【古妖狩人】餓鬼道の剣
【古妖狩人】餓鬼道の剣


●餓鬼道の剣
 秋も深まり、冬の訪れが刻々と近付く商店街。そこは今、紅に染まっていた。紅葉? 否、逢魔が時の茜に染まっているのだ。
「ケハ、ケハハハハハ……!」
 ずるりと中空から異形が現れる。五体こそ人のソレと変わりはないが、土気色より更に濃い皮膚と痩せ細った手足。
 そして全身に刀剣が突き刺さっているにもかかわらず平然としている姿は、到底人の物ではない。その名は食人精気。餓鬼道の衆生である。
「羅刹は来れなかったか……まあ良い」
 食人精気はスンと鼻を鳴らす。途端に芳しい香りが鼻孔を満たした。それはそこらじゅうから漂っている匂いである。
「ケハハハ……匂う、匂うぜぇ? 三宝を屁とも思わん奴等の匂いがプンプンしやがる……!」
 食人精気が口にできるのは「仏」も「教え」も「僧」も何とも思わない者の精気。そして今は何故だか周囲が大混乱の真っ最中であり、それ以外の者からでも容易に精気を奪う事が出来るだろう。
「しかし何だ? この辺りだけ妙に人気がねぇな……まあ良い。食事の時間だァ!」
 異形は嗤う。此処は良いと。獲物が山のようにいる、と。

●餓鬼道の衆生だ。正法念処経にもそう書かれている。
「今回の標的は餓鬼道の衆生の一つ、食人精気です」
 久方真由美(nCL2000003)は珍しく硬い表情をしている。それもそうだろう。幾ら古妖とは言え餓鬼道の衆生が現れるのは今回が初めてではなく、今後の展開次第では大量に現れる可能性も否定できないのだから。
 そもそも餓鬼道とこの世、つまり人間道の間はそうそう行き来のできるものではない。つまりその時点で尋常ならざる事態である可能性が高い。
「どうやら以前伺便が出てきた商店街と同じ場所のようです。何かしらの異常が発生しているのかもしれません」
 異常、と聞いた覚者達の頭にはある集団の事がよぎる。憤怒者組織『古妖狩人』。人知の及ばぬ古妖を手懐けようとしている大馬鹿者の集まりだ。
「優先すべきは被害を抑える事と食人精気を撃退する事ですが、可能であれば商店街に何が起こっているのかを調査する必要があるかもしれません。
 ……とは言え、皆さんには戦闘を任せています。それ以外の負担は私達が全力でサポートしますから、あまり無理はしないで下さいね?」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:杉浦則博
■成功条件
1.食人精気を撃退せよ!
2.なし
3.なし
●場面
・夕闇に染まり始めた商店街の交差点です。事前に避難を促す事が出来たので周囲に人気はありません、存分に戦って下さい。

●目標
 食人精気:古妖:じきにんしょうき。餓鬼道の衆生。常に頭上から刀が降り注いでおり、それに苦しめられている。人の精気を食べる。常に[出血]している。
・食精:A特近単:じきせい。眼前の相手の精気を貪る。[弱体]
・刀雨:A物敵全:かたなあめ。自らに降り注ぐ刀の雨を周囲にも降らせる。[出血]
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2015年11月20日

