【古妖狩人】夜啼く言の葉は娘の叫び
●
かあさま、ごめんなさい。
私は悪い仔です。
人間に干渉してはいけないよって言われていたのに、私は人間に興味があっただけなのです。
そして、かあさまから遠い場所に連れていかれそうになっているのです。
今は、かあさまは悲しんでおられるでしょうか。
苦しんでおられるでしょうか。
心配、してくれているのでしょうか。
でももう、全てが遅いのですね。もう私はかあさまの所へは帰れないでしょう。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
……おのれ、人間め。
見ておれ、私がどうなろうと。兄弟たちが人間どもを残らず食い殺すのだ。
食い、殺すのだ……。食い、ころ……すの。
どうしてなの、にんげん。しんじていたのに。
●
「ハハ!! 予定通りに母蜘蛛がこっちてきるぜ!!」
「やべえなそれなんかちょっと怖い」
「何言ってんだよ! そんなときのために、とっておきの兵器を持って来たんだろうが!! 対、大蜘蛛用だ……特にあいつは炎を嫌う。これで汚物を償却したあとは、冷却して痺れさせて目にものみせてやろうぜ!!」
「仲間にはさっきのろしあげて伝えておいた! すぐに増援がやってくるんだから平気だろ」
「ああ、蜘蛛つったって一応女だったしな……美人だったしなぁぁ」
「うげッ、そんなのが趣味?」
「妖怪と子供でも作るつもりかあ? やめとけ、やめとけ、この仔みてーなんが生まれるぜ」
「ギャハハハハ! ちげえねえ、気持ち悪いったらありゃしねえ」
「なら戻ったらまず、この仔の背の足を抜いてみるか? きっと楽しいぜ―――」
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
●
「ここまで来ると清々しい程なのだ。皆、力を貸して頂戴欲しいのだ。
憤怒者が大蜘蛛の仔を誘拐しているのだ。大蜘蛛の母は憤怒者を追っているのだが……我を忘れているから、仔ごと憤怒者を殺しかねない状況だぞ。だから、そっちはもう一方の班が担当するのだ。
皆は、この憤怒者をどうにかする班なのだ。つまり十二人で事にあたるのだ。皆の背の後方にもう一方の班が在る形だ。だから多少なら連携はとれるかもしれないのだ」
『小鬼百合』樹神・枢(nCL2000060)は集まった覚者にそう告げた。
「流行って欲しくも無いが、今流行の『憤怒者が古妖を狩っている事件』の一端なのだ。
どういう理屈で仔を誘拐しているのかは知れないが、させたとしてもいい結果にならないだろうし、それにその前に大蜘蛛と一悶着するだろう。
結果は玉砕、母のいなくなった仔蜘蛛は人間を襲い始める最悪のパターンが予知されたのだ。だから、止めるのだ。
ここまで言えば気づいたかもしれないが、対蜘蛛用の兵器を憤怒者は持っている。
あくまで蜘蛛対応の武器だから、覚者に対しては少し隙が見受けられるようだぞ。威力は強いようだから、用心する事に越したことはないのだ。
どうにかして、彼等から仔蜘蛛を取り返し、親蜘蛛に還してやってくれ。
……だが、親蜘蛛は想像以上に我を忘れて暴れているからな、奪還したからすぐ還すだけだと仔を貪り食ってしまうかもしれん。そこはあっちの班との連携が必須だぞ。
そして、憤怒者は、仔を人質として使って来るかもしれないのは念頭に置いた方がいいな。思った以上に、今回の敵は下衆が多い。そして何より……増える。
重々に気を付けて望むのだぞ!」
かあさま、ごめんなさい。
私は悪い仔です。
人間に干渉してはいけないよって言われていたのに、私は人間に興味があっただけなのです。
そして、かあさまから遠い場所に連れていかれそうになっているのです。
今は、かあさまは悲しんでおられるでしょうか。
苦しんでおられるでしょうか。
心配、してくれているのでしょうか。
でももう、全てが遅いのですね。もう私はかあさまの所へは帰れないでしょう。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
……おのれ、人間め。
見ておれ、私がどうなろうと。兄弟たちが人間どもを残らず食い殺すのだ。
食い、殺すのだ……。食い、ころ……すの。
どうしてなの、にんげん。しんじていたのに。
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「ハハ!! 予定通りに母蜘蛛がこっちてきるぜ!!」
「やべえなそれなんかちょっと怖い」
「何言ってんだよ! そんなときのために、とっておきの兵器を持って来たんだろうが!! 対、大蜘蛛用だ……特にあいつは炎を嫌う。これで汚物を償却したあとは、冷却して痺れさせて目にものみせてやろうぜ!!」
「仲間にはさっきのろしあげて伝えておいた! すぐに増援がやってくるんだから平気だろ」
「ああ、蜘蛛つったって一応女だったしな……美人だったしなぁぁ」
「うげッ、そんなのが趣味?」
「妖怪と子供でも作るつもりかあ? やめとけ、やめとけ、この仔みてーなんが生まれるぜ」
「ギャハハハハ! ちげえねえ、気持ち悪いったらありゃしねえ」
「なら戻ったらまず、この仔の背の足を抜いてみるか? きっと楽しいぜ―――」
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!
