凶弾
凶弾



 嵐田はロングコートの前をかき合わせるようにして、その建物の前に現れた。ドアは無く、コンクリートの薄暗い入口の向こうには、地下へと続く階段が見える。その前にスーツだけはまともなの着た若い男がいて、入ろうとする嵐田の前に立った。
「すみません。チケットお持ちですか?」
「……」
 嵐田はポケットを探り、一枚の紙片を取り出す。受付の男はそれと嵐田を見比べ、
「すみません、お客さん。今日はプレミアムイベントでして、チケットの本人確認をさせて頂いてるんですよ。身分証はお持ちですか?」
「……ありますよ」
 嵐田は財布を取り出し、中から免許証を取り出す。男はチケットの名前と免許証を見比べ、やがて免許証を嵐田に返した。
「オッケーです。どうぞ。地下二階のホールになります」
「……どうも」
 小さく会釈し、嵐田は階段を降りる。薄暗い階段を降りて行き、廊下を進み、一枚のドアの前に立つ。ずいぶん前からすでにこの中の騒音が聞こえている。うるせえ、と呟き、嵐田はドアを開ける。
 さらにうるさくなった。そして暑い。一歩先にも行けないほどの人、人、人。その中身の無い頭の向こうで一段高いステージに立ち、これっぽっちも愛の無さそうな音と声で愛か何かを歌っている連中。
「愛、か」
 思わず呟く。人間の愛なんて、所詮は生殖のための生理現象だ。それはいい。だからこいつらのやっていることも、全てが悪じゃない。だが、それが全てだと思うのは傲慢だ。こいつらは本当の愛を知るべきだ。他人に愛を語るなら尚更。
 そう――神の愛を。
「神の愛を知れ!」
 叫んだ。誰も振り返らない。それはいい。バカに期待なんかしない。
 バカは、こいつらのようなどうしようもないバカは――
「神は、お前達を受け入れる!」
 叫び、嵐田はコートの下から大型の銃を取り出した。機関銃。発砲。血飛沫が上がり、目の前の数人がその前の人間に寄りかかりながら倒れる。悲鳴。
「これは神罰だ! 悔い改めろ!」
 言いながら、嵐田は機関銃を乱射しながらドアから出て、邪魔な人間をも撃ち払いながら逃走した。


「……というわけで、その嵐田って男をとっちめてくれ」
 久方相馬(nCL2000004)は予知夢の顛末を説明し、最後にそう締めくくった。待てい、と集まった覚者達から声がかかる。
「それって、警察の案件じゃないの?」
「もちろんそうさ。相手が隔者《リジェクター》でなければな」
 相馬の言葉に、覚者達は顔を見合わせる。
「隔者なのか?」
「そいつ、嵐田の機関銃は腕にくっついてた。付喪の因子を持つ隔者だ」
 言って、相馬は一つため息を吐く。
「そこでお前らに相談だ。その嵐田って男が無差別銃乱射事件を起こす前に阻止してほしい。現場に乱入して止めてもいいが、事件の発生そのものを止められれば最高だな」
 相馬の言葉に、覚者達は顔を見合わせる。どうやって? と、一人が訊いた。
「免許証が見えたから、住所は分かる。平和的に解決するなら、行って話をするのが一番だろうな。台詞の内容からすると、神様とか愛とか、その辺に事件を起こした動機がありそうだけど」
「……難易度高くないか」
「高いかもな。でも、それが出来れば最高だ」
 もしくは、と相馬は続ける。
「もちろん、事件が起きる建物の前で待ち受けて、力押しで解決しても構わない。繁華街のど真ん中になるから、周辺の被害には十分注意してくれ。理由をつけて場所を変えるとかさ」
「……難易度高いですよね」
「高いかもな。でも、そうするべきだ」
 言って、相馬はもう一度ため息を吐いた。
「嫌な事件だよな。――お前らならどうする? どうしたい? 何とかしてくれよ。きっと、そのための力なんだから」
 言って、相馬は出撃、と低い声で言った。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:鳥海きりう
■成功条件
1.嵐田の撃破、もしくは嵐田を説得し、銃乱射事件を阻止する
2.なし
3.なし
 皆様こんにちは。鳥海きりうです。よろしくお願いします。
 隔者・嵐田との会話・戦闘シナリオです。嵐田の起こす銃乱射事件を阻止できれば成功となります。


