《真なる狩人》雲外鏡の檻
《真なる狩人》雲外鏡の檻



入口から強力なライトで照らしてみても、広い工場の奥は真っ暗で何も見えない。ここは人の出入りがしばらくないため空気が澱んでおり、湿め湿めとしている。活気づいていた当時の面影を窺い知ることができないほど、荒廃していた。
 たしか入り口近くに配電盤があったはずだ。
 部下から懐中電燈を手渡されると、高瀬 和人は伽藍洞に足音を響かせた。壁沿いを伝い歩いて配電盤を探り当てると、蓋を開けてブレーカーを上げた。
 暗から明へ。一気に世界が転ぶ。
 明るさに目が慣れるまで数秒を要した。
「本当に何もないんだな。まあいい。トラップの仕掛けがいがあるというものだ。よし、檻を運び込め」
「はっ!」
 部下の一人が入口へ駆け戻る。
 すぐに古妖対策の施された特殊な檻を積んだ大型トラックが入ってきた。
 檻の中には度重なる実験の末に性質が変化し、凶暴化した古妖が一匹、据え置かれていた。
「誘導班はゴーグルを着用。誘導を開始せよ。運搬班、絶対に姿見鏡を見るなよ」
「はっ!」
「誘導班も直視は避けろ。いいな」

 捕らわれている古妖は名を雲外鏡という。
 千年の時を経て変じた付喪神の一種だ。有名どころでは遥か昔の中国大陸にて、あの古妖妲己の正体を見破ったという。
 檻の中にいる雲外鏡はそれとはまた別物だが、やはり大陸で作られたものらしい。
 日本には、平氏や源氏といった武士階級が覇権を争う平安時代末期に、流れて来た旨が鏡の裏に記されていた。
 当時、不安にさいなむ人々の世情を写して、鬼や天狗が京の都に現れていた。雲外鏡はそれら古妖の姿をたくさん写し持っている。
 憤怒者たちは雲外鏡から鬼や天狗たち、その他多くの古妖たちを取りだして、復活させようとしたのだ。
 雲外鏡は拒んだ。拒み続けて狂った。

 鏡の中に大陸の衣装を着た美しい女が浮かんでいる。見えざるものを見る目と狂気に歪んだ赤い唇がおぞましい。
 だが、本当に恐ろしいのは、美女が鏡の奥から連れ出す古妖たちである。
 鏡から様々な呪いが放たれ、多くの憤怒者が命を落とした。
 鏡に取り込まれて、生きる肉塊に変えられ放り出された者もいる。

「よし。檻はしっかり固定したか? ……反射鏡、搬入開始せよ」
 広い倉庫の中央に内に雲外鏡の檻が取り付けられ、その周りに可動式の呪詛反射鏡が設置された。
「……来ますかね」
「あの連中とは限らんが、近々来るだろう」
 高瀬の副官、赤城は脇腹に手をあてて顔をしかめた。
 遠野で覚者の女から蹴りを受け、骨にヒビが入っていた。もう一人の副官は、潰れた片肺の摘出手術を受けて入院している。
「各地の中継点が襲撃され潰されている。ここのが割りだされるのも時間の問題だ」
「殺しても構いませんか?」
「無論だ。化け物どもを返り討ちにしてやれ」


