だぶるまうす
だぶるまうす


●消息と劣等のスタジアム
「死んだ魚のような目をしていますね」
 耳を閉じる。何も聞きたくはないのだというふうに耳を閉じる。
 ぎゅっと、手のひらで押さえつけて。そうすればこの声も消えてくれるのだと信じて。
「狂ってるなあ狂ってるよ君狂ってるよ頭おかしいよねえ」
 聞こえない。聞こえない。そんなものは聞こえない。見えないし聞こえない。私はだってこんな物陰に隠れているのだ。聞こえるはずがない。見えるはずがない。嘘っぱちだ。壁から生えた口が喋っているだなんてありえない。ありえない。
「君狂ってるよねえ狂ってるってば否定しないでよ狂ってるんだから狂ってる狂ってる狂ってるって」
 耳を閉じているのに。鮮明に、鮮明に。どうして。どうしてこんなにも近くで聞こえるのか。まるで耳元で話しているかのように。友人のような、恋人のような距離で聞こえるのは何故か。手のひら。手のひらで隠しているのに。嗚呼、隠しているのに。その内側から聞こえてくる。嗚呼、嘘だ。ありえない。嫌だ。そんな。
 恐る恐る、しゃべり続ける声を探す。手のひらを話して。手のひらを見つめて。悲鳴を上げる。
「狂っているわ狂っているのよなあ狂っているだろうなあなあなあなあ」
 喋っている私の手のひらを見て、悲鳴を上げる。
「五月蠅えな」
 見つかった。

●話題と無能のストリィト
「ねえねえ、また死体だって。怖いよねー」
「聞いた聞いた。りょーきさつじんでしょ。リョーキサツジン。下顎を引きちぎられてるんだっけ? 怖いよねー」
「そうそう。えっと、こういうのなんて言うんだっけ? 口裂き女?」
「…………それは、ちょっと違くない?」

●葛藤と後悔のオンパレイド
「死んだ魚のような目をしていますね」
 五月蝿えな。
 そんなことはわかっているんだ。何度も、何度も、何度も何度も言われてきたのだから。
 だけど、なあ。なあ。死んだ魚のような目ってなんだ。濁っていて黒目が大きくて動かなくて開ききってるのかよ。なんだその気持ちわりいの。知らねえよ。実物見て比べてんのかよ。嗚呼これだからよう。これだからよう。中途半端な知識でぞんざいに人をなじってるんじゃ無えよ。実体験のないボキャブラリーで人を見下しているんじゃねえよ。知らねえよ。どうでもいいよ。ビビって謝罪スンなら最初から言うんじゃ無えよ。実体験なく行動するんじゃねえって言っただろうが。言ったよなあ。なあ。言ったよなあ。時系列。知らねえよ。だったら顎の砕けだ奴が最初から言えるわけ無えだろ。じゃあ誰だよ。誰なんだよ。俺を馬鹿にしたのはよう。なあ。なあなあ。誰何ですか。だーれーなーんーでーすーかー。答えろよ。なあ。顎失くしてんじゃ無えよ。顔面失くさセンぞ。オイオイ。誤ってんじゃ無えよ。
 五月蠅えな。

 狂ってるなあ狂ってるよ君狂ってるよ頭おかしいよねえ頭おかしいって言われたことないのかいおかしいよ君狂ってるよねえ狂ってるってば否定しないでよ狂ってるんだから狂ってる狂ってる狂ってるってばほらほおら段々そんな気がしてきただろう時系列だよ時系列正しくは上顎ごと顔面を潰されて死んだ彼が下顎を潰されてから君に誤った後に罵倒した愚か者だよンッンー逆だっけ逆だっけかな気にするなよ狂ってるんだから君が違う違う僕が僕が私が俺があたくしが狂っているわ狂っているのよなあ狂っているだろうなあなあなあなあ。

