【古妖狩人】ゴースト・レイン
●嵐の予兆
山奥にある小さな工場。薄いトタンはあちこちが朽ち、中にある機材も錆びつき、崩れ、ほとんど使い物にならない。それにも関わらず、そこには十人もの男女が輪を作りその中央には、二人――彼ら、憤怒者から言うなれば、一人と一匹がいる。それも、そこらの警官などでは太刀打ちできないような重装備で。
彼らの手に持っているものは様々だ。狩猟用、それもクマやイノシシを撃つためのような、大口径のリボルバー、ばかでかいポンプアクションのショットガン、本来ならば伐採用の鋭い鉈。何人かの腰には、円筒状の、フラッシュバン・グレネードまで。
そうした思い思いの装備をぐるりと見渡しながら、輪の中央にいる男は、座り込んだ、麻の簡素な服を纏った傷だらけの女――捕えた一匹、古妖へと視線を移す。
「こうして見れば、単なる女にしか見えんがな」
「何を言うん。外に出て見てみろよ、この辺りだけバカみたいに降る雨を!」
取り囲む男の一人が、声を張り上げた。その工場の周囲だけに、集中して降り注ぐ豪雨。それは彼女がここへ連れられてからというもの、決して止むことは無かった。男は苛立ちを隠そうともせず、ショットガンのストックで古妖、雨女の顔を殴りつける。
抵抗するほどの力も、殴られ、切った口から流れる気力も、雨女には無かった。
「止めろ。これから輸送するんだ」
輪の中央にいる、リーダー格の男がそれを諌める。けれどもそれは、人にかけるようないたわりなどではなく、大事な商品を扱うためのものだ。
「しかし、随分とひどい雨だ。お嬢さん、これは君の力だろうが、なんとか抑えることは出来ないか?」
リーダー格の言葉に、雨女は小さく首を横に振った。やがて、リーダー格の男は、諦めたように彼女を連れて進む。
「四人でいい、俺に着いて来い。残りは見張りを続けろ」
雨女は引きずられるように、リーダー格の男に従うままに進む。その口許が、小さく歪んだ。
雨音がさらに強くなり、ほとんど会話もままならないような豪雨になった。
●強襲作戦
「古妖を襲撃する憤怒者の中継地点破壊。それが今回のお仕事です」
久方 真由美(nCL2000003)は普段通りの、柔和な微笑を浮かべ、会議室に集まる覚者達にそう告げる。柔らかな声。しかし、その笑みと声でも隠しきれない感情のうねりが、会議室の空気を重くしている。
「郊外の放棄された工場。そこが集会場所の一つのようです。憤怒者の数はそれなりに多く、装備も強力です。マトモにやりあうのであれば、皆さんでも苦戦は免れないでしょう」
マトモにやりあう以外の道もある、ということだ。
「この工場の周囲にのみ、強力な豪雨が降り注いでいます。近付かなければ話もままならないような、大粒の雨です」
真由美はこう続ける。彼らは古妖の見張りと、工場そのものの見張りでちょうど戦力を二分している。そして、古妖は地下に押し込められていると。
「工場の場所のみに降り注ぐ雨――古妖の、せめてもの抵抗でしょう。彼女の意志を、無駄にしてはいけません」
山奥にある小さな工場。薄いトタンはあちこちが朽ち、中にある機材も錆びつき、崩れ、ほとんど使い物にならない。それにも関わらず、そこには十人もの男女が輪を作りその中央には、二人――彼ら、憤怒者から言うなれば、一人と一匹がいる。それも、そこらの警官などでは太刀打ちできないような重装備で。
彼らの手に持っているものは様々だ。狩猟用、それもクマやイノシシを撃つためのような、大口径のリボルバー、ばかでかいポンプアクションのショットガン、本来ならば伐採用の鋭い鉈。何人かの腰には、円筒状の、フラッシュバン・グレネードまで。
そうした思い思いの装備をぐるりと見渡しながら、輪の中央にいる男は、座り込んだ、麻の簡素な服を纏った傷だらけの女――捕えた一匹、古妖へと視線を移す。
「こうして見れば、単なる女にしか見えんがな」
「何を言うん。外に出て見てみろよ、この辺りだけバカみたいに降る雨を!」
取り囲む男の一人が、声を張り上げた。その工場の周囲だけに、集中して降り注ぐ豪雨。それは彼女がここへ連れられてからというもの、決して止むことは無かった。男は苛立ちを隠そうともせず、ショットガンのストックで古妖、雨女の顔を殴りつける。
抵抗するほどの力も、殴られ、切った口から流れる気力も、雨女には無かった。
「止めろ。これから輸送するんだ」
輪の中央にいる、リーダー格の男がそれを諌める。けれどもそれは、人にかけるようないたわりなどではなく、大事な商品を扱うためのものだ。
「しかし、随分とひどい雨だ。お嬢さん、これは君の力だろうが、なんとか抑えることは出来ないか?」
リーダー格の言葉に、雨女は小さく首を横に振った。やがて、リーダー格の男は、諦めたように彼女を連れて進む。
「四人でいい、俺に着いて来い。残りは見張りを続けろ」
雨女は引きずられるように、リーダー格の男に従うままに進む。その口許が、小さく歪んだ。
雨音がさらに強くなり、ほとんど会話もままならないような豪雨になった。
●強襲作戦
「古妖を襲撃する憤怒者の中継地点破壊。それが今回のお仕事です」
久方 真由美(nCL2000003)は普段通りの、柔和な微笑を浮かべ、会議室に集まる覚者達にそう告げる。柔らかな声。しかし、その笑みと声でも隠しきれない感情のうねりが、会議室の空気を重くしている。