「ついに『古妖狩人』たちの本拠地が分かったぞ!!」
 覚者たちが部屋に入ってくるなり、久方・相馬(nCL2000004)は興奮気味に叫んだ。
「本拠地を特定できたのは、みんなが頑張ってくれたおかげだ。それと、『安土八起』たちの力のおかげだ。けどマジ、すごいよな。オレ、ファイブの夢見でよかった。鼻が高いぜ。あ、ごめん。座ってくれ」
 相馬は集まってきた覚者たちに椅子を勧めると、興奮冷めやらぬ顔で本題を切りだした。
「『古妖狩人』たちの本拠地なんだけど、場所は滋賀県近江八幡。琵琶湖湖畔近くにある工場群だ。そこを強襲して、捕らわれている古妖を開放し、憤怒者たちの活動を完全に抑え込む」
 天井からスクリーンが降ろされ、工場群の敷地図が映し出された。
「見ての通り、工場内はだだっ広いし、いくつも大きな建物がある。工場群の中でひときわ大きなこの場所が大本命だ。だけどその前に、周りの建物も潰しておく必要がある。背後から襲われたり、憤怒者たちが古妖を連れてにげたりしたら大変だからな」
 そこで、と相馬は左上に位置する割と大きめの建物を指で示した。
「みんなにはここをまず潰してもらう。オレが夢見で得た情報は今から配る資料に全部書いてあるから、移動中にしっかり目を通してくれ」
 今回は大勢の覚者が一度に、それも迅速に移動しなくてはならないため、ファイブで車を用意しているらしい。
「それじゃあ、みんな。頼んだぜ。古妖たちを助けでして、ヤツラの基地をぶっ潰しくれよな」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.全憤怒者の逮捕もしくは撃退
2.古妖『雲外鏡』の撃破
3.戦闘不能者を2名以上ださないこと
●場所と時刻
 滋賀県近江八幡。琵琶湖湖畔近くにある工場群の一角。
 時刻は夜だが、工場内は非常に明るい。

●古妖『雲外鏡』
 今までに写し取った古妖の技を自在に繰りだせる。
 明かりが少ないと鏡に姿を写せないため、攻撃力が落ちる。
 360度、檻の中で水平方向に動く。上下には鏡を向けられない。
 【鬼】……腕を伸ばして鏡の中に引きずり込み、怪力でひねりつぶして放り出す。覚者は潰されないが、かなりのダメージを受ける。/特遠単/呪詛反射鏡が存在し、跳ね返りできる限り、腕は得物を求めてどこまでも伸びる。跳ね返りがなければ、鏡の前面に対して10メートル範囲内までしか腕を伸ばせない。
     ※鏡に反射された腕は、曲がって伸びる!
 【かまいたち】……真空の刃を飛ばす。/特遠単/出血
 【天狗】……赤みを帯びた怪火を放つ。/特遠列/火傷
 【泣き女】……超音波を飛ばす。超音波を受けたものはショック状態となり、命中補正と回避に若干の悪影響がでる。/特全

●憤怒者
全員、有線式通話機と対術式プロテクター着用。
対術式プロテクターは、術式によるダメージの1/3を吸収。
体術による衝撃の1/4を緩和する。
※上半身のみ。

・指揮官・高瀬 和人と副官・赤城
  高瀬 和人……元陸自。第一空挺団、第三普通科大隊、第七中隊に所属していた。
  戦闘のプロ。
  倉庫の一番奥に陣取っている。
  【対覚者用特殊ナイフ】……物近単
  【対覚者用特殊拳銃】……物遠単
  【鋭刃脚】
  【閂通し】
  【霞返し】
  【癒力活性】

  赤城 守……元警察官。射撃と剣道の腕はハイレベル。
  肋骨にヒビが入っているため、あまり素早く動けない模様。
  やはり倉庫奥にいる。
  【対覚者用特殊ブレイド】……物近単
  【対覚者用特殊拳銃】……物遠単
  【貫殺撃】
  【重突】

・可動式の呪詛反射鏡を操作する兵士 36名
  全員が元警察官。一部自衛隊員も含まれている。
  【対覚者用特殊手斧】……物近単
  【対覚者用特殊手斧(なげ)】……物遠単
  【正拳】  

●可動式の呪詛反射鏡、36枚。
 憤怒者たちの開発。術式の特殊攻撃や妖気による攻撃を乱反射する特殊な鏡。
 開発半ばの未完品であるらしく、跳ね返す方向が定まらない。
 攻撃をしたものに50パーセントの確率で跳ね返る。
 体術などの物理攻撃で破壊可能。
 可動角は180度。固定式。
 雲外鏡の檻を中心に三重円に配置されている。