 出現する敵のご紹介です。

・嵐田
 付喪の因子を持つ隔者。戦闘時は右腕が機関銃に変化する。


 事件を起こす前の嵐田を説得し、翻意させるのが最良の解決かと思います。会話することで事情を聴きだし、説得してみてください。
 『事情を聴きだすためのトーク』と『説得するためのトーク』をご用意いただければと思います。説得トークは相馬も言っていた神とか愛とかを踏まえた内容であれば良い結果が出るでしょう。

 上記に失敗、もしくは試みない場合は、事件当夜の現場で対決する形となるでしょう。相馬も言っていた通り、そのまま現場で戦うとかなりマズイことになります。何か作戦を考えてください。


 簡単ですが、説明は以上です。
 皆様の挙手を心よりお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/7
公開日
2015年12月29日

■メイン参加者 4人■

『デウス・イン・マキナ』
弓削 山吹(CL2001121)
『アイティオトミア』
氷門・有為(CL2000042)

●訪問
「神とは、どのような存在だと思いますか?」
「……」
 嵐田は、おもむろに訪ねてきた四人の人物に胡乱げな視線を返した。先頭に立つ金髪の少年が、あどけない瞳でまっすぐ嵐田を見つめている。「……うちに、何の用だ」
「私達は、神の使いです」
「何?」
「悩みや鬱憤があるのなら、話してください。貴方は今何を望んでいますか? 大丈夫です。聞くのは私ではありません。神様です」
 離宮院・太郎丸(CL2000131)はそう言い、真摯な目で嵐田を見つめる。嵐田はしばらく太郎丸を見返していたが、やがて、
「……どうぞ」
 意外と丁寧に、彼らを自室に招き入れた。

