【古妖狩人】遊戯黙示録貝児(かいちご)
【古妖狩人】遊戯黙示録貝児(かいちご)


●心の殻
 どこまでも続きそうな伊勢湾の白砂青松に、いくつかの足跡が雑多に刻まれている。
 朝陽を反射して煌く海面の眩さに目をくれることもなく、その足跡の主達は砂浜をうろつき続けていた。
「おい、本当にここで合ってるんだろうな?」
「間違いねぇ。噂に名高い場所だ」
 強奪した古妖を戦力とする憤怒者組織、『古妖狩人』の面々が早朝から任務に当たっているということはすなわち、この地に捕獲対象がいることの証明に他ならない。
「見つけたぜ、こいつだ!」
 大声で仲間を呼ぶ男が指差した先にあるのは、漆塗りの、多角柱型をした桶である。高さは一メートル余りと中途半端に大きい。
「こんなのが古妖? ただの容器じゃねぇか」
「待て、確か聞いた話では……」
 憤怒者達が言い淀んでいる間に、桶の蓋が少しだけ持ち上がった。
 中に何者かが入っている。
 それは僅かに生まれた隙間から、こちらを見つめ返している――期待に満ちた瞳をキラキラと輝かせた、この上なく無邪気な眼差しで。
「遊んでくれるの?」
 古妖『貝児』はその姿を垣間見させた。
「いたぞ、捕まえろ!」
 興奮した一名が飛びかかろうとした途端、蓋は即座に閉ざされた。
「舐めやがって、ぶっ壊せ!」
 と、隊員総出で刃物や銃器を用いて桶の破壊を試みるが、いくら危害を加えても壊れるどころか、傷ひとつ付かない。無理やり抉じ開けようともしてみたが、やはりびくともしない。
「ダメだ、全然開かねぇ……」
「だったらこのまま持っていくぞ!」
「重くて無理! 腰が抜ける!」
「どうなってんだ、この桶は……」
 一旦離れる狩人集団。すると再び蓋が浮く。
「……遊んでくれないの?」
 今度は涙で濡れた悲しげな目をしている。どうやらこの桶は、古妖の心境に応じて開いたり閉じたりするらしい。閉じている間は何者も受け付けないようだ。
 察した憤怒者は警戒を解くべく、なるべく穏和に呼び掛ける。
「ああ、遊んでやるから出てきてくれ」
「ほんとっ!?」
 藍染の紐の掛けられた蓋はその喜び勇んだ声と共に全開になった。中から出てきたのは結った黒髪に貝殻の飾りを付けた、幼い和装の少女。桶から上半身だけを懸命に乗り出して、手に持った二枚貝の殻を砂の上に一枚一枚丁寧に、すこぶる笑顔で並べている。
「あのね、貝覆いっていってね、ひっくり返して模様の合う貝を見つけていく遊びなんだ。お手つき三回で交代だよ!」
 にこにこと目を弓にして、大口を開けて笑う。
「今完全に無防備じゃん」
「だな、ここでやるっきゃねぇ」
 小声で密談する憤怒者達。古妖が正体を晒している今が好機とばかりに、虚を衝いて武器を手に襲い掛かるが――またしても貝桶は瞬時に閉ざされた。器用にも貝殻まで回収している。
 身を引くと蓋が微妙に開き、中の童がこちらを覗き見てくる。
「やっぱり遊んでくれないんだ……」
 また瞳を潤ませている。憤怒者は観念した様子で。
「分かった、分かったよ、気の済むまで遊んでやるから、頼むから出てきてくれ」
「やったー!」
 貝児は苛立ちを募らせる大人達をよそに、楽しげに貝殻を並べ始めた。

