<黎明>銃殺しの剣狂
●狂える剣豪
その男は、白昼堂々と現れた。
ここはある大富豪の邸宅の門前。大金持ちは隔者や憤怒者といった無法者に狙われる危険性があるため、当然のように警備の人間――それもその世界では非常に有名な覚者の用心棒が二人も配置されている。これなら、人間はもちろん、妖の襲撃にだって耐え得るだろう、という万全の警備だ。
だが、そんな場所にたった一人の浮浪者風の男が一振りの刀を手に現れた。薄汚れたコートを着るその姿は、屍なんじゃないか、と思うほどにやせ細っているのに、目だけはぎらぎらと妖しい輝きを放っている。狂人だ、と警備の覚者は確信した。
「おい、こんなところに何の用だ、薄汚い犬め」
「たとえ門前であろうと、お前のような人間が足を踏み入れていい場所じゃないぞ」
覚者はそれぞれの武器を構え直し、男に向ける。一人は鋼の長剣、もう一人はサブマシンガンだ。
「お前たちは――強いのか?」
「なんだと?」
「強くない獲物に、価値はない……お前たちは強いのか?」
男はうわ言のように繰り返す。警備の二人は、改めてこの男が狂人であることを確信した。そして、一人が銃をあらぬ方向に向けて撃つ。何かしらが壊れる音がしたが、知ったことではない。ここの主人が弁償するだろう。それよりもこの薄汚い男を屋敷にこれ以上近寄らせないことが重要だ。
だが、男は少しも怯んだ様子を見せず、むしろ歩く速度を早め、遂には狂犬にように飛びかかってきた。
長剣の用心棒は、異常な男に本能的な恐怖を感じつつも、剣を振るう。だが、浮浪者風はすぐに刀の鞘を払い、その剣を受け止めた。そして、恐るべき力で相手の剣を逆に叩き折り、用心棒に飛びかかる。
「ふ、はははは!! この程度で、この程度で剣を握るか! この俺の足元にも及ばない力で!」
男は刀を大きく振りかぶり、用心棒を無慈悲に斬殺する……すんでのところで、もう一人の銃撃がその攻撃を止めた。
浮浪者風の狂人は飛び退って刀を構え直し、コートを脱ぎ捨てる。その下には、無数の傷が刻まれた裸体があった。鍛え抜かれた胸板は岩肌のように盛り上がり、どんな鎧よりも強固な防具となっている。コートの上からではあんなに痩せて見えていたというのに、だ。
「銃……俺に、銃を向けるのか! 銃を、向けるのか!!」
直後、男は獣のごとく吠え、用心棒に向けて突進する。すぐに機関銃が放たれるが、ただの一発も男には当たらなかった。なぜならば、撃ち出された弾丸は全て、刀によって切り落とされていたからだ。
「銃など、銃などこの俺に当たるか!! ふ、はははははは……死ね、銃使いも、そこの雑魚も、全て殺す!!!」
数分後、大富豪の屋敷の前には血だまりが二箇所、できていたという。ただし、その主犯である男は既に消えていた。彼の目当ては戦う力も持たない金持ちではなく、強敵であろう用心棒の方だったのだから。
●
「相手は斉藤圭司、ちょっと前までは流れの用心棒覚者として有名だった男みたいなんだ」
久方相馬(nCL2000004)は覚者たちに、あらかじめ用意しておいた今回の夢に現れた破綻者の人相書きと、簡単なプロフィールの書かれた用紙を渡しながら言う。
「破綻者になったきっかけは、半年ぐらい前に強力な隔者と戦った時に相手を殺してしまったこと……らしい。その時に人を斬る快感を覚えて、破綻者になっていった……って感じか」
つまりは、享楽殺人者の破綻者。ぞっとしない響きに、覚者たちもさすがに顔をしかめた。
「戦う場所は、夢に見た邸宅の少し前、昼間の住宅街になると思う。周囲にあんまり人はいないと思うけど、相手の狙いはあくまで覚者だから、一般人の心配はあんまりしなくてもよさそうかな。それに、みんなが相手に興味を持たれている内は、夢に見た用心棒たちも襲われないだろうから、その心配もしなくていいはずだ」
委細承知、と覚者たちは部屋を出ようとした時、背中に声がかけられる。
「あー……後さ、ちょっと今回の依頼に参加したいっていうやつがいるんだ。悪いけど、面倒を見てもらえないかな」
●
「お、終わったみたいだな? まずは作戦を教えてもらおう!」
覚者たちを廊下で待ち構える男がいた。身長二メートル近い大男だ。
「なんと、刀で銃弾を斬り落としてしまう破綻者と……! それはまた面白い相手だ、この黎明一の銃士、大井厳五郎が戦う相手にふさわしい!」
大男は誇示するように大型の機関銃を持ち上げ、空に向けて撃つ真似をした。そして、がははと豪快に笑う。
覚者たちは、この妙な男をどう扱えばいいものか、と頭を悩ませることになった。
その男は、白昼堂々と現れた。
ここはある大富豪の邸宅の門前。大金持ちは隔者や憤怒者といった無法者に狙われる危険性があるため、当然のように警備の人間――それもその世界では非常に有名な覚者の用心棒が二人も配置されている。これなら、人間はもちろん、妖の襲撃にだって耐え得るだろう、という万全の警備だ。
だが、そんな場所にたった一人の浮浪者風の男が一振りの刀を手に現れた。薄汚れたコートを着るその姿は、屍なんじゃないか、と思うほどにやせ細っているのに、目だけはぎらぎらと妖しい輝きを放っている。狂人だ、と警備の覚者は確信した。
「おい、こんなところに何の用だ、薄汚い犬め」
「たとえ門前であろうと、お前のような人間が足を踏み入れていい場所じゃないぞ」
覚者はそれぞれの武器を構え直し、男に向ける。一人は鋼の長剣、もう一人はサブマシンガンだ。
「お前たちは――強いのか?」
「なんだと?」
「強くない獲物に、価値はない……お前たちは強いのか?」
男はうわ言のように繰り返す。警備の二人は、改めてこの男が狂人であることを確信した。そして、一人が銃をあらぬ方向に向けて撃つ。何かしらが壊れる音がしたが、知ったことではない。ここの主人が弁償するだろう。それよりもこの薄汚い男を屋敷にこれ以上近寄らせないことが重要だ。