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「ここまで来ると清々しい程なのだ。皆、力を貸して頂戴欲しいのだ。
憤怒者が大蜘蛛の仔を誘拐しているのだ。大蜘蛛の母は憤怒者を追っているのだが……我を忘れているから、仔ごと憤怒者を殺しかねない状況だぞ。だから、そっちはもう一方の班が担当するのだ。
皆は、この憤怒者をどうにかする班なのだ。つまり十二人で事にあたるのだ。皆の背の後方にもう一方の班が在る形だ。だから多少なら連携はとれるかもしれないのだ」
『小鬼百合』樹神・枢(nCL2000060)は集まった覚者にそう告げた。
「流行って欲しくも無いが、今流行の『憤怒者が古妖を狩っている事件』の一端なのだ。
どういう理屈で仔を誘拐しているのかは知れないが、させたとしてもいい結果にならないだろうし、それにその前に大蜘蛛と一悶着するだろう。
結果は玉砕、母のいなくなった仔蜘蛛は人間を襲い始める最悪のパターンが予知されたのだ。だから、止めるのだ。
ここまで言えば気づいたかもしれないが、対蜘蛛用の兵器を憤怒者は持っている。
あくまで蜘蛛対応の武器だから、覚者に対しては少し隙が見受けられるようだぞ。威力は強いようだから、用心する事に越したことはないのだ。
どうにかして、彼等から仔蜘蛛を取り返し、親蜘蛛に還してやってくれ。
……だが、親蜘蛛は想像以上に我を忘れて暴れているからな、奪還したからすぐ還すだけだと仔を貪り食ってしまうかもしれん。そこはあっちの班との連携が必須だぞ。
そして、憤怒者は、仔を人質として使って来るかもしれないのは念頭に置いた方がいいな。思った以上に、今回の敵は下衆が多い。そして何より……増える。
重々に気を付けて望むのだぞ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.蜘蛛の仔の奪還
2.奪還しつつ、母蜘蛛のもとへ戻す
3.憤怒者の撃退(生死不問)
2.奪還しつつ、母蜘蛛のもとへ戻す
3.憤怒者の撃退(生死不問)
●注意
『【古妖狩人】夜啼く言の葉は娘の叫び』に参加するPCは、『【古妖狩人】夜啼く言の葉は母の愛』に参加する事はできません。同時参加した場合は参加資格を剥奪し、LP返却は行われないので注意して下さい。
●状況
憤怒者が、古妖である大蜘蛛の仔を拉致った。
憤怒者は仔を連れて母蜘蛛から逃げている最中である。
大蜘蛛の母は我を忘れている為、仔ごと憤怒者を殺そうとしているし、憤怒者は憤怒者で対大蜘蛛用の兵器を持っているらしい。玉砕に至れば、大蜘蛛の仔が『人間』を一括りに復讐する未来が視えた。一連の事件を解決する為に、覚者の出番である!
こっちは憤怒者の対応を行います。
●憤怒者×十五人+十五人+十人
・憤怒者全員は物理攻撃に耐久可能なスーツを着込んでいる
・戦闘訓練されており、連携は取れている
・初期は十五人、一定時間でまた十五人増え、最終十人がそのあとに増える。どこから増えるのかは、調査すればわかりますが、今回は今頼まれた依頼だけをこなす所まで描写します
☆初期の十五人
リーダー:寿 (対大蜘蛛用兵器である大型火炎放射器が武器です。並みの装甲では無いのか、現時点でのファイヴ覚者ではこの武器を壊すのはかなり力が要ります。噴き出す炎は物攻撃であり、中衛まで届く範囲攻撃です。BS炎傷を受けます。『火の心』スキル活性化しているとBSを受けませんしダメージが緩和します)
サブリーダー:萩本 (対大蜘蛛用兵器である大型の放水兵器水の入ってるポンプ付。並みの装甲では無いのか、現時点でのファイヴ覚者では壊すのはかなり力が要ります。噴き出す水放は物理攻撃であり、後衛まで届きノックバック効果があります。少量の水で行える砲弾だと思って下さい。BS凍傷を受けます。『水の心』スキル活性化しているとBSを受けませんしダメージが緩和します)
部下10名 (対大蜘蛛用兵器である小型の超電磁砲が武器です。BS痺れが発生する攻撃で、遠距離まで届きます。『天の心』スキルを活性化しているとBSを受けませんし、ダメージが緩和します)
部下3名 (蜘蛛の仔を捕縛&奪われないように護衛する3人です。後衛で、特に武器らしいものはナイフくらいでしょうが、蜘蛛の仔から離れず撤退しようとしている3人です。いざとなれば下衆な真似をすると思ってください)
次に増える十五人と十人は、『上記の三種類の武器を所持して援護に来る』という形になります
馬鹿真面目に、PCさんの正面から現れて来るので、どこから来るのか探索しなくても問題ありません
●蜘蛛の仔
古妖ですが、見た目より遥かに長くを生きております
が、脳内は見た目相応の考え方をする、古妖としては幼い仔です
身長は130cm程度で、背中から小さな蜘蛛の足がはえています
戦えませんし、人間を怨み始めているところですので『人間』の言う事は聞きませんし、助けたからといって指示に従ってくれる事もありません
凍れる心を溶かすのは、PCの役割です
●場所
森の中でも開けた場所なため、戦闘にペナルティはありません
●連動依頼です
・もう一つの班が、後衛から10m離れた場所に存在します
あちらは大蜘蛛の対応をしておりますが、状況により回復や付与をあちらの班に行う事が可能です。逆もしかりです。相応に手番は消費されます。
それではご縁がありましたら、十二人様、勝負です
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年12月08日
2015年12月08日
■メイン参加者 6人■

●
「なんだぁ……おめぇら」
寿は眉を潜めて、眼前の異常事態に顔を傾けた。