●工場
 もともとなんの工場であったか定かではないが、壁の厚さが2メートルと分厚い。
 天井が高く、床から12メートルもある。
 可動大型クレーンは取り外されている。
 天井はそれを支える柱を除くと空間が開けている。
 入り口から入って10メートルほどのところ、左の壁に配電盤がある。
 工場奥に高瀬が設置させたサーチライトが2機あるが非常用。
 襲撃時は電源が入っていない。

●STコメント
シリーズの締めです。壊滅させましょう。
今回はファイブが移動の為の車を用意してくれています。楽ちん。
なお、本シナリオではアイテム欄に記載のない品の使用は一切認められません。
ご注意ください。

それではご参加、お待ちしております。

(2015.12.13)
古妖『雲外鏡』の攻撃方法【鬼】【泣き女】について不備があり、表現修正が行われました。
ご確認宜しくお願いいたします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
9/9
公開日
2015年12月22日

■メイン参加者 9人■

『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『レヴナント』
是枝 真(CL2001105)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『突撃巫女』
神室・祇澄(CL2000017)
『戦場を舞う猫』
鳴海 蕾花(CL2001006)
『ブラッドオレンジ』
渡慶次・駆(CL2000350)
『デブリフロウズ』
那須川・夏実(CL2000197)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)