だが、男は少しも怯んだ様子を見せず、むしろ歩く速度を早め、遂には狂犬にように飛びかかってきた。
長剣の用心棒は、異常な男に本能的な恐怖を感じつつも、剣を振るう。だが、浮浪者風はすぐに刀の鞘を払い、その剣を受け止めた。そして、恐るべき力で相手の剣を逆に叩き折り、用心棒に飛びかかる。
「ふ、はははは!! この程度で、この程度で剣を握るか! この俺の足元にも及ばない力で!」
男は刀を大きく振りかぶり、用心棒を無慈悲に斬殺する……すんでのところで、もう一人の銃撃がその攻撃を止めた。
浮浪者風の狂人は飛び退って刀を構え直し、コートを脱ぎ捨てる。その下には、無数の傷が刻まれた裸体があった。鍛え抜かれた胸板は岩肌のように盛り上がり、どんな鎧よりも強固な防具となっている。コートの上からではあんなに痩せて見えていたというのに、だ。
「銃……俺に、銃を向けるのか! 銃を、向けるのか!!」
直後、男は獣のごとく吠え、用心棒に向けて突進する。すぐに機関銃が放たれるが、ただの一発も男には当たらなかった。なぜならば、撃ち出された弾丸は全て、刀によって切り落とされていたからだ。
「銃など、銃などこの俺に当たるか!! ふ、はははははは……死ね、銃使いも、そこの雑魚も、全て殺す!!!」
数分後、大富豪の屋敷の前には血だまりが二箇所、できていたという。ただし、その主犯である男は既に消えていた。彼の目当ては戦う力も持たない金持ちではなく、強敵であろう用心棒の方だったのだから。
●
「相手は斉藤圭司、ちょっと前までは流れの用心棒覚者として有名だった男みたいなんだ」
久方相馬(nCL2000004)は覚者たちに、あらかじめ用意しておいた今回の夢に現れた破綻者の人相書きと、簡単なプロフィールの書かれた用紙を渡しながら言う。
「破綻者になったきっかけは、半年ぐらい前に強力な隔者と戦った時に相手を殺してしまったこと……らしい。その時に人を斬る快感を覚えて、破綻者になっていった……って感じか」
つまりは、享楽殺人者の破綻者。ぞっとしない響きに、覚者たちもさすがに顔をしかめた。
「戦う場所は、夢に見た邸宅の少し前、昼間の住宅街になると思う。周囲にあんまり人はいないと思うけど、相手の狙いはあくまで覚者だから、一般人の心配はあんまりしなくてもよさそうかな。それに、みんなが相手に興味を持たれている内は、夢に見た用心棒たちも襲われないだろうから、その心配もしなくていいはずだ」
委細承知、と覚者たちは部屋を出ようとした時、背中に声がかけられる。
「あー……後さ、ちょっと今回の依頼に参加したいっていうやつがいるんだ。悪いけど、面倒を見てもらえないかな」
●
「お、終わったみたいだな? まずは作戦を教えてもらおう!」
覚者たちを廊下で待ち構える男がいた。身長二メートル近い大男だ。
「なんと、刀で銃弾を斬り落としてしまう破綻者と……! それはまた面白い相手だ、この黎明一の銃士、大井厳五郎が戦う相手にふさわしい!」
大男は誇示するように大型の機関銃を持ち上げ、空に向けて撃つ真似をした。そして、がははと豪快に笑う。
覚者たちは、この妙な男をどう扱えばいいものか、と頭を悩ませることになった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.斉藤圭司の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回の依頼は、強力な破綻者を無力化するというものです。
●討伐対象:斉藤圭司(さいとう けいじ)(暦の因子・天行・深度2)
OPに登場した通り、刀を扱う破綻者です。元々は流れの用心棒でしたが、後にただの人斬りとなってしまい、「人を喰う」戦いの中で、破綻者となっていきました。
かつてはストイックに剣の腕を磨くことだけを生きがいとする人物であり、それが転じて人斬りを生きがいとするように変わっていってしまったようです。
前世は戦国時代に生まれた名も無き剣の達人で、敵の鉄砲隊によって為す術もなく戦死してしまったようです。そのためか圭司は銃を憎み、銃弾を斬り落とすという芸当をやってのけるようになりました。
普段は淡々とした廃人のような話し方をしていますが、戦闘状態になると興奮し、銃使いへの憎悪と闘争本能をむき出しにします。
使用スキル
・疾風斬り(A:物近列)……駆け抜けるように斬りつけます
・貫殺撃(A:物近単 貫2)……相手を瞬時に貫く突き技です
・錬覇法(A:自)……英霊の力を引き出し、基礎攻撃力を高めます。12ターン継続。圭司は初手でこのスキルを使用し、効果中は銃攻撃に対する高回避力も得ます。効果が切れてもかけ直しはしません
特殊な行動規則として、銃を武器として使う相手がいる場合、それを優先して攻撃を行います(今回はPCに銃使いがいなければ、厳五郎が狙われます)。通常通りにブロックは一人で可能ですが、攻撃力が高いため、前衛でも攻撃を長時間受け止めるのは厳しいものがあります。
また、銃による攻撃に対しては、極端に回避率が高いというだけであり、命中することはあります。錬覇法が切れると、この極端な回避力は失われます。
ただし、危険な相手であることには変わりませんので、しっかりとした対策をお願いします。
●同行人物:大井厳五郎(おおい げんごろう)(暦の因子・火行)
黎明の一員であり、自称、黎明一の銃士です。見た目年齢は四十代後半といったところ。実年齢は不明です。
ヘビーマシンガンを扱う身長二メートルの大男で、反動の非常に大きな銃も無理矢理に腕力で反動をねじ伏せるという、確実に銃よりも剣などを使った方がいいだろう、と思わせる戦い方をします。
とにかく豪快な性格で、細かなことには無頓着。戦闘でも大火力の銃を掃射しまくるだけという、かなり大雑把な戦い方をします。マシンガンによる攻撃は遠距離の列攻撃で、細々とした技には頼らない、という信条からスキルは一切使いません。