「あら、第一声がそれ? 遺言はそれでいいの? もっとほざいた方がいいわよ、覚えておかないけど」
「あ゛?」
春野 桜(CL2000257) はにこにこ顔で、そう言った。光を灯さない瞳の奥には闇を飼っていたが。
古妖狩人としては、思っていた展開とは違うのだ。そりゃそうだ。
地響きがする。
この地響きを産んでいる蜘蛛に用があった。
木々が薙ぎ倒される音がする。
この足を持った蜘蛛を殺して素材をはぎ取る為に来た。
だが……。
「残念ながら、ここから先には通せない」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415) が親指で後方を刺しながら言った。10m後ろでは既に血飛沫が立ち、蜘蛛の断末魔が聞こえてくる。背中越しでも激しい戦闘をしているのは分る程だ。
「あとは、言わなくてもわかるだろ」
深緋・幽霊男(CL2001229) はそれだけ言って得物を突き出し、和泉・鷲哉(CL2001115) の透き通るブルーの髪が、燃ゆる赤色へ変化していく。これはある意味、開戦の合図。
「――覚者か!!」
寿の声を合図に、古妖狩人たちは動き出した。一斉にわらわらと蠢いたそれらは『レヴナント』是枝 真(CL2001105) にしてみれば、蟻の行列と何が違うのかわからないと瞳を細めたが。
『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121) は、憤怒者の腕に捕まっている仔蜘蛛を視界に映す。
無感情にも眉ひとつ動かさない仔蜘蛛は、憤怒者に揺られるままにされていた。
「今、助ける」
かくして、両者はぶつかり合った。
●
不幸な未来を消す為に、速やかに眼前の敵を掃討する。
槍のように飛んでくる電磁砲の弾雷を身体に掠めながら、前衛を駆け抜けていく真と鷲哉。
「さて……全力で減らしにかかんないとな!」
「一人として逃がす事はできませんね」
電磁砲部隊の中腹まで飛び込み、そして出した武器は術符と経典。後衛が持っていそうなアイテムであることは敵としても分った。だからこそ、吼える。
「なめてんのかテメェ!! 奥ですっこんでろ!!」
雷撃をかますトリガーが引かれ、それがクリーンヒット。真の身体がびくんと震え、全身を雷撃が迸り、激痛が流れていくも唇を噛んで抑え込む。
「ゴミ共が、やってくれる」
冷静に呟き、術符を凪ぐ。召喚された雷撃が天より落ち、地面を蛇が如く駆け巡り憤怒者達を飲み込んでいった。断末魔が、心地好いと思えるのは何故であろうか。
「やるなあ。にしても人が多い……」
負けていられないと鷲哉が続いた。電磁砲による攻撃で、身体から血が流れる事は無いが痛みはあるはずだ、数倍の痛みを感じている真の背を支えながら、彼は火柱を轟かせていく。
足下より天へ燃え出(いずる)それに、憤怒者達は「ばけもの!」とか「人間じゃない!」と好き勝手に喚かれたものの。
「ひでーことをするあんたたちと俺達。どちらが化け物だっていうんだ!!」
「言っても、無駄ですよ。彼等は考えを改める事は無い」
故に、潰すしかない。
殺しも、傷つける事も、鷲哉としては耐えがたい事ではあったものの。
分り合えないと言うように、炎が二人を飲み込んでいく。寿の高笑いが聞こえつつ、火炎放射器が激しい炎を吐き出し周囲の森と一緒に焼き尽くしていた。
「どうだぁお手製の炎の味はぁぁ!!」
「うるさいわね、その声帯から取り除いたらもう少し静かに殺していけるかしら?」
頭の中に『殺しましょう』と言う文字が幾つも並んでいく桜。彼女は中衛をはっていたのであるが、最早敵の人数が多く、前衛と分断されてしまっている。
それは幽霊男も同じだ。無表情に、まるで作業をこなしているかのように機関銃にものを言わせて電磁砲部隊を薙ぎ払っていく幽霊男。
「ふむ、有象無象しているな」
「あら、同じ事思っていたわ殺しましょう。気が合うわねそういうわけで殺しましょう」
「語尾が殺しましょうになってるぞ」
緑の鞭が「死ねエエエ!!」と叫んで突っ込んで来た男を絡め取り、引き寄せた。桜の腕の中に飛び込んで来た男はそのまま振りかぶられた投げ斧の餌食になっていく。
上から下へ。何度も何度も斧は降ろされた。その間、桜は高笑いをしていた。鬼だ、鬼が居る。幽霊男こそ、あかんと思ったのだが、あえて見ないふりをして機関銃を動かした。視界は忙しく動き、仔蜘蛛を探す。
されど次の瞬間、幽霊男は真と後衛まで一気に吹き飛ばされた。全身びしょ濡れになり、水圧が高いのか骨がいくつかイった音がする。
「どうだぁぁお手製のポンプの味はぁぁ!!」
萩本は高笑いしながら、自身の手で覚者を押し倒していくことに満足感を覚えていたに違いない。
即座にゲイルの回復が二人を護る。
「大丈夫か」
「問題はありません」
「予想以上の威力であるな」
流石、対大蜘蛛と言った所か。
ゲイルがいるお蔭であるからか。彼自信も、腐れに腐った憤怒者達を掃除するのは非常にやりやすいと謳っていた。背中は全て、ゲイルが護る。故に前へと駆ける事ができる前衛や中衛が多いのだ。
ただ、懸念としては矢張り相手の人数が多い事だ。人ごみに紛れてしまっては、ゲイルの視界に映らないのは、少々危うい。
「可能なら俺の見える範囲で」
「努力はしよう」
山吹はこくりと頷いた。
ギャイーンと響く音は、山吹の楽器の音である。覚者には普通の音には聞こえるが、敵に対しては音波と振動が薙ぎ倒していくという強烈なもの。冷静に現場を見ていた山吹は、
「できれば早く仔を助けた方が、後ろの班にとっていいかもね」
と憤怒者を弾き飛ばしながら無表情で述べた。
「そうだね、じゃあそろそろ本格的に、『狩る』かね。この人数、移動を疎外され続ければいつ、仔まで行けるかわからん」