「……意外と綺麗ですね」
「汚いと思ってた?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ」
「冗談だ。狭いけど、座ってくれ」
 嵐田は言って、男の一人暮らしにしては小綺麗な部屋に四人を招き入れ、中央のこたつを勧めた。嵐田と五人で座る。ちょっと狭い。「汚い家じゃ、神様に嫌われる」
「で、最近どうなの? 嵐田ちゃん」
『裏切者』鳴神零(CL2000669)が口火を切り、嵐田は訝しげに眉根を寄せる。
「……見た目の割りにノリが軽いな」
「えー? 見た目?」
「仮面とか」
「と、取れったってこれは取らないよ」
「ふん」
 ため息を一つ吐き、嵐田は話し始めた。
「じゃあ、さっそく見てくれ。――こいつをどう思う?」
 言って、嵐田はこたつから片腕を抜き出して掲げた。変化。その腕は球状の肘から先が機関銃の形を成している。――四人は無言だった。驚かないな、と嵐田は笑う。
「玩具じゃない。まして本物の機関銃でもない。俺の腕が変化してるんだ。何故だ? どうやって? それは分からない。でも、誰が――それは分かる。神だ。こんな非常識なことが出来るのは、神の御業以外に無い。これは、神託だ」
「――神託、ですか?」
太郎丸が訊き、嵐田は頷く。
「俺は常々、この国は間違っていると思っていた。人を信じれば裏切られ、人を愛すれば裏切られる。どこを見回してもそんな話ばかりだ。反吐が出る。何故そうなるのか? 紙の教えを守っていないからだ。そしてこの銃だ」
 言って、嵐田は己の銃を見上げる。「これが神の答えだ。この国は間違っている。だから変わるべきなんだ」
「主の名をみだりに唱えてはならない。解釈の一つとしては主の名を自己正当化の為に使ってはならないという風にも言えますが、加えて殺すなかれとも言います」
『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)はそう言い、嵐田は有為を振り返る。「正当化をしてるつもりは無い。厳然たる事実だ。それともお前達は、この腕を説明できるのか? 神の奇跡以外で?」
 出来る――しかし、まだそれを言う段階ではなかった。「貴方の言うことが間違っているとは思いません。しかし、人が主に愛されている事を理解させたい、形なく既にあるものをあると理解させるのに、本当に力が必要ですか? 他者を傷付ける事で何が変わります」
「間違っているのなら罰を与えるべきだ。そのための神力が形としてここにある。違うか?」
「その銃を見せることと撃つことでは、意味も結果も全く違います。信仰は与えるものでなく分かち合うものです、他者を迫害していた事のあるパウロも言ってます。納得のいく活動でしたら私も手伝いましょう。この時期はミサもありますし」
「……ふん」
 嵐田はふてくされたようなため息を吐いた。しかし、持ち上げていた銃を腕の形に戻し、こたつに戻す。
「はー、愛ってなんだろうね」
『デウス・イン・マキナ』弓削山吹(CL2001121)が独り言のように言い、嵐田が振り返る。山吹は肩を竦めた。
「なんか、分かんなくなっちゃって。貴方は愛って何か分かる?」
「……何か、身に憶えでも?」
 訊き返した嵐田に、山吹は小さく頷く。
「私の両親はさ、悪い事ばかりして捕まっちゃったの。それは仕方ない事だからいいんだけどさ。だけど……それでも家族なんだ。刑務所から出てきたら、今度はちゃんと三人で暮らしたいんだ。私は、両親のすることに文句ばかり言ってたから、好かれてはなかったけどね。――だからこそ、愛されたかった」
 隔者《リジェクター》であった両親。12歳の時に《F.i.V.E.》と出逢い、――両親を討った。投獄されるのを見送った。そして好かれていないのを承知で、出所してくるのを待っている。「それも、必然だな」
「――え?」
「お前の愛が報われないのは、お前の親が全面的に悪い。悪事を働き、それを諌める娘の言葉に耳を貸さない。そして裁きを受けた。まったく必然だ。気を落とすな。お前は何も間違ってない。神はお前を肯定する」
「――違う。そうじゃない。あんたは何も分かってない」
「何?」
「私はどんな親でも、もう一度三人で暮らしたいの。神様に愛されたら、人になんて愛されなくてもいいの? 誰も愛せなくてもいいの? 神様が私を愛してくれても、私は家族と一緒に暮らせるわけじゃないのに」
「……愚かな……でも、それはお前の自由だな。好きにしろよ。俺には関係無い」
「……神だの愛だの言う割りに、貴方は、誰も愛してないんだね」
「否定はしないよ。人間は嫌いだ」
「だから撃つのですか? 嫌いなやつが何人死のうが関係無いから?」
 太郎丸が言い、嵐田は頭を振る。「この腕が神の意思なら、そうするつもりだった」
「お前らの話は分かったよ。面白い話が聞けてよかった。――だが、俺の問題は解決してない。この腕は何だ? そしてお前らのリアクションはまるで想定外だ。ひとつも驚かない。その反応がポーズにも見えない。むしろああやっぱり、みたいな空気さえ感じる。お前らは何者だ? まさか、この腕について何か知ってるのか?」
「……」
 四人は押し黙り、顔を見合わせた。――嵐田の説得にはほぼ成功している。しかし、『それ』を言うわけにはいかない。「分かりました」
 太郎丸が言い、こたつから立ち上がる。他の四人がそれを見上げた。
「予定外ですが、やらざるを得ないでしょう。表へ出てください。神の意思を示しましょう」