そんな彼ですが、今回はあくまで覚者たちのサポート役として、後方待機や見張り役など、地味な役目でも文句を言わず従ってくれる……はずです。
●持ち込み品や事前準備、その他OPで出ていない情報など
戦いの舞台となるのは、広めの住宅街であり、時間帯は真昼です。覚者だけを狙うという圭司の性質上、一般人のことはあまり気にする必要はありません。
住宅街とその周辺の地図は必要であれば用意できます。自動車など、乗り物に乗って住宅街に入ることも可能です。
また、夢見の夢の中で殺害された用心棒は、PCとそう変わらない戦闘力を持ちますが、意思の疎通を円滑に取るのは難しい相手のため、戦力としては使わないようにお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年11月29日
2015年11月29日
■メイン参加者 8人■

●剣狂との対峙
遠方に薄汚いコートの男の背中を認め、覚者たちは改めて気を引き締め直した。こちらに気づいていない男の背中から生気は感じられず、死体がそのまま歩いているかのような印象すら受ける。
「結局、目で見て見つけるまでは確証を持てなかったか。ま、普段の様子がアレなら仕方がないさね。で、時任ちゃん、どうするよ?」
緒形 逝(CL2000156)はコートの男――破綻者、斉藤 圭司の背中を見ながら仲間に問いかけた。彼は感情探査のスキルで斉藤の居場所を探っていたのだが、普段は廃人同然で感情の変化が少ない斉藤を完全に探知することは難しく、結局は目視に頼ることになってしまった。しかし、先手を取ることができたのは大きな収穫だ。
「ここならば見晴らしもよく、戦闘行動に支障は出ないでしょう、それに件の邸宅からも距離があります。仕掛けるのには最適かと」
あらかじめ用意していた地図と、自身の土の心で周囲の地形を把握していた『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が、偶然相手と遭遇したこの場所を戦場とすることを決める。すると、すぐに他の覚者たちは戦闘態勢を整えた。
中でも愛銃を構えて呼吸を整えるのは『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)だ。
「それでは、まずは自分が銃撃を行い、敵を引き付ける作戦でいかせてもらうであります。前衛の皆さんは敵の足止めをよろしくお願いするであります!」
状況的には相手の虚を突く形となり、事前に決めていた作戦を実行に移すにあたって好条件が重なった。相手に悟られないように距離を詰めた後、アキラは銃の引き金を引く。鉛の弾丸が、一見すれば無防備な背中へと殺到する。一瞬、このまま何もできずに相手は倒れてしまうのではないか、と思ったが――。
「銃……この音、銃だな!?」
距離は取っていたはずなのに、自らに迫る弾丸の音に反応したのか、男はくるりと振り返って、自分の体に食らいつこうとする弾丸を全て刀で捌き切る。その髪の毛が乾き切った返り血を塗りつけたように赤黒くなり、目が血走っているように赤く染まって見えたのは錯覚ではなく、前世持ちの覚醒のためだろう。
「本当に銃弾が全部……話には聞いていたけど、すさまじい離れ業だわ」
『ロンゴミアント』和歌那 若草(CL2000121)は遠目にその姿を見ながら、改めてこの破綻者の危険性を認識する。今回の彼女の役目は中衛における回復と攻撃だ。これだけの剣技を持つ者が相手なら、回復の重要性はかなり高くなるだろう。
「覚者の……銃使いか! 俺に、殺させろ!!!」
斉藤がバイクのような速度で飛び込んでくる。覚者たちは複数いるが、狙いは発砲したアキラだ。しかし、その前に仲間たちが立ちふさがる。
「おっと、俺だって覚者なんだ、アンタの相手をする資格はあるだろ?」
星野 宇宙人(CL2000772)が大剣で相手の刀を受け止めようとすると、相手は面倒くさそうに打ち払った。宇宙人は渾身の力で止めようとしたのにも関わらず、だ。
「強い相手と戦いたいんでしょ? なら、私怨にばっかり囚われてないで、戦うべき相手を見極めてよね!」
華神 悠乃(CL2000231)もまた、斉藤の前に立ち塞がった。だが、すぐには攻め込むことはなく、ひとまずは敵の観察に努める。エネミースキャンのスキルにより、漠然と強いとしかわかっていない相手の能力を明らかにするのが目的だ。
「近くで見ると、やっぱり酷いもんさね。鉛玉をずばずば斬るような無茶しちまって、これじゃせっかくの刀が泣いてるってもんよ」
立ちふさがった逝が見ているのは、斉藤ではなく彼が持つ刀の方だ。元々は業物であったであろう彼の刀だが、度重なる無理により、美しかった刀身もかなり劣化が進んでいる。切れ味も衰え、今となっては使用者の腕力によって攻撃力を発揮しているようなものなのだろう。
「邪魔だ、失せろ!!!」
目の前に三人もの覚者が立ちふさがったが、あくまで斉藤の狙いは銃を持つアキラだ。一瞬、何が起きたのか誰もがはっきりとは理解できなかったが、最後に斉藤の前に立っていた逝とアキラがまとめて攻撃を受けていたことから、相手の貫殺撃のスキルが放たれたのだとわかった。
「ちっ、さすがに速いな。犬童さん、緒形さん、まだやれるか?」
破綻者となっても、相手の剣技はあくまで剣豪としてのそれだ。『イージス』暁 幸村(CL2001217)は味方の回復をしつつ、油断ならない相手をしっかりと見据えた。常に次の行動を意識してなければ、取り返しのつかない事態になりかねない。
「自分は大丈夫であります。引き続き、銃撃を続けますのでご支援をよろしくお願いします!」
「おっさんも蔵王使っといてよかったわ。ま、その上からでもあんまり斬られてたら、さすがにきついがね」