「郊外の放棄された工場。そこが集会場所の一つのようです。憤怒者の数はそれなりに多く、装備も強力です。マトモにやりあうのであれば、皆さんでも苦戦は免れないでしょう」
マトモにやりあう以外の道もある、ということだ。
「この工場の周囲にのみ、強力な豪雨が降り注いでいます。近付かなければ話もままならないような、大粒の雨です」
真由美はこう続ける。彼らは古妖の見張りと、工場そのものの見張りでちょうど戦力を二分している。そして、古妖は地下に押し込められていると。
「工場の場所のみに降り注ぐ雨――古妖の、せめてもの抵抗でしょう。彼女の意志を、無駄にしてはいけません」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.憤怒者の殲滅
2.古妖の救出
3.なし
2.古妖の救出
3.なし
今回は古妖狩人シナリオということで、中継地点破壊のお仕事です。
●ロケーション
時刻は夕刻。山奥にある小さな廃工場です。工場の周囲にのみ、強い雨が降り注いでいて、薄暗さと相まって視界はかなり悪いです。工場の周囲で響く雨音はとても大きく、多少の物音は聞こえないでしょう。
工場は一階と地下に分かれており、いずれも戦闘に支障がない程度の明るさ、広さがあります。
●敵
三種類の憤怒者、計十一人がいます。
・近接型
マチェット 物近単 [出血]
リボルバー 遠物単
・遠距離型
リボルバー 遠物単
ショットガン 貫通3[貫:100%,75%,50%]
ファーストエイド 味方単体、HP微量回復
一階には近接型、遠距離型がそれぞれ三人、バディを組んで行動しています。地下では近接型、遠距離型が二人ずつ、それに加えて
・リーダー
マチェット 物近単 [出血]
マシンピストル 物遠列 二連
ボディアーマー パッシブ。物理攻撃に対して耐性。一定ダメージで無効化
がいます。
●囚われている古妖
古妖、雨女です。地下にある小さな個室に閉じ込められています。貴重な「研究材料」として最低限の尊厳は守られていますが、あちこちに外傷があるようです。
●重要な備考
この依頼の成功は、憤怒者組織『古妖狩人』の本拠地へのダメージとなります。
具体的には古妖狩人との決戦時に出てくる憤怒者数や敵古妖数が、成功数に応じて減少します。
(2015.12.5修正)
誤)
●敵
三種類の憤怒者、計十二人がいます。
正)
●敵
三種類の憤怒者、計十一人がいます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年12月18日
2015年12月18日
■メイン参加者 8人■

●ライク・ア・ゴースト
豪雨、そう表現するにはあまりにも強い雨だった。大きな雨の球が視界を歪ませ、激しく地面を、叩く雨の音は、ちょっとした会話を、人影をぼやけさせる。偵察をする覚者達は、そこにいながらも、いない存在だった。『深緑』十夜 八重(CL2000122)は、茂みで雨をかぶりながら、ぽつりと呟く。
「まるで、心の内を表したみたいな雨ですね」
「全くや。悲しみ、怒り、ちょっとの期待……こんなもんやろか?」
降り注ぐ雨で濡れた手の甲。それをちろりと赤い舌で舐め取り、『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)はその呟きに応える。かがりの様子を見て『デブリフロウズ』那須川・夏実(CL2000197)は小首を傾げる。形の良いまろ眉が眉間へと寄る。
「怒りトカ悲しみは分かるけど、キタイ?」
「俺たちが助けに来てくれるってことでしょう」
鈴白 秋人(CL2000565)がそう答えると、八重が質問する。
「確か、捕まっている雨女さんとお知り合いでしたっけ?」
「確証は、ないけれど……」
『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)も同意する。工場の奥に押し込められた古妖に思いを馳せ、長いまつげを伏せる。
「やること変わらない。古妖、助ける。悪い奴、お仕置」
「そうね。ワザと降らせてるってバレちゃう前に、ワタシたちで助けちゃいましょ」
岩倉・盾護(CL2000549)も、小さく頷く。被っている帽子を目深に被る。夏実も、ふんと鼻を鳴らして気合を入れる。
「その意気や、なっちゃん。で、見回りの様子はどうなっとる?」
小さく話をしている中、かがりは隣で神経をとがらせている緒形 逝(CL2000156)へと声をかける。フルフェイスのヘルメット越しに、ほんの少し呆れたような返事が届いた。
「奴さんたち。こんななまくらな警戒心でよくやっているものだね。怠惰とか、億劫とかで調べた方が早かったかも分からんね」
冗談めかしたように言っているが、的確にいると考えられる場所を指し示す。工場へ指を四本、そして、屋外に二本立てる。少しずつ隠れている茂みに近付いていると示す。
「まずは外にいる連中を叩く、だな。来るぞ」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は濡れた狐耳を軽く整えながら、生傷の走る眼を細める。鋭い彼の聴覚が豪雨の中、不用心な二つの足音を捉える。
「まずは、ご挨拶と行きましょう」
