ドールベィビーから視線を逸らしたその瞬間。
ドールベィビーが金切り声を張りあげる。
響く不協和音。身体の奥底から、不安が滲むように、背筋が粟立つ。
怖気を振り払うように、維摩は衝撃波の中を数歩前進。
「ぐ……。泣くな喚くなガラクタみたいに崩れ落ちろよ」
経典を広げ、維摩が唱える。ドールベィビーの頭上に、渦を巻く黒雲が現れた。 解き放たれた落雷が、ドールベィビーの身体を貫く。
金切り声が止むと同時、ドールベィビーの巨体が揺れる。
ドールベィビーの攻撃が止んだ瞬間、木陰から一人の憤怒者が現れる。狙いは手負いのク―のようだ。
飛び出して来た憤怒者へ向け、維摩は艶舞・慟哭を発動。
「小うるさい馬鹿共相手の手は幾つあっても足りはしない」
怒りに任せ、構えた銃を維摩へと向ける憤怒者。
その背後に迫る、玲の姿には気付かない。
「わらわの華麗なる一撃で、沈めい!」
一発の銃声が木霊した。弾丸が、憤怒者の足を撃ち抜く。踏鞴を踏んで、その場に倒れた憤怒者は、それでも這うようにして、維摩の方へと向かって行く。
怒り狂った鋭い視線を真正面から受け止め、維摩は憤怒者の首筋を経典で一撃。その意識を刈り取った。
それを見届け、玲はドールベィビーへ向き直る。
再度泣き始めたドールベィビーの声に耳を塞ぎながらも、片手のハンドガンをその喉へと向けた。
「ええい、うるさい赤子じゃのう。いい加減黙らぬか!」
刹那のうちに放たれた二発の弾丸が、ドールベィビーを撃ち抜く。
玲の放った弾丸が、喉を撃ち抜いたことによりドールベィビーの絶叫が僅かに弱まる。その隙を突いて、椿は上空から地上へと滑空。素早くク―の身体を抱き上げると、そのまま木陰の中へと飛び去った。
木の幹にク―の背中を預け、状態を確認する。
「うぅ……。なんだか怖い一撃でした。確実に命を取りに来てる、みたいな」
「初めて受けた状態異常ね、この剣の傷……」
椿の周囲に、淡い燐光を放つ雫が降り注ぐ。傷を癒す神秘の滴だが、どういうわけかク―の傷は治らない。どうやら、処刑人の剣による一撃には、傷の回復を阻害する状態異常が付与されているようだ。
「これが、状態異常……?」
状態異常の仮説を立てながら、椿は深想水を発動させる。
ふわり、と戦場に舞い散る不思議な香り。自然治癒力を上昇させる清廉香の香りだ。
槐と維摩の隣に並び、ミュエルはドールベィビー目がけて弾丸を放つ。ドールベィビーの動きを少しでも鈍らせる為、継続して攻撃を続けて行く。
銃の引き金を引きながら、ミュエルは自身の胸の内に芽生えた言いようのない不安感に困惑する。
もし、状態異常を受けてしまったら、そのままずっと回復しないのではないか、という得体の知れない不安な気持ち。
「不安がってても仕方ない……。まずは、妖を、仕留めるよ」
攻撃頻度の増したドールベィビーを警戒してか、近くに憤怒者の姿はないようだ。
周囲への警戒は仲間に任せ、ミュエルは不安を押し殺しながらハンドガンの引き金を引いた。
ドールベィビーの絶叫が地面を抉る。
飛び散る土塊を防ぐ槐の背後に、ミュエルと玲が身を隠し、ハンドガンを構えた。
身体強化は解除され、衝撃波によるダメージが直に身体を痛めつける。内臓が、鈍い痛みを発し、槐の唇からは血が零れた。
「もう一度言いますが……負けてしまえばそれまでなのです」
衝撃波に弾かれ、弾丸のような速度で飛んできた岩の塊を、槐は盾で受け止めた。衝撃によって、槐の細腕が悲鳴を上げる。喉の奥から声を張り上げ、盾を振り払うことで岩の塊を弾き返した。
「……撃つよ」
「ええい! 散々泣き声を聞きすぎて今も聞いてるように思えてくるわ!」
地面に倒れた槐の左右から、ミュエルと玲が跳び出す。手にしたハンドガンを連射し、ドールベィビーの肩を撃ち抜く。ダメージの蓄積か、ボロボロとドールベィビーの両腕は崩れ落ちた。前のめりに地面に倒れたドールベィビーの頭上に黒雲が渦巻く。
「デカ物だけ有ってよく目立つ。狙いが付けやすいぞ」
落雷。
維摩の放った雷獣が、ドールベィビーの身体を貫通した。
落雷の直撃を受けた頭部から順に、ドールベィビーの身体は焼け焦げた人形となって崩れていく。
地面に倒れ、荒い呼吸を繰り返す槐の元へ椿が舞いおりた。周囲には、回復効果のある光の滴が降りそそぐ。
妖を撃退し、しかし彼らにはつかの間の休息に身を預ける暇もない。
崩れ、山と積み上がった球体関節人形の上には、いつの間にそこにいたのか積木の姿があった。
無言のまま、積木は球体関節人形の山を駆けおりる。
そんな積木の眼前に、木々の間から歩みでてきたクーが割り込む。
二刀を素早く旋回させ、積木のナイフを受け止めた。