回復と攻撃の引き付け役のいる中衛には、前衛たちが近づけさせない。しかし、そうなると貫通攻撃を的確に使用してくるのは、破綻者になっても戦いの勘が体に染み付いているからなのだろう。戦い慣れした用心棒としての過去が脅威となって立ちふさがっている。
「犬童よ、しかし無理はせんようにな。お主に倒れられると困るのじゃ」
更に後衛からは、宵喰 鴉姫(CL2001238)が回復を行う。危険な相手と対峙していることはわかっている。それだけに全員の動きも慎重だ。
「大井氏、貴方は後方から来るかもしれない他勢力の監視をお願いします。斉藤に攻撃をしかけてもらいたい時は合図しますので、その時までいましばらくお待ちを」
千陽は鴉姫の護衛と後方からの援護を担当しつつ、今回の同行者、黎明の大井 厳五郎のお目付けも兼ねている。
「むぅ、今すぐにでもやつに銃を向けられないのは口惜しいが、作戦ならば仕方あるまい。しかし、やつには必ず、この銃の味を教えてやるからな!」
中年男は意外にも従順にこの指示を聞き、背後への警戒に務める。とにかく銃を撃ちまくりたいという、乱射魔のようなことを言う彼を見た時には、はたしてまともに共闘できるのか疑わしく思った覚者たちだったが、無駄に歳は重ねていないということらしい。落ち着き払って警戒の役割を担当してくれた。
「黙って……俺に斬られろ!! 数だけ揃えたところで、この俺の剣を止められるものか!!!」
全員が配置につき、それぞれの役目を遂行し始めたところで、斉藤は刀を振るうというより、叩きつける手を止めた。しかし、殺気は一瞬たりとも弱まらない。
さすがに夢見の存在までは戦いに狂う破綻者の思考力では看破できていないだろうが、今目の前にいる覚者たちが、明確に自分を倒すために来たのだということは理解し、ただ銃使いを狙うだけでは倒せないと、彼の戦闘の勘が告げたのだろう。刀を握り直し、新たな剣技を繰り出す構えに入る。覚者たちには、その技が何なのかも予想はついていたが……。
●極めた道
「失せろ!!!」
一陣の暴風が駆け抜けたような感覚がある。それこそが、斉藤の繰り出した疾風斬りであり、通常の覚者のものよりも威力、スピード共に増している。
前衛の三人はまとめて攻撃を受けるが、すぐに中衛、後衛がサポートしてくれた。さすがに威力があるので完全回復とはいかないが、攻撃行動を中断させられるほどの被害ではない。
「そんな風に面倒くさそうに三人まとめて片付けようとするの、イヤなんだよね!」
悠乃は拳を固め、飛燕の二連撃を放つ。相手は攻撃一辺倒のように見えて、しっかりと攻撃を回避してくる相手だ。ならば、相手の捌き切れないほどの手数で攻めるしかない。攻撃後の隙を突かれ、連撃が斉藤の体を捉える。しかし、相手は痛みも感じていないかのような動きで距離を取り、再び刀を振り上げた。
「はぁ、やっぱり、やり合ってるかいがないよね」
間違いなく強い相手だが、これではまるで人形相手に技をかけているかのようなのだから、悠乃が望んでいるような戦いができない。もっとも、その人形は本気で命を奪いに来ているのだが。
「そういう風に一つのことに執着するの、分からなくもないけどさ。でも、今のアンタの強さは間違ってると思うぜ!」
宇宙人も飛燕を繰り出しつつ、斉藤に間近で呼びかける。だが、それに対する返答は当然のようにない。代わりに、更に疾風斬りが繰り出された。破綻者となった彼には、氣力もあってないようなものなのだろう。スキルを躊躇することなく連発してくる。その度に破綻者のまとう瘴気にも似た殺気は強まっていくようだ。
前衛の治療が行われる中、アキラは尚も銃撃を続ける。恐ろしいことに、近接攻撃が命中することはあっても、まだ一度も銃弾が相手の体を掠めたことはない。どれだけ回避不能のように思えるタイミングで撃っても、必ず全て迎撃されているのだ。
「銃で俺を殺せるか!! 銃なんかに、俺が殺されるか!!!」
「しかし、この銃を下ろすことはできないのであります。せめて一発でも当てなければ……!」
更に引き金を引くが、やはりその全てが捌き切られる。最早、刀に銃弾が吸い付きに行っているかのようだ。しかし、言葉とは裏腹に、アキラは本気で攻撃を当てにいったのではない。いや、当たればそれはそれでよかったのだが、相手を油断させるためにわざとしかけた攻撃だった。
だが、相手にその真意は伝わらず、単純に前衛に逸れがちだった殺意の対象を、再び戻す結果につながる。再び貫殺撃が放たれ、その回復が不十分な内に、疾風斬りによって前衛が薙ぎ払われる。逝は蔵王や機化硬によりしっかりと身を固めていたので免れたが、宇宙人と悠乃の二人は猛攻により、中衛への撤退を余儀なくされた。これでも千陽が蒼鋼壁によるサポートをしていたのだから、相手の攻撃力の高さが異常の域に達しているということなのだろう。
「大井氏! 前衛と中衛の入れ替わりが行われる間、銃撃によってこちらに注意を引きます。援護射撃を!」
「よしきた! 思う存分、ぶっ放してやろう!!」
次に前衛を務めるのは、アキラと幸村だ。しかし、負傷した二人を下げる間、敵が攻撃してこないはずもない。そこでその時間を稼ぐため、千陽は厳五郎と協力して銃撃を繰り出した。負傷者に追撃を加え、止めを刺そうとしていた斉藤だが、突如の銃撃には反応せざるを得ない。やはり弾丸は刀によって全て斬り弾かれるが、今までにない事態が起きていた。
あれだけの正確さで弾丸を斬り捨てていた斉藤の体を、ほんの少量ではあるが銃弾が掠めていく。コートの裾に穴を開ける程度だが、あれほど絶対的な回避力を発揮していたというのにだ。
単純な物量の多さと、少なからず相手にダメージを与えていることによる疲労も一因ではあるだろうが、アキラの「回避させるための銃撃」により、相手が慢心していたというのも大きな要因だろう。結局、攻撃としては致命打を成し得なかったが、味方の安全な隊列変更のサポートをすることはできた。千陽の制止により、大人しく銃撃を止めた辺り、多少は命中させられて厳五郎も満足したのだろう。
