【古妖狩人】山の王は野に下りて
【古妖狩人】山の王は野に下りて


●狒々
 狒々は山中にすむ獣にして、猛獣をとりくらふ事、鷹の小鳥をとるがごとしといへり。

●戦場
 港の外れに置き捨てられた廃業済みの工場。
 そこが近頃神秘界隈を賑わせている『古妖狩人』の活動拠点であるとの情報を得たF.i.V.Eは、すぐさま人員を派遣した。末端の中継地点ではあるが、供給ルートを陥落させることで戦力の拡充にブレーキを掛けられるし、何よりこの地に預けられた古妖達を一斉に救出できる。
「人の道を外れた無法者め、覚悟しろ!」
 施設手前で警護に当たっていた憤怒者を一括し、襲撃を仕掛ける覚者一同。
 いくら最新鋭の兵器で武装していようが、因子の力を持たない相手に遅れを取ったりはしない。覚者は迅速に片付けるべく開幕から全開で挑むが――
 どうにも気に掛かる。憤怒者の傍らに佇む、鎖で繋がれてた黒塊に。
 懸念は的中し、真っ黒い『それ』は束縛から解き放たれると同時にのそりと歩み寄ってくる。
 迫ってきたのは毛むくじゃらの、巨大な猿である。隙間なく生えた毛皮の上からでも、筋骨の隆起した体格が明らかに見て取れる。
 大猿は接近してきた二人の覚者の前に立ち塞がると、その丸太じみた腕を振り回して弾き飛ばした。小さく宙を舞い、転倒する二人。だがアスファルトの地面に叩きつけられた衝撃より、殴られた威力のほうが遥かに上回っている。
「古妖……か?」
 しかし、これほどまでに強靭な力を持つ古妖が憤怒者に屈することなどありえるのだろうか。
「やれ!」
 動揺が広がる中、攻めに転じたのは憤怒者の側だ。各々銃を掲げ一斉射撃を開始。銃弾の雨をかいくぐって格闘に持ち込みたいところだが――眼前の怪物があまりにも高い壁として聳え立っている。
 自然と後退を余儀なくされる覚者達。
「フハハハ、この力が俺達のものだなんて最高だぜ!」
 高笑いを浮かべる憤怒者をよそに、大猿は口を真一文字に結んで仏頂面を貫いていた。