●ひとはだ
 まだ二枚貝が夫婦円満の象徴とされていた時代。
 貝覆いに興じるための貝殻を収めた貝桶は高貴な身分の家々において結納の品として重宝されるに足る代物だった。嫁入り道具はそのまま後年生まれてくる子の玩具となり、知育の教材としての役割も果たしていた。
 だが児童は成長し、いずれ玩具を必要としなくなる。役目を終えた貝桶は倉庫の片隅に押しやられ埃を被る次第となる。
 そうして打ち捨てられた貝桶が付喪神と化したのが、貝児――と伝えられている。幼子の姿をした貝児は、魂が宿った由来が由来だけに人恋しさに飢え、常に遊び相手を求めているという。
「つまり、とっーっても寂しがり屋さんな古妖なんだよ~!」
 机上に置かれた難解そうな文献には一切目を通さず、久方 万里(nCL2000005)はざっくばらんに室内の覚者達に説明した。
「貝児ちゃんは万里よりちょっとちっちゃいくらいかな? そんな子を捕まえようだなんて許せないよね!」
 十歳の万里より小さい、となれば、かなり小柄だ。一メートル少々の桶に潜めるくらいなのだから当然といえば当然だが、そんなか弱い古妖にまで『古妖狩人』の魔の手が及んでいると知ったからには、見捨ててはおけない。
「でもすぐには捕まらないかも。この子は不思議な古妖で、怖がってる時は入ってる桶が凄く重くなったり、硬くなったりするんだって」
 貝児は貝桶が付喪神となったものである。それゆえ貝桶こそが本体という見方も強い。
 貝桶の性質が古妖の感情を直に反映するのも、そういった成り立ちが起因しているのだろう。接触する際はある程度友好性が求められそうだ。
 だが逆に考えれば、心を許しさえすれば悪人に懐柔される危険性もある。
「そうなっちゃう前に、貝児ちゃんを助けにいってあげて!」
 万里はぺこりと頭を下げた。
 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:深鷹
■成功条件
1.古妖の救出
2.憤怒者の撃退
3.なし
 OPを御覧いただき誠にありがとうございます。
 依頼群を見ての通り全国的に古妖大ピンチです。皆様の力が必要です。

●目的
 ★古妖『貝児』の保護

●場所
 ★三重県、海岸
 距離にして1kmを超える広大な砂浜が現場になります。
 非常に広く、また野外であるため行動に制約は一切ありません。
 貝児は砂浜のどこかに転がっています。無策で探し当てるのは少々骨かも知れません。

 憤怒者組織は午前六時から捜索活動を開始します。
 何の妨害もなければ三十分ほどで貝児を発見してしまうでしょう。
 それに対して当局が取れる行動は大きく分けて二つ。
 先回りして逸早く貝児と接触を図るか、憤怒者に貝児を探し出させてから仕掛けるかです。
 前者は迎撃する形となり、後者は不意打ちの効果が期待できます。
 また、貝児云々は一旦放置して捜索中の憤怒者を直接襲撃することも可能です。
 いずれの手段を選んだ場合もメリットとデメリットがあります。

●登場古妖について
 ★貝児
 遊ばれなくなった貝桶が孤独の果てに付喪神となった古妖です。
 特徴としては、出会った相手と何かにつけて貝覆いで遊びたがります。
 見た目は着物を着た小学校低学年くらいの童女です。普段は貝桶の中に隠れています。
 貝桶は本人の感情に応じて状態変化します。警戒心が強ければシェルターのようにもなります。
 ただ他の戦闘力は皆無です。
 誕生の経緯からか寂しがり屋でとても人懐っこい性格をしていますが、見た目同様思考も子供なので善人と悪人の区別がよくついていません。
 心を通わせること、心を掴むことが重要になるでしょう。

 ※貝覆いのルール
 簡単に説明すると貝殻で行う神経衰弱です。
 裏向きに並べた貝殻をめくって柄を揃えていき、全て組に出来たらクリア、三回間違えたら並べ替えて次の挑戦者と交代します。
 基本的に神経衰弱と同じなのでこれといった必勝法は存在せず、頼れるのは運と記憶力のみ。
 しかし皆様は覚者なのでその限りではありません。つまりはそういうことです。