 五月蠅えな。
 ごちゃごちゃごちゃごちゃと、喚くんじゃねえよ。
 狂っている。狂っているだあ。わかってんだよそんなことは。だけど狂ってるって何だ。なあ、なんだよ。狂っているって何なんだよ。元が正常だってことか。それとも社会全般的な尺度からみてってことか。なんだそれ。誰が作ったんだよ。全尺度に当てはまる奴いンのかよ。なんだそれ気持ち悪ィな。そいつが一番狂ってるんじゃねえのかよ。だったら狂ってるやつほど正常なのかよ。狂ってるって―――

●嫌悪と穏便のミーティング
「以上が今回の事件になりますね」
 久方 真由美(nCL2000003)の口ぶりはいつものように柔らかく、笑顔を絶やさない。だが、そこにはわずか、憔悴のきざしが見て取れた。
 よほど、凄惨であったのだろう。よほど、悲惨であったのだろう。それらが伺える。ことばで説明されているだけの自分たちと違い、彼女は既に見ているのだ。悍ましさというステータスからすればそれ以上も過去にありはするのだろうが。それと慣れて神経が麻痺することは同義ではない。
 任務にあたる。その気持が引き締まる。覚悟が必要だ。なにせ、これからそれを討ちにいくのだから。


■シナリオ詳細
種別:β
難易度:普通
担当ST:yakigote
■成功条件
1.妖の撃破
2.なし
3.なし
皆様如何お過ごしでしょう。

久々のシナリオです。溜まっていたように書き連ねております。
それでは以下の某を討伐してください。
なお、任務中の行動にて『FIVE』という組織については一般に口外する事は基本的に控えるようお願いいたします。

●エネミーデータ
・二口女
妖:心霊系 ランク:2
悪態をつく女とどこにでも生える口、セットでひとつの妖。
生える口は、数に制限がなく、ひとの皮膚上であろうが容赦なく現れます。
喧しく喋ったり、時々噛み付いてきたり。
噛み付かれると痛いです。噛み付かれた傷口から口ができて開かれるともっと痛いです。
悪態をつく女は怪力。気を抜くと下顎を引きちぎられます。
問答に意味はありません。
夜間の公園に現れる模様。


※当方、やや容赦の無いホラーとなっております。お気をつけ下さい。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年08月16日

■メイン参加者 8人■


●優柔と即決のエピソード
一般。特殊の物・事・場合に対してだけでなく、広く認められ成り立つこと。つまりは集合的な意識化において平であると認められる物事であり、時代や流行、国や風土によっても左右されるものだ。また意識の浸透率とも言うべきランクが存在し、明確な数値化はできないが、その広さも様々である。