 ――今度こそ、殺してやる。

 『レヴナント』是枝 真(CL2001105)はポケットの中で拳を固めた。ファイブという心理的抑圧弁をいますぐ吹き飛ばしてしまいそうなほど、気が高ぶっている。てのひらに爪を食い込ませでもしておかないと、うっかり殺意を口にしてしまいそうだ。
(今度こそ、殺してやる。止められても、やる)
 『狂気の憤怒を制圧せし者』鳴海 蕾花(CL2001006)はそんな仲間の心情を読み取ったのか、一歩前に踏み出した真の腕をしっかりとつかんで引き寄せた。
「ちょい待ち。あたしとペアで動くって決めたでしょ? いま、つくねが偵察したことを教えてくれるからさ、もう少し待ってちょうだい」
 最初、蕾花は守護使役のつくねを憤怒者たちが立てこもる工場の屋根に飛ばそうとしていた。明かりとりの天窓があれば、そこから内部を覗かせようと考えたのだ。
 だが、予想以上に工場の屋根は高かった。
 夢見から広いとは聞いていたものの、まさかこれほどの大きさとは――
「あ~、駄目か。残念、換気口から中は覗けなかったよ」
 つくねが屋根に上がれないと判断すると、蕾花はすぐ壁に窓を探した。が、どこにも見当たらなかった。かわりに換気口らしき、格子のはまった丸い穴をいくつも見つけたのだが、やはり工場内部を見ることはできなかった。
「そらそうだろう。壁の厚みが2メートルだ、厳しいと思うぜ。正面はガレージシャッターのせいで大部分が薄くて助かったが、それでも熱感知で探れたのは全体の三分の一ってところだな。死角になるようなものは天井を支える柱ぐらいしか見当たらない。時間があればぐるりと回ってみるんだが……」
 夜の闇を震わせて、方々から物騒な物音が聞こえてきだした。
 ファイブは動ける覚者を総動員して、琵琶湖湖畔にある古妖狩人たちの本拠地に奇襲をかけていた。憤怒者たちの逃走を防ぐため、各チームがほぼ一斉に広大な敷地の中に点在する工場を攻撃しているのだ。
 憤怒者の司令官にも、すでに敵襲の緊急連絡は入っているだろう。
 寺田 護(CL2001171)は指を曲げて自分の後についてくるよう合図すると、シャッター横のドアに向かって歩き出した。
「幸いというか、配電盤側にドアがある。そこから中に入ろう。配電盤から真横に8メートルのところに一人いる。雲外鏡の檻を中心に三重円の一番外側、時計の盤でいえば七時の位置だ。呪詛反射鏡は雲外鏡に対して120度角で向けられている」
 三重円に配置された呪詛反射鏡は、反射した攻撃を仲間に当てないよう、少しずつ直線上に重ならないよう置かれていた。
 奥州 一悟(CL2000076)は手を組んで頭の後ろにあてがうと、軽く体を捻った。
「ぱっと配置のイメージが浮かばねえな。ようはできるだけ殺さないように手加減して、全員ぶっ飛ばせばいいんだろ?」
 そんな余裕があればね、と真が後ろでつぶやく。つぶやきはあまりに小さく、真横にいる蕾花ですら聞きとれなかった。
 別に手加減しなくていいのよ、と『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が腰に拳をあてて憤る。
「た・か・せぇ~っ、なのよ! あすかのかわいいお鼻を折った罪は重いのよ。倍返しだ、なのよ!」
 護がドアの前で振り返り、怖い顔で口に人さし指をあてた。
(「あわわ……ごめんなさいなのよ」)
 『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)が、しゅんとなった飛鳥の肩に大きな手を置く。
「しかし、元官憲が揃いも揃って……。ああ、報告書は読ませてもらった。やつらが言いたいことはわかるよ。確かに俺達はバケモンだ。公権力が制圧できない暴力なんて、脅威でしかないもんな。考えは正しい」
 しかし、とかぶりを振る。
「……やってることはダメだ!」
 覚醒とともに引っ込んだ駆の腹を見て、飛鳥が目を丸くした。
「駆おじさん、お腹がペッタンコになって代わりにハゲがフッサーになったのよ……まるで別人?」
「頭は剃っていただけだろ」
 香月 凜音(CL2000495)が駆に先んじて、飛鳥の勘違いを訂正した。キョロキョロとあたりを見回す。しばらく辺りから聞こえてくる戦闘音に耳を澄ませ、ちょーっとばかし場違いなところに来てしまったようだ、と苦笑いを浮かべた。
「香月の家でもここでも。力を使わざるを得ないのは変わりなし、か」
「おう、倒さなきゃなんねえ憤怒者の数が多いからな。頼りにしているぜ、凜音」と一悟。
「しっかし……。『使えるものなら妖でも何でも使おう』ってのが気に入らねーな。人とは違う存在を玩具のように扱いやがって」
「そうそう、雲外鏡な。できるなら助けてやりたかったぜ」
 やりきれなさを隠そうともせず、一悟は息を吐き出した。
 夢見が撃破を指示した以上、割れてしまった心は直せないのだろう。放置すれば人に害をなす存在になってしまうのは確実だ。退治できぬのなら、ファイブの神具庫の奥深く封印しなくてはならない。
 だが、そうなれば雲外鏡は二度と鏡に何かを写すことができなくなる。結局、それは鏡として死んだも同然だ。
「せめて一言でいいからあやまりてえよな」
『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)がうんと頷く。
「非道の果てに、正気を失うまでに、なるとは、なんと、おいたわしい。その無念、私達で、晴らしましょう」
 巫女の祈りをもって助けられるものならそうしよう。だが、叶わぬのであれば、この世に恨みを残さぬように、しっかりと禍根を立たねばなるまい。
 長い前髪が割れて、夜に底光りする湖面のような瞳が現れた。怒りの強さに、手にした御符が細かく震えている。
「数に関してですが」
 こほんと、小さな咳払いひとつ。『デブリフロウズ』那須川・夏実(CL2000197)は、みんなの注目を集めた。
 人さし指をこめかみあてて両目を閉じる。
「タクサンの人数が居るのに物量作戦をせずに、暴走してる古妖と不完全なアイテムを使う……。これはつまり、兵士達が弱すぎるのか、或いは雲外鏡サン一体で兵士36人を上回るのか」
 恐らく、後者でしょうね、と右目を開いた。
「カクゴしときましょう」