ステルスをするにも、発動まで敵が待ってくれるはずも無い。
この力は魂を燃やす。
この力は命を削る。
故に、奇跡と呼ばれても良い程度のものである。
「最初から、クライマックスだね。楽しみなよ」
幽霊男は指をコキリと鳴らした。
トリガーの理由は、餓鬼の泣く姿が嫌いであるから。それだけだ。
人間の根本に宿る魂の力をエネルギーに変換し、これを自身の付与とし、突っ込む。
たったそれだけで力の起点とした地面が大幅に抉れて、人間たちを吹き飛ばしながら仔蜘蛛を持った男の手前まで一気に到達したのである。この余波で、覚者を含む人間たちが一斉に薙ぎ倒された。
「ゆ、幽霊男!!?」
ゲイルは爆風に晒されながら彼女の背を瞳で追っていた。
「なんだこれーーッ!?」
鷲哉も、訳が分らず周囲を見れば幽霊男がステータス能力値を異常値まで底上げしていた。
「ひ、ひい!!?」
仔蜘蛛も持った男は顔色を青く染めながら、腰が抜け。
『……』
仔蜘蛛は、じ……と幽霊男を見つめた。
「僕が怖くないか?」
『……にんげんはころちゅ』
「まだ無理だろ」
幽霊男は仔の頭をポンと手を置いてから、もう片方の腕を横に払えば男の身体が吹き飛び森の中の木々を押し倒しながら飛んでいった。生死なんて確認するまでも無いだろう。
ぽとんと落ちた仔の首根っこを掴んで持ち上げた。
「僕の名前は幽霊男。必ずお前は母親の元に帰してやる。僕が守るからな。あぁ、ついでに名前。聞かせなよ」
『鞠だ』
「なら鞠、大人しくしとれ」
燃え広がる炎が一人を一匹を飲み込んでいく。だがその前に中空に飛んでいた幽霊男は仔を抱え、
「こういうのがあるからな」
『……』
●
かくして幽霊男の影響により、敵陣は一斉に覚者へと武器を向け、半パニック状態になりながら攻撃に及んできた。
「ウフフ、でもね? そうやってパニックになった方が命を落としやすいのよ」
赤い桜の木の下には死体が埋まっているなどという事もあるが、それはあながち間違いでは無いのかもしれない。
桜は、包丁を手足のように振るい廻して人間を解体していく。これは彼女の解体ショーだ。
電撃を受け、それでも桜の表情は揺るがない。むしろ髪の毛の美しい桜色も今や赤く染まるまでだ。
「……しょうがないとは言え、やっぱいい気分しねーな」
近づいた男が電磁砲を零距離から放ち、鷲哉の身体を痺れさせた。思わず痙攣する身体であるが、次の瞬間には炎が敵を飲み込みやり返す。
「思ってたより、早く終わりそうな予感がするな……」
鷲哉の目線は、段々と隣を向いていく。
だって。
魂を燃やしたのは、何も一人では無い。
「――邪魔だ」
真の身体の周囲から紫電が舞い、腕を横に振れば、横一線に憤怒者が薙ぎ倒されていく。それを積み上げ、前線を押し上げ、押し上げ、憤怒者達を一帯に押し込んでいくのだ。
「ひ、ひ!?」
気づけば、真は萩本の目の前まで来ていた。
真はムシケラを見る――否、まだ虫のほうが世界の役に立っているなと冷静に思ったのだろう。興味も慈悲も無い瞳があった。
「今、何をしようとした」
淀んだ真の瞳が、萩本を映す。話しなんてできるのだろうかと思えるくらいには、萩本は震えながら顔を横に振っていたが。
「その武器で、今、蜘蛛の仔を狙った?」
「あ、ああぁ、ぁぁぁ!!」
生きているだけで許せなかった。この、震える憤怒者達が同じように震える古妖たちを蹂躙してきたかと思えば、万死に値するか。
本当なら萩本と寿は生かすべきなのだろうが、加減が効くかは真には解らない。
わからないまま、真の術符は轟音を縦ながら萩本の扱う武器を粉々になるまで吹き飛ばした。
最早これは一方的と化していた。難易度とは一体、と言う言葉が聞こえる。
ここで援軍の到着だ。
「なんすかこれ、どういう状況だあ!!?」
憤怒者は訳も解らず死地に来てしまったに近い。けれど脅威は、水武器だ。放たれた水段が幽霊男をなぎ飛ばし、仔蜘蛛を孤立化させた。
電磁砲を持った男が仔を狙い、電撃が仔を穿った途端に『三人目』が現れた。
山吹の家族というものは決して恵まれたと呼べるものでは無かった。だからか、無理やり引き剥がされた蜘蛛の家族というものが、自分の経験に重なってみえる。山吹の記憶は所々欠如しているが故に、覚えている記憶というのは価値が高いものであろう。
だからこそ、傷ついた仔蜘蛛を助けたい。
傷つけた奴等が許せない。
故に、魂が震えた。
電磁砲が仔の命を奪う前に。訳も解らず震え始めた仔を護る為に。
「死んで」
奏でた楽器の音波に乗り、炎が憤怒者を消し炭へと変えた。憤怒者たちは叫び声も、最期の言葉さえ残すのも許されなかった程に。
山吹は、ぽつんと残った仔の下へ走り、抱き上げながら戻る。首を仔が噛んで来た、だがそれでもいいと思う。恐らく正常は反応だと思える。
彼女から家族を奪おうとしているのは紛れも無い人間なのだ。
彼等古妖からしてみれば、人間なんて一括りに見えるだろうし。
「別に、信じなくたっていいよ。私らは、勝手に君を救うからさ」
噛んでいる牙が、首の奥深くに突き進んでいく感覚がよくわかる。されど甘んじて受けた。これも人間への罰だと思う。
「ただ、全部が終わって、お母さんと一緒に幸せに暮らしてほしい。私の願いはたったそれだけ」
何よりも純粋な山吹の想いは、仔の心を溶かす炎になるか。
「泣くな」
ぽろぽろと雫を瞳から零し、感情を出し始めたのはこれが最初であった。
真と幽霊男と山吹の能力強化により、人間が面白いくらいに弾き飛ばされていく。森は最早、覚者が暴れた後のほうが被害がでかい程に木々が薙ぎ倒され、地面に穴が空いていく。
「……なにこれ」
鷲哉は率直な感想を述べながら、後ろから掴みかかってきた男を火柱に変えた。
●