「ほれ、星野よ、まだ死んではおらんか? ご苦労じゃったの、しっかりと癒やしてやろう」
「へへっ、まだ大丈夫だよ。けど、氣力はもう残ってないから、そこだけが心配かな」
「なに、まだ余裕がある仲間はおるのじゃ、お主は養生しておけばよい」
中衛に下がった宇宙人に鴉姫が回復を施す。一方で悠乃も治療を受けていた。
「華神さん、必ず助けてあげるから、安心してね」
「ありがとう、ちょっと相手に振り回され過ぎちゃったかな……でも、まだまだやれるよ」
「くれぐれも無理はしないで。相手にも消耗は見えるし、私も戦うから」
仲間がきちんと回復を受けているのを確認しつつ、幸村は盾を手に敵の攻撃を受け止める。後衛からの銃撃は止み、斉藤が目の敵にする銃を撃つ者はいなくなった今、相手も前衛に攻撃を集中させる。あわよくば先ほどと同じように前衛を一挙に倒し、治療を受けているメンバーを引きずり出そうとしているのだろう。だが、強固な防御がそれを阻む。中衛でいたメンバーは既に相手の行動を夢見の情報としてだけではなく、目の前で起きたこととして知ることができているのだ。
「届かないぜ、あんたの刃はな。俺が守り抜いてみせる!」
その言葉が届くのかはわからないが、自らの覚悟を表明する。この場に立っている覚者と同じように、かつての斉藤にも覚悟や信念は存在していたはずだ。そして、それは破綻者となっても消え去ってはいないと信じたい。
「むやみに人を斬りたがる、それが貴殿の極めたかった剣の道なのでありますか!?」
銃撃を止め、肉弾戦に切り替えたアキラの正拳が斉藤を打つ。先ほどの銃撃による被弾から、相手の回避力が落ちている。また、攻撃を受ける幸村もそのダメージがそこまで大きくないことに気づいた。既に相手が最初に使った錬覇法の効果が切れているのだ。そして、彼自身はそれに気づいているのかいないのか、かけ直す気配がない。
「他人を弱者だと笑って、斬り殺すことがあなたの道ではないはず。たとえ、斬る相手が銃弾で、それが自分の慰めのためでもいいわ。人斬りのための剣なんかよりもずっと……!」
治療を終えた若草が中衛から攻撃を放つ。彼女の武器も、斉藤と同じ剣だ。たとえ使い手が違っていようと、彼は剣による戦い方を熟知しているはずだが、斉藤は大仰にそれを弾き返す。
「俺は……殺す!!!」
破綻者の心に説得の声は届かない。今の彼は、ただ眼前の敵を斬り伏せる。憎い銃を破壊し尽くす。生きる目的が、かつての高潔なものから完全にすり替わっているのだ。
「殺す、か。お主は人を殺めた剣で、何をしたいのじゃ? 更に人殺しを続けるのか? 今のお主にとってはそれでも満足できよう。しかし、かつてのお主は、何を望んでおったのだったかのう」
鴉姫も治療を終え、破綻者に語りかける。今の彼にとってその声はただの雑音であり、聞き届けられなかったとしても、元々は同じ覚者なのだ。ただ依頼上、倒すだけの敵対者として扱うことはできない。
「今のアンタは、確かに力は強いけどさ、戦ってみてわかったぜ。心はそうじゃない、ってさ。どうせ戦うなら、昔の心の強かったアンタと戦いたかったよ」
「戦っていても、面白みがないんだよね。ただ力を振るって相手を皆殺しにしたいって、心がどうしようもなく弱ってるのを隠したいだけなんじゃないの?」
治療を受けていた二人は立ち上がり、斉藤への説得に参加する。前線で長く刃を交えていたからこそ、わかることがあった。
「おっさんはさ、そこの刀を回収したいだけだけど、ま、今のお宅がその刀と同じか、それ以上にやられちまってるってのはわかるわな。人も刀もおんなじ、無理し続けたら、ぽっきり逝っちまうぜ」
「人を殺めて極められる道などありません。真に強さを求めるのなら、正しき人の道に戻りなさい、斉藤圭司!! 帰ってこい!」
全員の呼びかけが、どれほどの成果を見せたのかはわからない。結局のところ、破綻者は倒した上で治療をしなければ助からないのだ。だが、今の内に少しでも人の心を呼び戻すことができれば、無事に回復できる可能性も上がるはずだ。そう信じて、覚者たちは攻撃を続けながらも、口を開き続ける。返ってくるのは沈黙か、こちらとの会話が成り立っていない、自己暗示のような叫び声であったとしても。
「俺は……克つ!! 銃に克ち、誰よりも強くなる!! 俺に……勝てるか!!?」
その叫びは、それまでとは毛色が違っていた。何かが彼の中で変わったのかどうかはわからない。だが、覚者たちはそれに答えた。言葉で。そして、同時に力で。
「ああ、勝ってやる、だから安心して眠ってろ!」
「勝ちましょう。そして、人に還れ! 」
幸村の盾が、アキラの拳が、斉藤を打つ。
「ま、そうしないと刀を回収できないしな。お宅にこれからも生きる気があるなら、耐えてみせろよ!」
逝が放った地烈を受け、斉藤が怯む。そこに若草の五織の彩が命中した。
「あなたのその誤った強さ……いえ、弱さを砕いてみせるわ!」
よろめいたところに、後衛の二人からの銃撃が放たれる。相手は最早、それを防げないと思われたが……。
「むっ、既に集中は切れているというに、我が弾を斬ってみせるか!」
「これこそが、斉藤圭司の真の剣の技、といったところか……」
相手の残り少ないであろう体力を削るための銃撃だったのだが、斉藤は自力でその弾を捌き切ってみせた。思わず千陽と厳五郎が二人して感心してしまうほどに鮮やかな技だ。だが、その間にも覚者の攻勢は続く。
「次はない方がいいけどさ、どうせやり合うなら、まともなアンタとがいいな!」
「最後の闘争心剥き出しなの、よかったよ。やっぱり戦いはこうでなくっちゃね!」