●敵について
 ★憤怒者組織『古妖狩人』構成員 ×6
 配列は前衛が三人、後衛が三人です。
 知っての通り憤怒者達は驚異的な身体能力を持つわけでも、五行術式を操れるわけでもありませんが、全員が最新式の兵器で武装しています。
 知能を持たない低ランクの妖と違い、統制の取れた行動をしてくるので油断は禁物です。
 武装の内訳は前衛がナイフ、後衛がライフル、また、共通で閃光弾を所持しています。
 閃光弾は逃走などの緊急時に使用する可能性が高いと考えられます。

 『ナイフ』 (物/近/単/出血)
 『ライフル』 (物/遠/列)
 『閃光弾』 (特/遠/敵全/痺れ) ※ダメージ微弱


 
 解説は以上になります。それではご参加お待ちしております。
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年11月29日

■メイン参加者 8人■

『桜火舞』
鐡之蔵 禊(CL2000029)
『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『暁の脱走兵』
犬童 アキラ(CL2000698)

●海の玉石
 浜の真砂は読み尽くすとも――などと歌仙に読まれて久しいが、しかし到底そうは思えぬほど、伊勢湾の砂浜は際限を忘れたかのように長々続いていた。
 ただ一面に広がる砂浜といえど、明け切らない早朝においてはその純白も鳴りを潜めていた。
「マルゴマルマル、任務を開始します」
 時刻を確認した『狗吠』時任・千陽(CL2000014)の音頭に乗じて、覚者達はこの地のどこかに転がっているとされる貝桶の捜索に入った。とりあえず視界を頼りに、といきたいところだが、未だ姿を見せない太陽の下で黒塗りの桶を探し当てるのは中々に難関である。
 千陽は懐中電灯で自分の把握可能な範囲を照らしながら、皆の探索の補助とする。砂地と疎通し、不自然な跡が刻まれていないかのチェックも欠かさない。
「うーん、この清々しい磯の香りが……とはならないよね、今は」
 守護使役から借り受けた嗅覚で、漆特有の臭いから居場所を探知しようと試みる『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)は、一帯を覆う潮の強い香気を邪魔そうにしていた。
「自分の黄耳も少々顔を顰めておりますな。微妙な判別のようであります」
 やや離れた位置で守護使役と共に捜索活動に励む『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)も同調する。既に幾らか彷徨い歩いたのか、彼女の後続には浅く窪んだ足跡がいくつも覗える。
「ですけど、概ねの方角は分からなくもないですね。楔代わりにあちらの松の木が伸びている所まで行ってみましょうか」
 同じく嗅覚を頼りに見当をつける『便利屋』橘 誠二郎(CL2000665)が二人に声を掛ける。なぜ具体的な目印まで知れたのか禊が尋ねると、眦を指差して、夜目が利いていることを示す。
「その細い目でよく見えるねー」
「ふふ、僭越ながら」
 他方で感情の揺らぎを糸口としているのは緒形 逝(CL2000156)だ。寂しさを募らせている感情の有無に意識を集中する彼もまた手を焼いているらしく、フルフェイス越しにこめかみ辺りを指で小突く。