八重が柔和な笑みを浮かべる。けれども、そこには静かな怒りも滲んでいる。
警戒と言うにはあまりにお粗末な仕事をする、憤怒者と言えど素人が二人。それに対して覚者八人は、あまりに圧倒的な戦力差と状況だった。
八重とミュエルの棘が、見張り二人の足を貫く。追い打ちとばかりに飛ぶゲイルと秋人の水の礫。それだけで、見張りは何が起こったか知る間もなく倒れた。
「まったく、ダラシが無いんだから!」
「まあ、ウチらにしてみれば都合がええ話やからな」
盾護が気絶した見張りに拘束具を付ける。その横でふんすと息巻く夏実を、かがりが軽く宥める。
「それじゃあ、工場近くまで進むとするかね……もっとも、そうそう気付かないだろうけれど」
「ええ。手筈通りに」
逝が首をコキリと鳴らして、腕を軽くしならせ、力を漲らせる。秋人も頷き、額にかかる長い髪をかきあげた。
●イントルーダー
工場へ近づくと、雨音は更に強くなったように感じられた、ほとんど雨のあいまに切れ目のない、それこそバケツをひっくり返しているような雨だ。念のために中腰の姿勢で覚者達は進み、仄かに光の漏れる窓ガラスを見る。そこから、一組の影が伸びているのが見える。薄い工場の壁によりかかっている。ゲイルが聞き取り、
「……ひどい雨。あのバケモノのせいなんだ。痛めつけて無理やりにでも止めさせられないの?」
「俺も何度も提案したさ。けれど、これ以上弱らせるわけにもいけない、だと」
「一応、女なんでしょ? 陰気でネクラだけれど、見てくれだけは悪くないじゃない。男のカラダで『教え込んであげれば』黙ってくれないの?」
「俺も考えたさ。けれど――」
「もう、いい……」
ミュエルが小さくかぶりを振った。下品な会話をこれ以上聞いてられないとばかりに。他の覚者も、一様に不快を露わにするように拳を握り締めたり、眉をひそめたり、鼻を鳴らしたりする。
「誘い出すぞ。こちらに注意を向けさせろ」
「朝飯マエね。ソッチも下手こかないでね」
夏実とかがりが頷いて、拾っておいた手ごろな石ころを窓ガラスへと放る。ガンと鈍い音が響く。続けて、ゲイルが懐中電灯の光を窓ガラスへ向け、カチカチと点滅させる。光と、人影、そして物音。さすがに調べないわけには行かなかった。
「いやぁ、お粗末さまだ。もう一組に伝えないまま、強い警戒心二つがこっちに来てるさね」
「熱、近い。地下にもいっぱい」
逝と盾護がそれぞれ報告する。大雑把な地下を含めた中の様子。そして、誘導が上手い具合にはまっていることも。
「ったく……こんな雨の中で……報告なら中でやれば」
「というわけにもいかないのさ」
逝のもつ刀が、ゆらりと亡霊の如く動く。地を裂くようにすくい上げる剣の軌跡は、女の持つショットガンを、男の持つマチェットを切り裂く。再度飛ぶ刀は峰の部分ではあるけれど、女一人を昏倒させることはわけないことだった。
「クソッ! もう来やがったか!」
男が腰のホルスターから銃を引き抜き、発砲。割り込むように盾護が盾で受け止める。空に稲光が走り、轟音が銃声をかき消す。軽く盾に衝撃が走り、わずか身体が揺れる、弾丸が跳ね、火花を散らす。
「豆鉄砲、無意味」
そのまま、男へと突進。盾を横殴りに振るって男を地面へ引き倒し、男を抑え込む。ぐったりとするまで体重をかける。大人しくなったところで、ようやく盾護は拘束を解いた。
「……おや、奴さん。この二人がアホしたことに気付いたようやな」
「かくれんぼはおしまい、ということでしょうね」
「警戒も強くなったみたいだ。大人しく二人組でいる間に片付けるとしよう」
かがりが二つの熱が近づいて来ることを知らせる。その警戒心も強くなっている。警備シフトの交代も何もなく外に出ていれば、不審に思われることは想像に難くない。八重を初めとして、覚者達もこれ以上の『処理』が限界であることを悟る。
「俺たちで地下への階段を押さえます」
「アタシも……」
「サポートに回る。頭を抑えるに越したことは無い」
「そうですね。残りを挟み撃ちにもできます」
秋人、ミュエル、ゲイル、そして八重の四人がいつでも飛び込めるようにと入口へと控える。
「はは。そりゃいい。俺たちはまずは残りの制圧だ」
「フォロー、頑張る」
「ええ。コウカイさせてやりましょ!」
「ああ。ようやっと、雨もしのげるってもんやね」
逝が刀を擦りあわせ、盾護が盾を盾とを軽くぶつける。やる気に満ちる夏実を横目に、かがりはドアを静かに開ける。バレるのは時間の問題だった。けれども、ギリギリまで、覚者達は亡霊でいなければならなかった。
●ブリッツ・クリーク
工場の中は、朽ちた機材が乱雑に置かれている。けれども、入り口から張り込む覚者八人と見張りを隔てると言う訳にはいかなかった。
「何者だ!」
「まさかの時の、さ」
怒鳴り声に、逝は軽く肩を竦めて応じる。その隙に、ミュエルたちは全身に因子の力を巡らせ、得物を構えながら地下へ続く階段へと駆ける。
「行かせるか!」
見張りの二人が拳銃を、ショットガンを連射する。あちこちに銃弾が跳ね、火花が散る。突然の事に対処しきれず、憤怒者の狙いは甘い。先頭を走る秋人の頬を銃弾が掠めるように飛んでゆく。濡れた長い髪が数本、地面に落ちる。
「よそ見しとると危ないで!」
かがりが拳銃をホルスターから引き抜き、発砲。銃弾よりも鋭く、そして見えない衝撃の弾丸が、男二人を貫く。