「全軍!! 総戦力だ!! 蜘蛛なんて最早、焼き殺してしまえ!! 化け物たちを殺してしまえ!!」
古妖狩人からしてみれば、彼等は彼等の正義を持っているのかもしれない。それは決して、相容れないものであったが。
「迎え撃つ」
ゲイルは仔の怪我を治しながら、背中に仔を隠す。奥で、戦う母の姿が仔には見えているのだろうが、未だあちらは正気に戻っていないようだ。今突っ込んでいけば、仔が母に殺されてしまう。
「だから、もう少しだけ我慢しててくれ。できれは母さんに声をかけてやってくれ」
『かあさま、こわい』
「……そうだな」
ゲイルは鞠と言う名の仔蜘蛛の頭を撫でながら、己の敵を見た。
電磁砲部隊が補充されたか、水武器と火武器はそれぞれ二つずつで建材である。
ここから、一気に叩きこめば終わりだ。
「く、くるなぁぁああ!!」
水武器が仔蜘蛛へと向いた。恐らくゲイルを押し返してから、焼くつもりであろう。ゲイルは回復を止めつつ、仔を抱き後退した。
『怖いニンゲン』
「ああ、だがちゃんと守るから大人しくしていてくれな」
『……』
仔の瞳には何時の間にか光が灯っていた。だが無情にも水圧にゲイルは弾き飛ばされていった。ぽーんと飛んだ仔を両腕で空中キャッチしたのは鷲哉。
「そうはいかねえよ!!」
そして鷲哉が水武器の上の着地。丁度お姫様抱っこの状態で仔は鷲哉に乗っかっていた。
「この仔に、手を出すな!!」
火柱を上げながら、武器を燃やし尽くしつつ乗っていた男を蹴り飛ばした。使えなくなった武器に意味は無い、それは敵も同じだ。鷲哉目掛けて炎が噴き出されてきたが、
「ぬるい!! ……あ、熱くない?」
『熱い』
炎を攻略している彼に、今やその攻撃は意味がほぼ成さないのだ。燃えない人間なんているものか、そう叫んだ憤怒者であったが、ここにいるじゃないかと炎を従わせて火炎放射器を蹴り飛ばす。両腕は塞がっているから、蹴りで。
「結構減らした筈だけどまだ多いな……マジで嫌気さしてくるわ」
仔を地面に降ろしつつ、わらわらと出て来る敵たちに、鷲哉は溜息を吐きながら火炎放射器の放射部位をばきんと折った彼であった。
「こんな馬鹿みたいな騒ぎに巻き込んでごめんな! こんな下衆なのも人間の中にはいるけど、そういう奴等だけじゃないから、もう一回だけでいいから、人間を、俺達を信じてくれ!」
『……』
仔はジッと鷲哉を見てからこくんと頷いた。
「ゴミ掃除、なんて精々するゴミ掃除」
右手には包丁を、左手には斧を。普通少女には確実に持たないものを交互に振るいながら、腕と足とカットしていく桜。
あまりにも炎を受け過ぎたか、彼女の身体は部位的に焦げ付いていたものの、今や『痛い』と思う事は無いのだろう。
突き進む姿は、最早さっきも言ったが鬼以外の何ものでも無く。憤怒者たちが彼女から逃げていく程度には脅威と化していた。
「鬼ごっこ? そうね、鬼は人間を殺さなければいけないわ。誰も、ニガサナイ」
肩を揺らし、笑う桜に鷲哉は頭を抑えた。
●
「て、撤退だ!! 撤退!!」
寿は声を荒げた。最早これは力量的に勝てると思う方が馬鹿馬鹿しいくらいだ。憤怒者の考えは至ってまともであっただろう。
「一旦引いて、体勢を整えてからまた狩るぞ!!」
再びわらわらと逃げていく憤怒者たち。ここの時点でかなりの数は削っていたため、寿と萩本、そして最後にきた援軍十人は一斉に逃げて行った。
覚者としては、彼等を逃す訳にはいかない。
だが、後ろの大蜘蛛班との連携もある。
「ゲイル」
「ん?」
鷲哉は言う。
「宅配、頼めるか?」
「ああ……」
仔は、親元へ返さなければ、いけないのだから。
●
息を切らし、走る古妖狩人たち。
ここまでの流れはかなりの予想外という文字がお似合いであろう。全く予期していない事態になってしまっているのだ。
暗がりの、開けた森の中で立ち止まる。寿は大量の汗を流しながら、後方を見た。追っては、来ていない。
「……萩本、どうする」
「ああ、そうですね……俺達はこれで全員になった。連絡を取って……本拠地に戻れないか交渉を」
「仕方ない。この拠点は捨てる!!」
寿と萩本が頷いた時、どこから声が聞こえた。
「てことは、拠点にはもう誰もいないと?」
「ああ、そうだよ! もうこれで全員だってさっき言っ――………?」
萩本は見上げた。
見上げて、膝から崩れていった。
「だ、そうです」
山吹が一層大きな木の枝の上に座って足をぶらつかせていた。
「なるほど。ならこれ以上の情報収集は無意味だな」
幽霊男が『狩人たちの前方の木』の影から出て来た。
「お、追いつかれて!?」
「ああ、あんたら足遅いからな」
横から顔を覗かせた鷲哉。
「な、な、ななな、あは、あははあは」
「おやおや、壊れてしまったんですか? まだ壊しても無いのに」
一人の狩人が笑いながら尻もちをついた事に、憤怒者達の丁度中心にあった木の上から真が笑う。
「獲物が逃げたら追うのは当たり前よ。さあ、続きをしましょうね、殺しましょう」
桜が狩人後方から包丁を舐めながら歩んでいく。一歩一歩、着実に踏みしめて、狩人たちを包囲した事を想わせるために。
「それじゃあ、さようなら」
―――仔に聞かせられない断末魔は、暫く森に響き渡り。森の木々から一斉に鳥が飛び出していった。
●
『ありがとうって、皆にも、伝えておいて』
「ああ、わかった。さあ、いっておいで」
ゲイルの手から離れた仔は、何度もゲイルを見ながら手を横に振った。そこには幼い少女が一人いる風景であっただろう。
トトトと歩いていった姿を見送り。そしてゲイルは歩き出す。
あいつらどうせ、全滅させに追って行ったんだろうなあと後頭部を掻きながら。
「なんだぁ……おめぇら」
寿は眉を潜めて、眼前の異常事態に顔を傾けた。