「いやはや、骨が折れるね」
 暗順応の不十分な目よりは遥かに精度が高いのだが、探査射程内に収める必要があるため、方々歩き回っての地道な作業になる。
 ――そんな中で『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)だけは一歩も初期地点から動かずにいた。代わりにしきりに目を凝らし、遠くを眺め続けている。
 やがて何かに目星を付けると、にやりと八重歯を覗かせて笑った。
「見つけたったで。あそこや!」
 夜間対応の『鷹の目』で視認した貝桶の位置を、声を張って仲間全員に伝達する。指示通りの方向へ足を進めると、それは半分ほど砂に埋もれた状態で置かれていた。
 急いで引っ張り出してみる。
 数分待っても反応がない。覚者達の間に俄かに不安が広がる。
「かいちゃん、いますか?」
 恐る恐る『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)が、古妖を驚かさないようあくまで小さく、穏やかな声色で呼び掛けてみる。
 するとゆっくりと蓋が開き、中から貝児が寝惚け眼を擦りながら顔を見せた。
「あっ、ごめんね、まだおねむの時間だったね」
 御菓子が目線を合わせて宥める。憤怒者より先に接触する場合も不都合がある、とは聞いていたが、要するに貝児が微睡んでいる可能性もあるということだったのだろう。
「おはようございます。お目覚めは優れないでしょうか」
 誠二郎はどことなく察していたらしく、温和な顔つきで朝の挨拶をする。
「むにゃ……ううん、平気だよ! それより、遊んでくれるの?」
 もっとも、貝児は然程機嫌を損ねていない様子で、むしろ期待に胸を膨らませていた。皆が善人だと信じて疑わない純真無垢な瞳で八人を見つめる。
「うう、そういう目をされるとおっさん弱っちゃうよ。君はその眼差しが飛び道具なんだと知っておいたほうがいいぞう」
「ええ、いかにもです。君と遊びに来ました」
 悶々とする逝をよそに、羽織っていた外套を肩に掛けながら千陽が返答する。
「うむ。余達でよければ、遊び相手になるぞ?」
 背を屈めて『白い人』由比 久永(CL2000540)が手を差し伸ばす。桶に籠っていた貝児は蓋を完全に外すと、とても嬉しそうに大きく口を開けて笑った。
 あどけない顔立ちは言うに及ばず、素直な感情表現にもきゅんとくる凛。
「いや、可愛いやん♪ 頬ずりしたいくらいやわあ」
 ときめきを覚えたのは凜だけでなく。
「か……かわゆい……。はっ、いけませんな、軍人である自分たる者がのぼせ上がるとは」
 アキラはぴしゃりと頬を打って気を引き締める。どうにもF.i.V.E.に身を寄せてからというものの、怪異に対する抵抗が薄らいでいるような気がしてならない。
 とはいえ可愛いものは可愛いのだから仕方ない。キーホルダーにしたいタイプの愛らしさである。
「かいちゃんはどんな遊びがしたいのかな」
 御菓子は貝児と付きっきりで話をする。容姿こそ幼くとも流石教員資格を持つだけあって、子供の扱いはお手の物だ。ただ先生と生徒というより、母親が娘と向き合っているかのような接し方だった。
「あのね、貝覆いっていってね、遊び方は……やりながらでいい?」
「ええ。それじゃ、お願いできる?」
「うん!」
 相変わらず母性をくすぐる笑顔のまま、貝児はせっせと貝殻を並べ始めた。