「狩人、お仕置」
よろめいた、軽装の男に盾護は接近。裏拳の要領で盾の表面を叩き付けるように突き出し、力強く殴りつける。単なる殴打でも、男は吹き飛んで、機材に激しく背中をぶつけ、気を失った。
「さて……」
逝も、残りのショットガンを持った憤怒者へと近づく。刀を背中に戻し、手を払うようにして叩く。
「く、来るな!」
「おっと?」
男はショットガンの銃床で殴りつけようとする。それをぱしと軽く掴み、身体を捌きながら一気に手元へと引き寄せる。前かがみに引き寄せられ、間抜けな格好を晒した男の後頭部に手刀を入れる。ほんの数秒で、覚者たちは二人を制圧する。
だが、流石にこの雨音も、銃声をかき消すことは難しかった。
「早いところ、行きまショ。時間のモンダイだもの」
「ええ、その通りです……俺が足止めをします。その隙に」
階下から、足音が四つ聞こえる。秋人が一番に飛び込んで牽制の衝撃弾を放つ。その隙を縫ってミュエルと八重が階段を跳躍して飛び降りる。
「あれほどの警備をこんなガキどもが」
ミュエルがわずかばかり、悲し気に表情を歪める。持つ杖がしなり、鞭となってその足元を薙ぐ。それを見て、もう一人がショットガンを構えて叫ぶ。
「化け物め!」
散弾が至近距離にいたミュエルを裂く。そして散ったベアリングのいくつかが八重にも傷を与える。けれども、八重は小太刀を逆手に構えて一気に迫る。すれ違いざまに切り裂き、その耳元で囁く。
「構いませんよ……けれども、呼んだからには、相応の覚悟がおありですよね?」
がら空きとなった背中に、小太刀を振るう。切り裂きはしない。けれども、その軌跡を沿うように生まれた圧縮空気が、背骨を砕かんばかりの衝撃波となって飛ぶ。実際に砕きこそしなかったが、男は一瞬で意識を失った。
「手当て……いや、それよりも先に、奴を仕留める」
ゲイルが飛び降り、ミュエルが怯ませた鉈を持つ憤怒者せ、扇を振るう。細かな滴のひとつひとつが威力の込められた即席の弾丸となり、男を怯ませる。
「おやおや、随分と楽しそうじゃないか。おっさんも混ぜてくれ」
滑り込むようにして、逝たちも階段を駆け下りる。その勢いのまま、ゲイルとミュエルの攻撃した憤怒者を蹴り付け、昏倒させる。
「ココにはリーダーがいないようね……アンタ、そんなボロボロでお友達に会う気? オンナノコなんだから、もうちょっと身体をイタワリなさい?」
夏実が戦況を把握。リーダーがいないことを確認する。そして散弾をまともに受けたミュエルを見て、眉をひそめ、キンキンと言いながらも即座に手当てにまわる。
「あれだけの武装した見張りを抜けて……!」
「怯むな、撃て!」
茫然とする残りの二人。しかし、すぐに我を取り戻し、一人が持っているマチェットで切りかかる。刃が逝へ飛ぶ寸前、盾護が盾を構えてその間へと割り込んだ。甲高い金属音。けれども、どちらにも攻撃は届かない。ぶんと盾を振るって、マチェットを持った男を弾き飛ばす。
そして、再度放たれる散弾。今度は前にいる秋人とゲイル。そしてかがりへと。
「っ……こんなんなら、カカシでも置いといた方が有用でっせ!」
痛みに一瞬顔をしかめながらも、かがりは術符をかざす。ショットガンを持つ男へと注ぐ一筋の雷。男は数度けいれんし、白目を剥いて気を失う。ミュエルが多少荒い息で問いかけ、それに秋人が答える。
「残りは……リーダーだけ?」
「ええ。急ぎましょう」
覚者達は、廊下の先を見る。曲がり角の先に、明かりがある。追い詰められたものは何をしでかすか分かった者では無い。
●クライング・イン・ザ・レイン
先頭を進む秋人。曲がり角にさしかかったところで、彼は言いようの無い殺気を感じ、立ち止る。一瞬遅れて、軽い銃声が響き、立ち止らなければ、彼らがいたであろう場所を銃弾が通り過ぎる。カチ、カチとトリガーを引く音が空しく響く。撃ち尽くしたと見て、覚者達は曲がり角から飛び出した。
「アンタがヨーギシャってわけね! カンネンなさい!」
「容疑と言うよりは……現行犯だな。罪状は見ての通りだ」
夏実がリーダー格である男を指差す。ゲイルもそれを見て、軽く肩を竦める。男はすでにマシンピストルを放り捨て、雨女の首に腕を回し、もう一方の手に持ったマチェットを覚者たちへと向けている。雨女は、ゆっくりと顔を上げる。隈の残る眼に、白い肌、そして黒い長髪。その眼が、一瞬だけ驚きに見開かれる。
「あなたは……」
「もう、だいじょうぶ……」
「いつかの飴の、お礼に来ました」
ミュエルと、秋人が、彼女を見てほんの少し優し気に言う。
「その人、放す。お互い、痛くない」
盾護が説得にかかる。男は、ふんと鼻を鳴らした。
「人、だと? 笑わせるな。バケモノだろう。こいつは」
言い返すよりも早く。男は更に問う。
「お前たちは、どっちだ? もう一つ質問といこう。お約束の台詞を悪いが、コイツがどうなっても……」
マチェットの刃を、雨女の首元へと突きつける。白い首筋に、細い血の筋が伝う。
「なるほど。そして、殺して……それからどうする?」
逝が小さく告げる。一瞬、底冷えするような殺気が彼を包む。静かに前に一歩踏み出す。男が思わず、一歩たじろぐ。
「アナタのドクダンで殺して良いの?セキニン問題よ?」
「それに……ウチらにとって、その人は盾にはならしまへんのや」