●下野の裏
 覚者達は会議室に入るや否や、久方 相馬(nCL2000004)と夢島 うるる(nCL2000073)が言い争いをする光景を目にした。
「絶対変だ、狒々がそんなことするわけないぞ!」
「見ちまったものはしょうがないだろ……っと、悪い、急に呼んですまないな」
 一度話を打ち切り、顔を赤くした少女から視線をこちらに移す相馬。
 既に拠点襲撃計画を知らされていた覚者達だったが、決行を間近に控えたところで相馬から緊急招集が掛かった。追加情報があるとのことだ。
「実はその様子を予知しちゃってな……狒々って古妖が憤怒者に与してるのが分かったんだよ」
 そう言うと相馬は古妖に関してまとめた紙を提示する。外見は巨大な猿であり、豪腕と俊敏性を併せ持つ。加えて知能も高く人の心を読むことができるという。話を聞くだけなら相当なスペックだ。
「言い伝えによると、性格は粗暴、下品、野蛮――そして獰猛。なんつーか、とんでもない書かれ方ばかりだな」
 図書館で集めた資料に目を通して、そのあんまりな表現の数々に苦笑いを浮かべる。
「狒々は悪い奴じゃないぞ! ちょっとスケベだけど、気のいい奴だ!」
 横からうるるが反論する。
 何でもうるるが暮らしていた山には多くの古妖が生息しており、その中に狒々もいたらしく、その気質を知る彼女は狒々が古妖狩人に手を貸していることが信じられないようだ。
 唇をめくってよく笑うことから『ひひ』と名付けられたように、決して陰惨な古妖ではない。
「それに狒々は山の守り神なんだぞ」
「守り神、ねぇ。確かにまあ山の神オオヤマクイなんかは猿と縁の深い存在らしいけど」
 相馬が資料の続きを読みながら言う。オオヤマクイを祀っている神社では着飾った猿の石像が置かれている場合があるが、これはオオヤマクイが猿を使者としていたという逸話から来ているとされる。
「狒々もたくさんの猿を子分にしてた。やっぱり神様なのか?」
 それはまた別の話だ、と相馬は呆れながらうるるに返した。
「ただまあ、こいつの言いたいことも分かるんだよな。さっきも言ったけど狒々はかなり強い古妖で、そんな奴が力負けするなんてちょっと考えにくいし」
「きっと騙されてるんだと思う! 話をすれば分かってくれるはずだぞ!」
 うるるは熱っぽく語るが、今の段階では何が原因か不明だ。
 観測した映像には見当たらなかったから、従う理由が出来たのだとすれば事前に起きた出来事のはず。もしくは、視点が十分に及ばなかった施設内が鍵か。
「中にあるのは、古妖が捕まってる檻と、実験設備……それと武器庫くらいか」
 他に所在が判明した拠点とそう変わりない。
「うむむ……ぶっちゃけ俺も頭のレベルは似たようなものだから全然分からないな。とりあえず戦ってみないことには始まらないから、しっかり準備して臨んでくれ!」
 相馬が発破をかける。
「ボクもついていくぞ! 狒々に何があったか直接確かめなきゃ!」
 そう意気込むうるるは、白虎の耳をぴんと立てた。
 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:深鷹
■成功条件
1.捕らわれた古妖の解放
2.拠点の機能停止
3.なし
 OPを御覧頂きありがとうございます。
 ようやく古妖狩人の糸口が掴めてきました。しかし、どうにも不可解な事態が起きているようです。

●目的
 ★古妖の解放

●現場について
 ★『古妖狩人』拠点
 捕獲した古妖を本隊に送るための中継地点です。廃工場を改修して利用しています。
 施設内には
 ・古妖を収監するためのケージ
 ・初歩的な生体実験設備
 ・武具の備蓄庫
 ・作戦会議を行うデスク
 といったものがあります。元が工場なので天井も高く、活動は容易です。
 重要情報で溢れた内部に踏み入らせないよう、憤怒者は施設前で迎撃態勢を敷いています。
 警戒は常時続いているため奇襲は困難と推定されます。

●エネミー情報
 ★古妖『狒々』
 3メートルを超える巨躯を誇る大猿。全身が墨のように黒い毛で覆われています。
 並外れた怪力に機敏さを兼ね備えており、更に荒くれな見た目と違って知能も高く、簡単な予知や読心の術を持つとされています。
 また、その図体を活かして二人まで同時にブロックすることが可能です。
 総じて強力な古妖といえますが、何故これだけの個体が憤怒者に従っているかは未開です。

 『スイング』 (物/近/列)
 『ストレート』 (物/近/貫2)
 『先読み』 (P/命中↑回避↑)

 ★憤怒者組織『古妖狩人』構成員 ×12
 施設外部には戦闘員が八人、内部には捕らえた古妖を見張る看守が四人配置されています。
 戦闘に駆り出された面々は銃火器全般を用いて狒々の後方から援護射撃を行います。
 中の憤怒者は電磁警棒で武装しています。バラバラに行動しているので、一対一に持ち込みやすいかと思われます。
 戦闘員を突破できれば交戦を完了せずとも拠点内部に侵入可能です。

 『狙撃銃』 (物/遠/単)
 『機関銃』 (物/遠/列)
 『麻酔銃』 (物/遠/単/睡眠)
 『電磁警棒』 (物/近/単/鈍化・弱体)

 単純に狒々の戦闘不能を目指す場合、『難』に近い難易度になると思われます。
 OPを読んで気掛かりな点、思い当たる節がありましたら、積極的に試してみてください。

●同行NPCについて
 ★夢島 うるる(nCL2000073)
 土行・獣憑の少女。
 指示があればその通りに動きます。ただオツムが弱いので説得面は期待できません。
 土行らしく頑丈なので壁代わりにはなれます。