●達者
 千陽は時計に視線を落とす。六時まではまだ猶予がある。
 その余地に少し安堵を覚えた。仮に六時を回っていたとして、この場に水を差そうものなら後ろ髪引かれるような思いに駆られたことだろう。
 持っていた二枚貝を全て伏せた貝児は、まずは覚者達に解くよう求めた。誠二郎が小さく手を挙げて立候補する。
「いやはや貝覆いとは久しぶりだ、小さな頃に実家でやったきりですね」
「遊んだことあるの?」
「ええ。おかげさまで記憶力を培わせていただきましたよ」
 迷いなく一枚ひっくり返してみると、内側に彩り豊かな描画が施されている。これと同じ絵柄の貝を当てればよいとのことだが、一発目はどうしても指運任せになってしまう。
「ある程度、貝の形状から予測立てることも可能ですが……こうして何枚も並べられると案外区別がつかないものですね」
 古妖の用意した貝殻はバラつきが少なく、表面から見分けるのはかなり難しい。とりあえず適当にめくってみるが――
「おや、外れですか」
 色彩からして別物である。その後も遊戯を続け、最終的に揃えられたのは三組だった。もっとも成績云々は誠二郎にとって重要なことではない。大事なのはどれだけ相手に喜んでもらえるかだ。
「今度は私の番ね!」
 攻守交代。貝児は両手で目を覆って並べ替えるのを待つ。勝てたほうが気分はいいだろうというアキラの提案もあり、覚者達はあまりランダム性のない簡単な配置にした。
 貝児は桶から上半身を伸ばして、いざ出陣――するも、一度見た絵柄を引いたのに間違えてしまう。貝児はこの遊びが心底好きなようだが、あまり上手くはなさそうだ。それでも諦めずに二回目のチャレンジで、ようやく組を作ることに成功した。
「凄いわ、かいちゃん!」
 御菓子が頭を撫でて褒めると、貝児はえへへと笑う。当てたことよりも誰かに褒められたことが嬉しかったようだ。結局その一組しか正解しなかったが、満足そうにしている。
「よっしゃ、次はあたしがやろか」
 意気揚々と臨む凜だが、取り立てて神経衰弱の類は得意ではない。しかしながらやるだけやってみるのが信条である。
「ざわざわと潮騒も聞こえてくるわ。でも一枚めくるのに一ヶ月使ったりはせんで」
 額に汗しつつ挑んだ結果、なんとか二つは組に出来た。
「あたしもやるよ! こういうのは直感が一番大事なんだよね」
 禊も運を頼りに貝覆いに挑戦。記録こそ伸び悩んだが、貝児とわいわい喋りながら遊ぶのは心が洗われるようで心地良かった。同時に、この純心を踏みにじろうとする憤怒者への怒りが胸の奥に沸々と湧き起こっていた――この笑顔だけは絶対に守らなくては。
「ほう、成程なぁ」
 明るみ始めた空模様に合わせて和紙貼りの日傘を差した久永は、大体承知したとばかりに貝児に申し出る。
「余も遊んでみて構わぬか?」
「もちろんだよ! 頑張ってね!」
 手際よく貝殻を並べる。その様子を逐一眺める白の麗人。
「児戯とはいえ手は抜かぬぞ。余はそなたの好敵手を所望しておるからな」
 表情をびくとも動かさずにそう言うと、久永は瞬時に、かつ正確に、一度たりとも間違えることなく全ての貝殻を組にしてしまった。しなやかな指で淀みなく貝殻をめくっていく手捌きは、まさしく流麗という表現が似つかわしい。
「貝の外見だけで絵柄を覚えてしまったからのう」
 他の皆が遊んでいる間に記憶を完了させていたようだ。
「わっ!? 凄い、どうやったの!?」
 そうとは知らない貝児は興奮気味で、桶から飛び出して久永のそばまで歩み寄った。これほど完璧に攻略した人は見たことがないらしく、すこぶる感動した様子で、輝かせた目は初の完全無欠の制覇者に釘付けになっていた。
 遊戯の達人に憧れるのは、何も人間の子供に限った話ではないらしい。
「おやおや、こいつはめでたいね」
 憤怒者の奇襲に備えて『感情探査』を継続していた逝は、少女の胸の内において楽しさが寂しさをすっかり吹き飛ばしている事実に気付く。
「まあそんなことくらい、この絵を見てるだけで分かるけどさ」
 そして人知れず、フルフェイスの奥で不器用な微笑を零した。
 桶から出た貝児は今も満面の笑みで久永に擦り寄り、もう一度やってみせてと頻りに催促する。
「ううむ、孫を持つとはこのような気分なのだろうか……」
 当惑と照れが入り混じった複雑な面持ちの久永。貝覆いをノーミスクリアしてからというものの、尊敬の眼差しを浮かべた貝児に完全に懐かれていた。好々爺としての立ち居振る舞いを知らない久永からしてみれば、苦笑いと愛想笑いの中間のような表情をするしかない。
「あと一度ッ……いや……あと一回、ただの一回分お手つきの免除があればっ……! あそこで平運にまで見放されるとはッ……!」
 一方素面で挑んだアキラは沼に嵌っていた。