夏実と、かがりも、一歩を踏み出す。また、男は後ずさった。かがりは振り返り、何か言いたげなミュエルと秋人に、いびつなウィンクを送った。
「……っ。だったら、望みどおりに!」
男が雨女を突き飛ばし、マチェットを振りかぶる。そのまま、細い背中を切り裂かんと振り下ろす寸前、逝の放った念弾が、マチェットを弾き、男はよろめく。
「そんな長物、使うにはそうするしかないものな……じゃ、あとよろしく」
「ええ。この距離ならば、外しません」
秋人は、マチェットを構え直した男へ、指で弾くようにして水の雫を飛ばす。涙のように澄んだ小さな水滴は、やがて弾丸の如き礫になる。狙いは過たずに男の腕を捉える。殺すまではいかなくとも、当分の間はマトモに武器のようなものが持てなくなるのは間違いない。男は倒れ、腕を押さえて激痛に喘ぐ。
よろめいた雨女を、八重が抱きかかえる。力なくしだれかかるも、雨女はほんの少しだけ、笑った。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ええ」
「これでもう、あなたに危害を加える人は出ないはずです」
外で激しくトタンを叩いていた雨音は、少しずつ小さくなっていった。
盾護は終わったと見るや、外へと飛び出して、一階の隅へと黙々と倒れた憤怒者たちをまとめてゆく。表情こそ変わっていないものの、その動きは仕事を終えた疲労感からか、少し重たい。
「もう安心よ、雨女サン。さっきはゴメンナサイね?」
「ほんま、酷い事言うてもうたわ。このとーりや!」
せかせかと夏実が手当てをする横で、かがりは雨女に向き直り、パンッと手を合わせる。それを見て、雨女は弱々しくはあったが、小さく頷いた。ゲイルが軽く雨女の手に触れ、秋人と共に手当てを補助する。
「それにしても、怪我はそれほどでもないが、随分と衰弱しているようだな、ずいぶんと体温も下がっているようだ」
「ええ。ちょっと。あれだけの豪雨を降らせるのには、随分と力を使いました……けれど、頑張ったでしょう?ちょっとだけ、前向きになれたんです。どうしようもない、死んでしまいたい。そう思いもしましたけれど、私が助けてって合図を送ったら、皆さんは助けてくれるって信じられたから、博打を打ったんです。私もなかなか、やるでしょう?」
精一杯の笑顔を、雨女は浮かべて見せる。
それは虚勢だった。
そこには様々な感情が渦巻いていた。動揺や怒りや、苦痛。そして安堵や喜び、絶望と希望。秋人はほんの少しだけ微笑を浮かべ、その細身を優しく抱きしめた。雨女は眼を白黒とさせていたが、やがて体温の暖かさに、僅か安らぎの表情を浮かべる。少しずつ、くしゃりと表情が歪んだ。
「……ええ、とても。遅くなって、すみません」
「ほんと……怖かったんですから。でも、マイナス思考は良くないって……だから……」
声は少しずつ、すすり泣きへと変わっていった。それを秋人は静かに聞いていた。
「これは……おっさんたち、お邪魔虫かしらん?」
おどけるように逝は呟いて、階段へ続く廊下へと進む。
「役得やなぁ。ウチらも行くで、なっちゃん」
「ええ。そうね。レディはそういうハイリョも出来ないと」
「後は若い二人で、か」
「雨女さんが落ち着いたら、戻って来て下さいね?」
何のことかと戸惑う秋人をよそに、かがりたちも階段を進んでいく。ミュエルも、秋人の方を向いて、こくりと小さく頷き、倒れているリーダーを担いで部屋を立ち去った。階段を上りながら、ミュエルは呻いている男へ、かみ砕くように、静かな怒りを秘めて囁いた。
「どっちかって、聞いたよね……でも、そんなこと……関係、ないよ……古妖にも、アタシたちにも、あなたにも心があるから……だから、こうやって。『友達』を傷付けること、許せない、から……それが、どんな存在であっても」
ミュエルが階段を上がり切ると、雨音はまだ残っている。工場の周囲だけではないようだった。雨は何者かの心のうちのようだと八重は言った。
その心の持ち主が誰か、分かったような気がした。
豪雨、そう表現するにはあまりにも強い雨だった。大きな雨の球が視界を歪ませ、激しく地面を、叩く雨の音は、ちょっとした会話を、人影をぼやけさせる。偵察をする覚者達は、そこにいながらも、いない存在だった。『深緑』十夜 八重(CL2000122)は、茂みで雨をかぶりながら、ぽつりと呟く。
「まるで、心の内を表したみたいな雨ですね」
「全くや。悲しみ、怒り、ちょっとの期待……こんなもんやろか?」
降り注ぐ雨で濡れた手の甲。それをちろりと赤い舌で舐め取り、『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)はその呟きに応える。かがりの様子を見て『デブリフロウズ』那須川・夏実(CL2000197)は小首を傾げる。形の良いまろ眉が眉間へと寄る。
「怒りトカ悲しみは分かるけど、キタイ?」
「俺たちが助けに来てくれるってことでしょう」
鈴白 秋人(CL2000565)がそう答えると、八重が質問する。
「確か、捕まっている雨女さんとお知り合いでしたっけ?」
「確証は、ないけれど……」
『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)も同意する。工場の奥に押し込められた古妖に思いを馳せ、長いまつげを伏せる。