■メイン参加者 6人■



「なんかおかしな妖みたいだね、おかしいだけならいいけどあんまり質の良くないものみたい」
「そうですね。それと分類上は古妖みたいですよ」
 紅に染まる夕暮れ時、交差点に佇む異形へ声が届く。全身に刀剣を突き刺した異形こと食人精気が声のする方を見れば、そこには六人の男女が立っていた。
 黒髪も艶やかな鳳 結衣(CL2000914)に餓鬼道の衆生を相手をするのは初めてではない橘 誠二郎(CL2000665)が訂正を加える。
「うわ、厭だなあ。前の報告書の時より悪化してないか?」
「うげー、何あの怪奇現象。人間死んでからああなるのだけはごめんこうむりたいよねぇ」
 嫌悪感を露わにしているのはフルフェイスヘルメットのサラリーマンという謎の取り合わせの緒形 逝(CL2000156)と、騎乗槍を持ち手足の一部が蹄になっているシニカルな笑みを浮かべた女性―――風祭・雷鳥(CL2000909) の二人である。
「仏教もんは受けがあんまり良くないんじゃがのう……と言うか、三宝なんぞ考えてもおらんじゃろ。最近のは」
「けふ……なんだかわからんがとりあえずボコすぜ!」
 やや呆れたように呟いたのは長い髪を丁寧に編み込んだ男性、神・海逸(CL2001168)である。結衣に渡された栄養ドリンクの瓶をポケットに捻じ込んだのは百目鬼 燈(CL2001196)。
 以上六人が今回の件に当たる覚者だったが、そんな彼らの名前など食人精気には関係ない。ただ、眼前の食事に口角を吊り上げていた。
「ケハハハハハ……面白い気配してやがんな、それに良い精気だ! たっぷり食わせてもらうぜぇ?」
 食人精気は覚者達と向かい合う。覚者もそれに合わせて陣形を整えた。
「ん? 何だ人語わかんジャン、んじゃ、これ分かる? 『とっとと自分の家にうせろマゾ野郎』」
「刀が刺さって平気って時点でいろいろとおかしいけど、被害が出る前に片付けないとね」
 食人精気から見て左に雷鳥、左斜め前に結衣が歩み出る。二人は深く腰を落とし、槍と拳を構えた。
「俺としちゃあ餓鬼道で起こっている事も気になるな。この妖から幾らか聞き出せりゃーいいんだが」
「食人精気。確か緒形さんが仏教の下から数えた方が早いって言ってた餓鬼さね。まったく……獄卒とは何する者ぞ、とな」
 結衣の隣に燈が拳を固めて立ち、雷鳥と反対側の逝は禍々しい気配の直刀を持っている。
「前のように巫山戯る余裕は、あまり無さそうな感じですねぇ……」
「別宗教のモンに押し付けるのは良くないぜよ。さて、ほいじゃ鬼退治といきますかい」
 半包囲する形の四人の後ろに誠二郎と海逸が備える。万全の布陣であった。


「道またいでご苦労様だけど、人間生きるべき道ってのは決まってるもんよ」
 いち早く雷鳥が動く。この場に居る誰よりも早い動きでランスを振ると、食人精気の肩口と腰に二つ暗い穴が開いた。
「ずばばーっとね!」
 結衣は掛け声と共に火行壱式「醒の炎」を発動させる。身体能力を上昇させた結衣は再び拳を構え、食人精気へと向かい合った。
「ケハハハハハハハハ!」
 異形は嗤う。面白い、と。自身に向かうその眼が、かつて絶望に染まった様を思い出しながら跳び上がった。
 その動きに合わせるかのように食人精気の頭上が歪む。そこから現れたのは無数の刀剣。それが雨霰と食人精気ごと覚者へと降り注いだ。
「なんだコイツ、自分に剣とかドMかよ。ひくわー」
「ていうか罰じゃねーのかよあれ!?」
 今更その身に刺さる剣が一本や二本増えた所で構わないと放たれた攻撃である。どうやら長い餓鬼生活の中で刀が落ちてくる法則を掴んでいるようだ。
「この世に、貴方の食事はありません。自らの地獄に帰ることです」
 植物の種を取り出した誠二郎は着地した食人精気へそれを放り、木行壱式「棘一閃」を使う。急成長した棘を持つ蔓は食人精気を切り裂いた。
「剣の範囲を自在に操れるって事はあいつ自身の能力なのか?」
 燈は醒の炎で自身を強化しながらふと沸いた疑問を口にするが、それは間違いである。食人精気にとって刀が降って来るというのは日常の光景であり、どう動けば刀が即座に降って来るか、どう動けば被害を最小限に抑えられるかを知っているだけなのだ。
「……アレは、おっさんの行き着く先だろうな。今迄に神も仏も人も利用して屍山血河を築いてきたもの。後悔は微塵も無いがね」
 ぽつりとそう呟いた逝は軽く頭を振って土行壱式「蔵王」の鎧を纏う。元より防御力の高い逝ならばこれでそう簡単にやられはしないだろう。
「三宝がどうとか言うちょるが……悪いのう、ワシは儒教じゃ」
 海逸は木行壱式「清廉香」を使いながら食人精気を見やる。食人精気の攻撃は全て付与効果のある攻撃であり、それを見越した行動である。