 夜間とはいえ、まだまだ夏の暑さは厳しいものだ。風のひとつもなければ、浮き出る汗は止め時というものを知らず、衣服は重く湿り、肌に張り付いては不快感を増大させる。
 それでもまあ、さんさんと太陽の光る昼間と比べればマシなものか。あれでは団扇も扇子も功を奏さない。もとより空気が暑いのだ。そこにそよ風を起こしても無意味である。あの青い空に輝く業火には、それこそ焼け石に水なのだろう。
 こんな時、と言い出せば定番であるのが怪談である。ひとつ身の毛もよだつ話を聞かせてみれば、つたう汗の温度も下がるというものだ。少々、物陰が恐ろしくなるのと引き換えに。さて、まあ、しかし。自分が話のネタにされるのは、いささか御免被りたいが。
「……まったく、不愉快な妖ね」
 見た目のそれよりもやや大人びた物言いで、南条 棄々(CL2000459)が独白する。喚き立て、痛ぶり、恐怖に歪ませ、惨たらしい殺し方をする。生きたまま、下顎を引きちぎられるとはどういうものだろう。消して気分のいいものではない。何より、これ以上誰もそうならないように今から自分たちが動くのだから。生ぬるい空気に手をはためかせ、脳裏によぎったスプラッタを打ち消した。
「……あーやだ。とにかくこれ以上胸糞悪い事になる前に潰しちゃいましょう」
「二口女か……厄介だな」
 紫煙をくゆらせながら、『雑草の如きゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)がつぶやいた。
「口数の多い女は趣味じゃねーがF.i.V.Eに身を寄せてる手前選り好みもしてらんねえ。皮膚の上に無数の口が生まれて本体を食らうとかまんま低予算のB級ホラーだが、個人的にゃ女のご面相を拝んでみたいね」
 奇妙な事件、異常な犯人。興味をそそられるのは、生業ゆえのさがであろうか。
「意外と美人かもしんねーし、なんてな。冗談だよ」
「さあ、F.i.V.Eでの初仕事だ」
 やや緊張した面持ちで、指崎 まこと(CL2000087)。身につけた技より、平常のそれらと対峙するにあたっては慣れたものであるが、これより相対するは非常のそれ。行うは生命の取り合いである。心持ちも平素とは違おうというものだ。
「妖と戦うのは初めてだから、すごくドキドキするよ。どれくらい強いのか、どれくらい怖いのか。僕はソレにどのくらい通用するのか」
 口角が少しだけ上がる。血流が滾り、心臓が歓喜に歌うのだ。
「それじゃあ、楽しく殺しあおうか」
「口裂き女? どこぞの都市伝説の新種かえ? まぁ、名前なんぞに意味はない。これから死んでいくモノなら殊更に。忘れてしまうモノなら尚更に」
『神具狩り』深緋・恋呪郎(CL2000237)からすれば、それがなんであるかなど興味はない。どうのような生き物であるにせよ、討てばそれで終わり。きっと明日には覚えていない。
「狂っているか否かなぞ、所詮は他人が決めるモノで。狂ってるか否かなど、己で解っていれば良いだけのモノじゃ。同じように意味など無い」
 価値基準。自己評価。委ねず、歪めず。
「危険だ。帰り給え」
 藪に紛れ、姿も見せず唐突に書けられた声に、名も知られぬ彼か彼女は小さな悲鳴を上げると立ち去っていった。『星夜霞』赤鈴 炫矢(CL2000267)はあらぬ誤解を受けたのではないかとしばし考えこむが、詮ないことであると巡らせるのはやめにした。二口女に襲われるよりはずっとずっとマシであるだろうし。腰の剣の重みを感じる。昨日までのそれと、何一つ変わらない。万全であるということだ。今宵のそれは怪談話にされるような相手。平静たれと心に言い聞かせた。
「鈴音無辺流、次代。赤鈴炫矢。参る」
「夏だねぇ、ホラーの季節だねぇ」
 九段 笹雪(CL2000517)が頭のなかで妖に関する情報を反芻する。悪態をつく女。どこにでも生える無数の口。喧しく、惨たらしい。力が強く、そして、きっと友達にはなれないし、なりたい相手ではない。
「でもこういうの、実際目の当たりにすると涼しくとも何とも無いね。普通に暑いし五月蝿いし」
 まあ誰も、好き好んでいっときの納涼気分で本物に会いたいとは思うまい。肝試しとは、何も起きないから成立するのだ。死体現場に興味を持っても、殺人鬼を探そうなどと誰も言わないのと同じように。
「……二口女というか、まるで百々目鬼だね……厄介な相手だ」
 ローザ 瑞千佳(CL2000470)が、公園の入口に立入禁止とプリントされた普通紙を貼り付けていた。もっと目立つものであればよかったのだが、短時間で用意できるものには限りがあったのである。無いよりはいいだろう。どちらにせよ、古臭くオレンジに光る街灯だけでは目に入らないかもしれないし。二口女。児童向けの妖怪辞典などで昔に目を通したようなそれとはずいぶんと風体が違うらしい。ふたつ、とは言うものの。数多を表す際に使う『千』の字のようなものだろうか。
「アハハ! 賑やかで良いさね、惜しむらくは話題が少ない事かな」
 狂っている。狂っている。予知通り、それしか言わないのであればなんともボキャブラリーに欠けていることだ。否、ひとつの話題を膨らませ続けられるというのなら寧ろ優れているのだろうか。緒形 逝(CL2000156)はぼんやりとそう思う。
「口は幾つも有るのに勿体無い……まあ折角だからお喋りしようじゃないかあと、お偉い先生によれば狂ってない奴は居ないそうだ。程度の差は有れど、何かしら狂ってるので問題無いだろうと……さて、『狂ってる』とは何だろうな?」
 夜の公園は、昼のそれとは全く別の顔だ。子どもという主だった使用者がいなくなり、主人は別のものへと変わる。それは、やや無防備なカップルであったり、少しだけ半社会的な青少年らであったりするのだが。
 彼らひとならざるモノも、やはり夜の住人であるからして。