「やること変わらない。古妖、助ける。悪い奴、お仕置」
「そうね。ワザと降らせてるってバレちゃう前に、ワタシたちで助けちゃいましょ」
岩倉・盾護(CL2000549)も、小さく頷く。被っている帽子を目深に被る。夏実も、ふんと鼻を鳴らして気合を入れる。
「その意気や、なっちゃん。で、見回りの様子はどうなっとる?」
小さく話をしている中、かがりは隣で神経をとがらせている緒形 逝(CL2000156)へと声をかける。フルフェイスのヘルメット越しに、ほんの少し呆れたような返事が届いた。
「奴さんたち。こんななまくらな警戒心でよくやっているものだね。怠惰とか、億劫とかで調べた方が早かったかも分からんね」
冗談めかしたように言っているが、的確にいると考えられる場所を指し示す。工場へ指を四本、そして、屋外に二本立てる。少しずつ隠れている茂みに近付いていると示す。
「まずは外にいる連中を叩く、だな。来るぞ」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は濡れた狐耳を軽く整えながら、生傷の走る眼を細める。鋭い彼の聴覚が豪雨の中、不用心な二つの足音を捉える。
「まずは、ご挨拶と行きましょう」
八重が柔和な笑みを浮かべる。けれども、そこには静かな怒りも滲んでいる。
警戒と言うにはあまりにお粗末な仕事をする、憤怒者と言えど素人が二人。それに対して覚者八人は、あまりに圧倒的な戦力差と状況だった。
八重とミュエルの棘が、見張り二人の足を貫く。追い打ちとばかりに飛ぶゲイルと秋人の水の礫。それだけで、見張りは何が起こったか知る間もなく倒れた。
「まったく、ダラシが無いんだから!」
「まあ、ウチらにしてみれば都合がええ話やからな」
盾護が気絶した見張りに拘束具を付ける。その横でふんすと息巻く夏実を、かがりが軽く宥める。
「それじゃあ、工場近くまで進むとするかね……もっとも、そうそう気付かないだろうけれど」
「ええ。手筈通りに」
逝が首をコキリと鳴らして、腕を軽くしならせ、力を漲らせる。秋人も頷き、額にかかる長い髪をかきあげた。
●イントルーダー
工場へ近づくと、雨音は更に強くなったように感じられた、ほとんど雨のあいまに切れ目のない、それこそバケツをひっくり返しているような雨だ。念のために中腰の姿勢で覚者達は進み、仄かに光の漏れる窓ガラスを見る。そこから、一組の影が伸びているのが見える。薄い工場の壁によりかかっている。ゲイルが聞き取り、
「……ひどい雨。あのバケモノのせいなんだ。痛めつけて無理やりにでも止めさせられないの?」
「俺も何度も提案したさ。けれど、これ以上弱らせるわけにもいけない、だと」
「一応、女なんでしょ? 陰気でネクラだけれど、見てくれだけは悪くないじゃない。男のカラダで『教え込んであげれば』黙ってくれないの?」
「俺も考えたさ。けれど――」
「もう、いい……」
ミュエルが小さくかぶりを振った。下品な会話をこれ以上聞いてられないとばかりに。他の覚者も、一様に不快を露わにするように拳を握り締めたり、眉をひそめたり、鼻を鳴らしたりする。
「誘い出すぞ。こちらに注意を向けさせろ」
「朝飯マエね。ソッチも下手こかないでね」
夏実とかがりが頷いて、拾っておいた手ごろな石ころを窓ガラスへと放る。ガンと鈍い音が響く。続けて、ゲイルが懐中電灯の光を窓ガラスへ向け、カチカチと点滅させる。光と、人影、そして物音。さすがに調べないわけには行かなかった。
「いやぁ、お粗末さまだ。もう一組に伝えないまま、強い警戒心二つがこっちに来てるさね」
「熱、近い。地下にもいっぱい」
逝と盾護がそれぞれ報告する。大雑把な地下を含めた中の様子。そして、誘導が上手い具合にはまっていることも。
「ったく……こんな雨の中で……報告なら中でやれば」
「というわけにもいかないのさ」
逝のもつ刀が、ゆらりと亡霊の如く動く。地を裂くようにすくい上げる剣の軌跡は、女の持つショットガンを、男の持つマチェットを切り裂く。再度飛ぶ刀は峰の部分ではあるけれど、女一人を昏倒させることはわけないことだった。
「クソッ! もう来やがったか!」
男が腰のホルスターから銃を引き抜き、発砲。割り込むように盾護が盾で受け止める。空に稲光が走り、轟音が銃声をかき消す。軽く盾に衝撃が走り、わずか身体が揺れる、弾丸が跳ね、火花を散らす。
「豆鉄砲、無意味」
そのまま、男へと突進。盾を横殴りに振るって男を地面へ引き倒し、男を抑え込む。ぐったりとするまで体重をかける。大人しくなったところで、ようやく盾護は拘束を解いた。
「……おや、奴さん。この二人がアホしたことに気付いたようやな」
「かくれんぼはおしまい、ということでしょうね」
「警戒も強くなったみたいだ。大人しく二人組でいる間に片付けるとしよう」
かがりが二つの熱が近づいて来ることを知らせる。その警戒心も強くなっている。警備シフトの交代も何もなく外に出ていれば、不審に思われることは想像に難くない。八重を初めとして、覚者達もこれ以上の『処理』が限界であることを悟る。
「俺たちで地下への階段を押さえます」
「アタシも……」
「サポートに回る。頭を抑えるに越したことは無い」
「そうですね。残りを挟み撃ちにもできます」
秋人、ミュエル、ゲイル、そして八重の四人がいつでも飛び込めるようにと入口へと控える。