宇宙人と悠乃が、再び攻撃に加わる。だが、全員の総攻撃でもまだ相手は倒れない、結局、もう一度前衛が攻撃したところで、遂に破綻者の暴走は止まった。
「これで終わり……かの。あれだけ熾烈に燃えて、最後は大人しいものじゃ」
鴉姫が念のため、斉藤の息がまだあるか確認したところで、戦いは終わった。
斉藤がその後、覚者に戻れたのかは定かではない。
しかし、後に今回の戦場となった場所の近くにある大富豪の邸宅に、新たな用心棒の覚者が雇われたという。銃弾すら斬ってしまうという、刀の使い手が。
遠方に薄汚いコートの男の背中を認め、覚者たちは改めて気を引き締め直した。こちらに気づいていない男の背中から生気は感じられず、死体がそのまま歩いているかのような印象すら受ける。
「結局、目で見て見つけるまでは確証を持てなかったか。ま、普段の様子がアレなら仕方がないさね。で、時任ちゃん、どうするよ?」
緒形 逝(CL2000156)はコートの男――破綻者、斉藤 圭司の背中を見ながら仲間に問いかけた。彼は感情探査のスキルで斉藤の居場所を探っていたのだが、普段は廃人同然で感情の変化が少ない斉藤を完全に探知することは難しく、結局は目視に頼ることになってしまった。しかし、先手を取ることができたのは大きな収穫だ。
「ここならば見晴らしもよく、戦闘行動に支障は出ないでしょう、それに件の邸宅からも距離があります。仕掛けるのには最適かと」
あらかじめ用意していた地図と、自身の土の心で周囲の地形を把握していた『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が、偶然相手と遭遇したこの場所を戦場とすることを決める。すると、すぐに他の覚者たちは戦闘態勢を整えた。
中でも愛銃を構えて呼吸を整えるのは『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)だ。
「それでは、まずは自分が銃撃を行い、敵を引き付ける作戦でいかせてもらうであります。前衛の皆さんは敵の足止めをよろしくお願いするであります!」
状況的には相手の虚を突く形となり、事前に決めていた作戦を実行に移すにあたって好条件が重なった。相手に悟られないように距離を詰めた後、アキラは銃の引き金を引く。鉛の弾丸が、一見すれば無防備な背中へと殺到する。一瞬、このまま何もできずに相手は倒れてしまうのではないか、と思ったが――。
「銃……この音、銃だな!?」
距離は取っていたはずなのに、自らに迫る弾丸の音に反応したのか、男はくるりと振り返って、自分の体に食らいつこうとする弾丸を全て刀で捌き切る。その髪の毛が乾き切った返り血を塗りつけたように赤黒くなり、目が血走っているように赤く染まって見えたのは錯覚ではなく、前世持ちの覚醒のためだろう。
「本当に銃弾が全部……話には聞いていたけど、すさまじい離れ業だわ」
『ロンゴミアント』和歌那 若草(CL2000121)は遠目にその姿を見ながら、改めてこの破綻者の危険性を認識する。今回の彼女の役目は中衛における回復と攻撃だ。これだけの剣技を持つ者が相手なら、回復の重要性はかなり高くなるだろう。
「覚者の……銃使いか! 俺に、殺させろ!!!」
斉藤がバイクのような速度で飛び込んでくる。覚者たちは複数いるが、狙いは発砲したアキラだ。しかし、その前に仲間たちが立ちふさがる。
「おっと、俺だって覚者なんだ、アンタの相手をする資格はあるだろ?」
星野 宇宙人(CL2000772)が大剣で相手の刀を受け止めようとすると、相手は面倒くさそうに打ち払った。宇宙人は渾身の力で止めようとしたのにも関わらず、だ。
「強い相手と戦いたいんでしょ? なら、私怨にばっかり囚われてないで、戦うべき相手を見極めてよね!」
華神 悠乃(CL2000231)もまた、斉藤の前に立ち塞がった。だが、すぐには攻め込むことはなく、ひとまずは敵の観察に努める。エネミースキャンのスキルにより、漠然と強いとしかわかっていない相手の能力を明らかにするのが目的だ。
「近くで見ると、やっぱり酷いもんさね。鉛玉をずばずば斬るような無茶しちまって、これじゃせっかくの刀が泣いてるってもんよ」
立ちふさがった逝が見ているのは、斉藤ではなく彼が持つ刀の方だ。元々は業物であったであろう彼の刀だが、度重なる無理により、美しかった刀身もかなり劣化が進んでいる。切れ味も衰え、今となっては使用者の腕力によって攻撃力を発揮しているようなものなのだろう。
「邪魔だ、失せろ!!!」
目の前に三人もの覚者が立ちふさがったが、あくまで斉藤の狙いは銃を持つアキラだ。一瞬、何が起きたのか誰もがはっきりとは理解できなかったが、最後に斉藤の前に立っていた逝とアキラがまとめて攻撃を受けていたことから、相手の貫殺撃のスキルが放たれたのだとわかった。
「ちっ、さすがに速いな。犬童さん、緒形さん、まだやれるか?」
破綻者となっても、相手の剣技はあくまで剣豪としてのそれだ。『イージス』暁 幸村(CL2001217)は味方の回復をしつつ、油断ならない相手をしっかりと見据えた。常に次の行動を意識してなければ、取り返しのつかない事態になりかねない。
「自分は大丈夫であります。引き続き、銃撃を続けますのでご支援をよろしくお願いします!」
「おっさんも蔵王使っといてよかったわ。ま、その上からでもあんまり斬られてたら、さすがにきついがね」
回復と攻撃の引き付け役のいる中衛には、前衛たちが近づけさせない。しかし、そうなると貫通攻撃を的確に使用してくるのは、破綻者になっても戦いの勘が体に染み付いているからなのだろう。戦い慣れした用心棒としての過去が脅威となって立ちふさがっている。
「犬童よ、しかし無理はせんようにな。お主に倒れられると困るのじゃ」
更に後衛からは、宵喰 鴉姫(CL2001238)が回復を行う。危険な相手と対峙していることはわかっている。それだけに全員の動きも慎重だ。