●生粋と鉄工のエレキテル
 無口なやつだ。そういう評価を受けていた。そういうレッテルを貼られていた。現に私は口数少なく、喋るという行為を好まなかった。しかし、言いたいことがなかったのではない。言うべき術が足りなかったのだ。あらゆる誤解と曲解を交えられぬほど完全に、無敵に、絶対に音へと乗せるためには口というパーツがひとつでは足りなかったのである。

 はじめ、それに気づいたのは誰であったか。
「狂ってるねえ」
 ぽこり。ぽこりと。泡立つように。弾けるようにそこに口が、生えた。生えたのだ。地面に、草木に、壁に、遊具に、砂場に、空気に、花壇に、公園に。
「狂ってる。嗚呼、狂ってるよアンタら」
 口が、生えたのだ。
「狂ってる。狂ってるってば。なあなあ。よってたかって? こんなに貧弱なアタシらを? 俺たちを? 僕らを? 殺すの? 殺すかい? 殺したい? 殺して? ひひひ。狂ってる。なあ、狂ってる狂ってる狂ってる狂ってるぜえなああおい。ひひひ」
「五月蠅えな」
 じゃり。じゃりと。砂地を踏みしめて。彼女が現れる。悪態をつきながら、苛ついているかのように。
「五月蠅えよ」
 何の合図も挨拶もなく、殺し合いが始まった。

●銃痕と鉄拳のエンハンス
 狂っている。狂っている。みんながみんな、狂っている。みんな狂っているなら、それは正常である。誰かと比較しなければ、何かと比較しなければ、狂ってはいない。何らかの基準を照らし合わさなければ、狂人とは認められない。

 機銃と化した誘輔の腕が轟音を発し、大量の鉛弾が女へと撃ち込まれる。
「致命傷に至らなくてもちったァ時間稼ぎになるだろ」
 多少のダメージはあったようだが、その程度ではふらついたような様子さえ無い。ぱっと見は人間であるだけに、銃撃を受けてけろりとしている様はわかっていても違和感を覚える。
「出会い頭の女に鉛弾!! いいねえ狂ってる、おたく狂ってるよ!!」
 反撃にと伸ばされた女の腕に生えた口が喚き立てる。
 兆候のひとつもないものか。心でも読めれば何か狂ってる狂ってる嗚呼狂ってる五月蠅えな狂ってる狂ってるとねえ狂ってるよねえねえねえねえ聞いてるう???
 思わず耳を押さえ、そこを手のひらに現れた口に噛みちぎられた。軟骨の一部が千切れ飛ぶ。
「マジ痛ェなコレ。どうかしちまいそうだ。おまけにクソうるせーし」