「はは。そりゃいい。俺たちはまずは残りの制圧だ」
「フォロー、頑張る」
「ええ。コウカイさせてやりましょ!」
「ああ。ようやっと、雨もしのげるってもんやね」
逝が刀を擦りあわせ、盾護が盾を盾とを軽くぶつける。やる気に満ちる夏実を横目に、かがりはドアを静かに開ける。バレるのは時間の問題だった。けれども、ギリギリまで、覚者達は亡霊でいなければならなかった。
●ブリッツ・クリーク
工場の中は、朽ちた機材が乱雑に置かれている。けれども、入り口から張り込む覚者八人と見張りを隔てると言う訳にはいかなかった。
「何者だ!」
「まさかの時の、さ」
怒鳴り声に、逝は軽く肩を竦めて応じる。その隙に、ミュエルたちは全身に因子の力を巡らせ、得物を構えながら地下へ続く階段へと駆ける。
「行かせるか!」
見張りの二人が拳銃を、ショットガンを連射する。あちこちに銃弾が跳ね、火花が散る。突然の事に対処しきれず、憤怒者の狙いは甘い。先頭を走る秋人の頬を銃弾が掠めるように飛んでゆく。濡れた長い髪が数本、地面に落ちる。
「よそ見しとると危ないで!」
かがりが拳銃をホルスターから引き抜き、発砲。銃弾よりも鋭く、そして見えない衝撃の弾丸が、男二人を貫く。
「狩人、お仕置」
よろめいた、軽装の男に盾護は接近。裏拳の要領で盾の表面を叩き付けるように突き出し、力強く殴りつける。単なる殴打でも、男は吹き飛んで、機材に激しく背中をぶつけ、気を失った。
「さて……」
逝も、残りのショットガンを持った憤怒者へと近づく。刀を背中に戻し、手を払うようにして叩く。
「く、来るな!」
「おっと?」
男はショットガンの銃床で殴りつけようとする。それをぱしと軽く掴み、身体を捌きながら一気に手元へと引き寄せる。前かがみに引き寄せられ、間抜けな格好を晒した男の後頭部に手刀を入れる。ほんの数秒で、覚者たちは二人を制圧する。
だが、流石にこの雨音も、銃声をかき消すことは難しかった。
「早いところ、行きまショ。時間のモンダイだもの」
「ええ、その通りです……俺が足止めをします。その隙に」
階下から、足音が四つ聞こえる。秋人が一番に飛び込んで牽制の衝撃弾を放つ。その隙を縫ってミュエルと八重が階段を跳躍して飛び降りる。
「あれほどの警備をこんなガキどもが」
ミュエルがわずかばかり、悲し気に表情を歪める。持つ杖がしなり、鞭となってその足元を薙ぐ。それを見て、もう一人がショットガンを構えて叫ぶ。
「化け物め!」
散弾が至近距離にいたミュエルを裂く。そして散ったベアリングのいくつかが八重にも傷を与える。けれども、八重は小太刀を逆手に構えて一気に迫る。すれ違いざまに切り裂き、その耳元で囁く。
「構いませんよ……けれども、呼んだからには、相応の覚悟がおありですよね?」
がら空きとなった背中に、小太刀を振るう。切り裂きはしない。けれども、その軌跡を沿うように生まれた圧縮空気が、背骨を砕かんばかりの衝撃波となって飛ぶ。実際に砕きこそしなかったが、男は一瞬で意識を失った。
「手当て……いや、それよりも先に、奴を仕留める」
ゲイルが飛び降り、ミュエルが怯ませた鉈を持つ憤怒者せ、扇を振るう。細かな滴のひとつひとつが威力の込められた即席の弾丸となり、男を怯ませる。
「おやおや、随分と楽しそうじゃないか。おっさんも混ぜてくれ」
滑り込むようにして、逝たちも階段を駆け下りる。その勢いのまま、ゲイルとミュエルの攻撃した憤怒者を蹴り付け、昏倒させる。
「ココにはリーダーがいないようね……アンタ、そんなボロボロでお友達に会う気? オンナノコなんだから、もうちょっと身体をイタワリなさい?」
夏実が戦況を把握。リーダーがいないことを確認する。そして散弾をまともに受けたミュエルを見て、眉をひそめ、キンキンと言いながらも即座に手当てにまわる。
「あれだけの武装した見張りを抜けて……!」
「怯むな、撃て!」
茫然とする残りの二人。しかし、すぐに我を取り戻し、一人が持っているマチェットで切りかかる。刃が逝へ飛ぶ寸前、盾護が盾を構えてその間へと割り込んだ。甲高い金属音。けれども、どちらにも攻撃は届かない。ぶんと盾を振るって、マチェットを持った男を弾き飛ばす。
そして、再度放たれる散弾。今度は前にいる秋人とゲイル。そしてかがりへと。
「っ……こんなんなら、カカシでも置いといた方が有用でっせ!」
痛みに一瞬顔をしかめながらも、かがりは術符をかざす。ショットガンを持つ男へと注ぐ一筋の雷。男は数度けいれんし、白目を剥いて気を失う。ミュエルが多少荒い息で問いかけ、それに秋人が答える。
「残りは……リーダーだけ?」
「ええ。急ぎましょう」
覚者達は、廊下の先を見る。曲がり角の先に、明かりがある。追い詰められたものは何をしでかすか分かった者では無い。
●クライング・イン・ザ・レイン
先頭を進む秋人。曲がり角にさしかかったところで、彼は言いようの無い殺気を感じ、立ち止る。一瞬遅れて、軽い銃声が響き、立ち止らなければ、彼らがいたであろう場所を銃弾が通り過ぎる。カチ、カチとトリガーを引く音が空しく響く。撃ち尽くしたと見て、覚者達は曲がり角から飛び出した。
「アンタがヨーギシャってわけね! カンネンなさい!」
「容疑と言うよりは……現行犯だな。罪状は見ての通りだ」