火花を散らし、無言のまま激しく打ち合う積木とク―。
そんな彼らの様子を、滂沱の涙と共に睨みつける人影があった。
●おやすみ
『あぁ……。あぁ、私の赤ちゃん……。また、また、死んじゃった』
髪を振り乱した叶が、ライフルを構えた。狙う先には、ドールベィビーの残骸の中、激しく切り結ぶ積木とク―の姿があった。
叶が引き金を引く、その直前。
「家族を亡くしたその怒りを実際に家族を殺した人物ではないけれど憤怒者になる可能性がある“覚者”にぶつける。悲しい人達……。きっとそうしなければ立っていられないのね」
ライフルの銃身を、一本の矢が貫いた。
矢を放ったのは椿だ。まっすぐな、それでいて僅かな憂いを含んだ眼差しで叶を見つめる。
虚ろな瞳で、叶は椿を睨みかえした。
ゆっくりと、背中に背負った処刑人の剣を引き抜く。
『だったら……直接』
剣を振り上げ、叶は駆け出す。そんな叶を援護するように、2人の憤怒者が銃とボウガンで援護する。残りの憤怒者は、この場に立っている4人だけなのだろう。
飛び交う銃弾と、矢を避けるためドールベィビーと交戦していた5人は散開。木々の間に身を隠した。
木々の間に身を隠し、幽霊男はくすりと笑う。
「手数も減ってちょうどいいしの。ここで待っとれば来ると思っとったわ」
肩の上で飛び跳ねる守護使役の頭を撫でて、幽霊男はカトラスを抜いた。目の前を憤怒者が通り過ぎた瞬間、戦場へと踊り出し剣を一閃。峰打ちで、憤怒者の意識を刈り取った。
幽霊男の登場に気付いた、叶が憎悪の視線を向ける。
叩きつけられる殺意を一身に浴びながら、幽霊男はカトラスを掲げ、叶の背後を指し示す。
ドサリ、と重たい音を立て、ボウガンを手にした憤怒者が地面に倒れた。
「力に善悪なんてありません。それに世の中には法がある。人が裁くのではなく法が裁くのだと思いますが、貴女方のやっていることに正当性はありません」
そう告げた、千陽の足元には、気を失った憤怒者が倒れている。
ゆっくりと、左右を挟む幽霊男と千陽を睥睨し、叶は呟く。
『正当性? 私の赤ちゃんは、正当な理由で死んだというの?』
ゆらゆらと、処刑人の剣の重さに振り回されるように、叶はめちゃくちゃに剣を振り回す。重たい剣が、木の幹や地面を抉り、砕いた。
千陽は、一歩ずつ叶へと近づいていく。カトラスを肩に乗せ、幽霊男はそれを見守る。
『ァァァぁあああああ!!』
叶の振り下ろした剣が、千陽の肩から胸にかけてを抉った。血飛沫を浴び、顔や髪を赤く染め、それでもまだ、狂気に身を任せ、叫び続ける叶の腹部に、千陽の拳が突き刺さる。
小さな呻き声。意識を失った叶は、その場にガクリと倒れ伏した。
意識を失ってなお、最後まで、叶が処刑人の剣を手放すことはなかった。
「叶君か。君は赤ん坊を失ったのかな? まぁ、如何でも良いのだが……。この剣は回収しておくかの」
気絶した叶に言葉を告げて、幽霊男はその手に握られた剣へと手を伸ばす。
ナイフによる鋭い斬撃が、ク―の頬を切り裂いた。
ク―の振るった刀が、積木の腹部を切り裂く。
「覚者をギャングかマフィアと一緒にされても困りますね。貴方様方が銃を持つのと、警察が銃を持つのが違うように、力の所在だけで善悪は決まりません」
そう呟いたク―の言葉に、積木はくっくと肩を震わせ、笑って見せた。
『善悪に興味はないよ。私はね、他の連中みたいに、君達に恨みがあるわけじゃない』
すぅ、っと。
積木の身体が深く沈む。下段から、跳ね上がる勢いに任せて放たれた斬撃が、ク―の腹部を切り裂いた。咄嗟に放たれたク―の斬撃は、積木の頬を深く切り裂く。
破れた包帯が跳び散る中、露出した積木の顔には無数の切傷。表情さえも判別できないほどの量だ。
にやり、と。
積木が笑ったその瞬間、ク―の背筋に怖気が走る。
狂気に取りつかれた者の目だ。
『興味があるのは、刃物と、殺戮だけだよ。あの剣が丁度、欲しかった』
だから、叶に近づいた。
ク―の腹部を蹴り飛ばし、積木はまっすぐ倒れ伏した叶の元へ。
地面に倒れたク―の身体に痛みが走る。先の斬撃で、どうやら毒の状態異常を受けたらしい。
幽霊男の手に渡った処刑人の剣へ向け、積木はまっすぐ手を伸ばす。積木の接近に気付いた千陽が銃弾を撃ち込むが、千陽の足は止まらない。腹部に、肩に、足に銃弾を浴びながら、積木は処刑人の剣を掴む。
擦れ違い様に、幽霊男の腕を切りつけ、血塗れの積木は木々の中へと駆け抜けた。
その後、どれだけ探しても。
川にでも跳び込んだのか、積木の姿を、再度補足することは出来なかった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