 覚者たちは、護が開けて手で押さえたドアから次々と工場内に突入した。とたん、先陣を切った真と蕾花が憤怒者たちから集中攻撃を浴びた。
「怯むな! 行けどんどん行けいけ!」
 飛んでくる手斧の風切音と、自らぶっ放すグレートランチャーの発砲音を跳ね返す勢いで張り上げた駆の怒鳴り声が、だだっ広い工場に響く。
「兵はセッサクを尊ぶってヤツね! 回復はワタシたちにお任せあれ!」
 半ば覚悟はしていたが、煌々と天井から降り注ぐ照明に照らし出されて、覚者は恰好の的になっていた。
 ただ、夏実の推測どおり呪詛反射鏡を操作する兵士たちは弱く、ほぼ一撃で戦闘不能になっていく。こちらも相応のダメージを受けたが、すでに突入からわずか一分で敵兵の半数が片づいていた。
「手ごたえがなさ過ぎて、なんだかなぁ……」
 一悟は複数の兵を倒すため、武器を愛用のトンファーからグレートランチャーに持ち替えていた。これならトンファーのままでもよかったんじゃないか、とぼやく。
 そんな一悟を護が叱咤した。
「ばかやろう! ちゃっかり手当されておいて、手ごたえがないとはなんだ! まだ半分だ、気を抜くな!」
 事実、癒し手たちは仲間が受ける傷を癒すためだけに能力をフル回転させていた。攻撃に回っている余裕がないのだ。
 高瀬の指揮能力が想定していたよりも高かったのか、それともよく訓練されている兵が揃っていたのか。憤怒者たちの攻撃は的確で、覚者たちの動きを見事にコントロールしていた。
「……コントロール。ええ、まさに。何か企んでいるでいることはカクジツでしょうね」
 夏実が向けた視線の先で、祇澄が憤怒者たちから集中攻撃をうけていた。飛鳥が懸命に癒しの滴を飛ばして支援しているが、どうにも旗色が悪い。
「祇澄お姉さん、戻ってきてくださいなのよ!」
 祇澄はたった一人、仲間たちとは反対回りで司令官たちの首を取りに行こうとしていた。敵の意識が味方本隊に集中している間に、奇襲を仕掛けようとしていたのである。だが、それも高瀬は御見通しだったようだ。
「わかりました。ここは一旦引きさがりましょう。ですが……そこのあなた! 足元が、お留守です!」
 祇澄は撤退しながらも、地面を槍のように隆起させて兵と呪詛反射鏡を一枚割った。
 癒しの術を振るいながら、配電盤を守っていた凜音が頭に浮かんだ疑問を口にする。
「まだ雲外鏡が一度も動いていない。どうして動かないんだ?」
「どうでもいいわ、そんなこと」
 真は刹那と名づけた双剣を振るった。放たれた斬撃は地を裂き、先にいた憤怒者たちを鏡ごと薙ぎたおしていく。
 まだ戦おうと足掻く敵を、蕾花が疾風を起こす鋭い蹴りでまとめて仕留めた。
「まあそう言わず……って、まさか、あれ、ダミーじゃないだろうね?」
 工場の中央に置かれた檻の中、たなびく雲をあしらった飾り枠の鏡が立て置かれていた。見る限り鏡を支えているものは何もない。これだけの騒ぎに倒れないところを見ると、何かしら不思議な力で自立しているのだろう。
「じゃあ、ダミーじゃないのか」
 しかし、雲外鏡は戦闘開始から一貫してガレージに鏡面を向けたままであり、微塵も動いていない。
「飛鳥、てめえも後退しろ。ヨロヨロじゃねーか。こっちへこい、気力を分けてやる」
 護は自身に残る精神力を術によって増幅させた。消耗の激しい飛鳥に力を分け与える。
 駆がグレートランチャーを乱れ打ちして、下がってくる祇澄と飛鳥をフォローした。そのまま高瀬たちが陣取る奥に向かって走り出す。
「動けねえのか、動かないのか分からんが、雲外鏡はこのままうっちゃって、憤怒者たちを一気に片づけるぞ! 我に続けものども!」
 真と蕾花が駆の両脇を固めてともに進む。
「おう、反射鏡もほとんど割れたことだし、これでやっと憤怒者たちをシバけるぜ!」
「あすかも戦うのよ! 高瀬、覚悟なのよ!」
 護と飛鳥、夏実が後に続く。
 一悟はその場にとどまって、右側にまだ残る憤怒者たちをグレートランチャーで牽制した。祇澄も また、思うところがあるのか、その場を動かない。床に目をむけ、何かを探している。
凜音は迷った。
 このまま配電盤の前にいては奥に向かった仲間たちに術が届かない。しかし、ついて行けば、一悟と祇澄に何かあった時に癒してやれない。
「……くそ」
 結局、もう配電盤を守る必要はないだろうと判断した。残った二人は、危なくなったら自己判断で術が届く範囲に移動してくるだろう。
 凜音が奥に向かって駆けだしたその時――。
「プランB、実行!!」
 高瀬の怒号が響いた。
 ほぼ同時に拳銃が発砲された。
 凜音はあっと声をあげて立ち止まった。
 いつの間にか赤城が右から回り込んできていたのだ。