●重要な備考
 この依頼の成功は、憤怒者組織『古妖狩人』の本拠地へのダメージとなります。
 具体的には古妖狩人との決戦時に出てくる憤怒者数や敵古妖数が、成功数に応じて減少します。



 解説は以上になります。
 皆様の行動が戦局を大きく左右します。ご参加お待ちしております。
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年12月18日

■メイン参加者 8人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『独善者』
月歌 浅葱(CL2000915)
『ママは小学六年生(仮)』
迷家・唯音(CL2001093)
『ブラッドオレンジ』
渡慶次・駆(CL2000350)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)

●逆臣
 なあ、聴こえてるか?
 ああ、返事は直接言わなくてもいいぜ。
 一度話をしようじゃないか。
 聞いてくれるだけでいいからさ。

 轟、と。生じた風圧さえも衝撃波足り得るほどに。
 力強く振り回された腕は覚者達をまとめて薙ぎ払った。
「なんつー馬鹿力だ。洒落じゃ済まないね」
 学生時代の溌溂とした肉体を取り戻した『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)の、その屈強な筋骨をもってしても姿勢を維持することは敵わなかった。地面に突き立てた鉈を補助として立ち上がり、次なる動向を伺う。
 相手は、狒々である。限りなく類人猿に近い容貌をしているが、見せつけられているのはおよそ並の人間の倍はあろうかという巨躯。
「いいぞ、そのまま奴らを抑えておけ!」
 後方では銃を構えた集団――『古妖狩人』達が調子付いている。
「狒々! どうしちゃったんだよー!」
 心配そうに呼び掛ける夢島 うるる(nCL2000073)の、その見知った姿に狒々は物言いたげな反応を覗かせるも、しかし片側の口角を歪めた半端な表情を作ってお茶を濁すだけだ。
「そいつに耳を貸すな! 早く始末しろ!」
 狒々は背中に浴びせられる指示に則り、退屈そうな面構えで正拳突きを放つ。うるる目掛けて伸ばされた岩石めいた拳骨を、軌道を微妙に逸らすワンツーで阻止したのは、一点の汚れもない純白のマフラーをなびかせて横槍に入った『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)。
「ふっ、何を考えてるかは分かりませんけどっ」
 思わせぶりな口調でにやりと笑いながら浅葱は大猿の双眸を見上げる。合わせた視線を保ったまま――
「とりあえず拳で語り合いましょうかっ」
 自らの固く握った両手を誇示した。
「ふん、おめでたい奴め。そんなことで狒々が絆されるか」
 だが会話されることは憤怒者にとって不都合なのか、狒々の説得をされる前に浅葱以外の覚者に早い段階で狙いをつける。
 しかしながら発射には至らなかった。どこからか宙に浮かび上がった光球が頭上で盛大に破裂し、無数の弾丸となって照射される。突然の火の手に狼狽しながらも、戦場の様相から発信地を辿る。その先には。
「無理強いしてるだけで古妖の心を掌握できたつもりにならないでよね。狒々ちゃんは、貴方達には過ぎたもの。いつか必ずその報いを受けるわ」
 気を纏う太刀を揚々と掲げた『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が狩人達を見据えていた。間髪入れずに、更なる気弾の生成を始める。
 粛清を楽しいとは思わない。義務的で、どこか作業めいた戦いは趣に欠ける。狒々の表情が曇っているのもきっと義務感を感じているからだろう。
「十天、鳴神零! さー、ゴミ掃除のお時間だよ!」