「あら、第一声がそれ? 遺言はそれでいいの? もっとほざいた方がいいわよ、覚えておかないけど」
「あ゛?」
春野 桜(CL2000257) はにこにこ顔で、そう言った。光を灯さない瞳の奥には闇を飼っていたが。
古妖狩人としては、思っていた展開とは違うのだ。そりゃそうだ。
地響きがする。
この地響きを産んでいる蜘蛛に用があった。
木々が薙ぎ倒される音がする。
この足を持った蜘蛛を殺して素材をはぎ取る為に来た。
だが……。
「残念ながら、ここから先には通せない」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415) が親指で後方を刺しながら言った。10m後ろでは既に血飛沫が立ち、蜘蛛の断末魔が聞こえてくる。背中越しでも激しい戦闘をしているのは分る程だ。
「あとは、言わなくてもわかるだろ」
深緋・幽霊男(CL2001229) はそれだけ言って得物を突き出し、和泉・鷲哉(CL2001115) の透き通るブルーの髪が、燃ゆる赤色へ変化していく。これはある意味、開戦の合図。
「――覚者か!!」
寿の声を合図に、古妖狩人たちは動き出した。一斉にわらわらと蠢いたそれらは『レヴナント』是枝 真(CL2001105) にしてみれば、蟻の行列と何が違うのかわからないと瞳を細めたが。
『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121) は、憤怒者の腕に捕まっている仔蜘蛛を視界に映す。
無感情にも眉ひとつ動かさない仔蜘蛛は、憤怒者に揺られるままにされていた。
「今、助ける」
かくして、両者はぶつかり合った。
●
不幸な未来を消す為に、速やかに眼前の敵を掃討する。
槍のように飛んでくる電磁砲の弾雷を身体に掠めながら、前衛を駆け抜けていく真と鷲哉。
「さて……全力で減らしにかかんないとな!」
「一人として逃がす事はできませんね」
電磁砲部隊の中腹まで飛び込み、そして出した武器は術符と経典。後衛が持っていそうなアイテムであることは敵としても分った。だからこそ、吼える。
「なめてんのかテメェ!! 奥ですっこんでろ!!」
雷撃をかますトリガーが引かれ、それがクリーンヒット。真の身体がびくんと震え、全身を雷撃が迸り、激痛が流れていくも唇を噛んで抑え込む。
「ゴミ共が、やってくれる」
冷静に呟き、術符を凪ぐ。召喚された雷撃が天より落ち、地面を蛇が如く駆け巡り憤怒者達を飲み込んでいった。断末魔が、心地好いと思えるのは何故であろうか。
「やるなあ。にしても人が多い……」
負けていられないと鷲哉が続いた。電磁砲による攻撃で、身体から血が流れる事は無いが痛みはあるはずだ、数倍の痛みを感じている真の背を支えながら、彼は火柱を轟かせていく。
足下より天へ燃え出(いずる)それに、憤怒者達は「ばけもの!」とか「人間じゃない!」と好き勝手に喚かれたものの。
「ひでーことをするあんたたちと俺達。どちらが化け物だっていうんだ!!」
「言っても、無駄ですよ。彼等は考えを改める事は無い」
故に、潰すしかない。
殺しも、傷つける事も、鷲哉としては耐えがたい事ではあったものの。
分り合えないと言うように、炎が二人を飲み込んでいく。寿の高笑いが聞こえつつ、火炎放射器が激しい炎を吐き出し周囲の森と一緒に焼き尽くしていた。
「どうだぁお手製の炎の味はぁぁ!!」
「うるさいわね、その声帯から取り除いたらもう少し静かに殺していけるかしら?」
頭の中に『殺しましょう』と言う文字が幾つも並んでいく桜。彼女は中衛をはっていたのであるが、最早敵の人数が多く、前衛と分断されてしまっている。
それは幽霊男も同じだ。無表情に、まるで作業をこなしているかのように機関銃にものを言わせて電磁砲部隊を薙ぎ払っていく幽霊男。
「ふむ、有象無象しているな」
「あら、同じ事思っていたわ殺しましょう。気が合うわねそういうわけで殺しましょう」
「語尾が殺しましょうになってるぞ」
緑の鞭が「死ねエエエ!!」と叫んで突っ込んで来た男を絡め取り、引き寄せた。桜の腕の中に飛び込んで来た男はそのまま振りかぶられた投げ斧の餌食になっていく。
上から下へ。何度も何度も斧は降ろされた。その間、桜は高笑いをしていた。鬼だ、鬼が居る。幽霊男こそ、あかんと思ったのだが、あえて見ないふりをして機関銃を動かした。視界は忙しく動き、仔蜘蛛を探す。
されど次の瞬間、幽霊男は真と後衛まで一気に吹き飛ばされた。全身びしょ濡れになり、水圧が高いのか骨がいくつかイった音がする。
「どうだぁぁお手製のポンプの味はぁぁ!!」
萩本は高笑いしながら、自身の手で覚者を押し倒していくことに満足感を覚えていたに違いない。
即座にゲイルの回復が二人を護る。
「大丈夫か」
「問題はありません」
「予想以上の威力であるな」
流石、対大蜘蛛と言った所か。
ゲイルがいるお蔭であるからか。彼自信も、腐れに腐った憤怒者達を掃除するのは非常にやりやすいと謳っていた。背中は全て、ゲイルが護る。故に前へと駆ける事ができる前衛や中衛が多いのだ。
ただ、懸念としては矢張り相手の人数が多い事だ。人ごみに紛れてしまっては、ゲイルの視界に映らないのは、少々危うい。
「可能なら俺の見える範囲で」
「努力はしよう」
山吹はこくりと頷いた。
ギャイーンと響く音は、山吹の楽器の音である。覚者には普通の音には聞こえるが、敵に対しては音波と振動が薙ぎ倒していくという強烈なもの。冷静に現場を見ていた山吹は、
「できれば早く仔を助けた方が、後ろの班にとっていいかもね」
と憤怒者を弾き飛ばしながら無表情で述べた。
「そうだね、じゃあそろそろ本格的に、『狩る』かね。この人数、移動を疎外され続ければいつ、仔まで行けるかわからん」