 明かりが落ちた。
 工場内はまったき闇に包まれた。


(「ちっ、夢見とかいう化け物のせいか……。宝くじもろくに当てられないくせに、余計なことを読み取りやがって」)
 おかげで作戦の変更を余儀なくされた。化け物たちは真っ先に配電盤を壊す、と踏んでいたのに。
 拾い集めた情報から、化け物たちが暗視能力を持っていることは判っていた。壊されればおしまいの機械に頼らず、闇の中でも明かりの下と変わらず自在に動けるのであれば、絶対の有利が確保できる。
 連中は予知でサーチライトの存在も知っていたはずだ。現に、あの羽を生やした男は遠くから届かないまでも、明らかにサーチライトを狙って攻撃を仕掛けて来た。こちらが暗闇を恐れていると、思っての事に違いない。次に後ろの若い男が配電盤を壊すはず、と細く笑んで待ち構えていたら、なんと、逆に守り始めたではないか。
 これには高瀬も赤城も驚いた。
「くそ、やられた。これでは雲外鏡が使えん」
 矢継ぎ早に命令を飛ばしてなんとか配電盤を壊そうと試みたが、さすが化け物、誰一人としてなかなか倒れてくれなかった。
 最新鋭の対能力者兵器で武装していても、ただの人である自分たちには倒せないのか……。
 悔しさに唇をかみしめつつ、兵の半数を見捨てる形になった。助けてやりたかったが、勝利のためにも闇に包まれて形勢が逆転するまで、厳しい修行の末に身につけた回復術は取っておかなくてはならない。
 一人、また一人と仲間が倒されていくのを見せつけられて、高瀬は無意識に手を胃に当てていた。
 我慢が限界に達しようとしたとき、ようやく化け物たちがまとまって動きだした。配電盤の前から若い男が離れていく。
「プランB、実行!!」
 高瀬はようやく、回り込ませていた赤城に突撃命令を出した。


 明かりが落とされた直後から、暗視を活性化していた者たちが視界を奪われたものとペアを組んだ。
 真と蕾花、護と駆、夏実と飛鳥が組になった。片方が目となり動くことで暗闇をカバーしようとするが、どうしても動きが取りづらい。
 凜音と一悟、祇澄はそれぞれ単独で憤怒者たちの動向を見極めようとしていた。
 それは突然始まった。
 工場の中央に据え付けられた檻の中で、雲外鏡が狂ったように動きだした。
 暗視があるものはくるくると回る鏡を呆然と見やり、暗視を持たないものは吹き荒れる風に異変を悟った。

 ――いやぁぁぁぁ!

 鼓膜を切り裂くような、甲高く鋭い女の悲鳴が上がる。

 ――明かり! 明かりをつけてぇぇぇぇっ! 光を返して!

「いいぜ、お望みの光だ!」 
「サーチライトを割れ!」
 高瀬と駆が同時に叫ぶ。
 錯乱した雲外鏡はサーチライトの光を受けるなり、やみくもに妖気を放った。高瀬の前を中心に残っていた呪詛反射鏡が、受けた妖気を覚者たちへ跳ね返すべく一斉に向きを変える。
 赤みを帯びた怪火が護たちを襲った。
 サーチライトが消された。
 呪詛反射鏡に跳ね返された妖気が覚者にあたる確率は半分以下のはずなのだが、悪い予感は往々にして当たるものである。
「なんていう法則だったかな? あのくそったれたやつは」
 闇の中で護が呻いた。
「マーフ……なんとか? しかし、やってくれるぜ。サーチライトはこれが狙いだったか」
 膝から崩れる護に答えると、駆もまた床に膝を落とした。
「鳴海さん!」
 真はかろうじて天狗の怪火が当たらなかったのだが、となりで目である蕾花が肩を焼かれていた。
「大丈夫、それよりも……」
 飛鳥が癒しの霧を広げ、夏実が警告を発した。
「みなさん、手斧にご注意!」
 闇の中から一斉に手斧が飛ばされてきた。
 香月が駆けつけて来て、続けざまに癒しの霧を広げる。
「雲外鏡、光だ!」
 高瀬の怒鳴り声を合図に、サーチライトがまたつけられた。