●劇
 理由だとか、詳しいことは追々でもいいよ。
 とにかく今は時間を稼ぎたいんだ。
 何故なら――

 コンクリートを透過する肌寒い感触が消え去った頃には、既に廃工場への侵入は完了していた。
「ここが彼らの、所謂アジト……ですか」
 潜入したうちの一人である『清濁兼該』成瀬 基(CL2001216)は一瞬だけ辺りを見回し間取りを簡単に確認した。工場らしく仕切りの少ない、平坦でだだっ広い空間である。それゆえに人目を誤魔化す手段に乏しく、ひとまずは高く積み上げられたコンテナの陰に隠れる。
 予め『デジタル陰陽師』成瀬 翔(CL2000063)が内部を透視した結果を聞いた上で、『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)に憤怒者と鉢合わせにならない経路を察してもらっていたため侵入時の安全は確保できていたが、これ以後は油断ならない。
「狒々さんのお友達、いるかな~?」
 不安げに呟きながら『ママは小学六年生(偽)』迷家・唯音(CL2001093)は僅かに顔を出して眺めてみる。死角からでも優れた動体視力のおかげで看守を務める憤怒者の足取りは認識できるが、檻の場所までは今ひとつ具体的に把握できない。
「まずは中にいる輩を粗方片付けることが先決だね。参りましょうか、成瀬さん」
 標的を見定め『楽』の仮面を被った泰葉の申し出に基は頷くと、互いに猫系守護使役を呼び寄せて足音を消すよう命じる。守護使役は二体揃って尻尾を振り、パートナーの助けに励む。
 頑張ってね、と唯音もまた二人の背中をぽんと押した。
 憤怒者の一人が徐々に接近してくる。
 目と鼻の先を通り過ぎたと同時に、基が音もなく忍び寄る。表情から人当たりのいい笑みは失せ、冷たい瞳だけが蒼褪めた輝きを放っている。
 急転。一対の鞭をそれぞれ両手両足に絡みつかせて拘束すると。
 物陰から水を得た魚のように飛び出した泰葉が、その顔面を焼き尽くした。