「大井氏、貴方は後方から来るかもしれない他勢力の監視をお願いします。斉藤に攻撃をしかけてもらいたい時は合図しますので、その時までいましばらくお待ちを」
千陽は鴉姫の護衛と後方からの援護を担当しつつ、今回の同行者、黎明の大井 厳五郎のお目付けも兼ねている。
「むぅ、今すぐにでもやつに銃を向けられないのは口惜しいが、作戦ならば仕方あるまい。しかし、やつには必ず、この銃の味を教えてやるからな!」
中年男は意外にも従順にこの指示を聞き、背後への警戒に務める。とにかく銃を撃ちまくりたいという、乱射魔のようなことを言う彼を見た時には、はたしてまともに共闘できるのか疑わしく思った覚者たちだったが、無駄に歳は重ねていないということらしい。落ち着き払って警戒の役割を担当してくれた。
「黙って……俺に斬られろ!! 数だけ揃えたところで、この俺の剣を止められるものか!!!」
全員が配置につき、それぞれの役目を遂行し始めたところで、斉藤は刀を振るうというより、叩きつける手を止めた。しかし、殺気は一瞬たりとも弱まらない。
さすがに夢見の存在までは戦いに狂う破綻者の思考力では看破できていないだろうが、今目の前にいる覚者たちが、明確に自分を倒すために来たのだということは理解し、ただ銃使いを狙うだけでは倒せないと、彼の戦闘の勘が告げたのだろう。刀を握り直し、新たな剣技を繰り出す構えに入る。覚者たちには、その技が何なのかも予想はついていたが……。
●極めた道
「失せろ!!!」
一陣の暴風が駆け抜けたような感覚がある。それこそが、斉藤の繰り出した疾風斬りであり、通常の覚者のものよりも威力、スピード共に増している。
前衛の三人はまとめて攻撃を受けるが、すぐに中衛、後衛がサポートしてくれた。さすがに威力があるので完全回復とはいかないが、攻撃行動を中断させられるほどの被害ではない。
「そんな風に面倒くさそうに三人まとめて片付けようとするの、イヤなんだよね!」
悠乃は拳を固め、飛燕の二連撃を放つ。相手は攻撃一辺倒のように見えて、しっかりと攻撃を回避してくる相手だ。ならば、相手の捌き切れないほどの手数で攻めるしかない。攻撃後の隙を突かれ、連撃が斉藤の体を捉える。しかし、相手は痛みも感じていないかのような動きで距離を取り、再び刀を振り上げた。
「はぁ、やっぱり、やり合ってるかいがないよね」
間違いなく強い相手だが、これではまるで人形相手に技をかけているかのようなのだから、悠乃が望んでいるような戦いができない。もっとも、その人形は本気で命を奪いに来ているのだが。
「そういう風に一つのことに執着するの、分からなくもないけどさ。でも、今のアンタの強さは間違ってると思うぜ!」
宇宙人も飛燕を繰り出しつつ、斉藤に間近で呼びかける。だが、それに対する返答は当然のようにない。代わりに、更に疾風斬りが繰り出された。破綻者となった彼には、氣力もあってないようなものなのだろう。スキルを躊躇することなく連発してくる。その度に破綻者のまとう瘴気にも似た殺気は強まっていくようだ。
前衛の治療が行われる中、アキラは尚も銃撃を続ける。恐ろしいことに、近接攻撃が命中することはあっても、まだ一度も銃弾が相手の体を掠めたことはない。どれだけ回避不能のように思えるタイミングで撃っても、必ず全て迎撃されているのだ。
「銃で俺を殺せるか!! 銃なんかに、俺が殺されるか!!!」
「しかし、この銃を下ろすことはできないのであります。せめて一発でも当てなければ……!」
更に引き金を引くが、やはりその全てが捌き切られる。最早、刀に銃弾が吸い付きに行っているかのようだ。しかし、言葉とは裏腹に、アキラは本気で攻撃を当てにいったのではない。いや、当たればそれはそれでよかったのだが、相手を油断させるためにわざとしかけた攻撃だった。
だが、相手にその真意は伝わらず、単純に前衛に逸れがちだった殺意の対象を、再び戻す結果につながる。再び貫殺撃が放たれ、その回復が不十分な内に、疾風斬りによって前衛が薙ぎ払われる。逝は蔵王や機化硬によりしっかりと身を固めていたので免れたが、宇宙人と悠乃の二人は猛攻により、中衛への撤退を余儀なくされた。これでも千陽が蒼鋼壁によるサポートをしていたのだから、相手の攻撃力の高さが異常の域に達しているということなのだろう。
「大井氏! 前衛と中衛の入れ替わりが行われる間、銃撃によってこちらに注意を引きます。援護射撃を!」
「よしきた! 思う存分、ぶっ放してやろう!!」
次に前衛を務めるのは、アキラと幸村だ。しかし、負傷した二人を下げる間、敵が攻撃してこないはずもない。そこでその時間を稼ぐため、千陽は厳五郎と協力して銃撃を繰り出した。負傷者に追撃を加え、止めを刺そうとしていた斉藤だが、突如の銃撃には反応せざるを得ない。やはり弾丸は刀によって全て斬り弾かれるが、今までにない事態が起きていた。
あれだけの正確さで弾丸を斬り捨てていた斉藤の体を、ほんの少量ではあるが銃弾が掠めていく。コートの裾に穴を開ける程度だが、あれほど絶対的な回避力を発揮していたというのにだ。
単純な物量の多さと、少なからず相手にダメージを与えていることによる疲労も一因ではあるだろうが、アキラの「回避させるための銃撃」により、相手が慢心していたというのも大きな要因だろう。結局、攻撃としては致命打を成し得なかったが、味方の安全な隊列変更のサポートをすることはできた。千陽の制止により、大人しく銃撃を止めた辺り、多少は命中させられて厳五郎も満足したのだろう。
「ほれ、星野よ、まだ死んではおらんか? ご苦労じゃったの、しっかりと癒やしてやろう」
「へへっ、まだ大丈夫だよ。けど、氣力はもう残ってないから、そこだけが心配かな」
「なに、まだ余裕がある仲間はおるのじゃ、お主は養生しておけばよい」