(「憤怒者は、仲間に任せましょう。私は一番の脅威を取り除く、それがもっとも最良」)
 祇澄は割れて落ちていね呪詛反射鏡の中から、比較的原型をとどめているものを選んで拾い上げた。
 動かないのなら今のうちに戦闘不能にしておこう。なにより、可哀想な古妖に一声かけてやりたかった。
 動きだした矢先に銃声が響いて、明かりが落ちた。
「神室さん! 赤城が狙ってたぜ。気をつけて!」
 一悟の警告はほんの少し遅かった。
 盾を捨てて、撃たれた肩を押さえる。
 ゆっくりと闇の中を逃げる赤城の腰から下を狙い、一悟がグレートランチャーを撃った。
「大丈夫?」
「こちらは、大丈夫。さあ、雲外鏡を、倒しますよ」
 檻に近づくと、中で雲外鏡が狂ったように回っていた。
「まず、この檻を壊さねえとな」
 一悟が炎を纏った拳で檻を壊した。
 祇澄が檻に入る。
「ま、まぶしい!」
 サーチライトの光がふたりの目を射抜いた。
 動きを止めた雲外鏡から赤い妖気が放たれる。
 呪詛反射鏡によって跳ね返された光は、憤怒者たちに向かっていった仲間たちを直撃した。
「鎮まり給え……今の貴方は、望む姿では、ないでしょう」
 硬化させた腕を、思いっきり鏡面に叩きつける。
 サーチライトの光が消されると、雲外鏡がまた動きだした。
 回転する鏡にはね飛ばされて、祇澄は檻に背を強くぶつけた。
 動きを止めた雲外鏡からとてつもなく大きくて毛深い手が、ニュルと抜け出て来た。
 鬼の手が祇澄に掴みかかる。
 一悟が間に割って入った。
「奥州さん!?」
 再びサーチライトがつけられたとき、檻の中に一悟の姿はどこにもなかった。
 光を求めるように雲外鏡が動いて向きを変えたが、妖気は放たれなかった。


 殺すほどではない、と飛鳥が真から高瀬を庇っていた。
 護と駆、そして蕾花は傍観を決め込んでいる。
 高瀬の作戦は一悟によって打ち砕かれていた。
 雲外鏡に引きずり込まれた一悟は、屈強な鬼たちに寄って集って痛めつけられつつも、チャイナドレスを着た美女に声を掛け続けたのだ。
 いますぐは無理かもしれないが、オレたちが必ず闇の中から助けだすから、と。
 結果、雲外鏡は一切の手出しをやめた。 
 全身血まみれ状態で無造作に鏡の外へ放り出された一悟はいま、凜音と夏実から手当てを受けている。
 憤怒者たちは一掃され、残るは司令官の高瀬一人となっていた。
「こんな人たちのために犯罪者になるのは馬鹿らしいのよ、やめるのよ!」
 いきなり、飛鳥の首に高瀬が腕を回した。もう片方の手で頭を押さえて、首を捻り折ろうとする。
 勢いよく吹き出した血が、壁を赤く染めた。
 真が高瀬の首を切ったのだ。
「正当防衛よね、これ?」
 咳き込みながら真を見上げた飛鳥が、ぴくりと体を震わせた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

成功です。
雲外鏡はファイブに運ばれ、無害化するまで封印されることになりました。
大丈夫。真っ暗なところには置かれていませんから。




 
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