 狒々が後ろに引いた腕を思い切り伸ばす。全身のバネを利かせた一撃を浅葱は『機化硬』で強度を上げた右腕部を盾にし、衝撃を最小限に押し留めてなんとか踏ん張る。
「そう簡単に砕けませんよっ。それこそが熱く燃える正義なのですからっ」
 そして再びワンツーの連撃を、今度は腹部へ。
 着々とダメージを加算する。
「派手に行くぜ!」
 一方で駆はひたすらに振りの激しい大技を叩き込み続ける。重く分厚く長大な、鉄塊じみた鉈を勢いよく振り回し、刀身自体の質量をぶつけるように打撃を繰り返す。
 対する狒々も呼応し、同じく力任せに豪腕を振り翳す。直撃を受けた駆は顔を歪ませながらも。
「やるじゃねぇか」
 と強がった。
 狒々は奔放に暴れ回っているようだが、『古妖狩人』はといえば手狭である。狒々の攻撃に巻き込まれるのも厭わず、零がひたすら後ろに控えた憤怒者にのみ焦点を定めているためだ。
「あいつから先に仕留めろ!」
 狒々は面倒そうに従うと、仮面の女へと拳を差し向けた。零は弾き飛ばされるが、受身を取ると即座に立ち上がる。
「貴方の相手は後でするから。それでも攻撃してくるのなら、いくらでも受けてあげる!」
 やはり意に介さない。零の狙いはあくまでも憤怒者一本。止まない攻勢に憤怒者は地団駄を踏む。
「……ところで、あいつは何をしてんだ?」
 そのうちの一人が、つい先程まで少年の容姿をしていた男にふと着目した。時折思い出したように味方を回復する程度で、動きが目に見えて少ない。
 と、そこに。
「どか~ん」
 爆発音を模した、その割に妙に気の抜けた声と――謎の飛来物。
「うお!?」
 咄嗟にしゃがむ憤怒者一同。しかし爆破の気配はいつまで経ってもなく、投じられた物体はかさりと音を立てて落下しただけだ。
 恐々拾い上げてみる。ただの駄菓子である。
「ダイナマイトだぞー」
 敵が慌てふためく様子を眺めてにへにへ笑うのは八百万 円(CL2000681)。確かに形状的にダイナマイトっぽさはある。ある。なくもない。
「この野郎! ふざけてんじゃないぞ!」
 怒号を飛ばす憤怒者達は一斉に円に銃口を向ける。
「麻酔で眠らせるぞ!」
「あいつもう寝てね?」
「な訳あるか! 早く撃て!」
 が、銃弾の種類で揉めている様子だ。円は寝惚け眼のまま唇を尖らせる。
「ん~、キミ達には興味ないかも」
 けれど邪魔するのであれば、と円は手にした武器をブーメランのごとく投げつけて一蹴。そちらに気を取られているうちに狒々へと近づいていく。
 円の脳裏に漂っているのは、戦う、そして倒すというその一点である。それはほとんど脊椎で考えていると呼べるほどのシンプルな思惟である。
「うほうほ、勝負だ!」
 刀を異空間経由で再度呼び寄せ、身体表面に薄く纏わせた土の鎧も含め武装を万全にした上で狒々と接触を図る。
 間近に迫った巨体に気後れせず鈍重な刃で斬りつけると、返す刀でもう一撃。瞼をとろんとさせた眠たげな風貌からは想像のつかない、野性味に溢れた猛々しい太刀筋。
 殺傷力は申し分なし――だが。
「むむむ」
 完璧には狒々の肉体を捉えられなかった。獣憑が握る刀が切り裂いたのは皮膚ではなく、体毛である。回避に秀でた大猿は身を翻し、逆に円に反撃の一手――裏拳を活用しての『スイング』を見舞う。
「そのままぶっ倒せ!」
 憤怒者は俄然活気づき、とどめを催促する。だが狒々が何やら手間取っているうちに、翔が治癒の術を込めた滴で円から傷と痛みとを取り払った。
 この男を怪しんでいたことを憤怒者は思い出した。目立って加勢もしないが、狒々からも視線を外さない。いやむしろ、最も狒々と向き合っているのではないか。
「何をしている! そいつもまとめて……」
 叱咤の続きはごく小規模な、けれど紛れもなき雷雲によって断ち切られた。狒々が難儀していたのは、小柄ゆえ見辛かったようだが、浅葱がうるると共に懐に潜り込んだためだ。そして今し方の放電も、浅葱によるものである。
「いくら狒々でも、ボクの仲間を傷つけるなら怒るぞ! 目を覚ますんだ!」
 両手を広げて狒々の前に立ち塞がり、懸命に呼び掛けるうるる。
「笑止ですねっ。信も義もなく従わせようなどっ」
 正義を標榜する少女は服従を強く『古妖狩人』の姿勢を強く糾弾した。自然と注目はそちらに集まる。
「調子はどうだよ、成瀬?」
 その間に、駆は振り向くことなく翔に呼び掛けた。
「ああ、順調だぜ……凄くな」
 翔は微笑を浮かべて返答すると、ようやく攻撃を開始した。スマホを掲げて液晶画面に術式を表示し、顕現させる。弾丸をイメージして練成された波動が憤怒者へ矢継ぎ早に放たれ、こちらに向けて銃撃する猶予を奪い去る。とはいえ彼の視線は、常に狒々を中心に置いたままだ。
「OK、じゃあ派手に遊ぶぜ! 全力で来な!」
 肩を回して狒々に立ち向かう駆。今まで以上に豪快に鉈を振るう。ただ大振りな分、敏捷かつ先読みに長けた狒々に直撃する機会は少ない。狒々の腕の振りもまた激しさを増す。隙を省みない大技の応酬――それはさながら過剰な脚色で満ちた演劇のようであった。

●非道の温床
 あともう少しだ、辛抱頼むぜ。
 ん? なんでこっちの事情を汲めたのかって?
 そうだな。
 まあ、もし俺の立場でも、お前みたいにしてたかも知れないし。
 だからお前の悔しさも分かるよ。