●尽きない悪
「ん、これは」
 不意に、よからぬ企みに満ちた感情の動きを後方から察知する逝。振り返ると、お互い射程圏外ではあるが憤怒者組織『古妖狩人』の一団が視界に入ってくる。
 前もって武装を着用してある。相手もまたこちらの存在に気付いているようだ。
「どうやら邪魔者のお出ましみたいよ」
 覚者達に襲来を伝え、自身も四肢を先鋭化させる。頭上の守護使役が異空間から呼び寄せた愛刀を手にすれば、既に戦闘準備は万全である。
「古妖ではなく我々の足取りを嗅ぎ回ってきたようです」
 事前に敷いた警戒について千陽は振り返る。六時を迎える前に貝児に姿を隠せと勧めたのは上策だった。これだけ足跡が一直線に残っていたら、余程愚かな敵でない限り何かしら異変に勘付くだろう。もっとも実際に迎撃する側からすれば、貝児の無事さえ確保できているなら然したる問題ではない。
 毛先までアッシュに染まった少年は念には念を押して、桶の周囲に防護障壁を張っておく。
「安全もだけど……何より血生臭い光景は見せたくないよね」
 戦闘装束に身を包んだ禊は、つい先程までの穏やかな一時が随分遠くに感じていた。こうして因子の力を繰る殺伐とした戦場と、古妖と共に無邪気に心弾ませた憩いの場、どちらが覚者である自分にとって日常なのか――それは答えを出せなかった。
「少しの間でも、一緒に過ごして再確認したよ。古妖は悪い子達なんかじゃない。それを道具同然に扱うだなんて……絶対に許さないからね!」
 茫、と朱色に輝く刺青から憤怒の炎が溢れ出た。
 怒りを燃やしているのは禊だけではない。
「こんないたいけな少女を襲うなんて、いい大人が情けないと思わないのですか?」
 互いに遠隔攻撃が届く距離まで近接したところで、御菓子が毅然とした口調で最前線に立つ。
「そこに正座なさい! お説教です!」
 憤怒者達は一瞬怯むが、気圧されてばかりはいられないと足並み揃えてライフルを斉射する。
 展開した水のベールにより弾丸の威力は軽減されるが、それでも、物量で強引に押し切ってくる。減衰の不十分な鉛弾が御菓子の柔肌を破ると、銃創から血を流させる。
 されど少年少女の監督官は持ち前の根性で膝が折れるのを堪えると、自分自身に治癒成分を豊富に含んだ雫を浸透させ、即座に態勢を整えた。
「その銃をかいちゃんに向けて御覧なさい。ただでは済ませませんからね!」
 銃撃を受けて尚気丈である。彼女が敵を引き付けている間に十分に因子の潜在能力を解放した覚者達が反撃に出る。
「焔陰流、逆波!」
 揺らめく炎を想起させる刃紋が入れられた業物を、大胆に砂地に突き立てる赤髪赤眼の少女。刃先を返して逆薙ぎに払うと、何重にも渡る地走りが唸りを上げて疾駆を始めた。返し刀が描いた伸びやかな軌跡と合わせて、ナイフ片手に布陣した憤怒者達に二股の裂傷を刻み込む。
「安心しとき、タマ取るほど本意気じゃないで」
 にっと笑う凜。
「いい刀だ。おっさんも垂涎だよ」
 傍らに立った逝がコキコキと首の骨を鳴らす。
「おっさんの刀はもっとこう、暴れ馬、って感じだからね」
 瘴気を纏った刀身を翳して敵三名に接近。そのまま出鱈目な作法で、腕力任せに振り回す。鈍器と刃物と長物、そのいずれでもない独特の衝撃をもって確かな破壊力を形成する。相次ぐ集中砲火で陣形が崩れたところを見逃さなかったのは――禊である。
「真っ向から蹴り飛ばすよ!」
 孤立した一人目掛けて、熱の籠った直線軌道の蹴りをお見舞いした。凜と逝の得物が刀剣なら、禊にとってのそれは脚だ。脚こそが鋭い刃である。
「まずい、突破される前に撃て!」
 崩壊寸前のブロッカーの状況を受けて、再び対象を揃えての列射撃を行う憤怒者。狙いは人員が多く、疲労の気配が拭えていない前衛――だったが、期待していた成果は実らなかった。肉体の頑健さに優れる土行の軍人二人が、体力の少ない御菓子をその攻撃から庇ったためである。
 取り分けアキラは、その堅牢な重装甲も合わさって異様な防御性能を誇っていた。覚醒前と比較して、残す足跡の底の深さが、その重量を物語っている。
「まだまだ火器の扱いが素人ですな。銃とはこのように撃つのでありますぞ!」
 右腕部と一体化した機関銃を構えて攻勢に出る。乱れ飛ぶ銃弾が磯香る浜辺に硝煙の臭いを立ち込めさせ、鳴り止まぬ発砲音が海鳥の声を掻き消す。
「クソッ、一旦古妖は後回しだ!」
 敵集団のうち、誰かがそんな台詞を口走った瞬間、強烈な光が発生した――離脱する憤怒者によって投じられた閃光弾が破裂したに他ならない。直視した覚者達の神経に異常がきたされ、視界及び平衡感覚に差し障りが生じる。
「くっ、なんともつまらぬ戯れよ」
 自らも手先の痺れと戦いながら久永が浄化空間を形成し、早期治療を試みる。真紅の羽を広げて飛行する彼が視線で追うのは、逃げたと思われる男の行方。
 方角の確認に成功する。だが、そちらに駆けているのは一人ではない。
 ――誠二郎が追撃を仕掛けている。
 しなった反動によって加速した新緑の鞭で遠慮なく憤怒者の後頭部を殴打すると、そのまま両足に蔓を巻きつかせて地面に組み伏せていた。
「嗅覚だけで活動するのはそれなりに億劫でしたよ」
「貴様、目を……」
 閉じていたのか。憤怒者は力なく言った。実に単純かつ、滑稽な理由だが、普段から目を細めている誠二郎の瞼の開閉を判断するのは、初顔の憤怒者にとっては非常に困難であった。
「ええ。ですが、これでも存外よく見えましてね」
 誠二郎は捕縛した男に樫の棒の先端を突きつけると、強く打ち付けて昏倒させた。