「流石に古妖ですね、弱点らしい弱点はありませんか……」
 再び誠二郎の棘一閃が食人精気を切り裂く。クリーンヒットした棘が皮膚を切り裂いて無数の出血を強いた。傍目からは解り辛いが、着実にダメージが蓄積されている。
「餓鬼んトコのモンがわざわざ単身出向いてくるとはどういう了見だい?」
 燈は錬覇法により自身の力を高める。これにて準備は全て完了。あとは思い切りぶつけるだけだ。
「そぉら! 貫殺撃!」
 ランスが肉を裂く音が二回響く。その圧倒的なスピードで体術を二回繰り出したようだ。穂先が狙うは胸元。右と左に一発ずつ風穴を開ける事に成功する。
「錬覇法ぉっ!」
 海逸もまた自身の強化に動く。基本戦術は回復等のバックアップだが、基礎的な能力を底上げしておけばその効果も強化されるからだ。
「吸われるのってどんな感じなんだろうね、精気だから体がだるくなるのかな」
 結衣は軽口を叩きながら食人精気に拳を叩き込む。目にも止まらぬ二連撃、飛燕だ。特に二発目は良い所に入ったのか、食人精気が顔を歪ませる。
「喜べ、出先でも刑期を全うさせてやろう」
 逝は食人精気の横へ一歩踏み出し、迎撃の為に突き出された腕を取る。いや、正確には腕に刺さった刀の柄を握っていた。
 そのまま後ろへ引き倒すように食人精気をひっくり返す。相手の力の向きを変えて攻撃に転ずる、合気の一つである小手返しだ。
「ケハァッ!」
 ひっくり返されたことによって背中の刀がより深く刺さるが、食人精気はそれも意に介さずに片手でハンドスプリングをして一回転し、着地と同時に勢いよくジャンプした。そして間髪入れずに剣の雨が覚者達を襲う。流石に二回目ともなるとそのダメージは無視しきれない。

「そらそらっ!」
 またしても雷鳥の速さを活かした攻撃が食人精気に傷を増やしていく。決して軽くない武器を軽々と振るい、次々と連撃を刻んでいる。
「あたしは神様とかそんなに信じてないけど……拳の威力は信じてる。キミが食べるなら、あたしは食らわせちゃうぞ?」
 形の良い唇を震わせつつ、結衣は飛燕を食人精気へ叩き込む。が、運が良かったのだろう。一発目は空を切った。
 二発目は見事に体に叩き込まれるが、結衣の体力も半分を下回る。戦法を切り替えるべきだ。
「ケハッ! まだまだイクぜぇぇぇぇ!?」
 三度目の刀雨。既に商店街の石畳の殆どは砕かれ、その下の砕石の層を露出させている。流石に三度目ともなれば覚者達も慣れたのか、比較的被害を少なく抑える事に成功していた。
 が、それでも蓄積したダメージは徐々に戦線が崩壊する足音を響かせつつある。今の攻撃で逝はノーダメージだったのが不幸中の幸いか。
「よし、やるかね……さて、悪食や。お待ちかねのご飯だぞう?」
 その逝は押され始めた事にいち早く気付き、攻撃を小手返しから地烈に切り替える。振るわれるのは食人精気に負けず劣らず瘴気を振り撒く直刀・悪食。
 足を薙ぎ、餓鬼の身を削る軌道はほぼ直角。強力な攻撃だが、それ相応に体力の消費も激しい技であり、逝もまた一撃でごっそりと自身が消耗するのを感じ取っていた。
「こりゃちっくとまずいかのう……!」
 海逸は自身に水行壱式「癒しの滴」をかける。予想以上に食人精気の攻撃が激しく、このままでは遠からず誰か倒れると予想できた。何せ回復手段を持っているのが海逸一人なのだから。
「援護します!」
 前衛の消耗を感じ取った誠二郎が前に出る。特に消耗の激しい前方担当への攻撃を自身に逸らすため、敢えて食人精気の眼前へと躍り出たのだ。
「テメー如きに食い尽くされるようなやわな根性してねーよ!」
 ステップを踏んで誠二郎の入るスペースを作った燈はその勢いを殺さず、拳に炎を纏わせて食人精気へと殴り掛かる。火行壱式「炎撃」による一撃は重く、食人精気の体を勢いよく燃やし始めた。