 看守の一人が倒れる音が、工場内部を戦地に変える合図となった。
「し、侵入者だ!」
 電磁警棒を携えた憤怒者は動転するが、逃走を試みるような気配もない――やはりこの拠点に何かしらキーとなる事項があるのだろう。それを置いて逃げることは不可能、と。
 逃げ出すことも、外部との合流も出来ず、かといって覚者の排除に動きもしない。ただ三者で寄り合っているのみ。
「何がしたいのかな? 随分と後ろ向きな感情だね」
 泰葉は呆れて溜息を吐くが、こちらもまた攻撃手段が近接に偏っている以上、距離を保たれると厄介なのは事実。
「一気に行くよ! 早く助けてあげなきゃ!」
 今すぐにでも古妖を救出したい唯音は、いてもたってもいられず一番に憤怒者へと接近を仕掛けた。小さな身体で一生懸命に走り、瞳を黒に変えて前世の力を引き出す。
 ファンシーな神具を敵の足元に向けると、そこから幾本もの火柱が並列で立ち昇った。
「まだまだいっくよー! ゆいね怒ってるんだからね!」
 ぶんぶんとステッキを振る唯音に対し、いよいよ覚悟を決めたのか憤怒者達も反撃に出る。
 ――彼らの攻撃が届くことはなかった。唯音の前に毅然と立った基が身を呈して防いだためだ。
「……科学の進歩は恐れ入りますね。結構効きましたよ」
 警棒を機械化した手で握り、憤怒者を睨み返す基。多少の体の痺れは問題ではない。大事な甥の友達を守ることが出来るのであれば。
「基おじさんかっこいー! ゆいねも頑張るねっ!」
 尚も唯音は火炎の柱を連発。基が守勢に徹している分、攻撃に専念できる。
 憤怒者は皮膚を焦がす熱気に苦しみながらも、何とか一矢報いようとするが。
「醜く生きるのは格好悪いよ」
 泰葉が足掻かせなかった。背後に回って後ろから抱き締めると、掌に溜めた起爆性の火を容赦なく鳩尾に当て、炸裂させたことで。
「あまり時間は掛けさせないで欲しいね……僕は疲れやすいんだ」
 動かなくなった男を放り捨てる泰葉は、次の獲物を値踏みする。ただそれは、もう味方の標的となっていた。
「くらえっ、ひっさーつ!」
 掛け声と共に唯音はステッキの先端に炎を灯し、それを火の玉として射出するのかと思いきや――そのままステッキごとすぐ近くの憤怒者にえいとぶつけた。
 昏倒して地に伏せた憤怒者の頭を、炉辺の石を蹴るように蹴飛ばした泰葉は、蔑んだ眼差しを残る一人へと向ける。既に唯音に何度も火を浴びせられて憔悴していた。
 気を失わない程度に殴打すると、指の骨の安息とのトレードで檻の置かれた場所を聞き出す。
「早く助けてあげなきゃ! 急がないと!」
 唯音はそわそわとして、今にも鉄柵を焼き切ってしまいそうな様子だ。事実、周辺に置かれていた実験設備は猛火で機能不全に陥っている。
「その前に外に連絡しておこうか。といっても、この距離だと報告はちょっと難しいね。もっと入り口側に近づかないと」
 そう言う基は、何やら倒れた憤怒者のポケットを漁っている。
「確かに、僕らなら檻くらい簡単に壊せるかもしれないけど」
 鍵束を探り当てた基の表情は、穏やかなものに戻っていた。
「それで中の古妖が傷ついたらいけないからね」
 三人は檻へと向かい、そこで閉じ込められていた古妖の悲壮な姿を目の当たりにする。実験や捕獲の際に付いたであろう傷跡に、心を痛めた唯音は持っていたハンカチを裂いて包帯代わりにし、応急処置をする。
「おや、風変わりなものがあるね」
 泰葉は奥にあるケージに気が付いた。古妖とは別に用意されている。中には――
「ああ、成程……そういうことでしたか。月歌さんの推測通りでしたね」
 そこに掛けられた錠を外しながら基は得心した。