ステルスをするにも、発動まで敵が待ってくれるはずも無い。
この力は魂を燃やす。
この力は命を削る。
故に、奇跡と呼ばれても良い程度のものである。
「最初から、クライマックスだね。楽しみなよ」
幽霊男は指をコキリと鳴らした。
トリガーの理由は、餓鬼の泣く姿が嫌いであるから。それだけだ。
人間の根本に宿る魂の力をエネルギーに変換し、これを自身の付与とし、突っ込む。
たったそれだけで力の起点とした地面が大幅に抉れて、人間たちを吹き飛ばしながら仔蜘蛛を持った男の手前まで一気に到達したのである。この余波で、覚者を含む人間たちが一斉に薙ぎ倒された。
「ゆ、幽霊男!!?」
ゲイルは爆風に晒されながら彼女の背を瞳で追っていた。
「なんだこれーーッ!?」
鷲哉も、訳が分らず周囲を見れば幽霊男がステータス能力値を異常値まで底上げしていた。
「ひ、ひい!!?」
仔蜘蛛も持った男は顔色を青く染めながら、腰が抜け。
『……』
仔蜘蛛は、じ……と幽霊男を見つめた。
「僕が怖くないか?」
『……にんげんはころちゅ』
「まだ無理だろ」
幽霊男は仔の頭をポンと手を置いてから、もう片方の腕を横に払えば男の身体が吹き飛び森の中の木々を押し倒しながら飛んでいった。生死なんて確認するまでも無いだろう。
ぽとんと落ちた仔の首根っこを掴んで持ち上げた。
「僕の名前は幽霊男。必ずお前は母親の元に帰してやる。僕が守るからな。あぁ、ついでに名前。聞かせなよ」
『鞠だ』
「なら鞠、大人しくしとれ」
燃え広がる炎が一人を一匹を飲み込んでいく。だがその前に中空に飛んでいた幽霊男は仔を抱え、
「こういうのがあるからな」
『……』
●
かくして幽霊男の影響により、敵陣は一斉に覚者へと武器を向け、半パニック状態になりながら攻撃に及んできた。
「ウフフ、でもね? そうやってパニックになった方が命を落としやすいのよ」
赤い桜の木の下には死体が埋まっているなどという事もあるが、それはあながち間違いでは無いのかもしれない。
桜は、包丁を手足のように振るい廻して人間を解体していく。これは彼女の解体ショーだ。
電撃を受け、それでも桜の表情は揺るがない。むしろ髪の毛の美しい桜色も今や赤く染まるまでだ。
「……しょうがないとは言え、やっぱいい気分しねーな」
近づいた男が電磁砲を零距離から放ち、鷲哉の身体を痺れさせた。思わず痙攣する身体であるが、次の瞬間には炎が敵を飲み込みやり返す。
「思ってたより、早く終わりそうな予感がするな……」
鷲哉の目線は、段々と隣を向いていく。
だって。
魂を燃やしたのは、何も一人では無い。
「――邪魔だ」
真の身体の周囲から紫電が舞い、腕を横に振れば、横一線に憤怒者が薙ぎ倒されていく。それを積み上げ、前線を押し上げ、押し上げ、憤怒者達を一帯に押し込んでいくのだ。
「ひ、ひ!?」
気づけば、真は萩本の目の前まで来ていた。
真はムシケラを見る――否、まだ虫のほうが世界の役に立っているなと冷静に思ったのだろう。興味も慈悲も無い瞳があった。
「今、何をしようとした」
淀んだ真の瞳が、萩本を映す。話しなんてできるのだろうかと思えるくらいには、萩本は震えながら顔を横に振っていたが。
「その武器で、今、蜘蛛の仔を狙った?」
「あ、ああぁ、ぁぁぁ!!」
生きているだけで許せなかった。この、震える憤怒者達が同じように震える古妖たちを蹂躙してきたかと思えば、万死に値するか。
本当なら萩本と寿は生かすべきなのだろうが、加減が効くかは真には解らない。
わからないまま、真の術符は轟音を縦ながら萩本の扱う武器を粉々になるまで吹き飛ばした。
最早これは一方的と化していた。難易度とは一体、と言う言葉が聞こえる。
ここで援軍の到着だ。
「なんすかこれ、どういう状況だあ!!?」
憤怒者は訳も解らず死地に来てしまったに近い。けれど脅威は、水武器だ。放たれた水段が幽霊男をなぎ飛ばし、仔蜘蛛を孤立化させた。
電磁砲を持った男が仔を狙い、電撃が仔を穿った途端に『三人目』が現れた。
山吹の家族というものは決して恵まれたと呼べるものでは無かった。だからか、無理やり引き剥がされた蜘蛛の家族というものが、自分の経験に重なってみえる。山吹の記憶は所々欠如しているが故に、覚えている記憶というのは価値が高いものであろう。
だからこそ、傷ついた仔蜘蛛を助けたい。
傷つけた奴等が許せない。
故に、魂が震えた。
電磁砲が仔の命を奪う前に。訳も解らず震え始めた仔を護る為に。
「死んで」
奏でた楽器の音波に乗り、炎が憤怒者を消し炭へと変えた。憤怒者たちは叫び声も、最期の言葉さえ残すのも許されなかった程に。
山吹は、ぽつんと残った仔の下へ走り、抱き上げながら戻る。首を仔が噛んで来た、だがそれでもいいと思う。恐らく正常は反応だと思える。
彼女から家族を奪おうとしているのは紛れも無い人間なのだ。
彼等古妖からしてみれば、人間なんて一括りに見えるだろうし。
「別に、信じなくたっていいよ。私らは、勝手に君を救うからさ」
噛んでいる牙が、首の奥深くに突き進んでいく感覚がよくわかる。されど甘んじて受けた。これも人間への罰だと思う。
「ただ、全部が終わって、お母さんと一緒に幸せに暮らしてほしい。私の願いはたったそれだけ」
何よりも純粋な山吹の想いは、仔の心を溶かす炎になるか。
「泣くな」
ぽろぽろと雫を瞳から零し、感情を出し始めたのはこれが最初であった。
真と幽霊男と山吹の能力強化により、人間が面白いくらいに弾き飛ばされていく。森は最早、覚者が暴れた後のほうが被害がでかい程に木々が薙ぎ倒され、地面に穴が空いていく。
「……なにこれ」
鷲哉は率直な感想を述べながら、後ろから掴みかかってきた男を火柱に変えた。
●