中衛に下がった宇宙人に鴉姫が回復を施す。一方で悠乃も治療を受けていた。
「華神さん、必ず助けてあげるから、安心してね」
「ありがとう、ちょっと相手に振り回され過ぎちゃったかな……でも、まだまだやれるよ」
「くれぐれも無理はしないで。相手にも消耗は見えるし、私も戦うから」
仲間がきちんと回復を受けているのを確認しつつ、幸村は盾を手に敵の攻撃を受け止める。後衛からの銃撃は止み、斉藤が目の敵にする銃を撃つ者はいなくなった今、相手も前衛に攻撃を集中させる。あわよくば先ほどと同じように前衛を一挙に倒し、治療を受けているメンバーを引きずり出そうとしているのだろう。だが、強固な防御がそれを阻む。中衛でいたメンバーは既に相手の行動を夢見の情報としてだけではなく、目の前で起きたこととして知ることができているのだ。
「届かないぜ、あんたの刃はな。俺が守り抜いてみせる!」
その言葉が届くのかはわからないが、自らの覚悟を表明する。この場に立っている覚者と同じように、かつての斉藤にも覚悟や信念は存在していたはずだ。そして、それは破綻者となっても消え去ってはいないと信じたい。
「むやみに人を斬りたがる、それが貴殿の極めたかった剣の道なのでありますか!?」
銃撃を止め、肉弾戦に切り替えたアキラの正拳が斉藤を打つ。先ほどの銃撃による被弾から、相手の回避力が落ちている。また、攻撃を受ける幸村もそのダメージがそこまで大きくないことに気づいた。既に相手が最初に使った錬覇法の効果が切れているのだ。そして、彼自身はそれに気づいているのかいないのか、かけ直す気配がない。
「他人を弱者だと笑って、斬り殺すことがあなたの道ではないはず。たとえ、斬る相手が銃弾で、それが自分の慰めのためでもいいわ。人斬りのための剣なんかよりもずっと……!」
治療を終えた若草が中衛から攻撃を放つ。彼女の武器も、斉藤と同じ剣だ。たとえ使い手が違っていようと、彼は剣による戦い方を熟知しているはずだが、斉藤は大仰にそれを弾き返す。
「俺は……殺す!!!」
破綻者の心に説得の声は届かない。今の彼は、ただ眼前の敵を斬り伏せる。憎い銃を破壊し尽くす。生きる目的が、かつての高潔なものから完全にすり替わっているのだ。
「殺す、か。お主は人を殺めた剣で、何をしたいのじゃ? 更に人殺しを続けるのか? 今のお主にとってはそれでも満足できよう。しかし、かつてのお主は、何を望んでおったのだったかのう」
鴉姫も治療を終え、破綻者に語りかける。今の彼にとってその声はただの雑音であり、聞き届けられなかったとしても、元々は同じ覚者なのだ。ただ依頼上、倒すだけの敵対者として扱うことはできない。
「今のアンタは、確かに力は強いけどさ、戦ってみてわかったぜ。心はそうじゃない、ってさ。どうせ戦うなら、昔の心の強かったアンタと戦いたかったよ」
「戦っていても、面白みがないんだよね。ただ力を振るって相手を皆殺しにしたいって、心がどうしようもなく弱ってるのを隠したいだけなんじゃないの?」
治療を受けていた二人は立ち上がり、斉藤への説得に参加する。前線で長く刃を交えていたからこそ、わかることがあった。
「おっさんはさ、そこの刀を回収したいだけだけど、ま、今のお宅がその刀と同じか、それ以上にやられちまってるってのはわかるわな。人も刀もおんなじ、無理し続けたら、ぽっきり逝っちまうぜ」
「人を殺めて極められる道などありません。真に強さを求めるのなら、正しき人の道に戻りなさい、斉藤圭司!! 帰ってこい!」
全員の呼びかけが、どれほどの成果を見せたのかはわからない。結局のところ、破綻者は倒した上で治療をしなければ助からないのだ。だが、今の内に少しでも人の心を呼び戻すことができれば、無事に回復できる可能性も上がるはずだ。そう信じて、覚者たちは攻撃を続けながらも、口を開き続ける。返ってくるのは沈黙か、こちらとの会話が成り立っていない、自己暗示のような叫び声であったとしても。
「俺は……克つ!! 銃に克ち、誰よりも強くなる!! 俺に……勝てるか!!?」
その叫びは、それまでとは毛色が違っていた。何かが彼の中で変わったのかどうかはわからない。だが、覚者たちはそれに答えた。言葉で。そして、同時に力で。
「ああ、勝ってやる、だから安心して眠ってろ!」
「勝ちましょう。そして、人に還れ! 」
幸村の盾が、アキラの拳が、斉藤を打つ。
「ま、そうしないと刀を回収できないしな。お宅にこれからも生きる気があるなら、耐えてみせろよ!」
逝が放った地烈を受け、斉藤が怯む。そこに若草の五織の彩が命中した。
「あなたのその誤った強さ……いえ、弱さを砕いてみせるわ!」
よろめいたところに、後衛の二人からの銃撃が放たれる。相手は最早、それを防げないと思われたが……。
「むっ、既に集中は切れているというに、我が弾を斬ってみせるか!」
「これこそが、斉藤圭司の真の剣の技、といったところか……」
相手の残り少ないであろう体力を削るための銃撃だったのだが、斉藤は自力でその弾を捌き切ってみせた。思わず千陽と厳五郎が二人して感心してしまうほどに鮮やかな技だ。だが、その間にも覚者の攻勢は続く。
「次はない方がいいけどさ、どうせやり合うなら、まともなアンタとがいいな!」
「最後の闘争心剥き出しなの、よかったよ。やっぱり戦いはこうでなくっちゃね!」
宇宙人と悠乃が、再び攻撃に加わる。だが、全員の総攻撃でもまだ相手は倒れない、結局、もう一度前衛が攻撃したところで、遂に破綻者の暴走は止まった。
「これで終わり……かの。あれだけ熾烈に燃えて、最後は大人しいものじゃ」
鴉姫が念のため、斉藤の息がまだあるか確認したところで、戦いは終わった。
斉藤がその後、覚者に戻れたのかは定かではない。
しかし、後に今回の戦場となった場所の近くにある大富豪の邸宅に、新たな用心棒の覚者が雇われたという。銃弾すら斬ってしまうという、刀の使い手が。