●帝王
 そうか! やっぱりそういうことだったんだな!
 分かった、うん、うん……オッケー、皆にも伝えておく。
 それからもちろん――狒々にもな。

「倒れてくんないなー」
 円は頬を膨らませた。あれから狒々と何合か打ち合ったが、いずれも決め手に欠けていた。
 駆もまた狒々と交戦し続けたが、雌雄は決していない。見守る憤怒者は苛立たしさを露にする。
「ええい、早くしろ!」
 指示を出し続ける憤怒者達だったが、真下を何かが――それも複数が抜けていき、それらに足を掬われて揃って転倒した。
「ふっ、上手くいったようですねっ」
 浅葱は好転を確信した。狒々に向けて駆けていくそれらは、猿である。そのうちの何匹かに、唯音が持っていたハンカチの切れ端が巻かれている。
「みんなー! お猿さんと古妖さんは助けたよー!」
 そのタイミングで工場のドアを蹴破り、潜入班の三人が憤怒者を挟み込む形で登場する。唯音の手にはデスクから回収した本拠地に送られた古妖のリストもある。
 大いに焦る憤怒者をよそに、翔は、狒々に直接声で呼び掛けた。
「どうだ、狒々! オレの言葉は嘘じゃなかっただろ! 仲間を取り戻してやるって!」
 加えて、翔は手抜き演技の協力にも感謝した。覚者にしても駆はあえて大袈裟に振舞い、浅葱は見えないところで加減をしていた。円だけは天然だが、その分憤怒者の目を引いた。
「さあ、お前はもう自由だぜ、狒々!」
 狒々は答えない。ただ黙って憤怒者のほうへ振り向き――
 ぴっと中指を立てた。
「『良いほう』の人間どもよ。これより我輩の力はお前達に貸そう」
 翔は弾けるような笑みを見せ、狒々に駆け寄りその背中をポンと叩いた。
 ――以降は、一方的である。本気を出した狒々の力は凄まじく、憤怒者は睨まれただけで竦んでしまった。
 覚者達も本来の技量を発揮する。駆は切っ先だけを鉈の自重に任せて突き出す、最小限の動作で攻撃を繰り出し、憤怒者を平定していく。
「ぶん回す茶番は疲れたよ。ただでさえお前が相手だったしさ」
 駆は狒々にウィンクすると、狒々は目を細めてぐひひと笑った。
 だが狒々の怒りは激しく、憤怒者に向ける敵意は恐ろしいものがある。すっかり戦意喪失した『古妖狩人』だったが、今にも取って食いそうな形相で睨み続け、拳を握り締めている。
「貴方の手をこんなことで汚しちゃダメだよ。その手は子分を守るためだったんでしょ?」
 その瞋恚を、零が宥めた。
「もうやめよ。あいつらは捕縛して罪を償わせるから。それでいいでしょ?」
 諭された山の王は拳を解き、歯を剥いた痛快な笑顔を見せると、零の頭にその掌を優しく置いた。

「子分のためだなんて、優しい方ですね」
「ぐひひ、餌を取ってくるこやつらがおらねば我輩の食い扶持が減るのでな」
 たくさんの猿に囲まれた基は、狒々の言葉が照れ隠しであることをすぐに見抜いた。
「狒々ー!」
 何より戦闘を終えて一番に喜んだのは、狒々の様子を伺うために来たうるるである。
「おう小娘、久しいな。我輩の胸に飛び込んで来てもいいのだぞ」
「抱きつくのはやだ。狒々は臭いからな」
「ぐひひ、言いおる」
 狒々は愉快げに笑い、それから覚者全員を見渡す。
「ま、これだけ果敢な連中といれば逞しくもなろう」
 少年に戻った翔はへへと鼻を掻き。
「今度はオレが山に行ってみたいな。うるるの逆でさ」
「おう、いつでも来るがいい」
「じゃあね、お友達になってくれる?」
 唯音の質問にも、狒々は楽しそうに大笑いして首を縦に振った。
「こんな童どもが我輩の同胞か。ぐひひひ、なんと面白い」
「それに唯音っちゃんは狒々と違って、ツツジのいい匂いがするんだぞ!」
 うるるはにこやかに唯音の肩を抱いた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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