「全軍!! 総戦力だ!! 蜘蛛なんて最早、焼き殺してしまえ!! 化け物たちを殺してしまえ!!」
古妖狩人からしてみれば、彼等は彼等の正義を持っているのかもしれない。それは決して、相容れないものであったが。
「迎え撃つ」
ゲイルは仔の怪我を治しながら、背中に仔を隠す。奥で、戦う母の姿が仔には見えているのだろうが、未だあちらは正気に戻っていないようだ。今突っ込んでいけば、仔が母に殺されてしまう。
「だから、もう少しだけ我慢しててくれ。できれは母さんに声をかけてやってくれ」
『かあさま、こわい』
「……そうだな」
ゲイルは鞠と言う名の仔蜘蛛の頭を撫でながら、己の敵を見た。
電磁砲部隊が補充されたか、水武器と火武器はそれぞれ二つずつで建材である。
ここから、一気に叩きこめば終わりだ。
「く、くるなぁぁああ!!」
水武器が仔蜘蛛へと向いた。恐らくゲイルを押し返してから、焼くつもりであろう。ゲイルは回復を止めつつ、仔を抱き後退した。
『怖いニンゲン』
「ああ、だがちゃんと守るから大人しくしていてくれな」
『……』
仔の瞳には何時の間にか光が灯っていた。だが無情にも水圧にゲイルは弾き飛ばされていった。ぽーんと飛んだ仔を両腕で空中キャッチしたのは鷲哉。
「そうはいかねえよ!!」
そして鷲哉が水武器の上の着地。丁度お姫様抱っこの状態で仔は鷲哉に乗っかっていた。
「この仔に、手を出すな!!」
火柱を上げながら、武器を燃やし尽くしつつ乗っていた男を蹴り飛ばした。使えなくなった武器に意味は無い、それは敵も同じだ。鷲哉目掛けて炎が噴き出されてきたが、
「ぬるい!! ……あ、熱くない?」
『熱い』
炎を攻略している彼に、今やその攻撃は意味がほぼ成さないのだ。燃えない人間なんているものか、そう叫んだ憤怒者であったが、ここにいるじゃないかと炎を従わせて火炎放射器を蹴り飛ばす。両腕は塞がっているから、蹴りで。
「結構減らした筈だけどまだ多いな……マジで嫌気さしてくるわ」
仔を地面に降ろしつつ、わらわらと出て来る敵たちに、鷲哉は溜息を吐きながら火炎放射器の放射部位をばきんと折った彼であった。
「こんな馬鹿みたいな騒ぎに巻き込んでごめんな! こんな下衆なのも人間の中にはいるけど、そういう奴等だけじゃないから、もう一回だけでいいから、人間を、俺達を信じてくれ!」
『……』
仔はジッと鷲哉を見てからこくんと頷いた。
「ゴミ掃除、なんて精々するゴミ掃除」
右手には包丁を、左手には斧を。普通少女には確実に持たないものを交互に振るいながら、腕と足とカットしていく桜。
あまりにも炎を受け過ぎたか、彼女の身体は部位的に焦げ付いていたものの、今や『痛い』と思う事は無いのだろう。
突き進む姿は、最早さっきも言ったが鬼以外の何ものでも無く。憤怒者たちが彼女から逃げていく程度には脅威と化していた。
「鬼ごっこ? そうね、鬼は人間を殺さなければいけないわ。誰も、ニガサナイ」
肩を揺らし、笑う桜に鷲哉は頭を抑えた。
●
「て、撤退だ!! 撤退!!」
寿は声を荒げた。最早これは力量的に勝てると思う方が馬鹿馬鹿しいくらいだ。憤怒者の考えは至ってまともであっただろう。
「一旦引いて、体勢を整えてからまた狩るぞ!!」
再びわらわらと逃げていく憤怒者たち。ここの時点でかなりの数は削っていたため、寿と萩本、そして最後にきた援軍十人は一斉に逃げて行った。
覚者としては、彼等を逃す訳にはいかない。
だが、後ろの大蜘蛛班との連携もある。
「ゲイル」
「ん?」
鷲哉は言う。
「宅配、頼めるか?」
「ああ……」
仔は、親元へ返さなければ、いけないのだから。
●
息を切らし、走る古妖狩人たち。
ここまでの流れはかなりの予想外という文字がお似合いであろう。全く予期していない事態になってしまっているのだ。
暗がりの、開けた森の中で立ち止まる。寿は大量の汗を流しながら、後方を見た。追っては、来ていない。
「……萩本、どうする」
「ああ、そうですね……俺達はこれで全員になった。連絡を取って……本拠地に戻れないか交渉を」
「仕方ない。この拠点は捨てる!!」
寿と萩本が頷いた時、どこから声が聞こえた。
「てことは、拠点にはもう誰もいないと?」
「ああ、そうだよ! もうこれで全員だってさっき言っ――………?」
萩本は見上げた。
見上げて、膝から崩れていった。
「だ、そうです」
山吹が一層大きな木の枝の上に座って足をぶらつかせていた。
「なるほど。ならこれ以上の情報収集は無意味だな」
幽霊男が『狩人たちの前方の木』の影から出て来た。
「お、追いつかれて!?」
「ああ、あんたら足遅いからな」
横から顔を覗かせた鷲哉。
「な、な、ななな、あは、あははあは」
「おやおや、壊れてしまったんですか? まだ壊しても無いのに」
一人の狩人が笑いながら尻もちをついた事に、憤怒者達の丁度中心にあった木の上から真が笑う。
「獲物が逃げたら追うのは当たり前よ。さあ、続きをしましょうね、殺しましょう」
桜が狩人後方から包丁を舐めながら歩んでいく。一歩一歩、着実に踏みしめて、狩人たちを包囲した事を想わせるために。
「それじゃあ、さようなら」
―――仔に聞かせられない断末魔は、暫く森に響き渡り。森の木々から一斉に鳥が飛び出していった。
●
『ありがとうって、皆にも、伝えておいて』
「ああ、わかった。さあ、いっておいで」
ゲイルの手から離れた仔は、何度もゲイルを見ながら手を横に振った。そこには幼い少女が一人いる風景であっただろう。
トトトと歩いていった姿を見送り。そしてゲイルは歩き出す。
あいつらどうせ、全滅させに追って行ったんだろうなあと後頭部を掻きながら。
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