「やってくれたな……ヒャア! もう我慢できねぇ!」
 食人精気は切り裂かれたお返しとばかりに逝へ顔を向け、思い切り息を吸う。すると逝から微かに煙のようなモノが現れ、その体がフラついた。
「ぐ……やっぱり三宝をどうとでも思ってない奴から精気を喰うのか」
「ん? あぁ、別に誰からだって食えるさ。今時三宝を後生大事にしてる奴なんざ、早々居ないからな……ゲフッ」
 直刀を構え直した逝の問いかけに食人精気は満足げに答える。頬を貫通する小刀を器用に避け、自身の唇を舐め上げていた。
「隙ありぃっ!」
 そこに雷鳥の貫殺撃が奔る。流石に何度も連続攻撃をするのは厳しいのか、一度だけ放たれた槍は食人精気の脇腹から胸元を抉るに収まっていた。
「……お前は要らんが、お前に刺さった刀は欲しい。よって、帰りの駄賃代わりに置いていけ!」
 逝はフラつく足を抑え、再び地烈を放つ。体力の消耗は早くなるが、ここで出し惜しみしていては天秤が完全に傾いてしまうと悟ったからだ。
 とは言え、剣撃と共に出てきた言葉は己の欲望100%だったが。
「ふっふふ……一本、いっとく?」
 その一言と共に結衣の拳が食人精気へと吸い込まれる。瞳は潤み、息を荒げた女性がにこやかに拳を振るう様は一種のホラーにしか見えない。果たしてその原因は疲労か、それともまた別の何かか。
「食らいなさい!」
 誠二郎は一歩前に踏み出し、聳孤を構える。刹那、食人精気を今までにない衝撃が襲った―――重なる音は四つ。それは聳孤と食人精気が触れる音。
 その正体は飛燕による高速二連撃を更に繰り返す、驚異の四回連続攻撃。驚愕を浮かべる食人精気の視界に映ったのは眼光鋭い誠二郎の姿だった。橘流杖術の名は伊達ではない。
「これでも食ってろ!」
 それに続くのは燈の炎撃。地力の差はあれど強化を重ねた一撃は重く、食人精気を揺らがせるのに充分な威力を持っていた。
「癒しの滴じゃ、受け取り!」
 海逸は一番防御力の低い雷鳥の体力を回復させる。やはり手が足りない。そう感じた海逸は奥歯を噛み締めるしか無かった。

「そこだっ!」
 雷鳥の槍が食人精気を穿つ。数多の傷を持つ餓鬼の体にまた一つ二つと傷が作られ、そこから生暖かい血潮が噴き出した。
「ボッコボコだよー!」
 追撃と言わんばかりに結衣の拳が食人精気を撃ち抜く。既に結衣もフラフラではあるが、一緒に戦う仲間が居る。ならばそう簡単には負けはしない。
「切り裂け、悪食! ……あ、コレ何か修羅みたいだな」
 たはは、と地烈で食人精気を切り裂いた逝が苦笑する……とは言え表情はヘルメットをしているので全く分からないのだが。
「ケハッ! 頂きィ!」
 食人精気は結衣から精気を奪い取る。ゴウ、と風を伴って結衣の体からごっそりと精気が抜けた。
「あ、ぐ……」
 結衣の体が傾ぐ。一撃で体力の三分の一以上を奪われ、最早立っているだけでも精一杯の状態だ。
「そういや、向こうが混乱してるだの何だの言ってたな。そりゃ何だ?」
「あぁ? ……ヘッ、誰が教えるかよ」
「……そうか。じゃあ燃え尽きな!」
 戦闘の途中にいきなり声をかけられた食人精気は訝しみ、鼻で笑う事で質問の答えとする。そのお代は燈の炎撃であった。
「終わらせます!」
 鈍い音が連続する。誠二郎の飛燕による連撃であった。流石にそう何度も四回攻撃は出来ないのか、それとも先の一撃はそれなりに無茶をしていたという事か。少なくとも多少疲弊の色が見え始めている。
「回復ぜよ! しっかりするんじゃ!」
 海逸の放った癒しの滴が結衣の体力を回復させる。食精の一撃によって受けたダメージよりも回復量が多く、何とか持ち直しはしたが依然全体的に危険で有る事に変わりはない。