「貴女がうわさの口裂き女さんかな? そんなチーズみたいに人の口を引き裂かれると困るんだよね。うん、もし反省してるなら、投降してくれないかな?」
「ひひひ、ひひひ、説得交渉狂ってる狂ってる。反省してから殺して出所からの裁判があ時系列う嗚呼狂ってるひひひ、狂ってるねえ」
 まことの言葉が聞こえているのかどうなのか。反応しているようで、支離滅裂だし聞き取りにくい。
「おーけーおーけー、もういいよ。正直何を言ってるのかよくわかんないけど、何を言いたいかは良くわかった。つまり交渉決裂ってことだよね?」
 言うやいなや、空圧弾を叩き込んだ。包囲は完成しつつある。動ける幅を狭めてやれば、こちらの攻撃も当たりやすい。
 動きのひとつひとつを注視する。一撃が恐ろしい。膂力があるというのは、本当に。
「動きは素人同然なのに、怖くてたまんないや」

 自分の足に生えてきた喧しい口を、棄々は手にしたチェーンソウで躊躇いなく切り落とした。
 歯を食いしばり、言いようのない痛みに叫ぶことを必死で堪えている。
「あんたたちの話なんてもう聞きたくないのよ。ああ気色悪い! うっさい! いちいち聞いてたらこっちまでおかしくなりそうだわ。げ、こんな所にも生えてるわ。取っとくわよ、いいかしら?」
 仲間のを電鋸でそぎ落とすのはやめてあげてください。それとっても怖いから。
「狂ってる狂ってるって……しつこいわね。ええ、あたしは死んだ魚のような目をしてるかもしれないし、狂ってるかもしれないわ。でもこっちから見たらあんたの話の方が狂ってるわよ。あんたもこんな話にごちゃごちゃ答えてる方がよっぽどうるさいのよ。ちょっとは黙ってなさい?」

「さて、始めよう。終わらせよう。何時もの様に。何時もの通りに。喰うぜ。喰うよ。喰い殺す」
 恋呪郎は女に肉薄すると、手にした剣で二度薙いだ。その速さに対応できなかったのか、二刃目を放たれる際、女は初段をガードしようと腕を動かしている程だ。
「ひひひ、時系列がわからねえ。わからねえよう。狂ってるぜえ。切られたのは右からか。左からかあ?」
 ひとつ、わかったことがある。この口は、けして女の意思どおりには動いていないということだ。そうでなければ支離滅裂のようでその実、自分の不利を確信させるような先の発言などするわけがない。
 ならば、喋らせるだけ喋らせてしまうべきだ。やかましく、耳に痛い。攻撃にも転ずるのだ。その数は厄介なことこの上ないが、情報を提供してくれるというのならば代償として支払う価値も出てくるだろう。
「口は禍の元。まさしくヌシにとってそうなったわけじゃな」

「打ち据えさせて頂く!」
 炫矢が、赤く染まった刀身で女を切りつけた。ひとの形をしたものを斬る。光景として気分のよい話ではなく、夢見の悪いものではあるが、その感触が、手応えが相手を人間ではないのだと告げている。確かにダメージを連ねてはいるが、斬られて即反撃に転じるような相手を只人とは呼ぶまい。顔に伸ばされた腕を、上半身を逸らすことでかわす。被弾は許されない。先ほど刀で受けてみたのだが、腕ごともっていかれかねないほどに重かった。
「諸般の事情により、人の命を奪う君を滅する。罪状は一つ。人命蹂躙! 現時点で確認されうる君の行いに情状酌量の余地なしと判断。故に、因果応報を以って尋常を成すッ!!」
 相手への通告ではない。自分への鼓舞に近いものだ。こういった手合いに問答は不要ず。己の都合を押し付けたほうが、まだ生産性は高い。