●聖戦
 人気の無い川原に移動し、四人と嵐田は対峙した。川原は比較的広くて見通しも良い。足場は乾いた砂利で、グリップも悪くなかった。「おい、なんだよこの展開。何を始める気だ?」
「言葉で説明するより、実際に見せたほうがいいでしょう。大丈夫です。ここからはほんのエキシビジョンマッチ。死にはしませんよ」
「――どういうことだ?」
「本当にやるの?」
「ちょっと言いたいこともありますので、私は参加します。イグニション」
《醒の炎》。有為の両膝から下が戦闘形態に変異し、蒼炎がオーラのように噴き上がる。「!?」嵐田は驚愕し、反射的に腕を銃に変異させた。
「よおし、やろっか!」
 零も腕を変異させ、《大太刀鬼桜》を顕現させて構える。「お、お前らも――!? これはどういうことだ!? 流行ってんのか!?」
「圧倒的な力を持って制圧しましょう。――殺さずに、ね?」
「勿論です。いきます」
「れでぃごー!」
 有為と零が川原を疾る。マジか、と叫び、嵐田は機関銃を掃射した。有為は上へ、零は横へ跳んでかわす。嵐田は一瞬迷ってから零に狙いを定め、
「!?」
 山吹が銃に組みついてきた。「神様の愛ってやつでみんなを撃つなら、まず私を撃ちなよ!」
 山吹は嵐田を見上げた。嵐田は――
「やだね」
「!」
 笑い、山吹を蹴り飛ばした。「山吹さん!」太郎丸が《癒しの滴》を山吹にかける。
「もらった!」
《疾風斬り》。有為が上空から《Ξ式弾斧オルペウス》で斬りかかる。命中。嵐田の肩口から鮮血が吹き上がる。
「ぐお――くそったれ!」
「うわああ!?」
 嵐田は有為ではなく、接近してきた零を先に撃った。零は思わず足を止め、大太刀で銃弾を受け止める。
「貴方に主の御心は分からない! 貴方は誰も愛せていないのだから!」
「そうかい!」
 有為の斧を嵐田は銃で受け、有為の腹に靴裏を打ち込んだ。狙いを定めようとした嵐田に炎波が襲い掛かる。山吹の《炎撃》。あいつもか、と吐き捨て、嵐田は後方に跳んでかわす。
「とにかく、接近しなきゃ!」
「お前は作戦を考えてこい!」
 踏み込んでくる零に嵐田は応射し、零はやはり横へ跳んでかわす。「今度は!」「なんの!」横薙ぎに斬りつけた有為の斧を半身を開いてかわし、嵐田は至近の有為に狙いを定める。命中。寸前に回避して直撃は避けたが、有為の左脚に銃弾が喰らいついた。《炎撃》。山吹の放った炎が嵐田を絡め取り、嵐田は苦悶しながら地面をのたうつ。
「もらったー!」
「るせえな!」
 大太刀を振り下ろす零を嵐田も迎え撃った。命中。零の身体を銃弾が貫き、きりもむようにして倒れる。嵐田はもう一度地面を転がってから手をついて起き上がり、
「っ――」
 鈍い音と共に、顔から地面に落ちた。
「……天罰覿面、です」
 その頭上で有為が呟く。太郎丸に回復してもらってから、フルスイングで斧を振り下ろしたのである。刃ではない方で。刃の方だと確実に殺れていた。
「……圧倒的、とはいかなかったね」
「いえ、充分でしょう。お疲れ様でした」
 山吹の言葉に太郎丸は応え、倒れた零を回復しに向かった。

●結論
 嵐田は川原で目を醒ました。痛みは無い。四人が自分を見下ろしている。太郎丸が《癒しの滴》を自分にかけているのが分かった。
「あ、目が醒めましたか?」
「……変な夢を見た。お前らが」
「夢じゃないよ」
 零が言い、大太刀を掲げる。嵐田は目を丸くし、呟いた。「どういうことだ……お前らが俺と同じなのは分かった。でも、説明が足りないぞ」
「説明しますよ。だから、ボク達と一緒に来てください」
「長い説明が必要です。今日のライブはキャンセルしてください。そんなのよりもっと重要で」
「もっと面白いよ。面白い話が沢山あるんだ。興味あるでしょ?」
 太郎丸、有為、山吹に言われ、嵐田は頷く。
「――そうだな。愛の歌とか神様の説法より、そっちのが面白そうだ」
 夕刻の川原。やがて夜になるまでに彼らは立ち去り、――その夜は、何の事件も起きることもなく、ただ静かに更けていった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『凶弾のペンダント』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:弓削 山吹(CL2001121)
『凶弾のペンダント』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:氷門・有為(CL2000042)
『凶弾のペンダント』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:離宮院・太郎丸(CL2000131)




 
ここはミラーサイトです