「失せろブサイク!」
 雷鳥はその素早さで貫殺撃を二回放つ。消耗はするが、それでもその力強さこそが今は必要だ。こちらが倒れる前に倒す、それだけの事である。
「質問の礼がまだだったな……喜べ。パーフェクト美人とデートだ!」
 そう言いつつ燈は炎を纏った拳を食人精気に叩き込む。恐らく、殴り合いという言葉にデートというルビがふられているのであろう。もしくはタコ殴りか。
「せいっ! ……っく、海逸ちゃん! 回復頼む!」
「無理じゃ! 手が足りん!」
 地烈を幾度となく繰り返している逝の体力にも陰りが見え始める。それを何とかしようと回復の要請を出したがあえなく却下されてしまった。
 それも仕方ないだろう。何せ他のメンバーはあと二発耐えれるかどうかというラインなのだから。逝は地烈を使っても尚、他のメンバーよりも体力が多いのである。
「ガァァァッ!」
「こりゃ、キツいね……!」
 三度目の食精、その標的は雷鳥であった。一気に三割以上の体力を失い、手足に力が入らなくなる。大量の精気を一度に失った事で、雷鳥の体は一時的に弱体化してしまっていた。
「まっだまだぁっ!」
 結衣の拳が食人精気に当たる。何らかの術を使ったような強烈な一撃ではないが、それでも少しずつ食人精気の動きが悪くなっているのが見えた。
 とは言え、それは覚者達にも言える事なのだが。
「く……しぶといですね」
 立て続けに飛燕を放った誠二郎の息が徐々に荒くなる。既に誠二郎が以前戦った伺便との戦闘時間を超えており、同じ餓鬼でも格の違いを感じさせられていた。
「体力が少ない奴はもう体術は使うんじゃなか! 回復が追い付かん!」
 海逸は雷鳥の体力を回復させながら叫ぶ。海逸は解っていた。食人精気が刀雨を降らせ続けていたら確実に回復が追い付いていなかった事を。現在一人も欠けていないのが奇跡なのだ。

「チッ、体が重い……!」
 カカン、と蹄を鳴らして馬上槍が軌跡を描く。精気を奪われた事で一時的に弱体化しているが、それでも雷鳥の一撃は的確に食人精気へと突き刺さっていた。
「刀も欲しいし、少しぐらいは無茶をしようか……!」
 軋む体に鞭を打ち、逝は地烈を放つ。が、やはり無理があったのだろう。今までなら倒れていた筈の食人精気が倒れない。僅かに踏み込みが甘かったのだ。
「ゥ……ア゛ッ! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アァァッ!」
 一瞬の気の緩みを突き、食人精気は跳び上がる。その背後には視界一面を埋め尽くす量の刀剣類。細剣等の西洋剣や、剣と言うにはあまりにも大きく分厚く重い代物まで浮かんでいる。
 剣が、刀が、凶器が、狂気が降って来る! 石が砕け、地が裂ける。商店街の一部が崩落し、周囲は見るも無残な剣山へと姿を変えた。一体何処まで広範囲に剣が降ったのか、商店街の端から端まで剣だらけである。
 覚者達は漏れなく全身ハリネズミ状態であり、過去最高の集中を見せた食人精気にはなんと一本も当たっていない。
「この……死に損ないがぁっ!」
 ―――しかし、ここで回復に徹していた海逸が吠えた。方言が取れる程の感情と共に放たれた水礫が食人精気を吹き飛ばす。
 海逸自身の血と常に流れ出ている食人精気の血と混ざり合い、薄く染まった水礫が異形を剣山へと沈めた。
「はぁ、はぁ、はぁ……へっ、どんなもんじゃけぇ」


「……いや、ビックリだね」
「何か事情はあるとは思ったが、まさかなぁ……」
 逝の呟きに勾玉を弄りながら燈が答える。他の覚者達の様子も似たり寄ったりであり、一言で表すなら「茫然」がピッタリであった。
 それもその筈。周囲一面を埋め尽くしていた刀剣類は影も形も無く、食人精気の姿も無い。周囲の調査を始めようという段階で現れた「鬼」が全て消し去ってしまったのだ。
「獄卒も大変なんかね」
「そうじゃな……あん鬼の言う通り殆ど事故っつうんならこれ以上は大丈夫じゃろうが、別の心配もせんといかんぜよ」
 結局一本も刀は回収できずガックリと肩を落とした逝に、海逸が肩を竦めて答える。
 食人精気を回収に来たと言う獄卒曰く、古妖狩人が作ったであろう「異界への入口をこじ開ける機械」が暴走し、羅刹の四辻に現れる特性等の理由によりこの商店街の交差点に餓鬼道への道が開いてしまったとの事。
 ……まあ、一応の理屈は通っている。鬼は人手不足による不手際を詫び、覚者達に礼として勾玉を置いてさっさと帰ってしまったので追及のしようも無いが。後でここ一帯を改めて調べる必要はあるが、穴も塞いでおくと鬼は言っていた。
「帰る前に簡単に調べるぐらいはしておきますか? あ、写真撮っておかないと」
「そうだね。周囲に古妖狩人が居るかもしれないし、いやそもそも本当に穴が……まいっか、考えるの飽きた!」
 カメラを取り出し、周囲の撮影を始めた結衣に答えた雷鳥の言葉に覚者達は一様に頷いた。本格的に調査をするには機材も体力も足りな過ぎたからだ。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『鬼の勾玉』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員




 
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