「さぁさぁ、夜の騒音はご近所迷惑だよ。そっちのキミもお喋りしてないで静かにしてね!」
「ひひひ。狂ってる狂ってる。狂おうぜえ。狂える? 狂おう。狂う。狂るるるるりるれろ」
 突然、笹雪の右腕に口が開いた。ひとつではない。ふたつでもない。整然性もなく、指先から肩口まで大小様々な口が口が口が口が開き開いてガチガチと歯を打ち鳴らして舌を出し歯茎をむき出しにして喚きたてる。
「狂ってるねえ!」
 思わず右腕を持ち上げ、極力自分から遠ざけろと突き出した。まさか腕を取るわけにもいかず、見た目にも音にも触りにもゾッとする。これがもし全身に回ったら。考えるだけで気分が悪い。即座に思考を打ち消した。
 いつまで残るのかはわからないが、消えるまでこちらの腕は使えない。
 今はとかく、本体と思しき女のほうに射線を集中させた。

「姦しいなんてもんじゃないな……」
 耳を塞ぎたくなる衝動を必死に堪えながら、ローザは戦っていた。自分の後頭部。見えはしないが、わかっている。腫瘍のように膨らみ、発生した大きな唇からさらに口が生えその上にさらに。悪趣味なオブジェのように重なった口どもがさっきからさんざ喚くのだ。
 潰してしまいたいが、頭部ときている。破壊してこの身に害があるのならそれは致命傷にもなりかねない部位だ。
 幸い、どこか他の身体部位と接触するようなところでもない。噛みつけるものがないだろう。喧しいのは辛いが、放置することにしていた。
 狂っている。狂っているとなんどもなんどもがなりたてる。それに何の意味があっての行動であるのかなど、とうに考えから捨てていた。理解はできない。できないから、相対するのだ。
「…………とっくに狂っているさ。あの日から」

 口数が多くなっていると逝は思考して、正しい意味ではないなと胸中で訂正した。
 正確には、口の数が多くなっている。
 戦闘を始めたころよりも、口の発生量が明らかに増している。はじめは時間経過によるものかと思ったが、おそらくは蓄積されたダメージによるものだ。
 そら、いいのが入った。思うや否や、ヘルメットに無数の口が発生して視界を防いだため、思わず女との距離をとる。口は潰せば消える。身体ではこちらにも被害があるが、装備であれば問題はない。
 すぐに消える口と、消えない口がある。法則性はわからない。一度、口内から声が聞こえてきたときなどは肝の冷えたものだったが、ひとしきり笑うと消えていった。
 口数が多い。もはや銃声すら聞き取りにくいほどに、声がする。声がする。狂っているとしか、聞こえない。
 それは寧ろ、戦いに終わりが近づいてきた証左であるのだと、逝は感じていた。
「そら、おっさんとお話をしよう」

●哀愁と翌日のエピローグ
 ひとつだけ、誰とも違うことをしてみよう。ひとつだけ、誰とも異なることをしてみよう。それはとても怖いことだ。それはとてもとても恐ろしいことだ。あれは私達とは違うのだと。そういう風に見られることはとてもとてもとてもとても悍ましいことなのだ。

 と。
 伸ばされた女の右腕。その指先に口が生えた。ここにきて新しい攻撃かと身構えたが、どうやら違ったようだ。
 口が生える。口が生える。女の腕が口で埋まる。女のものである肌のひとつも見せぬほど口で埋まり、それは左腕にも発生する。両腕が口しかなくなった途端、それらが女自身を食い始めた。どこに収まっているのか。そうしている間にも両足が口となり、異様な方向に折れ曲がって女を捕食する。
 これがこいつの死であるのだ。気づけば逆に、これを見届けねば任務は終わらぬのだという事実に愕然とする。
 最後の最後まで、いやなものを見せられたものだ。
 捕食が終わると、そこにはきれいさっぱり何もなくなっていた。
 自分に生えていた口も消えている。どうやら完全に消滅したと見て良い様だ。戦闘による緊張から解放されると、かいていた汗が途端煩わしいものに感じられた。
 みな、口数が少ない。今夜は悪夢になりそうだ。
 やはり、怪談とは自分が逢うものではない。
 了。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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