夏実がリーダー格である男を指差す。ゲイルもそれを見て、軽く肩を竦める。男はすでにマシンピストルを放り捨て、雨女の首に腕を回し、もう一方の手に持ったマチェットを覚者たちへと向けている。雨女は、ゆっくりと顔を上げる。隈の残る眼に、白い肌、そして黒い長髪。その眼が、一瞬だけ驚きに見開かれる。
「あなたは……」
「もう、だいじょうぶ……」
「いつかの飴の、お礼に来ました」
ミュエルと、秋人が、彼女を見てほんの少し優し気に言う。
「その人、放す。お互い、痛くない」
盾護が説得にかかる。男は、ふんと鼻を鳴らした。
「人、だと? 笑わせるな。バケモノだろう。こいつは」
言い返すよりも早く。男は更に問う。
「お前たちは、どっちだ? もう一つ質問といこう。お約束の台詞を悪いが、コイツがどうなっても……」
マチェットの刃を、雨女の首元へと突きつける。白い首筋に、細い血の筋が伝う。
「なるほど。そして、殺して……それからどうする?」
逝が小さく告げる。一瞬、底冷えするような殺気が彼を包む。静かに前に一歩踏み出す。男が思わず、一歩たじろぐ。
「アナタのドクダンで殺して良いの?セキニン問題よ?」
「それに……ウチらにとって、その人は盾にはならしまへんのや」
夏実と、かがりも、一歩を踏み出す。また、男は後ずさった。かがりは振り返り、何か言いたげなミュエルと秋人に、いびつなウィンクを送った。
「……っ。だったら、望みどおりに!」
男が雨女を突き飛ばし、マチェットを振りかぶる。そのまま、細い背中を切り裂かんと振り下ろす寸前、逝の放った念弾が、マチェットを弾き、男はよろめく。
「そんな長物、使うにはそうするしかないものな……じゃ、あとよろしく」
「ええ。この距離ならば、外しません」
秋人は、マチェットを構え直した男へ、指で弾くようにして水の雫を飛ばす。涙のように澄んだ小さな水滴は、やがて弾丸の如き礫になる。狙いは過たずに男の腕を捉える。殺すまではいかなくとも、当分の間はマトモに武器のようなものが持てなくなるのは間違いない。男は倒れ、腕を押さえて激痛に喘ぐ。
よろめいた雨女を、八重が抱きかかえる。力なくしだれかかるも、雨女はほんの少しだけ、笑った。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ええ」
「これでもう、あなたに危害を加える人は出ないはずです」
外で激しくトタンを叩いていた雨音は、少しずつ小さくなっていった。
盾護は終わったと見るや、外へと飛び出して、一階の隅へと黙々と倒れた憤怒者たちをまとめてゆく。表情こそ変わっていないものの、その動きは仕事を終えた疲労感からか、少し重たい。
「もう安心よ、雨女サン。さっきはゴメンナサイね?」
「ほんま、酷い事言うてもうたわ。このとーりや!」
せかせかと夏実が手当てをする横で、かがりは雨女に向き直り、パンッと手を合わせる。それを見て、雨女は弱々しくはあったが、小さく頷いた。ゲイルが軽く雨女の手に触れ、秋人と共に手当てを補助する。
「それにしても、怪我はそれほどでもないが、随分と衰弱しているようだな、ずいぶんと体温も下がっているようだ」
「ええ。ちょっと。あれだけの豪雨を降らせるのには、随分と力を使いました……けれど、頑張ったでしょう?ちょっとだけ、前向きになれたんです。どうしようもない、死んでしまいたい。そう思いもしましたけれど、私が助けてって合図を送ったら、皆さんは助けてくれるって信じられたから、博打を打ったんです。私もなかなか、やるでしょう?」
精一杯の笑顔を、雨女は浮かべて見せる。
それは虚勢だった。
そこには様々な感情が渦巻いていた。動揺や怒りや、苦痛。そして安堵や喜び、絶望と希望。秋人はほんの少しだけ微笑を浮かべ、その細身を優しく抱きしめた。雨女は眼を白黒とさせていたが、やがて体温の暖かさに、僅か安らぎの表情を浮かべる。少しずつ、くしゃりと表情が歪んだ。
「……ええ、とても。遅くなって、すみません」
「ほんと……怖かったんですから。でも、マイナス思考は良くないって……だから……」
声は少しずつ、すすり泣きへと変わっていった。それを秋人は静かに聞いていた。
「これは……おっさんたち、お邪魔虫かしらん?」
おどけるように逝は呟いて、階段へ続く廊下へと進む。
「役得やなぁ。ウチらも行くで、なっちゃん」
「ええ。そうね。レディはそういうハイリョも出来ないと」
「後は若い二人で、か」
「雨女さんが落ち着いたら、戻って来て下さいね?」
何のことかと戸惑う秋人をよそに、かがりたちも階段を進んでいく。ミュエルも、秋人の方を向いて、こくりと小さく頷き、倒れているリーダーを担いで部屋を立ち去った。階段を上りながら、ミュエルは呻いている男へ、かみ砕くように、静かな怒りを秘めて囁いた。
「どっちかって、聞いたよね……でも、そんなこと……関係、ないよ……古妖にも、アタシたちにも、あなたにも心があるから……だから、こうやって。『友達』を傷付けること、許せない、から……それが、どんな存在であっても」
ミュエルが階段を上がり切ると、雨音はまだ残っている。工場の周囲だけではないようだった。雨は何者かの心のうちのようだと八重は言った。
その心の持ち主が誰か、分かったような気がした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