 縄に付いた古妖狩人の面々に千陽は尋問する。
 ナイフを喉首に当てると、憤怒者達はこの全国的な古妖捕縛が用意周到なものであると白状した。各地に拠点を設営し、戦力拡充の基盤は整っているとも。しかし、本流であるイレブンで何か動きがあるかまでは断固として口を割らなかった。
「武力行使で更に絞り上げてもいいのですが」
 千陽は桶のほうを見やる。
「彼女を怖がらせるのも得策ではありません。続きはF.i.V.E.で追及しましょう」
 覚者達は長く放置してしまった貝児の元へと向かう。
「やあ貝のお嬢ちゃん、怖くなかったかい?」
「ううん、お姉ちゃんのくれた『これ』があったから、怖くなかったよ!」
 蓋を開けて顔を出すと、抱き締めていたすねこすりのぬいぐるみを掲げる。
「いやん、もう、嬉しいこと言ってくれるわぁ♪」
 渡した本人である凜は貝児を肩車する。この無垢な笑顔をいつまでも見ていたかった。
「貝児よ、そなたはこの後どうするつもりなのだ」
 担がれて浮かれ気分の貝児に久永は語りかける。
「住処があるならば送っていくが……ないならば、共に来るか?」
 どこか照れくさそうに伝える久永の申し出に、貝児は少しだけきょとんとしたが、すぐに晴れやかな表情になった。
「他にも色んな遊びがあるから、たくさん教えてあげるね」
「少なくとも、この何もない砂浜よりは楽しいはずですよ。一緒に帰りませんか?」
 優しく誘う御菓子と誠二郎。少女は逡巡する素振りさえも見せず――
「うん!」
 元気よく答えると、紐を肩に掛けてよいしょと桶を背負った。
 身の丈に迫る大きさの貝桶も、古妖の喜びに満ちた心に応じて、綿帽子のように軽くなっていた。
 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『凡そ児戯が如し』
取得者:由比 久永(CL2000540)
特殊成果
なし




 
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